本部

その恨みは根が深い

真名木風由

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2015/11/04 12:37

掲示板

オープニング

 『あなた』達は、その建物を見た。
 H.O.P.E.より、協力者の立場にある『回憶旅行社』へ用事を頼まれた為だ。
 特別深刻な事態があったという訳ではなく、これから年末に向けて人が出入りし易くなる為、情報提供をよろしく頼むという意味での挨拶らしい。
 『あなた』達は、『回憶旅行社』がH.O.P.E.の協力者とは知らなかった。が、説明を聞いて、納得した口である。

 回憶旅行社。
 上海を拠点とする旅行会社だ。
 当初は中国国内の観光業をメインに動いていたらしいが、現在は海外にも進出している。
 中国国内は勿論、中国と国交上問題がなく、中国とは陸続きのアジア各国は強いとか。
 顧客の想い出となる旅行をという理念があるそうで、その為、情勢等の情報収集に余念がないそうだ。
 進出している国の情勢に詳しいだけでなく、進出していないが隣接している国の情勢などの情報収集も行っているとのことで、エージェントに任務の際必要な現地治安情報の提供を行ったり、大規模なイベントに際しては人の多さを狙ったヴィランズの犯罪を警戒して可能性を通報してくれたりするといった、旅行会社ならではの動きでサポートしてくれているらしい。
 彼らとしてもエージェントの事件解決が治安回復に繋がり顧客へ安全な旅行を提供出来る、その地を訪れている顧客の安全保障に事件を防いで貰いたいといったメリットがある為、積極的かつ好意的に情報提供してくれるという話だ。
 それだけではなく、各国のイベント情報、格安ツアーの企画といったエージェント達の息抜きとなるものも提供しているということで、取り立てて特別なものはない一般企業であるが、エージェントがお世話になる機会も結構あるらしい。

 そういう訳で、最寄の支部へ研修に訪れていた『あなた』達は年末に向けてのご挨拶という用事を受けたのである。
 一般企業だけあり、ごくごく普通の応接室に通され、H.O.P.E.担当者へ面会した『あなた』達。
 とても感じがいい担当者に中国茶をご馳走になりつつ、挨拶を済ませた。
 帰り際、『あなた』達を見送ってくれた担当者が「帰る時間に余裕があればになってしまうかと思いますが」と前置きして、こう言った。
「大閘蟹(ダーヂャーシエ)を食べていかれてはどうでしょうか? 今の季節だと雌がお腹にたっぷりと卵を抱いておいしいですよ」
 担当者が言うには、肉も卵も蟹ミソもとても美味なのだとか。
 幸い、帰る時間に余裕はある。
 『あなた』達がそう告げると、担当者は自分のお勧めの店だととあるレストランを教えてくれた。
 今なら時間帯もあって、そんなに待つこともないだろう。
 そう言われ、『あなた』達はレストランへ向かった。

 そして……

「大閘蟹は貰っていくぜぇっ!」
「わあああああ!」
 如何にもヴィランといった風情の男が店主らしい男性を突き飛ばしていた。
 大勢の手下が紐に縛られているがまだ生きている大閘蟹(調理直前まで生きているのだそうだ)をトラックに乗せている。
「俺達がパーティーで楽しく食ってやる、感謝しろ!」
「楽しく食べられるのは、美味しく調理してこそだろう!」
「なら、てめぇも来い!」
「わあああああ!」
 店主を引っ張っていこうとする男。
「放って置く訳にはいかないでしょう」
「お店の人も、蟹さんも……困らせてる……敵、だわ」
 店主の声を聞きつけてレストランの裏手に回り込んだ剣崎高音 (az0014) が真剣な面持ちで語り、彼女の背中から顔を出す夜神十架(az0014hero001)がぽつぽつ喋っている。
 見た所、能力者は店主を引っ張っていこうとする男だけ、他はただの人間だろう。
 自分達が対応すれば、事態は解決する。
 大閘蟹を食べるのだったら、少しばかり立ち回りに注意する必要はあるだろうが、居合わせた幸運に感謝し、『あなた』達は頷き合う。

