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【紫雲】ジーニアス一発芸入試
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【相談】魔の入試企画…?
最終発言2018/02/19 23:13:39 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/02/19 01:29:38
オープニング
●暴挙
茨城県つくば市。ここには広大な敷地面積を持つ教育機関、紫峰翁大學がある。
合い言葉はフリーダム! ということではないのだが、規模の大きさはすなわち自由度の保証ということで、実にさまざまな個性が受け入れられ、結果的に野放しにされているわけだが。
その歓迎されるべき個性のひとつとして、「ライヴスリンカー」という存在があった。
しかし、その受け入れ実績は想定よりもはるかに少数であり――これはライヴスリンカーの総数が、大学の想定よりもはるかに少ないためなのだが――大学的には看過しがたい事態となっていた。
ゆえに。
『テコ入れをしよう。H.O.P.E.の全面協力を取りつけて!』
と大学側が思いつくに至ったことも、まあ必然ではあったのだ。
とはいえ問題は大きい。
なにせ紫峰翁大學は難関に属する教育機関である。テコ入れとはいえ無試験でリンカーを集めるのは聞こえがよろしくない。
頭を悩ませた大学側は、ついにひとつの暴論を導き出した。
『OA入試的なあれを実施するのだ! 一芸入試的なそれだ!』
正直、正規の入試シーズンにやることかとの反対も大きかったのだが、そのあたりはテストケースとかいう万能ワードでぶっちぎった。
果たして。
H.O.P.E.所属のエージェント限定ながら、とんでもなくがばがばな「特別入試試験」が超高速で実施されるはこびとなったのだった。
●募集要項
2月中旬、H.O.P.E.東京海上支部のロビーに『紫峰翁大學特別入試試験のお知らせ』が張り出された。
時候のあいさつから始まる長ったらしい文面をいちいち読みこむ者などいなかったが、注目すべきは最後にまとめられた試験の内容である。
・面接(「チーム戦におけるあなたの役割」について語っていただきます)
・試験官の前であなたの一芸(特技)を披露してください。戦闘、弁舌、料理、その他、内容は一切問いません。
・今春より当大学の国文科学生として入学すると共に学食スペシャルアドバイザーへ就任する、テレサ・バートレット氏が作る特別メニュー試食会もあります。
最後はともかく、年齢性別思想は問わず、“H.O.P.E.からの推薦”があれば受験可能。質問テーマが決まった面接と特技披露……ようするに自分をアピールすれば入学が確定するということだ。
「ウチの町で大学行く子とかいないからねぇ~。地元初の学士さまに、ボクはなるぅ!!」
妙なやる気を見せる礼元堂深澪(az0016)なわけだが、大学進学者が初の町とはいかなる修羅の国なのか。
「礼元堂“ぶっこみ屋さん”深澪、根性ぶっ込んでくんでヨロシクぅ~!!」
ともあれ試験は一週間後だ!
解説
●依頼
・面接試験と特技披露試験を突破し、紫峰翁大學への入学を決めてください。
●備考
・H.O.P.E.からの推薦は参加した時点で出ているものとします。
・試験を受ければ自動的に入学が確定します。
・試験内容はオープニングに記載したとおりです。フリーダムにやってください。
・学部選択(設定)は自由です。
・テレサは少し元気がないようですが、とりあえず気にする必要はありません。
・テレサの特別メニューの試食は、ひと口ごとに生命力のおよそ5パーセントが損なわれます。完食で99パーセント減。
・メニューを完食し、さらに“希望”する方には「バレンタインには遅いんだけど」とテレサの手作りチョコ(むき身)が渡されます。当然その場で食べていただきますが、それによって生命力が11パーセント減少し、重体が確定します。
・試食は辞退していただいて構いません。その場合は面接と特技披露にプレイングを全振りしてください。
●テレサの特別メニュー内容
注:すべてが人知を越えた味をしています。試食される方は3メニューのどれかを選んで食べてください。
・半熟玉子とミートソースのホットサンド+ロンドン風アスパラガススープ
・ハラール仕様の天丼+あさり汁
・エージェントに教わった中国式薬膳(怪味田鰻飯+牛テールスープ)
リプレイ
●入門
「今まで学業を疎かにしないことを心がけてきた俺の努力は……少し納得いかんのだが」
紫峰翁大學の大門前で足を止め、御神 恭也(aa0127)はちょっと苦い顔でつぶやいた。
まあ、それはそうだろう。エージェントならまず入学できないことはないだろうガバガバな入試案内を提示され、ここまで来てしまった彼からすれば。
「政治的な事情はあるんだろうが、これまでの実績を評価されているからこその特別入試だ。機会を無駄にすることはないさ」
麻生 遊夜(aa0452)が恭也の背をかるく叩いて笑んだ。
「ここは難関だけに学べることも多い。やるしかないってことだ」
遊夜の言葉にユフォアリーヤ(aa0452hero001)もこくり。
「……ん。専門分野の……知識は大事」
遊夜とユフォアリーヤは総勢28人の孤児を保護する立場にある。今までは独学で必要な知識を得てきたが、この機会に専門教育を受けようとやってきた。
「……ん、子どもたちのために……がんばる」
ふんすと鼻息を噴くユフォアリーヤ、その気力はすでにマックスだ。
「こちらの世界では私の学歴、ないんですよね。キョウが試験を受けている間、来年以降に受験するか見させてもらいます」
となりから恭也を見上げ、不破 雫(aa0127hero002)が言う。
「それにしても、他校に在籍している者でも受験可とは……予想以上に条件がゆるいな」
恭也たちのやりとりを後ろから見ていたリーヴスラシル(aa0873hero001)が小さく肩をすくめ。
「二重在籍の場合は特別聴講生と非常勤講師になるそうですが」
月鏡 由利菜(aa0873)が苦みを含めた薄笑みを返す。
「気風が合うようなら、テール・プロミーズ卒業後に正式編入するのもいいだろう」
そこから少し遅れて門をくぐったのは、イン・シェン(aa0208hero001)を伴うリィェン・ユー(aa0208)である。
「俺はなんでここにいる?」
インは人の悪い笑みを浮かべ、リィェンの受験票をひらひら。
「入試試験なる催しがあると聞いてな、応募しておいてやったのじゃ」
思わせぶりなインの言葉に眉をしかめるリィェン。特別入試の話は聞いていたが、そもそも興味がなかった。
「今さら大学に入ったところで、なにを得られるとも思えんがな」
「ま、ま、よいではないか。新たな知識を得るはよいことじゃし、思わぬ出逢いがあるやもしれぬしの」
インに押されて足を速めたリィェンの後方、水瀬 雨月(aa0801)は皮肉な笑みを閃かせる。
「わざわざ知らせてあげる必要もないわね。どうせすぐわかることなんだし」
「え? なにがわかるの?」
おっとり目をしばたたかせた卸 蘿蔔(aa0405)が首を傾げて訊いたが。
「できれば最後まで知らないほうがいい……」
雨月の返事を聞いて、むぅ。クールビューティーを地で行く雨月が青ざめて言う「知らないほうがいい」こととは、いったいなんだろう?
