本部

【天獄】そのテに願いを

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 6~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2018/08/14 19:59

掲示板

オープニング

●マジっすか!?
「エージェントにも成長期の児童はたくさんいるのよね」
 都内某所のウィークリーマンションの一室、お土産でもらった冷凍チャーハンのレンジ調理終わりを待つテレサ・バートレット(az0030)がため息をついた。
「この国の食事もどんどんTVディナー化してるわね。冷凍食品の普及はあたしたちに手軽なオイシイと数十分の自由時間をくれるけど、そればっかりじゃいけないって思うのよ」
 お土産を持ってきたお客さんで、今はでっかい焼売を皿に取り分けている礼元堂深澪(az0016)はびくり! 肩を弾ませる。
 今日、深澪がここへ来たのは本部から“読み終わった瞬間配達員が燃やして消去する式”の特務指令書が届いたからで、土産と称して大量の冷食やら惣菜やらを持ち込んだのは特務と併せて今日という日を生き延びるためだ。
 つか、『テレさんの調理絶対阻止&安否確認』って、どこのヒゲ発特務だぁ~ってハナシだよねぇ。
 そもそもテレサは特務エージェントなのだから、危険は常にその背へつきまとう。見えるほどの動きは今のところなかったが、アイルランド方面にきなくさい連中もいることだし……
「ミオ、あたし思うんだけど」
「うい~」
「ご両親が共働きの家庭の子って、こんな食事ばかりしてるんじゃないかしら?」
「火とか危ねっすからねぇ~。ボクも夏休みにガスボンベで火炎放射器とか作ったなぁ~」
 考え込むのにいそがしくて半分聞き流していた深澪が、あわてて顔を上げた。
 案の定テレサのとびっきりな笑顔が待ち受けていて、絶望。
「テレさん質問っ!」
 元気というより鬼気いっぱいに手を挙げた深澪に、テレサはプライベート用の眼鏡をくいっと指先で押し上げつつ「はい、ミオ」。
「えっとテレさんなんすかね! そのっすね、まさかなんすけどね!? 限りねぇ愛情とか、機械なんざファックだぜぇ~って人力ひゃっぱ(100パーセント)なお手製料理、ちょう未来いっぱいなお子様方にマジぶっ込んじゃおうってゆうガチなアレっすか!?」
「すごくネガティブな雰囲気を感じる気がするんだけどあたしの気のせいよね! キノオケナイズットモを疑うなんてあたし、疲れてるみたい!」
 すでにぽんこつ化が止まらないテレサであった。
 ボクとかテレさんに憑かれてますのぜ……しかし深澪は最後の気力とライヴスを振り絞り、テレサへ向かう。
「物理的じゃなくて具体的に、なにやらかす気もとい企みでもなくてぇ、してあげる感じっすか?」
 隠しようなく不審な深澪の様子にまったく気づくことなく、テレサは笑みを輝かせた。
「保育園で誰かの迎えを待つ子どもたちを招待したいの。いっしょに食を学びながら作って、同じ食卓を囲んで楽しんで。もちろんまだ小さいエージェントもいっしょにね!」
 そして瞳に万感を含ませて。
「子どもたちがその思い出を大切な人に伝えて共有できたら、この世界をほんの少しだけ変えられるかもしれない」
 ああ。
 テレサは本当にやさしくて素敵な人なのだ。
 唯一の問題は、彼女が作る料理は普通の人どころかエージェントまでもを必殺するシロモノで、敵になる前にすべての命を天獄へ素通りさせてしまうことだけ。
 それはもう大きなため息をついて、深澪はかすれた声音を絞り出す。
「世界はアレっすけど、やっちゃいますかぁ。で、メニューとかは?」
「もちろん――」

●そうですね。
「え~、っちゅ~こって、テレさんプレゼンツ『テ巻き寿司波阿勅胃(パーティー)』が開催されることになりま死たぁ~」
 一部の音にノイズが混じったような気はするが、とにかく深澪はブリーフィングルームに集まったエージェントたちへ語る。
「こんなん言うまでもねぇ~なぁ~って思うんだけど。園児のみなさんが食べちゃったら一発で天獄逝きだからねぇ。今回はミッション三つ同時展開するよ」
 モニターに映しだされたのは保育園の見取り図。給食室と会場であるお遊戯場までの動線が示され、次いでお遊戯場に置かれた、テーブルを繋ぎ合わせて作った大きな正方形の卓がクローズアップ、さらにテレサのポジションがポイントされる。
「ここがテレさんの座り位置。まず第一班はテレさんといっしょに調理して、テレさんが触った食材全部キッチンで排除。第二班はテレさんごまかしながら具とごはん運んできて、保育園児のみんなにテ巻きが行かないようにカット。第三班は絶対混じってくる“酔人”にこっそり対処」
 深澪は特に映すまでもなかった映像を消して。
「最初に言っとくよ。第一班はテ料理大量摂取するから全滅確定。第二班も無作為製造されるテ巻き食べるからね。第三班は――酔人って超ハイレベルリンカーだからなぁ~」
 深澪はゆっくりと全員の顔を見渡した。目に、心に、魂に、全員の顔を刻みつけるかのごとく。
「ボクは第一班に入るよ。みんなだけ逝かせるようなこと、しないから。でもさ、もし神様がいるんなら、いっこだけお願い聞いてほしいよねぇ~。上がるなら天国に。落ちるなら地獄に。絶対天獄にだけは送らないでくださいって……」

解説

●依頼
 三班に分かれてテと酔人に対処、お子さんにあたたかな思い出をあげてください。

●状況等
・会場は都内の某保育園、そのお遊戯場。
・テレさん、園児、酔人、エージェント、みんなで手巻き寿司を作って食べます。
・30名の保育園児が参加します。
・酔人がひとりだけ参加します。
・歳がひとケタのエージェントは普通に、そうじゃないエージェントはガバガバな言い訳をして参加してください。
・テレさんは積極的にテ巻寿司を量産し、園児に食べさせようとします。
・テ巻き寿司は1本完食につき生命力20パーセントを損なうものとします。6本以上の完食で重体確定。そして14本の完食と同時、謎の勢力である“互助会”にお持ち帰りされます。

