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オペ子がH.O.P.E.を辞める理由

星くもゆき

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
4人 / 0~8人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2016/02/01 18:33

掲示板

オープニング


 1月中旬、正月休みなど今はもう遠い話、人々は職場という戦場で埋没する日々へと戻っていた。
 それはH.O.P.E.職員にとっても同じこと。次から次へと舞い込んでくる依頼処理で職員たちは手一杯になっている。

 だがそんな中、年明けから未だに出勤してこない女性職員がいるらしい。今まで遅刻も欠勤もしたことがないという人らしいから、妙な話だ。
 同僚や上司が連絡を試みても、反応が一切得られないとのことだった。

 職員は手が空いていないので彼女の様子を代わりに見てきて欲しい、と頼まれた数名のエージェントが渋々その職員の自宅を訪ねることになる。
 支部にほど近い、割かし綺麗なマンションに到着する能力者たち。
 少し部屋の様子を確認すればいいだけのこと。だが、後輩だという女性職員が語った言葉が彼らの脳裏によぎる。

「何か先輩、あれなんですよー。男っ気がないってゆーんですかぁ? クリスマスとか年末とかもー、仕事だったっぽいしー? いやそのおかげでアタシはデート行けたんで良かったんですけどー、結構ダメージあるんじゃないかなーって思うんですよー。クリスマスに何かカップルとか見せつけられてー、お正月のお休みの間に虚しくなってメンタルやられた的な? そういうのかなーってアタシは思うんですよねー」

 全く緊張感のない語り口でそんなことを言っていた。
 独り身が虚しくなって、メンタルやられて、2週間以上も音信不通。

 嫌な予感しかしないんだが。
 何を見ても動じないぞ、とエージェントたちは覚悟を決める。

解説

安心して下さい、生きています。
正月が終わっても引きこもっているオペレーターを説得し、現場に復帰させて下さい。
オペレーターは自宅マンションで引きこもっています。
現在H.O.P.E.に復帰するつもりは全くありません。

まずはインターホンで会話して部屋に上げてもらいましょう。
大勢で廊下にたむろしているのは完全に不審者です。通報されるかもしれません。
部屋に上げてもらえたらあの手この手で彼女をアゲて下さい。
ただし言い方、やり方を間違えると逆鱗に触れたりまずいことになります。
多分まともに食事とか摂っていないでしょう。優しさがしみる状態になっているかも。

(PL情報:実際はイマーゴ級従魔に憑かれてスーパーネガティブ女子になっているだけです。後輩の話はかなり的外れですが、男の話は触れるな危険。)

オペレーターのデータ
名前以外はPL情報

・初見 桐子(はつみ とうこ)

サバサバした性格、妙齢の美人さん。だが色々と剛の者すぎて男が寄りつけない。
黒いGにフォークを投擲、酒は水と豪語、しつこいナンパ男にシャイニングウィザード等々。
男に相手にされない(というより相手できない)ことですっかり自信喪失気味。大体自分のせい。
部屋の雰囲気は結構可愛い。ぬいぐるみとか多し。

昨年冬に、後輩の穴埋めで仕事に入って朝から深夜まで拘束されるという事件が起きており、労働環境に不満が溜まっている。
ちなみにその時にとある事情でスマホをぶっ壊しているのだがまだ新しい端末を買えていない。連絡がつかないのはそのため。

