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【相談卓】森蝕の根株
最終発言2018/10/25 05:38:59 -
【質問卓】
最終発言2018/10/22 23:41:30 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/10/25 01:50:01
オープニング
●
「供給源が断たれたか」
D.D.の苛立ちの表情と抑えた激情が手に取るようにわかる。
培養槽の中で眠る長い長い髪の女性、『エスペランツァ』。
彼女を目覚めさせるためだけにこれまで奔走していたのだ。やっと起動の目途が立った矢先に、彼女にライヴスを供給していた施設が幾つも制圧され装置が破壊されたと言う事件は無数の命を弄んで来たこの男をして平静ではいられなかった。
「あと少し、あと少しだ……完成すればもう彼女は何物にも殺す事のできない存在になると言うのに!」
叫んだと思ったら急に黙り込んだD.D.だが、その頭の中では様々な手段が編み出され取捨選択されているのだろう。
放っておいても最適解を見つけ出すかも知れないが、それでは少々困る。
「しょうがないわね」
ディー・ディーはその思考を中断させるために口を開く。
「あんまり効率が良くないし、私のペットのためにとっておいたんだけど、私のペットがかなり壊されたでしょう? その残滓は完全に消えていないの。今は特にね」
ディー・ディーの言葉の意味を理解したD.D.はメリットとデメリットを天秤にかける。
「分かった。エスペランツァの移動準備をする」
「私の方も準備しておくわね」
ディー・ディーはそう言って部屋の外に出て行く。
「こうなるとあの子にもう少し頑張ってもらいたいけど、どうかしらね」
D.D.が『目』として使っていたあれはディー・ディーの『目』でもあった。
世界の混沌化が始まったためにディー・ディー細胞を使用したものは徐々に浸食が進んで行っている。
「すでに『王』は降臨なされた。私の方も仕上げに入らないといけないわ」
ディー・ディーは自分のやりたい事しかしない。他の愚神や自分の従魔がいくら殺されようとも気にしない。何故ならその全ては『王』のためになるのだから。『王』のために在るのが己なのだから。
行き先は南米アマゾン。
彼の地で起きた戦いの残滓は世界の混沌化により再び目覚めようとしていた。
●
ニューヨーク支部の一室。先のライヴス生産補給装置破壊作戦の報告書と共に現在の状況を報告したタオ・リーツェンはぐったりと椅子にもたれていた。
「すげえ怒られた……」
ケッツァー・カヴァーリはさもありなんとしたり顔だ。
「送り出した部下が自殺を考えていたとあってはのう」
「何他人事みたいな顔してやがる。俺に賛同したアンタも覚悟しとけよ!」
睨みつけて来るタオの目を、ケッツァーは複雑な気持ちで見返す。
「D.D.とやらの因縁は何処までもお前を祟るようじゃのう」
タオの義眼と義肢は当時アルター社の裏で活動していたD.D.が作り出した物だと判明している。
以前ほぼ完全な状態で入手できたRGW兵の脳を解析した時、タオの義眼と義肢にも同様の波長が見られる事に気付いた。そこから分かったのはタオの義眼―――脳と繋がっているそれをD.D.がモニタリングし、タオは図らずも周囲の情報を流すスパイとなっていたと言う事実だ。
そして『王』が出現し、世界の混沌化が始まった頃にタオにも異変が起きた。
黒い義眼は若草色に変色し、両手足の義肢には異形化の片鱗が現れた。従魔化である。
これまでもD.D.に関わる中で激情に振り回され心身共に疲弊してきたタオはここにきてその気力も尽き、自我を無くす前にと自死を望み、ケッツァーもまた従魔と化すくらいならと介錯する覚悟をした。
しかし報告を受けたニューヨーク支部長エルヴィス・ランスローとギアナ支部長M・Aが説教と共に『即刻集中治療だ! 贖罪の機会なら生きていれば必ず来る!』と研究所に放り込もうとして周囲を巻き込む大騒ぎになった。
「おい笑ってんじゃねえよ。このままだと俺は従魔化、アンタも下手すりゃ邪英化だ」
