本部

死に至る甘き理想の罠

真名木風由

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/07 00:04

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掲示板

オープニング

●エージェント、消息不明
 『あなた』達は、緊急事態として招集されここにいる。
「ベトナムのホーチンミン市内に住む資産家以下屋敷内の人間全員が行方不明になった事件で、目撃情報から従魔、愚神の関与の疑いがあり、エージェントを派遣していたのですが、彼らと連絡が取れない状態です。プリセンサーよりはっきりとした根拠はないものの、至急エージェントを派遣すべきとのことで、皆さんを招集しました」
 プリセンサーは感知という性質上、精度には揺らぎもある。
 この為、今回の事件は断言は出来ないが、派遣したエージェントに取り返しがつかなくなるケースが考えられるということで、すぐに『あなた』達の派遣となったのだそうだ。
「最後の定期連絡では、愚神、従魔の姿はまだ確認出来ていないとのことでしたが、プリセンサーが感知したならば、ライヴスが絡んだ事件であり、彼らの関与は確実でしょう」
 けれど、情報があまりにもなさ過ぎる。
 行方不明になった資産家の屋敷へ向かったエージェント達の身に何が起こったのだろうか。
 連絡を寄越してきていないだけなのではないか。
 エージェントからはそうした質問も出る。
 けれど、職員は首を振った。
「任務上必要なことですし、特に高音さんはその辺りで怠ったことがないので、寄越していないのではなく、寄越せない状況ではないかと。プリセンサーの派遣しないと取り返しがつかなくなるという意見も踏まえれば、この見解の信憑性は高い筈です」
 今は、真実を知る為に行かねばなるまい。

●屋敷の甘い罠
 彼はゆったりとしたソファに身を沈めていた。
「離して……高音……」
「君はまだ意識があるの?」
 身体を動かそうとする夜神十架(az0014hero001)へ、感心したように呟く。
 彼の目の前には能力者達が倒れており、そこには剣崎高音(az0014)の姿もある。
 十架以外の英雄達は身体の自由を奪われ、1人また1人と意識を奪われていく。
「高音……!」
「彼女は最期の心地よいまどろみの中、邪魔しないであげてね」
 彼が指を動かすと、十架の拘束が一層強くなり、高音の名を最後まで呼んでいた十架も意識を失った。

解説

●目的
・敵の全撃破
・エージェント救出

●資料情報
・ホーチンミン市市内にある資産家の屋敷へエージェントが調査に派遣された。
・定期連絡後、エージェントが消息を絶つ(3時間前)
・表からは人の気配がない以外の異常はない。

※その他間取り提示あり。

●敵情報(PL情報)
ケントゥリオ級愚神リートゥオンモー
屋敷1階広間にいるゾーンルーラー。
ドロップゾーン内では、能力者は1分以内に眠りに落ちます。眠りに就くと、自分にとって『理想の未来を夢見』ます(抵抗の余地なし)
誓約を交わした英雄なら取り戻せますが、巧妙な作りの理想を夢見ている為能力者は最初夢と認識していません。
共鳴をしていると、英雄は能力者が夢に落ちて30秒以内に夢と認識出来ない夢の中に同調し、共倒れとなります。
ただし、夢と認識し目覚めれば再度眠りに落ちることはありません。

戦闘能力は鞭による攻撃の他、単体に音の玉を飛ばしてダメージを与えます(射程8)
どちらの攻撃でも、命中判定を2回行い、失敗すると、BS衝撃、武器を落とします(拾うのに1ターン消費)
戦闘能力はこの等級では低め。

ミーレス級従魔ヴァットx参加者の4倍
見た目単なる観葉植物。
ドロップゾーン内で眠りに落ちていない存在を認識すると、数の暴力で、対象を強固に拘束(命中判定)、意識を奪って、リートゥオンモーの元へ運搬します。
それ以外の能力は低い。

●NPC情報
先遣されたエージェント
剣崎高音含め、8人の能力者がいる。
全員夢から脱しておらず、英雄(夜神十架含)はヴァットの拘束を受け、意識を失っています。
ヴァットの数はこの英雄拘束分(16体)を含まれてます。

●注意・補足事項
・ドロップゾーン発生していると見た目では分かりません。
・救出のエージェントは意識回復後は自衛が精一杯です。
・能力者の理想の夢、取り戻す英雄の行動の他、戦闘プレを書いていただくことになります。どれかに傾き過ぎないようご注意ください。

リプレイ

●静寂の屋敷を前に
 エージェント達は、人の気配がない以外の異常がない屋敷の前に立っていた。
「観葉植物が動いていた、だったな。窓の外から見て判るレベルらしい」
「行方不明の先遣隊もそれに警戒する定期連絡は寄越していたようですね。緊急連絡の類はなかったようですが」
 事態が事態であるとH.O.P.E.は、真壁 久朗(aa0032)の要請通り、発信機を用意した。
 インカムの通信機をチェックする久朗へ応じたのは、構築の魔女(aa0281hero001)だ。
 出立前に連絡状況や資料にあった屋敷の見取り図を頭に叩き込んだ彼女は、何らかの手段で先遣隊が無力化された可能性も指摘している。
「そうでなければ、高音が油断する訳ないのじゃ」
「ロロロロ……ロローー」
 カグヤ・アトラクア(aa0535)が友人である剣崎高音(az0014)と夜神十架(az0014hero001)を案じて言うと、構築の魔女の傍らにいた辺是 落児(aa0281)が緩やかに同意した。
 構築の魔女以外意思疎通は難しいものの、無口な彼にしては多弁に反応したということは、彼も心配なのだろう。
「共鳴状態で行くべきだろう」
「明らかに関わっている案件だし、何が起こるか判らないし」
「慎重に行くべきだな」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は久朗に賛成の意を示すと、同意したマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)を見る。
 全員共鳴し、人の気配が全く感じられない屋敷の中へと入った。

