本部

新人アイドル達の受難

saki

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/09/29 21:07

掲示板

オープニング

●とある一室にて
 その部屋には一人の男と女が居た。
 二人は深刻そうな表情を浮かべ、男の方が「現状の報告を」と女を促した。
 女は返事をすると、手元の紙に目を向ける。
「ご覧の通り、我が社の現状は少々厳しい状態にあります。ここは、新たな事業を立ち上げ、この状況を打破しない限り、我が社の存続自体が危ういでしょう」
「矢張り、そうか」
 男は溜息を吐くと、「あれをするしかないか」と呟いた。それを聞いた女は目を見開き、「まさか、あれをするのですか?」と聞き返した。
 男は頷く。
「そう、あれをだ。そうするしかないだろう」
 そう言った男の目は先程までの気怠そうなものではなく、獲物を狙う狩人のように鋭いものであった。
 
●社長室にて
 部屋には数名の男女が集められている。
 全員顔見知りだ。
 親しい親しくないは別として、一度は顔を合わせたことがある、そんな間柄の人間が殆どである。
 そんな面々の前に居るのは、豪奢な椅子に腰かけた男――この会社の社長だ。そして、その男の隣にはスーツの似合う女――秘書が立っている。
 社長は集まった者達を確認すると、「君達にわざわざ集まってもらったのは他でもない」と口火を切った。
「単刀直入に言おう。現在、我が社の経営状態は厳しいものがある。そこで、新たなプロジェクトに乗り出そうと思う。それも、ヒロイン部門の設立だ」
 その言葉に、目を見開いた。しかし社長はそれを気にもせず、秘書に続きを促す。
「社長の仰る通り、我が社にはそれ専用の部門がありません。しかし、現在はアイドルのヒーロー、ヒロインブーム。この波に乗らない手はありません。そこで、我が社は新たに能力者を募集し、アイドルとして売り出すことに決めました。皆様には彼女達に、能力者としての魅せ方を教えていただきたいのです」
 戦闘を日常としている彼らにとって戦い方を教えるのなら訳もないが、魅せ方というのは妙に引っかかる物言いだった。
「この業界は戦場なのです。目立ってなんぼの世界なのです。ですから、戦えるのは勿論のこと、派手に決められるように指導もして欲しいのです」
「まぁ、そんなに難しく考える必要はないさ。普段君達がしていることをあの子達に教えてくれればそれで問題はない筈だ」
「皆様の戦い方は目を惹くものがあります。本職の方は矢張り一味違うと言いますか、それは、他のヒーロー達にはないものです。どうぞ、ご指導の方を宜しくお願いします」
 
●再び社長室にて
 新たに5人の少女が部屋に加わった。
「この5人が、我が社のニューヒロインだ。この子達には既に先程の話はしてあるから、戦い方を仕込んでほしい」
 よろしくお願いします、と少女達は頭を下げた。
「矢張り、戦隊ものといえば王道の5人組だろう」
 社長は一人でうんうんと頷いた。秘書は「社長」と肩を竦めた。
「彼女たちはヒロインになるのですよ。戦隊ものとは一緒にしないでください」
「おや、そうかい?」
「そうですよ。特撮でもあるまいし」
 秘書に対し、社長は何処となくわくわくとした感じである。温度差が激しい。
「まぁ、それは置いておくとして、皆様には実地訓練もお願いできたら良いかとも思っております」
 戦い方の指導を求めているのだから、実地訓練も同じような気がするのだが、別物なのだろうか。それを察知したのか、秘書は「戦い方の指導は取り敢えず、文字通り動きや心構えを彼女達に教えてあげてください。そして、それとは別にも実地訓練として、皆様の戦い方を彼女達に見せてあげて欲しいのです。いずれは彼女達もヒロインとして戦いに出るわけですから、どういう風に戦うのかを学ばなくてはなりません」と言った。
 少女達は緊張した面持ちで頷いた。能力者として戦いに出るということを理解した上で、この業界に入ってきているのだから当然なのだろう。覚悟にも似たものも感じられる雰囲気であった。
「そこで私からの提案なのですが、実地訓練の対象としては、今巷で話題の切裂き魔(ジャック・ザ・リッパ―)の捕縛などはいかかでしょうか? 被害者の方も増え、そろそろ能力者の方々に依頼がいく頃でしょう。ですから、先にこちらから行動を起こし、他の能力者達が切裂き魔の退治に出る前にこちらで捕縛しても何も問題がないと思います」
「あぁ、それは良い。まだ退治の依頼が出ていない内なら、切裂き魔を狙う能力者も少ないだろう。それに、市民の為にもなって一石二鳥というやつだ」
「どうでしょうか? 引き受けていただけますか?」
 その言葉に頷いた。アイドルに戦い方の指導をするのは難しいだろうが、戦闘ならば専門分野なのである。
 それを見て、社長も秘書も嬉しそうな表情で礼を言った。
「実地訓練の件についてですが、こちらのアイドル達はまだ経験不足ですから、皆様に直接は同行いたしません。その代わり、皆様には小型カメラを付けていただきます。そして、その映像はリアルタイムでこちらに届きますので、それで作戦の立て方や、戦闘の方法を彼女達に見せてあげてください」

