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最終発言2018/03/26 23:55:37 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/03/25 09:16:18
オープニング
●ロンドン警視庁
「さしも草、砂風、クリムゾンスター、青い血、ルナ・ベア……」
刑事、ジェンナ・ユキ・タカネの口から出ているのは全てヴィランズの名である。壊滅したものから未だ検挙できていないものまで大小様々だ。唯一の共通点は――
「全て同じ愚神が関わっています。奴らが起こす全ての事件に」
「君が追っていた愚神か」
上司が言う。その愚神はジェンナ・ユキ・タカネが関わったとある事件をきっかけに追い始めた愚神だった。なかなかしっぽを掴ませずにいたのだが……。
「可能性はかなり高いと見ています。外見の特徴は全て一致していますし、活動時期も重なっています」
「フリーのヴィランを含めるとかなりの数だな。こんなやつがロンドンで暗躍していたとは」
報告書を見ながら上司が言う。
「普段はディブと名乗ってロンドンのアパレル店で働いています。どれも短期間にやめていますが」
仕事上でのパートナーでユキの英雄、レター・インレットが言う。
「一般人のふりをしているわけか」
「ええ。探すのに苦労しました。カボ=チャンの事件(http://www.wtrpg0.com/scenario/replay/3694)がなかったらもっとかかっていたかもしれません。それでも1年かかりましたが」
冗談みたいな話だが、とある愚神が頭にかぼちゃパンツを被り、かぼちゃパンツを街中でバラまくという事件があった。その時、事件解決にあたった構築の魔女(aa0281hero001)というエージェントが「スーツは正しく着用しているのにパンツ被っている」愚神を疑問に思い、回収したパンツの調査を依頼したのである。かぼちゃパンツの出処を調べた結果、カンタベリーのアパレル店にたどり着き、そこで働くディブという店員に行き着いた。だが、肝心のディブは既に退職しており、履歴書等も残されていなかったのである。その店員を追って約1年。自分が追っている愚神と同一人物であり、どの事件に関わっているのかまで突き止めた。その数は大掛かりなものから比較的小規模なものまで数百。
「普段は一般人として過ごし、裏ではヴィランズに接触して事件を起こす。タチの悪い」
「裏の人間はやつをこう呼ぶそうです」
ユキが言う。
「街中の暗闇、と」
●タタミーゼの奥さん
「このお客さん、注文は多いけど店に来たことないですね。女性店員を家に呼ぶばっかりで」
ロンドン郊外の小さなアパレル店。ディブは店長と注文確認をしていた。
「夫が重度のタタミーゼなのよ。奥さんの外出を嫌がるの」
「タタミーゼ?」
ディブは不思議そうな顔をした。
「タタミーゼって日本愛好家ですよね。それが奥さんの外出を嫌がるのとどういう関係があるんですか?」
「うーん、どうも日本風っていうのを曲解してるみたいでね。つまり、えーっとヤマトナデシコっていうの? 大人しくて従順で滅多に外出しないで夫を立てる―そういう奥さんを望んでるの」
随分、時代錯誤な話である。
「それは日本風じゃなくて」
「ディブ」
店長はたしなめるように言った。
「奥さんが納得づくなら仕方ないわ」
ディブは答えなかった。代わりにぽつりと言った。
「モミジ=ル・ヴァン夫人、か」
その顔に狂気の笑みが貼り付けられているのを店長は知らない。使えるなと呟いたことも。
●堕ちる大和撫子
チャイムの音がする。モミジ=ル・ヴァンはモニターで訪問者を確認した。年は三〇代だろうか。背の高い顔立ちの整った男だった。
「ジーン・キャットの者です。ご注文の品が届きました」
「聞いております。今開けます」
モミジがドアを開けるとディブが微笑みながら立っていた。
「……」
目眩が、する。
夫の声がする。
「君は僕の言うことだけ聞いて家にいればいいんだよ」
頭が痛い。
これは誰の声だろう。わからない。男の声だ。
「もっと外に出ればいいのに。私の知っている日本人の女性は敏腕刑事として大活躍してますよ」
頭が痛い。
「働かなくたっていい。着物を着て畳の上で僕を待っていて欲しい」
頭が痛い。
「この間もヴィランズを検挙したとか」
頭が痛い。
「大人しくて控えめで優しい君が好きだよ」
頭が痛い。
「射撃の腕もすごくて」
頭が痛い。
「大和撫子とずっと結婚したかった」
