本部

比翼連理の生き残り

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/04/17 23:31

掲示板

オープニング

●過去の戦い
「兄さん――」
 少年は、自分と同じ顔をした青年を見つめる。
 彼らは一卵性の双子であった。遺伝子的にも同一あると証明されている二人は、まったく違う表情を浮かべる。
「兄さん――」
 泣きそうな顔で弟は兄を呼び、兄は微笑みながらそれに答えた。
「大丈夫だ。リョウ、お前は絶対に俺が助けてやるから」
 従魔に取り囲まれて、もはや生き残りは兄弟二人しかいなかった。そのなかで、双子の片割れは片方が生き残る選択をしたのである。
「愚神。俺のライブスも肉体も、全部やるから弟を家に帰してやってくれ」

●生き残りの情報
「フジミヤ兄弟の目撃情報が入りました」
 会議室に集まったリンカーに、H.O.P.Eの職員は資料を配る。資料には、そっくりな双子の写真が添付されていた。
「その二人は、H.O.P.Eのリンカーでした。そして……そのどちらかが、愚神にとりつかれているようなのです」
 資料を配られたリンカーたちは、首を捻る。
「どちらか、というと?」
「分からないんです。なにせ、彼らは双子で親でさえ見分けがつかないほどそっくりですから」
 フジミヤ兄弟は、主にペアで戦うことが多いリンカーであったらしい。しかし、先月の依頼の際に予想以上に多い従魔と愚神に遭遇し、一時音信不通になっている。その後、息も絶え絶えな双子の片割れが見つかったが、彼は搬送された病院から抜け出してしまった。
 その後、何件か「そっくりな双子が戦っていた」という目撃情報がH.O.P.Eの元に舞いこんできた。フジミヤ兄弟なのは目撃証言からいって明らかであったが、愚神になったのが兄か弟かがわからない。
「兄でも弟でも、愚神ならば倒せばいい」
 リンカーの一人が、そう発言する。
「単純に、そうはいかない理由があるんです。この双子、ちょっと変わった技を使うことで有名だったんです。比翼連理って彼らは呼んでいたんですけど……この技を互いに使えば、互いのステータスは高いほうに合わせられるんです。兄が防御力をあげる技を使って、双子がそれぞれ比翼連理を使えば弟の防御力も上がります。体力の回復についても、同じことができるそうです」
 この技を使えるのは、同じ遺伝子を持つ双子だけ。
 生まれる前から一緒だったから使えるのだ、と双子は言っていた。
「ですが、デメリットもあります。比翼連理を使用している最中に片方が強力なダメージを受けると、もう片方もそれに引きずられてしまうんです」
 比翼連理が発動しているならば、片方が死ねばもう片方も死んでしまう。
 職員は、そう語る。
「じゃあ、使わせなければいいんだな」
 リンカーの言葉に、職員は首を振る。
「愚神ではないほうの双子は、現れるたびに比翼連理を使用しています。今のところ、愚神は比翼連理を使っていませんが……追い詰められれば道連れにするために使うかもしれません」
 今はまだ、愚神が圧倒的に有利だから比翼連理を使わないだけかもしれない。
 だが、追い詰められれば使ってくる可能性がある。
 そうなれば、生き残った双子の片割れまで死ぬ。
「今回の依頼は、愚神の討伐です。そして、双子の片割れを救出してください。双子の片割れは、どうやら被害の出ないところを選んで愚神と戦ってるようです。ですから、次に現れるとしたらココでしょう」

●共に落ちるために
 ――コウ兄さん
 双子の片割れが、自分と同じ顔をした愚神に話しかける。一月前に、兄は自分を助けるために全てをなげうった。そして、兄と同じ姿――自分と同じ姿をした愚神は誕生した。
「おまえも、本当に飽きないな。その技、俺も使わないと意味がないんだろ」
 廃校になった学校の体育館。
 愚神と戦っても、巻き込まれる人間も、困る人間もいない。
「比翼連理の鳥は、それぞれ目が一つ、翼が一つしかない鳥なんだ。だから、常に一つになって飛ばなければならない。片方が死んだのならば、もう片方も死ぬのが道理だ」
 弟は、比翼連理を発動させる。
 兄も発動させなければ意味を成さない技を、彼はいつも序盤から使用する。
 弟は、兄を模した愚神を倒すことだけを望んでいた。そして、愚神が比翼連理を使用し、自分を道連れにすることを願っていた。