リプレイ

●道中

 H.O.P.E.の正式な任務ではないため、移動車両を借りられずに一行は電車でオペ子の自宅へ向かっていた。
「2週間も出勤してこないとは……大丈夫なのか?」
「ま、まさかもう既に……! そ、そんな!」
 オペ子の状態について思案する真壁 久朗(aa0032)の隣で、セラフィナは両手で顔を包み驚愕と絶望が入り混じった声を出す。
「……お前はテレビの見過ぎだ」
 呆れ顔の久朗。セラフィナはこの世界のテレビや漫画にどハマり中なのである。
「さすがに死んではいないと思いたいけど……一応急いだほうが無難かな」
 無垢なセラフィナの反応を見て微笑みながら、九字原 昂(aa0919)が口を開く。最悪の事態ということはなかろうが、急ぐに越したことはない。
「ええ、私もこの歳で独身なんかをしてますし勤め人だったこともありますから、この時期の精神的な辛さは身に染みてわかっていますからね。早く何とかしてあげたいものですね」
 オペ子の現状に共感の意を示すのは、椿 象十郎(aa1765)である。困ったように眉を寄せた笑顔からは、温厚な人柄が窺い知れる。オペ子が精神的な問題で欠勤している場合、こういう人には悩みや愚痴を漏らしやすいかもしれない。
「……面倒」
「仕方ない。オペレーターが仕事しないと、こっちも困る」
 他の面子に比べて辛口な物言いなのはアリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)の2人だ。瓜二つの彼女らは小柄で見た目は可愛らしい少女だが、思考はドライで発言は辛辣、今回も頼まれ事も見るからに億劫に感じていそうである。
「気になるね」
「何だが? 気になるような飯屋ねぇぞ?」
 顎を手で支えて考えに耽っていた符綱 寒凪(aa2702)がぽつりと漏らすと、隣席の英雄・厳冬(aa2702hero001)が高速で流れゆく電車外の景色を、窓に食いつくようにして見る。ただでさえ地球では異形の外見である上にガスマスクで顔を覆っているので周囲の視線を集めまくっているが、本人は気にしていない様子だ。
「いや、確かに飯屋もそうだけれど……ちゃんとご飯食べてないんじゃないかな」
「あー、何か持ってくか!」
「温かい、うーん……おかゆ、かな?」
「うめぇよな!」
 厳冬が深く考えずに肯定し続けるので、寒凪はオペ子に卵粥を振る舞うことにした。
「ならば俺はラーメンや……肉まんでも食わせてやるとするか……」
 賢木 守凪(aa2548)もろくに食物を摂取していないであろうオペ子のために食べ物を持ち込むようだ。足を組んで腕組みもし、尊大な態度だが内心は結構心配していたりする。
「あ、賢木さんこんにちは、こないだの手品良かったよ」
「ん? あ、あぁ……」
 寒凪と守凪は面識があり、寒凪は彼が行ったマジックが印象的で覚えていた。
「厳冬だ! よろしくな!」
「よろしくねぇ、くふふ」
 厳冬に肩を叩かれながら挨拶されているのは守凪の英雄・カミユ(aa2548hero001)である。普段通りの怪しい笑い方で、今日も何を考えているかわからない。
「彼ね、この外見でメディックなんだって、面白いよね」
 寒凪が厳冬の顔や鱗を指差しながら笑う。
「ん? 俺様、面白い?」
「うん、面白い面白い」
「そうか! 面白ぇか!」
 突き抜けた笑いを飛ばす厳冬。良くも悪くも単細胞なのである。だがそんな所も寒凪は嫌いではない。

 移動する車内の中、久朗は端末に送られてきた、件のオペレーターのデータに目を通していた。今まで遅刻もしたことがないという人物なら組織からの信頼も篤いはずであり、何となくただ事ではないような気がしていたからだ。
「初見桐子……ああ、前一緒に部屋の中で待ちぼうけ食らったときのオペレーターだったのか」
 端末に表示された女性の顔には見覚えがあった。以前、東京支部で待機状態のまま長いこと拘束された仕事があり、そこに久朗らと共に待機させられていたオペレーターが彼女だったのだ。
「何、あのオペレーターだと……?」
 守凪が久朗の端末を覗き込む。彼も久朗と共にその任務に参加していた。
「確か、大噴火してスマホ粉砕してましたよね?」
 セラフィナも久朗の横から顔写真を見て、そこで起きた一悶着を思い出した。
「仲間の助け舟でどうにかなったが……連絡がつかないのはそのせいか? 固定電話が無い家もあるだろうし」
 久朗の記憶では誰かが恋人云々のことで地雷を踏み、彼女を噴火させたのだった。久朗自身は仕事には真面目に取り組む人間であるという感じを受けていて好感を覚えていたのだが、女性の地雷というのはわからないものである。
「カミナもぉ、変なこと言って怒らせちゃダメだよぉ?」
 桐子が爆発する様を見ていたカミユが守凪に釘を刺す。
「何故俺にだけ言う……!」
 いつものおちょくり、いつもの不機嫌。
「その方と面識がおありなんですか。それなら問題なく入れる……と思いたいですね。H.O.P.E.から委任状でも貰えれば良かったんですけどねぇ」
 汗を拭きつつ、また困ったような笑顔で象十郎が悔やむ。代案としては、依頼してきた職員の特徴等を説明して信用を得るぐらいだろうか。部屋にも上げてもらえないという状況は避けたいものだ。
 さて順調に進むだろうか。電車は最寄り駅に到着した。

