本部

【時空戦】緋色の断片

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/28 00:54

掲示板

オープニング

●経緯
 ロンドン塔の一室で灰墨信義が出迎えた。
「すでに他の宝石の報告があると聞くし、説明は不要かもしれない。オーパーツ『時の宝石(タイムジュエリー)』の真なる所有権をセラエノとH.O.P.E.は争っている。これは現在結ばれている対マガツヒの共同戦線とは別だ──この件ではセラエノは敵だ」
 金の瞳がエージェントたちを見た。
 信義はこの宝石の一つ、通称『レッドTJ』をセラエノから奪い返して持っている。だが、問題を抱えていた。
「宝石は今私の体内にある。これはセラエノからの強奪しにくさを考えてしばらくこのままにしておく。
 だが、これを奪還する時にレッドTJは破損した。その欠片、パラダイム・クロウでは符牒として『断片』もしくは『断片の星』と呼んでいるが、それをセラエノのアイテールに奪われた。
 そして、今、アイテールの呪具により私の身体とアイテールの断片は結ばれている」
 本来、タイムジュエリーはライヴスを送り込むと時間案内人が現れ、その場にいる人間を宝石の所有権を巡る試練の世界へ導く。
 だが、と信義は手を差し出した。
「ライヴスを貸してくれ。
 今から時間案内人を呼び出すが、同時に断片で結ばれたアイテールたちも試練の世界に現れるだろう。
 過去の世界でのゲームを共に挑んで欲しい」



●遅れて来た参加者
 暴風雨は幾日も続いていた。
 イングランド東海岸クラクトン・オン・シー、全長十二メートルほどの小さな防御砦。
 地下一階、地上二階建ての建物で、小さいと言っても三十名弱は泊まることができる。
 一階の広間は大きなテーブルの置かれたリビング。中央に立つ太い柱はがく片のようにアールを描いて天井に広がる。
 大きめの窓があるが嵐の為に木板で塞がれており分厚いカーテンで隠されている。
 壁のあちこちに手の込んだランタンが掲げられ、床は分厚い絨毯。
 家具は総じてヴィクトリア朝末期の雰囲気で揃えられていた。
 二階は二部屋。
 女性用・男性用の個室となる。繋がっておらず、一階からの螺旋階段で別々に登ることができる。それぞれトイレを置いた小さなバスルームが一つ。
 屋上には大砲が設置されているらしいが、天候のせいで外階段を上ることは不可能だ。
 地下も二階と同じく壁で区切られた二部屋。片方は厨房、もう片方はワインセラーだ。階上へはそれぞれ別の階段を利用する。
 階段はどこも冷たい石が剥き出しの荒々しいもので、人ひとり通るのがやっとだ。
 どの部屋にも水道と暖炉があり、無論、煙突もあったがそこを人が通ることは不可能だ。

 ここはギルという男性の別宅となっており、そこでは交霊会が予定されていた。
 しかし、開催三日前、ワインセラーの冷たい床で青年ゲルトが死んだ。
「こんなことになってしまって、残念です」
 交霊会の開催予定日に到着したスカーレットとエージェントたちに恰幅の良い紳士が言った。
 彼の名はアーサー・コナン・ドイル。かの有名な諮問探偵シャーロック・ホームズの著者である。
 すでに到着していた他の参加者たち同様、警察によって足止めされているという。
「雨風がまた酷くなりましたわ。警察も今日は来れないでしょうね」
 部屋の奥で大男を従えた臙脂色のドレスの婦人が黒いベールをずらして目くばせした。
「アイテール……隣はヘーメラーか」
 信義が顔を歪めた。


 荷物を分けたいと二階の男性部屋へ上がったエージェントたちは、ライラの姿をした時間案内人スカーレットを囲んだ。
「ふふ、君たちは交霊会の参加者スカーレット夫人と、彼女が縁故にしている心霊に興味を持つ劇団員という役柄だ。つまりボクが君らのパトロン」
「ここで私たちに何をさせるつもりだ?」と信義が尋ねる。
「ホラーになりかけている、ミステリーへの協力だよ」

 ここにはアーサーを始めとしたこの『世界の住人』と時間案内人によって呼ばれた『セラエノ』、信義を含めた『H.O.P.E.』のエージェントがいる。
 交霊会が起こるはずのこの砦で、三日前、セラエノの手によって殺人が起きた。

