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敵の名はモフモフ
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モフりと依頼遂行を両立作戦
最終発言2016/02/11 19:47:11 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/08 22:57:44
オープニング
「なんだと……?」
キイ、と音をたてて椅子が回転する。
オフィスの室内。一枚ガラスの外には、都会の喧騒が広がっている。
デスクの前、部屋の中央に、若い男が立っていた。その背後に、若い男を連れてきた初老の男。若い男はがっくりとうなだれている。
「君は、今、こう言ったのかね」
男は、膝の上にいる猫をゆっくりと撫でている。
部屋の一隅には、キャットタワー。エサ入れと水入れ。猫用トイレ。
「お腹の調子が良くない“マーフ”用に用意した特性ごはんを、くいしんぼうの“もか”に食べられてしまった、と……?」
「申し訳ございません……!」
若者に、言い訳の気配は微塵もなかった。
「少し目を離した隙に、皿の底が見えるほどの勢いでモグモグされておりました……」
「フフ、流石はもか……。特性ダイエットごはんを与えられ続けて数か月、筋金入りのくいしんぼうめ」
「店長。和んでいる場合ではございませんわ」
デスクの横に直立した女性が、ぴしゃりと告げる。
「ごはんは全ての猫の生命の基本、それを監督することは我々、都会のオアシスたる猫カフェ『ふぁんたじあ』スタッフの最も重要な業務……」
「うむ」
「彼はそれを怠ったのです。重罪に値しますわ」
「罰を受ける覚悟はできています……」
若者は、空調がきいた室内で、苦悶の汗を流している。
「いかなる罰も、マーフの『僕のごはんないの?』と言いたげな、あのしょんぼり顔に勝るものはありません!」
「大声を出してはいけない。“みちる”が起きてしまう」
店長は、膝の上ですやすやと寝息をたてる美しい三毛猫を撫でた。
「カフェに戻りたまえ。君は今日より一週間、猫たちのお気に入り毛布から毛玉を撤去するという辛い仕事を担ってもらう」
「わかりました」
「まだ、ある……。君は、たしか“ポー”に懐かれていたね?」
若者は、ハッと顔を上げた。
「スタッフラウンジで、彼とポーを二人きりにしてあげたまえ。正座したその膝の上に、ポーを思う存分乗せてあげるのだ」
ポーは、オスのペルシャ猫であった。体格は非常にふくよか。
「お昼寝大好きなポーのベッドとなるがいい。そのままで猫用ブラシの手入れといった雑務をこなしてもらおう。決して起こしてはならないぞ」
「店長、お許し下さい! ポーは一度おねむになると4時間は起きないお寝坊さんなのです!」
「であるが故に、罰となるのだ」
「さあ、来い!」
「お慈悲を! せめて、もう少し小柄なアビシニアンあたりに!」
悲鳴をあげながら、若い男が連れていかれる。
ふう、とデスクの横の若い女性こと、副店長が溜め息をつく。
「まったく、よりにもよって戦場となるごはんの時間に油断をするだなんて」
「フフ、若気のいたりさ。私も若い頃は、くいしんぼうに手こずったものだよ」
「おまけに、あんな優しい罰を嫌がるだなんて。ポーを膝の上に置いて4時間過ごしていい、フフ……ヨダレがでます」
「君は少し、溺愛がすぎるね」
店長は、やれやれと首を横に振る。
「もう少し、クールに接したまえ。ここは資本主義大国日本、我々はその国における勝ち組の成功者。猫たちはあくまで金儲けの道具で」
「うなぁん」
「どうしたんでちゅかみちるちゃん? おっきでちゅか? ……金儲けの道具で、こういった愛情をこめるという作業も、お客様がお喜びになる可愛い猫たちを」
「なーん」
「んん~、ちょっと待ってくだちゃいね。可愛い猫たちを、心身ともに健やかに保つための手段にすぎないのだ」
「フフ。店長、ヨダレが」
「おっと、いかん……。さて、副店長」
店長はデスクからリモコンを拾い、壁に設置されているモニターを起動した。あるニュースの録画ビデオに、副店長は眉をひそめる。
「このニュースを見たかね?」
「もちろんですわ。都会のど真ん中に従魔が襲来、恐ろしい事件です」
