本部

ヴィラン花嫁奪還戦

真名木風由

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/25 05:00

掲示板

オープニング

 『あなた』達は、その英雄を見た。
 彼女の名は、コーリー。
 見た目10代後半で、外見自体は現代的だ。
 つい最近、この世界に降り立ち、アイシャという19の女性と誓約を交わしたのだという。
 アイシャは語学を学ぶ大学生であったが、誓約を交わしたことで、エージェントとしても活動したいと思い、エージェント登録を間近に控えていたそうだ。
 大学の講義が終わったらということで、コーリーは待っていたが、アイシャは来ない。
 その時、アイシャの両親がやってきて、アイシャは誘拐されたことを知った。
 そう、エージェントにまだ登録していないアイシャを結婚という形で身内に取り入れる策を講じたヴィランがコーリーの不在を狙って無理やり誘拐したのである。
 中央アジアに位置するアイシャの国は複雑で、誘拐をして結婚を承諾させるという風習があるらしい。
 法律で一応禁止されているが、人々の意識が警察、裁判所を含めて改革しきれていないそうで、結婚の為と言うと、誘拐は不問らしい。
 しかも、未婚の女性が男性の家に入れば、もう終わり、実家も純潔ではない娘が帰ってきたことで恥を晒すと帰宅を拒否したり、それを苦に思う女性が受け入れることも多いとか。
 恋人がいようが夢があろうが一切関係なく、男性側の両親や親戚が誘拐するように言うこともあるらしく、結構な割合とのことで、アイシャの両親も相手がヴィランズということもあり、諦め、婚家の為に尽くすアイシャの元へ赴けと言ってきたそうだ。
 コーリーは承諾する振りをして支部へ向かい、助けを求め、緊急に派遣された『あなた』達へその事情を説明したという訳である。
「最近では、両親に許されない結婚を強行する為にそういうことをする恋人達もいるみたいだけど、アイシャはそうじゃなかった。アイシャは夢を持って大学に通っていたの。エージェントとしても頑張りたいとも。結婚することでエージェントの夢を奪うばかりかヴィランとして生きることを強要するなんて私には許せないし、それが普通なんて思いたくない」
 アイシャの国の結婚事情は急に変えられるものではないだろうが、それを利用して、ヴィランズの一員としてヴィランになるよう強要するのは許されるものではない。
 もしかしたら、アイシャだけのケースではないかもしれないが、資料にその辺りの情報はない。
「アイシャは優しいから、私を巻き込むことなんて出来ないと思う。でも、自害をすれば私に迷惑が掛かることも知ってる。両親からも見放されたアイシャを助けて」
 コーリーは深く頭を下げた。

解説

●目的
・アイシャ奪還
・可能な限りの人数のヴィランズを事情聴取出来る状態での捕縛

●資料記載情報
・アイシャを攫ったのは、国内で徐々に力をつけているヴィランズ。山間にある集落全体がアジトの模様。
・アイシャは19歳の女子大生でコーリーとは誓約間もない。コーリーはブレイブナイト。クラス的にも防戦が得意らしい。
・集落全体でヴィランズを形成しているが、経緯を考慮すると、救出対象が増える可能性がある。
・ヴィランズのやり口より事情聴取は必要で、可能な限り多い人数で話が聞ける状態での捕縛が必要。全員捕縛が望ましいが、救出対象が増えた場合、逃げる者は深追い出来ない可能性あり。

●敵情報(詳細はPL情報)
・ヴィランズ
50人程度の集落を形成。
女性ヴィランは5名程。男性ヴィランも勿論いる。低レベルのAGWで武装しているが、そこまで強い者はいない。
結婚を強要され、最終的に実家の恥を考慮して泣く泣く受け入れた形でここにいる(夫へ手出ししないよう呼んだ英雄に言い含めている)為、『好き好んでヴィランになっていない』。救出されるなら、全員喜んで協力する。
尚、能力者ではない女性も5名おり、こちらも労働力確保の為に結婚させられた為家へ帰れなくなっている。こちらも救出対象。