●異変
 1階から探索することにしたエージェント達は、慎重に進めていた。
「……戦闘の痕跡は今の所ありませんね。大きな屋敷ですから、遭遇していなかった可能性はありますが」
 やはり特殊な方法があったのでは、と呟くのは、落児と共鳴した構築の魔女。
 共鳴後は彼女主体の意識だけでなく、容姿もそうである為、揺れる髪は長く、そして赤い。
「ありえなくはないでしょう。戦場においてはありえないことがありえませんから」
 警戒を怠らないのは、リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)と共鳴するクレア・マクミラン(aa1631)。
 衛生兵として揺るがぬ信念を持って戦場に立つクレアは、可能性の排除ということはしない。
「廊下だけでも広いですよね。家のとはちょっと違う感じです」
「ベトナムはフランスの統治を経験した国じゃからの。この建築様式はフランスのものじゃ」
 メグル(aa0657hero001)と共鳴する御代 つくし(aa0657)が興味深く周囲を見回すと、カグヤがそう解説する。
 普段であれば建築技術の薀蓄に走る彼女も友人の一大事だからか、それだけに留まり、クー・ナンナ(aa0535hero001)からは『初めて見たよ。カグヤ今まで友達いなかったし』と内部で正直過ぎることを言っていた。
「こんな広いお家だと、迷いそう……」
 フヴェズルング(aa0739hero001)と共鳴したファウ・トイフェル(aa0739)は容姿こそ成長したが、精神がその年齢に見合ったかというとそうではない。
「だからと言って迷ったという訳ではな……」
 邦衛 八宏(aa0046)がボソボソと続けようとした、その時だ。
 ぐらり、と身体が傾く。
 それは、1人2人の話ではなかった。
(『クロさん!?』)
 異変をダイレクトに感じたセラフィナ(aa0032hero001)が久朗へ呼びかける。
 だが、返ってきたのは──
「待ち合わせに遅れる……」
 まるで、寝言のような言葉。
「どこかでドロップゾーンに入ったかもしれません。辺是も様子がおかしいです」
「能力者に対してのみ有効なのかもしれない。共鳴は強制解除されていないなら、英雄も物理的ではなく、精神的な意味で行動不能にされて、連絡が取れなくなった。このままでは二の舞だ」
 フヴェズルングは意識の主導権で異常を察しており、ファウへ呼びかけているが、うわ言のようにどこかを案内している言葉を紡ぐだけと言う。
「そこを従魔が襲ってるんだろうな」
 同様に八宏から主導権を取った稍乃 チカ(aa0046hero001)が先遣隊が行方不明になった理由を察した。
 その言葉を裏付けるように、従魔が姿を現す。
 観葉植物の姿をしているが、挟撃するように間合いを詰めてくる。
 能力者の意識は全員落ちており、その魔手は共鳴している英雄にも及び始めた。
 保てて、30秒程度──
 既に共鳴解除した英雄もいるがしていなかった英雄も共鳴解除、セラフィナの提案で広間近くの客人控え室へ飛び込んだ。
 共鳴解除するまでに垣間見た夢は──きっと、彼らの理想の未来。
「何故このような場所で見るか……ドロップゾーンしかありませんね」
 危機感を覚えるセラフィナは「クロさん寝起き悪いんですよね」と頬を景気良く叩いてみる。
「眠っているだけなら……起こすしかないでしょう。つくしには、辛いかもしれませんが」
 メグルがつくしの顔を見て、ポツリと呟いた。
 何となく周囲に合わせて部屋に飛び込んだクーにはメグルの言っている意味はよく解らなかったが、誓約の証である幻想蝶を互いに重ね合わせ、夢に同調しようかと考えてみる。
 落ちる直前のカグヤは、「素晴らしいのじゃ。全て思うがままじゃ」と言っていたし、流れ込んだ意識で少し見えたから、どういう夢を見ているか、何となく判ってるけど。
「その程度じゃないでしょ」
 クーは呆れたように言い、夢への同調を試みていく。
「身体的なものでないなら、まだ」
 念の為クレアのバイタルチェックを行ったリリアンが小さく頷く。
「クレアちゃん。私は誰かを救うためなら、どんな処置も躊躇わないわ」
 その心を揺さぶり、夢から救ってみせる。

●失望させぬ心
 カグヤと幻想蝶を重ね、意識を集中してみる。
 正直そのまま寝そうだけど、カグヤの意識、正確には見ている夢が流れ込んできた。
 共鳴解除直前にも垣間見ることが出来たが、恐らく、それは誓約という強い繋がりあってのものだろうし、推定してこのドロップゾーンが特殊なもの、英雄との共倒れもありえる力があってのことだろう。
 その辺り、クーは興味はないけど。
(あー……やっぱり)
 クーは、自分の意識的な部分の景色がどこかの研究所に切り替わったのが判った。
 カグヤがその指で全ての技術を具現化している。
 まるで魔法のように何でも生み出し、高音と十架が何やらお祝いの言葉を言って、それを嬉しそうに受け取っている。
 きっと、全ての技術を手に入れたのだろう。それを友人に祝福されているのだろう。
 それが、カグヤの理想の未来とでも?
「ボクと誓約を交わした能力者は底なしの馬鹿だ」
 クーは遠慮なくその空気を壊す一言を放った。
「クー、おぬし、何を……」
「全てが欲しいと願い、それが叶わぬと理解しても突き進み、決して届かぬ高みに挑み続ける馬鹿。そう思っていたボクは見込み違いだったかな」
 淡々とした声音には、感情がない。
「現状に満足している自分なんて、おかしいと思わないの? その程度でしかないの? だとしたら、失望だ」
 カグヤの理想は、追い求めるもの。
 そして、到達するものではないもの。
 何故なら、知識は湧き出でる泉のようなもの。技術は湧き出でる泉より象られていくもの。泉の水は飲み干せぬもの……知識も、技術も、『終わりがない』ものだ。
 クーは、知っているくせにとカグヤを見る。
「夢でなかったら、誓約反故だろうね。夢に感謝したら?」
 馴れ合う関係ではない。
 だから、理想を踏み躙ることに躊躇いはない。
「夢……」
 カグヤが反芻し、周囲を見回す。
「そうじゃったか。敵の術中に嵌っておったか。すまんな、クー。もう『失望させぬ』と誓おう」
 目覚めるのだろう、その景色が急速にぼやける。
(もう大丈夫そうかな)
 クーはカグヤが夢の中にいた高音と十架へ「必ず助ける」と声を掛けるのを見ながら、その意識を引き上げた。