●突撃訪問

 実際に桐子宅を訪問する下準備として、久朗と昂は周辺で聞き込み調査を行った。噂に詳しそうな近隣に住む中年女性や桐子のマンションの管理人等に話を聞いたのだが、共通して最近は姿を見ていないと言うのみで、具体的な情報は得られなかった。郵便ポストには何日分もの郵便物が溜まっており、どうやら本当にずっと引きこもっているようである。
 2人以外の面々は食べ物等の手土産を買い込んでから、先に桐子宅へと訪問していた。
 マンションの彼女の部屋の前まで上ってくると、寒凪は早速インターホンを押す。返事が得られず2度、3度。念のためドアをノックしてみる。
 ガチャ、とインターホンの反応音。カメラレンズが見えるので、内部からはこちらの様子が見えているだろう。
「……何?」
 かすれ声。活力がまるで感じられない。
「以前依頼で世話になった、エージェントの賢木守凪だ。このままだと不審者扱いになる。中に入れてはもらえないだろうか」
 訪問する立場をわきまえ、守凪にしては珍しく下手に出た発言だ。
「……無理」
 ブツッ、と交信が切れる。
「……あの女……!」
 買い物袋を提げている守凪の手がぶるぶると震える。怒りの余りドアに蹴りを入れそうな雰囲気だ。
「フラれちゃったねぇ、カミナぁ? くふふ……!」
 守凪を慰めるように肩に手を置くが、門前払いにされた彼の姿が面白くて笑いを堪えきれないカミユ。
「何が面白いんだ……?」
 カミユに詰め寄って、ぐいぐい顔を近づけて威圧する守凪。「べっつにぃ」とはぐらかしながらカミユが後ずさりしていく。
 これはカミユのさりげないフォロー。守凪が相手をしても状況が進展しなさそうなのでカミユが彼を引き受け、その間に他の者に説得してもらおうという算段だ。守凪が話しても埒が明かない、なんて言っても彼は素直に聞き入れるタイプではないから、これが一番効率が良い。
 守凪と入れ替わるように象十郎がインターホンを押す。今度はすぐに反応があった。
「めんどくさい、って言ったでしょ」
「えぇ、それはお聞きしました。ですが我々もH.O.P.E.の方々に寄越された身でありまして、そうですかと帰るわけにもいかないのです。それはわかって頂けるでしょう?」
 柔和な表情を崩さず、穏やかな口調で話しかける。人生の年輪を積んだ象十郎であればこの程度のことは何でもない。
「手ぶらというのもなんですから、少々手土産も用意して来ました」
 桐子の同僚から聞き出した、彼女が好んでいるという銘柄の酒瓶をちらつかせる。
「それは……」
 わずかに声に色がつく。酒は効果的のようだ。
「後輩さんに教えて頂いたんですよ。あなたの話も彼女から聞きましてね、こう……よく語尾を伸ばす今風の女性でしたっけね」
 後輩の特徴を述べた途端、インターホンの向こうでゴンッという鈍い音が。
「帰れ」
 ガチャ、と再び通信が切れる。どうやら後輩女子のことは気に入らないようだ。
「おや切られてしまいました……あの方嫌われてるんですかね? 弱ったなぁ……」
 頭を掻いて困り顔の象十郎。途中まではいけそうな感じだったのだから、上手くやれば部屋に上げてもらえそうな手応えはある。
「扉を開けてくれないならぶっ壊したほうが早いんじゃ……」
 アリスがつい本音を漏らす。ちまちま機嫌を取って部屋を開けさせるなど彼女にとっては面倒この上ない。
「何か仰いましたか?」
 と象十郎。
「なんにも言ってない」
 Aliceが答える。扉を壊したほうが手っ取り早いとは一瞬考えたが、当人や隣人に騒がれたらもっと面倒くさい状況になるのは目に見えている。そのリスクを考えればここは強硬手段に出ないほうが賢明だろう。
「どうする? 初見桐子は機嫌を損ねてしまったけど」
「そうですねぇ……」
 次なる手段を思案していると、久朗とセラフィナ、昂が遅れて合流してきた。
「どうなっていますか?」
 昂が状況説明を求め、象十郎が応える。
「そうですか。2度切られたと……次あたりで収拾しないとまずいかもしれませんね」
 そう言うと、昂はドア前に集まっている一行を見渡す。
「こうも大所帯だと、借金の取り立てか何かに見られそうですしね」
 苦笑い。象十郎やセラフィナもつられて苦笑い。
 昂がインターホンを押す。少し間があって、ガチャと反応。
「……しつこいな」
「出勤してこないものですから心配なんですよ。体調は大丈夫ですか? 様子を教えて頂きたいので入れてもらえませんか?」
 人当たりの良い笑顔で、会話を切られないように努める。
「初見さん、大丈夫ですか? お見舞いの品持ってきました」
 セラフィナもレンズ前に顔を出し、何やら胡散臭いお土産を見せる。
「……何それ」
「支部の方、みんな心配していました。僕も心配です。上げてもらえませんか?」
 柔らかい笑顔のセラフィナ。昂も「少しだけですから」と付け加える。
 十数秒の時間の後、ドアから鍵の開く音が。繰り返し話した結果なのか、誠意というものは伝わってくれるものらしい。

