本部

極寒の夜

真名木風由

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/01 05:20

掲示板

オープニング

 顔を上げれば、プラネタリウムなんて目ではない星空が広がっている。
 ただし、その気分があればの話である。

 『あなた』達は、現在、モンゴルにいる。
 任務ではなく、泊り掛けの訓練である。
 その訓練とは、ウランバートルから100km離れた場所からウランバートルまで参加者全員と協力して帰還するというものである。
 この行程は徒歩のみ、戦闘以外で共鳴は禁止とされており、この訓練では地図とコンパスで正確に目的地へ辿り着く(ということでGPS対応外地域である)、味方との協力意識構築を主軸に、目的地到達に関する全てが訓練とのこと。
 基本的に愚神、従魔はライヴスを奪う活動をする為、人里離れた場所には篭らないだろうが、人間ではない愚神、従魔の考えを正確に理解出来る者などいないから断言は出来ないし、都市間を移動する場合、それが必要な局面が絶対にないとは言い切れない。また、愚神、従魔だけでなく、ヴィランズの無法の結果、こうした形での長距離移動が必要になる可能性もなくはない……全てにおいて可能性の話でしかないが、ゼロではないなら、訓練の必要はあるだろう。
 ……そう説明されれば、頭では理解する。
 理解するが、ヘリで該当ポイントに下ろして、軽やかに去っていった職員の皆さん、モンゴルの真冬の気温をご存知だろうか。いや、ご存知だろう。GPSが対応していない以外にもこの極寒環境も加味してここが選ばれたのだろうから。
 ちなみに、モンゴルのウランバートルは世界の首都の中で1月の平均気温最低である。
 平均最高気温-15℃程度、平均最低気温-26℃程度……最低平均気温の記録は-45℃、多くのエージェントにとって未知の世界、ちなみに本日は-35℃、やったね、記録より10℃は暖かい。
 訓練開始の朝から夕方まで歩いた『あなた』達は、やっと宿泊地に到着した。
 ここでは、事前に話を通した遊牧民達がおり、ゲル(住居)が準備されている。
 各々宿泊するゲルに案内された後、全員で食事という時に案内役を務めてくれた青年が「エージェントの方にお願いが」と切り出してきた。
「実は、この所、ヤギが盗まれるんです。大きさ的に我々の誰かということではなく、かといって、この寒さの中、こちらに見つからないように中へ入り込むのは難しい。死体などもなく、お手上げなんです。この場合、従魔や愚神を疑い、H.O.P.E.へ通報した方がいいのか等々教えていただければと」
「ヴィランの可能性もありますしね。今晩だけになりますが、お調べしましょうか?」
 剣崎高音(az0014)が食事や一晩の宿の返礼になればと申し出る。
 極寒の地をずっと歩いてきた自分達を、依頼を請けたとはいえ、すぐにストーブのある場所へ案内してくれたり、食事をさっと用意してくれたのは、彼らの厚意によるものが大きい。
 何かお礼が出来ればと申し出ると、青年が「ありがとうございます」と何度も感謝して頭を下げた。

 疲れてはいるが、交替で見張りをしよう。
 『あなた』達は食事をしながら、当番について話し合い始めた。

解説

●やること
・交替でヤギのゲルを見張り、泥棒に備える

※見張りはリンカー2~3組程度のグループで行います。
(見張り以外はゲルで休んでOKです。有事発生で起きて合流して対応する形になります)
時間帯や順番は大雑把なもので構いません。
また、グループも希望があればその通りに、なければ任意で組み合わせます。
ゲルへも分散して休んでいますので、希望があれば可能な限り副いますが、訓練最中でもありますので2人きりにはなれません。

●現地情報
・夜~明け方

本日の気温は-30℃。
天気は晴れ、星がとても綺麗ですが、凄まじく寒いです。
防寒具着用していたとしても寒さはあるかと思います。
見張りは外、ある程度連続した時間で行われますので、ご注意ください。

