本部

優しき英雄と、曖昧な僕の願い

有原明来

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/29 22:47

掲示板

オープニング


 病院の窓からは、駅前に設置された大きなツリーが見えた。母は喜んでいた。最近病状が悪く、ベッドから動くことができずにいるのだ。少しでも慰めになるなら、それでよかった。
 帰りのバスは、そのツリーの横を通過していく。
「うちも出そうか」
 隣に座っていた藍が、突然言った。
「何を?」
「ツリーさ。お母様に聞いたよ、物置にあるんだろう?」
 遠い昔に、見たような記憶はある。まだ母の最初の入院の前、重い腰痛なのだと疑っていなかった頃だ。
 あれから、友樹の背は随分と伸びた。変化はゆっくりと訪れた。母は病院にいる時間が長くなり、父は医療費のために仕事を増やした。もう長いこと、誰も帰ることのない家に、一人で暮らしていたも同然だ。
 今更、それが辛いとは思えない。けれど、ツリーを出してしまえば、家族三人で笑い合っていた頃を、どうしたって思い出してしまう。
「しかし、あの大きさの物を置けるスペースはないねえ」
「……うちのはあんなに大きくないよ」
 そうなのか、と藍は驚いた顔をした。
 彼女は、そうは気付かせないくらいに、聡明だ。そして、友樹が悩む時、苦しむ時、藍はそっと苦痛の種から遠ざけるように背中を押す。
 出会ってからずっと、与えられてばかりいると、そう思う。


 藍の他に、友樹は英雄という存在を知らない。
 リンカーや英雄をテレビで見る機会は多いが、興味をもてる余裕がなかったのだ。まして、自分のもとに英雄が訪れるとは、それが美しい妙齢の女性だとは、夢にも思わなかった。
 小学校から、もうすぐ中学を卒業する今まで、友樹はずっと自分の衣食住にかかりきりだった。家族の意識と行動の中心は、ずっと母だ。父とは、病室にお見舞いで顔を合わせる時間のほうが長い。病院から、父は仕事先に戻り、友樹は一人きりの家に戻る。料理をつくり、掃除をし、洗濯をする。学校の友達は優しかったが、深い友情を築くことはできなかった。授業が終われば、すぐにスーパーのタイムセールに向かうクラスメートを、誰が放課後に野球に誘ってくれるだろう。
 友樹の毎日は、ただただ一生懸命で、綱渡りだった。家のなかはいつもきれいに、父さんと母さんが、いつ帰ってきてもいいように。
 手伝わせてくれないか、と藍が言いだしたのは、誓約を結んで一月ほどしてからだった。
 名前のとおり、長い藍色の髪をもつ英雄は、素晴らしい学習能力をもっていた。テレビと本とインターネットで、この世界の大体を理解し、すぐさま順応した。母にも父にも先生にも近所の人にも、物腰丁寧に柔らかく接し、信頼を得ている。
 でも、藍をかけがえのない存在と感じている一番は、能力者である友樹だった。
「愚神か」
 生駒山は大変だな、と軽く言いながら、藍はテレビのチャンネルをニュースから変えた。味醂の隠れた効能について解説するバラエティを見ながら、ほほうと相槌をうつ。
「世界はまだまだ知らないことが多いね。肉じゃがが完成する前に知りたかったな」
「いいよ。十分おいしいし」
 藍の料理の勝率は、まだ7割といったところだ。八宝菜が固形物だったり、カレーの具が梨だったりする。
 でもどんな料理でも、一人で食べるよりはずっとおいしい。ちょっとした、どんな会話も楽しかった。
「今夜は、お父様がお帰りになられるのだったな」
「うん。片付け、任せていい? 父さんが帰ってくるまでに、宿題したい」
「ああ。もちろん」
 ……そう言って離れて、後でドアの隙間からそっと窺うと、予想していた通りのものが見えた。
 ニュースは、愚神との戦いの経過を報せている。それを見る藍は、怖いくらいに張り詰めた顔をしていた。
 机に座ってノートを広げても、どうしても集中できない。
(藍は、戦いたいのかな)
 過去について、英雄はあまり覚えていないものらしい。藍も「戦争ばかりの場所だった気がする」と言っただけだ。藍みたいに優しい人がそんな場所で大丈夫だったの、と聞くと、藍は何か堪えるような顔で友樹を見た。それから少し笑って、
「私は、昔と少し変わったみたいだ」
 と言った。
「でも、変わってよかったのさ。変わることのできる己を知ったことが、今は何よりも尊い」
 言葉の意味は、よくわからない。でも、藍が何かを我慢していることは察していた。
 戦争がどういうものか、友樹は知らない。でも、もし藍が、戦争で培った自分の力を、使いたい、愚神との戦いに生かしたいと思っているのなら、
(……でも、戦う? 僕が、愚神と?)
 リンカーと従魔の戦いは、WNLの中継で知っている。怪我をすることも、怖い思いをすることもあるだろう。
 それに、優しい母に、余計な心配をかけることになる。もしストレスで、病状が悪化したら?
 父はどうする? 友樹が多忙になれば、父が帰る家の面倒は誰がみるのだ。
 周りに、どう思われるだろう? 4月になれば、友樹は少し遠い私立の高校に通う。顔見知りの一人もいない場所で、新しい友達を作る自信もあまりないのに、エージェントなんてどう思われるだろう。
 でも、これ以外に、あの優しい英雄に返せるものが何かあるだろうか。
 溜め息をついて机につっぷすと、肘の先が閉じたままのノートパソコンに当たった。
 ふと、思いついてそれを起動する。
 起動時間に、ネットが立ち上がるまでに、目当てのページを探すまでに、これしかない、という思いは固まった。
 HOPEのホームページ。相談はお気軽にこちらまで、と表示してあるメールフォームに、文字を打ち込む。


