本部

【愚神狂宴】連動シナリオ

【狂宴】少女は笑う、化物のように

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
4日
完成日
2018/05/24 19:42

掲示板

オープニング

●其、化物と知れ

 気付いちゃった?
 でも、困るのよね。
 ほら、友達でしょ。
 仲良くしようって言ったじゃない。
 仲良くしてくれるんでしょう?

 だったらやめよ?
 このまま私達の好きにさせて?
 このまま世界は私達のモノになって、王に献上されるのよ。
 それって素敵なことでしょう?

 ……できないの?
 だめ?
 ねえ、お願い!
 こんなにお願いしてるのよ?
 言うこと聴いてくれてもいいんじゃない?
 友達でしょ?
 仲良くしたじゃない。
 私のこと可愛いよ好きだよってあんなに優しくしてくれたのに?
 見て? この振袖に簪に下駄、素敵でしょ? 可愛いでしょ?
 おいしいものを食べさせて、素敵なものをプレゼントして、仲良くなりたかったんでしょ?
 友達でいましょ?
 ね? ね?
 私と戦いたくないでしょ?
 じゃあ分かってるでしょ? 今すぐ貴方達の作戦を中断して?
 できるよね?
 できないの?
 できないの?
 できないの?
 こんなにお願いしてるのに?

 ……じゃあ交渉決裂ね。
 悲しいわ? 言うこと聞いてくれなかったんだもん。
 あーあ、言うこと聞いてればよかったのに。
 疑わないで、私達のこと信じてれば幸せだったのに。
 ほんと、人間ってめんどくさいのね。
 まあいいや、こうしてH.O.P.E.にもぐりこめてるわけだし。
 邪魔するなら、貴方達のことブチ殺して、滅茶苦茶に暴れて、作戦を台無しにしてあげる。
 これは愚神賛同派の人達の声にのっとってる、正義のことなのよー。あはははは。
 悪いのはアンタ達なんだから。

 え? 裏切り者って?
 裏切ったのはそっちでしょ? 何言ってるの?
 私はお願いしたんだよ? 仲良くしようって。
 嘘吐き?
 嘘なんか吐いてないよ?
 贖う気持ち? 人に害はもう与えない?
 だから、それも、私と仲良くしてくれるって前提なら、って話だよ?
 はあ? ヘイシズと手を切れ?
 じゃあ、あんた達は横にいるエージェントと手を切りなさいよ。
 まさかだけど――いまだに私が洗脳されてるって勘違いしているの?
 ぷっ
 あははっ
 あはははははははははははははははは!
 なにそれぇ! そんなわけないじゃん!
 ああ、いいよ? 私が洗脳されてる可哀想なお姫様って、そう思いたいなら思っていいよ。
 ていうかそう思いたいんだよね? いいよ! いいよ!
 その方が都合がいいわ! だって殺しやすいもの!
 ねえ、 くくっ あはははは――私のこと好きなら死んで?
 
 さあいこうルドルフ! 邪魔者たちを、ぜーんぶ、凍らせてあげよう!
 きゃはは! 死ね!


●冷酷と冷血
 まさに氷よりも冷酷な作戦だろう。
 自分と仲良くさせ絆を育み、心理的にヴァルヴァラを殺しにくい人間――ヴァルヴァラにとっては“殺し易い人間”を増やした上で、有事の際にはH.O.P.E.に大損害を与え、H.O.P.E.の作戦に絶大な被害を出す。
 ヴァルヴァラは今、明確な敵意を人類に示した。――雪娘は愚神だ。愚神なのだ。人間を見下し、食い物としか見ていない、友達になる気も全くない、利用はすれど信用はしない、そんな存在だったのだ。

 ――ヴァルヴァラ洗脳説がある。
 なれど。洗脳は言葉で解除できるという決定的な証拠があり。H.O.P.E.一般人職員も、リンカーと深く接していた為に洗脳の被害が薄かったという事実があり。
 ……この二か月余り、ずっとエージェントの傍にいて会話し続けていたヴァルヴァラに「洗脳が解けた」ような様子はあったか? 答えはこうだ。「一切ない」。それはなぜ? もともと洗脳されていないからだ。
 断言しよう、ヴァルヴァラは洗脳をされていない。洗脳されていたフリをしてこちらの油断を誘うことならば起こり得るだろうが。

 そして重ねて断言しよう。
 ヴァルヴァラは敵性存在だ。倒さねばならぬ相手だ。
 ここでヴァルヴァラの撃破に失敗すれば、彼女はH.O.P.E.で大暴れし壊滅的な被害を出し、作戦に絶大な損害を与えることだろう。CGW作戦どころではなくなる。となれば、人々の洗脳を説くことに失敗するやもしれぬ。
 ゆえに。今回の作戦は世界の命運を握っていると言っても過言ではない。

 ――思い出さなければならない。
 ヴァルヴァラはあどけなく可憐な少女であるが。
 笑いながら人を殺す、愚神という名の化物であることを。

 ――理解しなければならない。
 ここで緩めば、どれだけの死人が出るのかを。
 作戦が瓦解すれば、世界が終焉する可能性すらあることを。
 明確なる敵である愚神一人の命と、世界に数多な人々の命と、そのどちらを取らねばならないのかを。

 ――認識しなければならない。
 貴方の善意が痛むのであれば、それこそ雪娘の狙いであり、愚神は貴方の優しさに付け込み利用しただけなのだと。

 凍て付く風が貴方達の頬を引っ掻く――見えるのは猛吹雪に吹き飛ばされた会議室のドア。
 雪が噴き出すそこから、ヴァルヴァラは今にも飛び出そうとするだろう。
 だが、それは赦されない。
 彼女の行く手を阻まねばならぬ。

