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幽霊船対策室
最終発言2016/01/16 14:54:16 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/01/15 15:17:55
オープニング
●
雪解けの季節。世界的、というより主に極東の島国でのみ、需要が激増する菓子がある。
平和だったころに比べ、輸送には危険が伴うようになったが、子供たち、恋人たちの笑顔の為に様々な人々が尽力していた。
今も、カカオを山積みした小さなトラックが山道をゆく。それを岩場から見下ろす、怪しい影があった。
「……連中が最近、やったらこそこそ運んでるアレは、いったい何なのかしらね? 秘密兵器か何だか存じ上げませんですけど」
愚かな神、と書いて愚神と読む。一敗地に塗れたことで人間を警戒するようになっていたグリムローゼは、何やら激しく誤解をしていた。
「善はハリー、必死こいて守ろうとする連中を蹴散らして蹂躙して踏み潰して憂さ晴らしでもしないとやってらんねー気分ですし、ちょうど良い生贄ですわね」
パーリーは盛大な方が楽しいですし、殺し合いならなおのこと、という彼女の意向で、その「情報」は一部の愚神たちの間に広まっていった。不幸な事に、そんな残念過ぎる発想に至った彼女を誰も止めてはあげなかったらしい。
本部に並ぶ依頼に、輸送中のカカオやチョコレート工場、果ては街角の手作り教室までを襲う従魔や愚神の対策願いが並ぶようになったのは、その数日後だった。
●
「しかし、ほんとうに従魔が出るのか? こんな大海原に?」
「さあな」
チョコレート産業に携わる者が軒並み被害を受けるようになってからというもの、チョコレートの原料であるカカオ豆を輸送する船員たちも、より一層警戒を強めていた。
従魔や愚神に対抗できるのは、リンカーのみ。
今回のエージェントたちの任務は、大型の貨物船の護衛であった。
万一に備えての配備。何も起こらなければ、それでよし。
しかし、そうもいかないようで……。
首尾よく荷を積み終え、復路を中ほどまで来たところだった。
突如として、あたりは薄暗くなり、霧が出てきた。
「あれ、計器が利かない」
「……嘘だろ?」
「無線が通じません!」
「おい、なんだ、この霧は!」
突然、その船は姿を現した。
「艦長! 敵襲です! ……船です!」
「何い!」
エージェントたちの前に現れたのは、まるで幽霊船。おんぼろになったマストと戦隊に、おぞましいガイコツがぎっしりと乗っている。
『ぎぶ、ぎぶ、ぎぶ、ぎぶ……ぎぶ……』
ガイコツはカタカタと歯を鳴らす。幽霊船は急激に進路を変え、こちらの船へと体当たりをしかけようとする。船全体が大きく揺れた。
ガイコツたちは、うつろな瞳で、何事かをうわごとのようにつぶやいているのであった。
『ぎぶ、ぎぶ、ぎぶ、ぎぶ……ぎぶ……ぎぶ、みー、ちょこれーと……』
解説
●目標
貨物船を守り、幽霊船から逃げ切る、または倒す。
●登場
ゴーストシップ×1
巨大な船体の従魔。船自体攻撃して来ないが、大砲などの設備を持ち、意思を持ったかのようにひとりでに動く。
しつこく追ってくる。
後述のキャプテンを倒さずにゴーストシップを沈めるのはかなり難しい。
ガイコツキャプテン×1
海賊帽を被り、指揮系統をつかさどっている。
海賊船で待機していて、乗り込んできたものに攻撃するが、おおむね部下をけしかける。
・修理(パッシブ)
毎ラウンド海賊船の損傷が回復する。
・指揮(パッシヴ)
ガイコツたちの能力値が上昇する。
・サーベル
サーベルでの物理攻撃。
ガイコツ(剣)×20
船に乗っているガイコツ。数は多いが、それほど強くはない。
・乗り込む
板を渡して乗り込んでくる。
・斬撃
剣での攻撃。
ガイコツ(弓)×5
遠距離から攻撃をしてくるのが厄介。命中力自体はさほど高くない。
・射撃
遠くから弓を撃つ。物理攻撃。
ガイコツ(大砲)×3
ゴーストシップに備え付けられている大砲を撃ちだしてくる。要注意。
・発射!