●集落情報(PL情報)
・家々が立ち並んでいるが、閉鎖的で集落の入り口には男性ヴィランの見張り。
・地形を生かした形で形成された集落だが塀はなく、侵入自体はそこまで難しくない。
・アイシャは集落のどこかで女性達から諦めるよう説得を続けられている。
・戦闘上の制約は屋内でなければないと判断出来る。

●NPC情報
剣崎高音、夜神十架
指示があればそちらを優先、なければ女性保護に動きます。

●注意・補足情報
・捕縛厳命が出ています。致命傷になりうるような攻撃は避けましょう。
・救出されたアイシャや女性達はH.O.P.E.がその身を一時預かることになりますので、考慮不要です。

リプレイ

●下地準備
『女性をてごめる悪を討つ!』
 ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)は、そう記したスケッチブックを鋼野 明斗(aa0553)へばんばん振り下ろす。
 その明斗は、作業中。
「灯り、もう少し強くします?」
「いえ。あまり明るくし過ぎても居場所が知れてしまうでしょう」
 スマートフォンを手にする赤谷 鴇(aa1578)が明斗へ尋ねると、明斗は緩く首を振った。
 明斗は衛星写真だと限度があるとして俯瞰の位置でスマートフォンで集落の写真を撮影し、簡易地図の作成に入っているのだ。鴇は明斗が地図を作成し易いようスマートフォンのライト機能を使用し、その手元を照らしているのである。
 集落周辺到着が夕方、慎重を重ねる為に作戦行動は夜陰に紛れる夜がいいだろうとなり、道中打ち合わせを済ませたエージェント達はそれぞれ準備を進めていた。
「しかし、嫌ーな文化だな」
 アイザック ベルシュタイン(aa1578hero001)が、言葉と同じような声を出す。
「彼らにとってはそれが普通なんだろうね……。向こうからすれば僕らは嫁泥棒か襲撃者にしか見えてなさそう」
「けど、オレは自分の意思と関係なくって嫌だな……。何で好きでもないのに一緒になる必要があるんだ?」
「きっと、オトナの事……」
『悪の事情を考える必要なし!!』
 白市 凍土(aa1725)が鴇の言葉に溜息を吐いたので、シエロ シュネー(aa1725hero001)が取り成そうとしたが、ドロシーのスケッチブックには力強い文字が書かれてある。
(……比較的新しい慣習。全てを諦め、納得を強制している、か)
 明斗は地図を作成しながら、移動中にスマートフォンで調べたそれを反芻する。
 先進国が嫌悪する風習だから悪と言えないのではと思ったが、助けを求めてきたアイシャの英雄コーリーは泣いていた。
 だから、自分で変えることは出来なくとも、知っておいた方がいいと調べたのだ。
 かつてこの国では見合い結婚が主体であったが、他国の共産主義が流れ込み、自由恋愛と結婚が認められた結果、社会的に結婚しなければならない男達は、過去の文化や駆け落ちの事例を曲解し、こうした形を伝統と称し、行っている。外国人から見れば野蛮だろうが、この国では普通のことだと語る男の記事もある一方、抵抗し泣き叫ぶ女性の動画や独り虚無の表情を浮かべる女性の写真もあった。
 他の国の一地方でもこうしたやり方が残っているという記事もあるそうで、そのやり方は日本人の明斗の理解の範囲にあるとは言えないものだ。
(……慣習か……)
 物思いに耽りそうになった明斗の背に衝撃が走る。
『シャンとする!』
 スケッチブックでその背を叩いたドロシーの文字は、やはり迷いがない。
「仕事はするさ。……女を泣かすのは気に入らないからな」
 今はそれだけ考える。
「もうすぐ陽が落ちるね。周辺調査している皆はどうかな。早く何とかしなきゃ承諾しちゃうかもしれないし、頑張らないとね」
「……それも大事だけど、初任務がこれって……」
 シエロがお姉さんっぽく凍土を見ると、凍土は最初から複雑な任務だとばかりにシエロを見る。
「気にしたら負け、だよ。トウ君!」
「オレは出来ること、するだけだな」
「結局そこに行き着くよなー。オレとしちゃ無理矢理とか愛情がないのはお断りだね。結婚するなら愛し合ってないとなあって感じだし」
 アイザックが凍土とシエロの会話に加わり、そこを劇的に変えるのは嫌でも困難なら、すべきことをするしかないと話す。
「ここ以外にも似たような文化があったりしますよ? 日本にもそうした地域があったようで、裁判記録が有るとか……」
「うへー」
 灯りを照らす鴇がそう言うと、アイザックがそんな声を漏らしたので、「静かに」と注意を添える。
 キルギスの夕日が完全に沈む頃合いを凍土とシエロが見ていると、明斗が手を止めた。
「出来ました」
 明斗は端的に呟き、すぐに全員のスマートフォンへ地図を送った。