●オペレーターのお仕事

「申し遅れました、私、椿象十郎と申しまして……」
「知ってる」
 部屋に上がる際に遅い自己紹介をしようとした象十郎だったが、オペレーターである彼女は言わずとも彼らのことは知っているようだ。
「……散らかってるけど、その辺に座って……」
 彼女が言う。謙遜でも何でもなく、実際散らかっている。
「よくここまで散らかせる」
 アリスのストレートな評価。だが彼女はそんな散らかった部屋の中に埋もれるウサギのぬいぐるみを発見し、歩み寄ってサルベージ。もふもふと揉んだりしてみる。
 皆で小さな卓を囲んで座ると、やはり狭い。1人暮らしの部屋に、10人の客はさすがに多い。
「大丈夫か? 飯は食ってるのか?」
 対面して桐子のやつれた顔に気づいた久朗が確認する。
「食べてる食べてる……」
 そう言って彼女はスナック菓子の袋をひらひら。
「ひどいな……」
 首を横に振る久朗。部屋の散らかりようといい、結構重症だ。
「そんな物では栄養も摂れまい。どれラーメンでも作ってやろう……他にも食う奴がいれば作ってやらんこともないぞ」
 持参した鍋や丼を手に、守凪は一言家主に断りを入れて台所に立つ。
「私も卵粥を作らせてもらうよ。消化の良い物もあったほうが良いよね」
 寒凪も買ってきた卵等を持って調理に入る。
 2人が食べ物を用意する間、他の者は彼女と話すことに。
「あの時は大変だったな」
「待機中なのに随分と好きに過ごさせてもらいましたね」
 桐子と面識のある久朗とセラフィナが、まず話しかける。
「オペレーターとしてしっかり働いていたあなたが2週間も欠勤なんて、何かあったんですか?」
 昂が尋ねる。会話を急かしたりはせず、彼女が喋りだすまで待つ。
「私も以前は勤め人でしたから、仕事のお悩みならお聞きしますよ」
 象十郎も優しく語りかけ、彼女の言葉を引き出す。
 やがて、絞り出すように、桐子がぽつり。
「なーんか……どうでもよくなっちゃって」
 ぼけーっと虚空を見つめながらそんなことを言う。
「どうでも……何が、とかはないんですか?」
 昂が踏み込む。桐子の精神状態はどうなっているのだろう。
「何がって全部よ。ぜーんぶ面倒くさい。特にH.O.P.E.の仕事なんて、面倒くさいことだらけだし」
 卓に突っ伏す桐子。やる気というものが体から全てなくなってしまったかのようだ。
「労働環境に不満があるなら上に言えばいい。言ってないから不満が募る」
 ウサギをもふもふしていたAliceが言葉を挟む。スパッと切り捨てるような鋭さだ。
「環境もあるけど……やりがいってやつ? たまに虚しくなる時あるのよね……結局世界に必要なのは能力者だー、って……オペレーターなんて誰でも出来るし……」
