本部

【白刃】竜の棲む学び舎に

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/14 18:37

掲示板

オープニング

●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
 映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」

 展開されたドロップゾーン。
 そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。
 別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。

「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります。
 ──どうか皆様、御武運を!」

●雨氷(ひさめ)の降る空に
 突然降り出した冷たいみぞれ交じりの雨にエルナーは自分のマントを左右に掲げ、片手で自分をもう片手にミュシャを入れて走り出した。
「……あたしがひとりで走った方が早い」
 不満げなミュシャの様子にわずかに苦笑いを浮かべたエルナーは言った。
「少し様子がおかしい──あまり濡れない方がいいよ。どこか雨宿りできる場所を探そう」
 少し走ると薄汚れた三階建てのコンクリート製の四角い建物が目に入る。半分壊された柵や、やけにさっぱりとした空き地を見るに、元々は何棟か並んで建っていたものを壊したのだろう。
「小学校だ……」
 ポツリ、呟いたミュシャの視線の先で何かが動いた。
「あれは」
 その建物は窓が多かった。恐らく開放感に気を使い、中にたくさんの光を取り入れるためでもあるのだろうが、その為に陰鬱なこの天気でも中が見えた。
「何か居る」
 氷雨を降らす灰色の雲は徐々に流れて行ったが、相変わらず空は雲に覆わられ薄暗かった。

 そっと校舎に入る。ミュシャは共鳴を求めてエルナーを見上げたが、彼は迷った。共鳴すれば彼らは主にミュシャが主導権を握る。しかし、こういう状況では慣れた自分が先導した方が良い気がした。
「まだ状況がわからないからね。離れないで進もう」
 果たして、その時のエルナーの判断は正しかった。慎重に校舎内を進むと、二階の教室で椅子や机をあちこちに弾き飛ばし、ごろりと眠る竜の姿があった。ミュシャは即座にそれに攻撃を仕掛けようとしたが、すぐにエルナーはそれに気づく。
「あっちの窓にも」
 中庭に面した廊下の壁は窓が並んでいた。校舎は中庭を四角く囲んだ形になっているから、中庭を挟んで向かい合った廊下が見える。
「二匹か?」
 廊下をゆるゆると歩く黒い巨体を見て、固い声でミュシャは問う。
「いや……三匹は居る」
 ぐるる……。二人が上ってきた来た階段の下から喉を鳴らす声と生臭い匂いがした。
 幻想蝶に手を伸ばしかけた二人は、教室内の竜が瞼を僅かに動かし体を動かしたのを見てやめた。今、何か気配を察してこの竜を起こすのはまずい。下手すると複数の竜と戦う羽目になる。
 再び足音を殺し、二人は奥に見えた階段をそっと上って行った。階段の傍で常に竜の息遣いが聞こえた気がしたが、幸い何事もなく三階まで上りきることができた。
「この階には竜はまだ居ないようだね」
 少し広い音楽室で二人はほっと息をついた。
「ここで共鳴して飛び降りれば脱出できるよ。HOPEにはさっき連絡を入れておいた」
 ドアを開けて隣の準備室の中の様子を調べていたエルナーが振り返った。窓から外の様子を伺っていたミュシャが眉をひそめる。校庭の上でぐるぐると弧を描く黒い翼の影。
「……鷹?」
「──違う!」
 激しい音と降り注ぐコンクリートとガラス、そして、また降り出した解けた雹のかけら。咄嗟にマントで顔を覆ったエルナーはすぐさま状況を確認した。破壊された天井、今まで見かけたモノより一回り大きな竜がエルナーに背を向けて立っている。そしてその巨体の向こうで蹲る彼のパートナーの姿。
 ──まずい。
 竜が吠えた。残った窓と薄い扉がびりびりと震える。次の瞬間、竜の太い尻尾が振り回され、ミュシャはエルナーと反対方向へに弾き飛ばされた。
「……っ!」
 竜はエルナーにまだ気づいていない。咄嗟にエルナーは準備室のドアの陰に身を隠した。準備室は教室側と廊下側にドアがある。ミュシャは廊下側のドア近くの弾き飛ばされた机やピアノの残骸の向こう居る。竜の巨体で塞がれた室内を走るよりは廊下を通って彼女のもとへ──彼が廊下へ向かおうとしたその時。
「……うっ、ああっ」
 竜からの攻撃を避けるため、更に瓦礫の下にもぐろうとしたミュシャが激しく動揺して動きを止めた。先程の一撃で背中が背中の衣服が一部避けてだらりと避けた。白い肌と共に酷い傷が露わになる。反射的にそれに手を伸ばすミュシャ。
「ミュシャ!」
 思わず上げてしまったエルナーの声は同時に起こった爆音によって掻き消された。業を煮やした竜の次なる一撃により教室は半壊し、ミュシャは完全に瓦礫の下に埋まった。