遠くから大砲の弾を放つ。2ラウンドかかる。中範囲にそれなりのダメージ。
●場所
貨物船『カカオマス号』の甲板、時間帯は昼。
霧がかった魔の海域と呼ばれる地帯。
船の上ということで足場は多少悪い。
双方ともに海へ落ちてもダメージはないが、復帰に多少の時間がかかる上、その間は極めて無防備になる。
●状況
ゴーストシップに乗ったガイコツたちが襲ってくるところから。
スタート時はやや距離がある。
しばらくすれば、ガイコツたちは海賊船から板を渡して甲板へと乗り込もうとする。
(ラウンドにしておよそ3ラウンドほど※増減あり)
板はだいたい一人づつしか通れない幅である。
リンカーであれば、助走をつければ飛びうつることも可能。マストや足場というには頼りないロープのようなものもある。
リプレイ
●
海、海、海。
見渡す限りの大海原。
船の上で、リンカーたちは船の護衛に務めていた。
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)の艶やかな黒髪が、風になびいていた。その横には精悍な顔つきをしたマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)がいる。
「バレンタインデーは女性が男性にチョコを贈る日なのか。俺は甘い物は苦手なんだが女性からの贈り物は無下には出来んな」
「それは日本だけじゃない? 元々バレンタインはイタリア発祥なんだけど、イタリアでは男性が女性にプレゼントするのが主流だよ。送るのも薔薇の花束とかだし」
なにやら沢山もらえる気になっている様子のマルコに、アンジェリカが釘を刺す。
(まぁ楽しみにしてる人もいるんだしカカオ船はしっかり守らないとね)
ここのところ、チョコレート界隈は愚神や従魔の被害はひっきりなしである。
『しかしなんでまたチョコレートが狙われてるんだろうなぁ……』
「さぁ……? あ、もしかしたら私達がこのグロリア製チョコレートを食べて生命力が回復するみたいに、愚神たちにも何かいいことがあるのかも、です……?」
レオンハルト(aa0405hero001)と卸 蘿蔔(aa0405)は、騒動の背後にある意図をあれこれと推し量っていた。
雁間 恭一(aa1168)とマリオン(aa1168hero001)は、船倉の積み荷を見回っていた。
「おい、結構な臭いだな? ここの荷発酵が上手く終わって無いんじゃねえか?」
加工前のカカオ豆は、つんとしたにおいを発している。
『こんな物をこの世界の連中は有難がって食べる訳か? 信じられんな』
「……このままじゃねえけどな。でも、女にやると喜ぶ……今の時期は女から男か?」
『何だそれは? 贈り物は男がするものだ。女からの贈り物と言えば、下心が詰まっているか毒を忍ばせてるかどちらかだ……受け取る馬鹿は碌な目に会わんぞ』
かつて、異世界では亡国の王子だったマリオン。今でこそ可愛らしい姿の彼ではあるが、彼にとっては女性からの贈り物というのもまた、権謀術数のひとつだったのかもしれない。
『知っているか?!! あの不思議な物体が、ガトーショコラやトリュフ、フォンダンショコラになるのだぞ?!』
「……そやなぁ、色々加工したらな……」
キリル ブラックモア(aa1048hero001)は一見寡黙なクールビューティーにも思われがちではあるが、実のところ、甘いものに目がないのだ。当然のことながら、チョコの原料の護衛にはりきっている。弥刀 一二三(aa1048)は、そんなキリルを和やかに見守りながらも、用意した通信機や修理用の工具を確かめていた。
「青い空、青い海、どこまでも続く水平線のかなたに、みんなの愛と希望が待っている。ふっ、つい詩人みたいになっちゃったわ」
『詩?』
大海原を眺め、感慨深そうに呟く餅 望月(aa0843)の傍で、百薬(aa0843hero001)は小首をかしげる。
「い、いいじゃないの。あ、そうそう、せっかく船なんだからあれやっとこう。舳先に立って、はい百薬、両手を広げて」