 いざ、愚神十三騎が一、“雪娘”ヴァルヴァラを撃破せよ。
 

解説

※警告※
 ヴァルヴァラを庇護する者を、彼女は問答無用で殺しにかかります。死亡判定可能性絶大。ご注意下さい。

●目標
 ヴァルヴァラ、ルドルフ撃破
※会議室から出さないよう注意。被害の大きさによっては成功度ダウン。
 このシナリオの結果がCGW作戦の成否に直結。

●登場
ケントゥリオ級愚神『ヴァルヴァラ』
 ソフィスビショップ系の魔法能力特化型。スキルは冷気・氷による広範囲、高火力なもの。
 物理防御の脆弱さを、作り出す氷の壁で補う。
▽スキル一部
・お望みとあらば
 クイック。プレイングでヴァルヴァラの味方をする宣言をした者の四肢に氷の杭を撃ち込み、“肉の盾”として使い潰す。
 この氷は四肢を切り落とすかヴァルヴァラが死ぬまで解除されない。死体になっても使われる。
 対象となった者は自発的な行動権の一切を失う。
・女王の玉座
 常時発動。会議室内に猛烈なブリザードが吹き荒れている。
 愚神・従魔以外の命中、回避、移動力、イニシアチブ大ダウン。
・血も涙も凍て付く氷
 常時発動。精神系BS無効。

デクリオ級従魔『ルドルフ』
 室内戦闘の為、二回りほど大きな狼の姿。耐久力が高い物理型。
 爪や牙による物理攻撃が基本。
 ヴァルヴァラのカバーリングを最優先する。

●状況
 H.O.P.E.大会議室。
 皆が持ってきたお菓子やプレゼントも、既に床に散らばり凍り付いている……。
 会議室の外は封鎖されている。
 PCが会議室に突入したところからリプレイ開始。

リプレイ

●人心
 扉はブリザードに吹き飛ばされ、漏れ出す冷気に廊下は極寒であった。
 にわかなる騒動。厳重に封鎖されたH.O.P.E.廊下の先に、選抜されたエージェント八組はいた。

「警戒はしていましたが……結局こうなりましたか」
 毛先が黒に染まった白銀の髪を掻き上げ、零月 蕾菜(aa0058)は溜息のように呟いた。
「こうなったらもう、中立とは言っていられませんね」
 十三月 風架(aa0058hero001)が静かに首を振る。
「ラシル……あなたは決して、善性愚神という言葉に惑わされなかった」
 束の間の沈黙。月鏡 由利菜(aa0873)は、リーヴスラシル(aa0873hero001)へと振り返る。
「善性愚神など幻想でしかなかった。もし、真の善性たる異邦者を定義できるのなら……それは英雄なのでしょう」
「やはり……英雄として共に生きることが、異界との在るべき共存の姿。ヴァルヴァラがこの世界の敵ならば、ただ滅するのみ」
 蒼き女騎士は凛然と応える。由利菜の全ての想いを汲むかのように。

 愚神ヴァルヴァラの撃破。
 それこそが、この八組に課せられた任務である。
 ここで雪娘を止められなければ、彼女はH.O.P.E.にいるあらゆるものに襲いかかるだろう。建物を破壊し、エージェントを攻撃し、非戦闘員を殺戮し……多くの命が失われ、CGW作戦も阻害され、そうなればどうなる? 世界は愚神の手に堕ちる。これは誇張表現でも比喩的表現でもないのだ。

(でも……!)
 そう。だけれども、リリア・クラウン(aa3674)は「でも」と思うのだ。「それでもまだ、ヴァルヴァラと仲良くなれるのではないか」「彼女を改心させられるのではないか」と。
「――、」
 唇を引き結ぶリリアの横顔を、伊集院 翼(aa3674hero001)はそっと見やった。
「……分かってるな?」
 その言葉は一言なれど、あらゆる意味合いが込められていた。改心が不可能なれば撃破を。なれど、最初から諦めて事には当たらないこと。改心についても、その最中にヴァルヴァラへ明確に味方をすれば仲間達への裏切りになる、なによりヴァルヴァラに背中を刺されるかもしれないのだ。
「うん」
 あくまでも味方である宣言はしないこと。リリアは翼と視線を合わせ、共鳴を。

 希望――絶望――困惑――決意――躊躇――覚悟――。

 ミラルカ ロレンツィーニ(aa1102)はそっと自分の胸に手を置いた。指先に触れるのはペリドットとブルームーンストーン、彼女の欠けた肌を補っているアイアンパンクの部位。
 ミラルカは自身の、そして仲間達の、あらゆる想いが交錯し渦巻いているのを感じていた。

 なれど、永久に足を止めること能わず。
 エージェント達は極寒の会議室へと突入する。
 そこにいたのは、愚神ヴァルヴァラと従魔ルドルフ。



●人皮

 少女は笑う、化物のように。

 それは人間を嘲笑った。
 それは人間を馬鹿にした。
 それは人間を便利な餌としか見ていなかった。
 それは人間などではなかった。

「なんでぼく達エージェントと仲良くなろうとしたの?」
 それでも――だ。
 リリアは吹き荒れる氷嵐に目を細めつつ、手にしたマイクで声を張る。
「はぁ?」
 ヴァルヴァラは片眉を擡げてみせた。
「アンタみたいに“逆らえない子”を作るためだよ? その顔! ためらってるんでしょ! 分かるよ? 戦いたくないんだ? それでいいんだよ! そのまま無抵抗でいてね!」
 ゲラゲラとヴァルヴァラは笑った。外道にして非道、善意を食い物にし、踏み躙る作戦。
「ヴァルヴァラを本当に愛していた人もいるんだよ?」
 なれどリリアは、心を振り絞って言葉を尽くす。
「ああ、ほんと、人間って便利よね。ちょっと媚びたら、すぐに信頼するんだもん。あとさ、正直ウンザリしてたんだよね。アンタ達のさぁ――“愛されたから愛し返せ”っていう無言の強要」
「っ……ヴァルヴァラは勿論、ほかの愚神も友達になれるって信じていたのに」
「あはは! そのまま私達のこと、信じてていいよ? 友達でいよう?」
「ヴァルヴァラ達の考えていることはわからないよ、本当の事実を教えて」
「あ~~~……アンタ、まだ私が可哀想なお姫様だって信じ込んでるんだね? じゃあそういうことでいいよ。そう、私、可哀想だから、そのままじっとしてて?」
 その表情が。その言葉が。小さな希望の灯火を、少しずつ吹き消してゆく。

 やられたことをやり返しているのか?
 ――呉 琳(aa3404)はそう思っていた。
 まるで子供のように駄々をこねている?
 ――藤堂 茂守(aa3404hero002)はそう思っていた。

 目を背けたい。希望に縋りたい。でも、どうしようもなく、現実が眼前に突き付けられている。
 直視しなければならないのか? 「いや、でも、だって、もしかしたら」というフィルターを、もう取り払わねばならないのか?

