本部

【ER】鋼の縁

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 7~7人
英雄
7人 / 0~7人
報酬
多め
相談期間
4日
完成日
2019/02/21 20:15

掲示板

オープニング

●遺志
 決戦の内で王が斃れるわずか昔。
「どうもやべぇっすね」
 人狼群の先鋒を担ってきたヒョルドが荒い息をつき、座り込む。
 他の仲間を吸収することでいくつものの鉱石を練り込み、ダマスクス鋼を成したその依代は、生きているかのように動く。
「ほどなく最終防衛線が破られるでしょう。あとはどれだけ連れていけるか……ですね」
 ヒョルドと同じくダマスクス鋼の依代に宿ったジェーニャ・ルキーニシュナ・トルスタヤは、すがめた目を前線に向けて言う。

 アイルランド東部に位置するウィックロー州、黒い川が流れる荒野のただ中で――人狼群は今、テレサ・バートレットを中心とした数百のエージェント、そして各国の連合軍による包囲攻撃を受けていた。
 あちらの主軸となっているエージェントは、決戦に臨むことのかなわない、中堅以下の者たちだ。しかし、テレサを始めとする少数の精鋭が指揮とカバーに徹することで有機的に展開し、十二分の働きを見せる。
 加えて、連合軍が惜しまず投入し続ける火力の後押しである。
 果たして人狼群はていねいに追い立てられ、ゆるやかに壊滅しようとしていた。

「連れてくって、行き先ちがうんじゃねぇっすか? オレらとあいつらじゃ」
「なら、叩き落とすとしておきましょうか。どちらにせよ急がなければなりませんが」
 互いに預けた背を支えとして立ち上がり、歩を踏み出した。
「お嬢と大将、聞こえますかい? ヒョルドっす。悪ぃんすけど、オレと大尉は先に逝かしてもらいますんで」
 陣の最奥で抵抗戦の指揮を執るリュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチとその契約英雄ヴルダラク・ネウロイへ通信を飛ばし、通信機をジェーニャへ渡す。
「隊長、そしてリュミドラ穣。彼の岸の際より、鋼の縁が巻き取られる末を見させていただきます。ご武運を」
 それだけを告げ、通信を切ったジェーニャへ、ヒョルドがぽつりと告げた。
「こんなときにアレなんすけど、惚れてましたよ」
 こんなときだからこそ言うよりなかったことは知っている。ジェーニャは狼面に薄笑みを浮かべ。
「お受けするのは彼の岸か、墜ちたか先でとさせていただきましょう」
 ――彼らの命はリュミドラの命と直結している。彼らを顕現させていることは、リュミドラの命をそれだけ減らすことになるのだ。
 しかし、それを悩む必要は、あと数分で消える。

「ヒョルドとジェーニャの撃破を確認! 反応消滅、リポップなし! 全隊、そのまま包囲縮めてください!」
 オペレーターである礼元堂深澪が、指揮車の内よりエージェント及び連合軍へと告げた。
 それを通信機越しに聞いたテレサは深澪の安全が確保されたことに安堵し、戦場の先に在るリュミドラのことを思って心を沈ませる。
 あたしはあなたのことをなにも知らないけど、その思い定めた生きかたしか辿れない不器用さだけは理解できる。

●訪問
 人狼群の最奥でライヴス式アンチマテリアルライフル“ラスコヴィーチェ”のスコープを巡らせ、戦場を透かし見ていたリュミドラがふと顔を上げれば。
「お邪魔するよ」
 長い戦いの歌、通称ソングが、薄笑みを浮かべて立っていた。
『なにをしに来た?』
 ネウロイの平らかな問いは、追い詰められている状況をまるで感じさせない。
「あと何日かしたら、このあたりに別世界への通路が開くんだよ。女神様がわざわざここを選んだのは、結局のところそういうわけなんだろうね」
 ソングもまた修羅場にそぐわぬやわらかさをもって応え、肩をすくめてみせた。
「だからしばらく付き合うよ」
 その後ろには、おもしろくなさげに腕を組んだラウラ・マリア=日日・ブラジレイロの姿もあって。
「アタシは旦那の見送りさ。知らないヤツにケチつけられるのはおもしろくないからね、ザコの掃除はさせてもらうよ」
 リュミドラはふたりに一礼し、告げた。
「感謝します」
 今、すべての生命力が自分の内にある。ヒョルドとジェーニャに分け与えていた命が戻ったことは、ふたりが消滅したことを指していた。
 贖う術などあろうはずはないが、せめてこの白狼としての生を貫いてみせる。

●チャンス
 ヒョルドとジェーニャを欠いた人狼群だったが、ソングとラウラ・マリアの参戦によって戦局を一変させた。
 ……いや、そうではない。王の消滅と共に失ったすべての人狼を、ふたりのヴィランとスナイパー、3者の合力は大きく上回っていたのである。
「連合軍はそのまま安全距離を取って待機。エージェント部隊も重傷者を搬送して退避して」
 テレサは深澪を通じて指示を出し、ミニガンを抱えて戦場を見やる。
 あそこにはいるのだ。リュミドラ、ラウラ・マリア、そしてソングが。リーダーとしての立場がなければ、思わず独りで駆け寄ってしまっていたかもしれない。
「一応援軍要請しときましたけど、決戦の後っすから。来てくれるかわかんないっすよ」
 深澪の言葉はもっともだ。
 王との決戦を終えた歴戦のエージェントが、わざわざ戦勝の喜びに泥を塗る可能性の高い戦場へ来てくれる確率は相当に低いだろう。
「鋼の縁って言ってたわね。それを信じるわ。それに切りきれなかった拳の縁も」
 深澪は息をつき、立ち上がった。
「いざってなったらふたりで行きますかぁ~。ボク生身っすけど、魔導銃だったら撃てますし。あ、リロードはテレさんにお任せっすよ?」
 もしふたりで戦うことになれば、魔導銃にライヴスを込めなおしている暇などもらえないだろう。それを知りながら言ってくれた深澪に、テレサは何度もかぶりを振った。
「ミオにそんなことさせない。ひとりで飛びだしていったりもしない。それでもチャンスをもらえるなら、今度こそ最善を尽くすわ」
 果たして――

