本部

魚市場の悪魔

フウ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/09/30 01:56

掲示板

オープニング

●お魚くわえた…
 「まただ! ジヤヴォールが出たぞー!」
 広い市場に声が響く。早朝の澄んだ空気が怒りの熱を帯び始め、市場の職員たちは一匹の猫を追いかける。
 市場のはずれに用意されている野良猫用の餌には目もくれず、その日とれた一番の大物を銜え走り去る灰色の猫。緑色の目は大きな魚を一度とらえた視線から外すことはなかった。
 とあるロシアの港の市場をターゲットにし始めて暫くになるのだが、最近になり段々と手口が大胆になってきた。
 最近では高級レストランへ卸すための高価な魚ばかりを狙うようになり、市場もレストランも一匹の猫に大打撃を受けている。
 いつしか、その雑種の猫は悪魔と――、『ジヤヴォール』と呼ばれるようになった。別称として天使とも呼ばれる猫種の雑種の彼には、随分と皮肉な名前だろう。
 ほかの野良猫たちは缶詰やキャットフード、雑魚で十分に満足しているようで、決して商品に手を出すようなことはないのだが、ジヤヴォールと呼ばれる猫は別で、見事に市場から魚を奪っていくのだった。
 そんなジヤヴォールにはちょっとした癖がある。表にでて屋根に上ると、必ず左肩越しに振り返り、地上の人間たちを嘲笑うのだ。
 生まれ持った口元の笑みは雑種でありながらもロシアンブルーの特徴が色濃く出ており、実に上手く人々を煽る。
 とある町の朝はこのように、無口な猫と、それに怒り狂う市場の人間たちの叫び声から始まるのだった。今日も悪魔は笑顔を湛えて人間達を翻弄していく。

●雨音は遠く
 そんな悪魔にも苦手なものがある。雨の降る日だけは姿を見せず、市場の人間達にとっては気の休まる貴重な日だった。
 いつもなら、雨など吹き飛ばしてしまうほどの活気にあふれる――、はずだった。
 雨音をはじいたのは、客や市場の職員の悲鳴。そして、猫の怒声。
 普段なら無口なあのジヤヴォールが、声を上げて人間に噛みついた。大物の魚にしか興味を持たない緑色の目には、人間達の恐怖が映りこんでいる。
 灰色の毛皮は逆立ち、額には角のようなものが生えており、尋常ではない様子なのは一目でわかった。普段売り場に来ないほかの野良猫たちも、餌を蹴散らし人間達に襲い掛かってきた。
 この突然の事態に市場は大混乱となり、猫たちを捕獲するまで閉鎖することとなったが、このままではさらに被害は拡大するだろう。
 
●市場のために
 市場を荒らした猫達の様子からして、『従魔が取り憑いている可能性がある』とHOPEへ連絡が入ったのは、その日の正午だった。
 暴走する猫たちを撮影していた一般人から提供されたホログラムに映っている映像には角の生えた猫や、それについていく沢山の猫たちが映っている。
 撮影に気付いたジヤヴォールが飛びかかろうとするが、この撮影者は間一髪逃げることに成功し、怪我もないという。
 携帯電話に記録された映像のジヤヴォールの口元は、狂気を含んだ笑みで縁取られており、映像の最後の彼は右肩越しに振り返り、大きな声をあげて笑っていた。
 通報してきた市場の職員やレストランのシェフたちはこの様子に愕然としていた。
「確かにあいつは俺たちの仕事の邪魔をするが、こんな風に人間を傷つけるやつじゃねえんだ! あんたたちならどうにかできるんだろう!? 頼む、猫達を助けてくれ!」
 いつもは猫に対して憎しみを向けるその声が、その猫を心配する声に変わっていた。貴方たちはその声を背に、猫達の救助に向かう準備を開始した。

