本部

節足動物:ダイヤモンド

水藍

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/23 19:46

掲示板

オープニング

●呪いの宝石
 かつて、ヨーロッパには有名な呪いのダイヤが存在した。
 ホープダイヤ。その名を知っている人は現代日本においても数多く居る事であろう。
 インド南部の川で発見された事を皮切りに、フランス、イギリスと人々の手を渡り歩き、今現在はアメリカの博物館に厳重に保管されている。
 45.50カラットのその炭素の塊は、数多くの所有者に非業の死を齎した後、安全に保管される、という結末に終わってしまった。
 ……何故こんな話をしたかと言うと、今現在、HOPEにはある案件が持ち込まれているからだ。
 曰く、そのダイヤのリングを手にした者は必ず謎の体調不良を引き起こし、遂には衰弱して入院沙汰にまでなってしまった者がでたのである。
「HOPEとしては、そのダイヤのリングが従魔と見ているのだ」
 職員の集められた会議室の上座で、上司の男が言った。
「次々に人を渡り歩いたダイヤのリングにいつの間にか従魔がとり憑いてしまい、ライヴスを吸い取っていると見て間違いないだろう」
 よく見ると、上司の眉間にしわが寄っている。
「現在、HOPEではこのダイヤのリングの行方を追っている。新しい報告が入り次第、また連絡をする」
 以上だ、と上司は言葉を締めくくった。そして、会議は次の議題へと進行する。

●足音はカサカサ
「お母さん、この指輪、なんか変だよ」
 幼い少女が、ローテーブルの上に無造作に転がった大粒のダイヤモンドのついたリングを睨みつけながら言った。
「ええ? どこが変なの?」
「1人でお散歩するみたい」
「お散歩? 指輪が? そんな筈あるわけ無いじゃない」
 ぐったりと布団に倒れ込んでいる顔色の悪い母親のそばに娘が座り込んだ。
 海外出張に出ている旦那にお土産として貰った大切な指輪である。
 そんな大事な指輪を玩具にされたように感じ、疑いと微かな怒りの篭った母の視線が娘を見上げた。娘は母親のそんな視線に一旦は怯んだが、めげずに不満の声を上げた。
「だって、見たんだもん! 昨日の夜、私が夜中にトイレに行ったときに廊下を歩いてた! カサカサ、って音を立てながら!」
「カサカサ、って……、虫じゃないんだから……」
「本当だもん! 指輪の宝石の根元から、何か黒い針金みたいなのが出てて、廊下をカサカサ歩いてたんだもん!」
「……」
 娘の言った事が未だに信じられない母親は、青白い顔を強張らせて娘を見上げて言い放つ。
「……いい? 指輪は勝手に1人でお散歩には行かないの。あなたの見たものは全部気のせいよ。それに、これはお母さんの大事な指輪だ、って何回も言ったでしょう? どうして勝手に持ち出して遊ぶの? ……お母さんは疲れてるの。ごっこ遊びは1人でやって頂戴」
「でも……っ」
「でもじゃない! お母さんは疲れてるって言ったでしょう!?」
 起き上がって指輪を専用のケースにしまう母親に叱られた娘は、母親の剣幕に怯んで完全に黙り込んだ。
 黙り込んだ娘を一瞥し、母親は再度布団に潜り込む。
 ケースに入れられ、一時的に机の上に置かれた婚約指輪がケースごとかたり、と動いた事にも気付かずに。

●調査依頼
 雨が降っていた。
 午後の仕事始めに掛かって来た1本の電話により、HOPE本部のとある部署は忙しなさを醸し出していた。
「はい、はい。指輪が動くんですね? ……ええ、大丈夫です。我々が直々にエージェントを派遣して責任を持って調査いたしますので。……はい、それでは、また後日」
「……見つかったのかね」
 がちゃん、と置かれた受話器を横目で確認して、上司の男性は電話対応をしていた事務の女性に声を掛けた。
「まだ確証は持てませんが、ダイヤに節足動物のような足が生えて移動するのを娘さんが目撃した、と海外出張から帰って来たと言う父親から通報がありました」
「……ほぼ確定、か……」
 上司は溜息を吐いた後、すばやくHOPEの職員へと伝達を回すために仕事に取り掛かった。