●歌が響く場所
(あの従魔、接近してくるスピードは遅かった。ドアが破壊されるまでに目覚めさせれば……)
 マルコはアンジェリカを庇いながら戦うことにならなかった他の英雄の冷静さに感謝しながら、呼びかけを試みる。
 共鳴を解除させる前、アンジェリカは綺麗に装っていた。
 黒髪を彩るように純白の花々が飾られ、薄いクリームを帯びた綺麗なドレスはウエスト部分が大きく、可愛過ぎないリボンでその名の通りの翼になるようなもの、きっと、アンジェリカが『彼らを招待した』から意識したのだろう。
 だが──
「美人の尼僧へ、今はお渡し出来なくてな」
 マルコは短く息を吸った。

「皆ー、今日は来てくれてありがとー!」
 アンジェリカの声に応えるように大勢のファンが歓声を上げる。
 今日はどの国でもアンジェリカの歌がヒットチャート1位になり、記念に、故郷イタリアでコンサートを行うのだ。
 最前列には招待した孤児院の兄弟、シスター達がいて。
 笑って手を振る彼らへ笑みを返して手を振り、誰かいないことに気づく。

 ダ レ ガ イ ナ イ ノ

 嬉しいステージなのに、寂しさが込み上げ、アンジェリカは慌ててかき消そうとする。

「目を覚ませ!」

 その声は天よりも高い場所から聞こえるような気がする。
 アンジェリカが周囲を見回すと、観客がざわめく。
 ざわめきに気づいたアンジェリカが謝罪した瞬間、声はまた響いた。

「お前はまだ夢を叶えていないだろう!?」

 叶えてない?
 だって、ボクは、今……

「しっかりしろ、アンジェリカ。こんな所で負ける程お前の夢は軽いものじゃないだろう!? お前の夢を踏み躙る愚神を許していいのか!?」

 ボクの夢を踏み、躙る……?
 アンジェリカは自身が立つ場所に不安を覚え始める。

「お前は『俺』に1番傍で歌を聞かせてくれるんじゃなかったのか!?」

 それで、やっと『気づけた』

「皆、ごめんね」
 アンジェリカが謝罪したのは、例え夢でも未来の歌姫の矜持か。
「臭いというなら今後は酒を控えてやる。女性の尻を追いかけるのも程々にする。だから起きて俺にお前の歌を聞かせてくれ!」
 マルコの言葉を聴きながら、アンジェリカの夢は、『今は』壊れた。

●在るべき場所へ
「クレア! ぼーっとしてどうした?」
 クレアは、同期の声で我に返った。
 周囲を見回せば、『いつもの』バーだ。
 上官も同期も部下も酒を呑み、笑っている。
 他愛ない冗談が飛び交い、誰かの言葉に反応した誰かの混ぜっ返しで時には怒号も飛ぶ。
 けれど、戦時ではない。
 備えるだけの静かな日常は、訓練だけだ。
「相変わらずだな、お前も。ま、お前はそこがいい」
「私がしおらしくなったら、天変地異の前触れと仰るのでは?」
 笑う上官に応じ、クレアはシングルモルトを呑む。
 口に広がるスパイシーさは、絹のようになめらかで、クレアに深く静かな余韻を残す。
「違いない」
「クレアー、ドレス着ないのー」
「動くのに邪魔だな」
 上官の笑みに重なり、同期が茶々を入れたので、クレアが事も無げに返す。
 ああ、気心の知れた仲間達と一緒にいられるのは居心地が──

 痛みが、走った。

「クレア、血が出てるぞ」
 周囲の言葉通り、クレアの頬には血が滴り落ちている。
 今まで何もなかった。身体的なものではない。何が原因だ?
 傷跡に沿うように赤い筋が浮かび上がっていく……傷口が開いている、違う、誰かが開いている。
「クレア、大丈夫か?」
 クレアは、声を掛けてきた同期を見る。
 その間にも血は止め処もなく流れているが、クレアにはどうでもいいことだった。
 蘇ったのは──
「……もう、死んでいたのだったな」
 零れたのは、自分が忘れていた『現実』。
 これは、都合のいい『夢』だ。
「いきなり何言い出してんだ」
「お前は死んだ。私の手を握り、私に守るべき誇りを託してお前は死んだ」
 クレアが静まり返った周囲を見、1人1人の名を呼んでいく。
 戻ることはない日常を今も愛していると示すように。
「私は、まだ『後方へ搬送される訳にはいかない』。……衛生兵が倒れては、負傷兵は何を頼りにすればいい。私はまだ立つ戦場がある」
 だから、とクレアは普段動かさない顔を動かし、微笑んだ。
「また会おう。……ドクターが呼んでいる」
 クレアは、自分の心を揺さぶって働きかけたリリアンへ解っていると片手を挙げる。
 リリアンのライヴスが、クレアを迷いなく目覚めさせていく。

●生きろ
 チカもクーと同じように夢への同調を試みた。
 垣間見えた夢は、チカの理解出来るものではなかった。
(さっさと起きろ、この寝坊助が!)
 垣間見た通りの光景が、意識の中で広がっていく。