 正直、楽しみにしていたから胃が準備している。
 食べられなくなったら、こいつら張り倒すだけじゃ気が済まないかも知れない。
 食べ物の恨みは、根が深い。
 それを、その身で学習しやがれ。

解説

●目的
・ヴィラン達をしばいて美味しい大閘蟹を食べよう

●敵情報
・ヴィランx1
・手下の皆さんx10

あんまり強くないと思われるヴィランなのでしばくこと自体は難しくありません。
手下の皆さんも普通の方々なのでじばくのは簡単です。
ただし、店の大閘蟹がそこにあるので、派手にやって大閘蟹に被害が出ると食べられなくなるかもしれません(寧ろそっちの方が問題)

●場所
・レストラン裏手

トラックの出入りも可能な場所なので立ち回りに問題はありません。
裏手だけあり一般の方はいらっしゃいません。

●NPC情報
・剣崎高音、夜神十架
指示があればそちらを優先、ない場合は店主の安全確保またはレストラン内に手下がいないか確認に動きます。

・店主の人
半泣きですが、料理の腕は確かなので、調理要員に誘拐されようとしています。

●大閘蟹について
・日本では上海蟹として有名。
・10月の今は雌がお腹にたっぷり卵を持っていて美味しい。
・蒸し蟹だけでなく、蟹をふんだんに使った蟹つくしのコースもある。
・蒸し蟹は黒酢と摩り下ろしたタレで熱い内に食べる。大体2杯~4杯位食べれば満足らしいが、コースを食べるならそのことを考慮した量調節がお勧め。
・最後は紹興酒や生姜湯飲む(身体を冷やす作用がある為の習慣)

●注意・補足事項
・主にヴィランの方に世間を教えることになりますが、しばくまでです。その後逮捕になります。
・片付けたらお食事になります。店主から感謝され、少なめですが謝礼が支払われる他、食事代タダになります。お財布の心配は必要ないです。
・無事に世間を教えてあげましたら、大閘蟹を「うーまーいーぞー」してきてください。