「セラエノ組はたった二名! だから先の時間に送り込んだのに、なんてこった」
 スカーレットは声を上げて笑う。
「なんと、彼女らはオーパーツを持ち込んだ。数では君たちの方が勝っているがそれでもフェアじゃない。いくつかヒントを上げるよ。
 まずは持ち込んだオーパーツ。
 人の感情を揺さぶってたぶらかす『心繰の糸』、形状は秘密。
 呪いの毒『蜘蛛の紅』。
 ボクが以後の使用を禁じたが、既に糸の影響下にある人物については依然効果は続いているだろう」
 裁定役としてはこれ以上のサービスはないよ、とスカーレットは付け加えた。
「ゲームはアーサーを助けてトリックを暴きミステリー、せめてサスペンスとして話を括ればH.O.P.E.の勝ちだ」



●事件
 三日前。砦には主のギルと小間使いヘンリエッタの他に、霊媒師アイテール(az0124)と従者ヘーメラー、ラッセル、ゲルト、アーサーがいた。
 彼らは一階で夕食をとった後、男女別に部屋に戻る。
 男性陣は交互に入浴を済ませたが、激しい雨に落ち着かないゲルトは酒を貰いにワインセラーへ降りて行った。
 本来なら同行するはずのギルは頭痛が酷く、アーサーたちと共に部屋で休んでいた。
 深夜、戻らないゲルトを心配し、探しに行ったアーサー達はワインセラーで安らかな顔で亡くなっているゲルトを発見した。
「魔女殿は入浴されていたし、ヘンリエッタは同室に居た」
 紅茶の並ぶテーブルの上にアーサーは捜査官が残して言った資料を置いた。
 ワインセラーには封の空いた五本のワインと、ワインを飲んだ形跡があった。しかし、彼が自分で選んだグラスとワインだ。グラスも酒も異常は無かったし、そもそもこのような毒は記録に無い。
「そして、だ。信じられないことに遺体を全員が見つけた時、耳の奥で響くような不可思議な声が聞こえたのです」
 経緯を話したアーサーはあろうことか最後にこう語った。
「私は、この事件を霊による神秘ではないかと考えている」
 顔を引きつらせる信義をよそに、アイテールがベールの奥で目を伏せた。
「あれは彼の妹さんの声。天涯孤独でずっと病んでいた彼の心を救うべく、ステラがここへ訪れたのですわね」
「彼の死に顔は幸せそうだったしな!」
 髭面のラッセルがたくましい身体を揺らし、煙草ケースを弄った。
「恐ろしい、なんて思ってはいけないのでしょうね」
 ヘンリエッタが小さな手を組んだ。
「ドイル様、今回の事件は本になるのでしょうか。これは多くの人の興味を引きます」
 依然青ざめたギルが尋ねるとアーサーは思案顔で頷いた。
「そうだな。考えてみよう」
「その、探偵物となるのでしょうか」
「まさか、これはどちらかと言えば神秘の物語だ」
「そうですか」
 ギルは震えながらヘンリエッタと同じように胸の前で手を組んだ。

解説

能力者も英雄も共鳴できず一般人として存在
ライヴスを使ったアイテム・スキルは使用不可
誰がどこを探し何を発言するか等の相談推奨
服装はヴィクトリア朝末期のもの

勝利条件:殺人を心霊事件として終わらせない
決定的な証拠が無くとも、協力者を自供に追い詰めるなどホラーではなくミステリー寄りの雰囲気を作る


●捜索で判明すること
・厨房:箱に大切に収められたホームズの初版本全巻
・ワインセラー:幻覚・幻聴を起こす香草の屑(信義が判定)、棚の下に転がるワインオープナー、砕けたコルク、一本分には足りない床のワインの染み(五本のワイン瓶は警察が押収済、それぞれ少しずつ減っていた)
・一階:招待状や本を渡すと困ってギルを呼ぶヘンリエッタ、終始怯えているギル
・男性部屋:ヘーメラーの荷物にミニサイズの空のワイン瓶※「寝酒でここに来る前に飲み切った」との談
・女性部屋:風呂場に落ちたワインセラーと同一の香草の欠片
・玄関:葉巻の吸殻(入浴後、ラッセルが吸ったと判明)
※オーパーツは見つからない


●登場人物
・アーサー(アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル)三十代
作家で元医師。騎士道精神を重んじ愛国心に溢れる行動的な男性
ホームズの作者として扱われることはあまり好きではなく
「最後の事件」を公開した直後でホームズを殺したと批判・哀願の手紙は後を絶たない
神秘を信じ敬意を払うが本格的に傾倒する前であり懐疑心も持つ
演繹的推理を好む

