本部

頓に争力せむ

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/20 19:27

掲示板

オープニング

●蹴速
 それは一体の愚神であった。
 黒縄を縒り合わせたかのごとき筋肉を備え、埠頭のコンクリートを両足で躙って月天をにらむ。閉ざした左眼と、開いた右眼とで直ぐに、高みを。
「頓(ひたぶる)に争力(ちからくらべ)せむ」
 銀光の先へと導きかれるように重い一歩を踏み出した愚神は、足元に転がるエージェントの一群を返り見ることなく、駆け去った。


●解説
「コードネーム“蹴速”。推定等級ケントゥリオ……なんだけど、ライヴスがなんか安定してないっていうか、変な感じなんだよね。すごい弱くなったり強くなったりして」
 礼元堂深澪(az0016)はう~んと眉根をしかめ、ブリーフィングルームの壁に投影された“蹴速”の姿をボールペンの先で差した。
 昨夜、新潟県新潟市の東埠頭へ上陸した蹴速は、H.O.P.E.東京海上支部から送られたエージェントチームを撃破した。その後、街や人にかまうことなく駆け、今は同県内の山中に在る。
 目的地はどうやら東京、このメガフロートであるようだが、だからといってのんびり待ち構えるわけにはいかない。
「熟練者含めた12組のエージェントチームが全員重体。誰も死ななかったのはよかったけど……正直、意味わかんないんだぁ」
 同じコミュニティに所属し、連携に長けていたはずのチームがあえなく全滅させられた。これは愚神の張るドロップゾーンの質に関わるものではあるので置いておくが、当の愚神は彼らにとどめを刺すことも、破壊行動に移ることもなく、ただ駆けている。
「H.O.P.E.が大戦にかかってなきゃ、大部隊で一気に潰すとかもできたんだけど。そっちと関連してないのは確実だから、とにかく少数精鋭で片づけていきたいのが大人の事情なんだよねぇ」
 深澪は申し訳なさげに両手を合わせて南無ぅ~、エージェントたちを拝んでおいて。
「蹴速の特徴、説明しとくね」

 蹴速は人型であり、全高は180センチ強、重量は150キロ前後と推定される。
 蹴速の周囲には無限に従魔(ミーレス級)が沸き出す。ただし蹴速が従魔と連携することはない。
 蹴速は強者と戦うことを望んでいるようだ。
 武器は携えておらず、両手両脚を使った打撃系格闘術で戦うが、投げ、崩し等の技を使うこともある。
 左眼が開くとドロップゾーンが展開する。内部では使用できるAGWがひとつに固定される(換装不可)。
 ドロップゾーン内ではエージェントは他の仲間を目視することも連絡を取り合うこともできず、形の上では愚神と1対1になる。
 ドロップゾーン内で、蹴速はひとつの問いをエージェントへ発する。曰く「うぬはなにものなりや?」。

「わかってるのはこれくらいだよ。方針的には戦いながら愚神の左眼潰してドロップゾーン破って合流なんだけど、質問に答えられたらなんかありそうだよねぇ。ちなみに前のチームの人は全員答えないうちに各個撃破されちゃった。答えた人も自分の名前はなになにだー、エージェントだー、人間だーって言ったりして、がっかりさせちゃったみたいだけど」
 模範解答がわかってたらねぇ~。深澪は重い息をつき。
「答って多分、すごくシンプルなんだよね。ひと言で自分がなんなのか言い表すっていうか、そういうの。それはボクなんかよりみんなのほうがわかってることだと思うから、あと任せたよ」

●待人
 深山の頂に足を止めた蹴速は下弦月を見やる。
 辺りからは従魔どもがじりじり沸き出しては蹴速へすがり寄ろうとするが……彼の放つ鬼気に裂かれ、無残に散り落ちてはまた沸き出し、寄って、裂かれる。
 そんな従魔の有様にかまわず、蹴速は太くつぶやいた。
「頓に争力せむ」
 かくて待つ。
 強者が来たるそのときを、ただひたすらに。

解説

●依頼
 山頂にて待つ蹴速を撃破してください。

●状況
・作戦開始時刻は24時ちょうどとします。
・山はすでに従魔の制圧下にあり、蹴速を直接目ざすことはできません。九合目(作戦がある場合は八合目以下からの侵入も可)から直接侵入、従魔の包囲を突っ切って蹴速へ至ってください。
・九合目から山頂までは、便宜上100スクエア(樹木や岩が多数あり)とします。
・木や岩は敵味方問わず障害物として作用します。
・山頂は蹴速によって10スクエア四方、木々が伐採されています。それ以外の場所は木々の葉に遮られ、月明かりも届きません。
・岩場は山頂部にもいくつか残っています。
・エージェントがひと組でも山頂部に到達した瞬間、山頂部から九合目までがドロップゾーンと化します。
・ドロップゾーン化が実行されると、従魔がケントゥリオ級に強化されます。

●従魔(ミーレス級(ドロップゾーン化した後はケントゥリオ級))
・戯画で描かれる鬼のような姿をしています。
・金棒を振り回す(射程1)、あるいは投げつけて(直線・射程20)攻撃してきます。
・無尽蔵に沸き出してきますが、たとえパワーアップしても山頂部へは入れません。

●蹴速(ケントゥリオ級?)
・詳細はオープニング参照。
・基本的な射程は1。ただし鬼気による遠距離攻撃(最大射程不明)も使います。
・左眼を潰す、もしくは全員が問いへの答を返せばドロップゾーンを消失させます(チーム戦を挑むことが可能になります)。
・彼が問うのは、エージェント全員が彼と戦闘状態になった4ラウンドめになります。

●備考
・問いに対しての答は、能力者と英雄が互いの思いを重ね合わせた「ひとつの有り様」であることを推奨します。
・効率重視でも心情重視でも大丈夫ですので、PCさんそれぞれの魅力を見せつける戦いを!
・不明点等ありましたら質問卓で。