「今朝、HOPEに連絡を入れてみた。何か、事前にできる従魔対策はないのかと思ってね」
結論を言えば、決定的な対策はない、とのことだった。
英雄がそうであるように、従魔も愚神も異世界からの来訪者である。地震や隕石といった突発的な災害と同じく、完全な予知や予防はできない。
「だが、従魔にも強さのレベルが存在するらしい。そして最も力の弱い従魔が出現した場合、周囲の生命力を吸い取り、次第に強くなるのだと」
店長は、副店長に計画表を差し出した。
「物体に従魔が憑依しているか否か、判別する方法は簡単らしい。共鳴状態の能力者以外では、壊したり傷つけたりといったことが不可能になるそうだ」
「従魔憑依チェック依頼の日取り……なるほど」
「万一、本当に従魔が潜んでいた場合、迅速に駆除してもらいたいからね。HOPEのエージェントに出動を依頼しようと考えている。開店前の時間を使って、店内の備品のチェックを行ってもらう予定だ」
作業は、いたって単純だった。
エージェントたちに、店内の写真集や猫のおもちゃといった備品に、従魔が憑依していないか確認してもらう。書籍ならば、ページのどこかにパンチで穴を開ける。おもちゃや毛布ならば、少しだけ毛をむしったり、糸きり鋏で少しだけ切る。開店前の1時間ほど、集中して作業してもらうだけで十分だろう。
だが、副店長は慄いた。
「フ、フフ……店長、貴方は恐ろしい方ですわ」
予定表には、こう記してあった。開店直前という慌ただしい時間帯につき、猫たちは店内に開放したままだ、と。
「当店は時間制、長居すればするほど資金も必要になるというのに、延長を望むお客様は後を絶たず。お客様にのっかりたい子、遊んでほしい子、彼等彼女等をモフモフするだけで気付けば一日が暮れていく、猫カフェ界隈でも魔性と知られた名店舗……。そんな中で、猫をかまわず愛でず抱きしめず、1時間仕事だけをさせるとは……!」
「エージェントとやらの実力を知りたいのだよ、副店長。一般市民の平和を守ると豪語する、彼等の精神力はいかほどなのか……?」
言っていることは悪役だが、やらせたいことは猫の愛くるしさに耐えられるか耐久戦である。
「弱き者を守ることは、時に厳しく接すること。たとえモフモフおなかを晒されようとも、仕事をしている手を肉球でプニッとされようとも、平静に作業を進めてくれなくては困る……」
「クッ……耐えられる自信がありません……!」
「クールに徹したまえ、副店長。忘れてはいけない、猫たちは我々の商売道具にすぎず」
「なおーん」
「んん~みちるちゃんは可愛いでちゅね~。商売道具にすぎず、今回の依頼も商売を円滑に進めるために必要、ただそれだけのことさ」
「早速、この内容でHOPEに依頼を出しますわ」
「よろしく頼む」
副店長は、オフィスを退室した。
「HOPEのエージェント……実力を見せてもらおうか」
「なうー」
「従魔なんて怖くないでちゅよ~みちるちゃんっ」
解説
【内容】
都内の猫カフェより、「店内の備品に従魔が憑依していないかチェックしてほしい」という依頼
【任務の内容】
従魔は「ライヴスを介しない攻撃」を無効化します。
非共鳴状態で少しだけ傷をつけ、傷がつくなら異常はなし。
書籍はパンチで穴を空ける、おもちゃやクッションは毛をむしる、エサ皿はカッターで傷つける、といった作業が必要です。
集中して作業すれば4~50分で終了可能、制限時間は1時間です。
【店舗情報】
猫カフェ『ふぁんたじあ』。
広さは学校の教室ほど。中央の本棚で、東西に区切られている。テーブル、ソファー、クッションが点在し、家具の高さは全て低め。南の窓際に、猫たちが遊べる巨大なキャットタワー、その足元におもちゃが入ったボックスが並んでいる。
【立ちふさがるモフモフたち】
①のっかり派
床に膝をつこうものなら膝に、ヘタをすると背中に乗って甘えてくる派。ふくよかな猫が多く、大変重い。どかそうとすると、切なげな声をあげてくる。が、それでもどかすしか対処法はない。
②あそんで派
近距離からじっと見つめる、視線があうとすりすり、おもちゃを咥えてきて傍で落とすなどして、とにかく遊びを要求する派。相手をしないと切なげな鳴き声をあげる。しばし遊ぶと満足して去っていく。
③ちょっかい派