・アイテール&従者ヘーメラー(セラエノ)
魔女・霊媒師と名乗る(霊媒の力は無い)
エージェントたちの正体を知る

・灰墨信義
非共鳴状態だがここでは動ける

・スカーレット(時間案内人)
参加者の金持ちの女性

・砦の主ギル
アーサーの要望に応えて会場を整える中年の男性

・小間使いヘンリエッタ
ギルの手伝いをする十歳の少女

・紳士ラッセル
戦争帰りの紳士で銃を携える

・被害者ゲルト
妹ステラを亡くした青年

リプレイ


●二階にて
 一連の会話の後、彼らはは男性部屋へ集まった。
「私達はマリー王妃絡みの依頼で帰ってきたばかりだ。あまり、力になれないかもしれないが……」
 リーヴスラシル(aa0873hero001)は月鏡 由利菜(aa0873)と同じ依頼に参加した紫 征四郎(aa0076)や木霊・C・リュカ(aa0068)、柳生 鉄治(aa5176)たちを見た。
「ああ、今回も期待している」
 日暮仙寿(aa4519)は着慣れない服の襟元を緩める。
 ──アイテール達に共鳴前の姿も見られたか。ま、仕方ないな。
 タイムリープ後に用意された服装は多様なものだった。フロックコートやノーフォークジャケットなど男性の服装に違いもあったが、特に明確なのは女性である。
「素敵だけど、ちょっと動きづらいよね」
 不知火あけび(aa4519hero001)は仙寿と自分を見比べて困惑の表情を浮かべた。
 鉄治もブリタニア(aa5176hero001)をまじまじと見る
「……すげえな、そんなのが流行ってたのかよ」
「バッスルですか? 確か、一度廃れて、ヴィクトリアンエイジ末期ごろに再流行しましたね」
 腰のあたりからふっくらと膨らむドレスの下には大掛かりな謎が隠されているらしい。
「ボンネットをかぶって……。ああ、鉄治。あなたは従僕(フットマン)ですから」
 彼女は懐かしそうに目を細めていたが、おもむろに鉄治に言いつける。
「……下働き感がすげえな。イギリスでもこうなるのかよ」
 こぼしながらも、惚れた弱味かそれらしく振る舞う鉄治。
『征四郎、あの人、あの人あの有名な……』
 タブレットPCを使って話しかけるのは時鳥 蛍(aa1371)だ。
「蛍!? ちょっと、落ち着くのですわ!」
 現世界の推理小説に興味のないシルフィード=キサナドゥ(aa1371hero002)は感情の昂りを隠せない蛍の様子に驚き戸惑う。
 由利菜もまた同様にしみじみと感じ入った様子だった。
「あの世界的な文豪に会えるなんて……感無量です」
「……マリー王妃の時と同じく、セラエノ付きだがな。それに彼のこれまでの人生を考えると、不用意にホームズのことに触れるのは考え物だぞ」
 釘を刺すリーヴスラシル。
 ガルー・A・A(aa0076hero001)はアーサーの発言を思い起こす。
「オーパーツの介入はあるとして、それにしたって心霊は有り得ない。この世に『人を殺せる死者』は存在しねぇ」
「今日ばかりはガルーが頼りになる……そうですね。征四郎達で証明するのです」
 征四郎の言葉に苦笑を浮かべるガルー。
 リュカがソファに腰掛ける。
「亡くなった妹が迎えに来てくれた。うんうん、神秘的で収まりの良い美談だ……けど、つまんないよね。ミステリーは、人の悪意で成り立たなきゃ! ……今頃、妹に向こうで叱り飛ばされてるな」
「まあ、オカルトな事件な訳が無いね。立派な殺人事件だよ」
「しかしその時セラエノの奴らは別の場所にいた。実行犯は別にいると考えた方が良いな」
「心繰の糸という物を使って、ここにいる誰かに殺させたんだろうね……」
 考え込む、杏子(aa4344)とテトラ(aa4344hero001)。
「交霊会に集まったとは思えない発言の数々だ」
 スカーレットは笑った。
 心霊には欠片も興味の無いAlice(aa1651hero001)とアリス(aa1651) は内心ため息を漏らす。それでも彼女達はオーダーと役柄に従う。
「それじゃあ始めようか」
「うん、始めよう」



