本部
【ER】石の縁
掲示板
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☆対戦相手相談室☆
最終発言2018/12/19 20:29:03 -
質問卓
最終発言2018/12/18 01:20:48 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/12/15 20:42:11
オープニング
●嘘
港町キンセールの一角にあるシーフードレストラン。
かつて『OO』を名乗った組織が使っていたアジトのひとつであり、今は店員のすべてを失ったまま、その残党どものたまり場となっていた。
「生き延びたのう」
一席に座す黄金の愚神ウルカグアリーが笑み、チャーチワーデン――吸い口の長い喫煙パイプである――からイングリッシュミクスチャーの苦い煙をたゆたわせた。
「して、残す念はあるまいな?」
と、向かいにある長い戦いの歌、通称ソングが口の端に皮肉な笑みを浮かべ。
「縁は切った。あとは次の世界に行くだけさ。ハンドラーもその気みたいだしね」
ウルカグアリーの向かいに座す長い戦いの歌、通称ソングが傍らの老人に目を向ける。
「主の御声が届かぬは、この世界に主の御愛が届かぬがゆえであろう。ならば行く。その足元へすり寄るがために」
皺にまみれた顔の内で目ばかりをぎらつかせ、ソングの契約英雄である“ハンドラー”はミード(蜂蜜酒)を呷った。
「ったく、坊主のくせして酒なんざ飲んでんじゃないよ」
適当に揚げたフィッシュアンドチップスの大皿をテーブルに置いたのは、海へと消えたはずのラウラ・マリア=日日・ブラジレイロ。
「這々の体で逃れきたものに諭される道理はない」
ハンドラーはミードの杯を抱え込み、ぼそぼそ言い返してフライを口へと詰め込んだ。
ラウラ・マリアは苦笑いを漏らし。
「途中でひとり減ってなきゃやばいとこだった。もっと早く、旦那みたいにハッタリかましとくんだったねぇ」
「僕がはったりを?」
「はったりでなければ嘘か。あのときH.O.P.E.に足りなかったものは手数ではあるまい」
うなずいたのは、彼女に続いてアイリッシュシチューを盛った鉢を抱えてきた契約英雄ジオヴァーナ。
「彼奴らに不足していたは当てて後の工夫ではなく、当てるがための工夫だ」
最後にウルカグアリーも言葉を添えた。
あのとき、ソングはエージェントを打ちのめしながら「手数の不足」を指摘したものだが……彼よりも迅いラウラ・マリアが討たれたのは、エージェントが「当てるための工夫」を重ねた結果のことだ。
「はったりでも嘘でもない。結局は手数さ。僕をKOしたいなら、ね」
とどのつまり、汝(なれ)は真っ当に討たれたいのだ。悪役の悪癖よな。
ウルカグアリーは息をつき、ラウラ・マリアへ問いを向けた。
「とまれ、汝はいかにする?」
「国へ帰るさ。こうなりゃもう、ガキどもの世話焼いてやれんのもアタシだけだしね」
サンパウロのストリートチルドレンを守るため、残りの生を賭ける。告げた彼女はそれ以上を語ることなく、瓶から直接ラム酒を呷った。
刻々と近づく終幕の気配に、一同は口を閉ざして思いに沈む。
「――とりあえず僕らの出番はもう終わりだ。次は女神様が行くんだろう? どうするつもり?」
と、押し詰めた沈黙を押し割ったのはソングの問い。
ウルカグアリーはぎちりと小首を傾げ、黄金の髪を指先で梳いて。
「別れを告げるに誠意を尽くす。相対する彼奴らにも、残していく狼どもにもな。幸い、蹴速と呼ばれしものがやりかたを見せてくれた」
それがなにかを知る術はないながら、ソングは笑み、ラウラ・マリアは鼻をひとつ鳴らしてうなずいた。
ウルカグアリーに戦争の体を取るつもりがないことだけは知れている。それは後に続く白狼の姫の分を侵すことになるだろうから。
「よくわかんないけどさ、なんかできることあったら言っとくれな。アンタにゃまだ眼の借りが残ってる」
「名残は不要。其もまた置いてゆくべきものよ」
ウルカグアリーは紫煙を吐き、静かに立ち上がった。
●出陣
「ミオ、あなたが行くの?」
テレサ・バートレットに問われた礼元堂深澪は、バックパックに詰め込んだ重い通信機を背に、小さくうなずいた。
「縁があるのはみんなだけじゃねっすから」
ウルカグアリーから告げられた決戦の場は、キンセールの市街中央部の噴水広場。すでにドロップゾーンが張られており、一般人はもちろん兵士やロンドン支部のエージェントですら侵入は不可能ということだが。
「エージェントに招集かけといたっすけど、数が集まんなかったらボクだけで行くっす。一発アイサツしてこねぇと」
テレさんの分まで――言わせるよりも早く、テレサが深澪の言葉を止めた。
「あたしの値段をつり上げてくれようとした仲間がいて、ミオがいる。今度はあたしの番よ。あなたとみんなの値段を、あの愚神へ教えてあげなくちゃ」
テレサは振り返り、しかたなさげな顔をうなずかせたマイリン・アイゼラへ笑みかけた。
「あたしの弱さはもう十二分に思い知ったわ。でも、止まらない。あたしがなりたくてありたいジーニアスヒロインは、この戦いの向こうにあるはずだから」
結局はひとつの開きなおりなんだろう。彼女の正義というものへの問いに答えるはずだった男はもう、舞台を降りたのだから。
しかし。あまりに手痛い一敗を越え、なお先へ進もうとするテレサの姿には、父に与えられた正義にすがるばかりだったヒロインとは確かにちがう強さがあった。
「……じゃ、ボクのガードは頼みまっす。この通信機あればジャミングとかは無効化できるはずなんで」