解説

・目的
→切裂き魔を捕縛し、ヒロイン達に戦闘を見せること


・補足
→切裂き魔とは呼ばれているが、人殺しではない。黄昏時にすれ違った相手の髪や衣服を気づかぬ間に切裂いている程度。
 当然、戦闘になっても捕獲を重視。多少の怪我は良いが、大怪我を負わせたり、瀕死まで追い込むのも駄目。
 切裂き魔のしていることは鎌鼬のようなものであり、攻撃範囲はかなり広い。
→模範となる行動をとることが求められる為、物を壊したり、市民を傷つけるのはNG。
 派手な行動はOK。これからの彼女達が注目を集める時の参考になる為。
→現れるのは人気の少ない公園近くが多く、若い女性が狙われることが多い。
→全員顔見知り程度ではあるが、携帯などで連絡を取り合ったり、連携することは可能。
→報道用に小型カメラを装着している為、リアルタイムで情報が送られる。
 その為、あまり残虐な行為や言動は慎んだ方が良いと思われる。

リプレイ

●ヒロイン達との邂逅
「あの、私達にも何か手伝わせてください」
 社長室を後にした面々に、真剣な顔をした少女達が話しかけてきた。
「お手伝い、してくれるんですか?」
 そんな彼女達を見て、アイフェ・クレセント(aa0038)は小首を傾げた。
「はい、勿論です。出来ることなら何でもやります」
 勢いよく言う少女に、一同は顔を見合わせた。
 しかし、「こちらはプロとして依頼を受けているんだぜ。だからその気持ちは有難いが、今日の所は俺の格好いい姿でも見ておけ」とそれをレヴィン(aa0049)は否定した。そしてそれに、「まぁ、そうだね。今回の所は俺達に見せ場を譲ってよ。お兄さん達の素敵なところを見せてあげるからさ」と木霊・C・リュカ(aa0068)が続けた。
「じゃあ、さっさと行こうぜ。さっき決めたように、まずは情報収集をするんだろう?」
 守矢 智生(aa0249)のこの言葉で、一同はそれぞれ行動を開始した。

●情報収集
 周りの人に聞き込みをしつつ、ぶらぶらと歩いていたアイフェは「アイドルかぁー……テレビの中だけだと思ってたんだけど、私もなれるかなぁ……」と隣にいたプリシラ・ランザナイト(aa0038hero001)に話しかけた。しかし、彼女は「アイフェがアイドルねぇ……アデノちゃんが何て言い出す事か」と、アイドルになることに興味があるアイフェに少し素気無い。
「もうほら、早く行きましょう」「ちょっと待ってよ、プリシラ」

「どこに行くの?」
 歩き出したレヴィンに、マリナ・ユースティス(aa0049hero001)は声をかけた。
「決まっているだろう? 現場だよ、現場。犯人は現場に戻ってくるもんなんだぜ?」
「それはドラマの観すぎだと思いますが、確かにその案には賛成です。何か、手がかりがあるかもしれませんし」「だろ? 俺だってちゃんと考えているんだぜ。何だよ、その顔は」「……何でもありませんよ」

「ね、アイドルの子たち可愛かった?」と、リュカはオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)に話しかけた。しかし彼は、「……俺に聞かれても」と呆れた表情をした。
 しかし木霊は慣れているのか、「声は可愛かったねー」と楽しそうにしているし、「これからどうするんだ?」とオリヴィエは口にした。「取り敢えずは、事件の規則性が見つけられないか調査。あとは被害者とコンタクトが取れれば良いんだけどね。事件の兆候を聞き出せれば良いよね」「……意外と考えているんだな」「失礼な」

