本部

七夕の願いが叶うとき

落花生

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/07/22 17:16

掲示板

オープニング

「あれ、ここに七夕の笹が飾ってなかったっけ?」
 とあるH.O.P.E.の支部。
 そこに勤める職員は、女性職員は首を傾げていた。昨日まで短冊をつけて飾ってあった笹が、なくなっていたからである。
「七夕は過ぎたから、誰かが撤去したんじゃないですかね」
 男性職員は言葉に、女性職員は「そうかもしれない」と思った。元より、七夕などただのお遊びであった。だから、大抵の人間は自分が短冊に書いた願いさえも忘れてしまっていた。

●自分の願いは
 仕事終りに、夜道を歩く女性職員。ふと空を眺めた彼女は、星を見て七夕飾りのことを思い出した。自分は短冊に「素敵な恋人を見つけたい」と書いたが、願うだろうかとちょっと考えてしまったのだ。
「まぁ、こういうのは異性へのアピールぐらいに考えないとね。短冊に書いたことで、恋人募集中だって周囲には伝わっただろうし」
 七夕に願いが叶うなんて、思っていない。
 そんな女性職員の前に、美しい女性が現れた。
「あなたの願いは――そうだったのね」
 女性は、職員に微笑みかける。
 たった、それだけのことで職員は意識を失った。

 女性職員は、夢を見ていた。
 学生時代にプレイしていた乙女ゲームの主人公になって、イケメンたちに愛されまくるという――恥ずかしい内容であった。だが、夢のなかで女性は幸せであった。短冊に書いた願いが叶えられたのだから。だが、女性は思ってしまった。
 ――ものすごくモテてるけど、誰もプロポーズしてくれない!
 学生時代にプレイしていた乙女ゲームの主人公と攻略対象は高校生だった。当然、結婚エンドはない。だが、大人になった女性職員はそれでは満足できない。
「イケメンと結婚したい!!」
 彼女は新たな欲望を叫び、目覚めた。

「あら……ここは?」
 現実に戻った女性職員は、病院に運び込まれていた。彼女を診察した医師や女性職員によると、彼女は愚神織姫の攻撃を受けたことでずっと眠り続けていたらしい。
「あなたを助けようとしたリンカーたちも眠り続けています。でも、どうして貴女だけが目覚めたのか……」
 愚神はすでに討伐されており、どのような攻撃を受けてリンカーたちが眠ってしまったのかもよくわからないらしい。
「あの……私の場合なんですけど、夢の中で短冊に書いた願いが叶っていたんです。その――素敵な恋人が欲しいって」
 昔やった乙女ゲームの世界に入り込んでいたとは言えなかったので、女性職員は言葉を濁した。
「おそらく、愚神は短冊に書いた願いごとを少しゆがめた形で見させる能力を持っていたんだと思います。私が学生時代のままごとみたいな恋愛にそれなりに満足していたんですけど、段々と欲が大きくなって……結婚したいって叫んだら現実に戻っていました」
 イケメンと結婚したい、と叫んだことは言わなかった。
「つまり、叶えられた欲望に満足できなければ意識が戻るんですね?」
 医者の言葉に、女性は頷く。
「だとすれば、時間が解決してくれるかもしれませんね。人間が満たされる時間というのは、とても短い。すぐに、新しい欲が芽生えるものですから」

解説

・夢の中で、短冊に書いた願いが叶います。

夢の中――美味しいものが食べたい、家族に会いたい、異性にモテたい、恰好よくなりたい、すべての願いが夢のなかで叶います。そして、その夢に満足できなくなったとき、夢が覚めます。

