本部

どうかわたしを助けてください

鳴海

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~6人
英雄
4人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/23 12:01

掲示板

オープニング

 地図上から一つの町が消えようとしている。
 
 H.O.P.E.のエージェント『行谷』は帰省中だった。
 首都から電車に乗り数時間、降り立つ駅は新しく整備されており彼が幼かった頃の面影は一つも残っていなかった。新しく開発されたその町に彼は数年ぶりに帰ってこれたのだ。
 彼は駅の改札を抜け、整備された町を歩いていく。最近両親は新築のマンションに引っ越したらしい。地図を見ながら住所を照らし合わせて彼はその場所を目指した。
 その目の前を女の子が駆け抜けていく、ここは住宅地だ仲良しグループなのだろう、年齢に開きのある六人の少年少女たちが笑いながら走っていく。その流れについていこうとした幼女が独りいて。石にけつまずいたのか転んだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
 そう行谷が駆け寄る前に、高校生くらいの少女がかけより、あわててその幼女をたたせた。
「大丈夫? けがはない?」
「だいじょうぶ」
 舌ったらずにそう答えるその少女に幼いころの記憶が重なる。
 行谷は昔、このあたりの子供たちを一手に引き受ける子守番で、自分の後ろをついて歩く少女にもこうやって語りかけたことがあった。
「懐かしい…………」
 そんな風に感慨にふけっていると。突如頭上にかげが落ちた。太陽が陰ったのか、そう思い上空を見上げると。
 それは雲などではなかった。無数の従魔。鳥のような恐竜のような従魔が無数に飛び交っているのだ。
「なんでこんなところに」
 近くにドロップゾーンの出現予定などもなかったはずだ、だから帰省した、そのはずだ。
 あわてて行谷はH.O.P.E.の情報を脳内で検索する。しかしその行為は間違いだった。
「きゃああああ!」
 弾かれたように彼は振り返る。そこには少女がへたり込んで座っている。上空に恐怖の表情を向けていた。その顔は血に塗れており、しかしその血は彼女の血ではないことはすぐにわかった。先ほど助け起こしていた幼女のものだ。
 見れば、幼女が首元から引き裂かれ倒れていた、息はないだろう遠巻きにもそれがわかった。
 そして従魔が今度は少女を狙おうとしている。
 少女は恐怖で動けない
「危ない!」
 行谷は走った……。
 そして、少女に声をかける。
「大丈夫か……?」
 行谷の押し出すような声、張り詰めた声音ににじむ苦痛の吐息。
「え、わたし、何で」
 少女はゆっくり目をあける。死んだと思ったのだろう。だが少女は無事だった。その理由は簡単。
「おにいさん、腕が……」
 行谷は左手で少女を抱え、歯を食いしばりながら空を見ていた。少女が右肩に触れる、その先がなかった。
 右手を失った、とっさに少女をかばって食いちぎられてしまったのだ。
「なんで……かばってくれたの?」
 行谷はH.O.P.E.職員ではあるが事務職だ、戦闘員ではない。護身術の類を身に着けているとはいえ。それでも従魔に対してはエサ同然の存在だ。
 だが守った。
「H.O.P.E.だからだ」
 そう答え行谷は少女を抱えて走り出す。
「でもあの子たちが」
 そう少女は行谷の手から逃れようとするけれど。
「みるな!」
 そう強く叫ぶ。
「もう、手遅れだ」
 行谷は後悔した、右手があればこの少女の目をふさぐこともできたのにと。


