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最終発言2016/01/11 16:11:16 -
【相談卓】豪州の某ライブハウス
最終発言2016/01/13 23:12:48
オープニング
●1
「よくあるオルタナバンド。まあボチボチと思うですが、ダーちゃんどう思う?」
「オリジナリティの欠如は否定できないけど、パフォーマンス込みでこういうのをハコで大音量でやるとウケるよ、アーちゃん」
ダニエル・ロメロ[‐]が伝手をたどって呼んできたバンドのテープを聞いた英雄、アーニャとダーチャ[‐]の評価だ。
なお、アーニャが本体で、ダーチャは人形である。白黒の格子柄のケープをすっぽりと被っている見た目は暑そうだ。
「パフォーマンスって、これ?」
石村貴子[いしむら・たかこ]がこれ、と言ったのはバンドプロフィールに載っていた写真だ。
8頭身のコアラが5頭、被りもので顔を隠している。
1頭は眉が濃く、1頭はコアラの耳にリボン、1頭は鼻が赤い、1頭は周りから頭ひとつ大きい、1頭はメガネだ。
マユゲ、リボン、アカハナ、ノッポ、メガネ。一応見分けがつくのが笑いどころなのかどうか判断に困る。
「なんだかなあ」
思わずため息をついた。聞き咎めた貴子の英雄、アーニャとダーチャが食ってかかる。
「まずは目立つことですよ!」
「音楽性やら何やらの、面倒な割に売り上げにつながらない何かは後から言い訳すればいいですよ!」
「ちょっと黙ってよ。ほんとに口ばっかり達者なんだから……」
喋り続ける英雄を黙らせるためにギターを手に取った。音を確かめてから静かに弾き始める。ショーロス第一番。耳がいい批評家なら、十分上手だがそれで食えるレベルではないと判定するだろう。そして、アーニャとダーチャは耳の良い批評家なのだった。
「相変わらずですねーアーちゃん」
「ヘタウマですねーダーちゃん」
「人の演奏を上手いけどそこまで上手くないとか腐しながら大人しく聞くんだから不思議よね」
これが貴子が人前でギターを弾きたがらない理由だった。
弾けるようになった、その奇跡の価値は貴子自身に対しては十分だが、世の批評家に対しては不十分なのだ。
「アーちゃんの意見としては、2年ほぼまるきり弾いて無いんだから下手になってて当然です」
「でもでも、ダーちゃんの意見としては続けていたら上手くなりそうですよ?」
「問題は、すでに上手かったひとはもっと上手くなってること。さ、仕事だ仕事」
●2
ロメロは歯ぎしりしたい気分だった。
楽器演奏のできる人物の紹介を頼んだら、まさかこんなことになるとは……
コアラの被りもので変装した5人組、コアラバンドを前に、ロメロは宣言する。
「負けたらお前ら罰ゲームな。ソルティーのいる川で水遊びだ」
なおソルティーとはイリエワニのことで、凶暴な人食いワニとして有名である。
ソルティーに襲われるのは嫌だ。何としても勝つ、あるいは負けてもそれをなんとか誤魔化さなければ……コアラ達は知恵を絞って考え始めた。
NPC紹介
石村貴子[いしむら・たかこ]
ライブハウスの支配人。能力者として英雄と契約、自らの演奏能力を取り戻したのだが、過ぎた時間は取り戻せなかった。
アーニャとダーチャ[‐]
石村貴子の英雄。クラスはバトルメディック。口の減らない子供だが耳は確か。アーニャが本体でダーチャは人形である。
ダニエル・ロメロ[‐]
炎上系ゴシップライター。何者かの後援を得ているらしいが……
コアラバンド[‐]
能力者がはびこる世に怒りによって覚醒した5匹のコアラ。能力者に騙されている人間たちを目覚めさせるべく日々活動している。
現状
・従魔は退治されました。観客は安全が確保されたということで戻ってきました
・ライブが開催されます。参加バンドにはロメロがどこからか連れてきたコアラバンドがエントリーしています
・ロメロもライブを鑑賞するようです
解説
選択肢
・ライブに出演者として参加する。
ライブの出演者として参加します。ステージで演奏したい方はこちらを選んでください。
ライブにはアイドルルールが適用されますので、それを読んだうえで、アピールポイントを明記のうえご参加ください。
こちらはフロントとして配置されます。