物をとろうとすると手に、歩こうとすると足にじゃれつき、しゃにむにちょっかいをかけてくる派。しばらく放置しておくと諦めて去っていく。
④ツンデレ派
最初は遠巻きにしているが、時間が経ってからそっと懐いてくる派。スタッフによる「あまり慣れない子なのにあなたは特別みたいですね」というフォロー付。相手をしなかった場合のボイスの切なげ感は随一。
【敵の名はモフモフ】
猫たちに負けず、時間内に作業を終了させることが成功条件です。
リプレイ
●調査開始前
「……大丈夫なの?」
開口一番でかけるには、不躾にすぎる言葉だ。そう思いつつも、蛇塚 悠理(aa1708)は聞かずにはおれない。悠理の隣では、英雄の蛇塚 連理(aa1708hero001)も目をむいている。
真壁 久朗(aa0032)は、こくこくと肯いた。
「……最近のマスクは性能がいいから」
もごもご発せられる言葉は、分厚いマスクごしである。
「真壁、カゼかい?」
「猫アレルギーだ」
「大丈夫なんか!?」
「いや、そっちにだけは言われたくないんだが」
思わず叫んだ弥刀 一二三(aa1048)に、久朗は久朗でツッコミを返す。
一二三の現在装備は、プラカバーであえて視界を狭めてあるごついゴーグル。装着して街中を闊歩していいアイテムではない。
「お二人とも、アレルギー、ですか……?」
霙(aa3139)がおそるおそる聞いた。彼女の腰には、黒の猫耳・しっぽともに毛をぶわわっと膨らませた英雄・墨色(aa3139hero001)がしがみついている。金の瞳はぎんっと見開かれており、完全に対不審者の反応である。
「心配しなくていいぞ」
一二三の英雄、キリル ブラックモア(aa1048hero001)はそっけない。
「凄まじくバカバカしい理由だ」
「何言うねん、うちは真剣やでキリル! きっちり調査終わらすまで、心を鬼にして猫を拒まなあかんねや……!」
つまり、猫が好きすぎて困るために、あえて見ないような装備を整えてきたということだろう。
「しかし一二三殿。見た目は完全に不審者になってしまっているよ」
「ああ、うん」
しばしの沈黙。
その場に集まったエージェント・英雄総勢16名のうち、口にした本人以外が盛大なツッコミを入れた。それぞれの言葉における「お前にだけは言われたくない」。
英雄・俺氏(aa3414hero001)はHAHAHAと高らかに笑う。全身を包む白いローブ、顔の部分に●▲●と穴が開いた、白いとんがり帽子型の覆面。
「心から俺氏はんにだけは言われとうないっ!」
「そ、その恰好でここまで来たのか?」
全力拒否の一二三を宥めつつ、久朗がおそるおそる聞く。俺氏の能力者、鹿島 和馬(aa3414)がいやいやとフォローに入った。
「だいじょぶだいじょぶ。俺氏ほどの見てくれになると世間も逆に通報を諦めるレベル」
「ええんかいなそれ」
「ちなみに俺のしっぽはアクセとごまかしております」
馬のワイルドブラッドである和馬は、腰から黒い馬しっぽをはたはたさせている。
「獣人形態でもけっこうごまかせる。ソースは俺」
「ワ、ワイルドブラッドってそんなもんなんか」
「いえ、そこはちょっと全力で否定させて下さい」
同じくワイルドブラッド、こちらは白虎である霙はぶんぶんと首を振る。
「しかし皆様、俺氏まだ気になることが」
「どうした俺氏」
「世界の終りを体現している方が、お一人おられるよね?」
彼の名は英雄・GUREN(aa2046hero001)。180cmを超える長身にロングの赤毛、見た目だけなら完全にチンピラである。その顔色は蒼白、魂は今にも抜けださんばかり。
そんな彼に反し、彼の相棒・月影 せいら(aa2046)はメイド服の袖も襟もぴしりと決まり、朗らかな笑みで絶好調という様子である。
GURENは、息も絶え絶えに呻いた。
「俺……猫苦手……」
「「何故来たし」」
和馬と俺氏のダブルでのツッコミが炸裂した。
「……お嬢の猫愛マジぱねえっす……」
「お仕事後に、ゆっくりモフモフしたいですわね」
二人の関係性の大体が理解された瞬間であった。
「なんか、けっこう皆猫カフェって慣れてるんだな?」
猫カフェについて知識ゼロの武道一筋青年、赤城 龍哉(aa0090)は憮然と聞く。
「最近はこういうのも商売になるのかって驚いてたんだが」
「猫カフェ初めてなの? 楽しいよ!」