 工藤ユウタ(aa0070)は「なんっでこんな面倒な事勝手に引き受けんだよ!」と声を荒げた。しかしフェイト(aa0070hero001)は、肩を竦めるだけだ。そんな彼に「アイドルとかどーでもいいけど、切り裂き魔をなんとかするとかそっちもどーでもいいよ!」と喰ってかかるが、「…本当にそう思っているのか?放っておくと誰かが傷つくんだぞ…いいのか?」と返され、その迫力に「 …分かったよ。やればいいんだろ…やれば!」と渋々頷き、聞き込みをすべく不機嫌に歩き出したユウタに、内心で溜息を吐きながらフェイトも続いた。

 レイミア(aa0156hero001)に、「何から始めますか?」と尋ねられ、古代・新(aa0156)は「事件のリストアップだな。そこから法則性を見つけ出せたら良いと思う。あとは、警察との連携だろうか。今日事件が起こるよう、わざと人気のない状況を作り出すのはどうだ?」と答えた。それにレイミアは、「凄いです。完璧だと思います」と目を輝かせた。
「だろう? だから、急ごうぜ。今はまだ衣服だけだけど、それが更にひどい被害になる前に止めたいからな」

「まずはリサーチだよな」
 そう言った智生にフウ(aa0249hero001)は、「どうやって?」と首を傾げた。
「色々とあるだろう? 被害頻発地域について依頼会社にリサーチを頼み、自分でも調査とか、あとは警察所や派出所で質問とかネットの噂とかもありだと思うんだ」
 それを聞き、フウも頷いた。「そうね。私もそれで良いと思うわ。調べたものは、後で皆と共有すれば、他の情報も手に入るだろうし」

「私達が捜している切裂き魔とは随分と違うみたいね」
 意気消沈して呟く霧咲 律羽(aa0295)に、JJ(aa0295hero001)は「だったら止めるか?」と声をかけた。
 しかし律羽は首を振った。「確かに違うけど、切裂き魔というのが許せないもの。やる」「そうか。なら、まずは情報集めだな」「そうね。取り敢えずは地図ね。あと、切裂き魔の好みとか解らないかしら。それから、潜伏先とか見つけられたら良いわね」

 カグヤ・アトラクア(aa0535)は悠々と歩いていた。その後ろをクー・ナンナ(aa0535hero001)が歩いていく。
「何をしておるのじゃ、クー。やることは沢山あるのじゃぞ」と急かされるが、「そんなにあるの?」と、クーは無気力だ。しかし、慣れているのかカグヤは気にした様子がない。
「決まっておろう。夕暮れに備えて照明器具の確保に地図・地形確認も必要じゃし、他にもあるじゃろう」「……面倒くさい」「何を言っておるのじゃ。ほら、さっさと行くのじゃ」

「情報収集ってことで別れたのだし、情報収集はした方が良いんだよね?」と、おっとりと伊東 真也(aa0595)は首を傾げた。それにエアリーズ(aa0595hero001)は「当り前だ」と返した。
 しかし、「情報収集って、どうやるものなのかな?」と真也は首を傾げた。そんな彼女にエアリーズは「そんなの、普通に聞き込みなどすれば良いだろう」と言う。
「普通って?」「切裂き魔とか、被害者の女性について聞けば良いんだろう」「成程」

 情報収集の傍ら、「………依頼主達はカンタンに考えてるけど、実は結構厄介な内容ですよね、コレ」と稲葉 らいと(aa0846)は呟いた。それを聞いて、「どうしてでござるか、らいは殿」と綱(aa0846hero001)は不思議そうな顔をする。
「ただ倒すのではなくて、魅せるだからだよ。だから、普通に倒すのだけじゃ駄目なんだよね」「成程。では、らいと殿はどうするのでござるか?」「敵に実力を発揮させて敵なりの悪の魅力を引き出させてから勝つ、っていうのはどうかな?」