 数日後。
「あの、メールしました、三室友樹です」
 HOPEの受付。ロビーを行きかう人の多さにしり込みしながら、友樹はおずおずと受付に申し出た。
 首から下げたメモリーのなかに、藍はいない。HOPEに能力者だけで来てくれと呼ばれた、と嘘をついた。心苦しいが、今日の相談はどうしても、藍に聞かせるわかにはいかないのだ。
「はい、三室くんですね。こちらへどうぞ」
 オペレーターが案内してくれたのは、明るいカフェテリアだった。外から日の光がさしこみ、和やかな空気のなかで、職員や能力者・英雄たちが思い思いの時間を過ごしている。オペレーターは、あるテーブルに友樹を案内した。
「さ、皆さん来られましたよ! 三室くん、こちらは皆HOPEで活躍してるエージェントの方々です。聞きたいこと、なんでもどーんと相談しちゃってください! あ、ちなみに好きなもの何でも注文してくれて大丈夫ですからね!」
 友樹は、緊張しながら、しっかりと頭を下げた。
「三室、友樹です。ご相談にのっていただいて、ありがとうございます」

解説

【目的】
ある新人能力者が、先輩エージェントに相談したいことがあるそうです。
エージェントの道を勧めるか否か、どの方向に背中を押してもかまいません。
それぞれの言葉と考え方で、彼の悩みに答えてあげて下さい。

※以下は、相談者のメールの内容ほぼそのままで、PCにも事前に伝えられています。

【聞きたい内容】
①従魔や愚神と戦うのって、怖くない? 怪我はしたことある?
②エージェントや英雄って周りにどう思われる? 学校に通っている場合は特に聞きたい。
③相手と分かり合ったり信じ合ったりするのに、どれくらいかかった? 何かコツはある?
④うちの英雄が何か隠しているみたいんだけど、どうしたらいいと思う?

