本部

ここに“わたし”が在る意味は

影絵 企我

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/04 11:51

掲示板

オープニング

●研究室にて
「これでこの義手は万全に動くと思います」
 白衣の女性が、ルナールの義手になった右腕を叩く。拳を握っては閉じてを繰り返し、狐は満足気に頷いた。
「すまない。……助かったよ。あと……これも借り受けていいかな?」
「返せる事なんて無いでしょう。そのままあの世まで持って行ってくださいよ」
 ざっくりとした皮肉。狐は肩を竦めると、作業台の上に置かれていた小さなジェネレータを手に取る。懐に突っ込んだ彼は踵を返して部屋の外へと向かう。
 ふと足を止め、振り返る。女は回転椅子にもたれ掛かり、ぼんやりと灯りの消えた天井を見上げていた。
「君は何のためにこの世界にいる?」
 狐はドアノブに手をかけ女に尋ねる。彼女は深々溜め息つくと、ぽつりと答えた。
「姉を助けるためです」
「……そうか。ありがとう」

●狡猾な臆病者
 ルナールは海上支部を抜け出し、グロリア社に姿を見せた。太刀を振るって研究員や職員に次々襲い掛かると、警備のリンカーごと薙ぎ倒しながら社内を突き進む。
 君達はその後を追い、グロリア社に脚を踏み入れた。白昼の社内には折り重なるように人々が倒れている。彼の裏切りを怒ったかもしれない。彼の裏切りを悲しんだかもしれない。あるいは、人々をじっと見つめて彼の真意に気が付いたかもしれない。しかし、話し合っている暇はない。ルナールは既にグロリア社の奥、製品試験場へと向かっていた。君達は床に刻まれた矢印に導かれながら、彼の後を追いかけた。

「……やあ。来たか」
 集団の模擬戦にも耐えうる広さと堅牢さを兼ね合わせた空間。その真ん中に立ち、ルナールは微かな笑みを浮かべて君達と対峙する。透き通った輝きを放つ太刀を右手に提げ、彼はつかつかと君達へ歩み寄っていく。
「失望させてしまったかな。でもね、私は愚神として生きる事に決めたんだ。だから私はルナールだ。人間の坂上でも無ければ、中途半端な騒速でも無い」
 彼の変心を信じられない者が君達の中にいるかもしれない。そんな者に向かって、彼は首を振ってみせる。
「勘違いしないで欲しい。私だって君達に救われた事は感謝している。だから、その恩はあの死神と対峙する時の援護を以て返した。でも、そこまでだ。君達の道と、私の道は交わらない」
 ルナールは切っ先を持ち上げると、君達の鼻先へと向ける。金色の瞳が歪に輝いた。
「何故なら、君達は力を持つイザングランであり、私はそれを嘲笑うルナールだからだ」
 彼の全身にライヴスが満ちる。君達に戦う以外に道は無いと知らしめる。武器を取るしかなかった。そんな君達を見渡して再び微笑むと、ルナールは静かに尋ねてきた。
「一つ聞きたい。……君達は何のためにこの世界で生きている? 何を果たすためにこの世界に存在している? 教えてくれないか」
 ルナールは刀を抜き放つと、脇に刃を構えて君達を見据える。

「もう少しだ。もう少しで、私にもそれがわかりそうなんだ」

解説

目標 ルナールの撃破

BOSS
▽ルナール
グロリア社の模擬戦場に姿を現した愚神。君達に存在意義を問いながら斬りかかってきた。
●ステータス
 物防・抵抗A、魔防・生命B、その他C以下
●スキル
・シンクロ×8
 戦いを通して迷いが消え、千両役者の境地に至った。
[PC一人を選び、装備補正込みの能力とスキルをコピーする。3R経過、もしくはそのPCの生命力分のダメージを受けた時点で解除される]
→相殺
[シンクロ対象のPCがスキルを使用した時、同スキルの使用回数を1消費して無効化出来る。ただし、自らがスキルを使用する場合、シンクロ対象のPCは同スキルの使用回数を1消費してそれを無効化できる。]
→発破
[シンクロ解除時、全BSを回復し、(受けていたBSの個数+2)×5だけ生命力を回復する。]
●武器
・騒速
 説明省略。[生命50%以下:与えたダメージの半分回復する]
・【SW】シュヴァイツァーガルデ
 スイス衛兵の名を冠する小型ジェネレータパーツ。開発者は……
[武器による攻撃を命中させた時:翌RのEPまで自防御+50、敵防御-50]
●性向
・慎重
[挟撃、不意打ちを避けようとする]

FIELD
・40×50のだだっ広い空間。採光もしっかりなされており、明るい。

TIPS
・今回のルナールは逃げないし戦いもやめない。
・説得不能。戦いを止める選択肢は彼に無い。
・わざと負けを認めてもダメ。君達の強さは彼自身がよくわかっている。
・斬られた人々は全て峰打ち。骨は折れたかもしれないが死んではいない。

