本部

【甘想】連動シナリオ

【甘想】愛を潜り愛を守れ

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/23 18:32

掲示板

オープニング

●バレンタインの前に
 雪解けの季節。世界的、というより主に極東の島国でのみ、需要が激増する菓子がある。
 平和だったころに比べ、輸送には危険が伴うようになったが、子供たち、恋人たちの笑顔の為に様々な人々が尽力していた。
 今も、カカオを山積みした小さなトラックが山道をゆく。それを岩場から見下ろす、怪しい影があった。

「……連中が最近、やったらこそこそ運んでるアレは、いったい何なのかしらね? 秘密兵器か何だか存じ上げませんですけど」

 愚かな神、と書いて愚神と読む。一敗地に塗れたことで人間を警戒するようになっていたグリムローゼは、何やら激しく誤解をしていた。

「善はハリー、必死こいて守ろうとする連中を蹴散らして蹂躙して踏み潰して憂さ晴らしでもしないとやってらんねー気分ですし、ちょうど良い生贄ですわね」

 パーリーは盛大な方が楽しいですし、殺し合いならなおのこと、という彼女の意向で、その「情報」は一部の愚神たちの間に広まっていった。不幸な事に、そんな残念過ぎる発想に至った彼女を誰も止めてはあげなかったらしい。
 本部に並ぶ依頼に、輸送中のカカオやチョコレート工場、果ては街角の手作り教室までを襲う従魔や愚神の対策願いが並ぶようになったのは、その数日後だった。


●Be My Valentine.
 海の真ん中に巨大なガジュマルのような樹が生える小さな人口の島があった。
 この樹は、元々、AGW開発の副産物として生まれた樹であった。通常の果樹とは違って枝先にほんのり緋色がかったガラスの鈴のような花序がつく。花序は風に吹かれると涼やかな美しい音を鳴らす。その幻想的な姿に目をつけた企業が人工島にこの樹を植えた。特殊な生育方法で育てられたそれは、あっという間に大きくなり、美しく幻想的な光景を作り出した。
 ──この樹と人工島、およびそこに作られた施設の名を『ロートスの樹』という。そこは、世界中に数多とある、いわゆる『恋愛の聖地』のひとつだった。

 聖バレンタイン。世界中で男女の愛の誓いとされる日。
 その日を前にして、『ロートスの樹』では一月末からバレンタインデーまでの間特別なバレンタインイベントを行う……予定だった。
 内容としては、日本の製菓会社とコラボレーションしたチョコレートをメインとしたお菓子の配布と試食会を兼ねたパーティである。このイベントを発表した途端、ロートスの樹の入場チケットは瞬く間に完売し、中には長期休暇を取って施設内にあるホテルに泊まってまでイベントを楽しもうとする猛者まで現れた。

 ところが、である。

 港に黒いフードを目深に被った黒いスーツ姿の男が立っている。背後には数名のドミノマスクを被った、同じく黒スーツの男だちが並ぶ。
「これが、噂に聞く『秘密兵器』か」
「は? えっ?」
 スタッフたちが答える間があらばこそ。瞬く間に港を占拠した愚神と従魔軍団はちょうど運び込まれたばかりのお菓子の材料をトランク型のMメモリーらしきものにどんどん詰めていく。

「とりあえず、これは預かってよく精査させてもらう」

 愚神がそう宣言したその時、一艘の船が辿り着いた。プリセンサーの予知で駆け付けたH.O.P.E.のエージェントたちだ。

解説

お菓子の材料を運んで逃げる愚神と従魔を倒して品物を奪い返せ!