・ヤギのゲル

人間のゲルとは別に存在。
極寒である為夜はそちらで休んでいる。
人間がいるゲルから離れている訳ではない。

・遊牧民達のゲル周辺

大雪原です。
見晴らしがよく、遮蔽物はありません。
接近してくる者がいれば、すぐに分かります。

●敵情報(PL情報)
・ヴィラン2人組

シャドウルーカーとバトルメディックの2人組である模様。
強さはそこまでではないようです。
共鳴して、日付変更以降の時間帯(ダイスで決定します)にやってまいります。

●NPC情報
剣崎高音、夜神十架
指示があれば指示通り。
なければ、明け方付近のグループへ参入します。
戦闘時はヤギのゲル防衛。

●注意
・ヴィランですので逮捕となります。遊牧民の方もおりますので、致命傷になるような過激な行動は控えた方がいいでしょう。歩き通しで疲れていても、夜中ですんごい眠くても、睡眠を妨害されても、死なない程度にしておいてください。
・一夜明けたら、ヴィランいる場合は引っ立てて、一緒にウランバートルです。歩けば、朝から歩けばお昼位には到着する模様。翌日も天気はいいようです。
・到着までが訓練です。最後まで協力し合って、ウランバートルへ行きましょう。

リプレイ

●恩を返すべく
「今まで見張り立てなかったんですか? 時間帯があればその時間を。夜間の集落の出入りがあればそれを」
 離戸 薫(aa0416)が幾つか確認したいと質問を投げると、青年は少し困惑した顔を浮かべた。
「外は警戒してますが、その、この寒さなので……。夜間も車が来れば判る位音がしませんし、かと言って、徒歩で移動するには厳しい環境ですから。時間帯は決まってません。すみません……」
「相手が愚神、従魔の危険性があるなら、迂闊な見張りは犠牲を増やすだけではあるな」
 リーヴスラシル(aa0873hero001)が謝罪する青年に理解を示す。
 モンゴルの冬はこの国の人々ですら厳しいもの、見張りを立てないのは無用心と彼らを責めることは出来ない。命の危険がある。
「あと、ヴィランである場合、バトルメディックならライトアイとセーフティガスでどうとでも出来ます。誰も気づかないなら、一般人ではない。薫の質問で判明しました」
 相談を持ち掛けてきたのは先方とは言え、相談に応じる以上の見張りを申し出たのはこちら……何故だと畳み掛けるような質問で困惑させたと反省する薫を気遣ってか、中城 凱(aa0406)がフォローを入れる。
 この時、礼野 智美(aa0406hero001)が生暖かい目を向けてきたが、凱は無視し、質問をした薫は当然の確認をしただけで落ち度はないと主張した。
「その辺りの論議をしている場合でもないだろう。見張りをするにしても交替で休まねば明日に差し障る」
「俺もそれについては同感だ。外が過酷な環境であることは日中実感済みなら、夜間はそれを上回ると思った方がいいだろう」
 アイリス(aa0124hero001)がスーテーツァイと呼ばれるミルクティーを飲みながらそう言うと、智美が美森 あやか(aa0416hero001)を気遣ってそう発言する。
 連続した休みを取るなら、人数的にも夜明けまで3つのグループ程度がいいだろうという話になり、序盤、中盤、終盤と時間帯を決めてと話を進めていく。
「私とイリスは中盤でいいだろうか。イリスの体力的にそれが最も負担がないだろう」
「そうですね。序盤ですと遅くまで起きることになりますしね。私はラシルと体力的に負荷が掛かりそうな終盤に回ろうと思います」
 アイリスが既に眠そうなイリス・レイバルド(aa0124)を気遣ってそう言うと、ボダータイ・ツァイと聞いたミルクティーのお茶漬けを食べ終えた月鏡 由利菜(aa0873)が終盤へ志願する。
「俺と智美は中盤で。途中で起きて、途中で寝て、だと、負荷が掛かると思う人もいると思いますから」
(どう考えても薫の為だろうが、俺もあやかが心配だからいいか)