解説

ダイヤのリングに憑りついた従魔を撃退してください。(『●足音はカサカサ』はPL情報です。)

●リング
 見た目は極普通のありふれた指輪です。
 4本爪の立て爪式、ダイヤは0.3カラットです。

●従魔について
 ・ミーレス級になります。目立った攻撃はしてきませんが、リングを装着するとライヴスを吸収されます。(能力者、非能力者に係わらない)
 ・ライヴスを吸い取ろうと自分からとびかかってきます。夜間うろついていたのは指を探していたのだと推測されます。
 ・能力者が接近した場合、ライヴスを吸い取る為に初期段階として気絶狙いで顔めがけて体当たりをしてきます。
 ・形状はダイヤモンドのリングの為、形状が小さく攻撃が当てにくく通常の攻撃でも部位攻撃の扱いになりますので、武器によってはダメージを与えるのが厳しくなる事が予想されます。

●戦闘について
 ・指輪は依頼人の家の12畳程のリビングにあり、能力者を察すると戦闘を仕掛けて来る為、戦闘開始は屋内です。
 ・従魔の活動時間推測より、夜間に来訪します。
 ・屋内戦闘を行う場合、家具への被害等依頼主の後々まで影響が及ぶ行為は厳禁です。

●従魔を討伐した後
 ・依頼主がリングを気味悪がっている事もありますが、回収指示が出ているので必ず持ち帰ってください
 ・母親、若しくは父親への今回の事件の顛末、そして娘さんのアフターケアをお願いいたします。

●娘について
 ・5歳の女の子です。
 ・母親にきつく叱られ、現在は部屋に引きこもっています。
 ・かろうじてドア越しに会話をしてくれる様ですが、部屋に立ち入ろうとすると拒絶されます。
 ・複数人で慎重に時間を掛けてケアしてあげてください。ケアする能力者さんはケアに専念した方がいいでしょう。

●両親について
 母親は体調不良のため療養中です。会話は可能ですが、精神的に不安定なのでそっとしておく方が良いでしょう。父親は再度急な出張に向かい留守です。

リプレイ

●暗いリビングを目指して
 夜も更けてきたころ、立ち並んだ住宅街の一角に位置するとある住居に彼らは集まった。
「また珍妙な従魔もいたものだな……」
 依頼者の許可を得て家に上がった能力者と英雄たちの一員である真壁 久朗(aa0032)が呟いた。
「巨大ムカデと戦ったことはありますが……、これはなんと形容すればいいんでしょうかね?」
「いや……そんな具体性を持たせなくていいと思うぞ……」
 久朗の呟きを拾ったセラフィナ(aa0032hero001)が律儀に返答をする。
 早速今回の従魔を身近な物で形容しようとするセラフィナを言葉で制し、久朗は黙ってリビングに進むことにした。
「今回は室内で戦う事になるみたいだから、家具や家を傷つけない為にこんなものを用意したよー」
 室内であるために、いつもの白杖を片付けて代わりにオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)に手を引かれながら先頭を歩いていた木霊・C・リュカ(aa0068)が、唐突に立ち止まって一行を振り返った。
 何故か自信満々な様子のリュカの手には、この場には不釣り合いなホールケーキの箱があった。
「ふぉふぉふぉ……、リュカちゃん、それで一体何をしようと言うんじゃい?」
 小柄な好々爺――獣臓(aa1696)がリュカの近くまでやってきて問いかける。近くにはメイド姿のキュキィ(aa1696hero001)が立っている。
「おじいちゃん! よくぞ聞いてくれましたっ! これはねぇ、相手に投げつけるんだよ!」
 生き生きしながら言ってのけたリュカを、雁間 恭一(aa1168)がぎょっとした目で見遣る。因みに、マリオン(aa1168hero001)はじっとりとした目――チベットスナギツネの目つきによく似ている――でもってリュカを見ていた。
 周りがどんな反応を見せようが、リュカは相変わらず自信満々にケーキの箱を掲げていたし、獣臓はふぉふぉふぉ、と好々爺然とした笑い声で対応している。
 目的地であるリビングが近くなって来た。
 と、不意に宍影(aa1166hero001)が声を上げた。
「麟殿、また里からレポートの要求、どうするつもりでござるか」
 宍影の声に、骸 麟(aa1166)が素早い動作で振り返る。
「う……しまった! 前回のレポートもまとめて無い……」
 一気に顔を真っ青にさせた麟に、宍影が追い打ちをかける様に口を開いた。
「AGWの使用試験は里より命じられた麟どのの使命。あまりサボると資金援助を止められるでござる」
「あわわわわ……どうしよう宍影!」
 本気で焦る麟を見下ろしながら、顎に手をやって何かを考え込んでいる。
「うーむ……ふむ、今宵は極小型の従魔の退治の依頼でござる……チョコマカと動き回る敵には剣より格闘系の武装の方が向いているとそれがしは思っていたでござる。これにハンズオブグローリーを使えば……」
 何やら考えを巡らせる宍影と、それを不安そうに見上げる麟をよそに、一行は順調にリビングへと足を進めたのであった。