解説

●目標=猫達に取り憑いた従魔を討伐し、猫たちを正気の状態にすること。
●現場=ロシア/アルハンゲリスク。市場から海まではそう離れてはいません。
●登場=
ジヤヴォール/ロシアンブルー系の雑種。
現在はデクリオ級の従魔に憑依されているようで、額に角が目立ちます。体の大きさはそのままで素早いです。周りに対し見境なく攻撃してきます。
その攻撃力は普通の猫とは比べ物にならず、鋭い牙や爪、発達した角で止めを刺そうと接近してきます。距離をとると振り返り声を上げて煽ってくるようですが、雨を嫌います。
そのほかの野良猫達/6匹います。ジヤヴォールを含めて7匹。
ジヤヴォール同様にミーレス級の従魔に憑依されているが、彼ほどの攻撃力や耐久力は持ち合わせておらず、また、彼の指示に従順です。6匹でまとまって襲って来たり、ジヤヴォールをかばうようなこともあります。
●状況=怪我人はすでに病院へ搬送されており、避難指示も出されていますが、相手が猫ということもあり、油断している方も多いようです。
捜索中にそういう人に出会ったら、避難を勧めたり、また襲われていたら助けてあげてください。
猫たちについては「海の方へ向かった」、「7匹でまとまって行動している」ことが確認されており、普段興味を抱いていた餌や魚には見向きもせず、視界に入った人間を襲ってきます。