解説

●依頼
 リュミドラを撃破してください。

●地形と状況
・草木は枯れ果て、成分の関係で黒色をした川の流れる荒野です(まるで地獄のようだと評判です)。
・打ち壊された車両や武器の残骸(大から小まで)が点在しています。
・作戦開始時刻はエージェントが決められます。

●リュミドラ(+ネウロイ)
・強化型のアンチマテリアルライフルを使うスナイパーです。
・ライフルはリュミドラの手から離れても、彼女の意思で作動します。
・能力的にはトップクラスながらこの世界に在るライヴスリンカーの域にあります。
・銃と軍隊式格闘術を組み合わせた近接格闘術も使います。
・受けたダメージを軽減させるパッシブがあります。
・投降にはけして応じません。

●ソング
・メギンギョルズ装備のボクサーです。
・1ラウンドあたり2回攻撃。
・エージェントの攻撃を回避するとカウンターパンチを打ち返します。このパンチは射程を問わず発動し、ダメージに加え、ボディに決まれば“拘束”、顎に決まれば“気絶”のBSを与えます(抵抗可)。
・それ以外でも、ブロッキング(リアクションスキル)によって防御成功した場合は、半径5スクエア内にいるエージェントへカウンター(通常の打撃攻撃扱い)を繰り出します。
・内の英雄が歌うこととなり、歌声を封じることはできなくなりました。しかし、作戦によって崩すことができます。

●注意と備考
・相談期間が4日と、通常より1日短くなっています。
・ラウラ・マリアは基本的に参戦しません。
・リュミドラとソングは偶発以外では互いをカバーしません。
・ソングは撃破できますが、拘束はできません。これを無視して試みた場合、リンクバーストしたラウラ・マリアがソングを守ります。
・強さ的にはソングがリュミドラを実に大きく上回っています。

リプレイ

●我
 ソングと呼ばれるアフリカン――長い戦いの歌は呼吸を整えて。
「多少は引き受けるよ。僕目当ての子もいるんだろうし」
『貴様たちには世話になった。さらばだ、拳鬼。さらばだ、剣舞よ』
 敬礼を見せるリュミドラの内よりヴルダラク・ネウロイが平らかに語る。
「ウソでも言っとくもんだろ」
 ソングに続いたラウラ=マリア・日日・ブラジレイロは苦笑し。
「さらばだ、友よ。ってね」
「女子はウェットでいけない」
 ソングはメギンギョルズに鎧われた両手をひらひらと振った。
「じゃあね、灰色狼。あとは君が思うようにするといいさ――白狼」
 彼の背に、リュミドラはただひと言を返す。
「貫きます」

「見くびるなよ――きみ自身の値段を」
 リィェン・ユー(aa0208)はやわらかな表情で言い放ち。
「俺にとっては世界でいちばん価値のあるものだ」
 テレサ・バートレットの左脇を、屠剣「神斬」煉獄仕様“獄”を肩に担いだまますり抜ける。
『気に病むことはないぞ? わらわたちもまた、借りたままにした借りと切り損ねた縁とがあるのじゃから』
 内からイン・シェン(aa0208hero001)が添え。
 テレサの右脇を抜けた赤城 龍哉(aa0090)は、ブレイブザンバーの切っ先で前を指した。
「――全力で計らせてもらうさ。俺の、今このときの丈を」
『我が名と盟約において、折れぬ闘志に勇気の加護を』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は龍哉の意志に祝福を重ね、同じ先へ視線を伸べる。

「ようやくここまで追い詰めたはいいけど、最後のひと押しが決まらないか」
 九字原 昂(aa0919)はウィックローの“地獄”の先にあるヴィランを透かし見、うそぶいた。
『一対一に長けるボクサー、一対多に長ける海賊、そしてスナイピングに長ける白狼。中堅以下のリンカーでは束になってもかなうまい』
 言外にベルフ(aa0919hero001)が告げた真意へ昂はうなずき。
「僕たちが最後のひと押しになる。彼らもそれを望んで、この硬直をしたてあげたんだろうしね」

「さて。では、あの仔狼が石塊と結んだ縁の内にてどれほど育ったものか、見定めるとしようか」
 八朔 カゲリ(aa0098)と共鳴し、その主導を取ったナラカ(aa0098hero001)は、その白皙の面に艶やかな笑みを浮かべ、前へと踏み出した。
『敵としての対峙――試練をもってか?』
 カゲリの問いに「導くは石塊の担い。ならば私は障壁となるが分というものであろうよ」。
『……たとえどう思われても、か』
「然り。未だ仔狼に過ぎぬものか、白狼に成り仰せたものか。私はそれを見極めるばかりだよ」

「というわけで、我らが王はやる気みたいだけど。顛末を決めるのは、結局のところ――」
 Arcard Flawless(aa1024)は言葉を止め、かぶりを振った。
『みゃう?』
 内のIria Hunter(aa1024hero001)が小首を傾げる。フリップがその手にあったなら、『結局、なぁに?』と訊いていたはずだ。
「最後の最後にならなきゃわからないさ。ただし、そこへ行き着くまでにボクがすることはもう決まってるけどね」
 視線ならぬ意識だけを背中越しに投げて、Arcardは歩き出す。
『どいつもこいつも我を通す……頑固ぞろいだぜ』
 それを見送った東海林聖(aa0203)は、内でLe..(aa0203hero001)に肩をすくめてみせた。
 Arcardはもちろん、リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチも、そしてとなりに立つ「我らが姫様」も。
『……ヒジリーも、大概だけど……ね』
 Le..はやれやれ、言葉を返し、ほやほやしていた表情をかちりと引き締めた。
『とりあえず……あのときみたいな、ラッキーは……二度も、ないから、ね』
「あぁ、わかってるぜ。ルゥ!」
 そしてとなりの柳生 楓(aa3403)に苦笑を向けて。
「このまんま終わっちまう気なんてねェんだろ、楓?」
「終わりになんて、させません」
 前を見据えたまま楓は応えた。
『ここまで繋いできた縁、途中で切らせるつもりはないからね』
 氷室 詩乃(aa3403hero001)も意志を添わせてうなずく。
「私たちはリュミドラさんへ向かいます。――これが、最後のチャンスですから」
 両脚を踏みしめて盾を掲げるのではなく、踏み出して繰る剣閃の内で守り抜く意志を映したカメリアナイトの装束を翻し、楓は行く。