以下はPL情報になります。

愚神・従魔:共に強さに関しての情報は無いが、あまり強くないらしく、逃げることに専念している。捕まりそうになった場合のみ反撃するがある程度の経験を積んでいれば倒すことは容易である。
愚神×1、従魔×2が主にトランクを持って逃げている。他にも従魔が何体か居るようだが、確認できていない。

島のメインの通りを逃げる愚神たちを追いかけて捕まえて(倒して)ください。
島の通りは大木(および施設)をぐるりと囲んでおり、東と西に小さな港があります。スタートは東の港ですが、愚神たちは西を目指しているわけではなく、ただやみくもに逃げているだけです。

ただし、愚神を追いかけて行くとそれぞれNPCが飛び出してきます。彼らは彼らなりにこのイベントを守るべく飛び出した勇気ある無謀な一般人です。はっきり言うと物凄く邪魔で無視できません。

 飛び出して来る三組のNPCの主な行動は下記の通りとなります。それぞれ、一般人でリンカーではありません。捕獲してもツッコミを入れても何をしても、結果的には大体(色んな意味で)大丈夫ですが良識をあまり忘れないでください。

リリィナ&ガブリエルの場合
「リリィナ、俺の雄姿を見てくれ!」「ガブリエル、あなたが死んだらわたしも生きていけない!」

シルフィード&リックの場合
「ちょっと、なんでイベント邪魔するのよ!」「だめだよ、シルフィ、やめて、無茶しないで!」

マリア&エリック(新婚夫婦)の場合
「マリアの為に僕はこのイベントを守るんだ!」「やめて、無理はしないで! 私の中にはあなたの子供がいるのよ!」

そういうわけで、周り中イチャつくカップル(飛び出す三組含)をどうにかして、お菓子の材料を運んで逃げる愚神と従魔を倒して品物を取り戻してください!

リプレイ


●ロマンチストの聖地とエゴイストたち
 きらきらと小さな輝きを無数に宿した巨大な樹が見える。それがガラスのような果樹を実らせた『ロートスの樹』であり、甘い恋の熱情に浮かれて浮世の苦しさを忘れる『恋愛の聖地』と呼ばれる商業施設であることを彼らは知っていた。
 スピードを上げ派手な波を立ててて走る船の上、プリセンサーの予知に従って船に乗り込んだエージェントたちは一様に不審もしくは不穏な表情を浮かべていた。
 絵画のような美しい光景を目にして思わず口を開いたのは、長い黒髪の三つ編みを強い風に遊ばせた骸 麟(aa1166)だ。
「……なんか、雰囲気悪い島だな……たるんでるぞ!」
 感極まって思わず口にした麟の言葉に、いつも彼女を見守る男、宍影(aa1166hero001)はその眼を緩めた。
「そうでござろうか? まあ、リゾート地でござるから里と雰囲気が違うのは致し方無いでござろう」
 虎のような印象を受けるスーツ姿の彼と麟は年は離れていたが、彼は大分近づいた美しい光景をじっと見る彼女の姿を見て、目が離せないなと思った。
「リゾート……そうなんだけど、なんと言うか、もっとたるみ捲くってると言うか……なんで二人組ばっかりなんだ?」
「ああ、それはあの真ん中に見える……」
 説明しながらその思いは増す。気が置けない伯父と姪のような関係だからこそ、わかることがある。正直、宍影の胸が僅かに不安でざわめいた。そういう理由で、今日は彼女から目を離しちゃいけない気がする。
「なんで従魔がチョコなんざ盗むのかねぇ……。なに? 連中もチョコ食って傷を癒したりすんの? キモ」
 船べりに寄りかかり、けだるげに零すツラナミ(aa1426)の隣で、ちょこんと座った38(aa1426hero001)がカモメにパン屑をさらわれながら淡々と口を開く。
「秘密兵器……チョコで、秘密兵器………パイ、みたいに」
「投げねえよ?」
「……そう。残念」
 風に煽られる短い髪を手で押さえてスピードに負けず果敢に挑んでくるカモメを眺める38(サヤ)を見ながら、ツラナミは念を押した。
「ほら、そろそろ共鳴するぞ」
 手を伸ばしたツラナミと38の指先が藍色のぐい呑みの形をしたペンダントトップに触れる。幻想蝶が舞い、ころんとパンが床に落ちた。しかし、一段と速度を上げた船のスピードに負けたカモメたちは獲物を前に脱落していった。
 言峰 estrela(aa0526)とキュベレー(aa0526hero001)は海上の強い風に煽られた長髪を押さえながら、近づいてどんどんと大きくなる『ロータスの樹』を見上げた。
「縁がなさそうな場所だったけれど、また訪れたってことは縁ありってことかしら?」
 面白そうに呟くエストレーラの横で何かに気付いたキュベレーがついと身体をずらした。途端に苛烈な視線がエストレーラを捕らえる。
「あら? こんなところで会うなんて奇遇ね? パパ?」
 にこやかに笑顔で声をかけるエストレーラに熱い視線を向けるのは、もちろん『パパ』と呼ばれて気まずそうな顔をしているメイナード(aa0655)ではない。メイナードの腕を両手でしっかりと掴んでいる、彼の小さな英雄の少女、Alice:IDEA(aa0655hero001)だ。エストレーラとメイナードは以前この島で恋人──のような関係を演じたことがあり、それをメイナードの英雄イデアに恨めしく思われていたのだった。しかし、そんなイデアの視線など素知らぬふりで、エストレーラはイデアの掴む腕とは逆のメイナードの腕にそっと寄り添う。
「意図せず二度もここで会うなんて……脈ありって事じゃない?」
 笑顔で飛び出したエストレーラのとんでもない発言に、イデアの頭から湯気どころか火が噴いたように見えた。怒髪、天を衝くとはまさにこのことであろう。
「……なっ──!」
 普段は冷静なはずのイデアが顔を真っ赤にして何事か反論しようと口を開きかけた時、船がガツンと揺れた。視線を島に移せば、港と黒づくめの妙に気取った異形たちの姿が見える。エストレーラはイデアの頭を軽くぽーんと叩くとその顔から笑みを消した。
「もたもたしてると逃げられちゃうかもしれないし、お仕事始めましょ?」

