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【愚神共宴】連動シナリオ

【共宴】この手紙を読んでいる頃

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
4日
完成日
2018/05/01 20:26

掲示板

オープニング

●ジャスト・トゥルー
 僕の名前は庄戸ミチル。
 リンカーでもなんでもないただの人間で、フリーのライターをしています。
 取り扱うのは主にジャーナル。それも、リンカーや愚神に関した記事を書いています。
 昔は、私怨からH.O.P.E.へのヘイト記事を書いていたけれど……今は違う。世辞も偏見も私怨も抜きで、H.O.P.E.という存在を――リンカーと英雄の活動を、そして愚神やヴィランというものの恐ろしさを、正しく世に伝える為に奮闘しています。

 前置きはこの辺に。
 昨今の善性愚神問題については、きっと僕よりも皆様の方が存じ上げていることでしょう。
 おそらく、信じたいけれど信じがたい、そう思われている方もおられるのではないでしょうか。
 あるいは、アルター社も善性愚神も真っ黒だと、そんな強い疑いはあれど確証がなく、ヤキモキしている方もおられるかと思います。
 正直。僕は後者です。対民衆においてアルター社ほどの権力があれば右に出る者はいないでしょうし。そこに愚神がなにかしら細工でもすればば尚更でしょう。
 僕は一人の人間として、愚神を受け入れることはできません。アルター社についても、疑いの目を向けています。
 この言葉を、よく覚えていて下さい。

 さて。

 皆様がこの手紙を読んでいる頃、僕は僕でなくなっているかもしれません。
 なので、H.O.P.E.の皆様を信じて、この手紙を送ります。
 この手紙は三月上旬にしたためました。もし、この手紙が届いてしばらくの日が過ぎた後、僕の意見が変わっていれば、あるいは殺害されていれば……それは愚神・アルター社が黒だという何よりの証拠になります。
 なので、皆様にとっての“今”の僕に会いに来て下さい。くれぐれも、このことは誰にも知らさないで。特に愚神とアルター社に漏れないように。極秘の内に成して下さい。正式に依頼として申請させて頂きます。
 自分を犠牲にするなんて言い方もできるでしょうか。皆様にとっては不快なことをしたと、先にお詫び申し上げます。それでもこう言わせて下さい。
 少しでも皆様の力になれれば幸いです。
 どうか僕に代わって真実を暴いて下さい。
 それだけが僕の望みです。


●灰にて足掻く
 閉め切られたブリーフィングルーム。
 そこには君達と、オペレーター綾羽璃歌、そしてH.O.P.E.会長ジャスティンその人がいた。

 ――これは極秘任務である。

 そう言って、会長は懐から一通の手紙を取り出して、瑠歌へと手渡した。彼女が集ったエージェントの前で、庄戸ミチルの手紙を読み終えたのはつい今の出来事である。
「この手紙は正真正銘、三月上旬に、ミチル君本人から直接私に手渡された手紙だ」
 ジャスティンが真剣な眼差しで君達を見やる。それから、手紙の存在を公にせず長らく黙っていたことについて詫びた。だが大々的にすれば、それこそミチルの暗殺すら有り得ぬ話と呼べなくなってきてしまう。その上、その暗殺を「ただの不慮の事故」などと握り潰される可能性も。
「極秘任務……そう、諸君のこれよりの活動は、決して察せられてはいけないのだよ。善性愚神にも、アルター社にも。諸君にはこれより、ミチル君の自宅を訪問してもらう。アポなしで行くのはマナーに反して心苦しいが――」
 前述の通り。此度は電撃的になさねばならないのだ。
「――見極めて欲しい。真実を」
 真実を見極める。曖昧なオーダーであるが。中には愚神を疑いたくない者もいるだろう。であるからこそ、本当のことを調べねばなるまい。
「私からは以上だよ」と老紳士は言った。続きはオペレーターが請け負う。状況の説明をしつつ――それから、瑠歌が口を開いた。そのかんばせは、少し疲労が溜まって焦燥しているようにも見えた。
「実を言うと、ですね」
 そう切り出したものの。彼女は寸の間のためらいを見せた。だが、覚悟を決めてこう語り始める。
「……私の中に、善性愚神を信じたいという気持ちがあるのです。H.O.P.E.オペレーターとして、これまで数多くの愚神事件を担当して、愚神は人類の敵だと、害意に溢れた侵略者なのだと……ずっと、そう思ってきたのに」
 瑠歌はこう続ける。H.O.P.E.とは無関係の友人は善性愚神を歓迎している。それが当然、そうでない方がおかしい――そんな暗黙の了解、風潮がある。驚くべきことは、もともと愚神に対し否定的・憎悪すら抱いていた者ですらそう言い始めていることだ、と。
 オペレーターは寸の間、会長へ視線をやった。ジャスティンが頷きを返す。極秘任務であれば、状況解説は会長一人でも足りた筈だ。英雄も二人いる。それでもここに非リンカーである瑠歌がいるのには、思惑があってのことなのだろう。
「私は――私は皆様を信じています。これまでも、そしてこれからも、ずっと。これは私の、ずっとずっと変わらない、皆様への信頼、そして私の戦い方」
 その目に嘘はなく、そしていつも君達が本部で見る綾羽璃歌その人の眼差しだった。
「不思議だと思っていたんです。世間の人々は次々と善性愚神に賛同しています。ですが、私を始めとしたH.O.P.E.関連の非リンカーにはその兆候が薄いと。尤も、そうでない人も中にはいますし、ひょっとしたら時間が経てば、私の中の“愚神を信じたい”という気持ちが大きくなるのかもしれませんが……」
 あくまでも私の憶測ですが、と確定事項ではないことを付け加え。彼女は推察を口にした。
「そしてこう思ったのです。私が“私”であれるのは、皆様との関わりゆえではないか、と。……ライヴスが云々、という話ではなく。その……根性論のようで曖昧で申し訳ないのですが、例えるならば絆でしょうか。皆様の言葉、態度、姿勢。それを間近で見ていたからでは、と。
 なので……もしミチルさんがミチルさんでなかったら。皆様の言葉で、皆様の態度で、彼は彼自身を取り戻せるかもしれません。だからどうか――」
 声を詰まらせた。目元を拭う。怖いのだ。彼女は力を持たない人間。蹂躙される側の存在。変わりゆく周囲。可笑しいと思っても拭えぬ違和感。それに対する不安。世界が足元からガラガラと崩れていくような。例えるなら、死ぬと分かった状況でじわじわと死んでいくことへの恐怖が近いだろうか。
 だが、彼女はただの人なれど、君達の仲間――戦う者だった。表情を引き結び、いつもの瑠歌の眼差しで、声音で、君達を心から激励する。

