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【白刃】後方支援部隊
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最終発言2015/11/07 20:39:38 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/11/07 20:37:58
オープニング
●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」
展開されたドロップゾーン。そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。
「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります。――どうか皆様、御武運を!」
●戦場に救いはあるか
「衛生兵ーッ!!」
「撤退部隊だー! 道を開けろォ!」
「クソッ、しつこい従魔どもだ! 基地には入れるんじゃねぇぞ!」
別働隊として後方支援の任に就いていたあなたたちは、最前線に従軍して撤退の受け入れ・負傷者の治療を行っていた。生駒山付近を覆い尽くす巨大ドロップゾーン……その中心から溢れ出す従魔の攻撃によって、H.O.P.E.のエージェント部隊にも次々と負傷者が出ている。彼らは前線基地を目指して撤退するが、弱ったリンカーを狙う蠅どももそこいらじゅうを飛び交っていた。
「この支援基地だけは守り抜かないとな。俺たちがいるから、前線のリンカーが思いっきり戦えるんだ」
そんなH.O.P.E.職員の言葉が、あなたの耳に届く。この基地で活動する多くは、H.O.P.E.に勤めているだけの一般人たちだ。けれども、誰もがエージェントと同じ覚悟を持ってこの場所に立っている。
あなたがこの戦場で成すべきことは何だろう? 傷ついた仲間を癒すことだろうか。この基地の全ての命を、従魔の牙から守ることだろうか。あるいは、この光景を目に焼き付けることそのものだろうか。
誰もが、この場所に必要とされている。
解説
概要
大規模作戦選択肢C(異界からの黒龍と戦う)の後方支援を行います。
従魔から負傷者を守り、2時間程度支援基地を維持してください。
あなたにできること
・負傷者の治療
多くの怪我人が運ばれてきます。中にはもう助からない人がいるかもしれません。
・撤退部隊の援護
手負いの味方が救援を求めています。『威を借る飛龍』から彼らを守ってください。
敵構成
・ミーレス級従魔『威を借る飛龍』(ジルニトラ)
負傷者や撤退部隊にたかる蠅と飛龍を混ぜて捏ねたような従魔です。
近接範囲に火を吐く攻撃をします。無数にいますが、強くはありません。
(PL情報)怪我人が多く収容されたテントを多数で襲撃します。
状況
・状況的なペナルティ(暗いなど)はありません
・支援基地は平地に建てられた複数のテントから成り、壁などはありません
・H.O.P.E.職員が多数いますが、戦えるのはPCだけです
※大規模作戦選択肢Cリプレイとの相互関連性はありません。
リプレイ
●正義はどこにあるか
「おい、あれロードナイトじゃないか?」
「本当だ。カトレヤ シェーンもいるぞ。こんなところでお目にかかれるとはな」
職員の目に留まったのは月鏡 由利菜(aa0873)とカトレヤ シェーン(aa0218)だ。彼らが思わず振り返るほど二人は美しかった。傍を歩くリーヴスラシル(aa0873hero001)と王 紅花(aa0218hero001)もその例に漏れない。だが、彼女たちにそういった自覚は全くない。
「鶏鳴机小隊との合流まで、あまり休憩は取れそうにありませんね……」
「バラウールの大群とやりあうんだろ? 姫騎士様は飛び道具も扱えるのかい?」
「私の英雄から戦技の一環として弓も教わっています。飛龍の迎撃はお任せ下さい」
「そいつは頼もしいねえ……俺は、今、俺が出来ることをするさ」
カトレヤは笑い、大きく開いたシャツの胸元で褐色の肌を揺する。月鏡は支援基地での待機中、巻き込まれる形でこの場所に立っていた。白磁の肌を覆うは修道女を思わせるテール・プロミーズ学園の冬季制服。露出が少なくともその胸部を押し上げる質量は確かなものだ。一方で空を見上げるラシルが纏うのは彼女の世界の女騎士の正装。ボディコンシャスな装衣は見る者の目に戦場に咲く白銀の華と映っただろう。
「質より量、という言葉が相応しい敵だな」
「負傷した方を、あんな輩に触れさせはしない。敷地内にも入れさせない……!」
「ああ。救える命を散らしてはならない……やるぞ」
飛び交う従魔を見て言うラシルに、月鏡が頷く。申請受理された支給品を受け取るため、四人は仮設テントへ向かった。カトレヤはインカムを取り、手袋をした義手で眼帯の帯をよけ、イヤホンを耳にねじ込む。彼女は己がこの場所で為すべきことは、仲間との情報共有に尽くすことだと思った。ふと英雄を見ると、王は空を睨み付けている。真紅の瞳に鏡映するは、跋扈する異形の龍。