 思考は胸に留めた智美は、薫とあやかへ順番を聞いてみる。
「出来たら序盤がいいかなと思います。途中で起きられるか判らないので」
「あたしも薫さんと同じ考えです」
 そうした見解の2名も日中の体力消耗が激しいと判断され、序盤へ。
「わたしは先に休ませて貰って終盤かな。歩き通しで疲れてるし」
「私も出来れば終盤で。朝は強い方なので、何とかなると思います」
「高音……早起きさん……」
 早瀬 鈴音(aa0885)が羊肉を石焼にしたホルホグを食べつつそう言えば、剣崎高音(az0014)も手を挙げて志願する。
 夜神十架(az0014hero001)もこくこく頷いているので、終盤は早く決まった。
 残るは──
「キサマは序盤にゃんだよ」
 ふぁらんくすVII(aa2563hero001)が、パートナーである水仙 ゐづる(aa2563)をビシッと見る。
 彼女は、気軽な気持ちで訓練へやってきたゐづるが担当官の気軽さに悪意を覚えてそうなレベルであることは気づいている為、見張りも序盤に回した方が逆にいいと判断したのだ。
「えー……まぁ、その方がいいかな」
 当の本人は疲れている為寝たい気持ちもあったようだが、日本との時差を考慮し、キャバクラ嬢との連絡を取るには序盤の方がいいかと思い直したようで、受け入れた。
「出来れば中盤がいいのだが、いいだろうか」
「問題ないですよ。私も体力消耗しないよう注意はしていましたが、やっぱり予想以上に消耗してまして。纏まって休みたかったですから」
 羽土(aa1659hero001)が唐沢 九繰(aa1379)を見ると、九繰が微笑を返す。
 任せてくださいと意気込んで言ったものの、やはり、体力的な部分はどうしようもない。
 九繰が承諾し、羽土は内心安堵する。
 というのも、彼は伏野 杏(aa1659)の体力の消耗を考え、途中起こすことになってもひとまず休ませた方がいいと判断したからだ。
 ランニングが趣味であり、護身術も確かなものであっても、日本では想定されない環境下なのだから、本人が想像する以上に心身疲れているだろう、というのが羽土の見解である。
「長時間、慣れない人がいると、ヤギを刺激するかもしれない、ということで、外での見張りが大半ですしね。休める時に休んでおきたいです」
「寝る際もすぐに連絡を受け取れるようにしておいた方がいいでしょうね。深い眠りに入ると、簡単に目覚めないこともありますから」
 杏に応じるエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)は、流石に医療方面には強く、そうした意見を出す。
「今夜来るかどうか判らないけれど、相手が判らないなら、万が一を考えた方がいいものね。特に私達は終盤だから、注意しないと」
 鈴音の疲れを気遣うN・K(aa0885hero001)もエミナの意見に賛成し、来るかどうか判らないヤギの失踪の原因へ思いを馳せる。
「一通り決まったなら、私達は早いがゲルへ失礼させて貰うよ。時間になったら、すまないが、よろしく。──イリス、起きなさい。移動しよう」
「……へ、あ、お姉ちゃん、ボク寝てた?」
「少しだけだよ。途中起きるが、今は休みたまえ」
 アイリスに促されたイリスが休むゲルへ戻っていく。
 序盤を担当するエージェント以外全員が休むべくゲルへと向かう。
「わたし達の出番とか奪っちゃって良いからね?」
「ちゃんと作りますからご安心ください」
 鈴音に笑う九繰を送り出し、鈴音もゲルへ。
 終盤担当全員が同じゲルとなり、各班、各ゲルの通信も問題なく行えるよう設定は済んでいる(鈴音のライヴス通信機は九繰指定だ)為、起こされない限りは時間まで休むことになる。
「疲れたから寝るよ。おやすみー」
 歓談したい気持ちもない訳ではないが、今は他のエージェントを信じ、身体を温めて休息すること。
 そう思った鈴音は皆が「おやすみ」と返す声を聞きながら、眠りに落ちた。