●班分け
・班の名前は自由につけてください。
・第一班は調理担当。ですので具材を決める権利があります。そしてそれと並行して、テレさんが調理した具材をなんとかして食べ尽くしてください。それによって全滅することは「確定」です(文字数割当はちゃんとします)。あと、できれば散るまでにネタをかましてください。
・第二班はテレさんが食材に触らせずにテーブルへ運び、その後はテレさんの手巻き寿司が園児や酔人へ渡らないよう、なんとしてでも食べ続けてください。園児への配慮や盛り上げ役もお願いします。
・第三班は酔人とのバトルがメイン。ただ、園児に気づかれるのはよろしくありませんので、AGWの使用は不可。無音でできる戦闘やトラップ等の策で対処してください。テ巻きも食べてください。あとは自由です。

●備考
・このシナリオの達成度は、英雄含む参加者の100パーセントが重体になった場合にのみ「大成功」、70パーセント以上の重体で「成功」、70パーセント未満であった場合は「普通」となります。
・食べる量(パーセンテージ)は自由に指定できますが、第一班の方は戦闘不能か重体しか選べません。
・報酬の名目は「治療費」です。

リプレイ

●集合
「ごちそうだー♪ きょおはごちそううれしいなー♪」
 保育園児たちが愉快にお歌など歌いながら、お遊戯場へやってきた。
 それを後ろから羊よろしく追い立てていた男が、青布で隠した顔を大きくうなずかせ。
「うむ、みないいお歌であるぞー。ベルベル人もびっくりである。あ、それがし朝からみなの先生になり、夕方にはみなの先生を辞める通り名“青界(せいかい)”である。短い間であったが、楽しかったぞぉ!」
 せんせえやめないでぇー! うちらまだはじまってもなくね!? おとなはいっつもそーやっておれらうらぎんだよー! ぼくせんせいのことずっとわすれないよお!
「顔隠してるのに丸出しアルぅっ!」
 給食室の縁から様子を窺っていたマイリン・アイゼラ(az0030hero001)ががばーっと礼元堂深澪(az0016)にすがりつく。
 互助会から、酔人ひとりの突破を許すという連絡は来ていた。いかな互助会とはいえ、酔人との戦闘となれば分が悪い。なにせ酔人は会員とちがい、いろいろ振り切っているのだから。
「テレさんもスーパー出たってさぁ。ネギとかトロとかエビとかイカとか抱えてね……」
 テレサ・バートレット(az0030)の名を唱えると共に、この世の終わりを顔面で体現する深澪は、「おしまいアルぅ、きょおでおしまいさよおならアルぅ」とか泣き歌うマイリンを引きずりながら、“花火”こと調理担当班の面々を返り見た。
「ってことで、みんなの“爆散”っぷり、見せつけちゃってくんなましぃ~」
 それを聞いた雨宮 葵(aa4783)はなんとも言えない笑みを浮かべて肩を落とし。
「いいね。どかんと咲いてぱあっと散るのが決まってる私たちにぴったりな班名だね」
 そして傍らの彩(aa4783hero002)を見て。
「なんでわざわざ修羅の道行くの? 鬼だから?」
 彩は2本の鬼角に飾られた顔をぱあっと輝かせてサムズアップ!
「たかが料理で大げさなのだわ! おいしい料理を楽しめて報酬までもらえるなんてラッキーよ! お姉さんに任せておけば問題ないのだわ!」
 あああああ。どや顔な彩の肩へしがみつき、ずりずり崩れ落ちる葵。
「彩はっ! あの恐怖をっ! 知らないから――!!」
 それでも彼女がここにいるのは、“血の12月”と呼ばれるあの惨劇(くわしく知りたいお友だちはリプレイ『テレサ・バートレットという女』を見てみてね!)をけして再現させないためなのだ。
 はい。ここで五十嵐 七海(aa3694)が小さく手を挙げて。
「魚介じゃなければぱっと散らない感じ?」
「地獄の底からさらってきた泥を食って斃れるか、天国の先から振ってきた雷を食って斃れるかのちがいじゃよ」
 告げた辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)がくわっと振り返り。
「お初ぅ! おぬしまたわしを謀りよってぇ!!」
 稲荷姫を「わらわが通ってた(こともない)保育園で手巻き寿司ぱーてぃーがあるそうですじゃよ?」と誘い出した張本人である天城 初春(aa5268)を揺すぶった。
「いやいや。妾、幼子に天獄はもったいな――早過ぎると思うて阻止せねばと」
「今もったいないとか言おうとしたの!? 目を逸らすな鏡を見よ! おぬしも幼子じゃい!」
 初春はがっくんがっくんされながら「ふふふ」。
「幼子である前に酔狐。それが妾ですじゃっ」
「もはやテ遅れかあーっ!!」
 ぱったり倒れ臥した2678歳の合法“のじゃ”ロリこと稲荷姫は、マイリンと声をそろえて「きょおでおしまいさよおならじゃあ」、歌い出した……。
「七海、おまえは帰れ。なにかあればアイツが泣く」
 無意識の内に引き抜きかけた煙草の箱をポケットへ戻し、ジェフ 立川(aa3694hero001)は七海に告げる。彼女は大事な人がいる身だ。保護者としても、この世界に在る意味を教えてもらった恩義を感じている身としても黙ってはいられなかった。
 しかし七海はかぶりを振って。
「逃げないよ。私はみんなを手伝うんだって、そう決めたから」
 園児の未来を、自らの命と引き換えて守り抜く。深澪を始めとするエージェントたちの思いの重さを知ってしまったから――その割に覚悟決まってなさげな輩だらけだが――自分も戦って戦って、最期は笑って斃れよう。
 七海はエプロンの紐と共に決意を固く結ぶ。