「弱者に群がる蝿どもめ!」
王は喜怒哀楽が激しい。その表情はまさに"怒"……これは彼女だけではない。虎噛 千颯(aa0123)は負傷者とすれ違って歩調を乱した。血の匂いに反応し、白い虎耳がぴくと動く。彼の言葉に白虎丸(aa0123hero001)が応えた。
「結構傷ついてたのいたな」
『そうだな……戦争とはそういうものだ』
「そっか……そうだな……」
『……何か思う所でもあるのか?』
「いや……何でも無いぜ! ここは確り守るぜ!」
『でござるな』
救護テントを覗いてからというもの、虎噛からチャラけた雰囲気は消え去っている。白虎丸は彼の異変には気付いていたが、共鳴しても心が読めるわけではなかった。白虎丸自身、その惨状にはひどく心を痛めている。彼が人知れず無力感に苛まれる中、遠くに見知った顔を見つけた虎噛はそちらへ軽く手を振った。
「恭也ちゃんも真琴ちゃんもよろろなー」
「ああ、よろしく頼む」
「よろしく……」
御神 恭也(aa0127)と今宮 真琴(aa0573)は虎噛に応え、それぞれの持ち場へ動く。支援基地は既に稼働している。長時間の戦闘を見越し、警戒はローテーションで行われていた。交代先へ向かう御神の心で伊邪那美(aa0127hero001)がぽつりと呟く。御神はそれに正論を返した。
『ボクに癒しの力があれば……』
「……俺たちにできることは撤退部隊の援護だ。敵戦力は叩ける時に徹底的に叩く。この作戦は気に入らんが……間違ってはいない」
御神がそう口にすると、同時に新たな撤退部隊の接近を知らせる声がした。光の鞘から大剣を引き抜く御神に伊邪那美が言う。
『急ごうよ恭也、もたもたしていたら被害が大きくなっちゃうよ』
奈良 ハル(aa0573hero001)はひどく真面目な面持ちの召喚者の心中にいる。
「危険……排除する。飛ぶ敵ならボクの出番だよね……?」
『いつになくやる気じゃのう』
「チョコバーの残量まだあったっけ?」
『このあいだ白虎丸殿の所で買いだめしただろうに』
「あぁそうだった……また買っておかなくちゃ」
『炎対策に楯も持っていくかの』
今宮は必要なものを幻想蝶に格納し、スマートフォンをポケットに入れる。仲間と事前に連絡先を交換したのは、警戒が手薄な場所をいち早く伝達するためだ。ふと顔を上げると、負傷者が運ばれてくるところだった。その者の怪我はひどく、今宮は思わず俯いてしまう。
「……あ……」
『顔を背けるでないぞ、しっかり見ておくのだ』
「でも……」
『ワタシ達リンカーだけで戦っているわけではないという事を肝に銘じとけ』
「うん……分かった」
『お主の一撃は守るための一撃でもあるのだ』
今宮はコクリと頷き、決意を宣誓する。
「……ここには、まいだちゃんも虎さんもカトレヤ姐さんも由利菜さんも鈴音さんもいる……誰も傷つけさせない」
マイヤ サーア(aa1445hero001)の金眼は底冷えするような憎悪を孕んでいる。ウエディングドレスの裾が翻ると、彼女に歩み寄る迫間 央(aa1445)の姿が見えた。彼は周辺地図を手に別働部隊の動きを想像していたが、マイヤの前で思案顔を哀愁と微笑みに変えた。
「人数規模が大きい程、こういう仕事は大事だからな。今回は付き合ってくれ」
「私達だけで戦っている訳じゃないものね……央の判断を信頼するわ」
英雄は本心ではより前線で戦いたいと願っていたかもしれない。彼らが見た顔だと気付いたのは早瀬 鈴音(aa0885)だった。彼女の心中でN・K(aa0885hero001)は以前の依頼を思い出す。彼らとはあれ以来の知り合いだ。
「早瀬さんも参加されてたんですね。前線は何とか食い止めてみますので、後方は宜しくお願いします。何かあったら直ぐ呼んで下さい」
「でもま、呼ぶような状況にしないでくれると嬉しいなー?」
迫間はそれもそうだと肯定し、人の好い笑みを浮かべた。早瀬は彼に強そうな印象は抱いていないが、大人の男だと思っていて、それなりに頼りにしている。少し立ち話して立ち去る早瀬を見送るマイヤの呟きは、安堵を忘れたようにもの悲しい。
「一緒に戦う仲間の顔が知れてるって言うのは、何て言えばいいのかしら……頼もしい?」
「……そうだな」
迫間は思う。彼女に現世での仲間が出来れば、その虚無も和らぐのではないかと。迫間と別れた早瀬は基地を歩き回って状況把握に努めた。テント数、患者数、医療器具数、それらの進捗。重症患者のテントは分けるべきという意見は誰もに共通していた。連携を取りやすくなるし、なにより……
(救命には順序がある。鈴音は多分、分かっていないけれど)
N・Kは内心でそう思った。誰かを守ることは、戦うだけではない。幼いイリス・レイバルド(aa0124)も同じ考えだ。だが、身に付けたのは戦って護る力。だからこそイリスは己が剣を以て敵を征するべきだと言った。アイリス(aa0124hero001)はお気に入りの日傘も畳み、まるで妹の成長を見守るようにその独白を聞いている。
「だから、護ろうお姉ちゃん。ここで止めなければきっと、悲しむ人が増えるから」