リプレイ

●突破
『ハードな登山と戦闘ねぇ? まあ、面倒ごとはねぇのはいいことだ!』
 全き闇のただ中、共鳴体の内でしたり顔をうなずかせる逢見仙也(aa4472)に、ディオハルク(aa4472hero001)は鋭い笑みを返し。
『その面倒ごととやらがひしめいているわけだが?』
 共鳴体のまわり――土、木、草、露、そして夜気、あらゆるものから染み出し、形を得る小鬼ども。手に金棒を引っつかみ、聞こえぬ声で鬨をあげて攻め寄せる。
『邪魔なんて突っ切ればいい』
 応えた仙也はフォレストホッパーを装着した足で木々の間を抜けつつ、手斧に変じたアジアンウエポンズを振るって隙間を埋めに来る小鬼を下生えや蔓ごと断ち斬り、道を拓くが、しかし。
『増殖の速度が思ったより早いな』
 ディオハルクの言葉どおり、1匹が斬られて落ちる間に次の小鬼が生じ、さらに他の小鬼も詰め寄せて、空いたはずの穴を分厚い壁へと変えてみせるのだ。
「足の踏み場がねぇなら」
 作ればいい!
 夜空を塞ぐ枝葉の向こうに白が灯る。
 それは仙也の腰に分割して装備された天地の槍ならぬ天地の弓が呼び出した無数の矢。つがえられることなく上空に投げ出された矢は雨となり、鬼どもを貫き、裂き、縫いつけた。

『ロロ、ロロロ……』
 岩に気をつけろ。内に在る辺是 落児(aa0281)の警告へ優美なうなずきを返し、構築の魔女(aa0281hero001)は舞うがごときステップワークで密集した木々の間をすり抜ける。
 フォレストホッパーはこの山を覆う木々の配置こそ読み解き、抜けるための最適解を与えてはくれるが、あちらこちらに突き立つ岩までは計算してくれないのだ。
「全速で移動、というわけにはいきませんでしたけれど」
 魔女は眼前に現われた岩へ神経接合ブーツ『EL』の踵を突き込み、跳んだ。
「足並みをそろえるには、むしろよかったのかもしれませんね」
 両手に握るは二丁拳銃Pride of fools。一発闇へと撃ち込み、爆ぜ散る寸毫の火花にて攻め寄せる小鬼の様を確かめた魔女は撃つ、撃つ、撃つ。
 宙にある体は、射撃の反動に乗せて振り込んだ脚の勢いで角度を変え、撃ち出された弾は木々の狭間をすり抜け、小鬼を着実に貫いた。
 岩ばかりでなく、木々の幹をも利用した立体機動で駆けた彼女は、頭頂へ振り込まれた小鬼の金棒を左の銃のグリップで外へ弾き、右の銃口を金棒の主の眉間へ押しつけた。
「あなたがたに挽歌を贈りましょう。ただし先を急ぎますのでワンフレーズだけになりますが」
 かくて弾けた破裂音が、小鬼で埋められた山林をかすかに震わせる。

 山を覆う木の先に取りついたニノマエ(aa4381)は下弦の月を見上げ、目をしばたたいた。
『目は慣れたか』
 内のミツルギ サヤ(aa4381hero001)の問い。
 ニノマエは内で『ああ』、短く応え、まわりの木々の先から沸き出しくる小鬼を三白眼で撫で斬った。
『こんな場所にまで沸くのかよ。めんどくせぇな』
 投げつけられた金棒を、体をずり落として避け、次の木目がけて跳ぶ。塞いでいた小鬼をライヴスの金光まといし死出ノ御剣で貫き、下へ振り落として代わりに自分がその枝をキープ。それを繰り返して山頂へ向かう。
『下に落ちたら飲まれるぞ』
 サヤが指した生い茂った枝葉の下には、見えずとも知れるほどの気配がひしめいており、今なおその濃さを増しつつあった。
『登ってこられると厄介だな』
 実際、地上にある小鬼の一部はニノマエを追って次々と木を登り始めていた。その上、上にも生じ続けていて、程なく上も下も小鬼で埋まるだろう。
 と。下から無数の金棒が投げつけられ、ニノマエの体を打ち据えた。ダメージこそたいしたものではないが、跳んでいる最中に食らえばどうなるものか。
「顔しかめてる暇もねェかよ」
 御剣で金棒と小鬼とに対しながら木々を跳び移りにかかったニノマエへ、サヤはぽつり。
『気にするな。おまえの顔は元より顰んでいる』

 テトラ(aa4344hero001)と共鳴し、妙齢と黒髪とを取り戻した杏子(aa4344)が薄氷之太刀「雪華」真打を打ちなおした一刀、薄氷之太刀「桜雪華」を抜き打った。
 刃紋に研ぎ込まれた雪結晶と桜花弁。斬り上げられた刃の軌跡を雪華の残像で飾る。
 果たして小鬼は右脇腹から左肩までを断たれてかき消えた。
「私たちが皆の足を引っぱるわけはいかないが、こうも深い山だとおぼつかないな」
 柄頭で小鬼の眉間を叩き割り、浮かせた刀身を斬り下ろして続く小鬼を両断。そのまま上体をかがめて別の小鬼の金棒をやり過ごし、前へ踏み込んでその脚を断ち。さらに体を引き起こしながら斬り上げて、もう1匹を斬り飛ばす。
 一対多のこの状況で蹴りを使わないのは、彼女が和装ということもあるが、自らにはしたない真似を許さない姿勢が作用してのものであった。このあたりは元高校教師、しかも生徒指導担当だった彼女の矜持というものか。
「それにしても、我が身ひとつで正々堂々と戦いたいなんて、なかなかおもしろい奴だね」
 右へ左へ小鬼を斬り払いながら杏子は目をすがめ、木々の向こうにある山頂を透かし見た。
『人と愚神はそもそも1対1では戦いにならないと思うんだが?』
 テトラの皮肉な言葉に杏子は薄笑みを返し。
「だからこそのゾーンルールなんだろう。示してやらないとな、その前に立つ私が何者なのかを」