●拳と鋼
 ふとエージェントの前に立ったソングは、アフリカンにはめずらしい薄い唇で薄笑みを作り、左手で後方を指した。
「鋼の縁者は行くといい。ひとりも残らなければ……それはそれだけどね」
「心配するなよ」
 龍哉と共に、先へ行く仲間をかばって立ったリィェンが口の端を吊り上げて。
「縁ってのは互いの意志で結ばれるものだ。君は切ったつもりでも、こっちに切ったつもりがないんだから、拳の縁の結び目は健在さ」
 肩をすくめてみせるソングへ、次は龍哉が言葉を投げた。
「そもそもここへなにしに来た? ただ横槍を入れるためじゃあるまい」
「道が開くまでの時間潰しだよ。でも――そうだね。僕にも渡世の義理はあるものさ」
「ウルカグアリーへのか? 律儀なことだな」
 苦笑しながらブレイブザンバーを構える龍哉。
「今さらあなたを捕まえてやる、なんて言わないけど」
 テレサは二丁拳銃“Pride of fools”の銃口をソングへ向けて。
「あたしの信じる正義の値段をあなたに見せる」
 ソングは小首を傾げ、ゆるく握った左手を上に持ち上げ、右拳を顎の脇に置いて、体をかるく揺らす。
「僕の顔に刃でも弾でも届かせられたら、認めるよ」
『ずいぶんとお優しいことですわね』
 油断なくソングの気を探るヴァルトラウテ。もちろん見つかるはずはなかったが、それが逆に好ましい。むしろそうでなくては困りますものね。
『女海賊は来ぬのか?』
 インの問いに、ソングの後方で腕を組んだまま立つラウラ=マリアは憮然とかぶりを振り。
「あんたらが旦那の門出を邪魔しようとしない限りはね」
 ライヴス結晶を掲げて見せる。
『命を賭けて彼奴の道行きを守るか。たいした深情けじゃの』
 インに応えず、ラウラ=マリアは適当な残骸へ腰を下ろした。

 一方、リュミドラへと向かった5組を迎えたものは12・7mm弾であった。
「おおっ!」
 魔剣「カラミティエンド」――“闇夜の血華”を斜に構え、肩を押しつけて補強した聖がこれを受け止めた。切っ先を地へ突き立て、吹き飛ぶのをこらえるが、それだけに剣の腹を伝ってねじり込まれた衝撃を逃がすことができない。
 しかし。
「痛ェけどな――これくらいじゃ、オレは殺れないぜ!?」
 回転を止めずに剣へと食い込み続ける弾を押し返して駆け出した。
 この剣は、頑迷で頑強な友が遺したひと振り。受け継いだ自分が、この程度で膝をつくわけにはいかない。
『伏兵だ』
 ネウロイの言葉が終わるより先に、リュミドラは右腕一本でアンチマテリアルライフル“ラスコヴィーチェ”の銃口を左へ振り向け、撃った。
 ヘッドスライディングで弾の下をくぐった昂は地で一転、左右へのフェイントをかけておいて前へ。リュミドラへの最速ラインを辿る。
『注意はしていたはずなんだけど』
 ひとり先行した彼はイメージプロジェクターを使い、残骸や枯れた大地と同化した上で進んでいた。確かにスキルを使用しての潜伏ではなかったが、それにしてもあそこまで容易く見抜かれるとは。
『歴戦の灰色狼がスポッター役。小細工は通用しないということだろうさ』
 ベルフの言に内でうなずき、昂は今度こそ大きく横へ跳んだ。
 ――ここまで思いきり動いても釣れない。スナイパーとスポッターがひとつの体を共有していることもそうだけど、あのふたりの絆の深さは厄介だな。

「さすがに錆びつかせたままでは敵わぬかもしれぬがな」
 うそぶいたナラカは“天剱”の銘を与えた天剣「十二光」、その錆びついた剣身から先のリュミドラへ視線を戻す。
 代わり、リンクコントロールでリンクレートを押し上げ、歩を進めた。
『いいのか?』
 カゲリの確認にゆるくうなずく。
「繋ぐにせよ打つにせよ数が要る。……いくつ要るかは小娘次第だがね」
 その横からArcardは薄笑みを向けて。
「最初からやる気じゃないのはありがたいね。ボクのしかけには時間が要るから」
『みゃみゃー』
 肯定するIriaだが、本当に契約主の意図を理解しているものかは不明である。
「アルは相も変わらず悪巧みか?」
 ナラカの問いに、本来撃ち出すべき5本の杭を2枚のブレードへ変更したグラビティゼロで鎧われた腕を振って否定を示す。
「攻め手がこれ以上増えたら困るってだけさ。狼気取りのリュミドラちゃんは、あのボクサーくんとは比べものにならないくらい弱いからね」
 と。その言葉尻をかき消すように楓の声音が響き渡った。
「リュミドラさん!!」
 レアメタルシールド“救済之輝”を押し立てた楓が、聖の横を抜け、地獄に残された残骸をぬってリュミドラへ向かう。
「今日、あたしとおまえの因縁は終わる!」
 ラスコヴィーチェが吐き出した12・7mm弾がかき消え、楓の背後に現われたが。
「止まりませんよ、絶対に!」
 盾ではなく、自らの体へ張っていたライヴスシールドがテレポートショットを阻み、楓はその衝撃に押されるがごとく加速した。

