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愚神アスカラポス討伐【相談所】
最終発言2018/08/31 10:06:31 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/09/19 07:23:41
オープニング
●サーペントの神の名を冠した
アフリカ大陸西部に突如出現した古代都市『スワナリア』。
永い眠りから目覚めた広大な都市は時の流れに取り残されたかのような古代生物たちが発見された。
そして、その日──スワナリアから飛び立つ翼竜の姿が目撃された。
一際目立つのは燃えるような鮮やかなオレンジに黄金の鞍を着けた個体だ。
三メートルほどの巨大な頭部の殆どは長く尖った嘴。
広げた翼は十メートルを優に超え、しかしながらその身体は頭部の四分の一ほどしかなく、趾(あしゆび)も鳥のそれというよりは、翼竜の分類ただしく爬虫類かべつの何かを思わせた。
想像を超えた状況にスワナリアを観測していたとある軍では混乱を起こしていた。
「すげえ、ケツァルコアトルス・ノルトロピだ! 神の名を持つ世界最大級の翼竜がお出ましだぜ!」
混乱する現場で、ひとりの軍人の青年が砲台の前で口笛を吹いた。
「真面目に観測しろ! スワナリアの恐竜たちのほとんどは攻撃を受け付けないと報告があった。気付かれるな」
「すまん。だが、恐竜は浪漫があるだろ。それを見ることが出来るなんて感動もんだぜ。あっ、ディモルフォドンだ! あれはダルウィノプテルス──」
「どうした?」
急に黙り込んだ青年の様子に慌ただしく指示を出していた隊長が問う。
「……気のせいかもしれません。翼竜は身体が軽くてドラゴンみたいに他の恐竜と戦ったりしない。昆虫や魚なんかを食べたりするのもいるんです。だけど、あそこを飛んでいるのはほとんど動物や腐肉なんかを好む奴等が大半のような──」
「待て、あいつらのほとんどはリンカーでも攻撃が通じないんだぞ!?」
彼らはそれに気付いているのだろうか、今、飛翔するこの世界で自分たちはほぼ無敵であると。
もし、それを知っているとすれば。
「……た、隊長……」
震えながら無線機を持った隊員が空を指した。
影が落ちた。
大木があった。
否、否、否。
巨きな体高はキリンほど。
彼らを囲み覗き込み、または大きな嘴を開くのは数頭の白い巨大なケツァルコアトルス・ノルトロピ。
●ロンドン支部
やがて翼竜たちはイギリス、ロンドンへ辿り着く。
「ほとんどの翼竜は攻撃を受け付けませんが、ただ一頭、オレンジのケツァルコアトルス・ノルトロピが若干のダメージを与えることができるようです。個体名を暫定的にヴァーミリオンと名付けました。ヴァーミリオンには黄金の鞍を着けていることからそれがオーパーツであり、攻撃を受け付けるのはその効果ではないかと予想」
ロンドン支部のオペレーターは集まったエージェントたちに状況を説明した。
……それは出来の悪い怪獣映画のようだった。
巨大な翼竜たちが空から、または街を歩いて建物の中に逃げ込む市民を啄み出して喰らわんとする。
ロンドン支部に居たエージェントたちが街中を走り周ってそれを阻止すべく粉骨砕身戦うが攻撃を受け付けない者同士状況は好転せず、いや、むしろ守るべき市民を背負ったエージェントたちの方がじりじりと追い詰められている。
「……ヴァーミリオンの背の鞍に騎乗する者がいます。ご覧ください」
画面に映ったのは先日ファロスの塔を破壊したマガツヒに与する愚神、アスカラポスだ。
「塔の女性と同じ、笛らしきものを持っているのも確認できます。あの愚神が翼竜たちを暴走させているのでしょう」
翼竜の数は数えることはできず。
その中心を飛ぶケツァルコアトルス・ノルトロピ『ヴァーミリオン』。
さしものエージェントたちでも、それに近づくのは難しく思えた。
「愚神との戦いの果てに、無関係な恐竜に滅ぼされる──なんて三流映画並みの結末は御免だ」
灰墨 信義(az0055)は資料をテーブルの上に置いた。
「私自身は同行できないがロンドンの夜警たちと力を合わせてアシストしよう。あの恐竜たちの中から奴を引きずり出す。君たちは愚神を仕留めて欲しい」
そうして、彼は一つのオーパーツについて語る。
それは時計塔に永く隠されていたもの。
名を『ヴィクトリア』。
謎多き強力なオーパーツとしかわからなかったそれは時計塔から回収した後の研究で、限定的な「ロンドンの内部で起きた過去の再現」を可能にしたオーパーツであることがわかった。
ただし、あくまでロンドンで行われたオーパーツやライヴスなどを使った人為的な術であり、また完全な再現ではない。
例えば結界などを再現して街を守る、そういった役割があったのだろうか。
しかし、永く封じられ、また事情があったとは言え早急に時計塔から外されたヴィクトリアは急速に力を失いつつあった。
遙か過去にもしこの街で結界などを用いたことがあったとしても、その奇跡を再現することは最早不可能であった。
「──はるか過去の再現はできない。だが、ほんの数年前なら可能だ。
例えば『二〇一六年の終わり』、時計塔を中心としてロンドン上空に創られた歪なドロップゾーンならば?」
そう言って信義は『仮装騒』と呼ばれた事件の最後の戦いの記録を提示した。
「壁は無いからな、警告はするが落ちるなよ」
●闇色の竜
巨大な翼竜に乗った愚神はそれに気付く。
「……翼竜ではない、あれは、鴉……か?」
あちこちから鋭い鴉の鳴き声が聞こえる。
縄張りを荒らされたと怒っているのだろうか?