●夕食
 全員のグラスが満たされると、アーサーは重い口を開いた。
「皆様が着く前に決めてしまって申し訳無いのですが、残念ながら警察の許可が出次第に我々は解散することになっています。神秘の体験は稀有なものではありましたが、もたらされた痛みは言葉にできません」
 仙寿は反論した。
「神秘の話って断定するのは早いだろ。……殺人の可能性も考えてみないか? ここに殺人鬼がいるとしたら、捕まえないと次に殺されるのはきっと今いる誰かだ」
 ブリタニアも続ける。
「演繹故に、前提が偽なら、導かれる結論も全て偽となります」
「……なんのことだ??」
 ぽかんと背中を撃つ鉄治へ、思わず「コイツ、大丈夫か」的な醒めた眼差しを向ける女神。
「劇団員如きが異論を唱えるのですか!」
 怒りで顔を赤くして怒鳴ったのはギルだった。
「はは、殺人劇というのは面白い考えだ」
「いいえ、それは神秘に対する不遜な振る舞いに他なりませんわ」
 面白がるラッセルへ釘を刺すアイテール。
「でも、じっとしてるよりは有意義だよね!」
 不穏に変わりつつあった空気を明るく払うあけび。それに同意したのは意外にもアーサーだった。
「確かに。小さなことこそ大切だというのが私の信条でもありますし、この嵐ではそもそも何もすることがない」
「そう、おっしゃるのなら」
 しぶしぶと怒りを収めるギル。だが、その顔に少し生気が戻ったように感じたのは気のせいか。
「嵐が去るまでですが。探偵たちよ、どうぞ捜査を」
「探偵、結構!」
 ラッセルが笑いながらグラスを空けた。
 アフターディナーティーを楽しみながら、蛍がとても小さな声で呟いた。
「コティングリー、妖精事件……」
「え?」
 気付いたアーサーは穏やかに彼女へ語り掛ける。
「ブラッドフォード近くにある村だったかな。ふむ、いつか寄ってみよう」
 蛍は頷く。
「ところで、君たちは私の事を?」
 ブリタニアがそつなく答える。
「はい、もちろん存じております。歴史作家さんでしたよね?」
 破顔するアーサー。鉄治はブリタニアをチョンとつつき囁いた。
「おい、ホームズの作者じゃねえのかよ」
「しっ。彼は歴史作家と呼ばれる方が好きだったのです」
 小声で返すブリタニア。だが、杏子は敢えて声をかけた。
「歴史作家にして、最も優秀な事件の綴り手。あなたをワトソンと呼んでも?」
「……なるほど。皆さんの気遣いに感謝しなくては」
 ホームズの話題を避けていたことに気付いたアーサーは苦笑する。
「これが人為的に起こされた事件だという証拠を見つけたい。さあ、何から調べようか? 警察がいないから、どこでも探したい放題だよ♪」
 ホームズよろしく杏子が嘯くと、突然、重い音がした。振り返るとギルがワインボトルを慌てて拾い上げていた。



●三人の容疑者
 次の朝になっても天候は回復しなかった。
 朝食後、エージェントたちは男性部屋へと集まった。
 着替えの習慣に辟易とする鉄治。ブリタニアは振る舞いからお嬢様と思われているようで、自然と鉄治もそれに倣う羽目になっている。
「昨夜の様子はどうかな?」
 リュカに促されてオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は動画用ハンディカメラを再生する。彼に頼まれて一階に仕掛けたものだ。
「残念、収穫はなしか。じゃあ、俺はギルの言動について整理してみようかな。やっぱり怪しいよね?」
 意匠の凝った杖を握るリュカ。
「昼前にまたここで情報を共有しましょう」
 征四郎やオリヴィエ、アリスの提案に頷くエージェントたち。
「私も、ギルさんが明らかに怯えた雰囲気なのは気になっているのですが……」
「……もし、私達が満場一致で選んだ結果にミスリードがあれば、失敗だ。調査範囲は広くカバーできた方がいい」
 由利菜の不安を察してリーヴスラシルが提案する。
「わたしたちもそうするつもり」
「オーパーツは少し厄介かなとは思うけど」
 Aliceとアリスは同時に階段を振り返った。
 軽いノック。了承の声と共にアーサーが顔を出した。
「丁度良かった、ワトソン。調査に向かうところです」
「御同行させて頂きましょう、ホームズとレディ・ホームズたち」
 茶目っ気を込めて誘う杏子と探偵たちにアーサーが返した。