 別の道を行くリィェン・ユー(aa0208)は幾多の戦場を共にしてきた愛剣、屠剣「神斬」煉獄仕様“極”を振るい、杏子同様山頂を目ざしていた。
「なにものなりや……か。そんなことを訊いていったいどうしたいんだろうな」
『さぁのう。わらわにも見当がつかんが、知りたいのなら答えてやればいいじゃろう』
 イン・シェン(aa0208hero001)の応えは実にそっけない。
「確かに、それが突破口になるなら答えるしかないがな」
 さて、なんと答えればいいものか。
 眉根をひそめて考え込むリィェンに、インがまたそっけなく。
『お主がなにになりたいものか、なにでありたいかなど、知れておろうが』
 そして胸中にて言葉を添えた。据えた肚をそのままに語ればよいだけのこと。が、わらわが教えてしまえばそれはリィェンの枷となり、声音を濁らせよう。
『ともあれ考えるのはその場に至った後じゃ。今は踏み越えよ』
 リィェンが丹田へライヴスを落とし込み、燃え立たせた。
 腰の高さを一点に据えたまま、リィェンが踏み出した。姿勢、歩法、呼吸、気功、そして攻防のすべてが練り込まれたその前進が、眼前を塞ぐ小鬼を穿ち、斬り、躙り、砕く。
 この一連の流れを中国武術では套路(とうろ)と呼ぶが、リィェンはさらに実戦の中でそれを変化させ、「まっすぐに歩き抜く」最適解を練り上げていた。心なき従魔、しかもミーレス級ごときに止められようはずは、ない。

 マジックブルームの箒を木々の先にかすめさせて飛ぶ水瀬 雨月(aa0801)は急旋回、木を軸に互いを重ねて伸び上がり、捕まえにくる小鬼を回避、先を蹴りつけた。
「足並みをそろえるのも結構難しいわね」
 無残に崩れ落ちる小鬼の塔を完全無視、ライヴス通信機「雫」から飛び込んでくる仲間の声を確かめる。
 フォレストホッパー装備組は、執拗に群がる小鬼の邪魔で全力移動を維持できていない。徒歩組は言わずもがなだ。
『位置取りに気をつけろ。越えた瞬間に奴が起きる』
 ここは拓かれた山頂よりわずかに下方。木々の際である。不自然なほど小鬼が近寄ろうとせぬ山頂部へ踏み込んだ途端、蹴速がドロップゾーンを発動するなら、まさにここが視線の際。
 アムブロシア(aa0801hero001)の忠告に了承の意を返し、雨月は下から放り投げられる金棒を不規則な蛇行で回避し、ついには箒を手放した。
『時間切れか。数十秒を耐え抜かねばならぬようだ』
 下へ落ちながら雨月は、装丁に全き白を映す終焉之書絶零断章を開き、その凍れる霊力を放つ。
 夜霧がごとくに空を霞ませた凍気に命なき体を侵され、下へ墜ちたものは、枝先に生った小鬼の1匹であった。
『従魔。ここもまたドロップゾーンであるということ』
 おもしろくもなさげに言うアムブロシア。
 情報によれば、愚神“蹴速”は人数に関係なく一対一の状況を作り出すドロップゾーンを張るというが……その実すでに張られており、変化するだけのことなのかもしれない。
 それにしても、いろいろといそがしいときにまた厄介な相手が来てくれたものね。もっとも向こうからしてみれば、こちらの都合などお構いなしなんでしょうけど――でも。
 私のやるべきことは変わらない。

●蹴速
 通信機で連絡を取り合い、タイミングを合わせて雨月と合流したエージェントたちは顔を見合わせ、うなずいた。
「時間を取ってすまなかった。が、遅れを取るのはここまでだ」
 リィェンが皆へ目礼し、右肩に担いだ極を見やる。蹴速の有り様からして先陣を切ることに意味はなかろうが、だからといってドレッドノートの気概を忘れるつもりはない。
「傷を負っているようだが、大丈夫か?」
 杏子の問いに、小さな傷を多数こさえたニノマエは言葉を返そうとして。
『気にしてくれなくていい。こいつの性癖のようなものだ』
 サヤにさらりと貶められ、絶句した。
「私はいつでも行けるけれど……」
 雨月が問うたのは、換装をするつもりの面々へだ。ゾーン内では換装が禁じられる。だとすれば、そこまで這い寄ってきている無数の小鬼を抑えつつ、その時間を稼がねばならない。
「前半はオレが抑え役するぜ?」
 進み出る仙也だったが……
「それについては私に考えがあります。愚神が聞いているとおりのものなら、おそらく大丈夫でしょう」
 魔女は薄笑み、一同を促した。

 山頂部へエージェントが踏み込んだ瞬間、中央に座していた蹴速が立ち上がった。
「来たか」
 太い脚で踏んばり、太い腕を組み、太い声音で語り、開かれた右眼を滾らせる。
「あなたと戦う前に準備をさせていただいてよろしいでしょうか? 問いへの答を返すために」
 魔女の声音が凜と弾けた。
 そして蹴速はただひと言。
「応」
 かくて森林仕様から換装する魔女。
『ロロロロ、ロロロロロ』
 愚神だが、おもしろい。落児の言葉に魔女は内で返す。
『ええ。形はともあれ、本質はどこまでも武人なのでしょう』
 同じく換装を終えた仙也の内でも、ディオハルクが息をついていた。
『存分にやり合えそうだな』
 これを聞いた仙也は口の端を吊り上げて。
「初めからそのつもりだ」