まさか。鴉が生物としてこの圧倒的な力の差がわからないはずはない。
だが、そのまさかであった。
灰色のモッズコートのフードを深く被ったその下の顔は黒色に渦巻いていて表情などはわからなかったが、彼は舌打ちして苛立ちを露わにした。
一羽、二羽……知性を感じる瞳が見透かすような眼差しを投げかける。
──そして。
「違う、あれはただの鴉ではない!」
ロンドン中から、それともどこかへ潜んでいたのだろうか。数多の鴉たちの大群が空に黒い影を描き出していた。
初めて、愚神が鳴らす笛の音で狂暴化した翼竜たちがひるんだ。
愚神が笛を滅茶苦茶に吹き鳴らす。
「進め、進め!」
だが、黒い鳥たちは巨大な翼竜の影を真似て真っ直ぐに、愚神の乗る『ヴァーミリオン』へと突っ込んで来た。
ロンドンの上空で巨大な翼竜と黒い影の竜がぶつかり合った。
暴れる翼竜に突撃した鴉たちは声を上げて翼を散らして降下する。
だが、翼竜たちも隊列を乱し、そして、その中心であるヴァーミリオンはバランスを崩して落下した──。
「なんだ……」
翼竜から降りた愚神は顔を歪めた。
落下したはずの翼竜も愚神も地面へと激突はしなかった。
威厳を放つ宮殿を押しつぶすことなく、彼は……彼らは青い空の上に立っていた。
「どういうことだ──リンカーども」
愚神は憎しみを込めた声を放った。
百メートルほど先の巨大な文字盤の周辺で彼を待ち構えるエージェントたちへと。
解説
概要:ロンドン上空の空中ステージで翼竜の妨害を避けながら愚神を倒す
ステージ:エリザベス塔(通称:ビッグ・ベン)上空、時刻13時頃
時計塔を中心に見えない床が広がる、時計塔以外は何もない空のステージ
スタート地点は文字盤の前
高さ:ビッグ・ベンの文字盤の位置
広さ:ウエストミンスター宮殿より広いくらい
※オーパーツによる再現風景であるため、本来のドロップゾーンの拡張する力・ライヴスを吸収する力は無い
参考:ウエストミンスター宮殿 敷地:30,000m2、幅:280m、高さ(時計塔):96m、文字盤は地上55m
〇敵
・愚神アスカラポス(を名乗る者)
ケントゥリオ級
爆炎と銃撃・片手剣で攻撃する
物攻B/物防B/魔攻A/魔防B/命中B/回避A/移動C/特殊抵抗A/イニシアチブ値C/生命A
・能力
余殃(よおう)×1:ライヴスを伴わない爆発を(アクションとは別に)周囲で起こすパッシブスキル
患禍(かんか)×1:相手を1ターン行動不能にする
陥穽(かんせい)×1:自分とPCの一人を錯覚させて攻撃させる
※初め余殃は抑えているが、戦闘が始まると暴発し驚いた翼竜たちが暴れ回る
※笛は顔の歪みの中へ収納してあり倒さなければ取り返せない
・翼竜(ケツァルコアトルス以外は数不明)
ケツァルコアトルス・ノルトロピ(ヴァーミリオン)
ケツァルコアトルス・ノルトロピ×2
ディモルフォドン
ダルウィノプテルス
※ヴァーミリオン以外はPC/翼竜、互いにダメージはないが
翼竜の攻撃は衝撃・翻弄のBS有
PC側からもダメージ・精神系以外の束縛等は判定により効果有
※翼竜は炎等は恐れない
※ヴァーミリオンは対PC戦で若干のダメージを与え・受ける
〇その他
・オーパーツ『ヴィクトリア』
ビッグ・ベンに永く隠されていたオーパーツ
今回は過去の戦いにおいて作られた空中ステージの再現に使われた(OPで使用済み)
リプレイ
●蛇目の神を連れた者
足元に広がるウェストミンスター宮殿。
透明なステージを探索した橘 由香里(aa1855)はその端でビクトリア塔庭園に気付いた。
一年前の夏。愚神が残したビッグ・ベンの亡霊の噂を払拭するために、彼女を含めたH.O.P.E.のエージェントたちはあの公園で事件の解決と安全を謳ったイベントを行った。その時、由香里は事件の内容をなぞらえた活劇に参加して敵のヒロイン、フォークス・オルタを演じたのだ。