「わかっとるわい」
タオの異変は日を追う毎に増していく。義眼と頭部に着けた機械はモニタリングを防ぐために作った物だ。従魔化の進行を防ぐ事はできない。
「何とかするならD.D.かディー・ディー、どちらかの技術知識は必要か……」
思考の海に沈みかけたタオは緊急連絡を伝えるアラームによって引き戻された。
●
「南米アマゾンでライヴスの異常が発生、同時にプリセンサーが多数の従魔の出現を察知しました」
タオの言葉にブリーフィングルームに緊張が走る。
緊急連絡で伝えられたのはインカ・ギアナ支部からの【森蝕】を彷彿とさせる異常事態報告であった。
すでにインカ・ギアナ支部のエージェント達がその対処を始めているが、タオが担当する事になったのは未だ見ぬ脅威『エスペランツァ』と、全ての元凶である愚神ディー・ディーとD.D.の同時出現であった。
「先の任務で手に入れた情報の中にこの事件を示唆する地図がありました」
『エスペランツァ』に供給されるライヴスを断つためのライヴス生産・補給装置の破壊作戦。
タオが同行したエージェントチームは作戦を成功させた上で情報を手に入れる事にも成功していた。
世界地図の上にいくつも書かれたマーカー。
特に中南米はアマゾンを中心にマーカーが集中しており、それを【森蝕】の事件発生地点と重ねるとほぼ一致する。
「ヤツ、失礼。彼等は『エスペランツァ』へのライヴス供給源が断たれ、直接ライヴスを補給する手段に出たと思われます」
これまで倒された愚神・従魔が混沌化への布石だったとしたら【森蝕】で倒された数多くの愚神・従魔の残滓が残るアマゾンは従魔の再出現とライヴスの採取に最適だとタオは言う。
「皆さんには、『エスペランツァ』の破壊、もしくはディー・ディーとD.D.の撃破・捕縛を狙ってもらいます」
プリセンサーが察知したのは出現までだったが、位置ならばほぼ正確に割り出せると言う。
「私は彼等の『目』でした。それを逆探知する事で位置を割り出します」
タオは人前では閉じて糸目にしている目を開き義手を覆うグローブを外す。
若草色の瞳と義手に纏わり付く血管のような物。義手そのものも変形している。
「RGWに愚神の細胞をもとにした物が使われているのはご存知ですね? 私の義眼・義肢にも私自身のライヴスに紛れる程度ですがディー・ディーの細胞が使われていました。そして私の『目』に干渉する事で周囲の状況を見ていたようです」
図らずもスパイとなっていた事を告白したタオはそれでも同行を願い出た。
「ディー・ディー細胞は私と同化し、異形化……つまり従魔化が進行しています。従魔化を止めるには細胞の持ち主であるディー・ディーか、これを作ったD.D.の技術知識が必要と考えています」
タオは深く頭を下げる。
「命懸けで任務に当たってくださる皆様には申し訳ないと思っています。事が終われば如何なる処分も受けましょう。ですが、今はどうか任務の達成と協力をお願いします」
解説
●目的
・『エスペランツァ』の破壊
・愚神ディー・ディー/D.D.どちらかの撃破か捕縛
●状況
・南米アマゾンの密林
愚神ディー・ディー/D.D.が『エスペランツァ』を伴って出現する地点から約10km離れた場所からスタート。周辺はライヴスの異常でジャミングが掛かっているような状況
密林の木々は異常発達し道中の視界は悪いが敵出現地点半径100mはかつての戦闘の名残で拓けている
●敵
・『RGW兵:シールド』×10
盾型RGW装備
対物・対魔能力と生命力が高くカバーリング性能に優れる
・特殊スキル
・「エスカヴェランテ」/1ラウンド中防御大アップ、移動不可。味方ダメージを肩代わりする
・『RGW:アサルト』×15
ライフルと大型ナイフのRGWで武装
物理攻撃・命中高め
・特殊スキル
・「ガッビヤーネ」/敵一体をスタン(拘束)
・『ディー・ディー』/トリブヌス級愚神
戦闘は不得手だが高いバフ・デバフ技能を持つ
・特殊スキル
・「アクアマンティード」/薬であり毒でもある。一回の使用につき一つの効果
攻撃↑・防御↓
命中↑・回避↓
範囲300mの敵に毒(減退)
・「変質」/蓄積したダメージの3割分を回復