「どうか……ご健闘を御祈り申し上げます、H.O.P.E.エージェントの皆々様!」
 

解説

●目標
 真実を確かめる。
(PL情報:ミチルを正気に戻し、善性愚神・アルター社に関する情報を最低でも一つ以上は入手すること)

●登場
庄戸 ミチル(ショウド・-)
 外見は大学生ぐらいの、どこにでもいそうな青年。
(以下PL情報)
 突然訪問した君達に驚きを見せることだろう。怪しまれないよう注意。強引・不審であれば家に入れてくれない可能性。
 善性愚神賛同派になっている。
 君達が善性愚神やアルター社を疑う言葉を口にすれば、「君達は謝罪する者すら罰するのか」「アルター社は善性愚神と人間の懸け橋になってくれている」「武力を用いず平和な社会になれるんだ」と言うだろう。
 正気に戻っていないまま家宅捜査をしようとすれば、非常に警戒・批難し、警察に通報や、逃走などを試みる。暴力的・脅迫的行為をすれば即刻アウト、シナリオ結果「大失敗」の危険性超絶。
 スキル『支配者の言葉』は意味がない。嘘ではないからだ。バッドステータス回復スキルも意味がない。これはミチルに特別なプロテクトがかけられているからではない。
(ここまで)

※ここに記載されていない未知の戦力が登場することはない(戦闘プレイングは不要)

●状況
 ミチルの自宅アパートの扉の前からリプレイスタート。
「敵性戦力に察させない」ことが重要な為、事前の連絡などはなく突発的な訪問という形になっている。
 アパートは一人暮らし用の狭いもの。資料などが溢れており、あまり片付いているとは言えない。玄関には花が活けてある。
 周囲はありふれた町。時間帯は日中。

(以下PL情報)
・アルター社へ取材を行った記録が隠されている。
・三月からの手記が隠されている。疑念から賛同へ変貌していく彼の様子が……?
・パソコン。スマホ。目ぼしいデータはない。だが削除されたものを復元できれば? 破壊されず持ち帰りたい。
(ここまで)

リプレイ

●燻り

 町は平和だ。
 初夏めいてきた季節、桜は青々とした若葉を空に広げている。
 変わらない日常。
 なんてことない午後。
 ありふれたアパート。

「この機会を待っていた」
 琥烏堂 為久(aa5425hero001)は狐面の奥から、件のアパートを見上げていた。
「彼の持つ情報は戦局を左右する。慎重に行くよ」
「うん、兄様」
 隣で頷いたのは琥烏堂 晴久(aa5425)だ。
「三月上旬と言えば、梅見のニュースが流れる前だね。庄戸さんは覚えてないのかな? 手紙を出したこと、疑ってたこと……」
 彼はライターだ、何も記録してないとは考え難い。そう思いつつ、晴久は件の部屋を見つめていた。見やる部屋はカーテンで閉ざされていて、中を窺い知ることはできない。
「必ず見つけるよ。……感情も、あなた自身も……取り戻させるからね」

 庄戸ミチル――非リンカー、一般人のライター。
 彼から謎めいた手紙を受け取ったH.O.P.E.は、極秘任務として六組のエージェントを派遣。

 ――今日は世界の命運を分ける日。
 そう表現しても、誇張ではないのかもしれなかった。

「……と、いうわけなんだ。できるか?」
 ミチルの部屋に向かいつつ、(HN)井合 アイ(aa0422hero002)は九重 陸(aa0422)に小声気味に今回の作戦を改めて囁いた。仮面の少年は溜息を吐く。
「正直、気は進みませんが……お芝居だと思えば……」
「ああ、それでいい。表立って話すのは俺がやるから、お前は話を合わせてくれ」

 かん、かん、かん、足音が響く。
 そうして間もなく、目的地のフロア。目的地のドアの前。
 インターホンを押したのは、ミチルと顔見知りである大宮 朝霞(aa0476)だ。英雄のニクノイーサ(aa0476hero001)も傍に控えている。