リプレイ

●心、重なる
「蟹が! 千里が滅多に食べさせてくれない蟹が!」
「……ちょっと人聞きが悪くないかな……?」
 マティアス(aa1042hero001)の嘆きに楠元 千里(aa1042)が思わずツッコミする。
 が、リオ・メイフィールド(aa0442hero001)の怒りに震える声がエージェント達の耳に届く。
「いきなり乱入して、こんな酷いことをするなんて……。絶対に許せません。店主さんと大閘蟹どちらも連れ去らわれる訳にはいきません。この所為で、蟹を食べられなくなったら何をするか自分でもわからなくなりそうです……っ」
(……食べ物の恨みは恐ろしいってよく言うけど、リオの様子を見ると全くその通りだって思うね)
 レヴィ・クロフォード(aa0442)はお酒呑めれば満足という所がある為、食に対する執着はそこまでではないのだが、楽しみにしていたものを掻っ攫われるのはいい気分ではない。
「レヴィ、もしも大閘蟹に被害があったら承知しませんからね」
「努力するよ」
 リオのやる気にレヴィは肩を竦めて応じる。
「上海初の事件がこれか……」
 天原 一真(aa0188)が今後と食事の為には、と続ける前に男達へ歩いていった者がいる。
 クー・ナンナ(aa0535hero001)と共鳴したカグヤ・アトラクア(aa0535)だ。
(戦闘を想定してなかったのが幸いしたのう)
 共鳴したとは言え、見た目共鳴したリンカーであると気づくことは出来ないだろう。
 ならば、それを最大に利用した方がいい。
 目立った武器も持ち合わせていないなら、悲鳴を聞きつけてやってきた一般人が精々だ。
 カグヤの意図を理解したエージェント達が物陰へ隠れると、カグヤの接近に先方が気づいた。
「何かあったのかえ?」
 困惑した声がエージェント達の耳に届く。
 表情もそれに合わせたものだろうとエージェント達は機を窺う。
「うるせえぞ、怪我したくなかったら」
 その言葉は最後まで言えなかった。
 カグヤが、セーフティガスを発動させたからだ。
「な!?」
 範囲内にいた手下が倒れたのだろう、戸惑いの声が上がる。
 同時に機を察したエージェント達が物陰から飛び出した!
「オラァ! 俺達が食えなくなるだろうが! カニ、置いてけ!」
 気合入った声を上げるのは、柏崎 灰司(aa0255)。
 ただし、ティア・ドロップ(aa0255hero001)と共鳴しているので、その姿は……いや、敢えて言うまい。千里が見ない振りをしているように、我々も見ないようにしてあげよう。
「店主の安全確保、よろしくな!」
 灰司が振り返ったのは、御童 紗希(aa0339)と剣崎高音(az0014)。
 高音は、夜神十架(az0014hero001)と共鳴しているが、紗希はカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)と共鳴していない。
 理由は、カイに引っ張られるから、である。
「色が足りないぞ!」
 この状況もマジかよと言いたいらしいカイ、最近戦隊モノにハマッているらしく、この状況は楽しいらしい。
 で、色という話になっているのだが、戦隊モノの基本は5人、それから追加ヒーローを加えて6人、巨大ロボット入れても7人……足りないのだ。
「色はいいから。剣崎さん、まずは店主さんの安全確保をしましょう」
「そうですね。十分人が揃っていますから」
 高音の頷きを確認した紗希は、カイへ向き直る。
「剣崎さんと店主さんの傍にいて」
「そんな地味な仕事じゃなくて俺らも悪の親玉しばき倒しに行こうぜ! マリ!」
「ダメ! 絶対ダメ! ここから動いちダメだよ!」
 大閘蟹よりもヴィラン達をしばきたくて仕方ないカイが加わったら、多分ロクなことにならない。
 闘魂注入もあんまり良くないけど、ガチビンタ3往復と延髄蹴りは人命に関わってくる。共鳴したら、そちら側に回る可能性もある自分が共鳴しないことで、被害を抑えることにしたのだ。
 さて、その目の前では。
(『お金も払わず強奪は犯罪です』)
 美森 あやか(aa0416hero001)の言葉を聞きつつ、離戸 薫(aa0416)はトラックの荷台に飛び乗った。
 ヴィランが単純に生鮮食品を積んで搬送する筈ないと思い、最後の切り札的に荷台にある私物を使われても困る。既にカグヤが車のキーを抜いて、エンジンも切ってしまった為、こちらの可能性を考慮したのだ。
「……見事に、蟹しかないね」
 ごく普通に荷台には、生きたまま緩く紐で縛られている大閘蟹がもぞもぞ動いているのが沢山あった。
 後で知るが、大閘蟹にもブランド産地というものが存在している。その産地の大閘蟹は輸出されてしまうことが多いらしく、偽装もされていない本物のブランド産地の大閘蟹は上海にあまり出回っていないとか。で、その正真正銘のブランド産地の大閘蟹だった為狙ったので荷台にこれしかなかったのだ。
「皆やる気だし、任せても……」
 鋼野 明斗(aa0553)がそう零すと、彼の足に衝撃が走る。
 すぐ傍で、ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)セーフティガスで無力化されていた手下の服を脱がし、その服で手下を拘束していたのだ。
『カニ!!』
 用意されていたスケッチブックの文字は、力強い。
 主張するようにぐいぐい押しつけてくるドロシーへ、明斗は「だから、任せても」と返すが、ドロシーは素早くスケッチブックを捲った。
『早く食べたい!』
「はいはい」
 幼子の胃袋の為苦学生は手下無力化へ走る。
 大閘蟹で一致団結している今、相手も弱いし、決着なんてすぐに着いてしまうだろう。