頭が痛い。
「まさにヒーローですよ。ロンドンの街を守る正義の味方」
頭が痛い。
「それに君は外に出たって何も出来ないだろう?」
頭が痛い。
「そのひとの名前は」
夫の声と知らない男の声がぐるぐるまわる。
「君は僕の奥さん」
「ジェンナ・ユキ・タカネ。ロンドン警視庁の刑事」
オナジニホンジンナノニ ワタシバカリドウシテ オモイシラセテヤル
「剣を取って」
男の声が聞こえた気がした。誰だろう。
●襲撃
その時、ロンドン警視庁刑事、ジェンナ・ユキ・タカネとレター・インレットはロンドンの小さなアパレル店にいた。
「こちらのお店にディブという店員さんはいらっしゃいますか」
「今、外出していますが」
店長の言葉にユキの目が光った。素早くレターと目配せする。レターはスマートフォンを取り出した。上司が出て話をしようとした瞬間。
「マダム・ル・ヴァン?」
店長がつぶやく。店の中に入ってきたのは。ひとりの女性。ただし、手には真っ黒な刃を携えている。いや、手そのものが刃と同化している。
「ジェンナ・ユキ・タカネ」
女性はそうつぶやくと同時に地を蹴った。疾い!
「ユキ!」
ユキは店長とともに床へ転がった。赤い血が飛ぶ。
「ウゴクナ! エイユウ」
カタコトでレターを制する。その手にはユキを抱え込んでいる。切っ先をユキに向けた。
「パートナー、殺ス」
「レタ」
苦しげに呻きながらレターに合図するユキ。レターはうなずくと倒れ込んでいる店長を起こした。
「逃げましょう」
女性は動かなかった。レターはHOPEに連絡すると店長を近隣のひとに任せてどこかへ消えた。
●あんり=る・ヴぁん ヲ ダセ
大聖堂の前に女性が佇んでいる。右手には真っ黒な剣。左にはジェンナ・ユキ・タカネ。足元には幾人かの観光客が倒れていた。そして幾度も同じことを叫ぶ。
あんり=る・ヴぁん ヲ ダセ
「ル・ヴァンさんですね」
何度かの叫びの後、女性に抱えられていたユキが口を開く。怪我をしているため、息が荒い。
「アンリ=ル・ヴァンはあなたの夫ですか。彼をどうする気です」
「ウルサイ チカラ ヲ ミセテ ヤル」
(あの剣はどう見ても愚神だ。恐らく手にした者の神経・肉体を乗っ取る……)
「見せたところでなにも変わりません」
「ウルサイ! オマエ ミタイ ニ ジユウ デ ナンデモ オモイドオリ デキル モノ ニ ナニガ ワカル!」
信じられないような力で締め付けられユキが悲鳴を上げる。目がかすみ始めた。
(このひとは私の名前もレターが英雄と言うことも知っていた。なぜ)
彼女とは初対面のはずだ。
解説
●目的
女性(後述)にとりついた愚神の殲滅。人質の女性(後述)救出
●登場人物
モミジ=ル・ヴァン
・24歳。女性。ロンドンに住む日本人。後述のアンリ・ル・ヴァンの妻で夫の希望からほとんど外出せずに暮らす。秘かにそのことを不満に思いつつも自分に自信がないため反論できずにいたが、秘かな不満につけ込まれ愚神を受け入れてしまう。現在は愚神(前述)に肉体・精神のほとんどを乗っ取られ、言語理解はできるものの、正常な判断はできない状態。要求は夫を現場に呼ぶこと。
ジェンナ・ユキ・タカネ(要救出)
・ロンドン警視庁の刑事。イギリス人と日本人のタブル。愚神ディブを追っている途中でモミジ=ル・ヴァンの不満のダシに使われ、人質に。戦闘の際は盾にされる可能性大。負傷中。
レター・インレット
・ロンドン警視庁の刑事。ユキの英雄。HOPEに通報した後、姿を消す。
アンリ=ル・ヴァン
・モミジ=ル・ヴァンの夫。タタミーゼ(日本愛好家)。曲解した自分の「日本人的」を妻に押し付けている。現在はHOPEの保護下。
●敵情報
愚神ガルダ
・外見は全身黒色の剣。触れられた者の精神・肉体を支配下に置く。支配対象物が力を欲すればより深くまで精神、肉体を蝕める。支配対象から離れれば動くことのできない単なる”話す剣”になり、刀身を砕かれれば消滅。
・支配下に置いた者は広い剣技のバリエーションと高い回避率を誇る非常に腕のいい戦士となる。
・本体以外の場所(支配下にある者の身体)への攻撃はされた者へのダメージとなるため、ガルダのダメージにはならない。ガルダにダメージを与えるには剣への攻撃が必要。支配状態の者が気絶した場合や我に返った場合でも動かせる。
愚神ディブ
・ユキが追って愚いる愚神。ユキを殺すためにモミジ=ル・ヴァンを唆し、召喚したガルダを与えた。
●場所
ロンドン某大聖堂前。逃げ遅れた者が何名か倒れている。大半は逃げ去った。
リプレイ
●君は誰?
