本部

天獄レース

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2018/05/16 20:54

掲示板

オープニング

●テレさん
 紫峰翁大學からの帰路、テレサ・バートレット(az0030)は並木道の途中でふと足を止めた。
 青葉を茂らせる木々。
 そういえばこれは、日本人がもっとも愛する桜の木であるという。咲いたと思えばすぐに散り落ちてしまう薄紅に、彼らは粋と意気とを見るのだろうか。
「ワビ・サビ、シキソクゼクウ・クウソクゼシキ。桜には和の心があるのよね」
 特務に加え、彼女自身の身辺も騒がしいこの頃だ。せっかく日本の言の葉が持つ美しさを知ろうと進学したものの、授業と食堂での新メニュー開発に追われ、心の余裕が持てずにいた。
「No need to hurry,do not panic.Take a short rest,take a breather」
 懐かしアニメの小坊主の決めゼリフみたいなことを英語でつぶやいて、彼女は大きく息をついた。
 ちょうどメニューの開発にも行き詰まっていたところだ。桜などながめながら試作料理をつまみ、気持ちを切り替えてみるのも悪くないだろう。
 問題は、今からでも見物できる桜が、どこかに残っているのかどうか。
「――ミオ? テレサだけど。ちょっと相談が……って、いきなりあなた誰? ミオは急に花を摘みに行ったから代理? まあ、花を摘みに行ったならしかたないわね。ああ、そうそう。花の話なんだけど」

●互助会のみなさん
「というわけで、ジーニアスヒロインは花見を所望だ」
 ニューヨーク某所にある地下会議室。集まった男たちは覆面で隠した顔を見合わせ、ぶるりと震えた。
「極東方面支部長っ! なぜジーニアスヒロインが花見など思いつくのですか!? そんなことにならないよう、学食アドバイザーの仕事を詰め込んだのではなかったのですか!」
「そうしたはずなのですよ。現状迷いの内にあるジーニアスヒロインを癒やし、さらに脇目を振らせないため、学食の新メニューを考案するべしとの任務を与えて。しかし……」
 ざわざわ……ざわ……
 不安そうにざわめく覆面たち。見かけがいっしょなので、誰が誰かわからないのはしょうがない。
 と、上座に座す覆面が重々しく口を開いた。
「葉桜を見たむす――ジーニアスヒロインは思いついてしまったのだよ。桜の下で友と語らい、舌鼓を打つ時間こそが新メニューのヒントになるのではないかと」
「なん……ですと?」
「Oh my!」
「(自主規制)」
 場に絶望が満ち満ちる。
 激マズなばかりか人の魂を侵し、物理的に打ち砕くテレサ・バートレットの手料理、通称“死神の鎌”もしくは“テ料理”。
 この場にある男たちはもれなくそれを食らい、一度ならず集中治療室へぶち込まれた経験を持つ。そしてある人物の呼びかけに応じ、結成したのだ。同じ地獄を文字通りに味わった者たちをこの世界へ引き戻し、さらにはH.O.P.E.の象徴であるジーニアスヒロインの名声を守るため、すべての問題を隠蔽する『互助会』を。
 ちなみに彼らの活動費、ある人物のポケットマネーでまかなわれている。多数の軍事企業からしつこく支援の申し入れはあるのだが……あれを兵器に転用されたりしたら、世界は未曾有の混沌に陥ってしまう!
「そうでなくとも“死神の鎌”に取り憑かれた輩が出始めているというのに……」
 度重なる“死神の鎌”被害の中、なんの因果か目覚めてしまった者がいる。そう、テレサの料理がもたらす凄絶な苦痛、その先にある“天獄”を見たいがため、あらゆる手段を尽くし、“死神の鎌”を食らおうとする者たちが!
「恐ろしいのは彼らの間で、天獄とやらの向こう側へどれだけ近づけるかを競う遊びが流行していることです」
 覆面のひとりが語るのは、酔人たちのゲーム……通称『天獄レース』だ。
“死神の鎌”を食らうことで生命力が削れていくのは周知の事実だが、そのダメージが300パーセントに至った瞬間、邪英化が引き起こされる。酔人たちはそのギリギリを目ざして食べ続けるという、一種のチキンレースに興じているのだった。
 重々しい沈黙の中、上座の覆面が強く言葉を弾き出した。
「会員諸君に命じる。“死神の鎌”にて斬り落とされた命を救え。そして“酔人”のゲームを止めよ。――諸君の全力をもって友の背を守り、世界を救え。誰ひとり死んではならない。誰ひとり死なせてもならない。ひとりひとりが成すべきを成し、明日へ還れ!」

●礼元堂
 テレサからの連絡を互助会へ繋いだ礼元堂深澪(az0016)は、互助会の会長(意味深)から折り返し届いた指示に従い、さる場所の選定にかかっていた。
「場所は日本でぇ、5月に咲いてる桜があってぇ、家が近くになくてぇ、最悪爆破テロとかあっても大丈夫なとこ……」
 くわっ。
「そんなとこねぇわ~!」
 ここはH.O.P.E.東京海上支部のオペレータールームである。しかし、まわりの同僚は驚きも注意もせず、そっと視線を逸らして完全無視を決め込んだ。
 なにせ深澪がヤンキー丸出しで絶叫するのはテレサ関連で上から無理難題を押しつけられた結果と決まっているし、下手に触れば巻き込まれるし。
 そもそも互助会からの要請で重体者の受け入れ先を探すのは彼女たちの仕事、“死神の鎌”の殺傷力はよく知っていた。
 ゆえに絶対、かかわらない。深澪がトイレだと言って逃げ出しても、けしてテレサからの“お願い”は引き継がない――過ぎるほどの固い決意をもって結ばれた重苦しい沈黙の中、深澪は唸りながら検索エンジンにワードを打ち込み続け、数十分の後、ついにその指を止めた。
「……条件全部クリア。ここしかねぇのぜぇ~」
 4月下旬から5月上旬にかけて咲く緑色の花弁を持つ桜、御衣黄が咲く甲信越地方の某所にある公園。半径500メートル以内に民家はなく、警察組織と連動できればある程度以上の封鎖ができるだろう最高の環境がそこにあった。
「“酔人”対策は互助会に丸投げてぇ、あとは生贄だねぇ~」

●告知
 ぴろん。H.O.P.E.東京海上支部のグループコミュニsケーションアプリに、深澪からのメッセージが投稿された。

【テレさんと馴染もう!】
 今度の日曜日、テレサ・バートレットさんといっしょにお花見します。
 みんなでめずらしい緑色の桜見てテレさんのお弁当食べてお話しましょうぜ!
 参加したい人は返信よろしくぅ~。

 どこにもおかしな誤字はなかったが、経験者ならすぐに思うだろう。
 おかしくないのがおかしい。
 それよりも、テレサの弁当を食すという内容がすでにおかしい。
 ……天獄への門が、きしみながら開き始めていた。

解説

●依頼
 御衣黄の下、レジャーシートで輪になって、テレサの弁当を食べながらみなさんで交流してください。

●“死神の鎌”あるいは“テ料理”メニュー表
注:()内は料理内容とまずさの雰囲気です。
・刻み梅漬けとグリンピースの雑穀米おにぎり(俵型。舌に突き立つ酸味と地獄巡りを思わせる多彩な歯触り)
・ふんわり出汁巻玉子(出汁香る関西風。真綿で魂を締め付けられるような責め苦)
・筍とピーマンのXO醤炒め(ピリ辛。カリっとした煉獄とシャキっとした針山のコラボ)
・きんぴらごぼう(シンプルな醤油味。噛み締めるごとに沸き立つ三途の泥感)
・スコッチエッグ(半熟玉子の挽肉包み揚げ。とろりとあふれ出す血の池の熱血)
・スティッキートッフィープティング(ナツメヤシと黒砂糖のスイーツ。脳が溶ける甘さ)
・ブラックティー(イギリスの硬水で淹れたダージリン(サードフラッシュ)。舌を斬り裂かれるような固さ)