「先生、こちらへどうぞですわ! お皿に園児のみなさまの手が届きやすいよう、いいお席はお譲りになってくださいまし!」
 その豊麗な肢体でぐいぐい青界を押し込み、出口にいちばん近い端へつかせたのはファリン(aa3137)。
「ぬ。園に貴公のような保育士はおらなんだはず……ましてや東京支部のエージェントが」
 その程度は調査済みというわけですか。さすがは素面の酔人ですわね。
 ファリンはつと青界との間合を詰めようとしたダイ・ゾン(aa3137hero002)を目線で留め、にっこり。
「道に人参がぽつぽつと落ちていまして、追ってきたらいつの間にかここに。それにわたくし、テレサ様とは知らぬ仲でもありませんし」
 青界は唯一露出している目をすがめ、ふむとうなずく。
「兎が好物を追うてきたか。思えばそれがし――」
 しみじみ語り出す青界を置き去り、ダイがファリンにささやきかけた。
「いつしかけるんだい、ファリンちゃん?」
「テを餌に一本釣りしますわ。姿からしてベルベル族の方のようですし」
「……煙草か」
 ベルベル族の多くはモロッコに住まい、酒をやらぬ代わり、煙草を大いに好むのだ。
「その間にわたくしはテレサ様を」
 思うことは多々あるが、とにかく今日は娘に甘々なヒゲ紳士の過保護の鎖を断つ。たとえこの身が斃れても――斃れるのは確定だからこの命と引き換えに。

「なぜ我はここにいるのだ?」
 遊戯室の片隅、零(aa0208hero002)は実に納得のいかない顔を傾げた。
「そりゃおっさんが勝負に負けたからだろう」
 たくましい肩をすくめてみせるのはリィェン・ユー(aa0208)。
 そう。零は第一英雄とのババ抜きで負け、ここへ来るはめに陥った。しかし元はと言えば――
「なぜ小僧はこのような依頼を受けた?」
「そりゃテレサがいるからだろう」
「なぜ我がまたあれを食わねばならん?」
「そりゃ仕事だからだろう」
「そもそもなぜ我はここに」
 エンドレスであった。

 一方、リィェンたちとは反対側の隅。
「食えるのは寿司ではないではないか! ワシをだましたのか徹!」
 キーっと憤るハニー・ジュレ(aa5409hero001)に乙橘 徹(aa5409)はしれっと。
「手巻き寿司だって立派な寿司じゃないか」
「テ巻きは断じて手巻きではないわーっ! おぬしあの映像を見ておいてどの口で言う!」
 ブリーフィングで延々と見せられたドキュメンタリー映画は、まさに凄惨のひと言であった。特にリィェン、葵、ファリン、初春らが参加した“血の12月”のやつ、あれはもう……ライヴスリンカーは簡単に死ぬことすらできない現実に、ハニーは迷わず元の世界へ逃げ帰ろうとした(帰れませんでした)。
「大丈夫、すぐ黙ることになるよ。俺もハニーもね」

 最初のシーンで青界に「おとなはいっつもそーやっておれらうらぎんだよー!」と叫んでいた園児。実はあれ、東京海上支部のエージェントなんである。
「非常に不本意だけど、俺たち入園希望の見学親子ってことで」
 真新しい園児服姿の子担当、重力を忘れた 奏楽(aa5714hero001)は、親担当の熊田 進吾(aa5714)に言ったものだ。
「入園する前に親子そろって死んじゃうけどね」
 重たい返事に息をつき、奏楽は説明を続けた。
「とにかくくまたんは笑顔で寿司を巻け――テ巻きと同じ具を使えよ? あとは先に相談したとおりにこなして笑顔で逝くぞ!」
「せめて畳の上で死にたかったなぁ」
 進吾は果たされなかったささいな願いが風に散りゆく様を見やり、ため息をついた。
 これまでは思わぬ方向にやっちゃってきた人生だったが、今日は確実に殺られちゃうわけで。
「天獄って天国でも地獄でもないらしいし……どこにあるんだろうね?」

●爆
「みんな手伝ってくれるんだって!? ほんとにありがとう! 今日は子どもが大好きなメニューをそろえたの! 手作りマヨネーズコーン、手ごねハンバーグをスティックにして――」
 給食室の作業台に大きなエコバッグを4つも置いて、テレさんうっきうきである。
「ほおおおおおサイコーですじゃあああああ!!」
 すでに海老反りを決めた初春からそっと3歩離れる稲荷姫。初春、おぬしはサイコじゃサイコ!
「もれなくテが入るっちゅ~ことっすね……」
 深澪の合図に葵がこくりとうなずいて、作業台の下に隠した荷物をチェックした。……うん、ちゃんとあるよ。
 それはスーパーから迅速お届け便で届けてもらった食材で、テレサの買い込んだものと同じ内容がまとめてある。日本の回転寿司で見るようなプラスアルファの食材もだ。
「ああ、今日はブラックボックスの人もいるのね。よろしく、テレサ・バートレットよ。こちらの世界で困ってることはない?」
 テレサと握手しながら彩はにこにこ。
「お姉さん彩っていうのよ。こっちは人がいっぱいでみんななかよくしてくれて、とってもうれしいのだわ。手巻きも楽しみ!」
 はい楽しみキター! 海老反りかけた背骨を強引に伸ばし、葵は全感情をぎゅぎゅっと押し込めた無表情で彩を引っぱった。
「ちゃんと手、洗って。みんなが待ってるから」
 続いて七海もテレサに手を差し出し。
「五十嵐 七海だよ。後学のためにテレサさんと会っておくといいって、親戚に勧められて」
「今日はただのテレサ・バートレットだから、学ぶよりなかよくしてくれるとうれしいわ」
 それを聞いた七海はドキドキ胸を高鳴らせた。――すてきな人だな、テレサさん。

「彼女は素敵な女性だと七海は思ったようだ」
 少し離れた場所から七海の様子を解説したジェフに、リィェンと別れて調理班へ回ってきた零は肩をすくめてみせ。
「誰もが敵となる前に素通りして斃れるのだから、それは素敵だろうよ」
 ともあれやるしかないのであればやるだけだ。研ぎの具合を確かめた包丁を手の内で回転させ、零はまな板へ向かった。
『こちらテ巻き処理班“埋葬”アル。子どもと青界がおなかすいたの大合唱アルよ』
 園児たちは眠くならない程度のプール遊びを済ませてきた後だ。それはお腹も空いているだろう。ついでに青界は、この日のために絶食とかしてきてるはずだし。
 連絡を受けた深澪が余分な情報をカットして伝えれば、テレサはぽんと手を打った。
「急いでかかりましょう。あたしはマヨネーズと海老天の用意をするわ。ああ、その前にごはんへ酢をまぶして……みんなはもう少し待ってて。盛りつけだけお願いしたいから」