「そういえば、どうして入試を受けに来たの?」
彼女らしくない強引さで話題を切り替えにかかる雨月。
蘿蔔はちょっとそれを気にしつつも「ん~」。
「将来子どもと関わるお仕事したいなーって。それでピアノ教室とかできたら素敵かなと思って。なので推薦もらえてよかった!」
「そう。私は通っていた学校を卒業したから、渡りに船かと思って」
ふたりの会話を聞いていた蘿蔔の契約英雄ウォルナット(aa0405hero002)が、ここで息をつき。
「しかし一芸って……大丈夫なのか、この大学」
答えるものはいないのだった。
一方、大学じゃなくて本人のほうが大丈夫かどうか危ぶまれる受験生もいる。
そう、やけにやる気まんまんな美空(aa4136)である。
「美空の知能指数、某ぷりんぷりんなお姫様が主役の人形劇に登場する将軍さんと同じ1300であります。難関大学の入試など、美空にはお入試程度の代物なのでありますよ」
彼女はちんまい体をいっぱいに広げ、ふんすふんすと地を踏みつけて、強風に吹かれて飛んでいった……。
「あら、美空様が」
風に乗って飛んでいく美空を追いかけようとしたファリン(aa3137)をヤン・シーズィ(aa3137hero001)が止めた。
「壁に当たれば止まる」
「ああ、歩くより速そうですけれど……そういえばお兄様、どちらの学部を?」
「理工学部で物理を専攻する。せっかく入れるのだから、学び甲斐のある学部がいい」
すでに士官学校生たるファリンは、ヤンの付き添いでここにいる。日常で離ればなれになることに不安はあるが、それ以上にヤン自らが選んだ進路を祝福したいと思う。
「お兄様にとって、この学び舎がよき未来へ向かう道となることをお祈りしますわ」
そして美空とはちがい、しっかりした動機と意志をもってこの場に臨んだ小さな女の子がひとり。
「準備は完璧、なんだよ」
年齢という問題をすら遙かにぶっちぎって育ちすぎた胸の前で両手を握り締める鞠丘 麻陽(aa0307)。
「ふぁ、ファイトぉ、ですぅ」
麻陽よりもさらに育ちすぎな胸の前で両手を組み合わせ、鏡宮 愛姫(aa0307hero001)が懸命に細い声を絞り出した。
「うん。推薦していただいた以上、きちんと結果でお返しするんだよ」
ヤンにおけるファリン同様、愛姫は麻陽の付き添いなのだが……ともあれ、麻陽は難関小学校に通う才媛だ。その学力とエージェントとしての実績から、特例とも言える飛び級が許可された。
試験に不安はない。あとはただ入学するのみである。
受験組の中で最後に門を通り抜けたのは逢見仙也(aa4472)である。
「そ。ライヴスリンカーだよ。初めて見た? じゃ、覚えといて。春からこのへんいるし」
通りがかりの女子生徒へ道を訊くついで、かるいタメ口で語りかけたり。
『目的は試験だろうが』
幻想蝶の内よりディオハルク(aa4472hero001)があきれた声を投げた。
「今回はずいぶん贔屓してもらったらしいからな。せめてまわりの覚えくらいはよくしとくもんだろ」
印象操作というわけか。そのわりに、女子にばかり声をかけているようだが。ディオハルクは思いつつ、問う。
『心理学でなに勉強するんだ?』
仙也は指先で頭を掻き掻き。
「精神面の知識をより深く知るってことは、自分と道具の力を引き出すためにも大事じゃね? オレみたいなもんはなおさらな」
共鳴の内でディオハルクに引きずられていることを自覚する仙也だ。心理とそれを司る精神の知識に通じることには大きな意味がある。
『そうだな』
仙也の心情を知るディオハルクはそれ以上訊かず、言葉を切った。
「みんなそろったねぇ~! じゃあボクがぶっこんでくっから、ケツ持ち夜露死苦ぅ!」
面接会場前に集まったエージェントたちを見渡し、礼元堂深澪(az0016)が気合を入れた。ちなみに着込んでいるのは背中に金糸で“ぶっこみ屋さん”と刺繍した赤い特攻服である。
がちゃーっと会場のドアを開け、だーっと駆け込みながら。
「いちばん、礼元堂深澪ぉ~! 好きな言葉は死なすと殺すでっす!! 特技は気合と根性っす~!!」
と。
「気合と根性ですね? では証明していただきましょうか、試食会でね」
深澪の契約英雄にして万来不動産の雇われ社長、そして今日の試験の面接官であるアラン・ブロイズ(az0016hero001)がにこやかに言い放った。
それ気合も根性も関係ねぇやつぅ~!! 屈強なエージェントに左右から引っつかまれ、引きずられていく深澪。
「試食会? ……まさか」
なにかに気づきかけるリィェンだったが、ともあれ面接は始まった。
●面接前半
「水瀬さん、さっそくですが、チーム戦におけるあなたの役割についてをお聞かせいただけますか?」
