本部

奇妙な新年会

玲瓏

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/15 21:10

掲示板

オープニング


「緊急です。指名手配犯であるヴィランがK市の居酒屋に現れました。店の名前の詳細はまた改めてお送りします。まずは私とその店主とのやり取りを聞いてください」
 オペレーターと店主の応酬の録音はコール音から始まった。
『もしもし――」
『た、頼む助けてくれ、お願いだ』
 電話先の男は開口一番静かな声で怯えながら言った。
『どうかされましたか』
『ウチの店に山峰がきたんだ。分かるよな? あの山峰だよ』
『山峰(やまみね) 小愚弄(こぐろう)ですか)
『ああ、そいつだよ。そいつだ』
『分かりました、少々お待ち下さい』
 ――黙する時間。
『今、人員を招集しています。状況を詳しく教えてください。また、今山峰氏は何をしていますか?』
『さっきあいつは一人でウチの店に入ってきたんだ。自分から山峰だって名乗って、後から連れが何人か来るっつって広い座敷を陣取って、今は酒飲んでんだ』
『今はお一人ですか?』
『青い髪の、ちっちゃい子供が来て――来た。やつはその子供に酒を飲ませて、今そいつは寝てる』
『失礼ですが、貴方のお店の名前を教えてください』
『一夜呑み処。柞磨(たるま)って名前の店だ。――なあ頼む、早くきてくれ』
『とにかく落ち着いて、今まで通り接客の方をお願いします。従業員の方には――』
 オペレーターはここで再生を止めた。
「場は一刻を争う事態です。また、山峰氏を捕らえるチャンスでもあります。現場に急行してください。後ほど、山峰氏に関する情報を調べられた分だけお送りさせていただきます。では、よろしくお願いします」
 現場に向かう最中、あなた達の端末には約束通り山峰に関する情報と居酒屋の場所が送られてきた。
 山峰の情報はオペレーターが即興で作ったのか、あなた達に教えるような文面になっている。
『山峰 小愚弄は二年前H.O.P.Eのエージェントでした。しかしヴィラン捕獲任務中、突然敵側に寝返って任務を失敗させ以降行方をくらましました。指名手配犯となったのはその事件が切っ掛けです。
 以前彼はヴィランの仲間を使って同行したエージェントを欺きました。また、当時の彼の戦闘は魔法付与による近接格闘でした。任務遂行の手助けとなる情報となれば幸いです。
 先ほど店主が言っていた青い髪の子供については現在確認できておりません。山峰氏の英雄と特徴が合致していないためです。
 山峰氏の情報とは関連はありませんが、今回の依頼は、先に調査のため新人エージェントを現地に派遣しています。
 その他、気になる事がありましたら調査員の坂山(さかやま)にお願いします。任務、成功を祈ります』
 文はそこで途切れていた。


 居酒屋柞磨についたあなた達は坂山に案内されて二階席の個室、指名手配犯ヴィラン山峰が中にいる扉の前まで訪れた。
「どうかお気をつけてください。私はここで待機しています」
 新人の坂山は先輩エージェントの足手まといになる事を遠慮し個室の外で緊急に備えて待機する事になった。
 満を持して扉は開かれる。
 そこには、あぐらをかいてあなた達の方を向きながら座る山峰の姿があった。驚いた事に、彼は表情一つ壊さず笑ってあなた達を迎えた。そしてこう言ってみせた。
「遅かったな。まあ座れよ。店主には後で来るって言ってある」

解説

 ――おーい店主、まずは生ビール人数分用意しろ。飲めない奴の文まで持って来い。
 お前らもなんでまだつったってんだ。座れよ。新年早々ドンパチなんて楽しくねぇだろうよ。こいつは寝てるし、俺は武器も何も持ってねぇし大丈夫だ座れ座れ。
 まずあんた何頼む? 寿司でも鍋でもなんでもあるぜこの店。席はどこでもいいから座れ座れ。
 ……まあ、楽しんでいこうってのは嘘じゃねえよ。