【対象情報】
能力者:三室友樹(みむろともき)
・15歳の中学3年生。
・両親との三人家族だが、実質一人暮らし。
・英雄とは唐突に出会った。ふと気配を感じて、いるなと思ったらいた、とのこと。
・誓約内容は『母が治るまで、自分の幸せは後回しにする』。
・引っ込み思案で、新しい人間関係をつくるのは苦手。
英雄:藍(あい)
・外見年齢20代後半、女性。藍色の長い髪をもつ美女。クラスはソフィスビショップ。
・冷静で落ち着いた、物腰丁寧な大人。
・学習力と適応力が素晴らしく、すぐにこの世界に順応した。
・友樹に必要な時に傍に誰かがいてくれる、という感覚を思い出させてくれた、大切な存在。
・元の世界は戦争が多く、軍師的な立場についていたらしい。

【PCも知らない、対象情報の捕捉】
元の世界での藍は、欲望のために手段を選ばず、他人を意に介さない傲慢な権力者でした。
強い自尊心を持っていましたが、友樹をメモリーから観察するうち、「辛い日常を淡々と懸命に生きる強さ」を理解し、今では他者を重んじるようになっています。
民衆を害する愚神を憎みつつ、友樹を危険に晒すことを躊躇い、また過去を知られたくない、と苦悩しています。

リプレイ

●エージェントたち
 ……場違いなんじゃないだろうか。
 友樹は、拭いがたい違和感を襲われている。
 エージェントという存在は、テレビの画面ごしに何度も見ていた。HOPEが事前に渡してくれた紹介状で、相談にのってくれるエージェントたちの簡単なプロフィールも把握している。
 なんだろう。この圧倒される感じは。
(う、腕が機械……?)
「あはは、そんな緊張せんでええよ。まず何か食べよか? 何好き?」
 にこやかにメニューを勧めてくるアイアンパンクの女性は、虎牙 紅代(aa0216)と名乗った。膝によりかかるようにしてメニューを覗きこんでいる銀髪の少女、ニココ ツヴァイ(aa0216hero001)が彼女の英雄らしいのだが、
「紅代! あたいこのパンケーキがいい! クリームとイチゴいっぱいのやつ!」
(角……? おでこに角……?)
 銀髪の隙間から、小さな角が覗いている。
 外見的な面で一番びっくりしたのがこの二人だ。だが、それ以外にも。
(女の人……?)
「……気になるから正直に聞いてくれていい」
アヤネ・カミナギ(aa0100)が不意に向ける双眸は、右はサファイアのような青色、左は美しい黄金だ。銀の長い髪が、さらりと流れる。
「男だ。時々間違われる。気にしなくていい」
「アヤネったら。でも、本当に気にしないで。今日はたくさんお話するのだから、お茶でもいかが」
 青い髪の見目麗しい女性が、アヤネの英雄、クリッサ・フィルスフィア(aa0100hero001)。
 腰が引けてしまうなか、共感がもてそうなのは八朔 カゲリ(aa0098)かもしれない。歳も16歳と近く、黒髪黒目の中性的な容貌だ。だが、その隣にちょこんと腰かけている少女ナラカ(aa0098hero001)は、見た目はニココと同じほどなのに、雰囲気がまるで違う。どこか超然とした雰囲気で、見守るようにこちらを見つめている。
(元の世界では、本物の神さま……? って紹介状に書いて言ってたっけ……?)
 それだけでもぎょっとするのに、対面に座っていた十三月 風架(aa0058hero001)が
「ああ、あなたも元の姿は獣ですか? 鳥? なるほど」
 と言うものだから、ひっくりかえりそうになった。
 風架の相棒である零月 蕾菜(aa0058)が、「そういう英雄もいるのですよ」とにこやかにフォローを入れてくれたが、友樹には驚天動地の事実だ。
 この人たちもそうなのか、とこっそり窺ってみるが、ケーキセットのケーキを選ぶのに夢中な英雄ナハト・ロストハート(aa0473hero001)は気付かない。むしろ友樹のほうが、ナハトの相棒であるヴィント・ロストハート(aa0473)が、ナハトを淡々と見守っていることに気づいてしまう。
(こんな、すごそうな人たちに、相談事なんていいのかな……)
「あ、あのね……そんなに、緊張、しなくて……いいよ……」
 そう声をかけてくれたのは、煤原 燃衣(aa2271)だ。その名が似合う赤い髪に、模様があるように見える独特な目。乱暴そうにも見える容姿だが、物腰はおどおどとして落ち着かず、気遣いを絶やさない。彼の英雄であるネイ=カースド(aa2271hero001)は、彼の隣でひたすらに白玉あんみつをかきこんでいるが。
「あ、あのね、じ、自分はその……エージェントになって、まだ一月くらい……の、新人なんだ……」
「え、そうなんですか?」
「あ、あはは……わ、笑っちゃう、よね。僕みたいに、見るからに、臆病そうなの……が、戦うんだから……」
「いえ、そんな」
 臆病そう、とは友樹には見えない。少なくとも彼は、エージェントとして活動している。
「僕は、戦うその前の段階までも進めてないですから」
 そうだ。戸惑っている場合ではない。
 この人たちは、あの恐ろしい従魔や、愚神と、戦う道を選んだ人たちなのだ。
「……あの、聞いてもいいですか」