●交錯
 ソングの左拳が打ち下ろされる。
 スナップの効いた一撃は蛇のごとくにうねり、龍哉にガードポイントを定めさせない。
 過程にこだわる気はねえよ。
 縦に立てた左腕へ横に寝かせたブレイブザンバーの腹をあてがい、十字受けを為して拳を弾いた龍哉は数ミリ踏み出した。
 それを待っていたリィェンが、戻りきらないソングの左拳を置き去り、極の切っ先を左から突き込む。
 完全に不意を突いたはずの突きは、届くより先に下から左拳で突き上げられ、コントロールを奪われた――いや、それはすでに想定している。手元に大きく残した余力で刃を引き戻し、大きく踏み込むと見せて、踏みとどまると同時。
 テレサの二丁拳銃が数十の弾を吐き出し、ソングの足元に穴を穿った。
「つまらないね」
 内で英雄が紡ぐ言の葉ならぬ歌に身を乗せて、ソングは悠然とテレサへ滑り寄り、右ストレートを打ち込んだ。
「この場のレディファーストはマナー違反だぞ」
 極を差し込んでこれを止めたリィェンの肝臓に左フックが食い込んで。
「釣りに来られたから逆に釣ってみたのさ」
 上体をわずかに折ったリィェンを置き去り、ステップワークで後ろへ下がったソングは龍哉へ左ジャブを突き込んだ。
「ち!」
 リィェンのカバーに入っていた龍哉は頭を振って回避するが、目尻をこすられて体勢を崩す。
『反射的に攻め返してしまえば、今度こそ釣られますわよ』
 切れた目尻から漏れ出す血をライヴスで押しとどめ、ヴァルトラウテが警告。
『わかってる!』
 続く右の打ち下ろしを肩でブロック、視線を流してあらぬ方向へソングの意識を逸らしておいて、大きく跳び退いた。
 ソングは追ってこない。ただし、意識はしっかりと龍哉に据えたまま。
『ああも間合を変えられてはリィェンの気が散ってならぬ』
 テレサを守らずにいられない契約主の心情をやんわりと代弁するインだったが、当のリィェンはなにも言い返さず、ただ踏み出した。
『踏み込みも視線も、単体では読まれますわ。三つを重ねて行きますわよ』
 ヴァルトラウテはリィェンの背と二丁拳銃を手に身を低く構えたテレサを指した。

「行くぜッ!!」
 楓の影から跳び出した聖が血華を地へ打ちつけ、その反動に乗せて斬り上げた。武器狙いの一撃粉砕は、リュミドラが咄嗟に立てたストックへ食いつき、噛み止められた。
 直後、彼の鳩尾を突き上げる膝蹴り。
 硬直しかけた体から息を吹き抜いて柔軟性を保ち、大きく折ることで最大ダメージを喰らうを逃れた聖は、刃を取り戻して地へと転がった。
『間合……あと半歩、外に』
 体術ではあちらが上だ。剣の間合を保ち、常に対処できる体勢を。Le..の助言へ内で『おう!』、続けて「楓!!」、今日の主役へと繋ぐ。
「はい!」
 聖の残像を巻き取るように身を回転させた楓が、レーヴァテイン“断罪之焔”でリュミドラを撫で斬った。
「いい気合だな」
 瞬発的な脱力で直撃を逃がしたリュミドラが、ラスコヴィーチェのストックで楓の顎をかち上げる。
「全力じゃなきゃ、あなたの覚悟は突き抜けないから――私はあなたをなにひとつ蔑ろになんてしません」
 差し込んだ腕でストックを受け止めた楓は一歩分、リュミドラを押し込み。
『どんな結末を迎えるんだとしても、全力でやりきらなくちゃ後悔するだけだしね』
 楓の足をライヴスで支える詩乃。その表情が、強く引き締まる。
『でも!』
「最後まであきらめない! あなたを、無間の戦場から引き上げる!!」
『そのためにボクたちは来たんだ!!』
 前蹴りを打って楓から身をもぎ離したリュミドラが、ラスコヴィーチェの銃口を向けた次の瞬間。大きく横へ吹き飛んだ。
「……」
 影のごとくにリュミドラの左脇へと現われた昂は、逆手に突き込んだ雪村が散らす氷片の隙を滑り抜けてリュミドラを追う。
『当たった瞬間に跳ばれたね。絡め取りたいところだけど……シベリアのときの手は通じないだろうし』
 リュミドラという少女と初めて対した日、昂は肩を壊されながら彼女を拘束し、仲間を呼び込んでみせたのだが。さすがに同じ手を食らってはくれまい。
『あのときよりもこちらが使える手は多い。絡め取るぞ』
 ベルフの導きでハングドマンへ換装した昂は、一転して立ち上がったリュミドラの死角へ潜り込み、気配を断った。
『敵の決め手を読め。他は喰らってもかまうな』
「了解」
 ネウロイに返したリュミドラが、ラスコヴィーチェを腰だめに構えた、そこへ。
「まずは問題点を明確にしようか」
 エージェントの配置を読み、その攻撃のすべてが自分を貫くか削らねば届かぬ位置取りをキープしたArcardがリュミドラへ――その内のネウロイへと語りかけた。
『仲間の攻めを塞いでまでか』
 ネウロイの言へ「必要に応じてだがね」とうなずき、Arcardは言葉を継ぐ。
「極北における人狼群の作戦は、すべからくリュミドラの訓練だった」
 ネウロイの平らかな視線を感じながら、さらに。
「しかし、その中できみが“娘”にやらせたことは、殺させる、逃げ出させる、見捨てさせる、口先で理想を謳わせる……総評すれば、自己の理想のために同胞も家族も喰い殺す狂人を栽培しただけだ」
 突きつける。
 だが、ここで止めてはやらない。
「ここで幾人かが目ざすリュミドラ救済が成ったとしよう。だが、そんな狂人を受け入れる“群れ”が、この世界のどこにある? 排斥され続け、その途中で殺されるだけさ」
 ネウロイはただそれを聞いている。
 リュミドラもまた、引き金に指をかけたまま動かない。
 それなら最後まで綴らせてもらうだけだ。
「理想を伝えて託し、されどそれに殉じるばかりの怠惰へ陥るを咎めることこそが親の役目だろうに。はき違えた父性で娘を歪め、堕としたきみに、ボクは殺意すら覚えるね」
 ここでようやくネウロイが口を開いた。
『あえて理想家と呼ぼうか、娘』
 激することなく、声音を歪ませることもなく、静かに、重ねる。
『過去をしたり顔で評することは容易い。智を誇りたくば先の理想を語るのだな。せめてこのときの闘争を』
 12・7mm弾に腕を叩かれたArcardは地へ投げ出された。
『んみゃっ!!』
 Iriaの心配を内で制し、Arcardは歯を食いしばって立ち上がる。
 急所を狙わなかったのは意趣返しか、それとも狼なりの誇りか。生憎だね。真実はどうあれ、ボクの口を封じておくべきだったよ。
 その横を抜け、ナラカが行く。
 泰然とリュミドラへ歩み寄り、眼前にその白皙を見据え、両眼に炯焔を湛えて、無造作に天剱を振りかざし。
「過ちを知り、それでも夢を貫かんとする娘。過ちを知り、それでも娘の夢を支えんとする父。互いにすべてを弁えながらも石塊の庇護を払い、群れというよるべなき世界の内にて狼たるを貫かんとする……確かに愚かしくあろうが。その意志の輝きをこそ、私は讃えよう」
 かざしたときと同様、無造作に振り下ろした天剱が、ラスコヴィーチェのストックで払われる。
 がら空きの胴を晒したままナラカは踏み込み、背中越しに楓へ視線を投げて。
「この場で試されるは楓、汝も同様だぞ。阻まれて止まる程度の歩みなら……灼き尽くすのみよ」
「ナラカさんにそんなことはさせませんから」
 楓は強く応え、ナラカを追い越していく。
「同じくだぜ。今日のオレは楓の味方だからな」
 聖もまた血華を構えてそれに続いた。
『俺たちは鋼の縁に決着をつける、それだけだ』
『うん』
 ベルフに応えた昂は、後方で演じられているのだろう死闘を思い、意識を引き戻した。
 まずはこちらの兎を捕らえなければ。問題は、相手が兎ならぬ狼ということだが、あちらの鬼よりは制しやすいはず。