●その恨みは根が深い
(『とっととしばき倒して蟹食うぞ!』)
 手下対応を行う千里は、マティアスの言葉に「はいはい」と応じた。
(最近本当に食い意地が張ってないかい……? 『育ち盛りだしな』)
 ドヤ声が響き、千里は苦笑する。
 セーフティガスのお陰で、状況は楽だ。
 紗希とも連携し、蟹への悪影響が出ないようライオットシールドを構え、押し返せば、後は一真、薫、そしてドロシーに言われて駆けつけた明斗が対応してくれる。
(紗希さんとカイさん、それに高音さんが店主の方についているなら、大丈夫、と)
 千里が既に安全確保された店主を見、後は店と蟹に被害なく終わらせることが重要と頭の中で計算する。
 ヴィランは灰司、レヴィが対応に入っているし、問題はないだろう。
(『ところで、あれは……』)
 マティアスが視界に入った人物を見、千里へ問いかける。
(人には色々な事情があるんだよ)
 そっと目を逸らしてあげなさい。
 言うまでもなく、灰司の共鳴姿の話題だが、千里はマティアスに優しさを説いた。

 そのヴィランは、逃走も叶わない状態に追い詰められていた。
(『レヴィ、絶対に被害出さないでくださいね』)
 リオの声が響く中、レヴィは店にも大閘蟹にも被害が出ないよう位置取りに注意し、アサルトライフルを三発制限点射に切り替え、ヴィランを撃つ。
 連続発射された弾丸を凌ごうとするヴィランに決定的な隙が生まれる。
(『せっかく楽しみにしてるカニがぁぁ! どろぼーっどろぼー!!』)
「同じ格好で縛ってやる!!」
 ティア・ドロップ(aa0255hero001)と同様にヴィランを許す気もない灰司が地を蹴る。
 レヴィの銃弾(ちゃんと急所は当たらないよう考慮されている)でダメージがあったヴィランは元々強くもなく、灰司を凌ぎ切れる筈などない。
 結論を書くと、死なない程度に杖でボコボコにされて灰司希望の蟹と同じ格好で縛られた。
 その頃には、手下も終わっている。

 さて、少し時間を前後させよう。
(完全な一般人……大怪我をさせないよう注意する必要がある)
 セーフティガスのお陰ですぐに拘束された手下が多く、千里が押し返す数も少ない。
 一般人の範囲内でもあまり強い部類とは思えず、群れて事を成すタイプと算段をつけると、理想手段である、気絶を狙うべく、顎へ拳を繰り出した。
「言う前に気絶したか」
 悶絶させるつもりはあるが、怪我をさせるつもりはない警告以前に手下は一真の攻撃で伸びてしまった。
 すぐにドロシーがやってきて、服を脱がして手下を拘束する。
(『弱いねー』)
 ミアキス エヴォルツィオン(aa0188hero001)が言った通り、手下は驚く程あっさり拘束され、ヴィランも一真が視線を移した時には自分が加わるまでもない状況と判断出来るものだった。
「あ~あ、俺もしばき組に入りたかったな~」
 カイが紗希をチラチラ見ているが、紗希は凄い目でカイを睨んでいる。
 セーフティガスで無力化されている間に拘束された手下が目覚め、悲鳴を上げると、一真はそれに視線を戻した。
「この国で黒社会に属する隻眼の武術家は何人いる? そして、そいつらの名前と特徴は?」
「は? 隻眼の武術家?? お前日本人だろ、なら、そっちには銅像ある奴いんだろうが!」
 一真は欲しい答えは返ってこないだろうと思って聞いたものの、予想通りと言うより、黒社会にいたとしても大したことはないと判る答えを聞いて、嘆息した。
「戦国時代の話はしていない。ブタ箱で大人しく学んで真人間になってこい」
 その時、千里の通報で警察が駆けつけていた。

「店内も被害はなさそうじゃの」
 車のキーを奪った後、店内の状況確認をしていたカグヤが店主を見る。
 深刻な怪我をした者もなく、ほっとする結果だ。
「ありがとうございます。聞けば、エージェントの方とか。お礼をさせてください」
 居合わせてくれなかったら奪われていた為お代は要らないと頭を下げる店主の言葉に喜びの声が上がった。
 彼らのことは忘れ、大閘蟹を楽しもう。

●いざ!
「ハイジ……ティアにはどうにも出来ないから、慣れてほしいのさ」
「世の中、あんま知られたくないことってあるんだよ。仕方ないって解っていても」
「諦めろなのさ」
 灰司とティアが、そんな会話を交わす。
 仕方ないとは言え、共鳴の姿が知られてしまった。
 千里は見ない振りをしてくれたが、見ない振りをしているというのはそういうことだ。
 灰司は、ちょっと複雑だった。

