本部

冬山の覇者

霜村 雪菜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/23 21:24

掲示板

オープニング

●熊
「た、大変だ!」
 旅館の玄関から勢いよく飛び込んできた男は、倒れ込むようにしながらそう叫んだ。
「く、熊が出た! でかいぞ!」
 熊。
 その一言で、血相を変えたのは全員ではなかった。浴衣を着ている者達、すなわち泊まり客はきょとんとしている。
 男は旅館従業員に助け起こされて、ようやく冷静さを取り戻したようだった。そして、呼ばれてやってきた女将に状況を説明し始める。
「畑のそばを通りかかったら、でっけぇ黒いものが見えたんだ。何だろうと思って確認してみたら、熊なんだよ。や、熊ぐらいだったらめずらしくないけどな」
 この辺りはかなり山深いところにある。最近は生態系が変化したとかで、人間を恐れない熊もよく目撃され、ニュースに取り上げられたりしている。しかしどちらにしても、驚異であることに変わりはない。
「どうします? 警察に知らせますか?」
「ああ、その方がいいだろうな。今まで見た中で一番でかい……。三メートルはあったかもしれない」
 大人の約倍の大きさ。そう聞いて、ようやく泊まり客達にも恐ろしさの実感が湧いてきたようだ。小さなざわめきが、そこここで起き始める。
 女将は近くにいた従業員とともに、まずお客を落ち着かせることに専念した。その間に、知らせに来た男が警察に電話をかけ、熊出現の第一報がここで行われたのだ。

●HOPE支部
「熊に従魔が憑依しました」
 まだ若い男性職員は、集まったリンカー達にそう切り出した。
「場所はここ、見ての通り田舎の温泉街です。湖と山に囲まれた自然豊かな場所で、熊の他に鹿や狐なども多く生息しており、それが観光の目玉の一つとなっていました。従魔は、三メートルほどの体長を持つ巨大な熊です。いわゆるヒグマなのですが、体長の大きさとともに力の強さ、走る速さなども驚異として知られています。現地の警察が一度対策に乗り出したのですが、すぐに従魔とわかって通報してきました。迅速な措置だったため怪我人もなく、現在は観光客も含めたすべての住民の避難が行われつつあります。現時点では、熊従魔は最初に目撃された畑周辺から離れていないということですが、なるべく早めに対処をお願いしたいところです」
 ここで、職員は紙資料を各自に配布した。『熊の習性』とタイトルがついている。
「従魔化しているので、どこまで補えるかはわかりませんが。まず第一に、一度自分のものと見なした獲物に対して執着心がとても強いです。今回の場合は、畑の作物がそれにあたるでしょう。うっかり取っていったりしたら、執拗に狙われるということですね。それから、走るのが速いです。時速五十キロで走るといわれています。従魔化したことで、もっと速く動ける可能性もあります。他には、鼻先が弱点という情報もあります。身体は全体的に分厚い筋肉で覆われているので、なまなかな攻撃は効かないそうです」
 普通の熊ならばリンカー達の敵ではないが、従魔化しているのでかなり強敵になりそうだ。体長が三メートルなら体重は恐らく最大で五百キロ、そんな巨体から繰り出される一撃はどれほどの威力になることだろうか。
「といっても、頭や心臓をやられれば無事でいられるわけはないと思います。短期決戦がベストと思われますので、頑張ってください」

解説

●登場
熊従魔(デクリオ級)
 体長三メートル、推定体重最大五百キロ。従魔化しているため、普通の熊よりも厄介な存在となっていると考えられる。熊の種類はヒグマ。身体全体が分厚い筋肉と丈夫な毛皮で覆われているので、生半可な攻撃は効かない。逆に怒らせて攻撃される可能性が高い。
●熊の習性
 一度自分のものと見なした獲物に対して執着心がとても強い。奪われたと見なしたらどこまでも追ってくる。最初に目撃された畑の作物を「餌」と思っていると考えられる。
時速五十キロで走ることができるが、従魔化によってもっと速く移動できる可能性もある。
唯一筋肉に覆われていない鼻先が急所なので、奇襲を仕掛けるならここ。頭、心臓は普通のヒグマと同じく急所。
●現地の様子
 観光客、住民の避難が行われつつある。万一従魔を取り逃がして街の方へ行かせると危険。迅速に倒すのがベスト。