●全力
 龍哉が踏み込みと視線、そして斬気でフェイントをかけ、拍をずらした牽制の突きを繰り出した。
 ソングは左肘でブロックし、そのまま左スマッシュで顎を突き上げるが。
 龍哉は鬼神の角で鎧った額で受け、上体を横へスライドさせた。
 その空いた間をテレサの弾幕が埋め、ソングにブロックさせて足を釘づけ。
 リィェンの飛ばした衝撃波がそのブロックを押し込み、一歩下がらせた。
「完全回避しなきゃ例の魔法は出せねえわけだ」
 間合を取りなおした龍哉は賢者の欠片を噛み締め、ブレイブザンバーを正眼に構えて息をつく。
『ただし、こちらも完全回避は不可能。このままでは普通に打ち負けますわ』
 ヴァルトラウテの言葉に、同じく賢者の欠片を噛んだリィェンの内よりインが応えた。
『手数の不足は元より承知じゃが。そも、手数をそろえたところであれを崩すはなかなかに骨じゃぞ』
 見極めの眼で観察し続けて判明したことは、ソングがけしてスピードタイプのリンカーではないことだ。動きを最少に留めて狙い澄まし、回数制限のないカウンターを軸に全方位へ対応する。
「お姫様の売りはライフルの攻撃力よりしぶとさだ。時間稼ぎは意味がないんじゃない?」
 ソングが歩み出る。もたげた左拳をゆらめかせ、攻めることを告げながら。
「肚を据えるか、相棒」
 リィェンがテレサをソングの視線から遮って立ち、丹田に気を落とし込んだ。
 逃がしてくれる気が向こうにない以上、牽制で逃げ切ることは不可能。
「応」
 短く応えた龍哉もまた、重刃越しにソングを見やって気を練り込んでいく。
 かくて死闘の幕が切って落とされた。

 聖の一撃粉砕がラスコヴィーチェを叩き、宙へ弾き飛ばした。
 次いでがら空きになったリュミドラの胴へ肩を突き当て、吼える。
「リュミドラ! おまえにここで死んでほしいって、群れの連中が本気で望んだって思ってんのか!?」
 首筋に絡みついてくるリュミドラの脚から頭を引き抜き。
「狼じゃなくていい、アヒルの生を全うさせてェ。オレにはそう見えたんだけどな!」
 その横腹に、リュミドラの手から離れたはずのラスコヴィーチェが12・7mm弾を食いつかせたが――聖は両足を踏みしめて耐え抜いた。
「だってよ、死んだ自分たちは生きてるおまえの送り火だって、そう言ってたじゃねェか」
 パナマ地峡の戦いで死せる人狼のひとりが告げた言葉。
 血塊を吐き落とし、最後まで、言い切る。
「だから、オレは。おまえをこっちに引きずり出して、引きずり込んでやる」
 聖に薄笑みを投げ、横からふわりと斬り込んだナラカは、笑みを消すことなくリュミドラと対峙した。
「人狼と【戦狼】、頑迷さでは互いに譲らぬようだ」
『率いているのは貴様なのだろう? ならばその頑迷の程が知れるというものだな』
 ネウロイのセリフは、リュミドラの挙動を隠すためのブラフ。わかっていればこそ、ナラカは剣を繰り出しながら大仰にかぶりを振ってみせた。
「私は何者よりも直ぐなるものだよ。私は騙ることなく語り、私は隠すことなく示す」
「神を騙るおまえが――!」
 リュミドラは錆刃をパリングで払い、掌をナラカの鼻先に突きつけて視界を塞いだ瞬間。地に転がったラスコヴィーチェがその銃口をもたげ、ナラカの背を撃ち据えた。
「確かに今は神ならぬこの身だが、愛しき人の子らを思う心は失くしておらぬ。ゆえに私は下そう。汝は最後まで戦い抜くを選んだその意志の輝き、存分に魅せよ」
 ナラカは背に突き立った12・7mm弾をそのままに前へ。リュミドラの鳩尾へ天剱を突き込んだ。
「っ!」
 わずかなずれもない中心への攻めは、左右のどちらへもかわせない。リュミドラはまっすぐ後ろへ退き、切っ先から逃れる。
 と。
「群れはもう存在しません。それを知ってなお――いえ、無意味な問いはやめましょう」
 連携に紛れてリュミドラの背後を取った昂がかぶりを振る。
 仕込みはすでに終わっている。あとはそう、この指先を繰るばかりだ。
 地に突き立てられた短剣と、左手に握られた短剣。その間を繋ぐ鋼線が螺旋を描いてリュミドラの足を絡め取り、締め上げた。
『歩み続けるのは喪われたものへの贖い……そういうこともある』
 倒れ込みながらリュミドラが放った水面蹴りを跳躍してかわした昂の内、ベルフはハットを引き下げて目を隠し、息をついた。
 自分にしても、ある意味では同じことなのかもしれない。今の生も、昂との関係も。
 結局のところ、生者は死者の残したなにかを抱えて進むよりないのだ。だからこそベルフはここに在る。
『昂、銃口だ』
 こちらへ振り向いたラスコヴィーチェの銃口から身をずらし、昂は死角へと跳んだ。
「……銃を取ってください、リュミドラさん」
 仲間を制し、言葉を発したのは楓だった。
「どういうつもりだ?」
 リュミドラの問いに笑みを返し。
「全力で突き抜く、そう言ったはずです。白狼の誇りである銃を手放したあなたなんて突き抜いても意味がありませんから」
 楓が示したものはあらん限りの覚悟と決意。
 リュミドラは手から放したままでもラスコヴィーチェを繰ることができる。それを知りながら言うのは――
『あの少女は全力で、狼たる誇りを示せと強いている』
 ネウロイの言葉にリュミドラは苦笑する。
 そうまでして意地を張り合いたいのか。まったく、頑なな奴だ。
『きっとあきれてるよ、リュミドラ』
 詩乃が肩をすくめて言い。
『でも、そうじゃなくちゃね』
 ここへ至るまでに深く傷ついていた体へライヴスヒールの癒しを巡らせた。
『ボクたちの意地、張り通そう!』
「はい!」
 その後方、Arcardは自分と仲間のダメージを確認し、リュミドラのダメージを計り終えた。
 もう少しかな。読み違えたら全部台無しになるけどね。
『にゃうう』
 心配そうなIriaにうなずきを返し、踏み出す。
『まだボクがやるべきことは終わっていないからね。溺れない程度に策は弄させてもらうさ』