ターゲットは観客で精神力は無限です。
制限ターンは5ターンです。
制限ターン内に与えたダメージを基準に、コアラバンドとの即決勝負を行います。より大きなダメージを出したほうが勝利します。
どういうジャンルの音楽なのか、実在のバンドやグループ名を挙げての説明でも良いので、一言付け加えて頂けると助かります。
・ライブにスタッフとして参加する。
ライブのスタッフとして参加します。グッズ販売などの裏方、ローディ、PA、照明などもこちらです。
ライブにはアイドルルールが適用されますので、それを読んだうえで、アピールポイントを明記のうえご参加ください。
こちらはバックアップとして配置されます。
ターゲットは観客で精神力は無限です。
制限ターンは5ターンです。
制限ターン内に与えたダメージを基準に、コアラバンドとの即決勝負を行います。より大きなダメージを出したほうが勝利します。
・ライブ会場を警備する。
場合によっては結果に納得できない人間(コアラ含む)が暴れることが予想されます。彼らを取り押さえる側に回りたい方はこちらをお選びください。
ライブ会場でライブとは直接関係ないことをする場合もこちらをお選びください。
・情報収集
何らかの情報収集をしたい場合、何を調べたいのか、どこでどうやって調べるのか、できるだけ具体的に書いて下さい。○○を調べる、だけだと描写は薄くなるかもしれません。
また、他のオーストラリアでのシナリオと連動していますので、情報収集にあたるのであれば、他のシナリオにも目を通すことをお薦めします。
リプレイ
●1
あちこちに凹みや傷、泥はねの汚れも目立つ車が一台路肩に止まっている。路上駐車かと、路上駐車取り締まりの係官がその車に近づくと中にドライバーが座っていた。
稼ぎ損ねた係官が去り際に振り向くと、銀髪の美女がその車の窓を叩いているところだった。
ドアが開き、ドライバーが美女を招き入れる。
「むさくるしい我が家へようこそ」
ややこけた頬にぎょろりとした目、貧相な印象を与えるかもしれない顔。ダニエル・ロメロ[‐]だ。
家というのはあながち間違いではない。張り込み取材ともなると、一週間くらいは平気でこの車の中でねばることになるのだ。
「車は家じゃないでしょう」
肉感的な赤い唇を曲げて銀髪の美女、シェリー・スカベンジャー[‐]は笑う。彼女の職業は車のシートと懇ろになるような職業ではない。実業家、リチャード=ジョルジュ・カッパー[‐]の秘書だ。
「おかしいな。ボクの辞書が正しければこういうときはそう言えってあるけど」
ロメロの口調ががらりと変わる。
「これ以上ルー=ガルーみたいな自称可愛い系の愚神はいらないわ。普通にして頂戴、愚神イエロージェスター[‐]」
「いちいちうっせーんだよババア」
「……」
「その肌年齢隠す厚化粧が化粧臭えんだよ若作りオバケ」
「今すぐその首ちょんぎったろかこのクソガキ」
気まずい沈黙が流れ、イエロージェスターと呼ばれたそれはカーラジオを触る。今週のヒットチャートを流す番組を見つけて嬉しそうに笑う。
「やあ、すみません。しかし最近のヒットチャートはどうもブレイクスルーがなくていけません。ハードディスクレコーディングが話題になったのももう20年以上前、そろそろ新しい技術でシーンを変えていかないといけませんなあ」
今度は似非評論家キャラかよとシェリーは思ったが、クソガキよりはマシだろう。必要な話だけ済ませてしまえばよい、シェリーは用件を切り出す。
「ドロップゾーンをオーストラリアの各地に作るわ。パース、アリススプリング、ニューカッスル、そしてあなたはここメルボルン、人の多い場所を選びなさい」
「悪の総元締めの顔してますよ、シェリーさん。まあ伝言は承りました」
イエロージェスターはシェリーを悪の総元締めと評した。事実、このオーストラリアでの騒乱は全てシェリーが絵図面を描いたのだった。
「それから、メルボルン方面の能力者どもは貴方が撃退しなさい」
命令は伝えたわよとシェリーが車を降りる。溜息をついてイエロージェスターは悪態をつく。
「愚神遣いが荒いんだよババア」
●2
メルボルンに位置するライブハウス闘弦京(toh-gen-kyo)。そのネーミングセンスはどうなのかと棚橋一二三(aa1886)(タナハシ・ヒフミ)は今でも思う。