・「合成」/危険な状態で使用すると思われるが詳細不明
・『D.D.』/人間
ステータスは人間以上。高い生命力と再生能力を持つが戦闘は不得手
・特殊スキル
・「グラッツィオーネ」/特殊な薬品が入った弾丸。数種類を使い分ける
防御・回避↑
小回復・確率でBS解除
敵に封印
・「自己再生」:自身を中回復・BS解除
●NPC
・『タオ・リーツェン』/カオティックブレイドスキルを使用
従魔化により能力が向上。範囲と射程に+補正
「待機」か「参戦」かは指示に従う
・特殊/「待機」
「援護」/味方に確率でBS解除
「狙撃」/敵に封印か拘束
・特殊/「参戦」
「結界装置」/範囲内に特殊抵抗↑
「回復装置」/範囲内にラウンド中1~3回微量回復
リプレイ
●かつての傷痕
南米アマゾン。以前ラグナロクとの戦いで傷ついた密林は世界の混沌化によって再びかつての戦場であった頃のような異常事態を引き起こしていた。
周囲の木々は捩れ曲がりまるで絡み合う蛇を思わせる。フォレストホッパーやジャングルランナーを駆使して移動してはいるが、ともすれば曲がりくねった木の枝や蔓に足を取られそうになる。
「因縁の地、という奴だな」
『この場所で負ける訳にはいかないよね』
日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)が思い返すのはかつてこの地で戦った一人の男の事。
「トールさん達のいた、この地で、また戦いですね」
泉 杏樹(aa0045)もその一人だ。
『皆様のご無事を、お守りいたしましょう。お手伝いさせていただきます』
共鳴した榊 守(aa0045hero001)の言葉に頷き、感傷を振り払う。
タオ・リーツェン(az0092)から八朔 カゲリ(aa0098)とその英雄ナラカ(aa0098hero001)がアマゾン全域の異常事態に足止めを食らい、インカ・ギアナ支部のエージェントが共に対処していると聞いた。
次は我が身と麻生 遊夜(aa0452)が肩を竦めると、共鳴しているユフォアリーヤ(aa0452hero001)の気持ちを反映して尾が垂れる。
「やれやれ、密林の異常発達とは……」
『……ん、着くのに時間が掛かる…効率良く行かないと、ね』
ライヴスの異常によりオートマッピングシートも時々動作不良を起こしたかのように乱れ、マッピングツールセットによるアナログ手法の方が楽なくらいだ。
「まずは現場に向かいましょう」
ナイチンゲール(aa4840)は悪路を慎重に進む。善知鳥(aa4840hero002) と共鳴しているとは言え、その悪路は一筋縄にはいかなかった。
『オートマッピングシートも鷹の目も万全とは言えないか……』
共鳴し今は外見だけを表に残している御童 紗希(aa0339)の難しそうな声音にカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)も舌打ちでもしたい気分だ。
『鷹はライヴスで生成されている。それが引っ掛かったのかもな』
だが全く利用できないかと言えばそうではない。十全の能力こそ発揮できないが、カイ達が肉眼で確認するよりははるかに優れた偵察だ。
「タオさん……自分で命を絶とうとしたって話、本当ですか」
そんな中、藤咲 仁菜(aa3237)が言わずにはいられなかったと口を開く。
タオはディー・ディーの細胞が使用されていた義肢と義眼をそうと知らず使い続け、タオ自身のライヴスに紛れてゆっくりと浸食していったそれは世界の混沌化によって従魔化と言う形で表出したと聞いた。
彼の義眼を通して情報がD.D.側に漏れていた事も、その事実に対する衝撃と嫌悪感に、従魔化によって自我を失う前に、自殺しようとした事も。
「私達は、仲間は……そんなに頼りないですか?」
仁菜はタオを仲間だと思っていた。タオが追い詰められ一人ではどうしようもない時、助けを求められなかった、頼ってくれなかった事が悔しい。
『ニーナ落ち着いて。タオさんを助けるために、 どうすればいいか分かっているだろ?』
「分かってるけど……」
二人のやりとりにタオはどう言ったものかと迷い、いつもの胡散臭い笑顔の八の字眉を本当に困ったように下げた。