 けれども、その願いを妨害するリンカーたちの足音が近づいていることはまだ知らなかった。

解説

愚神討伐および双子の片割れの保護

体育館(15:00)――愚神を追い込んだ体育館。廃校になってしばらく経っているため、床が抜けてしまうところがある。一般的な体育館の設備はまだ残っているが、丈夫な建物ではない。

愚神(双子の兄)――愚神。両手に金属部品を使ったグローブ、両足に金属部品をつかったブーツを身に着けている。肉弾戦を好み、武器は使用しない。
無骨の心得……グローブやブーツにライブスを注入し、強化する。自身の防御力と攻撃力も上げることができる。
無骨な炎……拳や足に炎を纏わせる。自身の攻撃力も同時に上げる。
血肉から生まれたもの……愚神が出血した場合に発動する。愚神の血から、愚神と同じ形の敵が出現する。この敵は愚神が操るものであり、従魔ではない。愚神が倒されると消えてしまう。
無骨の拳……最大威力の技。大きく振りかぶるため隙が生まれるが、大地を割るほどの威力がある。
無骨の足蹴り……小回りが利く、攻撃。素早く動くことが可能であるため、無骨の拳と違い隙を作らずに攻撃ができる。
比翼連理……ステータスが高いほうの身体能力をコピーする。体力も片割れが高ければ、その分だけ回復する。片方が死んでしまうともう片方も死んでしまうという弱点を持つ。継続時間は10分程度。時間がくると自動的に切れるが、再発動は可能。

血肉から生まれたもの――愚神の血から生れ落ちた分身のようなもの。全てが愚神と同じ姿をしており、比翼連理意外の全ての技が使える。しかし、体力や攻撃力は愚神本体の半分以下である。愚神が出血を伴う攻撃を受けるたびに、一体出現する。

双子の片割れ――生き残った双子の片割れ。兄の姿を奪った愚神を憎悪しており、同時に助けられた自分の未熟さにも嫌気が刺している。最初から比翼連理を使用している。愚神に果敢に挑み、血肉から生まれたものが出現すると頭に血が上ってしまう。