リプレイ

●落とし穴
 最初に、白い柱。次に黒い柱。
 一瞬にして晴れた天高く舞上げられた雪とその下の土は、灰色に混ざり合いながらぱらぱらと落下する。
 あとに残ったのは、深く大きな穴。幅約三メートル、深さも同じくらいは掘ったはずだった。
「ヒグマかよ……沿海州で出会った奴もデカかった。小熊を遊び半分に殺した馬鹿がいてな……あの時は二人やられたぜ」
 AGWで穴を掘った雁間 恭一(aa1168)は、隣の英雄に話しかけた。
「貴様も外見ならひけを取らぬな。もう少し愛されるキャラを目指したらどうだ?」
「……うるせえ。俺を某クラシックアニメキャラ呼ばわりするんじゃねえ。嫌な思い出が蘇るだろ」
「女絡みの過去まで有ったか? これは失礼した」
 マリオン(aa1168hero001)は、尊大な口調で言ったあとふふんと鼻を鳴らした。恭一は掘った穴の上に梯子を置いて橋のようにし、さらにその上に木の枝などを被せ、仕上げにビニールシートを敷いて雪を被せた。いわゆる落とし穴である。
 今回の任務は、畑を餌場にした巨大なヒグマに憑依した従魔の討伐。熊は一度自分の餌と定めた食べ物への執着が強く、それを奪ったと見なした相手には容赦なく襲いかかってくる。その習性がまだあるものと想定し、畑を拠点にして現在張り込みを続けている。最初の通報は昨夜だったが、その時はすぐに熊は山の中へ戻っていってしまったのだという。その後HOPEから依頼を受けた恭一達リンカーとそれぞれの英雄達が現場へ到着し、この畑で数時間迎撃準備を整えつつ待機している。
 落とし穴は三つ。畑側に向かって進入路を囲うように二メートルの間隔をおいて、恭一達と防人 正護(aa2336)で共同で作った。穴の中心にできた空間、踊り場とも言える場所が囮役を務めるリンカー達の最終待ち受けポイントだ。間違って穴にはまったり、追い込むルートを間違えないように、木で印も付けてある。
「やはり裏方か……貴様どうにも華々しい場面は似合わぬ様だな」
「報酬は同じだ。正々堂々斬り合ってもボーナスは出ねえぞ」
「……やれやれ」
 恭一は穴の近くに蛸壺を堀り、マリオン共々そこへ隠れる。多少狭いが、我慢できないほどでもない。恭一は長身で筋肉質だが、マリオンが小柄な少年だからだろう。顔つきも対照的で、仏頂面と言う表現で検索したら最初に出てくるような表情が常の恭一に対し、マリオンはくりっとした緑の綺麗な瞳に柔らかい肩まである茶の髪と天使の様な美少年だ。
「寒いな」
 マリオンは、防寒具に手を入れる。作戦に入る前に配られた使い捨てカイロが、今は非常に貴重だ。
「ん、わかった。待機な」
 携帯端末で他の仲間と連絡を取っていた恭一が、通信を終えて上方を仰ぐ。
「待つか」
「うむ」
 防寒具とカイロで暖を取りつつ、彼らは待機姿勢に入った。

