本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】剣の墓、カオティックブレイド

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/10/26 20:02

掲示板

オープニング

●異界の侵入
 エジプト──カイトベイ要塞では今日も愚神に倒されたファロス灯台の撤去作業が行われていた。再建された現代の塔であるとは言え、高さ百四十メートルもの塔が折れたのである。瓦礫も、そして周辺への被害も甚大であった。
 その日、一人の作業員がふと違和感を感じた。嘘か実か占星術師の家系であると嘯く何かと聡い男であった。ぶるりと身を震わすと、彼は仲間達に声をかけた。
「すぐに、ここから出ろ!」
 未だ落石もある現場である。仲間たちは男と共に慌てて走り出した。
 ……強烈な違和感。
「ひっ」
 空気が変わった気がして、全員がはじめの男のように身を震わせた。
 恐る恐る振り返ると……そこには、折れた灯台も要塞も消えていた。
 その代わり、古めかしくも厳つい大門がじっと立っていたのである。
「なんだ、あれは」
 はじめの男はそれを見上げた。
 知識があれば、それが日本の城郭にある大手門によく似たものであるとわかっただろう。そこには墨を含ませた筆で綴ったような文字が書きつけてあったが、それはうぞうぞと形を変え判読を拒んでいた。
 だが、男は解らなかったし、門は人を跳ね退けるような圧を放ってぴったりと閉まっていた。
 ──突如現れたこの怪奇な門についてH.O.P.E.へと調査依頼が届いたのは、それからすぐ後である。


 門へと向かうバスに乗る前に、ゼルマ・ニル(az0004hero002)は相棒のミュシャ・ラインハルト(az0004)を呼び止めた。
 先日の祭りで彼女と距離を縮めたミュシャは気軽にそれに応じたが。
「ゼルマ?」
 意外にもゼルマはミュシャの背を抱いて顔を埋めた。
「……お願いがあるの。今から私がいいと言うまで、ずっと共鳴をして欲しいのよ」
「えっ」
 エージェントたちは現場に着くまで共鳴しない事が多い。だが、ゼルマの常ならず振る舞いに彼女はそれを受け入れた。
「それから」
 ゼルマは言った。合図をしたらエージェントが全員集まるように話を通して欲しいのだと。



●魔女の約束
 エージェントたちが件の門の前に揃った時には、既に彼らはいた。
「もう来てしまったの?」
 部下を従えて、柔らかな微笑みで出迎えたのはセラエノのアイテール(az0124)だ。この現象をH.O.P.E.が知ったのと同時に、現在協力関係にあるセラエノ側から助力の申し出があったのだ。
「この門について、心当たりがあるという事だが」
 ミュシャが硬い表情なのは、共鳴したゼルマの緊張が伝わるからだ。
「ええ。この門はどう触れても開くことはない。上空から試みても、まるで墨のような闇に阻まれて覗くことも入ることもできない、でしたわね」
 にっこりと笑う彼女は華奢で無害な女性に見える。
 ──だが、しょせんはヴィランだ。
 ミュシャは冷ややかに彼女を見た。
「開けても、よろしいかしら?」
 そう言って、アイテールは小さなランタンを取り出した。古い鉄のそれにはぬらりと生々しい眼球が嵌め込まれていた。棘薔薇の魔女はそれを門の文字に近づける。
 目玉が動き、魔女の小さな唇がくっと喜びを現す。
「──たとえ、かたちは違えども、われらはこの世を護るつるぎである。蚕食する魔王、エレン・シュキガルと戦いし尊き魂よ、ここに眠れ」
 アイテールの魔力の篭った声がそれを読み上げると、文字は動きを止め、門はゆっくりと重い音を立てて左右に開いた。
「エレン……」
 その名に顔色を変えるエージェントを後目に、魔女は門をうっとりと見た。
「──さあ、はいりましょう」