●暗雲を駆ける翼
 空が明滅していた。HOPEからの連絡を受けた一行は廃校舎に向かっていたが、局所的な不気味な天気になんとなく嫌な気持ちになっていた。
「!!」
 それに気づいたのは誰だろうか?
 暗い雲の下に翼が見えた。遠い地上から見れば、一見、猛禽類の堂々とした翼にも思えた。しかし、それは距離的と大きさを考えればあり得ない。生駒山の決戦が始まったことを感じてその場に緊迫した空気が流れる。
 その時、携帯電話の着信音が流れた。
 慌てて出ると、それは先程現状を連絡してくれたHOPE職員からで、その声はとても緊迫していた。
「──英雄、エルナー氏からの連絡によれば、能力者のミュシャ氏は今瓦礫の下で気を失っているそうです。幸い、机などによる隙間があり大きな怪我は無いようですが……」
 また、空から小さな氷雨が落ちた。

解説

 中庭をぐるりと廊下で囲んだ三階建ての狭いコンクリート製の小さな小学校の廃校舎、一棟がステージになります。

一階
東:それぞれ中庭と廊下を挟んだ形で手前から東階段・教室2つが並ぶ
西:西階段ど教室二つ
南:南階段と職員室と校長室、職員用玄関がある
北:昇降口(下駄箱、9列)正面は中庭に続く扉
二階
東西は一階と同じ
南:南階段と図書室
北:理科室、準備室
三階
東西は一階と同じ
南:南階段と美術室、準備室
北:音楽室、準備室
屋上:北側を中心に大きく破壊されている。床面が不安定で大変危険
中庭:真ん中に正方形の観察池を持つ、花と樹の多い中庭
※各教室は貴重品・劇薬を除く、机椅子基本的な備品は残っています
※二階三階は廊下の壁がほぼ中庭に面した窓になります。教室内も外に向けた窓です
※東西の施設は北から、南北は西から順に記載しています

 三階音楽室の天井は破壊され、ドロップゾーン形成を試みるデクリオ級のドラゴン型従魔が瓦礫に埋められたミュシャの前で眠っている。ミュシャは気を失っている。エルナーは隣の準備室で様子を伺いながらHOPEからの応援の到達を待っているが、リンク状態ではないためライヴスを使った攻撃手段を持たない。
 また、校舎内には3~4匹のミーレス級~デクリオ級を想定される竜が居る。ミュシャの救出もそうだが、これらの討伐も目的の一つである。