「知らない人間は、知らないものなんだ……」
ウキウキし通しの來燈澄 真赭(aa0646)に対し、英雄・緋褪(aa0646hero001)は狐耳も四本のしっぽからもだらりと垂れさがり、げんなり具合が漂っている。
「珍しくはりきって、自分から任務とってきたと思ったら……」
眠ることにばかり意欲を示す真赭の本気、ではなかった。いつもの動物好き全開であった。
相棒のパワーに敗北した者から、無言の同情が入る。キリルは、たまにはご褒美がほしいと一二三に拗ねられまくり、久朗は英雄・セラフィナ(aa0032hero0001)にテレビで猫カフェを発見されてしまった。
龍哉の英雄・ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は、そっと額に手を当てた。
現時点において、見た目から怪しい人物が一名(猫アレルギー)、二名(猫好き)、三名(猫嫌い)、四名(白覆面)。猫が好きすぎ、とそうでもない、との温度差は、砂漠の昼夜ぐらいに強烈に開いている。
(大丈夫かしら、この任務……)
「エージェントの皆様、お待たせしました! 準備が整いましたのでお願いしまーす!」
真赭とせいらが、はーい!と朗らかに返事をする。
オフィス内にてカメラごしに会話を聞いていた店長と副店長が、ヴァルトラウテと同じく「大丈夫かこの連中」という懸念を抱いていたことを、彼等は知らない。
また、一部のメンバーに、大変熱い視線が注がれていたことも……。
●調査開始
「はわっ」
「ひうっ」
「…………!!」
上から順に、セラフィナの歓喜、GURENの恐怖、一二三の感極まって言葉にならない何か、三様の声である。
猫カフェ店内は、猫の楽園であった。クッションでくつろぐ猫、キャットタワーで遊ぶ猫、狭いバスケットにもごもごと入ってお互いを舐めあっている三匹だか四匹だか。白猫、黒猫、三毛にサバにブチにトラ柄、ロシアンブルーにマンチカン。
「俺の知ってる喫茶店とは違うな」
龍哉が、予測していたものとあまりに違う店内に首をひねる。
家具の高さは総じて低め。低いソファーかクッションで、床のラグにそのまま座る形だ。インテリアは落ち着いたパステルカラー、東西に仕切る本棚の中身は、雑誌から写真集から小説まで様々だ。
「猫と戯れることを目的とすると、こういう部屋になるのですわね」
ヴァルトラウテが、足元にすりよる一匹をあやしながら言う。
「心が渇いている時の、癒しの空間ということでしょう」
「打ち込めるものが1つあれば、その辺は何とでもなる気はするんだが」
武道一筋に打ち込み、実戦も観戦も好む龍哉には、心の渇きというものは理解し難くもある。ライバルを希求することとも、また違うような気がするし。
「クロさん、猫さんがいっぱいですよー! かわいいですね!」
「それはよかっ……っしゅ!」
目をキラキラさせてはしゃぐセラフィナに対し、久朗はさっそくアレルギーが発動している。相棒に心配をかけまいと、くしゃみも小さくしようとしているのが健気である。
「もふもふ、だな……!」
じゃれてくる猫に口元がゆるむの連理に、悠理がすっとあるモノをさしだす。
「折角だし猫耳つける?」
「お前ほんとブレねーな!?」
相棒大好き、蛇塚悠理。猫耳をさしだすその表情は、真顔である。
「仕事が優先、仕事が優先、仕事が優先……!」
「……」
煩悩と戦う一二三を、生温かい目で見つめるキリル。
「皆さま! 落ち着いて下さいませ」
早速モフモフにやられまくっている周囲に、ぴしりとせいらが宣言する。
「打ち合わせ通り、まずはお仕事優先に参りましょう。モットーは“早めに終わらせ、その後モフる”」
「「“早めに終わらせ、その後モフる!”」
和馬と俺氏が、びしっ!と敬礼を返す。つい真似てしまう霙と墨色。
「店内、東側の設備は久朗様とセラフィナ様が。西側は私が担当いたします。キャットタワーは龍哉様とヴァルトラウテ様に」
「本棚、時間かかりそうだなー。じゃあ俺と俺氏、西側からやるか」
「うちと……キリルで東側やね……!」
「すまない、こいつの挙動は気にしないでくれ」
壁に額を押し付け、衝動と戦っている一二三である。
「GUREN」
「はあーい……」
「あなたも本棚を手伝いなさい。和馬様たちと西側から」
「残りの私たちは、おもちゃ箱だな」