「イリスがそれを望むなら、私は力を貸すだけさ。頑張りたまえ」
「うん、お姉ちゃんと一緒なら頑張れる! 戦える!」
二人の想いが重なったとき、英雄は光となって召喚者を包む。現れたのは碧眼の色を黄金に変え、比翼連理を象徴する四枚翅のオーラを纏ったイリスの姿だった。
●正義は多数にある
テントの中は血や硝煙の匂いで満ちている。幼いまいだ(aa0122)にこの光景はあんまりではないか? 姉代わりの獅子道 黎焔(aa0122hero001)が不安げに召喚者を見る。クエス=メリエス(aa0037hero001)はこの凄惨さと純真な豊聡 美海(aa0037)のミスマッチに辟易しながらも彼女に役割を示した。
「おー……」
「……まいだ、大丈夫か?」
「クエスちゃん、怪我人がいっぱいだよ!」
「見ればわかるだろう……とにかく俺達にやれることをやらないと」
「そうだね! 美海ちゃん達も頑張るよ、小さな英雄さん!」
「小さいとか言うのはやめろ! ……いや、冗談はさておき、早く取り掛かろう」
豊聡たちは奥へ入っていく。獅子道は惨状を見渡すまいだに声をかけたが、彼女の返答は自分でなく、他人を慮る言葉だった。まいだが小首を傾げると、銀髪が白い肌を滑る。くりりとした金の瞳からは憎しみすら感じられず、なぜ目の前の人々が傷を負っているのかも分かっていまい。
「……? まいだだいじょーぶだよ? それよりおじさんたちたいへんだよ!? おばさんも! おねーさんも!」
「……ああ、そうだな。たいへんだ。だからさ、あたしらが助けるんだよ。ちょっと手伝ってやろうぜ」
「おてつだい? するー! おけがいたいのとんでけーする!」
まいだらが奥へ進むと、そこにはずらりと並べられた負傷者に対応する天城 稜(aa0314)の姿があった。女性と見紛うような黒髪碧眼の額に汗を浮かべ、負傷者を診察してはリリア フォーゲル(aa0314hero001)にカラータグを付けさせている。彼らはまいだたちに気付くと、黄色タグ用のテントを示した。その様子から普段のボヤッとした雰囲気は消え去っている。
「リリア、この人は緑であの人は赤です。黄色のタグが付いた人の治療は、お二人にお任せします。よろしくお願いします」
「こちらは大丈夫ですので、あちらを」
獅子道は頷き、まいだと共に負傷者のもとへ向かった。治療の心得があるのは獅子道だけだ。まいだはそれを横で見て学んだり、何か物を運んでそれを手伝う。豊聡はどこを見ても怪我人だらけの中赤タグ用テントへ向かおうとして、クエスに引き留められた。
「美海ちゃん達は誰から優先すればいいかな? 重傷な人?」
「いや、もっと怪我の軽い人を優先するよ」
「どうして? だって重傷な人をそのままにしておいたら危ないよ?」
「酷い言い方になってしまうけど、前線は常に人手不足なんだ。だから一刻も早く復帰して欲しいんだよ」
「でも……このままにしてたら本当に死んじゃう」
「だからこそなんだよ。美海、助からない人に割く労力を助かる人に回すことで、助かる人を増やすことができるんだ。そこは割り切らないと」
「クエスちゃん……」
「もちろん非難は覚悟のうえだよ。それは俺が背負うから、美海は気にしないでいいんだよ」
「大丈夫。美海ちゃんも一緒だから。大丈夫だから……」
この手法はトリアージと呼ばれる。時に命には優先順位が付く。より多数を救おうとするとき、優先すべきは助かるかどうか分からない者ではなく、確実に助かる者だ。タグは3色。赤いタグを付けるとき、天城はどんな心境だっただろう。
「負傷者の数が予想以上に多い……それにテントだけか。大型土嚢位は無いともし此処が襲われたらひとたまりも無いなぁ」
「そうですね、襲われないといいのですが……仲間が防いでくれる事を信じましょう」
心配する天城に応え、リリアは修道着の胸元で両手の指を組んだ。緑タグは軽症、黄色は中間を表す。赤いタグが示すのは重症、すなわち優先順位の低い者だ。しかし彼らの中には敵地で得た情報や、今わの際を残される者へ伝えたいという者がいるだろう。アイザック メイフィールド(aa1384hero001)が進んで請け負ったのは所謂ターミナルケアだった。蝶埜 月世(aa1384)はそこに理解はあったが、気の滅入りそうな現状に軽く額を押えた。
「まさか自分の英雄が運の悪い上司役を買って出るなんて……はあ」
それも目の前で眠りについたこのライヴスリンカーの遺言があまりに感動的だったからだ。アイザックは黒い鎧をがしゃりと鳴らし、性急に立ち上がる。蝶埜は身構えたが、彼の言葉は彼女の想像したのとは全く異なるものだった。
「なぜ俺が……そうだ、なぜ君だったのだ? なぜ君で無ければならなかったのだ? 君だけはそうなるべきでは無かった!」
「アイザック……あなたがなんと言おうと、あなたはわたしの英雄よ。あなたの力があってこそ、わたしはこの世界を守ることができる」
普段"貴公"という二人称が興奮のために砕けているようだ。そんなアイザックを論破する程度は蝶埜ですら事も無い。彼は納得させられ身を引いた。召喚者は平時気楽な性格だが、彼女は現代を愛している。蝶埜は改めて息を吐く。