 一階へ降りると、新聞や雑誌を読んでいたギルとヘーメラー、ラッセルが上って行った。
「……ヘンリエッタ殿に関しては、本人からもう少し詳しく話を聞きたい。全員で霊の声を聞いた時、何を感じたかもな」
 リーヴスラシルと共に征四郎と由利菜は卓を磨くヘンリエッタの下へ向かった。
「よろしいでしょうか?」
 由利菜が声をかけると少女は顔を上げる。征四郎はこの年の近い少女へ優しく尋ねた。
「ヘンリエッタはゲルトやステラについて知っていますか? ……彼女は、兄を思いやって彼を連れて行くような人だったのでしょうか」
「よく知らないのです、ごめんなさい」
「では、ステラの声を聞いた時の様子を聞きたい」
 リーヴスラシルに尋ねられ、少女はその様子をぼんやりと答えた。
「うまく説明できなくて」
 謝ってばかりの彼女に征四郎は笑いかけた。
「ヘンリエッタはいろいろお手伝いなさっていて、立派ですね。とてもステキだと征四郎は思います」
 少女の表情がぱっと明るくなった。
 玄関のドアが開き激しい雨風が吹き込んで来た。
「ひどい雨だったね!」
 扉を閉めたあけびは仙寿と共にぐっしょりと濡れた揃いのインバネスコートを脱ぐ。
「これは誰のものかわかるか」
 駆け寄ったヘンリエッタからタオルを受け取り雫を拭き取ると、仙寿は白い手巾に包んだものを開いて見せた。
 濡れた煙草の匂いに少女は顔をしかめて「ラッセル様のものかと」と答えた。



●葡萄酒の滲み
 ワインセラーには杏子とテトラ、アーサー、アリスとAlice、オリヴィエ、ガルーが揃った。
 残っているワインは多くない。昨日の夕食で飲み切れなかった何本かと未開封の数本。
 しばらくすると、由利菜とリーヴスラシルが降りて来た。
「……まだやりたいことは多くあったと思うが」
 安らかな死に顔だったというゲルトを思いながら、リーヴスラシルたちは捜査に加わる。
 香草の屑を摘まみ上げるオリヴィエ。
「ワインセラーにコルクは、おかしくはないけど」
 砕けたコルクの欠片を集めるアリスたち。
「ワインオープナーね。これも別段不思議ではないけど」
 杏子が棚の下に転がっていたオープナーを見せると、アーサーが昨夜ギルが使っていたものではないと証言した。
「ワインの滲みは、溢れた他のものを隠すためだったりしてな」
 床に残った滲みを不自然に感じて調べていたガルーにオリヴィエが視線を投げかける。
「減っていたと言う五本分か」
「……減ったワインは前日の晩に飲んだ分かと思っていたが」
 アーサーは複雑な顔で滲みとボトルを比べた。
 何かを洗い流したのだろうか。
「鳥兜だって人死にが出るまでは未知だった。未知は魔術に近いが、未知だからといってそれが魔であるとは限らねぇ──考えることを止めたら、そこで終わりだ」
 毒を背負う男が言い、杏子がホームズを真似て断言する。
「事件は霊的なものではない、青年の死因が未発見の毒物である可能性も考えるべきだよ」



●箱
「昼の準備は?」
 二階から降りて来たギルがヘンリエッタを呼びつける。
「はい、今!」
 大切そうに包みを抱えた蛍とシルフィードが階段を上って来た。
「これ砦にありましたの! 全巻揃っていましたわ」
 シルフィードの常より大きな声に戸惑いながらヘンリエッタはそれを受け取る。
 それはシャーロック・ホームズの初版本の一冊だった。厨房の奥にある木箱の中に厳重に隠されていたのだと言う。
 困惑の表情でしばらく眺めたヘンリエッタは、青ざめた顔の主人にそれを届ける。
「あまりあちこち弄らないで頂きたい」
 ギルの抗議に素直に謝るシルフィード。その間に目くばせした征四郎と蛍はヘンリエッタを追う。
 厨房で二人に気付いた少女は慌てた。
「お手伝いさせてください」
 困るという少女を説き伏せて器の用意だけさせてもらうふたり。
「あれ、ヘンリエッタのものなのです? 全巻なんてすごいのです」
「本なんてとんでもない!」
 かああっと少女の顔が赤らむ。何かを察する蛍。
 足音がしてシルフィードが顔を出した。戻って来た杏子にギルを任せたのだと言う。彼女は改めてヘンリエッタに問う。
「ねえ、わたくし達は年も変わりませんもの、教えてくださいませんか?」