●質問1 従魔や愚神と戦うことに恐怖はあるか? 怪我をした経験は?
「怪我に関しては、なかったほうが少ないな」
「えええ、そ、そんなに……はっきり言います……?」
 言い切るヴィントに、燃衣が怯む。
「見てもらったほうが早いと思うんですけど……ちょっと、ごめんなさい」
 蕾菜が羽織っているローブを軽くはだける。あからさまな負傷の痕に、友樹は身を強張らせた。
「まあ、こんな感じです」
「……こないだの大規模作戦?」
「はい」
「がんばったんやねえ」
 励ますように告げる紅代は、両腕が機械、左目にも眼帯というアイアンパンクだ。
「ああ、うちのこれはね、エージェントになってからのもんとちゃうんよ。もともと愚神のせいでこんな状態なん」
「紅代、笑いごとじゃないぞ」
 ニココがほっぺたを膨らませる。その頭を撫でてやりながら、紅代はでもね、と続けた。
「怖いもんは怖いけど、何よりもまた目の前で大事なもん守れん方が辛いからね」
 その表示に、友樹は過去を語った時の藍を思い出した。優しげだが悲しげで、深い場所で折れない決意をしているような、強い表情。
「だから、頑張ろうって思えるんよ」
「確かに、戦いに対して恐怖が無いと言えば嘘にはなる。だがそれは、自分が傷付く事よりも、大切にしている存在が愚神によって奪われる事へのものになるな」
 アヤネがきっぱりと告げた。
 友樹は、HOPEから事前に渡されていたエージェントたちのプロフィールを思い出した。
 紅代は、愚神の襲来で家族と、生来の肉体を失っている。カゲリも同様の境遇で妹以外の家族がおらず、燃衣にいたっては故郷が壊滅しているのだ。
「俺にはクリッサがいて、戦う為の力がある。誰かが戦わなければならないのであれば、俺は躊躇わずにこの力を振るうと決めた。何よりも俺自身が、奴等と戦う事を望んだ」
 アヤネの過去にも、そういった暗い陰があるのだろうか。
 いや、プロフィールに、かつて居場所を失いかけた、と書いてあったのは、
「私が愚神との戦いで恐怖することは一つだけ」
 彼の英雄である、クリッサだった。
「契約を交わしたアヤネの事、それだけよ」
 きっぱりと告げる、その口元は微笑んでいる。だが、澄んだ瞳は何かを覚悟したように、深かった。
(……エージェントの、リンカーと英雄ってこうなんだ)
 自分は今までに、藍にこんな目を向けられたことがあっただろうか。
「あの、質問の順番がちょっと変わるんですけど、いいですか?」