「ありがとうございます。ここからはいつでも」
 魔女の言葉を合図に、蹴速が左眼を見開いて。
 月明かりに照らされた山頂はそのままの形を保ったまま、ドロップゾーンと化した。

●死を待つ者
「争力せむ」
 仲間の姿が失せた場、ひとり立つ蹴速はゆるく握り込んだ右拳を腰の脇に置き、指を曲げぬ左手を前に置いて誘う。
「蹴速と呼んでいいのか?」
「応」
 テトラは杏子の問いへ応えた蹴速の言葉に、胸中で独り言ちた。
『少し変わっているとは聞いていたが、ただ変わってるだけじゃないようだな』
『据わっているんだ。自分ってものがなんなのか、よく知っているんだろう』
 内で言い置き、杏子は歩を進めた。
 それだけの相手ならば、こちらもそのつもりで行く。
 左に佩いた桜雪華を抜き放ち、正眼に構えながら、山頂に残された岩の位置を確かめる。
「はっ!」
 蹴速の面へ、こすりあげるように刃を打ち込んだ。
「ふん」
 蹴速は左の掌で刃を外に払い、空いた懐へ踏み込む。
 地が揺るぎ、杏子は重心を崩しかけるが、それはもう予測済みだ。
 刃と共に外へかわしていた杏子の脇を、轟と空を押し割る中段突きが行き過ぎる。果たして彼女の横腹が裂け、血を噴いた。
 それなりにかわせるつもりなんだが、それでも食らうか。
 彼女は動きを止めず、跳んだ。
 蹴速の追撃を、目をつけていた岩の後ろに跳び込んでかわし、砕け散った欠片に身を隠して蹴速の右へ回り込む。そしてさらに。
 全力の勝負なら、使えるものはすべて使う。それが君へ尽くす私の礼だ。
 杏子は掴んでいた欠片を蹴速の右眼へ投げつけておいて、もう一歩分、背後を突いて踏み込んだ。脇に構えた桜雪華を斬り上げ、凍桜の軌跡を空に刻む。
 しかし。脇腹に食い込んだ刃を蹴速はそのまま抱え込み、横蹴りを打った。
 このままでは斬り払うこともできぬまま刃を奪われる。杏子は溜めていた息を吐いて全身から力を抜き、腹を固めた肘で蹴りを受けた。当然その体は吹き飛んだが……蹴速の縛めから刃を引き抜くことに成功した。
『強引すぎる』
「しかたないだろう。刀を奪われないためだ」
 テトラの苦言にそう返した杏子は、地へ二転して立ち上がり、桜雪華を正眼に構えなおす。
「ふっ!」
 顔面へ降り落ちる蹴速の突きをななめにかわして踏み込んだ。20センチの身長差は戦いにおいては大きなディスアドバンテージとなるが、点の攻めをかわすならば逆にアドバンテージたり得る。
 杏子は蹴速の脇を抜けながら、剣道に云う抜き胴の型で桜雪華を横薙いだ。
 腹の皮を裂かれた蹴速が右眼を振り向かせ、杏子に問う。
「うぬはなにものなりや?」
「私は死を待つ者だ」
 杏子は薄笑み、言葉を継いだ。
「生きる目的はすべて果たした。だから、残されたこの魂、人のために使いたい。これだというものが見つかれば喜んで燃やし尽くそう。……愚神相手に燃え尽きてやるつもりはないがね」
 続き、テトラが声音を発する。
『私が杏子と交わした誓約は“おまえの生き様を見せてみろ”だ。その間であれば、別に魂をどう燃やそうとコイツの自由だ』
 ふむ。蹴速は鼻をひとつ鳴らし、左眼を閉ざした。

●武の鬼
 言葉を交わすこともなく、リィェンと蹴速は対し、共に構えた。
 互いに礼を尽くすべき相手かを知らぬ以上、当然のことだ。そしてそれを知るためにこそ、闘う。
「しぃっ!」
 先手を打ったのはリィェンだ。高く振りかざした極から衝撃波を飛ばし、それを追って駆ける。
「ふん!」
 左掌で衝撃波を受け止めた蹴速はそのまま踏み出し、リィェンの到達するであろう場所に回し蹴りを振り込んだ。
 膝を立ててこれをブロックしたリィェンは、骨が撓んできしむ音を聞きながらも上げた足を強く踏み下ろし、眼前にまで迫った蹴速の眉間に柄頭を打ち込む――と見せて、下ろした足で地を蹴り、蹴速の顎へ膝蹴りを突き上げた。
 蹴速はこれを、頭を逸らして回避。
『はじめから攻めの脚ではなかったということじゃ』
 インの言葉どおり、この膝蹴りは攻めるためのものではなかった。
 リィェンがもっとも欲しかったもの、すなわち、間合を得るがためのもの。
 割り込ませた膝で蹴速の胸を押し、一気に飛びすさる。着地と同時に勁を発して体を据え、衝撃波を飛ばした。
 ざくりと切れた自らの胸を見下ろし、蹴速はリィェンを見やる。
「それが、うぬか」
 問いではない。しかし、問いでもある。それがリィェンにの有り様かと。
『本当に闘いの最中に問うてきおった。聞いていたものとはちがうがな。さて、リィェンよ、なんと答えるのじゃ?』
 インの言葉を置き去るがごとく、リィェンは呼気を追って踏み出して。
「有り様をそのままにだ」
 互いに一歩を踏み込まずとも届く間合へ至った彼は、自らの後方につま先で横線を引き、今度こそ蹴速を見据えて構えた。
「ここからが、俺だ」
 言外に含められた不退転の意志。
「応」
 それを見て取った蹴速の応えは前蹴りだった。右にも左にも、わずかにも偏ることのない、正中線の真ん中を突く蹴り。
 リィェンは突き下ろした極の腹でこれを受け、体を思いきり巡らせて刃を横薙いだ。
 下からの蹴りで極のフルスイングを打ち上げた蹴速は軸足を蹴り上げる二段蹴りでリィェンの顎を狙うが。
 リィェンはまっすぐ打ちつけた額を支点にヘッドスプリング。蹴速の頭上を跳び越えて、回転に乗せた縦斬りを叩きつけた。
「……うぬはなにものなりや?」
 果たして、傷ついた背中越しに蹴速が問う。
 着地したリィェンもまた振り向くことなく背中越し。
「俺を光へと導いてくれた正義。その先を塞ぐ露を払い、背を支えるためにこの身と武のすべてを尽くす――武の鬼だ」
 ようは好いた女のために自分を捨て、いざとなれば仲間でさえも討ち、先を拓く――よく言えば一途な男じゃ。
 リィェンの答に対し、インは胸中でうそぶいた。
 悪く言うまでもなく、彼の想いは愚かしい。しかし言い換えるならば、彼が闇深き煉獄のどん底で見た彼女は、自らを迷わず愚へ堕とすほどの“光”だった。それだけのことだ。
 無言で小さくうなずいた蹴速が、左眼を閉ざした。