「ええ。あたしは絶対、ミオとみんなを繋ぐから」
●六様
「このアバタも久しいな」
無人と化したキンセールのただ中、黒鉄の多腕体を見下ろしたウルカグアリーがギチギチと笑む。
その傍らでは銀のアバタが笑み、石英が、タングステンが、黄鉄が、水晶が、同じく笑みを漏らした。
「さて、縁者どもよ。我らを越え、黄金にまでたどりつくがよい。我は、ここに在る」
ドロップゾーンで町を覆い、ウルカグアリーは四刃で夜気を薙いだ。
解説
●依頼
黒鉄、銀、石英、タングステン、黄鉄、水晶、それぞれのアバタにひとりずつ対し、撃破してください。
●状況
・深夜の噴水広場(石造りの建物に囲まれた石畳の広場)ですが、ドロップゾーンが仄かに発光しているため、灯は不要です。
・この戦いでは、ウルカグアリーが地形を生かした攻撃をしてくることはありません。
・ドロップゾーン内では他のエージェントと合流することはできません(通信は繋がります)。
・深澪、テレサは通信維持に努めます。戦闘には加わりません。
●ウルカグアリー六様
〈共通〉
・一定のダメージを与えるとアバタ崩壊。
・会話は自由。
・鉱石である性質上、特殊抵抗値は非常に高い。
・5ラウンドに一度、2回行動(基本は1回行動)。
〈黒鉄〉
・特化はないが常時2回行動。
・4本の手にそれぞれ曲刀(投擲可能。射程60)を持つ。
・カオティックブレイドに類似した能力を使う。
〈銀〉
・魔法防御に優れる。
・攻撃時、銀に含めた毒で減退BS付与(射程は攻撃に依存)。
・ソフィスビショップ及びブラックボックスに類似した能力を使う。
〈タングステン〉
・物理防御に優れる。
・内にウラニウムを封じており、体表を損なうと劣化BS付与の瘴気を放つ(射程5)。
・ドレッドノートに酷似した能力を使う。
〈黄鉄〉
・魔法攻撃に優れる。
・狼狽BS付与の電撃(射程60)攻撃を行う。
・ジャックポットに類似した能力を使う。
〈水晶〉
・命中&回避力に優れる、常時透化状態を保ち、命中にマイナス修正を強いる。
・攻撃は水晶のナイフ(透明/射程1)とビーム(透明/射程60)。
・シャドウルーカーに類似した能力を使う。
●備考
・この戦いで4勝以上することで、黄金の本体との決戦『【ER】黄金の縁』が開催されます。
リプレイ
●六様へ
キンセールの中央部に張られたドロップゾーン。
これまでイギリス軍とH.O.P.E.で連動し、幾度かのアタックを試みたが、金属質の艶めきを見せる境目はまさに硬き壁がごとくにすべてを弾き、不動を保っていた。
と。
『来やったか』
どこから見ていたものか。ドロップゾーンの前に至った7組のエージェントとひとりのオペレーターが足を止めた瞬間、トロンボーンさながらの太く固い声音が漏れ出した。
『知らせたとおり、六のアバタにて汝(なれ)らと対しよう。どの我と対するかは定めてきやったか?』
「それよか早いとこ開けてくんなま~し。あ、ボクとこっちのテレさんは通信担当なんでふたりひと組だけど数に入れんといて。場所とルールはそっちが決めてんだからいいっしょ?」
通信機を背負った礼元堂深澪が声をあげれば、声の主たる鉱石の愚神ウルカグアリーは迷うこともなく『よかろう』。
「どんな奇貨になるとも知れないあたしたちをあっさり受け入れる。……わかってはいたつもりだけど、それだけの相手ということね」
テレサ・バートレットはミニガン――超高速で弾を撃ち込み、ターゲットを引きちぎる小型バルカン砲――を担いだ肩をすくめてみせた。
小型とはいえ生身の人間が担ぎ上げられるような重さではない。ましてやスイッチひとつで展開する対弾対爆用シールドをつけた特注品だ。しかし。
『ライヴスリンカーは不可能だって可能にできる!』
柳生 楓(aa3403)の内にある氷室 詩乃(aa3403hero001)が強く言い切った。
「ええ」
うなずいた楓は赤と青に彩づくオッドアイでドロップゾーンを見据え、薄甲をまとうばかりの身にライヴスを滾らせる。カメリアナイト――護るがため攻め抜く意志を映す、楓と詩乃の新たな共鳴の形であった。
『超えるよ。ボクたちはそのために来たんだから』
「あなたの先にある、私の宿縁と対峙するために」
踏み出した楓は冗談のようにするりとドロップゾーンへ吸い込まれ、消えた。
それを見送ることもせず、まっすぐに歩を進めたのは氷鏡 六花(aa4969)。
蒼き羽衣より雪結晶さながらのライヴス片を振りまく、幼くも華やかなる姿。しかしその面は厳しく引き締められ、玉虫の瞳は暗く沈んでいた。
「愚神は、殺す。ぜんぶ……殺すの」
薄布を力尽くで引き絞るかのようなうそぶきを、内のアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)はただ黙して聞くばかりである。
『えー、本人じゃないのー?』
声をあげるウィリディス(aa0873hero002)に、共鳴体の主導を取る月鏡 由利菜(aa0873)はうなずいた。
「あの分身を倒した先に本体が待っているわ」
その豊麗な肢体にまとう天衣アンゲルス・ストラに映されるは決意、そして意志。
ウルカグアリーとはブランコ岬以来の再会となるが、あのときの先に彼女が描いた軌跡を追うつもりはない。
「ウルカグアリー……私たちはかならず、あなたの真意に辿りつく。あのときではなく、今このときの」
『じゃあ、本体を引っぱり出さなきゃね!』
喪われた親友を映すウィリディスに、由利菜はもう一度うなずいた。
「“支援”はきっちりさせてもらうぜ」
