本部

6つ目の銃弾は……

白田熊手

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/20 19:14

掲示板

オープニング

●都内、闇金事務所
「か、勘弁してくれ!」
 男はそう叫び、目の前に立つ蘇我に命乞いする。それは、いつもと逆の光景だった。闇金を営む男の前で、いつも誰かが、今の様に泣き喚く。それが今日は、逆。
 だが、男にその皮肉を感じる余裕はない。彼の根城たる事務所はまるで爆弾でも破裂したかのようにめちゃくちゃに破壊され、詰めていた数人のチンピラもみな、蘇我に銃撃され半死半生。それでも虚勢を張れるほど、男は強くなかった。
「あれは高崎のやったことだ! 俺は従っただけで……」
 蘇我は男の顎を無造作に蹴り上げ、聞き苦しい喚きを停止させる。
「そうかい……」
 蘇我は怠そうに呟く。真実など最早どうでもよかった。冷えた心の中で、悲しみだけが溶けた鉄のように熱く滾り、死人同然の蘇我を操り動かしている。生きる事に絶望し、死ぬ事すら諦め、黒い霧の中を彷徨う事だけが、今の蘇我に許された唯一の自由で――だから蘇我は、男を殺さねばならなかった。
「運が悪かったんだよ……俺も高崎もぶっ殺す気は無かったんだ。ただ少し、お前の親父は運が悪くて……死んじまったんだ」
 顎を蹴られた男は、口から血を垂らしながら尚も言う。自分勝手な弁明。だが怒りは沸かない。蘇我はただ気怠かった。
「かもしれないな……」
 呟くと、蘇我は手にしたリボルバーの弾倉を開き、空の薬莢を排出する。
「お、おい」
 男が怯えた声を上げる。
「神様に任せよう」
「え?」
「俺も俺の家族も、お前を許せやしない」
 蘇我はそう呟き空になった弾倉に弾を込めた。
「この弾丸は親父……」
 呟き、蘇我は続いて一つ右の弾倉に装填する。
「お袋、兄貴、紗希……俺」
 一発一発、六連の弾倉に五発の銃弾……蘇我の手はそこで止まった。
「最後の弾倉には、許しを……」
 蘇我はそう呟くと、弾倉を勢いよく回転させてから閉じ、男に拳銃を放る。男は反射的に拳銃を受け取った。
「自分の頭に向けて引き金を引きな」
 五発の弾丸の入った銃を、男は震えながら見つめる。そして覚悟したようにその銃口を自分の頭に向ける……素振りみせた。
「蘇我ぁ!」
 分の悪い賭けに命を賭ける気は無い、男は怒声と共に蘇我に銃を向ける。
「まあ、そうだろうな」
 男はだが、引き金を引けなかった。男の銃は突如現れた異形の者――蘇我と契約する愚神『ソフロノフ』に奪われる。
「な……!?」
「分かってたんだろう?」
 ソフロノフはニヤニヤと笑ってそう言い、拳銃を蘇我に投げ渡す。
「かもな」
 蘇我は受け取った拳銃を男に向けた。
「ひっ!」
 男が短い悲鳴をあげ、目を瞑る。蘇我は腐臭をかいだ様に顔を顰め、男に向けた銃口を自らのこめかみに当てた。
「おい……」
 ソフロノフが焦った声をあげる。ソフロノフの加護がない今、銃弾は容易に蘇我の命を奪う。
「許しを――」
 呟き、蘇我は引き金を引く。
 カチリ、小さな音が鳴った。空倉――ソフロノフは溜息を漏らす。既に独立するだけのライブスはあるが、蘇我と居れば容易により多くのライブスを得る事が出来た。失うのは惜しい。
「ついてる、神のご加護だ」
「愚神《グライバー》の――か?」
 ニヤニヤと笑いながら言うソフロノフに、蘇我は皮肉な笑みを返す。この邪悪な神にだけ、時折蘇我は笑みを見せる。
「苦しかったんだろうな、親父の目はかっぴらいてたよ――」
 蘇我は男の瞼に銃口を押し当て、無理矢理目を開かせた。
「ゆ、許してくれっ……!」
 悲鳴はもううんざりだった。義務を果たさねばならない。蘇我は撃鉄を起こす。弾倉が一つ左に回り……許しの季節は去った。
 ドンッ、重い音、赤い飛沫――。
「運の悪い男だ、一発目は空倉だったのに」
 倒れた男を見下ろし、ソフロノフが独り言ちる。
「神が伸ばした手を撥ね除けた――自業自得さ」
 言いつつ、蘇我は男に二発目の弾を撃ち込む。
「まあな」
 ソフロノフは興味が失せた様に呟く。蘇我はまた銃弾を撃ち込む。三発、四発――。
「もう死んでるぜ」
「知ってるさ――」
 呆れた様に言うソフロノフにそう答え、蘇我は最後の銃弾を撃ち込んだ――。