●変人
 まわりを気にしてる様子はない。こっちに集中してる。
 仙也は鎖鎌に変じたアジアンウエポンズを手に、蹴速との間におよそ20メートルの距離を置いて周りを巡る。
 二手を使って、そこまでは確認した。離れていようと蹴速の“気”が届くことも。さすがに細かな操作まではできないようで、顎を弾かれて一発KOを食らうのは避けられたが……かなり深刻に、痛い。
『中遠距離は旨みがない』
 料理上手だからなのかただの例えなのか不明だが、ディオハルクが仙也に告げた。
『だな。ま、仲間が見えないだけでそこにいるってわけでもないらしいし、思いきり暴れるか』
 内で返した仙也が駆け出した。右へ向かい、左へ跳び、前へ転がり、速度、角度、軌道を変えながら、腰を落として構えた蹴速へ迫る。
「しっ」
 蹴速の左ストレートが仙也を迎え討った。まともに当たれば装甲ごと肉を穿たれるだろうが。
 鎖鎌を前へ放り投げつつ、ロストモーメント。肩口に拳を食らった勢いで体が回転する中、無数の鎖鎌が蹴速の皮と肉とを削る。そして。
 奇襲ってのは隠れてするばっかりじゃねぇんだよ。
 ちょうど一回転し終えた仙也は、自らの周囲を固め、蹴速に反撃している鎖鎌のひとつを掴んだ。それは森の内に隠した木――ロストモーメントに紛れ込ませていた彼の得物。
 蹴速の股間へ分銅を送り、一瞬の間を置いて鎌刃の先でドロップゾーンの発動体たる左眼を狙う。
 近づくまでに動き回ったのは、当てにくさを演出して蹴速に「とにかく当てる」ことを意識させるためだ。急所狙いさえ避けられれば、攻めを利して反撃を当てる目も生じるだろうから。
 さて。蹴速が先に出した分銅に反応してくれたら万々歳ってとこなんだがな。
 対して蹴速は両脚をすぼめて分銅を止め、鎌刃を払った手刀を仙也の首に引っかけ。
「ふん!」
 引き倒した。首相撲と呼ばれる崩し投げである。
 自らの意志によらず宙を舞わされ、回される仙也。しかし、その口の端は薄く上がっていた。
 今なら――ここからなら当たる。
 蹴速の攻めをかわしきれないことなど、もうわかっている。ならば確実に嫌がらせて次へ繋ぐだけだ。
 槍へ変じさせたアジアンウエポンズの石突を地へ突き立て、穂先を蹴速の左眼の先へ置いて、カウンターを為す。
「ぐっ!」
 地に叩きつけられ、息を詰める仙也。
 こめかみを槍に削られた蹴速は左眼をすがめて彼を見下ろした。
「うぬはなにものなりや?」
「悪魔に乗せられて契約した奇人か変人。で、内にいるのはその変人へ目をつけちまった悪魔サ。……ともあれオレはもらった力で欲を満たし、対価を払う」
 倒れたまま応えた仙也の内、ディオハルクが添えた。
『悪魔と言えば命が対価のはずだが……人間の味方らしい顔をして愚神と戦う。それが対価の代わりか』
「死ぬまで楽しまなきゃ損さね。たった今しか味わえない闘い、その贅沢を楽しもうぜ?」
 蹴速は口の端をゆるめ、「是」。左眼を閉ざした。