「それについては随分怒られました」
最初は自分の英雄に、彼を説き伏せた後周囲にも。
「今更ですが、改めて皆さんを頼らせて下さい」
タオの言葉に、仁菜の言葉が聞こえてから視線はともかく意識だけをこちらに向けていたエージェント達が頷く。
浸食は隠しようがない程に進み、変形した義手には拘束具を巻いている有様だ。
『タオさん、心配っすね……。頑張らないとっす』
君島 耿太郎(aa4682)が気負うのをアークトゥルス(aa4682hero001)が諫める。
「出来るならば今後の脅威となりうるエスペランツァも対処しておきたいところだが……何をすべきか、何が出来るのか、きちんと見極めねばな」
しばらくして先頭にいた仙寿が敵を発見したと戻って来る。
『第一目標はD.D.の捕縛。D.D.から情報を引き出すためにエスペランツァを人質にする』
仁菜に共鳴しているリオンの声は他には聞こえない。
しかし、エージェント達はまるでその声が聞こえていたかのように一斉に行動を開始した。
●潜む者、踏み込む者
かつての戦闘の名残で拓けた場所に飛び込み、ナイチンゲールは居並ぶ敵を睥睨する。
「久しぶりだね。あなた達の”希望”は今日潰える。私達が止めてみせる!」
捻じれ曲がった密林の木々を背に、二十を越える黒ずくめにガスマスクのRGW兵。守られているのは若草色の愚神ディー・ディーと、白衣を纏った狂気の科学者D.D.、そして液体を満たした培養槽の中で眠る長い長い髪の女性。
「彼女がエスペランツァ……」
仁菜は培養槽に浮かぶ姿を見詰める。
D.D.がデイモン・ダイアーであった頃に失った妻。何を犠牲にしても蘇らせようとしている愛する人。
「ふふふ。やっぱり来たのね」
ディー・ディーがくすくすと笑う。追い詰められているはずなのに、実に楽し気に。
ギリッと歯を食い縛る音はタオのものだろう。ディー・ディーの目はタオの従魔化している部分を見ていた。
「わたし、前にこう言ったの。『代償は払ってもらう』って」
エスペランツァを起動するために必要なライヴス供給装置も、そこにライヴスを送る為の生産装置もH.O.P.E.によって破壊された。その時にディー・ディーは宣言した。
「一つ目、さっそく払ってもらうわね」
ディー・ディーが小さな手をエージェント達に向けると、RGW兵が一斉に動き出した。
前衛に大盾を持った者、その後ろにライフルを持った者が布陣し、守護対象となる二人と一つを囲む。武装はすべてRGW。強力な攻撃を杏樹が受け止める。
「過去は代えられなくても、未来は変えられるの」
杏樹はRGW兵の後ろにいるD.D.を見る。
「今、杏樹ができる事は、D,D,さんに、お願いする事、です」
雨霰と降り注ぐRGW兵の攻撃に怯む事無く、杏樹は敵の前に立つ。
密林に響く戦闘音。敵に囲まれているにも関わらずディー・ディーは口元に笑みを浮かべたまま。
カイはあまりに平然とした愚神の様子に不気味さを感じた。
「ディー・ディーとか言う愚神、物腰は柔らかいが何を考えてるのか全く読めねえ」
代償を払わせると言っておきながら、エージェント達に見付かるのは分かり切った場所に虎の子のはずのエスペランツァと協力者であるD.D.を連れて来たのだ。
「何か目的があってダイアーと行動している事は間違いない……が奴は愚神だ。イレギュラーな事態が発生すれば容赦なくダイアーを切り捨てに来るはずだ」
そのタイミングが何時になるかと警戒しながらヘパイストスの強力な火力を以て敵を牽制するが、一体が目に見えるほどにダメージを受け、それ以外にはダメージが入っているようには思えない。
「味方のダメージを肩代わりしているのか」
アークトゥルスはならばとその一体を狙う。
アタックブレイブにより強化した一撃を浴びせ即座に後退。包囲すべく追いすがる敵はナイチンゲールのロザリオから放たれた無数花びらが迎え撃つが、そのダメージは肩代わりしているRGW兵にのみ届く。
「いいわね。その調子で頑張ってちょうだい。簡単には死なないでね?」
ディー・ディーがそう言った直後、周囲の空気が人体を害するものに覆われる。
「この毒ならプリベントで対抗できるみたいだけど……」