●HOPE支部、ブリーフィングルーム
「都内で起きている連続殺人事件は――もう知ってるね?」
 担当官の男が、いつになく苦い表情で言う。
「連日新聞を賑わしているが、実はもう犯人は割れてる――蘇我直樹と言う男だ」
 背後のスクリーンに蘇我の顔が写る。痩せた顔に無精髭、暗く深い目をした陰気な男だ。
「だが、警察は蘇我を捕まえる事が出来ない――蘇我が愚神と契約しているからだ」
 スクリーンにもう一つの写真が写る。防犯カメラの映像なのだろう。画質は悪いが、獅子の顔に炎の鬣を持つ、人為らざる者の姿がはっきりと映っている。
「通常戦力では愚神と戦えない。蘇我を逮捕するには、是が非でも我々の協力が必要というわけだ――そこまではいい、胸糞が悪いのはその後だ」
 担当官は眉間の皺を深くする。
「蘇我は世間で言われている様な快楽殺人者じゃない。奴の犯行には別の理由がある――復讐だ」
 担当官がまた一人の男の顔を映し出す。顔の作りは良い方だが、尊大な表情の内に何処か卑屈さが漂う。
「この男、高崎要ほか数人は、8年前帰宅途中の蘇我の父親を襲撃し現金を奪った。蘇我の父親は後日死亡――これだけでも酷い話だが、その先はもっと酷い。地元の名士だった高崎の親父は事件をもみ消し、挙げ句の果て事件を追及する蘇我の母親に対しチンピラを使って嫌がらせを行った。結果、精神的に参った母親は子供達を連れて自殺、一人の子供を残して蘇我家は全滅――その一人が、蘇我直樹だ」
「蘇我が狙っているのは当時の事件関係者だ。しかし、高崎要は蘇我の犯行だと察したんだろう、先日警察に出頭してきた。8年前の事件は自分の仕業だってな。そうなれば警護しないわけにはいかない。そして、相手が愚神となれば――我々の出番と言うわけだ。高崎が所轄から本庁に護送される。蘇我が高崎を襲うチャンスは、最早そこしかない。我々が仰せつかったのはその護衛さ」
 眉間の皺はますます深い。担当官は勢いよく立ち上がると、スクリーンに映った高崎要の顔を裏拳を思い切り叩き付ける。
「こいつは人間のクズだ。しかし、それでも殺人を見過ごす訳にはいかない。まして相手が愚神とあれば、命を賭けてでも戦わなければならない――納得はいかないがね」
 そう言うと、担当官は打ち付けた拳を静かに下ろし、やりきれない様な溜息を吐く。
「蘇我は破滅に取り憑かれている。復讐を果たしたとしても、彼は絶対に救われない。そして、蘇我を止められるのは我々HOPEだけだ。不本意な任務かもしれないが……蘇我を救えるのは君達だけなんだ」

解説

●目標
 高崎要の護衛

●登場
 蘇我直樹:高崎要を狙う復讐者。ソフロノフの力を借り、ジャックポットと同様のスキルを使えます。今までの犯行から、比較的射程の短い銃器を使用すると思われます。スキル使用中、ソフロノフは彼の中に居ます。警察情報によると車は所持していませんが、運転は出来るようです。

 ソフロノフ:ライオンに似たデクリオ級の愚神。既に独立行動できるレベルですが、蘇我を気に入って共に行動しています。戦闘力はデクリオ級の平均程度。鬣に炎を宿し、自信の半径10mに炎の竜巻を起こす特殊能力があります。蘇我に力を貸している間は、蘇我と一体化していますが、自分の判断で適宜分離します。