 一方、その頃──

●潜めゆく
 明斗が地図作成をしている頃、彼らは慎重に集落よりやや離れた場所中心に身を潜めつつ行動していた。
「地形的に地下はないかもしれませんが、油断は出来ませんね」
「道は一見すると一本だな」
 赤城 龍哉(aa0090)は共鳴し構築の魔女(aa0281hero001)が主導権を握る辺是 落児(aa0281)を見た。
 彼らは周辺調査を主として動くエージェントである。
 明斗が地図に起こしている間も衛星写真から確認出来た範囲で彼らは周辺調査に動いていた。
 移動中、龍哉は一発勝負であるが故に慎重さが求められる、その為作戦自体はシンプルな方が成功率が高いと唱え、皆の意見を踏まえつつも作戦概要を提示し、それに基づいて行動している。
「ええ。獣道もありますし……」
「いや、ここもだな」
 獣道の状態をチェックする落児へ龍哉が脇を指し示す。
 脇は、急斜面……普通は徒歩で降りようとは思わない場所だ。
 が、逃走経路調査に比重を置くからこそ、龍哉はその可能性に気づいていた。
「集落内部で確定する必要あるが、馬があったら、崖下る可能性はあんぞ」
「逆落とし、ですか」
「ない確率の方が高いが頭に入れておくに越したことはないだろ」
 龍哉と落児が言葉を交わす。
「とは言え、彼らに気づかれますし、他も見ないといけません」
 櫓と呼べるようなものはないが、それでも家の建物より高い見張り台はあった、油断は禁物。
「だな。こちらの動向を知られたら話になんねぇ」
 龍哉は応じながら、スマートフォンで周辺調査で気づいたことを都度メールで送信。
 やがて、明斗から地図作成完了と要点を押さえた地図が送られてきた。
「ドロシー辺りは地味事務って言ってそうだが、よく出来てるな」
「ご本人は案外大学のレポートより楽と意に介してなさそうですけどね」
 龍哉の言葉に落児が応じる。
 ちなみに、それは正解であったと言っておく。
「夜陰に紛れて動くとは言え、月は出ます。影の方向に注意するようお伝えしておきますね」
「助かる」
 龍哉と会話を交わした落児が潜入工作を行うエージェントの援護として、陽が落ちたことより集落へ接近する際の注意事項を共有すべく、スマートフォンからメール連絡する。
 その間、龍哉は集落側から見つからないよう注意深く様子を伺っていた。
(ふん、やり方が気に入らねぇ)
 自業自得ってのがどういうことか、判らせてやる。
 口元の不敵な笑みは、傍らの落児達しか知らない。