愚神織姫――すでに討伐済み。しかし、彼女の攻撃で短冊に書いた願い事が叶う夢をみている。

病院――織姫の被害者たちが眠っている場所。時間が経てば、目覚めます。

リプレイ

「よし、行けー!!」
 荒木 拓海(aa1049)は、手に汗を握りながらスポーツ観戦をしていた。
 隣には、嫁がいる。二人とも若い姿ではなく、中年男性の姿である。共に歳を重ねた姿であった。
 結婚したころはお互いに若かったが、今では互いに落ち着きを身に纏っている。しかし、大好きなスポーツ観戦のときには、互いに少年にもどったように贔屓のチームを応援していた。
「やったーっ!」
 贔屓のチームの勝ちが決まって、拓海は思わずガッツポーズをする。ふと、隣をみると嫁も同じポーズを咄嗟に取っている。結婚二十年目、どうやら自分たちも「夫婦は似てくる」という現象を体言しているらしい。
 少し照れくさくて、拓海ははにかむ。
 隣に、嫁がいる。
 そして、咄嗟に同じポーズをとる。
 重ねた年月が、とても愛おしい。
「隣に居るのが自然で当たり前で……空気が優しい……」
 ああ、幸せだ。
 こんな日々がずっと続けばいいのに。
「――……たまには旅行にでも行きたいよね」
 どちらともなく、そんな話題になった。思えば最近の外出は近場ばかりで、遠出することが少なくなった。
「任務の合間に英雄達も一緒に旅行しよう、どこか行きたいって言っていたかな? スリリングなオプションも必要だね」
 国内にしようか海外にしようか、と二人で盛り上がる。
 ああ、互いの英雄たちの意見も聞くべきだろう。きっと彼らも旅行には大賛成してくれて、行く前から楽しい旅行計画が始まるはずだ。
「このまま、ずっと歳を重ねていきたいな」

「リサは出会った日から変わらないね、あの日のままに綺麗だ」
 夕暮れが迫る、H.O.P.E.の支部。そこのパソコンを借りていた拓海は、隣で報告書を仕上げるメリッサ インガルズ(aa1049hero001)を見つめる。年月を重ねた拓海に、あのころの若さはない。だが、歳を重ねた男の魅力を持ち始めてもいた。
『沢山苦労させられるから、綺麗なままで居るのも大変よ』
 微笑みながらメリッサは席を立とうとするが、その際に作った書類が一枚落ちてしまった。ひらひらと床に落ちる書類を拓海は拾おうとする。彼の腰が「ぐきっ」と鳴った。
『……最近、運動不足じゃない?』
 メリッサは呆れてしまう。
「歳だから仕方ないと……」
『何かあってからじゃ遅いのよ?』 
 相変わらず戦いは厳しい。
 自分たちはまだ戦場に経ち続けているが、いつかは限界がくるだろう。
「そうだな、少し大人しい仕事を選ぶよ」
 反省したように頭をかく、拓海。
 そんな彼に向って、メリッサは首を振る。
『違うでしょ? まだまだ鍛えられるから、気を抜かないでって話してるの』
 自分たちの限界は近づいてはいるが、まだまだ戦えるはずだ。
『仕事を辞めても変えても構わない……けど、前戦から下がる事が出来ないなら老いを理由にしないで』
 肉体は老いていくけれども、心は出会ったときのように若いままでいて欲しい。
 メリッサは、そう願いを込めて相棒を見つめる。
「ん……まだ働き盛りだしジムでも行くか? リサが鍛えてよ」
 笑いながら拓海が伸びをすれば、背中が「ぽきぽき」と鳴る。
 やっぱり、運動不足だと拓海は苦笑いしていた。そんな光景を見て、メリッサは思う。
『不満を言ったのに、そんなに嬉しそうに……構って貰うのが好きなのは変わらないのね。この先も傍で口煩いまま、ここに居て良いのね……』
 知らない間に、口に出ていた独り言。
 拓海は、かさついた手でメリッサの頭を撫でた。
「当然だよ」


「ご主人様、お早う御座います」
 主人の部屋で行なう、朝の挨拶。
 メイド服に身を包むエフィー(aa5720)は、主に向って頭を下げる。優しい主人はエフィーに対して「おはよう」と微笑みながら返事を返す。
 ――ご主人様は優しく、穏やかな方……私が失敗をしても何時も微笑み見守って下さる。
 新しい主人は何となくではあるが、かつての主人に面差しや雰囲気が似ている。エフィーを使用人の一人ではなくて、養子として扱ってくれた人である。
 今はもう、その主人はいない。
 今の主人の優しさは、かつての主人と同等かそれ以上だ。さすがに主人はエフィーを養子にはしなかったが、まるで家族の一人のように迎え入れてくれている。
 エフィーが部屋のカーテンを開けると、ベットの上の主人は眠そうに目をこすっていた。
 主人のベットの隣で、モーニングティーの準備をしながらエフィーは今日の予定を告げる。主の予定を把握するのも、大事な役目であるのだ。
「今日は、奥様と旦那様が遊びにいらっしゃる予定の日です」
 主人の家族は、離れて暮らしている。だが、エフィーにも主人の家族は優しく接してくれる。訪問する際にはまるで家族と再会したかのようにエフィーにも抱擁をし、「ちゃんと食べてはいるか」「風邪を引いたりはしていないか」と質問攻めにする。使用人というよりは、親戚の子供のようにエフィーに対して接してくれる主人の家族。自分が失敗しても、責めてくれる人は誰もいない。
「旦那様、今日のお召し物はいかがなされますか?」
 今日は、久々の夫婦の再会。
 主人は、エフィーに洒落たスーツをリクエストする。主人が一番気に入っているブランドのスーツである。かしこまりました、とエフィーは頭を下げる。
 モーニングティーの準備を終えると、エフィーは主人のスーツの準備に取り掛かった。