●逃げ回るダイヤ
 誰もいない真っ暗なリビングに、先頭にいたオリヴィエが足を踏み入れた瞬間だった。
 ひゅん、と風を切って何か小型の物体がオリヴィエの顔目掛けて飛んできた。オリヴィエは落ち着いて顔に飛んできた物体を右手で叩き落とし、飛んできた物体をリビングの床に叩きつけたのだった。
「……ご無事ですか、オリヴィエ様」
「ああ……、怪我はしてない」
 オリヴィエの行動にいち早く反応したのはキュキィだった。
 一行が暗いリビングへと目を凝らしながら視線を遣っているのをあざ笑うかのように、リビングのどこかからカサカサ、と何か虫の這うような微かな音が聞こえる。
「様子見……って事か?……今のうちに共鳴しとくか」
 そう言って、恭一が先陣を切って英雄との共鳴を開始する為に、マリオンの持っている剣へと手を伸ばした。
 2人目、3人目、と共鳴が順調に完了して行くのを、それまで静かに様子を伺っていた従魔だったが、4人目の麟が共鳴を開始した時に何を思ったかいきなり攻撃態勢に入り、能力者達に向かってとびかかって来た。
「おぉっと、そうはさせるかっ!」
 きらきらとどこかから入ってくる光をダイヤモンドに反射させながらとびかかって来た従魔を、恭一がシルフィードで叩く様に床にはじく。
 ついでに、従魔が外に出ない様に窓にライオットシールドを展開して防護壁を張っておく事にした恭一は、リビングのどこかに居る従魔に注意しながらリビングへと足を踏み入れた。
(先程見た様子からして、見た目は唯の甲虫だな……戦士の仕事では無いぞ)
 脳内に響くマリオンの愚痴を聞きつつ、恭一は素早く窓に歩み寄った。
 他の能力者も、いつまでも出入り口付近で手を拱いているのを止め、各々のタイミングでリビングへと侵入する。
「さて……、俺も仕事を始めるか」
 そう言ったのは、キュキィと共鳴を終えた獣臓だった。
 彼は従魔が居るであろう場所に最低限の攻撃でもって挟撃を狙い、ジェミニストライクを発動する。
 同様にして、共鳴を無事終えた麟も戦いに臨む。
 かさかさ、と獣臓の攻撃によって移動せざるを得なくなった従魔の足音が麟の近くで響く。
「骸幻視拳! チョコマカと!」
 ハンズオブグローリーで攻撃を加えるも、どうやら目標が少しずれてしまったらしい。従魔に掠った感覚を感じながら、麟は地団駄を踏む。
「骸止水針! 逃げられたらオレ達路頭に迷うんだ!」
 再度、麟によって攻撃が放たれる。
「よーし、タイミングどうだ?? 骸分身術二分拳!」
 家財道具に被害が及ばない様に、なるべく床目掛けて攻撃をしていたのがいけなかったのかもしれない。
 麟の視界の端で、何かが麟の足元に落ちるのを目撃してしまった。
「……え? 飛んだ!」
 わたわたと焦る麟の隙をついて、従魔が再度移動を始める。
 ひゅん、と麟の顔の横を通り過ぎ、今度は従魔が飛び跳ねる。
「……おわ! 絵に穴が開く!」
(麟殿身を挺してでも! 弁済する余裕はございませぬぞ!)
 従魔の行く先を確認して、麟は慌てて従魔を追いかける。
 その先に、タイミングよくいたのが久朗だった。
 彼は、器用に飛んできた従魔を盾で受け止め、従魔を床にたたきつける事に成功した。
 そして、そのまま床に落ちた従魔を打ち上げる様にして蹴り上げ、パイルバンカーをお見舞いする。
 久朗の攻撃をもろに受けた従魔は、なす術もなくこと切れ、ただのダイヤのリングに戻ったのだった。
 それを1人、リビングの真ん中で相手の様子を伺っていたオリヴィエは、構え持っていたケーキを床に下ろし、一足先にリュカとの共鳴状態を解いた。
 オリヴィエから引き離されたリュカは、オリヴィエに手を引かれながら立ち上がり、そして呟いた。
「食べられるケーキだったら、出番がなくても良かったのに……」
「……諦めろ」
 リュカの呟きを耳にしたオリヴィエは、静かな声で流したのだった。