●質問3 相手と分かり合ったり信じ合ったりするのに、どれくらいかかったか? 何かコツは?
「俺もナハトも似たようなものだったから、苦労はしていない」
 淡々と言ったヴィントが、ふと友樹を見やるので怯んでしまう。ヴィントの過去については、プロフィールにあまり詳しく載せられていなかった。だがなんとなく、この人は友樹からはものすごく遠い道を歩んできた人だ、ということはわかる。金髪碧眼の、漫画のヒーローのような外見なのに、そこにいるだけで圧力があるようだ。
「たしか、お前の英雄は女だったな?」
「え、はいそうです」
「だったら、いい手がある。帰ったら、押し倒してみ」
「へっ?」
「「「あああああああああああーーー!!」」」
 大声が三人分響いた。
 紅代が友樹とニココをいっしょくたに抱き寄せる。燃衣が二人の間にバリアのようにメニューを張り、その後ろではどうやらナハトが大暴れしているようだ。
「むうっ!? なんだ紅代」
「あーっ! あー、ああああちょっと待っといてな二人とも!」
「だ、大丈夫ですか蕾菜」
 紅茶をせき込む蕾菜の背中を、風架がとんとんと叩いてやっている。
「げほっ……だ、だいじょ」
「……」
「……アヤネ、複雑そうな顔をしないで」
 こちらこそ複雑そうな? というより照れているようなクリッサが、アヤネの足を蹴り飛ばしたらしいことが、気配でわかった。どういうことかと周囲を見渡すと、ナラカが菩薩の微笑で、憮然としたカゲリの両耳を左右から抑えている。
「……子供じゃないんだぞ」
「お黙り」
 唯一反応がなかったカースドは、相変わらず白玉をかきこんでいるし。
 メニューの後ろでは、ひそひそ声でのやりとりが続いている。
「な、ななななな何を言い出すんですか!?」
「有効な手だっただろう? あの時のお前は、あまりにも強情だったからな」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
「寂しがり屋のくせして、変な意地を張っていたし。反応があまりにも初々しかったから、中々可愛かっ……」
 がつん、と容赦ない打撃音が響く。
 燃衣が紅代と視線をあわせ、おそるおそる広げていたメニューを下ろす。
 テーブルにつっぷしているヴィント。半泣きのナハト。その手には頭上に振り下ろしたらしき角砂糖のポット。
「……し、失礼しました」
「ううん……い、今のは……」
「ふ、不可抗力やと思うわあ……」
 燃衣と紅代がフォローに入ると、ヴィントがむっくりと起き上がった。
「「「わー!」」」
「悲鳴をあげるな。もう言わない。つまりだな、あー……相手が、自分の気持ちに素直になるような状況を作ってしまえばいい」
「素直な気持ち、ですか?」
「強引なやり方でも、感情を吐き出させてしまえばいいってことだ」
 流れに妙な一幕があったが、結論としてはいたってまともだった。
「えー……でも、それ……難易度高いんじゃあ……?」
「そうか? こいつはすぐに……悪かった」
 涙目で真っ赤になるナハトに、ヴィントは素直に謝罪する。
「でも、言いたいことをぶつけあうのは必要だと思うわ」
 クリッサが言うと、アヤネも肯く。
「うちとニココが打ち解けたんは、境遇が似てたってのが大きいかもねえ。二人とも家族に飢えとったんやと思う」
「あ、同じ……です……。僕とネーさんも、その……似てて……」
 紅代と燃衣がそれぞれの英雄を振り返る。カースドは相変わらずだが、ニココは黙り込んでしまった。あからさまに感情を堪えている風なのを、紅代は微笑んで小さな頭を撫でた。
 友樹は蕾菜を見た。
「私たちは、誓約を結ぶ前からお互いを知っていたんです。私は、フリーのエージェントの集まりのなかで育って、風架さんはそのなかの一人の契約英雄だったんです」
「自分と蕾菜は、誓約の後で信頼を築いたというより、信頼があったから誓約を結んだんですよ」
 ねえ、と互いに顔を見合わせる二人の空気は、兄妹のように親しい。
「坊やは? どんな風に打ち解けたんや?」
 聞いてから、紅代は自分が失言したかもしれないことを悟った。
 少年は、「考えていることがどんどん悪い方向へ向かっている」ことが透けて見えるような表情をしている。
「……打ち解けて、ないのかもしれません」
「え?」
「だから、何も話してくれないのかもしれません」