5人並んだ面接官の内から声を発したアランに、パイプ椅子に座した雨月はうなずいて口を開いた。
「私の役割は後方からの遠距離攻撃かしら。ひねりがなくて申し訳ないけれど」
ふむ。アランが先を促す。
「ソフィスビショップは複数の敵を巻き込む範囲攻撃が得意だから、雑魚相手には強いわね。前衛とちがってポジション的に戦況や状況を見る余裕があるからこそ、どう動けばいいのか考えることも多いわ。……漠然と支援攻撃するだけですむことばかりではないし」
ここで雨月は言葉を探るように考え込み、まっすぐとアランを見て締めくくった。
「火力支援に加えて、プラスアルファをどこまでできるか。それを常に考え、坑道することが私の役割。なかなか難しくて、今も模索中ね」
「わかりました。それで学部のほうなのですが、こちらもまだ模索中でしょうか?」
虚を突かれる雨月。
そういえば、入学すること以外に考えていなかった。
「ほ、保留で」
蘿蔔の面接は、猫のぬいぐるみから始まった。
面接官の前にひとつずつ置かれたぬいぐるみは、ウォルナットと共鳴した彼女が潜伏移動で忍び寄り、刃を引ききる代わりに事を為した“証”だ。
「……卸さんは音楽学部志望とのことですが、面接の場でシャドウルーカーの技を見せた理由をお聞きしてもよろしいですか?」
他の面接官がふと現われたぬいぐるみに驚く中、ひとり入口を見やったアランが問う。
「卸 蘿蔔と申します」
礼儀正しく一礼、内に入ってきた蘿蔔が椅子に腰を下ろす。
「私のチーム戦における役割は、射撃を主にした後方支援です。援護射撃はもちろん、戦場全体を見ることにより、敵と味方の位置関係やその後の動き――戦局の流れを把握し、それが滞りなく実行されるよう補佐をします」
練習してきたのだろう、いつものおどおど具合を感じさせないトークぶりだ。
「必要であればオペレーター役もしますし、今のようなスニーキングも、です。あの、よく存在を忘れられるくらい目立たない特技を生かしています」
影の薄さを潜伏に生かしたわけだが、蘿蔔は「とにかく」と指を3本立て――
「行動の目的は、味方の行動効率を上げること、損傷率を下げること、戦線の維持に努めることです」
――折りながら説明した。
「あとは、えっと、かわいいので、あの……癒やし効果がございます」
えへ。日本では某マヨネーズのマスコットとして名高いあれみたいな顔で言う蘿蔔。
「ああ、はい。そうですか」
微妙なアランの微笑みに、蘿蔔の内で深いため息をつくウォルナットだった。
「麻生さんが児童心理学部で、ユフォアリーヤさんが栄養学部。それぞれ希望学部がちがうようですが」
「俺たちは孤児の世話をしているもので。それぞれが独学では得られない専門知識を得るために志望させてもらいました」
遊夜の言葉にユフォアリーヤがうなずいた。
「わかりました。それではテーマ面接に入りましょう。チーム戦における役割についてお聞かせください」
遊夜は静かに語り出した。
「部位狙いを軸に、攻撃対象の行動阻害。そして自陣営――特に前衛の支援が俺の基本的な役割となります」
「……ん。基本的な、役割」
ユフォアリーヤもうなずき、遊夜が言葉を継ぐ。
「目を撃って視覚遮断、耳を撃って聴覚阻害、口を撃って口腔及び喉を傷つけ、体内からの破壊か音声の遮断を狙う。関節があるなら、たとえば膝裏を撃ち据えて体勢を崩す。弱点が見つかれば当然ワンショットキルを……ですね」
戦局を優位に“繋ぐ”ことこそが自分の役割だと、彼はそう言うわけだ。
「相手のいやがる……ことをする。味方が欲しい……援護を、する」
無口で人見知りなユフォアリーヤががんばって説明する。遊夜はそれをさらにフォローして言葉を添えた。
「後方で構えているだけに状況は見定めやすい。刻一刻と変わる戦局を支えるのが狙撃手の腕の見せどころ。リーヤ――彼女はそう考えていますから」
ユフォアリーヤは強くうなずき、アランを見た。下のほうで遊夜の手をしっかり握り締めて。
「攻撃役です」
仙也はいつにないていねいな口調で告げた。
「英雄がカオティックブレイドなので、範囲攻撃でまとめて攻撃することもありますし、得物を使い分けて単体攻撃もしますが」
「攻撃が難しいときは?」
「装備しだいですが、味方の盾役、支援に回ります」
アランの質問に揺らぐことなく、仙也は即答した。
幻想蝶の内にあるディオハルクにはわかる。仙也が揺らがないのは、揺らぐ手間を惜しんでいるからだと。……まあ、結果として肚が据わって見えればいいか。
「スキルの選択も得物の選別も、瞬時の判断が大事ですから。準備は戦う前にしておくものですよ」
ほう。臨機応変を語りながら、その前準備も気にしますか。となれば志望学部にも理由があるか?