●凍える寒さの中
「まじあり得ねぇ……寒すぎんよォ」
 ゐづるは日中と同じその言葉を繰り返す。
 が、その手はスマートフォンを弄っている。
 (今頃店忙しいだろうなー)と思ってそうな彼は、キャバクラの副店長。現在、メールチェックのお仕事中。
「そんな余裕あるんにゃから、キサマはあ、しにゃないんやからシャキッとするんだよ!」
 叱責するふぁらんくすVIIがゐづるの脛を蹴ると、痛かったらしく、恨みがましい目で見られた。
 が、今のこのご時世を考えれば、強くならなければ生き延びることは出来ない。不平不満を言ってる場合じゃない。
「こういう場所に身を置かないとは限らないですしね」
「人里離れた場所で奴らはライヴスの収奪を行うとは思えんが……」
「でも、現場に向かうまでの道のりにこういう所があるかもしれませんし」
「それはありえますね」
 九繰と智美の会話に加わった凱が納得する。
「なので、日中も色々工夫したんです」
 九繰は歩幅を小さく、機械の足の動作主体での歩行とし、負担を軽減するようにしていたことを明かす。
 途中休憩を挟んでいた時も紅茶入りクッキーを食べ、空腹を満たしていたそうだ。
「雪も風もなく、吹雪いてなかったとは言え、やっぱり歩きましたから、予想以上に疲れちゃいましたけどね」
「暗くなる前に到着して良かったです。迷う原因になりますから」
 エミナは幻想蝶の中にいても、と言われたそうだが、折角の機会だから体験しておきたいと志願して極寒の中を歩いていた。
 彼女が言うには、自分にとっては、この世界で見聞きする多くが初体験だから興味深いらしい。
「皆超強そうなのに、研修ちゃんと来るってエラいよね」
「エミナちゃんにも精が出ると言われましたけど、咄嗟の行動が無茶じゃなくなるようにと思って。それに極寒の地に眠る大量の資源! とか、よくあるじゃないですか! ライヴス技術絡みのお仕事もあるかなって」
 九繰の言葉を聞いたゐづるがエミナを見ると、エミナは彼女の本心だと頷いた。
「それはさておき、こういう時代になっても、以前の生活が全て変わる訳じゃないと思いますし、ヤギがいなくなるのは困りますよね。死体がないってことは泥棒なんでしょうか? ヤギ泥棒な愚神……いると思います?」
「さっきも出たけど、ヴィランの可能性もにゃいかな? バトルメディックならセーフティガス使えるし。奴らなら人間に被害出てにゃいのが変」
 警戒するふぁらんくすVIIの言葉になるほど、と九繰。
「そういえば、皆さん、エージェントになってどの位です? 私はまだまだ未熟なことが多くて」
 九繰が皆へ確認したが、エージェントになった時期に劇的な差はなく、それ故に今回訓練で一緒になったかもしれないと思い至った。

 やがて、中盤の時間帯となり、彼らは彼らのゲルへ戻る。

(いつでも出られるようにしないと)
 凱は寝る前の準備も怠らない。
 灯りの心配は不要だが、咄嗟に動けるようにしておかないと色々危ない。

 口で色々言っていた以上に慣れない環境で疲弊していたらしいゐづるはすぐさま眠りに落ちていた。
「仕方にゃい」
 ふぁらんくすVIIはすぐさま起きることが出来るようぴくりとも動かない彼の耳元に通信機を置く。
 その音量、最大にして。

「エミナちゃんいいんです?」
「私は深刻な支障はありませんよ」
 九繰は起こしてくれるというエミナを見るが、エミナは問題ないから寝ていいと促す。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
 お礼を言った九繰は横になってすぐに寝息を立て始める。
 ライヴス通信機を持つエミナは耳を澄ませながらもその身体を寛げた。