●集合
「集めてきた情報を交換をしようか」
 その言葉に、「あっ、じゃあまずは私から」と名乗り出た。
「私が聞いた話だと、十代から二十代の女の人が狙われているみたいです。小学生はいないみたいですよ」と、アイフェ。
「一応現場を見て回ったんだが、鋭利なもので切り裂かれたような跡が何か所かあったぜ。あれは相当切れ味が良いな」と、レヴィン。
「どちらかというと、綺麗目とか可愛い系コーデとか、女の子らしい服装の子が被害者には多いみたいだよ。御洒落をした女の子を狙うとか、お兄さんは許せないよ」と、リュカ。
「……フェイト、何だよその目は。あぁ、もう、言えば良いんだろ。言えば。話聞いたけど、女達は顔は見てないそうだ。あと、背は170以上じゃないかとのことだ」とユウタ。
「警察に行き、念の為、被害が多く出されている公園以外にも出ても大丈夫なよう、巡回をお願いした。調査書からすると、1つだけ高頻度で被害がある公園がある」と、新。
「被害者の統計を取ったところ、髪の長い女性が被害に遭っているようだ。あと、結ぶよりは流した感じの髪型だそうだ」と、智生。
「こいつがこれだから俺から話すが、潜伏先があるか探してきた。目ぼしい建物等は特に見当たらなかったが、愛の鐘が鳴ってからは公園がほぼ無人になるようだ」と、JJ。
「わらわは照明器具の手配もしたぞ。目立つとなると、スポットライトは必要不可欠。下準備も必要なことなのじゃ」とカグヤ。
「みんなと似たような感じなんだけど、スーツとか制服の人は被害者にいないみたい。着飾った子が被害に遭ったみたいだよ」と真也。
「細身の女性の被害が多いみたいだよ。どちらかというと清楚系で、大人しめな外見が好みなのかな?」と、らいと。
 其々の話が終わった後に、誰ともなく「囮」という言葉が出てきた。
「まぁ、無難だよね」
「犯人がよく狙うタイプの女性像に近づけるのが重要ですよね」
 この場に女性は9人いるわけだが、犯人の好みに当てはまりそうな女性を選ばなくてはならない。
「わらわはせぬぞ。それなら、うちの英雄を囮に差し出すぞ」
 腕を組んで堂々とカグヤが宣言するが、「あんたの英雄は男だろう?」「おまえは清楚系じゃないじゃんか」と突っ込みが入る。
「それだったら、マリナの方がマシだぜ。おまえよりはずっと清楚系っぽい」
 横でマリナは「レヴィン」と呆れるが、すぐに「まぁ、私は囮をやっても良いわ」と言った。
「清楚系かどうかはわからないけれど、か弱い女性を狙うなど言語道断。私がお役に立てるのでしたら、私がやります」
「それじゃあ、一人は決定だね」
「公園の四方の何処に切裂き魔が現れるか解らないから、それぞれに囮を配置するという感じでどうだろう?」
 それに誰も異論はないようで、「他の囮は誰がやるんだ?」という言葉に、アイフェと律羽とらいとが手を上げた。
「これで丁度か」
「まぁ、妥当なところか?」
 取り敢えず全員髪が長いし、問題はないように思われる。
「あとは、切裂き魔の好み次第ってことになるのかな?」
 被害に遭った女性の外見的好みは大体把握できたから、今回の囮を出した場合、狙われるのはそれに当てはまる者だろう。
「じゃあ、囮は公園周囲をぶらついているとして、残りは通行人を装って適度な距離で待機ってことになるんだよね?」
「それで良いと思います。私も囮、頑張りますね」
「いや、囮は頑張っちゃ駄目じゃない? 自然体で居た方が相手も引っかかりやすいと思うし」
「成程」
 囮の面々が頷いた後、「連絡方法はどうするのか」という問題になり、それは携帯での連絡ということで落ち着いた。
「よしっ、それじゃあ、行動を開始しようか」
 其々は目立たない位置に小型カメラを付けると、立ち上がった。

●囮其の一
 アイフェは散歩のような足取りで、ゆっくりと公園周辺を歩いている。アイフェが担当しているのは南側だ。
 先程の報告にあったように、周囲には人ひとりとして見当たらない。この時間帯は閑散とした空気が漂っている。
 プリシラは幻想蝶に入ってもらっているから、遠目にはアイフェ一人に見えるだろう。そこが狙い目だ。
 切裂き魔にあくまでも長い髪が目立つよう、アイフェは不自然ではない程度にゆっくりと歩き続けた。

●公園の中
 レイヴンは物陰に隠れながら、目立たないように一定の距離を保ちながらマリナが見える範囲を移動する。
 切裂き魔が公園の付近で出没するのなら、中から現れる可能性は低いと考えたのである。
 油断はできない。
 あの時見つけた鋭利な痕が切裂き魔のものだとしたら、マリナが危険に晒される可能性があるからだ。
 レイヴンは慎重に行動を続けた。