リプレイ

●曇り空の下
 今にも雨が降り出しそうな街に避難警報がこだましていく。
「現在、市場付近に緊急避難警報が発令されております。速やかに屋内へ避難してください。また、戸締りを厳重にして外出を控えてください、繰り返します……」
 各々の手には地図が握られている。この地図のおかげで、大分猫たちの位置や、交戦場所の絞れてきた。しかし猫たちがどこにいるのかがわからない限り意味はないのでひとまず聞き込みをしようということになった。二時間ほど皆で情報収集や捜索をし、地図につけた印の場所で合流、情報の共有をする手筈だ。
 レイミア(aa0156hero001)の交渉術のおかげでかなりスムーズに任務の準備や避難誘導が進んでいる。加えて、穂村 御園(aa1362)の提案で、全員分の救護キットまで支給された。
「じゃあ、レイミア、さっき話した通り俺達はこれから別行動だ。またあとでな」
「はい、気を付けてくださいね、新様」
「おう!」
 古代・新(aa0156)は自分の相棒と初めから分かれて行動することを決めていた。聞き込みだけなら二手に分かれるほうが効率がいいし、有力な情報があれば自分でそれを確かめにいける。
 レイミアは一人街の中、地図を頼りに地道に聞き込みを開始する。時折カフェやレストランの誘惑に負けそうになりながら、何とか情報を集めた。しかし、今日はすでに閉店の準備をしている店が多く、残念な気持ちになった。
「さて……、行くよ、相棒」 
 早々に共鳴状態になり、人の少ない街をかけていくのは天剣・霞音(aa0672)とクラーケリス・アクスシード(aa0672hero001)。人々に声をかけながらも、神経を集中し、猫の気配を探っている。かすかな物音を耳にとらえ、その音を追う。
(もしかして―――)
 不安がよぎる。全く想定していなかったわけではないがこんな街中で戦闘になるのでは――、そんな思考が頭を巡る。意を決して音のほうへ走り寄った途端、その思考は杞憂だとわかった。音の正体は青い目の子猫達のおぼつかない足取りで、母猫の後について行くその姿はあっという間に路地裏に消えていく。ほっとしたのも束の間、やはり不安はぬぐえない。
「やっぱり……こういうところでもし戦いになったら、厄介だよね……」
「そうね。でも、海のほうに向かったというなら、いつまでもこんなところにはいないはず。もっと海のほうまで行ってみましょう」
「うん……」
 事件が起きてから約12時間が経過した現在、放送の依頼が功を奏したのか、時間帯も相まってこの付近の人の気配は減っていた。
「タイタニア、どうしよう?」
「まず、先輩の話をよく聞く事だな」
 都呂々 俊介(aa1364)とタイタニア(aa1364hero001)がお互いの地図に視線を落としながら話している。
「都呂々さん、大丈夫?」
 郷矢 鈴(aa0162)が声をかけると俊介が、はっとした様子で振り返ると、そこには先ほど分かれた鈴がいた。彼女は自分の相棒と二手に分かれて再びこちらの方へ捜索に来たのだ。
「あ、郷矢さん!あの……思っていたより人が少なくて、これからどうしようかなあと」
「そうですね。私はこれから、この付近以外の人たちに避難の呼びかけと聞き込みをする予定ですよ」
「この付近以外?」
「はい、これから学生さんや会社勤めの方が帰ってくる頃ですから。まだこのあたりの避難警報のことを知らない人もいるでしょうし」
「なるほど……!あの、俊介もついて行ってもいいでしょうか?」
「ええ。じゃあ一緒に行きましょうか」
「よかったな、俊介」
 三人はひとまず、人通りがこれから増えそうな所を地図から予想するべく話し合うことにした。
 そんなことは露知らず、炎樹(aa0759)と氷樹(aa0759hero001)は改めて今までの情報を整理するべくお互いの意見を語りあう。
「しかし迷惑をかけてるわりには、その猫って市場で人気があるのね」
「猫様が可愛いのは世界標準なんだよ。炎ちゃんも犬派を止めて猫派に鞍替えするべきだと思うな」
「私は犬派なのよ」
「任務が終わったら触らせてもらえると思う?」
「私に言われても……。一応市場の人たちに水槽やホースの使用許可はもらえたけど、問題は猫たちが本当にそのあたりにいるかどうかよね」
「商売道具だし、できるならもっと穏便に済ませたいよね……」
「そうねえ……、一番は直接捕まえることかなあ。私達ならちょっとくらい狙われても平気だし」
「うん。猫、触りたいな」
 視線が、道をゆく野良猫に向く氷樹を宥めながら、集合場所とはまた別にいくつか道があることが地図でわかったので二人で次は海のほうへ行こうと決めた。
 御園とST-00342(aa1362hero001)は、人々に声をかけつつも、万が一の時役に立つであろう、市から受け取った消火栓の位置情報の確認をかねて、皆とは逆に、先に合流地点近辺の情報を探るために二人で街を離れここへやってきた。
「ここと、あそこね……うん。情報通り!他も確認に行くよ!」
「御園、そろそろの街への確認に行くのはどうだろう?」
「そうね。一応公園のほうも少しだけ見てきたけど、敵もいないようだし、情報に間違いもなかったし、そろそろ行こうか。それにしても古い消火栓だったわね」 
「この街には潮風が吹いているから、どうしてもああいうものが錆びつきやすいのかもしれないな」
「まあ……万が一の時は好都合だけどね」
 鈴と別行動をしているウーラ・ブンブン・ダンダカン(aa0162hero001)は一足早く情報を集めに市場を離れさらに街のほうまで出ていた。
「あの、すいません! 角を生やした猫の集団を見かけなかったですか?」
 放送を聞き早々に店仕舞いを開始した雑貨屋の店主は大きな体のダンダカンに若干驚いたようだった。しかし眼鏡越しの瞳が驚いたのは一瞬で、すぐに問いかけに答える。
「ああ、朝の事件かい?ニュースで見たよ。でも猫は見てないなあ」
「そうですか……」
「あ、でもね。あの猫たちは市場の有名な猫だけど、海のほうには大きな公園があってあそこにはほかの野良猫も沢山いるんだ。元々あの猫たちもあそこから市場まで餌を集りに来ているんだよ。四六時中市場にいるってわけじゃないから、もしかしたら……」
「へえ! そうなんですか! ありがとうございます! あっ……戸締り気を付けてください!」
「ああ、ありがとう。君も気を付けてね」
 精一杯の丁寧を心がけてダンダカンは礼を言い、再び街へ駆けていく。すると、その様子を見ていた新が声をかけてきた。
「よう、お疲れ様! 何かわかったか?こっちはさっぱりだ」
「今聞いた話なんだが、どうもこの公園にいるかもしれないって話を聞いてな」
「ここか。あれ、ここは……」
「ああ。合流地点のすぐそばなんだ。元々広い所で戦おうとは話していたが、本当なら都合がいいよな」 
 地図を互いに開いて確認すると、新が唐突に声を上げる。
「よし、じゃあ、俺は一足先に様子を見てこようかな。もしそれで敵を見つけたら出来る限り引き付けるから、皆で挟み撃ちにしてくれないか」
「一人で大丈夫か? せめて相棒と一緒に行ったらどうだ?」
「レイミアには分かれる前からこういう風に話はしておいたんだ。だから大丈夫。もし見つからなかったら、俺も合流地点で皆を待つよ」
「わかった」
 そういってダンダカンは新を見送った。