仁奈はクリーンエリアを使い周囲をライヴスの光で満たし培養槽を見る。
これがエスペランツァの持つライヴスを吸収する機能まで防いでいるのかは不明だ。
「きちんと対処を考えているのね」
仁菜の声が聞こえていたのか、確かに今ディー・ディーと目が合った気がした。口元以外はベールに隠れている筈だが、確かに仁菜が毒に対処した所をじっと見ていた。
「あなたも動かないと駄目なんじゃない?」
「言われるまでもない」
D.D.が腰から抜いた奇妙な形の銃から打ち出された弾丸は味方の背で飛散し、能力を向上させる。
「彼女の邪魔はさせない」
D.D.が言う”彼女”と言うのはディー・ディーではなくエスペランツァの方だろう。
「さっきも言ったけど、その”希望”は私達が止めるわ」
ナイチンゲールのロザリオが煌めき、居並ぶRGW兵を攻撃して行く。
味方の攻撃を肩代わりする一体がいるだけでそのダメージはほぼ無効化されて行くが、肩代わりしている一体の消耗はその分早い。
それを狙わせまいとライフルのRGW兵がナイチンゲールを撃つ。
瞬間感じる体が硬直する感覚。拘束されたナイチンゲールに集中する攻撃を杏樹とアークトゥルスが防いた。
「わらわら集るんじゃねえ!」
味方の攻撃に足を止めた敵をカイがヘバイストスで狙い撃つ。すぐさま大盾が守りに入り攻撃を軽減。
ナイフを手に飛び込んで来た敵は仁奈が盾を利用して受け流し隙を生み出す。
「今回はこちらも精鋭ぞろいだ。易々と止まると思うなよ」
アークトゥルスが踏み込み、態勢を崩した所を切り裂いた。
「連中を近付けるな」
D.D.がRGW兵に指示を出す。
「彼女が目覚めるまで、あと少しなんだ」
冷たい表情、冷たい声。しかしD.D.の目は培養槽のエスペランツァを見上げていた。
「そのためにあなたは……」
エージェント達を援護するため持ち込んだ装置を動かしていたタオの苦し気な声が聞こえた。
仁菜は彼女を『完成させる』ために、D.D.が犠牲にしてきた多くの人々を、命を思う。
「私は世界のために目の前の誰かを犠牲にするなんて嫌だよ。諦めない」
エスペランツァの詳細は不明だが、破壊しなければ脅威となるのは明白。だがD.D.の全てをかけた彼女を破壊すればD.D.の捕縛に成功しても協力は得られないだろう。
「世界も仲間も守る術を探すんだ」
その為の一手を担う仲間達の行動を待ち、RGW兵に立ち向かう。
●王手狙い
激化する戦いの中心部から離れた場所で遊夜は潜伏し絡み合う木々の間をひっそりと移動していた。
「さて、遂に御対面か」
『……ん、すべての元凶……でも今は、確保が先』
ユフォアリーヤは遊夜の目を通してD.D.とディー・ディーに挟まれた状態で置かれた培養槽を見ている。
味方はRGW兵に阻まれ近付けない。そのように見える。無論培養槽に近付くのは容易でないのは確かだが、彼等には彼等の狙いがあるのだ。
「位置良し、風良し、遮蔽物無し……絶好の狙撃日和だな」
『……ん、範囲は全部……ボク達の手の中、誰も逃げられないの』
ディー・ディーの毒は遊夜の体にも影響を与えていたが、その程度で猟犬の名を持つ銃口は揺らがない。
数の有利を活かして味方を押し切ろうとするRGW兵を狙い引き金を引く。
一発、二発、三発―――そうして攻撃を続けていると、流石に狙撃されている事には気付かれる。
「ま、気付かれても良い訳だが……」
狙撃手を探して目を逸らした敵を、アークトゥルスと仁菜が仕留めた。
今中心で戦っている仲間は遊夜と同じく『その時』を待っている。
(まだこちらには気付かれていないな……)
遊夜が別行動を取ったように、仙寿も己の役目を果たすため潜伏していた。
(小夜の方は……)
仙寿の言う小夜、つまりナイチンゲールの様子を窺う。
戦闘はRGW兵側の有利に傾き、エージェント達は押され気味だ。じりじりと後退して行く味方を仙寿は冷静に見詰める。
「あらあらどうしたの? もっと頑張ってくれないと困るわ」
ディー・ディーがため息をつきそうな様子で手に頬を当てている。
D.D.は相変わらず冷たい表情を崩しもせずに銃弾を味方に、敵に向ける。