人質がいる以上、まずは状況確認だ。距離を取って状況を確認する。
「人質は女性1名。タカネさん。片手が剣と同化してる女性はモミジ・ル=ヴァン。足元には数名倒れてる」
アリス(aa1651)が冷静に分析する。
「写真とずいぶん感じが違うね」
データではモミジ・ル=ヴァンは優しく微笑んでいたのに今は鬼の形相だ。
「倒れている数名は全員、息がある可能性が高い。出血も少ないし、背中が呼吸で動いてる。一番の重傷者はタカネさん」
Alice(aa1651hero001)が後を続ける。ふたりはやや高いところにいる。モミジに見つからないまま、現場の状況は手に取るようにわかった。
「足に力が入っていないのに無理やり立たされている。意識はあるようだけど、腹部の出血が止まっていない。長引けば死ぬよ」
「あまり時間はなさそうだ」
ヤン・シーズィ(aa3137hero001)が言う。だが、モミジに関する情報が少なすぎる。まだ、彼女の簡単なプロフィールと要求ぐらいしか知らないのだ。まずは人質の開放をしたいとこ ろだが、ここの状態で交渉に入っていいのか。木霊・C・リュカ(aa0068)の問い合わせに未だ回答はない。
「レターはどこにいってしまったのでしょうね」
紫 征四郎(aa0076)が呟く。レター・インレットはユキの英雄である。彼女とリンクすればモミジを振り払うことができる。
「わからぬ。が、今はこの状況を何とかせねばな」
ユエリャン・李(aa0076hero002)が言う。荒かったユキの息が細くなっている。
「なら」
最初に仕掛けたのはといち早くリンクしたファリン(aa3137)。モミジ周辺が淡く光る。ケアレインだ。これで時間が人質を殺すことはなくなった。ユキの出血も止まる。
「ダレダ」
ユキをさらに引き寄せ、モミジが叫ぶ。
「そう警戒しないでくれ」
征四郎とリンクしたユエリャンがモミジの正面に立つ。
「君をどうこうしようというわけではない。人質が心配でちょっと治療しただけだ」
「やぁタカネさん……久しぶりだね」
「前に会ったのはテディベアの時だっけ」
ユエリャンの隣に立ち、人質状態を然程気にしている素振りもなく話しかけるアリスとAlice。ユキの状態を確かめに来た。
「ええ、お久しぶりです。」
ユキは息をあげながらも軽口を叩く。
「たまには無傷の時にお目にかかりたいです」
”テディベア”の事件時はユキがプライベート時に巻き込まれた事件である。事件解決にあたったエージェントの中にふたりもいたのだ。
(英雄のインレットさん……はどこ行ったんだろう)
征四郎も気にしていたが、負傷中のパートナーを残して自分だけ逃げることはまずありえないだろう。
(まぁ、今は良いか。多分彼女も彼女でやるべき事をやっているのだろうから、ね)
「黙レ」
モミジがユキに怒鳴る。
「よほど私がお嫌いなんですね。初対面なのに」
ユキが言う。
(初対面?)