「明斗さんの地図は助かりますね。これに周辺調査チームの情報を合わせれば、行けるでしょう」
(『早く助けてあげないといけないけど、燈花、逸らないようにね』)
 明斗から地図を受け取った化野 燈花(aa0041)がそう呟くと、七水 憂(aa0041hero001)が彼女の内で声を響かせる。
 見た目表情の変化はないが、彼女が怒っていることは共鳴している憂は解っている。
 このような形の慣習自体実は歴史が浅く赦し難いのだが、更にそれを悪用するとは。
「伝統を勘違いし、己らを正当化する……男尊女卑の嫌な国じゃ」
 嫌悪の色が濃いカグヤ・アトラクア(aa0535)も地図に目を通している。
 ここへ来るまでに衛星写真を含め、事前情報を頭に叩き込んでいるが、現場の生きた情報は何よりも大事だ。
 既に共鳴しているクー・ナンナ(aa0535hero001)は、蜘蛛の糸はザイルロープとか地味に失礼なことを言っているが、放っておく。普通の蜘蛛の糸だろうが、ザイルロープだろうが絡め取るのに変わりはないからだ。
「アイシャさん以外にも誘拐されている女性の可能性は否定出来ないとのことでしたから、注意しないといけませんね」
「一応、僕が皆さんとは別に集落内部を調べ、誰かが接近する場合は連絡します」
 夜神十架(az0014hero001)と共鳴する剣崎高音(az0014)へ応じたのは、ハーメル(aa0958)だ。
 落児より見張りのヴィランの武器所有状況及び明斗の地図の補完として、家への人の出入りの詳細情報、集落の作りで気づいた点が寄せられているが、最新の情報収集を怠ると、瓦解する可能性がある作戦である。リンカーには効力を発揮しないとは言え、一般人には有効であろう潜伏と鷹の目を扱うハーメルがそれら警戒を行った方がいい。
(『とはいえ、行動は夜間。鷹は不自然に思われるから、操作は慎重に』)
 既にハーメルと共鳴している墓守(aa0958hero001)は、油断しないようアドバイスを忘れない。
「表向き慣習を逆手に取って力でゴリ押し。強盗ですわ。許せるものではありませんが、まずはアイシャさんと合流が最優先……ヴィランに気取られないよう参りましょう」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉に皆頷く。
 陽が完全に落ちた頃合いを見計らい、見張りの動きを教えて貰いつつ、潜入工作を行うエージェント達は集落へ無事入っていった。