高崎要:護衛対象であり、事件の元凶です。粋がっていますが気は弱く、襲撃に際しパニックを起こす可能性がありますが、護送車の中に居る限りは比較的安全と思われます。父は地元の名士です。

●状況
 所轄の警察署から本庁まで高崎要を護衛します。護送車は強固な作りで、愚神の攻撃にもある程度耐えますが、乗り込む時と降りる時はどうしても無防備です。ただし、それは多数の警官が居る警察署の前です。襲撃は難しいでしょう。
 ルートは一般道と高速道を利用します。一般道は通行人も居る為、戦闘になれば周囲にも危険があります。高速道は人こそ居ませんが、襲撃された際護送車が大事故を起こすかもしれません。どちらの道でも、一般車は近寄れない様、2台のパトカーが護衛に付きますので、一般車を巻き込んでの事故を起こす可能性は低いでしょう。
 作戦は裁量に任せられています。警察は皆さんが護送車の前部席かパトカーに乗り込むと想定していますが、それ以外の場所に居てもかまいません。

リプレイ

「高崎の野郎、物騒な連中を連れてやがる」
 高崎を囲む数人の男女を遠くから視認し、愚神『ソフロノフ』は苦々しげに言う。
「リンカーだな」
 双眼鏡を覗き、蘇我も呟く。高崎を囲む者達。子供や明らかに人間ではない者も居る。警察が制服にコスプレを採用したのでなければ、リンカー以外に考えられない。
「高崎が自首した時から、予想していた事だ」
 言いながら、蘇我は検問の穴を探す為端末を操作する。人員は限られている。水も漏らさぬと言うわけには行くまい。高速での襲撃計画に多少の変更は必要だろうが、なんとかなる。だが一番の問題はリンカーだ。
「人間如きに負けやしねえが、厄介だな」
「今を逃せば高崎に届かなくなる」
「やれやれ。ヤバくなったらすぐ逃げるぞ」

●所轄署前
「目的地に着くまでは何があっても護送車から出るなよ。護送車は護れるがそこから逃げたら保障はしない」
 月影 飛翔(aa0224)は不快さを隠さぬ口調で高崎に言う。その所業を聞いて好感を持てる男ではなく、実際に会えばその印象は益々悪い。
「むしろ目的地まで眠っていてください……物理的に眠らせることもできますが」
 ルビナス フローリア(aa0224hero001)の態度はもっと露骨だった。柔和なのは表情だけで、言葉にも態度にも強い毒が滲む。だが高崎は、ニヤニヤ笑いでそれに応えた。
「あんたが一緒に寝てくれれば、いいんだがね」
 軽口は相手を見て叩くべきだ。ルビナスの気配がただの嫌悪から殺気に変わる。
「勘違いするな。俺達の仕事は愚神を倒すこと。お前の護送はついでだ」
 その殺気が放たれるよりも早く、月影は高崎を睨み付け、突き飛ばす様に護送車の中に押し込んだ。
「自分で行った業が返ってきただけでしょう。態々私たちの手を煩わせるとは」
「気持ちは分かるが、今回は相手は愚神が関わってるからな」
 そして不機嫌なルビナスを宥めつつ、月影はさっさと自分の持ち場に移動する。
「テメエ!」
 だが突き飛ばされた高崎は収まらない。立場も忘れ、護送車を飛び出して月影に喰って掛かろうとする――が、大剣を構えたコルト スティルツ(aa1741)がそれを制した。
「ご自身が狙われてるのはご存知ですね、自らの命が惜しければ車の中に居なさい」
「なんだこのガキは!?」
 大剣に圧されつつも、高崎はまだ虚勢を張る。それはリンカー達が、立場上自分を傷付けないという狡い確信から来るものだ。
「ちっ……」
 こんな男を相手にするのは馬鹿らしい。面倒になったコルトは高崎に背を向ける。月影に叩きのめされようが、知った事じゃない。
「おい、待て……よ……」
「ギチギチギチ……」
 追い縋ろうとする高崎をアルゴス(aa1741hero001)は異形の相貌を見せつけ、奇怪な声で威嚇した。アルゴスは思う。こいつは危険ではないが、不快な生き物だ。
「ば、化け物……」
(どっちがだ……)
 アルゴスに怯える高崎に、コルトは心の中で毒づいた。
(ちっ、胸糞悪い事件だなぁ、おい。救われねぇ……愚神と契約しちまう辺り、特にな。だが、世界を、ひいては俺の生存を脅かす可能性のある物は鉛玉を土産に帰ってもらう)
 それでもすっきりしないものを感じる――何となく無言になったコルトに、護送班の一人が声を掛けた。
「すみません、あんな奴の護衛なんて……」
「確かに守るに値しない人物ではございますが、愚神を見逃す訳には参りませんから……あの、やはりあの方の手足を拘束するわけにはまいりませんか?」
「手はともかく、足はちょっと」
「そうですか……」
 高崎は虚勢だけのチンピラだ。愚神を前にした時、どんなパニックを起こすか分からない。出来れば全く動けない様にしておきたかったが――。
「事故をしないよう、落ち着いて運転してくださいね。襲撃があっても、慌てずに減速を」
 そう言うと、コルトは貸与されたバイクに向かった。彼女の小さな体では運転できないが、アルゴスとリンクすれば問題ないのだが――何故かそのアルゴスがこちらへ来ようとしない。
「おいアルゴス、何もたもたしてんだ、行くぞ」
「ギギギ……」
「はぁ? バイクが怖い? 共鳴したら俺が運転するようなもんだろーが」
 コレのどこが化け物なのか、コルトは怖じ気づくアルゴスに頭を痛めた。