PL情報:こちらに出現した竜は炎などは吐かず、爪と牙、巨体で攻撃し、どれもあまり賢くはありません

リプレイ

●憂心と焦り
「能力者のミュシャ氏は今瓦礫の下で気を失っているそうです」
 その連絡を受けたリンカーたちの間に少なからず動揺が走った。
 ──そういば、この間遊園地で一緒になった娘か。今回は独断でなく純粋に間が悪かったみたいだが。
 赤城 龍哉(aa0090)は以前会った黒髪のミュシャの姿を思い出し、複雑な気持ちになった。
「ともあれ、まずは救出からだな」
「目指すは三階ですわね」
 彼の英雄、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が美しい顔をきりりと引き締めて頷いた。その隣で、同じく龍哉と共に件の遊園地で戦った今宮 真琴(aa0573)が闇色の瞳を揺らして胸元のマフラーをぎゅっと握りしめていた。そんなパートナーの姿を奈良 ハル(aa0573hero001)は心配そうに見守る。
「救助作戦ってこと? いいじゃん、大量の竜型従魔が居るんだよね? 倒して来いってよりずっと現実的じゃない? え、龍も倒すの? ……ならこうしよ。私、助けに行く役、あとは倒す役。分業てやつ」
 風になびく赤毛を片手で抑えながらが早瀬 鈴音(aa0885)は言う。その言葉にN・K(aa0885hero001)は表情を少し強張らせて頷く。彼女はその優し気な風貌の通り争い事は得好きではない。だが、契約者である鈴音を守るという想いは強く、そのため、英雄と離れた能力者の危機に他人事ながら息の詰まるような焦燥感に駆られていた。そして、それは彼女だけではなかった。
「従魔の目の前で、能力者が単独で瓦礫の下敷き……大変です。絶対に助けなきゃ、ですね! 連絡によると大きな怪我はないようですが、従魔や建物の状態が変わると厄介そうです。急ぎましょう」
 唐沢 九繰(aa1379)がいつもの明るい声に焦りを滲ませると、エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)が淡々と続けた。
「私たちは救出を最優先とし、次いで従魔の討伐を行おう」
「……そうですね。ですが、まず、作戦を練る必要があります。それぞれの携帯電話にH.O.P.E.からの地図などの情報をダウンロードしておきましょう」
 灰堂 焦一郎(aa0212)は……パートナーの一見、ロボットのような装甲に包まれたのストレイド(aa0212hero001)の言葉を受けて呟くように発言した。本来ならば、自ら率先して作戦の方針などを打ち出すことは少ない彼だが、エージェントとしての経歴と冷静な性質ゆえに静かに動揺に支配された場の雰囲気に流されることが無かったのだ。はっとした一同はそれぞれの端末を取り出すと、救助班・陽動班に分かれ作戦を立てた。

 空はまた曇り冷たいみぞれを落とし始めた。黒ずんだコンクリート製の校舎を見ていると鬱然として息苦しい。
 紅鬼 姫乃(aa1678)は紫の瞳で校舎を一瞥すると即座にパートナーと共鳴を果たした。その後ろで真琴はスナイパーライフルを抱えたが、その心は動揺していた。
「みゅしゃちゃんが危ない! 待ってて今助けるから!」
 涙の滲む瞳で辺りを警戒し、激しい鼓動に背中を押されるように先に進む。
「少し落ち着け。上手くいくもんもいかなくなるぞ」
 隣に寄り添ったハルが慰めるような叱咤するような声音で彼女に語り掛けた。
「だって……リンクもしていないって」
 その声はすでに涙の色を含んでいた。そんな真琴にハルは今度こそ優しく語り掛けた。
「大丈夫じゃ。エルナー殿も控えておる。必ず成功する」
「……ハルちゃん……お母さんみたい」
「いや、違うからな?」
 頭を撫でるハルの優しい掌に元気づけられ、真琴はぎゅっと一度強く目を瞑る。そんな彼女にハルは手を伸ばした。共鳴して生えた真琴の白狐の耳がぴんと伸びた。
 一方、ウィンクルム(aa1575hero001)は重いため息をついた。
「ああ……もし私がエルナー様と同じ状況に置かれていたらと思うと、辛くて辛くてどうにかなってしまいそうで……ああ……」
「ウィンー、それ言うの何回目? 耳タコなんだけど」
 榛名 縁(aa1575)は年齢より幼く見える顔に困ったような表情を浮かべて、この生真面目で自分に対して何かと心配性なパートナーを見る。もちろん、それは自分を大切に思ってくれているからなのだとちゃんとわかってはいるが……。
「申し訳ありません。ですが、もし私が」
「あーあーきこえなーい。あのさ。今は少しでも早くミュシャさん助けることに集中しよ? ──僕らを待ってるエルナーさんの為にもさ」
 縁の言葉に、ウィンクルムははっと表情を引き締めた。
「……そうですね。少しでも早く、お二人を再会させて差し上げましょう」
 神代 御祓(aa1171)は扱い易いピストルクロスボウを準備し、弦の具合を確かめた。その手つきは常よりややぎこちない。一行の後ろを緊張しながらついていく。頭に先程の作戦を何度も叩き込み、邪魔にならないようにと心に強く念じる。
 ──初めての戦場……お、落ち着け……。
「よく狙って、迷惑にならないように、的確に……」
「そんなガチガチで大丈夫かねぇ☆」
 色男然とした姿でからかうような言葉を投げたのは彼のパートナー、ジェラルド(aa1171hero001)だ。本来なら努力家で明るい御祓がすっかり萎縮しているのがおかしいのか、その状態を危惧しての言葉なのかはわからなかった。