 ぴーんぽーん……。

 ありふれた音だ。間もなくして、ドアの向こうで足音が聞こえて、インターホン越しに「はい?」とミチルの声がした。
「こんにちは、大宮朝霞です。覚えてますか?」
『ああ、大宮さん――お久し振りです』
 見知った顔、それも命の恩人に、ミチルの声音に警戒などは見られなかった。程なくして、扉が開く。
「こんにちは。……あれ? エージェントさんお揃いで――」
「おひさしぶりなんだよーっ!」
 ミチルが顔を出すや、彼に熱烈なハグをしたのはザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)だった。
「ルゥのことおぼえてる? おぼえてるっ?」
「ああ、ルゥさん! お久しぶりです」
 ぽんぽんと軽く少女の背中をたたき、ミチルはハグに応えた。ミチルの外見にこれといった変化はない。が、彼は六組のエージェント達の来訪に些か驚いたようだ。見知った顔や、報告書などで良く見られる有名なリンカーもいるがゆえ、疑いの念はないようだが。
「もしかして、何か依頼で来られたのでしょうか?」
 ああ、と苦笑しながらミチルが言う。基本的にエージェントがチームを組んで任務にあたることを彼は知っていた。「ご連絡いただければ掃除したのに」と冗句っぽく肩を竦める。
「急にすまんね。まあ、そんな感じだ」
 ルゥルゥの首根っこを掴んで引っぺがしつつ(「きゃー!」と少女は楽しそうに笑った)、鵜鬱鷹 武之(aa3506)が常の気だるげな様子で答えた。
「あなたが善性愚神賛同派のライターさん?」
 と、晴久が声を潜めつつ――まるで反対派を警戒するかのように――問うた。
「ええ、そうですが」
 何気ない物言いである。だがそれはミチルが“変わってしまったこと”の何よりの証拠で、あの手紙のことを思い返せば不気味な心地を覚えずにはいられなかった。とはいえ、晴久はそれを顔に出すことはなく、言葉を続けた。
「ボクは琥烏堂晴久。善性愚神との共存の道を探してる。賛成派がいるって聞いて、いても立ってもいられなくて……突然の訪問でごめんなさい。お話させてもらってもいいかな?」
「今度、善性愚神についての記事をお願いしたくて。それで無理にお願いしてついて来ちゃいました」
 卸 蘿蔔(aa0405)もそれに続き、名刺を差し出す。「急に申し訳ございません」とレオンハルト(aa0405hero001)も丁寧にお辞儀をした。
「いわゆる陣中見舞いってやつね!」
 朝霞は快活に笑んだ。「なるほど」とミチルは頷く。確かに、愚神反対派の人間にとってはこの来訪は阻害したいようなことだろう、だからこっそりアポなしで……とミチルは結論付けたようだ。
「いやぁほんと、急に押しかけてすまないね。これ、お詫びというか、手土産というか。嫌いじゃなければ受け取ってくれ」
 彼が頷いたのを確かめてから、アイは持ってきた紅茶入りクッキーの袋を差し出す。……奇しくも、晴久、蘿蔔もお菓子を差し出そうとしている只中で。
「あはは……こんなにいっぱい食べきれないですよ」
 ミチルは苦笑しつつも礼を述べ、「分かりました、どうぞ」と一同を部屋へ手招いた。エージェントへの敵意や警戒心は、今のところないようである。



●剥ぐ
 時は少し遡り、一同が出発する前の話。
 世良 杏奈(aa3447)はミチルの手紙のコピーをH.O.P.E.に要請しつつ、更にもう一点の要請を出した。原本の手紙、その表面や書かれたインクの成分分析である。
 結論として――手紙やインクに不審な点は見当たらなかった。だが杏奈は一つの懸念に目星をつけていた。

「アルター社が精神操作を引き起こす何かを自社製品に入れて、善性愚神やアルター社に賛同する思考を世界中に広めているのではないか」

 ゆえに、まずオペレーターの綾羽璃歌に「今年に入ってから三月までの間に、アルター社製の日用品等を使わなかったか?」と聞き込みを行った。答えはイエス。彼女はアルター社製の化粧品を使っていた。尤も、この世論の異様さに気味が悪くなって、使うのを止めたそうだが。商品についての詳細も教えて貰った。男性であるミチルの家に化粧品があるとはあまり期待できないが、重要な証言である。しかと記憶しておく。

 ――そうして、今に至る。

「私は世良 杏奈と申します。どうぞよろしく」
「ルナよ。よろしくね」
 初対面ゆえ、ルナ(aa3447hero001)と共に自己紹介を。そういうわけで一先ず警戒されずにミチルの家への潜入に成功したエージェントであるが……英雄も含めると十二人、一人暮らしの部屋にはちょっと狭いかも。その上、資料やらで散らかっているので尚更だ。
「あー……ほんとごめんなさい。何人か共鳴して頂いても?」
 困ったようにミチルがそう言った。
「うん……これはまあ……そうしましょ」
 狭いがゆえに杏奈に抱っこされていた状態で、ルナが肩を竦めた。「そうですね」と杏奈も困った笑みを浮かべるが――ラッキーだ。元々、共鳴してからやりたいこともあった。怪しまれずに共鳴の手段を得られたのは都合がいい。というわけで、杏奈とルナは共鳴を果たす。現れるのは紅いドレスの麗しき乙女。いつもは赤いピンヒールだが、今日は室内なので、ちゃんと脱いでいる状態だ。乙女のマナーである。ほら、フローリング傷つけちゃうし。
「じゃあ、私達も共鳴しますか」
 杏奈からニクノイーサへ視線を移し、朝霞が頷いた。「え?」とニクノイーサが目を丸くするのをよそに、彼女はミチルを見やって、
「ところで、庄戸さんは最近のウラワンダーの活躍、どう思います?」
「ああ――ご活躍はかねがね。素晴らしいと思いますよ」
「ですよね! ありがとうございます!」
 食い気味の「ですよね」であった。その自信、逆にリスペクトだとニクノイーサは遠い目をする。朝霞は得意気に続けた。
「そうだ、私のファンになってませんか? せっかくだし変身シーンを魅せてあげますね!」
「は!? まさかココで変身する気か?」
「ファンサービスよ! ニックもシャンと立つ! 変身、ミラクル☆トランスフォーム!」
 ビシィ! ――普段よりちょっとこじんまりとした変身ポーズであるが、朝霞はニクノイーサと共鳴し聖霊紫帝闘士ウラワンダーに変身する。マントを靡かせすぎてちょっと山積みの資料がふわっと飛んだ。
『まったく……極秘任務だと言われただろう』
 ライヴス内で朝霞にだけ呟きつつ、ニクノイーサはライヴスの流出を最小限に抑える。一方、ミチルは「おーかっこいい」と小さく拍手していた。
「……俺達も共鳴しておくか。ぎゅうぎゅう詰めだと話もし辛いしな。陸、いいな?」
 アイが陸を見やる。「構いませんよ」と陸は頷いた。元々、愚神への嫌悪感を押し殺さねばならないという気の進まない状態だった。体の主導権をアイに預けられるのならば、変に芝居をしたり気を使わなくていい。というわけで、二人も共鳴。見た目は陸であるが、今はアイが言動を行うので、ここではアイと呼称した方がいいだろう。