●熊鍋は戦闘のあとで
 他のメンバーは、今回の作戦拠点を畑から近い路肩に定め、乗ってきた大型車の回りで準備に余念がない。
「温かいお茶なども用意してありますので、必要なら仰ってください」
雪が積もって辺り一面真っ白だ。彼らは、もちろん防寒具とカイロでフル装備だ。熊がいつどこから現れるかわからないため、体温低下を防がなければならない。なのに、ルビナス フローリア(aa0224hero001)はメイド服で周囲のリンカーや英雄達の給仕をしている。
「……寒くはないのか?」
 尋ねたのは、彼女の契約主月影 飛翔(aa0224)。
「この程度メイドとしては嗜みです」
「……ふーん」
 コメントに困った飛翔は、黙ってお茶を飲んだ。
「デケェ熊だな、狩り甲斐がありそうだ」
 今回の討伐対象の熊従魔のデータを見ながらにやりとしたのは、麻生 遊夜(aa0452)。
「……ん、熊肉」
 その隣で、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)がくすくす笑う。
「五百キロもあるなら全員で分けても食い出があるな。ガキ共の土産にも最適だろう」
 遊夜は孤児院を運営しているのだ。熊肉は栄養価の高い食材だが、滅多に手に入らないため高値がつく。それが食べられるのなら願ったりだ。
 討伐後に熊鍋を考えていたのは、彼らだけではない。
「熊鍋のレシピはこちらに。臭み消しの味噌をはじめ、各種調味料も用意してあります」
 ルビナスが、車の中を手で示した。
「主の要望を察し、お手を煩わせることなく要望に応えることは、メイドとして当たり前のことです」
 主、すなわち飛翔は苦笑している。
「ちなみに、旬は冬眠直前だそうです」
「くまなべ~」
「くまなべー!」
 餅 望月(aa0843)が、英雄の百薬(aa0843hero001)と一緒に熊鍋コールを始める。
「熊も食用になるとは聞いたことがあるけど実際に食べた事はないなぁ」
 のんびりと言ったのは、五郎丸 孤五郎(aa1397)。後ろに控える黒鉄・霊(aa1397hero001)は、まるでロボットアニメの主役メカかライバルメカのような姿をした英雄だ。
 盛り上がる熊鍋組とは正反対のテンションなのは、月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)。
「そもそもは、人間達によって住処を脅かされていたんでしょうに……」
 溜息をつく由利菜の肩に、ラシルが手を置く。
「……忘れるな。最優先は従魔を倒し人々の生活を守ることだ」
「ラシル……」
「ユリナ……憑依を解いても、今の人間社会で熊を野に帰すのは大きなリスクを伴う」
 昨今、熊が人間を恐れなくなってきていると言われている。山を下り、街中に出没してニュースになることも多い。人に被害をださないためには、非情に徹しなければならないのだ。
「ええ……そうよね」
 美しい少女は、決意を秘めた瞳で自分の武器に触れた。
「憑依された熊ねぇ……、(熊から従魔を)安全に引きはがしたいけどうまくいくといいなぁ」
 その横では、やはりテンション低めの二人が会話している。來燈澄 真赭(aa0646)と緋褪(aa0646hero001)だ。
「そうだな、(避難は完了していないし、一般人には現場から)まずは離れてもらわないとな」
 緋褪の言葉に、真赭は頷く。
「(熊が)死なない程度に殴るしかないかぁ……、できれば(動物は)殴りたくないんだけどなぁ」
「え?」
「ん?」
 会話が噛み合っていなかったのに気づいたのは、二人同時。このときが初めてだった。
 緋褪はメンバーを振り向き、沈痛な面持ちでこう言った。
「すまない。今回の依頼、うちのが皆の意図しない行動をする可能性が出てきたため、先に謝っておく」
 その時だった。遊夜の携帯端末が鳴る。
「おう。……そうか、わかった。……ああ、まだ出てない。けど、なるべく早くな」
 短く通話を終え、彼はその内容をみんなに告げた。
「照明車を取りに行った組からだ。無事に手配できたってよ。今こっちへ向かっている」

●熊出没注意
 晴海 嘉久也(aa0780)は、照明車を止めた。地元の人達などから話を聞いて決めた、熊の迎撃予定地点である。戦闘が夜になることも想定されるため、やはり視界の確保は欠かせない。
 もう一台あった方がいいだろうということで、別なところからも照明車を手配している。そちらは、落とし穴の準備を終えた正護が取りに行ってくれている。そのついでに、ここまでのルート上に拠点を作って待機している他のリンカー達も車に乗せてきてくれるということだった。
「一生懸命な人ですね」
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)が、正護との電話連絡を終えてそう言った。
「そうですね」
 嘉久也は答えて、窓の外を見やった。昼をとうに回り、そろそろ夕闇が近づいてきている。夜になると一段と冷えるだろう。照明設備を用意したとはいえ、太陽光以上に周囲を照らす灯りなどない。昼間の間に戦闘できるに越したことはないのだが。
「囮の方達は、熊の餌に対する習性を利用しておびき寄せると言っていましたね」
 エスティアは、少し不安そうだ。いざ実物を見て怯まないようにと、実際戦うことになるはずの熊と同じくらいの大きさの剥製を見せてもらっていたのだが、なるほどあれが動いて襲いかかってきたら恐ろしいだろうなという代物だった。ちょっとした自動車のようなサイズと質感だった。
「あ、また電話が」
 エスティアが呟く。今度着信があったのは、嘉久也の端末だ。
「はい」
 彼は少しの間短いやりとりをしていたが、やがて端末を耳から離しハンズフリーモードに切り替えた。
「エスティア」
 その声音の緊迫感から、エスティアはとうとうその時が来たのだと理解した。
「行きましょう」
 頷き合い、リンカーと英雄は共鳴した。

