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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/12/24 18:44:10
オープニング
●サンタの妖精は考えた
二〇一八年十二月、日本の師走。
新しい年を数週間後に控えて世間は非常に忙しい。
終電には疲れ果てた人々が泥のように眠っているし、頬に当たる風だって冷たくて──。
「そのうえ、北のてっぺんでは世界の命運を賭けた戦いが起きている」
疲れ顔の人々がぽつぽつと座る終電で、柊は呟いた。
目の前のスマートフォンにはリンカーたちの戦いを綴った記事が映し出されている。
つーっと画面を下に動かせば、トップリンカーの何人かが写真に写り込んでいた。
──彼らだって、何も無ければ無邪気にクリスマスを祝ったろうに。
柊の家は玩具の卸問屋「ひいらぎ」を営んでいる。ネットでの直接販売も始め、彼が直接買い付けた珍しいおもちゃを扱うこともあって経営は安定している方だ。
「……」
疲れた彼は、ふと無性に誰かの笑顔が見たくなった。
クリスマスが迫り、また戦いも激しくなったある日のこと。
H.O.P.E.東京支部の片隅に数枚のチラシが置かれていた。
『急募、サンタのお手伝い。人数限定、能力者・英雄同行不可、友達・パートナーに秘密を守れる方』
そのチラシを見つけたミュシャ・ラインハルトはあまりの怪しさに「うっ」と息を飲んだ。
それでも、それを手に取ってしまったのは、年末の忙しさでとても疲れていたせいだろう。
そのまま、H.O.P.E.の窓口でその仕事の申し込みをしたミュシャは、翌日、湾岸沿いのとある大きな倉庫へと呼び出された。
「……ええと」
そこには赤い服を着たサンタクロースが立っていた。絵本そっくりの彼に違いがあるとすれば、絵ではふっくらとした抱擁感のある身体が多少筋肉質であるということだけか。
言葉を失うミュシャに、サンタこと柊は説明を始めた。
「初めまして。電話で説明させて頂いた通り、私、玩具の卸問屋「ひいらぎ」の柊ルドルフと申します。皆様には『ひみつのサンタお手伝い企画』のモニターをお願いしたいのです」
ルドルフの説明はこうだ。
贈りたい相手に内緒で、送り主がサンタとしてプレゼントとシチュエーションを準備する『ひみつのサンタお手伝い企画』を来年から実施予定なのだという。
ついては、(わりとなんでもやってくれる)H.O.P.E.のエージェントの皆様にこの企画のモニターをお願いしたい、と。
プレゼントを贈る相手は、リンカーとして活動しているエージェントのパートナーで、『必ず相手に秘密で』サンタのお手伝いを完遂して欲しいとのことだ。
「とはいえ、時期が時期です。クリスマス当日は難しいでしょう。プレゼントの贈る日は指定しません。ただ、この『サンタより』と書かれたカードを添えて、どんな形であれパートナーにクリスマスまでアナタからのプレゼントだと気付かれない形で渡して頂ければよいのです。その代わり、この倉庫の中にあるものはプレゼントとそれを贈るために必要なぶんだけ、好きに使って頂いて構いません」
「……随分、金のかかる話のようだが、その手順はビデオか何かで撮影するのか」
訝しがるクレイ・グレイブの質問に、ルドルフは笑顔を浮かべた。
「いいえ、報告書で構いません。これは皆さまへの慰労も兼ねておりますから……どうか、受け取ってください」
とは言え、今回の無償サービスが知れてしまうと問い合わせが来て大変なので皆さまご内密に、と彼は付け加えた。
●ミュシャは考えた
モニターなら、と引き受けたミュシャだったが、倉庫に積まれたおもちゃの山の前で早速固まってしまった。
「なにが欲しいのか、わからない。──彼女は何を欲しがるだろう? ……エルナーは」
以前のエルナーならば贈るべきものは予想がついたかもしれないけれど、それだって、おもちゃの中から探すのはかなり難しい。
「う……うん」
なんとなく……おもちゃの勇者の剣を取り上げて、すぐにその箱は戻した。なんとなく、煽っているだけのように思えたからだ。
そうして、悩みすぎたのだろう……。