猫にフラフラしている真赭の首ねっこを確保しつつ、緋褪が言う。
「最も猫たちが寄ってきそうな、過酷なポジションですわ」
「お任せください。同族と言えば同族みたいなものですもの」
ねえ、と振り返る霙に、墨色もこくこくと肯き返す。
「それでは、始めましょう!」
かくて、調査は始められたのであった。
●開始20分後
そして、難航していた。
「……頼むから」
久朗はげんなりと、通算6回目になる溜め息をこぼした。
店内東側、テーブルや卓上のコースターといった設備をチェックしている久朗の手に、プニッと押し付けられる柔らかな肉球。ちょっかい派のマンチカンである。
背中を向け、作業に集中しようとすると、
「こら、俺の肩は休憩所じゃないんだぞ」
「なーん」
丸めた背中から、肩にまでのしのしとよじのぼってくる。そのまま、頭にすりすりと頭突き。
「うぇふっ……」
背中で久朗と猫のやりとりを聞き、本棚にめりこんでいる一二三である。
「悶えてないで助けて欲しいんだが」
「あかんっ! 無理っ! キリルっ!」
「仕事後のケーキ、一回り大きいやつにしろよ」
キリルが渋々と久朗に近付くと、
「あ」
どういうわけか、困り眉のマンチカンはすたこらと逃げ出した。
久朗は見た。クールに見せかけて、目がモフれるという期待でいっぱいのキリルが、ぴしりと凍りつくのを……。
「……ホールケーキにしろ、一二三!」
「へっ? あ、ひょっとしてまた逃げられ」
「うるさい! 猫なんかどうでもいいっ」
久朗は、慌てて作業の手を進めた。よく見れば、一二三には先ほどから猫がすりよっているが、キリルの周囲は閑古鳥もいいところだ。そのくせ、視線はチラチラと猫にいっている。ご機嫌斜めなキリルが求めるケーキは先ほどからだんだん巨大化しており、このままでは任務終了の頃にはウエディングケーキになってしまう。早めに任務を終わらせねばマズい。
「クロさん、こっちのクッションも持っていっていいですか?」
「セラフィナ。できるだけ俺から離れるな」
「えっ」
「いや、真面目な話じゃなくてだな! 真面目な話なんだが! 俺にまとわりついてくる猫をどうにかしてくれ、さっさと終わらせて他のヘルプに行こう」
「はーい! あ、さっそく」
久朗の手元にふんふんと鼻先を押し付けてくる黒地に白のくつした柄に、セラフィナはぴっとおもちゃの猫じゃらしを振って見せた。
「遊んで欲しいんですか? ふふ、ちょっとだけ、ですよ?」
「お前は順応性高いな……」
久朗の耳に、本棚の向こうから悲鳴が届く。
「なんだよその目は……く、来るんじゃねぇぞ!?」
どうやらどの場所も、順調には進んでいないらしい。
●開始30分後
来るなと言われても、やって来るのが猫である。
「ひぃぃっ! 離れろ! 頼むからっ!」
「猫担当班! 派遣おなしゃす!」
GURENにまとわりつく猫をひっぺがしつつ和馬がヘルプを求めると、おもちゃ担当班からしゅたっと墨色が駆けてきた。ぱしぱしとおもちゃで気を散らし、仰向けに転がしてうっとり顔にさせていく。
「おおお。扱いプロ級」
「……ん。任せろ」
流石は元猫といったところであろう。というか、さっきからおもちゃ担当班の扱いがプロ級すぎる。獣化した霙はしっぽの先にリボンをつけてじゃらしているし、緋褪も同様に4本のしっぽが大活躍だ。その二人でも捌ききれないあそんで派を、真赭と連理がひたすらに転がしまくっている。
「……向こう、終わらせて……また来る」
「はいよ。よろしく頼むぜ」
あの分では、おもちゃ担当は大丈夫だろう。強敵は、やはり本がつまった本棚だ。何より、担当メンバーが息も絶え絶えである。せいらに叱られながら助け起こされているGURENは肩で息をしているし、一二三の「仕事が優先」という声はお経の如く。和馬も作業を進めてはいるが、
「うぉう!? そこはいけないわ、俺の尻尾はおもちゃじゃないのよ!」
ちょっかい派にしっぽを弄ばれ、遊んで派にはうっかり釣られそうになる。
「ぐぬぬ……」
「和馬氏、和馬氏」
「おう、俺氏、どした……って、ちょ、おま!?」
振り向いた先には、不審者としてレベルアップしている俺氏がいた。足元から肩から作業中の腕から、猫まみれの英雄キャットタワーを化している。
「うん、俺氏の鹿皮にぬこ達が次々ダイブを……でも、大丈夫。作業は出来るよ。可愛いものだよ」