PL情報――愚神が兄。生き残りが弟。

リプレイ

 ――比翼連理。
 それは、生まれる前は一つだった双子だからこそ使えるワザ。廃校になった体育館になかで、弟はその技を使う。死すら、共に分け合う技。自分と兄は生まれたときからいつも一緒であった。ならば、死ぬときも一緒であるべきだ。そんな、願いをこめた技を放つ。
「ハロハロ~お取り込み中失礼するんだぜ~」
 だが、愚神と双子の片割れの間に、虎噛 千颯(aa0123)がにかっと笑って入る。
『千颯! 真面目にするでござる』
 白虎丸(aa0123hero001)が注意するのとほぼ同時に、グローブに覆われた拳が飛んできた。同じ顔が、ほとんど同じタイミングで攻撃を開始する。片方は愚神だが、「さすがは双子」と言いたくなるような光景であった。
「邪魔をするな!」
 どちらとも取れる声が、千颯を怒鳴った。
「おっと!」
 拳を避けて、双子と距離をとった千颯。
『どうやら、双方ともに肉弾戦を得意としているようでござる』
 それにしても、と白虎丸は言葉を濁す。
「どっちが弟ちゃんで、どっちがお兄ちゃんかね~」
『本当に、そっくりでござる……』
 愚神とリンカー、二人はあまりに似すぎていた。
 よくよく観察してみても、違うところなどまったくない。
 その事実に、千颯も白虎丸も戸惑っていた。
「一卵性の双子か。DNAを調べても、どちら兄か弟か知ることはできないな」
 そんな余裕は無論ないが、とクレア・マクミラン(aa1631)は呟く。
『じゃあ、あの兄弟がどちらであるかを知ることはできないの?』
 リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)の言葉に、クレアは首を振った。
「彼らのカルテを取り寄せれば、個人は簡単に特定できる。いくら双子でも同じ箇所を怪我したりしないし、同じ歯を虫歯で治療したりはしない」
 クレアの言葉に、リリアンは合点がいった。
 普通の医者の領分ではなく検死医の知識が必要な分野にはなるが、不可能なことではない。
「だが、これもやはり時間がかかる。それに問題は、彼らが兄か弟のどちらかであるかということではないだろう」
 クレアは、死者を悼むようにわずかに目を伏せた。
 リリアンも、同じように目を伏せる。
『最も大切な者を亡くした人間の考えることは……言わなくても知っているものね』
「当たり前だ、戦う力があるならなおさらだ。ともあれ、戦場では敵と味方の選別が第一。あれだけそっくりだと見分けるのは非常にやっかいだ」
 クレアたちの話を聞きながら、木霊・C・リュカ(aa0068)は呟く。
「ふん、ふん、何だかややこしい状況だね?」
『そうだな』 
 頷く、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は武器を構える。
 それを見ていたリュカは、オリヴィエを止めた。
「状況はまだ見えないけど、元でも家族同士の殺し合いってのは見ていて切ないものがあるよ。できるだけ、戦わせないようにしてあげないと」
 ただ攻撃を加えるだけではダメだ、とリュカは言った。
『なるほど、確かにそっくりであるなぁ』
 ユエリャン・李(aa0076hero002)、双子を眺める。よく似た二人であるが、よくよく見ていれば違いがわかる。そして、その特徴はH.O.P.Eの職員が言っていたものである。
「比翼連理というワザは出現の度に使っている、とオペレーターが言うくらいです。何か特徴はあるでしょう」
『ライヴスのパターンか、それともシンプルな外見的な特徴か。短い時間でも有効に使いましょう』
 クレアとリリアンの言葉の通りである。
 比翼連理を使うほうが、生き残り。
 そして、使わぬほうが愚神なのである。
「ユエ。1人で戦い続けている、と言うことは」
 紫 征四郎(aa0076)は、ぎゅっと拳を握り締める。
 胸が張り裂けそうな痛みを感じながらも、幼い少女は覚悟を決めて戦うユエリャンに尋ねたのだ。
『逃げられぬ理由があるか、共に死ぬ覚悟があるか。どちらであろうな』
 ユエリャンは『死のリスクがあるワザを連発していることを考えれば、後者であろうな』と付け加える。
「何としてでも助けなければ、です」