促されるままの百薬にポーズをとらせ、望月は腰のあたりに抱き着いた。
「タイタニックごっこ~」
百薬の背中の羽が、ふわりと風をまとって吹きあがる。ざっぱん、と波しぶきがあがる。二人は楽しそうに笑いあった。
比較的和やかな時間が過ぎていく間にも、戦いの足音は、ゆっくりと近づいて来るのだった。
「……ようやく霧が出て来ましたね」
エステル バルヴィノヴァ(aa1165)は物憂げに海を眺めていた。額を押さえると、曇り空にわずかに微笑む。
「助かりました。強い陽射しを受けるとどうもホルモンバランスが崩れるみたいで……」
「無理しないでね? エステルが直接見張る事は無いのよ」
エステルの相棒、泥眼(aa1165hero001)は、いつものようにエステルを気遣っている。
「……どうも気になって……」
霧はだんだんと濃くなり、しばらくすると、視界に一隻の船が現れた。
一目見れば、エージェントたちはその異常さに気が付いただろう。マストはぼろぼろ、明らかに尋常ではない様子の船。
幽霊船。
船体の上には、ぎっしりとひしめく亡者たちがいた。
『ぎぶ、ぎぶ、ぎぶ……』
「……え? 何? この音……人の声??」
悲しげな殺意と悲哀のこもった、ぞっとするような声が、あたりに響き渡った。
●
「て、敵船です! どうしよう、動かない! 計器が!」
「軍務経験者はいらっしゃいますか……?」
「た、多少は……」
「落ち着いて、今からいうものを集めてください」
エステルはすぐさま班を編成し、指示を飛ばし始める。
慌てる船員たちをよそに、リンカーたちは、リンカーたちは次々と共鳴を遂げる。
いち早く異変に気が付いた弥刀はキリルと共鳴し、その姿を長身の男性へと変えていた。赤毛と銀毛が混ざった長い髪が揺れ、鋭いまなざしが戦場を見据える。
「そら来た! マルコさん、いくよ」
アンジェリカが叫び、幼い少女から大人の女性へと変身を遂げる。
レオンハルトは卸との変身に少し渋い顔をしたが、とはいえ、共鳴しないわけにもいかない。卸と共鳴を果たすと、髪と瞳が金色に変化した。そこに現れたのは、中世の銃士隊のような服装の魔法少女である。その容貌は、少女になったレオンハルトのようであった。にっとほほ笑む唇の端から、とがった牙が覗いていた。
『しかしまぁ、チョコやらカカオやら何を考えて襲っているんだか……』
「愚神ならともかく従魔が考えて行動してるとは思えないし、今は考えても意味ないよ。とりあえず目の前の問題に対処しよ」
緋褪(aa0646hero001)の耳と4本の尻尾が揺れる。普段はいつも眠たげな來燈澄 真赭(aa0646)であるが、眠気覚ましのシナモンスティックを銜えた姿は仕事人の風格である。彼女はすぐさま共鳴を果たし、身軽な相棒の性質を受け継いだ。先が緋褪色に染まった耳と尻尾が揺れ、白菫色の美しい髪に緋褪が走る。
「グリムローゼが裏にいるらしいってのがいいわね、あれも気持ちは乙女なのかしら。分かり合える要素はなかったけどね」
百薬の背中にあった翼が、一回り大きくなって、ぶわりと風に広がりながら餅の背中に備わると、天使の風格がいっそう存在感をあらわにする。
「グリムローゼ、彼女の真意は理解しかねますが……女の子達を敵に回したのは間違いありません」
「……戦術を練るのは得意でも、人の心の機敏は理解できないか」
月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)はグリムローゼとの激しい攻防に思いをはせながら、共鳴を果たす。ラシルの強い意志が、美しい光の鎧と冠へと具現化し、少女の姿は、姫騎士の様相へと変わっていた。
未だ距離のある海賊船に向けて、月鏡は必中の弓を構えた。
「始まったか……」
目くばせをし、マリオンが雁間の左胸に剣を当てると、掻き消すように両者の姿が消え、一回り成長した流麗なマリオンの姿が現れる。彼らは堂々たる風格で、戦場へと歩みを進める。
(「明日から本気出す」で、ダラダラ来ちまったけど……折角共鳴出来たんだし、このままだと英雄に愛想つかされそうだ。……それも色々、勿体無いしな)