●質問4 英雄が何か隠しているみたいんだけど、どうしたらいいと思う?
 友樹のもとに英雄・藍が訪れたとき、友樹はあっさりと「これは夢だ」と思ったのだと言う。
「英雄なんてテレビで見るばっかりで、まさか自分のところに来るなんて」
「いえ、皆そうですよ」
 蕾菜は優しく、わかります、と告げた。
 ……日常が、日常として機能していた頃のことを、紅代もカゲリも燃衣も思い出さずにはいられない。人間は誰しも、「自分はヒドい目になんて合わない」と思い込んで生きているものだ。その平和な思考から追い出したのは、英雄ではなく、おぞましい愚神であったのだが。
 過ぎて、二度と戻らぬ日々。ニココの視線を感じて、紅代は頭を撫でてやった。
「なんとなく、いるなってわかって」
 夢のような気分で誓約結んだ後、藍は出現したメモリーのなかに入ってしまい、そのままずっと出てこなかったのだという。
「長く? ……どれくらいだ?」
 カゲリが眉をひそめる。
「三週間くらいです」
「さ、ささ三週間? 長い……よね?」
 燃衣があたふたと見まわすと、周囲も同意する。
「手元にメモリーしか残らなくて、話しかけても返事もないし。僕は、やっぱり全部夢なんじゃないかって。誰にも言えませんでした」
 家族は、と言いかけて、クリッサは言葉を呑み込む。この少年には、長く病んでいる母と、仕事先から戻らない父しかいないのだ。
「外を観察してたんだって、言ってました」
 窓ガラスの掃除をしていて、高い場所に手が届かない。踏み台を持ってこようとした時に、手伝わせてくれないか、と柔らかな声がかかった時、友樹はその声が誰のものか、すぐにはわからなかった。
「それからはずっと、藍のペースというか」
 あの小さなメモリーのなかから、どれほど外の世界の情報を得ていたのか。
 藍はすぐさま、周囲に順応した。ネットを駆使して情報を手に入れ、家事を手伝い、両親に己を紹介し、抜群の信頼を得ている。
「聞いていると、あれですね」
 ふむ、と風架が首を傾げる。
「どうも、万事において主導権を握っている感じはしますね」
「ああ。よくできた英雄だが、できすぎという感はあるな」
 ヴィントが同意する。
「保護者になってくれてるっていうか、用心深いのはすごいです。近くでコンビニ強盗があった日とか、学校まで迎えにきてくれたり」
 自分なら、逆に絶対表に出ないように、と言い聞かせるだろうと、紅代はしみじみと思った。
「私の勝手な推測でしかないけど」
 クリッサが、控えめに発言する。
「愚神を憎むのは、英雄の本能のようなものだというのは、知っている?」
「はい」
「彼女は、愚神を憎みつつも、君を戦場へと赴かせる事に躊躇いがあるのでしょうね。私もかつては、アヤネが私の居場所になってくれた事への感謝と、愚神と戦う切欠を作った事で思い悩んだ事があるから」
「そうなんですか?」
 紹介状に書かれていた記録では、アヤネとクリッサは数多くの任務をこなしてきたエージェントだ。そんな二人でも、迷うことがあったのだろうか。
「あるいは、だけれど、主導権を離さないのは、何か知られたくないことがあるのかもしれないわ」
「知られたくないこと?」
「知られれば、軽蔑されるかもしれない、という秘密が」
「もし、そうだとしたら」
 風架が、こちらも淡々と告げる。
「あまり、興味本位で踏み込むのはよくないでしょうね。誰にも知られたくない秘密はあるでしょうから」
「……リンカーと英雄にでも?」
 この、互いを信頼しきっていることがありありとわかる、蕾菜と風架の間にでも、だろうか。
 でもね、と風架は微笑んで言った。
「もしそれでも聞きたいなら、『話せるところまでだけでも本当のことを話してほしい』と素直に、真剣に言えばいいんです。話してくれなくても、理由くらいはわかるでしょうよ」
「もしそれでも、強情に話してくれないようなら」
 ヴィントがちらりとナハトを見やる。
「俺がさっき言った、ちょっと強引な手を」
「へっ?」
「……悪かった、ナハト。蹴るな。言っただろう、自分の気持ちを吐き出させる切欠をつくってやればいい」
 切欠。友樹は考える。
「……藍が、僕に嘘をついているとは思えません」
 けれども。
「本当に、感情を全部見せてる藍は、もっと想像がつきません」
 紅代は笑顔を絶やさないまま、真剣な声で言う。
「坊やはどうしたいんや、隠し事を暴きたい?」
隠し事。
藍が、あの優しい英雄が、出会ってから今この瞬間も、友樹にしている隠し事。
「お前の英雄は」
 不意に、声が割り込む。
 模様の入った独特の目が、ひたりと友樹を見据えていた。
「ネーさん……」
 燃衣が、おろおろと声を出す。
「……お前を信じているか?」
「……わかりません。でも、僕は」
 藍は、友樹に、友樹の家族に、周囲の世界に、決して悪い存在ではないと。たとえ、少しの本音も話してくれなくたって。
「信じてます」
「……なら、焦らず……時を、過ごせ」
 興味を失ったように、またぱくりと白玉を口にする。
「共に泣き、笑い、戦い続けろ。お前が育てばその内、相手から言う……かも、な」
「そうですね」
 くすりと、蕾菜が笑う。
「時間って、重要な要素だと思います」
 ねえ、と蕾菜が振り向くと、風架はうむむと意地悪く呻って見せた。
「時間を経ている割にはねえ……蕾菜の料理の見てくれがアレなのが進歩しないというか」
「い、今はその話はいいじゃないですか!」
「お料理されるんですか?」
「なんや。せやったら今日も、お手製のお菓子とかでピクニックにしてもよかったんちゃう?」
「あ、初心者の方はやめておいたほうがいいです」
「風架さん!!」
「初心者の方……?」
 カゲリが訝しげに言う。
 こほん、とナラカが和気藹々とした会話に口を挟んだ。
「平和なところに申し訳ないのだが」
「はい?」
「肝心の質問があと一つ残っているのではないかな」
「あ」
「あっ」