●水と猫と武器の舞
 新以外の全員が集合し、情報を照らし合わせていく。雨雲の湿気が、余計に夜を重く感じさせ、潮風の香りも濃さを増したように思える。
「どうも、猫たちはこの先にある公園のほうに向かったらしい。ほかの意見もあわせるとますますここが怪しいな。あと、新が先にここへ様子を見に行ってる。ここにいないってことは、もしかしたら戦っているのかもしれない。俊介、一応回復の準備を頼む」
「わかりました!」
「新さんがどのあたりまで引きつけてくれるかはわからないけど、私達は今まで消火栓の位置を確認してたんだ。公園にもいくつか確認してるから、必要な時はそれを壊して隙を作るからね」
 新の作戦がうまくいっているかもわからないため、打ち合わせもそこそこに共鳴状態になり、公園へ向かう。
 園内はいくつもの街灯に照らされており、想定していたよりもずっと明るかった。月も星もない暗闇は猫の思うつぼだが、少なくともこの場でならそういうことにはならないだろうと安堵した。
 その安堵した心を揺るがすように、遠く離れた街灯の下でいくつもの影が蠢いているのをレイミアが見つけた。相棒の姿を遠目とはいえ見逃すはずはなかった。どうやら複数の猫に囲まれているようだ。
「あれは……!」
「新さん!? エスティ、いくよ!」
 スキルを発動し瞬時に狙いを定める。狙いは既に決まっていた。お世辞にもあまり整備がされたとは言えないあの消火栓だ。
 闇と潮風をグレートボウが貫いて、矢が突き刺さった古びたそれは、あっという間に水柱を上げ、すぐそばの街灯をも粉砕した。明りが空間から欠けると同時に甲高い音と閃光と水蒸気が、あふれる水音を全員の意識から遠ざけてしまったが、その止まった時間を繋ぐように新の声と姿が飛び込んでくる。
 流石に多勢に無勢だとそれなりの手傷を負ってしまったようだ。用意していた俊介がスキルで彼の傷を癒していくと、新はほっとした様子を浮かべ、また気合いを入れるように声を上げた。
「俊介、ありがとう! レイミア! いくぞ!」
「はい……!」
 新の掛け声に合わせて、レイミアが右手の甲に口づけすると鎧が右腕を覆ってゆく。次いで、新は改めてシルフィードを握り直し軽く振る。いつも通りの調子と、ここまで敵を引き付けることに成功したことを確信する。
「俺の名前は古代・新!世界を旅する高校生冒険家見習い!俺の旅の邪魔をするなこの野郎!お前に許されてる旅路はたった一つ!とっととその猫から離れて自分の世界に帰りやがれ!」
 水蒸気が晴れると、そこにはずぶぬれの猫が五匹。普段なら水を嫌うと聞いていたが、従魔が憑いているせいか、勢いは削いだがそれ以上のことはなかった。だが、それだけで十分にこちらの準備は整った。消火栓からの水が滝のように降り注ぐ中、ついに戦いが始まる。
 雉虎の猫が真っ先にとびかかってきたのは新達だった。
「新様、後ろからも来ます!」
 レイミアとて交渉ばかりではない。自らの経験に基づいて新をサポートすることができる。雉虎の攻撃を刃で受け流したその流れを無駄にすることなく、柄で茶虎の頬に一撃を入れてやると茶虎の体から黒い影のようなものが離れていくのが見えた。あれが従魔だ――、反射的に受け流した刃がさらにその影を両断する。
「またの御来界はお断り申し上げます! ってな!」
「むー、的が小さい分狙いにくいけど、やってみるさ……! 頭さえ潰してしまえば連携は取れないでしょ……!」
 十分に悪魔を狙える距離だと確信していた。しかし、スコープ越しには悪魔のあからさまな笑顔が自分達に向けられている。その笑顔の意味を読む前に、その指が引き金を引き切る寸前――、初めて見る六匹目の黒猫が霞音達の死角から体当たりをかましてきた。あまりにも軽い体重がこんなところで裏目に出るとは思わなかった。吹っ飛んだ衝撃で、手から重たいスナイパーライフルが離れていき迷ったが、思考を切り替えて自分の脇腹の傷を癒そうとする。
「むぅー……クラーケリス、大丈夫?」
「霞音さんこそ……!」