●魔術師
 蹴速はただまっすぐに魔女へ向かってくる。
『仕組までは不明ですが、姿が見えないだけ――というわけではないようですね』
 内で落児に語った魔女は、二丁拳銃の引き金を交互に引きながら横へスライディング、蹴速の“気”を避けた。
 蹴速の追撃はない。先に撃ち込んだ弾を腕でガードしていたからだ。
『ロロロ、ロロロ』
 意外に、当たる。意外さを含めた落児の言葉に魔女もまたうなずいた。
『ええ。少々“過ぎる”気はします』
 こちらの攻撃が当たり過ぎる。こちらの攻撃でダメージを受け過ぎる。いや、こちらもそれなりにはもらっているのだが、推定とはいえケントゥリオ級と1対1の状況で、ハイレベルリンカーとはいえ自分たちは戦え過ぎていないか?
『もしかすれば、あの蹴速は分身なのかもしれませんね』
 しかし、分身であっても影ではあるまい。争力を求める蹴速の有り様はそれを許すまいから。
 自らの力を損なってまで尋常な勝負を挑む愚神。本当におもしろい。
『ならば私たちも力を尽くしましょう』
 一射ごとに間合を変えて測ったが、蹴速の“気”は銃弾が届く距離ならば届く。つまり間合に意味はないということだ。
 蹴速の問いが発せられるのは平均して40秒とのことでしたね。あと10秒、得られる限りの情報を持ち出させていただきますよ。
 魔女は戦闘区域に残された岩の影に滑り込み、その身を思いきり縮める。
「ふん!」
 蹴速の連続突きが放った“気”が岩を粉砕する前に、魔女は跳んでいた。最初から盾に使う気はなかった。シャープポジショニングが告げる最適解はここにない。そして先に試したストライクでは、あのガードを越えられない。ならば。
 魔女が駆けた先に待つものは蹴速だ。
 ジャックポットが間合を捨てて白兵戦――思わぬことに蹴速は眉をひそめ、迎撃の体勢を整えるが。
 奇策ではありませんよ。最適解を為すための、ただの必然です。
 拳が来るよりも早く、蹴速の右斜め前に到達した魔女は二丁拳銃を撃ち放つ。
 蹴速にすれば怖さのない通常攻撃だが、しかし。
 銃口を離れた弾がかき消えて、再び現われた。そう、蹴速の左眼の先に。
 至近距離から逆をつくテレポートショット。これこそが魔女の最適解であった。
「おおっ!」
 ガードに置いていた腕でこれを受け止めた蹴速だが、体勢を崩し、危うく踏みとどまった。
「うぬは……なにものなりや?」
「私は――いえ、私たちは魔術師ですとも。あるいは絶望の果てに力を得て意志を貫くものであり、遺志を受け継ぎ想いの果てに願いを描くものであり、願いを糧に自信を為すもの。故に、深き夜が訪れようと暁に至るまで歩み続けるものたち」
 魔女の涼やかな答に、蹴速は一度両眼を見開き「相聞き遂げた」。左眼を閉ざす。

●見届ける者
 雨月の凍気が、蹴速の前に出された左腕へ絡みつく。
 蹴速はそれにかまうことなく、腰だめに構えた右拳を突き出し、“気”を飛ばしてきた。
「っ」
 胸へねじりこまれた“気”が雨月の呼吸を奪う。急所への直撃は避けたが、かわしきることはさすがに難しい。
『相手の間合を侵さず、受けて立つ。……ふん、健気なものよ』
 アムブロシアの声音に皮肉が閃いた。
 至近距離で殴り合うのが本意だろうに、あの蹴速はこちらの流儀に従い、素直に撃ち合いを演じている。
『でも、ただ撃ち合っていても無意味に削り合うだけよね』
 あの愚神はそれでも問うのだろう。しかしこのままでは、それに応えるだけの重さが足りない――そう思えてならないから。
 単発でダメージを与えられる相手でもないし、しかけさせてもらうわ。
 雨月は蹴速へと踏み出し、誘う。
 私は行くけど、あなたはそこで待っているだけ?
 いや、雨月が前へ出ると同時、蹴速もまた踏み出していた。1、2、3。互いに進むことで間合は遠距離から中距離へ、中距離から近距離へ詰まり、そして。
 雨月が踏み込んだ足を蹴り返し、後ろへ跳ぶ。その眼前に赤きブルームフレアを燃え立たせ、蹴速の歩を焼いて。
 蹴速は焼かれるままに踏み込み、蹴りを放った、前蹴りでも回し蹴りでもない、その間の軌道をすべる三日月蹴り。
『かわせぬな』
 アムブロシアの言はあきらめではない。雨月の“次”を促す合図であった。
 そして雨月は、自らの腹に食い込む蹴速の蹴り足を抱え込んだ。攻撃を受け止めるためではなく、この場に自らを縫い止めるがため。
「――もう一度、燃えなさい」
 再びのブルームフレア。ただし先の炎とは異なり、その色は青白かった。浸透した白の書の凍気を映す“凍れる炎”――それが、足元ならぬ蹴速の面で爆ぜた。
「ぬう」
 左手で左眼をかばいながら、右の手刀を繰り出す蹴速。
 眼を閉じたらドロップゾーンが消える。だからあなたは左眼を守るしかない。
 不十分な体勢からの手刀を肩で逸らし、雨月は書の描く魔法陣から氷の拳を召喚、叩きつけた。
 大きく跳びすさってこれをかわした蹴速は、眉根を引き絞って問う。
「うぬはなにものなりや?」
「見守る者、もしくは見届ける者……かしらね。誰かに手を差し伸べて支えもするけれど、傍観するときもある。自分が表立ってこれをする! ということもあまりないし」
 息を整え、雨月は痛む肩をすくめてみせて。
「まあ、何事も程々だけどね。行き過ぎれば、それはそれでよろしくないことが多々あるわ」
 聞き終えた蹴速は顎をひねり、左眼を閉ざした。