赤城 龍哉(aa0090)と内のヴァルトラウテ(aa0090hero001)へ言い残し、ニノマエ(aa4381)はドロップゾーンへ駆け込んだ。
『敵なる黒鉄は四本腕。二本分負けているな』
内のミツルギ サヤ(aa4381hero001)のセリフに、彼はちょいと眉根をしかめ。
「おまえのも入れたら五分だし、脚も入れたら二本分俺たちの勝ちだろ」
『まさか今のは冗談、なのか?』
ニノマエは三白眼をすがめたが言い返さず、代わりにどこへともなく語りかけた。
「あんたは確かに人を救う。けどな、そいつはほんのひと握りで、あとは全部犠牲だよ。そうなっちまうのはなんでだろうな」
応える声はなかったが、促す気配は感じられた。
「これまでに積んだ時間と犠牲を登って、望むものに手は届いたかい? なぁ、女神様」
『さてな。芋粥の習いに等しく、手にできぬからこそというものもあろう?』
ったく、食えねぇ奴だぜ……石だけによ。ニノマエは死出ノ御剣を引き抜き、闇の向こうにある黒鉄のアバタへ突っ込んでいく。
『あの日の砂嵐を思い出すわね』
かつての戦いでまみえた水晶のアバタを思い出し、マイヤ サーア(aa1445hero001)が言う。
「そう思えばこれもリターンマッチか。が、あのときと同じだ。勝って進む」
応えた迫間 央(aa1445)は躊躇なくドロップゾーンへ踏み込んだ。
あのとき、おまえが絶望するまでに100秒をくれてやったがな……。
「眼鏡じゃないのー。あたしを選ぶとか、因縁意識しちゃってる感じぃ?」
声ばかりが聞こえる闇。そのただ中にて央は天叢雲剣を正眼に構え、その刀身よりあふれ出すライヴスの揺らぎで闇を押し返す。
「因縁が絡みついてくるより迅く、おまえを斬る」
「みんな、また後でな」
一同を見送る形で最後まで残っていた龍哉は、悠々とドロップゾーン内に潜り込んだ。
『次のことは終わってから考える。だから、今このときが正念場だ』
央と共に先の戦いへ挑んだ彼は、誰よりもその実質敵敗北を噛み締めている。
だからって、このまま無様噛んでるだけじゃ終わらねぇさ。
握り込まれた龍哉の拳に燃え立つライヴスに自らのライヴスをくべ、ヴァルトラウテは滾りを押し詰めた目をタングステンのアバタへ向けた。
『私たちの本当の本気、見せてさしあげますわ』
15メートルの距離を置いて対峙、息を吹き抜く脱力の内でブレイブザンバーを下段に構えた龍哉へ、タングステンのアバタが問うた。
「今宵は名乗らぬのか、師範代」
「あげるのは勝ち名乗りさ」
口の端を吊り上げ、龍哉は踏み出す。
●黄鉄の縁
「あなたを倒す!」
まっすぐ駆け込んでくる楓を見やり、ウルカグアリーの分身たる黄鉄のアバタは喉の奥で笑みを鳴らしてみせた。
「剣士か。その切っ先、我に届こうか?」
黄鉄の腕にびぢり、細い電流を沸き立った。それらはすぐに縒り合わさって紫電を成し、下げられた腕の先へと這い落ちていく。
『どんなに痛くても足は止めないよ!』
『ええ! こんなところで止まれない!』
詩乃に内で返した楓は“断罪之焔”の銘を与えたレーヴァテインをまっすぐに突き出し、その赤と蒼とに彩づく焔を標に加速した。
「意気は買おう」
黄鉄の指から放される紫電槍。
空を引き裂き、飛び来た槍が、断罪之焔の切っ先に触れた瞬間――芯を貫かれたがごとくに砕け、霧散する。
「ほう」
剣身に込めていたライヴスシールドの発動である。
一度きりしか使えないスキルを初手に持ってきたのは、そう。十全を保ったまま剣の間合へ踏み込むがため。
「はっ!」
楓は石畳へブーツの踵を叩き込んで前進力のすべてを踏み止め、断罪之焔を突き込んだ。
「貼りつきに来たか。少しばかり策を巡らせるべきではないのか?」
鋭い突きを右腕で受けた黄鉄は、その刻まれた傷から紫電を噴き、楓の腹へ打ちつける。
「っ」
塊と化した電圧が爆ぜ、楓は大きく吹き飛ばされた。
『ブルズアイってとこだね! でも!』
「私たちの意志を揺らがせることはできない!」
タフネスマインドが痺れかけた心を叩き起こし、クロスガードが楓の四肢の熱を保つ。
石畳を二転しきる前に立ち上がった楓は、右手に握った断罪之焔の柄頭へ左手を押しつけ、切っ先を黄鉄へと突き出した。
踏み込む軌道はあくまでも曲げず、剣の軌跡も頑なに弄さず、真っ向からまっすぐに。
私は示さなきゃいけないんです。あなたに――その先で待っているあの子に。方法なんてなにも考えられないまま、ただこの手を伸ばすしかできない私の覚悟を!
楓は自らの命を代償に、黄鉄を斬り、突き、踏み出して踏み込み、黄鉄を攻め立てた。
その内で詩乃はライヴスを燃え立たせ、楓の手を、足を支え続ける。
怖い? そんなわけないよ。相手が誰だって、ボクたちは全力で立ち向かってきた。だから今夜もいつもどおりに全力だよ。楓の宿縁を繋ぐために、全力。この物語を見届けるために、全力の全力を振り絞るんだ!
「惜しまず、挫けず、揺らがず。子狼もいい敵方(あいかた)を得たものだな」
黄鉄は薄笑み、ちぎれかけた左の小指を電撃と共に楓の目へ飛ばす。
わずかに顔をそむけ、赤瞳を隠す眼帯でこれを流した楓だが。
『来るよ!』
詩乃の警告と同時、背へ突き立つ紫電。テレポートショット――前にのめりながら口に含めていた賢者の欠片を噛み砕き、そのまま奥歯を噛み締めて、楓は必死で倒れ込むのを踏みとどまった。
「――まだ、倒れない! 倒れるわけに、いかない!」
柄頭を黄鉄の膝へ打ちつけた反動で伸び上がり、切っ先で突く。距離が足りなかったこともあり、それは黄鉄の喉元を薄く傷つけるに留まったが。
まだまだ!