アリスは内心訝しがった。通報したレターの話だとモミジはユキを見るなり「ジェンナ・ユキ・タカネ」と言ったはずだ。だが、ユキは初対面だと言い切った。ユキが忘れているのか 、一方的な恨みか、それとも。
「モミジ・ル=ヴァン。貿易商アンリ・=ル・ヴァンの配偶者。旧姓奥山もみじ。老舗の呉服屋、奥山和装の次女。結婚してロンドンに来たのは3年前。こちらの交友関係はあまりないようですね。問題行動は特にありません。夫婦間で何かっあたったという話ないそうです」
凛道(aa0068hero002 )の声が通信機を使ってエージェントたちの耳に届く。
「問題がなければ何故こんなことを? タカネとどう関係するのです」
征四郎が言う。
「いや、それよりわからないのは」
ヤンが言う。
「モミジ本人の人となりの情報が一切ないことだ」
モミジ・ル=ヴァンとは誰なのか。
「やっぱり不満があったのね。気の毒に」
通信から聞こえたのは被害にあったアパレル店の店長の声だ。通信の主は皆月 若葉(aa0778)
●大和撫子モたたみーぜもナイ世界ニ
時遡り、若葉とピピ・ストレッロ(aa0778hero002 )。
「レターどこ行っちゃったのかな?」
ピピが言う。
「それも気になるけど……まずはこっちを何とかしないとだよ」
若葉はそう言うとエージェントたちを分かれて最初の被害者である店長へと向かう。
「大丈夫ですか? HOPEから来ました」
「ありがとう。人質になっている刑事さんがかばってくれたから、大した怪我ではないのよ。赤毛の刑事さんが応急処置をしてくれたし。救急車も呼んでくれたしね」
「念のため、治療します」
リンクすると治療にあたる。
「あの方の事はご存知ですか?」
モミジを視線で示しながら問う。
「ええ。モミジ=ル・ヴァン夫人。常連ですよ。夫を呼んでいるんでしょ。やっぱり不満だったのね」
「やっぱりって?」
店長はモミジについて教えてくれた。夫がタタミーゼ――かなり独自の日本愛好家ということ。それを妻に求めていること。お陰で社交どころか外出もほとんどなく、常連の店長でさえ、モミジを大人しい女性としか知らないこと。
「表に出さなくても色々と悩んでいるわけですね」
若葉が言う。
「……ただ倒すだけでは根本解決にならなそうです」
若葉は立ち上がると剣に視線を向けた。
「どうやらあれが本体のようですね」
「なるほど。それでモミジのひととなりがわからないのか。しかし」
ヤンが呟く。
「男は外で、女は内で各々正しく振る舞うことこそ天地の大義であると察するが……。それ以前に、人は1つの属性のみで他のすべてが決まるほど浅くはないよ」
ファリンが冷たく返した。
「……都合のいい女扱い、それ以外にどう理解せよと?」
「アンリを呼んだ方がいいかもしれませんね」
構築の魔女(aa0281hero001)が言う。ユエリャンはかすかに頷くと口を開いた。
「アンリを呼ぶ代わり、周囲で倒れている者を救助させてくれないか」
「……」
「君の要求を聞いてやろう、という話だ。モミジ夫人。代わりに怪我人の救助をさせてくれ。君が力を見せたいのは、彼らではなく彼だけであろう」
「信用ナルカ」
「アンリは私が責任を持って連れてきます。その時、人質を交換する。いかがですか」
構築の魔女が言う。
「イイダロウ。ソレマデ妙ナ真似シタラ人質コロス」
「わかりました」
構築の魔女は辺是 落児(aa0281)と共に、一度戦線離脱。HOPEに連絡をする。
「やぁ、やぁ、こんにちは」
代わりにやってきたのはリンクしたリュカ。モミジは後ずさるとユキをさらに強く引き寄せた。
「ナンダ」
「旦那さん方がくるまでのほんの`繋ぎ’ですよ、奥さん」
言いながらさりげなく、店長の治癒を終えてやってきた若葉をモミジの視界から遮るように立つ。
「下ガレ。次々ト鬱陶シイ」