 テレサの目を盗み、エージェントたちも動き出す。
「こちら雨宮! 五十嵐さん油に火かけて! 海老天だから、薄力粉と片栗粉とお水と――」
 通信機で七海にお願いを飛ばし、葵はわたわたテに汚染されていないまっさらな食材の準備を開始した。
 焦らず急いで正確に! テレサさんがこっち向かないうちに、少しでも用意しておかなくちゃ!
「魚をくれ。我が切る……よし、受け取った」
 リィェンの特訓を受け、格好がつく程度にはテレサっぽい料理が作れるようになっている零である。包丁を生食用の切り身へ入れ、手際よくスティック状の鮭をこしらえていった。
「そういえばみんなはお腹の具合、どう?」
 ボウルに入れた卵黄、塩、酢、そして胡麻油をかき混ぜていたテレサが唐突にくるりと振り向くが。
 この中では数少ない男子であるジェフが、テレサの視界を塞いで微笑んだ。
「マヨネーズは油を少しずつ混ぜる必要がある。目は離さないほうがいい」
「ああ、そうね。ちょっと集中するわ」
 テレサがボウルに向きなおった瞬間、ジェフは通信機へ鋭く告げた。
『今だ!』
 動きを止めて固まっていたエージェントがわっと再起動、ジェフも七海と交代して揚げ場へついた。
「七海は彼女の気を引くと共に、私たちが調理するための言い訳を」
「了解」

 七海はテレサの横に並び、話しかけた。
「追加用、私たちのほうで用意させてもらうね。ほら、みんな料理好きだから、じっとしてられなくて」
「ああ、わかる! キッチンにいるだけでうずうずするのよね」
 七海の言い訳のおかげで表立って動けるようになった葵は、やけに冷めた笑みを浮かべ。
「……そっか。キッチンのせいなのか」
 まあ、原因の大半がテレサ本人と互助会にあるわけなので、キッチンに押しつけられる責任なんてたかが知れているのだが。それでも人は、責めずにいられないときがある。
「唐突にアレですじゃが、妾も3日前から甘酒しか口にしておりませんでの! テレサお姉様の1本め、ぜひとも妾にくださいな♪」
 口調の無邪気さと裏腹、異様に押し詰まった邪気をねんねろねんねろ垂れ流す初春が、大きな口を開けてじりじりテレサへ迫る。
「そんな邪悪な“あーん”があるか!」
 ツッコむ稲荷姫に初春はあどけない顔を向け。
「こんな幼狐に邪などカケラもあろうはずがありませんじゃよ?」
「邪を理解してる時点で邪じゃ……」
 稲荷姫の声がなぜか聞こえないテレサはうーんと首を傾げ。
「しょうがないわね。即席だけどはいどうぞ」
「うひょおおおお!!」
 テレサの手から、漬けにしたマグロの赤身が入ったテ巻きを狐がぱくー。そして、速攻ぎゅぎゅん。
「これじゃああああああ!! やはり“純テま(純然たるテ巻き寿司)”至高ぅ! キきがちがうんじゃあああああああ!!」
「赤身なのに純トロか!」
 純トロ=高純度のトルエン。2678歳ならでは(?)のツッコミであった。
「あおいちゃん、やっぱりすごくおいしそうだわ! お姉さんもいただいてきちゃおうかしら!」
 海老反る初春を見てそんなことを言い始めた彩。
 葵は狂おしい力で彩の和装の袖を引っぱり止めて。
「もうすぐ死ぬまで食べられるから! 今死なれたら困るからー!」

 テレサはうれし転がる初春からくすぐったげな目を離し。
「あんなに喜んでくれるなんて、プライスレスなのにハイリターンよね。あたし、世界を銃の力じゃなくて、料理で満たされた食卓の力で救いたいの」
 七海は察する。今うなずいたテレサが目ざしているのは、あたたかな食事の場に人々の輪を作って和をもたらすことなんだと。
 なのに結果は、アレなんだよね。
 初春のアレは彼女が行き着く結果ではないのだが、それでも末路の凄惨さは窺い知れた。
「……ぁ……えと。そういうの、すごくいいと思う」
 とにかくあえてテレサの志だけは評価する七海であった。

「どうやら七海も状況がわかってきたようだ」
 海老を揚げる傍ら、ふっくら煮上げた穴子のタレを切るジェフがため息をついた。
「知れたところで先行きが変わるわけでもないがな」
 テレサの用意した具材を真似てカットを施す零の声音は苦い。
 その先を知りながらここにおる我もまた大概なものだがよ。しかも小僧の恋慕に付き合うて、な。
 ダン。勢い余った包丁がまな板へ突き立ち、すくみ上がるように震えた。

●散
「これで全部そろったかしら?」
 たくさんの皿にこんもり盛り上げられた手巻きの具。すべてがテレサの手で調理された、純度90パーセント以上を保証する、テ。
「見た目は普通、なんだよね……」
 目の下を彩る青チークよりもさらに顔を青ざめさせて、葵はネギトロやエビアボカドを見渡した。
 なまじリィェンなどが練習に付き合ってしまっているせいで、最近のテ料理は見た目がおかしくない。だからこそ恐怖は倍増なのだった。
「……テレさん、みんな待ってるし、とにかくちょっとずつ持ってって」
 深澪の強ばった手で促され、テレサはおどけて敬礼。
「Lovely。あとでみんなも子どもたちに紹介するわね!」
 果たされぬ約束を置き去り、テレサが2枚の皿を持って調理室を出た瞬間。
「すり替えるよぉ~!」
 テレサが戻ってくるまでにひと皿でも多くテを処理しなければ。
 ゴミ箱に捨てるのは不可だ。回収されて軍事利用とかされたら世界が終わる。