 ざり、靴底が濡れた砂を擦って僅かな音を立てる。九繰はそっと窓越しに建物の中を確認した。幸い……なのか、見える範囲に竜型従魔は居ない。彼女の英雄であるエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)は他の仲間に合図を送る九繰をただ黙って見つめる。それに気づいた九繰は彼女の右手をそっと手に取った。彼女の右手には感情表現用のディスプレイがあり、そこには不安や心配を示す顔文字が表示されていた。
「共鳴していれば、離れることはないです」
 九繰はそう笑うと幻想蝶に手を伸ばした。エミナもそれに倣う。
 そして、一行は校舎へと入って行った。そんなリンカーたちの頭上、二階の窓をのそりと動くぬめった鱗の僅かな反射光に一行は気づくことはなかった──。
 一人仲間と離れた龍哉は濡れた壁面に足をかけた。銀色に変わった一房の前髪と蒼い左目が彼がヴァルトラウテと共鳴した状態を示していた。
「音さえ立てずに行けるなら、共鳴状態の身体能力を生かして上層階にアプローチってのもアリかと思うんだが」
 壁面を伝う排水管を止める金具と窓の桟を手掛かりに鍛え上げた身体を持ち上げてみる。それは困難な作業に思えたが……。
「……意外とアリだな」
 古く粗い壁面の状態と彼のコンディションが合致したのか、龍哉は湿った壁面を登ることに成功した。
 ──飛び込んだ先でドラゴンとご対面となったら元も子もありませんわよ?
「それもそうだ。それじゃ、スニーキングミッションと洒落込むか」
 ヴァルトラウテの警告に龍哉は唇の端を吊り上げる。リンク状態ならたとえ落下しても死ぬことはないが──。汗が頬から首へと流れ落ちた。

●竜の這いずる挟撃の館
「申し訳ありません、少々狭くなりますが……」
 機体……鎧の奥で深紅の単眼が光る。共鳴した焦一郎はストレイドの硬い装甲を纏ったような鎧姿へと変じた。その大きな姿で金属製の腕や身体を壁面等へぶつけないように注意しながら進むのだが、隠れる場所などを即座に判断して的確に前に進んでいく。
 鈴音はそんな焦一郎の後を下駄箱の物陰をうまく利用しながら、慎重に辺りを確認しながら進む。すると、隙間風が異臭を運んできたことに気づいた。
「あっ……」
 思わず焦一郎の腕を掴もうとして、その指が装甲を滑った。気配を察した焦一郎が振り返る。鈴音は後ろを振り返り、鈴音は無言で焦一郎を含めた仲間に目的の東階段先の教室を指さす。
「……」
 グルウグルルル──、しばらくして、喉に何かが詰まったようなごろごろとした音が廊下に響く。咄嗟に飛び込んだ教室の扉の陰でリンカーたちは息を殺した。重い何かを引き摺る気配と生臭い匂い。それは時折、弾力のあるツヤツヤとした床と擦れてキュッと緊張感の無い音を鳴らしながら、想像したより早い速度で壁を隔てた向こうを通り過ぎて行った。
 完全にその気配が去ったことを確認すると、一同は示し合わせたように音も無く息を吐いた。顔を見合わせ頷き合い、ふたたび廊下へと戻る。その後、すぐに東階段に駆け込んだ彼らは慎重に階段を上り続け、すぐに音楽室の手前にある準備室へと辿り着いた。そこで、一人、屋上へと向かう御祓の不安げな後姿を心配そうに見送りながら、彼らは準備室の扉をそっと開く。中では扉の前で剣を今収めた男が厳しい顔で一行を出迎えた。
「エルナーさん、ですか?」
 九操が尋ねると彼は頷き、面識のある真琴もそれを肯定するように少し青ざめた顔で仲間に頷いて見せた。そして、準備室前の廊下に残り他の竜たちを警戒している縁を残し、一同は準備室の中に入った。
「すまない……。僕も動揺していたようで、うまく伝えられなかったようだ。ミュシャが気を失っているのはあの従魔の精神攻撃によるものではないんだ。彼らは単純な力技でしか攻撃をして来ない」
 ミュシャ救出の作戦として、九繰のクリアレイによるミュシャの意識の回復を伝えると、エルナーは静かに首を振った。
「ミュシャの気絶は瓦礫によるものと……恐らく精神的なショックもあると思う。クリアレイは効かないだろう。彼女は僕に任せて欲しい」
 作戦がまとまると、おもむろに真琴が自分の盾をエルナーへと差し出した。
「エルナーさん、これ……。みゅしゃちゃん、絶対助けるから。まだ一緒に遊びにもいっていないのに」
 一瞬、少し目を大きく見開いたエルナーは、いつか見た穏やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ──本当にあの時ミュシャと会ったのが真琴君たちでよかった。助けに来てくれてありがとう」
 焦一郎、鈴音、九繰、そしてエルナーを加えた救出班は気配を殺しながら、廊下から瓦礫へと近づいて行った。
 救出班を見送った真琴は、スナイパーライフルを構えて準備室から巨体を横たえて眠る巨大な竜を見張る。
 そして、室内に入った縁は姫乃と目線を交わすと、音楽室へと続く扉へと近づいて行った。