 自嘲気味に、枯れた笑みを見せる桐子。Aliceはスッと立ち上がって彼女の隣まで歩く。
「そんなことはない。……オペレーターにはいつもお世話になってる。エージェントのサポートは、誰にでも出来ることじゃない」
「感謝はしてるよ。あなた達のおかげで仕事がしやすい」
 Aliceと並んで、アリスも感謝の意を表す。褒めてやりたいわけではないが、桐子がこなしている仕事がどれだけ誇りを持ってしかるべきかは思い出してもらいたい。それが今の彼女にとって最善の療法になるとアリス達は考えている。
「1日拘束されるようなことがあったらしいが、正直オペレーターである貴方がオペレーターの仕事を1日中こなしたという事実には達成感と誇りを持つべきで、鬱になって引き籠るような事じゃない」
「アリスちゃん……」
 桐子の目に少し、輝きが戻ってきた。呼び方が馴れ馴れしいなとは思いつつ、アリスらは彼女の頭にぽんぽんと手を置く。労い、と思って欲しいという考えでの行動だ。
「サポートする側の私が気を遣わせちゃって……悪いわね」
 インターホンで門前払いした時の状態から考えれば、やさぐれた雰囲気が抜けてきた。これが本来の彼女に近いもの、なのだろう。
「仕事の意義ですか……まぁエージェントに比べて日の当たる職業ではありませんが、アリスさんの言うように誰にでも出来るものじゃありませんよ。職場の方々に心配されていたのは、初見さんが必要とされているということもあるんじゃないでしょうか」
 桐子の自尊心を回復させるため、昂が言葉を添える。実際彼女はやり手なほうであり、それが抜ける損失は痛手となることだろう。
 桐子の口角がわずかに上がる。気分は持ち直してきている。
「訪問のついでだ。部屋を片付けさせてもらうぞ」
 久朗が腰を上げ、部屋の掃除を買って出る。
「そこまでしてもらうわけには」
「時には人に思いっきり、甘えてもいいんじゃないか?」
 固辞の姿勢を見せた桐子を制するように、諭すように、久朗が言った。そしてセラフィナに目配せして、彼女の相手をするように頼む。
「何か気晴らしになるご趣味はありませんか?」
 セラフィナが会話しているうちに久朗は室内に散乱したゴミを集め始める。
「私も手伝いましょう。独り身なものですから、家事なんかは慣れていますので」
「助かる」
「掃除か? 掃除すんなら手伝うぜ~凪が相手してくんないからよ」
 象十郎と厳冬も久朗と一緒になって片づけを開始。まとめたゴミ袋はひとまず玄関に置き、目立った汚れ等を掃除していく。窓も開けて風通しを良く。部屋が綺麗になれば桐子の心も少し晴れるかもしれない。