石村貴子[イシムラ・タカコ]にそれを直接尋ねてみるとこんな答えが返ってきた。外国人にはウケがいいのよ、画数多い漢字。
一二三の英雄、柳生桜(aa1886hero001)(ヤギュウ・サクラ)が、上の空の一二三を突っついた。なんだろうと顔をあげると、客がお代と一緒にTシャツを指差していた。
「お買い上げありがとうございます」
巫女を務めていた頃に磨いた営業用スマイルで客に応対する。オーストラリア=ドルを受取り、Tシャツを渡した。
「ステージから逃げてきたから、売り子は手が抜けないわ」
「抜いてたじゃないですか」
鋭い桜のツッコミに、ぐぬぬと一二三は言葉に詰まる。
「たまたま、ちょっと、ぼんやりしてただけです」
一二三の楽器はひちりき。ごく薄い竹で出来た笛だ。
「日本から持ってくるからですよ。ちゃんと気候に注意して保管していますか?」
「大丈夫、乾燥しすぎないように毎日手入れしてます」
オーストラリアの空気は乾燥している。高温多湿の日本の気候に適応した楽器は手入れをあまりに怠ると乾燥で胴体が割れることがある。
グッズ販売ブースはときどき客が訪れる程度だがドリンクカウンター前は盛況だ。スタッフひとりでは無理とみて、桜が手伝っている。
今日は予約の時点でほぼ満員だからドリンクは外で受け渡しね、ということで既に容器に入った飲料がほとんどだ。缶ビール、ノンアルコールビール、ミネラルウォーター。暑く乾いた気候のオーストラリアで水は必需品だった。
例外はコーヒーで、これはその場でマシンから注ぐ。
コーヒーの注文の手順は、ブラックかホワイトと訊きホワイトならカプチーノだ。ブラックならばショートかロングかを尋ねショートならエスプレッソを渡しロングならいわゆるレギュラーコーヒーの注文だ。
丁度コーヒーを注文してきた客に桜は尋ねた。ブラック・オア・ホワイト?ショート・オア・ロング?その横から一二三が声を掛ける。H.O.P.E.所属の能力者によるスペシャルなステージをお楽しみください。
●3
長身の美女が、ロンググローブをはめた右手で握手を求めた。
「カトレヤ シェーン(aa0218)(‐)という。よろしく」
「よろしく」
抜群のスタイルもだが、右目を覆う眼帯も人目を引く。H.O.P.E.のエージェントなのだし、何か訳ありなのだろうと解釈して、貴子はそれについては何も追及しなかった。
「さて、俺が司会を務めさせていただくとして、手順を確認しよう」
司会に立候補したカトレヤの計画とはこうだ。
ステージ上からならばフロアの状況がよく見える。それを生かして暴徒を発見、照明を完全に消す。
いきなりの暗闇に一瞬身動きが取れなくなるだろう群衆のなかをカトレヤ自身は《ライトアイ》で視界を確保、トラブルに対処する。
「わたしも取り押さえるよ!」
ニア・ハルベルト(aa0163)(‐)が手を挙げた。
「はっちゃけ過ぎて迷惑を掛けてるお客さんを捕まえて外に引き摺りだせばいいんだよね」
ニアの、単純明快な言葉にカトレヤは少し笑みを浮かべた。
「まあそんなところだ。ライトアイは複数人に掛けられるから警備に協力してくれる全員に掛ける」
「俺も頑張ります。ええと武器はどうしましょうか?皆さん一般人でしょうか?」
飲み物を片手に談笑する群衆を眺めて浪風悠姫(aa1121)(ナミカゼ・ユウジ)が口を開く。
既にフロアは8割がた埋まっている。貴子がいうにはもっと客が入るから、ということだった。
「多分ね。だから武器はいらないと思うわ。でも取り押さえる際はリンクしておいてね。リンクさえすれば余計な怪我をしないで済むから」
自分達の装備している武器は対愚神用のAGWだ。愚神でも従魔でも悪事を働く能力者でもないのならそれは不要だろう。
「一般人相手は調子が狂うな」
勝手が違う状況に少し疲労を見せて悠姫の英雄、須佐之男(aa1121hero001)(スサノオ)はボヤいた。人類は一致団結して愚神や従魔といった脅威に対抗すべきなのに、なぜ人類で仲間割れを起こしているのだろう。
「多分N・P・Sと呼ばれている連中でしょう。人類というひとつの群れに能力者っていう新たな群れが出現したんだからマウンティングが始まるのも無理はないけど、メルボルンではそこまで噂を聞かなかったからいよいよ来たかって感じね」