「おっ、愛の鐘はもう鳴ったよ。早くお家に帰った方が良いよ」
 未だ公園に居る子供達に、屈んで目線を合わせながらリュカはそう言った。すると、子供たちは「悪い奴をやっつけるんだ」と言う。
「最近悪い奴が出るから、おれ達でやっつけるんだ」
 子供らしい言葉に和むが、リュカは「今日はもう帰った方が良いよ。あんまり遅くなると怖いお化けがでるよ」と言うと、子供達はちょっと躊躇うが「嘘だ」と言った。「うーん、嘘か本当かは確かめないと解らないけれど、お兄さんは正義の味方だから、お兄さんがその悪い奴をやっつけてあげる。それは本当だよ。だから今日は帰ろうか」
 にこりと笑むと、子供達は少し迷いその内の一人が「解った。じゃあ、今日は帰る。けど明日も出るようだったら、絶対に帰らない」と宣言した。
「うん、大丈夫。約束するよ」と手を振り、子供達を見送りながら「責任重大だよね」と隣にいるオリヴィエに話しかけた。

 遊具の物陰に潜みながら、ひっそりと辺りを見回す。
 確かにこの仕事を渋ってはいたが、ユウタはプロなのだ。引き受けた以上、意地でもやるのが彼である。
 小さな身体というのはそれだけでも武器である。戦闘では多少不利になる場面もあるかもしれないが、こういう潜伏作戦などでは非常に有効なのだ。
「未だ連絡はなし。けど、何時ターゲットが現れるかは解らないから、油断しないようにするんだぞ」
 フェイトに小声で言われ、ユウタはぶっきらぼうに「解っているって」と返した。

 公園のベンチに座り、カグヤはのんびりと寛いでいた。
 クーの作った弁当を食べながらマビノギオンを読書。傍らには膝枕で寝ているクー。これではまるで、ただ公園で過ごす二人組だ。
 自身の容姿が囮に向いていないことは明らかであるし、誰に構わずカグヤはあくまでもマイペースに食事と読書を続けるのであった。

●囮其の二
 マリナは普段三つ編みにしている髪を解き、風に遊ばせている。
 服装も鎧を脱いでも気品がある為に、何処からどう見ても良い所のお嬢さんにしか見えない。その姿のまま悠々と公園の近くの西側を歩く。
 もしこのまま襲われたら少し対処に困るが、レイヴンが近くに居ることは百も承知であるので、マリナはあくまでも自然体のまま足を進めるのだった。

●公園の外
 新は少し離れた所から公園を見ていた。勿論、物陰に身を潜めることは怠らない。
「誰も見当たらないな。少しずつ移動しながら、警戒を続けるか」
 隣にいるレイミアは「そうですね」と頷いた。
「切裂き魔は現れると思いますか?」
「思う! と、言いたいところだが、毎日犯行が行われているわけではないから、今日は出ないという可能性だって十分にある。その時はこれ以上被害者が出ないよう、俺達で明日も確りと警戒すれば良いだけだ」
 さも当然という風なその言葉に、レイミアは少し誇らしげに「はい」と返事をした。

 公園付近の女性用アクセサリー店の前で足を止め、智生は窓越しに中を覗いた。その姿は、遠目に恋人へのプレゼントを物色しているようにも見える。
「……捕まえるパトロールなら正体を隠すのが大事。恋人へのプレゼントを探す男を警邏と結び付る可能性は薄いよ。…………ギラギラした見張りがたくさんいるしね」
 あまり近づくと変な誤解も受けやすいので、目立たない程度に若い女性に近寄る人間に注意しながらウィンドウショッピングを続ける。
「なぁ、フウ。敵の正体も分からないし、同じ若い女性って事もあるよな?」
「……うん。だから、警戒はしておくこと……」
 二人は不自然にならない程度に周囲を警戒しつつ、切裂き魔の動向を探ろうと目を光らせた。

 公園から程よく離れた建物の上から、JJは律羽の周囲を確認する。
 先程律羽から「問題なし」と連絡を受けた。だが、警戒は怠らず、じっと彼女の同行を見守るのであった。