「内功は練った。これで少しは――」
 テレサの切ったサーモンを口に入れた零が、そのままの姿勢で床にぶっ倒れた。その衝撃で目を醒まし、自身の有様を把握、起き上がってヒールアンプルを首筋に突き立てて。
「――しょせんは小手先に過ぎぬかよ。しかし、いったいなんなのだこれは?」
 残りのサーモンを平らげて、ごぶはぁ。サーモンと同量の赤黒い血を吐き、代わりにネギトロを口へ詰め込んで耳から鮮血を噴き、ついにはまっすぐ崩れ落ちた。
「ああ、ふたりとも……我は汝らとは異なる世にて人の先を護ろうぞいやそれよりもゆるさんぞこのかりはいつかかえし」
 沈黙。

「テ、巻き~寿司~♪ テ巻き巻き巻き――って、妾が巻いとったらただの手巻き寿司なのではっ!?」
 これまでお手伝いしてきた初春がはっと振り向けば、その頭に稲荷姫の拳がめりこんだ。
「すでに取り返しのつかんとこまで侵されとるじゃろ!」
「妾が純度を下げてしまってはいけませんゆえ、仕上げはお姉様ですじゃ」
 テ遅れにも程がある初春は痛みを感じる様子もなく、いそいそと準備を整え、わくわくとテレサの帰りを待つ。
「……待ちきれないので1本だけ。稲荷姫様も妾が巻いたのをどうぞですじゃ」
「まあ、テ巻きでないならの」
 ふたりでパリっ。いい音をたてて海苔を噛みちぎり。
「あひゃひゃひゃひゃ! この純度でこの効きぃ!」
「おほほおほほほほおはちゅぅ! おま、これ、なか、テぇええええええ!!」
 初春と共に海老反った勢いでぴちぴち跳ね回る稲荷姫は、海苔の端で胃を斬り刻まれる絶望の内で覚悟を決めた。
 ワシは人の子らを護る守護獣! テなぞなんとするものか!!
 誇りにかけて不退転。それこそが神獣の一分。稲荷姫は苦痛を噛み殺して仁王立つ。
「よっしゃあ! こうなったらもう1本じゃあ!! ばっちこぉい!!」
 しかし初春はぺたんと正座し、真面目な顔の横で人差し指をちちち。
「あとはお姉様に巻いていただくまで正座待機ですじゃよ?」
「なんじゃその賢者タイムぅ!?」

「ジェフ! あんなにぴかぴかしてたエビアボカドがなんだかどす黒く――」
「七海、やはりおまえは」
「帰らない! だって私、エージェントだから!」
「出逢ったあの日と同じだな。おまえはこうと決めたら譲らない。しかし忘れるな。今は私が七海のとなりにいることを」
 七海とジェフはしっかりフラグを立て、テレサが触った海苔にテレサの混ぜた酢飯を敷き、テレサが調理したエビアボカドのマヨネーズ和えを乗せて、巻いた。
 せぇのでぱくー。からの、海老反り。額から床に落ち、そのまま半回転して倒れ臥した。
「深淵の虚無……これが、テか!」
 ジェフは幻(み)ていた。忘れてしまった過去とかありもしない未来とか。ああ、このまま幻想の果てに沈んでしまえれば――だめだ。テの現実が酷すぎて、そんな逃げすら打たせてもらえない。
 そこからはふたりとも必死だった。何口めかで味覚は消え、限りなく透明な苦痛だけがふたりを突き上げる。
 あああ。これってやっぱり“8月のなんとか”ってタイトルで映像化されちゃうのかな? でも見せられないよ――こんな顔、あの人には!
 白目とか泡吹きとか鼻水とか仰け反り転げ回るとか(全開でやっちゃっていいものか悩んだのでプレイングより抜粋)、一気にキメた七海がどこにあるか知れないカメラから顔を隠し、びくん! 大きく跳ねた。
 その瞬間、見えてしまった。未だ手つかずのテレサ特製ポテトサラダが。
 ジェフ、ターゲット、スナイプ!
 動かぬ指でハンドサインを送る七海に応えたジェフは、萎えた四肢でポテサラに這い寄り、食らいついた。そして完食した皿を天へ突き上げ……そのまま停止する。
 やったんだね。私の目、もう見えないから見てないけど。でも独りじゃないって言ってくれたジェフを独りになんてさせない。ううん、ジェフとかより生き延びてアレをあの人に見られるなんていう拷問、耐えられないから。
 そこそこ無体なことを考えつつ、七海は残っていた寿司を自らの口へ押し込んで、果てた。

「みんなリアクションの達人ね!」
 わぁっと目を輝かせる彩に、新しいフライパンを用意していた葵がかぶりを振った。
 ちがう。ちがうよ。あれはリアクション芸とかじゃないんだよ。
「彩。私焼肉作るから、その間にテレサさんの料理の処理よろしくね」
「オッケーよ! お姉さんのすごさ、見せちゃうわ!」
 すごさを見せられるのは彩なんだけどね……。葵は遠い目を手元に落とし、なにも見えぬまま生姜をすり下ろす。大きな音をたてて炒めなくちゃ。私たちの断末魔がお遊戯室まで届かないように。
 彩はうまく巻けた寿司を手にふふん。そもそも手巻き寿司なんて、それこそ園児だってお手軽に仕上げられるものだし、テレサの具にしても見た目は普通だし、なにより彼女は鬼なわけであはははは。
 ――来年の話もしてないのに笑ってしまった。
 ほかほかの海老天が喉ならぬ魂を焦し、甘酢をまとう米が胃に居座って心を焼き、ぱりぱりの海苔が五感を塞いで世界から彩を切り離す。
 つまり、うん。どうにもならないのだわ。
「お姉さんのほうがお料理得意だから死ぬのだわ」
 なにもない空間に手をすかすか振り回す彩。タッチの要求であると同時、タップの意志表示でもあった。
「意味わかんないから! それよりギブアップ早いよ!」
「あと10秒でタッチしなかったら焼肉にインコの丸焼きが追加されるけど……いいかしら?」
 この鬼気、彩は本気だ。それはわかった。だがしかし。
「それもよし! どっちにしても死ぬしね!」
「あおいちゃん覚悟決めすぎよ!?」
 ……結局ふたりで料理して、ふたりでテを食べ続けた。
「この、焼肉、みんな、に」
 葵は最後の力を振り絞ってサムズアップ、海老反りすぎて輪っかになってる彩の真ん中へまっすぐびびんと突き立った。
 ――すべては子どもたちの笑顔のために!