ユキの首筋に剣を当てる。
「ユキ嬢への攻撃はするなよ。君とて質を失えばあとは倒されるのみ、わかるであろうな」
ユエリャンが釘をさす。
「ウルサイ! 私ニ指図スルナ!」
そのまま剣を引こうとする。若葉がハングドマンを構えた。
「貴女は何が好きで、どんな女性ですの?」
ファリンの質問にモミジの手が止まる。
「あなたのことが知りたいのです」
「?」
「あなたのことを私たちは皆知りません」
「私ノコト?」
モミジが呟く。
「私? スキナモノ?」
答えられないのか。あるいは考えたこともないのか。
「然し、何故アンリ殿を呼ぶのかね? 恨みがあるのか」
ユエリャンが言う。
「力ヲ見セルノダ」
即答だった。まるで誰かにそう言えと言われたように。
「どうして旦那さんに力を見せたいんですか?」
大体の理由はわかっている。だが、アンリが来るまで時間を稼ぎたい。リュカは言葉を紡ぐ。
「私ハ何デモデキルト証明スル。君ハ外ニ出タッテ何モ出来デキナイダロウト言ッタ」
「つまるところ、君はどうしたかったのかね」
「あんりニ認メサセル。目ノ前デコノ女ヲ殺シ、私ノちからヲ! ソシテ外ニ出ル。大和撫子モたたみーぜもナイ世界ニ。コノ女ノヨウニ」
「買い被りですよ」
ユキが無表情に言う。
「ウルサイ!」
「ユキ嬢が強いと誰に聞いたのだね? 初対面のはずだが」
ユエリャンが聞く。
「その愚神に聞きましたか? その剣はどこで?」
畳み掛けるように問うリュカ。
「初対面、コノ女知ラナイ? デモ、私ハ知ッテイル。頭ガ痛イ。誰カノ声。じーん・きゃっと。どあを開ける」
支離滅裂な言葉がモミジの口から滑り落ちる。
「ジーン・キャットって襲われた店の名前ですよ」
若葉が言う。
「誰かいるね」
「うん、誰かいる」
交渉を任せ、一般人含む全体の位置関係確認、状況把握に戻ったアリスとAlice。ふたりの姿が重なり合う。感じるのは視線か淡い、しかし禍々しい気配 か。
「ジーン・キャットだって」
「剣が本体なら、届けた者がいる筈」
「タカネさん……達の事を知っている様だし彼女を狙っての事なのかな」
「だとしたら、今もどこかで見ているのかな」
追おうとはしない。戦況を確認し、いつでも動けるよう、皆に視線を注ぐのみ。
「こんにちは。ル=ヴァンさん」
通信機通じて構築の魔城の声がエージェントたちに届いた。構築の魔女がアンリ・ル=ヴァンを接触したのだ。
●タタミーゼの言い分
「モミジさんが貴方を呼ぶようにといっていたのですが何か心当たりはありますか?」
エージェントたちが交渉している間。構築の魔女はアンリと話していた。
「ない」
アンリ=ル・ヴァンが言う。一部の隙もない背広姿が印象的な男だった。
「彼女は愚神とやらに操られている。それだけだ。妻は意志が弱い」
通信機から聞こえるアンリの言葉にエージェントたちは内心ため息をついた。
「普段の彼女はどのように過ごしているか教えていただいても?」
「家事をしている。それが妻の勤めだ。滅多に外出はしないが、なに不自由なく暮らさせている」
「彼女からのお願いを否定したりしたことは?」
「なに不自由なく暮らさせていると答えただろう」
「彼女は貴方が望むことに不満とかは言ったりしなかったでしょうか?」
「大和撫子は夫に不満など言わないものだ」
(ふむ、大和撫子というものを変に曲解していそうですが……。全部が彼の責任とは言いませんがこの状況に対し考える姿勢がみられるかどうか……)
妻に不満があったことの認識もなければ、関係改善に対し前向きな姿勢を持っているとも思えない。今回の事件はあくまで愚神による洗脳だと思っている。それでもモミジと直接対峙すれば少しは変わるかもしれない。何よりモミジと約束した。既にHOPEは了承済みだ。