「本当にやり切れないわね。殉職警官の上司にだけは成りたく無いと思ってたけど……会長も辛いところね」
「会長の心中は分からないが……死にゆく者、家族にその者が一人では無い事を知らせる事は必要だろう。どんな信仰を持っていてもそれは重要な事だ」
アイザックは重傷者と話をし、それを書き留めた。話もできぬなら傍で名を呼んで最期を見届ける。蝶埜は根気よくこれをフォローした。二人が短い黙祷の後にその場を立ち去ると、そこへ警護の合間に手伝いをしていた神鷹 鹿時(aa0178)とフェックス(aa0178hero001)が通りかかる。フェックスは依頼も死者との対面も今日が初めてだ。白磁の瞳は揺れている。神鷹は彼に現実を教えると決めた。
「フェックス、これが死って奴だ。もう二度と喋らないし、動かないんだぜ」
「これが死……? 俺もいつかはこうなるのか? そんなの嫌だぞ!」
「大丈夫だ! 俺達は絶対死なない! 不死鳥は不死身でもあるんだからな! 今、前線で死んでいる人もいる……ここにいる人だけでも、絶対守り通してやるぜ!」
フェックスが怖がったので、神鷹は彼を激励した。初依頼の舞台としては血生臭さが強かったかもしれない。だが、受けた以上は成功させねばなるまい。傍のテントで、容体の急変した負傷者の開いたままの瞼をCERISIER 白花(aa1660)の手のひらが伏せた。プルミエ クルール(aa1660hero001)の言葉は、彼女の元いた世界で冥福を祈る常套句だ。
「貴方は誰よりも頑張りましたよ」
「次のアナタは、きっともっと完璧ですわ。だってこんなに頑張ったんですもの!」
白花はすぐに職務に戻る。彼女は治療技術に長けた者を効率よく補助し、特に早瀬と共に比較的軽症の者の治療に精力的だった。H.O.P.E.側の手数が減るのは好ましくない状況だ、すぐ回復する怪我人から処置すべきだとも思っていた。
「早瀬さん、こちらの処置お願いします。あなた、もう少しの辛抱ですよ」
「はいよ。お兄さんもーちょっと頑張ってねー」
「痛がる事ができるなんて幸せですのね! 我慢だって生きているからこそできますのよ?」
そこへ御神と水瀬 雨月(aa0801)がやってくる。彼らも動ける者は戦線に復帰して欲しいと思っていたのだ。水瀬の心中で、アムブロシア(aa0801hero001)は我関せずと沈黙を通す。
「本来であればゆっくりと治療に当たって貰いたいが……」
「防衛を手伝ってもらいたいわね。戦う余力が残っているなら、の話だけど」
中程度の怪我人は、皆この要請に応じた。重傷者たちは足手まといになるくらいならと悔しげに辞退したが、一人愚かな者がいた。彼はひどい傷を負っているのに、制止を聞こうともしない。白花はこの男に足払いをかけて強引に止めた。さらにプルミエが腕を固めて圧しかかる。二人は男を冷ややかに見下ろして言う。
「その自己満足のために、何人の命を巻き込むおつもりで? 今ここにいるケガ人を助ける手伝いしてくれた方が、生き延びる人数が増えますよ」
「それともその反逆的な自己満足のために死にに行きますぅ? 次は治療なんてありませんわよぉ? 死にたがりな反逆者に割く時間も手間もございませんのよぅ?」
プルミエの目にその手合いは味方に害なす"反逆者"として映る。御神と水瀬は動ける者を連れて戦場に戻った。白花はまた一つの命を救っただろう。
「私たちにできることは限られているわ、その中での精一杯をしましょうね」
「かしこまりましたわ白花様!」
早瀬は腕に獣の牙が貫通した者の手当てをしていた。専門的な知識を持たない彼女にできることはこういった軽い怪我の消毒や道具の手配、洗浄、搬送等だった。しかし男の傷はあまりに惨い……早瀬はつい、その傷口に手をかざした。回復魔法なら、痛みをすぐ取り去ることができる。これを止めたのは心中の英雄だったので、早瀬は意外に思った。
『ダメよ、鈴音。来る人全員に与えられるほど、たくさん使えないでしょう?』
「え……救護に回ろうって言ったのはN・Kだよ? 能力活かすって意味じゃないの?」
『使うべきときがあるのよ。そのときは、職員さんに呼んでもらいましょう』
『……そっか』
早瀬は納得して補助に従事した。彼女がここにいる理由はただN・Kがそう言ったからだ。別段生駒山の闘争に興味もなく、英雄の指示で支援を請けた。従ったのは戦うよりマシだと思ったからで、気楽な気持ちだった。しかし……
「N・K、ちょい別れよう。共鳴してる意味無いよ、今」
早瀬は心中でN・Kが少し驚き、そして微笑むのを感じる。この怪我人などはきっとすぐ前線に戻るだろう。皆必死なのだ。そして怪我人のほとんどは魔法なしで救わねばならない。なら手は多い方が良い……と、早瀬は自分で考えたのだ。
『珍しいわね……』
「そりゃこんなの、私だって口数も減るよ。だから何だってわけじゃないけど」
仕事として臨む、それ以外の理由で戦う者の気持ちが、早瀬にも少しだけ解る感じがした。それからの英雄はやたら嬉しそうだったり指示を出してこなくなったりと気になるところがたくさんあったが、突っ込むのは後にして今は作業に集中しよう。しばらくして、彼女の無線に月鏡から連絡が入った。