リプレイ

●鏡像
 赤城 龍哉(aa0090)はヴァルトラウテ(aa0090hero001)と共鳴し、白銀の鎧を纏って狐を見据える。抜き放った大剣を中段に構え、切っ先をルナールの鼻先へ向ける。
「失望か。実は案外そうでもない」
 狐は首を傾げる。眼を瞬かせ、素知らぬ顔をしている。しかし彼らほどの手練れが気付かないわけもなかった。
『峰打ちで済ませるとは、随分と律義なものですわね』
「おかげで、俺としても後顧の憂いなくやれる」
「何のことやら……」
 大太刀を下段に構えると、狐は摺り足で龍哉へ一歩踏み込み、素早い切り上げを放つ。龍哉は咄嗟に大剣を真一文字に振り抜いた。二つの剣閃が交錯し、輝く火花を散らせた。剣を弾かれた反動で間合いを切り、龍哉は再び中段に構え直す。
「もはや細かい事はいい。元より剣や拳で語る方が性に合ってるんでな」
 狐は八相に刀を構え直すと、僅かに口角を上げる。
「そうだな。……我々にはそれが似合っている」
 不意に狐は横っ飛びでその場から飛び退く。無数の刃が風のように押し寄せ、狐の肩や太ももを浅く切り裂いた。頭に木の葉を載せた畳 木枯丸(aa5545)は、身の丈程もある太刀を構えて狐を見上げていた。
「剣客だねぇ~いいねぇ~。それに、るなーるくんて狐なんだねぇ」
「そういう君は……」
 狐は大太刀を脇に構えて木枯丸を睨む。木枯丸はたぬき耳をふわふわと動かし、ゆるりと刀を振り上げる。
「やぁやぁ、我こそはぁ~千刃山の豆たぬきなり~」
 木枯丸はぴょこぴょこと跳ねながら狐へと近づいていく。そののんびりした空気に当てられ、狐は思わず構えを解いてしまう。
「ねぇねぇその刀見せてぇ~? 宴段三郎作ぅ~?」
「そんな名前は知らんよ。私がライヴスを流す前はグロリア社製のワンオフ品――」
 突如、木枯丸は刀を神速で振り抜く。狐は眼を剥き、慌てて背後に飛び退いた。大太刀を振って刃を叩き落すが、木枯丸は構わず狐に向かって刃の雨を降らした。狐は義手で頭を庇いながら、さらにもう一歩退いて直撃を避ける。
 太刀を担ぎ、木枯丸は眼を細めて狐の厭そうな顔を見つめる。
「ほんとだぁ~小細工は見抜かれちゃうんだねぇ~」
「油断も隙も無い狸だよ、全く」
 狐が溜め息をついたところへ、ノエル メタボリック(aa0584hero001)が槍を振るって突進する。
『休む暇など与えはせんよぉ』
 狐は大太刀を構え、槍と素早く打ち合った。

 距離を取った木枯丸は、首を傾げながら、共鳴している菜葱(aa5545hero001)に尋ねた。
「るなーるくんの刀、欲しぃなぁ~。ねぇねぇ菜葱さん、るなーるくんがつけてる刀、どう思う~?」
『坊、刀身をよく見よ。中々の業を纏っておるぞ? 欲しいのか?』
 木枯丸はカナメ(aa4344hero002)と打ち合う狐の刃を見つめる。外から差し込む光に当てられ、刃の光沢は深紅に輝いている。愚神の霊力が込められた紛う事なき妖刀。しかし、だからこそ木枯丸は魅せられる。
「うん~♪」