●質問2 エージェントや英雄は周囲にどう思われる?
「これはまあ、人それぞれって感じやねえ」
 紅代はううん、と首をひねる。
「うちの場合は、奇異の目であったり、憧れの対象やったり、割とそんな月並みな対応やったね」
「奇異の目……ありますか、やっぱり」
「私の場合は、リンカーも英雄も、恩人だったり家族だったりって感じですけど……」
 蕾菜が風架を見る。
「英雄なんていくら助けてもらおうと、元の世界で何をしてたかわからない奴は信用できない、みたいな人間もいます。結局は、その人と周りの人間次第ですよ」
 人間をよく見てきた、風架の意見は淡々としている。
「周りがどう思おうが関係ない。重要なのは、自分がどう在りたいかだ」
 対して、ヴィントはばっさりと宣言した。
 アヤネは苦笑する。
「俺はそれほど割り切ることもできないが……結局は、その人次第と言うところだろう。俺は自分のやりたい事をやっているだけで、結果としてそれが感謝されるか、非難されるかは、見る人次第になるからな」
 まあ、とアヤネは締めくくった。
「最後に決めるのは君自身だ。悔いのないようにな」
「どんな道を選ぶにしても、良いことも悪いこともあるわ」
 アヤネとクリッサが、励ますように言う。
 友樹は、ふと燃衣を見やった。
 カースドのことはよくわからないが、何かとフォローを入れてくれる燃衣に、友樹は親しみを感じていた。視線を受けて、どうしてか、燃衣は少し怯んだ様子を見せた。
「……あ、僕の意見、聞きたい……感じ……?」
「はい。できれば」
 困ったなあ、と燃衣は視線を逸らした。口元は笑っているが、明らかにひきつっている。
「僕、は、ね……あの、他の人の意見も……参考に、してね……?」
「はい。もちろんです」
「僕は、あの、適性は、……あったんだ、けど……。戦うの、が、怖く……て、ね。実際、戦ってみて……本当に、怖く、て……」
何かを堪えるような声を、止めることもできずに、友樹は聞いていた。
「僕は……自分が、力を持つことを拒んでて、……それで、……っちゃった、から」
「え?」
 途中、少し、聞き取れなかった。
「……キミには、まだ『有る』から」
 何が、と問う直前。
 ロビーに俄かにサイレンが響く。
 友樹も驚いたが、エージェントたちの反応は素早かった。
「愚神ですか?」
 ナハトが、さきほどまでの少女らしさとは変貌し、凛々しく問う。
「いや、解決中の事件の続報と中継だな」
 ロビーのモニターに、遠方で行われているらしき、愚神とエージェントとの戦いの様子が映る。サイレンはすぐに鳴り止み、人々もすぐに気を散らした。
「紅代! びっくりした!」
「うん、うちも。……緊急の救援要請とかとは、ちゃうみたいやね」
「そうですね。あの様子なら、まもなく撃退できそうです」
 風架がやれやれと座り込む。
「びっくりしました? 時々あるんです、ああやって」
 蕾菜はぴたりと言葉を止めた。
 それでようやく、友樹がひたりと硬直し、一秒ごとに青ざめていることに、全員が気付いた。
 少年の視線の先。
 変貌した燃衣がいる。
 目がギラつき、先ほどまでのたどたどしい優しさが消え失せ。
 その名の通り、燃えるような憎悪と、殺意で、モニターごしの愚神を睨みつける。
 阿修羅のようなエージェントがいた。