気が付くと、彼女は人形付ドールハウスと、世界地図帳を持っていた。
「それでいいんですか?」
ルドルフへミュシャは無言でこくりと頷き、ラッピングしたプレゼントを持って帰路に着いた。
夜中まで時間を潰したミュシャはそっとアパートへ帰ると、エルナーの部屋に忍び込んだ。
部屋のベッドの上には彼女と彼の契約の証である幻想蝶が置かれている。ミュシャが呼べば瞬時に手元に戻るそれを、なんとなく彼女は彼の部屋に置いていた。
相変わらずエルナーは有事の際以外はこの中に篭っている。
色々考えることがあるのだろうと、ミュシャは無理に彼を呼んだりはしない。
そして、彼女はラッピングした地図帳をその枕元において部屋を出た。
●クレイは頑張った
バイト帰りのアーサー・エイドリアンは不審者に出会った。
「何やってるんだ、クレ……」
言いかけて、彼はH.O.P.E.のオペレーターから入った連絡を思い出した。
──あー……これがサンタの手伝いってやつか……確か、気付かないふりをしないといけないんだったな。
確実にバレそうな相手には、ルドルフからの依頼でH.O.P.E.からやんわりと依頼についての概要が根回しされていた。
憐れむような眼でアーサーは夜道に佇む着ぐるみヒーローを見た。
「……おまえは良い子だな。……返事はいい、良い子だと聞いている。口は開くな!」
「……随分偉そうなヒーローだな。『彼』はそんなキャラじゃないだろ……」
不満が隠せないアーサー。しかし、外灯の光に照らされたヒーローはそんなアーサーを無視して、ラッピングされていない箱を押し付けて来た。
「……こ、これはっ!」
薄い闇の中でもはっきりとわかるその輝きにアーサーの顔が引きつる。
「ふ、サンタからの贈り物だ」
それは……大体休日の朝辺りに放映している、今期の特撮ヒーローの変身セットだった。しかも、DX。
「ま、まじか……これ、一万以上はするだろう! まじか!!」
特撮ファンのアーサーは言葉を詰まらせた。そして、クレ……謎のサンタからの使者が姿を消していることに気付いた。
「恩に着る、ク……サンタ! こんな嬉しいプレゼントは初めてだ!!」
アーサーの感謝の咆哮を聞いて、電柱の影でクレイは満足げに頷いた。
解説
●目的
パートナーにクリスマスまで気付かれないようにおもちゃを贈る
贈る側ももらう側も、大人でも子供でもOK
サンタ役は選び送るだけで本人はプレゼントをもらえない
プレゼントを贈られる側は気付かないふりを強いられる
プレゼントは一人一品(ゲーム機本体はソフト一本のみ付属)
貰ったパートナー側の反応もお願いします
※ご注意
描写だけで実際にプレゼント(アイテム)はもらえません
商品名は出せません
おもちゃは子供向け※おもちゃの範囲内で高額ゲーム本体を含む
おもちゃの種類は国は問わない(ネット検索でMSが簡単に知る事ができるもの)
おもちゃを送る際に使うアイテム(仮装、煙玉等の高価でない仕掛け、販促用着ぐるみ、ロープ等)は支給可
描写できるのはパートナーとして参加している英雄のみ
パートナー化していない(第一または第二)英雄はプレゼントを渡しても個別描写は無し
サンタ同士、プレゼントを貰う側同士の交流・相談・秘密のばらし合いはOK
※自宅でのお渡しの場合、必要な自宅の描写をプレイングにお願いします
マスタリングが入る可能性があります
NG行為の記載をお願い致します
(PL情報)
サンタ役は完全に自分だと騙せていると自信があれば姿を現してもOK(バレバレでも良い)
ただし、正体についてツッコミが入っても断固否定しなくてはいけません
プレゼントをもらう役はバレバレでも知らないふりをしなくてはいけない
(H.O.P.E.側からの連絡でなんとなく依頼なのだと察してOK)
●NPC
・おもちゃ屋「ひいらぎ」社長 柊ルドルフ(五十代男性)
サンタ似の一般人
戦うリンカーたちに何かできないかと思い、こっそりと企画した
今回の企画は広告・儲け度外視なので見せの宣伝などは考えなくて良い
自称サンタの妖精である彼は、今回関わった数人のリンカーが幸せを感じてくれることが報酬なのである
リプレイ
●あのひとへ、贈り物を選ぼう
……彼は、彼こそはこの時期に絵本でも街角でもよく見るあの御方!