N・P・Sの活動が激しいのはニューカッスル周辺だった。未だメルボルンではそこまで大規模な能力者排斥運動は起こっていなかったが、煽られれば騒ぐ輩はどこにだって居るものだ。
「人類の歴史という視点で見れば、新しい群れに出会うことはそれすなわち争いだからね。ゲルマン民族の大移動で西ローマ帝国だって滅ぶのよ」
群れの移動によって起こった混乱のうちに滅んだ古代帝国の名前をあげて、未知との遭遇は大抵ろくな結果にならないと貴子は嘆く。
「今は21世紀だろう」
カトレヤが興味なさそうに鼻を鳴らした。嘆いたところで意味はない、目の前の状況に対処するのみだった。
「200万年分、人類はきっと賢くなってるよ、大丈夫」
ニアはいつでも楽観的だ。ここでも楽観的に人類を信じた。
●4
「最初はリラックスしてもらいたいし、それに皆、飲み物がまだあるうちに、ゆっくりと聞いて欲しい」
ボサノヴァの名曲が流れ出し、ポルトガル語でヴァイオレット・ケンドリック(aa0584)(‐)が歌う。
歌われる言葉はどこか薄暗いものばかりだ。冬へと向かう季節のわびしさを表しているのか、あるいは作者がそのとき置かれていた状況がそうさせたのかもしれない。
裏方作業の手を止めて、しばし歌に耳を傾けている貴子に、ニアの英雄、ルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)(‐)がやってきてこんにちはと声を掛ける。
「ニアさんは?」
「初ライブだって喜んでおりましたから、きっとフロアのほうですわ。わたくしもこういう形の演奏会は初めてで楽しんでおります」
「それは良かった、是非楽しんでいってちょうだいね」
「石村様は演奏なさらないの?せっかくの機会ですのに」
「そうねえ……ステージに上がりたい気持ちはホントはあるのだけど、とりあえず今日は皆のステージが優先ね」
そう言って貴子はまた自分の仕事に戻っていく。
独特のリズムと和声にルーシャが耳を傾けるうちに歌は終わった。
「ブラジルの3月も秋だ。だからこの歌は夏が終わり秋雨に濡れる侘しい季節の話」
ヴァイオレットが語りだす。
「ブラジルに行くなら丘の上には登らないことをお薦めするよ。治安の悪いスラム、ファヴェーラっていうんだが、ときにそういう危険な場所になっていたりする。それから飛行機の乗り換えは時間に余裕を持たせておくこと。多少気をつける必要はあるが楽しい国さ」
ささやかなMCの後に次の音楽を流した。テンポは同じく緩やかだ。ヴァイオレットの英雄、ノエル メイフィールド(aa0584hero001)(‐)が自作の詩なのか、異国の言葉で歌を入れる。性別を感じさせない歌声と謎の言語がよどよく溶けあっている。
「シンコペーションが強烈なのは南米らしさを感じるね」
貴子の英雄、アーニャとダーチャ[‐]が舞台裏でひそひそと話している。ライブ中の特等席だった。それだけでは面白くないのか、音楽がテンポをあげた頃にそろそろと踊りだす。
舞台裏だけでなくフロアの客もめいめいに身体を揺らして楽しんでいる。南米風のアツいリズムがそうさせる。
そんなフロアの一体感も音楽が終わってしまうと元に戻ってしまう。この瞬間はいつでも寂しいとヴァイオレットは思う。フロアを冷まさないため、すぐに次の音楽をプレイした。
「ちょっと変わったことやるぞ!」
フロアに響く土俗的なパーカッションの音色に客らがざわめく。何が起こるんだと興味津々の客の前で、ヴァイオレットはノエルとリンクを行いアピールすれば、あちこちから感嘆の声が上がった。能力者がリンクするところを見たのは初めての人間も多かったらしい。
司会として舞台袖で待機していたカトレヤはそのときのフロアを注視していた。怪しい奴をあぶり出すのにこれ以上の好機はない。
(前の方に固まっているな)
今は暴れる兆しはない。怪しい奴らの位置を知らせる為にニアにハンドサインを出した。ニアからも了解とハンドサインが返ってくる。
マオリ族の勇猛なリズムに熱狂した後、音楽が止んだフロアに拍手が沸いた。
「ありがとう!」
一言叫んだヴァイオレットは次に、へたりこんだ。額を拭うと汗が浮かんでいた。俺、緊張してたのかと、ようやく気付いたヴァイオレットは息を吐いた。