●真夜中の緊張
 序盤を担当するエージェント達が見張りをしている頃、羽土は杏を見ていた。
 日中の行程で疲れていたのだろう、杏は羽土と会話する暇もなく眠ってしまった。
「無理をさせてすまなかったね」
 羽土へ夢の中に入った杏へそっと告げる。
 外が極寒で暖が必要な場所だけあり、ゲルの中は暖かい。
 見張りから連絡が来てもすぐ対応出来るようにしているが、自身の休息より杏の休息を優先したい。
 羽土は軽く目を閉じ、浅い眠りに就こうとする。
 ふと、懐かしさが込み上げたことを思い出し、小さく苦笑した。
 失われた記憶の向こうと一致する何かがあったかもしれないが、杏に悟られないよう注意しなければ。

 やがて、彼らの時間がやってくる。

「座れそうなものあるね。なら、椅子はなくていっか」
 睡眠を取った為復活したイリスはヤギのゲルの内部に木の踏み台があることに気づいた。
 彼らを世話する際に使用するらしいもので、幾つかある為、交替で座れば負担は減るだろう。
 ヤギ達への刺激になりかねない為、基本は外だが、内部への異変の可能性もあるので、定期的に内部もチェックした方がいいという話になり、彼らはそのことでも軽く取り決める。
「星は綺麗ですけど、やっぱり寒いですね」
「だから訓練になるのだろうね。耐寒や雪上訓練も必要だが、本格的なものは中々難しい」
「思ったより厳しいですよね、寒さとか」
 薫の言葉にアイリスが応じると、イリスがアイリスの陰からおどおどと続く。
 人見知りの性質のイリスはやっぱり緊張するようだが、日中この環境を一緒に歩いたこともあり、何とか話せているようだ。
 幼い妹がいる薫はイリスの詳しい事情は知らずとも人見知りは理解出来るので無理に引っ張り出そうとせず、「僕もビックリしたんですよね」とアイリスと変わらぬ丁寧な微笑を向けた。
「自然というのは甘くないということだろうさ。その経験が明日の強さに繋がるのだからね」
 アイリスの、噛み締めたまえ、という言葉は、主にイリスへ向けられる言葉だろう。
 と、ヤギのゲルの様子を確認した杏と羽土が戻ってきた。
「皆落ち着いているみたいです。ヤギ、意外と可愛い、ですね」
 寒いのも苦手だが動き難いのも苦手といった様子の杏は真夜中に起きて見張りの辛さを実感しているようだが、遊牧民が困っているなら頑張らねばと自身を奮い立たせているようだ。
「内部は暖かかったね。提供されたゲルでも思ったけど、極寒だからこそ寒さを凌ぐ作りを考えているのだろうね」
「あ、解ります。ホントに暖かいって思いました……。人の温かさ、というのでしょうか」
「熱というのは、水や空気にも劣らない命を生かす力だ、それを分け与えてもらった恩を仕事で返す、妥当な行動だと思うよ」
 羽土へイリスとアイリスが応じ、皆で頑張ろうと話しているのを見て、杏は少し首を傾げた。
(羽土さんの様子、いつもとちょっと違う……?)
 具体的には、よく判らないけど。
「ヤギにも、ということは、生活の基盤なのでしょうし、尚のこと今夜で決着つけたいですよね」
 日中よりも冷えているように感じているらしいあやかは、自分達がいる今夜に決着がつけば、遊牧民も安心出来るのではと話す。
 自分達としても気掛かりを残してここを発つことになるし、決着は着くに越したことはない。
「歩くのはそこまで苦労しないんですけど、やっぱり距離がありますから、ね」
「足場に適応するのは戦闘の基本……そこは叩き込んでおいたさ」
 あやかへも頑張って話しかけるイリスへアイリスが口を挟むと、「だから、お陰で想像よりは楽させて貰ってるかも」とイリスが微笑む。
「ここの人々にとって、大事なもの……それを奪おうとする輩には、しっかり灸を据えてやりたいね」
 羽土が意気込むも、もう交替の時間だ。
 彼女達の時間で夜が明ける。
 それまでに決着が着くことを願い、彼らは再びゲルへ戻っていく。