あの時はあそこからここを見上げていた。
文字盤の前の仲間の下へ戻ると由香里は笑った。
「ふふっ。ここで戦うならやっぱりこの恰好でないとね」
上空に吹く風に靡く髪を軽く押さえながら、共鳴した由香里は小さく微笑んだ。いつも制服や巫女装束であるため、ドレス姿は新鮮でくすぐったい。共鳴した飯綱比売命(aa1855hero001)は残念そうに言った。
『真昼間から黒いドレスじゃとイマイチ映えんのう。やはり夜でないとのう』
仮面は面倒なので省いたが、この暗夜のドレスとコートは劇で身に着けたものだ。
「カーテンコールの幕はすでに下りたのだし、再演も無いのよ。こんな騒動、同じ場所で何度も起こすべきじゃない」
足場を確認していた迫間 央(aa1445)も戻って来た。
「”こういう物”だとわかっていても、どうも落ち着かんな」
『足を踏み外して戦線離脱なんて笑えないものね』
答えたマイヤ サーア(aa1445hero001)の声に冷たさが混じる。
『──央』
青空にぽつぽつと滲み出る黒点。それは見る間に大きくなる。
「来たな」
エージェントの背後で巨大な時計の針がゆっくりと動いた。
もう点ではなかった。
頭上での影と翼竜の激しいぶつかり合い。
ロンドンを護る鳥たちが落ちてゆき、それが彼らの前へと叩き付けられた。
風に乗って散った黒い羽根を見て、氷鏡 六花(aa4969)がぽつりと漏らした。
「あのカラスさんたち……どうして、自分よりずっと大きな翼竜に、向かって行くんだろ……?」
『鴉はロンドンの守護者だとも言われてるわ。もしかしたら、この街を守ろうとしてるのかも……』
彼らを想う六花へ、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が応えた。
「……そっか。守りたいものの為に、命を懸けて戦う……。六花たちと、同じ……だね」
六花はその瞳の彩を冷たく変えて視線を「敵」へと移した。
「どういうことだ──リンカーども」
怒りと憎しみを向ける愚神、アスカラポスへ。
「どういうことだ? そりゃこっちのセリフなんだがな」
紅い義眼の残光を残して、麻生 遊夜(aa0452)はその目を細めた。ユフォアリーヤ(aa0452hero001)がクスクスと笑う。
『……ん、ここから先は……通行止め、だよ?』
時計塔の巨大な文字盤の前で共鳴したリンカーたちがそれぞれの武器を構える。
黙って懐から笛を取り出した愚神アスカラポスは乱暴に吹き鳴らした。
時計塔の下で市民を襲っていた、または大空を滑空していた翼竜たちが一斉に猛り狂う。
大気が揺れる。
時計塔を中心に、見えないこのステージを含めたあちこちで余殃の爆発が起こった。
愚神の笛と爆炎に煽られて、狂ったような翼竜たちが宮殿の上空へと集まり出すのがわかった。
墜落したケツァルコアトルス・ノルトロピ「ヴァーミリオン」が、首を伸ばし歯の無い恐ろしく大きな嘴を開き絶叫した。
愚神は笛を渦巻く己の顔へと差し込むと、それはすぐに中へと吸い込まれ姿を消す。
「袋小路はお前たちだ。丁度良い……殺してやろう」
狂乱を増す翼竜たちが飛び交う空の下で、文字盤の三百十二の乳白ガラスの前で、少女は自らが好みまた憎む炎たちを眺めた。
「アスカラポス?」
『……ふぅん』
アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は共鳴したカラダを敵に向けた。
彼女たちに思うところは特になく──これもまた「オーダーだから」。それ以上でも以下でもない。
「アリス」はただオーダークリアの目標に向かって動き出す。