●5
「じゃ、いっちょかましてくるっす」
九重 陸(aa0422)(ココノエ・リク)は自分の頬をぺちんと叩いた。
怖いのだろうとオペラ(aa0422hero001)(‐)はその姿を見守る。
陸がいつもつけている仮面だが、今日は外している。本当の自分で勝負するつもりなのだ。
「オペラさんがいるから、大丈夫っす」
「ええ。わたくしの出来る限りで支えます」
ステージからは次の演者を待つ聴衆の群れが見える。嫌な記憶が蘇り足がすくみそうになる陸のその手をそっとオペラの手が包んだ。
これしかないから。陸はヴァイオリンを構えてオペラに合図を送り、オペラはそれを見て鍵盤のラの音を鳴らす。チューニングだ。ピアノに合わせて陸も同じ音を鳴らす。
タイミングを合わせてから足元のドラムマシンを動かし打ち込み済みのリズムを鳴らす。それに合わせてオペラがピアノ伴奏をはじめた。
ピアノが奏でる聞き覚えのあるイントロにフロアの客がざわついている。これ、あれだろ?と客の頭の中には曲名が浮かんでいるはずだ。
それで合ってるよ、多分ね。などと陸は思いながら優雅に、鮮烈に、ヴァイオリンを弾き始めた。
お客さんに楽しんでもらうためにはどうすればよいか、陸はずっと考えていた。オペラとも相談し、皆が知っているものを演奏するのが一番良いと結論づけた。
ロックの名曲をメドレー形式にアレンジしてぶっ続けで演奏する。
このサビはあの曲、このサビはこの曲。観客は元ネタがどう編曲されたのかを含めて面白がっている。
曲のテンポにあわせて、あるときは激しく、あるときは緩やかにと、陸の変幻自在のボウイングに客の目はいつしか釘付けになっていった。
オリジナルのアウトロを演奏し、音が消えたところで観客が拍手を送った。
一礼して拍手に答え、マイクを取る。
「今日は有難うございます。次、ラストですが良かったら歌って下さい」
最後はロンドンデリーの歌を演奏しようと思っていた。
聴衆の一部が歌いだした。アイルランド人にはなじみ深い歌で、ここオーストラリアには歴史的にアイルランド系の移民も多くいる。
最後の音程の高い部分、震える弦に弓が暴れそうになるが、集中して音程をキープする。
「ヴァイオリンで高い音をああやって保ち続けるの難しいですよ」
「ですね」
しっかりした技術があるということだ。自称辛口評論家のアーニャが呟いた。
フロアからは温かい拍手が湧き起こっている。ヴァイオリニスト九重陸が新しい道を歩み出した証拠だった。
●6
盛り下げるかもしれません。ステージに上がる前に陸が少し不安そうに言ったので、レイ(aa0632)(‐)は構わずこう言った。下げたら俺らで上げてやるよ。
「なんだなんだ、ウケてんじゃねえか」
機材チェックの手を止めて、なあと隣のカール シェーンハイド(aa0632hero001)(‐)に声をかける。
「あー、そうなんだ」
只管ベースをエア練習中のカールが気のない返事をした。必死の形相だ。
レイの音楽は聞き専だし、と尻ごみするカールに、俺のギターについてこい、出来ないワケないだろ、と無理を言ったのはレイだ。
下手さに定評のあるパンクロックのアイコンの名前をあげて、せめて彼は超えたいとカールがボヤく。アレな素行の面じゃなくてベーシストとしての技術面でってことだよなとレイは思ったが、目の前を通りかかったコアラに思考を持っていかれた。
「……コアラ?」
さすがオーストラリア。徹底しているとレイは感心し、玩具を見つけた子供のようなキラキラした目でカールはコアラを見つめている。
「なにあれ!かわいい!欲しい!」
レイの腕を引っ張ってカールが騒いだ。
いや、欲しいって、あれ、中の人がいるんですけど。とツッコミ入れる前にカールが白いまゆげが目立つコアラを指差して宣戦布告する。
「カールです、よろしく。ところで俺達が勝ったら、一人ちょーだい?」
コアラたちがザワつき、ひそひそと顔を突き合わせて話をした後、まゆげが可愛いコアラが言葉を発した。
「俺はマークだ。その勝負受けて立つ」
そういう勝負じゃないはずなんだがと首をひねるレイをよそに、コアラが景品につくならと気合の入るカールだった。
「早く行こうぜレイ」
「よし、俺のギターについてこい」