(あいつのことも、こいつのことも、理解しないと……俺は答えを出せない)
 友人の顔が脳裏をよぎった。それから、まず言葉をかけたのは茂守である。
『今ここに君の為に盾となるモノはいない。この世で唯一君の味方になれたかもしれないモノ、君を唯一理解しようとしたモノ、君のことを想ってくれたモノ。約束はどうする……まだ、間に合うんじゃないのか?』
「あ の ね? 言ったでしょ。そういうのマジでウザいよ。なんで私がアンタたちの言いなりにならないといけないわけ? 愛されたから愛し返せっていうその強要、ほんっと殺意わくからやめろっつってんのよ殺すぞ」
 自分は人間に“言うことを聴け”“友達でいろ”と強要しておいて、この言い草である。どこまでもこの愚神は自分本位で、自分しか好きじゃなかった。邪悪そのものであった。愚神は本気の殺意の眼差しで、彼を睨む。
 なれど臆せず、今度は琳が。
「少なからずお前は本当に善性愚神……その気があったんじゃないのか? だからヘイシズの話にも乗っかって……“お願いしてる”って言い方……それは少しでも期待してたからじゃないのか? 俺が甘いならそれでもいい……」
「何回言えばいいのかなー。もういいや。そういう風に信じたいんだね。じゃあそういうことにしてていいよ。私は人間の為に健気に尽くしてるから、アンタもそれに応えてね?」
 ヴァルヴァラは気だるげに髪を掻き上げた。

 ――このまま世界は私達のモノになって、王に献上されるのよ。それって素敵なことでしょう?

 雪娘が言っていたことを、エージェント達は今一度強く思い出さねばならないようだった。
「……」
 琳は奥歯を噛み締める。その手に持つのは薄氷之太刀「雪華」真打。それを……床に突き立てる。
「今から俺は、お前が手を出さない限り手は出さない」
「ほんと? 嬉しいわ!」
 愚神が、少女のように笑った。
「じゃあアンタは最後に殺してあげる。先に他の人間を殺してこよーっと。アンタはそこでじーっと、なーんんにもしないで、仲間が殺されるのをボーッと見てなさい? きゃはははは!」
 そう言って、スキップをしながら会議室から出ようとする。どこまでも、どこまでも、人の心を踏み躙りながら。
「ッ! おねがいだからっ……おねがいだから、この戦いをやめて!」
 それを止めようと、リリアは叫んだ。精一杯の気持ちをぶつけた。
 だけど。
「いいよ? じゃあ、跪いて? 全員そこで跪いたら、私がアンタ達をサクッと皆殺しにして、“この戦い”はおしまい! きゃははははっ!」
 くるんと周り、少女のように無垢に、可憐に、愛らしく、無防備に、あどけなく、そしてありったけの悪意と敵意と嘲笑を以て、ヴァルヴァラはそう答えた。

 ――洗脳などされていない。
 ――強要などされていない。
 ――不本意な行動ではない。

 もう、“If”に縋るのは終わりにした方が良いだろう。
 現実は残酷で、思うようにならず、胸を掻き毟りたくなるが。
 夢は終わりだ。瞼を引きちぎってでも、現実を見ねばならぬ。

「ほんとの気持ちを言えってしつこいから教えてあげる。
 女の子で良かったって思うわ! だって、アンタたちって、女の子ってだけで無条件で信じてくれるもの。
 ヴォジャッグが殺されるのを目の前で見たわ。アンタ達、一切の容赦をしなかったわね? 私、こう思ったの。もしヴォジャッグが可愛い女の子なら、アンタ達、目の色変えてたんだろなって。
 エネミーとシャングリラの事件も聴いたわ。アンタ達、えらく殺気に満ちてたね。でも、もしエネミーとシャングリラが美少女なら、どうにか分かり合いたいって言ってたんじゃない?
 ねえ、南米のフレイヤだっけ? あれが醜い大男だったら、アンタ達、助けようとした?
 ねえ、四国のメイサがドロドロの汚いゾンビだったら、アンタ達、助けようとした?
 ねえ、なんで私がH.O.P.E.に送り込まれたと思う? もう分かったでしょ?
 ――私が可愛い女の子だからだよ? そういう作戦だったの!
 あはは! あはははははははははははははははは!!!
 ああ、女の子で良かった! 可愛いって、正義ね? ねえ、私、可愛いでしょう?」

 どこまでも、人間を嘲笑う。
 どこまでも、人間を理解しない。
 フレイヤの件も、メイサの件も。少女だからなどといった理由ではなく、そこにどれほど人間の悩みと憤りと決意と覚悟と苦しみがあったのか。もう少し世界が良くなればいいと、ハッピーエンドを望んだ人間の意志がどれほど高潔で美しくあったのか。それすら知ろうとせず、ただただ、嘲笑した。そこには途方もない悪意があった。

 ――これが、ヴァルヴァラの、本心だ。

「そっか!」
 哄笑する怪物に、朗らかに笑んだのは木霊・C・リュカ(aa0068)である。いつもの笑顔。
「君の言うこともわかる。期待した方が悪いのだ、と。俺は狡いし、諦めも上手いから、仕方ないねって思うけど――」