「愚神アスカラポス……この時計台の上で決着をつけましょう」
ミラージュシールドを下げた月鏡 由利菜(aa0873)が駆ける。
ヴァーミリオンがその巨大な翼を動かした。
空気が動き、つられて風が舞い起こる。
由利菜と共鳴したリーヴスラシル(aa0873hero001)が眉を顰める。
『……奴が乗っているのが、識別名『ヴァーミリオン』か。……あいにく我が世界を巻く蛇なら、ミドガルズオルムで間に合っている』
「あれもスワナリアの竜であれば、命を取りたくはないですが……」
優しい由利菜の言葉に彼女の騎士は忠告した。
『気持ちは分かるが、あくまでもユリナを含む皆の生還が第一だからな』
「……ラシル、あなた自身の生還も、でしょう?」
由利菜は飛び込んできた翼竜を打ち倒した。
「アスカラポス、母の祖国を戦場に選んだこと後悔なさい!」
『ああ、主の母上の祖国を守る為の戦い、負けるわけにはいかぬ』
ストレイド(aa0212hero001)の深紅のモノアイが光った。
《戦闘システム・起動。敵を目視確認》
灰堂 焦一郎(aa0212)が警告する。
「支援攻撃を開始いたします。皆様、射線にご注意下さい」
乱戦が予想される戦場でのこと、H.O.P.E.から借りた無線機を組み込んで事前に連絡網は構築してある。それを利用して、ゴーグルで高めた彼の視野に映る敵の様子は、すでに仲間へと伝えた。
シャープポジショニングで選定された時計台の屋根の上から焦一郎のLSR-M110が愚神への道を切り拓かんと放たれた。
《……障害物だな》
払えるものの、決して倒せない翼竜たちに、苛立ちのような反応を示すストレイド。
「情報通りの攻撃が通じない存在です。目障りですがこのまま路を拓き、愚神を狙います」
路さえできれば、己の一撃は勿論、仲間もあの風切羽の手もそこへと届くはず。
《了解だ》
狙撃銃が狙いを定める。
突っ込んでくる翼竜をいなす遊夜。
「さて、どれが手ごろだろう」
『ん……あれ……?』
「……だよなあ?」
ジャングルランナーで翼竜たちを狙う遊夜は共鳴中のユフォアリーヤへ悪戯っぽい笑みを向けた。
狙うは巨大な翼を広げる、ヴァーミリオンと同種のケツァルコアトルス・ノルトロピ。
射出されたマーカーは狙い過たず滑空する蛇目の神に突き刺さった。暴れる、それに飛び乗る遊夜。
愚神目指して走るアリス。空を滑空するような細身の少女へ翼竜たちが群がる。
──全てを灰塵に。
群がったそれらを追い払う、アリスの極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』の炎。
荒木 拓海(aa1049)は翼竜を払っていた魔剣「ダーインスレイヴ」をロケットアンカー砲に持ち替える。
「オーパーツってこう言う使い方も有るんだな……」
『奪い合う筈だわ、勉強になったわね』
メリッサ インガルズ(aa1049hero001)と感想を交わす拓海の視界で碧の髪が揺れた。
由香里だ。
「これだけ大量の翼竜が無秩序に群れている中、愚神に強襲を掛けるというのであれば、やっぱりあれしかないでしょう」
『ふむ、あれか』
視線を敵に向けたまま、跳び上がる由香里。拓海もにっと笑う。
「同じことを考えてたよ」
『えっ?』
驚くメリッサを他所に拓海は空を踏みしめ力強く蹴り飛ばした。大きく跳び上がった彼のロケットアンカー砲からクロ―が放たれる。翼竜を拘束すると、それを手がかり足掛かりに次々と翼竜たちの背中を踏みつけて、更に上昇する。
──ゆらりと飛び乗り給ひぬ、とばかりに日本の武将の逸話をなぞらえて由香里と拓海は次々に翼竜たちの背を移り、軽やかに移動する。
由香里の見極めの眼が翼竜たちの動きを捉えた。光を弾いてハングドマンが飛ぶ。拘束されて落下する前のそれを足掛かりに一歩、由香里はドレスを翻して次の翼竜へと飛び移った。拓海もまた、その次へと。