 その後のことはよく覚えていないらしい。無我夢中で逃げて、そしてたどり着いた先はビルの中。紫の水晶があたり一面を覆う、不気味な建物だった。
 こんなところあったかな。そう思いながら、行谷は壁に背を預け座り込んだ。手には携帯電話。この報告を秘匿回線でH.O.P.E.に送るためだ。今からでも救われる命があるかもしれない、そう思っての行動だった。
「おにいさん」
 少女がそう声をかける、破いた上着で必死に行谷に止血を施すが、手馴れていないのか、血は止まらない。
「そんな、冷たい。待って、まだ、きっと助けは」
「そうだな、助けは来るはずだ。きっと英雄と、その英雄と契りを結んだ勇者たちが来てくれるはずだ。けど俺は間に合わないだろう」
 そう行谷は焦点の合わなくなった瞳で少女を見つめる。
「ここにいれば空を飛ぶあいつらは入ってこれない。ここで救援を待つんだ、ここに君がいることは知らせておいた」
「そんな、私……」
 そのときだった、急に洞窟の奥から甲高い音が響いた。その直後。紫色の鋭いものが伸びてきて、そして。少女の腕を貫いた。
「きゃっ、やめて! やめてよ!」
 正確には貫いたのではない。まるで粘液で包むように内包されそして強い力で引っ張られた。
「その子を離せ」
 行く谷は持っていたナイフを振りかざし、その水晶を切りつける、だが傷一つつかなかった。
「お兄さん!」
「くっ」
 その直後、またもや水晶が伸びてきた。その数。数十。その群が今度は本当に行谷の体に貫いた。まるで血の一滴ですら絞り出そうとするようなその攻撃を受け、行谷の意識は急速に遠のいていく。
「そんな! お兄さん! しっかりして」
「く、だれか、だれか彼女を……」
 行谷は最後に、彼女がビルの奥地に引きずりこまれるのを見た。
 そしてその姿に、幼いころ接した幼女の姿が、重なる。
「もしかして、あの子だったのかな。春香。大きくなっ……」
 その瞬間、水晶が行谷の頭部を粉砕した。

 その知らせを受けたH.O.P.E.は直ちに救助班を立ち上げ救助を行わせるように手配した。
 町へは日中のうちにたどり着き、受信記録からオフィス街の真ん中からメールが送信されたことがわかっている。
 周囲に生命反応はなく、従魔が飛び回っている様子。見つかることなくビルまでたどり着くことは可能だと思うが、水晶従魔が鳥獣従魔と無関係であるはずがない。十分気を付けて対処にあたるように。

解説

目標 少女の救出。

 今回は町一つが従魔の襲撃にあって……というシナリオです。
 ちなみに住民の半分くらいは避難に成功していますし。取り残されている人はいないです。取り残された人はみんな死んでいるので。

 まず敵従魔についてですが。数が多く飛行しています。近距離攻撃の類は届かないでしょう。またステータスがそこそこ高い上に数は5体と多いです。
 攻撃方法は接近してからの爪や牙での攻撃、空からの風圧での全体攻撃を得意とします。
 風圧には魔力が込められており、魔法耐性が低いリンカーは要注意です。
 しかしこの町の外に出ることはできないので。最悪少女を連れて逃げしまって問題ないです。

 そして少女を覆う水晶ですが。これ自体に攻撃力は皆無です(リンカーに通用するほどの攻撃力がない)、ステータスは低いですが従魔なので油断はしないように。破壊も容易のはずです。
 ただし、水晶従魔は攻撃を受けた瞬間から鳥獣従魔を呼ぶために高音を鳴らし始めます。音を遮断する能力などない場合は時間が立てばたつほど、敵を集めてしまうことになるでしょう。最悪ビルごと崩されてしまった場合、春香は耐えきれないと思うので。早めに対処しましょう。
 
 さらに問題の一つに少女春香の精神状態があります。
 PLにのみ公開する情報ですが。彼女は水晶から救出されると意識を取り戻します。そして彼女はこの町から離れることを拒否するでしょう。大好きなこの町と一緒に死ぬ。そう言うでしょう。
 その彼女を説得するのも一つの難関です。
 