突き上げられて硬直した黄鉄へ、左腕一本でしがみついた。
黄鉄の自重を支えに右手の刃を押し込みながら、吼える。
「あなたを倒して! 私は先へ進む! 負けない! 絶対に!!」
声音が爆ぜるたび、刃に灯った焔が黄鉄をかきわけて少しずつ、内へと沈み込んでいく。
「繰り言とはなるが、その方策なき愚直。果たして子狼の心を揺らせるものか?」
歪んだ声が突きつけたものは現実。
これまで為すことのできなかったことを、再会するばかりで為し得るものか?
さらには黄鉄の両手から二条の電撃がはしり、石畳を踏みしめる楓の足を二度浮き上がらせた。
守りの御守りにかろうじて救われた、楓。しかしその膝は力なく落ちて。
『まだ立てる! ボクたちはまだ、行ける!』
詩乃がライヴスヒールを発動し、萎えた共鳴体へかすかな命を灯した。
リンクレートを秘薬で押し上げつつ、楓はぎちぎちと立ち上がり。
「そうするしかないから命を賭けるだけ。あの子と対するときにも! 今、このときにも!!」
未だ黄鉄の喉に立ち続ける切っ先に渾身を込めた。
そう。私には、こうするしかできないから。何度でも繰り返して……その一念が岩を貫き通すって信じるしか、ないから。
じぐり。喉を突き抜かれながら、黄鉄は紫電の豪雨を降りしきらせて楓を打ちのめし。
「かろうじてではあるが、黄鉄を討ったと認めよう」
落ちた首を追うように崩れ落ち、砕け散った。
かくて断罪之焔の切っ先にすがって立つ楓。
見開かれたまま固まるその目は、今なお尽きぬ決意を燃え立たせていた。
私はかならず、あなたの前にたどりつきます。
ほんの少しだけ、待たせますけど。
今度こそ、私の――
●石英の縁
「距離はそれでいい? 石英はそのへんからいくらでも生えるけど?」
石英のアバタが言うやいなや、六花の眼前に数体のアバタが生えだし、礫をもってその幼い体を撃ち据えたが、しかし。
六花は撃たれた額から血がしたたるまま、終焉之書絶零断章を繰り続けた。それにつれ、数十の凍れるリフレクトミラー“氷鏡”が羽衣をなぞって展開する。
『どこからでも生えてくるなら、距離を取る意味がないわね』
アルヴィナの言葉はただの確認だ。
そう、距離を取る意味がないなら、取らなければいい。氷鏡に支えられた半径18メートルは、絶対零度の絶対領域……氷獄なのだから。
「ま、初手で詰めてきた感じね。いいわよ。1回は付き合ってあげる」
十数体の石英が八方から六花へ襲いかかる。
『六花』
アルヴィナの声音をトリガーに、六花は書から呼び出した氷槍を放った。
槍は鏡に跳ね、自らを細かに割り砕きながら拡がって――鋭き氷嵐と化し、主を中心とした半径18メートルを引き裂きながら凍結させ、まさに氷獄を成した。
ガラス質の石英はその内に巻かれて為す術もなくひび割れ、パギビギと乾いた音をたてて崩れ落ちていく。
「ディープフリーズ! でも、それって2回しか使えないんじゃないの? あたしが分身するの抑えたら無駄撃ちよね?」
六花は新たに生えた石英どもの礫に撃たれ、石畳へ横倒しに投げ出された。
「あたしは魔法使いじゃない。だから、あんたの魔法防御は役に立たない。そのか細い体で、あとどれくらい耐えられるわけ?」
切れた口の端を噛み締めて、六花は凍気の残る石畳に背を滑らせた。目ざす先は石英の密集するただ中。
礫に撃たれながら書を開き、自らの血で染めあげた氷嵐を噴き荒れさせた。
「好きなように……どうにでもすればいいよ。六花が死ぬまでにぜんぶ、凍らせるだけ……だから」
賢者の欠片を淡々と噛み砕く六花。
苦いわね、癒されてるはずなのに。胸中で漏らしたアルヴィナは感傷を追い出すようにかぶりを振り、表情を引き締めた。
あまりに多くを喪いすぎた六花はもう、あの笑顔を取り戻せないのかもしれない。でも。
どんな痛みを抱えても、どんな無様を晒しても、生きて進めばかならず未来へたどりつけるから。
それがたとえなにもない虚無だって――私はそこへ至るための力を六花にあげる。冬の女神の凍れる吐息で導いてみせる。死なせない。殺させない。私は私を尽くして六花を生かす。
アルヴィナの心を読んだかのごとく、石英は息をつき。
「なんだか複雑そうねぇ。でも、そんな顔で行き着ける先なんてわかりそうなもんだけど。って、わかってるんでしょ、あんたも」
「……愚神と、話すことなんて……なにもない」
しかし、彼女の殺意と闘志は空回る。
分身の数を調整され、幅を開けられて、ゆるゆると取り囲まれ、礫を撃たれた。
もちろん六花は氷槍をもって石英を砕き続けたが、追いつかない。追いつけない。
『六花……』
アルヴィナは続けるべき言葉を噛み殺し、かぶりを振った。これでは遠からず、なにを為すこともできぬまま押し潰されるだけだ。
ああ。
疲労と苦痛で息が吸い込めず、六花は青ざめた面を大きくあえがせた。
愚神にもH.O.P.E.にも世界にも。まだ、贖わせてないのに。まだ、思い知らせてないのに。六花が死んでいいって思えるくらい、殺せてないのに。
なのに――六花は!!