「心理学部を志望されていますが?」
「事前に渡される敵のデータからある程度以上の予測が立てられれば準備の質が上がります。そうなれば戦場での判断の精度も。もちろん、心理というものをより深く知りたい気持ちもあります」
筋の通った志望動機だ。言った本人からすれば建前なわけだが。
順番を待つ間、恭也と雫は低く言葉を交わしていた。
「体育学部? 運動選手にでもなるのですか?」
その無表情に淡い驚きを浮かべる雫。
対して恭也はかぶりを振って。
「いや、トレーナーのほうだな。理論を知れば自分の鍛錬に役立つし、いずれは家の流派を弟子に伝える必要もあるから、なおさらここでの授業は役に立つだろう」
教えるために知識を学び、教える者としての言葉を学ぶ。そういうわけだ。
「……意外ですね。古い流派では独自の育成法が確立しているものだと思っていましたよ」
恭也は雫にかるく肩をすくめてみせた。
「口伝というのは結局のところ先人の経験則。スポーツ科学的見地からすれば、無駄や非効率がいくらでも出てくるはずだ。俺は俺の経験則を、俺以外の誰かに押しつけるつもりはない」
「なるほど。キョウの代で、その口伝の形をある程度是正したいわけですね」
面接で希望学部を問われた恭也は雫に語ったことを繰り返し告げ、さらにチーム戦における役割についてを付け加える。
「どんな戦場でも先陣を勤める。英雄の別で臨機応変に敵の気勢を削ぐこと。それが先陣の役割だ」
●面接後半
10分のインターバルの後、面接が再開された。
「おふたりは特別枠でのご参加ですね」
由利菜とリーヴスラシルはアランに目礼。
「テール・プロミーズ学園、エージェント科学生の月鏡由利菜です。文芸学部志望、ということでよろしくお願いいたします」
「テール・プロミーズ学園、エージェント科教諭のリーヴスラシルだ。私の場合は芸術学部の教員試験と言ったところか」
優美な挙動で座す。
大学側としては、彼女らの持ち帰った体験談で興味を持った学園生が、後年に受験してくれればいいというスタンスだ。ようはこの試験、ひとつのデモンストレーションである。
「すまないが、私もユリナも現時点での転入は考えていないことを明示させてもらう」
リーヴスラシルの断りにうなずいたアランが椅子を指し。
「それでも形式的な試験の型は守らなければなりませんので。融通が利かなくて申し訳ないのですが……。とりあえずテーマ面接に入りましょう」
部屋の外にファリンを待たせ、ヤンはひとり面接に臨んだ。
「戦闘における役割――特には担っておりません。身体の操作は能力者単体の意識であり、誓約には“正義”を掲げてはいますが、それは能力者一個人の誓いで、俺が強いることはありませんから」
これはまさに、人ならぬヤンなればこそのスタンスというものだろう。アランは「だとすれば、なにを担います?」と問うた。
「人の世の理は人自身の手と法によって成されるもの。神仙たる俺が干渉すべきではないと心得ます。俺がこの世界で為すべきは個としての研鑽、それのみ」
答え終えたヤンは黙考、顔を上げて静かに言葉を紡ぐ。
「あえて担うものがあるとすれば、観察となるでしょうか。能力者が生ある内になにを為し、成すものか。人と愚神、彼らがいかに感じ、考えるか。それを純然たる好奇の目でながめやることが、人ならざる俺の役割です」
徹底した傍観者の姿勢。しかし、こうして人の世になにかを学ぶため、当事者となろうともしているのはおもしろい。
「よろしくお願いいたします、だよ」
麻陽は背筋を伸ばして――おかげでその双丘も「前へならえ」してしまうわけだが――姿勢を正し。
「あたしの役割は“穴埋め”と“備え”です」
当然、続きを促される。ゆるやかに場の主導を握った麻陽は説明を開始した。
「多くの場合、不慮の事態は起こりますし、その中で試合にすらならないまま負けるケースが出てきます」
資料によれば、麻陽は父親の方針で商業および経済の専門教育を受けている。見た目のインパクトは強いが、その実才能は体よりも頭のほうにあるようだ。
「不慮の事態という穴を想定して、準備と手続きを事前に徹底……できるだけ広く浅く対処する体制を整えることで、未対応の大穴にはまらないことを目ざす」
面接官の耳を充分に引きつけたことを確かめ、麻陽は言葉を継ぐ。
「言い換えれば現場対応ではなくて、情報収集と手続きを軸にした事前準備に重きを置いて、大勝を狙うより大敗を防ぐ防衛思考で動くことが、あたしの傾向です、だよ」
「美空、学力試験ではすでに世界クラスの成績を叩き出しているのであります」
美空がふんすと面接官たちへ指し示したのは、国際学力調査テストの結果である。
結果から言えば誇るほどの成績ではあるものの、字が丸っこくてちんまくて、読み解くことは相当困難。これでよく採点してくれたものだ。経済協力開発機構、侮り難しである。
「そんな美空があえて難関とはいえ大学入試に臨んだかと言えば、ロマンがあるからであります。国家の最高学府、その学び舎を角帽にマント姿で高下駄をカラコロ言わせながら練り歩く。そのロマンを味わいたいのであります!」
おめめをキラキラさせながら、ちんまい少女はどうしようもない志望理由を語りあげる。
ようするにバンカラがしたいだけということなわけだが、しかし。
「志望は毒飯学部でお願いするのであります! なぜならテレサお母様が入学するとのお話でありますので、美空が同級生の座を狙いに行くのは当然! いえ必然なのであります!」
見事な陸軍式の敬礼を残し、美空は面接会場を後にする。
アランを始め、面接官にひと言もしゃべらせないままに。
「……国文学部ということで通しておいてください」
最後はリィェンの番だった――のだが。
「あやつはちと道に迷っておるようじゃ。すまぬが昼休憩の後、特技の披露と共に面接をしてやってくれぬか?」
インの言葉に含みを感じつつ、アランは自らも含ませた言葉を返した。
「おや、彼は知っているものと思っていましたが?」
インはその言葉を含みごと笑い飛ばし、笑んだ。
「見せ場の知れた劇ほどつまらぬものはなかろうよ」
●昼休憩
特技として料理を披露するエージェントが準備を進める中、ぐきゅるぅぅぅ。麻陽のお腹が切ない悲鳴をあげた。
「ぎゅ、牛丼、ですぅ」
その後ろから愛姫がよたよた運んできたのは、丼に山と盛られた牛丼だった。
ちなみに彼女、豊満のひと言では片づけられない胸を台座にしている。写真に収めてグラビア誌に持ち込んだら、きっとすごい勢いで万札を並べられるだろう。
「胃を拡げるだけの、ウォーミングアップなんだよ」
直後、彼女の前に置かれた牛丼の山――重量は5キロだ――が、凄絶な速度で崩され始めた。
「見ているだけでお腹がいっぱいになりそう」
特技披露では技を見せる予定の面々と茶をすすっていた雨月が息をついた、そのとき。