「まずい。御園……!」
 ST-00342の意思は反射的に弓を握った事実に現れた。仲間の危機を救うべく、相棒とともに、弓を握る。
 おそらく機会をうかがっていたのだろう。明らかにほかの猫よりも体力がありそうだし、すぐに向かってきた。鞭を抜く暇もない。まずい。たった数秒でそんな考えが溢れ、傷を癒す手が止まりかける。琥珀色の目が自分の目と合ったその時、黒猫は固まった。よく見ると肩に矢が刺さっており、黒い体から黒い影がじわじわと抜けていく。その影は、あの消火栓をぶち抜いた時とは比べ物にならない威力とスピードで容赦なく射抜かれた。霞音達の前方へ矢が飛んで行ったのを見ると、きっと二人に助けられたのだと思った。
「大丈夫?」
「大丈夫。さっきはありがとう。おかげで大きな怪我をしなくてすんだよ。それと、鈴も……」 
 御園達が救護キットで霞音達を手当てをしようとしたその時、それぞれの目は、自分の視界を稲妻のように横切って行く矢を映った。そのすぐ後に、猫のうめき声を聞き、再び鈴に助けられたことを知る。七匹目の白い猫に既に傷はなかった。どうやらフェイルノートの一撃が猫の体を掠めるとともに従魔を射抜いたのだろう。
「パニックになってるわりに、よくできたじゃないか、鈴!」
「ははは……はい! だだ、大丈夫?天剣さ……ん、穂村っさん……っ!」 
 彼女本人に対して一番『大丈夫か』と言いたくなった気持ちを抑えながら二人は頷いた。まさか二匹も単独行動をするとは想定しておらず、黒猫に対し加減が出来たのは奇跡と言っても過言ではなかった。
 戦士の勘――、もとい、ダンダカンの助言がなければ猫も三人も危うかったことだろう。この状況下で五匹だけというのは不自然だ。あとの二匹は、必ずどこかのタイミングで邪魔をしてくるだろうという読みは的中した。
 そんなやり取りを尻目に、タイタニアも自分の相棒へ助言を開始する。なにせ戦いが始まってから翻弄されてばかりだ。これは炎樹達も同様で、大きくて扱いにくい武器が仇になった。逆に言えば、当たりさえすればいいともいえる。
 その一瞬を求めてこうして鯖虎と錆猫と攻防を繰り広げるうちに、彼女はふと思いついた。
「俊介、余に良い考えがあるぞ。そこの水に、トリアイナをつけてみるんだ」
「え? こう?」
 トリアイナの刃には、ライヴスを水に変化させたものを纏っている。それを先ほどの漏電した水につけることで、さらに力を増幅させたのだ。
「今夜この戦いの間だけでも、もてばいい」
 水の刃に煌々と電流が走る様を見ても、猫達は怯みもせずに飛びかかってくる。相手が素早すぎて重たい刃のパルチザンで追うのは苦労するが、戦わなければ助けることもできない……と考えた次の瞬間、雉虎が真正面から突っ込んできた。俊介達も炎樹達も完全に不意を突かれた。
「くっ、こういうマイペースなところがあるから、私は猫がっ……!」
 氷樹が「そこがいいんだよ」という間もないほどの時間。しかし、決して自棄を起こしたわけではない。その瞬間まで、炎樹の目は雉虎の四肢の動きを追うことをやめなかった。だからこそ、待ち望んだその一瞬を逃さなかった。ひとまず、錆猫か雉虎、どちらでもいいから、自分の傍から突き放したかったのだ。重たい刃が届く距離まで。
 雉虎の四肢がすべて地面から離れた瞬間を、パルチザンの柄は猛追し、その鮮烈な一撃は雉虎の体を空中に救い上げた。当たり所が悪ければ従魔どころか雉虎を傷つけてしまいかねない、けれどもそうさせないための『当たり所』をしっかりと判断を出来る冷静さを保っていた。
 宙を舞う猫、この好機を逃すまいと銃声が追い縋った――。急所をきれいに避けて貫通した弾丸が、そのまま従魔を雉虎から引きずり出していく。弾丸が貫くのは猫ではないのだと、その光景に改めて思った。やがて、影が体から抜けきると、弾丸は影を砕いて曇り空に飲まれていった。
「やられっぱなしってわけにも、いかないからね」