英雄に呼びかけると、藍澤 健二(aa1352)も続いて姿を変える。明らかな身体能力の上昇を感じる。藍澤は戦場を見渡すと遮蔽物などを把握し、余裕のあるうちに攻勢のタイミングをつぶさに打ち合わせる。
『来たぞ、来おったのじゃ。あれが海賊じゃな。船長さんに会いたいのじゃ』
「おまえのいうTVの海賊は、船も船員も、もっと身なりがよかったろ」
きらきらと目を輝かせて船を見る王 紅花(aa0218hero001)に、カトレヤ シェーン(aa0218)が冷静に突っ込む。カトレヤの髪がきらりと朱を帯び、同じように右目が赤色に染まる。カトレヤの右腕の機械の部分、肘から下は、紅花のものに。体には、美しい紅花の紋様が現れる。
あっという間に、能力者たちは迎撃態勢を整えていた。
●
來燈澄の作り出した『鷹の目』……ライヴスの鷹が、幽霊船の上空を突っ切って旋回する。鷹と共有する視界から、戦場を把握する。
今この瞬間警戒すべきは、遠距離の攻撃手段である。弓を持ったガイコツ、そして、凶悪に存在感を放つ大砲を見つけた。
『ふむ、大砲が見えるな。船の安全のためにも優先的につぶしたほうがいいだろう』
來燈澄は敵の配置を目に焼き付けると、メンバーに知らせる。
(! あれは……)
戦場を見渡すうち、來燈澄は気になるガイコツを見つけた。ひときわ装飾の多い衣装をまとい、指示を飛ばしている敵だ。
そのとき、鷹に向かって矢が放たれて感覚が途切れたが、來燈澄は位置をしっかりとらえていた。ボスは、船の中央部、あたりを見回せる位置に陣取っている。
『おお! ワクワクするのう』
それを聞いた王は嬉しそうにはしゃいでいた。
「ゴーストシップがやたらそれっぽいね。本当に海戦とはね、ちょっと楽しいじゃない。百薬、今回もよろしくね、やるよ」
『はーい、美味しいチョコレートのために!』
餅は、遠距離の攻撃手段を持つ仲間たちにパワードーピングを放ち、防備を固める。
「海賊船のお約束ですが……随分と厄介なもの……ですね。はったりだといいのですが、そうでは……ないですね。近くの子達にはさっさと退場してもらいますか」
話の通り、小さく見える大砲を見て、卸はつぶやく。
「グリムローゼの戦術と似ているが、奴が生み出したのか、それとも……」
大量のガイコツを見て、ラシルは目を細めた。
パアン。
アンジェリカのアサルトライフルでの牽制の一射を皮切りに、双方ともに、まずは、遠距離からの攻防となった。
エージェントたちの狙いは弓兵と砲兵である。
卸や月鏡は、敵の配置を確認しながら、的確に敵を狙っている。
飛んできた弓を、弥刀は華麗に避けた。同時に、弥刀は、大砲に点火しようとしていたガイコツの寛骨を勢いよく撃ちぬいた。大きくのけぞったガイコツに、続けざまに、月鏡のフェイルノートが追撃を加える。
そして次の瞬間。弥刀を狙った弓を持つガイコツは、來燈澄の一撃によって倒れ伏した。続けざま、まっすぐに放たれた銃弾が、寸分の狂いもなく砲兵を打ち砕く。藍澤のストライクだ。
藍澤がよし、と息をのんだ瞬間、相手からも矢が降り注ぐ。
「わっ、危ねぇ……」
遮蔽物に隠れると、矢はぎりぎりをかすめた。
藍澤にとって、共鳴しての実戦は初めてのものだった。幾ら身体能力が上がったとはいえ、過信は禁物だ。冷静に位置どりを変え、息をひそめて仲間を見やり、慎重にチャンスをうかがう。
遠距離から矢が、銃弾が吹き荒れ、ガイコツたちはなぎ倒される。
敵は、着実に数を減らしていた。
そして、幽霊船がぐんぐんと距離を縮めてくる。なかなかに速い。餅は逃げるよりもゆっくりと近づくようにと指示を飛ばし、新たに迎撃態勢を整える。
砲撃手は、捨て身の攻撃に切り替えたようだった。
「なぁ……大砲、こっち向いてないか……!?」
いくつかの黒い砲身が、こちらをとらえていた。このままじゃヤバい。藍澤の脳裏に、焦燥が浮かぶ。
(この場から逃げるか? でも何処に? 船が沈んだらそれまでだ)
無理矢理ながらも自身に喝を入れ、藍澤はは手にした銃を大砲の方に向けた。
(だったら今やれる事、やるしかないだろ!)