 戦闘とメンタルケア。シリアスな展開になることが予測されますが、よろしくお願いします。
 彼女を助けてあげてください。

リプレイ

 H.O.P.E.のリンカーが現地にたどり着けたのは、事件発生から十二時間も後だった。
『エステル バルヴィノヴァ(aa1165)』は空を見上げた。そこには怪獣映画に出てきそうなサイズの鳥獣従魔が、我が物顔で羽を広げていたのだ。
「もう行ったみたいですよ」
 そう彼女が言うと続いて。『泥眼(aa1165hero001)』が姿を見せる。
「早く行きましょう、最後の一人の生存者。絶対に助けないと」
 泥眼はまだ片付けられていない亡骸に祈りをささげた。その魂の冥福を祈り、そしてエステルへと向き直る。
「そうね、いきましょう」
 共鳴開始。
「行きましょう、四人の力を合わせればきっと大丈夫です」
 そうつぶやくエステルの隣に青年が二人並び立つ。
「ここがゾーンの境目ですね」
 『紫 征四郎(aa0076)』が言った
「目的地まで最短ルートで行きますよ」
 それに相棒の『ガルー・A・A(aa0076hero001)』が答える。
「わかってるぜ、早くいかねぇと。春香ちゃんもどうなっちまうか分からねぇしな」
 その言葉に『木霊・C・リュカ(aa0068)』はただ頷くだけだった。
 いや、肌の色、髪の色が普段の白色とは異なっている。今は共鳴中で体の主導権を握っているのは彼の英雄『オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)』のようだ。
 元来無口な彼は二人の会話をただただ聞いていた。
 そんな彼が一つの気配を察知し振り返る。
 最後の参加者がそこにいた『石井 菊次郎(aa0866)』が到着したのだ。
「救出任務か……興がのらんな」
 そう今、彼に語りかけたのは、魔導書の中に意識を移した英雄『テミス(aa0866hero001)』だ。彼女はとてもけだるげな声音で言葉を続ける。
「そう言わずに……これも必要な仕事です。それに上空にはかなり有力な従魔が居るようですよ?」
 菊次郎が言葉を返す。
「まあ、仕方が無い……」
 四人がそろったところで全員がインカムを装着し、オリヴィエが戦闘を切って駆け出した。
 四人はメールが発信されたと思われるビルへと急ぐ。
 四人はあらかじめ調査しておいた地図や被害状況、ビル周辺の写真などから従魔の目を避けられるルートを選択。それでいて最速でその場所に向かう。
 四人は大きな交差点に出た。
「ひどい……」
 エステルは思わず目をそらす。視界の開けた場所は彼らの格好の餌場らしく、骸が無数に転がっていたのだ。
「冥福を祈りましょう、全てが終わってから、弔ってあげましょう」
 そう泥眼が答え。エステルはなくなくその場を後にする。
 そしてリンカーたちは目的の建造物に到着した。
 そのビルはほぼ全体が水晶に覆われていた。内側から外に突き出すように水晶が成長し、この世の建物とは思えない外観をしていた。
 警戒しながら征四郎が扉を押し開く。
 扉はすんなり開いたがビル内部は少し冷えていて、やけに暗かった。しかしまったく光がないわけではなく、奥にぼんやりと光光源がある。
 四人は警戒しつつ先へ進んだ。
 少し進むとそこには頭部を失い、まるで血を絞り出そうとしたかのように、全身が穴だらけの死体が一つ、無残に投げ出されていた。
「行谷さんだね、彼の携帯電話を回収しよう」
 リュカがオリヴィエに語りかける。
「なぜだ?」
 オリヴィエがぶっきらぼうに返した。
「遺品が必要だからだよ。これが慰めになることもある」
「そう言うものか? 俺にはいまいち、理解できないな」
 菊次郎は一足先に光源へと近づいていた。それは遠くからではわかりにくかったが、どうやら少女を取り込んだ紫水晶の柱だった。
「何だこれは? 屑石が幾ら集まっても多寡が知れているが、それにしてくもこれは安物臭い」
 テミスが魔導書の中からそう口を挟む。
「彼女を救出します、ですが慎重になったほうがいいでしょう、これは単なるクリスタルではなく従魔だ。何がおこるか分からない」