●少女の箱庭
 その部屋の隅で、1人の少女が膝を抱えていた。
 桃色のワンピースを着て、何やら小さなカードを手に持って蹲る少女は、部屋の前に立つ他人の気配に対して反応らしい反応を見せない。
 言峰 estrela(aa0526)は固く閉ざされたドアの前に立って幼い子どもに対する態度を考える。
(子供と同じ視線で、受け入れやすく簡単な言葉で……)
 彼女の脳内で出た結論は、至極シンプルであり、とても難しい事だった。
 レーラは無言でドアの前ですっとしゃがみ込み、とんとん、と軽くノックをする
「こんにちわ? ワタシはエストレーラ、長いからレーラって呼んでね?」
 くぐもった声で扉の向こうに届くレーラの声に、少女は漸く顔を上げる。
「貴方のお名前はなあに?」
 続けられるレーラの声に、少女は考える。
(知らない声、だ……)
 レーラの質問に答える事はせず、少女は無言でドアの方を見つめる。
 一向に反応が返ってこないのを心配して、レーラは控えめにノックだけを繰り返した。
 繰り返される小さなノックに、少女は何処か非現実的な感覚に陥っていた。
 何かの本で読んだ、扉の向こうでしか会話の出来ない見えないお友達。きっとこの『レーラ』という者の正体はそれなのかもしれない。
 特に根拠はないが、なぜかそう確信した少女はゆっくりと口を開いた。
「……わたし、は、まひる……」
 小さく呟かれた声だったが、扉の向こう側に居たレーラとキュベレー(aa0526hero001)、石井 菊次郎(aa0866)そしてテミス(aa0866hero001)は聞き逃さなかった。
「まひるちゃんは、どうしてお部屋にずっといるの?」
「……」
 この問いかけは少し早かったかもしれない。
 レーラは次の問いかけをすることに決めた。
「良かったらこっちへきて、お話を聞かせてくれる?」
 こんこん、と再度小さくノックをする。扉の向こうから、微かに緊張が伝わって来た。
 レーラは慌てて言葉を続けた。
「大丈夫。ドアは開けないわ? だから、お話しましょ?」
 レーラと少女・まひるのやり取りを見つめる他の3人が、緊張した面持ちで扉を見つめた。
 どの位待っただろうか。
 かすかな衣擦れの音の後、扉の内側から小さなノックの音が返事をした。
 内側から聞こえたノックの音に、レーラはいつの間にか入っていた肩の力を抜いた。
「ありがとう。……ええっと、良かったら、ワタシにまひるちゃんが見た指輪の事を教えてもらいたいのだけど……」
 一瞬の沈黙。
「……いいよ。でも、まひるも聞きたいことがあるの」
 扉の向こうから返事が帰ってくる。
「聞きたい事? なあに?」
「これ……、むずかしいかんじが多くてよめないの」
 すっ、と扉の下から見慣れない名刺のサイズのカードが差し出された。
 レーラはそれを拾い上げ、カードに書かれた文字に目を通す。
「怪盗Cat tail 今宵、指輪を盗みに行きます」
「!」
 読もうとした所で、レーラの背後から幼い声がカードに書かれた内容を読み上げた。
 振り返ると、そこには弥刀 桜(aa1778)と緋茉莉 緋豹(aa1778hero001)が立っていた。
「……いつの間に……」
「わたしは怪盗Cat tail、人の背後に立つことなんて簡単よ?」
 パチン、と可愛くウィンクをした桜に向かって、レーラは瞬きをした。
「この間漫画とアニメでみたのよこういうしゅちえーしょん!」
「あーはいはい、うまくいくとええなー」
 どや顔で言ってのけた桜の肩を、緋豹が軽く叩く。
「……れーらちゃん?」
 と、扉の向こうから声が聞こえた。レーラは慌てて扉の方へと向き直る。
「ええっと……。これは、怪盗さんからのお手紙ね。まひるちゃんへ、って」
「そうなんだ……。まひる、かいとうさんからお手紙が来るのははじめてだよ」
 再度扉の下から室内へとカードを返す。カードは素直に部屋の中へと帰っていった。
「こんどは、れーらちゃんのばん。……わたしにききたい指輪の事って、なぁに?」
「そうそう、あのね。まひるちゃんが見た指輪の姿を聞きたいのだけど……」
 気を取り直して、レーラはまひるに再度質問を投げかけた。
「……しんじてくれないかもしれないけど、夜中にトイレに行ったときに廊下を歩いてた! カサカサ、って音を立てながら、1人でお散歩してたの……。お母さんは、そんなのうそだ、って言うんだけど……」
 暗い声で言ったまひるに、レーラは声を上げる。