「連環計だ。ヴァーミリオンへの道を作るよ」
由香里たちの動きを見た遊夜は笑った。
「お、八艘飛びか」
遊夜に取りつかれたケツァルコアトルスは暴れていたが、彼の腕はがっちりとその首を掴み翼竜の長い嘴を避けた。
視界が広がる。
……怪人と対峙したあの日、ここはイルミネーションで華やかに彩られた夜空だった。同じ場所から見るこの景色は、今は明るく眩しい。
──まさかまたここで戦うことになるとは……今回も目的は妨害だ、そして恐竜との共演ときた。
「よくよく縁があるようだ、まったく……ロマン極まるね」
『……ん、こうなるとは……思わなかった、ねぇ』
ユフォアリーヤがはふぅと息を吐く。
愚神の銃撃、何より翼竜の数で一進一退極まっているが、ラインを塞ぐ一部の翼竜たちを抑えれば近付けるはずだ。
「あの辺をどうかすれば接敵は易そうだ。だが、俺達もそろそろ次に移らないと辛いな」
翼竜は乗り物とは違うかもしれないが、ケツアルコアトル・ノルトスピを御しながら遊夜が汗を浮かべた。
『締め過ぎると、だめ……』
「俺達も行くぞ」
戦場を俯瞰していた遊夜は暴れる翼竜の制御を諦めて、ケツァルコアトルスの身体を蹴りつけた。落下しながら、ジャングルランナーを利用して由香里たち同様に翼竜の背を踏みつけて先へと進む。
八艘飛びの終わりに、着地した遊夜は流れるような動作で次なる銃を取り出した。
『……スーパーミカンキャノン』
遊夜の《トリオ》によって「弾丸」は三体の翼竜の目を捉えた。
脅威の腕前で命中した剥いたミカンのような弾丸たち。残念ながらリモネン的なダメージは与えられ無かったようだが、柑橘系の香りが充満し甘酸っぱい液体が翼竜たちを混乱させたようだ。
「次はこいつだ」
着地した遊夜を中心にスーパーミカンキャノンによる《バレットストーム》が周囲を蹂躙する。
「ジュラ紀にミカンなんてもんがあったかわからんが、どうせ攻撃が効かないんだ。こういうのもアリだろう」
クールダウンに入ったスーパーミカンキャノンを放って、彼は幻想蝶からウレタン噴霧器を引き出し放つ。
固まるウレタン。
「飛ぶのには便利だろうがその手じゃ拭えまい」
『……ん、届いたとしても……その状態じゃ、飛べないよね?』
──こっちの邪魔にならず時間を稼げればいいのだ。精々地上でゆっくり休んでいてくれ。
身を翻し、混乱と妨害に終始して動く遊夜。焦一郎たちが撃ち落とした翼竜たちが体勢を整える前に野戦用ザイルで括りつけ、風向きを確認しながら消火器をぶちまける。その行為は翼竜を煽っていた余殃の炎を弱めた。
「齧り切られるのが心配ではあるが……」
『……ん、それまでは……皆でお団子、仲良く落ちてね』
翼竜たちの抗議の悲鳴を後目に遊夜は再び走り出す。
愕き狂ったような翼竜たちへ少女は憐れみを向ける。
「……ごめん、ね。すぐに、あの愚神を殺して………笛の支配から、解放してあげる……から」
歩みを阻む翼竜の狂乱は仲間たちによって和らげられ、それによって「敵」は彼女の射程に入った。
「……ん。見つけた……今度は、逃がさない」
冷たく冴えた六花の声は喧騒を縫って届いた。。
「今度? リンカー共に負けはしない」
ヴァーミリオンが四本の脚に力を込めた。
愚神を乗せて飛翔する翼竜、術を放とうとした六花の眼前に、歯をむき出しにして襲い掛かる小さな翼竜ディモルフォドンを煩わしく思いながら、六花は終焉之書絶零断章を翳す。
氷と炎が交わった。
愚神の爆炎が彼女の髪を揺らしたが、気にせずただ愚神アスカラポスを目指す六花。
此処には守るべき一般人もいない。前回とは違うのだ。ただ、憎い「愚神」を仕留めるのみ──。