『負傷者の搬送状況はどうかしら?』
「滞りないねー。テントもまだ3張りある。従魔は?」
『今のところは何も……数は増えてるわ』
インカムでの会話は全員に聞こえる。クエスはこれを聞き、警戒を高めた。警護の人手は十分と判断していたが、敵が増えたとなれば話は別だ。無線は味方間の速やかな情報共有に高い効果を発揮していた。
「前線の人達だけで守りきれるかな? もうこれ以上被害は出させないんだからね!」
「同感だ。これ以上好き勝手にさせるわけにはいかない。最悪こっちも防衛に回らないといけない可能性があるね」
蝶埜とアイザックはこれを耳にし、警護組への加勢を決めた。別のテントで作業している仲間に一言かけるため、アイザックは早瀬のいるテントのパネルドアを開ける。
「私は前線へ。すぐに戻って来る」
早瀬は頷き、テントを出るアイザックの背中を見て少し考えてから、彼を呼び止めた。
「あのさ。たいしたことでもないんだけど。頑張って?」
●嘆くより剣を
分厚い魔法書は水瀬のライヴスを剣とし、飛龍を四つ切れの肉片に変える。彼女は双眼鏡を覗き、風に靡く黒い髪を煩わしげに横へ流した。
「こんな小物まで、よくも用意できたものね。気を張り過ぎると集中がもたないし、息抜きするようにして正解だったわ」
彼女の最も警戒したことは撃ち漏らしや奇襲である。その甲斐もあり、ここまで基地は従魔侵入を許していない。手負いの能力者たちに索敵を依頼したこともこの成果に貢献しただろう。水瀬は切り刻まれた飛龍を見て早々に退散する残りの従魔たちに一つの性質を見出した。奴らは怪我をした仲間だけを狙い、彼女や御神が強敵と見るや尻尾を巻くのだ。
「やはり弱った者しか襲わないのね、負傷者を連れてきたのは危ない橋だったかしら?」
「いや。戦線を維持する為には、冷血漢と罵られようが戦って貰うしかない」
『……みんなわかってると思うよ。ここが正念場だって事は』
御神は水瀬と己の考えを肯定した。彼の心中で伊邪那美も頷く。そんな中、新たな要救助者の発見を告げる声がした。水瀬はメガホンを取り、基地を目指す傷ついた小隊に告知する。
『撤退中の部隊に告ぐ。敵は我々が引き受けます。急ぎ基地内へ』
不安を煽っても動揺を広げかねない。彼らに敵の性質を伝えなかった水瀬の判断は正しいだろう。気の早い飛龍の一体が部隊に襲い掛かったので、御神は素早くライフルを召喚しそれを妨害した。飛龍が一旦部隊から離れたことを確認し、舌打ち交じりに言う。
「能力は低いが、この数は厄介だな」
接近戦での早急な収拾が望まれる。御神はライフルを格納し、再び大剣を引き出す。その柄を掴み、全速力で撤退部隊の方へ走る。その間にも飛龍は負傷者へ群がり、炎を吐きかけようと口内に火炎を噴き溜めた。御神は間一髪でそこへ滑り込み、大口を開けた飛龍の顎を下から思い切り打ち上げた。飛龍は目鼻から火炎を噴いて奇声をあげ暴れまわる。御神はそれを蹴り飛ばし、残りの従魔を見た。
(まだだ、もっと巻き込める。もっと寄ってこい!)
御神の頭にあるのは効率的な殲滅だった。彼には5体までの敵を一度に吹き飛ばす技術がある。もう1、2匹間合いに入ったなら即切り刻んでやる。御神はギリギリまで飛龍を引き付けた。だが、水瀬は危険を冒すべきではないと考えた。
「無闇に近付くものではないわ」
水瀬は魔法の本を換装し、三叉の槍杖に持ち替えた。月の女神の恩恵が刻まれた黒鉄の柄を握ると、彼女の周囲に闇のオーラが湧きあがる。御神の周囲を飛び交う従魔は彼女の発現させた不浄な風に汚染され、そのほとんどが地に落ちた。御神はこの隙に付近の従魔を狩り尽し、取り逃した一体も水瀬が杖で叩き伏せる。御神は伊邪那美が息を吐くのを感じ、その声に耳を傾けた。
『恭也。無理はしないでって言っても聞かないだろうけど、無茶だけはしないでね』
「……ああ」
彼らに救助された部隊は無事中継基地に辿り着き、迫間による軽い診察を受けた。彼やカトレヤにも意識の有無や重軽症の如何ならパッと見分けがつく。この区別と救命班への迅速な連絡網は基地の稼働を大変スムーズにした。
「撤退部隊17名、内重傷者1名、奈良方面より向かってくるぜ。受け入れよろしく」
カトレヤはマイクに言い、救助した部隊員を見た。彼らはもちろん、その肩を支える一般職員の顔色もよくない。撤退、負傷者……悪いイメージの言葉が頻繁に飛び交えば誰の気力も衰える。王がカトレヤの背中を押して言った。
「どれ、少し場を盛り上げるとしよう」
「ああ。気持ちって大事だぜ、病は気からって言葉があるようにな」
彼女と英雄は機材の上に立って明るく両手を打ち鳴らした。下を向いていた誰もが彼女を見る。
「ドンヨリしてんじゃねーよ、俺達が最前線の屋台骨だぜ?! みんなもうひとふんばりだ! ここをしのいだら、俺がマンガ肉を御馳走してやるぜ!」
「我はここをしのいだら、ある夢をかなえるのじゃ」
「おいおい、フラグ立てんじゃねぇ~」