●備考
・弁当をひと口食べるごとに生命力が4パーセント損なわれます(28口以上で重体確定)。
・74口食べた瞬間、互助会の介入により強制退場となります(酔人も同様)。
・メニューを食した際のリアクションはフリーダムにどうぞ。
・飲み物の持ち込みは自由。
・今回はぜひ、料理を食べるだけでなくテレサや礼元堂、参加者同士の交流や花見も楽しんでください。
・輪の中に“酔人(NPC)”がいます。彼らは勝手に『天獄レース(オープニング参照)』に興じます。絡むも絡まないも自由です。
・依頼の成功度ですが、参加者全員(能力者と英雄はそれぞれひとりとしてカウント)重体で大成功、70パーセント以上の重体で成功、それ以下の場合は概ね普通となります。
・互助会があちこちに潜んで様子を窺っています。
・疑問や確認があれば質問卓でどうぞ。

リプレイ

●予兆
『みんな元気ぃ~? ボクはさぁ、病気だったらよかったのにねぇ。あの会ムダに偉い人ばっかで命令ばっくれらんねぇんだよ……特殊同行任務(部外秘)って意味わかんねぇっすわぁ』
 バスガイドさん役の礼元堂深澪(az0016)が、それはそれは重たい顔で垂れ流す。
「会?」
 このマイクロバスの運転手を務めるテレサ・バートレット(az0030)がハンドルを繰りつつ小首を傾げるが、深澪からの返事はもちろんないんだった。
「この時期に花見とはのぅ」
 豊かな谷間へシートベルトを食い込ませたイン・シェン(aa0208hero001)が苦く薄笑んだ。
「まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしい」
 となりで応えたリィェン・ユー(aa0208)は窓の外へ視線を投げ、強くすがめた。
「俺のテ料理でチキンレースとは“酔人”……言語道断!」
 テレサ合流前、深澪から“酔人”のことはアナウンスされていた。よりによってあのテ料理のフリークスがいると――
「いるよねー、ボクたちの目の前に」
 伊邪那美(aa0127hero001)がなんとも言えない顔を左に振って、右に振る。
 契約主である御神 恭也(aa0127)は、前の席で握り込んだ拳から煙を上げるリィェンから目を逸らし、げんなりと息をついた。
 テ料理の所有権は謹んで友人に進呈するとして、だ。
「なんで俺たちは集団自殺の誘いだと知っていながら、乗ってしまったんだろうな」
 恭也はテ料理の経験者であり、生還者だ。せっかく拾った命をなぜまた投げ捨てに来たものか。それこそがテの魔力というやつなのかもしれない。
「お花見お花ミッ!」
 なんとも楽しげに口ずさんでいた天城 初春(aa5268)の頭が左右からがっしとつかまれた。
「お花見は楽しい。それは否定せん。だがの……その後に続く言葉はなんじゃ?」
 まさしく鬼の形相で迫る辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)に初春は「それはまあ」。
「テ料理の会?」
「ほう、そうかそうか」
 稲荷姫はただただ両手に力を込める。初春の頭蓋骨が陽気な悲鳴をあげ始めた。
「のじゃ~! ぎ、ぎぶあっぷですじゃ割れるデスじゃあああああああ」
「じゃかぁしいわ阿呆娘! あの別荘の悪夢を忘れたか!?」
「いやぁ、あれが意外と癖に」
「ワシを巻き込むでない! 死ぬなら独りで死ね! 今すぐここでっ!!」
 などと盛り下がる者がいる一方、なぜか盛り上がる者もいたりする。
「ハハハハ! 実におもしろそうではないか!」
 火乃元 篝(aa0437)である。
 彼女は山があれば登らず掘り進み、海があれば泳がず駆け抜ける、いわば酔狂をまっすぐ突き通さずにいられない少女だ。フルスイングされた“死神の鎌”にも当然まっすく突っ込む。それ以外の選択肢などありえない。
「……胃薬、胃薬ィ」
 彼女の英雄というより尻拭い役を務めるディオ=カマル(aa0437hero001)はあれこれ用意に勤しんでいるわけだが。リィェン以外の経験者がとなりにいたなら、青ざめた顔で言ったことだろう。胃薬の行き先が残ってればいいんだけどね?
「して、旧友はおもしろげにしているわけだが覚者(マスター)はどうだ?」
 常の少女体から成熟した女性体へと変化したナラカ(aa0098hero001)が、内に沈んだ八朔 カゲリ(aa0098)へ声をかけた。
『あれだけの話を知らされてきたんだ。おもしろそうだと言い張る篝がおもしろい』
 ここへ来る前に配布された『旅のしおり』、実にアレだった。インタビューで綴られる天獄の惨さ、重体者の緊急搬送手順、そして“酔人”についての諸注意……内容はもちろん、それらがなぜか手書きで綴られているところがまたなんとも。
「覚者は気乗りせぬようだが、案ずるな。今日は花を肴に語らうがため来た。それだけのことだよ」
『それですむならいい。すまなくても……そうしたものだろう』
 このあたりは絶対の肯定者ならではの心境なのだった。
 そして、他の未経験者たち。
「テレサさんの手料理を天獄などと……失礼極まりないです。ワタシは怒っています」
 灰色 アゲハ(aa4683)のとなり、シズク(aa4683hero001)がかわいらしい顔をしかめて言う。
「そのわりに患者衣よね……なんていうか、今日の夜くらいに役立ちますーって感じ」
 アゲハはそう返したが、そもそもシズクの普段着は患者衣だし、点滴スタンドを引っぱっていないだけマシなんだろう。そう思うよりなかったというか、思い込みたかった真剣に。
 だって、食べるだけで生命力に深刻なダメージよ?
 アゲハの心中のつぶやきを悟ったシズクはうなずき。
「そこには笑い話ではすまされないなにかがある。そんな気がするのです……」
 リリア・クラウン(aa3674)は片薙 渚(aa3674hero002)と手を握り合い、語り合っていた。
「テレサのお弁当食べてみんなでまったりお弁当食べてまったりお弁当」
「リリア、針飛んだレコードみたいになってるっすよ?」
「テテテレテレサのおべべんとおべ」
「リリア、スクラッチみたいになってるっすよ?」
 噂に聞くばかりテ料理。それは食らった者の魂を喰らう死神の鎌。
 みんなでお出かけという素敵ワードに釣られて来たリリアだったが、皆の様子がそれは甘すぎる夢だと告げていた。じゃあ、なんでみんな来ちゃったんだろう?
 ――今日はジーニアスヒロインっていう本物のスターの魅力を特等席から観察して、いっぱい勉強させていただく所存なのです。ひとりのCドルとして!
 むん! 小さな右手を握り締めるセレティア(aa1695)。ちなみにCドルとは共産主義(Communism)アイドルのことだ。
 そんなわけで、今日はお上品な淑女として振る舞うつもりだった。
 朝、バスに乗り込む前にはテレサへ「本日はお招きいただきましてありがとうございます」なんて挨拶もした。あとはそう、本番でどれだけなにを見極められるかだ。
「なにを決めたのか知らんが、俺たちが行く先はどうやら宴会場じゃないらしいぞ?」
 強靱な筋肉で鎧われた腕を胸の前で組み、バルトロメイ(aa1695hero001)はぐぅ――肚じゃなくて腹を鳴らす。
 ああ、飯が食えるうちはなんとかなるさ。そうだろう、バルトロメイ? おまえはいつだって大いに喰らい、どうにもならないはずの運命をなんとかしてきたんだからな。たとえ行き先が天獄だろうと、そいつは変わらねぇ。
「オチの予感がする……!」
 唐突にハーメル(aa0958)が顔を上げ、鼻をひくつかせた。
「なに受信しちゃったのかわかんないけど、オチまでたどりつけないんじゃないかなー」
 ハーメルを見もしないでばっさり切り捨てる葵(aa0958hero002)。
「じゃあ、ネタの予感がする?」
「なんで疑問形かもわかんないけど。天獄はそんな甘くないっていうか苦くないっていうか酸っぱくないっていうか」
「あえて“辛い”だけ抜いてきたね!?」
 ハーメルという少年、プレによれば知将や軍師などの頭脳系な称号を持つらしいですよ(他人事)。
「僕はこの灰色の脳細ぼ――」
 どん! 凄まじい衝撃がバスを揺るがした。
「なに!?」
 見事なハンドルさばきで車体を立てなおすテレサ。なんてムダに有能なジーニアスヒロイン! この能力がひと欠片でも料理に作用してくれていたら!
「襲げっ、事故だよぉ!」
 どこからか降ってきた鉄板がバスの後部を羊羹かなにかのように分断したのだ。
「ミオ、被害状況は!?」
「いちばん後ろの席持ってかれたっす! 荷物ちょっととエージェントふたりいっしょに!」
「っ、俺の中華弁当が――!」
 リィェンの無念の声を聞きながらも、テレサはほっと息をつき。
「生きてるのね、よかった。すぐ近隣の支部に救助を要請するわ」
 そして駆動系が無事機能していることを確かめ、アクセルを踏み込んだ。
「テレさん、踏むのってブレーキじゃ」
「後輪は無事で、今日はお花見よ!? 警察官と語らってる間にハナノイノチが尽きるかも!」
 テレサは両目に意志を燃やし、ぎちりと口の端を吊り上げた。
「不幸な事故くらいであたしは止まらない。みんなに絶対、あたしのお弁当食べてもらわなくちゃいけないんだから!」
 補助席にシートベルトで固定した大荷物を流し見て、テレサが決意のライヴスを噴き上げた。
 今座席ごと転がっていったふたりが自分だったらよかったのに――多くの者がそう思わずにいられなかった。サムズアップするリィェンは論外としても。
 さて。この「事故」が互助会によるものなのか酔人によるものなのか、はたまた本当に事故だったのかは知れないが、人力世界力問わず、かなり大きな力が働いているんだろうことが窺い知れた。
 そして、そうだとしても。
 天獄の開門は止められない。