「ドラゴンだ……」
 半壊した音楽室の壁面にぶら下がった龍哉は思わず呟いた。
 ──ドラゴンですわね。悪龍の系譜であるなら即滅しますわ。
「お、おう」
 厳しいヴァルトラウテの返答にぎこちなく頷くと、龍哉は室内に目を走らせる。いつもより鋭い瞳の縁と目が合った。龍哉の表情に軽い緊張が走り、そっと身体を崩れた壁面から教室内へと滑り込ませた。
 ──崩れて小山になってる場所、あれじゃねぇか?
 ミュシャが居るであろう場所を確認すると、彼は今度は崩れた天井を見上げた。ちらりと人影が見え、それを首肯し縁に伝えた。

 ──駆動調整。作業モード。
「エルナー様、位置の指示を……」
 焦一郎はその大きな身体を存分に活用していた。エルナーにミュシャ埋もれた状況を聞き取ると、彼女が居るであろう場所を予測しながら慎重に瓦礫を動かす。瓦礫を退かし、時に仲間に渡しながら作業をどんどんと進めて行く。果たして、瓦礫の下にミュシャは居た。彼女は床に打ち付けられたようにうつ伏せに倒れていた。
「──っ」
 誰かが息を飲んだ。細い背中のずたずたに裂けた衣服の下からは、明らかに人の手により悪戯に付けられた醜い傷跡が露になっていた。
「ちょい待って。服、結構傷んでるし、誰か上着でも貸したげれば?」
 エルナーが口を開く前に、長い赤髪がさり気なく一同の視界を遮った。鈴音の言葉と同時に大きなライダージャケットが彼女の前に差し出された。
 ──……防御力低下。灰堂、何をしている。
 咎めるようなストレイドの言葉に焦一郎は淡々と答えた。
「救出対象の安全を優先します。我々には盾もありますので」
 ──……まあ、良かろう。
 鈴音はライダージャケットを手早くミュシャに着せながら何度か声をかけ、九繰は黙って気を失ったままのミュシャの傍に寄るとケアレイを唱え、ミュシャの傷を癒した。

 屋上で音楽室の状況を見守っていた御祓は感嘆の息を吐いた。
「うわ、みんなすごい……」
 彼の位置からは、龍哉、縁と姫乃、真琴が眠るデクリオ級を囲むように位置を取り警戒しているのがよく見えた。これが、歴戦のリンカーなのかと、そう思ったその時。
 ……竜型の巨大な従魔が突撃した屋上は脆く、非常に危険な状態になっていた。まだ未熟なリンカーである御祓は警戒していたにも関わらず、その辛うじて残っていた屋上の床を踏み抜いてしまったのだ。
「うわあっ!」
 ガラガラと落ちるコンクリートの塊は音楽室で眠る巨大な竜の頭上に降り注ぐ。目を閉じた御祓の脳裏に彼の英雄の揶揄するような声が聞こえた。
 ──キミ、足引っ張ってるねぇ★
 しかし、落下の衝撃が訪れることは無かった。ジェラルドの発案で持って行ったロープがしっかりと御祓の腰と頑丈な手すりを繋いでおり、彼自身は瓦礫と共に音楽室へ落下することを免れていた。