 その部屋は、生きている匂いがしない座敷であった。
 閉鎖された空間、家具も何もなく、いるのは八宏だけ。
 チカへ背を向けている八宏の周囲の畳は血に染まっている。
 誰かの血ではない、彼自身の血。
「……」
 チカの気配を感じているのかいないのか。
 八宏は言葉を発しない。
 この空間自体夢か現か区別つかない静寂に満ち、八宏の血以外の鮮やかな色彩さえ感じない。
(これが、望みなのか?)
 頭部から血が滴り落ちているのは、きっと傍の銃で頭部を撃ったから。
 幾つも見える切っ先は、それで自分を貫いたままだから。
 望みを果たそうと愚直なまでに行動する八宏は、命を絶とうとしている。
 それは彼が近しい者を傷つけたくないという思いから来るものだろう。
「満足しただろ、八宏」
 チカが声を発すると、彼は虚を衝かれたように振り返った。
「身体を生かして眠り続ければ、俺を生かしたまま死ねるとでも思ってたか?」
「……君は、知っているでしょう。僕の……心の底からの、望みを」
 八宏には答えず、チカは畳の上に転がる銃を蹴り、短刀がある手を握る。
 伝わるのは、ライヴスとは違う生きている者だけが持つ温もり。
「お前はここでは死なない。本当はどこかで解ってるんだろう? これが『現実』じゃないってこと。夢の中では、何をしてもお前は死なない。お前が望む未来を何度も繰り返すだけだ」
「……」
 チカは沈黙の八宏を強く見据えた。
「ここに留まっても何も変わらない。夢もゲームも引き篭もってても進展なんかしない」
 望みは、理解している。
 それでも、友人を持ち、人と人との繋がりを絶たず、内だけではなく外も知ってほしいと願う。
「どんな『バケモノ』が相手だろうと、お前との約束はちゃんと護ってやっから。お前の大事なものを傷付けるものを、俺が全部殺してやる、だからお前は……」
「チカ君は……少し残酷なことを言う。でも……」
 一緒に、いくよ。
 ここにいたら、君を送り出せない。

●受け入れた先
 構築の魔女も夢と同調を行った。
 落児のかつてを考えれば、誓約を意識させることが現状打破に最も有効な手段であることは知っているからだ。
(誓約は反故となっていない。夢の中の話であるという可能性もありますが……)
 構築の魔女はそう算段を立て、彼に夢を認識させることから始める。

 落児は、墓前に花を供えた。
「君が好きだった花だ」
 滑らかに出るのは、誰もが解る言葉。
「ばたばたして来るのが遅れてすまない」
 落児はそう語りかけている。
 彼には、喪失の過去があるのだ。
 世界が平和になり、エージェントを辞めたかのような──
「それもひとつの幸せでしょうが……」
 構築の魔女はその背中に声を掛けた。
 落児が立ち上がり、こちらを見る。
「赤き魔術師が一人、『構築の魔女』たる緋崎咎女が問いましょう。その理想はあなたの想いの果て? それとも亡き大切な人の想いの果て?」
 静寂が舞い降りたのは、ほんの数秒だった。
「どうだろう。ただ、来ると思っていた。姿がなかったから」
 応じた落児は後ろを振り返った。
「ここへは、今は来られないと思ったから、ちょうどいい機会だった。伝えておきたいことがあるのに、心配させてしまう」
「いつ、気づいたのですか?」
「墓の前に立った時に」
 来られない理由、それは、終着点に至った、焼き尽くされた灰を見せることになるから。
 なのに、花を持ってその道を歩き、たった1人、墓前に立った。
 それだけで、十分、『現実』ではないと認識出来たのだ。
 ただ、すべきことの為に目覚めようと思わなかっただけで。
「あの時の君の想いを知りたかった。突き詰めれば、本当に単純なこと。君も、自分に生きてほしいと想ってくれたんだということ。君がいなくても日常を大切に生きると、伝えておきたかった。現実だと、彼女に伝わるかどうか解らない」
「伝わりますよ」
 構築の魔女は、長い付き合いがあっても、落児が持っていた己を焼き尽くす程の激情を知り切れていなかったと思う。
「……高音さんと十架さんが助けを待っている」
「私達の現実に帰りましょう」
 壊れゆく夢。
 その最中、落児は「ありがとう」と言った。
 彼なりの、夢との決着。

●そして知る現実
 つくしは、見覚えのある景色に目を瞬かせた。
 あぁ、これは、私の家。帰って来れたんだ。
「つくし!」
 掛けられた声に振り向けば、家族がいる。
 嬉しそうに駆け寄り、抱きしめてくれた。
「お父さん、お母さん……!」
「怖かっただろう、心配していた」
 父親がこんな響きで話しかけてくれたことがあっただろうか。
「今日はお祝いね。つくしが帰ってきたのだから」
 母親が傍らで微笑んでいる。
 こんな微笑を向けてくれたことがあっただろうか。
「寂しくなかったか?」
「お父さん、お母さん、皆がいる。皆がいるから、私寂しくないよ」
 帰ってきた実感と共に笑えば、父親はそうかと頭を撫でてくれた。
「つくし、待ちなさい!」
 両親に肩を抱かれ、家の中に入ろうとする喜びの瞬間は、メグルによって中断された。
「夢でもつくしに触らないでください」
 足早に来たメグルはつくしの両親を突き飛ばした。
「メグル、やめて。お父さんとお母さんに酷いことしないで!」
 メグルは、両親を庇うつくしへ苦渋の顔を向けた。
「これは、あなたにとって都合のいい夢です。現実ではない」
「ゆ、め……?」
「そう、全て夢。幻。現実は違います」
 メグルは何を言っているのだろう。
 つくしの顔にはそう書いてあった。
 いや、何を言っているか、解りたくないのだろう。
 それでも、真実を告げなければならない。
「あなたは家族に棄てられたんです。身に着けているドッグタグのこと、本当は気づいているでしょう?」
「何を、言って……」
「ずっと黙ってました。誓約が破られるのではないかと、傷つけてしまうのではないかと。ですが、あなたがこんな夢を見てしまうなら、僕は一生恨まれてでも真実を告げます」
 つくしは両親を見る。
 変な男の話を聞かないでいいと両腕を広げる父親。
 愛していると訴える母親。
 記憶にないもの。
「初めて会った時、言いましたよね。何があっても折れないと誓うなら、僕はあなたに力を貸す、と。僕を恨んでもいい、ですが、折れないでください。こんなまやかしの夢に溺れないでください……!」
 つくしの双眸から大粒の涙が零れ落ちる。
 彼女は、解ってしまったのだろう。
 これが夢で、そしてありえない現実であること。
 メグルは、その先は何も言わなかった。
 どんな言葉も、つくしが目を背けていた傷に届かない。
 だから、黙ってつくしを抱きしめた。
 嗚咽するつくしは、儚い夢から醒めていく。