 無事、着岸すると、メイナードは大きくため息を吐いた。
「またここかぁ……」
 先程の女子二人のやりとりがじんわりとメンタルに効いている。そんなメイナードの腕がぐいっと強く引かれた。
「さっ、おじさん。今度こそわたしとデートですよ!」
 そんな光景に思わず脳内で『仕事しろ』とツッコミを入れたのは、同船する仲間たちかそれとも愚神たちだったか。
 ──おかしい。メイナードは唸った。鍛えられた身体とそこに刻まれた無数の傷が示す通り、彼は歴戦の戦士であって女子にモテモテの難聴系主人公ではない。しかし。
「おじさん、今度は──アノヒト、とではなく、わたしと楽しみましょうね?」
 念を押すようなイデアの言葉に、今日は、今日だけは、難聴系男子でいこうと心に決めたメイナードであった。
 そんなやりとりを醒めた目で見つめるのは桂木 隼人(aa0120)だ。船の上からでも男女問わず華やかな服装をしてきらきらと輝いているのがよくわかる。それどころか桂木の目には気取った黒に身を包んだ愚神や従魔すらこの場所に似合う華やかさに見えた。
「けったいなことになっとんなぁ……」
 なんとも言えない表情で呟く桂木。気のせいか空気すら浮ついているように思える。
「ねぇねぇ、どうするの?」
 チョコレートの材料を必死に強奪しようとする愚神や従魔、空気にあてられたのかなにやら騒がしいエージェントたち。この奇妙な出来事にさすがの有栖川 有栖(aa0120hero001)も困惑を隠せなかった。そして、表面上はいつも通りであるはずの、愛しい桂木から感じる微妙な違和感。
「念の為に覚醒するで」
「う……うん」
 こくんとうなづく有栖。大きな瞳が潤み、ふくよかな胸の前で小さな両手がきゅっと握られた。──狂気の権化である彼女が僅かに怯えているように見えるのは気のせいか。