「……愚神はぜんぶ、殺すの。邪魔……しないで」
彼女を中心に《重力空間》が展開した。
それは翼竜たちを飲み込む。無論、ヴァーミリオンも例外ではない。
「……どう? この中じゃ……自由に飛んだりなんて、できないでしょ?」
「随分、強気だが──」
愚神のモッズコートが翻った。
『六花!』
不意の銃弾が六花を撃ち抜く。
「……っ」
大きく、息を吐く六花の周囲に『氷鏡(アイスリフレクトミラー)』が展開する。
●空を踏みしめて
三体のケツァルコアトルス・ノルトロピはともかく、特徴的な歯牙を持つ狂暴なディモルフォドンや鴉程の大きさで細く長い尾を引いて飛ぶダルウィノプテルスはそれほどの大きさ、または重量ではない。軽い翼竜たちはまともな肉体を持っていれば共鳴したリンカーの敵ではなかったのかもしれない。しかし、現在出現している多くの翼竜たちと同様に、彼らはリンカーの肉体を傷つけることが出来ない代わりにダメージを受けることもなく、数を減らすことができない。
それは前進を阻みエージェントたちを苛立たせたが、六花の重力空間により翼竜たちの動きは鈍り、そして、重力空間はうまく一方向だけを抑えて残り三方からの同時攻撃を可能にしている。
重力空間外の翼竜たちは遊夜がまとめて相手取り、地上では由利菜とアリスが往く手を阻む翼竜たちを払っていた。
ロケットランチャーからジャングルランナーに持ち替えた拓海は翼竜の背を飛び移って焦一郎へと叫んだ。
「次は東を目指します!」
《了解──》
拓海が追い込んだ翼竜を焦一郎の攻撃が重力空間へと追い込む。
「一気に敵中央に殴り込みを掛けるわ!」
同じく空から由香里が通信機へと叫んだ。
──そうして、路が拓かれた。
《標的──ヴァーミリオン》
「準備を」
焦一郎の短い合図。
目を逸らしたエージェントたちの上空で眩い光が炸裂する。
視界を害されたヴァーミリオンは高度を更に落とし、舌打ちした愚神は己を撃った男へ向けて銃弾を返す。
被弾した焦一郎が顔を歪めた。
「──だが、風切羽は通りました」
愚神は何も気づいていなかった。
影が、愚神アスカラポスの背後に浮かび上がった。
振り返る事すらできぬ、その瞬間に激しい一撃が愚神の背を貫いた。
絶叫が恐竜たちの狂声を超えて響き渡った。
決定的な一撃に、驚愕と恐怖の表情で振り返る愚神の目に映ったのは光を放つ白夜丸の刃と金の瞳。
《潜伏》で忍び寄り、《ザ・キラー》を叩き込んだのは央だ。
「お前のような……”同じタイプ”を封殺出来るよう研鑽を重ねてきた」
『私達のチカラを試す相手として不足はない』
「──ふ、ふざけるなああぁ! リンカー!」
爆炎が上がる。
暴れるケツァルコアトルスから距離を取りながら血振りを行う央。
動こうとしたヴァーミリオンへ、頭上から拓海の魔剣「ダーインスレイヴ」の《疾風怒濤》の連打が叩き込まれる。
悲鳴を上げて翼を伏せるヴァーミリオン。
「こちらは一人じゃないんだよ」
「──成程」
その瞬間、拓海の動きが止まった。
「な……」
焼かれるような痛みが彼を縛り付けた──《患禍》。愚神の能力だ。
「これを使う私は今、君を仕留めることができないが、もし、誰かが君に斬りつけたらどうなる?」
「──っ!」
だが、そうはならなかった。
焦一郎の弾丸が彼らの間に飛び込み、次いで、碧と黒の風が思わぬ方向から愚神を攻めた。
「この……っ、一撃……でぇっ!!」
余殃の爆風を利用した由香里がセイクリッドフィストの一撃を愚神の顔面に叩き込む。
「何だとっ!?」
バランスを崩し、顔面を押えてヴァーミリオンから転落する愚神アスカラポス。
「残念、笛は落ちなかったみたいね」
『……おぬし……』
豪胆さに呆れる飯綱比売命。
空の床に叩き付けられた愚神に一羽、二羽と光の蝶が纏わりつく。