●覚悟
 ステップに乗せて上体を左右へ振り、ソングがリィェンへ左のオーバーハンドフックを振り込んだ。
「ちい!」
 舌打ちと呼気とを同時に噴き、極の腹ならず刃を合わせに行く龍哉だが――ソングはそれを空振りでやり過ごし、右のアッパーを突き上げた。
 顎をしたたかに揺らされ、視界がぶれる。
『食い縛りなさい!』
 ヴァルトラウテの叱責に引き戻された龍哉は斜め後ろから迫る友のライヴスを感じ、咄嗟に上体を前へ倒した。
「リー!」
「おおっ!」
 彼の背を踏み、リィェンが跳ぶ。しかし極の刃は横を向いていて。
 剣先を正確に撃ち叩いたものはテレサの弾丸。弾かれ、加速した極が鋼板となってソングへ降り落ちた。
 線じゃなく、面ならどうだ!?
 ソングは上体を大きくスイングさせながら極を払い、左のショートアッパーで迎撃。が、それは魔法ならぬ通常カウンターだ。
『龍哉!!』
 インの声音に応えた龍哉が踏み込んだ。振りかぶった大剣を唐突に手放し、そして。
 パンチやクリンチには慣れてるだろうがな、こいつなら!
 鬼神の腕“皇羅”を装着した手で、リィェンを打ち落としたソングの左腕を絡め取り、関節を極めながら足を刈って投げる。相手の力や体構造を利する柔の術ではない、投げの型へ相手をはめこんで打つ剛の技である。
「いいね」
 宙で体を転じて関節を取り戻して着地したソングは、龍哉を打ち据えて中空へ拳を突き出した。
「――危ないところだった」
 拳で胸を縫い止められたリィェンがぎちりと笑み。
「まだ、終わってないぜ?」
 息を吹き抜いて肋をへし折らせた。
 骨で止められていた拳が彼へとめり込み、間合を数センチ詰まる。
 かくて絶招神拳で固めた貫手がソングの鼻先へ突き込まれ。
 ソングは差し込んだ手でこれをカット、大きく飛び退いた。
「久しぶりだ。血を流すのは」
 貫手に傷つけられた掌を握り込み、ソングが笑む。
「もう一手あれば届くぜ、相棒」
 賢者の欠片を噛んだリィェンが血にまみれた顔をもたげ。
「その一手が問題なんだがな」
 龍哉もまた目に流れ落ちる血を払って構えを取る。
 最後の手段としてリンクバーストも考えてはいたが、それをすれば確実にラウラ=マリアの介入を呼ぶ。そうなればすべてが水の泡だ。
『今こそ闘志と勇気が試されるときですわよ、龍哉』
『リィェンが試されるは闘志と愛じゃな。では、行くぞ』
 ヴァルトラウテとインがそれぞれの契約主を促し、ライヴスを燃え立たせた。

 地に顎先をこするほど低く体を倒し込んだ昂が駆ける。
「ふっ」
 ハングドマンの1本を投じてリュミドラの足元へ突き立てた。
 次に来るだろう攻めに備えるリュミドラだが、昂はもう1本を自らの足元へ突き立て、それを足がかりにして軌道を変えた。
『傷を与えるばかりが攻めと思うな』
 ベルフの声音は縫止の針へと変じ、昂の指先からリュミドラのつま先を穿った。
「スナイパーが身を晒して真っ向勝負。こうなることは時間の問題でしたよ」
 平らかに告げた昂は、12・7mm弾に肩を削られながら跳ぶ。
『動きを止めただけじゃなく、攻撃を引きつけられたのも悪くない』
 ベルフの言を聞きながら、昂は感情のない目をすがめ。
『次の仕事にかかるよ』