「すげえな俺氏。風の谷の人みたいだぜ」
「フフフ……その者全身にモフモフをまとい大都会の猫カフェに降り立つ……」
「そんな伝説イヤだわ」
「よし、備品のチェック終わりましたわ!」
「え、マジで!」
せいらが立ち上がって、ぱんぱんと手をはたく。時折猫相手に赤ちゃん言葉が飛び出していたが、ソファーの裏からエサ皿まで傷をつけてチェックするという作業を、開始30分で終了である。敏腕メイドの腕の見せ所であろう。
「あとはクッションやおもちゃの修復をさせていただきますわ。終わり次第、本棚のお手伝いに」
眼鏡ごしの瞳が、俺氏を認めた。
「……どういうことですの?」
「ちょっとよくわかんない」
和馬にも本当にわからない。
「おお、俺氏に天才的発想が降臨した可能性大だよ」
「どうした」
「これを利用してGUREN氏から猫を誘導すればよいのでは」
俺氏は移動すると、青い顔で作業しているGURENの背後にごろりと横になった。その全身が、たちまちうにゃうにゃと猫にまみれていく。
「GUREN氏、ガーディアンここに参上」
「ああ?」
振り返ったGURENは、全身を包む白ローブの覆面男が、全身をモフモフと猫まみれにさせながら磔刑のポーズで寝転がっているのを目にした。
「気持ち悪っ!!」
渾身の叫びであった。
「でも効果は抜群ですわ。俺氏様、よろしければそのままGURENの傍にお願いします」
「お嬢ぉぉ!」
「情けない声を出していないで、仕事をなさい!」
「せいらさん、こっち側のクッションも持ってきましたよー」
クッションを抱えて持ってきたセラフィナが、全身猫まみれの俺氏を見つけた。
「わあ、すごい」
「若干重いし熱くなってきたよ」
しかしね、と俺氏は深刻げに告げた。
「多少無茶をしても、調査を早めに終わらせたほうがいい予感を俺氏のアンテナ受信中」
「ああ、アレ?」
和馬も先ほどから感じてはいた。
「アレ?」
「アレって何ですか?」
せいらとセラフィナは首をかしげる。和馬はぱたっ、としっぽを一振りした。
「……猫カフェだからなあ。まあモフモフ好きだよなあ」
スタッフから突き刺さる視線が。
「……あの目といっしょなんだよなあ……」
●開始40分後
“あの目”と言われていることに気づいていないのは、悠理である。
遊んではいない。真面目に仕事はしている。他のメンバーと声をかけあい、チェック済とそうでないおもちゃをきっちりと寄りわけ、おもちゃ担当の作業をきっちりフォローしている。
「ほーら、猫じゃらしだぞー?」
英雄である連理は、相棒の作業を助けるため、ひたすらに猫を構う猫担当なのだが。
「…………」
「にゃー、にゃにゃー?」
ラグの上に寝転んで猫を構う連理を見つめる目は、和馬をして“あの目”と表現するしかない目であった。RECの三文字が点滅している。
そんな悠理を、緋褪は引きながら見つめていた。能力者と英雄といっても、色々なコンビがいるものである。
「あなたふかふかで気持ちいいわねぇ。うん、一緒に寝ようかー」
「そういう場合じゃないだろうがっ!」
真赭の膝の上ののっかり派をべりっとひっぺがしつつ叫ぶ。
「一緒に寝るのは客としてきた時にしろ、バカたれ」
「ええー」
「ええーじゃない!」
「真赭さんは、動物がお好きなんですね」
霙がくすくすと笑う。緋褪は耳を伏せて恐縮した。
「仕事になってるんだか、なってないんだか」
「いえ、猫と遊んで下さるので心強いですよ。ところで、あの」
霙は気まずげに、先ほどから腰にしがみついている墨色の頭を撫でた。
「霙の膝が狙われてる気がする……」
「そこまで不躾なことはされないと思いますけど……お気づきですか?」
「ああ」
真赭はぱちくりと目をまたたかせる。
「なあに?」
「スタッフの顔見てみろ」
真赭はくるりと首をめぐらせて、また同じ速度で視線を戻す。4人の視線ががっちり重なった。
エージェントたちのヘルプを行いつつ、開店準備にも余念がないスタッフたち。魔性の名店舗を支えているだけあって、その手際は手慣れていつつも愛情がこもっており、プロの仕事を感じさせる。だがしかし、緋褪に、霙と墨色に、本棚の傍にいる和馬に向けられる視線は、凄まじい熱量を帯びていた。
視線が言っていた。なんだ、あの素晴らしいモフモフは……!