 防護性の高い衣服に着替えた真也は、あくまでも公園からつかず離れずの距離で周囲を歩く。あまりにも近すぎると切裂き魔が行動を起こさないかもしれないし、遠すぎると何かあった時にすぐ対処ができないからである。
「早く切裂き魔が現れないかなぁ」
 小さくぼやいた声に、「気を抜くな」と叱咤が入る。
「どんな敵であろうとも、油断をしている状況としていない状況ではとっさの反応速度が違う。仕事をしている時はあくまでも、油断している風を装うように」
 こんな時でもエアリーズの調教は絶好調である。しかし真也は気にした風もなく、「はぁい」と返事をした。

●囮其の三
 既に綱に自分の考えを伝えたらいとは、自分の成すべきことをすべく公園の北側を歩いていた。
 綱の姿は見えないが、多分大丈夫であろうという妙な確信があった。
 向こうの方から誰かが歩いてきた。
 交通の規制をしているわけではないので、一般人の可能性もある。警戒はしつつ、その人とすれ違おうとした。
 その瞬間、ぞくりとした感覚があり立ち止まると、そのまま進んでいたであろう場所に亀裂が入った。
 切裂き魔である。
 らいとはとっさに「なんだ、切り裂き魔ジャック・ザ・リッパーとか言われてても実際は大したことないですね?」と言うと、切裂き魔はわき目も振らずに逃走を始めた。

●囮其の四
「あぁ、戦いが始まったようね」
 遠くで大きな音がし、そして携帯がそれが正しいことを告げた。
 今いる東側からは近いし、急いで自身も戦いの場所に行こうと踵を返すが、そこに「待ってください」と声がかかった。
 あのアイドル達である。
 彼女たちは「私達にも何かお手伝いをさせてください」と、あの時に断られたのと同じセリフを言った。
 真剣な表情である。彼女達が本気であることが伝わってきた律羽は「そう」と頷いた。
「では、あなた達は避難をお願いできるかしら? 私達が思い切り戦えるかどうかは、あなた達にかかっているの。どう? やってくれるかしら?」
 お願い事をしているのにも関わらず、坦々とした口調である。しかし、アイドル達は「はい」と返事をすると、それを実行すべく駆け出した。

●合流
 逃走する切裂き魔。その経路を塞ぐべく、正面に立つ。
 最初に現れたのは新だ。
 右手の甲に埋め込まれた幻影蝶に口づけすると、右腕を覆うタイプの鎧と曲刀が現れた。
「俺の名前は古代・新! 世界を旅する高校生冒険家見習い! 女性の命である髪やおしゃれな服を斬り裂くとはふてぇ野郎だこの野郎!お前の辿る道は二つに一つ!  A:お縄にかかってTV謝罪するか B:人通りの多い場で公開土下座するかだ!」
 堂々と言ってのける。そして、その後ろにも追いついた、らいとが「ラビっと変身!」と、バニーガールのような姿に変わった。
「逃げたければ私の仲間が来る前に私の服を切り刻んで動けなくさせることですね。あなたじゃ無理だと思いますが」
 前後を抑えられた切裂き魔は無言のまま腕を振るった。
 途端、圧縮された空気が空間を切裂く。
 二人はそれを避けるが、その隙に切裂き魔は車道の方へと逃走しようとした。
 しかしそこに、空中でリンクし、着地をしたアイフェが現れた。
「私が来たからにはもう大丈夫っ!!」
 そう言ったアイフェに道路側を塞がれ、追い詰められた切裂き魔は公園内に逃げ込んだ。