 足を殺されたリュミドラはその場で体を回し、銃口を隠した。次の瞬間、12・7mm弾を嵐がエージェントへ降り落ちる。
 撃ち据えられるままに歩み寄ったナラカは手の内で砕けたメダルの欠片ごとライヴスソウルを握り潰し。
「戦うを貫く心はよし。なれば私も神威をもって応えるばかりだよ」
 リンクバーストしたナラカのライヴスが黄金に彩づき、焔翼を成して燃え上がる。
「我が浄焔はあまねく塵刹(じんせつ)を照らす。一切群生蒙光照――さあ、裁定の刻だ」
 果たして、限りない慈しみを込め、錆刃を振り下ろした。
 1、2、3、4、5……重ねられる剣閃はリュミドラの鉄壁を通してその命を削り、その膝から力を奪う。
「あたしは……最期まで戦うんだよ!!」
 膝をついたリュミドラが剣閃をかきわけてラスコヴィーチェを突き出し、撃ち込んだ。
 ナラカの足が衝撃でわずかに下がった、その隙間へ。
「裁定の途中に邪魔するぜ、ナラカ!!」
 リュミドラへ組みついた聖が背中越し、声音を投げた。
 その足元に転がったものはライヴスソウルの台座。
『リンクバーストしたのか』
「ナラカに何発か殴られんのも覚悟してたんだけどな」
 カゲリの言葉に笑みを返し、聖は身をよじらせるリュミドラの左腕を掴んで力を込めた。
「放せ――!!」
「放さねェ。命賭けてんのはおまえだけじゃねェんだよ」
 ああ、そうさ。そいつを見せるためだけにオレはこんなことやらかしたんだ。
「おまえが死んじまったら、おまえに生きて欲しいって願った家族全部、なかったことになっちまうんだよ! おまえが生きてる限り、あいつらだっておまえの中で生き続けるだろ!」
「生かされる生が、彼女にとって価値があるならば、ね」
 聖の言葉を遮ったのはArcardである。
 他の者同様に体は深く傷つきながらも、その両眼ばかりは炯々と輝き、リュミドラを射貫いた。
「おまえの理想とやらは力尽くで抑え込まれて消える。その約束された結末を覆すだけの価値が抱いたものになかったことを、おとなしく認めるのか?」
 それはリンクバーストを促す煽動だった。
 ウルカグアリーと関わった者は、彼女が精製したと思しきライヴス結晶を持つ。リュミドラほど近くにいた者が持たされていないはずはない。
 さあ、追い詰めた今こそ問おうか。おまえの鋼の決意、その価値を。
 結果は。
「あたしは狼の生を貫く。死ぬときまで自分を手放すつもりはない!」
 リュミドラは無事を保つ右手でライヴス結晶を投げ棄て、ラスコヴィーチェを構えた。すでに勝機がないことを知りながら、誇りと意地のために、戦う。
「私だってこの縁を手放すつもりなんてありませんから。あなたも、あなたが託されたものも全部、連れて行く」
 楓が強く紡ぎ、踏み出した。
「なら、死んだあたしを連れていけ」
 12・7mm弾がその体を撃つ。
 胸の中心を狙った一射を、体をひねって左肩で受けた楓は、衝撃で骨が折り砕かれる音を聞きながら笑んだ。
「これでお互い、左腕は使えませんね」
 そして楓は、右手に握った断罪之焔を強く握り込む。
 これは戦いなんかじゃない。ただの意地の張り合いだ。だから退かない。突き進んで引っ掴んで引きずり寄せてやる。

●門出
 左半身に構え、左手で正中線、右手で頭部の防御を意識したリィェンがソングへ肉迫した。
 レバーブロウを喰らったら息が止まる。息が止まれば練った気功をかき消される。それだけは避けなければ。
 それはもう、十二分に思い知ったからな。
 と。彼の背をかるく龍哉の指が引いた。待てのサイン。
 かくて龍哉が踏み出した。
『ここで決めますわよ』
 ヴァルトラウテの言葉がポジティブに飾られたものであることは弁えている。ここで決めなければ、こちらが終わる。
 ブロッキングでわずかに硬直したソングの右肘へ左の小指を引っかけ、強く引く。
 ソングはそれに合わせて左フック、龍哉のこめかみを打ち抜いた。
 俺の奥の手は、リンクバーストだけじゃねえんだよ。
 奇蹟のメダルが割れ砕ける音を聞きながら、龍哉は左の小指を外し、思いきり引きつけた反動を乗せた右拳を突き込んだ。
 中段突き。それは彼が最初に学び、今日まで欠かすことなく鍛え続けてきた基礎中の基礎だ。だからこそソングにブロックを許さず、その右肘を右、左、右、三度叩き抜く。
「っ」
 ソングの目がすがめられた。急所ならぬ肘を打ったのは、そういうことか。
 エージェントの攻めを幾度となく抑えてきた肘。今の三連打で蓄積したダメージは限界を越え、右腕の動きを止めた。
「おおっ!!」
 ガードを封じられたソングの右から震脚、リィェンが右の掌打を突き上げる。
 ソングは顎を逸らしてこれを回避、チョッピングレフトでリィェンの眉間を打ち据え、その体と掌を押しとどめた。
 こうなるのはわかってたさ。だから!
「テレサ!!」
 リィェンの声音に応え、テレサが撃つ。
 ソングならぬ地へ飛んだ弾は、転がっていた残骸に当たって跳弾と化し、リィェンの肘を突き上げた。
 パギン。爆ぜた奇蹟のメダルを代償にリィェンの右腕の螺旋が伸び上がり。
 掌打が、ソングの顎を跳ね上げて。
「勝負あったね。旦那の負けだ」
 ラウラ=マリアが宣告した。
「3回勝負にしておくんだったな」
 ソングは苦笑し、左拳を下ろす。
「でもまあ、時間も来たみたいだし」
 荒い息をつく龍哉とリィェンがソングの後方を見やれば空間の歪みが生じており、人ひとり通り抜けられるほどの穴を形成しつつあった。
「じゃあ」
 無造作に踵を返し、穴へ向かうソング。その背にあるものは、名残ならぬ平らかさだ。
「拳の縁、きっちりとは言えねえが清算はさせてもらったぜ」
 龍哉の言にうなずき、ソングは歩を進める。
 それを無言で見送るテレサ。
 彼女の万感を感じながら、リィェンもまた口を閉ざした。なにを語ったところで、思いに追いつくはずもなかったから。
「旦那、またね」
 ラウラ=マリアが手を振り。
「悪くない門出だ」
 背中越しに手を振り返したソングは、穴の内へ消えた。