●油断を誘え
「暖があるのとないのとでは違うねー……」
 鈴音は由利菜が用意してくれたアロマキャンドルを前に呟く。
 焚き火のような暖という訳でもなく、アロマの香りも屋外故に発揮されているかというとそうではないと思うが、あるのとないのとでは全く違う。
「ある意味油断してくれそうな気もしますしね」
「灯りがないと逆に素人ではないと思うかもしれないですね」
 高音がほっとしたように呟くと、由利菜もそれに気づく。
 訓練の疲れを癒せるように持って来ていたアロマキャンドルであったが、意外な所で役立った。
 この場には、彼女達の英雄の姿はない。
 皆、幻想蝶の中である。
 由利菜より、敵の油断を誘う為、リーヴスラシルは幻想蝶の中にいて貰うという話があり、それならばと2人が同調した形だ。
 偶数であると、リンカーを疑われ易い為、今日来るとは限らなくとも自分達の時間帯に来る可能性あるなら、油断させた方がいい。
 更に、鈴音の提案で遊牧民から木の棒を借り、自衛しているように見せ掛けて一般人らしくしている。
「暖かいって凄く幸せなんだって、ほんと思うよ」
「防寒具着用していても、この寒さは体験したことないですしね」
「私もラシルから2人での旅の修行にと参加を提案された時、平均気温で躊躇いました」
 鈴音のしみじみとした言葉に高音と由利菜が苦笑で続く。
 彼女達は日本生まれの日本育ち、ここにいる遊牧民から見れば全員都会っ子である。
『暖を取る火種ひとつも命を繋ぐものだもの、感謝しなくてはね?』
 鈴音の幻想蝶からはN・Kの声が聞こえてくる。
 ゲルを提供してくれた遊牧民への感謝は勿論、アロマキャンドルを持ってきてくれた由利菜へも感謝なさいという響きは、正にお姉さんそのもの。
「そう思うと、意外に自分の世界って小さいよね」
 こういう場所で人生の大半を過ごす人もいる。人間という単語だけで簡単に語れない。
 そう思ったら、自分の知っている世界はまだまだだ。
「だから、世界を知る必要があるんでしょうね」
『そうだ。肌荒れを気にしている場合じゃないぞ、ユリナ』
「それは気にさせてください」
 今は幻想蝶にいるリーヴスラシルは絶世の美女といっていい容姿だが、肌荒れとも無縁らしい。
 本人が言うには、寒さは感じるが、この世界の存在ではない為か、寒さによる体調不良などはないようだ。
「肌は気になりますね」
 ヤギのゲルの内部を確認してきた高音が2人の会話に同調すると、由利菜は肌の手入れについて2人に話を振ってみる。
「睡眠は大事かなーって思うよ? ……成長とかにもいいみたいだし」
 鈴音はそう言うと、何か思い出したような顔をして胸に視線を落とした。
 由利菜は首を傾げたが、思い当たったらしい高音が「聞かないで挙げてください」とだけ言う。
「成長と言えば、ですが。私は戦闘技術という点では前よりもずっと成長したかもしれませんが、行動の計画性や判断力はまだまだ未熟を感じてます」
「こればかりは皆大なり小なりそうではないかと思いますよ」
「ええ。もっと場数を踏みたいと思っています」
 由利菜が高音を前に眼差しを強くする。
 2人で日常的に行っているトレーニング方法を話していると、ヤギのゲルの様子を確認した鈴音が戻ってきたので、由利菜が全員へコーヒーを振舞う。
 明け方近くの冷え込みではコーヒーもすぐ冷めてしまうだろうと皆すぐに口をつけ、会話以外でも眠くならない要素を取り入れ、奮い立たせた。
「そういや、高音、この前聞きそび……」
 鈴音が高音へ台湾の研修の時に聞きそびれた好みのタイプについて話を振ろうとし、言葉を止めた。
「高音って運いいよね」
 鈴音の視線の先、夜の闇であっても周囲何もないからこそ気づけた異変。
 何かが、こちらへ近づいてきている。
 少なくとも2つ人型であると確認した後、一般人を装い、ヤギのゲルへ逃げ込む振りをした。
「ゲル内に立ち入らせる訳にもいきませんが、証拠は押さえましょう」
 内部に入ってから共鳴した由利菜がインスタントカメラを準備する。
 これは訓練に支障がない範囲で皆と厳しい行程を共に歩んだ軌跡を記録しておきたいというリーヴスラシルが事前に担当官から許可を得て持ち込んだもので、まだ撮影可能だ。
 鈴音と高音が手分けして休んでいるエージェントへ連絡を取り、全員時を待つ。