 紫の彼女の。
 竜胆の。
 友人や同僚の。
 愚神に関わった人達の。
 人の甘さと葛藤と期待と悲哀と我慢とを。
 ――嗤われた。
 騙される方が悪いのだと。

 それだけが、ただひたすらに、酷く憎く、腹立たしい。
 哀しくはない。なれど、ひたすら頭の芯が冷えて、心臓が痛いほどに熱いのだ。

「きちんと悩んだ“彼/彼女ら”を嗤うな」

 笑顔が消える。刃よりも鋭き眼差し。
 火よりも熱く、氷よりも冷たき、本当の怒り。
 それは共鳴しライヴスで溶け合った凛道(aa0068hero002)の感情でもある。
 贖罪ではなかった。贖罪などなかった。期待は残酷な棘となり、凛道の胸に深く刺さった。
 けれど。その痛みを焼き焦がすほどの感情が、凛道の目を炙っていた。

「――……」
 共鳴姿の時鳥 蛍(aa1371)は静かに目を閉ざす。
「友達の、意味……考え直してくれましたか……?」
 答えは分かっていた。それでも敢えて問うた。ゆえに、答えは待たぬ。乙女は凛と、聖剣コールブランドを抜刀する。
「あの時、手を……握ってくれて、ありがとうございます。あなたの冷たさを、忘れることはなかったから」
『そう思えば君のことを、きっと最初から信用していなかった。それはちょっと……申し訳ないッス』
 グラナータ(aa1371hero001)も言葉を続ける。

(これが、あの花見の時に見たのと同じ子なんだろうか?)
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)はブリザード対策のゴーグル越しに、不快気に顔をしかめる雪娘を見ていた。あの無垢な笑顔は全部、人間の善意を食い物にするための演技だったのか。
(やっぱり……こうなったか)
 それがアンジェリカの正直な感想だった。でも、マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)が愚神との共存を願っていたことを知っている。だからこそだ。
(その思いを裏切った彼女達を……許せない!)
 拳を痛いぐらいに握り込む。
『お前は優しいな』
 と、相棒の想いを感じたか。ライヴス内でマルコが呟き、言葉を続ける。
『だがな、信じたいと願ったのは俺自身の問題だ。それはヴァルヴァラ達には関係ない。そのことで彼女達を責めるのは筋違いだな』
(……マルコさん)
 その言葉の理解は難しかったけれど。『気を抜くな』と言われれば、アンジェリカは宝玉剣グランドールをその手に構えた。

 戦いは不可避。
 愚神は冷たく嗤い、エージェントを見やる。

「『王』の世界の邪魔はさせない。そして私は、『王』と共に女王として、この世界を手にするの!」

 ――言葉は尽きた。



●人と怪物01
 響いたのは狼の獰猛な唸り声。
 従魔ルドルフが、牙を剥いてエージェント達へと襲いかかった。
「ここは通しません!」
 それを、真っ向から盾で受け止めたのは由利菜である。魔術改造盾の氷壁に巨獣の重みが圧し掛かるも、気高き姫騎士は一歩も下がらない。下がることはできない。引き下がるなど由利菜の心が許さなかった。
「私のもう一人の英雄は、あなたと友達になれるかもしれないと期待していた。知り合いには、あなたとの共存を信じている者もいた。だから……尚更、あなたのことは許せない」
 赤き瞳には静かな、そして確かな憤り。この獣の主は、由利菜の友を、仲間達を、そして英雄を、人々の想いを、これでもかと侮辱した。最早、寛容すること能わず。
『……貴様は人々の触れ合いを経ても、何も変わらなかった。ならば、滅びの道を歩むも必然だ』
 ライヴス内でリーヴスラシルがキッパリと告げる。人々は平和を夢見て手を伸ばした。想いを尽くした。言葉を尽くした。騙された方が悪いなどという言葉もあるが、ならば平穏を希望することすら悪なのか? それは否だ。愚神が、人々の希望を踏み躙ったのだ。

 しからば、討つ。

「――はッ!」
 巨獣の爪牙を跳ねのけ、そして、ライヴスを纏わせた盾で殴り付ける。強力に高めたリンクレートに重みを増したその一打は隕鉄のごとく。
 顔面をもろに殴り付けられたルドルフは出血しながら飛び退いた。同時、ヴァルヴァラが掌をかざせば、氷の礫が散弾のようにエージェント総員へ襲いかかった。
「っ――」
 蕾菜はその身を以て、最前線にて一番手近なリリアを護る。蕾菜は防御適正、そして魔法防御に関してはことさら得意分野であった。ソフィスビショップは打たれ弱いイメージがあるが、その固定概念を根底から覆す堅固さである。これしきの氷礫、痛くも痒くもない。
『ヴァルヴァラ、もしもおまえが一方的に攻撃を受けていたのなら、自分たちはあなたの味方をしていたでしょう』
「でもあなたが誰かを殺すというのなら……私たちはあなたの敵として、あなたが殺そうとする皆を守りましょう」
 英雄と声を揃え、四神の幻影を身に纏う蕾菜は錫杖「金剛夜叉明王」をシャンと突いた。五色の幻影水晶は無数の蝶となり、渦となり、愚神と従魔を飲み込んだ。
「う、――ッ!」
 ヴァルヴァラの確かな呻き声。幻影蝶は強烈な呪毒を愚神へと刻み込む。されど、効いたのは減退効果のみだ。精神効果は及ぼせていない。血も涙も凍て付く氷、事前情報の通り、その愚神は精神を乱されない。
 だがルドルフは別だ。強烈に蝕まれ、防御姿勢を崩されて、隙を晒す。
「皆、うるさいのいくよ!」
 そう宣言したリュカが、言葉終わりに目覚まし時計「デスソニック」をヴァルヴァラの足元めがけて投擲する。破壊の音が鳴り響く。周囲の氷にヒビが入るほど。なれど従魔が献身的に愚神を護る。
「だったら……!」
 攻勢を重ねるのみ。防寒用に羽織ったサバイバルブランケットを外套のようにたなびかせ、ミラルカが一気に踏み込んだ。手にした魔導銃50AEの狙いは雪娘――であるがそれはブラフ。本命はミラルカの頭上にてズラリと並ぶ数多の銃。ウェポンズレインの名の通り、降り注がせるは弾丸の雨。つんざく銃声。吹雪すら切り裂き、撃ち抜き、殲滅する。大量の空薬莢が凍った地面に散らばった。なれど、ライヴスの力で複製されたそれは塵となって消える。硝煙に鉄臭さが混じったのは、盾となるルドルフの毛皮から滴る血の臭いである。
 そして、硝煙が消え切る前に。足に装着したブースターを吹かせ、続いたのは黒髪を靡かせるアンジェリカ。力の限り、大剣を振りかぶっていた。
「吹っ飛べぇッ!!」
 ライヴスを爆発させ、回避行動を予測して、叩き込む猛撃。ルドルフが木っ端のように吹き飛ばされ、会議室の壁に叩き付けられる。
「やるしか……、ないのね」
 リリアは唇を噛んだ。ヴァルヴァラの改心は不可能だろう。なら、もう、やるしかない。倒すしか、ない。殺されるわけには、殺させるわけには、いかない――。
「ッ……!」
 想いを飲み込み、噛み殺し、リリアは屠剣「神斬」を構えてルドルフへと踏み込んだ。突貫の道中、数日前までヴァルヴァラとエージェント達が仲良く食べていたお菓子の残骸が床にて凍っているのが見えた。あれもこれもエージェントを利用するための笑顔だったのか――嗤っていたのか――?
「やあっ!」
 裂帛の気合、突き出す一打の名はスロートスラスト。抉る一刺しに、巨獣がギャンと悲鳴を上げ、激痛に身悶えする。