「大閘蟹ってモクズガニなのね」
「あやかさん、知っているんです?」
 薫は、日本では上海蟹の名称で有名なこの蟹を知っているのかと尋ねる。
 あやかの世界に『上海』という地名があるのか薫には分からない。
 文明レベルがほぼ同一と聞いているが、文明レベルがほぼ同一であるのと、その世界の地形や地名がこの世界とほぼ同一かはまた別物だからだ。
「10月に雌がお腹にたっぷり卵を抱く淡水蟹で合っているなら、聞いたことがあるわ。美味しいと思うわよ」
 あやかは薫の問いにそう微笑む。
 かつての世界でその地名があったのかどうか……あやか自身も憶えている情報がかなり少ない為、答えられないかもしれないが、その情報が聞けたのはいいことだろう。
「かーに! かーに!」
「マティアス、落ち着いて……」
 マティアスを宥めていた千里は、その隣でドロシーから『カニですわよ!』というスケッチブックを見せられている明斗に気づいた。
「こちらもそうです」
「食べ盛りのようですね」
 視線に気づいた明斗がそう言うと、千里が微笑む。
 男達は、分かり合った。

 そうこうしている内に蒸し蟹を始めとする料理が運ばれてきた。
「懇親会が邪魔をされなくて良かったの」
 カグヤがそう言って周囲を見回す。
 食事に関しては必要な栄養を摂取すればいいという考えで、味覚もあまり強くない。少食でもある為、自分が食べると言うより、皆でわいわい食べる雰囲気を楽しみたいタイプだ。
「蒸し蟹、美味しいですね。コースも豪華なのですけど、コースにない料理も食べたいです。レヴィも沢山食べてはどうでしょう? 聞けば、いい蟹みたいですし、こんな機会そんなにないですよ」
「僕は蒸し蟹1杯とワンタン、酢蟹で充分食べる心算なんだけど」
「レヴィは少食ですね」
「リオに比べると、大体そうなんじゃないのかな」
 蒸し蟹以外にもコースは食べるだろうと予想していたが、コースに入っていないメニューにも着目しているらしい。
 コースにはない蟹脚と蟹味噌の炒め物……それを堪能した後残った蟹味噌のタレの混ぜご飯が美味しそうとリオ。
 すると、同じように食べる子のティアが加わってくる。
「美味しそうなのさー、ティアも蟹味噌小籠包が気になってるのだよー」
「他にもスープ麺もありまして」
 盛り上がっている様子の2人を見、灰司は「胃袋、ほんとでっかいな」と呟く。
 灰司は、蒸し蟹、酢蟹、蟹味噌豆腐、蟹脚と蟹味噌の炒飯と彼なりに食べているのだが、ティアはもっと食べる、知ってた。
「リオも小さな身体なのに、よく入るなって思うよ。幸せそうに食べる顔が見られるのはいいことだけどね」
「それは、言えてるな」
 レヴィに頷く灰司は、幸せそうな世界が展開されているのを見守った。
 いや、食べられない量食べてるから、立ち入れないとも言うが。

「コース料理って豊富なんですね」
「でも、全部食べられそうにないわね。……残す心配はなさそうだけど」
 薫もあやかもそんなに食べる方ではない。
 が、2人で分け合うというようなことは考える必要はなかった。
 コース料理を希望する者が多かった為、テーブルの混雑緩和の意味もあり、纏めて出し、人数分に分け合う形にしてくれたのだ。
 自分達が食べられる量を取れば、後は沢山食べる人が食べるだろう。
「コースに元々酢蟹なかったですね」
 未成年なので助かりますけど、と薫。
 能力者云々に関係なく、節度というか、法律は守っておきたいのだ。
 薫の場合、妹達への悪影響も考慮してのことである。
「お持ち帰り出来るものがないのが残念ね」
 薫が店主に妹達が拗ねるからと頼んでみたが、店としてテイクアウトをしていない為持ち帰る容器がなかった。また、持ち帰るにしても自宅の妹達が食べるまでどの位の時間が掛かるか、一応H.O.P.E.の支部を経由して帰る為に予想も出来ず、傷んでしまうこともあるだろう。
 元々、回憶旅行社のH.O.P.E.担当者がお勧めのレストランとして教えており、テイクアウトを考えられていない為、持ち帰って料理するような土産は扱っていないこともある。
「日本でも食べるお店はあるみたいですから、そちらで購入してはどうでしょう? 値段はまちまちのようですが」
「そうですね。美味しいって解っていれば、買えますよね」
「調べて、買えそうでしたらそうしますね」
 高音に声を掛けられ、薫とあやかが応じる。
 今回はお土産話で我慢して貰うことになるが、今度美味しいものは共有する為、買いに行こうと心に決めた。