●交々
 晴れ渡る空!
 咲き誇る御衣黄!
 吹きすさぶなまぬるい風!
 これでもかってくらい押し詰まった空気!
 小鳥のさえずりが遠い。こうした場にはおこぼれ狙いの鳥が忍び寄ってくるものなのだが……
「Ms. テレサ、場所取っておきましたぞー」
 謎の空白のど真ん中で、謎の集団が謎の笑顔で手を振っていた。
「彼らはうちの支部のエージェントよ。不思議なんだけど、あたしが料理しようって思うとどこからともなく聞きつけて来てくれるのよね」
 ふんわり手を振り返し、テレサが解説する。
「誰もいないとこで場所取りって、あの人たち――」
 リリアの人差し指をそっと押しとどめ、渚がうなずいた。
「まちがいなく“酔人”ってやつっすね。目が飛んでるっすよ」
 セレティアはつるんとした眉間に皺を寄せて。
「ぜんぜん秘密組織とかじゃないんですねっていうか、かなり深刻なレベルで監視されてますよねテレサさん」
 アゲハが苦い顔でうなずいた。
「むしろ隠れてるのが互助会なんだものね……。警備対象に悟られないよう護衛するのはただでさえ難しいのに、テロリストのほうがフリーハンドじゃ、ね」
 このへんは警備会社に勤務する彼女ならではの意見である。
「ま、いつものテレサなら気づくんだろうが」
 バルトロメイはあえてすべてを語らず、沈黙した。
「?」
 人々の薄暗い雰囲気に首を傾げるテレサ。別筋でシリアスストーリーを展開したりしている彼女だが、料理が絡むとぽんこつ化するのはお約束という名のご都合だ!
「我々空腹で斃れそうでござるよー」
「この日が楽しみすぎて1週間、水しか飲んでないしー」
「早くオレに――テを――!」
 迫る“酔人”どものあからさまさに気づくことなく、テレサは「Lovely(イギリスで使われる肯定的表現。この場合はOK)」。
「お弁当の用意をしましょう! ミオ、おしぼりを濡らす水を」
「押忍押忍……死に水っすね」
 どんより動き出す深澪に先んじて飛びだしたのはリィェンだ。
「俺が手伝おう。1秒が惜しいからな」
 邪魔者に与える1秒でテがひと口減るのだから――!
 彼の決意に満ちた背を見送るテレサは薄笑んで。
「そんなにお腹空かせてきてくれたなんて。大丈夫、期待にはきっと応えてみせるから」
 恭也と共にレジャーシートを広げていた伊邪那美がそれを見て。
「意外と食べられるものができたのかも?」
 対する恭也の答は、どうにもならないほど達観していた。
「ありもしない希望にすがれば後が辛くなるだけだ」
 鳥すら遠巻く天獄に、見ていい夢などあるものか。
 それになにより。
「そこにあるのに息ができますじゃ! これはもしや、普通にいけてしまうのでは……」
「なんで残念そうなんじゃ! それにほれ、口へ入れてみるまでわからんじゃろ。口に……入れるじゃと? ワシはなんてことを……」
 この場では数少ないテの蘇生者、初春と稲荷姫の有様を見れば、油断していい状況じゃないことは明らかだ。
「テの生還者って、なんかかっこいいよね?」
 帽子の角度をきりりとなおし、ハーメルが偏差値低めの発言をかます。
 なにをもって生還かにもよるが、今日の彼は自分の足で歩いて帰れないので、生還者とは言い難いぞ。
「とか予告されてるからダメなんじゃないかなむっ」
 ハーメルは葵の口をぎゅむっと塞ぎ、真剣な目をして言う。
「見なかったことにしといたらなかったことになるんだよ? あとは……わかるね?」
 それはどうかなっ!?
「準備は万全だ! あとはまっすぐ食い尽くすのみ!」
 シートの上で豪快にどーん。胡座をかいた篝がディオに告げる。
「私の箸を持て!」
「は、ははぁーあっ、割り箸が触っただけでぇ、ポッキリとぉぉ!」
 リィェンから一部取り上げた壺入り紹興酒をやっていたナラカがちらりと目線を投げた。
「順調に嫌な予感を積み上げているわけだが」
 すると内からカゲリが静かに。
『口にしておきたいことがあるなら口へ入れる前に済ますんだな』
「ふん。リィェンはきっと語れなんだろうし、代わりを務めてやるもやぶさかではない」
 その言葉にうなずいたのは、共に酒杯を傾けていたインだ。
「わらわからも頼もうか。“酔人”とやらの相手でいそがしくなるやもしれぬゆえ」
 その向こうでリィェンは、酒壺から大徳利へ酒を移していた。わざわざテレサに手伝ってもらいながら。
「――おまたせ。準備ができたわ」
 ちちゅるぴ! ぐわーぐわー! ぎぶるべぼぶび! それはもうすごい勢いで、飛ぶことも忘れて鳥たちが遁走し。
 何枚も繋げられたレジャーシートの真ん中に、“テ弁当”が拡げられたのだった。
「やっぱりにおいは普通、見た目も普通ですじゃの?」
 初春が鼻をひくつかせて稲荷姫を見た。
「問題は味じゃ、味」
 その横で、リリアも「わぁ」と歓声をあげている。
「おいしそうなご飯だねぇ!」
「見た目はなかなかいいんじゃないっすか? 味は気になるとこっすけど……って。味がいいわけないっすよ、ね?」
 和食中心、そこへイギリス料理を加えて中華を添えた感じの、意外においしそうなお弁当である。
「和洋中、いろいろな料理を作られたのはどうしてでしょう?」
 眼帯で塞がれていない左目をテレサへ向け、シズクが問う。
「和食中心なのは、日本の“Bento Box”に敬意を表したかったからね。イギリス料理はブリティッシュの意地。それから中国料理は、最近リィェン君に教わってるから」
 水を向けられたリィェンは手を挙げてテレサの言葉を止め、筍とピーマンのXO醤炒めを口に入れた。
「歯触りがいいな。干し唐辛子をそのままじゃなく、粗みじんにしてあるのもいい工夫だ。なにせ日本人は辛みとの付き合いが苦手だからね。ひとつ問題があるとすれば、醤の値段が学食のメニューに見合うかどうか」