見られるほうはやりにくい。ものすごく耳もしっぽも動かしにくい。
「うん。確かに緋褪はいいモフモフだよね」
「お前な」
「でも渡さないよ! うちのベッド!」
「霙の膝も渡さない……!」
「墨色ったら」
「しかし、気にしてる場合でもないな」
すでに開始40分。残り時間は20分。
店内設備は、久朗とセラフィナ、それにせいらが修復まで含めて終わらせてくれた。おもちゃも残るところあと少しだ。キャットタワーも龍哉に任せておいて安心そうである。
強敵、本棚が残っている。
●開始50分
「……タワーの上から来るとはやるな、お前」
「にゃあん」
タワー上部からのっそりと現れ、肩に手をかけてふんふんと鼻を近づけてくる茶トラを、龍哉は抱き下ろした。茶トラは龍哉の足元に従順に転がり、おなかを見せる。
「さっきからよくされるんだが、なんだこのポーズ」
「大好きの証ですわ」
本当は服従のポーズだが、間違いではないのでいいだろうとヴァルトラウテはこっそり苦笑する。猫たちにどう捉えられているのか、達哉に絶対に近付かないか、完全服従かの二択である。
「達哉、ここのパーツで」
「終わりか? 終わりだな!」
「ええ」
キャットタワー、終了である。錐を用い、傷が入るかどうかチェックする、という単純ともいえる作業なのだが、何せ大きいうえに大小あわせてのパーツが多すぎた。一二三が持ちこんだ工具を借り、分解してまた組み立てることに時間がかかった。
「あとは、本棚か!」
他の場所も作業を終了し、全員で本棚から本をひっぱりだしている状態だ。
「手伝うぜ!」
「ありがとうございます! それでは」
「……」
「どう」
なさいました、と声をかけようとしたせいらは、龍哉の視線を追いかけて納得した。
「お、俺氏の屍を越えていけ……」
「いや、いやどういうことだ!?」
「ストップ、ツッコミ厳禁! ここは俺氏に任せようぜ!」
ラグに横になった俺氏は、さらに猫が増量、全身が猫ベッドを化している。和馬は、目をむく龍哉にどさっと雑誌の束を手渡す。
「あと手つかずこんだけで」
「……」
「どう」
した、と聞きかけた和馬は、龍哉の視線を追いかけて納得した。
「ヤバ……仕事優先! ……シヌゥゥ」
鬼気迫る一二三である。本棚担当の一番の功労者、ひたすら猫の誘惑に耐え抜いた。救援を頼むという発想も捨て、膝の上ののっかり派もひたすらいないと思い込むことで集中力を保持している。たまに「ヤバ」「シヌ」という単語が混ざるのは、撫でてくれないの?と言わんばかりに「うなん……」と鳴かれるからである。
「だ、大丈夫なのか」
「なんか猫撫でたいパワーが推進力になってるみたいだし」
表情にも言動にも危ない気配しかないが、一二三の手元の動きは凄まじい。
「それにほら、俺等はあんまりスピードがだせなくてですね」
「あ? ああ」
和馬と緋褪、それに霙と墨色は、他のエージェントの陰に隠れ気味の位置で作業を進めている。4名のけしからないモフモフを撫でたいモフりたいという衝動と戦うスタッフ達が、プロの意地でもって何も言わずあえて距離をとってさえいるが、向けられる視線が熱烈だからだ。
モフモフと戦うエージェント達、ある者は屍となり、ある者は苦行僧と化し、あるいはエージェント自身がモフモフと認識され。場には異様な熱気の空間ができあがりつつあった。
そんな彼等に、最後の試練が襲いかかる。
ひたすらに手と目を動かし続けるその背後に、そろりと忍び寄るモフモフ。
キリルの目が、はっと細身の黒猫に向けられた。今まで部屋の隅のクッションから動かず、一二三にも龍哉にも俺氏にもなびかなかった無愛想な黒猫。それが今、どんな猫からも逃げられ続けてきたキリルに向け、
「なーん……」
「お、お前……!」
キリルは戦った。ギリギリのラインを、理性とモフりたい衝動がせめぎあう。黒猫がするりとその手に身を寄せて
「うなあん」
「し、仕方ないな! 少しだけだぞ!」
堕ちた……!!