 ──ここはおかしい。
 そう思ったのは愚神だった。ここにいる人間は皆一様に病でもかかっているのか酒にでも酔っているのか、熱に浮かれたようで、自分たちに怖れ怯むどころか。
「黒いスーツ姿もカッコいいね」
 などという女の浮かれた言葉でも聞こえれば、男の方が刺すような視線を投げかけてくる。ライヴスによる攻撃手段を持たない人間が、である。しかも、おかしいのはただの人間どもだけではない。あろうことかエージェントたちもどこかおかしい。そして──愚神自身も、自分がどこかおかしいと自覚していた。そう、例えれば、『人間どもの秘密兵器を一緒に奪いに行こう』と誘った結果、せっせと独りで自分に合わせた従魔を作る羽目になった時の数倍、胸の奥がなんだかゾワゾワイライラするような嫌な気持ちだ。
 そして、愚神は思った。
 そうか、これが秘密兵器の力か、と。これが今は単なるカケラであるモノたちが周囲に及ぼしている影響ならば、それが形を成した時、一体どんな力を持つのか。
「これは、奪わねばなりませんね」
 目の前に泊まった船からエージェントたちが降りる前に、彼と彼の忠実な従魔は日本から届いた甘いバレンタインチョコの材料を抱えて走り出した。

●Love you&love you
 星を浮かべたような大きな黒い瞳と結った艶やかな黒髪。水着のような衣装に身を包んだ愛らしい美少女『魔法使いシャーリー』──に、共鳴してなりきった桂木は、走り去る愚神たちを見て小さく首を傾げた。
「うーん、どれを追ったらいい?」
 急にさっきまで居なかった美少女に声をかけられて、思わずびくっとしたメイナードに罪は無い。今、彼と彼と共鳴している英雄は色々あってちょっとナーバスなのだ。
 瞬間、ばさりと大きな羽音がして抜け落ちた大きな羽根が一枚シャーリーの横顔に影を落とす。共鳴したツラナミの腕に現れた鷹が大きな翼を広げていた。
「俺がこいつを飛ばして状況を確認する。走って逃げたところを見ると奴らはどこかへ向かっているんだろうが、ここは島だ」
 すると、近場のスタッフに話を聞いていたエストレーラが軽い足取りでやってきた。その背後にはもう一羽の鷹が現れる。
「鷹の目、いくら狭い島と言えど一羽じゃ不安ね? 従魔たちはバラバラに逃げたようだし、ワタシも一羽飛ばすからそれで状況を通信機で報告するってことでどうかしら」
 エストレーラの言葉に一同は頷く。
「じゃ、行くね」
 シャーリーは通信機を軽く確認すると、にっこり笑って真っ先に走り出した。
 愚神と従魔をそれぞれ追いかけた仲間を見送って、エストレーラは大通りを走り出す。
 ──ここは島だし、逃げるには必ず船が必要……だとすれば港を押さえれば。
 ふと、先程聞いた港の情報を思い出して通信機に語りかける。
「ワタシは東の港を押さえるわ。もしもの時は西を誰かお願いね?
 あ、そうだわ、従魔は情報なさそうだし倒してもいいけれど、愚神にはちょっと聞きたいことがあるしとどめをさす前に教えてね?」
「……捕らえに向かえばいいものを」
 影のように並んで走るキュベレーにエストレーラは手を伸ばした。
「ま、念の為よ。仲間が捕らえてくれればそれでよし」
 走りながら、二人の指先が幻想蝶に触れ、ふわり、長い銀髪が空に舞った。