●繋ぐ者
『剣に宿りし終焉と始まりの円環よ。呼応し、ニノマエの力となれ!』
 サヤの言葉が御剣の魂を震えたたせ、その力をいや増した。
「……俺とミツルギの全力集中だ」
 サヤに低く応え、ニノマエは剣を構える。
『一打一蹴に応報するぞ! 力まず堂々と敵の間合に入る!』
 ようするにいつもどおりってことだ。ニノマエはかがめた身をそのまま前へ押し出し、蹴速へ向かった。
「おおっ!」
 肩口から突っ込んできたニノマエの顎へ膝を突き上げる蹴速。
 武人ならば当然、蹴りひとつでは済むまいが……顔を振って膝をやり過ごしたニノマエは軸足へと剣を振り込んだ。ガギン! 鉄骨を叩くような衝撃が手にはしった次の瞬間、どん! 背に凄まじい衝撃が弾け、ニノマエの体は地へ叩きつけられる――
 ――わけにいくかよ!
 最初から背を丸めておいたのは、敵の連打に縫い止められないためだ。すくめた首を地につけて一回転、ニノマエはすでに拳を振り上げている蹴速へ凄惨な笑みを向けた。
「止めさせねェぜ!」
『この無数の剣閃をもって!』
 ニノマエとサヤの声音が重なり、その身の周りに幾本もの御剣が顕われた。向かう先は、突き込むために踏みしめた蹴速の軸足だ。
 殴ろうが蹴ろうが軸足ってのは変わらねェからな!
 体重を預けた脚を削られ、力を減じた突き。殴られながらもそれを手繰って立ち上がった彼だったが。
「ふん!」
 関節を逆に取られて背負われ、投げ落とされた。
 強引に引き抜くのではなく、敵をつまずかせて転ばすように落とす、必殺の投げである。
『体を丸めろ!』
 サヤが警告を飛ばす。が、それを許してくれる投げではありえない。ニノマエは背を反らされたまま投げ落とされ――頸椎から尾てい骨までが押し詰まる激痛を、噛み締めた賢者の欠片で抑え込み、蹴速の軸足を剣で薙いだ。
「ただじゃ、落ちねェさ」
 蹴速が軸足を後ろへ引いた隙に後転。今度こそ立ち上がったニノマエは、外された肘関節を強引にはめなおして蹴速へ跳びかかる。
 彼が一度息をつくものと思い込んでいたらしい蹴速だが、すぐさま迎撃態勢を取った。
 それでもニノマエは止まらない。そのままの勢いで蹴速の連続突きのただ中へ跳び込み、御剣が導くままにその刃をはしらせた。1、2、3、456789――数える目が追いつかぬほどの剣閃に紛れて沈み込み、片足のつま先を軸に一回転。蹴速の虚を突き、その“軸足”を斬り上げた。
 唸った蹴速は軸足をかばって大きく一歩退き、問う。
「うぬはなにものなりや?」
「繋ぐ者だ。今この瞬間から先に流れていく時間を、ここから繋ぐ。だから俺たちはあきらめねェ。何度だって立ち上がるんだよ。預かりものもあるし、な」
 自らの胸に親指をかるく突き立てたニノマエは笑み。
『先に倒れし者も共に先へと連れ行く。数多の想いを置き去りにはせん』
 サヤが平らかに、しかし万感を込めて綴る。そして。
「相分かった」、蹴速はうなずき、左眼を閉ざした。