「日本の蟹よりも小ぶりだが、旬だけのことはあるな」
 一真もコースを堪能している1人だ。
 日本にも蟹がない訳ではないが、日本では海水性の蟹が主流だ。
 淡水性の蟹に馴染みはなく、日本でも食べられるが、一真は初めて食べることもあり、蒸し蟹などは店主に聞いて食べている。
「こういう風に食べるのも初めてだ。酢の風味も馴染みがないというのもあるだろうな、印象が違う」
 蒸し蟹を食べる一真はそう感想を漏らし、悪戦苦闘のミアキスを見る。
「ほるのメンドイよ~」
「胃は食べるなと言われただろう。甲羅ごと齧ったら、どこに胃があるか分からないだろう」
 ミアキスが甲羅ごと齧ろうとするが、一真がそう言って嗜める。
 曰く、雑食性である為、胃の内部が雑菌に汚染されている場合がある為、食べないでほしいとのこと。
 英雄にこの法則が当て嵌まるものではないが、店としてお願いしたいらしい。胃を食べさせたとあっては評判に影響してしまうのだろう。
「そう……なの……?」
「へー。色々あんだなぁ」
 十架が首を傾げると、カイも食べる手を止めてあっけらかんと言い放つ。
(間違って食べても気にしなさそうだよね)
 紗希は、カイを見て遠い目。
 しかし、カイは解っておらず、「どうした、マリ。腹でも痛いのか?」と見当違いな心配を向けてくる。
「問題なく食べられて良かったって思ってたの」
「美味いの食えるのはいいが、やっぱ悪の親玉に」
「しばき倒してたら、今ここで食べてないかもしれないからね」
 紗希とカイがそう応酬していると、ミアキスが無事に食べられるまでに至ったらしく、その身に酢を思いっきり漬けた。
「そんなに漬けたら……」
「わー、漬け過ぎた、すっぱいー」
 一真が制止する前に食べてしまい、ミアキス涙目。

 一方、胃は食べていけないという話から、カグヤは派生して話題を振っていた。
「そうじゃのう、食べられる部位食べられぬ部位は他にもあるからの」
 そう言いながらも手は止めず、蒸し蟹の胃を取り出し、十架へ渡す。
 高音も「是非」と微笑んでくれたので、高音の背中に隠れがちな十架へ取り分けた料理や食べ易くした蒸し蟹で気を引く(餌付け)を試みた結果、成功したらしく、カグヤが「こっちの料理も美味しいらしいぞ」という言葉にこくこく頷いて、食べている。
「美味しいよね」
 クーは声を掛けると、カグヤが料理を取り分けてくれるからか、十架はクーへもこくこく頷いている。
 ティアとリオ程ではないが、年相応に食欲旺盛である為、カグヤの分までしっかり食べている。
「普段見るのは違う種類だし、脚の身を食べるけど、これは蟹味噌も卵も凄いね。食感も面白いや」
 ジト目の半眼、眠そうな雰囲気を纏うが、料理を食べている様はどこか幸せそうだ。
 蒸し蟹だけではやはりダメだろうということで、コースも挙手していたクーは単純に味わうだけでなく、自分が料理する時のレパートリーも増やしたいらしい。
「クーは……料理、する……の?」
「うん。しない人がいるから」
 クーがそう答えていると、カグヤが十架の前へ餡かけ焼きそばを置く。
 この餡は蟹肉と蟹味噌で作られているものらしく、既にティアとリオは美味しいと食べているものだ。
「わらわの分をあげるから仲良くしようぞ」
「カグヤ、は……いいひと、ね……」
 十架が、ぽつりと呟く。
(高音の背中に隠れておった時もおどおどしている様が可愛いと思ったが、今の打ち解けたような顔も可愛いの)
 カグヤはそんなことを考え、料理を勧めた。