柊の姿を見たマオ・キムリック(aa3951)は目を丸くした。その尻尾は嬉しさにゆらゆら、金の瞳は興奮と期待でキラキラと輝いている。
──……本物のサンタさんっ!
人里離れたワイルドブラッドの村で育った少女は長くサンタの存在を知らなかった。それを知ったのは昨年のクリスマスの時期。そして、それからずっとマオはサンタの物語を本気で信じていた。
だから、今回も。
「サンタさんの……お手伝いっ! 」
そう興味津々で参加したのだったが、まさかサンタ本人からの依頼とは。
一通りの説明をしっかり聞いて、彼女は訳知り顔に頷いた。
「やっぱり……一人で配るのは大変だよね」
サンタそっくりの柊をすっかり本物と思い込んだマオ。もちろん、説明もしっかり聞きましたとも! ただし、おもちゃ屋に扮したサンタからの依頼というのが前提ではあったが。
「杏樹さん、サンタ頑張りましょう!」
「サンタ、頑張るの」
泉 杏樹(aa0045)は友人のメテオバイザー(aa4046hero001)と共に贈り物を探していた。杏樹が贈る相手は、勿論、英雄の榊 守(aa0045hero001)であり、メテオバイザーは彼女の能力者(パートナー)である桜小路 國光(aa4046)だ。
「立体パズル、國光さんに、似合いそう、です」
早々にプレゼントを見つけた友人を羨ましく思いながら、杏樹はおもちゃの山を見上げた。
「初めての、贈り物、なの」
ぽつりと杏樹は呟いた。
元々、名家の箱入り娘である杏樹。身の回りのことも執事兼父親代理の榊が何でもやっていた。だが、それゆえに彼女は買い物ひとつできずに贈り物をしたことがないのだという。
「でも、杏樹ももうすぐ十八になる、の」
生まれがどうであれ立場がどうであれ、杏樹自身は自立する時だと感じていた。
──これが、その最初の一歩、なの。
そんな友へ、メテオバイザーは笑顔を向けた。
「榊さん……お酒好きなら、ダーツとかビリヤードとか、お酒のお店にある遊び道具は如何ですか?」
「お酒のお店にある、遊び道具! それはいいですね」
贈りたいという思いだけでぼんやりとしたそれが、友人との会話で急速に形を得てゆく。
──杏樹のことを気にせずに遊びに行って欲しいの。
女の子たちが楽しそうにプレゼントを探す横で、夜城 黒塚(aa4625)が小さく唸る。ラフなオールバックにくたびれたスーツ姿の彼は他のサンタたちとは明らかにタイプが違ったが、この大量のおもちゃの前ではそれは些細なことであったし、そもそも彼自身もそんな些事を気にする余裕は無かった。
それもそのはず、彼の前には雪崩を起こしそうな多種多様なぬいぐるみが山と積まれていたからである。
──エクトルがやたらぬいぐるみを集めてるのは知ってるが、これ以上、俺の住処をぬいぐるみまみれにされんのは勘弁だ。
彼が贈る相手は英雄のエクトル(aa4625hero001)だ。英雄(リライヴァー)として存在しているだけではなく、元の世界でも正しく『英雄』であった彼のパートナーは、なぜかこの世界では十歳ほどの少年になっていた。
「……しかし、ぬいぐるみ以外……となると服、は、よく分からんし、子供受けする玩具の類も今一つ分からん……」
カラフル多種多様なブロック、カッコイイ独楽、変身しそうなベルト、変容しそうなロボ。電車、車、電車と車に変形しそうなロボ……。
唸った彼は、その日は一旦帰ることにした。
「少し情報を仕入れるか」
──大丈夫。幸い、クリスマスまでには時間はまだある。
大紫を纏った不知火あけび(aa4519hero001)もまた、おもちゃの山を前にしてうーん……と唸った。贈る相手は、もちろん恋人となった日暮仙寿(aa4519)である。だが、贈りたくとも、贈り物はこの中から選ばなくてはいけない。
──おもちゃの忍刀なんて貰っても嬉しくはないだろうし……嬉しくはないよね?
あけびからの贈り物ならば何であれ受け取ってくれるとは思うが、付き合って初めてのクリスマスに贈るものとしては如何だろうか。さすがに、いけない気がする。
「どうしよう……あれ?」
悩みながら歩いていると、ふとそれらが並んだコーナーに辿り着く。
「こういうものもあるんだ。……これって」
おもちゃの山に目を瞬かせあちこち飛び回っていたマオ。
──いっぱいある……さすがサンタさんっ!