 昼過ぎに、主人の家族はやってきた。上品で優しい家族は、とても優しい人々だ。
 家族団らんの横で、エフィーは紅茶の準備をする。奥様が土産として買ってきたロールケーキが本日にお茶請けである。もちろん、奥様はエフィーの分も買ってきてくれた。とても、優しい人なのだ。
「奥様も旦那様も、どうぞお紅茶を……あっ!!」
 バランスを崩した、エフィー。
 その拍子に、主人のスーツに紅茶が少しばかりかかってしまう。主人のお気に入りのお洒落なスーツ。そのスーツに広がる染みを見て、エフィーは真っ青になった。
「も、申し訳御座いません!! 私とした事が……!」
 土下座する勢いで頭を下げるが、自分を叱る声はない。
 それどころか、主人たちは微笑んでいる。
「嗚呼! このダメな私を打って下さいませっ!! 踏んでやって下さいませ!!」
「大丈夫だよ。エフィーは平気?」
 主人の柔らかな声に、エフィーはぞっとする。
 優しい主人――優しい家族。
 そういったものを確かに自分は望んでいただけなのに……。
「こ、これでは駄目でございます!! 誰か、誰か私を打ってやって下さいませー!!!!」
 優しさしかない世界で、エフィーは悲鳴を上げた。

 暗がりのなかで、金咲 みかげ(aa5720hero001)は戦っていた。周囲に仲間の姿はなく、孤立無援の戦いである。それでも、みかげは戦い続ける。自分の背中に、守るべき人の気配を感じるから。
『危ない……!』
 敵の攻撃で、自分の腕にも酷い裂傷を負う。だが、その痛みに絶えて、御影は自分たちを倒そうとする敵を打ち倒した。そして、自分の背中で守っていた人に声をかける。
『もう大丈夫。怪我はない?』
 頷いたのは、気配でわかる。
 だが、暗がりのせいなのか自分が誰を守っていたのかが分からない。
 ――……この子……誰だったろう……。
 みかげは、自分の記憶がないことを悟る。守りたいと願っていたはずなのに、顔も、名前も、思い出せないのだ。それでも、自分の胸に抱いた願いは覚えている。
 ――強くなれば、きっと……誰かを護れるはず。
 みかげの抱いた思い。
 同時に、家族や「向かいに住んでいたあの子」の記憶がみかげのなかで蘇る。暗がりで顔の見えない子は「向かいに住んでいたあの子」なのだろうか。
 遠くで聞こえる、獣の咆哮。
 顔の見えない子が、びくりと震える。
『誰も傷付けはしない!』
 みかげは、そう伝える。
 今も、みかげの胸には不安がある。だが「不安も凌駕するほど、今、沢山の事が出来たら……」という願いもあった。
『そうすればきっと、何かが、僕が、変われるはず。記憶が無くても、大丈夫。そう言いきれる僕になれるはず。……大丈夫。記憶が有っても無くても、僕は僕だから』
 にっかり、と笑ってみかげは武器を構える。
 獣の咆哮が聞こえたほうには、きっと仲間たちがいるだろう。
 そう信じていた。