 玉砂利が敷き詰められた中世日本のような世界であった。手入れされた松の木や、花びらを散らす桜や桃や梅によく似た木々。また、平屋の小さな建物がいくつも並ぶところを見ると、集落のようなものだと察することができた。
 だが、彼らの目についたのはそれではない。
 刀があった。
 剣があった。
 鎌があった。
 銃があった。
 それから──。
 それらは、欠けて、折れて、砕けて、それでもその生前の姿をどこかに留めてそこに在った。
 無数に、数限りなく。
 集落のあちこちには、それこそ一万や二万はくだらないおびただしい武器の残骸が祀られ、積まれていた。
「ここは……」
 ──流れ星のように尾を引いて、光が空から砂漠へと降り注ぐ。異界の英雄たちが現世界へと堕ちていく。
 ミュシャの脳裏にかつて【神月】作戦で空から落ちたカオティックブレイドたちの様子が浮かぶ。
 アイテールが振り返った。
「カオティックブレイドの世界へようこそ。
 おそらくここは、エレン・シュキガルと戦ったどこかの地方の前線基地、そして滅んだ彼らの墓所なのしょうね」
 これ以上ないほど楽しげに、彼女は笑い声をあげた。
 ──そこは、運命を切り拓くために戦った戦士たちの墓。
『気を確かに。カオティックブレイドは現世界にもいるでしょう?』
 共鳴したゼルマの声に、言葉を失っていたミュシャは我に返った。
 ──そうだ、ここに居たカオティックブレイドたちがすべて死んだと決まったわけではない。
 これらの武器は、もしかしたら、砦の住人の遺体かもしれないが、だが、全てではなく、幾名かはここから逃れて現世界で今誰かの隣にいるかもしれないのだ。
『正気に戻ったかしら?』
 頷くミュシャ。
『なら良かったわ』
 部下たちと土足で建物を調べるアイテールたちを視界に入れつつ、ミュシャたちもまた村を調べ始めた。
「今は、誰もいないようです」
 ぼろぼろの人形を手に呟いたミュシャへ、硬い声でゼルマが言った。
『──やっぱり、全員ここから逃げなさい』
「……どういう事?」
『説明するわ、共鳴を解くから』
 すぐさまミュシャは一緒に乗り込んだ仲間達に合図を送った。村のあちこちに散ったエージェントたちが事前の打ち合わせ通りに集まる。
 大門の前で品定めしているアイテールの前へ共鳴を解いたゼルマが姿を現した。
「聞いて、セラエノと交わした約束は破られたわ。元よりアイテールに共闘の意思はない。周囲を見て、彼女の配下が私たちを狙っている!」
 アイテールは眉を顰めた。
「あら、久しぶりね。アヴィディテのブレイブナイト? ──裏切るの?」
 ゼルマは頷いた。
「どうせ、負けた手兵は死が義務付けられているわ。なら、新しい人生を求めて足掻いてもいいんじゃないかしら?」
「魔女との約束を破るなんて大した度胸ね。そんな人生あるわけないじゃない」
 アイテールの指先が光った。
 ゼルマの袖が破れ、二の腕に刻んだアヴィディテの薔薇から棘が出て彼女を串刺しにした。
 悲鳴を上げるゼルマと彼女に駆け寄るミュシャ。
 アイテールは告げた。
「もっとスマートに仕留めるつもりだったけれど、仕方ないわ。
 魔女に従う真理の探究者たちよ。さあ、増援が来る前に邪魔な彼らを殺しなさい。
 そして、現れたこの異世界から鉄の一片すら残さずに奪い、蹂躙するのよ」

解説

●目的:全員撤退し、アイテールの裏切りと異界侵入をH.O.P.E.に伝える ※敵を倒しても良いが難易度は上がる
 退路は壁を乗り越えて逃げること(封印を一度解いた為可能)

●ステージ:カオティックブレイド世界の無人の集落(昼だが集落内は薄暗い)
建物は全て小さな平屋と木々 和風が多いが違うものもあり
前線基地として多種多様なカオティックブレイドが集まっていた痕跡がある
壊れた家屋もあるが生活用品等はそのまま
広さ 60×60m正方形
塀:高さ6m厚さ5m 上部に狭間の付いた部屋(入り口は塀の天辺)
 対面に1つずつ計4つの、塀の上に向かう剥き出しの階段(幅は一人分)
門:高さ10m、上部に櫓を隠した立派な門 ※アイテールが再び封じた為、登頂・開閉・破壊不可
地面:玉砂利(音が出て常に相手に気付かれるため、対策が無い場合は命中等行動にペナルティ※数値は動きによる)


●敵
・アイテール(共鳴済)
この場からはすぐに撤退する為に倒すことはできません

〇アイテールの部下
ジャックポットとシャドウルーカーは連携を取り一人ずつ攻撃してくるので注意
・ジャックポット×5
使用スキル:妨害射撃/威嚇射撃/ストライク
それぞれ東西南北の狭間・門の上から城壁に身を隠して射撃
シャドウルーカー×6
使用スキル:縫止/毒刃/地不知
フットガードが付与された特殊な靴を履いて隠れている(靴の強奪不可/10ターン効果)


●PL情報
・魔女の誓約
魔女に忠誠を誓った呪い
アイテールに不利な言動を禁じる制限が付く
アイテールの前では制限は解除されるが
裏切れば誓約時に彫った『アヴィディテの薔薇』が裏切り者を攻撃(強力なBS)
共鳴していれば相棒も巻き込む