だが、たくさんあるということは、それだけ選択肢も増えるということだ。
「何にしよう……」
見ているだけでワクワクするようなおもちゃの箱をあちこち眺めて、そっと手に取っては戻していたマオ。その手がぴたりと止まった。
「……あ」
──マイヤ サーア(aa1445hero001)は英雄である。
何時如何なる時にもパートナーがリンカーとしての能力を行使できるよう、平時は彼のポケットの中の幻想蝶に待機し彼の周囲を常に警戒している。
そんな彼女がパートナーに気付かれずにサプライズ企画。かなりハードルが高い。
だが、そんな依頼をマイヤは受けた。
「マイヤ宛だよ。いつもの生活用品かな?」
パートナーの迫間 央(aa1445)が配達された小包の宛名を読んで声をかけた。
「ありがとう」
しれっとそれを受け取ったマイヤはそのまま自分の幻想蝶へと戻って行った。
箱の送り主は柊の会社である。中には普段から購入している化粧品と一緒に雪だるまとペンギンのぬいぐるみ、そして頼んだいくつかのものが並んでいる。
マイヤは今回、央から渡された自分用のスマートフォンでこの依頼を受け、そして柊に送ってもらったカタログからプレゼントを選んだのだった。
まさかの幻想蝶在宅ワーク。
だが。
「思ったより……難しいものなのね」
美しい横顔が一瞬、しゅんとなる。
「でも……贈り物なのよね」
もう一度、針に新しい糸を通す。
何度も挫けそうになりながらも、生来の手先の器用さと央へ届けたいという思いが彼女を助けた。
●サンタ、参上!
國光の留学先である大学の研究棟、その廊下に現れたソレを見て彼は固まった。
棒立ちになる、疲れて研究室を出てきたばかりの白衣姿の國光。
彼に向かい合って立つ、白を基調に赤と緑の派手な装飾と羽根で飾られたベネチアンマスクをした謎のメテオバイザー。彼の英雄である。
──なんかハロウィンとクリスマス混ざったのきた!?
思わず真顔になる國光へ、謎のメテオバイザーが語り掛ける。
「私はサンタさんのお手伝いをしてる雪の妖精さんなのです」
確かに突飛なマスク以外は可愛らしい姿ではあるが、その首には研究棟の入館証が下がっている。しかも、写真付き。
「……」
國光からの哀れみを込めた視線に気付かないのか、雪の妖精は続けた。
「毎日戦いに、勉強に、頑張ってる貴方を雪の精は見ていたのです。なので、大人の貴方には一足早いクリスマスプレゼントをあげるのです!」
「アリガトウ……ヨウセイサン……」
綺麗に包装された袋を受け取り、國光は辛うじて棒読みで礼を述べた。
「メリークリスマスなのです~、いい子のサクラコ~」
目的を果たして華麗に退場する妖精を黙って見送る國光。その視線の先で彼の同級生が笑顔で手を振った。
「おっ、パーティかい? メテオバイザー」
「ひっ、人違いなのです……っ」
「だって……あ」
妖精の背後で『英雄(かのじょ)は無視して』とサインを送る國光。気付いた学友は訳がわからないままも笑って去って行った。
チラッと振り返る妖精。國光はプレゼントを眺めるポーズで気付かぬふりを通した。
部屋に現れたソレを見て榊は平坦な声でこう言った。
「……わあ……誰だ」
サンタ帽を被ったウサギの着ぐるみはビクッと身体を震わせた。
杏樹としては榊が留守であろうと見当をつけてこっそり忍び込んだつもりだったのだが、いやいやどうして彼はしっかり在宅していた。
『ウサンタの贈り物です』
声を出さずに、どこからか出したフリップにそう綴って訴えるウサンタ。
「ウサンタ」
頷き、ウサンタは細長い包みを榊に押し付けるとぴょんと跳ねながら部屋から逃げ出した。
ウサンタこと杏樹が部屋を完全に出てから、榊は受け取った包みに目を落とした。
「旦那が用意したセキュリティーの厳しいマンションに赤の他人が侵入できる訳がないんだよな」
サンタなら……いや、ウサンタなる存在なら可能なのか。
残念ながら榊には着ぐるみ姿でも一目で中の人に察しがついたし、フリップの文字は娘のような彼女のものだとすぐにわかった。それでも、事情を察して榊なりに知らぬふりを通したのだが。