「ああ、そうね。経費はもう少し詰めてみないと――学生のみんなに一食30品目を食べてもらうには、もっと工夫が必要よね」
「なるほど。(なんだか黒めの)思い出が込められているわけじゃないんですね」
 シズクにテレサはうなずきを返し。
「思い出ってより、思いね。ファーストフードばかりで10年先、20年先の自分を壊してしまわないでほしいから」
「だからか」
 リィェンがやわらかく口の端を上げてつぶやく。
「きみの料理がやさしいのは」
 ちなみに今、彼の内側では大事なものが情けも容赦もなくゴリゴリ削り落とされていたりする。
 リィェン・ユー……誰よりもテ料理を識る男の修行の成果であった。末路は他者同様、死あるのみだとしても。
「リィさんマジいかれてんだけどぉ~」
 舌打つ深澪。リィェンが識る者ならば彼女は思い知る者。これまで幾度となく“死神の鎌”で命を刈られてきたがゆえの憤怒である。
「そういえば汝、最近はどうだ? 相も変わらずおぺれぇたぁ室に篭もりきりか」
 ナラカの言葉にはたと表情をゆるめ、深澪は「あ~」。
「それだったらよかったんだけどぉ~。大学行ってるからねぇ。つか、なんだよ国文って。イマソカリとか見たことねぇよどこのお国のお国文だよぉ」
 深澪はテレサと同じ国文学部に在籍していて、選択授業も当然テレサと同じものを取っている。理由はもちろん、テレサの監視のためだ。
「あたしはミオがいてくれて心強いけど。サークルの勧誘とか飲み会の誘いとか適当に間引いてくれるし」
 ぴくり。リィェンの肩が跳ねた。
 それに気づかないふりで、ナラカは御衣黄の緑に彩づく花弁を見上げ。
「ほう。さすがはじぃにあすひろいん、誘いは引きも切らぬというわけか」
「テレさん有名人だからねぇ。ガキが群がってきてめんどくさいんだよぉ~」
 ガキかどうかはさておき、男子学生からすれば確かにたまらないだろう。世界に名を馳せる親日外国人美女が同じ場にいるのだから。
「リィェン」
 立ち上がりかけたリィェンをインが制し、続く言葉を唇で語る。『いらぬ口を出してはならぬぞ』。
 わかっている。リィェンのポジションは友人で、テレサの生活に口だしする資格はないのだから。
「で、テレサはどうなんだ? これならいいという人はいないのか?」
 空気など読まぬ! 全身と前進でそれを示しながら篝が割り込んできて。
「ふむ、大学とは出逢いの場でもあろうからな。ふたりとも、意中の相手ができてもおかしくはない」
 びくりと震えるリィェンを尻目に、ナラカが乗った。
「ボクはないなぁ~。あ、ケンカ強い人いいよねぇ~、出逢いたいっ!」
 なんの気負いもなく、へらへら答える深澪。
 これに対し、深澪も関わるアイドル企画へ参加中のセレティアと初春が顔を見合わせた。
「人間凶器のみおみおさんが大概なこと言ってるのです……」
「凶器より狂気のほうが正しい気はしますがの……」
 テレサもまた肩をすくめてかぶりを振って。
「今は抱えてる問題も多いし、それどころじゃないって感じ」
「しかしな、“産めよ増やせよ地に満ちよ”がこの世界に最大勢力を築く唯一神の教えであろう? 汝と番うを望む男に目を向けるはすなわち、神意に沿うことではないのかね?」
 揶揄を含めて語るナラカと、その腹を物理的に探りながら「カゲリ出てこい! 私にワシャらせろ!」と呼びかける篝。落ち着かないことこの上ないが、ナラカも篝も気にしていないらしいのでよし。
「ああああ、主ぃ! あまり乱雑にしてはぁぁぁあ、靴紐が全部切れましたああああああ」
 ディオだけが気にしたり不吉な予感に身悶えしたりいそがしそうだったが、これはこれでどうにもできないのでよしとしよう。
「いろいろ大変だとは思いますけど。せっかくの学生生活ですから、無理にジーニアスヒロインでいる必要はないんですよ」
 シズクがそっとテレサの腕に触れ、言った。
 過去の報告書を見るに、テレサが心から楽しんで料理しているとは思えなくて。いや、こうして実際に会ってみれば、料理自体が楽しくないというより「ジーニアスヒロインとはかくあらねば」と思い詰めているような気がして。
 できうることなら心を休ませてあげてほしい。傷とはけして体ばかりにつくものではないのだから……
 と、アゲハの手がシズクの背に添えられる。大丈夫、シズクの言いたいこと、私はわかってるからね。
 テレサはシズクの手に自らの手を添え、笑んだ。
「確かに気負ってるところはあるかも。ジーニアスヒロインじゃないテレサ・バートレットとして、ちゃんと食育について考える時間とらなくちゃね」
 テレサは場の空気を変えるべくことさらに大きな笑顔を作り、一同を見渡した。
「さあ、みんな食べてみて! このお弁当にはあたしが今考えられる限りの食育が詰まってるの! 味は保証するわよ?」
 目を見開いたのは恭也である。
「保証、だと……料理の後ろに死神が見えるのは、俺の目の錯覚か?」
 彼の意見に賛同できるのは経験者なわけだが、その経験者の半数がテレサに想いを寄せるリィェンとテに魅入られし初春なのは不幸と言うよりなかった。
 そんな中、“酔人”たちはただ静かに微笑み、テレサの話に耳を傾けているばかりである。
「あの人たちお腹減ってるって言ってたのに、なんで食べないのかな?」
 首を傾げる葵に答えたのはバルトロメイだ。
「高めてるのさ、飢えと餓えを最大限まで。よく言うだろう? 空腹こそは最高のスパイスだって」
「負けられない、ネタ的に!」
 謎の対抗心を燃やすハーメルを見て、セレティアはため息をつく。
「みなさんどうかしてるのです」
「ここまで来とるおんしも充分どうかしとるぞ」
 稲荷姫のツッコミは聞こえない。お耳を餃子にして塞ぎ、この天獄を突き抜けるのだ。