●森の中熊さんに出会った。
 ハーメル(aa0958)は、畑に植えてあったキャベツを持ってひたすら走っていた。追いかけてきているのは、件の熊従魔である。一部から懸念の声が出ていたが、己の餌にどこまでも執着するという熊本来の習性は残っていたようだ。ならば、逆にやりやすい。
 墓守(aa0958hero001)との共鳴はすでにしているので、ほとんど自動車並みのスピードで迫ってくる熊にも何とか追いつかれずにすんでいる。『ジェミニストライク』による分身、そして持ち前の機敏な動きで熊の追撃をかわしながら、ハーメルはひたすら走った。
 現在地は、畑に隣接する山の麓。山から熊をおびき寄せる方が戦闘は楽になるので、山狩りはしない作戦だった。そしてハーメルからは他のキャベツとの判別が不可能なのに、熊はこれが己の餌であると確かにわかるらしい。
 どこまでも追ってくる。思わずハーメルは有名な童謡を思い出したが、こちらはとことことこなどという可愛らしい擬態語にはそぐわない、どう猛な気配であとからついてくる。
『ハーメル』
 頭の中で、墓守の声が聞こえた。
『もう少しで例の畑に着く。直進を』
「わかった!」
 アドバイスに従い、ハーメルは速度を上げた。
 畑と思われる辺りは、真っ暗だ。温泉街は田舎であるところが多く、ここもその例に漏れない。故に街灯も少ないのだ。
 ライトアイのスキルがあれば夜の戦闘にもまったく支障はないのだが、ここで無い物ねだりをしてもしかたがない。
 それに、すでに手は打っているはずだ。
 ここぞとばかりに、ハーメルは一気に駆け出す。そして、ハンズフリーにしていた携帯端末に叫んだ。
「目標到着!」
 同時に。
 視界を幾条もの光にさっと撫でられて、ハーメルは一瞬目を眇めた。
 照明車からの灯りだ。
 光の中、いくつもの影が動く。
「狩りの時間と行きましょう。失礼致します」
 ルビナスが一礼し、飛翔の後ろから肩に手を置いた。共鳴が始まる。
「冬眠をしない個体もいるそうだ。今回のはそういうのが従魔化したのかもな」
 飛翔は中距離攻撃型、向かっていくことはせず慎重に間合いを取り熊に攻撃できる隙を窺う。
「かもな」
 リーヤと共鳴した遊夜も同様に、熊の次の行動を見極めるべくじっと観察している。
「爪だけじゃない、咬みつきもくるぞ」
「ああ。まあそっちは接近戦が得意な方に任せるとして」
 遊夜は前に出る。さすがに疲れが出たのか、ハーメルが熊にもう少しで追いつかれそうになっている。
「ちょいと追いかけっこしようぜ、熊さんよぉ」
 畑の野菜を小脇に抱え、遊夜が熊に向かっていく。ハーメルが横へ飛ぶのと同時に、彼はUターンして全力で走り出した。熊は一瞬躊躇うそぶりを見せたが、ターゲットを遊夜へと変え進路をそちらへ向けた。
 まともにやり合うのは危険。作戦では、落とし穴のどれかに熊を落としたあと全員で討伐することになっている。遊夜が向かうのも、もちろん罠のある場所だ。
 しかし、場所が平地になったのは、熊にとっても有利だったようだ。
「おおぅ……こいつぁスリル満点だなぁ、おい」
『……ん、おっきくて速い、予想以上?』
 ハーメルを追っていた時の何倍もの速さで、熊は遊夜に向かっている。追いつかれそうだ。彼は本来遠距離攻撃を得意とするため、接近戦に持ち込まれたら不利になる。
 遊夜は肩越しに振り返り、掌を後ろへ突き出した。
 フラッシュバン!
 光が破裂し、一瞬だけ辺りは昼を取り戻す。
「四つ足走りじゃ顔庇えないだろう?」
 にやりとする遊夜。その言葉通り、まともに閃光を食らった熊は動きを止め苦しそうにもがいている。その隙に彼は、熊の間合いから距離を取った。
 代わりに前へ飛び出したのは、漆黒の機体と天使と見紛うばかりの美女。
「ごめんなさい……他の人を傷つけられるわけにはいかないんです!」
 由利菜の両刃剣が、熊の前足を狙って突き出される。車並みの機動力を削いでおけば、ぐんと戦いやすくなると踏んだのだ。しかし一撃が届く紙一重の差で、熊はそれをかわした。
「くっ!」
 由利菜はすかさず体勢を立て直そうとする。だが絶好の機会とばかりに、熊が彼女を狙い前足を振り上げる。
 がっ、と重い音が弾けた。
「暗視センサーとか探照灯とかないのか?」
『あったかもしれませんがそこまでは再現されてないみたいです』
 黒鉄と共鳴した孤五郎が、手にした二本の剣で熊の攻撃を受け止めたのだ。その間に由利菜は前線を離脱している。
 孤五郎は、気合いと共に熊を後方へ押し返した。三百キロ以上あると思われる巨体は多少よろめいただけで転倒までは至らなかったが、孤五郎の狙いはその勢いを利用して後ろへ下がることだった。
『防御力はなかなか……ですね、ただ闇雲に硬いというだけではなさそうです』