味方の能力を向上させる弾丸は敵であるエージェントに当たれば強烈なプレッシャーにより力を制限する効果があるらしく、特にライフル持ちのRGW兵のスタンと合わさると実に面倒なものだった。
「次から次へと……!」
タオも従魔化によって向上した能力と装置を駆使して味方の援護をしているが、仁菜と杏樹のスキルは怒涛と言ってもいいデバフと手数に消費し、演技抜きに味方の不利に傾く時がある。
(まだだ……焦るな……)
仲間を信じ、仙寿は待つ。
その時、仙寿とは違う場所にRGW兵が銃口を向けた。
(もしや遊夜が見付かったか)
RGW兵の輪の中から数体がそちらに向かうのが見える。
仙寿の懸念通り、そのRGW兵が向かった先には遊夜が潜んでいたが―――。
「見付かったな」
『……ん、でもこっちばかり……見てたら、足元がお留守……だよ?』
意味深なユフォアリーヤの呟きに遊夜がニヤリと笑う。
「俺らはあくまで狙撃と陽動、本隊から目を離すと危ないぜ?」
何せ皆はこの好機を待っていたのだから。
たん、と。ナイチンゲールが地を蹴り空へと舞い上がる。
縛られぬ者、その名の通りに敵の圧力からも重力からも捕らわれず、目指す先へ向かう。
「おっとすまんね、そこは一時停止だ」
ナイチンゲールに気付き転身しようとした敵を遊夜の銃弾が撃ち抜く。
『……ん、今忙しいから……邪魔しちゃダメよ?』
中心部にいるエージェント達も陽動のための攻撃から敵を抑え込むための攻撃に転じる。
ナイチンゲールに気付いたのはディー・ディーとD.D.も同じだが、そこにこの機を狙っていた仙寿が動く。
「邪魔はさせん」
放たれたライヴスの針はD.D.のライヴスをかき乱す事には成功する。
D.D.の冷たい目に初めて感情らしき物が見て取れた。
「全員動かないで!」
ナイチンゲールから放たれた碧の王のオーラが風を巻き上げ竜巻の如き風圧で培養槽の側にいたD.D.とディー・ディーに叩きつけられる。
「動くな。さもなくば彼女を壊す」
仙寿が小烏丸の切っ先を培養槽の中にいるエスペランツァに向けるとD.D.の目が燃え上がった。
「貴様……!」
D.D.が感情を剥き出しに仙寿とナイチンゲールを睨むが、下手な攻撃をしてくる事はない。
RGWの開発者たるD.D.は二人の持つ武器と培養槽の耐久力を計算し、充分破壊できると答えを出していた上に、中央部で戦っていたエージェント達がそこに合流してしまったのだ。
「あなた達、止まりなさい」
ディー・ディーが手を軽く上げるRGW兵の動きが止まる。
大盾と銃は下ろされナイフは鞘に収まった。それは寸前まで戦っていたエージェント達が驚くほどあっさりと。
「妙な気を起こしたら……焼き尽くす」
不気味なほど大人しくなったRGW兵とディー・ディーを怪しみながらもナイチンゲールはD.D.に視線を向ける。
これで王手だと思いたかった。
言いようのない不気味さを抑え、D.D.に投降を呼び掛ける。
●キャスリング
「貴様等の狙いはエスペランツァか、それとも私か」
冷静なD.D.の声と視線。
先ほど見えた激情は欠片も感じられなくなっていた。
「貴方の研究は、沢山の人を、悲しませたかもしれません」
まだ陣形を崩さないRGW兵を警戒しながら、杏樹がD.D.に呼び掛ける。
「でも、これから、沢山の人を、救うこともできるの。だから、一緒に来て、ください、です」
ナイチンゲールと仙寿に武器を突き付けられた培養槽を見詰めるD.D.は杏樹を見ようともしない。
だがその頭の中に何らかの思考が巡っているだろう事は分かる。
「あなた達」
そこに割り込んで来たのはディー・ディーだった。
「彼女を殺すの? 彼女はここにいる子と違ってまだ動けない。何もできない。何もしていない。ただ眠っているだけのなんの罪もない子よ。それを殺すと言うのかしら?」
酷い事を考えるのねとディー・ディーは悲しそうに首を振る。
「あなたはどうなの? なんの罪もない子とやらを王の為に使う気なんじゃないの?」
ナイチンゲールがそう言い返しD.D.とディー・ディーの反応を窺う。
「わたしはわたしのやりたい事しかしないわ」
小揺るぎもせず言い切るディー・ディー。
対するD.D.は培養槽の中で眠るエスペランツァを見詰めていた。