●諸人
 ついにこのときが来たな。
 胸の内で唱えた恭也が箸を取る。
「伊邪那美。俺に万が一のことがあれば、机の引き出しの奥を探れ……。そこに手紙がある」
「ボクもいっしょに食べるんだよ……万が一のことがあったらダメなんじゃないかな」
 正確に言えば「三百が一」なので、ダメになる可能性はそこそこ高い。
 果たしておにぎりを口にした恭也は。
 パギボリビキベキ。エッジの立ち過ぎた酸味と思いつく限りの地獄をかじらされたような歯触りが織り成す絶望に舌と歯とを侵され、額を一気に地へ突き立てた。
 雑穀なのか――本当にこれが!? ありえない、こんなものが存在できるはずがない!
 独白する恭也の横で、出汁巻玉子を食べたはずの伊邪那美は静かに顔色を失いつつあった。
「なんだろう? ゆっくりじんわり侵されるみたいな不可解なおいしくなさ……今だったら神世に還れそう? なんだかそんな感じするよね~みんな元気ぃ~ボク眩気ぃ~」

「“待”ってましたのじゃぜェ!! この“瞬間(とき)”をのォ!!」
 出汁巻玉子に勢いよく箸をぶっ刺し、初春がかぶりついた。もぎゅもぎゅごっくん。なんでもない顔で食べ終える。
「もしや奇蹟が……どれワシもひとつ」
 稲荷姫も同じ玉子をぱくー。
 そして。
「ふぎゅぎぎむぐるうなふるるいえ!」
 古きタコ邪神が召喚されちゃいそうな悲鳴を上げ、青ざめた唇から緑(!)の泡を噴きつつセルフバックドロップを決める稲荷姫。
「だだだだましたなぁあああああお初ぅぅぅうううう」
 同じようにのけぞった初春は、ピリオドの向こう側を見透かすような顔で口の端を吊り上げて。
「きき、キたですじゃ――やっぱりテはこうでなければぁあああ」
「だからなんでうれしそうなんじゃ!?」
「いや、言うたではありませぬか。待ってましたのじゃよこの瞬間(とき)を」
 そして初春はスコッチエッグもぎゅー。
「ふむ。お弁当で冷めてるはずなのに熱々ですじゃ」
「あつあつ? なんじゃ? 辛いのでも入っとるのか?」
 ごく普通に初春が言うので、釣られて稲荷姫もかぷり。
「ぶひょげへぎゃうざいえいぼほういい!!」
 今度は三万年前に連れてこられた複雑怪奇な邪神を呼べそうな絶叫をあげる稲荷姫。もちろんその体勢は海老反りである。それはもう、ぴっちぴちである。
「くうーっ! 甘酒うまうまですじゃああああああ! 生の熱と死の冷の奇蹟的コラボ!」
 時間差で海老反った初春をがっくんがっくん揺すりながら稲荷姫が吼えた。
「なんで玉子と挽肉から謎生物の血の味がするんじゃあ!? つか熱い! 生き返る前に死ぬぅ! 茶ぁ! 冷たいやつぅ!」
「ではこれを」
 差し出された紙コップを必死で呷る稲荷姫。
 果たしてぶぼはー、血を吐く稲荷姫!
「にゃるしゅたんにゃるがしゃんなぁぁぁ!」
 稲荷姫は呼び声に応えて顕現しかけた狂気と混乱振りまく無顔の土精をどつきまわし、ドリームランドへ押し返しておいて。
「わしの舌は……まだ、ついておる、か」

「いただくぞ!」
 篝は思いきりよくおにぎりに食らいつき。
「ふむ、もう夜か」
 それはそれは無邪気な笑顔をあらぬ方向へ向けた。
 瞳孔が、完全に閉まっていた。
「主ぃ、ご無礼仕るぅう!」
 あわてて篝からおにぎりを奪ったディオがそれを自らの口に詰め込んで。
「絶句う!!」
 特に絶句することもなくくるくるしながら地へ落ちた。
 その間に篝は記憶していた場所にあった出汁巻玉子を食らい。
「殻は混ざってない。よく濾された地獄だな」
 まっすぐ倒れ伏した反動で立ち上がってXO醤炒めを食べると見せかけて。
「箸がうまい!」
 割り箸を噛み砕いて、今度は仰向けにぶっ倒れた。
「ああああ、それは食べ物にあらずと言いたいところでぇすが、むしろそちらのほうが安全安心かとぉって、すでに安全も安心もないぃ!!」
 雑巾みたいに自らを絞り上げていたディオは、なんとか自縄自縛状態から抜け出して篝の元へ駆け寄った。
「主、ご無事でぇすか?」
 瞳孔閉じっぱなしの篝は自らを抱え起こしたディオのほうを向き。
「ディオ――」
「は、はぁい!?」
「きんぴらごぼうを持て」
 彼女は太陽である。軌道を違えるのはあくまで惑星の都合であり、太陽はあるように在るばかりなのだ。
 ゆえに逃げず、惑わず、揺らがない。ただただまっすぐ行くのみ。
「ぎょ、御意ぃ!!」
 王が隠れれば道化もそれに殉じるが世の習い。
 こうなれば天獄の果てまで付き従うまでだ。
「フハハハハ! 体が重い! 五里霧中の底なし沼って感じだな!」
「あああああアレは父と母と妹と見知らぬ者……もしや、テに散りし先達ぅ?」

 ここまでハーメルは沈黙を保ってきた。
「いやいや、ちょいちょいしゃべってたよね?」
 葵のツッコミなど聞かぬし効かぬ。ハーメルは今、自らの生まれてきた意味を問うているのだから。
「さっき思いついたんだけどね。僕、テを乗り越えるために生まれてきたんだ」
「さっき思いついたのに?」
「ふふふ」
 怪しい笑みを浮かべ、スティッキートッフィープティングへ手を伸ばした。
 これは策だ。いくらテ料理がアレだからって、全部食べなければ生還は容易い。そのためにこそデザートから手をつけ、いい感じに「食後感」を演出する。
 ――神月の知将の称号は伊達じゃない!
 思わず笑っちゃったその口に。
「おっとハーメル、好物を後にとっておくのは子どものすることだぞ?」
 崩歩(蟷螂拳のステップワーク。腰を低く据え、相手の足や重心を崩しながら攻める型)でハーメルの眼前に踏み込んだリィェンが、箸にごっそりはさんだXO醤炒めをイン!
 一応補足しておくなら彼はハーメルが辛いもの好きだと思い込んでいるので、これはそう、友愛と親切心からの圧倒的善意なんである。
「今だぁーっ!」
 初春とは別の意味でこの瞬間を待っていた葵が、辛みを超えた極太針に五臓六腑をかきまわされて硬直するハーメルの口へどんどん炒めものを詰め詰めしていく。
「これはこんなとこに連れてこられちゃったボクの怒り! これはこんなとこに引きずりこまれちゃったボクの怒り! これはこんなとこに投げ出されちゃったボクの怒り! あとはえーっとボクの怒りぃっ!!」
 ほとんど自分同然の葵がなにを考えているのかはわかるが、まずい。このままじゃ辛死(からし)する!
 ハーメルは葵の口に先ほど食べ損なったプディングを突っ込み、「脳が溶けるぅっ!」と転がしておいて、リィェンが抱えていたXO醤炒めのバスケットを奪い取った。
 僕を誘ってくれた礼元堂さんに感謝を込めて!
 人に勧められた料理は断りづらいはず。ましてやジーニアスヒロインの手料理を、同じH.O.P.E.のオペレーターが拒めるはずはない。死んじゃう前に別の生け贄へテ料理を横流し――それこそがハーメル第二の策だ!
「礼元堂さんまだ食べてないですよねーっ!? ぜひともお裾分けををををを!」
「考えたねぇ~。でもさぁ、ハーさん動きが鈍ってるよぉ? 痺れちゃってるのかな? それじゃあボクの柔術は越えらんないなぁ~」
 深澪の手がハーメルの突進をがっしと受け止め、すごい力で手首、肘、肩を折り曲げて彼の口へバスケットの中身をまとめてダンク!
 彼は知らなかったのだ。不条理という条件下で生身の深澪がどれだけの理不尽を発揮できるのかを。そして彼女の技は柔も剛もなく、ただただ力技であるという現実を。
「やったねハーさん、食べ放題なのぜ?」
「これが、さだめがばぶ」
 わずか10秒の間にハーメルへ詰め込まれたテ料理、実に52口分。すでに命運定まったハーメルは、ただただ世界を呪うよりなかったのだ。
「大丈夫だよぉ。アオさんもきっちりおんなじとこに送ったげるからねぇ~」
「え? ボクも? いやぁ、ボクはほら。なんていうかぁ、生きてたいなぁって?」
 果たして深澪の返答は。
「能力者独りで逝かせちゃったらさぁ、寂しくなんだろぉ~?」
 葵は、自分へと迫る深澪の影に死神を幻(み)た……。
 そっかぁ。さだめからは逃げらんないかぁ。
 暗転。