 状態異常の猛烈な付与によってルドルフはほぼ完封状態と言えるだろう。元々がデクリオ級の従魔、精鋭リンカー達の敵ではない。
 その上、アンジェリカのストレートブロウで雪娘から引き剥がされてはカバーリングの射程外、ヴァルヴァラは盾を失ったも同然であった。

「行かせません。どこにも」
 ヴァルヴァラの前に立ちはだかるのは蛍である。
「あなたはまた多くの人を傷つけようとしている。あなたは間違っている」
「うるさいな……人間のクセに!」
 忌々しげな反論と同時、ヴァルヴァラは自身の周囲に氷の棘を展開する。敵意の零度が蛍の肌を裂き、奔る血は落ちる前に凍り付いて、砕け散った。
「――“人間のクセに”?」
 雪娘は確かにそう言った。それは自分とエージェントらを平等に見ていないということで。
「そうですか」
 蛍は湧き上がりかけた感情を鎮めた。強き抑圧は痛みすらも忘れさせた。その時にはもう、攻撃姿勢に入っていて――嵐のごとく振るう剣。メーレーブロウは雪娘の氷の棘すら粉砕し、報復として痛みを刻む。
『全ての行動には責任を伴うッス』
 砕ける氷が、凍った血が、蛍のライヴスが、キラキラと舞う最中。グラナーダは独り言つように言葉を紡ぐ。
『もしかしたら自分の周囲の子たちがしっかりしすぎているせいもあるかと思うッスが、君にはそれがあるように見えなかった』
 それは何よりもあの子たちに失礼だということ。――右の翠眼は凛と、敵を見澄ましていた。

(戦うしか……ないのか……)
 琳はブリザードの雪煙に身を潜めつつ、どうにもならない現実に武器を握り締める。未だに斬りかかれないでいた。足元には、ある男が雪娘に送ったカンザシがあまりに無残に転がっていた。それを拾い上げ、懐に大事にしまいつつ。
「俺はここに来る前にある男と話してきた」
 潜伏中に声をかければ居所がバレてしまうだろう。それでも、琳は声をかけるのを止めることはできなかった。
「あいつは昔、お前を裏切ったことをずっと後悔してた。あいつは命惜しさに逃げた訳じゃない、本気でお前を護り死ぬことを望んでた。……来たいのに来られなかったって……言ってた」
「だから、その恋愛の強要さぁ、やめてって何回言えばいい? ていうか私にフラれたから自分の英雄で妥協してたんでしょアイツ?」
「なっ――違う! それは違うっ!」
「愛してくれる美少女なら誰でも良かったんじゃないの?」
「違う、違う、違う、違う! あいつはそんな男じゃない!」
「私の外見しか見てなかったんでしょ。まあしょうがないよね、私可愛いから」
「そんなこと言うなッ!! あいつは本気だったんだ! だからあいつをこれ以上――!」

 馬鹿にするな、嘲笑うな、突き落とすな、踏み躙るな!

 涙すら滲みそうになりながら、琳は喉が痛いほど叫んだ。自分のことのように心が痛かった。
(たまたま、だ……たまたまあいつが好きになった子が愚神だったってだけで、俺にもその可能性はあったかもしれない)
 そう言い聞かせる。だけど。本気の想いをここまで愚弄されて。あの愚神は彼らの事情を深くも知らないクセに。あんまりだ。あんまりだ。どれだけ人の心を抉れば気が済むんだ。酷すぎる!
(どうして、そんなこと、言えるんだ……!)
 直面する圧倒的な悪意に、純粋な琳は言葉すら失った。優しいからこそ苦痛を感じた。説得とか、改心させようとか、仲良くなろうとか。そういうのが全くできないことを、無力感すら感じるほど思い知る。
 と、そこへ。見え難ければ全方位を薙げばいい、そんな理屈を表すかのように、雪娘が氷の杭を全方位へ射出する。琳は咄嗟に身を捻って回避すると、ライヴスによるマーカー弾、デスマークを雪娘に付着させた。
『……戦いましょう』
 ライヴス内で茂守が告げる。
『できますか?』
 重ねて告げる。琳は俯いていたけれど……顔を上げて、一つだけ、頷いた。
「……倒すよ。倒す。倒さなくちゃ、いけないから」