アイテールが裏切りにゼルマが確信を持つまで時間がある為、それまで散策可
見つかったものはH.O.P.E.保管

ここは和風だがあくまでこの世界の一端であり、他にも様々な文化がある
滅ぼしたのは愚神・神無月率いる部隊

リプレイ

●異界接触
 ゆっくりと開く門。
 共鳴したGーYA(aa2289)とまほらま(aa2289hero001)はセラエノたちに続いて中へと進んだ。
「──……っ」
 鼻がむずりとした。
 流れ込んで来た微かな鉄錆か血の匂いのせいで動悸がして、次に、眼前に広がった光景に息を飲んだ。
 ──まるで、墓標のように突き立てられた武器。
 ──無数の磔台。
『ジーヤ!』
 はっと、我に返ったGーYAは目を瞬かせた。すると、それらは跡形もなく消え去り、玉砂利の敷き詰められた平屋の集落が現れた。幻視した光景はふたり共通のものであったが異常に気付いたまほらまが警告を発したのだ。
 【神月】大規模作戦、山岳地打通戦の折、GーYAは異界へと続く門を潜って行方不明になった。残念ながら、門を潜った直後に強大な力を受けて気を失ってしまい、救出されるまで彼らは異界でのことはほとんど憶えていない。しかし、後日、その力がエレン・シュキガルのものだったのではという分析を聞いて肝を冷やしたのだ。自分が、というだけではなく、自分を助けに果敢にも異界に挑んでくれた仲間の身の案じて。
 ぎゅっと胸元を掴み、GーYAは壁に囲まれた集落を見渡した。
 彼は断言できる。
 ここは確かに、かのトリブヌス級愚神、エレン・シュキガルが蹂躙していたカオティックブレイドの世界のひとかけらなのだと。
 まるで、GーYAの心の声に応えたかのようにアイテールが宣言した。
「カオティックブレイドの世界へようこそ」
 ざわつく仲間達を後目にGーYAとまほらまは意思を交わす。
「まさかまたこの世界に来る事になるなんてな」
『……あの時は戦場、ここは人が生活を営んでいた場所のようね』
 GーYAの指先がぴくりと震えた。
 まほらまは彼が異界で受けた、あのエレン・シュキガルらしき力への恐怖が未だ残っていることを確信した。そして、彼女はアイテールに忠告する。
『セラエノの魔女さん、壁の向こうも異世界が続いてるのかしら? エレン・シュキガルに気付かれたら一瞬で意識を奪われて全滅するわよ』
 周囲を探っていたアイテールは微笑みを彼らに向ける。
「ご心配ありがとう。もし、恐ろしいものが出たら一緒に力を合わせて戦いましょうね」
 アイテールの態度に違和感を抱くGーYAとまほらま。
「もっとも、事前にわたくしたちが調べたところでは残念ながらここだけが部分的にカオティックブレイドの世界と入れ替わったようですの。入れ替わった時に何人かが向こうへ飛ばされていたら、どうなったのか非常に興味深かったのだけれど」
 GーYAの過去を知らない事を抜きにしても、魔女の物言いは引っかかりを感じた。彼らの彼女に対する不信感と苛立ちがエレン・シュキガルへの恐怖を一瞬、忘れさせた。
 小さく咳払いをして気を取り直すと、GーYAは魔女へ取引をもちかけた。
「これから調査を始めますが、共闘しているとは言え、俺たちもすべてをそちらへ渡すわけにはいかない。セラエノ側でも欲しいものはあるでしょうし」
 鎌をかけるつもりであったが、彼女の反応は意外なものであった。
「ええ、もちろんですわ。欲しいと言ったら全部欲しいですけど、欲張りはいけないわ。見つけたものを一度こちらに集めてきちんと折半致しましょう? ──……あら? どうかしまして?」
「……あっ、いいえ」
「では、調査を始めましょうか」
 笑顔で手を振って去るアイテールの背中を見送りながら、GーYAは渋面を作る。
 かつて、次元崩壊跡地でもセラエノと成果を折半したことがあった。しかし、それはエージェント側の交渉の結果であり、さらに分けても問題が無いほど同価値の成果が複数得られたからだ。
「……リヴィアさんだったら即答はしないはずだ。同じセラエノでも違うスタンスの人がいるのかもしれないけど」
『あたしもジーヤに賛成だわぁ。やけに機嫌が良さそうだけど、あの子はあたしたちが知っているセラエノとは違うわねえ。あたし達が凄いもの見つけたら奪われそうな感じ』
「最悪の事態も考えておこう、ミュシャさんの様子も気になるしね」
 すぐさま、彼らは一度別れたアイテールの後を追った。



●探索
 神月の戦いで現世界では異世界との接触によってこの『世界』から、初めてここへ英雄としてまろび出て来たカオティックブレイドの戦士たちがいた。それらは最初、空から光のように流れ落ちて来た。その光景はまるで流星のようだったという。
 ──流れ星の一つだったかもしれない身として、哀悼と敬意を。
 カオティックブレイドの青年は、おびただしく積み上がった鋼鉄の遺骸に囲まれて静かに黙祷を捧げた。
 同郷の彼を前にして残骸となった武器たちは何も語らないし、英雄となった青年は骸となったのかもしれない彼らについて何かを思い出すことは出来ない。
 凛道(aa0068hero002)はぽつりと問うた。
『それでも──戦って使われて折れたのなら、道具冥利に尽きるという物でしょうか』
 彼の言葉は零れ落ちた発露であり独白であることを木霊・C・リュカ(aa0068)は知っている。だから、ただ黙って、彼と共に竜胆色の瞳を通したその光景を心に刻んだ。
 それはそう長くなかった気がした。
 無言で凛道はその場を離れる。
「どこを探しますか?」
 いつも通りの凛道にリュカも普段通りの彼として答える。
『大きな建物──そうだね、門と反対側にあるような建物がいい。行ってみよう』
 リュカの提案に従って、共鳴した凛道は奥まった建物の一つに足を踏み入れた。集落は、廃墟と呼ぶにはどこもかしこも整然としていた。
「ここに眠れ、ですか」
 凛道は、ふと、アイテールが読み上げた文言を思い出す。
 何があったかはわからない。けれど、ここの主はきっともういないのだろう。
 リュカに突かれて凛道は書棚から一冊の本を取り出す。そこには手書きの文字が綴られていて、門扉のそれとは違い、今度は所々ではあるが凛道にも読めた。
「日記のようです」
『持って帰ろうよ』
「日記をですか?」
 怪訝な顔をする凛道を他所にリュカは静かな眼差しを凛道の手に収まったノートへ向けた。
『彼らの思想や文化、それに技術や──こうなるまでの状況を知りたいんだ』
 リュカらしい、と思いながら、凛道は手頃な何冊かをピックアップしていった。
「これは、このまま持って行っていいんでしょうかね」
『きっと魔女さん達は彼らの想いとかには興味無いだろうからさ──お兄さん達が掬っていっても良いと想うんだ』
「……そう、ですね」
 凛道は栞代わりに挟まれた、草臥れた折り紙をそっと戻した。