 新年明けて、よく考えてみたんだ。これで本当に正しいのかと。実は間違った道言ってんじゃねぇかなと、えらい年になってえらい事考えたもんよ。だけど、まだ分かってねえ。俺の信じたもんが正義か悪なのか一片たりとも分かんねぇんだよ。
 ただぶっちゃけ、もう疲れた。殺し殺されあう世界はもう御免になったんだ。無責任で悪いな。だからもう捕まっちまおうと思って。人を殺すのもいやだし、そりゃもう殺されたくもねぇよ。俺は今日ここに捕まりにきたんだ。あんたらに。
 でもなあ、ただ捕まるんじゃ納得いかねえのよ。だから最後にあんたらに訊きたい事があんだ。

「お前らの正義ってなんだ? お前らの信じる道っていうのは? 誰か、パートナーはいるか? そいつは信頼できるか? いてもいなくてもいい、お前らはエージェントになって後悔したことあるか?」
 
 さっきは捕まりたいだなんて言ったが、あんたらの答えによってはまた逃げてもいい。俺自身もなんでこんな事してんのかよくわかってねぇんだ。なんで寝返ったのか、なんで遊んだのか、なんであんたらをここに呼んだのか。
 捕まりたいって言っておきながら、逃げるとか言いやがる。言っておくが酔っ払ってないぞ。

 お前らの事を教えてくれ。ただそれだけでいい、ドンパチも何もなしだ。俺が話を聞いて、あんたらの事が気に入らなかったら俺は逃げる。

 まあ、飲んで食いながら話そうぜ。色々と。

リプレイ

「お前らの正義ってなんだ? お前らの信じる道っていうのは? 誰か、パートナーはいるか? そいつは信頼できるか? いてもいなくてもいい、お前らはエージェントになって後悔したことあるか?」

 個室からあまく遠くなく、近すぎない位置で坂山と、共鳴を終えた宇津木 明珠(aa0086)はヴィランの逃亡に備えて外で待機していた。
「何いらいらしてんだ?」
 金獅(aa0086hero001)はそう尋ねる。
「別に……先程の坂山調査官と山峰の発言から十中八九戦闘行動はないと思うべきでしょう」
「あ?! じゃあ何で、入らねーんだよ」
「オペレーターの話では調査の為に彼女はここに先行して到着したはずです。それにも関わらず山峰との接触はしていない。情報の裏取りもしない。何の調査をしていたのでしょう?」
「あー……」
「山峰、少年、店主。全員がヴィランでもおかしくはありません」
「だからここにいるのか?中に入らねーと何もしてない事になるって言われてまで?」
「ヴィランの確保が任務。それだけは事実です」
 少しだけ間を置いて、金獅は再び質問を投げかける。
「……あのリンカーが酔うっつービールは?」
「少年以外の参加者が全員眠っても、私と獅子ヶ谷さんが動ければ捕獲できる可能性はあります。獅子ヶ谷さんの戦闘能力は前回一緒になった時に把握していますから」
「……そういうの疲れねー?」
「意味が分かりません」
「最悪の状況を考えて、誰も信じねーのめんどくね?良いことねーし」
「私は両親がH.O.P.E.に取り入る為の駒です。最終的に両親と本部にパイプができれば問題ありません」
「けどよ。それでいいのか?」
「駒は使えるから駒であり、使えなければただのゴミ以下です。我々も同じこと。そしてこの世は結果が全て。過程など無価値。それは唯一無二の真理でありそれに関し他者の理解や共感は不要です」
「まっ、そう言う可愛くないガキだよな。お前」
「なんとでも」

 また、ヴィランが窓から脱出を計った際の逃亡防止用に店の外にも獅子ヶ谷 七海(aa1568)と五々六(aa1568hero001)は待機している。
「山峰って人……ころすの?」
 獅子ヶ谷は怯えるように言った。
「必要ならな」
「……」
「怖気づいたか? だったら寝てろ。気が散る」
 二人には共通した目的があった。ヴィランを殺す――それは復讐心による物だ。
「復讐はなにも生まないって。無意味だって。……みんなが言うの」
「ハッ、真面目腐ってなに言ってやがる。笑わせんじゃねえよ、照準が定まらねえ。汚れた服を洗濯するのは無駄か? 溜まったゴミを捨てるのは無意味か? 復讐も同じだ。生み出す為じゃねえ、捨て去る為にやるんだ。俺たちを縛りつける、クソったれな過去の清算。こびりついたクソを洗い流す儀式――そいつが終わらない限り、俺たちは前に進めねえ」
「……うん」
 