●高速道
「『救い』ねぇ……」
 護送車の後ろを行くパトカーの中で、マックス ボネット(aa1161)は担当官から言われた言葉を思い起こす。
「蘇我さんの事ですか、オヂ様?」
 ユリア シルバースタイン(aa1161hero001)はその呟きを聞き止める。
「救いなんてのは、人それぞれなんじゃないかね? 個人的には、やりたい事をやらしてやったら蘇我は自分の人生も終わりにすんじゃないかと思うがね。それから愚神始末すれば世の中からゴミも減って……」
 ここに居る警官達と違い、マックスはお行儀良く法を守ってきた訳ではない。愚神を倒すのはまだしも、高崎の護衛はどうにも馬鹿らしい。
「ですがオヂ様、裁きは法の下に行われるべきです」
「いや、何でもありませんよ。どうにも独り言の癖が抜けなくて……」
 マックスは苦笑いしてユリアをごまかす。
「それにしても、まぁ……どこの世界に行っても大人の事情ってのは無くなりませんなぁ」

「なあ、こいつらで大丈夫なのか?」
 高崎は八朔 カゲリ(aa0098)とナラカ(aa0098hero001)を指さし、不安げな表情でヴィント・ロストハート(aa0473)に聞く。カゲリは無表情。ナラカは不快気な顔。
「こんなガキが、蘇我に勝てるのかよ?」
 不安からか饒舌な高崎。カゲリは無表情のまま、突きつけられたその手を掴む。
「あ?」
「別に粋がっても良いが、餓鬼じゃないんだから覚悟は持てよ」
 言って、カゲリは手に軽く力を込める。
「痛えっ!」
「持てないなら自主的に口を噤め……構ってやるほど、暇じゃないんだ」
 カゲリは手に込めた力を少し強める。指の骨が軋み、高崎は悲鳴を上げた。
「カゲリさん、その辺で……」
 ナラカを含め誰もカゲリを止める気配がないので、ナハト・ロストハート(aa0473hero001)がその役を負う。高崎は守る価値のない男だが、カゲリが手を汚す価値もまたない。
 ナハトの顔を立ててか、或いは高崎に触れていたくなかったからか、カゲリは高崎の手を放した。
「っ……テメエ!」
「止めろ、お前が百人掛かりでも、カゲリには傷一つ付けられん」
 カゲリに喰って掛かろうとする高崎を、ヴィントは冷たく制す。
「ふん……」
 内心では彼我の実力差が分かっているのだろう、高崎は一度浮かした腰を下ろした。そして、自分を庇った様に見えるナハトに馴れ馴れしく話しかけ、今度は彼女に手を伸ばす。
「ありがとよ、お姉ちゃん」
「触らないで下さい」
 ナハトはその手から身を躱し、渋面を作りそう吐き捨てる。
「チッ……嫌われたもんだ」
 ナハトから汚物の様に扱われ、高崎はふて腐れる。
「高崎サンは自首したのに、皆さんひどいですよねー」
 そんな時突然車内無線から聞こえてきたのは、バイクで前方を走る氷斬 雹(aa0842)の声だ。
「愚神の力で人殺して逃げ回る蘇我サンの方が、ずっと悪人ジャナイデスカー」
 明らかに嘲弄した口調だが、高崎はそれに気付かない。それどころか、雹を自分の味方だと感じた様だ。
「だろ? 俺は反省して自首したのに、蘇我もこいつらも……」
「プッ……反省とかwww 嘘吐いてんじゃねーよクズwww!」
「えっ?」
「愚神さえぶっ殺せれば、おたくの命なんてどーでもいーんだよwww」
「な、何だとコラ!」
「守って貰えると思ったのwww? ウケルワーwww バーカ! バーカ! バー……」
 ヴィントが無言で無線を切り、雹の声が途切れる。
「な、なんだアイツは」
「氷斬の言うことも外れてはいない……死にたくなければ大人しくしていろ」
 真っ赤な顔をした高崎に、ヴィントは冷たい表情でそう言った。