 メイナードは従魔を追って走り出した。時折入る通信機の指示に従って走ると、目の前に荷物を抱えた従魔の姿が見えた。
「従魔か……」
 その逞しい四肢に力が入り、ぐんとスピードが乗る。追跡者に気付いた従魔は彼をまこうと慌てて申し訳程度に作られた塀を乗り越える。しかし、メイナードは立ち止まりもせずに、ダンッと石畳を蹴り、大きな手で塀を掴み乗り越え、一歩一歩ぐんぐんとスピードを上げて従魔に近づく。マスクを被ってよく見えないはずの従魔の顔がぎょっとしたように見えた。
 ところで。共鳴したメイナードの姿は屈強なアイアンパンクの戦士ただ一人の姿だが、機械化されたその腕からはイデアの声が聞こえる。従魔を追い、意味なく並べられた樽を蹴ってアーチ状の橋げたの低い橋に飛び乗れば。
「あ、おじさん! あのお店可愛いですよね!」
 視界の隅に見える、これでもかとハートのモチーフを詰め込んだワゴンはバレンタインイベントを意識したものなのだろう。甘い匂いがここまで漂い、この非常時に構わずイッチャイッチャするカップルの姿が見えた。
「……」
 とにかく従魔を追わねばと視線を前に戻し、返事をし損ねようものならば。途端に地の底を這うような声が聞こえる。
「……おじさん、今、誰のことを考えていたんです?」
「い、いや、可愛い店だなと返事をしようと思ったところだ」
 今回の目的は、なぜか──ということにしておく──いつもとは違いナーバスなイデアのご機嫌をとりながら敵を追跡・確保することだ、とメイナードは脳内で呟き、気付く。それはいつもの依頼より難易度がタスク的に相当厳しいものであった。
「おじさん! あとで一緒にゆっくりふたりで見て回りましょうね!」
 ふたりで、のところに無意識に力が入るイデア。この依頼へ向かう船上でエストレーラの姿を見かけてから彼女の心は決まっていた。今回のオペレーション、それは『おじさんとデートを遂行し、そのまま勢いでゴールイン(意味深)せよ!』である。しかし、その難易度が法的に難しいものであることにイデアは気付いていなかった。年不相応にどこか扇情的な肢体を持っていても、四十代のメイナードに対して、残念ながら彼女の外見年齢は九歳である。
「あっ、あの建物、お城みたいですね! あとで行きましょう!」
 島に合わせて上品な装いの宿泊施設へしらっと誘うイデアの声に、歴戦の戦士である彼はなぜか身のキケンを感じて脂汗を流した。
 そんな彼らの前に飛び出す人影があった。
「ちょっと、なんでイベント邪魔するのよ!」
「だめだよ、シルフィ、やめて、無茶しないで……ふごっ!」
 従魔はその人影を器用に避けたが、後を追うメイナードには残念ながらその余裕が無かった。
「いやっ、リック死なないで!」
「すまん、リック、あとで助ける!」
 メイナードの二メートルを超える巨体に吹き飛ばされたリック。けれども、恋人の腕の中でうっとりした表情を浮かべるのを見て、詫びながらもメイナードは無傷と判断する。数多の戦場を駆けた彼の目は確かである。
「っつ!」
 行き止まりに足を止めた従魔が射程に入った瞬間、メイナードの手から全長七十センチ程もある歪な投擲斧が飛ぶ。空気を裂き、力強く放たれたライヴスリッパーの攻撃は見事従魔を捕らえ、気絶させた。
 肩で大きく息をしながら、彼は従魔に止めを刺し、敵が抱えていたトランクを拾い上げた。甘い匂いが鼻腔をくすぐり、メイナードはうんざりとした表情を浮かべる。ここに来るまで何度も嗅いだ匂いだ。それは否応もなしに道中の相棒とのやりとりを思い出させた。……そういえば、必死に走りながら、いくつか約束を、した、気がする。
「任務完了ですっ! 約束は忘れてないですよね?」
 義手からのはしゃぐイデアの声に反応して、メイナードの背には冷たい汗が流れた。