 机の上には大人分のグラスと瓶ビールと、子供分のジュースが並び始めた。
「おい店主! 子供とか関係なしに人数分のビール用意しろっていったじゃねぇか」
「お客さん困りますよ。今の時代、子供に酒を勧めるの怖いんですから」
「ったく意気地なしだなあ」
 山峰は頬杖をつきながら、席に座るエージェントを一瞥した。

●唐沢 九繰(aa1379) エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)
 企業面接とよく似た視線を感じた唐沢は、彼の出した問題を第一に答えるのは自分の役目なのだと言葉無き理解を得た。
「正義、ですか」
「ああ正義だ」
 そもそも彼女は共鳴状態で入室し、戦闘体勢を整えていたのだ。それが突然席に座れと言われ、戦う気はないと言われ、人生の課題に匹敵する質問が繰り出される。しかもその質問が山峰にとって気に入らない物であれば逃げ出すという。
 発言権は一人だけ。対象がヴィランで、指名手配犯であるという事から慎重さが重要だ。
「愚神や従魔は人の命を脅かすため倒さなければいけませんし、ヴィランズも事件を起こすので捕まえる感じで。正義とかは、正直考えた事がなかったです」
「じゃああんた、かわいこちゃんはただH.O.P.Eに従ってるだけってことか」
 現状、唐沢は頷くしかなかった。しかしながら正義なく悪を倒す事はできるのだろうか?
「考えた事がねえってだけで、あんたはただ従ってるだけじゃねぇよ。見つかってねぇだけだ。いいか、悪を討伐するのは正義じゃなくちゃいけねえんだ。わかるか?」
 重い一言はまだ幼い彼女にとって理解の余地が含まれていないものだった。山峰は困惑するかわいこちゃんを見て言葉を止めると「ふん」と笑った。
「早く見つけろよ」
「はあ……。あ、あと、信じる道ですが……目指す道はありますけど、信じる道と言われると浮かばないです。ごめんなさい、こんなで」
 何も考えていなかった自分自身に対する、苦笑を交えた正直で素直な言葉だった。
「あ、でもエージェントになって後悔はしてないです!」
「あんたはまだ幼い。これから見つけていきゃいい。目指す道があるってだけ立派なもんだ。後悔もしてないってんなら尚更な」
「そうでしょうかね」
「そうさ。今度機会があったら目指してる道ってのも教えてもらいたいよ」
 誰が断言しなくても分かる。永遠と機会は来ないと知る。山峰は自分の無粋な一言に、唐沢と同じように苦笑した。
 作り笑いすら起きない不良な間を打ち消すよう、唐沢は早口で言葉を繋げた。
「パートナーって呼べる相手はいないです。ですが、エミナちゃんとは、親友です!」
 隣に座る親友を抱きしめて、周囲に明るさを取り戻させた。エミナは右手の甲に、点々のマークをつけた。
「そうか、親友か」
「はい。昨年は色々ありました。愚神が信仰してきた時とか、エミナと一緒に頑張って、デパートに現れた従魔を倒したり、山火事を阻止したり。部活も頑張りました」
「色々あったんだな。そんじゃ、お互いに信頼関係は抜群ってこったなあ」
 次はエミナが答える番。唐沢はバトンを渡した。
「私は人命救助が存在意義ですから、問いに答えるとしたら命を救う事でしょうか」
「ほう」
「命の取捨選択に関しては、答えを持ち合わせていません」
 ――誰かの犠牲で他を救う事の是非に関して、判断基準を持っていない。自分の目的のために犠牲を強いることはしたくない。
 翳った景色の向こう側が沈黙を覚ました。山峰は豪快に酒を飲み、一言だけ言うのだ。
「そうか」
 彼の事をよく知る人物なら、その一言は単なる一言ではない事が分かる。そして大凡彼は心の中で本音を言うのだ。言葉に出しにくい時、言葉を濁す癖があるからだ。
 山峰は心の中でこう言った。
 ――そうか。