「バーカ! バーカ……って、切りやがった!」
 舌打ちし、雹は前方へ視線を戻す。
 マックスの提案で反対車線に車影はない。雹の提案した検問は、人員の関係で完璧とは行かないが、ある程度蘇我の行動を規制するはずだ。高速で襲撃があるとすれば、この地点を含め後数カ所だが――。
「ん?」
 雹の視界に不審な車両が入る。さほど混雑して居ない高速で、不自然に速度を落とす砂利を積んだトラック……もしやと思った瞬間、トラックが急ハンドルを切った。積載した砂利に遠心力が加わり、トラックの車体が大きく傾ぐ。運転席に見えた顔は、紛れもなく事前に写真で確認した蘇我直樹だ。
「派手なご登場じゃねーの!」

●戦闘開始
「来たぜ、蘇我サンだ!」
 蘇我からの無線と同時に全車がブレーキを掛ける。襲撃を予想していた事もあり、前方のパトカーと護送車は砂利に乗り上げたが、横転は免れた。
「蘇我が来たのか!」
 だが、高崎の心は横転処ではない。あたふたと歩き回り、完全にパニック状態だ。
「大人しくしていろ」
 ヴィントは高崎に殺気を込めた視線を向け脅すが、鈍感な高崎は尚も喚く。面倒とみたカゲリは高崎の鳩尾に拳を叩き付けた。
「この方が早い」
 カゲリはそう言うと、ぐったりした高崎の体を無造作に放った。ヴィントは小さく頷くと、ナハトの方に向き直る。
「エージェントやる前は、仕事で蘇我みたいな人間から復讐を果たして欲しいと依頼を請けていた事もあったな。まぁ……そいつの心が晴れたかは別だが」
「ヴィント……あの人を止めよう。こんな奴の為に剣を振るう事は私達の誓約に反する事だけど……それ以上に、あの人の手を血で染めさせたくないから」
 ナハトの言葉に、ヴィントは深く頷く。
「行くぞナハト。コイツみたいな下種の血で手を汚すのは、俺みたいなので十分だ」