「そんなことがあったのね……怖かったでしょう?」
 すんなりと信じてくれたレーラに、まひるは驚いて扉に寄りかかった。
 レーラはそんな事を露知らず、言葉を続ける。
「お話を聞かせてくれてありがとね? お返しに、ワタシからも1つ教えてあげる。まひるちゃんの言っている事はほんとうで 指輪のおばけはいたの」
 その言葉に、扉の向こうで息をのんだ音がした。
「今、ワタシのお友達がおばけを退治しているところなのよ?」
「……じゃあ、お母さんの言ってた事は、違うの?」
「うん。まひるちゃんは悪くないのに、それを怒ったお母さんが悪いわね。」
 あっさりと再度肯定されたことに、まひるはますます扉の向こう側に居る相手の事が気になり始める。
「まひるちゃんは優しいから。お母さんが、指輪のおばけに襲われるかもしれない。そう思って必死に教えてあげてたのよね? お母さんは間違ってたけれど……まひるちゃんは許してあげれる?」
 レーラの言葉に、まひるは動きを止めて思案し始めた。
「お母さんにはワタシ達からちゃーんと言って、まひるちゃんに謝るように言ってあげるわ? お母さんがごめんなさいってちゃんと謝ったら、許してあげれるわよね?」
 言葉を続けるレーラにも、まひるの動揺は伝わっていた。
「それとも、まひるちゃんはお母さんが嫌い?」
「っ! きらい、じゃない!」
 ガチャ、と軽い音を立てて頑なに閉ざされていた扉が開いた。
 顔を出したまひるの視界に入る前に、レーラは後ろででしゃがんだキュベレーにトナカイセットを素早くかぶせた。
「まひるちゃんは優しい子ね」
 そういって少女の頭を撫でた後、レーラはこの成果を伝える為にリビングに向かう事にした。
「じゃあ、ワタシはちょっとリビングへ行ってくるね。まひるちゃんはお部屋で待っててね」
「では、その間、まひるさんには俺の相手をしてもらいましょう」
 少し強面の菊次郎の顔に怯んだが、まひるは菊次郎とテミスを部屋へと招き入れた。
 階下へと消えていくレーラを見送った後、まひるは部屋の中へと帰って来た。
 ふと、窓からノックの音が聞こえる。
 窓の外には、緋豹と共鳴をした桜が立っていた。
「あなたが……、かいとうさん?」
 まひるの問いかけに、サクラはふかく頷いた。
 そして、手に持っていた指輪を指示し、盗んだことを示した。
 まひるが指輪に注目しているのを確認し、唐突に指輪をシルクハットへと変えて見せる。
「がんばった貴女に、ご褒美よ♪ It' a Show time!」
 桜の掛け声とともに、庭の樹木が一斉に光り始めた。
「わぁぁぁ……! かいとうさん、凄いねっ! ……あれ?」
 まひるが樹木に気を取られているうちに、怪盗はいなくなっていた。
「まひるさん、こちらで俺とお話しましょう」
「あ……、あの、かいとうさん、は?」
「怪盗さん……、ですか? 俺は見ておりませんが……」
 不思議そうに首を傾げる菊次郎に、真昼は慌てて床に敷いてあるカーペットに座り込んだ。
 窓の外に居る桜にむかって、テミスはまひるに見えない様に手を挙げて合図を送った。
「さて……、まひるさんがみたダイヤですが……、ダイヤに脚が生えるなんて良くあることです……昔の人はみんな知っていました。でも今の大人は忙し過ぎて分からなくなってしまったんです。貴女の様にちょっと注意すれば分かるのですけどね」
「そうなんだ……」
「そうです。お母さんはお父さんが遠くで働いていてちょっとだけ忙しくて余裕が無くなっているんですよ。出来ればお母さんを助けて上げて下さい。……さて、今夜は冷えますね。もう眠るとしましょうか。明日、朝起きてからお母さんにちゃんと挨拶をしてください。俺との約束です」
「うん」
 大人しく菊次郎の指示に従って自分のベッドに入ったまひるは、すでに半分夢の中のようで瞼が大分下がってきている。
「あの……、おにいさん……。指輪、が……」
「……ん? あのダイヤはどうなったかですか? 話の分かるとても暇な人達が相手をしてくれています。安心して今日は眠りなさい」
 そう言って、菊次郎はまひるが眠るまでまひるのそばに居た。
 まひるが眠った後、部屋の外に出た菊次郎の前にテミスが立っていた。
「良くもまあ次から次へと出鱈目が出て来るものだな」
「動く道具と言うのは普遍的なテーマです。有ってもおかしくない……ダイヤに虫の脚はちょっと行き過ぎですが、事実は小説よりも奇なり、と言うことで」
 そう言って、まひるの部屋を後にした。