●心のねじれた男
 男性部屋には、ヘーメラーとラッセル、仙寿とあけび、鉄治とブリタニアがいた。先程まで居たギルは居心地が悪そうに出ていってしまったが。
 仙寿の質問を面白がっていたラッセルもやがて煙草を持って降りて行った。
「……なんか、泥棒みてえだな、おい」
「つべこべ言わずにさっさと働くのです」
 浴室の探索を終えた鉄治たちはゲルトの荷物は仙寿たちに任せて、読書をするヘーメラーに声をかけた。
「ヘーメラーって、アンタだよな?」
「荷物を見ても宜しいでしょうか」
「どうぞ」
 自らの荷物を差し出すヘーメラー。それがスカーレットが作り出したものであることも双方承知の上である。
「すまんね、ちょっと気になることがあってよ」
 トランクを閉じようとした鉄治の手が止まる。
「『ここへ来る前』に嗜んだ寝酒ですよ」
 ぼそぼそと弁明するヘーメラーを無視して、鉄治は空のワインのミニボトルを取り上げる。
「寝酒だって話だけどよ、ここに来る前に飲んだのなら、瓶なんぞすぐに捨てちまいそうなもんだが」
「あら、鉄治のくせに鋭いですね」
 まだ新しい、変わったワインの香りに彼は眉を顰める。
「『単なる空き瓶』だろう? 俺が始末しておくよ」
「……」



●セラエノの魔女
 女性部屋のアイテールはアリスたちに微笑みかけた。
「……やぁ、初めまして。霊媒師さん……で、良いのかな」
「ええ、『初めまして』探偵さん。もしかすると、約束通り会いに来てくれた方?」
「……ここを探してもいいんだよね」
「それがゲームですわ」
 アリスたちは魔女を無視して部屋を探しバスルームを調べた。
 探索を終えると去り際にアリスは尋ねた。
「彼の妹の声と言っていたから、少し気になって。妹さんと会った事が?」
「どう思うかしら」
「尋ねても無駄かなって」
 ドアを閉めると二人は揃って階段を降りた。
「まあ、声とやらが聞こえた時に見たとか言われたら、それはそれで馬鹿らし……ああ、いや」
「役通りにいけば、目を輝かせるべきだったかな」
 重なるため息。
「まだ何か?」
 しばらく後、由利菜とリーヴスラシルが姿を現した。
「アイテール。あなたと灰墨さんはタイムジュエリーを通じて繋がりがあるようですが……それを通じて変わったことはありませんか?」
「そうね、弱っている泥棒猫がわかって愉快だわ」