「すごい食べっぷりね」
リィェンが振り向いた。
そして、見つけた。
「……久しぶりだな、テレサさん」
恭也が静やかに声をかけ。
「お久しぶりです、テレサさん。……えと、合格できたら、ですけど……春からよろしく、です」
蘿蔔がぺこりと頭を下げた。
「ええ、ふたりとも元気だった? 友だちと同じ時間を過ごせるのはあたしもうれしい」
「テレサお母様!」
わーっと美空がテレサにまとわりつく。
「どうして、ここに?」
美空を捌きつつ、テレサは問うたリィェンにくすんだ笑みを見せた。
「あたしも春から文学部に通うのよ。日本には多彩な言葉があるでしょう? それを英語に翻訳せずに日本語そのものとして学びたくて」
テレサは両腕で自らをかき抱き、思い切るように強く息をついて大振りに腕を振りほどいた。
「前から構想してた食育もね! そのきっかけになると思って学食のアドバイザーを請け負ったんだもの。試験の後に試食会があるから、よければ参加していって」
「ああ。なによりの楽しみだ」
と、なんとなしに彩づいていく空気の端で、ファリンはひとり表情を強ばらせていた。
その向かいに座したヤンは思い出す。あの、参加者18名中16名が絶命するに及んだテレサ歓迎会――別名“赤い12月”を。
「このままでは多数の学生の方々が死神の鎌の餌食に! わたくしの正義にかけて、「テ料理極めておいしからず」と声をあげなければならないのですわ!」
実物はおいしからずどころじゃないわけだが、なにより問題なのは、ファリンが他人の惨状を指して訴える真似はしないだろうことにある。
●特技披露・技
体育館に場所を移しての特技披露は雨月から始まった。
「ライヴスだから大丈夫だとは思うけれど、濡らしてしまってもかまわない?」
アランの許可を得て、素材の知れぬ白き装丁で飾った終焉之書絶零断章を開く。
ページの表面よりライヴスが転じた霊力が立ち昇り、白くわだかまって雪雲を成した。
「雪よ為せ。雪を成せ」
雨月が降りしきる雪を繰って繋ぎ合わせ、雪だるまを形作った。ただ形にするばかりでなく、ときどきに断章の冷気を撃ち込み、崩壊を留めると同時に堅牢な障害物として仕立て上げる。
「これだけじゃ芸がないから、飾りを」
次いでネクロノミコン――数ある写本の内でもっとも原典に近いという一冊を開き、文字列の狭間に巣くう古代の異形を叩き起こした。
「べえ」
「べえ」
「べえ」
床から次々顔を出す黒山羊。頭だけの黒山羊は雪だるまの周りを元気に這い回る。
泰然自若な雨月だが、実は自己評価低めである。自分に際だったところはないのだと。それゆえのインパクト加算だったわけだが。
「……戻りなさい」
面接官の微妙な反応を見て、彼女はそっと山羊を追い返した。
次いで進み出たヤンは面接官を見渡し。
「人体を縦横に走る経絡を刺激し、気脈を整えるは我が得手とするところ。しかしここに病人はおらず、そもこうした治癒術はひと目で知れる効果を現わすものでもありません。よって」
いきなり上体をはだけ。
「この場では俺が女性に象徴される陰の気を湛え、みなさんの陽の気の偏りを房中術にて整えましょう。我こそはとお思いの方は衣服をお脱っ」
「ヤン・シーズィ、利き羊羹をご披露いたしますわー!」
乱入したファリンによって凄絶に殴り倒された。
そして。
「この羊羹はタイガー屋」
目と両腕をコブ付きの荒縄で縛り上げられた半裸のヤンは、ファリンがぞんざいに突き出す羊羹の製造元を見事に言い当てていった。
「え? あの、影が薄いのは、その、特技になりません、か?」
蘿蔔はあわあわびくびく考え込んで、ステージの脇に押し込まれていたピアノの前に駆けていった。
「いきなりピアノとか弾けるのか?」
渋い顔で訊くウォルナットに蘿蔔は小さくふんす。
「音楽学部の一般入試の課題曲、ちゃんと練習してきたから!」
加えて、人前で音楽を披露することには、とある活動で培ってきた経験則がある。むしろ知らない人としゃべるより、こちらのほうが樂かもしれなかった。
「行きます……!」
音楽学部の実技課題は学部指定曲、エチュード、ソナタ、そして自由曲となる。先の3曲を弾き終えた蘿蔔は一拍置き、自由曲へかかった。
彼女が選んだのは、フレデリック・ショパンが生み出した18のポロネーズ中でもっとも人気の高い第6番。完成度とドラマ性、そして難易度の高さを誇る曲だ。
堅実な指運びの端々に浮かぶ、茶目っ気。なんとも蘿蔔という少女の有り様を示すようでおもしろい。
基本的に入試は暗譜で行われるため、横で聴いていることしかできないウォルナットはシニカルに口の端を撓め、独り言ちた。
ま、なんにせよ。これなら入ってすぐ退学ってことにはならないだろうさ。
「水瀬さん、雪だるまを借りるぞ」
雨月に許可をとった遊夜は用意していた空き缶を雪だるまのあちこちに乗せて距離を開け。
「スナイプ。それしか能がないもんで――」
腰の左右に吊した魔導銃を抜き放ち、撃ちながら前へ。右肘をかちあげ、前蹴りを放ち、そのまま蹴り足の膝を突き上げ、背を向け、転がり、撃ち続ける。
いわゆるガンカタの演舞であったが、凄まじいのはその命中率だ。ランダムに置かれた缶の底を正確に弾いて上へ跳ばし続ける。そして。
魔導銃を選んだのは、弾倉交換の必要がなく、正確無比な速射能力を披露できるからだ。
「さて、お立ち会い」
宙にあった缶がすべて、わずかな時間差で爆ぜた。
「バレットストームなら一気に行けたんですがね」
上着を脱いだアランへ、恭也が構えるともなく進み出た。
彼の技は暗殺術。不必要な構えは敵に自分の手を教えることになりかねないため、取らない。
先んじてアランが踏み出し、恭也へオーバーハンドの拳を叩きつける。振りこそ大きいが、ただの牽制。
しかし恭也は体を裁いてアランの内腕に頭を擦りつけ、外に大きく弾き出した。
頭は人体の内でも特に硬くて重く、首という支点からの距離も近い。ゆえに、肩に支点を置く腕は、こうして容易く押し負けるのだ。
かくてアランの懐に踏み入った恭也は左手を跳ね上げ、ゆるく開かれた五指でアランの目を払う。
「っ」
アランはスウェーバックでかわしたが、だめだ。それこそが恭也の狙い。
掌で視界を遮られた――アランが思った瞬間、口の端に引っかけられた恭也の右手の人差し指が彼の顔を横向かせ。
「本来であれば耳か眼に指を突き込み……引き折る」
流水のごとき歩法で後ろに回り込んでいた恭也が、アランの首をかるくなぜた。
「この技をより研ぎ澄ます理を学びたいと思う」
「志望は生体工学部」
「国文学部ではなく、ですか?」
アランの問いにリィェンはうなずき、自らの延髄に穿った神経接合用コネクタを示した。
続けて幻想蝶から、自ら開発に関わったAGWの数々を抜き出していく。