「あああああああああ!!」
悲鳴のごとき咆哮をあげ、六花が左の人差し指にはめていたライヴスソウルを右手で掴み、強く握り締めた。青白光が弾け、六花とアルヴィナのライヴスに極冷の炎を点けた。
「贖わせる……思い知らせる……殺す……」
憎悪が言の葉を歪ませ、彼女の噴く凍炎の温度をさらに引き下げた。
蒼白のドレスの裾を引き、六花が尽きたはずの氷獄で石英を砕く。
「リンクバースト、ね。それがもたらす末路があんた自身の未来な気がするの、あたしだけかしらね」
石英の言葉に応える者はなかった。
六花はすでに心を凍らせていたがゆえに応えず。
アルヴィナはその六花の心を知るがゆえに応えられず。
それぞれの“今”を噛み締めて、深淵のごとき先へと向かうのだ。
「とりあえず終わらせとこうかしらね。長引かせても意味ないみたいだし」
石英は、六花よりもその奥に重なったアルヴィナへ向けて言い、分身を加速した。
手数に対する火力を得るリンクバーストと、火力に対するがための手数を為す加速。それはぶつかり合って押し合い、互いを削り合って、そして。
「あんたが石英を倒したことは認めるわ。でもね、せめてもう一回考えてみたら? 自分の今と先の有り様を」
氷槍に貫かれた石英は苦笑を残して砕け、消え失せた。
すべてが凍りついて動きを止めた氷獄のただ中、バーストクラッシュして倒れ臥す六花とアルヴィナに、応える術はなかった。
●銀の縁
『ウルカちゃんカリメラ! あたしは風の聖女ウィリディス!』
由利菜の内よりウィリディスが挨拶をすれば、銀のアバタは麗しく笑みを返し。
「カリスペラ、緑髪。わたくしは分け身のひとつに過ぎませぬゆえ、銀とお呼びくださいまし」
「では、そうさせていただきましょう。私は月鏡由利菜。ここはあえて、H.O.P.E.の聖女と名乗りましょうか」
互いにブランコ岬での話はしない。思い出に浸るときではないと知ればこそ。
「6組の内、分け身との相性を考えてきたのはあなただけでしたよ」
おかしげに言い、銀が由利菜の足元をブルームフレアで焼く。
由利菜は左腕に装着したプリトウェンをひと薙ぎ、炎を押し払って踏み出した。
『大地の息吹、レナトゥス!』
胸の中央に据えられたレスト・エメラルドが輝きを放ち、リジェレネーションが発動。高い魔法防御によって抑え込まれたダメージがかき消されていく。
「ふっ」
短い呼気と共に、盾を構えた由利菜がステップイン、銀の眼前へ潜り込んだ。
『魔法型なのに間合を気にしない……リディス、備えを』
『了解だよ!』
再びのブルームフレアが盾の守りごと由利菜を巻くが、それにかまわず彼女は盾で銀を押し込む。互いに傷の心配をせずに戦える序盤にこそ、敵の手の内を探っておきたいところだ。
『これって、毒?』
防具をすり抜け、どろりと肌にまとわりつくこの熱は、火炎に炙られた夜気のものなどではありえない。
さらに。炎のオーラまとう銀が放った三度のブルームフレアが由利菜を押し包み、その足を一歩二歩、下がらせた。
『さっきより熱いー!』
『赤の王とブルームフレアの併用……スキルの回数制限はないようね』
盾を構えなおした由利菜が、その間に距離を開けた銀に鋭い視線を突きつけた。
『ダメージコントロールはお任せ! だからユリナも全力で行こう!』
ウィリディスに小さくうなずき、由利菜は盾を収め、その手に白き穂先の左右に翼刃を拡げた“神槍”を取った。
「システムEL、エクサクノシ! ――轟け、神槍グングニル!」
穂先に刻まれたルーンが魔法陣を描き出し、自らが飛ぶべき軌跡を由利菜へと示す。
果たして投じられた槍は銀の眉間に突き立つかと思われたが……ふと生じた空間の歪みに軌道をねじ曲げられ、空手で由利菜の元へ戻り来た。
『かわされたー!?』
びっくり声をあげるウィリディスに由利菜は内で低く。
『一度で貫けないなら、貫けるまで攻め立てるだけ。競り勝つわ』
跳び込んだ由利菜が槍を、スナップを効かせて上から叩きつけた。
当然、銀は見えざる手を発動してこれをねじ曲げる。
しかし。
銀が思うよりもさらにやわらかく槍はしなり、充分に勢いを乗せた穂先が脳天を打ち据えた。
世界樹の粘りを甘く見ましたね。
サンダーランスに腹を突き抜かれながら、由利菜は銀を巻き取るように体を巡らせた。純然のダメージ、そしてじりじり染みこんだ毒がその脚を引き攣らせ、動きを途切れさせようとするが。
『まだ止まってなんかられないよね!』
クリアレイが毒を浄化し、由利菜の脚にもう一歩を進める力を取り戻させた。
「不退転。これが私の矜持で、ただひとつの本当の本気です」
かくて銀の背後へ抜けた由利菜が、後ろ手に槍を突き。
銀の背を貫いた。
「存外に似ているのかもしれませんね、あなたとわたくしは」
槍にサンダーランスを流して由利菜を弾き飛ばした銀が、大穴の空いた自らの胴を見下ろしてうそぶいた。
その銀の面に流れ消えた寂寥を見て取った由利菜は思わず問うてしまう。
「守護の担い手として、ですか。人の子を護りながら愚神として在る――あなたはその矛盾の内で苦しんでいるのではありませんか?」
「別離は決めたものであれ訪れたものであれ、等しく寂しいものでしょう」
ウィリディスがかすかにその身をすくめる。“王”が倒された後、英雄という存在はそれと共に消え失せるかもしれないのだ。期せずして突きつけられた問いに、彼女はそれでも強く。
『あたしはユリナの親友の、風の聖女ウィリディス。なにがあってもそれだけは変わらないし、譲らない』
そして攻防を重ね、ついに競り勝った由利菜の眼前で、銀が砕け落ちる。
「銀を討ち取ったことを認めましょう」
由利菜は万感の残響映す両眼を閉ざし、静かに踵を返した。