 霞音達の呟きと硝煙を潮風が攫って行く最中でも、鯖虎と錆猫と、俊介達と炎樹達の攻防は続いている。炎樹達は雉虎を救い上げたことで、若干バランスを崩しかけていた。 
 お互いに近い得物を握り、それぞれの獲物を追っていた。しかしそれがどうにも捕まらず、とうとう互いの背がぶつかりそうになったところを鯖虎と錆猫が狙って来るのがわかった。咄嗟に、自分の背後の仲間を避けようと二人の槍はそれまでと違う軌跡を貫く。そうして一瞬だけ生まれた不規則性が、それまでと違う獲物を得た理由の一つだ。また猫は、急にまぶしい光を見ると竦んでしまうことがある。きっと、ライヴスを介した電流は、従魔でもある現在の彼らにとって障るものだったのだろう。
 俊介達のトリアイナは炎樹達が追った錆猫を、炎樹達のパルチザンは俊介達が追った鯖虎をとらえた。その様子は刃先の一つが後ろ首を貫いており、やはりそこから従魔の影が這う這うの体で逃げ出そうとする。当然逃がすようなことはしない。今度こそ二人はもう一度槍を交差させて、自分の獲物を切り払った。
 これで、残りは灰色の悪魔だけとなる。
「観念しろ!」
 武器と角が織りなす最後の戦いは時間が経つほど熾烈さを増していくが、ジヤヴォールは完全に多勢に無勢の形となっても全く怯まずに、怒声を上げて角を振り翳し、牙を剥き、その爪で近づくものを容易に引き裂いていく。先ほどまでの状態とは明らかに違った。恐らく従魔化が進んでいるのだろう。炎樹達が割って入ることで全員の動きを乱さないように努めているが、一向に衰えない勢いとの持久戦になりそうだ。
「炎樹さん、氷樹さん! 無理しないで!」
「ありがとう! でもこれくらいなんともないわ!」
「大丈夫……!」
 援護しようとした御園の渾身の矢は彼の角の前に砕け散ったが、よく見ると砕けたのは矢だけはなく、彼の角にも少しずつひびが入り出しているのを炎樹が確認し叫ぶ。
「皆!あと少しでこの角は折れるわ! そうしたらきっと、この猫は元に戻るはず!」
「成程、ダンダカン! 帰ったらこのこと、資料にまとめましょう! きっとこれから役に立つわ!」
「わかった。じゃあ、最後にもう一丁派手なのをくれてやろうぜ!」
 希望を見出し落ち着きを取り戻した鈴が、笑みを浮かべ、それに応えるように御園が提案する。
「的は小さいです。私の武器じゃきかないけれど、足止めを試みます。皆さんはその隙に角へ集中攻撃をして下さい!」
 暴れられる範囲を少しづつ狭めていく的確な弓裁きの前にジヤヴォールは追い詰められていく。最後に放たれた矢はコンクリートを穿ち、彼の体の自由を奪う矢の柵が完成した。絶妙な位置に放たれた矢は、猫の体を以てしても簡単には抜け出せない。
 狙うは角。刀が、弓が、槍が銃が、硬い角のひびを徐々に大きくしていく。砕けた角の根元から煙のような影が噴出すると、一同はそれに総攻撃をかける。
 「これで最後だ!」
 従魔を攻撃するたびに、街灯が壊れた時よりも遥かに大きな音と眩い光が炸裂した。何度かそれが続いたのち、静寂と朝が訪れる。
 改めて猫達の安否の確認に入ると目の前でジヤヴォールが倒れていることもわかった。すでに彼の額には角も怪我もなかった。彼は普通の猫になったのだ。勿論、ほかの猫も。どの猫もすやすやと寝息をたてているだけだった。
「わああ、皆さんごめんなさい、俊介はまだこういう任務に慣れていなくて! その、加減とか……」
「申し訳ない。恐らくほかの方の協力がなければこの任務は成功しなかったと思うのだ。私からも礼を言わせてほしい」
「それは……誰もが同じではないでしょうか。一人で全ての任務をこなせる人はいませんよ」
「ボクも、そう思う」
 霞音とクラーケリスが俊介とタイタニアをフォローしながら、一同はひとまず街へ向かって歩き出す。猫達はじゃんけんで抱く順を決めて街まで帰ることになった。
 エスティが黒猫を抱いてぽつりとつぶやく。
「ST00342は、この猫達を助けることができて、とてもよかったと思う」
「よかったわね。じゃ、街に帰りましょう!」