「屠剣「神斬」。大剣の利を生かすと同時、当時注目を集めた“無影の影刃〈〈レプリカ〉〉”の技術を取り込んでの遠距離攻撃の実現したもので、今も第一線で現役を張る力を備えている」
続けて、神経接合ブーツ「EL」、神経接合スーツ「EL」を指し示し。
「神経接合という今までにない系統の防具の登場を受けて、ブーツ、続けて神経接合プロセスを利用した超過駆動スーツの草案を提出した実績もある」
発想と開発を実現した理論および行動力、特技として示すに足る実績である。
「神経接合には皮膚接触、ライヴス干渉といった間接的な手段もあるが、神経とAGWとの直接接続は外因的な阻害を受けにくいだけに接合のメリットを損なわずにすむ。その理論の確立が志望理由のひとつで、自分の体に施した神経強化およびコネクタの改良といった、よりよい施術の考案と開発がもうひとつになる」
武辺と思わせて、実に明快な弁を聞かせるものだ。感じ入るアランだったが。
「大学もいい買い物をしたと思うことだろう。なぜなら学食で生産されるテレサ・バートレットの料理は、試作品から販売品まですべて、自分が引き受けるからだ」
他の面接官はわけのわからない顔をしているが、アランにだけはリィェンのセリフの意味と意義がわかる。
その上で断じた。
「無謀ですね」
「それを決めるのは自分だ」
アランは眉をひそめ、問うた。
「あなたの目的はなんなのですか?」
背中越し、リィェンは返す。
「テ料理を解析、毒性を取り去ったうえで一般に提供する。彼女がそれを望むんだ。ならば仲立ちが必要だろう?」
そしてその役を誰かに渡してやるつもりは、ない。
●特技披露・食
さて。後半は学食に舞台を移しての料理組である。
「アルバイト先のファミリーレストランで培った料理技術、披露します」
息を整え、由利菜は弱火にかけたラードの内にある骨つきの鶏腿を指し。
「鶏腿はコンフィで、鯛はグリエで召し上がっていただきます」
グリエールをコンロに乗せ、下ごしらえをすませた切り身を用意する。
コンフィはまだしも、身の崩れやすい鯛に綺麗な焼き目をつけて盛りつけるのは思いのほか難しい。バイトの域を大きく越えた技術だが、彼女に緊張はなかった。
「その間に、私は造形の腕を披露させてもらう」
針金で作った骨に石粉粘土を盛り、形を整えていくラシル。
「さすがに乾かしている時間はないから彩色までは手が回らないが」
細やかな手でヘラを操り、粘土を盛ってはそれを削る。彼女が生みだそうとしているものが人型であることは容易に知れた。
寝かせておいたパスタ生地をのし、細めの平切りにした仙也は猪肉を取り上げて薄くスライス、レンジ加熱する。
徹底的に削ぎ落とした赤身肉だ。火を通しすぎれば固くなるし、焼けば余計な油分や臭いがついてしまう。その点レンジは理想的だ。
どのみち冷製に動物性の脂肪分は使えねぇ。
ここで彼が取り出したのがアボカド。そのクリーミーさは確かな食べ応えを保証してくれる。
『いい選択だ』
ディオハルクの言葉に内で『ああ』と応え、仙也はアボカドの薄切りとマッシュをこさえ始めた。
ユフォアリーヤはとにかくいそがしい。
「……ん、後方支援は大事」
尻尾を振り振り、まな板に山盛られた角切り野菜を大鍋へどどっとイン。炒めつつ、塩胡椒で味を整えた。
玉葱が透き通った段階で一度火を止め、薄力粉を振るって野菜と絡めた後、牛乳を加えて再点火。コンソメを加えて煮込む。
次いでユフォアリーヤはみじん切りした野菜を混ぜ込んだハンバーグ種を小さくちぎって空気を抜き、大きなフライパンに投じて蒸し焼きに。野菜をたくさん食べさせる工夫と、大量生産の実現且つ火の通し損ねへの防護策がそこにはあった。
さらには待ち時間を利用して、もう一品にかかる。
その手捌き、大家族の食事を賄う“おかーさん”ならではだ。
そのまわりで美空は無言で両手を振り回す。
曰く「誰かの応援が美空の特技なのであります」。
さらに、「みなさまを応援し、全員合格完全勝利をもたらすのであります」ということで、実は体育館でもいっしょうけんめい、邪魔にならないよう応援していた。
そして合間合間に厨房から駆け出し、持ち込んだものを次々テーブルに並べていく。
「今日は英雄不在のため、作業台に手が届かないのであります。ゆえに味見だけしていただければと思うのであります」
ポーション飯、青い餅、ブルーハワイ茶、青魚のムニエル、あおさ汁、付け合わせの青のり……なぜか「青」で統一されたフルコースであった。
「なぜ、青く?」
アランの問いに美空は胸を張り。
「美空は美空でありますから!」
とりあえず意味はわからなかった。
そして。
「お待たせいたしました」
最後にフライパンでしっかり焼きつけた鶏腿のコンフィと、こちらも見事な焼き目がはしる鯛のグリエが由利菜の手で並べられ。
「牡丹とアボカドの冷製タッリオリーニです」
仙也は幅の細い平打ち麺にマッシュしたアボカドを和え、猪肉とアボカドの薄切りを交互に並べた冷製パスタを示し。
「……ん、クリームシチューと、ひと口ハンバーグと、豚しゃぶサラダ。子どもたちが、うれしくて……栄養、とれるの」
凝っているわけではけしてない、しかし実直な料理がユフォアリーヤによって紹介された。
「食卓の飾りにしてもらえれば幸いだ」
リーヴスラシルがテーブルに置いたのは、テレサとマイリンの共鳴体の粘土像である。色こそつけられていなかったが、今にも動き出しそうな生気が感じられた。
「もともとユリナの装備品の錬成や改造は私がしていることもあってな。思い描いたものを形取るのは得意なのだよ」
面接官たちは像をながめやりつつ料理の味を確かめ、大いにうなずいた――美空のだけはちょっと微妙な顔だった。味より取り合わせの問題で――が……それでも大量の料理が残されることとなった。
「あたしの特技をお見せします、だよ」
そこへ名乗りを上げたのは、これまで静かに座していた麻陽だ。
「いただきます、だよ」
愛姫のアシストで料理に合わせて得物を換えながら、食べる、食べる。食べる。正直、5キロの牛丼を平らげた後だとは、知っていてすら信じられなかった。
「後のこと考えて少し抑えたんだよ。まだぜんぜん行けるんだよ。試食会、楽しみなんだよ」
さらに麻陽は商経学部担当者宛として、用意してきた論文を提出した。
「食品と従魔化……ですか」
内容は食品が従魔化した際、そのイメージと売り上げの下落をいかに防ぐかというもので、確かな学力と見識を感じさせるものだった。
「これで試験は終了となりますが、試食会へ出られる方はそのままお残りください」
なぜかしみじみとアランが告げ、特技披露で技を見せた面々も合流した一同は試食会の開始を待つ。
●惨劇本番
他の学食で用意をしていたらしいテレサが、面接官の手を借りていくつもの鍋や盆を運び込んだ。
「今日はセットメニューを3つ用意したわ。いろいろな人に安心して食べてもらえるように」
安心?