轟音と射撃音がとどろく。
当たった。砲撃を阻止した。大砲は煙を上げて、くすぶり、軽い爆発を引き起こした。
しかし、こちらを向いている大砲はまだある。
「ん~。敵よりは狙いやすいんですけどねぇ……うまくいくかな……」
卸は、グレートボウを引き絞ると、もう一つ、弾の込められた大砲の砲身を狙って攻撃を加えた。一呼吸おいて、今度は弥刀の銃弾が大砲を打ち抜く。
大砲のもう一つが、その場で鈍い煙を上げて動かなくなった。鈍い爆発音。衝撃で、いくつかの剣を持ったガイコツが海に放り出される。
三発目。
大砲の弾が、空中に舞い上がった。
「せえい!」
弥刀はフラメアに持ち替えた。
野球の要領だ。
無茶に思えるが、リンカーたちの身体能力は、それを可能にする。
きらりと輝く刃先が、弾を逸らす。
「よっ、と」
勢いの弱まった弾丸を、卸が鋭い一射で弾き飛ばす。大砲は勢いを弱め、尾を引いてカカオマス号に着弾しようとしていた。
「こい、かっ飛ばしてやるぜ!」
『ホームランじゃ!』
爆風のさなか、≪火之迦具鎚≫を振りかざしたカトレヤが、大砲の球を思い切り撃ち返す。結局、大砲の弾はひらひらと海賊船側に着弾して、そこで大きなしぶきを上げた。
●
本格的な戦場となる一方、後方では、エステルもまた目覚ましく活躍していた。
「生き残ったら甲板で寝れば良いです…ベッドのマットは全て回収して三ヶ所に分けて保管して下さい!」
ポンプ、消火器、毛布やマット、当て板、支柱材などの必要装備。足りないものは代用品でまかうように指示し、エステルは前、中、後ろの通路に集積所を設けて班員と資材を待機させた。
そして、エステル自身は甲板で被害状況をモニターしながら、喫水線下への被弾を見張る。
「後方甲板直下に被弾です……C班は確認要員を……」
クラックを生じさせる様な大きなダメージから、優先順位をつけて対処する。
落ち着いたエステルの指示は、どこまでも的確で、スムーズだった。
船内に目だった混乱は、ない。
互いに、船体も大きく揺れた。ゴーストシップは、誰に操縦されているわけでもないのに、ゆっくりとエージェントたちに向き直る。
遠距離から矢が、銃弾が吹き荒れ、ガイコツたちがなぎ倒される。
集中攻撃により、ゴーストシップの砲撃手はほぼ全滅。弓兵も壊滅状態にある。
怒声が響きわたり、船は――いよいよ近接攻撃の射程圏内に入った。
敵は少なくない。しかし、それは、リンカーたちが攻勢に転じる合図でもあった。
板を渡そうとするガイコツに先んじて、距離を飛び越え、敵陣に切り込むものたちの姿。
藍沢の素早い三連撃が、それを援護し、道を拓いた。
「砕けろ!」
『参上!』
カトレヤはライヴスの光をほとばしらせ、カカオマス号からから勢いをつけて飛び移る。展開されるライヴスフィールドに、ガイコツたちは思わずひるむ。
「こういう連中には、打撃だぜ、打撃。」
『船長さんは何処じゃ!』
容赦なく振るわれる戦鎚が、思い切り敵を叩き潰した。密集していたガイコツたちの一角が、ひとたまりもなく崩壊する。
「ボートの用意、よろしくね!」
続いて、アンジェリカが敵陣へと舞い降りる。板を渡そうとしているガイコツが、アンジェリカのストレートブロウで横殴りに海に叩きつけられた。追いすがるガイコツ達は、怒涛乱舞で吹き飛ばされる。
(させない!)