●弥刀 一二三(aa1048) キリル ブラックモア(aa1048hero001)
 曇りがち空気を変えようと名乗りをあげたのは弥刀だ。
「ほんなら次はうちが答えますわ」
「よしきた。あんた、積極的でいいな」
 発言権が他に回ったことで唐沢の荷が降りた。ソフトドリンクを口にして、ふう、と小さなため息が零れる。
「正義かは分からんどすがうちは、義を見てせざるは勇無きなり、てよう言われとりましたなぁ」
「聞いた事ねえ言葉だな。だが……ふん、良い言葉だな」
「だから、まっ、その言葉通りに生きとるさかい、それを正義とさせてもらいやす」
 弥刀は次に言葉を続けるため口を開いた。
「そいで次は――」
「私自身が正義だ!」
 情熱あふれるキリルの解答。
「あんたは黙っとき! ――信じる道は模索中どすな~。うちも唐沢はんと同じよう、探しやみますわ~」
「甘味が連なっている道ならば信じても構わんぞ!」
「せやから黙っときて!」
「あんたら面白れぇなあ」
 漫才じみた二人の応酬、特にキリルの茶目っ気のある発言は山峰だけでなく全体に和気を誘った。
「パートナーについてはどうなんだ」
「世話の焼けるのがおるさかい……」
 目を伏せた弥刀に向けて、キリルは言った。
「全く、コイツは私がいないと何も出来んのだ」
「その台詞、まんまお返ししますわ!」
「ところでドリンクがもう無くなった。早く次のを用意させろ」
「ほらもう、うちがいないとなんも」
 解答の中断を詫びた弥刀がすぐに店主を呼んでジュースを注文した。そしてからすぐに届いたジュースだったが、すぐに半分程中身が失われた。
「大変そうだなあ、あんたは。ちょいと貧乏神の姿が見えるぜ。仕事もあんま芳しくなさそうだな」
「そらもう! こない給料安いて思わんかったし! キリルの菓子代で全部吹っ飛んでまいますねん!」
「まあまあ、今日は飲み食いして存分に楽しんでくれや。金の事は気にしなくていいからよ」
「ほんま、ありがたいですわ。山峰はんは神様やで」
「バカ言え。神様家の敷居が思いっきし下がるぜ」
「神様は冗談どす。雑談は後にして、うちから答えられるんはこんくらいなので、お次、久朗はんに譲りますわ」

●真壁 久朗(aa0032) セラフィナ(aa0032hero001)
 かつて依頼を共にしていた仲間達の話に耳を傾けていた真壁は、気づけば自分の世界に入り込んでいた。
「久朗はん~」
「クロさん、僕達が話す番ですよ」
 セラフィナが小さく真壁の肩を叩き、宴会の席に戻す。
「すまない。少し考え事をしていてな」
「クロさん、前のお祭りの時も考え事してませんでしたっけ?」
「覚えてないな。……それで、正義だったか」
 真壁の眼中に捉えられて映る山峰は頷いた。
「俺には信念と言えるような確固たる正義はない」
「お兄さんもか。へえ、それで」
「信じる道というのは……。困っている人がいるなら俺達がなんとかすればいいし、それ以外であったら仲間の為になりそうな事をすればいい。俺はまだ、自分を行動の基準に置く事はできない。それは何も考えていない空っぽな人間という事かもしれないが……」
 自粛という命令が脳から体に下されると誰もがそうするように、真壁も腰を低くした。空っぽな人間という言葉に、山峰は二度頷いてからこう言った。
「空っぽだからこそじゃねえか。お兄さん、あんた立派なもんだよ。自分に正直で、そこの銀髪の英雄の子と同じだな。大きすぎる風呂敷を掲げず、誇張せず」
 キリルはメニュー表を見て、デザートの少なさに小声で文句を言うのに忙しく褒め言葉に気づいていない。
「何様だって言われる事は分かってるが、これだけは言わせてくれや。あんたは俺なんかと違って、本当に立派なんだ」
「立派……か?」
 彼はセラフィナと目を合わせた。セラフィナもうんうんと頷いた。山峰のいう立派とセラフィナの頷く立派というのが同じ意味かと言われると、どうだろうか。歳の差による差異はあるだろうか。
「まあ、いいんだよ、戯れ言だと思って聞き流してくれ。俺はあんたの事を深く知らない、お互い様だからな」
 自分にはできない事をする者、例えば弥刀は社交性があるし、唐沢は女性で年下で学校に通う高校生なのに危険な場に向かって生存する力がある。真壁には彼らの方が立派のように思えた。
「まあ謙虚すぎるのも問題だがな。お兄さんはもうちょい、自分の事考えてもいい。つって、本当俺、何様のつもりしてんだかね。気に障ったなら謝るぜ」
「ややあ、久朗はんは寛大な心をお持ちどす。そんあ謝る事あらしまへんで」
 またこじんまりとした空気が作られようとしていたが、構築段階でストップした。天才的な社交力が故だろう。
「次答えるのは僕でしょうか?」
 セラフィナが言った。
「いや、坊主は今日は答えなくていい。あんたはまだ幼い。正義だとか信じる道だとか、難しい事聞くのは酷だろうからな。今は精一杯生きとけよ」
 そうですか、と、幼いセラフィナはジュースの注がれたコップに口をつけて、乾いた喉を潤した。