舞台袖からステージに上がれば、フロアを埋める客が演者の登場に盛りあがって拍手と歓声を送ってくれる。
手をあげてそれに応えると、再び大きな歓声で応えてくれた。
ギターをとりあげて開放弦を鳴らすとヴンと音が響く。チューニング済みなのは知っているがこうやって最初に鳴らさないと落ちつかない。
カールと顔を見合わせ、せーの、で鳴らした。
轟音でかき鳴らすコードに、客が待っていましたとばかりに拳を突き上げる。
カールがなんとか弾きこなしているベースに合わせて流れるような16分のリフを弾く。音の連なりが美しい。
ギターソロはギタリストの見せ場だ。客によく見えるようにステージ前方に出てスウィープ奏法で弦をかきむしる。思いつくままにギターソロを奏でる指が弦の上を縦横無尽に動く。前方に集まってきていたギター小僧が興味津々でレイの手元を見ていた。
余韻が消えるのを待ってカールも前に出てきた。丁度いいとレイとカールで向かい合わせになって交互にフレーズを弾く。
野太い歓声と同時に黄色い悲鳴も上がっている。フロアが湧く中でアウトロを弾き終え、レイはマイクを取った。
「ありがとう!まだまだいくぜ!」
再度歓声に迎えられる。これだからステージはたまらない。
●7
ステージはコアラ・バンドの演奏が終わったところだった。
ステージ上では次の出演者、【LC】のための楽器が運び込まれている。
忙しそうなステージ上からフロアへと降りたカトレヤは同じようにフロアの警備に回った面々へ手をあげた。
「今のところ異常なかったな」
「さっきのコアラ・バンド、いまいちフロアの受けが悪かったから、次あたり腹いせに暴れるかもしれませんね」
フロアの様子を注意していた悠姫の意見だった。
コアラたちの過激な主張は一部では受けていたがフロアの大半は引いていた。理由は分かる。あまりに政治的すぎたのだ。振り切った主張は大抵はうるさがられる。
「作戦は変更なしですか?」
「無しだな。演奏中に動くか、それとも演奏後か。ともかく頼んだ」
悠姫とカトレヤが話し合う間、ニアはロメロと雑談していた。
「おじさんもライブ好きなの?」
「好きだよ。生演奏はやはり迫力が違うからね。出来ればずっと聞いていたいが」
「わたしはねー、今回が初ライブなの!この雰囲気!気に入っちゃった!」
ギリギリまで客を入れたフロアはごったがえしており、あちこちで談笑の輪が出来ている。
「おまつりみたいなものだからね」
おまつりという言葉にニアは肯く。確かにこれはお祭り騒ぎだ。
●8
桜木 黒絵(aa0722)(サクラギ・クロエ)がマイクを握る。司会のカトレヤから渡してもらったのだ。
ライトを操作しているラドシアス(aa0778hero001)(‐)のセンスは悪くない。今はステージ上のライトを暗めにし、スポットライトを黒絵に当てて目立たせている。
「今日はここまで残ってくれて有難う!」
パチパチと拍手が返ってきたのでもう一度有難うと言って次の話題に移る。
「今日演奏する曲は魔晶の姫君ってタイトルで、今日のライブ、楽しみにしていたんだけど来られなかった友達の為に作曲したんだ。やっぱりダウンアンダーは彼女には遠かったみたい」
皆月 若葉(aa0778)(ミナツキ・ワカバ)が小さくシンバルとスネアドラムを鳴らし、辺是 落児(aa0281)(ヘンゼ・オチジ)が弓でアップライトベースを弾いた。擦弦楽器の低く豊かな音色が物悲しい旋律を奏でている。半音づつ、きっちり4度下がる旋律のヴァリエーションだ。
シウ ベルアート(aa0722hero001)(‐)のギターがその基調低音を装飾するようにコードを弾く。
「今は遠くにいる友達にこの演奏が届くように今日は頑張るね!みんな来てくれてありがとう、最後まで楽しんでください!ヴォーカル、構築の魔女(aa0281hero001)(コウチクノマジョ)。ギター、シウ・ベルアート。ベース、辺是落児。ドラム、皆月若葉。そしてキーボード、桜木黒絵」
メンバー紹介に拍手でこたえる客らの気配を感じながらアーニャとダーチャはそっと呟いた。
「ダーちゃん、その友達、多分亡くなったんだね」
「うん、多分そうだね。これラメントバスだもん。解るよ、アーちゃん」
黒絵がマイクを戻しキーボードの前に座る。
そこでラドシアスが絞っていた光量を上げ、ステージは青い光で包まれる。