●母親の懺悔
「信じられぬかもしれぬが、娘子の言っておった事は本当じゃよ」
 ベッドの上で上半身を起こして座っている母親へ、獣臓はそう切り出した。
「お嬢さんは本当の事を言っていたんだね。……体調が悪い時は、どうしても周囲が見えなくなる、それはそれで仕方ないことなので気に病む必要は無いよ」
 リュカが、優しく俯いた母親へと言った。
 母親は、己が犯した罪を悔いる様に、固く手を握りしめた。
 そんな母親を見て、獣臓が口を開く。
「奥方殿にはちと酷かもしれぬが、おぬしがそのような状態では娘子が不安がるぞぃ」
 好々爺の口から放たれる、身に染みる言葉に母親の涙腺はついに決壊した。
「私が……、私が悪いんです! あの子の言う事をちゃんと聞いてあげられなかったから、こんなことになって……! 旦那にも再三娘の言葉を聞くように言われたんですが、どうしてもそれが受け入れられなかった……! 私は、母親失格、ですね」
 涙をこぼしながら言った母親の顔は、娘を否定した自分を悔いる感情で溢れていた。
 母親の言葉を聞いて、獣臓は再度口を開いた。
「あるじ殿がおらぬで心細いのはわかるが娘子も同じじゃよ」
 にっこりと笑った獣臓は、さらに続ける。
「難しいことは言わぬ、娘子とじっくり話をすることじゃ」
 そう言いながら、さりげなく母親へと伸ばした右手がキュキィに叩き落とされた。
 仕方なく、獣臓は叩かれた右手をさすりながら母親の部屋から退出することにした。
 部屋から出る前、獣臓がふいに振り返った。
「指輪へ取り憑いておるのでこの指輪は回収をさせていただくのじゃ。大切な物なのに申し訳ないのぉ」
 それだけ言って、部屋を後にした獣臓の後を追うためにキュキィが母親へと一礼をしたのち、部屋から退出した。
 2人を見送ったオリヴィエだけが、扉の向こうへと消えていくキュキィの背中を見送る。
「娘さんとのこれからの為に、朝起きて来たら「信じてあげられなくてごめん」の一言でもかけてあげてほしい」
 リュカが言った。
 その言葉に、母親はやっと顔を上げてリュカの顔を見つめる。
 その視線を感じながら、リュカはふと母親の部屋の出入り口で立ち止まって振り返る。
「ああ、それと……、「おはよう」の一言も大切だよ」
 それだけ言い残し、リュカは母親の部屋を退出したのだった。