●鬼灯 佐千子(aa2526) リタ(aa2526hero001)
 誰かの鳴らしたお腹の音を切っ掛けに、料理の注文がされるようになった。子供用の品揃えはほとんど注文され、その他は鉄火丼や刺し身等、居酒屋によく並んでいるメニューも頼まれた。キリルのジュースを飲むスピードが早いので、弥刀は二個分のジュースを店主に注文した。
 メニューが来る間、山峰からの問いは続いた。
「あんたはどうだ?」
 彼の目は鬼灯に向けられている。
「正義なんて、そんなもん知ったこっちゃないわよ。お金よ、お金のため。別に稼げるならなんでもよかったんだけどね。ただ――」
 鬼灯は彼女の体を包んでいた上着の裾をゆっくりと上方に捲り、山峰に背中を見せた。その背中には、忌々しい過去が遺っていた。
「こんな身体してるとね。結構、周りの視線が応えんのよ。同情か、でなきゃ恐怖とかそういうのよね。だけどね、うちの相棒。こっちに召喚されたとき、何て言ったと思う?」
「さあ。なんつったんだ?」
「"それはそれとして、そろそろ消滅しそうだから誓約を交わしてくれ"――よ? なんかもう、馬鹿々々しくなってね。……で、エージェント。そ、なったわけ」
 苦笑を交えて、彼女は服と姿勢を元に戻した。
「ただね、これだけは言っておくわ。私は、私をこんな身体にしてくれたアンタらヴィランを認めない。二度とこんな真似できないように、たとえ殺されたって地獄の底から這いあがって来てでもぶちのめす。私が私にそう決めたの。それだけ」
「そうか、そうか。それでいい。素晴らしいじゃないか。あんたには感謝しないといけねぇな」
「感謝? どういう意味よ」
「……それより、あんた英雄は?」
「いつでもアンタを倒せるようにこん中で待っててもらってるけど」
 こん中、というのは幻想蝶を指している。
「そうか。まあ、そうだよなあ。その調子じゃ、外にも何人か見張りがいそうだな。しっかりしてんなあ、最近の若いのは。未成年だからって酒も飲んでねえしな」
「山峰はんも全然、手付けてないどすね」
 社交力は相手を見る力にも長けており、弥刀は山峰が一口もビールを飲んでない事に気づいていた。
「まだ早い、まだまだ」
「うちらが来る前からお酒、もう何度も飲んどるんやろ? なら、早いも遅いもあらしまへんよ」
 山峰は押し黙った。
 丁度良く料理が運ばれてくるもので、店主は機敏な動きで机の上に品を並べていった。さすが子供向け商品は完成が早い。また、大皿に仕舞われているため机の上も片付いていて綺麗だ。
「わあ、美味しそうですね! クロさん、じゃがバターですよ。食べますか?」
「ん、そうだな」
 真壁は山峰と目を合わせた。食べて大丈夫か、の意が含まれており、その視線を迎えた山峰は笑顔で頷いた。
「飲んで食いながら話そうぜ」
 店主が部屋を出て行く。緊張からか彼は個室の扉を閉め忘れたので、扉に近い唐沢がそっと扉を閉めた。
「おい、デザートは――」
「もうちょい我慢しとき」
 リンカー達の微笑ましい一面だ。山峰はどこに視線を定める事なく、ぼうっと見ていた。
「何見てんのよ」
 気づけば目線は、刺し身に醤油をつける鬼灯の所へ向かっていた。
「ああいやなんでもねぇ。美人だと思ってなあ」
「あん?」
「おっかねぇ奴!」