 鬼灯 佐千子(aa2526)と紫 征四郎(aa0076)は共にベルトに付けた自分たちの動画用ハンディカメラが録画状態になっていることを確認してから、それぞれの探索を始めた。
 GーYAと何やら言葉を交わすアイテールを見ながら、佐千子はリタ(aa2526hero001)へ囁く。
(協定を結んでいるとは言え、あのヴィランは信用ならない感じがするわね)
『私も同意見だ。──?』
「どうしたの?」
 リタの戸惑いを感じて佐千子は足を止める。
『む……? この弓はまだ使用できそうだな』
 リタは積まれた武器のひとつに心ひかれたようだった。
「……珍しいわね、あなたが弓に興味を持つなんて』
『ふむ。確かに積極的には使わんが……、弓というものもなかなかに便利なものだ。例えば、周囲に背の低い遮蔽物が密集している場合等にな』
「成程ね」
 佐千子は得心した。この壁に囲まれた異界探索に、リタは和弓「弓張月」とアタランテの髪を用意して来たのだ。来てみれば、確かにこの狭い集落は彼女の言うところの『弓にアドバンテージがある』ステージであろう。
「……あら、ダメみたい」
 佐千子が拾い上げると、弓はぼろぼろと崩落ちた。
『そうか……』
「……待って」
 佐千子の指先に崩れた弓の飾り藤が引っかかって残っていた。
 何故かそれをそのまま捨てるには忍びなく感じて、彼女は戯れに己の弓張月に付けた。
『何の真似だ?』
「意味はないの。……綺麗よね」
 適当に付けただけのそれは、まるできちんと巻いたかのようにしっかりと弓に絡みつき不思議な光沢を放った。
「さあ、行きましょう」
 佐千子の戯れにリタは何も言わなかったし、彼女もそれ以上そのことに言及しなかった。
 敗北したのであろうカオティックブレイドたち。
 落ちた弓を気に留めたのは、弱者の残痕を目の当たりにしたリタの優しさなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
 ──どちらでもいいわ。
 佐千子は佐千子で、何かをただ拾い上げただけ。
「さあ、行くわよ」


「例によって油断は禁物というところか」
 赤城 龍哉(aa0090)へヴァルトラウテ(aa0090hero001)は同意した
『後輩さんの様子を見るに、そのようですわ』
 ヴァルトラウテの言う「後輩さん」とはゼルマのことだ。彼女は縁あってゼルマから「先輩」と敬意とライバル心を向けられているのだが、そのゼルマの様子がおかしい。
『出発前からずっと共鳴していて、その上、あの頼みですからね』
 セラエノの手前、傍目にはわからないが苦笑を隠した龍哉もヴァルトラウテと同じくミュシャとゼルマの言動を訝しみ、アイテールに対して警戒をしていた。
「……おっと、噂をすれば、だな」
 龍哉の傍へ共鳴したミュシャが駆けて来た。どことなく顔色が悪い。
「お疲れ様です。何か見つかりましたか」
「いくつか集められるだけ集めてみた。調べるのは戻ってからだ。ここがエレン・シュキガルの軍勢と戦った場所なら何かあるだろうしな」
 特に異世界の金属であるヴェルカースや特殊金属フリギアのような見慣れない素材や、使用可能な武器類、そして、愚神との戦闘記録辺りを幻想蝶へ収納していると答える龍哉。
「あたしもそうしますね。何が必要なのか、さっぱりです」
 片付いた家屋に入って内部を探りながら、龍哉はミュシャに尋ねてみた。
「あの門に入る時に使っていたアレはなんなんだ」
「ゼルマによると、アイテールはオーパーツを改造したりするそうです」
「なるほど、あの目玉付きは此処の合鍵ってとこか」
『此処がカオティックブレイドの世界なら、尚更あの趣味の悪い合鍵が正規の物とは思えませんわね』
 二人の指摘に思わず言葉に詰まるミュシャ。そして、冷たい眼差を窓の外のセラエノたちに向けた。
「……ええ。あのヴィランは弱者から肉体の一部を嬉々として取り上げる趣味があるそうで」
「成程な。そんな外道なら、共闘をいつまでも守るとは思えないな」
 龍哉は集落を囲む壁をぐるりと見回す。
「あの『魔女』がこの世界に興味を持つ意味が、ちょいと見当つかないんだが」
「このカオティックブレイドの世界、というより──アイテールが興味を持つのは『異世界』という存在そのものとそれがもたらすものだとゼルマは言っています。今回探し求めているのも、この世界というより現世界と異世界との繋がり、そこから、『異次元理論』や世界蝕に繋がる何かがあるのではないかと……」
「なるほど、それが狙いか」
 龍哉の脳裏に『門』で起きた次元崩壊の事件が過る。あれも確かにセラエノが噛んでいた。
「ここが敵地と思って行動した方が良さそうだ。一旦、周辺に探りを入れてみる。何かあったら直ぐに通信機にコールを入れてくれ」
「宜しくお願いします。あたしもセラエノの動きを探ってみます」