●猛る獣へ、冒険

「気分が落ち着いたなら、温かい物を食べろ。ラーメンが出来たからこれでも食え」
 守凪は無愛想な言い方で、桐子の前に器を置いた。美味そうな匂いが漂う。
「これもどうぞ」
 寒凪も手製に卵粥を振る舞う。
「ありが――」
 礼を言いかけて、ピタリと桐子の動きが止まった。箸を持ったまま固まってじっと虚空を見つめている。焦点が定まっていないような目だ。こちらの言葉が聞こえていないようにも見える。
「どうした?」
 守凪が呼びかけても返事がない。肩を揺さぶってみても、首ががくんがくんと振れるだけ。
「気絶してる?」
 桐子の目前で手を振りながら、寒凪がぽつり。
「おい、聞こえてないのか?」
 守凪がもう1度桐子に声をかけるが、やはり返事がない。
「うーん……何なんだこれは」
 頭を捻る寒凪。そして、電車内で久朗や守凪が話していたことを思い出す。彼女は男がどうたらという話で怒れる猛獣と化したそうではないか。
 彼女が本当に何も聞こえていないのか、地雷を踏めばわかるんじゃないか。
 格闘技能に長じた寒凪には、それに関連した格闘家の知り合いなんかもいて、そういえば素質のある人材でも紹介してくれないかと頼まれていた。そのことも彼を地雷原に向かわせる切欠の1つとなった。
 目の前の桐子からは何故だか武芸の才能が感じられる、そういう気がする。
 彼女ならやれる気がする。寒凪の期待と好奇心が、彼を冒険に駆り立てた。

「いや、それにしても後輩の子が言ってた通りだったね。あんな汚い部屋じゃ男がいなくても当然――」

 言い終わらぬうちに、轟音。マッハ級のニーアタック。格闘に長けた寒凪すら捉えられない、光速の膝。それは一瞬の事故のよう。
 寒凪の体が室内で大きく跳ね、床に沈んだ。
「男がなんだって?」
 そこに立つ、猛獣。膝から湯気とか煙とか立っているような気がする。恐ろしきシャイニングウィザード、セラフィナが戦慄して久朗の背後に逃げ込むほどの。

「そ、それにしても美味いラーメンですねぇ!」
「お、おぉ……そうだろう、俺が作ったラーメンだからな……!」
 悲しい事故は忘れよう。ぎこちない話し方ながらも、象十郎が切り出し、守凪もそれに乗って空気の改善に乗り出す。気を取り直して、いざ食事。
 それを横目に厳冬は相棒の亡骸を前に手を合わせる。符綱寒凪に合掌。
 寒凪は壮絶な一撃で気を失いながらも、しかし何故か満足げな表情を浮かべていたという。

 食後の紅茶を嗜んでいる最中、唐突にエージェント達の端末に着信。皆が端末を見る。
「みなさーん? なんかープリセンサーが予知してわかったんですけどー。先輩に従魔が憑いてるみたいなんですよー。ほっとくと成長しちゃうって話なんでサクっとやっといてくれますー?」
 桐子の後輩女子からの簡潔な説明文だった。
「従魔……?」
 詳細はわからないが、事実なら従魔が成長する前に退治しなくてはならない。一斉に桐子を確認。また彼女は虚空を見つめている。このぼーっとする行動はその従魔のせいか。
 皆は幻想蝶に触れ、共鳴。AGWを取り出した。
 すると途端に、それを感じ取った従魔が瞬時に彼女の体から抜け出した。個体というより思念体に近いそれはすぐに飛び去っていってしまう。矮小な身では敵わないことを本能的に悟ったのだろう。
「あれのせい……?」
 アリスが呟く。そしてそのあっけない結末に溜息をついた。
「そのようですね。まぁ彼女の悩みは本物なのかもしれませんが……」
 昂が桐子を見る。気絶したように床に横たわっているが、口にした彼女の悩みが適当な嘘とは思えない。きっとあれは彼女の本音だったに違いない。
 だがその悩みは払拭された。彼女を蝕んだ従魔もいなくなった。

 彼女がH.O.P.E.を辞める理由は、きっともうないだろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • エージェント
    椿 象十郎aa1765
    機械|48才|男性|回避



  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • 真心の味わい
    カミユaa2548hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • 鋼の冒険心
    符綱 寒凪aa2702
    人間|24才|?|回避
  • すべては餃子のために
    厳冬aa2702hero001
    英雄|30才|男性|バト
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