 さて、そんなわけで。
「人数分の食器がなくてすいません」と、ミチルが紙コップにお茶を淹れてくれる。一人暮らし用ゆえに狭いテーブルだが、そこにエージェント達が持ってきたお菓子も広げた。

(彼が噂のミチル君か……)
 お茶やお菓子を用意してくれている彼を、アイはそれとなく観察している。
(妄想が出るほど精神を病んでいるようには見えないな。……尤も、臨床心理学はライヴスによる洗脳なんて想定してやしないんだが)
 それから部屋を見、玄関で見つけた花に思いを馳せる。
(急に来たので部屋は散らかっているが……花が活けてある……? 雑なんだかマメなんだか……)
 武之もまた、アイと同様に周囲を怪しまれない程度に見渡していた。
「そういえば、あの花は何か理由があるのかい?」
 武之が問うたのは玄関の花についてだ。亡き母親への献花だろうか? 花はパッと見て手入れをしたような痕跡は見当たらなかったが――例えるなら、花の知識のない素人がそのまま貰った花を花瓶に挿した感じ――瑞々しく咲いている。
「お花綺麗ですね! お好きなんですか? ……近くで見ても構いませんか?」
 蘿蔔も花に関して問う。「ええ、どうぞ」とミチルは答えつつ、「理由、ですか?」と武之の言葉に首を傾げた。
「あれは君が? この部屋を見る限りじゃ、急な来客を想定していた風には見えないけど……なにか思い入れでもあるのかな」
 アイも重ねて問う。「ああ、」とミチルは答え始める。
「アルター社に取材に行ったんですよね。その時に貰ったんです」
 その言葉を、蘿蔔は背中で聴きつつ花を見る。盗聴器やカメラ、そういったものは仕掛けられていないようだ。その間にも、仲間とミチルの会話は続く。
「アルター社……ってことはヘイシズと会ったのか?」
 武之が問う。
「いえ、忙しかったみたいで。直接取材をしたかったんですが、結局会えず仕舞いでした。後日、せめてものお詫びってことで家に届いたんです。新種だそうで、凄いですよね、長持ちする花なんですって。綺麗でしょ?」
「長持ち……取材に行ったのはいつ? アルター社ってアメリカだよな……」
「先月ですね。そう、アメリカ。飛行機で。大変でした」
「ほー……そりゃご苦労さん。ヘイシズ以外の、他の善性愚神へも取材はしたのか?」
「いいえ、特には」
「……どうしてヘイシズに取材をしようと?」
「善性愚神のことを、色々聞こうと思って。会えなかったので、代わりに社員の方とちょっとやり取りしましたけどね」
 失礼します、と貰ったクッキーを頬張りつつ、ミチルは言葉を続ける。
「やっぱり、善性愚神は我々人類の友です。秩序と、そして良き未来を約束してくれます。……社員の方もそう仰っておられました」
 武之とミチルのそんなやりとりに、為久は面の奥で眉根を寄せる。
(元々疑っててすら、これか)
 思いつつ、隣の晴久に視線を送る。頷いた晴久が、ミチルに質問を投げかけた。
「ボクが共存を探すのは、善性愚神とちょっとした縁があるからなんだけど、あなたは?」
「善性愚神について庄戸さんの意見をききたいんです」
 朝霞も問いを重ねた。クッキーを飲み込んだミチルが不快感も皆無に返答をする。
「述べた通りですよ。善性愚神と人類の未来は明るいんですから」
 およそ、嘘を吐いている者の目ではなかった。
(おいおい……)
 ライヴス内で、ニクノイーサは見えないのをいいことに露骨に顔をしかめる。「中立的な視点で意見をもらえると思って」――と言葉を用意していたが、こいつは中立どころの話じゃない、ズブズブの賛同派だ。手紙の内容に大きく反する。
(ミチル君は確か、グリムローゼ達に追いかけ回されて怖い思いをしたはず。人間はそう簡単には変われないものよ? この短期間で主張がひっくり返るなんてやっぱりおかしいわ!)
 心の中で違和感を確信に変えつつ、杏奈は「そう」とミチルに穏やかに笑みを向けた。
「取材の話だけれど、特に会ってみたい人はいる?」
「そうですね……愚神の方々が語る、『王』という存在には非常に興味があります」
「お仕事熱心なんだね!」
 そう言ったのは晴久だ。
「ねえねえ、ボクのインタビューで善性愚神の特集を組むのはどう!?」
「ふむ……H.O.P.E.の方々の生の声を聴けるのは良い機会ですしね、是非。じゃあ、ちょっと録音しても?」
 と、ミチルがゴソゴソと取り出したのはボイスレコーダーだ。
「それ、取材道具? 他には何使ってるの?」
 晴久が問う。
「そうですね。他には……まあ、パソコンとか筆記用具とか。あと護身用の催涙スプレーとか」
「さ、催涙スプレー……」
「使ったことないですけどね! 昔に買ってそのままで、使用期限過ぎてるかも」
 笑いつつ、ミチルはボイスレコーダーをオンにして、机の上に置いた。では、と晴久は問いかける。
「三月あたりから善性の皆がテレビに出始めたんだよね。庄戸さんは彼らに取材に行かなかったの?」
「ヘイシズに取材しようとして……というのはさっき話した通りです。アッシェグルートはなかなかアポが取れないのと、パンドラは……、マガツヒ関連で、……ああ、いや、でも、今は信じていますよ。ヴァルヴァラはH.O.P.E.にいるんで、僕がわざわざ出向く必要もないかなと」
 パンドラ、マガツヒ、の部分でミチルがわずかながら言葉を詰まらせたのは、誰もが察知した。
(彼らを疑った気持ちを忘れてるなら……どうか思い出して)