●夜陰に紛れて
 闇に紛れるよう密やかに集落を進んでいく。
 予め全員夜の闇に紛れるように整えているが、見つからないという絶対の保証はない。
 明斗の地図に加え、事前調査チームから寄せられた情報より集落の広場近くの家のひとつの警戒が色濃い為、可能性ありとしてまずはそこへ向かうことになっている。
 カグヤのライトアイの恩恵もあり、夜の闇を苦に思うこともない。
(僕はこれで)
 ハーメルが途中、集落内部調査の為に慎重に離れていく。
 身を潜めながら集落を進んでいくと、男達の会話が聞こえてきた。
「随分拒否しているみたいだな。英雄もまだ来ない」
「普通なら家に帰すだろうが、それを見越しているなら甘いよな」
 拒否し続けた場合の暗黙のルールもヴィランズには通用しないようだ。
「泣き叫んでいたから、幸せな結婚になるだろうがな」
「式の準備は万端だしな」
(あいつらの顔は忘れんぞ)
 カグヤが眼光鋭く彼らを見、気づかれない内に先へ進む。
 明かりや呼吸音での識別の他、匂いなども重要な要素だ。
(『侵入の時も思ったけど、変な技術に特化してるよね』)
(ニンジャ学校のニンジャマスターのお陰じゃのぅ、ニンニン)
(『どこまで本当なんだかね』)
 生活環境は思ったよりまともだが、女性特有の匂いなどはないかとカグヤが鼻をひくつかせていると、件の家から「嫌! 諦めない!」と泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
(まだ承諾していないようですね)
(『だから彼らのあの会話だったんだね』)
 共鳴した為夜の闇にも目立つ白髪を隠すようにフード付の黒いローブを羽織る燈花が憂と心の中で会話を交わす。
 白いスカーフを被せられれば、結婚了承と見做される。強制的に花婿側の女性親族が被せることもあるようだが、ここには親族ではない可能性もあるだろう。
(まだ見つかってませんから、誘拐された女性の振りをする必要はない、ですが)
 それも入念な調査があってのことだと燈花は思う。
 と、ヴァルトラウテが軽く手を上げた。
 どうやら侵入の突破口を見出せたらしい。
 全員が応じると、正面ではなく、裏口から滑り込み、声の方、幕がある方へ進んでいく。
 踏み込んだ時には、アイシャは激しく抵抗していた。
「ここに敬う年配の女性はいないけど、でも……ここから帰して貰えないわ。だから、せめて、受け容れた方がいいわ。お願い」
「嫌! 絶対嫌!! あなた達だって誘拐されて不本意だったでしょう? どうしてそう言えるの!?」
「だって、仕方ないでしょう?」
「帰っても、穢れた女に生きる場所がどこにあるの?」
 アイシャの周囲にいる女性達の数は10人。
 抵抗する為に人数を増やしての説得であるというのは説明されずとも判った。
「お話は伺わせていただきました」
 ヴァルトラウテの声が響くと、アイシャも女達も一斉にこちらを見た。
 身構えたのは5人──恐らく、この5人はヴィランだろう。話を総合すれば、ヴィランになるべくしてなったのではなく、させられたと言うべきか。
「コーリーさんからのお願いで参りましたわ」
「あなたの帰りを待っていますよ」
 ヴァルトラウテは微笑を向け、燈花がコーリーの今を伝えると、目を潤ませたアイシャが救われたような微笑を零した。
 だが、まだ事態が解決している訳ではない。
「この国の司法外のH.O.P.E.から救出に来た者じゃ。そちらの事情は解っておるから、逃げる準備をせよ。アイシャ以外の者も同様じゃ」
 カグヤの言葉がアイシャ以外の女達にも波紋を与える。
 俄かに信じ難いといった所なのだろう。
「でも……」
「皆さんの名誉は、H.O.P.E.が必ずお守りしますので」
 女達は一様に顔を見合わせ、高音の言葉にもすぐに頷けないようだ。
「お話を伺うに、結婚成立しているから、ここにいなければならないということでしょうか」
「……聞いていた通りよ。何もかも諦めなくては生きていけないの」
 燈花の問いにスカーフを手にした女性がそう答える。
 何度も泣いたであろうその瞳は乾いていて、全て諦め、受け容れた痛みがあった。
 けれど、もう諦めるしかないから、アイシャを説得するのだろう。
「ヴィランの縛から解き放たれることを望み、諦めずに動くのならば、あなた方に力添えをするに吝かではありません。諦めない方を、希望は見放しはしません。希望を奪ったヴィランを、許してはなりません」
 ヴァルトラウテの声が凛と響いた。
「運命に抗う勇気を出すのは今この時ですわ。己の運命を、己自身の意志で掴むのです」
 その時、乾いた瞳が少しずつ力を取り戻していったように見えた。
 運命に抗う勇気を。
 ヴァルトラウテの言葉は、彼女達にとって絶望的な運命に立ち向かう剣となったのだ。

●時は来た
 ハーメルは内部調査を進め、突入のタイミング調整を行っていた。
 アイシャだけでなく、女性達の協力を得られた連絡は受けており、集落内部の逃走経路の確認や女性達がいる家周辺を特に調べ、残るエージェントが突入した後も迅速に動けるよう整備している。
(完全に空を飛ばすと、目立つのが痛いけど……)
(『夜に集落の上だけを飛んでいれば不審に思われる。こちらが動いているかもしれない可能性を相手の頭の中に与える必要はない』)
 ハーメルへ墓守がそう応じている間に鷹の目で生み出されたライヴスの鷹は時が来てその姿を消していく。
(『そろそろ様子を確認するという会話をしているようだ』)
(今見に行かれる訳には行かないね。突入準備を伝える)
 墓守へ応じたハーメルは全員に外の動きを伝え、呼応の時を教えた。