「お話、よくわかりました。しかし、奥さまがあなたを呼んでいるのも事実。一緒に来てください。身の安全は私が保証します」
「必要ない。早く愚神を倒せ」
「奥さまに約束しました。あなたが来なければ人質が危ない。奥さまに人殺しをさせるおつもりですか」
「殺すのは愚神だ」
「では人質が死んでもいいと」
「いいだろう。まだ妻に理性があるのなら私が説得できる」
構築の魔女はなにも言わなかった。いつものごとく落児は黙っている。その目には妻のことを何もかも知った気でいる男が写っていた。
●揺らぐ心
「先ほどの質問に答えていただけますか?」
ファリンの声は優しい。
「貴女は何が好きで、どんな女性ですの?」
「旅行、色ンナトコロヘ行ケルト思ッタ。アノ人ト、勉強シテ同ジ景色ヲ見たかった」
「声が変わった?」
若葉が呟く。
「外の世界を見たかったのですね」
「デモ、アノ人ハソレヲ許さなかった」
「外に出られないのは誰だって辛いですわ。それを言いましたか?」
「一度だケ。でも、あのひと、大和撫子ノ私が好キって」
モミジは寂しげに目を伏せた。
「あのひとニ嫌われたくナカッタ」
「ありのままの貴女を愛してくれなかったのですか?」」
「ワカラナイ。でも、ズット思っていタ。コノママじゃ、ダメだト」
「お話は大体把握しました。なので、そうですね。現実的な案として、……離婚、など如何でしょう」
リュカが言う。
「離婚?」
モミジが戸惑う。
「まだそこに愛があるのなら、大丈夫、やり直せます」
「ヤリ直す?」
リュカが優しく肯く。
「一歩引いて歩く時代錯誤より、貴女が彼の手を引いて歩くような、強い大和撫子に」
「強イ大和撫子」
「もう一度」
ファリンが言う。
「今伝えましょう。貴女の気持ち」
まるでそれに合わせるように車が止まった。まずはリンクした落児、そしてアンリ=ル・ヴァン。
「アンリ殿が来た。まず人質をこちらへ」
ユエリャンが一歩踏み出すとモミジは身を固くした。
「近ヅクナ」
「武器を捨てて人質を解放してくださいまし。人質を開放したら、貴方の気持ちを伝えましょう」
モミジは肯こうとした。アンリが口を開いた。
「何をしているモミジ」
●さよならタタミーゼ
アンリの言葉にモミジの体が震えた。
「家に帰るんだ。私の言うとおりにしていれば何も間違いはない。幸せでいられる。私はそういう君を愛しているんだ。美しい大和撫
子」
「あなたが好きなのは何でも言う事を聞く人形か何かですか? 彼女の言葉を聞いてください」
若葉が言う。
「君には関係ない。夫婦のことだ。妻は夫に従う。それが大和撫子だ」
アンリに響かない。
「夫唱婦随と申しましても、夫の妻への思いやりがあり、妻の意を汲んでいる事が前提ですわ」
「汲んでいる。モミジは元からそういう人間だ。モミジ! そうだろう? さあ、帰ろう」
モミジは答えない。唇を噛む。
「どうしてだ。モミジ。私の言うとおりにしていれば」
「くだらない男……会話が成り立たないのですね。仲裁には法律家の助力が必要なようですわ」
ファリンが吐き捨てる。
「ホラ、私ノ言ッタ通リダ」
剣から声がする。
「アノ男ニ力ヲ見セテヤラナイ限り、君ハイツマデ経ッテモ半人前扱イ」
「その刀の言うことを聞いてはいけませんわ!」
ファリンが言う。
「そうだ。力など君には必要ない。私の言うことを聞いていればいい」
アンリの言葉にユエリャンが言う。
「君はヤマトナデシコのモミジ夫人ではないと愛せないのかね?」
「それが彼女にとって一番幸せだ」
「一方の意見を押し付けるのではなく、お互いの意思を尊重すべきではないですか?」
若葉が言い募る。せめて、アンリがモミジの言葉を聞いてくれれば。
「ウルサイ! モウ何もワカラナイ!」