●新章
 12・7mm弾が楓の横腹を抉り、引きちぎっていく。
「心臓を撃ち抜かれないかぎり、私は止まりませんから!」
 フェイントもかけずにまっすぐリュミドラへ駆け、断罪之焔をまっすぐ振り下ろした。
「それはあたしだって同じだ」
 左肩で受け止め、楓を蹴り退けるリュミドラ。
 共に片腕。そして左腕ばかりでなく、全身に深手を負ってもいる。
 それでもふたりはぶつかり合い、傷つけ合い、吼え合って、なおぶつかり合った。

『ヒジリー、時間……もうない、よ』
 Le..の警告は、リンクバーストで削り落とされつつあるリンクレートの残りがあとわずかであることを示している。
「ああ」
 応えた聖はすでに感じ取っている。自分の時間よりも、リュミドラと楓の命が残り少ないことを。
「終わらせねェために終わらせるぜ」

 Arcardは迷いを潜めた瞳を楓に向けていた。
 筋書きはすでに破られている。演者、いや、縁者たちは、彼女の想定をはるかに超えて明快だったから。
 しかし、ネウロイが掲げる“鋼”を計るのは――
「今は見守るときだよ」
 攻めるを控え、楓たちを見守るナラカがArcardの意識を止め、振り向かせた。
「理ならぬ情の話であればこそな」

『情理なんてものは後で加えられた要素に過ぎない。始まる前から終わっていた話なんだからな』
 影を渡りながら牽制を行う昂の内、ベルフが静かにかぶりを振る。
 せめてリュミドラとネウロイがソングのような“魔法使い”だったなら、筋書きは大きく変わっていたかもしれないが。
『僕たちが描くべきはこの因縁の結末だよ。その先は、それを描くことを望む人たちに任せるけどね』

 果たして、エージェントの連携がリュミドラを討ち、崩れ落ちさせた。
「あ、たしは――まだ、贖い、を」
「リュミドラさん!!」
 駆け寄ろうとする楓だが、しかし。
 リュミドラの内から抜け出した一頭の灰色狼が、その足を阻んで立った。
「闘争はここに終わった。しかし、ここでむざむざ投降するわけにはいかん。最後の灰色狼として!」
 棒立ちの楓を置き去り、ネウロイはArcardとナラカへ駆ける。
「ヴルダラク・ネウロイ、それが汝の意志か」
 踏み出したナラカの迷いない天剱の一閃にネウロイを裂かれ。
「結局、鋼の決意なんてものはなかったわけだ」
 苦く吐き捨てたArcardへ「それが親というものだ」、言い残してかき消えた。
『最後は決着をつけさせられたな。が、これでようやく灰色狼の群れは潰えた』
 煙草を探して胸元を探るベルフの声音。
「長かったような、短かったような因縁も、これで終わりか」
 昂は万感を込めて目を閉ざした。
 その間に聖はリュミドラを抱え上げ。
「生きるってのは戦いだぜ……生きて生きて生き抜いて、戦って戦って戦い抜けよ。オレと楓が、おまえの群れになる。似たもの同士、うまくやってけると思うしな」
 そして、楓の右腕に託す。
「ネウロイさんは、あなたを連れて行くことをしなかった。その選択が、私の意地が、正しいなんて言えないけど……私は戦います。あなたの明日を、拓き続けるために」
 その肩越し、Arcardは低い声音を投げた。
「カエデ、ボクはリュミドラがリンクバーストして君を追い詰めた瞬間、君を斬るつもりだったよ。人狼がリュミドラ育成のため多用してきた戦術的な身内切りを摸し、彼らの言う鋼の意志を試すつもりで」
「アルが思うより、ネウロイは小娘の親だったということだよ」
 言葉をかぶせたナラカに、カゲリは。
『ああ。家族は、そうしたものだからな』
 未だ目覚めぬ妹を思い、うなずいた。
『ん……ルゥ、お腹……空いた』
 Le..の声が途切れると同時、バーストクラッシュした聖が崩れ落ちる。
「悪ぃ。オレたちの面倒、頼んだぜ」
「任せておけ。と、私もそろそろ果てるか。帰るぞ、断たれた縁を偲ぶのは明日でも遅くあるまい」
 ナラカのひと声で、エージェントたちは戦場を後にする。

「――手伝いにいけませんでしたけど、無事でなによりです」
 共鳴を解いたことで笑みを取り戻した昂が、合流してきた対ソング班を迎えた。
「もうひと勝負って言えねえのは惜しいがな」
『ですわね』
 龍哉とヴァルトラウテはソングの消えた先を見透かして言い。
「それにしても足を踏みつける隙がなかったな」
『拳闘士対策もしておかねばならぬのう』
 リィェンとインは、テレサをいたわりながらも反省会を開始している。
「勝負を決めたのは、ボクが想定していた最後の要素……カエデっていう真人間の情だったよ。それだけは認めざるをえないな」
『みゃうー』
 ちゃんとごめんなさいって言えばいいのに。Iriaはそんな思いを告げたが、当のArcardはそしらぬ顔を逸らすばかり。
『ボクは楓を支え続けるよ。これまでどおり、これからも』
 詩乃の言葉に楓は「お願いします」と返し、ベルフの吹かす煙草の紫煙に縁取られた戦場を返り見た。
 あの雪原から始まった長い物語は、わずか数十分の最終章の果て、あっけなく幕を下ろした。
 しかし、なにも終わってなどいない。
 今日このときから、新しい物語が始まったのだから。
「あなたが目を醒ましたら、なにより先にネウロイさんのことを伝えます。それから、この先のことを」
 腕の内にあるリュミドラへ語りかけ、楓は直ぐに前を向いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • 赤い瞳のハンター
    Iria Hunteraa1024hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
前に戻る
ページトップへ戻る