「あら、みんなどうしたの? もしかして、待ちきれなくて食べちゃった?」
 園児にまとわりつかれて帰りが遅くなったテレサは、給食室の惨状にしたり顔でため息をついた。
 と。稲荷姫の拘束を瞬発的な剛力で振り払った初春がテレサに突撃。
「お姉様、お姉様! 妾もうお腹と背中がひっつくですじゃあ!」
「騙されてはいかん! 童謡の歌詞っぽく言っておるが、こやつ皆の全滅を生暖かく見守っておったんじゃぞぉ!?」
「ええい、妾の邪魔をするな~っ! テじゃ! テ巻きが足らんのじゃあああああ!」
 キーキーもつれ合う6歳と9歳を見下ろし、テレサは小首を傾げて。
「あっちでみんなといっしょに食べたら?」
 ぴたり。動きを止めた初春がかぶりを振った。
「いえ、こんな妾でも最後の一線は守りたく思っておりますじゃよ」
 そして。
「お初、なにこっそりタッパーにしまっとるんじゃ!? まさかおぬし」
「幸せとは、分かち合うものですじゃよ……」
「ええい、やらせはせぬのじゃあ!! 分かち合ってくれるわ天獄をおおおおお!!」
「ああっ、先達へのお土産が! 稲荷姫様がご乱心ですじゃぶむぐキタぶぐぐ!」
「皆頼むのじゃ――世界を――子らの未来を――」
 初春が持ち帰ろうとしていたテ巻き25本を自分と初春の口に詰め込んで、稲荷姫は逝く。

 ちなみに深澪だが、結構早い段階で海老反りになっていた。
 マイリンに「マイさん、天獄で待つのぜ」とかいうダイイングメッセージを残して。

●埋道
“爆散”がもれなく爆散した。
 別に連絡が途絶えたから知れたのではない。皿運びの手伝いを担う“埋葬”は給食室の中を普通にチラ見していたので丸わかりだっただけだ。
「テレサが運んでくれた皿は自分のまわりに集めてくれ。誰にも渡したくないからな」
 子どもまみれになって転がった青界の監視を続けるファリンはきらり、目の端を光らせる。リィェン様、今日はやる気ですわね!
「なんじゃあのやる気……彼の御仁は酔人とやらではないのじゃよな?」
 顔をしかめたハニーは、皿の縁につけられた「安全」を示す米粒を今一度確かめる。よもや触っただけでは侵されまいが超不安。
「愛はいろいろ越えるんだよ、多分。ばれてないと思ってるのは本人だけだし、気づいてないのはテレサさんだけだけど」
 渋い顔で返した徹は、印のついていない皿をそっとリィェンの前に置いた。
 ともあれ。“爆散”が命に代えて用意してくれたアナゴや出汁巻卵、ツナマヨやサーモン、そして焼肉等々、テーブルに並べられていく。
「あたしの作った具がいくつか見当たらないけど……まったくもう、みんなGreedy(食いしん坊のイギリス的表現)なんだから」
 くすりと笑うテレサにリィェンが添い。
「きみの前じゃ、俺だって鼻垂れの喫貨(食いしん坊の中国的表現)さ。というわけで、早くいただきますをしよう。子どもたちが待ちくたびれて寝てしまう前に」
「おお、それがしお腹と背中がくっつくのである!」
 園児たちに席へつくよう急かし、初春と同じようなことを言う青界。シェシュからのぞく目の瞳孔がすでに全開である。
 その膝から跳び降りた奏楽は口パクで進吾に『くまたん、準備いいか?』。
 この場にあっては不自然すぎる黒マントをまとった進吾も『いつでもいいよ』。
 進吾はマントの中に駆け込んできた奏楽とこっそり共鳴した。
 そして少し離れた場所に控えていたダイもまた、ファリンにまばたきの信号を送る。
 ――実弾が集まり次第行く。
 ――ご存分にご活躍を。
 活躍っても、誰も見てないとこで暗躍だけどなあ。苦笑して、ダイは「いただきーます!」と手を合わせる面々を見やった。

「好きな具をまっすぐ敷いて、くるん。簡単でしょ? みんなもやってみて」
 テレサがネギトロ巻きを巻いてみせると、園児たちもそれを真似してくるんくるん。うまく巻けたものがあり、形が崩れてしまったものもあり、でもそれは全部笑いのタネになって。
「こうやって無邪気に笑う子どもらというのは、いいものだな」
 となりに座し、目をすがめてうなずいたリィェンが、さりげなくテレサの手からテ巻きを取り、口にする。
 そうか。火を入れない食材のほうが微妙に“濃く”なるのか。憶えておかないとな。彼(と初春)以外の者にはまるで価値のない情報を得たりしていると、テレサがふと。
「たくさん笑ってたくさん食べて、大きくなってくれたら最高ね」
 リィェンは思うのだ。いざ子どもができたとき、テレサはどうするのかと。
 きっと彼女は手料理を作ってあげたいと思うだろう。しかしジーニアスヒロインとしての責任も放棄はできまい。
 支えが必要だ。きみのいいところも悪いところも誰より理解する相手の、な。