 晴久は心の中で強く願う。その想いは蘿蔔も同じ。今度は彼女が、レオンハルトと共に口を開く。
「任務で一度、邪英化を経験したことがあります。その時は破壊衝動を抑えることができなかった。自分の意思でないものに思考を支配される――愚神とはそういうものなのでしょうから、それに打ち勝った彼らは尊敬に値します」
 レオンハルトが静かに言う。
「善性愚神の皆さんには、受け入れ寄り添おうとしてくれる人がいたかもしれませんね。悪性と謳われた愚神ですら、歩み寄れば微笑んでくれました。早くそうしていれば、今頃彼女も――と、思ってしまいます」
 蘿蔔もそう続けた。――オペレーターの話を愚神に置き換え、遠回しに洗脳について示唆している。
「ええ、本当に。これからは、きっとよりよくなっていきますよ」
 ミチルが頷く。「そうですね」と蘿蔔も頷きを返し、「けれど」と考える仕草を見せる。
「気懸りなのは、否定派の方々のご意見ですね。何がそんなに不安なのでしょう。あ、いえ……そう言う方がいるのは当然なのです。でも愚神に家族を殺された私も、同じ境遇の人も彼らを受け入れつつありますし」
「愚神に、ご家族を……。僕も前に愚神に襲われて……」
 グリムローゼの一件のことだ。アイは目を通して置いた報告書のことを思い返しつつ……ふと、無意識的に左腕が強張るのを感じた。体の主導権はアイなれど、共鳴によって混じる陸の心は“愚神”という言葉にどうも反応してしまう。
(無意識でやっているのだろうが……。一時的とはいえ、腕を喰い切られたことが相当、精神的に来てるようだ)
 左腕を千切られ、殺されかけ、挙句には邪英化して。今は奇跡的に復帰したものの、気丈でいろと言われる方が難しいオーダーで。
 さて。その動きをミチルに悟られないようにしつつ、アイは引き続き、彼と蘿蔔のやり取りに意識を傾ける。
「――、」
 ミチルは眉根を寄せて、怪訝気な様子を見せる。エージェントへの警戒心ではない、自らへの違和感だ。
「そう……マガツヒのエネミーから脅迫文が届いて、それで――愚神が……いや、でも今は彼等だって贖罪を希望されておられるのです。今はそう思っています」
「今は、ということは、前はそうではなかったのでしょうか? 善性愚神を信じようと思ったきっかけを教えて欲しいです!」
 蘿蔔が、穏やかな声で問いを重ねる。
「前は……前? そう、いや、……あれ? きっかけですか? それは彼らが人類と共に歩みたいと……平和的に……」
「そうだね。彼らが謝罪し、心を入れ替えたのなら、俺たちもそれを受け入れるべきだ。これまで愚神の被害に遭った人たちも、それを望んでいるだろう」
 惑うているミチルに対し、アイが言葉を受け継いだ。
「先日はエネミーとかいうヴィランが敵性愚神を伴って大暴れしてくれてね、本当に大変だったよ。不幸なことに亡くなった市民もいる……新しい試みに犠牲はつきものだが、悲しいことだ。別件でこそあるが、きみもエネミーの被害者だそうだね」
「ええ、本当に。あのヴィラン……マガツヒは赦せません」
「しかし、随分な心境の変化だね? きみ、以前エージェントがロリコンだなんだと言っていたそうじゃないか。ヴァルヴァラを受け入れた我々H.O.P.E.を、今回のことは批判しないのかい?」
「そんな、むしろ逆ですよ。英断だと思っています。H.O.P.E.をアンチしていたのは……謝っても許してもらえることではないですが。……心境の変化? 何か僕、変わりましたか?」
 ミチルは本当に不思議そうに首を傾げた。「そうだな」と頷いたのは武之だ。
「俺の知ってる君は、もう少し物事を俯瞰的に見てたと思うけど。何がそこまで変えたのかな?」
「え……あはは。やだなぁ。変わったこと、なんて、……」
「善性愚神が素晴らしいのは、彼等が謝罪とか贖罪とか平和的とかそういうアレだから……って言ってたけど。それは善性愚神の言い分だよね。君は何に共感して賛成してるのかを、君の言葉で教えて欲しいな」
「……、……」
 ミチルが視線を逸らした。彼の中の“自分への違和感”は大きくなっているようだった。何かがおかしいと気付き始めている。だが、何が? 掴みそうで掴み取れない心地に、益々ミチルは黙り込む。
「ぜんぜーぐしんはすきだけど……ルゥはきらい?」
 と、ルゥルゥが眉尻を下げてミチルを見上げた。「いえ、そんな」とミチルはすぐさま否定する。そのやり取りから、“変わってしまった”にしても、かつてのようなH.O.P.E.アンチになったということではないと確かに窺い知れるだろう。
(方法はわからないけど、善性愚神は人間に何らかの干渉をしているみたい)
 ライヴス内で、朝霞はニクノイーサにそう呟いた。『だろうな』と相棒は同感する。
『問題は、どうやってミチルを正気に戻すかだが』
(そんなの決まってるじゃない!)
 ニクノイーサにそう答え、朝霞は凛とミチルを見据えた。
「思い出してください、庄戸さん。私達が初めて会ったファミレスでのこと。マガツヒの罠でトリブヌス級と一戦交えた深夜の公園。今の庄戸さんなら、善性愚神もアルター社も、公平な目ではっきり見極められるはずです! もう一度、よく考えてみて!」
「……! いや、そんな、昔? ……僕は――」
 否定めいたことを言うが、ミチルの言葉は反論として形を成していなかった。朝霞の真っ直ぐな目から逃れるような仕草。