●帰路
 びっくりした?と、紅代が聞くことができたのは、HOPEの本部が背後に遠ざかってからだった。
 最寄りの駅まで、紅代とニココ、蕾菜と風架の四人で、友樹を送っていくことになったのだ。
 もともと送っていくつもりではあった。予定と違ってしまったのは、少年へのフォローが、重要な任務になってしまったことだ。
「……ちょっと、びっくりしました、けど」
 大丈夫です、と返す声は、まだ強張っている。
「……言いたかったけど、坊やがええ子で、迷ってたんちゃうやろか」
「迷う?」
「紹介状で、燃衣のプロフィール、見た?」
「……見ました」
 愚神の襲撃で、故郷が壊滅。肉親も、親友も、目の前で惨殺。自身も重傷を負う。
 その文字が、一体何を教えてくれただろう。触れれば、それだけで焼かれそうな空気。あれほどの重さを、あの青年が隠し持っていることに。
「戦う適性はあったのに、それを迷っているうちに、愚神が襲来したのだと書いてありました。それは、どれほどの悔いでしょうか」
 淡々と告げる蕾菜も、愚神によって親を失っている。
「力はあって困らない、と伝えたかったんじゃないでしょうか。まだ『有る』から、と言ったのも……」
 では。
 燃衣にはもう、無い、のだろうか。
 英雄であるカースドの存在は、と考えて、境遇は似たようなもの、と言っていたことを思いだす。
 察するには、友樹とは、何もかもが違いすぎた。友樹はまだ有るものに必死にしがみついていて、燃衣の現在は無いことのうえに成り立っている。カースドのことは読み切れない。藍のことが、わからないように。
 あの殺意を、怖いと思う。だが、燃衣のことは。
「ありがとうございました」
 友樹ははっきりと、宣言するように告げた。
「たくさんのこと、重たいことも、大事なことも、皆持っているって、わかりました」
 良いことも、悪いこともある。クリッサの言葉だ。
「帰ったら、……話してみます。それでどうなりたいとかじゃなくて、話してみます」
 四人はそれぞれ、微笑んだ。
 それを見て友樹も微笑み、頭を下げた。
(また会えるかな)
 どんな形でも。もしその時がくれば、
(今度は、僕の)
英雄といっしょに。
改札の向こう、人波がさらっていってしまうまで。
少年の小さな背中は、ずっと見守られたままでいた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • エージェント
    アヤネ・カミナギaa0100
    人間|21才|?|攻撃
  • エージェント
    クリッサ・フィルスフィアaa0100hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ヘルズ調理教官
    虎牙 紅代aa0216
    機械|20才|女性|攻撃
  • エージェント
    ニココ ツヴァイaa0216hero001
    英雄|12才|女性|ドレ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
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