●叶える為に行こう
 気がつくと、そこは賑やかな街並み。
「Silvesterはやっぱり賑わうね」
「ベルリンはもっと凄いんだっけ」
「そうだね。賑やかで有名だよ」
 ファウがフヴェズルングの手を引きながら、ベルリン程でなくとも賑やかな街を紹介している。
 母親達が微笑みながら、少し後ろを歩いていて、何でもないことのように年を越せるのが嬉しい。
「プファンクーヘンないかな。ジャムのものでなく、チョコレートのものがいい」
「ジャムじゃないの?」
 見回すファウへフヴェズルングが問いかける。
 すると、ファウはすっかり成長した青年の顔で、子供の頃から変わらない言葉を口にした。
「ジャムはお母さんのジャムが1番だから」
「大きくなってもお母さんは魔女なの?」
「とても美味しい魔法は変わらないから」
 そこで笑い声が漏れる。

 フヴェズルングは同調した夢の中、子供らしい微笑ましさと自分のことを想ってくれている事実に口元を綻ばせる。
 退避優先であった為、30秒で起こすのを断念し、同調して垣間見た夢は、恐らくファウにとって最上の未来なのだろう。
 平和な世界、何事もなく過ごせる世界。
 誰かを守れる位強く成長したファウは、同じように自分の幸せを願ってくれている。

 だから、それを嘲笑う存在を許す気などないのだが。

 ファウは夢の中のフヴェズルングを先導し、より賑やかな広場の一角で待つその人物の元へ歩いていく。
 あれは、あいつ。
 ここに絶対いる筈のないあいつ。
 起こりえない事実が起こりえるのも、それは夢だからだ。
 過去も現在も未来も。
 良くも悪くも夢は現実を曲げるから。
「ファウ。その先に進んではいけないよ」
 フヴェズルングの言葉に、ファウは足を止めた。
「ヴェズが、ふた、り?」
「そいつがこの世界に来れる筈がないんだ」
 同じ魂を持つ君がここにいる。
 それは確固たる根拠あって指摘していることではない。確かめる術もなく、フヴェズルングの感覚的な部分が強い。だが、彼は自分の感覚を信じていた。
「この未来とは違うかもしれないけど、このままここにいたら、ファウの夢、絶対に叶わなくなるよ」
 フヴェズルングは、夢の自分を退けて優しく抱きしめた。
 夢は優しいけど、いつか醒めるからいい。
「ボクの、夢……」
「帰ろう? 僕のもうひとりの小さな親友」
 フヴェズルングは、反芻するファウへ微笑んだ。
 現実は夢程甘くないが、夢にはない可能性がある。

●スタートライン
 セラフィナはまだドアの向こうに従魔が到達していないのを確認しながら、まず物理的手段での覚醒を試みることにした。
 頬は叩いたが反応はなかった、鼻を摘まんでも駄目だった。
「刺激が足りないんでしょうか?」
 セラフィナは睫毛を抜きつつ首を傾げるが、久朗は目覚めない。
 何人かの能力者が目覚め、状況把握に乗り出している。
 リリアンがクレアの頬にナイフを入れたのを見、なるほどと何かないかと周囲を見回した。
 控え室の彩りとして結構見事な花瓶が置いてあり、セラフィナは両手で抱える。
「お、重……」
 水を少し掛けるつもりが、重さで加減出来ず全部ぶちまけた。
 それでも目覚めない、なら……!
「クロさん……」
 久朗へ幻想蝶を重ね合わせ、セラフィナは呟く。

 『僕』の声が、聴こえますか?

 久朗が気づいた時には、信号が赤になっていた。
 しまった、ここの信号は待ち時間が長い。待ち合わせに遅れてしまう。
 信号が切り替わったと同時に久朗は走り出す。
 あいつが、待ってる。
「遅い! この私を待たせるとはどういう神経をしているのかね?」
「1分しか待っていないだろう」
「時は金なりだろう?」
 久朗がそう言うと、生き生きとした翡翠の瞳を自信たっぷりに輝かせ、彼女は笑った。
 麗人のような佇まいなのに、そう感じさせないのは自信に溢れた笑顔と破天荒な性格だからだろう。
 振り回されてる、と思うのに、いつでも偉そうな彼女はとても美しい。
「で、何故遅れたんだい?」
「ちょっと」
「相変わらず不器用な奴だ」
 身なりで喧嘩を売られてしまったと判断した幼馴染は絹糸のような純白の髪を揺らして笑う。
「まぁいい。上演時間に余裕がある。駅前に出来たパティスリーのプリンは最高だった。並んで買ってくることで手を打とう。寛大な私に感謝するといい」
「何もなくとも並ばせて買わせるだろう」
「よく解っている」
 久朗の言葉に笑みを作る幼馴染。
 彼女と観る映画は、ラブロマンスなどではなく、チープなコメディ──