 集落を雑に見回った後、アイテールは大門の前に陣取った。何気なさを装って付いて回ったGーYAが尋ねる。
「そういえば、異世界のデータが入った球体を一つセラエノに渡してあったよね。それでこの門やその開き方もわかったのか?」
 集めた書物をめくっていたアイテールの頬がぴくりと引きつった。
「集中させて。……ああ! そうね、頂いたデータは役立ちましたわ。それこそ、思いがけない形で」
 書面から顔を上げたアイテールが悪戯っぽく笑った。
「『女帝』をご存知よね? 異界と現世界を繋いだ門の情報は一度倒れて目覚めた彼女の記憶を取り戻す一助となりましたわ。つまり、貴方たちの”ご親切”が巡り巡って貴方たちの下へ戻って来たといえるのかしら」
 目を細めた彼女からどこか揶揄うような気配が感じらるのは気のせいだろうか。魔女はうっとりと続けた。
「学術都市スワナリア、レイ・ラインによる地殻安定化計画。そして、異世界へと繋ぐオーパーツ『天蓋の世界樹』……いえ、異世界への逃亡したガリアナ帝国の女王様なんて、素敵なファンタジーですわね」
 もうよろしくて? と目の前に積み上げられていく荷物へ視線を戻すアイテール。
 彼女がどういうものに注視するのか、GーYAと共に傍で観察していた、まほらまが更に質問を投げかけた。
『それオーパーツよね、どんな門でも開けられるの?』
 それ、とは、この集落の大門を開けたランタンである。無造作に彼女の隣に置かれたランタンは不気味な瞳を閉じていた。
「まさか。この集落が現れた時にわたくしたちはすぐに調べて、これがカオティックブレイドの世界であることは解っていましたの。ですから、これはわたくしたちがカオティックブレイドの仲間だと錯覚させるために造った、彼らの──ふふ、つまり、これはこの世界専用の鍵ですわ。
 気が散るので他を探して頂けるかしら、ごめんなさい?」
「……そうするよ」
 胸のむかつきを隠しながらGーYAはその場を離れた。
『……うまく本音を引き出せたんじゃないのかしらぁ』
「そうだね。それから、アイテールは異界の生活や住人には興味はないみたいだった」
 彼女が特に取り上げた物品を思い返しながら、彼は目の前の住居に足を向けた。
「俺たちも探そう」
『幻想蝶に入れるの?』
「最終的に向こうが信頼できそうだったら出してもいいと思うけど、そうはならない気がする」
『そうねぇ、あたしもよ』
 去って行くGーYAたちを見やり、小さく鼻で笑うアイテール。しかし。
「……今度は貴女? 何かしら、”赤鉄の守護者”」
「棘薔薇の魔女。貴女方は現在、H.O.P.E.の協力者です。間違いがあってはいけません。ここでの調査中、私が護衛につきましょう」
「あら……ありがとう」
 佐千子が動画用ハンディカメラをオンにしたのを一瞥すると、魔女はまた獲物を探す作業に没頭した。


「どうした? ──あの魔女か」
 紫 征四郎(aa0076)に声をかけたガルー・A・A(aa0076hero001)は、すぐにその視線の先に思い当った。
「アイテール……よくわからないけど、胸がざわざわするのです」
「油断はするなよ征四郎。あれは一筋縄ではいかない奴だ」
 あのセラエノの魔女と会うのは何度目か。アイテールがしてきた悪逆とその末路を二人はいくつも見て来た。今更どんな顔を見せられてもそれを忘れることは出来ない。
「録画はどうだ?」
 声をかけて来たのは迫間 央(aa1445)だ。英雄のマイヤ サーア(aa1445hero001)と共鳴しており、先程まで積まれた武器を調べていたのだが、大した成果は無かったようだ。
「だいじょうぶです、この場所でも問題なく撮れているようです。そちらは?」
「神無月が使っていたような刀で状態の良いものがあれば一振り欲しかったが……どれもぼろぼろだな」
「ヒサシ」
 ガルーと並ぶ征四郎に他に何か言おうとして、彼は言葉を飲み込んだ。そんな央に征四郎は逆に呼びかけた。
「一緒でとても心強いです。よろしくお願いします」
「こっちの台詞だ」
 ゆったりと笑う央が屈指のシャドウルーカーならば、この少女もまたH.O.P.E.屈指のバトルメディックだ。ただし、共鳴すれば、ではあるが。
 少女は仲間全員が共鳴している今をもってしても英雄と並んで調査に当たっている。
「どこから探す?」
「ヒサシに合せます。でも、集会所になっていそうな場所は見てみたいです」
「じゃあ、そこからだな」
 周囲を警戒しながら並んで歩く央と征四郎、そしてガルー。
 並ぶ平屋を見渡しながら、呟く央と答えるマイヤ。
「古風な日本の風情を感じる……集落か?」
『そういえば神無月も和服のような服を纏っていたわね』
「案外、世界蝕以前に日本と繋がった事のある世界だったりしてな」
 二人の会話を聞いて、ガルーが少し考え込む。
「神代の剣」
 ガルーの呟きにびくりと反応して征四郎は足元を見た。
「玉砂利は御霊……」
 しかし、ガルーは首を横に振った。
「いや。神無月の力の一部だった刀。なんとなく、あれを思い出した」
「そういえば、昔から本家に伝わっていたものだとカミシロが言っていました。それが……世界自体が繋がった証拠になるわけではありませんが」
 そう言いながらも心ここに在らずといった感で、征四郎は足元の玉砂利を爪先で弾いている。
「……もし、戦いになるのなら」
 集会所らしき建物は容易く見つかった。
 神社のような清澄な空気が漂っていた。
「打ち合わせた形跡は見つかりませんね」
「メモ……書付のようなモノは残っているようだが」
 二人が何かを書き綴った板のようなものを撮影している間に、央は書棚に向かう。
『何を探すの?』
「愚神との戦いの記録があれば……神無月達がどのような経緯で愚神に破れ、愚神になるに至ったのか……情報が欲しい」
『彼らもヘイシズ達のように、愚神に抗った末に愚神に堕ちたのだとしたら』
「あぁ、同じ事を考えていた。精々、同じ轍を踏まぬよう先達の歩みは参考にさせて貰いたいモノだな」
 書棚に並ぶ背表紙をなぞっていた央の指が止まった。
「……蜂」
 広間に戻ると、丁度ガルーが通信機で仲間と進捗を伝えあっていた。
『おう、りんりん、なんか見つかったぁ?』
 通信機で話すガルー。
 その隣で山と積んだ書付を仕分けて幻想蝶へと仕舞っていた征四郎。
 彼らは戻って来た央と彼の持つものに気付いた。
「それは?」
 褪せた朱色の布表紙に蜂の巣を意匠化したものが箔押しされていた。
「この辺り、神無月のことを書いてあるのかと思ったのだが、読めん」
 開いた頁には着物姿の少女の挿絵があった。
 苦笑する央から本を受け取ると、ガルーと征四郎は黙って本の一部をスマートフォンで撮影してどこかへ送った。
 すると、すぐに央の通信機が鳴った。
「リンドウさん」
「全部ではないのですが、一部だけなら僕にも読めましたので」