●捕縛!
(『ヴィランならば足は避けたまえよ、犯人を抱えて歩くことになるのは嫌だろう?』)
(解った!)
 機を伺う中、アイリスはイリスへの助言を忘れない。
 従魔、愚神ならその場で即討伐だが、ヴィランならば捕縛後自分達がウランバートルまで連行しなければならない。
 訓練中を考えれば、彼らだけ護送車手配ではなく、引っ立てて歩くことになるのは明白だ。
(『ヴィランだろうな。愚神、従魔にしては用心している。奴らなら一般人相手と思えば、そのまま踏み込む』)
(2人だが、能力は判らないし、油断は出来ないな)
 薫のライトアイもあり、彼らを暗闇に逃さない為に凱からもよく見える。
 智美の見解には頷く所だが、あのヴィラン達の技量は不明、人数だけで考えることは出来ない。
 彼らがヤギのゲルへ入ろうとし、「ぎゃっ」と悲鳴を上げて出てきた。
 恐らく、由利菜がインスタントカメラで踏み込んだ瞬間を撮影したのに驚いたのだろう。
(ビィ、一食の恩は?)
(『一生の恩!』)
 起床時は音に驚いて火事かと騒いだ彼もこの時は冷静だ。
(誓約を以て命ずる、恩人に仇なす者を捕縛せよ)
(『……我が主の仰せの儘に』)
 正解と共に告げられた言葉にふぁらんくすVIIは厳かに応じ、彼らは皆と共に彼らの前へ姿を現した!
「なっ!」
 驚く彼らは30前後といった所か。顔立ちは似ているから血の繋がりはあるだろう。
(『多分1人は確実にバトルメディックね。暗闇の影響がなさそうだわ』)
 あやかの指摘通り、彼らは何かに足を取られる様子もなく逃げようとしている。
「どけっ!」
 ゐづるのフラメアの切っ先から逃れようと、進路の先にいた九繰へ1人突進してくる。
 しかし、足止め優先と考えていた九繰は蹴りで牽制し、逃さない。
「逃さないよ」
 イリスは効果範囲を確認した上で守るべき誓いを発動させた。
 こうなると、彼らはイリスへ釘付けだ。
(『ゲルの中に入れたら危険だわ。気をつけて』)
「後ろは任されてるよ、皆思いっきり懲らしめちゃって」
 N・Kの助言受ける鈴音がヤギのゲルを守るように立ち、万が一も許さない姿勢。
 その前に立つ由利菜と高音が踏み出した。
「後はお願いしますね」
 高音は男が攻撃を避けるようにわざと大振りで攻撃を仕掛けた。
 杏が凱、ゐづるとも連携し取り囲んでいた為、回避方向が限定された男はただひとつの場所へ回避する。
(『今だ、ユリナ』)
「はいっ!」
 由利菜がライヴスリッパーを叩き込むと、呆気なくノックアウト。
(『今の内に捕縛を』)
「判りました。動かないようにしないと……」
 杏が羽土の助言を受け、ゐづるが事前に遊牧民から借りていたロープで男を捕縛する。
「ヴィランだと子供騙しかもしれないけどね」
「その時はセーフティガスも使いますから」
 ゐづるへ、薫が逃走阻止を約束した。
 一方、イリスサイドも呆気ない。
 シャドウルーカーだったらしい男のジェミニストライクを放たれたものの、イリスがアイリスの助言を受けてライオットシールドで冷静に対処、直後のライヴスリッパーで落とした。
(『九繰、拘束の仕方ですが──』)
「親指の付け根の拘束をお願いします」
 九繰がエミナからの情報を捕縛するエージェントへ伝える。
 親指の固定で腕の自由が制限される、ということだそうで。
「歩くのに支障ある部位は拘束しない方がいいだろう、とのことです」
「自分の足で歩いて貰わないと困るものねー」
 鈴音は彼らの歩行まで補助する余力などないと納得。
「さって、気づいたら事情聴取だね。この寒い明け方にこっちを働かせたんだし?」
 ゐづるが彼らを見ると、モンゴルの大地に陽の光が射し込む中、彼らは目覚めた。