「お前の気持ちも分かるとは言わない。それでもやらせられない」
 月影は蘇我の鳩尾に長槍の石突きを繰り出す。蘇我は道路より一段高い、横転したトラックの上。身を躱すには不利な体勢だが、蘇我は鳩尾へ突きを右肘の先端で受け、ダメージを軽減する。
「蘇我さん、あなたは愚神に利用され潰されるのではなく、人として裁かれてもらう」
 月影の台詞に、蘇我は二丁の銃を抜き打つことで答えた。一発の轟音と三発の銃弾。蘇我の『トリオ』が、月影、雹、コルトを同時に射撃する。銃弾は正確に三人を捉え、骨まで響く衝撃を与えた。
「ツッ……!」
 思いの外大きなダメージに月影は驚く。
 それは蘇我も同じだった。未熟なリンカーなら半死に追い込む程のダメージだが、月影は平然としている。
『高崎如きに、随分な手練れを用意したもんだ』
 頭の中で、愚神が呆れた様に呟く。
「命は、それだけ重いという事さ……」
 愚神にそう応え、蘇我は運転席から飛び降りた。一気に護送車まで駆け寄りたいところだが、月影が居るのでそうも行かない。
「蘇我サーン。人を残酷に、残虐に殺ルのはスカッとするよなァw 分不相応に手に入れた力でザコを嬲り殺すのは愉しいカァ?」
 奇矯な煽り文句と共に、着地を狙った雹の銃弾が蘇我に命中する。
「テメーの殺リ方に同情の余地は一切無いゼ、天性のサイコパス野郎。復讐が言い訳になるかよw 嬲り殺した段階でおたくも同類じゃン? 精神鑑定、監獄モルモット逝きへの片道切符……俺様が渡してやるヨw」
 高崎を怒らせた雹の煽りは、蘇我の怒りではなく愚神の興味を引いた。
『面白い男が居るな……俺達好みだぜ』
「俺の後釜にするか?」
 蘇我も珍しく軽口を叩いたが、余裕はない。護送車の中から二人、後方のパトカーからも一人。
『リンカー六人か……高崎に釣り合う重さかね?』