「見てこのボデー!! お腹全然出てない!!」
 木霊・C・リュカ(aa0068)は、自分の腹部をさすりながら大興奮していた。最近ちょっと気になっていた肉が、きれいさっぱり消えている。それどころか、ちょっと筋肉による凹凸があるような気さえしていた。ああ、やっぱり若いってすばらしい。
「栄養ドリンクとか飲まなくても、なんだか体力がみなぎっているような気がするし。やっぱり、若さは偉大だね」
 徹夜とかも余裕で出来そうだ、とリュカは大はしゃぎしていた。
「身体も軽いし、なんと言っても若い頃のお兄さんったらとっても美少年じゃない? 凄くない?」
 どうして、こんなことになっているんだっけ。
 リュカは、ふと考える。
「そういえば、今年の短冊には『最近身体に老化の兆候が見られるから絶好調期まで若返りたい』なんて無茶な願いを書いたような……」
 本気で戻れるとは思ってなかったけどね、とリュカは呟く。
 そんなリュカをオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、生ぬるい目で見ていた。
『腹回りが気になるんだったら酒を慎め、運動しろ』
 オリヴィエの一言に、リュカが弾丸で撃たれたような顔をする。オリヴィエは、自分はこんなにも率直にものを言う性格だったかなと首を傾げた。
『そう言えば、俺は短冊に素直になりたいと願いを書いたが……思っていることがそのまま口に出ているのか?』
 素直といえば、素直だろうが。
「そんなに素直になっているなら、このお兄さんの美少年ぶりを褒めたたえてみてごらんよ!!」
 わくわく、とした顔のリュカにオリヴィエは冷たい視線を送る。主に、腹部あたりに。
『そうか、意識低すぎないか。男の腹筋は、もっと割れているものだ』
 リュカの腹筋は「若いから筋肉あるね」程度のものに過ぎない。オリヴィエが思い浮かべる男の鍛えられた体の腹筋は、もっと割れている。具体的に言うのならば、六つか八つ程度に。うっすらと付いた筋肉など、筋肉ではない。
『あ……』
 気がついたら、考えが口から漏れていた。
 リュカは、膝を抱えながら若干落ち込んでいる。どうやら、全盛期の肉体を褒めて欲しかったらしい。
『面倒くさい……』
 またもや、思考が口から漏れる。だが、ここまで素直になってしまったのだから、いっそのこと告白の練習をするのはどうだろうかとオリヴィエは考えた。相変わらず、思考は口から漏れていたが。
『落ち込んでいるリュカには聞こえないだろうし。……好きだ、……いや、もっとこう、凝った文句をつけるべきなんじゃないか? このあいだ、ちょっとだけ見たドラマだと、もっと色々と言っていたし』
 オリヴィエの口から、言葉が次々とあふれる。
 というより、普段は頭のなかにとどめている言葉が素直に口から出てしまう状態なのだ。
『愛してる、ウォーアイニー、アイラブユー、月が綺麗ですね……違う。これだと、ただ周りくどく「好きだ」と言っているだけだ』
 今、自分は人生で一番素直な状態なのだ。
 何も考えずに、自分の思ったままを伝えられるとしたら――
『ずっと好きだった。こんな気持ちになるのは初めてで、ドキドキするんだ。ずっと一緒にいられたら、と思っている。……やっぱり、好きだ』
 もの凄くドキドキする、と呟きながらオリヴィエは無意識に瞑っていた目を開ける。そこには、復活したリュカがいた。
「いやーん。美少年になったお兄さんに、まさか一目ぼれするなんて」
 初恋泥棒になっちゃった、とはしゃぐリュカ。
 色々なことがショックすぎて、言葉も出てこないオリヴィエ。
「今日は冷えたビールで乾杯だっ!! はっ、この恰好じゃ居酒屋にも入れないし、ビールを売ってももらえない」
 こんな夏は哀しすぎる! とリュカは嘆いていた。
『――忘れろ』
 地獄の底から響くような、オリヴィエの声。
『――今聞いたことを、即刻忘れろ』
 ドスの効いた声で『恋がしたい』と書けばよかった、とオリヴィエは小さく呟いた。