●ウランバートルへ
「ありがとうございました!」
 九繰がお礼を言う遊牧民へ厚意に感謝して手を振っている。
 引っ立てるのはゐづるとふぁらんくすVIIが行ってくれている為、特に干渉していない。
「何があっても、ヤギ泥棒なんてダメですよ。あんなに可愛いのに……」
 杏が彼らを見る。
 取り押さえること以外にも回避方向をコントロールすることで、ライヴスリッパーを決め易い状況にし、結果として戦闘の早期決着に貢献した戦闘面での功労者とも言うべき彼女は、やはり、可愛いヤギの泥棒については事情があってもダメだと説く。
 彼らは、盗んだヤギを安値で売って金儲けしていたヴィランであった。
 最近はかなり改善されているが、マンホールで生活する者もいるモンゴルにおいては、そうした者達は仕事にも苦労するのだが、彼らは能力者だった為犯罪に活用したらしい。
「あー恥ずかしい。引っ立てて歩く身にもなってよね」
「いかにゃ理由があろうとも、犯罪が許容される道理はにゃい」
 H.O.P.E.へ行けるような身なりでもないからとやってたなんて言い訳は却下だ。
 そんな彼らの後ろでは由利菜とリーヴスラシルが乗馬の訓練について話していたり、凱と薫、智美とあやかが励まし合って歩いている。
「いい勉強にはなったよ」
 恩返しは出来たかと問うふぁらんくすVIIへ応じたゐづるにはやっぱりモンゴルの冬は寒過ぎるが、これも勉強だろう。
「それもあと少しですからね」
「昼位には着くかもね」
 九繰へ答える鈴音は到着まで訓練と油断するつもりもない。
 見張りの際の意識の高さは最後まで維持されるようだ。
 この意識の高さが発見時の冷静な対応に繋がったのだろう。
 周囲が興味深いエミナと異なり、N・Kは頑張る鈴音を見守るように歩く。
「高音……あれ、そう?」
「ええ」
 見えてきたウランバートルを見、十架が問うと、高音が微笑む。
 近づくと、H.O.P.E.の職員が待機しているのが見えてきた。
「羽土さん?」
 杏は羽土が後ろの雪原を見ていたことに気づき、声を掛けた。
「何でもないよ。最後までしっかり行こう」
 全てを語らない羽土は胸の奥に懐かしさを仕舞って微笑む。

 イリスとアイリスの歌に後押しされるようにゴールした彼らは、とりあえず、ヴィランを引き渡し、それから、寒かったとクレームを述べて訓練を終わらせた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
  • リベレーター
    伏野 杏aa1659

重体一覧

参加者

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • エージェント
    中城 凱aa0406
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    礼野 智美aa0406hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
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  • エージェント
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