 すでに、片翼は失われた。
 だから、もう一つの翼だけでも守らなければ。
 征四郎は、そう願った。
『当初入る予定だったリディスから、私に交代の要請が来た。即席で動きを合わせる』
「助かります、ラシル。一刻を争う事態ですから……」
 リーヴスラシル(aa0873hero001)と共鳴した月鏡 由利菜(aa0873)は、愚神と双子の間に割ってはいる。
『由利菜さん、二人を引き離してください。あとは、私達にお任せを』
 構築の魔女(aa0281hero001)の言葉に、由利菜は頷く。
「分かりました。そちらが己の肉体を武器にするのであれば、私も……ラシルから教わったこの脚で応えましょう」
 パレンティアレガースを身に着けた由利菜は、双子の間で攻撃を開始する。
 そして、構築の魔女は由利菜の動きに注目し、隙が生まれた双子の片割れの腕を握った。突然の構築の魔女の行動に、双子の片割れは目を大きく見開かせる。
『兄弟のどちらかが分かりませんが、あなたはリンカーですね』
「□□――……」
 辺是 落児(aa0281)の声なき言葉に、構築の魔女の魔女は頷く。彼女の手には、レーダーユニットがあった。これによって構築の魔女は、敵の位置を知ることができたのだ。そして、腕を握っている青年からは敵性反応は認められなかった。
『貴方は、片割れの願いを抱えるのでしょうか……それとも自身の願いを抱えるのでしょうか?』
 構築の魔女の言葉に、リンカーの青年は息を詰まらせる。
『残念ながら人間は多くの願いを抱えきれません。だからこそ、抱える願いを選ばなければなりません』
「離せっ! お前たちに、関係ないことだろ!!」
 青年は、構築の魔女の腕を振り払った。
『あら、なんでしょうか?』
 微笑みながら双子を見ていたサピア(aa5623hero001)が、リンカーの青年の変化に気がつく。彼がまとうオーラとも言うべきものが、わずかに赤みを帯びている。
 それは、戦闘が始まったときにも目にちらついていたものだった。よくよく見なければ、見間違いや勘違いと思われてしまいそうなもの。
 おそらくは、あれが比翼連理の発動の証拠。
『知ってさえいれば、なんとも分かりやすいものですね。どうりでH.O.P.Eでも目撃情報が集まるわけです。如何いたしますかノスリさん、私が出てもよろしいですか?』
「……ん」
 聴 ノスリ(aa5623)は、そう答える。
 その返答に、サピアは微笑みで返した。
「僕は見ているよ。君は、自由に本を紐解けばいい」
『ええ、どうやら他の子達も遊んで欲しいようですしね』
 サピアの足や腕に浮かぶ、解読不能な文字の数々。ノスリと共鳴したサピアは、柔らかく優しげな微笑を絶やすことはない。
『それと、愚神様? 愚神様は片翼のみをお食べになったとか。その日にもう片翼、食べようと思えば食べられた筈ですのに。何か故あっての事なのでしょうか……?』
 それは自分の気になっていた、とノリスは目を閉じる。
 過去にあった、双子の片割れが愚神に殺された戦い。
 その後に起こったという、片割れと愚神の戦い。
 それらは、どのような決着が付いたのか。
 由利菜の攻撃を受け止めながら、愚神はにやりと笑った。兄弟とよく似た顔が、醜く歪む。
「だって、楽しいだろう。俺が逃げるたびに、双子の絶望は深くなる。あいつ、何度も俺に会いに来る。俺のこの体――兄と共に死ぬためにな。でも、そんなことはさせてやらねぇよ」
 愚神は、自分に攻撃を加える由利菜を見た。
 まるで、由利菜にお気に入りの玩具の自慢をするかのように。
「あいつは、いつか俺が食らう。あいつのライブスが最高のもんになって、食いごろになったときにな。その前に食っちまったら味気ないだろ。あいつの兄とは違って、まだ強くなるかもしれないのに食ったら勿体ねぇ」
 愚神の言葉に、由利菜とリーヴスラシルの怒りが燃えた。
 そして、こんな言葉を聞くことになった双子の片割れのことを思った。怒りに燃えて、愚神に飛び掛ってくることを由利菜は懸念したのだ。
「……あなたにとって、兄弟はかけがえのない大切な存在なのでしょう。私だって、もし家族が生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれれば冷静な判断力を失ってしまうかもしれません。しかし……あなたがいなくなって悲しむ人々がいることも忘れないで下さい」