『まずい。このままだとユーさんに“弾”が全部取られる』
 徹からの切迫した通信。
 ハニーは自分の小さな鼻先を親指で弾き。
「任せておくのじゃ」
 息を吸って、吐いて。その名の由来となった蜂蜜色の髪を子どもっぽくくしゃくしゃにして、わーっとテレサのとなり――リィェンの逆側だ――へすべり込んだ。
「おぬしを見ておると前世を思い出すのじゃ。母様とワシは餓え死ぬ間際にあっての……しかし母様はワシのため、難攻不落の祭壇から命がけで乳を盗み与えてくれたのじゃ」
 しみじみと彼方を見るハニー。演技がやけにうまいのは、神というものへの不信がいい感じに働いているからなのだろう。
「そんなことが――」
 テレサはあっさり涙ぐむが、通信機で盗み聞きしている徹は冷静に思ってみたりした。餓死寸前の母さんが難攻不落の祭壇に挑むって、設定にムリありすぎないか?
 さておきハニーはさらなる情感を込めて語り上げる。
「じゃがそれは乳ならずなにがしかの霊薬での。母様はその咎から処刑され、不老不死と化したワシは永劫の責め苦を受けることに……せめて霊薬を――手巻き寿司を、母様と分かち合えておれば!」
 なにぃ!? あまりの超無理矢理展開にエージェントたち全員がハニーを凝視。しかし。
「せめて食べ供養をさせてくれまいか!? 母を思う子の心に手巻き寿司を!」
「Lovely! あたしじゃお母様の代わりなんて務まらないけど、せめて心を込めて巻きまくるわね!」
 涙を払ってテ巻きの量産体制に入るテレサ。
 ハニーは笑顔でそれを受け取り、無邪気を装ってもりもり食べる。
「あはぁ! これを食うとふぅ、思い出すのぼっ! 母のあいイイイイイイ」
 冷めた魚介が、煮えた銅さながらハニーの内を焼く。ネギか? ネギが効いズザジギギブブ!? 思考に正体不明のノイズがああああああ!!
「お味はどう?」
「もっとじゃ! もっと巻いてくれぇ! 次は豪華で豪快な、太巻きををををを!!」
 ハニーの脇からそっとテ巻きを回収、初春が使っていたタッパーに収めながら、徹は静かに息をついた。体の小さなハニーよりは俺のほうが効かないはずって信じよう。
 と。
「……さて。この流れなら、俺も隠してきた過去を披露するべきか」
 ここでまさかのリィェン参戦である。大いに脚色した過去を語り、テレサのテ巻きを大量ゲットせんがため――!
「まあまあ、リィェン様! テレサ様の独占は少しだけお待ちあそばせ!」
 豊かな体を生かして割り込んだファリンに阻まれた。
「このような機会はなかなかありませんので、テレサ様にお伺いしたいことがありますの」
「なにかしら?」
 手だけはせっせと動かしながら小首を傾げるテレサ。
「わたくしの大切な友人が、無自覚の内に過ちを犯し続けているのです。指摘すれば傷つけてしまうこともわかっていますわ。でも、だからといってその事実を友人から隠すことが正しいのでしょうか? それとも友人を信じて苦言を呈するべきなのでしょうか?」
 友人を信じるというフレーズには誘導を含めておいた。正義の人であるジーニアスヒロインが無視できないように。これをきっかけに、テレサの無自覚なテ被害を抑える方向へ持って行く。
 果たしてテレサは。
「あたしは自分が絶対の正義って思い込んできたけど、あるヴィランに指摘されたわ。君の正義は安いって。あなたが友だちを信じる心には、それを通すに足る価値がある?」
 テの犠牲を考えれば当然あるわけだが、心情を軸にされると貫きづらいのは確かだ。まだそれを押し通す段階ではないということですわね。ならば。
「正義は各人の心に在る、それはわかっておりますわ。でも、それが庇護の手で支えられているだけのものなら……やはり価値があるとは思えませんの」
「庇護の、手――」
「ファリン」
 リィェンの強い声音がテレサを守り、彼女を止める。
 ご心配なく。今はこれ以上言うつもりはありませんわ。ひとつめの楔は打ち込みましたので。

●ソラくま!
 テ巻きの乗った皿を蒼き舌で流してゲット。園児の元へはくまたんの手巻きこと“く巻き”を流してやりつつ、危ういときには碧の髪で皿を巻き上げてキャッチ。進吾と奏楽は着実に園児を喜ばせ、“剣”をストックしていた。
『くまたん、そろそろ行けるぞ』
 奏楽が悲壮な笑みを浮かべてゴーサインを出し。
『もうバイバイの時間か……』
 内で応えた進吾はぐいと立ち上がってマントをばさぁ、悪のひと文字を縫いつけた緑の全身タイツを晒し。ついでに獅子の面で仮装、勇気も絞り出して。
「ふははははは! 僕は40年後の世界からやってきた」
『設定ガチすぎだっ! 45歳は忘れろ!』
「未来からやってきた、お腹を空かせて大暴れするお腹空き空きライオンだー!」
 本当は奏楽だけで“空腹怪人★ソラ”をやるはずだったが、共鳴していないとスキルが使えないのでこうなった。進吾的にはかなり辛いが、もうやるしかない。
 やべーやつでたー! よんじゅうよんさいからよんじゅうろくさいのあいだーっ! くっ、おれたちのこうげきりょくじゃかてねい!
 園児たちの絶望が爆ぜ、お遊戯室に悲哀が木霊する。
『俺はソラ。お腹空き空きライオンに中に閉じ込められたいいやつだ。ライオンの前にある手巻き寿司は、俺の超不思議パワーが入った魔法剣! そいつでライオンを倒すんだ! みんなが食うとパワーが暴走して死んじゃうから注意だぞ!』
 奏楽が積み上げたテ巻きを指して言った。
 日曜日の朝、ヒーローやヒロインの戦いを見てきた園児たちは悟った。今がそのときだ!
 ぶるー、ぐりーん、いっしょにこうげきだ! おれがれっどなんだけど! れっどはぼくですけどなにか!?
 微妙に揉めつつ、男子がテ巻きソードで進吾へ襲いかかる。
『くまたんが立ってると口まで届かないからな。やられながらかがめ』
『あ、うん』
 男子の蹴りをぎこちなく受け止め、逃げる進吾。そのなんともいえない手加減ぶりに、園児たちのやる気も下がり始めた。
『くまたんなにしてんだよ!』
『うう、小さなお子さんの相手はちょっと苦手で……ほら、小さいから潰しちゃうんじゃないかって』
 おどおど応えた進吾を奏楽はふふん。鼻で笑ってみせ。
『子どもはそんなに脆くないよ? かわいい、可憐、純粋、そんなイメージじゃくくれないくらいタフなんだぜ。気ぃ遣うより思いきって遊んでやれって』
 思いきって、か。
「……ふはは! 僕に追いつけるかな!? あ、僕の弱点は口の中だよ!」
 赤き声でちょっと爆発を演出したり、碧の髪でそよ風吹かせたり。地味だけど派手な演出を織り交ぜ、進吾は長身を転がして園児を盛り上げる。
 果たして殺到した男子が進吾の口にテ巻きを突っ込んだ。
『くまたん! やべえよ! なんかこう……やべェよ!』
『分析不能のなにかが僕のどこかを侵食する――!』
 言葉にできないテの毒がふたりを侵し、立ち上がることすら赦されぬ深淵へと引きずり込んでいく。
 そこへ満を持して女子登場。フルートとかギターとかに見立てたテ巻きを口で演奏、とどめのテ巻きを押し込んだ。
「もう、食べ尽くした――よ」
 がくり。
 遠ざかっていく園児たちの勝ち鬨を聞きながら、進吾はこの日初めて、本当の笑みを浮かべる。
 やりきったよね、僕たち。
 ああ。だからさ、心置きなく逝こうぜ。