●エージェント
 ドロップゾーンが晴れた。
 その縁に貼りついていたらしい大鬼――姿形からして小鬼が変じたものであるようだ――どもが溶け崩れ、山の内よりその気配ごと消え失せる。
 後には6組のエージェントに囲まれて立つ蹴速だけが在った。
『戻ってきたということか』
 内でつぶやくテトラに「ああ」と返した杏子は、ふとニノマエを見やる。
「ずいぶん傷ついているようだ。欠片はいるか?」
「いや」
 かぶりを振ったニノマエは乾いた血に縁取られた三白眼をすがめて蹴速に据え。
「自前のがあるさ。頓に争力するんだろ? ここからが本番だぜ」
 杏子は息をついてうなずいた。答えたことをその場だけの嘘にはできない。あの愚神へ見せてやらなければ。己の有り様をそのままに。
 彼の思いを察した杏子は口の端に薄笑みを作る。
 そういうことなら、先達としてただ見送るわけにはいくまいさ。
「行くぞ」
 杏子の初手はエリアルレイヴだった。
 空手に云う騎馬立ちの構えをとった蹴速へ降り落ち、突き上げ、薙ぎ払われる無数の剣閃。豪壮にしてたおやかな体捌きはエクストラバラージの支えで閃光さながらの迅さを刃に与え、蹴速の皮を裂き、最後の袈裟斬りで左眼の端を断つ。
「私の魂と刃は、私ならぬ誰かのためにこそある」
 蹴速の突きを和装の袖で巻き取るように受け、杏子はその体を翻した。蹴速、私の言葉が誠であることを、この私の有り様をもって見せてやる。
 散り花のごとくに宙をはしった袖が、蹴速の眼を寸毫奪う。
『杏子の好きに生きるといい。これまでどおりにこれからもな』
 残されたテトラの言葉に続いたのは、仙也の声音。
「さて、対価を払おうか」
 彼女と同じエリアルレイヴを乗せたアラドヴァルで突き込んだ。手首の返しで浅い突きを繰り出し、槍より舞い散る毒炎の中に紛れさせた本命の突きで蹴速の右拳を穿った。
 結果は必然だ。この槍はディオハルクの力を十全に引き出すがために鍛えあげたもの。その力を得た仙也が、攻め損なうことなどありえないのだから。
 ――ま、ディオハルクの力はオレの力。払いの半分は俺がもらうけどな。
「けぇ!」
 拳を損なった蹴速は前蹴りで仙也を突き放すが……一歩退いたばかりで仙也は踏みとどまった。彼を支えたものは、後ろの地面に突き込んだ石突だ。
「これくらいの貰いじゃ支払いに追いつかないんでな」
 苦痛にかまわず蹴速へ向きなおる仙也の内、ディオハルクは口の端を薄く上げて言う。
『ならば今日は期待させてもらおうか、変人』
 蹴速がその腹へ膝を突き込もうと踏み出した、その出足に。
 ドロップゾーン内で蹴速の挙動、その速度と動きが描く距離とを測ってきた雨月が書の魔力を放つ。霊力浸透でその温度をさらに引き下げられた凍気が愚神の脚を侵し、血肉はおろか骨までもを凍りつかせた。
 零へ還れ――すでに誰の奏でた音とも知れぬ残響を引いて。
 雨月は静かに息をつく。この言葉を発したものは望みどおり、凍土の果てで零へと還った。だとすれば、蹴速はどうだ?
「あなたは争いの果てになにを望むのかしら? 争いそのものが望みなのかもしれないけど」
 そこに挟まれたものはアムブロシアの、いつになく乾いた声音であった。
『それもまた、この騒ぎが収まればおのずと知れようさ』
 対して雨月はうなずきを返し。
「見届けさせてもらう。戦って戦って、その果てであの愚神がなにを得るのか」
 と、蹴速の凍った脚が爆ぜた。
『ロロ――ロロロロ、ロロ、ロ』
 誰かに与えられたダメージが残っていたか。
『そうですね。自分のドロップゾーン内ならもう少し融通を利かせられるはずが、それをしなかった』
 シャープポジショニングで割り出した狙撃ポイントから立ち上がり、魔女は内で落児へ応えた。
 ストライクで撃ち出したあの弾は、本来であれば左眼を狙うための技だ。しかし、彼女はあえて仲間が留めてくれた脚を狙った。それは共に戦う仲間への信であり、ひたむきに争力を求める蹴速への信。
 この期に及んでドロップゾーンを張りなおすような真似を、ましてやこれまで受けてきた傷をそのままに私たちと対したあなたがするはずはありませんから。そしてそれを知ればこそ。
「――あなたを踏み越え、私たちは夜を越えていく。意志を貫き、遺志を継ぎ、願いを描くがために」
 片脚を失った蹴速が跳び、宙で体を巡らせた。重力をも巻き込んだ回し蹴りを、下方にて身構えたニノマエへ叩きつける。
 十字に組んだ腕に沿わせた御剣の腹でこれを受けたニノマエが、こらえきれずに膝をついた。しかしその目は強く輝き、さらなる力の熱を傷ついた体へ注ぎ込む。
『ふふ』
 内で漏らされるサヤの笑み。
 ニノマエは左手に持ち替えた御剣で蹴速を押し返し、舌を打った。
「右腕折れてんのに余裕じゃねーか」
『折れたのはおまえの腕だ……ということにしておこう。それよりも楽しくてな。この共鳴と共闘が』
 ニノマエの生き様の先を拓く己という剣がここに在る。それがたまらなくうれしい。
「……今さらだろ」
 あえて多くを語らず、ニノマエはのしかかる蹴速の体、仙也の穿った蹴速の右拳へ刃を当て、押し斬った。
「繋ぐぜ、次へ!」
 地へ落ちた蹴速の前に、エクスプロージョンナックルを装着したリィェンが立つ。
「構えるまで待つ」
「応」
 残された片脚で踏んばり、腰を定めた蹴速にリィェンが問うた。
「貴様は、なにになろうとするものだ?」
「我は争力なり」
 よどみのない答にインが息をついた。
『先も後もない争力。勝つも負けるも尋常の内、ということじゃな』
 闘い、すなわち己。それは武人としてこの上もない有り様ではある。
「なるほどな。背負うものも抱えるものもなく、純然に在る。潔い」
 武人としては敬服するが。背負ったものと抱えたものがあってこその、俺だ。比べ合いで負けてやるわけにはいかんさ。
 蹴速の突きを手の甲で逸らし、震脚。体を沈める反動に乗せた掌打で顎を突き上げれば、ナックルに仕込まれた機構が作動し、爆炎を噴いた。
 体勢を崩され、眼前を塞がれた蹴速がたたらを踏む。
「追撃!」
 鋭く告げたリィェンはネビロスの操糸を伸べた。
 負ったしがらみと抱えた想い、その重さをなにも持たぬ愚神へ突きつけるがために。

 エージェントの連携が蹴速を打ち、撃ち、貫いた。
「これぞ、争力」
 ついに崩れ墜ちた蹴速は背を地につけて天をあおぎ、未だ無事を保っていた左眼を開いた。
 魔女ばかりでなく、誰も止めはしない。同じ争力を演じ、退場していく者を、ただ見送る。
「介錯はいるか?」
 思いのすべてを飲み下し、平らかな態度で刃を示した杏子へ、蹴速はただひと言。
「不要」
 うなずき、杏子が刃を鞘に収めたそのとき。
 両眼で月を見上げたまま、蹴速はざらりと砕けて消え失せた。まるでそう、始めからそこにいなかったかのごとく。
 まあ、これもまた生き様で、死に様なんだろう。テトラは胸中で唱え、自らが見るべき生を行く杏子へと意識を戻した。
「見届けさせてもらったわ」
 背を向けた雨月の声音がやわらかく夜気を揺らす。
 アムブロシアはなにを語ることもなく、ただ息をついた。
「オレは従魔が残ってないか見ながら帰る。残しておいちゃもったいな――二次被害が出たらまずいしな」
『建前くらいは言い始めるまでに用意しておけ』
 こちらは感慨も情緒もない仙也が、ディオハルクのツッコミを無視して山中へと姿を消した。
「俺たちも帰るか」
『武の鬼が背を支え、先を拓かんとする正義の元へか?』
「いずれはそうありたいものだ」
 リィェンはインの揶揄に生真面目な顔で応え、歩き出す。
「残す遺志のないあなたを連れていくことはしませんよ。ただ、この夜の争力を、私はいつかの途中に思いだすでしょう」
『ロロロ、ロ』
 背中越しに贈り、魔女は明日へ向けて踏み出した。
 最後の落児の言葉がなにを示したものかは、彼女のみぞ知る。
 そんな魔女の後を追ったニノマエがふと振り向いて、無言のまま視線を戻す。
『なにを言っても締まらないから口を閉ざす。野暮天あるあるだな』
 サヤの言葉に舌打ち、それでも語ることなくニノマエは足を速めた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381

重体一覧

参加者

  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
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