「―――……」
唇が動き何か言ったようだったが、その声は誰にも聞こえない。
次に口を開いたD.D.ははっきりと言った。
「エスペランツァを無傷で解放するなら、私は投降しよう。これを受けないならばエスペランツァごと貴様らを攻撃する」
しんと場が静まる。
「彼女はお前の妻ではないのか? 愛しているからこんな事をしたのではないのか?」
仙寿の問いにD.D.の目に再び激情が燃え上がった。
「それは私の妻だ。私の物だ。それを、私の妻を! 貴様らが我が物顔で手に入れ、好き勝手に弄り回すのに耐えろと、指をくわえて見ていろと言うのか!」
それならば壊す。貴様らの好きにさせるくらいなら壊す。
D.D.の血を吐くような声が響き渡る。
「選べ! 私か妻か。いや私を選べ。妻を解放しろ! もう二度となにものにも妻を殺させはしない!」
D.D.の叫びを聞いたエージェント達はエスペランツァを人質にすると言う選択肢を捨てざるを得ないと判断した。
もしここでD.D.に偽りの解放を告げて後でそれを反故にしたとする。
「そうしたらきっと、D.D.は情報をくれない……」
仁菜はタオが助かる可能性を潰したくなかった。
「全てを得ようとして全てを失う事態だけは避けたいところだからな」
アークトゥルスは仁菜に賛同を示してナイチンゲールに視線を送る。
「……武器を捨ててこっちへ」
ナイチンゲールがD.D.を促すと、銃をガンベルトごと放棄してエージェント達の方へ歩いてくる。
カイはその間もディー・ディーを警戒していた。
彼女が目の前で起きているやり取りに口を出したのは最初の一言だけ。その後は沈黙を続けている。
「マリ、愚神を注意して見とけ。不穏な動きをしたら泉にすぐ知らせる」
『分かった』
警戒を促された沙希はカイの目を通してうっすら微笑んでいるように見えるディー・ディーを注視する。
「そう、その人を連れて行くのね」
じっとしていたディー・ディーが唐突に口を開いた。
「でも仕方ないわ。彼女を壊される訳にはいかないものね。ああ……残念だわ。もっと丁寧に仕上げたかったのに」
ディー・ディーの口元には無邪気な笑み。
その手がすっと上がるのをカイと沙希が見た。
『来る!』
「全員撤退だ!」
カイの叫びとディー・ディーの手が振り下ろされるのはほぼ同時。
一瞬の間を置いてRGW兵の武器が一斉にエージェントと、拘束されたD.D.に向けられた。
一斉に放たれた銃声は耳を劈く轟音となり、土煙と血煙が混ざったものが視界を覆う。
「言っただろう。今回はこちらも精鋭揃いだと」
その煙の中で 雨霰と降り注いだ銃弾を受け止めたアークトゥルスは揺らぎもせずに立つ。
「愚神とは、仲良くなれない。ヘイシズさんが、教えてくれた事です。だから、申し訳ありませんが、こうなる事は、予想してたの、です」
「仲間は誰一人死なせない」
杏樹と仁菜は盾を構え油断なく土煙の間からディー・ディーを見据えていた。
「『許さない、代償は必ず払ってもらう』だっけか?」
『……ん、ふふ……ひとつひとつ、踏み倒してあげる……楽しみにしてて、ね?』
遊夜がユフォアリーヤと同じように揶揄うように笑い、ここぞと狙った攻撃を防がれたRGW兵とディー・ディーに向けて目くらましのフラッシュバンを叩きつけた。
もちろんそれだけでRGW兵が止まるとは考えていない。
「それじゃ……カイ、皆。どうせ置いてったってろくなことに使われないもの。ひと思いに」
「おう」
ナイチンゲールに同意してカイが 十六連装のロケットランチャーを構える。
「貴様……!」
瞬時に燃え上がったD.D.を仙寿が抱えて走り出す。
背後で起こるロケットランチャーの爆発音と続く銃弾が飛び交う音も気にせず全速力でその場から離れる。
●エスペランツァ=ディー・ディー
「……やられた。と、言えばいいのかしら?」
土煙と血煙が晴れた後、不格好に抉られた場所に倒れているのは数体のRGW兵のみ。
カイのカチューシャはエスペランツァを狙ったものではなかったのだ。
ディー・ディーはまんまと逃げだしたエージェント達を追おうとするRGW兵を制するとD.D.の代わりに残された培養槽に近付く。