●伊東 真也(aa0595) エアリーズ(aa0595hero001)
「正義、信じる道かぁ……そういうの、わたしにはあまりないかな」
 モグモグと口を動かしながら伊東はそう言った。
「だって、気がついたら能力者だったし。エアリーズが助けてくれるまで、ずっとヴィランに捕まってたし。ヴィランへの復讐とか、そういう気持ちも特にないかなぁ」
「そうなのか。復讐心を抱いても良い気はするけどな」
 既に発言権を終えた何人かは、次々と運ばれてくる焼き鳥やポテトフライに手を付けながらも伊東に注目している。
「うーん、別にかな~。わたしが戦うのは生きるため。生活費を稼ぐ手段が、わたしにはそれしかなかったから、それだけ。それで、エージェントになって後悔? それもないよ。さっき言ったように、わたしにはエージェントになる道しかなかったけどさ、それでもわたしはその道を自分で"選んだ"んだから。だから後悔はない」
「物を口に入れながら話さなかったなら、非常に良い言葉だったがな」
 エアリーズは食べ物を飲み込んでから、反論する隙を与えない毅然とした態度で叱った。
「え~。今日くらいだめかな?」
「新年だからといって甘えるな。更にいうと、こういう場だからこそしっかりとすることだ」
「手厳しい英雄だなぁ。ところであんた、あんたの話も聞かせてもらえねぇか」
 ペットへの抜かりのない調教を終え、山峰に向き直る。
「私に言わせれば、正義など主観的な価値観に過ぎん。例えば、愚神は人々を襲い彼らの命を脅かすが、その愚神をエージェントが討伐することは、本当に正義なのか? 人の命を奪うこと"悪"と断じる彼らが、一方で愚神の命を刈り取ることを"悪"としないのは、どうしてなのか?」
 誰もが口を噤み、言葉の意味を考えた。だが、エアリースは誰か一人でも言葉の意味の理解に辿り着く前に、メガネを指先で押し上げて言葉を続けた。
「……と、戯れ言はここまでにしよう。今の話は冗談だ。愚神と人間の存在を同列に扱うことなどできないからな」
「驚いたぜ。愚神の肩を持つのかと思ったじゃねえか」
「私が言いたいのは、そのような形の正義もある、ということだ。そして私が戦う理由は……そうだな、教え子への教育の一環、というところか」
 そしてエアリーズは目を鋭くした。
「貴様はどうだ?」
「俺か」
 腕を組んで悩み、顎をかいて考え、目を掻いて山峰はようやく口を開く。
「俺の事はもうちょい待ってくれや。後になったら絶対に話すと約束するぜ。まだそこの、金髪の綺麗なお嬢さんらからは聞いてねえもんでな」
 指名が下された金髪のお嬢さんらは箸を小皿の上に揃えて置くと、毅然とした振る舞いで山峰と対峙してみせた。
しかし、Evgenia(aa1183)とValahia(aa1183hero001)は答える事は何もないという返答を返しただけで、それ以上の反応を返す事はなかった。


●山峰 小愚弄
 彼の話す手番となった所で、一度休憩として雑談を交える事になった。
「そないえばエヴゲーニャはんは昨年、一緒に映画撮影協力の依頼でご一緒させてもらった事覚えてまっしゃろか~?」
「覚えてますわ。皆さん、迫真の演技でしたわね」
「うちはちょい役だったわけどすが、良い味を出せた思うとりますわー」
「私も最後の最後に重役をいただきましたわね。まあ、興味深い依頼でしたわね」
 別の所では。
「伊東さんとはこうやって仕事するの、初めてですよね」
「そうだったね。仕事っていうのもなんか違う気がするけどね~」
「ヴィランの方とお食事だなんて、聞いた事ない任務ですよね。でも、料理が美味しくてジュースも美味しいので、楽しいですよ!」
「あまり食べ過ぎるなよ。帰るのが大変になるぞ」
「クロさんはたくさん食べてください。ほら、ポテトフライですよ。あーん」
「お、おいおい。セラフィナお前な」
「じゃあ私からもダブルで、あーん」
 また別の所では。
「鬼灯さんの体、ほとんど機械でできているんですよね?」
「それがどうしたのよ」
「私、ロボットとか大好きなんですよ~。よく見てもいいですか?」
「だめよ。私、人に見せるのは嫌いなの。――あっと、さっきのは仕方なくやっただけよ」
 ロボットが大好き、という言葉の断片が聞こえて、それに引っ張られるように会話に入ってきたのは弥刀だ。
「唐沢はん、ロボット好きなんどすか?」
「はい! 学校ではロボット研究部の部長なんですよ」
「ほぉ~。うち、機械系に関しての腕前は誰にも負けへんのどすわ。唐沢はんとは気が合いそうどすなぁ」
 和気藹々とした任務。まあ、せっかく年も明けた事なんだから、ドンパチやるよりも、こうやって楽しみたい。戦って戦って、それだけじゃ人間は育たない。
「俺にはな」
 山峰が口を開いて、一同は黙った。