「私は、そうだな。……敢えて言うなら、“死に場所探し”の為に生きてるかねえ」
 飛盾で狐の立ち回りを牽制しながら、杏子(aa4344)は狐に向かって述懐する。傍のノエルが不思議そうな顔をする横で、狐もまた眼を細くする。
「死ぬ為か。まだまだ死にそうには見えないが?」
「これでもロートルなんだ。二人の子供は立派に育ったし、夫の仇も捕まえた。私はもう、自分の役目は十分果たし終えたんだよ」
 カナメ(aa4344hero002)は歯を食いしばりながら、狐へ盾を叩きつける。狐は刃の腹で切り返した。杏子は盾をキャッチしながら、うっすらと微笑み述懐を続けた。
「生きている以上、死ぬのは必然。どうせ死ぬのなら悔いの残らない有意義な死に方をしたいのさ。人の為に死ねたのなら、私は本望だね」
「なるほど。故にもう死を恐れる事は無い、と」
 杏子は頷く。
「愚神に魂を喰われるんでない限り、ね」
「……なるほど。それが君の答えか」
 カナメは盾を墨刀に持ち替え、素早く狐と切り結ぶ。その柄元を見た二人は、其処に見慣れぬ機械が取り付けられている事に気付く。
「(これは一体……?)」
 狐はカナメに回し蹴りを見舞い、遠くへと彼女を押しやる。カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は、それに合わせて狐の正面へと切り込んだ。水縹色に輝く刃を、狐の脳天へ向けて振り下ろす。
『お前には散々肚の中を探られた。今更俺の存在理由を語る必要は無い』
「そうだな。君とはもう飽きるほどに切り結んできたから、言うまでもなく君の想いは理解しているつもりだよ」
 頭上に刀を掲げて受け、狐は歯を食いしばりながらカイを見据える。カイもまた顔を顰め、剣を握る手に力を込めた。
『だが、お前の死の覚悟を以て意味するもの、それを見定める為にも俺は在り続ける』
「そうか。……とても嬉しく思うよ」
 刀を振るって大剣を弾くと、彼は左脇めがけて迫る龍哉へと目を向けた。
「私も、君達の生を見定める為に、身命を賭すよ」
 その瞬間、彼の纏う外套が銀色に輝いた。瞳も金色から黒へと変わる。
『(……マズい)』
 カイは眼を見開くと、咄嗟に後背へと退いた。しかし、目にも止まらぬ速さで振り抜かれた一撃は、カイの腰を僅かに掠めた。深紅の血がぱっと舞い、模擬戦場の床を紅く染める。御童 紗希(aa0339)は小さく呻いた。
「ちょっと掠っただけなのに……!」
『今はマズい。少し下がるぞ』
 カイは大剣を幻想蝶へ収め、さらに狐から間合いを取る。出来た空隙に向かって、龍哉は素早く踏み込んだ。
「鏡写しの自分を相手にする時が来ようとはな。面白れぇ!」
 大剣を大上段に振りかぶると、その刃へ一気にライヴスを流し込む。狐もまた大太刀を八相に構えて刀身を金に染め上げた。
 二人は吼え、互いに剣を振り下ろした。その刃が触れ合った瞬間、閃光が弾ける。鎧の表面に罅が入り、装いに焦げ跡を作りながらも、二人はその場で足を強く踏ん張った。
『なかなか思う通りには行かないようですわね』
 ヴァルは唸る。鍔迫り合いを繰り広げながら、狐は歯を剥き出してふてぶてしく笑った。
「……そう簡単にやられるわけにはいかないんでね。危ないところだったけど」
 狐の刀にライヴスが宿る。龍哉も合わせてライヴスを溜め込むと、再び剣をぶつけ合った。二人は同時に背後へすっ飛び、全身までも伝わる重い衝撃を受け流す。
「やっぱり今までとは違うな。……その剣に恐れがない」
「当然。如何になろうと、私はもう私を失わずに済むんだから。恐れる必要などないのさ」
 太刀を下段に構え直し、狐は深く息を吐き出す。全身を纏う銀色が失せ、身体に刻まれた細かい傷が癒えていく。
「さあ……君は、君の在るべき意味をどう思う」
 狐にその眼を向けられた瞬間、八朔 カゲリ(aa0098)は淡々と応える。その剣に纏わりつく錆を焼き払いながら、足音高らかに狐へと迫っていく。
「俺にとって、その問いには意味など無い」
 銀の髪を振り乱し、眉をしかめたままカゲリは狐と打ち合いを繰り広げる。
 その眼は、狐の向こう側にただ一つの道を見ていた。妹が安らかに目覚める事の出来る世界をただ齎す。それを叶える為ならば、遍く“敵”の悉くを焔に包んで燼滅しよう。それどころか、己が総てを焼き尽くしても構わない。
 どこか破滅的でさえある願いを胸に、彼は剣を叩きつけた。
「俺は俺の進む道を決めた。だから征く。誰に認められるまでもない。万人に否定されようと構わん。俺は進むだけだ」
「全く迷いがないね。……君のライヴスに触れるだけで、それが良くわかる」
 狐はカゲリの持つ宝剣へと眼を向ける。英雄との絆を焔へ変えて、五色の光を刃へと灯している。カゲリは剣を振るうと、新たに六つ目の光を刃に纏わせる。全てを地獄へも落としかねない光を。狐は刀を低く構えつつ嘆息する。
「そうまでして、君は君が見つめる道の先を求めるのか」
「お前に嘆かれる謂れはない。俺もお前も同じだ。“そうしたもの”に相違ない」
 狐は身を翻すと、刃を切り返して後ろへ飛び退く。
「まあ、君ならそう言うだろうと思っ――」
 とっさに身を反らす。それでも、急所を厳しく狙った弾丸は彼の胸元を掠めた。黛 香月(aa0790)は対物ライフルを軽々と取り回しながら、狐に向かって狙いを定める。その眼に一切迷いは無い。
「お前は“愚神ルナール”として生きる道を選んだ。ならばゲームはここで終わりだ」
「君の思う自身の存在意義は……聞くまでも無いな」
 狐は二発目の弾丸を刀で切り捨てる。香月はライフルを構えて駆け寄りながら、狐のすかしたような笑みを睨みつけた。
「あの時は貴様に世話になった。それだけは礼を言おう。……だが愚神を滅ぼす事こそ私の存在意義だ」
 引き金を引いた瞬間に乾いた爆音が響く。大口径の銃弾が狐の脇腹を掠める。愚神に屈服させられかけた彼女にとっては、愚神へ向ける一挙手一投足こそが、彼女が彼女である事の証明だった。
「貴様が愚神として私と対峙する以上、問答無用で消えてもらう。悪く思うな」
「いや……それでいい。それがいいんだ」
 狐は大太刀を鞘へと納め、再び抜き放つ。刃は太刀ほどの長さへと変わり、狐は青い光をその身に纏った。
 背後から振り下ろされる一太刀。狐は身を捻ってこれを躱すと、ノエルやカナメの畳み掛けるような攻撃さえも天狗のような身のこなしで避けていく。一切の攻撃を寄せ付けないその立ち振る舞いは、迫間 央(aa1445)のスタイルそのものだった。
「此方の業の完全な模倣、見事という他ないな……だが」
 間一髪で刃を避け合う紙一重の攻防を繰り広げながら、央は狐の懐へ深く深く切り込んでいく。肉薄を嫌って背後へ下がり続ける狐へ、心身そして刃を以て語り掛ける。
「剣は己を表すモノ……出来る事なら、“最後はお前自身の剣”で来い」
「私自身の剣ねえ。そもそも私に私自身の剣などあったかな」
 狐ははぐらかす。央は舌打ちすると、化け続ける狐に向かって剣を鋭く突き出す。
「そもそもだ、何か言い訳がないと自分の生を語る事も出来ないのか?」
 狐は首を傾げ、顔面に向かって繰り出された一撃を躱す。体勢が僅かに崩れた瞬間を突いて、央は狐に当身をくらわす。同時に狐を取り巻く青い光は失せ、狐は躱し切れずによろめいた。
「生きる意味だと信じた答えが誤りだったら、そいつの生はそこで意味を失うのか? 仮に意味があったとして、お前の生はただそれだけのちっぽけな物なのか?」
 袈裟斬り。狐は義手で辛うじて受け止め、捨て鉢に呟く。
「愚神なんて、そんなもんさ」
『虚ろね。だから埋め合わせが欲しいのでしょう』
 央の眼を通して、マイヤ サーア(aa1445hero001)は狐の瞳を覗き込む。喪失感に苛まれていた彼女には、狐が今なお抱える虚無が透けて見えた。狐はその眼を嫌がり、身を捻って間合いを取り直す。
「……存在する事が間違いな我々だって、ここに存在した意味くらいは欲しいんだ」