 それは夢現で何度も何度もゾーンの発現を試みていた。壊れたようにゾーンを作ることを切望し無駄を繰り返すそれは、ようやく朧げに『そうか、ライブスが足りないのだ』と理解し始めていた。鈍い衝撃がそんな彼の目を完全に覚まさせたのはその時だった。
 竜が首をもたげたのと同時に、床を蹴って距離を詰める縁、姫乃、龍哉。トリガーに指をかける真琴。そして、竜型従魔の正面に回り込む焦一郎。
「皆様、閃光防御を!」
 作戦通りに彼の前からフラッシュバンの激しい光が放たれる。仲間たちは視界へのダメージを予測してそれぞれの瞳を守った。
 起きたばかりの巨大な竜は目を焼かれ、雄たけびを上げた。丸太のように太い尾が床を何度も叩き、建物を揺らした。エルナーと九繰と鈴音はその間に残りの瓦礫を必死に退けた。
「ミュシャ!」
 だらんとした手が瓦礫の下から現れると、エルナーは彼の半身である少女を抱え、その頬を張った。衝撃とその声にミュシャが目を開く。恩師と慕う彼の険しい表情にその瞳が急速に覚醒し、幻想蝶に指を伸ばす──光の蝶の中、ふわりと茶色の髪が舞い、ミュシャはその場に降り立つ。そして、眉を僅かにひそめて、軽く胸元に手を当てると言った。
「ミュシャはまだ本調子ではないようだ。今回は僕が戦うが、申し訳ないけれどあまり力を出せそうにない」
 剣を構えたミュシャを視界に認めて、体勢を整えた御祓は気合いを入れて視線を従魔に戻した。
「ここ……撃ちます!」
 ──そうそう、その位置だよ☆
 ジェラルドに導かれるように目的を定めて矢を射る。視界の不安定な竜は突然降ってきた攻撃に反応し空に向かって吠える。
 ──やるじゃん♪
「オレよりも、ずっと若い子だって頑張ってるんだ……オレだって少しは頑張らないと!」
 ──……ま、バカだけど、嫌いじゃない。いいよ、力を貸してやろう★
 ジェラルドが笑みを浮かべたのに気づいたが、なぜかそれはいつもの笑いとは違う気がした。そして、すぐに彼の鋭い声が脳内に響く。
 ──すぐに立て、次が来るぞ!
 御祓は迷わずロープを片手に思い切って瓦礫の向こう、音楽室へ飛び込む。その真横をすれ違うように首を伸ばした巨大な竜の横顔が牙をむいた口を大きくぱくつかせた。するりと床近くまで滑り落ちると残ったロープを切り離し、御祓は音楽室に着地する寸前に音楽室の厚いカーテンを掴む。そして落下する勢いと自重で引き裂くと、それを竜へと投げかける。視界の不安定さに重ねて急に体にまとわりつくモノの登場に竜は混乱を深めた。

 鈴音は盾を構えて迷っていた。ミュシャの様子を見て彼女をサポートすべきか……。そんな時、ふと、激しい胸騒ぎを覚える。その原因を探っているうちに、彼女は一度嗅いだあの不快な悪臭に気づいた。ごろごろという、決して猫のように愛らしくないあの音にも──。そっと目の前の九繰の腕に触れる。何かを察した九繰の腕が強張る。恐る恐る振り向いた鈴音の視界一杯に、濁った、黄色の大きな瞳がふたつ。僅かに濡れて、血走って──。
「分担したつもりだったのに」

 真琴は視界を奪われ暴れる竜の眼を狙い得物を構えた。何も無い虚空を噛んで動きの止まったその一瞬に──そう狙い定めた時、彼女は違和感に気づいた。生臭い風。ごろごろという音……。
 リンカーとして鍛錬を積んだ真琴は即座に身体を捻って横に転がった。同時に廊下と準備室を隔てる壁が吹き飛んだ。扉を開ける、などということも知らぬ、音楽室の主よりは小柄な竜が準備室に飛び込んできた。
「大きいだけの蜥蜴が! 図に乗るな!! 奈良の狐憑を甘く見るなよ!」
 凛とした真琴の声と共にるなんて放たれた銃弾が侵入者の目を瞼ごと射貫いた。