 グゲデノ。
 今の今まで聞いた覚えのなかった音がして。
 アゲハとシズクは自分たちがぶっ倒れた衝撃で目を醒ます。
「なにも感じなかった……そんな暇なかったわ」
「多分、幸いだったんだと思います。感じていたらきっとダメージ以上のなにかを負っていましたよ」
 ふたり並んで寝転び、青空を見る。
「そういえば、英雄が重い傷を負ったため重体……って聞いたことないわね」
 始まった。そう感じながらシズクはアゲハをチラ見、微笑んで。
「ワタシたちに逝くべき天獄なんて存在しません。行き先は煉獄のみ――だから大丈夫ですよ。ええ、大丈夫」
 ずずず、シズクがアゲハに重なり、響きを合わせる。あなたを置いてなんていきませんよ。ワタシたちは、ずぅっと、いっしょ、デス。
「ちょ、シズ、きょ、共鳴だけはァァァァァ!!」
 アゲハに溶け込みながら、シズクはくつくつ喉を鳴らし。
「リジェレネーション、エマージェンシーケア、ケアレイ。これだけあればきっと食べ尽くせますから。最後に笑うのは、ワタシたちです」
「笑えない! それよりなに笑うつもりなのよ!?」
 アゲハを侵食したシズクはさらに語る。
『テレサさんの心の闇の具現たるテ料理をこの身で鎮め、宣言しましょう。天獄などありはしないと。その上でテレサさんの深淵をのぞき込んで……たとえのぞき返されるのだとしても。さあ、いつもの言葉を聞かせてください。「ま、なんとかなるでしょ♪」ですよね?』
 意味わかんないし! これ絶対なんとかならないやつゥゥゥゥゥ!!
 アゲハの絶叫はシズクの淵へと飲み込まれて消えた。

 バルトロメイはひとり、閉ざした両目を真っ向から弁当へ向けていた。
 焦るんじゃない。俺は腹がペコちゃんなだけなんだ。
 俺は七つの大罪がひとつ、“暴食”の業を背負う男。
 生きる理由は食材いや贖罪。心に悟りを宿し、今こそ信じてなどおらぬ神に祈ろう。蠱毒のグルメに祝福を!
 くわっと両目を見開き、彼は横に寝かせて捧げ持った割り箸を礼儀正しく上下にパキン。刻み梅漬けとグリンピースの雑穀米おにぎりを器用につかみ取って、横で正座していたセレティアのお口へぶっ込んだ。
「ぶぁふほはう、ふはひひはいはへ――ふぁっ」
 く。グリンピースのもったり感と梅漬けのカリっと感が織り成す、実に春らしいなにかが細い喉をすべり落ち。彼女の胃の腑はヘルの砂利をまじえたゲヘナの濁流で塞がれた。
 大きすぎるひと口のせいで乙女らしからぬ凄絶な百面相をかまし、のたうち回るセレティアを見下ろして、バルトロメイはむぅと息をついた。
 バルトさん、裏切りましたね? いや、俺は裏切ってなんかいないさ。だって俺たちはバディだろう? 俺はおまえの分まで言ってやるために残ったのさ。どこかで見てやがるんだろう互助会と“酔人”、そしてテレサ自身に。テ料理、クソマぶっ――
 跳ね起きたセレティアの箸がバルトの唇を割り、きんぴらごぼうを差し込んだ。
「ふはひひほほひはふふへひはふほひへふ(裏切り者には粛清あるのみです)……」
 泥だ! こいつは三途の川底をさらった泥の味……黄泉比良坂も登らせちゃくれねぇってのか! つうか神話くらい統一しとけよ日本!!
 折り重なって倒れ臥すセレティアとバルトロメイ。
 下になっているセレティアを引っぱりだしながら、インは顔色や呼吸をチェック。
「まだ斃れ伏すには遠い。大丈夫。そちはまだやれる」

『斃れ伏したことのある奴だからこその判断だな』
 インの言い様に、カゲリは淡々とコメントする。
「おそろしいほどどうでもいい」
 箸を置いたナラカがしかめ面を左右に振った。
 ひととおり、ひと口ずつ食してみた。
 最後は紅茶で口なおしも試みたが、口がなおるどころか物理的に切れた。
 さて。血を吐き出してひと息ついて、ナラカは自らの心に憤りを点火する。
「噂どおりではあったが、まずもってその噂が真実であることが赦せぬ。味見をしていないのか味覚に難があるのかこれを他者に勧めうる自信はどこで取り憑かせたのか!」
 憤然とテレサへ向かおうとしたナラカの前に、案の定リィェンが割り込んだ。
「汝が甘やかすがゆえ、この私が真を突きつけようというのだ。次は互助会とやらに、その次は会長に」
「俺を救ったのは彼女の義だ。きみの焔でその輝きを穢させたりはしない」
「汝……幾度となくあれに命を穢されておろうが」
「なにも聞かん! 今の俺は、この拳に彼女の義を握り込み、斃れ伏して立ち上がるだけだ!」
「今さりげに一度死におったな?」