●最後の銃弾
『復讐か……うむ、悪くはない。いやさ、その貫徹せんとする意志を思えば素晴らしいとも言えるだろう。故に当然――障害となる者と戦う覚悟もあるのだろう? 彼の前では愚神など端役でしかないが――さて、覚者は如何対峙する?』
 リンクを済ませたナラカは、カゲリにそう尋ねる。
「蘇我に復讐を止める気などないだろう。俺にしても、屑を守るのは如何でも良いが、敵となる愚神は殺すと決めている。互いに譲れないなら激突は必然、言うまでもない」
 ヴィントと違い、カゲリとナラカに復讐を阻止しようという気持ちは薄い。復讐が無意味だとも思わないが、愚神が相手となれば引く事は出来ない。
「復讐を止めて救いになるか? いっそ、殺した方がまだ救いになるだろうよ」
 護送車を降りると同時に、カゲリは蘇我と同じ二丁の銃を抜き撃つ。
 コルトも同時に蘇我を銃撃。だが、どちらの弾丸も蘇我を捉えなかった。複数のリンカー相手に勝負を賭けるだけあって、蘇我も並ではない。
『やりますね、オヂ様』
「下手な動きは出来ないな」
 その様子に感嘆するユリア。マックスは慎重に遮蔽を取り、『ウィザードセンス』で魔力を高める。
 蘇我は隙を突いて護送車へ近づこうとするが、月影と護送車から出たヴィントに阻止され思う様に行かない。突破口を見いだせぬ蘇我に、コルトの『ファストショット』が命中する。
「銃使うのはてめえだけじゃないっての! 復讐が悪いなんて言わない、だが愚神を手段に使ったのは間違いだったな!」
 愚神の加護を受けた強靱な肉体にもダメージは蓄積する。じり貧だが、蘇我にはまだ手があった。魔力による閃光弾『フラッシュバン』。蘇我は魔力を集中し、強烈な閃光を作り出す。
「しまっ……!」
「ッ……!」
 ヴィントと月影はその閃光をもろに食らった。その隙を突き、蘇我は二人のチェックを外す。だが、雹だけは蘇我の行動を予測し、目を腕で覆うことで閃光を避けていた。
「残念、バレバレだぜ蘇我サンwww」
 雹のライフルが火を噴き、蘇我の命数を削る。
『やるね、益々俺ら好みだ』
 雹の判断力に感心する愚神。だが、雹以外のリンカーは閃光の効果で他の蘇我を捉え留事が出来ない。ここを勝負所とみた蘇我は、続けざまに『バレットストーム』を放つ。
「うぉ!? 痛えよバカ!」
 荒れ狂う弾丸がその場に居るリンカー全員に命中する。だが、それでも誰一人撃ち倒すには至らない。蘇我の心に諦めの影が差す。
(届かない……か?)
 それを見越したかの様にマックスの『リサールダーク』が飛ぶ。闇が諦めに染みこむ様に、蘇我の意識は魔力に犯され、そのまま眠りの淵に沈んだ。
「やりましね、オヂ様!」
「まあ、こんなもんだな」
 マックスはニヤリと笑ってユリアの歓声に応える。抵抗されれば全く意味のない『リサールダーク』だが、こういう場面で決まれば一瞬で決着が着く。だが、本番はこれからだ。
「寝ちまうとはね……世話が焼ける」
 その言葉と共に、意識を失った蘇我の体から分離する影。獅子の顔を持つ異形の愚神、ソフロノフ。
「離れてくれれば遠慮はいらないな。一気に行かせてもらう!」
 だが、それに怯む様な者はここに居ない。月影は『疾風怒濤』の三連撃を愚神に繰り出す。
「ちっ……面倒な」
 舌打ちし、愚神は月影の槍を躱す。だが、最後の一撃は躱しきれず胸に突き刺さった。愚神は一瞬月影に反撃しようかと考えたが、すぐに思い直し、予定通り背後に転がる蘇我を蹴飛ばす。
「起きろ馬鹿!」
「げほっ……!?」
 その痛みで蘇我は目を覚まし、むくりと起き上がる。だが、最早戦える状態ではない。愚神もリンカーの猛攻に晒されている。『ライヴススロー』『ストレートブロウ』『銀の弾丸』愚神の強大な命数も何れ尽きるだろう。
「蘇我、襲撃は失敗だ」
「……そうか」
 蘇我は意外にさっぱりとした声で応えた。
「逃げるぞ、あっちのごつい連中は無理だが、向こうのオッサンと虫なら突破できそうだ」
 逃亡を促す愚神。だが、蘇我は首を横に振る。
「お前一人で行け」
「何言ってんだ、高崎に復讐するんだろ?」
 戸惑う愚神に、蘇我はまたも首を振った。
「俺は、先に死にたかっただけだ……」
「何?」
「みんな先に死んで……寂しさと悲しさは俺が独り占めだ。おいて行かれたくなかったんだよ、独りぼっちが嫌だったんだ」
「蘇我、何を言ってるんだ?」
 愚神は困惑した。復讐という深い憎悪があったからこそ彼は蘇我に力を貸し、憎悪をエネルギーとしてきた。それが――。
「お前に会えて良かったよ……初めて先に死ねる」
「蘇我?」
「生きろよ――ソフロノフ」
 蘇我は予備のリボルバーを抜き、自分のこめかみに当てた。
「蘇我!?」
 リンカー達にも蘇我の行動は見えている。一刻も早く蘇我を確保し、馬鹿なまねを止めねばならない。
「行きます!」
 それはコルトが事前に伝えたフラッシュバンの合図だ。リンカー達は各々閃光から目を庇う。だが、合図を知らない愚神はもろに閃光を食らった。
「っ……!」
「どけ!」
 ヴィント大剣が視界を失った愚神を蘇我の前から弾き飛ばす。これで蘇我を確保できる――だが、少し遅かった。
「許しを――」
 蘇我の指が、引き金を引いた。

●ソフロノフ
『飛翔様……!』
 ルビナスは息を呑んだ。敵を倒したことはあるが、こんな事は初めてだ。
「……今は愚神を倒す事に集中しよう」
 月影は心を落ち着かせ、愚神に再度の『疾風怒濤』を放つ。今度は三度とも命中。他の仲間も愚神を逃がさぬ様猛攻を加える。だが、予想に反し愚神が逃げる様子はない。
「生きろだと……馬鹿が。俺は愚神だぞ? 愚神に願うなら――」
 愚神の鬣が赤く染まり、周囲に炎が巻き起こる。
「『殺せ』だろうが!」
 強烈な炎。連発されれば雹やコルトは倒れる可能性もあったが、愚神はそれしなかった。いったんリンカーを蹴散らした後は、一直線に護送車に向かって突進する。
 リンカー達は高崎の命に重きを置いていないが、それでも一応任務だ。月影は愚神の進路に割り込み、その突進を阻んだ。
「邪魔をするな!」
 愚神は腕を振りかざして月影を弾き飛ばそうとする。月影はその腕を槍の柄で受け止め、次いで穂先を素早く引き戻すと、愚神の体に深々と突き差した。
「カゲリ!」
 愚神の動きが止まったその瞬間、ヴィントはカゲリに呼びかける。共に幾度も死線を潜った仲だ。カゲリはすぐさまその声に応じ、『ライヴスブロー』で威力を増した銃弾を愚神へ撃ち込む。
「クソがっ……!」
 憎悪の隠った呻き。だが、呪詛を吐く間はない。
「終わりだ――!」
 ヴィントの『疾風怒濤』が愚神に叩き込まれる。既に消滅寸前だった愚神の体は、その嵐の様な攻撃の前に砕け散った。