月鏡が守るべき誓いを発動し、すぐさまにキャプテンとガイコツの一群を引き付ける。
味方側からの援護射撃は、アンジェリカを取り囲むことを許さない。卸の一射が、今にも剣を振り下ろそうとしていたガイコツの一体を吹き飛ばす。仲間たちからの支援を受け、敵を蹴散らしながら、アンジェリカは大砲へと駆けていく。
ガイコツたちもまた多勢。防衛班もまた火花を散らしていた。
(来たか)
リンクコントロールで共鳴レートを上げた雁間らが、易々とガーディアン・エンジェルを振るう。相手の攻撃を軽くいなして、火艶呪符に持ち替える。火炎の蝶がひらひらとあたりを舞い、炎を散らし、鮮やかに戦場を彩った。
『幽霊船の骸骨どもと戦うとは中々洒落た趣向では無いか? 愚神共も愉しみと言うものを知っておる』
「薪割りがそんなに洒落ているかよ? 軽口叩いてる暇があったら早くこの板を落とせよ」
マリオンは好機を見た。
狂気を宿した抜き身の大剣がひらめくと、空間ごと豪快に板を切り裂く。
(こっちは金属船体。類焼の危険はあっちの方が高い)
あちこちに舞う雁間の火艶呪符の蝶が、ゆっくりと板を延焼させていく。
「寒中水泳大会にご招待」
タイミングを見計らって、來燈澄もまた輝く太刀をふるう。板はすっぱりと両断され、海に落ちたガイコツは行動もままならない。
雁間は仲間の様子を見て、あえていくつかの板を残していた。
わずかな渡し板に、群がる従魔を蹴散らすように、その板めがけて、真っ向から駆けてくるものがある。
パニッシュメント。
餅 望月の姿だ。
(ダイナミックエントリー! 素直に暴れる担当ってのも嫌いじゃないの)
従魔を払う聖なる光で立ちすくむガイコツたちに、餅が槍を構えて突撃を仕掛ける。
ある程度の統制はあるとはいえ、おそらく、板に何か仕掛けるような知能はないだろう。そう見切った餅は、海の上を駆けている気分に浸りながら、餅は軽々と不安定な足場を渡る。
(というかこっちでそういうトラップやれば良かったわ)
考え事を巡らせながらも、一体に、振りぬきざまに槍の痛撃を加えた。
確かな手ごたえが手に伝わり、勝利の余韻を感じさせた。
『ひゃっはー、どっちを向いても敵だー!』
(いやそこまで無双してないよ!)
『勢い大事! そしてワタシは戦場の妖精よ、いや水上の天使よ』
(百薬のテンションがまたおかしい!?)
一騎当千。水上の天使は、ガイコツたちを次々と葬るのだった。
「浸水です!」
後方では、エステルは素早くマットで浸水口を塞ぎ、当て板を当て、支柱を適切な長さに切って当て板を固定する。同時に、ポンプで浸水を汲み出す。
エステルは船員が何人かがかりで押さえていた捲れた外壁を難なく素手で戻し、クラックの歯止めに、持っていた武器で穴を開ける。
エージェントと一般人の違いに驚愕する船員に、エステルはほほ笑んで言う。
「力仕事は女の子の役割ですから」
エステルはあたりを把握し、船体の揺れでケガをした船員にも対処をする。
「……この程度は……医務室に。自力で向かえますか?」
船員たちを的確に指揮し、危ないところは率先して向かう。火が燃え移れば、燃え広がる前に消しとどめる。
区画を封鎖しながら、次はどうするか、エステルは極めて冷静に考えを巡らせる。
びちゃり。
エステルの靴底で、わずかにこぼれた積み荷が水を吸っていた。
「カカオ豆がローストされて水出し状態に……新しい飲み物が生まれました。ソルティーショコラ?」
「……やはり、精神が不安定に」
それでも、被害はこれ以上は無理なくらいには最小限だ。
なだれ込む敵を、弥刀と月鏡が捌き、着実に倒していく。妨害がきいているのか、敵は思うようにこちらへやってこないようだ。好機を見た弥刀は、目くばせしあってフラメアを振るい、敵の本陣へと躍り出た。
「飛べ、ライヴスショット!」
月鏡の強烈なショットが、何体かのガイコツを巻き込んでガイコツを海に追い落とす。
「ここでライヴズを溜めて……全員落ちやがれ!」
反対側では、雁間が密集したガイコツを叩きつける。