●砂の縁
「そろそろどこも勝負がつくかな? もうふたり意識不明みたいだけどねー」
砂粒で編まれた小さなアバタが、ドロップゾーンの一角に据えられたミニガンの銃口へかるい声音を投げつけた。
「助けに行くとかはあり?」
パラボラアンテナを拡げた通信機の後ろから顔を出す深澪。生身でありながらここに在ることができるのは、ひとえにウルカグアリーの“親切”である。
「六番勝負全部終わったらドロップゾーン解くから――って、アンテナこっちに向けないでくれるー? こっちはさっきから3回砕けてんのよ!」
「わざとじゃねぇってば~」
ドロップゾーンを貫き、エージェントの声を繋ぐ強力なレーダー波に当てられれば、脆弱な砂のアバタはあっけなく崩壊するのだ。
「それにしても酔狂な真似をするのね。そこまでしてあなた、なにがしたいの?」
油断なくミニガンでアバタに狙いをつけ続けるテレサの問いに、ウルカグアリーはざらりと笑みを返し。
「関係ない人には教えなーい」
●黒鉄の縁
「まずは突っ込んでくる。いかさま汝らしいな、三白眼」
四腕にそれぞれ曲刀を取る黒鉄が、その一刃を駆け込んでくるニノマエへ突きつけた。
『曲刀は柄に近い部分から斬りに来る。対するこちらは直剣、その長さの分だけ小手を狙いやすいはず』
サヤが言わずにすませたことを、ニノマエはすでに察していた。『連動して動き続ける敵の前腕なり手なりを狙って正確に斬る。なかなかにできることではないが』だ。
『ま、やるしかねぇけどな』
こちらが特別迅いわけではないが、相手も重い黒鉄。そして顔はひとつきりで、目はふたつ。やりようは、ある。
体を縮めて突っ込めば、果たして刃の嵐が舞い、彼を襲う。
いきなり痛ぇな。でもよ、まだ始まったばっかだぜ。
斬られながら横合いへ踏み抜ける彼の意志を受け、外骨格式パワードユニット「阿修羅」が搭載された銃の照準を黒鉄の目へ合わせ、撃ち出した。
「ち」
目蓋を引き下ろして弾を受けた黒鉄がわずかに体勢を崩し、足を止める。
信じてたぜ。おまえは目を別の場所に隠したりしねぇって。
静止した夜をかきわけ、ニノマエは黒鉄の背後から振り込んだ御剣でその手首のひとつを打ち据えた。
と。小さく撓み、曲がる手首。斬り落とすには至らなかった。そして次は当然反撃が来る。
「!!」
胸、腹、肩、腕を打たれたニノマエは声を殺して石畳に転がった。
『奴の手首を曲げていなければ、腕は一本置いてくることになっていた』
たっぷり土産ももらったけどな。
立ち上がり、御剣を八相に掲げて跳び込むニノマエ。降り落ちてきた刃をすくめた肩で受け止めて、空いた脇腹めがけて次の刃が横薙いできた、その瞬間。
『あとはかわせなくていい!』
ああ、こいつだけはなんとしてもかわす!
阿修羅の弾幕で黒鉄の意識をもたげさせておいて、思いきり膝を折った。傾げたこめかみをかすめる刃にかまわず、ライヴスのすべてを込めた御剣を叩きつける。
「『デストロイクラッシュ!!」』
ビギン! 刃と黒鉄が打ち合う甲高い悲鳴が響き。
「見事」
大きく右膝をひしゃげさせた黒鉄が笑んだ。
と同時、半ばまで食い込んだ御剣はその剣身に無数の罅をはしらせ、砕け散った。
『これは私たちが最初に定めた愛剣。すべてはこのひと振りから始まった』
サヤに続き、ニノマエが黒鉄を見上げて言い放つ。
「ここからおまえを終わらせる。先へ進んで繋ぐのは俺たちだ」
賢者の欠片を噛みしめたニノマエの胸に黒鉄の切っ先が潜り込んで。
「ならば我を越え行くに足る意気を見せろ」
「言われるまでもねぇさ」
ウェポンディプロイで複製、瞬間装備されたゴルディアシスが、肋を行き過ぎようとしていた刃を弾いた。
そして振り回され、突き込まれ、斬り下ろされる無尽の剣閃が黒鉄の刃を巻き取り、惑わせ、その攻防の間をこじ開ける。
「これでひとつ!」
片脚を損ない、動きを鈍らせた黒鉄の腕を斬り落としたニノマエは、ふたつめの賢者の欠片と挟んだ奥歯を食いしばる。
――そこからはもう、ただの殴り合いだった。
曲刀を投じる黒鉄相手にヒット&アウェイは意味がない。ゆえに互いの間合の内、動きを損ねた黒鉄へまとわりつき、バランスを崩させながら打ち込む。
しかし黒鉄もまた、多腕の手数でニノマエの命を斬り取っていった。
「ふん!」
ニノマエの脇腹を貫く曲刀。しかし、青ざめた彼の面が作ったものは、凄絶な笑み。
守りの御守りがくれた命を燃料に筋肉を締め、敵刃を固定。振りかぶった剣を、黒鉄の眉間へ叩きつけた。
果たして二度めのデストロイクラッシュで打たれた黒鉄はその頭部を裂かれながら。
「黒鉄を討ったを認めよう」
残されたニノマエは大きくあえぎ、ライヴス通信機「雫」のヘッドセットへしゃがれた声を吹き込んだ。
「赤城の旦那、いつでも行けるぜ。俺はもう動けねぇが、リンクにゃ問題ねぇ」
●水晶の縁
「俺に回復手段はない。殺しきれればおまえの勝ちだ」
正眼に構えたまま声音を紡げば、どこからともなく返り来る、声音。
「潔いわねー。そういうの、キライじゃないわよ?」
と。
央の延髄を“ぞわり”が駆け上る。
考えるよりも迅く身を沈めたその頭頂をかすめる透明なビーム。焦げた夜気を払い、央はヌアザの銀腕から放たれるビームを横薙いだ。
闇を裂く一条の光。それを軽く飛び越えた、全長30センチほどの水晶の妖精が垣間見える。
『透過率が高い水晶のアバタ。とっさに見失わないよう注意して』
「ああ」
マイヤにうなずいた央は息を絞った。
あれだけ動きながら音も立てなかったが……押し分けた空気の動きだけはごまかせない。焦って釣られるな。俺が狙うべきは後の先だ。