「そういや、お嬢もあと二年と二ヵ月で二十歳。成人なんだよな……」
娘が自立して行くのが寂しい様な、でも、嬉しい様な。
「──って、悩んでる間にもうクリスマス前日になっちまったじゃねーか」
しっかりフラグを回収してしまった黒塚は、柊の倉庫を出たばかりだ。だが、その腕にはラッピングされたプレゼントが抱えられている。散々悩んだ末に選んだそれはぬいぐるみではない。
「これからも使えるだろうし、実用的だろ」
改めて考えても中々良い選択をした気がする。
「で、俺だとバレちゃいけねぇんだな。仕方ねぇ……定番でサンタの格好でもするか……」
サンタ衣装を借りるのは忘れたが、今はクリスマスシーズンだ。きっとなんとかなるだろう。
日暮邸の談話室に、仙寿へのプレゼントが置かれていた。
──ああ、これは例の依頼だな。
日暮の手練れが守る屋敷に入ることができる人間は限られている。送り主に見当がついた仙寿はそれを開いた。
「……『愛の挨拶』か」
気付いた仙寿の心にじわりと喜びが沸き上がった。
マイヤと央のイブは焼肉クリスマスだ。
お腹いっぱいで疲れた央を寝かせると、マイヤは幻想蝶からそれを取り出した。
靴下型の巾着からそれらが寄り添って顔を出すように整えて、彼女は小さく首を傾げた。
どうか喜んでくれますように。
──サンタさんからプレゼント貰えるってクロからメール来てたけど、サンタさん会うの初めて……だ……?
冬服に身を包んだエクトルは待ち合わせの場所に足を踏み入れ、動きを止めた。
デパートの屋上の片隅。ここでひと時を過ごそうとした学生らしきカップルが強張った顔でエクトルの隣をすり抜けていった。
『メリークリスマス、エクトル! 黒塚から頼まれて、プレゼントを渡しに来たのだ。いい子にしていたかな?』
棒読みで彼に声をかけたのは、サンタ帽を被った不審人物であった。
それらしい服、白い付け髭とかつらはまだいい。だが、サングラスというハイパーアイテムが胡散臭さを倍々倍増する。
「……白い髭で赤い服のおじいさんだよね」
嗚呼、その通りサンタだともと言いたいのか不審人物は頷いた。
──……おじいさん? いや、寧ろクロだね?
若々しい付け髭の彼は、どう見てもトリッキーな格好をした相棒である。
──でもこの日の為にわざわざこんな格好して来てるの、クロにしてはすごく頑張ったと思うし、気付かない振りしてよう……☆
賢明な英雄は相棒を尊重してそう考えた。
「……サンタさん」
エクトルがそう言うと、サンタさんはもう一度頷いた。
「そうだ、プレゼントをただ渡して終わりでは面白くないだろうから、夜の散歩でもしよう」
すっかり素の声に戻ったサンタがそう言って背中を向ける。相棒の意図をすぐに理解した少年はその肩に手をかけた。
「しっかり、掴まってろよ」
「わあ!」
エクトルを背負ったサンタはパルクールを駆使してイルミネーション煌びやかなビル群を駆け抜けた。
「クロ……サンタさんと一緒に夜のお散歩!」
嬉しそうに声をあげるエクトル。
耳元で鳴る風の音が雑音を遮断して、エクトルは視界いっぱいのきらきらした景色に包まれる。
「こんな風に街を見たことなかった……すごく、綺麗」
ぎゅっとしがみついた広い背中は温かかった。
マオが倉庫でプレゼントを見つけた同じ頃。自宅では彼女の英雄であるレイルース(aa3951hero001)がH.O.P.E.のオペレーターから謎の連絡を受けていた。
「……サンタの、手伝い? ……気づかないフリ??」
能力者だけが英雄へ秘密で受ける依頼も、それをH.O.P.E.が秘密にしたいはずの相手に伝えるというのも理解し難かったが。
「……よく分からないけど、分かった」
とにかく、レイルースは首を傾げながらもそれを受け入れた。
そして、訪れるクリスマスの夜。
そわそわと落ち着かない様子でマオは隠したプレゼントを取り出した。
彼女は「サンタが良い子へプレゼントを贈る」物語を本気で信じている。だからこそ、彼女の大切な家族、彼女にとって最も受け取るべきあの人へプレゼントを贈る。
「レイくん、メリークリスマスです」