 周辺の探索を済ませた、三人が合流し、各々が武器を構える。内部にいる彼女を傷つけないように配慮しながらクリスタルを破壊する必要があった。
 まずは征四郎がその槍で水晶を砕く。しかし。
 キィィィィィィィィィィィ
 甲高い、それこそ金属がなるような嫌な音がビル全体から響き始めた。思わず全員が耳をふさぐが。同時に不吉な音が遠くから聞こえる。
 鳥獣従魔の声だ、しかも怒気をはらんでいる。
「なるほど、これを壊せばゴミ蝿共を呼び寄せられるのか? 便利だな」
「それ、ほんとうですか?」
 耳を抑えながらテミスの言葉に菊次郎が返す。
「まずいな……」
 オリヴィエがライフルを構え、撃つ。水晶全体にひびが入った。
「物理ではなく、魔力での攻撃ならどうですか」
 そうエステルと菊次郎が同時にクリスタルファンで攻撃。
 直後粉々に水晶が砕け散り。そして中の少女が空中に投げ出された。
 それを征四郎が素早く抱きとめる。
「春香、春香!」
 征四郎がその体をゆすると、春香はすぐに目を覚ました。
「ここ、は」
 その目は四人の顔をまず先に見た。次いであたり一面を覆う紫色の水晶を見る。
「私は、確か」
 この時点で春香の顔は青ざめていた、徐々に記憶を追い場面を追い、視線がビルの出入り口辺りをすべる、そしてそれを見た。
 行谷の死体だ、直後春香は悲鳴を上げる
「いやぁ! ここは? 私はどうなってしまったの? 子供たちは?」
「あなたは、従魔に囚われてしまったんですよ。それを私たちは助けに来たんです」
 エステルが答える。
「他のみんなは?」
 その場にいる全員が答え辛そうに言いよどむ。
 不思議と水晶の悲鳴のような異音は止まっていて、耳の痛くなるような静寂が場を包んでいた。
「しんだの?」
 春香は思い出す。自分が見たものを。目の前で、自分が預かった子供たちが殺される瞬間を。
「私、この町が大好きだった。それは、みんながいてくれたからなんだね」
 エステルが間髪入れずに答える。
「ここは危ないです、非難しましょう、さぁ」
 そう伸ばされた手を春香は振り払った。
「終わりだ、全部。町も、人も、みんな、全部壊されちゃった」
 その悲痛な叫びが水晶に反響する。
「もう、みんなに会えないんだ。私、素直じゃないから、明日みんなと会えるか分からないって言っちゃった。みんなを困らせて、約束しなかった。こんなことなら、明日も、遊ぼうねって、言ってあげればよかった。私はみんなを裏切ったんだ」
 もう、流れる涙を春香は止めることができなかった。嗚咽を漏らしながらリンカーに必死に訴える。
「私、ここに残る、明日も明後日もみんなを待つ、だって私。この町を出ていけない」
 エステルが青ざめた顔で言う。
「私達、あなたを助けるために来たんですよ、それなのに」
「うるさい! もう生きていたって意味はないのよ、だって、私の世界はここにしかなかったんだから」
「俺達はこの携帯の……向こうで死んでる奴の要請でここに来た」
 そう回収した携帯電話を見せるオリヴィア。
「お前は、あいつが助けたいと願ったモノだろ。お前、郷愁でその想いを否定するのか? 生きてこの街を取り戻して、直そうと思わないのか」
 その瞬間、リュカの体からライブスが霧散し、同調が解かれる、そこにいたのは、真っ白い肌と髪の青年と、まだ幼い褐色の少年だった。
「……言い方は乱暴だけど、お兄さんも同意見かな」
 リュカは、その美しい瞳で、少女の瞳をまっすぐ見据えた。
「離れがたい想いもわかる、ここから逃げて一人生き残る恐怖も、わかる。それでも君は生きるべきだよ。本当に街が死ぬとしたら、君が死んで……全てが忘れられた時なんだから」
「でも、私がここで、逃げ出してしまったら。この町は消えてしまう。意味のないものになってしまう。悲しい結末だけが残って。私の大好きだったものがなくなってしまう……」
「意味ならあります!」
 征四郎が前に歩みでる、口調が青年風のそれではなく、素の少女のものに戻っていた。