 ハーメルの連絡を受け、突入の準備が整えられる。
「自分が正面より突入、ヴィランを主に食い止めます」
 ドロシーと共鳴を済ませた明斗は隼風を手に前を見据える。
 同じように正面から突入する鴇もアイザックと共鳴を済ませており、同じように前を見据えていた。
「致命傷を与えないよう、速やかな拘束が必要と思いますが、それには特に武器を振るわせないことが重要だと思います」
「手っ取り早く考えるなら、一撃粉砕はまだ扱えねぇし、武器の破壊より、武器を落とさせ、蹴飛ばして遠くにって所だろうな」
 龍哉も正面からの突入だが、彼はヴァルトラウテとの合流が最優先となる。
 合流し、彼女と共鳴しなければ、ヴィランに対して有効な一撃を与えられない。
「それなら、なるべく武器を持っている手や腕を考慮して攻撃しますね」
 そこへ、落児、凍土より、それぞれ配置についた連絡が届く。
「明け方が理想だったが、様子見に動かれるんじゃ仕方ねぇ」
 自業自得を解らせる時間が前倒しになっただけ。
 気に入らないこれを潰す未来を見、龍哉の笑みが潰す者の笑みとなった。

 同時刻、落児と凍土はハーメルの手引きで集落への侵入を果たし、別れて配置についた。
(こっちは見張りの死角みたいでね)
(確かに家の陰に隠れて見辛いな。木々は警戒しているようだが)
 ハーメルの案内で、見つからないよう自身も注意する凍土が呟く。
 致命傷になる攻撃は避ける為にも、凍土の支援は重要な意味を持つ。
(『勿論、おかしな動きがあったら、皆に言わないとね! 逃げる機を窺う為に一旦隠れるかもしれないし』)
(ああ。十分ありうる。この集落そのものがアジトなら防戦に動くだろうし。オレ達がチャンスを逃さないように、あっちだってチャンスを狙ってる。見逃さないようにしないと)
 突入のカウントダウンが始まり、凍土はウィザードセンスを発動させ、呼応に備える。
 凍土の役目は、突入してきたエージェントの支援だ。
 数の不利は作戦でカバーしないといけない。
(一般人には特に注意しないと)
 非能力者は能力者よりも格段に弱い。
 怪我で済まされないかも知れず、相手が犯罪者でも寝覚め悪い。
『突入!』
 合図の声が響き、凍土は閉じていた目を開けた。