 どうか、落ち着いて。
 そんな願いをこめて由利菜は語る。
『……少なくとも、この場にいる私達はな。苦しいのはお前達兄弟だけではない』
「私達は愚神を倒し、生き残ったあなた達兄弟を確保すると言う任務があります。それを成し遂げるまで、一歩も退きません」
 由利菜とリーヴスラシルは、愚神を睨みつける。
 今この場で、この愚神を滅しなければならない。
 そうしなければ、双子の片割れは苦しみ続けることになる。
「死者を冒涜するにもほどがあります!」
『寒気すら覚える悪徳だ』
 二人の乙女の嫌悪は、ほぼ全員の意見であった。
 しかし、その意見から外れた男がいた。
 その男は、愚神の言葉を笑う。
「ハッハー! 人間は死ぬ。弱ぇ奴はすぐ死ぬ。世の中それで全部だろーが。なぁトオイい?」
『……はい、ますた……』
 火蛾魅 塵(aa5095)の言葉に、人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)は頷く。
 塵は、双子の弟の顔を見やる。
「オイ。死にてェなら纏めて終わらせてやるぜ?」
『……殺人になってしまいます、ますた……』
 トオイの言葉を、塵は「うるせぇ」と一喝する。
 塵は何かを言おうとした。だが、その言葉が紡がれる前に何かが崩れるような轟音が響いた。
「あっ、危なかった。この体育館はかなり脆いみたいだな。気を付けないと、そこが抜けるぜ!」
『愚神ばかりに気を取られては危険でござる』
 目を白黒させながら、千颯は叫ぶ。
「おーい、オリヴィエちゃん。床に気を付けろよ!」
『……わかった。だが、床以上に厄介なことが増えた』
 由利菜との戦いで流れ落ちた愚神の血が、ぐにゃりと歪んだ。そして、双子そっくりな姿へと変貌する。それを見たリリアンは、思わず呟いた。
『血から増えるなんて、まるでクローンのようですね』
「どちらかというなら、怪奇映画かSF映画だろう。こんなとんでもな光景を医療と結びつけたら、医者の名が泣く」
 クレアは冷静に切り返すが、足元に不安がある状況下で敵の数が増えるのは不安があった。
「情報通りなら自立型ではなく操作型。さて、どの程度なら個別に動かせるか」
 まずは観察だ、とクレアは呟く。
「……――□□」
『たしかに、これ以上同じ顔が増えるとやり辛いですし……なにより誤射の危険性が高まりますね。確実に偽者だと分かっているものを攻撃します』
 構築の魔女は、ストライクで血肉から生まれたものの頭を狙う。どうやら、愚神から生み出されたのはあまり強くはないらしい。
「□□……」
『ええ、偽者と分かっていても嫌な光景です。……何度も目の前で倒すのもあれですね』
 構築の魔女は、そう呟きながらも破壊のための手を止めない。
「出血によって、新たな敵が増えている可能性があります。皆さん、愚神に血を流させないでください!」
「落児ちゃんたち、それって結構難しい注文だぜ」
『血を流さずに、どのように勝てばよいのでござろう?』
 愚神に大きな怪我を負わせれば、その分だけ敵が増えていく。
 その事実に、千颯は戸惑う。
 その間にも、血肉から生まれたものは仲間達に次々と殺されていく。それはまるで、愚神が双子の兄を屠った光景を自分達が再現しているかのようであった。
「こんなの……こんなの酷いです」
 征四郎は、目を覆いたくなる。
 死体を利用されただけではなく、武器としてもその姿を愚神に利用され続ける。
 双子の弟も、征四郎と同じ気持ちであったようである。怒りに震え、悲しみに泣き、拳を握っていた。
「お前を絶対に許さない」
 弟は、そう呟き再び比翼連理を発動させようとした。
 だが、弟の歩みを阻害するようにオリヴィエは立ちはだかった。彼が無理にでも進めば気絶さえる、という気概をこめて彼は語る。
『自分の想いを大切にするのも悪くない、存分にやるといい。だが、心中の心積りならお勧めしないし止める……俺も兄のようなものだから』
 誰かを思い出したのかオリヴィエの言葉は、一度途切れた。
『命をもって生かした下が、むざむざ死のうとしてるのは些か悲しいものがある』