 クロさん。

 彼女の傍らに、小さな輝きが舞い降りた。
「僕が誰だか判らないなんてこと、ないですよね?」
 忘れる筈がない。
 久朗は気づいていない様子の幼馴染を見た。
 そして、その輝きを見た。

 孤独で、心を殺し過ぎてしまった自分を、誰かを思いやることを教わらなかった自分を教えてくれた星。
 掛け替えのない、今の自分の象徴。

 セ ラ フ ィ ナ

 その名を呼んだ時、久朗は目覚めていた。
 既に従魔との戦闘が始まっており、部屋の外から物音が聞こえてきている。
「どの位俺は寝ていた?」
「この部屋に入って、3分も経過してませんよ」
「何で俺だけびしょ濡れなんだ?」
「きっと雨漏りでもしていたのでしょう」
「……右目が腫れてるんだが」
「大変! ものもらいかもしれませんね!」
 そうしたやり取りの末、久朗はセラフィナを見た。
「今見ると、お前とあいつは……そんなに似てないな」
 すると、セラフィナは微笑んだ。
「クロさん、今まで僕の顔をちゃんと見てくれたこと、ありましたか?」
 やっと、『僕』の顔を見てくれましたね。
 久朗は今まで無自覚にセラフィナを傷つけていたことに気づいた。
「……すまない」
「僕は最初から『クロさん』を見てましたよ?」
 微笑むセラフィナと共鳴し、久朗はやっと立ったスタートラインから走り出す。

●突破の先
 時間は多少前後する。
 目覚めない能力者はまだいるが、従魔の到達は時間の問題だ。
「挟撃状態で戦闘は好ましくない。かと言って、この部屋での戦闘は危険じゃ」
「フラッシュバンで到達時間を調整します」
「頼んだ」
 カグヤの言を受け、まず構築の魔女が接近状況確認の為にドアを開ける。
「移動力がない敵のようですね。夢に落ちた者を安全に運搬する方面に能力リソースがあるやもしれません」
 私見を述べつつ、後方の従魔へ向け、フラッシュバン。
 それを合図として、既に目覚めている八宏、アンジェリカ、クレアも部屋の外に出た。
「数だけは多いね。後で大量に出られると辛いけど、数を減らした方が良さそう」
 アンジェリカが前方から接近する従魔へ怒涛乱舞。
 怒涛乱舞で効率よくダメージを与えるが、従魔はその蔦でアンジェリカを拘束しようとする。
「……見たまま、拘束能力があるようですね」
 八宏のレヴァーティンがその拘束を許さないかのように蔓を断ち切った。
「強さ自体は、そうでもないのでしょうね。ミーレス級、辺りでしょうか」
「じゃろうな。範囲攻撃以外は温存しても問題なさそうじゃ」
 クレアの呟きに応じたカグヤは身に纏う巻物「雷神ノ書」の剛き雷で前方の援護に入る。
「部屋に逃げる判断をしたセラフィナに感謝、じゃろうな。あれで英雄が落ち着けた」
「押し迫った状況は焦りを呼び、判断を狂わせますからね」
 最良の状態で夢からの脱却を試みることが出来たのは、セラフィナの判断が大きい。
 瞬間的に一言で呼び覚ます強い想いが恐らく最短ルートであっただろうが、押し迫る敵を前に焦らないでいられるかは別問題。
 多少時間が掛かっても確実な方法であった。
 カグヤの分析に同意する所のクレアはライトブラスターを構えている。
 敵の数が多く、接近のタイミングが調整されているなら、後方の数を減らした方がいい。
 構築の魔女がトリオで的確にダメージを与えた個体へ彼らの射程外から撃っていき、連携して数を減らす。
「お待たせしました」
 出てきたのは、つくし、いや、主導権はメグルのようだ。
「固まっているなら好都合ですね」
 前方へ進み出ると、容赦なくブルームフレアを発動させる。
 多くを巻き込んだブルームフレアにより、沈黙した従魔もいた。
 そのメグルを支援するようにカグヤの雷が飛び、更に八宏とアンジェリカが確実に仕留めていく。
 メグルが後方へ取って返す直前にファウが部屋から出てきた。
「状況は?」
「数は多いですが、強くはありません。後方お願いします」
「解った。ヴェス、行こう」
 メグルに確認したファウはフヴェズルングへ語りかけるように呟く。
 後方もだいぶ迫ってきており、メグルがこちらへはゴーストウィンドを発動。
 不浄な風は従魔へ容赦なく襲い掛かり、従魔の足が止まる。
 その機を逃すような者はここにはいない。
 構築の魔女のPride of foolsが、クレアのライトブラスターが、ファウのフェアリーテイルが容赦なく従魔を撃ち抜く。
 だが、数が多い、接近され──
 直後、白いコートが駆け抜け、射手を守るように立つ。
「凌ぐ。倒すのは任せた」
 最後に戻ってきた久朗が立ちはだかり、彼の隙間を縫うような総攻撃は従魔へ本来の役目を果たさせることなく沈黙させた。
 一方、前方も終わりが見えている。
「狭いのはやり難いことはやり難いけど、対戦相手の数を絞れるね」
 アンジェリカのエクスキューショナーが従魔を沈黙させると、それを乗り越えて、別の従魔が襲い掛かってくる。
 しかし、予想済みと頬を緩ませるカグヤが雷を放ち、再度加勢に戻ったメグルもマビノギオンで魔法の剣を生み出して射出した。
 従魔がその対応をしている間に八宏がレヴァーティンを携えて接近してきている。
「……これで、終わりのようですね」
 最後の従魔を沈黙させ、八宏が振り返った時には全員が戦場にいる。
 汗を拭う仕草に見せかけ、自らの手首を噛んだことは、ここにいる誰も知らなくていいこと。