●散らばった部屋
 住人が寝静まった頃。能力者達は静かにリビングの清掃に励んでいた。
「案外、埃が舞うものだな……」
「クロさん、ごみまとめましたー」
「あー……、そっち置いとけ」
「はーい」
 ぱたぱた、と駆けて行ったセラフィナの背中を見送って、久朗はリビングにて各々の仕事を済ませている面々を見た。
 獣臓はキュキィに言われてソファに座って例のあの独特な笑い声を漏らしているし、レーラはキュベレーと共に掃除に専念している。キュベレーは相変わらず謎のトナカイを模した被り物を被りながら掃除をしているし、桜は緋豹と共に窓の外で樹木に施した電飾を片付けている。
 リュカは母親に教えてもらって、父親の携帯に電話を掛けて事の顛末を報告しており、その近くでオリヴィエはリュカの様子を伺っている。
 ふと、久朗はたまたま目を遣った麟と宍影が何やら悩んでいる事に気が付いた。
「今回のレポート、こんな感じで大丈夫かな?」
「銀礫閣に提出しない事には分からぬでござる」
「うう……二兎追う者は一兎も得ずか……」
「久し振りに正しい解釈でござるな……不吉な……」
 本気でへこんでいる麟を不気味なものを見るかのような目で見ながら、宍影が近くにあった埃の塊を素早くごみ袋の中へと拾って入れた。
 さて、問題の指輪であるが、回収は菊次郎が買って出てくれた。
 見慣れた手のひらサイズの青い指輪ケースに収納されている指輪を確認し、掃除も終盤に差し掛かって来た頃、不意に恭一の声がリビングに響いた。
「……あれ、マリオン? おい、どこ行った?」
 きょろきょろとマリオンを探す恭一は、近くに居た久朗に断ってリビングを後にした。
 当てもなく家の中を歩いていると、聞きなれた声がとある場所から聞こえてきた。母親の部屋だ。
「……勿論、貴女の彼への愛は純粋なものです。しかし、男は仕事を選ぶ事が出来る。なぜ彼はこの様な時に側に居れないのでしょうか?」
 後半に行くにつれて何やら不穏な雰囲気を感じ取り、恭一は母親の部屋の前にしゃがみこんだ。
 何やらマリオンが母親に向かって言葉を掛けているようだ。
「子供……そう見えますか?」
「!?」
 よくは分からないが、何やら嫌な予感がするのはひしひしと感じる。
「運命は余りに残酷だ! 何故余に呪いが……!」
 マリオンのその声が聞こえたとたん、恭一は母親の部屋に侵入した。
 そこには、母親の手を両手で握るマリオンとどこか困った顔をした母親が居た。
「マリオン! てめー何やってんだ! おら、帰るぞ!」
「何をする!? おい、離せ!」
「あらあら……」
 困ったように2人を見る母親の視線を感じながら、マリオンを俵担ぎして恭一は一礼の後、母親の部屋を後にした。
 こうして、人騒がせなダイヤモンド型従魔の討伐は幕を閉じたのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166
    人間|19才|女性|回避
  • 迷名マスター
    宍影aa1166hero001
    英雄|40才|男性|シャド
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • エージェント
    獣臓aa1696
    人間|86才|男性|回避
  • エージェント
    キュキィaa1696hero001
    英雄|13才|?|シャド
  • エージェント
    弥刀 桜aa1778
    人間|10才|女性|回避
  • エージェント
    緋茉莉 緋豹aa1778hero001
    英雄|15才|?|シャド
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