若葉が、抑えていたドラムをやや強く叩く。ここから本番が始まるよと言いたげだ。
それに合わせて挽歌を歌っていた落児のアップライトベースが、弓ではなく指で弾く奏法に変わり、同時に転調する。
シウのギターがコードを弾き伴奏し、新たに加わった黒絵のキーボードがメインのメロディを弾いた。
そしてヴォーカルの構築の魔女がマイクの前に立つ。
この世界を守るんだ、という意志がこの歌の肝だと黒絵は言った。ならこれは武勲詩ねと構築の魔女は察した。
哀しみに耽溺するような歌ではなく高揚感を大事に、美しく高音を響かせる。元のメロディが美しいのだから、突き放したくらいのほうが押しつけがましさがなくて好ましい。
リズムを崩さないことに気をつけて、AメロBメロを歌う構築の魔女の歌を支えながら若葉はリズムをキープしている。タイトなドラムはこの先の展開への溜めだ。
落児は表情を変えずにアップライトベースを弾く。アコースティックな音色には自己主張するようなところはなく、ただ確実に根音を弾き、着実に音楽を進める推進力を持っている。
若葉が譜割りを変えてドラムを叩く。ここからサビだ。手数を増やして客を煽る。
ラドシアスの手によって青い照明が白に変わる。包み込むような下からの光のなかで構築の魔女がサビを歌う。出せるキーの限界近くだけどリハーサルさえ念入りにしておけば大丈夫でしょうと言っていた通り、よく声が出ている。絶好調の彼女に合わせて若葉も細かい譜割りで対応する。
シンバルが、若葉が強く叩いたはずみで外れた。アクシデントだがライブを止めるわけにはいかない。誤魔化しながら叩く。
サビを歌いきった構築の魔女が下がり、代わりにギターを抱えたシウが前に出る。一瞬シウが若葉を振り返った。目で、問題ないかどうか尋ねている。なんとかするよと肯いて、司会のカトレヤがいる方向を見れば彼女と目があった。やはり彼女も気付いていたようだ。フロアが悪い意味で騒がしい。
●9
悪い予想が当たったらしい。
司会ということで舞台袖で待機していたカトレヤにはフロアの状態が良く見えた。
最初に怪しい奴らと目を付けていた連中が【LC】のパフォーマンスにブーイングを送り、それにイライラした周囲の客とで睨み合いになっている。
酒が入っているからか、喧嘩っぱやい奴が多くて参るぜ、そう思いながらカトレヤはかねてからの打ち合わせ通りにサインを照明担当のラドシアスに送った。
「ブラックアウト!」
照明が全て消え、周囲は真っ暗闇になる。フロアの全員がいきなり消えた照明に戸惑うなかを、ライトアイで視界を確保した警備班、カトレヤ、ニア、悠姫は念の為リンク状態で暴れる一般人を取り押さえにかかる。
ギャア、うわなんだやめろ、などの悲鳴がほんの1秒か2秒ほど暗闇のなかに響いたあと、明りが戻る。
特に目立って暴れていた3名を確保してカトレヤ達は従業員控室に引っ立てる。すると何故かそこには完全にくつろいでいる一二三の姿があった。
「あ、カトレヤさんお疲れさまでーす」
「お疲れさん、何してるんだ?」
「休憩中です。物販スペースはライブがハネた後にまた開くからそのときまではここで大人しくしてます」
壁に貼られたヘヴィメタルバンドのポスターに目がいく。名前を思い出せずじっと見ているニアに一二三が答えを言う
「クロス‐ジャパンのポスターよね。石村さんの私物じゃないかな?」
腕は一流だったけど悲運のバンドだったねと喋る一二三だった。
「丁度いい。こいつら逃げ出さないよう見張ってくれ。俺達また警備に戻るから」
「お仕事増えた!いいよ、行ってらっしゃいませ。ライブがハネたら私は物販スペースに戻るから、それまでに誰か帰ってきてくださいねー」
手が空いてる奴がいるなら使おうとカトレヤが一二三に監視を頼み、頼まれた一二三は快くとまではいかないが引き受けた。
●10
カトレヤ達に引っ立てられていく客を見ながらも若葉は自分のプレイに集中する。シウのギターソロが入るタイミングだが少し場を落ちつかせたいので8小節分多く間合いを取る。
譜割りが変わらないことに気付いた落児のベースも黒絵のキーボードも、それに合わせて即興で弾く。
不届き者が排除されてしまうとフロアはすぐに演奏へと興味が戻ったようだ。若葉は今度こそとシウへ促す。