「そういう時のための魔法剣だ、お前に言わせればビームコーティングソードだったか?」
 普通の熊でも、筋肉と硬い毛皮に覆われた身体はなかなか傷つけることができない。まして従魔化してしまった今、確実にその硬度は上がっている。
 まともにやり合うのは、やはり不利。
「たあっ!」
 熊の背後から、裂帛の気合いが迸る。望月が氷を纏わせた三叉の槍で躍りかかったのだ。彼女はライトアイで夜目が利く。
「昼でも夜でもメヂカラ標準装備よ」
氷の槍が、黒い毛皮にめり込んだ。熊が吠える。物理攻撃への耐性は高くとも、魔法攻撃に対してはそれほどでもないようだ。
 チャンス。
 誰もがそう思った。
 銃声が響き、再び熊が咆哮した。二方向の遠距離からの攻撃が、両足に命中していた。嘉久也のグレートボウと、遊夜の射撃だ。
「急所は鼻先、脳に心臓だったか」
『……ん、鼻を狙うのが、効率的』
「だな、ジャックポットの腕の見せ所って奴だ」
スキルによって強化された狙撃能力で、さらに遊夜は熊の弱点の一つである鼻先へも弾丸を撃ち込んでいく。
 飛翔が、飛び出した。横手から槍を振り上げ、熊の頭部へ振り下ろす。傷はつかなくとも頭部への打撃は脳へと響く。その衝撃で脳震盪を起こすのが彼の狙いだ。
 熊はよろめいて、ふらふらとたたらを踏む。さらに飛翔は殴っては離れるというヒットアンドアウェイを繰り返す。
 闇雲に攻撃しているわけではない。狙いはさらにもう一つ。
「やった!」
 誰かが叫んだ。その時の熊の吠え声は、驚愕に満ちているように聞こえた。
 巨体が消える。落とし穴への誘導が成功したのだ。
「攻撃を集中、一気に叩くぞ」
 飛翔の言葉に呼応し、リンカー達は落とし穴の周囲へ集合する。照明の光は完全に穴の中までは届いていないが、蠢くものの輪郭と爛々と輝く二つの目だけは見て取れる。
「あの辺が頭ですよ!」
 望月が穴の中を指さす。それを聞いたリンカー達の武器が、一斉に閃いた。
 嘉久也の槍が、熊の頭部をめがけて振り下ろされる。次いで望月のトリアイナ、由利菜の剣。
 熊は暴れ出した。何とか致命的な一撃を避けようと動き回り、吠え、時には両腕を振り回そうとする。だが熊の寸法を想定して大きさを調整した穴は、それらすべてを封じる造りになっていた。
 やがて吠え声も弱まり始める。彼らは勝利を確信した。
 しかし、その時だった。
「わっ!」
 嘉久也が悲鳴を上げた。槍を必死で動かそうとするが、びくともしない。
 何がどうなっているのか。それを視認できたのは望月一人だった。
「く、熊が槍を掴んでいます!」
「っ!」
 嘉久也は槍を放し、跳び下がった。恐ろしいことが起きたのは、その直後だった。
 がっ、と鈍く地面を抉る音が響いた。反射的に由利菜が剣を振るう。前足を切り払おうとしたのだが、闇に邪魔され狙いが逸れる。
「下がれ!」
 張り詰めた緊張が、誰かの鋭い叫びとなった。リンカー達は一斉に間合いを取り、穴からゆっくり這い上がる熊を睨みつけた。
 かなりのダメージは与えているはずだ。しかし、まだ致命傷ではない。
 その証拠に、熊は真っ直ぐにハーメルへ突進していった。
「わっ!」
「ハーメルさん!」
 遊夜が熊に銃を放つ。弾は見事に鼻先をかすめ、一瞬熊は怯んだ。
 ハーメルがその場から離れていく。体勢を整えた熊が次に敵と認識したのは。
「あ、うち?」
 真赭は、ぼんやりと人ごとのように呟いた。
 動物好きな彼女は、もともと今回の依頼に心から同意していたわけではない。ゆえに、熊が迫ってきて後足で立ち上がり、その重い腕の一撃を受け止めた時もどことなく戦意は見られない。
「ごめんね。依頼を失敗するつもりはないけど、この子もただ憑かれただけだし無闇に命を奪いたくはないんだよね。まぁ、この子がまだ生きてるのかは不確定だけれどもね……」
『3メートル近い熊に対してこの子呼ばわりか……』
 共鳴している緋褪が、やれやれといった風に言う。
 真赭は、合気道の要領で熊を跳ね返し、攻撃射程圏から出た。どうしようか思案する。この熊はもう完全に従魔に呑まれてしまったのか。それとも。
 もし助けられるなら、助けたいが。
「大丈夫か!」
 男の声と共に、四方八方からの魔砲が熊を襲った。
「あ、防人さん」
「俺が援護する」
 今まで戦況を見極めていた正護が、真赭をかばうようにして熊との間に立ちはだかった。
「え、でも」
「変身、驕る必要などない、全力で討伐にかかる!」
 彼にとっては、これが初依頼。なのに自分の倍近くある熊へ向かっていく姿には、微塵の躊躇いも怖じ気も見られない。
「申し訳ないけど、手負いの熊を人里近くの冬山に帰すわけには行かないわ」
 いつの間にそばへやってきたのか、望月が真赭に囁いた。
 そして、彼女は思い出す。待機中にやはり同じような気持ちでいたらしい由利菜へ、ラシルが言ったことを。