「くそっ、邪魔だ……っ!」
音もなく羽ばたくライヴスの蝶、《幻影蝶》を放つアリス。
「足掻くのは無駄だよ」
『あなたのゲームはここで終わり』
両手で顔を覆い抗い立ち上がるが、しかし、力を封じられたのを知った愚神が銃を抱えて後退する。
「……その笛は、あの女の人の……なの。……返して」
正面から追撃をかける六花の攻撃、そして央の激しい追撃。
さらに由利菜が盾を巧みに使って立ち回る。
削り取られ、焦りを浮かべる愚神を庇うようにヴァーミリオンが叫びを上げて、巨大な嘴で前脚のような翼で妨害する。
乱戦だった。
それぞれが仲間の位置を把握しようとしていた。けれども、荒々しい声と羽ばたきが音を奪い爆炎と翼竜がその意識を奪う。
つと、愚神がその顔に手を当てた。
「笛? そうか、ここまで来たのならもう用済み。破壊すれば良いか?」
「──! させるか!」
ヴァーミリオンから飛び降りた拓海は眼下の愚神に向けて渾身の《ストレートブロウ》を放った。
新たなヴァーミリオンの背に飛びつき、上空で翼竜たちを攪乱していた遊夜が気付いて叫ぶ。
「荒木さん! 待──」
遊夜の警告で気付いた焦一郎が警告射撃を試みた。
息を飲んだ六花の幻影蝶「凍蝶」が愚神を目指す。
だが、読み取ることはできない、間に合わない。
拓海から大地を削り取るような凄まじい衝撃が放たれた。
「──違う!? 央……!」
拓海と周囲の仲間たちの瞳から《陥穽》の幻が剥がれ落ちる──。
「狙いがいつの間にか仲間の方へ向けられるなんて……!」
陥穽を目の当たりにした由利菜が身体を強張らせる。
「っは、……紙一重だな」
間一髪、飛び退りそれを避けた央は思わず汗と埃を拭った。
「追い落とせぬなら仲間でと思ったが」
『……追い詰められれば流れを戻す為に奥の手を出す。わかりきった答え』
愚神の苦い呟きにマイヤが冷たく言い放つ。
「すまない!」
「後だ、詰める。任せたぞ、拓海」
「ああ!」
追撃に走るふたりに続き、由利菜が駆ける。
『……確かに味方を強制的に敵と誤認させる能力とは厄介だが、このような手は何度も使えるものではあるまい』
陥穽を警戒していた由利菜は得物を三叉の神槍グングニルへと持ち替える。
「ええ、コンビネーションは有効射程二メートル未満……。コード・エクサクノシ、起動!」
『アース神族主神の槍、模造品とは言え精度と貫通力はひけを取らんぞ! ユリナ、神技を解放する!』
「了解しました!」
駆ける姫騎士の胸元でノーブル・ルビーが光を受けて煌めいた。
「ディバイン・スピア!!」
激しい一撃を巨体が遮る。
黄金の鞍が滑り落ち、地響きを立ててヴァーミリオンの巨体が崩れ落ちた。
「……っ」
翼竜に一瞬、悼む視線を向けた由利菜へリーヴスラシルが声をかける。
『ユリナ──、奴はまだいるぞ!』
「ええ!」
「何とも、やりにくい相手だな」
『……ん、でも狙えない程でもない……爆発は、面倒だけど』
無理矢理騎乗した翼竜の背から援護できるのも遊夜の腕前があってのことだ。弾丸とアイテムで翼竜たちの動きを御しながら、次々に空を移動していた遊夜は徐にLAR-DF72「ピースメイカー」に持ち替えた。
『ん、行く……?』
「ちょっとだけ、な」
愚神の身体が突如燃え上がった。
霊力浸透をかけたアリスのブルームフレアだ。
忍刀を手に潜伏を狙う央だが、愚神はその隙を与えない。
──後ろには信頼できる仲間が揃っている。ならば、自分は敵を押さえ込めば良い。結果は自ずとついてくる!
央が踏み込み、拓海が追い込む。
あちこちでライヴスを含まない爆炎が上がった。
ブルームフレアの残り火を払って、愚神が銃弾をアリスへと叩き込んだ。
「小賢しい……、!?」
跳弾が飛び込んだ。遊夜の放った《ダンシングパレッド》だ。
──隙を!