「だから知りたいのさ。……君達は自分がどうしてここに在ると思うのか。何を以てその答えに至ったのか。それを知れば、きっと私は私の答えを証明できる……!」

●相克
『(見事だな)』
 ナラカ(aa0098hero001)は狐を眺めて呟く。狐は波のように、風のように、押しては退きを繰り返しながら互角に立ち回っている。善も悪も無く、ただ全てを俯瞰する者として彼女は狐を称賛した。
『(迷いながら答えを求めて足掻き進む、その姿に人との違いはないではないか)』
 今や英雄に堕ちようと、彼女はそもそも神であった。時に生命を慈しみ育て、時に生命を涸らし焼き尽くす光の具現だった。そしてそうでしか在り得ない。彼女は初めから終わりまで一つの意味に定められているのだ。
 故に彼女は意志を愛する。弱さゆえに迷い、揺らぎながらも己であろうとする意志を。
 カゲリは十色の光を宿した剣を黙々と振るう。狐はどうにか受け流して、耐え忍ぶ。二者の間に最早交わすべき言葉もなかった。
 カゲリの鋭い横薙ぎを受け切れず、狐は脇腹を強か打ち据えられる。足元が覚束なくなったところへ、さらにノエルが踏み込んでいく。
『卑怯じゃな、望む場をこのような形で用意するとはのぉ』
 槍を長く持って振り回し、追い打ちをかけた。狐は素早く腕を掲げて穂先を受け止める。かと思えば、今度は槍を短く持って懐へ深く踏み込む。ヒーロー映画のアニメーションやら、スパルタ兵やら様々な槍の取り回しを取り入れた変幻自在の挙動だ。
 狐は穂先を蹴って撥ね退け、そのままノエルに足払いを掛けた。逆関節に変化した義足で兎のように素早く跳ね、足払いを躱したノエルは狐から遠ざかる。風に似た紋様をその服に浮かべた狐は、ライヴスを吹きかけて全身の傷を癒していく。
「卑怯か。それは誉め言葉と思っておこう。ノーブルやイザングランと違って、こっちに手段を選んでいる余裕はないものでね」
『そうぢゃな。戦いで、生き残るのは臆病で狡猾なものぢゃからのぉ』
 ノエルは腕組みしながら頷く。のんびりと頷く。狐は彼女を一瞥していたが、不意にその場に跪いた。飛び回る盾が、彼の耳元を掠める。
 槍を水平に構え、ノエルは一気に飛び出す。逆関節のバネを生かした、体重の乗った一撃。しかし、すぐさま狐は立ち上がり、半身になってその突撃を躱した。
「(わらわ達の連携、最初から分かっているかのような動きぢゃな)」
 ヴァイオレット メタボリック(aa0584)はノエルに語り掛ける。
『厄介ぢゃが。しかし最後の戦があっさり終わってしまうのもつまらんぢゃろうしな』
 狐の全身を取り巻く風が失せる。龍哉はその瞬間を見極め、狐の右脚に向かってネビロスの糸を放った。狐はブーツを切り裂かれながらも、刀を振るって糸を斬り落とす。
『ただ思考を読んでるというのみではないようですわね』
「君達の人となりがわかれば、わざわざ君達にならないまでも、何をするかはわかるさ」
 秘薬を取り出しながら、龍哉は再び狐と向かい合う。
「模倣に始まり元祖を超えるまで昇華させた技ってのは赤城波濤流にもある。……だが、ただ模倣を突き詰めればそれが成せるわけじゃねえって事を教えてやるぜ!」
 狐は眉を上げた。龍哉は不敵に笑うと、背負った大剣を抜き放ち、鍔元にその秘薬を収める。その瞬間、刃に黄金の光が灯る。
「起きろ、凱謳!」
《Leave it to me, master》
 機械的な声が響き、刃全体に光が行き渡っていく。只ならぬ気配を感じた狐は、龍哉から距離を取ろうと一歩後退りする。
 刹那、央は龍哉の背後から身を現し、経巻の光を狐の目元に向けて撃ち込んだ。
「くっ……」
 狐は咄嗟に左手で顔を庇う。その隙に央は鞘から叢雲を抜き放ち、オーラを纏いながら駆け抜けた。狐は素早く構え直したが、既にその姿は正面に無い。狐は眼を見開き、咄嗟に刀を振るった。
 刃は空を切る。生まれた隙を突いて、央は狐の背後から袈裟斬りを叩き込んだ。
「(スキルの潜伏に頼らない、今時点での奥の手だ……!)」
 直撃を受けた狐は、顔を顰めてその場でよろめく。その隙を龍哉は逃さない。
「こいつでねじ伏せる!」
 腹の底から吼えながら、龍哉は許容量ギリギリまでライヴスを溜め込んだ剣を天へ突くように構えて駆け出す。その姿は二ノ太刀不要の蜻蛉の構えにも似ていた。
 央の一撃で体勢を崩した狐には、とてもその一撃を躱せない。腹を決めた狐は、太刀を諸手で握って攻撃を迎え撃った。