ガイコツたちは姿勢を崩し、海中を不格好に泳いでいる。來燈澄が船員に距離をとるように指示すると、船と船の間はゆっくりと距離を開けていく。
『強くない相手とはいえ数の暴力はかなり厄介だからな……囲まれるなよ』
「はいはい……」
卸は、首尾よく大砲を無効化したあと、後方に下がり支援射撃に徹していた。骨盤を撃ち抜き、隙があれば背骨を折ろうと鋭い一射を放つ。倒れているガイコツがピクリと動くそぶりを見せれば、トドメをさす。
『ギブ……ぎぶ……』
『哀れだな……』
「本当に……ごめんなさい。私にあげられるのはこれしか……」
卸が放った矢が、ガイコツの喉に突き刺さった。
「畜生、スカスカで当たらねえ……炎は海の下には届かねえし……」
あらかた板の上のガイコツの処理が済むと、雁間は泳いでいるガイコツをスナイパーライフルで葬っていた。藍澤も一体一体、オートマチックで身を乗り出し、船に復帰しようとロープにしがみつくガイコツを首尾よく狙い落していく。一方的な射程のある攻撃は、着実にダメージを与え、戦力を大きく削っているようだ。
向こう側で味方が姿勢を崩せば、すぐさま照準を合わせて援護する。
來燈澄は船との距離を見て、マストに登る。
一方、敵陣に乗り込んだカトレヤは、來燈澄の偵察で発見された船長を探すのだった。
『海賊帽を被った方じゃ。TVじゃ、皆、被っておったのじゃ』
「そんな、決まりはないんだけどな」
きょろきょろとあたりを見回し、幽霊船のマストめがけて駆け上る。向こうの船には、同じようにしてマストに上った來燈澄の姿があった。ほどなくして、カトレヤは指揮を執っているガイコツを見つけた。
「あいつか」
『なんか、見窄らしいんじゃが』
――まとった服はぼろきれのようであり、紅花が期待したほどの風格はみられない。
「これが、現実だ」
『お、おのれぇ!』
カトレヤはその場にあったロープをつかむ。
アンジェリカはキャプテンと対峙していた。
「何をとちくるってバレンタインデーの邪魔をしようとしてるのか知らないけど、人の恋路を邪魔する奴は犬に喰われて死んじゃいなだよ。骨だけに美味しく食べてもらえるよ!」
アンジェリカの嘯きに呼応するように、キャプテンはサーベルを振りあげた。
「従魔達の統率を崩します!」
そのとき。敵陣にはせ参じた月鏡が、鋭い一撃でキャプテンにライヴスリッパーを食らわせる。キャプテンはがぐらりとよろめきながら、それでも、がむしゃらにサーベルを振るおうとするが。
(遅い!)
破れかぶれの攻撃が、アンジェリカに通じるはずもない。
「せいっ!」
弥刀の放ったライヴスブローが、キャプテンに一撃を加える。
キャプテンの攻撃を華麗にかわしたアンジェリカは、続けざまにへヴィアタックを撃ち込む。
『ぎぎぎぎぎ、ぶ……』
そして、上から。
カカオマス号のマストを伝って距離を作り、高所から飛び降りた來燈澄が、ガイコツを足場に、毒刃でキャプテンに不意打ちを食らわせる。
ガイコツたちがキャプテンを守ろうと追いすがろうとする、しかし。
「ひゃっほぅ!」
ターザンキックをかますカトレヤが、意識の外から乱入すると、勢いよくキャプテンを横にふっとばした。
『我が船長を愚弄しおって。偽者め!』
自身の船長へのあこがれを汚されて、紅花は非常に憤慨しているようだ。
キャプテンは命令指揮をとるどころではない。敵の統制が明らかに乱れる。
『我が船長の名誉の為、叩き潰す!』
ブルズアイ。
吹き飛ばされたことで、キャプテンは卸の射程に入った。その一瞬を、卸は見逃さない。確実に頭を狙った狙撃は、堅い頭蓋骨の一片を吹き散らした。
來燈澄は華麗に分身を走らせ、キャプテンの注意を引き付ける。
紅花の勢いに任せて、カトレヤの戦槌が火を噴く。
「もっと、身なりに気をつかうんだったな」
カトレヤはにやりと笑う。
『ぎ、ぎぎぎぎぎぎ……』
キャプテンはサーベルを取り落とし、その場に崩れ落ちた。
勝負は、決しかけていた。
大きく傾くゴーストシップはその証左だ。命令系統の崩れた従魔たちなど、エージェントたちにとっては恐れるに足らず。