焦一郎の弾丸が愚神を怯ませた──それが合図だった。
「央!」
拓海の攻撃が愚神を怯ませた。
央が素早く逆側へと回り込み、ヌアザの銀腕を構えた。
「剣を摂れ……銀色の腕!」
央の声と共に光が放たれる。
「ぐ、ぐあああああああ!」
飛び退ったふたりの間、膝を着いた愚神に向かって六花の絶対零度のライヴスが走る。
「今度こそ……これで……終わり」
●倫敦に響く音
凍り付いた愚神アスカラポスが倒れ込む。
その身体には、もう力も残っていないようだった。
足早に近づいた六花は渦を巻く顔に、躊躇いなく掌を突っ込んだ。
「う、あ……!」
掌はずぶずぶと顔面へと入り、苦悶の声を無視して彼女は何かを取り出す。
『その笛か……!』
こくりと頷くと六花は声を上げたリーヴスラシルへ、由利菜へそれを渡した。
「終焉の凍霜よ」
呻く愚神の身体に細かな氷に覆われて、その中で黒い煙がその全身から立ちのぼり始めた。
「……なぜ」
呻く愚神をリーヴスラシルが冷ややかに見つめる。
『貴様が状況を飲み込めないまま逝ったとしても、私もユリナも知ったことではない。……そう思うだけのことをやらかしているからな、マガツヒの連中は』
「マガ……ツヒ……」
音を立てて黒炭と化した人型は氷片と共に砕け散った。
「倒した、か」
呟く央の横で由香里が息を飲んだ。
「! 翼竜たちが」
愚神から解放された翼竜たちがばらばらと時計塔からまた街へと散らばり出したのだ。
「由利菜さん!」
笛を受け取った拓海とメリッサは願いを込めて吹き鳴らした。
『元居た場へ行きましょう』
──共生は厳しいだろうが迫害もしたくない……、どうか。
けれども、笛の音は翼竜たちの動きを乱すばかりだった。
「ヴァーミリオンと違って、あれらは撃ち落とせません」
それでも、と狙いを定める焦一郎。拓海は必死に通信機へ叫んだ。
「何か手が有る筈だ……希望を忘れる事はしない! 灰墨さん!」
返答はすぐにあった。
『笛は奪還したか!?』
「今、ここに」
拓海の答えを遮って信義は続ける。
『すぐに来てくれ、時計塔の下だ!』
エージェントたちは透明なステージの端へと駆ける。
遠い地上、そこには停車した車と信義、そして隣に美しい女性が佇んでいるのが見えた。
「あれは──」
六花が、そして他のエージェントたちもまた見覚えがある女性だった。
彼女は、トロオドンが守ろうとした──。
「行こう」
瞬時に察したアリスは時計塔の屋根の端から足を踏み出した。
エージェントたちは頷き合う。
一度、巨大な文字盤を振り返って──そして、彼らは力いっぱい飛び出した。
空から、倫敦の街並みへと。
数分にも満たない僅かな後。
街へと滑空していた翼竜たちの動きが乱れた。
──愚神の滅茶苦茶なそれではない、笛の主による美しい旋律が彼らの気持ちをなだめていく。
やがて、翼竜たちの狂声と人々の悲鳴も消えた。
出鱈目に飛んでいた翼竜たちはゆっくりと整然と群れとなり空高く昇り始めた。
「よかった……」
笛を吹く女性の周囲でそれらを見守っていた時計塔の守り人たちは誰となくそう呟き、安堵の息を吐いた。
「支部に戻るなら車に乗って行ってくれ」
信義がそう言うと、共鳴を解いた央が、はっと目元に手を当てる。
「眼鏡は……何処に落ちたかわからんな……新調するしかないか」
「代わりを調達するまでは、私が手を引いてあげる……折角だし、格好いいのを買いましょう?」
「マイヤが選んでくれるなら、それがいいかな」
「……いいアイウェアブランドがあるらしい」
ため息をついて信義が走り書きのメモを央に渡した。
「では、すみません。お先に」
央がメモをマイヤに渡すと、マイヤは央の腕に自分のそれを絡めて歩き出した。
──もちろん、共鳴すれば見えるのだけれど。
敢えて、しない。
「……ユーヤ?」
「まあ、被害も心配だしな」
ぴょこと耳を揺らせた愛妻の意図を察して、遊夜も軽く手を振ってから歩き出した。
「被害、ね……行ってみる?」
「うん。あとで……また……」
六花の心配そうな眼差しに気付いたアルヴィナが提案すると、彼女は女性へ少し名残惜しそうに挨拶して小走りに歩き出した。
「ならば、ユリナと私も」
「すみません、街の様子を見たら戻りますね」
「オレとメリッサも行ってきます」
リーヴスラシルと由利菜がそう言うと、拓海たちも頷いた。
「ドレスでは辛いけど──私もせめて公園の無事だけ見て帰りたいのよね」
「散々暴れておいて、今更、何が辛いのじゃ」
由香里と飯綱比売命のやり取りに苦笑を浮かべる信義。
「……好きにしてくれ。気が向いたらここで待っている」
《我々は》
「警護は必要でしょう」
「……ああ。急いで出てきてしまったが、私だけでは無理だ。頼む」
女性に付き添うように焦一郎とストレイド、アリスとAliceはバンに乗り込む。
「……行先は、スワナリア?」
「……そうだね」
アリスたちの問いに女性は頷いた。
「複雑だが、彼らに罪は無いし、私たちに扱える代物でもない」
信義がボタンを押すと車のカーオーディオから、ロンドンの危機が去ったことを伝えるラジオが流れた。
ほんのりと暁に染まり始めた空の向こう、小さく見えた翼竜たちの影はやがて見えなくなった。