彼女らのやりとりに、陰鬱だった現場には笑いすら起こった。カトレヤはたまに威勢よく軽口を叩き、味方の士気を高く保った。それは重要なことだっただろう。迫間はその様子に穏やかに笑い、立ち上がった。休憩を終え、喪服のタイを締め直す。"仕事"の際は常にそうだ。被害者に礼を、葬るべき敵にもまた然り。
「いつも通り、力を貸してくれマイヤ」
「えぇ、半分だけ。ね」
――共鳴開始。マイヤの鮮やかな藍髪が舞い踊り、その光は迫間に宿る。過ぎ去る輝きから踏み出す迫間の体表には流水の幻想が見えた。と、現場に従魔接近を知らせる声があがる。この場で哨戒に当たる一般職員は虎噛の要請を受けた者だ。櫓があればもっと早く発見できただろうが、これでも十分。虎噛も狙撃銃のスコープからこれを確認し、職員に避難を呼びかける。
「敵は俺たちに任せてさっさと逃げろ!」
おそらくは撤退部隊を襲っているのだろう……誰もがそう思った。敵は群れを成して基地に迫る。しかし、迫間だけは違うと確信した。彼の調べ尽くした部隊の中で、この時間、この方向から撤退するグループはあり得ない。
「……? 何を狙っている……奴らは無差別に攻撃を仕掛けている訳ではない……弱った者を……そうか! カトレヤ! 奴らの狙いは負傷者のテントだ!」
「なに?! ……大阪方面から、従魔多数、至急迎撃を!」
彼の仮定には強い信頼感があり、各員は従魔の襲撃を確信した。カトレヤによって情報は拡散し、基地は速やかに厳戒体制に入る。虎噛の色素の薄い瞳は、既に飛龍の一団を射程内に捉えていた。彼は従魔を撃ちまくるのではなく、一体ずつ確実に止めを刺していった。いざというとき前線後方のどちらにも対応できるよう、虎噛の選んだ立ち位置はここ、両社の中間地点だ。前線へ出向く迫間を虎噛が引き留める。
「俺の新スキルだぜ! これで存分に戦ってな!」
『守りが高まれば多少の無茶も出来るでござる』
虎噛が強化魔法を使うと、迫間の身体にライヴスが漲った。虎噛は再びスコープを覗き、飛龍の群れを狙う。奴らを基地に絶対に入れない……その想いは休息のためこの場に居合わせた月鏡も同じ。彼女は撤退する職員におずおずとお礼を言う。口ぶりが拙いのは、その身に宿した誓約のため。
「み、皆さん、ありがとうございます。ここは私たちが」
一同は月鏡を敬礼で見送った。彼らは彼女からも索敵要請を受けていたのだ。月鏡も敵の観察から飛龍が基本単騎で行動するが、必要があれば群れることを見抜いていた。しかしよもや攻め入ってこようとは……
「ラシル、私に力を」
共鳴状態となったラシルは光の鎧ネルトゥスとなって月鏡の肢体を覆う。白を基調とした華美な装具はまさに月の姫騎士の名に相応しい。彼女が豪奢なガントレットの腕を胸元にかざすと長大な洋弓が具現化した。飛龍は可及的遠方で処理する。彼女は見事な弓術の腕前で多くの飛龍を射落とした。しかししばらくすると、その戦場にも撤退する部隊が通りかかる。
『やべぇ、左から撤退部隊だ! このままだと敵と遭遇しちまう!』
それをいち早く察知した虎噛が無線で言う。月鏡は彼らの盾になりたいと思ったが、全力で走っても届かない距離の開きがあった。部隊を救ったのは襲撃を聞いて防衛に駆けつけた豊聡だ。クエスは思う、これ以上の犠牲を払うわけにはいかない。
『だからこそ、敵はここで止めないとね』
「そうだね、私のかわいい英雄さん!」
クエスは心中で苦笑する。彼の小柄さは種族故で、冒険や戦闘の経験は豊富だ。豊聡は英雄の力を借りて、ライヴスの透明な盾を使い負傷した部隊を庇うように戦った。だが敵の数は多い……不足の部分はイリスが補ってくれた。イリスは遠距離から弓で攻撃したが、飛龍の火炎攻撃を察知し、地面に刺しておいた剣と盾を持って負傷者の前に立ちはだかった。
「お姉ちゃんの教えひとーつ! 盾も攻撃に利用しろ!」
『盾で殴って怯ませる。基本の戦術だ』
施された魔術刻印は火炎の威力を弱める。飛龍に盾を打ち付け、彼女は大きく踏み込んだ。その剣は身長よりはるかに巨大で、黄金の獅子を象っている。アイリスとの絆を強く感じ、最大まで高められたイリスのオーラは黄金の輝きを増す。咆哮ともとれる音をあげ、刃が風を切った。
「ここは通さないって……言っただろッ!」
比翼連理を翻し、イリスは渾身の一撃で飛龍を葬り去った。
『まあ攻撃重視が本来のイリスのスタイルだからバランスは崩れないんだがね』
「でもお姉ちゃんに教えてもらった防御術はちゃんと役に立ってるよ!」
『ちゃんと血肉にしているようなら何より。知識と技術は荷物にならない、この戦場の経験も詰め込んでおくといいよ』
アイリスに頷き、イリスは飛龍の群れに向き直る。襲撃を聞いて飛び出してきたのは獅子道と共鳴したまいだも同じだ。担いできた担架を降ろし、従魔が他に気を取られている隙に彼らの救護を試みる。まいだの片目は赤く染まり、額からは根本から折れた角が生えている。
「だいじょーぶだよ! あのね、おねーさんたちがね。まもってくれるの! まいだもね、がんばってね、まもるんだよ! まいだつよいこだもん! どろぶねー!」
『泥船じゃねえよ沈むだろうが! ……ああ、安心しろよ。あんたらの安全はあたしらが保証してやるぜ。だからさ、慌てず冷静に、だが急いで頼む』