「この街に育てられたあなたが生きている、それはこの街が生きていた証ではないでしょうか」
 征四郎が共鳴を解除し、駆け出して抱きしめて、その胸を叩く。
「それに、いますよ!あなたを守った人は、ここにいるのです!あなたが生きていることが、その人が生きぬいた証ではないですか!」
 征四郎は知っているのだ、残されるということがどういうことか、残していってしまわないといけない、それがどういうことか。
 彼女自身が残されたものだから。
「でも、私、どんな顔をして生きたらいいの?」
 征四郎は悲しげな顔で、どこか遠くを見るような目で春香に言葉をかける。
「征四郎もきっと、代わりに死んでいたら。兄様には生きてほしいと思ったと思うのです」
 春香は目を見開いた、その言葉の意味がなんとなく分かったのだ。そして征四郎は春香の目を真っ向から見据える。その思いが届くように。
「でも征四郎は生きのびました。だから……」
 死者は生者の死を喜ばない。生きることを望む。
 それは携帯電話のメールを見ても明らかだった。
 征四郎はそのことを彼女に伝えたかった、しかし声にならない。そんな征四郎の言葉をガルーが継ぐ。
「この街と一緒に死ぬってよ、勝手に死んだことにしないでくれ。……この街はな、必ず俺様達が取り戻す。心中しなくても、いつかまたここで生活できる。そんな未来をちゃんとくれてやる! だから信じて生きて、待ってやってくれねぇか?」
 そのガルーの言葉に、その場にいるリンカー全員が頷いた。その目が春香の返事を待っている。
 そして春香は、その言葉におずおずとうなづいた。
「従魔の襲撃を受けたら私達も危険なのです。其処まで私を案内して貰えませんか? 助けて下さい」
 エステルが今度こそ春香の手を取る。そしてビルの出入り口へと走った。町の外へと連れ出すため。
「ガルー! たんかをきったからには勝たなければなりません!」
「ったりめぇだ征四郎! 俺様達に出来ねぇことなどねぇってなァッ」
 そう二人は声を張り上げる。リュカとオリヴィエ、征四郎とガルーが再び共鳴し武器を構えた。
 まず菊次郎が隣接する建物の屋上へ飛び、逃走中の二人を支援する役目に回る。
 そして征四郎がその槍の石付きで軽く水晶を小突くと再び水晶が甲高い音を鳴らし始めた。
 すでに周囲に集まっていた四体の従魔たちはいっせいにビルに近づき、その魔力風で攻撃を仕掛けてくる。
 その結果ビルは倒壊。しかしリンカーたちはすでに脱出している。問題はなかった。
「ふふふ……虻蚊ほどの存在価値も無いライブズ漁りの癖によく飛び回るわ」
 テミスがそう囁くと、魔導書から光の剣が生成される。
「どうも醜い……裁きは死刑だ! 喰らえ、我が裁きの剣を!」
「征四郎さん、合わせてください」
 そうして放たれた光の剣が従魔の翼を引き裂いた、一時的に航空不可能となった従魔は高度を下げる。
「ハァっ」
 その従魔に追撃、征四郎が壁を蹴り、飛び上がりその槍を従魔に突き立てた。しかし、すぐに振りほどかれ、翼も元に戻っている。
 ある程度体力を削らなければ完全に空から落とすには至らないようだった。
 征四郎は歯噛みする。
 そしてインカム越しに悲鳴。エステルが攻撃を受けているのだ。
 敵が多すぎた。たった三人では五体の従魔すべての気を引きつけることができない。
 このままではらちが明かない。そう判断したリュカはオリヴィエにあらかじめ伝えていた作戦を実行するように促す
「オリヴィエ!」
「本当に、いいんだな?」
「ああ、あの子の物語を、この町の物語をこんな悲しい結末のまま終わらせることなんてできないじゃないか」
「了解した」
 オリヴィエは砕け散った水晶にライヴスを与える。するとその水晶が甲高い音を発しながら微弱に震えた。
 その音に反応して。エステルを付け狙っていた従魔の一体が、オリヴィエへと視線を写した。
「こっちに、こい」
 そして真っ向から飛んでくる従魔に、ライフルでの一撃。わざと狙われやすいように目立つところを駆けながら、オリヴィエはエステルの進行方向から遠ざかっていく。