 ──やがてすべてを忘れ、更に深みへと堕ちる。

 そこに綴られていたのは、カオティックブレイドのこの世界でもさらに昔の出来事のようであった。口伝であるとの前書きの上で神無月らしき女戦士の末路が描かれていた。
 続く愚神との戦いに疲弊したカオティックブレイドのある国、その戦士たち。そこに彼らを率いる希代の女戦士がいた。
 戦士たちは抗い、抗って──彼らは負けた。
 女戦士は最後の一騎となり、決死の抵抗の末に現れたエレン・シュキガルによって倒された──はずだった。
 しかし、後日、国は帰還した女戦士によって滅ぼされたという。
 彼女は国も己もすべて忘れ、代わりに以前の何倍もの力を得ていた。
 ……その後、彼女は『王』の忠実な戦士として各国を荒らしまわり力を増し続けて、遂には愚神そのものと化した。
 それが、手勢を率いてカオティックブレイドたちを襲う、かの愚神十三騎の一騎が持つ因縁であると。
『……邪英化(アスト・リライヴァー)?』
 マイヤの声が冷たく凍えていたのが央にはわかった。共鳴したふたりは誰よりも近い存在であったが、近すぎるがゆえに彼女の肩を、今、抱き締めることはできない。それを央はこれほど後悔したことはなかった。
「邪英化が長引くと……愚神になる、か」
 ガルーは退色した朱色をじっと見つめた。
 ミュシャからの通信が入ったのはそのすぐ後だった。
 彼女の通信に不穏なものを感じたガルーは能力者を見た。頷く征四郎。
「征四郎──」
 央の目の前で、ガルーは征四郎の持つ幻想蝶のブローチに触れた。
 ライヴスの蝶が舞った後、男と少女の姿は消え、代わりに騎士然とした青年が立っていた。
 央の目元が優しく緩む。
 ──俺が彼女に何かできた訳ではないが。
 征四郎たちは、しばらく能力者主体の共鳴が出来なくなっていたと彼は聞いていた。だから、央はずっと征四郎とガルーたちを案じていたのだ。だが、今、二人が共鳴した姿を見て彼は安堵した。
「……どうやら取り戻せたようだな。支援、あてにさせて貰うぞ」
 征四郎の面影を持つ青年もまた凛々しく微笑んだ。
「わたしができる限りのことを」