●踏み躙られた怒りを知れ
 エージェント達はその後も従魔を退けながら、進行方向などから広間が最も怪しいと判断、広間へと踏み込んだ。
「自分の足で来るとはね」
 ゆったりとしたソファに身を沈めていたのは、優美な印象を持つ青年だ。
 説明されるまでもなく、ゾーンルーラー、愚神だろう。能力を考えれば、ケントゥリオ級は確実にある。
「夢を見ていた方が幸せだったんじゃないのかい?」
「よく聞け、策士気取りの芋野郎」
 クレアがその言葉を途中で遮った。
「彼らの死に触れていいのは、私だけだ。その死を看取った私だけだ!!  皆、自分の守るべきものを貫き、殉じた!!  その魂に薄汚いドブネズミが触れるな!!」
 クレアの鋭い瞳と同じ瞳が幾重にも彼に向けられる。
「どうせ殺すなら、ちょっとはいい思いさせようと思ったのにね?」
 愚神が戦闘の合図とばかりに立ち上がった時には、カグヤが従魔によって拘束されている英雄の解放に動いていた。
「形式美を知らないのかい?」
「わらわはそれが勝つに必要ならば形式美などいらんのじゃ。そちらこそ、こちらが丁寧にそちらの方法に合わせるとでも思っておるのか?」
 既にライヴスフィールド発動完了済みのカグヤは嘲笑しながらも、素早く選別していた。
 そう、どの従魔に十架が囚われているか。
「十架! 青い顔をして……今助けるのじゃ!」
 パニッシュメントで怯んだのを容赦なく追い払い、カグヤは十架を救出する。
 消耗しているが、命に別状はない。
 襲い掛かろうとする従魔とカグヤの間に久朗が立ち、攻撃を許さない。
「そちらは頼んでもいいかの」
「ああ。食い止める」
 カグヤは久朗の言葉を聞くや、チェーンソーに武器を切り替える。
 能力者を目覚めさせるには英雄が必要、ならば彼らの救助を優先させなければ。
(『十架と違ってハードな手段だね』)
「可愛い十架にチェーンソーなど向けられんのじゃ」
 クーのツッコミに応じつつ、カグヤは意気揚々従魔へ向かっていく。

 先遣隊の能力者への攻撃を防ぐべく動いたのは構築の魔女だった。
 愚神と彼らの間に割り込み、ファストショットを発動させると、先手を取られることを予想していなかった愚神の顔が不機嫌に歪んだ。
「うるさい」
 弾いた指先から、何かが飛来する。
 手に当たった瞬間、音が弾け、思わず武器を取り落とした。
「指先を弾く動作をさせないでください!」
「そう言ってられる?」
 愚神が構築の魔女に接近しようとした、その時だった。
(『最近徹夜が続いてたんでな、お前のお陰で調子が良いみてぇだ。お礼はたっぷり返してやろうぜ、相棒!』)
 チカの声を聞きながら、愚神の側面に回り込んだ八宏が猫騙を発動させていた。
「っ!」
 一瞬怯んだ隙を、メグルが見逃さない。
 まるで、向日葵のような輝きを持つライヴスの蝶──幻影蝶だ。
「あなたこそいい思いが出来るといいですね」
 メグルの言葉の先には、幻影蝶の効果が如何なく発揮された愚神の姿がある。
「きさ、ま」
「よくも人の夢を弄んでくれたね!」
 メグルを睨むのも束の間、アンジェリカが迫っていて、ストレートブロウ。
 広間に入る前の確認で、ヘヴィアタックから修正したそれは、愚神を後方へ吹っ飛ばす。
「大丈夫ですか?」
「ええ。威力自体はそこまでではありませんでしたが、武器を落とすのは痛手ですね」
 クレアが回復の手を差し伸べると、構築の魔女は実際に食らった威力について語った。
「ドロップゾーンも搦め手でしたし、相手に全力を出させないよう立ち回るタイプのようです。何気ない仕草も注意した方がいいかと」
「それについては同意します。幻影蝶が決まりましたが、油断しない方がいいでしょう」
 威力そのものが真価ではない幻影蝶のお陰で、鞭攻撃のみになっているようだが、油断は出来ない。
 クレアは秘薬とリジェネーションのタイミングを見つつ、前線へ上がることを決めた。

「あと、何人だ?」
「4人じゃ。2体掛りで拘束しておるからの。少々面倒じゃが、順調じゃ」
 拘束解除された従魔を仕留めに掛かる久朗へ応じつつ、カグヤは拘束解除に専念する。
「カグ、ヤ……?」
「気づいたか、十架。高音はまだ眠っておる。起こして貰えんかの」
 気づいたらしい十架へ声を掛けながらも、カグヤは救出の手を止めない。
 十架に続いて拘束を解除された英雄達が何とか能力者の元に辿り着き、構築の魔女の援護の下呼び戻しに掛かり始めた。
「これで最後じゃ!」
「了解した」
 久朗はフラメアを突き出し、カグヤの言葉に応えた。

 この愚神は、ひとつ、思い違いをしていたことがある。
 それは、人の想いは理屈を超えること。
 なすべきことの為に強くなれること。
 夢を踏み躙られた彼らがその想いを尚のこと強くしたということ。