 *  *

 エステルからそう遠くないところで戦闘は継続中だ。
 鳥獣従魔が起こす魔力風が吹き荒れ、それに対して三人のリンカーが応戦している。
 上空で炸裂音がし。花火のように炎が舞い踊る菊次郎のブルームフレア、その残光が滞留し、敵が混乱している最中銃声、高度を落とした敵に征四郎が切りかかる。
 敵の反撃をかわし、受け流し。オリヴィエがトリオで纏めて狙うも、決定的なダメージはなく、苦戦を強いられる。
 そんな三人を尻目に、エステルは春香の手を引いて駆けていた。今は彼らを信じて彼女を守りきる必要があった。
 だがエステルの焦りに反して春香はたびたび足を止める。
 道端の死体に目を奪われ、そしてショックを受け涙を流すからだ。
 そして、ついに春香は決定的な物を見てしまった。春香はエステルが手を引く力に抗って立ち止まる。
「どうしたんですか?」
 その無残な亡骸を見る春香の目は、他の死体を見る目と違った。
「そんな、お母さん……」
 今度こそ春香は歩けなくなった。生きることへの罪悪感が、勝ってしまったのだ。
「私、やっぱりいけないよぅ」
 その肩をエステルが強く揺さぶる。
「彼等は人間に絶望を植え付けようとします。そうすればたやすく人の全てを奪えるからです。あなたの家族や仲間を奪った彼等の思う通りにしては駄目です。」
 エステルが必死に彼女を引き戻そうと言葉をかける。
「あ、私……」
 その直後二人の頭上に影が落ちる。やはり抑えきれなかったのか、一体の従魔が躍り出る、そしてその爪で春香を引き裂こうとした。
「いやぁ!」
 春香はつむった目を開く、痛みも、衝撃も何も感じなかったから。
 それもそのはずだ。見れば、脇から血を流しながら、エステルが微笑んでいた。
「あなたは一人残りました。みんなはまだあなたの中で生きています。でもあなたが絶望したらみんなは二度殺される事になります。彼らにみんなの全てを奪わせて良いのですか?」
 そして従魔が羽をはばたかせる音、鋭利な魔力の風が二人を襲うが、エステルは春香に覆いかぶさりその攻撃をうける。
「あなたはこの街を、みんなの記憶を残す義務があります。あなたが失われれば本当に全てが無になってしまいます」
「私、ごめんなさい。エステル……。私」
「行って。早く!」
 エステルは従魔と真っ向からにらみ合う。すぐに春香を守れる距離を保ちながら従魔を牽制しているのだ。
 だが、唐突に、遭難の前触れもなく従魔の興味がわきにそれた。そして直後インカム越しに悲鳴が聞こえる。
 直後征四郎が叫び声が聞こえた。
「オリヴィエ! リュカ!」