そしてそろりと闇から這い出した水晶の刃を打ち払い、半歩を踏み込んで斬り返せば、両断された水晶がはらりと解けて落ち。
同時に飛ばした分身が、三歩の先で斬り払われて解け落ち。
『同じような力を選んできたのかもしれないわね』
同じシャドウルーカーの力をか。だとすれば意図は明白だ。水晶は、こちらを挑発しようとしている。
『競走につきあうつもりはないさ』
俺がするのは競争だ。おまえはせいぜい走り回ればいい。
水晶のビームが央の肩を抉り、正眼を揺らがせる。しかし彼は、歯を噛み締めずに息と強ばりを吹き抜きながら銀腕のビームを撃ち返し。
『右』
マイヤの導きのまま、ビームで焼けた夜気が黒を取り戻す前に踏み出した。
「あはぁ! 追いかけっこは得意よ!?」
央の打ち込みを刃でいなし、すぼめた唇から縫い止めの針を噴く。
それを一歩下がってやり過ごした央は、反動に乗せて銀腕を突き出し、ビームを撃った。
「あっぶない!」
ビームに焼かれた足先を引き上げ、闇へ転がり込む水晶。
『手を何度も合わせるのは危険よ』
まったくだ。後の先を取ると言っておきながら、これではな。
あの透けた体を捕らえるには、乱戦へ持ち込むべきなんだが……俺にそれをする手はないし、する気もない。
「マイヤ、少し無理をさせてもらうぞ」
いつもならばけして口にしない言葉は、央の覚悟の表われ。
マイヤは万感を込め、静かに応えた。
『私は央の中にいる。たとえ敵が誰であれ、この共鳴が為す速度で』
「超えてみせる。たとえ神だろうとも」
これまでの戦いで、二回攻撃をしかけてくることがあるのは知れている。それを知るために央は水晶の不意討ちをいなし続け、着実に傷を負い続けた。
「――っ!」
首筋を裂いていく水晶のビームへ、銀腕のビームを撃ち返す。水晶の肩口に当たったビームは屈折、闇へ抜けていった。
「ビームじゃあたしは殺せないわよ?」
そんなことはもう知ってるさ。が、これは攻撃のためのものじゃない。
人型を成すため複雑に組み合わされた水晶は、その内で数瞬の間ビームを反射させ続ける。
その灯火を差して踏み出した央を迎え討つは再びのビーム。
『これで2回め』
礼を言うよ。俺が斃れる前に“そのとき”をくれて。
見ず、聞かず、感じず、央は一条の影となって光なき透閃をすり抜けた。影が解け、央を成したのはそう、水晶の背後。
振り向かれ、反撃されるとは思わなかった。そもそも思考は置き去りにしてきたから、考えてすらいない。
その思考が追いついてくるよりも迅く、央は水晶を叢雲で貫いていた。完全なる不意討ち――ザ・キラー。
ここでようやく、央の胸中で思いが響く。
墜ちろ。
「あは! あとちょっとだけ足りなかったわね?」
ひび割れながらも水晶は叢雲を踏んで跳び、央の鎖骨の隙間へ刃を突き立てた。それは肉の内を滑り、15センチの先にある心臓へ向かう。
「そう何度も負けてられないんだよ」
俺の背中を追ってくる奴らのために。
なにより俺がマイヤと進むために。
央は迫り来る死に揺らぐことなく銀腕に鎧われた拳を水晶に打ち当て、ビームを撃ち放った。足りないなら、足りるまで重ねるだけだ。
ふたつの衝撃に揺すぶられ、ついには微塵と化す水晶。
「水晶を討ったこと、認めるわ」
心臓の手前で停まった刃をそのままに、央はふらつく足で歩き出した。
『ワタシたちは、こんなところで立ち止まっていられないものね』
マイヤの代弁に感謝しつつ、ドロップゾーンの先へ向かう。
●タングステンの縁
「ふん」
タングステンがするりとジャブを振り込んでくる。
龍哉はこれをブレイブザンバーの腹で受けながら前進。タングステンと自らの間に剣身を挟み込む形でショルダータックルを食らわせた。
グワン! 濁音が弾けた後、タングステンは不動。逆に一歩分跳ね返された龍哉はもう一歩を下がって間合を取りなおす。
「しかし硬いな。それに重い」
『それでいてあれだけ柔軟に動くのですから、驚嘆しますわね』
龍哉と内のヴァルトラウテへタングステンは笑みを傾けて。
「我が内に含めたウラニウム、下手に揺らせば爆ぜ飛ぶぞ?」
こっ。押し詰めた呼気を一気に吹き、龍哉が重心を下げた。
『活が死中にあるならば、取りに行きましょうか』
「応」
タングステンもウラニウムも重い。実際、ネビロスの繰糸やロケットアンカー砲を組み合わせての一気呵成をしかけてきたが、足元を崩すことができなかった。かといってウラニウムの瘴気を浴びる危険を避けるべく“通し”で揺すれば、寝た子を起こすぞと注意される始末。
肚据えるしかねぇってことだ。
タングステンの拳をいなした剣身を前進に乗せて巡らせ、右から左から、腰を据えぬまま打ち込んだ。敵を乱戦へと引きずり込み、守りを崩すメーレーブロウである。
「行くぜ」
乱打の内に紛れ込ませたは、疾風怒濤の三連撃。太い胴ならず左の手首を狙った理由は、まずは斬り減らすためであり、バランスを損なわせるがためだ。
硬きタングステンに二撃めで亀裂が入り、とどめの一撃で割れ砕けた。その途端。
『龍哉!』
酸素に触れたウラニウムが発火すると共に、愚神によって増幅された瘴気が溢れだした。
「ち!」
蝕まれる。共鳴体が、ライヴスが。
「間合を開けてもかまわぬぞ、師範代」
「気づかい痛み入るがな。――凱謳!!」
『Yes,master.I'm all ready……ignition』
龍哉の声に応えた試作型AI“凱謳”。そのディスクユニットを高速回転させてブレイブザンバーの剣身へ魔力を流し込み、金色に輝かせる。
「こちらから行くぞ」
タングステンは剣閃を左肘で受けた。バギン、装甲が割れる音を響かせながら身を巡らせ、バックハンドで龍哉の脚を払う。
「っ!?」
手で脚を払った!? 長すぎる――いや、ちがう!