死神の鎌もしくはテ料理と呼ばれるそれは、すでにさまざまな場で恐怖を振りまいている。H.O.P.E.内の謎組織『互助会』の暗躍がなければ、とっくの昔に社会問題となっていたはずだ。
「私は……遠慮しておくわ。ええ、わかる人にはわかってもらえると思うのだけれど」
半笑いで一歩退く雨月。体内からみちめち、いやな音が漏れ出してくるのはなぜだろう。
「俺はリーヤの飯があるからそっちをもらうよ」
「……ん」
遊夜はすでに開始されていたユフォアリーヤの「あーん」攻撃を受け止めるので精いっぱいだ。
なんとない停滞の内、ゆらりと立ち上がったのはリィェンだ。
「怪味田鰻を飯。いい組み合わせだが、鶏のほうがメジャーだしコストも安い。正式メニューは怪味鶏飯にするべきだな」
言いながら、中国式薬膳のセットを取って座し。香味の効いたソースをからめた田鰻をひと口。
「ふむ。あのとキより、味がシっかりしてイる。腕を上げタね、テレサ」
などと、やさしくうなずくわけだが。
「リィェン、風邪でもひいたのか? 声の調子がおかしいようだが――」
恭也はホットサンドとスープの様子をざっと確かめた。特におかしなところはない。色味もにおいも、ごく普通だ。
が。
「いただきます」
合流していた雫が実食。実は直前に恭也から「いやな予感がする」と言われてはいたが、なに、いくら料理下手でもサンドイッチとスープくらい……
「!?」
神経毒を丸かじりしたらこんなふうに舌が痺れるものだろうか。雫はとめどなくあふれ出る脂汗で塞がれた目をしばたたくが、なにも見えはしない。テレサも、明日も、次の一瞬さえも。
「料理の下ごしらえと仕上げは、実際に作ってくれる料理師さんにしてもらったの。今日のあたしは調理だけだから、手料理とまでは言えないかしら」
それをしてこの威力だと!? ひと口味見した恭也は信じられない顔を左右に振った。しかし、一度口をつけたものを残すような非礼はありえない。
恭也と雫はは青ざめた顔見合わせ、息を詰めた。
テレサが語る間に厨房へ潜り込んだ蘿蔔はエチケット袋へ「おろろろろ」。
「に、2年前よりは上達してるかなって……思ったら、上達してた……すごいほうに」
虚無を見たみたいな顔でつぶやく蘿蔔の背をさすりながらウォルナットが訊く。
「――おい、もう一度訊くぞ。本当に大丈夫なのかよ、この大学?」
「わ、わがんね……大学は、ほんと、地獄だ……ちゃ」
がく。なぜかそこに海老反りで倒れていた深澪の上に折り重なり、蘿蔔は意識を手放した。
「テレサ様の手が加わりきっていないからこそ見た目と香りを保って……ということは」
ファリンはテレサに声をかけ、あることを実施した。
そして今なお目を塞がれ、縛り上げられたままのヤンへ、ひと口大に切った羊羹を食べさせる。
「いかがです、お兄様?」
「――」
声もなく悶絶である。
次いでもうひと切れ、ヤンの口へ。
「従魔の血で固めた人面鳥の腐肉のような味がする――!」
今度はしゃべった。
先の羊羹はテレサに切らせたもの。後の羊羹は二人羽織でファリンの手をテレサに操作させて切ったもの。
テの毒性は、明らかに後者のほうが薄い。
「お兄様の犠牲で実証できましたわね。これならば」
他人の手を介在させたテ料理ならば、一品食べきったとしても命は保たれる。
ファリンは中国式薬膳のセットを前に、覚悟を決めた。
我、テ料理制して言挙げん!
……言挙げられませんでした。
『曲がってるぞ』
ディオハルクの言葉どおり、仙也は曲がっていた。人の骨格というものは思いのほか複雑なのだと証明するように。
彼の前にある天丼と味噌汁は、ムスリムが心配なく食べられるよう豚肉由来の即材を完全カットしたハラール品だ。
が、そんなことはいい。超まずいとかも、この際いい。よくないのは、ひと口ごとに命を削る、謎の毒性である。
幻想蝶の内に手を突っ込み、抜き出した賢者の欠片3つを一気に噛み砕き、味噌汁で流し込んで……仙也はさらに曲がった。
『どうしてそこで味噌汁を飲む?』
「女性の手料理を、残すわけには、いかねぇだろ」
すでに五感は半ば以上失われていた。それでも霞む目で目視しながら箸を動かし、海老天をかじる。プリっとした絶望が舌の上で爆ぜた。
『だめだな。回復しても結局時間稼ぎにしかならん。本気で死ぬぞ』
戻ったはずの生命力が不自然に損なわれていく。そうか。これがテか。
「美空はテ料理というパワーワードの提唱者。すなわち誰よりもテ料理を識る者なのであります」
そう。美空こそはテレサの手料理を「テ料理」と略した張本人である。だからこそ自信があった。迷うことなくイギリス式セットを一気食いし――
「みそらはみそらは」
幼児の描いた人物画みたいに体の線をぐちゃぐちゃに崩し、謎ダンスを踊ることになるのだった。
由利菜は追い詰められていた。
テ料理の恐怖はすでに聞き及んでいるし、今この目で実際を確認もした。しかしここで逃げてしまえば空気を悪くすることに。私が食べなければ――でも食べてしまったら――
「ちょうど小腹が空いていたところだ」
イギリス式セットの前で青ざめる由利菜の横からリーヴスラシルが手を伸ばし、ホットサンドを取った。ユリナにこれを食べさせるわけにはいかん。かくなるうえは私の屍を踏み石に、主を生かすのみ!