 ──……一体、発見。
「でかした」
 共鳴した38の声に、ツラナミは唇の端をくっと上げた。鷹の目で見えたその状況を仲間に伝えながら、彼はいち早くトランクを抱えた従魔の元に辿り着いた──と、思った瞬間だった。
「リリィナ、俺の雄姿を見てくれ!」
 よくわからないことを叫びながら、一人の男が従魔へと殴りかかって来る。従魔はライヴスを介した武器でしかダメージを与えられないのに男はどう見ても生身の一般人だった。しかし、従魔もリンカーたちに追跡されて余裕がないのか、幸運にもひらりと避けるだけで済んだ。続くツラナミも男のいかつい肩に手をかけて頭上を飛び越えた。
「な、なんだと!」
「さっさと連絡して現地に向かうぞ……ったく、障害物どもがうざってぇ」
 ツラナミの軽やかな動きに、一瞬呆けかけた『障害物』は、勢いよく反転して、あろうことかツラナミを、いや、従魔を追おうと走り出す。
 着地と共に共鳴を解くと、ツラナミの隣で38は投擲用と銘打たれて配られたクリスマスケーキを構える。それは通常の依頼ではあり得ない奇跡が生み出す早さであったという。
「ガブリエル、あなたが死んだらわたしも生きていけな──ぶっ!」
 潤んだ目でガブリエルを追ったリリィナの顔面とドレスが生クリームで白く染まる。その直後にツラナミが、驚いたガブリエルの足をすくい、その身体を地面に倒した。やけに気取った服に土埃が付く。
「洋服、顔、べとべと……かわいそう」
「依頼のためだ。……だいたい、そういうお前も投げるの楽しんでたろ」
「……そんなこと……な、ない」
 ったく、勘違いしたリア充どもが死ぬほど邪魔だ、と苛立ちながら、ふたたび共鳴したツラナミは走り出す。その後に、麟がやってきた。
「おお、愛しのリリィナ! 俺があの失礼なリンカーどもを」
 ぴくん、と共鳴した麟の眉が跳ねた。直後に鞘から引き抜かれた孤月が空へと走る。
「き、きゃあ!?」
 ガブリエルの野太い悲鳴が上がり、見事な腕前で切り取られたボタンが地面にバラバラと落ちた。
「恥ずかしさで死んでしまえ!」
 ──……最初から私怨全開でござるな。
 意外とぷよっとした身体を陽光の元に晒した男を一瞥して吐き捨てた麟の姿に、宍影が共鳴世界で額を押さえた。
「なにか騒がしいけど、追跡を優先だね」
 そんな麟の隣を素知らぬ顔でシャーリーが追いかける。身体を押さえて座り込む男や呆然とした女の姿など目にも入らぬようだった。
「とにかく、追いつかないとね」
 シャーリーの残した呟きにはっと我に返った麟がシャーリーを追う。いや、シャーリーは先に走って行ったのではなかったのか? シャーリーの持つ死神の鎌の先にタキシードの切れっぱしが見えた気がしたが、宍影はそれを忘れることにした。そうだ、トランクを持った従魔以外にも何匹か居たはずだ。
 先を走るツラナミは従魔の姿がはっきり捕らえられるのを確認するとラジエルの書を取り出す。
 刃のような白いカードが敵の足を貫き、移動力を削ぐ。よろめいた従魔は細い腕にナイフを携え、ツラナミに斬りかかった。ツラナミはそれを軽やかに躱すと、本を構えた彼の姿がふたつにぶれる。そして、ふたたび白い刃が雨のように降り注ぎ、トランクを持った従魔の手を斬り飛ばした。跳ね上げられるトランクと従魔の断末魔がこだまする。
 ──ツラナミは持ち主の居なくなったトランクをひっつかむと、己の幻想蝶に放り込んだ。翼を広げた鷹が彼の頭上を旋回していた。