 憑依を解いても、今の人間社会で熊を野に帰すのは大きなリスクを伴う。

「……そっか」
 望月が、真赭の肩をぽんと叩く。頷いて、真赭は正護の援護へ向かうため望月と共に走り出した。
 正護は、熊のペアハッグを受けていた。嘉久也が熊の腕の付け根へ攻撃し、拘束の力が緩んだところで辛うじて離脱する。
 熊が怯んだところへ、飛翔のレッド・フンガ・ムンガが襲いかかる。顔面への投擲だったため、避けようとした熊は大きく体勢を崩した。
「今だっ!」
 ハーメルが熊の側面から後ろへ回り込み、スキルを発動させる。
 ――毒刃。
 熊の動きが鈍る。それは狙撃手にとって絶好の機会を意味した。
「『……ジャックポット』、ってな」
 遊夜の弾丸は狙い過たず熊の目を貫いた。
 今までで最も大きく悲痛な叫びが、雪に覆われた夜に響き渡った。
「……かわいそうに」
 由利菜は涙ぐんでいたが、すでに心は決めている。ライヴスブローを纏わせた剣は、迷いのない真っ直ぐな軌跡を描いて熊の頭へ吸い込まれていく。
 突き刺さった。深く。
 そのはずだ。
 なのに、熊はまだ生命の火を消してはいない。
 大きく頭を振り、前足の一撃が由利菜を抉らんと大きく弧を描く。間一髪で下げた由利菜だが、剣を置き去りにする結果となった。
 唇を引き結んだ彼女の脇を、漆黒の風が通り過ぎる。
「何も弱点は鼻先のみと決め付けてかかることもないだろうに」
 孤五郎だ。
『見たところ何かしらの技術があるでなし、攻撃の出かかりを見極めれて回避できればそのあとは隙だらけです』
 片目を失った熊の攻撃は、明らかに正確さを欠いていた。その隙を縫って効率よく、孤五郎は熊の関節や腱を狙い攻撃していく。
 熊の咆哮は、くぐもったものへと変わっていった。先ほどまでのどう猛さは弱まっている。
 そろそろとどめを刺してやらなければ。熊も可哀想だ。
 孤五郎がそう考えるのと、正護が飛び出すのはほぼ同時だった。
「とどめだ! 防人流奥義、雷堕脚!!」
 気合いと共に上空へ跳び上がり、放たれたキックの威力は熊を大きく後退させた。その数メートル後ろには、もう一つの落とし穴がある。彼としてはそこまで蹴り飛ばしたかったのだが、熊の重さでいくらか勢いが削がれてしまったらしい。
 しかし、それは熊にとっての有利にはなり得なかった。救いにも。
「いい加減、熊らしく冬眠しやがれ!」
 蛸穴から飛び出した恭一が、ライブズリッパーを熊へ解き放った。ライヴスを乱され、熊は唸り声を上げてよろめいた。恭一はさらに体当たりで追い打ちをかける。
 熊が、上空を仰いだ。両腕を天高く差し上げる。
 その巨躯が、突如消え失せた。
 先ほどと同じ。恭一の体当たりで落とし穴まで誘導されたのだ。
 恭一の次の行動は素早かった。ライヴスブローで強化したライフルを、容赦なく穴の中へ向かって撃ち続ける。
 穴の周囲に、他のリンカー達も次々と集まっていき。
 ――戦いが終わるまでには、そう時間はかからなかった。