●昼前
 ヘーメラーを追い出して、エージェントたちは男性部屋に集まった。
「お風呂場で見つけたよ」
「昨夜は気付かなかったけど」
 アリス達が差し出した香草の屑とオリヴィエたちが見つけたものを調べる信義。
 その背を見ながらアリスはふとレッドTJの在処を思い出す。
「……ああそうだ。灰墨さん、調子はどう?」
「今は……平気だ。君たちには感謝している」
 やがて彼は香草を瓶に詰めた。
「魔女の香草、サバトで使われる幻覚剤だ」
「どのくらいで幻覚が起きるのかな」
 アリスに続いてオリヴィエもまた質問する。
「どういった形で摂取するんだ?」
「刻んで燃やし煙から摂取する。地下のワインセラーならすぐに効果が出るだろう」
「霊の声を聞いた時間からして、予め刻んで持ち込んだ可能性が高いな」
 アーサーたちの証言を思い返すオリヴィエと、憂鬱そうなテトラ。
「ドイルにグラスハープの音を聞かせてみたが反応はイマイチだ」
「香草があれば、その音も他の何かも酩酊状態の如く変質して聞こえるだろうさ」
 続いて、仙寿は吸い殻を差し出した。
「ラッセルは昨夜、入浴後に玄関で喫煙をしていた。本人にも確認済だが、その香草を葉巻に仕込めるだろうか……」
「確かに気持ちを落ち着けるために、とか言えば渡しやすい状況ではある」
「吸ってる本人が危険じゃない? 暖炉を使うとか……」
 考え込むガルーと首を傾げるあけび。
「可能だが、その場合は心霊現象は他でも起きただろう」
 煙草には香草は混じっていないらしい。
 最後にブリタニアがボトルを差し出す。
「念のため、これも見てもらいましょうか。ま、毒が出てくるほど間の抜けた相手では無さそうですが、この瓶に毒をつめて持ってきた、というのはありえる話です」
「貸してくれ」
 オリヴィエがミニボトルにワインセラーで見つけた砕けたコルクを当てる。すると、それはピタリとはまった。
「変わった口のボトルだ──じゃあ、これは?」
 オリヴィエに頼んでワインセラーから拝借した未開封のボトルを、リュカは杏子が見つけたオープナーで開けた。そして、喉に流し込む。
「縦のサイズはこれと同じだから、オープナーは毒に汚染されてなさそう、かな」
 手に持ったスクリューはコルクにうまく隠れて綺麗に抜けていた。
 その意味に気づいた征四郎の顔から血の気が引く。言葉を詰まらせる征四郎へ謝るリュカ。オリヴィエは不機嫌に黙り込む。
「いくらこの世界とはいえ危険過ぎる」
 呆れ顔の信義に素知らぬ顔でリュカは蛍とシルフィードを見た。
「あとは厨房だったかな」
「今回はたくさん話しましたわ。褒めて頂きたいですわね」
 シルフィードは蛍の代弁者としての緊張を漏らしながら、厨房に隠された初版本について話す。
「料理の合間に読むとしても、箱ごと全巻というのはおかしくないかい?」
 杏子の疑問にタブレットを利用した蛍が答える。
『ヘンリエッタさんの反応……、彼女はたぶん読み書きはできない……』
「なるほどね。人気作品だし、てっきり誰かが盗み出すために隠していたんじゃないかって思ったんだけど」
 杏子が言うにはギルは初め本が誰のものであるか隠そうとした。
「わたくしたちもヘンリエッタが誰かに指示されて隠したのかと考えたのですが、違いましたわ」
「ヘンリエッタによれば隠したのはギル本人でした」
 シルフィードの言葉を継ぐ征四郎。
「それにしても初版本全巻なんて……持ち主はギルさん、相当好きなんだね。……へぇ」
「それをドイルは知らないようね」
「ギルはよっぽど──ホームズが好きなのか」
 アリスと杏子の話を聞いて考え込む仙寿。傍らであけびがポツリと言った。
「事件が……ホームズの続編のアイディアになる……?」
 部屋が静まり返った。
 ホームズの終了騒動は既知の事実だ。
 仙寿が冷静にギルの様子を思い起こす。
「アーサーにこの話は本になるかって聞いてたしな」
 ラッセルはホームズについて興味も知識も無かったから、あの本の持ち主ではない、と付け加える。
「そうですね。そして、本がギルの私物なら元々置いてあった場所があるはず。例えば」
 杏子の指の先には中央がぽっかりと空いた本棚があった。花などが並べられている。
 ギルの行動を纏めていたリュカが口を開く。
「ギルはアーサー好みの交霊会の会場を提供し、初版本をすべて揃えるほどのファン。けれど、著者本人には大切な本を隠してまで黙っている。
 事件の晩、喫煙のためにラッセルが階下へ降りて、アーサーは入浴する。
 部屋にはギルとヘーメラー、ゲルト。
 その後、寝酒を求めたゲルトをギルは一人で階下に向かわせた」
 仙寿が信義に問う。
「ヘーメラーのボトルの中身が心繰の糸か蜘蛛の紅じゃないのか。なら、仕掛ける相手は男だろう。ギルの心を揺さぶって、ワイン又はオープナーに毒を仕込ませた?
 ゲルトがワインを飲みに行くのを予測できる人物も……主人であるギル。『寝酒』を持ち込んだヘーメラーたちが唆した可能性もあるが」
「ご明察の通り。これは蜘蛛の紅だな」
「問題はどうやって信じてもらうか、だよね」
 あけびに対して、蛍がタブレットを介して同意する。
『この時代には存在しない毒だなんてミステリーでは卑怯技ですね』
「えーと、確か警察がいくら調べても毒と判断できないからでしたっけ?」
 蛍とシルフィードとのやりとりに、リュカが手を打った。



●探偵たち
「まぁ、何もなけりゃいいんだけどよ」
 ガルーにと共に元医師であるアーサーによるギルとラッセルの診察が行われた。緊張や疲れだけで問題はなさそうだった。
 診察を終えたアーサーへリュカは彼らの推理を語る。
「バスルームの魔女の香草、従者の持つ毒のミニボトル。極めつけは遺体発見後『神秘』を盾に霊を持ち出した。俺だったら彼女たちを信じるには二の足を踏むかな」
 黙り込むアーサーへ、リュカはスマートフォンとハンディカメラを提示する。
「こういったオーパーツも実存するんです。毒に関わるオーバーテクノロジーめいた物を彼女たちが持っているのも突き止めました」
 蛍もまた鞄からタブレットを取り出すと、言葉を書き込み合成音声を流した。
『このように未来には声を作り流す機械もあります。そして、先生が知らない毒も』
「未来?」
 呆気に取られるアーサーへ、Q.E.D.とはいかないかもしれないけれどと蛍は頷く。
 呆れるスカーレット。
「おいおい! SFはどっちの勝利だ?」
 リュカは落ち着いて新たに持って来て貰った厨房の本を取り出した。
「大丈夫、人の心が織りなす限り、SFでもミステリーはできるさ」