 さらば、泡沫の、幸福な夢。
 醒めて、悪辣な、現実へと。



●人と怪物02

 ――どこか諦観にも似た、きっとこれも「哀しい」という感情の一つの側面なのだ。

「やっちゃえ、オヴィンニク」
 リュカは掌大の麻袋より、氷の狼と炎の猫を召喚する。その眼差しは凍て付く炎、エージェントに喰らい付かんと大口を開けたルドルフの喉奥に直撃する。もんどりうつ巨獣。耐久こそ高いけれど、それも所詮はデクリオ級従魔クラスでの話。そして最初の遭遇時よりエージェントはずっとずっと強くなっていた。苦戦するような相手では、最早ない。
「つーちゃん、力を貸して!」
『ああ、分かった』
 防寒具を着込めど、雪娘によるライヴスの込められた氷は一同を蝕む。リリアとて例外ではない。なれど乙女はかじかむ指で大剣を振りかぶる。いっそうのライヴスを武器に集め、ルドルフめがけて一気呵成に振るうのは破壊的な一撃。強烈に押しやられ、ルドルフが体勢を崩す。
「――もう一発っ!」
 返す刃。屠る剣の名の通り、乙女の身の丈以上の巨剣が、ルドルフの左胸に突き刺さる。従魔の心臓を破壊する。従魔に言葉はない。ただ、ガハ、と血を吐いて、ライヴスの塵となって消え果た。
 そのことにヴァルヴァラは舌打ちをした。配下がやられて泣き喚くような少女性を見せることはなかった。彼女の周囲にはエージェント達が通すまいと立ち塞がる。そして、ドアの前にも。
「本当に、私達と仲良くしてくれないのね?」
 怯えた風にヴァルヴァラは肩を竦めてみせた。大多数で無垢な少女一人をいたぶるなんて、と罪悪感を植え付けるかのように、愛らしい上目遣い。かそけき声。

 だが。

「戯言を。その言葉の裏で、貴方はずっと嗤っていたのでしょう」
 由利菜の心は揺るがない。
『言葉を紡げば紡ぐほど、それは私達への侮辱になると知れ』
 リーヴスラシルが毅然と告げる。
「私はH.O.P.E.の騎士。侵略者は討つ義務がある。……それだけです」
『ヴァルヴァラ……私は最初から貴様を信用していなかった。当然かける情もない。私の使命は、お前などではなく、ユリナを守ことなのだから』
 そして、姫騎士は盾から刃へと武器を持ち帰る。万象一切を溶断せし銀刃、ザミェルザーチダガー。その柄にはタンザナイトが煌き、刀身を光の帯で鮮やかに彩る。
「私の両親が……私が夢見た、異界同士が手を繋ぎあう世界。この程度で諦めはしない!」
 光の軌跡を描き、突き出す一閃。咄嗟にヴァルヴァラが氷の壁を作り出す。刃は氷の壁を容易く貫けど、雪娘には届かない。
 ならばと、蕾菜が氷の壁に右掌を突いた。刹那、その手より迸るのは翼にも似た真紅の烈火。壁ごとヴァルヴァラを灼熱に飲み込む。
「きゃあッ!」
 悲鳴は少女のものだ。だがその声に騙されてはならない。容赦はしない。蕾菜の表情は凛と引き結ばれ、躊躇はない。
 氷が崩されれば、間断なく蛍が踏み込んだ。鬼神がごとく、愚神へ刃を振るう。凍て付く愚神の傷口からは、温かい血は流れない。ただ、氷のように体にヒビが入る。
「友達は下僕ではありません。友達が間違っていたら叱って、止める。裏切られたから裏切っていい理由にはなりません。人を傷つけたら報復を負う覚悟はしてください」
 淡々と、されど強い語気でそう言って、蛍は片方の手を振り上げて――

「これはあなたのせいで傷ついた、大切な友達の分です!」

 ぱん、と高い音が響いた。ヴァルヴァラの頬に、平手打ち一つ。
「い、ッ……たいじゃない。何すんのよ!」
 ヴァルヴァラは顔を殴られたことで怒りを露わにした。蛍へ掌を向け、凄まじい冷気を叩き付ける――が。それは割って入った蕾菜が代わりに受けた。
 広範囲の攻撃に対し、仲間を全て守り切ることはできない。蕾菜の身は一つだ。なれど、その防御能力を最大限に活かした着実なダメージコントロールは確かに戦況に貢献している。回復手段が道具しかない現状、こうした立ち回りが仲間の命に直結すると言っても過言ではない。
 ミラルカもまた、インタラプトシールドを展開し仲間の援護を。同時に向けた銃口を下ろすことはない。
「ヴァルヴァラ。貴女を倒しに来たのは……貴女が愚神だからじゃない。“彼”や……優しい人達の想いを踏みにじった。心ある者には許されない仕打ちをしたからよ」
 最中に淡々と紡ぐ言葉は、努めて感情を秘する物言いだった。散々聴いた、聴いてしまった、愚神の罵倒とも言える言葉の数々。何度叫びそうになっただろう。雪娘の言葉は棘となって、ミラルカの心を残虐なまでに串刺しにした。
「……そこに人も愚神も区別はない。容赦はしないわ」
 アサルトライフルAK-13より銃弾を間断なく発射しつつ、そのグリップを強く強く握りしめる。放たれゆく弾丸――それに合わせて、前衛のアンジェリカは剣を振るう。氷の壁が幾度展開されようと、それごと砕く気概で奮闘する。
『お前達を裏切り者と呼ぶ者もいるだろうが、俺はそのことでお前達をどうこういう気はない。むしろ見事だと思うくらいだ』
 宝玉剣が煌く度、砕かれた氷がキラキラと星屑のように瞬いた。その剣の持主の一人、マルコはライヴスの奥よりじっと雪娘を見やり、「だがな」と続けた。
『お前の為にしてくれたことを、無下にするのは許せんな。例えお前がどう思っていたにせよ』
 凍って砕けたお菓子に、無残に散らばったプレゼント。それらを持ってきた者は笑顔だったはずだ。期待と希望を抱いていたはずだ。されどマルコが独り言つように呟いたのは、ヴァルヴァラを改心させる為ではなく。かの愚神に対し、如何程の崇高な言葉も塵芥と嫌なほど理解したがゆえに。

 ヴァルヴァラだから言葉が届かないのか。
 それとも、愚神というモノには言葉は届かないのか。
 愚神らが度々口にする『王』とは脳で、愚神とは脳と神経で繋がった細胞達なのか?