●逃走
 ミュシャから連絡でエージェントたちは事前の打ち合わせ通りに大門近くへと駆け付けた。
 目の前で暴露したゼルマが呪に飲み込まれていく。
「……っ、やはり……!」
 セラエノの裏切りと、ゼルマの惨状に臍を噛む征四郎。
(──バトルメディックなら、今……使える?)
 玉砂利を踏みながら征四郎はとあるゾーンブレイカーの言葉を思い出していた。そう言えば、セラエノたちはこの環境で初めから足音がしない。
 ──初めから……。
「現れたこの異世界から鉄の一片すら残さずに奪い、蹂躙するのよ」
 アイテールがそう宣言した瞬間、GーYAが素早く動く。
「なにを!?」
 想定外の状況に驚くアイテールの前からGーYAは彼女が特に熱心に扱っていた品物をいくつか掴み取り逃走する。
「追って、追うの!」
 血相を変えたアイテールを他所に、征四郎が仲間たちを集める。
「行きますよ、ガルー!」
 征四郎の《フットガード》が仲間達の足場を確保し、玉砂利の音を消した。
 音は、戦況を変える。
「なんて……信じられない!」
 逃げたGーYAを追っていたアイテールは地団太を踏む。
「まあいいわ……全員殺して奪い返して!」
 気色ばむ魔女、どこからか現れるセラエノの戦士たち。
 それらを目の当たりにして、エージェントたちは決断した。
「その様子だと共鳴は無理そうだな。動けるか?」
 ゼルマとミュシャに背を向けて、龍哉はアイテールの前に立った。
「──なっ!?」
「ダメです、逃げてください!」
 驚くゼルマとミュシャを他所にエージェントたちは彼女たちを護るように陣を敷いた。
「お前なら逃げるのか」
 小さく笑って尋ねる龍哉の背をミュシャは辛そうに見上げた。
「……共鳴は無理です。ゼルマが拒みます」
『幻想蝶は?』
「……」
 尋ねるリュカにミュシャが静かに首を横に振る。
 龍哉がそっと指で軽く壁を指すと、頷いてミュシャはゼルマを抱えた
「判った。ならしばらく大人しくしといてくれ。ミュシャも離れるなよ──撤退だ」
 ゼルマの身体を蝕む呪。それは今や緩やかに彼女の身体を食んでいたが、その身体を抱えたミュシャの肌も浅く裂いた。
「魔女から逃げるのかしら? そんなことが、可能だとでも?」
『ふふーふ、怖ーい魔女さんとの追いかけっこだ!』
 揶揄するリュカの言葉を合図にアイテールから身を翻して壁に向かうエージェントたち。
 目指すは外、そして、彼らの本拠地(H.O.P.E.)。
 仲間を気にしながら征四郎が叫んだ。
「ゼルマの容体が気になります。少しでも早くここから離れなければ!」
 動き出したエージェントを追うように、足元に銃弾が撃ち込まれた。
「ジャックポットか!? 塀の上だ!」
「あちらを! 敵の気配が少ないです!」
 モスケールを着けた凛道が方向を指し示した。
 襲い掛かるシャドウルーカーを吹き飛ばし道を拓く龍哉、その後ろでゼルマを抱えたミュシャのフォローに入る征四郎、佐千子。
『最悪、倒していくぞ』
「できればしたく無いですが……」
 敵の配置を探りながら、征四郎は表情を引き締めた。


 エージェントたちが大門の前から姿を消すと、アイテールは舌打ちした。
「このままだと殺りきる前にH.O.P.E.へ連絡が行ってしまうわね。疑り深いアレクサンドリア支部はどうせどこかから監視しているわ。増援だって早いはず。せめてこれを運び出して。わたくしは先に戻るわ」
 そして魔女は一人の部下に微笑んだ。
「H.O.P.E.が逃げないように門は閉めておくわ? あいつが盗んだものは取り返して。そして、最後のひとりまで、諦めずによく殺すのよ」
 門が開き、すぐ外で待ち構えていたアイテールの装甲車がゆっくり入って来た。魔女と強奪した荷物を積み込んだそれはすぐさま外へと消える。
 追手から逃れて屋根の軒天の陰に身を隠して見ていたGーYAは盗んだ品物を幻想蝶へと押し込んだ。
『うまくいったわねぇ』
 嬉しそうなまほらまと、口元を引き締めるGーYA。
「途中から、どうせこんなことになるだろうと思ってた。……俺もセラエノとの関わりが多くなってしまったから……あの『魔女』はリヴィアさんやその部下とは違い過ぎる」
 しかし、露呈したH.O.P.E.とセラエノとのふたたびの決別。
 ──こんなことをしている時ではないのにと思う反面、今だからこそセラエノが動いたような気もする。
 すでに警戒していたGーYAは相手に相応に反撃して制圧するつもりであった。しかし、道中、龍哉から聞いたゼルマの違和感の正体が彼らの味方としての言動であったこと、そして、彼女の傷を心配する仲間たちを見て、考えを変えた。
 ──撤退の為ならともかく、制圧は考え無い方がいいな。
「……とにかく、皆で速やかに本部に戻ることだけを考えよう」
『自分の足でね?』
「もちろん。そして、全員で。──援護と遊撃に回る」
 塀の上に向かってジャングルランナーのマーカーを射出すると、GーYAは屋根の上に躍り出た。


「先に行って!」
 霧祓の仮面を被り直した佐千子が飛び出す。
 地不知を使っていたのだろう、ゼルマを狙って背後から襲い掛かったシャドウルーカーの一撃。盾役としてその前に身を晒した佐千子の背で、展開式大型スラスター「ワイバーン」の翼が大きく広がった。
「私を倒せると思うなら、やってみることね」
 風圧で玉砂利が弾け飛び、相手は腕で顔を覆った。
「堅い!?」
 ダメージがほぼ通らないことに動揺して彼女から距離を取り直すシャドウルーカー。
「ありがとうございます。丁度良い位置ですね」
 黒いH.O.P.E.制式コートを翻した凛道の《サウザンドウェポンズ》が集落の建物を巻き込んで無差別に降り注ぐ。破壊の嵐によって玉砂利が弾け飛び、簡素な建物は損壊して積まれた武器は完全に砕けた。
「……カオティックブレイドとして、この世界のリライヴァーとして、亡き人々を冒涜するような行為は見過ごせませんから」
 凛道の攻撃を辛うじて躱したシャドウルーカーの一人が、逡巡のあと、先に行くエージェントたちを追おうとした。その進路に素早く央が回り込む。
「お前達程度に足止めを食う俺たちではない、情報はしっかり持ち帰らせて貰う」
 央が構えた忍刀の刀身に龍紋が浮かび上がった。