 公園に入り込んだ切裂き魔である。だが、そこも既に退路は塞がれた後だった。
 滑り台の高い所で、「ようやくお出ましのようだなァ。捜したぜ、ジャック・ザ・リッパー!」とレヴィンが叫び、それに「何とかと煙は高いところが好き、とはよく言ったものですね……」と、マリナは呆れ混じりに呟きつつもレヴィンと背中合わせに並び立ち交互に口上を述べる。
「罪なき者を恐怖に陥れた悪行の数々、見過ごすわけには参りません」「散々暴れ回った落とし前つけてもらおうじゃねーか」「我が正義に従い、悪しき魂に断罪を」「覚悟しな!」「覚悟しなさい!」
 その直後リンクし、瞳を赤くしたレヴィンがカメラに向かって「お前等そこで見てんだろ? 俺の最ッ高にクールな活躍を魅せてやる。しかとその目に焼き付けな!」と言っている隙に、攻撃をしようとした切裂き魔の足元にストライクが炸裂する。
「…何も派手に動くのだけがカッコいい戦闘という訳じゃない」
 既にリンクを済ませたユウタは、これまでの子供らしい言動ではなく、落ち着い佇まいのまま「…一体何が不満でこんな事をしてたのか分からないけど…人を殺める前に、こんな事はやめるんだな」と言う。
 何かを言おうと口を開いた切裂き魔であったが、リンク状態の5人と遭遇し、逃げるのは止めたようだ。
 切裂き魔は両腕を広げる。
 それと同時に、竜巻が巻き起こり木々を風が揺らしてく。
 そして真空刃が放たれようとした瞬間、『「ストライク!」』と声が響いた。
「……派手にと言われてたが、戦闘自体は演出よりも実用性を重視した動きをとるべきだと俺は思う。派手に動いて、あんたら(アイドル)が怪我したら、見てるほうは痛い。お兄さんらじゃあんま派手にはならないけど、これは定番じゃないかな」
 リンクを済ませたリュカも現れた。更に、いきなり大剣を振り回した智生が「罪のない人達を怖がらせて、逃げられると思うなよ?」と現れた。
「カカカッ、おぬしに逃げ場はないぞ。おとなしく縛につけい!」と、リンク状態のカグヤが悠々と現れた。そこに、こちらもリンクを済ませた律羽と真也が現れた。これで全員が揃ったことになる。
 そして、何処からともなく照明が切裂き魔を照らす。
 ここで漸く切裂き魔の全貌が見て取れ、何処にでもいそうなこれといって特徴のない男であることが判明した。
「貴様らに邪魔などさせてたまるか」
 圧縮された風の刃が周囲を無尽蔵に切裂いていく。
 智生が構えた盾の後ろから、ボウマスタリーによって強化された一矢が放たれた。
 ユウタだ。
 更に彼はモアキーンによって研ぎ澄まされた渾身の一矢を放つ。
「ストライク!」
 それは正に、縫うように放たれた正確無比な一撃であった。それでいて、相手に重傷を負わせない為に放つ姿は練磨されたスナイパーの如くだ。
 頬を掠った一撃に切裂き魔が怯んだ隙に、ブレイドマスタリーによって強化された直剣が彼を襲う。
「私、結構強いんですよ」
 峰ではあるが、鋭い太刀筋が繰り広げられる。
 その様はまるで剣劇。
 見目の可憐さも相まって、何らかの舞台であるかと錯覚する程にまで洗礼された剣捌きである。
 そして更に追い打ちをかけるように、「チェックメイトだ。てめぇの愚行を悔いな」と声が響いた。
 レヴィンだ。
 手加減の為、峰による攻撃ではあるが、容赦なく切裂き魔に叩き込んでいく。切裂き魔は風によって、攻撃をいなすのが精いっぱいだ。
 疾風怒濤。
 まるで重さなど感じさせない動きで大剣が振り回されていく。
 たまらず切裂き魔は風を全面的に防御へと回した。
 切裂き魔を取り巻くようにして風の壁が出来上がる。
「俺に任せてもらおうか」」
 ブレイドマスタリー、更にはオフェンスブーストによって強化された曲刀が風を切りつける。
 新は真正面から曲刀で向かうのではなく、いなすようにして逆に風を巻き上げた。
 風を斬った。
 それは正に、研ぎ澄まされた一撃であった。
 素早い一撃により、切れた空間には切裂き魔の姿は見えなかった。
「そこか!」と律羽が突っ込む。
「お前じゃない、お前じゃないんだ・・・」と言いながら、扇子が振り回される。
 切裂き魔が風の刃を放つ。
 だが、コンバットマスタリーを使用している利羽には効かない。
 まるでスリルを楽しむかのような間合いで避け、攻撃を続けていく。その姿は何か決意にも似た凄みを感じるものであった。
「避けてくれよ」
 という背後の声を聞き取り、律羽は宙を舞うように高く飛び上がった。そこに、大剣が振り回される。
「ジェミニストライク!」
 その名の通り、分身した自身とともに智生の件が繰り広げられる。
 左右から繰り出される剣を避けるのは至難の業だ。
 手加減されているからまだマシだが、これで本気であったら疾うに相手は戦闘不能に陥っているであろう強烈な連携であった。
「わらわも混ぜてもらおうか」
 その瞬間、マビノギオンで剣を射出という常識外れの魔術が行使される。
 幾つかの剣が切裂き魔を包囲し、確実に相手の鎧を剥ぎ取っていく。
 相手の弱い所を確実に抉るようにした計算された配置であり、それによって退路も断つ攻守を兼ねた一手である。
「銀の魔弾」
 隙間を縫うようにし、真也の魔力の籠った弾が切裂き魔の足に炸裂する。
 的確な一撃である。
 針を通すようなコントロールにより、味方の攻撃を邪魔せず、更に相手の足を殺ぐことにも成功した。
 足を怪我したことにより、バランスを崩した所を、モアドッジによって高められた回避能力により攻撃をかいくぐったらいとが接近する。そして傷ついた足とは反対の足を足払いすると、首元に武器を押し当てた。
「逃がしませんから」
 その見た目とは裏腹に、油断できない素早さであった。
 切裂き魔は溜息を吐いた。そして、両手を上げた。
「どうやら、ここまでのようか」