わざと斬り折らせた左腕を棍棒代わり、右手で振り込んできたのだ。そして、翻ってみせたのはそれを隠すがため。
仰向けに倒れゆく龍哉の胸を棍棒が打ち、さらに三度突き立った。
一気呵成からの疾風怒濤ってわけか!
内に流し込まれた瘴気に濁らされた血塊を吐き出しながら、龍哉は内でヴァルトラウテへ問う。
『一度退けば回復はできるがな、どうする?』
『だとしても、瘴気から逃げ続けることはできませんわ。それにこれは決闘――タイマンなのでしょう。退くことはすなわち敗北です』
そうだよな。おまえはそう言ってくれると思ってた。
ここでニノマエからの連絡が跳び込んでくる。赤城の旦那、いつでも行けるぜ。
「ここまでお膳立てしてもらって、退くとかありえねぇよなぁ!!」
地へ倒れ込む衝撃で握り締めたライヴスソウルが青白の光を爆ぜさせた。
『我が名と盟約において、折れぬ闘志に勇気の加護を』
かくてリンクバーストが発動し、その偽りの加護が共鳴体に立ち上がる力を燃え立たせる。
「命冥加はいささか興が醒めるな」
眉根をひそめたタングステンへ龍哉が苦笑を返す。
「本戦の前に斃れるわけにいかねぇ。それにそっちも本当の本気ってわけじゃねぇだろ」
本当の本気であれば、ドロップゾーンという圧倒的優位を生かすことなくエージェントと対するような真似はすまい。アバタごとの力を明示し、その範疇で戦いを為すことも。
『倒されるためにこの場を用意した。そう思えてなりませんわね』
ヴァルトラウテの洞察にタングステンは薄笑み、濃密な瘴気でその表情を隠す。
「これは我が残す別離の挨拶。黄金を晒すもまた然り」
だからこそ前に見せたアバタを集めてきたか。だがよ。
「それだけのために隠し通してきた本体まで晒そうってのか」
十全を取り戻した龍哉が、上段に掲げた大剣へライヴスを滾らせる。
「本当の本気でなくば、礼を尽くすことにはなるまい」
ずいぶんとセンチメンタルなんだな、ウルカグアリー。
果たして。
「タングステンを討ったと認めよう」
自らの瘴気に沸き立ち、溶け失せていくタングステン。
龍哉はバーストクラッシュの内で息をつき。
逢いに行くぜ。今度こそ本当の本気で縁切りに。
●黄金の縁片
ドロップゾーンが晴れた。
月夜を取り戻した町、テレサの援護を受けた深澪が楓と詩乃を、六花とアルヴィナを、龍哉とヴァルトラウテを、見かけによらぬ怪力をもって担ぎ上げ、救助していく。
と、その中で。
いつの間にか噴水の縁に腰を下ろしていた黄金の愚神が、由利菜、応、そしてニノマエに目線をはしらせ、薄笑んだ。
「一勝を得るもかなわぬとは、いやはや妾もとんだ無様を晒したものよな」
『笑わせてくれるわね』
マイヤの冷めた声音に続き、応急処置をすませた央が血色の足りぬ顔をしかめて吐き捨てる。
「無様なのは、本当の本気も見せず、俺たちに討たせたその驕慢だ」
通信機を通して彼は、龍哉とタングステンの会話を聴いていた。これはただの挨拶でしかないのだと。
「汝らを見下したのではない。試したばかりよ」
ゆらり。黄金が立ち上がる。
『ユリナ。やばいよ、あれ』
ウィリディスの言葉に内でうなずき、由利菜はプリトウェンを構えて仲間の前へ踏み出した。たとえライヴスを潜めていても容易く知れる。あれは――あの黄金は――
『アバタではない、本体』
「……ここでやりあうのはなしだよ、観戦する楽しみがなくなるからね」
闇が形を得るように顕われたのは、闇と同じ黒き肌を持つ長身痩躯のアフリカンであった。
『石女神の神官、満を持しての登場か』
サヤが形を取り戻した御剣へライヴスを通し、最大警戒の構えを取る。たとえ死にかけた蟷螂の細き斧なれど、ただ打ち斃されてやるつもりはない。
「君たちの勝利を穢すつりはないよ。君たちが放り捨てさえしなければね」
両手をかるく挙げてみせた長い戦いの歌――ソングに、ニノマエが三白眼を向けて。
「おまえはウルカの戦いを見届けるだけか?」
言葉に含められた問いを、ソングは薄笑みでいなし。
「そこの足の速い彼次第かな?」
先の闘いで自ら叩き伏せた央に流し目を送る。
あえてテレサについて言及しなかったアフリカン。
テレサは意識を失った3組を守ってミニガンを構え、厳しくすがめた目をソングに突きつける。無言の内に滾る思いを隠したまま。
「――そのときが来るかどうかは知らないが」
と、ソングの目線を真っ向から受け止めた央が、低く言の葉を紡ぎ。
「答はそのときに返す」
その挑発、高くつくぞ。俺とマイヤの値段は、おまえ程度に値切られるほど安くはない。
「とまれ、今宵の勝敗は決した」
ソングのエスコートを受けて歩を踏み出したウルカグアリーが振り返る。
「先と同じく傷を癒してこよ。この黄金と、本当の本気を比べ合わんがため」
そして由利菜を見据え。
「聖女を語る汝に、妾の邪は凌げようかな?」
「それが私の務めです」
たとえあなたがどれほど強大であろうとも、私は仲間を護る盾となり、その黄金を打ち砕く。
「其は重畳」
言い残し、ウルカグアリーはソングと共に闇へと消えた。
「……あの女神様、結局のとこなにが欲しいんだかな」
ニノマエはかぶりを振って黄金の余韻を振り落とし、石畳に腰を落とす。再び立ち上がるには、もうしばらくの時間が必要だった。
かくて六様の前哨戦は幕を下ろした。
エージェントはそれぞれの思いを胸に、本戦の幕開けを待つ。