満を持してシウがステージ前方に出た。弦に浅くピックを当てて撫でるように早弾きするシウとそれを支える若葉のドラミング。2人のプレイにフロアから歓声が響く。
再びマイクを握った構築の魔女がAメロの変形を歌い出した。終曲だ。黒絵は名残を惜しみながらキーボードを弾いた。
音色が空中に溶けていく。
静寂を埋めて拍手が湧き起った。
ロメロも拍手していた。この身体へのはなむけという意味もこめて愚神は拍手を送り、最後のライヴスを吸いきった。
●11
そのとき、一二三は外の物販スペースに戻っており、【LC】のメンバーと司会のカトレヤはステージ上、警備にあたっていた悠姫とニアはフロア、出番が終わって間が空いたヴァイオレットもフロアにいた。舞台袖でステージ上のトラブルに対応するため待機していたのは貴子と陸で、レイとカールは逃げるコアラ・バンドを追跡中だった。
黄色いケープを被りあやつり人形を携えた愚神が、ダニエル・ロメロのライヴスを吸いきってライブハウスに突如出現したのを目視したのはそのときフロアとステージにいた能力者らだった。
「愚神イエロージェスター[‐]参上っと。さ、ボクの仕事のお時間だ」
いうなりドロップゾーンを開いた。辺りは暗くなり一般人がバタバタと倒れていく。
オーストラリアにまた新たなドロップゾーンが出現した瞬間だった。
「何事!?」
驚いた貴子がリンク状態で駆けつけた。うかつに近寄ると危険だと止める間もなかった。
「ハロー、グッダイマイト」
なんでもかんでも略するオーストラリア英語で愚神は貴子に語りかけると、あやつり人形をけしかける。飛び付いたあやつり人形の携えた武器が貴子の心臓を貫いた。
倒れ伏すのを確認してステージを向く。
「うん、この調子でアリススプリング、ニューカッスル、パースと、ドロップゾーンが開いてる筈。文句はシェリーにヨロシク。とはいえここのゾーンルーラーはボクだから、ここのゾーンを消し去りたいなら何とかボクを探し出すことだね。じゃ、そういう訳だからヨロシク」
死んだはずの貴子が立ちあがる。邪英化しつつあるのだ。彼女を引き連れて愚神の姿は闇に消えてしまった。
●12
そのとき罰ゲームを恐れて楽屋から逃げ出すコアラ・バンドと鬼ごっこになっていたのはレイとカールだった。なかなか捕まらないコアラ・バンドをようやく捕まえたとその手を伸ばした瞬間にドロップゾーンが開いたのだ。
「うわ、なんだこれ!」
「ドロップゾーンが開いたんだ、カール!」
英雄を呼んでリンク状態になる。ドロップゾーン化で意識を失って倒れているコアラ・バンドの1人を担ぎあげると、はずみでマユゲの可愛いコアラの被りものが外れた。
『マーくんの首がー!』
「マーくんって誰だよ!」
『マークだからマーくんだろ!』
「いいからひとまずこいつを外に運ぶぞ。こいつら多分N・P・Sだ、何が事情を知っているかもしれん」
意識のない人間ひとりを担いでドロップゾーンの外に出たレイのまわりにも、なんとか助けられた一般人と能力者がいた。
外に出て意識を回復したN・P・Sのメンバー、マークを問い詰めると彼はこう言った。
「シェリーさんからの依頼だって聞いてコネを総動員して人を集めたんですよ。俺達の正義を主張する時が来た!そう思って頑張って、おかげでライブハウスは満員で……それがこんなことになるなんて知りませんよ!あれは何なんです!愚神なんてホントはいなくて全部能力者のマッチポンプだって、陰謀だって、そうじゃなかったんですか!?」
混乱して涙目で訴える彼を責めてもこれ以上のことは知らないだろう。もうパースに帰ると喚く彼に、誰かが携帯端末に映るニュース映像を見せつつ、危ないからパースには行くなと言う。
そこにはリチャード=ジョルジュ・カッパーの演説とともにドロップゾーン化するパースの映像が映っていた。
このままドロップゾーンが増え続ければオーストラリアも終わりだろうと、大雑把で暢気な傾向が強いオージーが悲観的にうつむいた。
オージーが危ないと言う時、大抵そこは本当に危ないのだ。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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