 階段まで辿り着いた佐千子が苦笑する。
「……残念だけど、ずいぶん落としやすい的みたいね。私たち」
 壁面に隠れた敵の存在は射線で大凡把握している。恐らく敵は初めから居たシャドウルーカー以外にジャックポットが五人ほど。だが、向こうは佐千子たちを集中的に狙える距離なのに対して、こちらから向こうをまとめて狙撃するのは難しい。
「無論、譲るつもりはないの。ここは任せて」
 弓張月を構えると、佐千子は壁の上のジャックポットに狙いを定めた。
「紫、上は任せる!」
「はい! ラインハルト、もう少しの辛抱です」
 ゼルマにケアレイを施していた征四郎は彼の意図を察して即座に階段を駆け上がる。
 遮るもののない高所を登るのは覚悟していたが、危惧したほど敵ジャックポットからの攻撃は無かった。
 ──あれは……!
 ちらりと眼下を見てみれば、屋根の上を飛び回っているのはGーYAだろうか。殿を務める央と凛道たちが居るであろう場所は派手に粉塵が上がっていた。
 小さく大きな差異があれども「救う」ことが彼らふたりの願いであり、今もゼルマとそして他の多くのものを救うために彼女たちは駆けている。
 けれども、今、眼前に広がる光景は彼らもまた守り守られていることを実感できるものであった。
 近くの壁が爆発した。佐千子の《アハトアハト》だ。狭間を潰されて、中に潜むセラエノは、動けたとしてもすぐに戦線に戻ることはできないだろう。
「急ぎましょう、ガルー」
『ああ、待たせちゃ悪いしな』
 征四郎が壁の上に辿り着いたのを確認した龍哉はミュシャの肩を掴んだ。
「え!?」
「俺がカタパルト役を引き受けてやる。行けるな」
「ゼル……いえ、行けます」
 助走をつけたミュシャを龍哉が放り投げる。
「こっちです!」
 厚さ五メートルの壁の上で征四郎が壁に張り付いたミュシャを引き上げた。
『次は後輩さんですね』
「あと少しだからな、我慢しろ」
「……」
 龍哉はロケットアンカー砲を打ち上げて自身の身体を固定すると、すでにぐったりとしたゼルマを抱えて階段を一気に駆け上り始めた。
『あと少しです──龍哉!』
 ヴァルトラウテが叫んだ。
 敵ジャックポットの放ったストライクが真っ直ぐに龍哉とゼルマを狙う。
「くっ!」
『征四郎!』
 咄嗟に飛び降りた征四郎が強引に龍哉たちを後退させてそれを庇う。
(相手がせめて邪英ならば、ライヴスミラーも使えるのですが!)
『こんなんでも、あちらさんはまだ正気のようだしな』
 征四郎が思ったより傷を受けていないことを確認して、ガルーは小さく安堵の息を漏らした。
 地上でも、仲間たちの無事を確認した佐千子がほっと息をつく。
『無事のようだな』
「ええ、私たちも行くわよ」
 銃身を短くした火竜に持ち替え、佐千子もまた階段を登り始めた。。


「くっ!」
 ジャックポットからの銃弾を受けながら、凛道は最後の《ライヴスキャスター》を放った。
 周辺がまた大きく破壊されて、セラエノ側の動揺が伝わる。
 逃亡するエージェントたちを狙っていたジャックポットたちの攻撃の多くが、彼らが強奪を命じられた集落の破壊を繰り返す凛道に向けられていた。
「そこか!」
 央の《繚乱》が忍び寄るシャドウルーカーたちを惑わす。
「元より共通の目的を持てていた訳ではない。想定の範囲ではあるが……やれやれだな」
『最悪なタイミングなのは確かだけど』
 敵意剥き出しのセラエノたちを相手取りながら、央たちは彼らの裏切りに内心嘆息する。
 周辺の建物は凛道によって大方破壊されていた。
「そろそろのようですね」
 凛道に声をかけられて央は壁の上を見た。
「相手も中々タフだ。──引くか」
 ちょうど敵との距離も開いたところだ。
 央の後ろでアサルトユニット「ゲシュペンスト」を装着した凛道が走り始める。
 その姿を見届けると、央もまた瓦礫の影へと滑り込み、そのまま《潜伏》を使う。



●脱出
「全員、いるか!?」
 着地した龍哉が辺りを見回した。
「全員だ!」
 塀の上、刀で敵を弾き落とした央が地不知で壁を走り降りた。
 だが……周辺に停めてあった車すべてのタイヤが裂かれているのがすぐにわかった。
『元々、生きて帰す気は無かったってわけか……』
「アイテール……」
 ガルーが吐き捨てると征四郎が険しい表情を浮かべる。
 ゼルマの横でスマートフォンを握りしめたミュシャが声を張った。
「車はダメですが、ヨットクラブに船があります! 海上に出れば、アレクサンドリア支部の応援と合流できます!」
 ミュシャからゼルマを受け取り、抱え上げる龍哉。
 再び塀の上に戻りつつあるセラエノたちに気付いて、GーYAが苦笑を浮かべた。
「もうひと踏ん張り、です」
「ああ、H.O.P.E.へ帰るぞ!」
 佐千子の号令で走り出すエージェントたち。
 態勢を立て直したアイテールの部下たちが塀の上から狙撃したが、彼らを討つことはできなかった。
 やがて、一艘のボートが海を走り出す。




結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
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