 エージェントの言葉は巧みであった。真っ向から否定していれば、ミチルはエージェントらを胡乱に思い警戒したことだろう。彼らはまずは同意を示し、次第にミチルが自ずと自らの異変に目を向けるように促していった。それが功を奏したのだ。
 ミチルは悩んでいる。惑っている。あと一歩、大きなきっかけがあれば。

 ――そのための必殺の武器ならば、エージェントは既に揃えていた。

「ミチル君、これを」
 静かな声だった。杏奈がそっと、彼に一通の封筒を差し出す。それを受け取った彼は、封筒に書かれていた名に目を見開く。
「これ、僕が出した手紙……?」
 尤もそれは彼が出したもののコピーではあるが、改竄も何もしていないもの、内容は全く同一だ。
「覚えてないかしら? それを書いたことを、“何を”書いたのかを」
 杏奈の問いに、ミチルは黙っているが、その困惑した様子から想定外だったことが窺い知れた。おそらく、全く身に覚えがないのだろう。だが書かれている手書きの文字は確かにミチル本人の筆跡だ。
「君が残した物だ。君は、その時の君を信じたらいい」
 為久が手紙の内容を確認するように促した。冷や汗を伝わせながら、それでもミチルはエージェント達を見、しっかと頷く。もし手紙をいきなり見せていれば、ミチルは「冗談ですか?」とエージェントらを疑ったことだろう。エージェントへ不信感を抱いたまま手紙を読んでいれば、疑念と言うフィルターに曇り、内容も響くはずがなかっただろう。ミチルがミチル自身に違和感を抱いている今だからこそ、彼は素直にそれを受け取り、受け入れ、読むことを決意した。
「大丈夫ですよ。私たちが付いてます」
 震える手で封筒の中から手紙を取り出したミチルに、蘿蔔はそう呼びかける。動揺、無理もなかろう。もし己が彼の立場だとして。自分が気付かない内に変質してしまっていて。それを知ってしまったのならば。
「ありがとうございます。……では」
 蘿蔔に礼を述べて。ミチルは手紙を開き、読み始めた――。



●至る01
「……大丈夫か?」
 ベッドに横たえたミチルを、アイが心配そうに覗き込む。
「大丈夫です……」
 彼はそう答えるが、顔色は良くない。

 あの手紙を読んだ後。
 ミチルは「思い出した……」と呆然と呟き、血の気の失せた顔をした。
 彼の疑念は、確信に、そして真実へと姿を変えた。
 そう、彼は“変わってしまっていた”。だが、エージェント達がその変化に気付かせ、ミチルは本来の自分を取り戻したのだ。尤も――自分が変貌していたことに気付いた精神的なショックで、ふらつくほどになってしまったが。

「この手紙は、確かに僕が書いたものです。書いた時のこと、どうしてそれを書いたのか……ハッキリ思い出しました。すいません、ご迷惑をおかけしました。……でも、皆様の御役に立てて、少し誇らしい気持ちもあります」
 ミチルは苦笑しながら上体を起こした。その笑みを見て、エージェントは確信できる。彼はかつてのミチルなのだと。
「助けにきましたよ、庄戸さん」
「まったく無茶をしやがる。だが見直したぜ」
 朝霞とニクノイーサは共鳴を解きつつ、安堵の笑みを彼に向けた。「何度も助けて頂いてありがとうございます、ウラワンダーさん」と彼が礼を述べれば、朝霞は堂々とし、ニクノイーサはちょっと恥ずかしくなった。
「……正直、凄く恐ろしいです。あんなにも愚神を疑っていたのに、“変えられてしまった”なんて」
 一間の後、ミチルは俯く。手はわずかに震えていた。ここまでの洗脳、およそ人の成せる業ではない。では誰がこんなことを。その答えは……言わずもがな。
「やっぱり、善性愚神っていうのはハッタリです。……洗脳なんか使って。恐怖政治と一緒じゃないですか」

 その言葉に、今起きた出来事に。
 居合わせたエージェントは何を思っただろうか。その胸中は彼等のみぞ知ることだろう。
 善性愚神の善は偽りであった。人類にとっては間違いなく悪だ――。