負傷者たちは明るいまいだと彼女に憑依した獅子道の声に安堵したようだった。だがここは戦場……撃ち漏らしの飛龍が、まいだの背後から襲い掛かる! 獅子道がいち早くそれを察知し、ライヴスの透明な盾が飛龍の攻撃を阻んだ。だが、掠めた攻撃がまいだの腕を浅く切り裂く。
「いったい! ……うー、でもなかないもん! まいだつよいこだもん! おねーさんだいじょーぶ!」
『……ああ、そうだな。お前は、強いよ……』
まいだは守るべきものの為に涙を呑む。獅子道は意味深長に呟いたのち、すぐいつもの調子に戻って背後でへたり込む負傷者たちを怒鳴った。それを揶揄ったのは迫間だ。
『おい、ぼさっとしてねえで逃げろよ! まいだやあたしがいつまでも立ってられると思うんじゃねえぞ!』
「そう怒鳴ってやるなよ獅子道。神鷹、そいつら早瀬んとこまで頼むな」
「おう! 痛いけど我慢しろよ~……、それ!」
フェックスと共鳴した神鷹も応援に駆け付けていた。彼は負傷者に肩を貸し、基地へ先導する。迫間は唇に笑みすら浮かべ、襲い掛かる飛龍を近づく端から斬り捨てていった。時雨の如き無数の斬撃を前に、飛龍たちは震えあがって近付くことすらままならない。
「どうした、雑魚共が! 手負い相手に勢い付いたか? 得意の炎で何とかしてみせろ!」
迫間は飛龍に凄み、刀の現界を解く……その手に現れたのは無骨な拳銃だった。腕を目線に持ってくると、追うようにほの蒼いオーラが漂う。引き金は迷いなく引かれ、辺りは銃声と硝煙の匂いに包まれた。従魔は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「俺から逃げようとは随分甘く見られたものだな……! 神鷹ァ思い知らせてやれ!」
「ああ! 蠅ドラゴンめ、これ以上死者は出させないぜ! お前達には無慈悲な死がお似合いだ!」
無事に負傷者を送り届けた神鷹は、ライフルを手に戦場へ舞い戻った。彼はスキルを惜しまず飛龍の撃退に尽くす。強烈な一撃を食らい、一体の飛龍が地に落ちた。それは慌てて飛び去ろうとするが、迫間の放ったライヴスの針が瞬時に従魔と地面とを縫い留めた。動けない飛龍に止めを刺したのは、アイザックと共鳴し黒鎧を纏った蝶埜だった。真紅の髪は長く靡き風と踊る。手にした曲剣は音もなく閃き、従魔は切り刻まれてその場に崩れた。
「水平方向はあたしが見るので、上はお願いね……大丈夫よ、アイザック」
今宮はカトレヤから連絡を受けて警戒の手薄な場所へ急行していた。基地へ近づく飛龍を発見し、心に居る奈良との共鳴を意識する。
「いくよハルちゃん……! 憑霊:紅狐」
マフラーがぶわ、と風に舞った。首の傷は消え去り、代わって英雄と揃いのチョーカーが現れる。飴色の髪は見る間に伸びて炎の盛るように鮮やかな朱となった。纏うは狙撃用装衣、紫紺の和装である。その手にはライフル、咥えているのはチョコバーだ。
「近寄らせないよ……もうこれ以上はやらせない!」
『射程に入ったものからどんどん落とそうかの』
「ボクの役割は迎撃あるのみ……消し飛べ……!」
奈良の囁きに応じ、今宮は狙撃姿勢に入った。引っ込み思案な今宮も共鳴中は多少高揚とする。そう、救命は他の仲間に任せてある。自分はひたすら敵を打ち落とせばいいのだ。数多の飛龍を撃墜するなか一発の弾丸が敵の脳天を貫くと、今宮の心に英雄のひどく興奮した様子が伝わってきた。
『ふははは! へっどしょっとじゃぁっ!』
「……ハルちゃんもたいがい怖いよね……」
『真琴! 今、援護に向かう!』
「あ……姐さん」
無線から聞こえてきたのはカトレヤの声だった。間もなくこちらへ到着するという。今宮が少し目を離した隙に、多数の飛龍がまた基地への接近を試みる。撃ち落した方が早かったが、興の乗った今宮はライフルを換装し、幻想蝶より魔法の本を引き出した。ライヴスが紙吹雪のように舞い、装衣は濡羽色の和装へ変化する。
「いくよ……陰陽型」
『おう。やるぞ!』
「急急如律令……! ――白螺の舞!」
放たれた3枚の光の札は空気を切り裂き、それぞれに従魔を狙って飛び去る。攻撃は見事命中し、皮膜を破られた飛龍は飛行能力を失って地に落ちた。二人は脳内で掛け合ううちに、数体の従魔の接近を許してしまう。
『うーむ、中二設定じゃのう』
「設定言わない、気分の問題だってば」
『む。来るぞ! 炎』
「……OK……召喚……楯……」
『なんか楯地味?』
「地味言わない、熱いんだから!」
現れたライヴスの透明な盾は飛龍の火炎攻撃によるダメージを和らげた。灼熱に焼かれながらも、二人の口数は減らない。攻防を続けるうち、今宮には消耗の色が見え始めた。奈良は撤退を勧めるが、今宮に譲る気はない。
「く……数が多い」
『おい、そろそろ下がれ』
「まだ……まだいけるっ……お願いハルちゃん、力を貸して……!」
『ここで無理してもしょうがあるまい……! あぁ、もう……巻き込むぞ』
「うん……まだ、やれる事はある」
そこへカトレヤと虎噛が到着した。虎噛の心中を占めるのは"怪我人を守る"という強い想いだ。ここを突破されれば救護テントへはすぐそこ……カトレヤが前線へ出たのも飛龍を落とすためだ。虎噛が、王が、従魔へ吠える。今宮の打ち出した光の札は中空で炸裂した。