●熊の恵み
「うん、この辺は持っていってもよさそうだね」
 望月は、半分ほど欠けてしまった畑の野菜を拾い上げて、持っていた袋に放り込んだ。
 熊を完全に倒したと確認してからのいろいろな仕事が大変だった。HOPEだけでなく警察や村の住人にも連絡し、彼らが戻ってくる前に戦闘で無残な有様になった畑やその周辺を綺麗に直しておかなければならなかった。
 事前に畑が戦闘場所になることは伝え、その旨了承してもらっていたとは言っても、明日からこの畑の持ち主が困ることには違いないのだ。ゆえに、リンカーと英雄達は手分けして整備作業に当たっている。
 望月と百薬は、畑に植えられていた作物の中から、食べられるものと駄目になってしまったものを選別している。粉々になってしまったものはそのまま土に埋めてしまうが、少しでも無事ならば残しておく。そして、中途半端に損壊しているものは、あとのとっておきの楽しみのために集めるのだ。
「熊が珍しくないってことは、熊料理やってるよね」
 任務を引き受ける際、望月はそれを調べたのだ。結果は、Yes。地元の猟師さんが中心となり、熊が捕れた時限定ではあるが熊料理を振る舞ってくれる店があったのである。
「……従魔化しても肉は食えるか?」
 正護は少し不安そうだった。
「大丈夫じゃないかな? 何か噂だけど、結構あとでおいしくいただきましたって話聞くよ」
 望月が答えると、「そうか」と言って彼は納得していた。
「熊鍋が……食べたいな」
 落とし穴を埋める作業担当の彼は、区切りのいいところで一服しつつ呟いた。
 熊は、三百キロほどあった。鍋にしたら一体どれくらいになるだろう。もちろんリンカーと英雄達だけでは食べきれないだろうから、避難することになってせっかくの休みを台無しにされた宿泊客達にも振る舞えば、いい思い出として残るだろう。
「このまま朽ちさせるよりは……いいと思います」
 みんなで熊鍋の話で盛り上がった時、由利菜も静かにそう言った。
「ちゃんと調理しようと思ったら時間がかかりますね……」
 料理が得意らしい彼女も、熊肉はさすがに扱ったことはないようだ。しかし解体用のトマホークもしっかり持ってきている。
「果たしてどんな味がするのやら」
 野菜集めをしている孤五郎が、くすりと笑った。
 正護と同じく穴埋め作業を担当し、一仕事終えた恭一が、マリオンと一緒に畑の方へ戻ってくる。熊の身体は穴からクレーンで引き上げて、今は畑脇に置かれていた。
 自分が撃った巨体の前に佇み、恭一は改めて熊をしげしげと眺めた。ちょっとした小山のようだ。
「これだけズタズタにしたら高くは売れねえな」
「トロフィーの傷はその価値を高めるものだ。認識不足だな、雁間」
 マリオンの言葉はいつも通りの調子だったが、その声が多少柔らかいように思えて、恭一は横目で彼を窺った。
 だが、何も言わない。そしてしばらく二人で熊を見つめていたが、やがてどちらからともなく歩き出した。その先には、ハーメルと墓守がいた。
「よぉ。まだなんかやることあるか?」
「あ、はい。じゃあ……すみませんが、この野菜の袋を車に積むので、手伝っていただけますか?」
「わかった」
 恭一は手を伸ばし、今まさに墓守が持ち上げようとしていた袋をそっと奪い取った。破損しているとはいえかなりの量の野菜が詰まっている袋は、重い。
 墓守は唯一露わになっている赤い目を見開いたが、恭一はすでに袋を持って車の方へ向かいつつある。彼女はハーメルと顔を見合わせ、すぐに他の袋をそれぞれ両手に持って彼を追いかけた。
 そうして現場の片付け作業が終わったあと、一同は彼らのために部屋を用意してくれた旅館へ向かう。数時間ほど仮眠を取ると、ちょうど昼が近かった。