●ご馳走様でした
「美味いか?」
 明斗は、無言で食べるドロシーを見る。
 最初はチマチマと食べていたが、問題ない部分のみならばと面倒くさくなったらしく、ドロシーは胃を除去する作業を行った後は甲羅ごと食べようとした。
 普通に卵やミソを取り出して食べている明斗は驚いたが、それ以上に店主が驚いたらしく、ごく普通にスタッフを呼んで身を取り出してくれたので、その身の山を堪能していたのである。
 ただし、堪能の仕方が堪能の仕方であった為、顔はカニの汁でベタベタの状態……レディとは何ぞや。
「……そうか、良かったな」
 けれど、ドロシーはサムズアップで応えるのみなので、そう言うしかない。
 あまりにも凄い食べっぷりに辟易してしまう位だ。
「僕は逆に感心するよ」
 レヴィがリオの食べっぷりを見て、笑っている。
 リオの場合、ちゃんと作法を守っているからという説はあるが、ドロシー以上に食べている為、ドロシーとは違う意味で驚く者もいるだろう。
 慣れているレヴィは、既に紹興酒を手にしている状態だが。
「蟹は身体を冷やす作用があるし、食べ終わったら、温かい飲み物かなって思ったら、さっき面白いことを聞いたから」
「面白いこと、ですか」
「この国では、淡水蟹は陰性の食べ物、食べ終わったら、陽性の生姜湯や紹興酒でお腹を中和するって考えで、蟹料理の最後は必ずどちらかになるみたいだね」
「なるほど」
 明斗が応じていると、生姜湯が置かれる。
 口をつけると、温かさが身体に広がっていく気がする。
「あ、ジャスミン茶もお願いします」
 皆の食事終了を待つ形だが、ドロシーは後で口元や顔を拭いてやらないと。
 そう思いながら、今は沢山食べるドロシーを見た。

 一真も食べ終え、生姜湯を口にしていた。
「生姜湯の辛さは控えめだな……」
 心地いい、と漏らした後、一真は「何を呑もうとしている」とミアキスから紹興酒を奪った。
「あはは~バレた~?」
「店も困るだろう」
 ぱっと見、普通の人間の容姿のミアキスは、酒を呑めるような年齢には見えない。
 そのぱっと見で、未成年に酒を呑ませたと店側が自分達が知らない所で咎められる可能性もあるかもしれない。
 一真は、店主の厚意を感じているだけにその辺りは慎重だった。
「ぶ~」
「酒位……」
「ヒーローはそんなことは言わないわよね」
 むくれるミアキスへカイが援護の口ぞえをしようとするが、紗希が許さない。
 戦隊ヒーローのあり方を逆手にとって封じると、一真へ「すみません。ご迷惑をおかけする所でした」とカイに代わって謝罪する。
「マリ、あんまりだぜ……」
 蒸し蟹の胃、全部取ってやったりしただろう。
 過保護なカイの言い分を綺麗に無視した紗希は、連携した千里へ咄嗟の連携への感謝を改めて言うのだった。

 紗希へ同じように感謝を告げた千里は、灰司と共にのんびりとその光景を見ていた。
「ひと仕事の後というのもあると思いますけど、格別の味でしたね」
「コースどうだった?」
「蒸し蟹の蟹味噌以外なら蟹とエビの揚げ物が美味しかったですね。競争率高かったですけど」
「そりゃ高そうだわ」
 千里に応じる灰司は、ティアの食べっぷりに舌を巻くしかない。
「マティアス……張り合わなくていいから。後で大変なことになるよ」
 ティアと同じペースで炒飯を食べるマティアスへの嗜めも忘れない。
 千里は美味しいと思った蟹味噌はあまりお好みではなかったマティアス、蟹肉と卵のとろっとしたスープは口に合ったらしく、随分食べていたので、そろそろ食べ過ぎというのは解っていた。
「ティアの奴が巻き込んで悪いな」
「いえ、2人が美味しそうに食べるからでしょう」
 謝る灰司へ千里がティアの他にもう1人食べる枠のリオを見る。
 リオも美味しそうに幸せそうに食べており、ティアに負けず劣らずの量がその身体に消えているようだ。
「ホント幸せそうだよな」
 灰司もそれには同意するしかない。