 光と轟音が弾ける。狐の刀は砕け散り、龍哉の強靭な一撃が狐の肩に叩きつけられた。

 鮮血が舞い、狐は堪らずその場に膝を付く。太刀も中ほどから折れてしまっていた。
「まだだ。……まだ、やれる!」
 しかし、己の最期を背負った狐の闘志は消えない。折れた刀の切っ先を傷口に押し当てる。溢れる血が刀へと吸い寄せられていき、次の瞬間には新たな刃へと生まれ変わった。
 肩で息をしながらも、再び立ち上がる狐。カイは大剣を構えながら、じりじりと間合いを詰めていく。
『……なるほどな。毎度毎度新しい刀をどこから調達してくるのかと思ったが……そういうカラクリだったのか』
「何度作り直す羽目になったか。これをやるのも楽じゃないんだよ」
 狐は伏せる獣のように低く構え、切っ先をカイの喉笛に定める。彼の血とライヴスによって再構築された刃は、紅色の歪な光を放っている。
「でも……これで最期だ。出し惜しみする事もない」
 狐の眼が淡い光を放つ。カイはそれを見て取ると、大剣を中段に構えて周囲を見渡す。
『後のカバーを頼む』
 言うなり、二人は一気に飛び出した。刃にライヴスを纏わせ、渾身の力でぶつけ合う。空気が唸り、窓が震える。鍔迫り合いへと持ち込むと、紗希は狐と間近で対峙する。
「あたしの存在する理由……今まで、考えた事も無かった」
 火花が弾け、二人は同時に仰け反りよろける。直ぐに武器を構え直すと、再び真正面から刃を交錯させた。
「能力者になったからエージェントになった……ただそれだけ。けど、今まで経験した事、そしてタナトスの最後の言葉……その意味を知るために……」
 身を翻して打ち合うと、紗希は自ら大剣を八相に構えた。水縹が碧色の輝きを帯びる。その光を傍で浴びながら、彼女の顔は確かな信念を抱いているように見えた。
「あたしは多分、貴方が見る事のない未来を見る為ここに在るんだと思う」
「そうか。……いい答えだと思うよ」
 狐も太刀を八相に構える。その刃が纏う紅は、一瞬にして蒼へと変わる。二人は構えたまま、徐々に足を擦らせて間合いを盗んでいく。五秒、六秒、七秒、八秒、九秒。刻々と時が過ぎる中、遂に二人は動いた。
 狐は紗希達に向かって逆袈裟を放つ。しかし、彼らの動きは一層早かった。力を合わせて振り下ろした刃は、狐の刃が二人へ届くよりも先に、狐の肩を切り裂いていた。
「……!」
 遅れて狐の刃も紗希の肩を切り裂く。二人は互いの肩に刃を押し付けたまま、前のめりとなって崩れる。
「あの時とは逆になってしまったね」
『俺達にお前のような芸当は出来ない。……でもな、それでもこんだけ刃を交えてれば、お前の呼吸や間合いの切り方くらい、見通せるんだよ』
「全くだね。君達とは随分と長い縁になったよ」
 狐の眼から碧の光が失せる。深く深く息を吸い込み、狐は刀を握り直して立ち上がる。
「おかげで信じられそうだ。私は、私の見つけた答えを」
『答え……お前の答えってのは、一体何だ……』
 カイは狐を追って立ち上がろうとするが、足元に力が籠らない。カイは舌打ちをすると、大剣を収めてヘパイストスをその場に展開した。照準器を覗き込み、香月や央達に囲われた狐を見つめる。
「君の答えはよくわからないけどぉ、勝ったらその刀、貰ってもいい~?」
 木枯丸は一気に狐へと肉薄し、諸手に握った太刀で狐の足元を狙う。金毛を銀色へと変えた狐は、ぴょんと跳ねてその攻撃を躱しながら肩の傷を癒していく。
「この刀はもう私の一部だ。私が死ねばこの刀も消えるよ」
「そうなのぉ? それはちょっと残念だなぁ~」
 口ではのたりのたりと語りながらも、身のこなしは空っ風のように速い。調子が狂った狐は、足腰を面白いように叩かれる。
「うるさいぞ、タヌキめ!」
 狐は眼を剥くと、刀を水平に構え、一息に周囲を薙ぎ払う。横から直撃を貰った木枯丸は、両手を上げながらすっ飛んでいく。
「わ~痛いよぉ~、るなーるくんがいぢめた~」
「くそ……だからタヌキは嫌いなんだ。調子が狂う」
 狐は刀を構えてため息を吐く。全身を昆虫のような鎧に包んだ香月は、大剣を振るいながら間合いを詰めていく。放たれた衝撃波が、竜の咆哮のように轟きながら狐へ襲い掛かる。
「ふざけている暇などやらんぞ」
 狐は咄嗟に刀を構えると、瞳を紅く染め上げ香月を迎え撃つ。二人は同時に一気呵成の勢いで突っ込み、弾かれ合いながら再び武器を構え直した。
「貴様の答えが何であれ、私の為す事は変わらん。私の肉体と精神を弄んだ愚神を滅ぼし、私が私で在る事を証明する」
「感じるよ。まさに君のような意志をこそ、鋼の意志と言うんだろう……!」
 香月と狐は合わせ鏡のように同じ体勢を取る。しかし、エージェント達の影から一直線に飛んだ一本の鋭い針が、彼の動きを一瞬封じた。
「くそっ」
 狐は咄嗟に構えを解くと、香月の三連撃を義手や刀で必死に受け止める。狐は反撃の一閃を見舞おうとしたが、顔を顰めて振り返る。央が狐の背後から迫っていた。
「月夜に付き纏う影のようだよ、君は」
「これが俺の戦いだ。誰に何をも言わせはしない」
 背後から迫る香月を牽制しつつ、狐は央に向かって刀を振るう。央は正眼に構えたまま、流水のように狐の刃を右に左に躱していく。
「聞いた事があるか。人生とは即ち“道”だ。武道とは武を以て人生をより善く歩む術だと」
「私のようなものにはとんと見当もつかない話だな」
 央は一瞬の隙を突き、狐の脇腹にカウンターの一撃を見舞う。
「道がどこに通じているかは問題じゃない。その道をどう歩くかこそが重要なんだ。技を極める事は所詮副産物に過ぎない」
『時に、得た筈の答えに迷っても、それを否定されても、それで終わるほど命は軽くない』
 マイヤも言葉を重ねる。最初は、この世界に現れた意味も答えも、探す事さえ拒んでいた。しかし、央と共に在ると決めた時に、自分の命の重みもまた理解したのだ。
「だからこそ、俺達は生き抜き……その果てに笑って死んでやる」
「……それが、君の答えか」
 狐は小さく微笑むと、刀を振るって突き出された槍を弾き返す。ノエルは構わず狐に突進をかまし、彼を仰け反らせた。
「ルナールよ、今後の為には生きて欲しいのぢゃがの……」
「出来ない相談だ。それだけはお断りだね。私はイザングランとも、ノーブルとも手を組むつもりはないんだ」
 ヴィオが呟いた瞬間、狐はいきなり意固地な口調になる。カナメは眉をしかめ、目を真っ赤にして、彼の真横からパニッシュメントの光を叩き込んだ。
『何でだ! 何でなんだよ!』
「意地って奴さ。私はね、何をか為すだけの力を持っている奴に、所構わず中指立てるのが趣味なんだ。それを止めたら、いよいよ私が存在している意味なんてなくなる」
「ちょっとわかるかなぁ~。そういうの~」
 再び狐の足元へと潜り込み、澱んだ黒い光を纏った太刀で切り上げる。狐は唐竹割で刀を打ち下ろすが、その背中に向かって降り注いだ刃の雨を躱せなかった。
「やりたいことをやめたら、生きてる意味なんかないよねぇ~。だからボクはるなーるくんみたいな剣客とたたかいたいんだぁ」
「タヌキに同意されるとは……私も焼きが回ったかな」
 間髪入れずにノエルが槍を突き出す。繰り出された槍は刀の柄元を捉え、ジェネレーターを叩き割った。狐はふらつきながら、自らを取り囲むエージェント達を見渡す。
「……だが、そういう事さ。私には君達に敵対するしか能が無いんだ。なのに、何故そんな私を一瞬たりと存在する事をこの世界は赦した?」
 狐の呟きに、カイは眼を見開く。
『(こいつ、タナトスと同じことを……)』
「スケールのデカい話だな。そもそも、俺達が存在する事に、赦されるも赦されないもないだろうが」
 龍哉は大剣を構えたまま首を振る。カゲリも一歩を踏み出し、十一の光が灯った剣を構える。
「そうだ。全ては“そうしたもの”としてあるだけだ。俺も、お前も」
『(……少し、出るぞ)』
 ふと、ナラカはカゲリに囁く。その言葉に満ちた強い意志。カゲリは仏頂面のまま彼女に力を譲った。その姿は光に包まれ、妙齢の女へと変わっていく。
『面白いな。まさにお前は愚かな神だ』
 彼女が燃え盛る剣を手にした瞬間、最後の光、全てを嘗め尽くし無へ帰す黒い光が灯った。
『……既に答えは出たのだろう。聞かせるがいい。己にとって真となったのならば、高らかに吼えてみせるが良い』
 ナラカの身を黒焔が包んでいく。砂金を散らしたように、其処へ微かな黄金色の光が混じった。狐は口を堅く結ぶと、彼もまた刀に黒い炎を纏わせる。
『さあ、裁定を示すとしよう』
 狐とナラカは一歩踏み込む。炎と焔が交錯する。ナラカは荒々しく、一切の容赦を与えず狐に対して剣を振るい続ける。狐は歯を食いしばって喰らい付いていたが、ナラカが不意に放った突きに惑い、よろめく。
『我らが切り札、良くここまで凌いだものだ。……その輝きはやはり、まやかしではないな』
 狐の切り上げを往なすと、ナラカは狐の胸に燃える真一文字の傷を刻み付けた。
「うぐ……」
 胸元から白煙を上げながら、狐はよろよろと後退りする。口から血を吐き、彼はその場にがっくりと膝をつく。その命は、最早幾許も無いと見えた。それを見たカナメは、唇を噛んだまま一歩踏み出す。
『頼む。最後は私にやらせてくれないか』
 彼女は仲間達に向かって尋ねる。満身創痍の狐は、立つ事さえままならない。せめて、それに終わりを与えるのは自分でありたかった。
 仲間達は顔を見合わせ、静かに二人から離れる。狐は刀を支えにしながら立ち上がり、カナメの眼をじっと見つめる。墨刀を中段に構える彼女の眼からは、既に涙が零れていた。狐は口から血を垂らしながら、小さく首を傾げる。
「そんなに悲しい顔をするなら、わざわざ自分で手を下す事もないだろうに」
『嫌だ。……お前と私は出会って日も浅い。でも、お前の最期を誰かに譲るのは嫌なんだ』
 カナメは頑なに首を振る。狐は眼を瞬かせると、うっすら笑って刀を構え直した。
「黙ってやられてやるつもりは、無いよ。そんな状態でやれるのかい」
『やれる。……やるさ』
 カナメは刀に光を纏わせる。二人は腰を深く落とすと、互いに素早く踏み込んだ。