「あああ、ああ、あああああ」
ひと口ごとに呻き声をあげるリーヴスラシル。言いたいことはあったのだ。「すでに味の問題を越えている!」とか、「うちの学園やユリナのバイト先でこんなものを出せばテロリズム扱いだぞ!?」とか。
「ら、ラシル!? 大丈夫、ではありませんよね……」
大丈夫じゃなくても大丈夫。騎士は主のために生き、死すものなのだから。
麻陽は面接官に問うた。
「3種類、全部食べていいですか? だよ」
アランは目を剥き、「正気ですか?」。
「正気です、だよ。噂に聞くテ料理、ぜひともお“テ”合わせしたいんだよ」
小声で他の面接官に「待機している互助会に出動要請を」とか指示するアランを置いて、麻陽は箸を手にした。
最初は死なない量の河豚の肝をいただく好事家の気持ちでいこうと考えていたのだが、そんな予定はひと口めでぶっとんだ。
食した者の生命力を糧に五感を侵し、なにかを書き換え、塗り替えていくその絶望に、麻陽は思う。きっと邪英化って、こんな感じなんだよ。
「デザートにチョコレートはいかが? バレンタインは過ぎちゃったし、あたしが加えたのは友情だけだけどね」
テレサが冷蔵庫から取り出したパッドに並べられていたのは、小型のセルクルの中でハートを描くビターチョコレートだ。
「てテレサのチョコレレートだと!? もちろんいたたただく!」
インに支えられて座位を保っていたリィェンは手探りでチョコへと指を伸べ、そのまま全部さらおうとしたが。
「欲張りはだめよ。ひとりひとつ」
テレサにやさしくたしなめられ、思わず笑む。ああ、きみは叱責ですらあたたかいな。
そしてチョコをひとつ頬張り、噛み締めた。
甘いな。そして苦い。俺はきみが甘いばかりの人生を歩めるよう、力を尽くすよ。
「なにを考えておるのか知らんが、死にかけておいてそんな顔ができるのはひとつの特技じゃな」
あきれたインの傍ら、リィェンは密やかに息を引き取った。
「テ、手料理じゃない……なら」
テーブルに突っ伏し、針千本飲まされたようにエッジの立った神経痛で全身を苛まれていたファリンが震える手でチョコをつかむ。
テの毒を少しでも薄めなければ、召される! ――自らにとどめを刺したファリン、最期の思考であった。
「残念だが、私はチョコレートだけは、ユリナの手製でなければ食べられぬと、騎士の誓いを」
「ラシル、しゃべってはいけません! 安静に――!」
由利菜をテ料理から守るため、セットをひとりで食べきったリーヴスラシルはほぼ全死状態である。
「……」
そのとなり、恭也は最後に残ったサンドのひと口分を手に取る。彼と雫の戦いはまだ終わっていない。よそ見をしている暇などありはしないのだ。
手にしたチョコをつぶらな瞳で見つめていた美空は、そのままぱくり。
「ビターじゃなくてミルクだったのであります」
敬礼したまま、動かなくなった。
「ひとりの犠牲じゃすまねぇようだが」
女泣かすよりいいだろうさ。
仙也はセルクルから押し出したチョコを口へ放り込んだ。
目が、耳が、鼻が、肌が、肉が、血が、骨が、じわじわと彩を失い、命を損なわせていく。
『欠片を食ってなきゃもう少し早く終われただろうに』
ディオハルクの皮肉は、仙也のどこにも届かなかった。
そして、麻陽である。
美空によれば、これはミルクチョコ。テの毒で漆黒に変化した一品だ。
すでに三度の死を迎えるほどのダメージをその身に負っている。ここから1ミリでも動けば、無理矢理繋いだ命がちぎれ、絶命するだろう。
「チョコも、いただくんだよ……」
だが。
「だめだ。ダメージが300パーセントを越えた瞬間、邪英化するそ」
聞き覚えのない声と共にチョコを取り上げられ、麻陽は意識を失った。
突然の連絡でテレサが外に呼び出された30秒後。
食堂になだれ込んできた『互助会』を名乗る一団により、迅速に重体者と重傷者が運び出された。それと同時に“テ”の惨劇跡は完璧にクリーニングされる。ちなみに仙也の幻想蝶には賢者の欠片まで補充される徹底ぶりだ。
「テレサさんはどちらに? 私、お話しないといけないことがあるのですが」
体をくの字に負った雫は、怒気あふれる笑顔で男のひとりに問う。
しかし男たちは一様に湿った表情を左右に振るだけで、応えずに撤収した。
「これはH.O.P.E.の闇……そう思うしかないのよ」
この場でただひとり無事を保つ「経験者」の雨月は達観した顔で雫に語る。
「想像以上に深いな、闇」
すべてを見届けた遊夜はげんなり肩をすくめ、ユフォアリーヤを抱き寄せた。
かくて特別入試は、入学と採用を辞退した由利菜とリーヴスラシル以外の受験者全員を合格とし、幕を下ろした。
「――ラシル。私が学園を卒業した後も教職は続けるつもりですか?」
帰路、由利菜に問われたリーヴスラシルは「難しいな」。
「英雄は契約者から大きくは離れられない。いや、そうでなくとも私は、ユリナの選ぶ道に添うだけだ」
そんな雰囲気のある話の影に散った重体者5名がいたことは公開されぬまま、紫峰翁大學に春が訪れる……。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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