(まどろっこしい!)
 アンジェリカにとって、敵意を向けて悪意を成すのであれば、それは敵だ。ぶん殴るべき悪だ。真正面、ありったけの力を込めて、鬼の一撃を叩き込む。
「っが、」
 くぐもった悲鳴を上げて、ヴァルヴァラの華奢な体は吹き飛んだ。ひび割れる氷のように、その肢体には亀裂が入っている。血は流れない。だが痛覚はあるようで、雪娘は顔を歪ませていた。
「っの、邪魔しないでって言ってるでしょ、人間共! うっとうしい、うっとうしい!!」
 癇癪めいて叫ぶ。露わな怒りは益々敵意に彩られている。
 その声が吹雪と共に吹き荒れる度、琳は心が痛んだ。人間のくせに。人間共。馬鹿にするように紡がれた言葉。
(……“友達は下僕ではありません”、……)
 蛍の言葉を思い返す。その手に縫止の針をライヴスで形成した。放つ――なれど、封印は精神効果に属する状態異常。雪娘の行動を止めることはできない。

 凍て付く嵐は勢いを増す。
 それはこの部屋にいる全ての者を苛み続ける。
 なれど、膝を突く者はなし。
 初めて雪娘と遭遇した時より、エージェントは幾つもの受難を乗り越えてきた。
 実力のあるケントゥリオ級なれど――彼等を壊滅に追いやること能わず。 

 ――激戦の最中のヴァルヴァラに悲壮感はなく。怯える様子もなく。
 ただただそこには、「いかにコイツらを殺してライヴスを食らってやろうか」という敵意と殺意と害意があった。それは少女ならず、怪物に他ならず。
 見た目こそ少女である。声も仕草も眼差しも、護らねばならぬと人の本能を刺激するあどけなさである。成程、子供の姿のものを笑いながら八つ裂きにするのには、胆力が要りよう。生きている豚を切り殺すのと、スーパーで買った豚肉を調理するのとでは、全く意味が異なるように。
 だがヴァルヴァラの本質は、ヴォジャッグやシャングリラといった暴虐的で利己的な怪物共と同様、人を食らう、人を餌にする、人を見下す、“愚神(ばけもの)”であった。既に何人も殺めている。ヴォジャッグやシャングリラの殺害数に負けないぐらいに。

 そう、だから、ゆえに。

「ヴァルヴァラ……あなたを逃がすわけにはいかない!!」
 由利菜は凛と声を張る。これは恐るべき化物だ。躊躇なく人を殺す存在なのだ。かの愚神から人々を守らねばならぬ。リーヴスラシルと共に誓うノブレス・オブリージュは強き絆の力となり、白銀騎士正装グラトニルを、由利菜の色である赤と白と金へと輝かせた。
「ラシル……コード・エクサクノシ駆動後、ライヴスソウルを開放! 肉体と精神の主導権をあなたへ移行します!」
『リンクバースト……! 承知した、我が主よ!!』
 リンクコントロールによってライヴスの流れをより強くしつつ、由利菜は幻想蝶よりライヴスソウルをその手に現した。
「! させるか――」
 リンクバースト、それはエージェントの必殺技。ヴァルヴァラはそれを阻害せんと掌を翳す、が、その時にはもう、三方向から大剣を持ったドレッドノートの乙女達が踏み込んでいて。
「ここで、止めるよ……!」
 体のギアを高め、リリアが剣を振り被る。
『蛍、貫くッスよ!』
 英雄グラナータと共に、ブースターで加速する柘榴の騎士も刃を構えた。

 意志を込めて。決意を込めて。覚悟を以て。

 一気呵成に、二人の乙女が剣閃を奏でる。絶唱にして四重奏。バキン、と薄氷を割る音がして、ヴァルヴァラの片腕が根元から砕けて飛んだ。床に落ちて、粉々になる。
「うがアあああああっ!!」
 血の出ぬ傷口を抑えて、愚神は苦悶の呻きとも怒りの咆哮ともつかぬ声を迸らせる。
「あなたは……いなくなったら悲しい人がいないのですか! 今あなたを守っている人は、どうなのですか」
 刺さるような豪雪の中、蛍は風音に負けじと声を張った。
「どいつもこいつも、役立たずだ! 人間め、大人しく殺されちゃえばいいのにさあッ!」
 返って来たのはそんな言葉。その敵意を表すかのように、部屋中に氷の茨が這う。蛍の肌に傷ができ、赤い血が滲んでいった。それもたちまち凍ってしまうが。凍った血は尚も生き生きと命に溢れ、柘榴の果実の如しである。
「わたし、は……今のあなたが信用できない……だから手を抜きま、せん」
 蛍がそう告げた時には既に――ヴァルヴァラはアンジェリカの剣の間合い。愚神は回避の行動をとらんとするが、もう遅い。
(そう――手遅れなんだよ、もう、何もかも!)
 アンジェリカは歯を食いしばる。豪嵐、直撃するストレートブロウ。
 愚神の華奢な体は木っ端のように吹っ飛んで、壁際まで転がった。
「……!」
 跳ね起きつつ、雪娘は壁を見やった。
 その眼差しの意図を、リュカは知る。

「『逃がすか』」

 英雄と共に冷たく告げる。それは死を告げる刃のように。
 世界をここで終わらせてなるものか。「ここで終わってはいけません」と、大事にしまい込んだ金木製のブックマーカーが語る。それはリュカにとっての心の灯。
「まだ世界を見ていたいよ。“りんどう”、お前から見た世界もとても綺麗なんだ」
『――はい、マスター。正義の花と共に』
 掌を翳した。氷の狼と炎の猫が群れのように現れる。獣の叫びは内なる声。術者の怒りの代弁か。直線上の一切合切を哀しいほどの凪に帰す、蒼い竜胆の花に似た氷火。堅固に作られたH.O.P.E.支部の壁すら砕けるほどに。

 光が射した。青い空が見える。
 中庭に放り出されたヴァルヴァラの四肢はあちこちが砕け、膝を突いた姿勢だった。
 まるで断頭を待つ罪人のようで。だがそこに贖罪はない。ライヴスを纏わせた氷で手足を形成し、ヴァルヴァラは飛び起きる。