●復讐の終わりに
「……終わったのか?」
 全てが終わり、戦塵に塗れたヴィント達が護送車の中に戻ると、高崎はいつの間にか意識を取り戻していた。
「ああ……」
 ヴィントは高崎の傍に向かい、冷酷な眼差しで睨みながら言葉をかける。
「そうか……助かったぜ」
 高崎は怯えた目に安堵の色を浮かべ、ほっと息を吐く。
「死なずに済んで安堵したか? だが、ここで死(すくい)を選んだ方がマシだったかもな」
「は……?」
 間抜けな声をあげた次の瞬間、高崎の表情は凍り付く。ヴィントが大剣を大きく振り上げ、ギロチンの刃を落とす様に高崎の首筋に振り下ろしたのだ。
「ひっ!」
 小さな悲鳴。だが、大剣の刃は首筋の寸前で止まる。
「人の命を奪うと言う事は……その命を奪った事実とその相手を忘れず、その業を背負って生きる事だ……蘇我にお前を殺させなかったのはお前を守る為じゃない。お前にその業を背負わせる為だ」
 ヴィントは苦いものを呑んだ様に顔を顰め、剣を納めた。
「お前がその業を忘れた時、今度は蘇我の代わりに俺がお前の命を狩りに行く……覚えておくがいい」
 言い終え、高崎に背を向けたその時、ヴィントはカゲリがこちらを見ていた事に気付き、少しバツの悪い顔をする。
「――大人気ないと思うか?」
「さあ――どうかな」
 ヴィントの問いに、カゲリはそう答えた。

「父親の方も高崎からの証言で早く捕まえておいた方がいいかと。また同じようなことが起きますよ」
 砂利に乗り上げたパトカーの前で、月影が警官にそう語る。手押しでは危険そうなので、車両の復帰はレッカーを待つしかない。
「早く来いアルゴス! 何時までもバイクが怖いとか世話を焼かせるな……」
 それまでの間、リンカー暇をもてあます。もう、仕事は終わったのだ。
「少し、苦い結末になっちまったな」
 パトカーに背を預け、マックスは呟く。予想していたことではあるが、気分の良い事でも無い。
「死なずに罪を償って下されば……」
「上手くいかないことだってあるさ――」
 落ち込むユリアを軽く抱き寄せ、マックスは天を仰いだ。

「卑怯もんが、今更逃げてんじゃねーヨ」
 蘇我の死体を見下ろし、雹は吐き捨てる。罪を償うべきとか、そんな事を考えている訳ではない。ただ、蘇我の独りよがりが気にくわなかった。
『惜しいな……』
「あ?」
 雹は虚空に声を聞いた気がした。それは先程倒した愚神の様でもあり、違うようでもある。
『リンカーだというのは……愚神好みの心なのだが』
「……バーカ、俺はお前らのこと嫌いだっつーの」
 雹はそう答え、声のする空間に一発の銃弾を放った――。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 晦のジェドマロース
    マックス ボネットaa1161

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 冷血なる破綻者
    氷斬 雹aa0842
    機械|19才|男性|命中



  • 晦のジェドマロース
    マックス ボネットaa1161
    人間|35才|男性|命中
  • 朔のヴェスナクラスナ
    ユリア シルバースタインaa1161hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • 木漏れ日落ちる潺のひととき
    コルト スティルツaa1741
    人間|9才|?|命中
  • ギチギチ!
    アルゴスaa1741hero001
    英雄|30才|?|ジャ
前に戻る
ページトップへ戻る