モミジが刀を振り上げた。リュカは浦島のつりざおで、戦闘域から移動できていない一般人を一気に引き寄せる。すかさず、アリスが呪符「氷牢」で 氷の杭を降らせる。モミジ――いや、愚神はそれを避け、刀で砕き、ユキを抱えたままアンリへと走る。アリスの狙いは愚神を凍りつかせることではない。行動阻害と隙作りだ。そこにできた死角から若葉がユキへとエマージェンシーケアを放った。ユキへ視線が一瞬だけ移る。
「必要なのは言葉で、力では無いと思います……!」
モミジの刀をスカーレットレインで止める征四郎の言葉はまるで祈りだ。ユエリャンもモミジに 呼びかける。
「自分の未来を自分で選択できぬことは悲しいことだから。我輩も、知を得る前はまたそうであったが故に」
「アノヒトに言葉ハ届カナカッタ!」
剣のスピードが増す。巧みにユキを盾にしつつ、ユエリャンに苛烈な攻撃を与える。
「でも君は聡明だ。きっとどうすれば良いかは、もうわかるであろう」
それでも自分の意思で同調を拒んでくれることを信じユエリャンは呼びかける。だが、混乱している彼女は再び剣を振り被った。銃声が響く。テレポートショットを帯びた【SW銃】グリュックハーネスの弾丸が刀の軌道をずらす。一瞬の間を置いて、若葉のパニッシュメントが炸裂する。剣の動きが鈍った。若葉はその機を逃さず、ユキを引き剥がす。ユキを庇いながら後退する。モミジは大きく踏み出すと剣を振った。
(防御が間に合わない)
ユキと若葉の体が浮く。リュカの浦島だ。倒れている一般人のところまで引き寄せられる。
「大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
リュカと若葉の言葉にユキが肯く。若葉は治療に入った。
「剣を引いて」
ファリンが言う。ユエリャンとの戦いは苛烈で割っては入れない。
「言葉ハ届カナイ。アノヒトに届クノハちからダケダ」
「わたくしたちには届きましたわ」
モミジの動きが止まる。
「夢があること、夫を愛していることも」
「あなたの夢にその力はいらないのです」
征四郎が笑う。モミジの頬に涙が滑った。
「アイツラノ言葉二耳ヲ傾ケルナ。コイツラハ オ前ヲ言イクルメテ、力ヲ奪オウトシテイルダケダ」
モミジは動かない。同化していた刀がモミジから離れていく。
「ソウハイクカ」
モミジが剣を構えた。
「いや!」
「体モラウ」
モミジが横へ飛ぶ。狙うはユキ。ファリンが猛爪オルトロス装着の足で斬撃を蹴り飛ばす。プロ仕様幽霊ブーツのそれでは見ることもできなかっただろう。後退したところをアリスが足止めの呪符「氷牢」を使う。その死角から構築の魔女がシャープポジショニングの一撃を撃つ。衝撃で剣が泳ぐ。
「殺ス。コノ女の体ヲ使ッテ」
「ええ、ええ、ならば振るいましょう。悪しき刃に火刑による贖罪を」
凛道の言葉通り黒猫「オヴィンニク」の火が次々と剣に着弾。すかさず若葉のハングドマンが剣を襲うがこれは叩き落とされる。続く動作で構築の魔女のショットを弾く。剣の軌道を狙って放たれたユエリャンの女郎蜘蛛に引っかかる。
「憑代から、離れてくれるかな」
アリスの支配者の言葉と同時に若葉のハングドマンが剣に絡まり、跳ね上がる。ファリンの蹴りが剣をくだいた。
「アンリ」
戦いが終わるとモミジは真っ先に夫へ向かった。
「モミジ」
モミジは微笑んだ。
「愛してるわ。あなたのこと。今でも変わらず。でも、あなたの好きな大和撫子には戻れない」
「君は幸せじゃなかったのか」
「あなたのことを愛しているって言ったでしょう。愛するひとといられるのは幸せなことよ。でも理解されないのは不幸なことだわ。私は不幸で幸福だった」
アンリの耳にエージェントたちが放った言葉が初めて刺さる。ああ、こういうことだったのか。
「私は償わなければいけないわ。たくさんの人を傷つけた」
「愚神による精神浸食で心神喪失状態であったことを証言しますわ」