 嘘つき、と小さくリュカが呟く。
「恰好付けていささかなんて、本当は耐え切れないほど哀しいだよね?」
 その通りだろう、とオリヴィエは思う。
 素直に言葉にできるほど、自分は大人ではないけれども。
「クク……神さんヨォ……テメー随分、怨念溜めこんでンじゃねぇか……」
 塵の周囲に、青黒く不気味な蝶が舞う。
「……食い散らかしな……《死面蝶》ォオッ!」
 幻影蝶が、羽ばたく。
 あきらかに、愚神に攻撃が発動しているタイミング。
 全員に共通認識があった。
 攻撃中に飛び込むような人間はいない。
 だからこそ、弟の愚かな行いを誰も止められなかった。
 予想していなかったからである。
「邪魔をするな!!」
 双子の弟は、幻影蝶のなかに飛び込む。
『ますた……』
 トオイの声がどこか不安げに響く。
「チィ、死なねぇよ。なにせ、幻影蝶なんだぜ。従魔や愚神の類にしか攻撃できねーじゃんか」
 弟は、そのことを分かっていただろうか。
 わかっていなかっただろう、と塵は思う。自分は、このワザを死面蝶と呼んでいたから。
『……さて、始めましょうか……』
 サピアは、愛おしいとばかりに本の表紙を撫でる。
 彼女の周囲には、ふわりと読めない文字が浮かび上がっていた。彼女は、文字に微笑みかける。まるで、サピアには文字が可愛らしい小鳥にでも見えているかのような光景であった。
『さあさおゆきなさい、一緒に遊んでもらいなさいな』
 内気な子供の背中を押すような優しげな言葉で、サピアは攻撃を開始する。
『しばらくは、わたしが引き受けます。火蛾魅塵さんは、その隙に溜まってしまったあなたの文字を遊ばせてはいかがでしょうか?』
 サピアのおせっかいとも取れる言葉に、塵は舌打ちする。
「なぁ? 外野の面白ぇ意見、ひとつ教えてやろうか?」
 塵の言葉は、双子の弟に向けられていた。
「《意味がねぇ》んだよ。テメェも死んじまうんならヨォ? ……『とある兄弟、愚神にやられて仲良く死亡』……はい終わり♪ イヤな事件だったね♪ ……どうよ?世間さまの目なんざ、この程度だぜ?」
 三分もあれば忘れられる事件のニュースで報じられることがお前の望みなのか、と塵は問う。
『あなたの考えていることの察しはつきます。ある種の復讐心と、共倒れになることを望む贖罪の心でしょう』
 リリアンの言葉を受け取り、クレアが続けた。
「その心を否定はしない。しかし、共に倒れたとき、誰があの兄弟を弔ってやる? 誰が生涯、その名前と生き様を憶えている? ここまで誰かに生かされてきた生命を投げ捨てないことも1つの選択肢だ。誰も弔わない墓など、あまりにも酷だろう」
「ダメだ!」
 自分の引き止めるための言葉を、弟は切り捨てる。
「比翼連理は、そもそも半人前の俺たちが助けあえるように編み出したワザなんだ。双子の俺達が、二人で一人前になるためのワザなんだ!」
 何も聞きたくはないとでも言うふうに、弟は耳を塞ぐ。
「それに……生まれたときから一緒だったのに、急に一人にされて――もう、どうしたらいいんだよ。俺も、そっちに行きたいよぉ。兄さん」
 助けて、と小さく弟は呟く。
 生まれてからずっと兄と二人で生きていた弟は、生まれて始めての一人の孤独に押しつぶされそうになっていた。
「お前いい加減にしろよ! お前を生かした片割れは、お前にそんな事を望んだのか! 比翼連理の片割れがお前に最後に望んだ事はなんだ! 思い出せ!」
 千颯が、弟を怒鳴りつける。
 その形相は、白虎丸も驚くほどのものだった。
「俺にもっと力があれば……あの時こうしていれば……って思う事は仕方ない……でも、命を掛けて救ってくれた奴の思いを踏みにじる事はするんじゃねぇ! お前が死んだら。誰が相方の事を覚えてやるんだ! 今度はお前自身の手で、命を救ってくれた相方の心を殺すのか! 例え片翼になったとしてもお前が相方を忘れない限り……想い続ける限り比翼連理の絆は断ち切られない!!」
 息を粗くする千颯の片を、リュカがぽんと叩いた。
 歳の近い友人の行いに、千颯は少しばかり冷静になる。
「……辛くても苦しくても、お前は生きないと駄目だ。じゃないとお前の相方はただの犬死じゃないか……そんな事させるなよ……お前の大事な人なんだろ」