 同時に、銃声が空に響く。
 正面突入チーム以外にも存在を示すように落児が敢えてPride of foolsを発砲したのだ。

「これで浮き足立ちますよ」
(『……ロ』)
「あら、虚を衝くのにはああいうのも有効よ?」
 落児はくすりと笑みを零し、16式60mm携行型速射砲へ切り替える。
 内部侵入を察した何人かが落児の姿を見つけ、走り込んでくるが、落児は射程範囲内に味方が誰もいないことを素早く確認、フラッシュバンを発動させた。
 その目を灼く光も、家の中にいる潜入工作チームへの合図だ。
「助かりますわ。こちら、お願いいたします!」
 ヴァルトラウテが家から飛び出して駆けていき、次いで燈花がグレートボウ携え、家から出てくる。
「カグヤさんと高音さんは?」
「裏口から侵入してきたヴィランと非能力者に対応しています。アイシャさんがいた幕が逃走防止もあって窓もなく、篭城に役立つので、そこを活かして迎撃するとのことです」
「落ち着くまでそちらで皆さんに留意していただいた方が良さそうですね」
 落児は燈花の言葉に頷くと、視線を巡らせる。
 逃走経路の確認は全て把握しているが、今の内に優先的にすべきことがあるのだ。
「あちらがそうですね」
 落児は車を見つけると、躊躇いもなく、車のタイヤを撃った。
 逃走手段を奪うのは定石である。
 ハーメルからは既に龍哉が警戒していた馬はいないと確認が取れているが、バイクの存在は聞いている(こちらはハーメルへタイヤのパンクを依頼した)
「それと、食料と水を押さえましょう。各家にもあるでしょうが、大元がある筈です。その上で逃走経路をひとつに絞らざるを得ないよう動きます。その中で逃走経路とは異なる場所へ逃げようとする方がいれば、そこが安全な場所、身を潜めるに相応しい場所でしょう」
 見解を全員へ伝えつつ、落児は内部情報を得つつ、食料と水の制圧へ動く。
「射抜くのは、『現実』だけではありません。その『可能性』も、です」
 その状況を構築すべく、慧眼を曇らせないよう動くのだ。

●切り拓かれた運命
「自分を置いて行こうとするなんて酷いですね」
 明斗は表情を変えることなく、龍哉の後を追おうとした非能力者の男の足を払った。
 能力者と非能力者ではスペックが一緒になる筈もない。
 明斗の足払いで体勢を崩したのを見逃さず、鴇が追撃し、取り落とした武器を遠くへ蹴った。
「非能力者が多めのようですね」
「ヴィランもいますが、内部を優先したのでしょうか」
「いずれにせよ、好機です」
 鴇へ応じた明斗がセーフティガスを発動させた。
 途端、非能力者が崩れ落ち、残るのはまだ消耗していないヴィランだけとなる。
「く……!」
(『2名、遠慮してる場合じゃないぞ』)
 その場にいた2人のヴィランが突進してくるのを見、アイザックが忠告。
 破れかぶれの攻撃に見せかけ、逃走する可能性はある。
 鴇は怒涛乱舞を発動させ、彼らを迎撃した。
 致命傷にならないよう気を遣っているとは言え、地力の差はあったのか、ヴィラン達が崩れ落ちる。
 明斗が再度セーフティガスを発動させると、彼らは気を失い、鴇によって拘束される運びとなった。

 一方、女達を守るべく、カグヤも高音と動いていた。
「先程の男共がノコノコ来るとは、わらわも運がいいの」
(『悪運だよね』)
 巻物「雷神ノ書」を身に纏わせるカグヤが凄絶な笑みで迎撃する言葉を聞き、クーが彼女にしか聞こえない声でツッコミを入れる。
 潜入時音が出るような物は全て外していたが、ここで遠慮する必要はない。
 場所を活かした攻撃にヴィラン達が怯むが、ヴィラン達は非能力者を盾に立ち回ろうとする。
 その時だ。
 背後にいた女の1人が銀の魔弾を非能力者の足元へ撃った。
「貴様! 嫁いだ夫に……」
「誰が望んでると思ってるのよ」
「だそうじゃ。わらわはこのような声を無碍にはせんのじゃ。のぅ、高音、十架」
 カグヤに頷きで応じた高音がヴィランへ切り込んでいく。
 セーフティガスで非能力者達を無力化させ、カグヤも続く。
 最終的に全員拘束されるが、その後女達が死なない程度に彼らをフルボッコにした所を見ると、ヴァルトラウテの言葉はかなり効果的だったようだ。