エージェント達の心は一つになった。キリルを責める気にはなれない、あれには逆らえないという戦慄でいっぱいだ。
最後の刺客、ツンデレ派である。
「あと少し、なんだけどな」
悠理は久朗の隣で、必死で手を動かす。
「クッ……連理の前でデレデレな醜態を晒すわけには!」
「ブレないなそこのところ……」
「俺氏がんばれ、もうちょいだ」
和馬は、呼吸音が怪しくなってきた俺氏を励ます。
「ア、アイビリーブユー和馬氏……」
「うなーん」
「あら、あまりいつもは懐かない子なんですけど」
「もうどうにでもな~れ!」
「和馬氏ぃぃぃぃ!」
鹿島和馬、陥落。
一二三はぎくりと、膝の上に視線を落とした。上品なシャムだ。先ほどから、遠巻きにこちらをうかがっていた。だが靡かなかった。それが今、膝の上に!
エージェント達は、ハラハラと一二三を窺った。一二三の額と言わずこめかみと言わず、だらだらと滝のような汗が流れ出す。シャムはじ、っと一二三を見上げ、胸元にすりすりと身を寄せながら
「……ぅなん」
「…………!!」
一二三は殴られでもしたように揺れた。堕ちるのか?堕ちてしまうのか、弥刀一二三!
が、一二三の手はするりとシャムを掬いあげ、心配になって近づいてきたスタッフに
「……後でっ……思いきし相手さしてもらいますわ……!」
耐えたぁぁぁぁ!!
これにはスタッフも敬服した。
名残惜し気に鳴くシャムを、できるだけ遠くに連れていく。猫たちのため、スタッフのため、これ以上耐えるといい加減泣いてしまいそうな一二三のため、エージェントたちはラストスパートにかかる。
「あ」とセラフィナ。
「へ?」と連理。
「終わった」呆然とする一二三。
「終わった!?」泣いているGUREN。
スタッフたちの感動と祝福の拍手。
開店3分前、任務終了であった。
●終了後
「……ハッ」
「おう、起きたか俺氏」
「即落ち2秒……じゃない、和馬氏!」
「それを言うなよ! 悪かったからよ!」
俺氏がどうにか起き上がると、そこは既に開店した店内であった。
先ほどまでの地獄絵図はどこへやら、平和な光景が広がっている。女性のグループに親子連れ、中年男性から男子高校生まで、猫にデレっデレだ。老若男女、総じて猫に癒されている。
店内には、エージェントたちの姿もあった。せいらと真赭、苦悩から解放された一二三は、思う存分猫をモフっており、キリルは先ほどの黒猫を膝に乗せてゆるみそうな頬をひきしめている。GURENはテーブルに肘をついて真っ白に燃え尽き、緋褪がそれを気遣っている。霙と墨色は互いのしっぽをブラッシングして周囲を和ませ、悠理は猫を撫でながらも相変わらずの英雄愛を発揮し「この猫、連理みたいだね」「一回眼科行ってきたらどうだ……?」冷たい視線を向けられている。
「おう、起きたのか」
龍哉とヴァルトラウテは、一休みという感じである……が、膝の上にはきっちり猫を乗せている。
「猫どかしても起きねえからびっくりしたぜ」
「顔も見えないし、どうなってるのかと……くしっ」
久朗のアレルギーは健在である。
「大丈夫か? 辛いんじゃねえの?」
和馬が心配げに聞く。しっぽの先は、ぱたぱたと猫をじゃらしっぱなしである。
「いや、目も痒いしくしゃみも出るが」
気まずげな久朗も、膝の上ではごろごろとマンチカンが喉を鳴らしている。セラフィナとヴァルトラウテが、微笑ましげにそれを見守っていた。
「……悪くない」
「まあ、そうかな」
龍哉も、膝上の猫を撫でた。
俺氏は、和馬と顔を見合わせる。
「猫カフェの平和は守れたということでファイナルアンサー?」
「おう。そして猫カフェの常連を新たに生んでしまったようだ」
「「生まれてない!」」
言いながらも、膝から猫をどかそうとはしない、久朗と龍哉なのであった。