甲板に躍り出た雁間のライブズブローが、ガイコツを思い切り砕いていく。
『沈める前に脱出ルートの確認は終わってるか?』
來燈澄はこくりと頷くと、喫水線を見切り、豪快に船に穴をあける。
「万が一の時は、ボートも用意してもらってるよ」
アンジェリカがゴーストシップの船壁にへヴィアタックを打ち込み穴を空ける。主を失ったゴーストシップは、最後の抵抗とばかりに浮いてはいたが、ガイコツはほぼ、残っていない。
ごうごうと水がなだれ込んできて、あとは沈没を待つばかり、である。
「動力部を沈めれば、二度と浮き上がってはこないでしょう」
「ああ、もう二度と……」
月鏡は、エンジンを破壊する。
工具を盛った弥刀は、仲間に警告を伝えながらも、軽快にゴーストシップのネジを外していく。
「この船、大砲積んでたな。船底に向けてぶっ放してやるぜ」
カトレヤは大砲を無理に船体に向け、思い切り点火する。
甲板からは、ドカンと豪快な爆発音がとどろいていた。
「goodbye!」
『さらばじゃ!』
卸は、沈みゆく船から脱出する仲間たちの誘導にあたっていた。幸いにも動けないような負傷者はいないようである。
「沈没するよ、飛び込めー」
『とびこめー』
餅が豪快に海に向かってしぶきをあげて飛び込む。
『ひゃっはー』
白い翼がひらひらと空を滑空するようでもあった。
餅に続いて、次々とリンカーたちは脱出を果たす。幽霊船の乗組員は、もう、残っていない。
霧が晴れてきた。
「んー……」
『お疲れ』
一仕事終えた來燈澄はいつもの調子に戻り、緋褪のやわらかい尻尾にによりかかりながらのんびりと背伸びをする。
揺れた船で軽傷を負った船員などの手当てをしながら、エステルはようやく一息をつく。
「船底の臭いって想像以上だったわね」
「陽の下よりマシかな」
泥眼のことばに、 エステルは晴れ間を覗いて、どこか皮肉めいて言うのだった。
二人は空を見上げ、任務に思いをはせた。
藍澤は敵がいなくなったことを確認すると、共鳴を解いてようやく銃を下した。
――勝利だ。引き金を引いた時の余韻ともいうべきものが、まだ手のひらに残っている気がする。
「やれやれ……」
一息つくマルコを横目に、アンジェリカは、ちらりとチョコレートのことを考えていた。
(まぁ頑張ってたし当日はボクもチョコをあげるかな)
なんだ、と問いかけるようなマルコの視線に、アンジェリカは何でもないと返す。きっとウィスキーボンボンなら食べるだろう、などと具体的な計画を練りながら。
食い止めた。
月鏡はほっと息をつき、乗り込んだ救命ボートの上でラシルと微笑みあう。
『今度こそ、憧れの船長に会いたいのう』
どこか寂しそうに言う紅花に、カトレヤは笑って返す。
「現実はあんなもんだよ。……さすがに骸骨じゃねぇけどな」
最後の一言は、どこかつぶやかれるように響いていた。
「……時間があれば探索とかしてみたかった……かも……ちょっと残念…」
『幽霊船とはいえ海賊船だし、何か、宝物でも積んであったりしてな』
とはいえ、ぼろぼろの船だったから、期待できるようなものもないかもしれない。今となっては確かめようもないことだ。卸とレオンハルトは、水平線に沈みゆく幽霊船を眺める。
無事な積み荷を眺めながら、雁間とマリオンは顔をしかめる。
「また臭いが酷くなった気が……あのまま連中に渡しちまった方が快適な船旅出来たんじゃねえか?」
『……さっきの戦闘で船が揺れて……近づくと更に酷い船旅になるぞ!』
エージェントたちの視線の先では、風化し、海の藻屑と消えゆくゴーストシップの最期の姿があった。
エージェントたちはぷかぷかと浮いている救命ボートに肩を並べ、あるいは何人かはカカオマス号にいる。
(2月の女の子の魂、守ることが出来たかな)
あたりは平和な光景に戻りつつあった。きらきらと輝く海を眺めて、望月はふっと息をつく。
作戦終了。
カカオマス号は幽霊船を背に、ゆっくりと陸へと向かう。
エージェントたちの任務は、間違いなく成功だ。