ディー・ディーのまだ幼い手が触れた瞬間培養槽は粉々に砕け散り、溢れる液体と共にエスペランツァの体が外に放り出される。
「完璧に仕上げたかったけど……」
倒れて来たエスペランツァをディー・ディーは軽々と受け止め、居並ぶRGW兵を見回した。
「あなた達でも少しは”足し”になるものね」
その瞬間をエージェント達が見ていたら、きっとこんな事を思うだろう。
まるでそれは、蟷螂の雌が雄を食い殺すような。ただの捕食にはない空恐ろしい光景であったと。
「残念だわ。本当に残念。一生懸命働いてくれたD.D.にあの子。あなた達も全部食べてあげたかったのに。ああ、きっととってもおいしかったでしょうに……」
彼が食われる時に見せる絶望と怒りはきっととても愛らしかったはず。
私の細胞を良く沁み込ませた子はきっととても馴染んだはず。
うっとりと言うその声は少女のものではなく成人した女性のもの。無邪気にほほ笑む顔は優し気で、若草色に変色した長い長い髪が女性らしい丸みを帯びた体にかかる。
「代償は払って貰うと言ったでしょう?」
ディー・ディーは今や自分の物となったエスペランツァの背に薄緑色の翅を生やして飛び立つ。
アマゾンに発生した異常事態に紛れエスペランツァのライヴスは隠蔽されたが、空を行く愚神の姿は密林で活動していたインカ・ギアナ支部のエージェント達の肉眼でははっきり捉える事ができた。
彼等の報告を受けてインカ・ギアナ支部はニューヨーク支部に連絡を取り、両者に『エスペランツァ=ディー・ディーの出現』の報が走る事になる。
一方で、エージェント達が捕縛に成功したD.D.は厳重な監視下に置かれる事になった。
「やはり彼女は奴が取り込んだか」
拘束されたD.D.は不思議と反抗的な態度をとる訳でもなく、面会のエージェント達の『エスペランツァ=ディー・ディーの出現』と言う話にも大きな反応を見せなかった。
「愚神であるディー・ディーは王の為に動く。完成したエスペランツァに何もしないとは思っていなかったが……」
仙寿が眉をひそめる。
ナイチンゲールはディー・ディーに取り込まれる事を予測しながらあの場に残したと言うD.D.の決断に問い掛けずにはいられなかった。
「あなたはそこまで私達に彼女を渡したくなかったんですか?」
「言うまでもない」
仁菜の質問にD.D.は未だ従魔化が続くタオに目をやりながら言った。
「貴様らに彼女を渡せば、彼女は『生きたまま』解剖され細胞の一変に至るまで暴かれる。丁度、そいつが手に掛けて来た『犠牲者』のようにな」
「何を……ッ!」
その物言いにタオが反射的に飛び出したが、胸倉を掴もうとした手はD.D.を囲う壁に阻まれた。
「あなたがっ、テメエがそれを言うな! 俺の父親を、支部の人達を、無関係の人間を……たった一人のために犠牲にし続けたテメエが!」
ガンガンと壁を叩くタオの腕から、叫ぶタオの頭部から異音がした。
「おいタオ、そこまでにしとけ」
「タオさん、落ち着くっす」
いやな予感がしたカイと耿太郎がタオを引き剥がすと、突然うずくまったタオの顔半分と義肢にひび割れのような物が走り、細い亀裂の奥に何かが蠢いているのが見えた。
「随分と浸食が進んだようだな」
無関心に言うD.D.に杏樹は訴える。
「タオさんの、従魔化を止めたい、です。方法は、ないんですか?」
黙るD.D.を遊夜が煽る。
「俺らに弄られるのは駄目で、愚神にいいようにされるのはいいって?」
その煽りに反応した訳ではないが、D.D.はタオとエージェント達をじとりと見回しでは条件だと言った。
「貴様らに協力してやろう。だがあの愚神を殺した後はエスペランツァを私に返せ。私は彼女さえ完成すればそれでいい」
さあどうする。
エスペランツァと一つになった愚神ディー・ディー。その脅威は現実の物となるだろう。
エージェント達がどう答えるか、D.D.は分かり切った上で問いかけたのだ。自分の条件を飲むしかないと。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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