 熊の解体は、専門的な知識と技術を必要とされる。一番に目を覚ました嘉久也とエスティアが、旅館のスタッフに教えられて中庭に出てみると、すでにそれは始まっていた。
「うわあ……こういう風にするんですねぇ」
 エスティアが目を丸くして見入っている。嘉久也も、つい何時間か前に戦った存在がどんどん姿を変えていく様をただじっと見守った。
「すごいな。手際がいい」
「ええ、メイドとして是非見倣わせていただきたい技ですわ」
 いつの間にかやってきた飛翔とルビナスも、行程を興味深げに見ている。
 そして時間が経つうちに、他のメンバーも起き出してきてぞろぞろやってきた。
「……ん、皆で熊鍋」
尻尾をブンブン振って、リーヤは遊夜に主張している。
「そうだな、皆でつつくのも悪くない」
 遊夜としてはこの肉を少しもらって返って、孤児院の子供達に食べさせたいところだ。
「半冷凍で薄くスライス。長時間の湯通しで脂と臭みを取り、水洗い……これが調理前に必要な作業だそうです」
 由利菜はラシルと並んで熟練者の手順を見ているが、その知識通りに手際よく動くプロの技に心から感嘆しているようだった。
「幸せ~」
 望月と百薬はうっとりと中空を見上げている。
「熊も食べたくなるお野菜も絶対美味しいよ、本来なら都会に出荷されちゃったりするんだろうけど、これは役得だね。これで温泉でもあったら最高なんだけど、そこまでゆっくりしてちゃダメかな、そういえばお仕事か」
「お仕事もう終わったし、いいんじゃないの? 温泉~」
 百薬は天真爛漫にはしゃいでいる。
 彼らはみんな、猟師さん達の手さばきに魅せられていた。だから、つい気づかなかったのだ。
 熊の毛を一房持って、真赭が緋褪と一緒にこっそりと旅館から出たことに。
 旅館から少し離れた広場で、真赭は雪に覆われた地面を掘り返し、熊の毛をそっと埋めた。そして両手を合わせ、黙祷する。
「相変わらず動物には真摯だな」
 緋褪は彼女の少し後ろに立ち、同じように合掌した。
「もし人間で同じようなことがあった場合は家族なり関係者なりがやるからいいけど、動物の場合はまずそうはならないからうちくらいはね……」
 動物を愛する彼女にとって、いささかつらい任務だった。だからこれは、贖罪でもあるのだ。
緋褪が、彼女の白銀の髪を優しく撫でた。振り返った真赭は、静かに立ち上がる。
 並んでゆっくりと、二人は元来た道を帰り始めた。
 戦った者達、追われて戻ってきた者達が、共に温かな料理を享受するのは、少し後。滅多に味わえないめずらしい料理に彼らは一様に満足して舌鼓を打ち、それは誰にとっても楽しい思い出の一つとなった。
 かつて熊は、神と目されていた。恵みをもたらすために人の世に降りてきて、肉や毛皮を与えてくれるのだという。その恩恵に謝意を示すため、人々は祭りを行い神をもとの世界へ送り出すのだと、古い伝承は語っている。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336

重体一覧

参加者

  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 汝、Arkの矛となり
    五郎丸 孤五郎aa1397
    機械|15才|?|攻撃
  • 残照を《謳う》 
    黒鉄・霊aa1397hero001
    英雄|15才|?|ドレ
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避



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