プレゼントを置いたマオが静かに部屋を出て、しばらくしてレイルースはゆっくりと目を開けた。
「……なるほど、これがサンタの手伝い」
そして、彼は『サンタ』が残したプレゼントと、彼が用意した『それ』を見比べて少し考えた。
●サンタの報酬
「あ~……懐かしいなぁ」
ラウンジでプレゼントを開けた國光は思わず声を漏らした。
それは、日本の大学の友人たちと何回も遊んだ難易度最高のパズルだった。
「元気かなぁ……みんな……」
日本を懐かしみながら、彼は自然とそれをほどいていく。
次々に浮かぶ友人たちの顔や思い出。リンカーである友人とは依頼で会うこともあるけれど、一般人である彼らには中々会う機会が無いまま今日に至る。
今は皆、それぞれが目指す道に進んでいる。
そんなことを考えている間に整っていたパズルはバラバラになり、國光の手は今度はそれを解いていく。
組み上がって行くそれと共に頭に浮かぶのは、今度はH.O.P.E.の友人たちの顔。
──命の危険を感じる中、背中を預けられる仲間に出会えたのは本当に素晴らしい事だけど……でも、そんな仲間に出会えたのは百パーセント英雄のおかげ、かな。
気付けば、パズルは元の姿を取り戻していた。
「……うん」
思い出を紐解くように、理想の未来を組み上げるように。
ラウンジのテーブルで何度もパズルをほどいては戻す國光を、彼の英雄はこっそりと見守っていた。
──あそこでいいか。
サンタが選んだゴールは高台の公園だ。今抜けて来た街灯りが見えるそこで、彼は括りつけていた袋からプレゼントを引っ張り出した。
「わあ、これ沢山お写真見れるやつだね! ありがとおー♪ また皆で一緒に写真いっぱい撮らなきゃ!」
デジタルフォトフレームに喜ぶ相棒の姿にほっとする黒塚。
「……あ。サンタさん、ちょっと待っていてよ」
止める間もあらばこそ。公園の自動販売機に走って行ったエクトルは熱いそれを大事に抱えて戻って来た。
「いっぱい走って疲れたでしょ、ホットココアどーぞ!」
──俺がガキの頃はこうしてくれる者もいなかったが……。
こいつの笑顔は悪くねぇと思いながら、サンタは少年の差し出したココアを受け取った。
「ただいまなの。あれ? その棒、何です?」
今帰宅したばかりといったポーズを取る杏樹へ、白々しく知らないふりをした榊が笑顔を浮かべて喜んで見せた。
真新しいビリヤードのキューだ。
「ウサンタの贈り物だそうだ。嬉しいな。今度遊びに行こうか」
ほっとしたように喜びを浮かべる杏樹。それを温かな気持ちで見やる榊へ、杏樹は笑顔のまま告げた。
「榊さん、お願いがあるの」
それは、ひとつ前進した彼女から。
「杏樹、二十歳になったら、家を出ようと、思うの。お父様がくださった、このマンションを出て、エージェントと、アイドルリンカーのお仕事だけで、生活する。とても、とても、難しい事だと思うのだけど……それでも、やってみたいの。
榊さん、手伝ってくれますか?」
大きな掌で杏樹の頭をくしゃくしゃに撫でた榊は答えた。
「当たり前だろ、お嬢。どこまでも一緒だ」
杏樹は嬉しそうにもう一人の父であり相棒である彼を見上げた。
……杏樹の頭を撫でながら、榊は考える。
──お嬢はいずれ自立して手の届かない所に行くだろう。
そして、自分も、英雄としてこの世界にいつまで側にいられるかもわからない。それが不安だった。
だがやっぱり離れられない。
──最後の最後の時までお嬢の側で守ろう。
彼の「守」の名は、彼女を守るという決意のもとに自分でつけたのだから。
夜の談話室のソファで、仙寿はあけびへ不思議な贈り物について語った。
それは、木目の美しい宝石箱型のオルゴールだった。
螺旋を巻いて蓋を開けると、蓋裏の鏡の中に大紫を羽織ったあけびと仙寿が映る。
自鳴琴の澄んだ音が談話室に満ちる。
エドワード・エルガーの『愛の挨拶』だ。
バレンタインデーのCM依頼に出演した時に仙寿はこの曲をヴァイオリンで演奏したことがあった。
──あけびの為に弾いた事はまだなかったな。
「へぇ、リング指し付き! ペアリングを入れられるね」