 ――俺には親友がいたんだ。いや、誤魔化せないな。周りには親友って言ってきたが、そいつは俺の、恋人だった。なぁに、最高の、ただの片思いだよ。だから結婚まで行く事はなかった。
 ただ、飯事をしているだけでよかったんだ。そいつはエージェントになったせいで親から追い出されて、行き場を失って、俺の家に来る事になった。こういっちゃ恥ずかしいが、夫婦生活をしてるようなもんだったよ。
 いつか本物の夫婦になるのが夢だった。それはもしかしたら、あいつもそうだったかもしれねえ。
 ある任務で、愚神討伐の任務だったんだが、最悪な結末を迎えたよ。そいつは俺を守るために力が抑えきれなくなって、そいつの英雄が半愚神化して、行方不明になった。今、簡単に言ったつもりだが……。
 ああ、ちょっとまってくれ。(彼はおしぼりで目元を拭いた)いや、汗が目に入りそうでな。
 英雄に魂を食べられて、そいつは愚神になってたよ。H.O.P.Eは愚神を放っておく訳がない。その愚神を討伐する依頼が来て、俺は出向いた。俺は出向いてそして、愚神となって征服を企む、姿形の変わったあいつに出くわした。
 俺は大馬鹿だったよ。そこであいつを倒してやればよかったのに、俺の偽善がH.O.P.Eを裏切り、あいつを苦しめる事になった。
 いや、正直に言おう。俺は、俺の手でこいつを殺すために仲間を裏切ったんだ。仲間に、こいつを倒して欲しくなかった。
 今の今まで、こいつを殺すために何度も生きてきた。だがなお前ら、いいか、恋人を殺すなんて……。よく考えたら俺はできなかったんだ。

「俺はこいつを殺すために生きてきた。でも自分じゃ殺す事ができなかった」
 山峰は青い髪の少年の肩を叩いた。
「その子はもしかして……」
「ああ、愚神だ。俺の恋人を殺した、愚神だ」
 山峰はビールを飲んだ。飲んで、飲み干すまで飲んだ。
「こいつを殺してくれ。あんたらエージェントを呼んだ理由が、これだ。俺は情けねえ男だと思う。だから――」
 彼はぐらんと揺れた意識を保つため、頭を叩いた。
「俺を捕まえて、こいつを殺してくれ……」
「ちょっと待ってください。山峰さんの恋人は、もしかしたら両思いだったかもしれないじゃないですか。その人は、山峰さんからの……送迎を望まれてるかもしれないじゃないですか」
 グロリアビールを一気に飲み干した山峰の意識は、最早誰の言葉も受け付けなかった。倒れた彼は最後の力を振り絞って、折り紙のような小さな紙を、少年の服の中に入れた。
 ――地獄にもってけ。少しは罪が軽くなる。

●外組
 宇津木とと金獅それから獅子ヶ谷と五々六はヴィラン捕獲の通知を受け取り、肩の力を抜いた。
「肩透かしもいいとこだな」
 五々六は共鳴を解いて、砲を降ろした。
 帰り支度を始めた五々六だったが、不意にコートの裾が引っ張られて後ろを向いた。獅子ケ谷だ。
「……私、今日、誕生日」
「だからなんだよ」
 獅子ケ谷は不機嫌を顔に表した。彼女の誕生日は両親を殺された日、そして五々六と出会った日なのだ。むすっとする獅子ケ谷の気持ちは、真なる物だ。
「ケーキ……買ってくれないと、誓約破棄するかも。ね、トラ」
「お前な……」
 

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • エージェント
    伊東 真也aa0595
    機械|20才|女性|生命
  • エージェント
    エアリーズaa0595hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • エージェント
    Evgeniaaa1183
    人間|20才|女性|生命
  • エージェント
    Valahiaaa1183hero001
    英雄|22才|女性|バト
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
前に戻る
ページトップへ戻る