●葬連
 進吾たちの奮闘の裏で、ダイは青界を園の外へ連れ出していた。
「煙草もいいがこいつはどうだい?」
 タッパーに詰められた15本のテ巻きを示し、口の端を吊り上げる。
「家帰って食ってくんねぇか。トんじまったツラ子どもたちに晒されちゃ困る」
 青界は眉根をひそめてダイに指先を突きつけた。
「そちらの妨害でそれがしは1本たりともテを食しておらぬ。素面のそれがしに共鳴もしておらぬ貴公が及ぶかな?」
 交渉はあっさり決裂したが。
「てめぇが素面ならな」
 ダイがテ巻きを差し伸べて。
「言うてくれるものだな、こぞをほおおおお!」
 普通に食べちゃう青界。酔人ってそういうものだから!
「こちらゾンだが、乙橋か? 今日のテ巻きの重体確定本数は……6か。まずいねえ。結構余るかもな」
 ダイは通信を切り、海老反った青界のシェシュを指先で持ち上げて、動かなくなるまでおかわりを突っ込む。
「シラットの腕前は見せられなかったな。ともあれファリンちゃん、俺はひと足先にICUで待ってるぜ」

 ファリンはすでに斃れていた。品のいい笑みを浮かべているのは淑女の意地である。
「みんな疲れてるのね……エージェント業はほんとに過酷だもの」
 つぶやくテレサの目を盗み、徹はテレサが醤油を差した皿をそっと取り替えた。次いで普通の手巻きをつけて食べると。
 ――これだけでテ化するのか。
 舌の上にぞわりと拡がる“死”の感触。その命がエクストラライフで蓄えたはずの生命力ごとがりっと削れ、虚無へ墜ちていくのがわかる。
 まあ、だからどうだってこともないんだけど。
 とっくの昔に脳は壊れていて、死を恐れることもない。たとえハニーが伏したファリンに「おぬしまさか母様!?」と詰め寄ったきり動かなくなっていても。
 ここでふと、徹は誰にともなく問いかけた。
「黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)ってご存じです? 黄泉のモノを食べると現世に戻れない体になっちゃうんですよ。俺の体、別のナニかに変わってますよね現在進行形で」
 そしてリィェンの前以外に残った最後のテ巻きをテ醤油に吸い取らせて食べ。
「今が夏休みでよかった。入院しても出席日数に影響ないから」
 ぶつり。

 遊んで食べて、次はお昼寝に向かった園児を見送るテレサを肴に、リィェンはようやく落ち着いてテ巻きを味わっていた。大丈夫、すでに致死量は越えている。
「リィェン君、今日はあんまり食べてないわね」
「きみの手巻きが人気過ぎて、俺のところまでなかなか回ってこなくてな」
 テレサは大げさに肩をすくめてみせて。
「リィェン君のほうがおいしいの作れるでしょ」
 自分のためじゃなく、きみのためならな。
 胸中で漏らし、豆板醤に生姜や大蒜を加えて炒めた調味料を取り出したリィェンは、エビマヨにさっと和えて巻き。
「なんちゃってエビチリ風手巻き寿司っと。ほら、テレサ。あーんだ」
「ファリンさんの話、パパのことよね。わかってるのよ、あたしはみんなに守られてるから一人前のふりができてるんだって――」
 テレサの言葉尻を寿司で塞ぎ、リィェンはかぶりを振ってからうなずいた。
「だからきみは自分で立とうとしてるんだろう。でもそれじゃ片手落ちだ。力を尽くした分、誰かに甘えることも覚えなきゃな」
 力なく下ろされていたテレサの目蓋が跳ねる。
 これは、辛味と香味が力をくれたせい?
「逝き損ないがいるアルよおおおおおおお!! 道連れアル! 独りで天獄とか逝かないアルうううううう!!」
 突如、全身を青どころか緑に染めあげたマイリンが跳び込んできて、リィェンの口にテ巻きをブルズアイ! そしていっしょに死!
 オチもなにもないまま、クライマックスは全壊した。


「参加者全員が重体だと!?」
 なんとかもろもろを隠蔽した互助会の謎会議、議長席につく覆面の男が卓に突っ伏した。
 やられた。やられてしまった。まさか条件が達成されてしまうとは!
「こうなればしかたない。治療費を多めに渡してあげてくれたまえ」
「え? それだけですか?」
 問うたモブ覆面に議長は「うむ」。
「それだけだ」
 というわけで。続くかもしれないし続かないかもしれないテを巡る物語のひとつがここに幕を閉じるんだった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • エージェント
    熊田 進吾aa5714

重体一覧

  • 義の拳客・
    リィェン・ユーaa0208
  • 危急存亡を断つ女神・
    ファリンaa3137
  • 絆を胸に・
    五十嵐 七海aa3694
  • 心に翼宿し・
    雨宮 葵aa4783
  • 鎮魂の巫女・
    天城 初春aa5268
  • ガンホー!・
    乙橘 徹aa5409
  • エージェント・
    熊田 進吾aa5714

参加者

  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • エージェント
    aa0208hero002
    英雄|50才|男性|カオ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 我を超えてゆけ
    ダイ・ゾンaa3137hero002
    英雄|35才|男性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 桜色の鬼姫
    aa4783hero002
    英雄|21才|女性|ブラ
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
  • エージェント
    熊田 進吾aa5714
    獣人|45才|男性|生命
  • エージェント
    重力を忘れた 奏楽aa5714hero001
    英雄|6才|?|ブラ
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