「な、ん、だと……」
 愚神は、背後からのそれに対して全く無防備であった。
 ファウだ。だが、意識の主導をフヴェズルングに渡しているのか、ニヤニヤとした表情を浮かべている。ただし、その目は全く笑っていなかった。
「素敵な夢をありがとうね。僕からのお返し、受け取ってよ……永遠に醒めない悪夢を!」
 不意打ちの縫止は、その内心を表した怒りに彩られていた。
 アンジェリカのストレートブロウに合わせ、広間隅のカーテンに身を隠したファウは潜伏を発動、視界に入らないよう移動し、その瞬間だけを待っていた。
 予想外の攻撃で愚神の虚が衝かれ、その隙に愚神の周囲をエージェントが取り囲む。
「小癪な……」
「まだ夢は終わってないけど?」
 包囲網を作る絶好の機を作ったファウの口から放たれるのは、フヴェズルングの嘲笑。
「餌如きに……!」
 愚神が鞭を振るう寸前、八宏の猫騙が決まる。
 直後に構築の魔女の銃撃が決まり、意識が流れた所をアンジェリカがヘヴィアタックで追撃すれば、勝負の大方はついていた。
 これに久朗、カグヤが合流し、攻撃に加わると、流石に凌ぎ切れなくなっているようだ。
「気分はどうだ?」
 クレアの瞳が愚神を捉える。
 秘薬もリジェネーションの必要もない程、愚神への猛攻が凄まじいものであった為、先遣隊の英雄の中で抵抗の際に負傷していた者へケアレイを施していたが、彼らへ向ける眼差しとは色合いが違う。
「助け……」
「ハッ」
 クレアは鼻で笑い飛ばした。
「逆の立場でしたら、どのように答えてます?」
 メグルがネットを投擲し、ぞんざいに振り払う仕草を観察する。
 ほらね。
「赦されると思ってるから困るよね」
 ファウの姿でフヴェズルングがニヤニヤ笑う。
「答えは、同じだ」
 久朗のその言葉が引き金だったかのようにエージェント達の総攻撃。
 逃げる術もなく、愚神はその夢を楽しんだ代価を払った。

 後に、愚神へ『リートゥオンモー』、従魔へ『ヴァット』と識別名がつき、それらは理想夢、絞めるというベトナムの言葉を語源とすると教えられるが、それは別の話だ。

●夢から現実へ
 愚神は倒れ、ドロップゾーンは破壊された。
 久朗とカグヤがケアレインを発動させ、更にチョコレートやガレット・デ・ロワが振舞われていく。
 先遣隊は多少休息が必要だろうが、深刻な範囲ではない。
 今回派遣のエージェントに至っては負傷者なしという大成功と言っていい戦果だろう。
 ただ、戦果以外のものについては──

「ドクター、私は……」
 クレアが言い淀むと、リリアンはその手を取った。
「それでいいの。ゆっくりでも、不器用でもいいから、少しずつ理性で自分を殺すのをやめていきましょう。あなたは本当は誰よりも、人間らしいんだから」
 リリアンは何も間違っていないと告げる。
 少しだけ顔を和らげたクレアはタバコを取り出し、紫煙を燻らせ──
「それはダメです」
 リリアンに取り上げられた。

「お酒や女性を控えてくれるんだよね?」
 アンジェリカの質問は、マルコの想定外だ。
「いや、まぁ」
 返答に詰まるマルコを他所に悪戯な笑みを浮かべたままアンジェリカは歌を口ずさむ。
 ありがとうね、マルコさん。

「無事で良かったのじゃ!」
「ありがとうございます」
「ありがとう、なの」
 カグヤが高音と十架へ抱きついて喜んでいるのを微笑ましく見ていた構築の魔女は、ふと落児を見た。
「辺是、混ざってはどうでしょうか」
「……ロローー!」
 落児は何か凄い動揺している(当たり前)
 その言葉は夢と違って構築の魔女以外は解らないが、彼女はカグヤの傍らのクーを指し示す。
「クーさん位落ち着きましょう」

 メグルは顔を俯かせたままのつくしを見つめた。
 誓約は反故になっていないが、今、彼女は何を思うだろうか。
 不意に顔を上げたつくしが笑った。
「メグルが、私の傍にいてくれるなら……大丈夫、だよっ!」
 そのつくしの頭をメグルが引き寄せる。
「泣きたい時に泣いても、誓約は反故になりませんよ」
 労わるような言葉をきっかけに、つくしは大声で泣いた。
 現実は辛い。
 けれど、さっきガレット・デ・ロワでコインを見つけられたのだ、きっと、生き残った幸運以上の幸運がつくしを支えてくれる。

「残念ですが、無人でした」
 久朗と共に屋敷内を念の為捜索していたセラフィナは、皆へその事実を告げた。
「従魔もなかった。帰還していいだろう」
「職員の人も心配しているだろうし、僕としてもあまり長居をしたい場所じゃないな」
 久朗へフヴェズルングが軽く肩を竦めた。
 あの愚神の所業を思い出すだけで腸が煮えくり返る思いだ、出来れば長居したくない。
 フヴェズルングは繋ぐ手の先にいるファウを見た。
「ありがとう、ヴェズ。セロリ食べる以外は頑張る」
「……セロリは頑張れないんだね」
 フヴェズルングを見上げていたファウは、その言葉に重々しく頷いた。
 彼とセロリの溝は深い。

 先遣のエージェント達を助けつつ、全員でH.O.P.E.の最寄支部へと戻ると、職員達は心底安堵した顔を浮かべた。
「……今晩、チカ君の好きなん、作るけど……」
 八宏がチカへ声を掛ける。
 本来の口調もそうだが、彼が自分から声を掛けるのは珍しい。
「ならマグロの漬け丼! 大盛りな!」
 チカがリクエストをし、それから職員へ声を掛けに行く。
 八宏は、ひとり呟いた。
「………だから、僕は……生きます。……君を送り出す日までは、必ず」

 夢を打破した先の現実に、エージェントは何を見るか。
 それは誰にも解らない。
 だが、それでも、未来へ生きていく。

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サムネイル

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
  • 誓う『世界』はここにある
    ファウ・トイフェルaa0739

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 誓う『世界』はここにある
    ファウ・トイフェルaa0739
    人間|6才|男性|生命
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    フヴェズルングaa0739hero001
    英雄|23才|男性|シャド
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
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