 家の中に響くのは、セミの声。
 騒がしい英雄たちの声はなく、「ちりん」と風鈴の音だけが寂しく響く。
「誰も居ないのか……二人そろって外出したのか? ふむ……偶には読書でもして過ごすか」
 自室に積んである趣味の時代小説たち。そのなかの一冊を手にとって、御神 恭也(aa0127)は本の世界に没頭する。相変わらず、聞こえるのはセミと風鈴の音だけ。あまりに静かすぎる、一時。
「……もう、こんな時間か。昼飯は軽くソーメンでも」
 周囲を見渡すが、自分の周りに気配はない。
 がらん、とした部屋があるだけ。
「……この家はこんなにも広く、静かだったか?」
 一人分のソーメンを作って食べるが、冷たいだけで味気がないような気がする。一人だと思って、薬味の量を少なめにしたせいかもしれない。冷たいだけのソーメンは、簡単に腹のなかに収まる。洗いものも数分で終わってしまう。やることは、もうなにもない。
「本でも読むか……」
 時代小説の続き。
 内容は面白いはずなのに、なぜか恭也の頭には入ってこない。耳が無意識に、甲高い少女たちの声を探してしまうからである。
 ちりん――ちりん――風鈴が鳴る。
 ふと気がつけば、もう夕暮れも近かった。こんな時間まで遊ぶ予定なんてあったか? と首を傾げつつ、恭也は相棒に連絡を取ろうとする。いくら英雄でも、相棒は幼い少女である。安全のためにも、何時ごろ帰るのかは把握しなければならない。知り合い何人かに電話をするが、誰もが相棒のことを「知らない」と言う。
「戯れで書いた願い事が叶ったのか……」
 ふと、短冊に書いた願いのことを恭也は思い出す。最近騒がしいから「一人になれる静かな時間が欲しい」と書いたような気がする。信じられないことだが、どうやらその願いは叶ったらしい。
 夕日で赤く染まる家のなかで――ちりん――ちりん――と風鈴が鳴る。
 その光景が、とても寂しい。
「ああ、そうか……。俺は寂しいのか」
 夕暮れを見ながら、ぽつりと呟く。
「なんだかんだ言って、俺は何時もの騒がしい毎日が気に入っていたんだな」
 その言葉は、誰にも聞こえなかった。

『さて、材料を正確に量り、レシピ通りに混ぜ合わせる。ここまで、何時も問題は無いのですが……』
 不破 雫(aa0127hero002)は腕まくりをして、お菓子作りに挑む。お小遣いでそろえた材料にレシピ。準備は万全である。レシピどおりに調理を開始する。失敗の元となる、余計なアレンジは加えない。普通ならば、美味しいクッキーができるはずである。
『ここから焼いたり、冷やしたりすると何故か変質するのですが今日は……』
 雫は、ごくりと唾を飲み込む。
 お菓子作りは、いつも失敗してしまうのだ。元の世界にいたころに比べると多少の改善はあったが、成功したことは一度もない。
 緊張しつつ、雫はオーブンからクッキーを取り出す。
 シンプルなバタークッキーは、甘い匂いをたてて焼きあがっていた。焦げている様子もなく、なにか可笑しな物体に変質している様子もない。まっとうなクッキーの姿をしている。
『見た目は綺麗ですが、石の様に硬いと言うオチと見ました』
 こんなに綺麗に焼けるはずがない。
 そう笑いながら、雫はクッキーを一枚口に放り込む。
 ――サクっと軽い食感。
 ――口のなかに広がるバターの香りと甘い味。
 全うな手作り菓子の美味しさに、雫の目は点になった。同時に、今までの失敗を思い出して「なぜ、今日は?」という疑問がでてきた。以前も同じクッキーを作ったが、酷い失敗をしたのだ。あの時と材料も作り方も変えていないというのに。
『そう言えば、短冊に「菓子作りが必ず失敗する呪いを解きたい」と書きましたね。願いが叶ったのでしょうか』
 もう一枚、クッキーを摘まむ。
 相変わらず、美味しい。
『私の舌がおかしくなった訳ではないみたいですね。嬉しいのですが、如何にも狐に抓まれている様な感じが……』
 クッキーは美味しいのに、どうにも自分が作ったという実感が薄い。
 いや、失敗せずに作れたという感動が薄いのだ。
『もっと、嬉しいものだと思っていたのに……』
 と、雫はため息を漏らす。
『今までの私の努力はなんだったんでしょうね……』