「誰だって好きで傷ついてる訳じゃねぇ……お前らが来なければこんな所で死ぬ事もねぇんだ!」
「落ちろ、蝿共!」
「響け……! 鈴鳴!」
強い閃光を浴びた飛龍は前後不覚となり、バタバタ地面に落ちてくる。虎噛はライフルでそれを狙い、カトレヤは王と共鳴して血色の大剣を手に取った。彼女の全身には赤い紋様が浮かび上がり、ブロンドの幾房は紅緋に染まる。パンツスーツは露出の激しい和風鎧に変化し、機械の目は紅蓮、腕は白い生身となって顕現する。
『皆、今じゃ!』
「「了解!」」
奈良の合図で三人は一斉に攻撃をはじめた。カトレヤが大剣を振るうたび、剣心は龍の血で赤黒さを増した。一帯を平定し、エージェントたちはひとまずの安息を得る。豊聡も一行と共に基地へ戻ることにしたが、クエスは本願を見誤らなかった。イリスは休息を辞退しようとしたが、アイリスに言われてその考えを改める。
「戦闘が終わっても警戒はし続ける必要はあるだろうね。ただ、そのために治療の手を休めるのは本末転倒だから、僕たちは本陣に戻ろう」
「わかったよ。少しでも助かる人を増やしていかないとね!」
「ボク、まだいけるよ?」
『休める時に休むのも必要だよ、イリス。体力を回復する為の体力も必要になる。休むのもまた戦いだ』
「わかったよ!」
『全員が同時に下がるわけにもいかないからタイミングが重要だがね』
クエスとアイリスの言う通り、襲撃を乗り切ったからと言って従魔の脅威はなくならない。アイザックも蝶埜と共に帰投し、赤タグ用テントを見て何とも言えない表情を見せた。
「まだ、増えるのだろうな……」
「そうね、作戦は始まったばかりだしね」
●正義は勝者にある
御神は従魔襲撃後、負傷者の手当てや移送を手伝ってテントを訪れた。連れ出した軽症者の何人かは、より深い傷を負っただろう。もしかしたら、それがもとで帰らぬ人となるかもしれない。勝利のため英断を下しつつも、御神の心には後悔に近い想いが湧きあがっていた。それに正論を返すのは伊邪那美だった。
「どれだけの死者が出たんだろうな……そして、俺の指示でどれだけの死者を出したんだろう」
『恭也、それは傲慢だよ。恭也は此処の責任者でも無ければ指揮官でも無い。復帰して戦線に戻った人達は恭也の指示で戻ったんじゃなく、自らの意思で戻ったんだから』
「そう……だな……」
『恭也は神じゃなく、人なんだ。ボク達神族も完璧じゃないし、人が出来る事も限りがあるんだよ』
そう、限りがある。彼らに与えられた力はあまりにも小さい。白虎丸はずっと心に留めていた想いを虎噛に吐き出した。
『俺にもっと力があれば……皆を助けれるだけの力が……』
「白虎丸。人一人に出来る事なんてたかがしれているんだぜ?」
『では俺は何に対しての"英雄"だ……? 苦しむ者すら助けれないとは……』
「白虎丸……それは、これから俺と一緒に探そうぜ」
彼はその言葉に少しは救われただろうか。今日この場に集まった者は皆、できうる限りの力を尽くした。神鷹もそうだ。彼はフェックスが心配だと言うので、助けた撤退部隊の様子を覗きに行くことにする。隊員は全員が無事一命を取り留めており、フェックスは喜んで負傷者に語りかけた。
「無事でよかったぞ……! また従魔が来たらすぐ撃退するから安心して欲しいぞ……!」
「良いかフェックス、もう少し頑張ってくれよ! さっきみたいにまた奇襲があるかもしれないからな!」
「大丈夫だぞ! ここに居る人たちをこれ以上死なせないぞ!」
迫間は戦時無線で早瀬を呼捨てにしたことを思い出し、彼女に一言謝りに向かった。が、彼女は気にしていなかったらしい。始まる前よりなんとなくスッキリしている早瀬を、迫間は少し不思議に思った。早瀬は悔恨を残さず治療を遂行できたようだ。
「AEDを使います、離れて!」
「此の者に癒しの光よ……」
救える者と救えない者がいた。まいだが魔法を使ったのはひどく傷の化膿した者にだけだ。天城も魔法を控え、トリアージは繰り返し実施して容体の急変を見逃さぬよう努めた。迅速な対応だったと言えるだろう。しばらくして、襲撃後も引き続き前線にいた者にも帰投命令が下った。約二時間に渡る作戦は成功したのだ。
「ふぅ! 何とか守り通したな! これで依頼は終了か!」
「今日は死ぬってどれだけ怖いかよく分かって良かったぞ……今度は全員救いたいぞ!」
神鷹とフェックスには忘れられない一日になっただろう。だが今日が過ぎても生駒山闘争は終わらない。大きな戦いの中、誰が、どこで、何を成すことが正しいか? 白花は目を覚ました"反逆者"に問われ、事も無げに言った。
「どちらが正しいだなんて、生き残った勝者が決めることなのよ」
『ですなれば! 白花様が! わたくし達が! 完璧に正しいことを完璧に示すための完璧な勝利のためにも! より完璧な戦いが必要なのですね!』
「えぇ、そうですよ。プルミエ クルール」
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