「美味しいですか?」
「ええ。この小籠包の皮が薄過ぎず厚過ぎず」
「食材さえ手に入れば、作れそうなのだけど……」
 薫とあやかに応じるリオは、話しかければきちんと応じているようだ。
 話す際も蒸し蟹を食べている場合は、緑茶が入ったフィンガーボウルできちんと洗って応じており、店主から聞いたことを真面目に実践している。
 レヴィに言わせると、「リオは純粋で真面目だからね」ということらしい。

「お腹一杯みたいだね」
 マティアスが生姜湯に口をつけると、千里は声を掛けた。
「何か飲んだことない味……」
「生姜湯。身体を温めるんだって。お酒は駄目。俺も呑まないし」
「ふーん……」
 生姜湯の温かさを実感している為、身体が冷えているというのは解るマティアスは生姜湯を飲んでいる。
「どれもこれも……うーまーいーぞーだったのさ♪」
 最後まで食べていた1人、ティアは灰司の自分を見る目に気づいた。
「な、何さ、ハイジ……。そんな目で見んな、なのさ」
「そんな目で見たくもなるわ。そろそろ生姜湯飲め」
「生姜湯って何?」
 首を傾げていたら、ティアの前にも生姜湯が。
「んー、身体がポカポカするのさ♪」
 生姜湯も味わうように飲むティアは、エージェントによっては違うものを飲んでいることに気づいた。
「ティアはまだ未成年に見えるだろ。生姜湯だけで身体温めておけよ」
 灰司の一言で酒と気づいたティアは「面白い習慣なのだよー」と生姜湯を飲んでいく。

「最後は生姜湯か紹興酒飲むって、中華って奥が深い……」
「陰陽のバランスを整えるのは、他にはない考えかもしれませんね」
 生姜湯を飲むクーへ高音が微笑むと、クーは「奥が深い」と感心したように呟く。
「十架ちゃん、舌を火傷しないように気をつけてね?」
「うん。ふーふー……する、わ」
 高音が十架にだけは異なる口調で言葉を掛けると、生姜湯が入ったカップを手にする十架は、文字通りふーふーして飲んでいる。
「回憶旅行社への挨拶も懇親会もハプニングあれど上手くいって何よりじゃ。人と人との繋がりや人脈作りは今後の武器となるじゃろうし、わらわ達の活力になりえるからの」
「本当にそうですね」
 カグヤの言葉に高音が頷いた。

「今日はおいしい料理をありがとう」
 クーが店主へお礼を言っていると、先に店を出たドロシーが明斗へスケッチブックを見せている。
『夜はエビチリがいい』
 明斗がまだ食べる気かと呆れている様子だったが、ドロシーはスケッチブックを押しつけ、自分の意見を強行する気満々であった。

 美味しいもの、楽しいひと時……帰りの足取りも軽くなりそうだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535

重体一覧

参加者

  • うーまーいーぞー!!
    天原 一真aa0188
    人間|17才|男性|生命
  • エージェント
    ミアキス エヴォルツィオンaa0188hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • 薔薇崩し
    柏崎 灰司aa0255
    人間|25才|男性|攻撃
  • うーまーいーぞー!!
    ティア・ドロップaa0255hero001
    英雄|17才|女性|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • エージェント
    レヴィ・クロフォードaa0442
    人間|24才|男性|命中
  • うーまーいーぞー!!
    リオ・メイフィールドaa0442hero001
    英雄|14才|?|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • エージェント
    楠元 千里aa1042
    人間|18才|男性|防御
  • うーまーいーぞー!!
    マティアスaa1042hero001
    英雄|10才|男性|バト
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