小物入れを指して感想を述べたあけびの声はどこか緊張していた。動揺を隠せない素直な反応。忍であるあけびが本当に隠し通す気ならこうはならない。この恋人が本当は気付いて欲しくて堪らないんだなと理解して、彼はそれをいじらしく愛おしく感じた。
あけびへ手招きすると、仙寿は彼女を抱き寄せてすくうようにその艶やかな髪を撫でた。
「『愛の挨拶』は作曲者のエルガーが婚約者に贈った曲だ。作家だった婚約者は、お返しに『The Wind at Dawn(夜明けの風)』という詩を婚約者に贈った」
──そして風は 風は出て行った 太陽と会うために
夜明けに 夜が終わったとき
そして雲を吹き散らした 高みの軽蔑の中で
雲たちが風の吹くままに寄り集まっていたから……──
太陽を求める夜明けの風。
この例えが分からない程“明ける日”は鈍くない。
「な、何で私にそんな話するの?」
「さぁな。今度ヴァイオリンで『愛の挨拶』を弾く。お前の為に」
そう言って仙寿はあけびの瞳を覗き込んだ。
……「大紫」を身につけてくれている事が嬉しい。その意味を思えば心が逸る所もあるが、まだきちんと着つけている訳では無く、今はまだ『その時』でない事は仙寿も弁えている。
──だけど。
「仙寿……」
何か言いかけたその唇を仙寿はそっと塞いだ。
……今は、口づけだけは、許して欲しい。
細い腕が応えるように彼の袖を掴んだ。
クリスマスの朝。
「……マイヤ、起きてる?」
遠慮がちな央の声にマイヤが素知らぬ声で答える。
「どうしたのかしら?」
「枕元に、雪だるまとペンギンのぬいぐるみが……プレゼント?」
雪だるまとペンギンはマイヤの苦心の末に『まるごとゆきだるまを着た央』と『スペシャルズ・ペンギンドライヴを着た自分(マイヤ)』へ生まれ変わっていた。
「……今朝まで、央の部屋に入ってきた人間は居ないはずよ」
英雄はいたけど、とマイヤは心の中で呟く。
「じゃあ、サンタかな?」
にこりと笑った央が巾着を取り上げると、差し込まれたカードが目に入った。
──ふたりでなかよく・めりーくりすます。
記されたメッセージを読んで、ついに央の胸はいっぱいになった。
「ありがとう、マイヤ……」
涙目を隠した彼は彼女に気付かれないように小声で呟いた。
それから、彼らは朝の支度をした。
二十五日はクリスマスでも平日だ。公務員の央には常と変わらぬ仕事がある。
ただ、少し違うのは。
「それじゃ、今日も行ってきます」
玄関で仲良く見送るぬいぐるみたちに挨拶して、央は幻想蝶の中のマイヤと共にドアを出る。
閉まるドアを見送る小さなふたりが『いってらっしゃい』と送り出してくれたような気がした。
軽い足音、壁の影からちらりと見えた猫の耳。
「おはよっ!」
元気に飛び出したのはマオだ。その瞳がキラキラと輝くのは何かを期待しているから。レイルースは素知らぬ顔で彼女を迎えた。
「おはよ……そういえば」
少し驚いたような表情を作った彼はこんなものが枕元にあったのだと黄色い鳥のぬいぐるみをマオに見せた。それは彼といつも一緒にいる青い鳥「ソラさん」に、色こそ違うがよく似ていた。
「……これがサンタからの贈り物、なのかな? ……嬉しいね」
その瞬間、マオの表情が嬉しさでくしゃりと笑顔に変わった。レイルースはマオが何かを言う前に、この日のために彼が用意していた包みを差し出した。
「……これは、サンタさんからマオのぶんみたいだよ」
目を見張るマオの耳がピコ! っと立ち上がる。だって、サンタ代理である彼女はそんなものを準備していない。
初めて見る包装紙にくるまれたそれを受け取ると、添えられたカードに気付く。
『マオへ 感謝を込めて サンタより』
「……サンタさんからっ!」
初めて貰えた! とはしゃぐマオを見てレイルースは微笑む。
──素敵な贈り物をありがとう。
「メリークリスマス!」
祝う声が世界中あちこちで飛び交う、そんな日の一幕。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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