「手紙には貴重な情報が詰まっていたよ。流石ライターだね」
 ヴァルヴァラの笑顔をかすかに思い出しつつ、晴久はミチルに言葉を紡ぐ。
「あなたは、何を知ったの? 
「ええ、思い出しました。それはもう、色々と調べていました」
 頷くミチルに、朝霞とニクノイーサが問いかけた。
「アルター社や善性愚神を取材してたんですよね。できればH.O.P.E.に情報提供をお願いしたいのですけど」
「この部屋、物色させてもらってかわまないか?」
「ええ、もちろん、もちろん! その為に……そうだ、そうだった、その為にこうやって散らかしておいたんだ。どこにしまったのかを忘れられるように。“変な気”を起こして情報を消さないように」
 それでこの部屋は資料まみれになっていたようだ。このゴチャゴチャとした部屋は、戦えない人間がせめてと愚神に抗った痕であった。
(やっぱり、か……)
 武之の予想が的中した。“木を隠すなら森の中”理論だ。が、無垢なルゥルゥにはそんな難しい話は分からないようで。
「おへやきたないんだよ! おそうじしないとなんだよ!」
 ズバッと言う。けれど今のミチルには、ルゥルゥの振る舞いは心の清涼剤になったようで。青年は笑って肩を竦めた。
「うん、じゃあ、皆で大掃除しようか」

 ――というわけで。

 一同は手分けして、情報の断片を集めるべくミチルの家の中の捜索を始める。
「マガツヒと彼らとの関係で知ってることはない?」
 雑に積まれた資料を一枚一枚確認しつつ、晴久が問うた。
「うーん……それは残念ながら。エネミーの事件を見るに、今回のこの愚神問題はマガツヒが起こした事件でないことは予想されますが」
「そっか。別の質問になるけど……愚神の主従関係を断つ研究のことって、聞いたことある?」
「ちょっと聞いたことないですね……お役に立てず申し訳ない」
「ううん! 謝ることじゃないよー」
 晴久は笑んでみせる。
(ヴァルちゃんが操られてる線は、まだ消えてないんだよ……)
 心に一つの希望を抱きながら。それを顔に出すことはなく、言葉を続けた。
「取材の道具、全部H.O.P.E.で調べさせてもらっていいかな?」
「それは勿論、持って行って下さい。気になるものはどんどんどうぞ」
 パソコン、スマホ、USBデータetc……。どんなものでもH.O.P.E.の方で回収しても構わない、とミチルは全面協力の姿勢だ。「ありがとう」とアイは礼を述べる。
「君の掴んだ手がかりが、世界を救うかもしれないんだ」
「そうなったら、僕ってばヒーローですね。あはは……仕事増えるといいなぁ」
 その声を聞きつつ、蘿蔔はレオンハルトと共に部屋を調べてゆく。
「そっちはどう?」
「大丈夫そうだ」
 二人が気にしていたのは、爆発物などの危険物が仕掛けられてないかどうかだ。幸い、そのようなものは見受けられず一安心である。加えて、盗聴器や隠しカメラなどの不審物も見当たらなかった。
「今の状況が何者かに筒抜け……ということはなさそうです、一先ずは」
 レオンハルトが一同を見渡し、調査の結果を伝えた。
「ええ、こっちもマナチェイサーで調べてみたけれど、妙なライヴスは見当たらなかったわ」
 言葉を続けたのは杏奈だ。そのまま、ミチルへ問いかける。任務前に瑠歌に問うた言葉と同じ内容――
 ゆえに、まずオペレーターの綾羽璃歌に「今年に入ってから三月までの間に、アルター社製の日用品等を使わなかったか」だ。
「アルター社の日用品……、」
 ミチルは苦い顔で額を抑える。最初は気味が悪いから使わないようにしていたけれど、おかしくなってからはそれもできなくなった。つまり割と使っていた、と。
「あ! それから。あの花と一緒に、化粧品のサンプルも貰ったんです。メンズ用の。使わずにそのまま……どっかにしまったはず」
「ありがとう。……ふう、まるで年末の大掃除ね」
 杏奈は肩を竦めた。うずたかく積まれた資料を動かせば埃が舞う。ライヴス内で、ルナが『見てるだけでクシャミが出そう!』と顔をしかめた。
 しかしながら――アルター社が商品を介して人々の洗脳を行っていたとすると。では、一体どうやって? 人間が精製できる薬品を使うにしても、明らかに人の範疇を超えてはいないか? ……やはり愚神が手を加えているのか? 真の黒幕はアルター社? 愚神? それとも……?



●至る02
 ほどなくして、ミチルの手記、アルター社への取材記録、未開封の化粧品サンプルが発見される。

 取材記録については、ミチルが話した通りだ。ヘイシズには会えず、社員への取材となった。音声記録も残っている。愚神を疑うミチルに対し、社員が穏やかな声で愚神による世の平和を説き続けている辟易するようなものだった。

 手記。
「これをH.O.P.E.エージェントが探し当てることを祈ります」と序文が認められたそれの記録は、三月からという短い記録でこそあるが。
 内容は――「私は愚神を疑います」と一日一文書きつつ、彼の心境をメモのように綴ったものだった。端的にまとめよう。明らかに彼は日を追うごとに変貌していた。そのことへの恐怖、不安、絶望、焦燥が、走り書きの文字から生々しく伝わってきた。中には、「私は愚神を疑います」と書いたページを修正ペンで執拗に白く染めたページや、破り捨てられたページもあった。ミチルから「情報を消してしまうことを懸念して、パソコンやスマホの方にも記録を付けていました」と告白を受ける。削除されたデータを復元すれば、よりハッキリした手記としてのデータが発掘できるだろう。
 また、手記の中には注目すべき表記もあった。