 光が弾ける。カナメの突き出した刃が、狐の胸元を確かに貫いていた。

●答え
 微かに呻き、刀を取り落とした狐はその場に倒れ込む。カナメは武器を投げ出すと、慌てて狐の下へと駆け寄った。彼を抱きかかえると、狐は微かに目を開く。
「負けたな。……流石にもう、立ち上がれそうにないか」
 龍哉は狐の傍にそっと歩み寄ると、共鳴を解いてヴァルと共に狐をじっと見つめる。幾度となく刃を交え合った敵に、彼は尋ねた。
「何か言い残す事はあるか?」
 狐は微かに首を振る。
「ないね。此処までこてんぱんにされたら、もう思い残す事なんてないさ」
「……なら、今度この世に出てくる時は、英雄として来い」
 龍哉は仏頂面のままで言う。狐は掠れたままの喉を軽く鳴らすと、そっと目を背ける。
「それは、“私”を受け容れてくれたという事かな。……存外、悪くない気分だ」
 紗希とカイも共鳴を解く。紗希は眼を丸く見開いたまま、狐の傍にがっくりと膝をついた。
「ねえ、ルナール」
「勝ったんだろう、そんな顔はしないでくれ。……なあ、アルブレヒツベルガー」
 狐は僅かに身を起こすと、カイを見上げる。怪訝な顔をしつつも、彼は傍に跪く。すると、狐はいきなりカイの肩を引き寄せ、小さく耳打ちする。それを聞いたカイは、目を見開いて狐を見据える。
『おい、それはどういう……』
 尋ね返そうとしても答えず、狐はカイを突き放した。その反動でカナメの太ももの上に倒れ込むと、狐はいよいよ虚ろな眼をして茫洋と周囲を見渡す。
「本当のところは知らない。……けど、我々はきっと、君達人類に対する試練だ。君達は、君達に希望を齎すことが出来るのか。この世界は、我々を通してそれを試している」
 濁った瞳は誰の姿も映していない。狐は、ただこの場に居る者達に向けて、譫言を一つ呟いた。
「君達が歩むと決めた道、忘れずにいて欲しい。それが、君達の未来を守る事に――」
 言葉が途切れる。狐は眼を閉じ、ふっと溜め息を一つ洩らした。彼の身体はぐったりと崩れ、その身体は光に包まれていく。央は叢雲を鞘に納め、一人狐へ語り掛ける。
「……お前の事は俺達が覚えておく。今言った……お前の生きた意味は守ってやるさ」
 カナメは狐を掻き抱く。しかしその瞬間、彼の身体は一抹の光となって消えていった。狐の消えた腕の中を見つめ、カナメはいよいよ涙を零す。
『さようなら、ルナール。出来ればもっと、一緒にいたかった……』
 杏子に慰められながら、カナメはさめざめと泣き続ける。茫然とその様子を見つめていた紗希も、自分の中に空いてしまった隙間に気付く。
「……嘘だよ。分かんない。どうしてあたしが存在するかなんて分かんないよ!」
 涙が溢れてくる。しゃくりあげ、紗希は呻く。張り詰めていた糸が切れ、肩に刻まれた傷はしくしくと痛む。
「あたしはなんて事を……ホントは死んで欲しくなかった。人と愚神が共存できる世界を一緒に見てみたかったのに……!」
 心に開いた穴から後悔が次々と湧いてくる。血が滲むほどに両手を握りしめ、紗希は掠れた声で、今や届かぬ所へ行ってしまった狐へ尋ねる。
「なんで……行かなきゃいけなかったの? ルナール……」