   *    *

 オリヴィエは水晶から音を発し、逃げ続けていた。しかし囮役への攻撃は苛烈で、ついには魔力風が直撃した。
 吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられるオリヴィエ。そして動かなくなってしまう。
「無茶しやがるから……。おい征四郎、早く向かえ、俺様が回復させる!」
「わかっていますよ、けど」
 征四郎の目の前には鳥獣従魔が立ちはだかっていた。まるで行く手を遮るように高度を落し征四郎を睨みつけている。
 たいして菊次郎も従魔に足止めされている様子で助けには向かえない。
「体が、うごかない」
 リュカが言う。
「まるで、共鳴がとけてしまった時のように体が重たい。ねぇオリヴィエ。まだ意識はある?」
「攻撃を受けすぎた、だから無茶だと言ったんだ」
「でも、ほら、逃げ切れそうだよ」
「そうか、なら、もうひと頑張りだな」
 オリヴィエは、敵から追われている最中決して水晶を手放さなかった。そしてその水晶に再びライヴスを加える。
 一際甲高い音が響き、そして従魔が、怒りの声をあげ。全体がオリヴィエへ向かって直進した。
「一人だけ死ぬなんてずるいです」
 その瞬間、インカムの向うから春香の声が聞こえてきた。
「あれだけのことを言ったのだから、みんな、みんなで生きて帰ってきてください。お願い、お願いします」
 次いでエステルの声が届く。
「安全圏まで送り届けました。待っていて。私、今からすぐにむかいますから。みんなを治しに向かいますから!」
 その通信が切れた瞬間。目の前で極大の火球出現した。それはまるで花開くように大きくなり。そして。
「全く汚物を撒き散らしおって……まとめて焚刑だな。我が浄めの業火をその身で味わうが良い。骨も残すなよ。片付けるのが大変だからな」
「上機嫌ですね、テミスさん」
「当たり前じゃ、さあ、止めだ。己が無価値な生を良く反省しちゃんと消えて無くなるのだぞ。不快だからな」
 ブルームフレア。菊次郎の放った攻撃により三体のうち、一体が塵となって消えた。
 しかし二体がまだ残っている。
「リュカ、オリヴィエ、すぐに回復します。無茶はしないで待っていてください」
 そう槍で刺し殺した従魔を投げ捨て、征四郎が接近する。
「ありがとう、恩に着るよ」
 オリヴィエが言う。
「これに懲りたら無茶はしないでください」
「善処する」
「もう…………」
 ふてくされる征四郎にガルーが茶々を入れた。
「言ったって無駄だろうよ、こいつらがそういうやつだってことは、お前が一番わかってるんじゃねぇのか? 征四郎」
「…………、まぁ、確かに」
 反撃に出た従魔のかぎづめを。菊次郎は最低限のダメージで受け止め。オリヴィエへの攻撃を征四郎が盾で防ぐ。
 そして反撃の銀の魔弾とストライク。それは従魔の核となる部分を打ち抜き、二体を塵に変えた。
 残るはあと一体。
 距離が遠くこの戦闘には間に合わなかったようだが、こちらに向かってくる従魔が一体見えた。
 その従魔がエステルの攻撃をもろに受けてビルに激突しているのが見えた。
「あとは俺に任せて、征四郎さんは回復を」
 そう言い残して菊次郎はエステルの元へと向かった。
 征四郎は、リュカへ歩み寄る。
 周囲から敵が消え去ったため、リュカが共鳴状態を解いた。リュカもオリヴィエも疲れ切って壁にもたれかかっている。
「思いだしますね。生きるのはつらいことだって」
 そう征四郎が語りかける、彼女も共鳴を解除し、幼い少女の姿に戻っていた。
 ガルーが傍らで二人の治療にあたる。
「もう、こんな無茶はしないでください、心配しました」
 そう征四郎がリュカの服の袖に手をかけ、握りしめる。その震える頭にリュカは手を乗せた。
「ごめんね……」
 そしてリュカは意識を失った。

   *   *

 残るもう一体の従魔は、エステルと菊次郎の挟み撃ちによって、さした被害もなく倒すことができた。
 その後二人は共鳴を解除し、救護隊が控えているラインまで帰ることにした。
 その最中菊次郎はテミスに語りかける。
「……満足でしたか?」
「満足? 義務を果たしただけだ。毒虫をこの世に残しては不味いでは無いか」
「それは何よりです」
 そんな尊大な態度のテミスから視線を外し、菊次郎は物思いにふける。
 エステルは春香の傷の手当てをしていた。エステルがかばっていたとはいえ、かすり傷や切り傷が全身にあったためだ。
 そんな彼女の応急手当てを済ませると、春香は検査のためと救急車で運ばれていった。
 エステルは具現化した泥眼と言葉を交わす
「無事みたいでよかったです」
「ええ、でもこれからが大変でしょうね。」
「絶望は何度でも蘇ります。それでも生きる価値があると思えるかは……私と競争ですね」
 泥眼が不意に町の方に視線を向けると。そこには帰島する四人の姿があった。
 あわてて駆け寄り、彼女の無事を報告した。
 たくさんの犠牲の中で唯一拾った命の輝き、それが意味を持つのかはまだ先の話である。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
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