「テレサのお弁当食べて、みんなでまったりしたいだけの人生だったよね……」
 リリアは深いため息をついた。
「まったりはしてるっすけどね」
 渚の言葉どおり、辺りはある意味まったりしてはいた。ようするに動けない者が続出しているだけなわけだが。
 おそるおそるひと口かじってみたスコッチエッグはどろりと熱くて、なにやら鉄臭かった。「んなもんさっさとペッするっす!」と渚が言い出してくれなかったら、この凄まじきまずみを理解してしまっていたかもしれない。
「うぇ~ん、これおいし『フォアーン』よぉ~」
 嘘泣きしてストレートにテレサへ告げようとしてみたが、不自然なホルンのチューニング音で肝心な部分がかき消されたりして。
「これ、おいし『プパー』よ」
 と、渚がリリアの袖をちょいちょい。
「あれっす」
 いつの間にか向こうのほうにブラスバンドが集まっていた。いかにも趣味の集まり風を装っているくせにおそろいのバラクラバと特殊部隊装備で固めた者たち……あれは。
「互助会の人?」
 テレサの名誉を守るために暗躍するという互助会。暗躍どころか丸出しな感じだが、噴き上げるライヴス強度からして相当な猛者ぞろいであることは知れた。
「あそこまでして守る価値あるんすかね、テ料理の真実」
 プペプポププピー。音合わせのふりをしつつこちらを窺い、放送禁止用語にかぶせるがごとくにこちらの「まずい」を完封するつもりなのだ。
「きっとテレサが集めてくるお金のためだよ。H.O.P.E.だってボランティアじゃないんだし、ボクだってそれはわかってるけど……」
 命が危ないし!
 すぐにでも逃げ出したかったが、それもできない。だってリリアは空気を読むタイプだから。
「ムリして食ってるおバカさんたちに付き合わなくていいっす」
 紙皿をリリアから遠ざけ、渚が吐き捨てた。
「うん。生き延びるよ、なっちゃん。ボク、この後すっごく大事な任務があるんだから!」
「自分も旦那置いてけないすし、自分らが死んだら置いてきたもうひとりも死んじゃうっすし。とりあえず食ったふりとかして切り抜けるっす」
 こんな天獄で散るものか! テ料理にも互助会にも負けたりしない!
「それならミーたちに任せナサイ」
 気がつけば。リリアと渚は“酔人”に取り巻かれていた。

●天獄レース
 動いたか!
 リィェンはナラカに気当たりでフェイントをかけ、“酔人”どもへ駆ける。
「始める前に食前酒はどうだ? 事前にテは入れてある」
「酌がいるならわらわがしようか」
“酔人”らはインから渡された杯の酒を口に含み、地へ吐き捨てた。
「だめデスな。テが薄い」
 こいつら……なにを言っている!?
 恭也はきんぴらごぼうを噛み締めるたび顔色が抜けて行った結果、すっかり白くなった顔を歪める。
「うう、これってほんとに牛蒡なのかな……鉄臭いっていうか、鉄っぽい毒汁がだくだく染み出してくるんだけど。これってジューシー? ジュ~シ~なのかな~?」
 その横では体育座りで飲み込めないきんぴらを噛み続ける伊邪那美が血迷ってたりして。
 と。伊邪那美が焦点の合わぬ目を恭也に向けた。
「……みんな食べてるぅ?」
「ああ」
 XO醤炒めで刺し貫かれた舌を無理矢理に動かし、彼は応える。これははっきりわかった。まず『ぶほぼへー』。く……モノローグまで邪魔してくるのか互助会!
「なにに駆り立てられてるんだろうね。みんなも、ボクたちも」
「決まってる」
 テの犠牲者を、これ以上増やさないためにだ。……ごく一部の趣味人は除いて。

 一方、“酔人”どもはリリアの紙皿にプラスチックのフォークを殺到させ、弁当をむさぼり食っている。
「あああ、キました! これデス! これが欲しくてミーはロンドン支部にぃぃぃ!!」
「純度が高い! これは、上物ですわ!」
 とかなんとか言いながら海老反っていく。
「微妙に刺激が物足りないですじゃ……あの冬の味には及びませんのじゃ……」
 いつのまにか混ざっていた初春に、まわりから海老反った人々がわらわらと。
「ま、まさか君、“血の12月”の!?」
「互助会の妨害さえなければワタシもイけたのに!!」
 ……などという絶望的な有様を見下ろし、インは深いため息をつく。
「彼奴ら、汝が思うよりアレじゃぞ? 排除するは困難であろう」
 向こうのほうからじりっと接近しつつある互助会も、さすがにテレサの目がある中ではどうにもできまい。
 と。リィェンはスコッチエッグをいくつか取り上げ、駆け出した。
 やれやれ。なにを思いついたか知らぬが、やるだけはやればよかろうさ。
 インは酒をごぶごぶ呷って心情の苦みを飲み下し。
 しまった、これはテ酒じゃったああああああ!!
 ばったり。

 ぐりんと黒目ならぬ紫目を取り戻したセレティアは、神妙な顔で持ち込み品のエナジードリンクをすすっている深澪を捕らえた。
 みおみおさんは……まさか喰わぬおつもりです? じゃなくて、知らんぷりしてるおつもりですか?
“酔人”の様子からして、朝の事故は互助会の妨害工作と見てまちがいあるまい。それを深澪は知っていたはずなのだ。
 だからこそ問わねばならない。深澪の“職務”と真実についてを。
 セレティアはずりずりと深澪へ這い寄り、膝に手をかけて頭を引き起こした。
「みおみおさん、互助会の干渉、ご存じでしたよね?」
「なにするかまでは知らないよぉ。知ってたら生け贄減らさせねぇし」
 わたしたちのこと生け贄って言い切りましたね!? 驚愕と憤りを押さえ込み、セレティアは慎重に言葉を継いだ。
「互助会員さんが内々にテ料理処理したらお外に秘密が漏れるリスクって激減しますよね? 邪英化まで引き起こすようなモノをわたしたちに投与する理由、なんですか?」
「互助会のメンバーは超ハイクラスエージェントばっかだからさぁ。邪英はちょっとでも弱いほうがいいよねぇ?」
 深澪がセレティアを片手で持ち上げ、座らせた。
「ほんとにやばいことになっちゃっても互助会が処理できるとこで抑えときたい。それがひとつ。で、もうひとつはさぁ」
 かぶりを振り振り。
「5回以上食べたら“酔人”になっちゃう可能性あるんだよね……死の恐怖がひっくり返るっていうか。“酔人”も最初は互助会員だったんだよ」
 邪英化ロールならぬ酔人ロールがあるんです!? でも天城さんってまだ5回食べてないですよね!? 言おうとしたセレティアの口に、後ろからそっとおにぎりが押し込まれ、ブラックティーで流し込まれた。
「――!!」
 真実がどうあれ、俺はテレサ、おまえに問わねばならん。泥を喰ったことはあるのかと。
 俺か? 俺はある。あのときも、今このときも。俺は喰ったぜ、泥を――いやちがう。たった今俺が喰ったのは泥ですらねぇ。泥以下の、天獄のどん底だ!
 そして俺の相棒も逝った……おまえのテ料理のせいで……誰のせいかなんて関係ねぇ。ちょっと悲劇的なほうが盛り上がるんじゃねぇかなって思ったとかもどうでもいい。俺は、相棒の無念を背負っておまえに言わねばならん!
「テレサ! おまえはメシ『ドドンドドン』だぁ!!」
 互助会員の太鼓に奪われた言葉は、当然のごとくテレサへみなまで届くことなく、「え? メシをドンブリ?」などと聞き返されるに終わった。
 と思いきや。
「呆け者どもめ痴れ者どもめ戯け者どもめ」
 ひどくご立腹なナラカさんににゅっと延髄を踏まれて地に押しつけられ、横向けられて固定された口にきんぴらごぼうを1本ずつ詰め込まれていくんだった。
 牛蒡と人参がひと刺しひと刺し舌を殺しやがる! 殺るならせめて一気に! ひと思いにぃぃぃ!!
 痙攣するバルトロメイを見てうらやましげに呻く“酔人”ども。
 対してナラカは声高らかに宣告した。
「私はもうひと口たりとも汝らに弁当を喰わせてやりはせぬ。汝らの眼前にて弁当は消えゆくばかりよ。泣くがいい。震えるがいい。おののくがいい。これこそは試練ならぬ裁定であると知れ!」
 息絶えたバルトロメイを置き去り、正体不明の神威を燃やしたナラカが踏み出した。
「カゲリ? カゲリはどこだ!? むぅ、なにも見えん! 私はおむずがりだぞ口の中がどかんぼかんだ!!」
 思考回路に変調をきたし始めた篝に、ナラカがプディングを喰らわせ撃沈。
「これが……ぼかちん(日本海軍用語)……テレサよ! 『ぴょろろふぴー』い! 食べ、飲み、精進あるのみ――」
「主ぃぃぃぃい! かぁくなる上はぁ、死出の道連れにぃ!!」
 紙コップのブラックティーを硫酸的にぶっかけようとしたディオの手をがっしとつかみ止め、ナラカは口の端を吊り上げて。
「私は幾度となく、その道を逝く者を見送ってきたのだよ」
 やさしく、ティーをディオの口に流し込んだ。
「地獄煉獄天国を巡り見て神の域に達するこれはまさに……大英帝国ぅっ!」
 忠義の道化はびんっ! と伸びてぱたり。動かなくなった。
 そこへ這い出してきたのは73口までテを喰わされたハーメルだ。
「こ、このままじゃ僕の類い希なる智のネタ力が――」
「ならばネタに殉じるがよい」
 こんなときのためにとリィェンから渡されていた花椒を構えたナラカが迫り。
 口いっぱい花椒を詰められて、ハーメルはあえなく辛死した。
「彼女はONIデスか!?」
「ミーの生きがいが全部消える! 今日こそ人を超える気まんまんだったのに!」
「ナラカ様は邪神様ですじゃあ! ふぁっきんじーざすですじゃあ!」
 なにやら“酔人”に混ざって初春の怨嗟が聞こえてきたのは気のせいにちがいないんだった。
「みんなそんなにあたしの……ごめんなさい、もっとたくさん作ってくればよかったわね」
 テレサの斜め上な謝罪により、地獄絵図は加速する。