●試練
「おわったぁ。まずはお手入れしないとねえ」
 共鳴を解いてますます小さくなった木枯丸。訓練場の床の上にぺたりと座り込むと、打ち合いで傷ついた刀の手入れを始める。袱紗やら打粉やらを取り出すと、幼い容姿には似合わぬ慣れた手つきで柄の目釘を外していく。菜葱はそんな相方の姿を隣で見つめ、小声で尋ねる。
『坊は変わらんのう。これがまいぺーすというやつか』
「ん~?」
 木枯丸は刀の油を拭いながら首を傾げる。菜葱は、座り込んだまま肩を震せている紗希の姿と木枯丸の姿を見比べた。
『や、向こうに泣いている女の子がおるのにと思ってな』
「まー、ボクには悲しむ理由はないし~」
 ぽやんとした口調で彼は答える。狐で剣客などという愚神がいるというから駆けつけただけ、ルナールには特に因縁も無かった。そして、だからこそ見える表情もある。
「それにね、るなーるくんはうれしそうだったし、ボクは悲しむ必要は無いと思うんだぁ」
 そこまで言うと、木枯丸は懐から刃の破片を取り出す。ルナールが消え去っても、龍哉に砕かれた刃の破片は消えずに残っていたのだ。
「うーん。でも、刀がこんなになっちゃったのは少し悲しいかなぁ」

「何度も逃げ回っていたようだが、これでこの愚神の命運も尽きたか」
 香月は羽織の内から煙草を取り出すと、慣れた手つきで火を灯す。ふっと煙を吐き出すと、彼女は模擬戦場の壁へおもむろにもたれ掛かる。アウグストゥス(aa0790hero001)は、そのそばで休めの姿勢を取っていた。
『しかし、香月様が一言でも愚神に礼を言う時が来るとは思いませんでした』
「己の屁理屈で生死を弄ぶ不埒な死神を討つ為に、一度は手を組んだのだ。その事実までも蔑ろにするつもりはない」
 香月は事も無げに応える。紫煙がふわりと漂っている。その眼は相変わらず物憂げで気だるげ、どこか遠くを見つめている。アウグストゥスはその横顔を見つめ、おずおずと問いかける。
『それだけ……でしょうか』
 アウグストゥスを香月は一瞥する。彼女は何かを言いかけたが、結局唇を真一文字に結んで煙草を携帯灰皿に押し付ける。
「それだけだ」
 吐き捨てる。その眼は、新たな獲物を捜す狩人のそれになっていた。アウグストゥスはそっと頭を下げる。
『……申し訳ありません。出過ぎた事を申しました』

「……試練か」
 壁にもたれるようにして座り、カゲリはぽつりと呟く。再び錆び付いてしまった天剱を片手で取り回しながら、小柄な少女に戻ったナラカは応える。
『愚かではあるが、奴もまた神であろうとしたという事だな』
 剣を天井から降り注ぐ光へと翳す。錆の内に封じ込められた十二色の光が星のように瞬いている。
『奪う者でしかない自分が、人類にとって価値ある存在であるためには、自らをいかに定義するべきか。奴はそこで迷っていたというわけだ。その答えが“人類に対する試練”とは、因果なものだな』
「それがどのようなものであれ、関係はない。前に立ちはだかるというのなら打ち破るだけだ」
 カゲリは淡々としている。その涼しい顔は、リンクバーストの負荷でろくに動けないでいるようには見えなかった。そんな相方の横顔を一瞥すると、ナラカはふと背を向け、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
『私も眺めているばかりではなく、いつかは試す側に回らねばな』
 人類の意志の持つ輝きを、いつかは正面切って目の当たりにしたい。彼女はそんな思いを抱くのだった。

――数日後――
「こやつもまた、倒す事になってしまったか」
 孤児院のセーフティルーム。ヴァイオレットは一際分厚い老眼鏡を掛けて、パソコンと向かい合っていた。こっそり撮っておいたルナールの画像や映像のデータを外付けのハードディスクに保存し、任務内での彼とのやりとり、仲間の様子を事細かに文章へと起こしていく。
『奴は安らかな顔をして逝きおったのう』
 背後でお茶を啜りながら、ノエルはまったりと呟く。ヴィオはキーボードを叩く手を止めると、ぐるりと姉の方を振り向いた。
「……わらわ達は、あのような顔をして逝けるかのう」
『老化処置を受けはしたが、老い先まで短いかはわからんぞ』
 ノエルは車椅子を転がすと、妹の傍まで近寄っていく。その肩をポンと叩いた。
『今は、師の仕事に集中するのぢゃ。答えは死ぬときにわかる』
「そうぢゃな」
 二人は机の隅に眼を向ける。割れた紫色の鏡が、スタンドに立てかけられていた。