 月鏡 由利菜(aa0873)は、可愛らしくも豪奢なドレスを身に纏っていた。彼女はミッドガルド(ラシルがかつて住んでいた世界)の王国の女王になっており、執務室で忙しく政務に励んでいた。その仕事量たるやリーヴスラシル(aa0873hero001)が、唖然としてしまうほどである。
 リーヴスラシルの来訪に気がついた由利菜が、顔をあげる。元々気品があった由利菜だが、今の彼女には覚悟と決意があった。大きな責任を担うその二つの感情に、思わずリーヴスラシルは頭を垂れそうになった。由利菜は、すでに王の気配を身につけていた。
「ラシル。私は亡き国王陛下と王女殿下の遺志を引き継ぎ、この国を統治しなければなりません。力を……貸して頂けませんか?」
 由利菜の言葉に、リーヴスラシルははっとする。
 思い描いた未来が眼前にあり、思わず今の状況についていけなかったのだ。由利菜の言うとおり、今やミットガルドの王は由利菜である。だが、様々な理由があり、まだ戴冠式はできていなかった。近々、やらなければならないとは思っていた。
『あ、ああ……。しかし、今日戴冠式をやるという話は聞いていなかったが……?』
 準備もあるので無理なのでは、とリーヴスラシルは思ってしまう。
「急な話ではありませんよ?」
 笑う由利菜に、リーヴスラシルは違和感を感じる。
「戴冠式の冠は、ラシルに被せて欲しいのですが……」
 由利菜の顔は、少しばかり曇る。正式な儀式である戴冠式で、騎士であるリーヴスラシルが王である由利菜の頭に冠を乗せることはできない。
「ですから、ここで」
 由利菜が、執務室の机からシロツメクサの冠を取り出す。子供が戯れに作る花冠が、リーヴスラシルの手にゆだねられる。
「ラシル、改めて私を王と認めてください」
 膝を折る、由利菜。
 リーヴスラシルが冠を被せれば、たとえシロツメクサの冠であっても由利菜は王となるだろう。それはミッドガルドの再興を望む、リーヴスラシルの願いが叶ったことを意味する。
 だが、これは何かがおかしい。
 全ての進みが速すぎるような気がするのだ。それに、リーヴスラシルの都合の良いように現実ができあがっているような気もする。これは、まるで夢だ。
 リーヴスラシルは、はっとした。
 そう言えば、短冊に「ミッドガルドの再興を望む」と書いた。今の状況は、それが叶ったようにしか思えない。恐らくは、愚神の力によって。
『ユリナ……きっとこれは、私の内なる願いが愚神によって、知覚できる夢という形になったものだろう……だが、あいにく私は愚神が大嫌いでな』
 きょろきょろとリーヴスラシルは、周囲を見渡す。執務室に、おかしいところはない。机も飾られた絵も、すべてが一級品の立派な執務室だ。
「ラシル、どうしたんですか?」
 由利菜は、首を傾げている。
 リーヴスラシルは、木製のドアに目を向けた。考えれば、自分はドアから入ってきた。ならば、ドアから出て行けば夢から覚めることになるのではないだろうか。
『似たような現象は過去にも何度か体験しているし、私もユリナも愚神の見せる夢の中で溺れるほど腑抜けではない。それに……願いは自らの力で勝ち取ってこそ、意味がある』
 リーヴスラシルは、冠を机に置く。
 さらば、と胸の中で王国に別れを告げながら。
『行くぞ、ユリナ。私達の世界へ』
「は、はい!」
 二人は、現実に戻された。

 病院のなかで、由利菜とリーヴスラシルは顔を見合わせる。他の面々も目覚めており、ほとんどの人間が「夢なんてこりごりだ」という顔をしていた。
『ユリナはどんな夢をみていたんだ?』
 リーヴスラシルの質問に「ラシル、と同じです」と由利菜は答えた。どうやら由利菜が短冊に「新たな進路を切り開けますように」と願い事を抽象的にかいたせいで、リーヴスラシルの夢と混ざってしまったらしい。
「再来年にテール・プロミーズ学園を卒業するから、進路を決めたら確実に切り開きたい、という意味で……」
 テレながら由利菜は答える。
 だが、それは少女らしい願いでもあった。
『分かっている。主の望みの為、私もこれからも力を尽くそう』
 いつかはたどり着くかもしれない。
 けれども、今は夢は夢のままで。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    不破 雫aa0127hero002
    英雄|13才|女性|シャド
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    エフィーaa5720
    獣人|22才|女性|回避
  • エージェント
    金咲 みかげaa5720hero001
    英雄|17才|男性|ブラ
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