 一階に現れたアイテールは表情を曇らせた。
「……どういうことかしら」
 薄暗い部屋の中には交霊会の準備が整っていた。
 仙寿がアイテールをまっすぐに見る。
「犯人を直接ゲルトに聞いてみよう」
 灯りが絞られる。
「……霊媒師って、何するんだ??」
「そうね」
 鉄治の純粋な疑問に応じてアイテールが伸ばした手をブリタニアが止める。
「香草はやめてくださいね。それは幻覚作用があるわ」
 征四郎は問うた。
「ゲルトの死が本当に幸せであったのでしょうか」
「もちろん」
「具体的に、ステラは何と仰っていたのですか? 本当に彼女は望んだのでしょうか」
「貴女には聞こえない?」
 のらりくらりと答えるアイテールへ、杏子が強く言った。
「アイテール、早くゲルトに犯人が誰なのか聞いてみてくれよ。霊媒師なんだろう? 何なら、私がゲルトに聞いてあげようか? 私はお前とは違う、本当の霊能者さ。彼はまだワインセラーに留まっているよ?」
 すると今度は仙寿が口を挟んだ。
「ゲルト本人か確実にするためにステラの容姿を聞いてくれ」
「ステラの? ……いいわ。ええ、闇色の瞳と髪を持った兄によく似た──」
 その瞬間、部屋は明るさを取り戻す。灯を入れたのはあけびだ。
「ゲルトは妹さんに会いたい一心でここへ来たんだよ」
 突きつけたのは、ゲルトの鞄の底板の下に大切に隠されていた一枚の写真。
 ……青年と並ぶ亜麻色の髪と緑の瞳の少女がはにかんでいた。
「あなたは霊能者ではないのですから、完璧に正しく代弁なんてできないはず」
 強く征四郎が言い切った。
「神秘を信じない人間が混じっているわ。これでは正しく声を聞きとれない」
 アーサーへ訴えるアイテールに向かって、ギルが小さく首を横に振った。
「無駄です……私は全て話してしまいました……コナン・ドイルに嘘をつき通すなんて無理だ!」
 素早く立ち上がったヘーメラーがアイテールを庇う。魔女は苛ただしげに睨みつけた。
「残念ね。レッドTJは今は諦めるけれど、断片はどうしてやろう。忌々しい、泥棒猫たち」
 ヘーメラーが木板を打ち付けた固い窓を破り、魔女を抱えて雨の中へと飛び出した。


 その少し前、エージェントたちはアーサーを連れてワインセラーで密かにギルを説得していた。
「何をそんなに怯えているのです? ゲルトやステラのことでしょうか」
 杏子へギルは首を横に振った。
「彼らから何か貰ったでしょ?」
 崩れ落ちるギル。
「目的はシャーロック・ホームズの再開?」
 あけびが尋ねると彼は力無く頷き、アーサーは呻いた。
「なんということを……芝居だろうが映画だろうが私は許可するだろう。結婚だろうが死亡だろうが好きにしろ、と」
「それじゃダメなんです!」
 ギルは叫んだ。心繰の糸はギルを蝕んでいたが、心を失っていたわけではなかった。
「貴方が、作者である貴方が書かなければ、彼は生き続けることはできない……!」
 ギルは、アーサーの入浴中にヘーメラーから受け取った酒をゲルトに勧めた。
『お疲れですね。特別なワインなので、残念ながらラッセル様にはお勧めすることはできませんが──すみません、コルク抜きが』
『ありがとう、あとで取って来ますよ』
 青年はミニボトルを隠し持って夜半にワインセラーへ降りた。



 壊れた窓の向こう、雨はすでに止んでいた。
「私は憧れに囚われて事実を見落とす所でした。貴方たちが居てよかった。
 かつて見た輝く光の蝶、私は神秘は存在すると信じて──」
 はっとした蛍がアーサーへ近づいた時、世界が大きく歪んだ。
「スカーレットか?」
 リーヴスラシルが声を上げる。
「待って、コナン・ドイルに蝶はいるって伝えたい」
 あけびの訴えを番人は「ダメ」と笑った。
 そして、現世界と宝石の世界は遠く隔たられた。

 おめでとう、緋色の時の宝石は君たちのものだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 優しき盾
    シルフィード=キサナドゥaa1371hero002
    英雄|13才|女性|カオ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 惚れた弱み
    柳生 鉄治aa5176
    機械|20才|男性|命中
  • 英国人も真っ青
    ブリタニアaa5176hero001
    英雄|25才|女性|バト
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