●ジレンマ
 鷹の目を持つ仲間たちの誘導で、エージェントたちは徐々に愚神と従魔たちを包囲し、追い詰めて行った。それはエージェントたちの冷静な作戦と的確な行動による成果だった。逃げる愚神は焦った。彼には従魔が次々に消えていくのを如実に感じていた。
「せめてこれだけでも」
 リンカーたちの目を躱しながらトランクを抱え移動した愚神の前に港が見えた。けれども、そこには海風に銀髪を遊ばせた赤い瞳の娘が立っていた。
「くそ!」
 彼は逃げ足には自信があったが戦闘能力はからきしだった。回れ右とばかりに身体を反転させるが、すぐにその動きを止めた。
「マリアの為に僕はこのイベントを守るんだ!」
 彼の目の前には小さなナイフを持ってぶるぶると震えた男が立っている。そのナイフはもちろんAGWには見えない。愚神は首を捻った。すると、男の肩越しに腹を庇いながらふらふらと歩く女の姿が見えた。
 ──こいつらは、なんなんだろう? 愚神は不気味に思ったが、すぐに『秘密兵器のカケラ』で浮かれた人間なのかと決めつける。よくわからないが、島のあちこちに居るリンカーと戦う力の糧に食ってしまおう。
「やめて!」
 愚神の姿が伸ばした飴のように長く──。
「骸幻惑拍!」
 麟の放った猫騙が愚神の動きを止めた。その瞬間にシャーリーの鎌が走る。
「いつもどおり行くよ!」
 刃が愚神の足を狙い裂く。シャーリーの闇色の瞳がぎらぎらと輝き、咄嗟に恐怖に似た感情を覚えた愚神は足を引きずりながら撤退を選択しようとした。
「骸幻惑拍……からの、骸幻月斬! コンボだぜ!」
 麟の美しい刃がふたつ、閃く。二人の麟が走らせた刃に愚神は深く体を抉られ息も絶え絶え這いつくばった。
 そこに、鎌を引きずったシャーリーが忍び寄る。
「なんでこんなことするの? 理由は? どうしてかな? かな? 教えてくれないと死ぬより痛い目に会うよ?」
 シャーリーの刃はダメージより痛みを、身体より心を削りにかかる。
 ……その愚神は愚神ではあったが、脚は早かったが脆かった。身体とか心とか。
「ね? 首謀者は誰なの? 優しくしているうちに答えたほうがいいよ?」
 サクッ。
「ね? ほら。答えて?」
 サクッ。
「キチンと答えられたら楽にしてあげる。でも、答えないんだったら、ものすごく辛くなるよ?」
 可愛らしいシャーリー──になりきる桂木。
「ね? 答えて?」
「ぐ、グリムローゼ……が……」
 たまらず口を開く愚神の姿に、シャーリーはにこやかに笑った。その後ろでマリアがへたり込むエリックに縋り付いて叫んだ。
「エリック、無理はしないで! 私の中にはあなたの子供がいるのよ!」
 その瞬間、シャーリーの瞳はごろりと濁った。
「うふふ……あはははははは!」
 その刃は致命傷を避けて浅く浅く。
「ねぇ! ねぇ! いたいでしょ! でもね? やめないよ!」
 思わず得物を落としそうになった麟は、すいっと顔を背けた。
「たのしいな♪ たのしいな♪」
 シャーリーの声が楽しげに弾む。重傷の愚神がこのまま儚くなったとして誰が責められるだろうか。そう、バレンタイン前、恋に浮かれるこの島には不思議な力が強く働いている。良い意味でも悪い意味でも。

 エリックに縫針を掛けて強制的に正座させた麟は共鳴を解いた。正座したままのエリックの前に立ったのは宍影だ。麟は彼の後ろで木刀を片手に腕組みして威嚇している。
「良いでござるか? そもそも、貴殿、父親としての自覚が……人生には三つの坂が……」
「……うわー、宍影の説教長いんだよな……」
 そう呟く麟だが、島のスタッフと仲間の会話をそれとはなしに聞き顔が強張った。
「え? これ奴等の為の……く、後悔先に立たずとはこの事か!?」
「こう言う時だけは意味が正確でござるな」
 説教を中断した宍影が呆れ顔で姪のような契約者を見る。
「せっかくまたここに来たんだし」
 エストレーラの声に、共鳴を解いたイデアの顔も強張る。
「恋人みたいに観光してから帰りましょ?」
 するり、とその腕がメイナードの腕に絡められる。
「もちろん、イデアちゃんも一緒にね?」
 エストレーラはイデアに愛らしくウィンクした。バレンタインはこれからだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166

重体一覧

参加者

  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃
  • エージェント
    有栖川 有栖aa0120hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166
    人間|19才|女性|回避
  • 迷名マスター
    宍影aa1166hero001
    英雄|40才|男性|シャド
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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