●戦闘終了
「みなさん、凄いです」
 今までの一連の流れを見ていたアイドル達が興奮した面持ちでやって来た。
 そんなアイドルに智生はありがとうと笑い、「多少芝居がかって前向きの方が不安を散らせて良いんだよ。特に、今回は危険が少ない相手だったけど、そういうのばかりじゃないから気を付けてね。ただ、君達の事は応援してるし、活躍を見れるのを楽しみにしてるよ」と言った。
 その横で、ユウタは「…一体何が不満でこんな事をしてたのか分からないけど…人を殺める前に、こんな事はやめるんだな」と切裂き魔を睨みつけた。態度こそ誤解されがちだが、そこはこれ以上犯行を重ねて欲しくないという心からきていることである。
 そのことは確かに誰もが気になることであった。
 女性を狙って、相手に暴力を振るうのではなく、何故こんな回りくどく迷惑な行為をしているのかは謎な部分だからだ。
「腹いせさ」と切裂き魔は言った。
「恋人に二股をかけられ、捨てられたんだ。あれは悪魔だ。清楚な皮を被った、悪魔なんだ。だから、幸せそうにしている女はみんな敵だ。あいつらは全部駄目なんだ」
「だから、その腹いせにやったのですか?」
 頷いた切裂き魔の頬を、アイドルが叩いた。
 パンッと乾いた音が響き渡り、一同の方が驚いた。
「そんなくだらないことで、周囲の女性を傷つけないでください。それに、それは貴方に見る目がなかったのです。そのまま続いたとしても、貴方は何時か不幸になります。ですから、次はしっかりとその目を見開いて素敵な女性と幸せになってください」
 切裂き魔、否、男は涙を流して頷いた。
「幸せになりたい。俺だって、幸せになりたいんだ」
「それなら、どうすれば良いのかはわかりますね?」
「今回のことは被害者の方にきちんと謝罪し、出所したらまたやり直したい」と、震える声が告げた。
「あんた達はもう、素敵なヒロインなんだな」
 誰ともなしに呟かれた言葉に、否定の言葉はなかった。
「いえ、これはみなさんの姿が格好良かったからです」
「そうですよ。普段だったらこんなことはできませんよ」
「けど、私達はもう、ヒロインなのです」
「ヒロインだからこそ、夢を与えるのと人々を守るのが私達の仕事なのです」
「ですから、みなさんのように、連携を取って戦えるように頑張ります」
 アイドル達に笑顔で言われ、一同は顔を見合わせて笑んだ。そして、別れとエールを送りその場を後にした。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
  • 再生者を滅する者
    古代・新aa0156
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535

重体一覧

参加者

  • エージェント
    アイフェ・クレセントaa0038
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    プリシラ・ランザナイトaa0038hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • エージェント
    工藤ユウタaa0070
    人間|12才|男性|命中
  • エージェント
    フェイトaa0070hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 再生者を滅する者
    古代・新aa0156
    人間|18才|男性|攻撃
  • エージェント
    レイミアaa0156hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 信じる者の剣
    守矢 智生aa0249
    人間|20才|男性|攻撃
  • エージェント
    フウaa0249hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • エージェント
    霧咲 律羽aa0295
    人間|18才|女性|命中
  • エージェント
    JJaa0295hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • エージェント
    伊東 真也aa0595
    機械|20才|女性|生命
  • エージェント
    エアリーズaa0595hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • 戦慄のセクシーバニー
    稲葉 らいとaa0846
    人間|17才|女性|回避
  • 甘いのがお好き
    aa0846hero001
    英雄|10才|?|シャド
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