「好き勝手に死ねるなんて思わないでくださいねワタシ? 楽に死ねるなんて思わないでくださいよワタシ? うふふうふふ、死ぬのはワタシがゆるしませんよワタシ」
 停まりかけた自らの心臓にエマージェンシーケアをぶっ込んだシズクが、妖しい笑みを浮かべて自らに語りかける。
『……』
 アゲハの声は途絶えて久しい。まあ、ワタシほど苦痛に慣れ親しんでいないでしょうから、しかたないですね。
 それにしても誤算だったのは深澪の暴力だ。「礼元堂さんも遠慮なくいっしょに食べましょう」と襲撃してはみたものの、アゲハと共鳴しているはずのシズクがあっさりかわされ、逆に隙を突かれて17口分喰わされた。
 かくて目論見は外れたが、まあいい。深澪が不条理に護られているのだとしても、いずれネタに飲まれるときがくるだろうから。
「ああ、春の日ざしはやわらかくてきれいですね」
 ごぶぁ。理解不能なティーの固さでぶち切れた口から赤黒い血を吐き、シズクは目を見開いた。
 重体上等。そして、邪英化だって上等ですよ? だってワタシ、テの深奥が見たいんです!
 吐いた血を補うように、シズクがプディングとティーを口に詰め込んだその瞬間。
 互助会の面々が楽器の音色に隠したアサルトライフルを斉射、74口を数えていたシズクに麻酔弾を撃ち込んだ。
「ぷぉぶぴぼぺー」
「ひょろぷーぴ」
 多分危ないところだったとか言い合う互助会員であった。

 リリアは足元でぴちぴちする“酔人”にテ料理をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
「イける! ピリオドの向こう側に――」
「これがクセに――クセがすごいんですじゃあああああ!!」
「もっとテを! ミーにもっとテを!」
 ぴちぴちぴちぴち!
「なっちゃぁん! なんだかボク、すっごいやっばいことに手、貸しちゃってる感じするんだけど!」
「弱気になっちゃダメっす! こいつら踏み台にして生き延――」
 どん。“酔人”と初春が、かすかに錆をまとう光明の刃に薙ぎ払われ、ぶっ飛んでいった。
「彼奴らにエサを与えるな。私の裁定が濁る」
 いつにない憤怒を湛えたナラカが手にした天剣「十二光」――“天剱”をひと振り、歩み去って行った。ナラカさん、まじナラカさんである。
『裁定もなにも、普通に互助会が仕末をつけるんじゃないのか?』
 カゲリの問いにナラカは不機嫌な声を返す。
「彼奴らの思惑をわずかにでも覆しておかねばならぬ。いずれ裁定を下すそのときまでにな」
 なるほど、本気で互助会とその“会長”を裁くつもりか。
 カゲリは小さくうなずき、受け入れた。
 そのときが来るにせよ来ないにせよ、そうしたものだろう。

「みんな、遊ぶのはいいけどケガしちゃだめよ!」
 ぽんこつ属性を発動させたテレサが「もうー」と苦笑する。
 そのとなりに、どっかとリィェンが腰を下ろした。
「今までどこに行ってたの? お弁当、みんなにほとんど食べられちゃったわよ」
「それは残念だ」
 こみ上げる無念を噛み殺し、リィェンは大きな葉で編んだ包みを取り出した。
「せめて一品、俺の味を添えたくてな」
 包みを開けばスモーキーなにおいが立ちのぼる。剪定された御衣黄の枝を刻んで燻したスモークスコッチエッグである。
「こうすると趣が変わるわね」
 手を伸ばしかけたテレサを「まだ熱いから」と制し、リィェンは箸で器用にひと口大に切り分けたそれを彼女の口元へ。
「食べてくれ」
「え、でも……」
「花見は無礼講だぞ? あーん、だ」
 おずおず、テレサが口を開けて。
「――おいしい」
 そして。
「残ってるお弁当集めてくるわね! リィェン君を空腹で返すわけにいかないもの!」
「ああ、助かるよ」
 リィェンはそっと拳を握り込む。もはや残す心なし。
 さあ、逝こうか。

「恭也――どうしてテレサちゃんはテ料理食べても平気なんだろ?」
「自分の毒で死ぬ生き物はいない」
「やっぱり兵器化するほうがいいって思うなぁ~」
 横たわったまま、伊邪那美と恭也がかっすかすの声を交わし。
 テレサの節穴化している目を盗んで互助会が場に乱入。猛るナラカとの抗争、リリアと渚の追走等々を演じながらもテに侵されたすべてを浄化した。
 後に『5月の徒桜』と呼ばれる花見は、かくて幕を下ろしたのである。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

  • 太公望・
    御神 恭也aa0127
  • 義の拳客・
    リィェン・ユーaa0208
  • 最脅の囮・
    火乃元 篝aa0437
  • 神月の智将・
    ハーメルaa0958
  • 黒の歴史を紡ぐ者・
    セレティアaa1695
  • ひとひらの想い・
    灰色 アゲハaa4683
  • 鎮魂の巫女・
    天城 初春aa5268

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 惰眠晴らす必殺の一手!
    aa0958hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 友とのひと時
    片薙 渚aa3674hero002
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • ひとひらの想い
    灰色 アゲハaa4683
    人間|26才|女性|生命
  • エージェント
    シズクaa4683hero001
    英雄|6才|女性|バト
  • 似て非なる二人の想い
    アクチュエルaa4966
    機械|10才|女性|攻撃
  • 似て非なる二人の想い
    アヴニールaa4966hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
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