「トールは俺達に正義を託して死んだ。それでルナールは、自分達は人類に対する試練だと言った……彼の話じゃ、タナトスはあいつの代わりにどうのこうのって言ったらしいじゃないか」
 H.O.P.E.の支部内を歩きながら、央はマイヤとぽつぽつと会話を繰り広げていた。
『随分と愚神に色々と押し付けられてしまったわね』
「……正義を背負うなんてガラじゃないけどね、俺達は。……あるいはトールのスタンスに近いのかもしれないな。正義を背負おうとする奴に手を貸すって意味じゃ」
 思い出されるのはアマゾンで出会った無頼漢。彼の生き様には、周囲の仲間達も共感やら同情やら向けていた。最近彼の英雄であった女の手記が見つかったらしい。央もまた、その内容に興味を抱いていた。今日はその情報を確かめに来たのである。
「……歩むと決めた道を見失うな、か。そんな事は百も承知だった」
 狐が遺した言葉が央の脳裏に過る。
『ただ、あの狐の口振りからしたら、化けさえすれば私達の考えなんてわかったはずよね。……それをわざわざ口に出させて、わざわざ忘れるな、なんて釘を刺した』
 どうしてかしら。マイヤは小さく首を傾げた。
「試練か……」
 央は呟く。いやがうえにも、世界に変化の時が訪れている事を感じるのだった。

「あんたって、いつもここに篭ってるんだね……」
 研究室の扉を開くと、杏子は溜め息をつく。部屋の照明を落とし、デスクライトだけを灯して恭佳は何やら作業をしていた。少女は手を止めてくるりと振り返る。
「人聞きが悪いですね。留年しない程度には高校行ってますよ」
「高校教師だった身としては、そんな風に学業を蔑ろにされるのはいい気持ちじゃないんだけどねえ」
 杏子は肩を竦めて苦笑した。恭佳は口を尖らせ手元のドライバーを手持無沙汰にくるくると回す。
「別に蔑ろにしちゃいないですよ。学校に行くだけが学業じゃないでしょう」
「生意気な事言うねえ。青藍ちゃんも大変だ」
 恭佳はふいと顔を逸らす。杏子は彼女の目の前に回り込むと、基盤が焼け付いたジェネレーターを差し出す。恭佳は眉を上げると、杏子の手からジェネレーターを受け取る。
「“スイス衛兵”じゃないですか。失くして困ってたんですよ」
『嘘を付け。義手だって完璧に修理されていた。お前が義手を直して、そのジェネレーターまで貸したんじゃないのか』
 恭佳は黙り込む。それを肯定と受け取った二人は、恭佳の手を取る。
「愚神への加担がバレたらこの立場だって危うくなるのに……」
『どうして……ルナールの頼みを聞いたんだ?』
 恭佳は二人を見渡す。やがて二人の手を払い除けると、再び机に向かい合った。
「頼みを聞く……姉さんと違って、私はそんなに優しい人間じゃないですよ」
 彼女がパソコンを操作すると、画面に義手の設計図が映し出される。
「あれはマキナの息がかかった研究所で作られ、アルター社で再開発されているという義手……一度自分の手で触ってみたかっただけです。あいつがやってきたのは渡りに船でしたよ。どうせ彼が生還するとも思ってませんでしたしね」
 恭佳は淡々と応える。その声色はどこか虚勢を張っているようにも聞こえたが、杏子はこれ以上突っ込まない事にした。
「そうだったのか。……でも、アイツが全力で戦えるようにしてくれてありがとう」
 微笑む杏子。恭佳は頬杖をつき、ふいと顔を背けるのだった。

 龍哉は道場で八角木刀の素振りを黙々と続けていた。しんとした空間の中に、空を裂く音だけが響く。ヴァルはそっと戸を開き、しずしずと道場に足を踏み入れた。
『いつにもまして、素振りに気合が入っているようですわね』
「自分の戦い方を見直すいい機会になった。感覚を忘れないうちにしっかり稽古しておこうと思ってな」
 木刀を下ろすと、龍哉は汗を拭いながら振り返る。
「今回は迫間のアシストがあったから直撃させられたが、やっぱりチャージラッシュまで込めると構えを取ってる間に距離を離されるかもしれないからな……そういう前隙も埋められるような一撃を極めたいところだ」
 ヴァルもこくりと頷く。
『ヴォジャッグも発見されたという話でしたものね……何やら、最近愚神の活動が活発化してきているという気がします』
「そうだな。まだまだ強くなっておかねえと」
 龍哉は再び木刀を構える。意識を集中しようとするが、ふと“彼ら”の事が気にかかる。正眼に構えたまま、彼はぽつりと呟いた。
「それにしても……御童達は大丈夫なんだろうか」
『……カイに聞かせてもらった話ですが……』

 カイは部屋の壁にもたれ掛かり、スマートフォンで何者かと話していた。無愛想に顔を顰め、獣が唸るような低い声で話している。
『あれから部屋に篭ってるよ。学校にも行ってない。このままだと、出席日数も足りなくなってくるだろうな』
 彼の眼にしている扉は、天岩戸のように固く開かない。カイには、その扉を開かせるための踊りが分からなかった。踊るつもりも無かったが。
『今俺が何を言っても無駄だ。マリが自分でケリをつけないと……』
 電話先の知人は何事かを言う。彼は難しい顔をして頭を掻くと、傍の椅子にどさりと腰を下ろした。
『元々復讐心や野心でエージェントになった娘じゃない。自分の居場所に価値を失いここに留まるというなら、それまでの話だ』
 かつて契約した能力者と、瓜二つの少女。彼は神妙な顔で、小さく付け加える。
『そして俺はマリの傍にいる……それだけだ』

――彼女の優しさを、絶対に守り抜くんだ――

 スマートフォンを脇に置くと、カイは唇を噛む。狐の言葉が脳裏に纏わりついて離れない。元々、百も承知のその言葉。カイは頭を抱えると、今は無き好敵手に向かって問いかける。
『何のつもりだ。その言葉には一体どんな意味があるっていうんだ……』


 ぴったりと扉を締め切り、鍵までかけた部屋の中。布団の上で、紗希は丸くなっていた。食べ物もろくに喉を通らない。
「あたしの道って、何なの……わかんないよ……」
 季節外れの雨が降っている。涙の枯れた紗希の代わりに、天が泣いているかのようだった。

 “Le Renard” 終

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 闇を暴く
    畳 木枯丸aa5545
    獣人|6才|男性|攻撃
  • 狐の騙りを見届けて
    菜葱aa5545hero001
    英雄|13才|女性|カオ
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