『アッシェグルート。おかしい。芸能関係者が、まるで大御所のように扱っている。賄賂? コネ? 愚神が? ありえない。テレビ関係の愚神懐疑派だった知り合いも賛同派になっている』

 そのことに着目した晴久は、愚神アッシェグルートが出演した番組の放送日と手記の日付を照らし合わせた。決定的なものとして、手記内の番組の感想が必ず好印象なものであることを知る。
(……アッシェグルートは、クロ……?)
 疑念は募る。
 更にもう一点、手記には奇妙な一言が書かれていた。

『夢現の時に歌が聞こえる、ような気がする』

(歌……)
 アイのライヴス内で手記を見た陸は考える。歌、その言葉で連想できる愚神にガデンツァがいる。だが彼女は討たれたはず。記録はガデンツァが討たれる前の日付だが、もし――もし、“その歌が今も響いているとすれば?”
「花と言えば、愚神アルノルディイが連想できるわね」
 朝霞もまた、ニクノイーサに小声でそう持ちかける。視線は玄関で瑞々しく咲く花に注がれている。
「だが……ガデンツァもアルノルディイも悪性愚神だろ?」
 英雄は「もしかして」と眉根を寄せた。

 悪性も善性もなく、そもそも愚神が全てグルだったとしたら――?

 七十億人を超える地球人類の洗脳、数字にすれば有り得ない所業だ。
 されども、愚神十三騎と謳われるほど強力な愚神が複数手を組めばどうだ? 更にそこへ、人類側の超強力な権力が加われば?
 とは、いえ。
 歌も、花も、現時点では断片的な連想ゲームにすぎない。けれど、詳しく調べて真実を見極めることができる。
 ほぼ到達した真実。それはもう眼前にあり、手を伸ばせば掴むことができる。
 その為にも、エージェントらは発見した物品の回収とH.O.P.E.への提出を取り決めた。先ほどの通り、ミチルも快諾してくれている。

「ふー! おそうじ、おーわり!」

 ルゥルゥのその声で、ミチルの部屋の調査は終わった。カーテン越しの空は夕方になっていた。
「お疲れさん」
 働きたくないので、という理由で調査や掃除は他の人に任せていた武之であるが、労いの言葉はちゃんと口にする。「やれやれやっと終わったか」と、まるで一仕事終えたように肩を回した。
「あー。で、だ」
 そのまま武之はミチルを見やった。
「一応、盗聴器とかはなかったけど、今回のことが“向こう”にバレたらマズイだろうからさ」
「ええ……H.O.P.E.の方で庄戸さんを保護させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
 レオンハルトも言葉を重ねた。彼等の言う通り、万が一の危険性がある。特にミチルは一般人だ。低級の従魔一匹であろうと敵わない。
「いいんですか? それはもう是非とも。ちょうど、こっちから切り出そうかなとすら思っていたところで。お世話になります」
 ありがたい、とミチルは礼を述べた。となれば早速とミチルは簡単な荷造りを始める。ミチルの護送、エージェントの仕事はもう少しだけ続きそうだ。
「正気に戻ったようだが……しばらくは賛成派として生活してくれ。敵にバレては元も子もないからね」
 荷造りを手伝いつつ、為久が言う。「そうしますね」とミチルは頷いた。
「それから、勝手に取材に行ったりもするなよ。次も命がある保証はないんだ」
「意訳すると“自分のことも大事にしてね”、だよ」
 晴久が英雄の言葉に付け加えた。今回のミチルの行いは自己犠牲のそれであった。結果的に助かったとはいえ、手放しに褒められたものじゃない。二人の眼差しに、ミチルは謝罪を飲み込んで、笑んで見せた。
「仕事道具もまるっと提出してて持ち物もほぼスッカラカンですしね……お言葉に甘えて、しばらく休暇にしますよ」
「かといって変に旅行したりしないでくれよ」
 為久が釘を刺した。「その時は護衛をお願いします」と軽口が返って来たので、為久は肩を竦めた。
 と。そんなミチルに、抱き着いたのはルゥルゥだ。
「んー! なにかあったらね! 前みたいにぎゅーってしてあげるんだよ! だからだいじょーぶなんだよ!」
「……はい。ありがとうございます、本当に」
 その感謝は、ミチルの本当の心からの言葉だった。



●宴は共なるものか、狂いしものなのか
 かくして一同は任務を終えた。ミチルはH.O.P.E.の保護下に置かれ、安全な状況となった。いかに愚神といえどもおいそれとは手を出せまい。
 彼の家で見つかったものに関しては、片端からH.O.P.E.による調査が極秘裏に行われることとなる。
 ……今回の調査だけでなく、愚神に対する調査は他にも行われている。その結果も併せて、全ての真実が明らかになるのは間もなくだろう。

 蘿蔔は目まぐるしい情報や憶測に深呼吸し、心を鎮める。
 陸は左腕の疼きを抱え、愚神への敵意を固める。
 朝霞はヒロインとしての高潔な意志を持ち、明日へ臨む。
 武之は気だるげではあるが、見極めるべきものに刮目する。
 杏奈と晴久は、それでも尚、信じたいという一縷の望みに懸けていた。

 彼らに寄り添う英雄達の心もまた、万華鏡。
 ここにいる者達だけではない。ありとあらゆる想いの行き先は、如何に。



『了』

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避
  • 叛旗の先駆
    (HN)井合 アイaa0422hero002
    英雄|27才|男性|ブレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 駄菓子
    鵜鬱鷹 武之aa3506
    獣人|36才|男性|回避
  • 名を持つ者
    ザフル・アル・ルゥルゥaa3506hero001
    英雄|12才|女性|シャド
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
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