●そして、朝が来る
 無事に猫たちを保護して街へ戻ると依頼してきた魚市場の職員たちが出迎えてくれた。
「ありがとう! 猫達も貴方達も、本当に無事でよかった!」
 帰り道の腕の中で猫たちはすっかり目を覚まし市場の人たちへ駆けていく。ジヤヴォールはなんとなくそういった雰囲気に馴染めないようだった。
「おいどうした、ジヤヴォール。お前たちのためにレストランの人たちがとっておきのものを用意して待ってくれたんだぞ」
「さぁお食べ、丸一日何も食べてないんだろう」
 7つの皿には高級魚の刺身が山盛りで、人間にも大変魅力的に見える。ジヤヴォールはそれが最高級魚だとわかると、並んで一緒に食べだした。おいしそうに食べる猫たちを暫く見守ったあと、それぞれ解散した。
 市場の傍をぶらついているところを見ると、新とレイミアはまだ帰るつもりがないらしい。
「なあ、レイミア。向こうに帰る前にどこかで海鮮料理でも食べていかないか?」
「えっ!? いいんでしょうか、そんな……」
「勿論! 今回もお疲れってことで二人で打ち上げしようぜ」
「嬉しいです……!」
 そんな彼らと再会した鈴とダンダカンは「今回はありがとう」と二人に改めて挨拶をすると早々に帰って行ってしまった。
「さぁ、今回のことを早くまとめましょう!」
「おう!」
 その様子を見ていた御園とST00342だが、ST00342に付き合っていまだに街をぶらぶらしている。
「ねえ、私達も任務終わったんだし、そろそろ帰らない?」
「すまない、ST00342は、もう少しこの街の人々の様子を見ていきたいのだ」
「もう、早く帰りたいのに……、あと少しだけよ!」
「ああ」
 勢いの違う声を、霞音とクラーケリスは路地裏で聞いた。
「元気な人たちですね」
「そうだね……あっ……」
 声を潜めて、薄暗い路地裏に目を凝らし、耳をそばだてる。
 薄暗い中でも、わずかな光を反射して子猫達の目が煌いているのが見えた。母猫も子猫たちも無事のようだった。
「……帰ろうか、クラーケリス」
「はい、霞音さん」
 子猫たちは母猫の後をついて日向ぼっこに出かけるようだ。氷樹の目が煌きを帯び、すっかり虜になっている。
「炎ちゃん、子猫! 沢山……! 追いかけよ!」
「あ、ちょっと! 氷樹!待ちなさい!」
 人々が活気を取り戻した街をゆっくり今日は眺めようと、俊介とタイタニアは決めた。
「色々あったけど、少しは役に立てたみたいでよかった。また頑張ろうね」
「ああ。少しずつ、任務になれていこうぞ」
 彼らの日々は、続いていく―――。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 再生者を滅する者
    古代・新aa0156
    人間|18才|男性|攻撃
  • エージェント
    レイミアaa0156hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • エージェント
    郷矢 鈴aa0162
    人間|23才|女性|命中
  • エージェント
    ウーラ・ブンブン・ダンダカンaa0162hero001
    英雄|38才|男性|ジャ
  • 希望の守り人
    天剣・霞音aa0672
    機械|11才|?|防御
  • エージェント
    クラーケリス・アクスシードaa0672hero001
    英雄|20才|?|バト
  • エージェント
    炎樹aa0759
    機械|16才|女性|防御
  • エージェント
    氷樹aa0759hero001
    英雄|16才|女性|バト
  • 真実を見抜く者
    穂村 御園aa1362
    機械|23才|女性|命中
  • スナイパー
    ST-00342aa1362hero001
    英雄|18才|?|ジャ
  • 真仮のリンカー
    都呂々 俊介aa1364
    人間|16才|男性|攻撃
  • 蜘蛛ハンター
    タイタニアaa1364hero001
    英雄|25才|女性|バト
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