 悔しさを噛み殺すような言葉であった。
 失ったものを思い出し、自分の無力さを思い出し、それでもまだ立ち続けている千颯の精一杯の言葉であった。
「君は連理の意味は知ってるかな?」
 優しげな声で、リュカは双子の弟に語りかける。
「元々違ったものが途中で共に大きくなる。然し違うものだ、片方が枯れても、片方は生き続ける」
 双子の置かれた、今の状況。
 この状況は、連理という言葉の意味と哀しいほどに良く似ている。
「君にとっては、それはすごく辛いことなんだと思う。でも、君が生きていたおかげでお兄さんたちは、君たち兄弟に何があったのかを知ることが出来たんだよ。君が教えてくれれば、君たち兄弟の物語だって知ることが出来る。片方が生きるってことは、たぶんそういうことなんだ」
 お兄さんは君たちのことが知れて嬉しいよ、リュカは本心からそう語った。
「だから、もっと君とお兄さんのことを教えてね」
「でも……これから一人で、どうやって」
 未だに戸惑う双子の弟に、ユエリャンが手を差し出す。
 握手というよりは、地獄の淵にいる弟をつなぎとめようとしているかのような行動であった。
『君はあの愚神を倒し、生きて、幸せに笑っていなければならない。兄殿の命は、それを叶えるだけの価値があったと、君がその身で示さなければ。――とな、先程から我が友が煩いのだ』
 いささか幼い友でな、とユエリャンはわずかにため息を吐く。
『故に協力を要請する。共に倒そう。君の未熟は我輩が支える』
 手を握れ、とユエリャンは無言で訴える。
 引っ張って再び空に押し上げてやる、と語る。
 たとえ、翼を無理やりもがれても。
 半身と引き裂かれようとも。
 再び、空に飛び上がるために。
「そうだ――!!」
 愚神は叫ぶ。
「何度でも立ち上がれ、そして、俺に挑んで来い。もっと、俺への恨みでライブスを高めろ。最高の餌になれぇ!!」
 愚神の血によって、双子の兄の姿が増える。
 だが、それを滅したのは由利菜であった。
「その血の力、あなた自身の精神で制御しているというのなら……付け入る隙はあります。この脚に願いを込めて……悔い改めよ! ヴァニティ・アーツ!」
 由利菜のライヴスリッパーに吹き飛ばされた愚神の側には、塵がいた。
 動く力すらなくした愚神を見た塵は、舌なめずりをしそうな顔で指の関節を鳴らした。あと一撃――いいや、攻撃を加えなくとも愚神は消滅が決定するのほどダメージを受けていた。
「ハッハー、楽しいねぇ。人を餌扱いして楽しんでいたヤツにしては、情けない最後じゃねーの」
『……ますた』
 止めを刺そうとした塵をトオイが止める。
 その視線の先には、双子の弟がいた。
 死に掛けている愚神と死ぬことを望んでいた双子の片割れ。
 当初、最も恐れていた事態がここにそろう。
「よかったな……お前の願いは敵うぜ。強くなったお前のライブスを食えないのが心残りだけどな」
 愚神は、比翼連理を発動する。
 双子の片割れは、愚神が息絶えるまで何もしなかった。ただボロボロと涙を零して、永遠に一つには戻れない片割れに別れを告げていた。
 ユエリャンは、母のような優しさで生き残りの片割れ抱きしめた。
 胸の中で、幼い友人が――「あなたが生きている奇跡が続く限り、比翼連理は続いているのだと、征四郎は思います」と呟く。
 その光景には、深い悲しみがあった。
 けれども、同時に淡い希望もあるような気がした。
『ええ、きっと――片翼は、貴方を殺す為に生かしたのではないわ。遠く離れていても、心が共にあれば』
 サピアは、胸を強く抑えた。
 まるで、なにかを思い出しているような仕草であった。
「……サピア?」
 ノスリは、彼女の名前を呼ぶ。
 サピアはとても穏やかに、ただ微笑んでいた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
  • エージェント
    聴 ノスリaa5623
    獣人|19才|男性|攻撃
  • 同胞の果てに救いあれ
    サピアaa5623hero001
    英雄|24才|女性|カオ
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