ファリンが言う。そしてアンリに向き合うと「刑事的責任と民事は別問題ですわ。あなたの夫としての非は明らかにし、暴力事件を理由としてアンリの非を『なかった事』にはしません」ときっぱり。
征四郎がユキを見る。ユキは肯いた。
「モミジさんは被害者です。訴えることはありません」
「では夢へ歩くだけですわ」
ファリンが言えば。
「モミジなら大丈夫!」
ピピが元気いっぱいに言う。モミジが微笑む。
●ノウ・ディブレイク
「ところで剣はどこで……?」
「よくわからないの」
モミジは目を伏せた。アンリは家に帰った。別人のように肩を落として。
「気がついたら、憎しみでいっぱいになってた。家にいたのは確かだけれど。本当は刑事さんのことも何も知らなくて」
「そうですか、知らなかったんですね」
ユキは後半の言葉をほとんど呟くように言った。
「誰かを待っていたということは?」
構築の魔女が言う。
「ジーン・キャット」
ユキが言う。
「そうだわ。オーダーメイドの服が来るのを待っていたの。ジーン・キャットから。そう、ディブって名前で」
「でしょうね」
「何かあれば協力しますし……無理はしないでくださいね」
若葉はユキが色々と抱え込んでいないか心配だった。どうも危ないことに巻き込まれている気がする。剣の愚神はユキを狙っていた。ユキもそのことに驚いていないようだ。
「犯人に心当たりが?」
構築の魔女の問いにユキがうなずく。
「私とレターはとある愚神を追っています。恐らくは」
「そうだ。レターと連絡とれた?」
ピピの問いにユキは首を振った。
「でも、もうすぐ」
「裏で糸を引いてる人ってのは、その糸で踊らされてる人を観察してる時が多いからねぇ」
「彼女が辿り着いたのは、あちらも気付いているはず」
リュカたちはモミジの無事を確認した後、すぐにモスケールに切り替え周囲に敵影が無いか確認、捜索する。ならば近くにいる。そして――
「見つけた」
「ずっといた」
「いたね」
アリスとAliceが言う。
年の頃は30半ば。整った顔立ちだが、ごく普通の人間にしか見えない男性。その手には光の球。
「ライトシャワー」
光球が若葉たちの頭上に浮く。
「上!」
リュカが叫ぶ。一瞬後に光球から光の矢が一斉に放たれた。ユエリャンが傘を開いた。構築の魔女は傘から出て大きく間合いから出ると、矢を撃ち落としていく。威力の弱まった光の矢は傘に阻まれた。ファリンは震えるモミジを抱きしめた。銃声と共に男の袖が破けた。そこにのぞくは禍々しいタトゥー。
「久しぶり」
レターがにやりと笑う。
「探したわよ。ノウ・ディブレイク。愚神十三騎。まさか、あたしたちが追っていた愚神が愚神十三騎だったとはね」
「レターさん、何してたの?」
アリスが問う。
「裏取り。こいつが善性愚神になりかかっていないか。今回の事件の犯人がこいつなら善性じゃないから追い詰めるための努力は惜しまないけど、万が一善性だったらあたしたちは諦めなければならないからね」
「善性?」
ノウ・ディブレイクが初めて声を出した。低く冷たい声だった。
「善性愚神と共闘できると本気で思っているのか」
エージェントを見渡して言う。
「人間同士でさえいがみ合い、憎み合うのにか?」
低い笑い声があたりに響く。
「まあ、いい。今日のところはここまでにしよう」
ノウ・ディブレイクは構築の魔女に視線を向けた。
「失敗したよ。君を殺せばよかった。君のお陰でここまで追い詰められたんだからね。だが、君の観察眼に免じてやめておこう。殺すなら戦いの中で」
ノウ・ディブレイクは踵を返した。誰も仕掛けない。ここでこいつと戦えば廃墟と化す。アリスだけはマナチェイサーで追うが――
「ソーホー方向で消えた」
ソーホーはロンドンの歓楽街だ。ひとに混ざるにはちょうどいいのだろう。
モミジは罪に問われず、民事では離婚が成立した。今、社長秘書をしながら世界中を回っている。