「貴女達は私達を操ったと思ってる? 違うわ」
 冷気が溢れ出す大地を、淑女のヒールが歩み進む。
「彼は今も、『死にゆく貴女を独りにして共に逝けないのがつらい。今なお貴女を愛している。想いは変わらない……惚れた女の手にかかって死ぬなら本望』と」
 問いかける声、菫色の眼差し。ミラルカは銃を向ける。
(発端が愚神の企みにあろうと、人の優しさは真実。……では私は?)
 銃はその手だけでなく。数多、ありったけのライヴスを削って、創り出される。
「ヴァルヴァラ、貴女は」

 何を想うの。

 ――言葉は銃声に消ゆ。そして想いも、友に託して贈った振袖姿の仇花も。ロストモーメント。失われたひと時の名を冠する技を用いるのは、偶然か皮肉か。
 ヴァルヴァラは氷の壁で防御に出る。と、その時だ。
「それを、消しなさい」
 蕾菜の言葉が凛と響く。支配者の言葉だ。
「ばーかッ、従うわけないじゃん!」
「えぇ、今のあなたには効かないでしょう。ところで……私に意識を向けていて大丈夫ですか?」
「なにを、――」
 刹那、ヴァルヴァラは背にゾッとしたものを感じた。
 愚神の背後。振り向かずとも、氷の壁に鏡のように映っている。

 全身から神々しいほどのライヴスを漲らせた、由利菜の姿が。

 ――身を呈し盾となるだけが防御にあらず。
 たとえ洗脳をできずとも、意識を向けさせ、嘲笑う生み出せれば、それは十二分な隙となり、最大の攻撃の起点となる。そして攻撃というものについて、世界にはこんな言葉があるのだ。

 攻撃こそ最大の防御。

 それこそが蕾菜と風架の策略。ふと脳裏を過ぎるのはリヴィア・ナイとの短剣争奪戦――あの時よりも蕾菜と風架は強くなった。実力も、戦略も。そして胸に秘めるは強き意志。
 今度は最後まで立ち続け皆を守ろう、二人で。皆で。

 ――蕾菜の、そして仲間達の眼差しを受け。
 絆を結んだ、リュカとアンジェリカと疑似的にリンクして。
 由利菜は遂にライヴスソウルを砕く。

 リンクバースト起動。

「――封じられし神技、開放せよ!」
『承諾。誓約術、ウィルド解放! 愚神よ、ユリナを本気で怒らせた責任が……貴様に取れるか!!』
 由利菜の姿は、蒼き髪のリーヴスラシルへ。背には四枚の聖なる翼。かつて人と神の子として昇華した姿と力の、限定顕現。あるいは、新生。
 あまりに強きライヴスを帯びたその姿は燦然と輝き、最早太陽そのものであった。白銀に燃える、神の焔。溢れる神威に、彼女が手にしていたダガーは限定的に一振りの剣へと変生する。
「ッ……!」
 ヴァルヴァラはすぐに防御の氷を作り出そうとした。だが、それよりも早く、リーヴスラシルの剣は掲げられていて。

「『ヴァニル騎士戦技――ディバイン・キャリバー!!』」

 二人の騎士の声が重なった。光を纏う、それはたった一突きの剣。
 なれど、切っ先に込められているのは、絆の数だけ編まれた力。
 膨大なる想いを刹那の力に突き詰めた、万物を貫き天まで届く一条の光。
 積もる想いこそ祈りであり、願いであり、希望であり……力である。



●掌上

 全ては一瞬の出来事であった。
 かくして、愚神雪娘は打ち砕かれる。

 ――光が収まる。幸い、バーストクラッシュせず由利菜のリンクバーストは終了した。力を失った彼女を、蕾菜とミラルカがすぐさま支える。
「……、」
 眩しい光、だった。琳は数度瞬きをして、世界の光に目を慣らした。何度目を閉じても、瞼を開けばそこは現実で。
(終わったんだ、……)
 琳は愚神へ歩み寄る。両手いっぱいに抱えていたのは、回収した“贈り物”だ。
「何か言うことがあれば伝えてやる……言ったことは守るから……。伝えた途端あいつはお前の所に行っちゃうかもしれないけど……」
 傍にしゃがむ。雪娘は半身以上が粉々に砕け、亀裂は今も広がり続けていた。小指を差し出す少年を、少女の身なりをした愚神が見やる。
 途端であった。
 最期の力を振り絞り、愚神は琳の小指を噛みきらんと――

「ジ・エンドだ」

 されど。リュカが放つオヴィンニクの炎が先んじる。凍れる愚神の体を、火葬のように火で包む。
「あ、……」
 琳は小指を差し出した姿勢のまま、燃え上がる炎に呆然とする他になかった。
「ハ―― はは。あははははは」
 そして、愚神は嗤う。
「アンタ達、勝ったと思ってるんだ。なーんにもしらないで。希望とか言っちゃって。最後に――勝つのは――“愚神(わたしたち)”よ」
 崩れていく体。砕けて、溶ける身は、ライヴスの塵となって消えていく。

「わたしたちは、アンタ達を食い尽くす。わたしたちは、王と在るの。だからぜーんぶ、無駄なのよ」

 最期まで人間を嘲笑い。
 最期まで贖うことはせず。
 最期まで省みることはなく。

 ヴァルヴァラは、消えた。

「……」
 リリアも、蛍も、押し黙っている。
 ただ、その中で。アンジェリカとの共鳴を解除し、マルコはその手に薔薇の花束を。
「花が、好きだと言っていたな……」
 雪娘がいたそこに、そっと置く花。黄色の薔薇の中に赤い薔薇。その意味はこうだ。

『あなたがどんなに不実でも』

 アンジェリカは英雄を静かに見上げた。
 その横顔は、泣いているようにも見えた気がした。



『了』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • エージェント
    ミラルカ ロレンツィーニaa1102
    機械|21才|女性|攻撃



  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
    英雄|19才|?|ドレ
  • やるときはやる。
    呉 琳aa3404
    獣人|17才|男性|生命
  • 見守る視線
    藤堂 茂守aa3404hero002
    英雄|28才|男性|シャド
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    伊集院 翼aa3674hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
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