「わざわざ校舎に入るなんて翼の意味が無いですわね」
「大きなトカゲかしら?」
 視界に映った背中に小さな羽の跡のような機械が見えた。気が付くと、四つの瞳が笑う。血を滴らせた鈴音の前と従魔を挟んだその向こうにふたりの姫乃が現れ、血色の名刀フルンティングを振るう。刃を受けた竜は狼狽し、そこをエルナーの剣がはしる。その間に九繰が走り寄り鈴音にケアレイをかけた。鈴音は自嘲気味に笑った。
「──私、血生臭いのとか似合わないっしょ?」
 そんなふたりの横を縁が走り抜ける。倒れた竜の後から壊れた壁を無理やり広げるようにもう一体の竜が身体を捻じ込んできていた。その凶悪な横っ面を狂暴な前足を縁の強化された盾が軽々と弾く。すると、ジャックポットである焦一郎の迅速な早打ちによって何度も銃声が上がり、三体のミーレス級の竜型従魔たちにライヴィスの纏った銃弾が叩きこまれた。
 更に止めとばかりに真琴の朗々とした声が響いた。
「……響け、鈴鳴(フラッシュバン)!」
 元より愚鈍な竜たちは二度目のフラッシュバンにもたやすく目を奪われた。
 混沌とした音楽室の中央で大物のデクリオ級従魔を前に、龍哉は両拳に気合いを込めた。
 ──ドラゴンは尾の一撃も油断出来ませんわ。
 彼の勝利の女神が警鐘を鳴らす。
「りょーかい! 大暴れされる前に仕留めるぜ!!」
 メンバー随一の攻撃力を持つ彼の拳が振るわれる。竜の頭と翼を狙い防御を捨てた激しい猛攻が、ゾーンを夢見る竜へと浴びせられた。その攻撃に反撃する間もなく、竜を模したその従魔は巨体を瓦礫の中に沈めたのだった。

●彼らの果たしたもの、救ったもの
 「戦闘終了。誓約の履行を確認」
 リンクを解いたストレイドの声に、一同は緊張を解いた。三体のミーレス級従魔を沈め、一体のデクリオ級従魔を倒した。しかし、それは辛い勝利でもあった。いくらミーレス級とは言えども竜の巨体でこう囲まれてしまっては、二度のフラッシュバンの成功が無ければ勝つことはできなかったかもしれない。
 エルナーがリンクを解くとミュシャがふらりと床にへたり込んだ。そこに真琴が駆け寄り、抱き着いた。
「……心配した……無茶しないで」
 真琴の腕の中で呆然としたミュシャの肩をぽんと龍哉が叩いた。
「よ、縁があるな」
 傷だらけの龍哉とその隣に優しい表情を浮かべて静かに佇むヴァルトラウテの姿。
 ちらちらとミュシャたちの様子を見ている鈴音とそんな鈴音に傷が残っていないか不安そうにしているN・K。
 九繰とエミナ、御祓とジェラルド、姫乃たち、縁とウィンクルス。
 そして、ミュシャはいつの間にか腕を通していた焦一郎のライダージャケットに気づいた。
「エルナー殿も怪我はないか」
「僕は──大丈夫だよ。君たちが危険を顧みないで、ミュシャを助けることを第一としてくれたお陰でね」
 ハルの言葉にエルナーは答えた。彼の視線の先ではミュシャを元気づけようとチョコレートバーを押し付ける真琴と、それを様々な視線で見守る者たちの姿があった。
「二人、再会させられて良かったね」
 未だに涙が止まらないミュシャとそれを囲む優しい仲間たちを見ながら、縁はおっとりといつもの優しい笑みでウィンクルムに語り掛けた。ウィンクルムは大きく頷いた。
「ええ、本当に。しかし……もし私がエルナー様と同じ状況に置かれていたらと思うと……」
「えええ、それまだ言うの!?」
 みぞれを降らした灰色雲が消えた空は砂のように広がる秋の雲と夕陽の赤で彩られていた。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
    人間|18才|女性|生命
  • ふわふわお姉さん
    N・Kaa0885hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • エージェント
    神代 御祓aa1171
    人間|18才|男性|命中
  • エージェント
    ジェラルドaa1171hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 水鏡
    榛名 縁aa1575
    人間|20才|男性|生命
  • エージェント
    ウィンクルムaa1575hero001
    英雄|28才|男性|バト
  • エージェント
    紅鬼 姫乃aa1678
    機械|20才|女性|回避



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