 全てを潰す剛き眼をした男が、全てを切り拓く戦乙女の名を持つ女を目指し、駆ける。
 同じように駆けてきた女へにやりと笑えば、「参りますわ!」とその運命を告げた。
「やるぞ、ヴァル。抵抗する奴を叩き伏せるぜ!」
 共鳴すれば、ひと房の銀の前髪の下、蒼い左眼が取り囲む周囲を見やる。
 同時に銀の魔弾が後方からヴィランの肩を射抜いた。
 凍土の機を見計らった攻撃を見逃さない龍哉が地を蹴ると、奇襲に浮き足立つ周囲へ拳で怒涛乱舞、非能力者を素早く落とす。
 その龍哉の攻撃直後を狙い、ヴィランが動く!
「させない!」
(『トウ君! 範囲問題ないよ!』)
 凍土はシエロの言葉を聞きつつ、ゴーストウィンド発動。
「サンキュー!」
 お礼の言葉を言いつつ、龍哉は凍土の支援を無駄にすることなく、彼らを圧倒した。

「だいぶ有利に進んでいるようですね」
 浮き足立ち、限定された逃走経路から逃げようとした非能力者らしき男を無力化させ、落児はひとり、呟く。
 フラッシュバン後の敵については、燈花が対応している。
 裏口の敵はカグヤと高音に任せた為、燈花は正面からの侵入を阻むべく動いているのだ。
『拘束したヴィラン全員猿轡をお願いします』
 燈花は強さ的に自害はないだろうと思いながらも、各所へ連絡を入れている。
 憂が事情聴取を行うなら絶対に発生させてはならないと意見したそうで、皆それに賛成する形で行っている。
「よく見えた方がいらっしゃるようで」
 目処が見えてきた為、落児が食料の貯蔵庫が向かうと、男達が食料を袋詰めしているのを見つけた。
 わざと靴音を響かせ、自分の存在を教える。
 表情の動きを見る限り、非能力者ではなさそうだ。
「投降……するつもりはなさそうですね」
 即トリオを発動させ、彼らを的確に撃つと、まず武器を取り落とさせる。
 尚も抵抗しようと襲い掛かってくるが、落児の両脇を龍哉と鴇が駆け抜け、彼らを対処した。
「ありがとうございます」
 落児が振り返った先にはハーメルと凍土がいる。
 内外の動きが上手かったことを判断し連絡役に徹したハーメルと不審な動きに注意していた凍土が連携し、食料庫へ向かう男達を見逃さなかった。
「間に合うと思ったけど、複数だったから」
「こちらで最後ですよ。アイシャさんも他の救助を望んだ女性の方も明斗さんが水を配り、落ち着いていただいてます」
 凍土が落児へそう説明し、ハーメルが全員捕縛成功を伝えてくれた。

 ヴィランを乗せた車が集落を去っていく。
 ハーメルと墓守の連絡もあり、既に付近にいた為に事後処理も手間取っていないようだ。
「これで終わりですか」
「彼女達は一旦国を離れるみたいだね」
 コーリーと再会したアイシャが泣いているのを見ながら、燈花と憂が言葉を交わす。
 ヴィランの自害阻止に注力した憂は彼女達だけの話かどうかは今後の取調べによると考えていた。
「仕方ないでしょう。彼女達を守る為でもあるのですから」
 構築の魔女はまだ憤慨しているドロシーを明斗が宥めているのを見、カグヤが高音と十架を労っているのを見る。(クーは幻想蝶で寝たらしい)
「まだいるかもしれねぇけどさ、少なくともあいつらの運命は潰せた。今はそれでいいんじゃねぇの?」
「その通りですわ」
 ヴァルトラウテが龍哉へ言い切る。
 彼女の目にも女性達を労う凍土とシエロ、女性を慰めようとするアイザックを止める鴇が映っている。
「それでも、運命を諦めていい理由にはなりません。彼女達の勇気が、同じような女性へ運命を切り拓く勇気となりましょう」
 いつか、この国に根ざす慣習を撃ち抜く勇気となるよう。

 その言葉で、運命を乗り越えろ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281

重体一覧

参加者

  • 泣かせ演技の女優
    化野 燈花aa0041
    人間|17才|女性|攻撃
  • エージェント
    七水 憂aa0041hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
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