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剣士の最後の願い
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最終発言2018/01/22 23:36:59 -
【相談卓】
最終発言2018/01/23 23:42:37
オープニング
「私が亡くなったら、この刀をH.O.P.Eまで届けて欲しいんです」
和服の女性は、そう語った。
彼女の名前はヤグチ。とある流派の唯一の継承者であり、最近退院したばかりのうら若い女性であった。
「かまわへんけど……その自分で届けたほうが」
正義が運ぶことに難色を示した刀は、床の間に飾られていた。刀を運ぶことに異論はないが、できれば正義は今すぐにでも刀をH.O.P.Eで保存するべきだと考えていた。ヤグチの寿命は残り少ない。事実上、引退しているようなものである。そんな女の家に武器があるのは、どうにも落ち着かない。
「この刀は、師匠の反対を押し切って愚神にも対抗できるように改造しました。最後まで、自分の側に置いておきたいのです。それに……私は、まだ自分の流派を極めてはいない」
彼女は、床の間に飾られた刀に視線をやる。
ヤグチが受け継いだ流派は、一子相伝。彼女以外に師の弟子はおらず、師はすでに没している。そして、ヤグチは弟子を取らないうちから病にかかってしまった。
ヤグチが受け継いだ流派は、ヤグチの代で消えることが決定した。
「僕には、あなたは強く見えるんやけど……」
「正義さん、あなたにはお話したことがありませんでしたね。私の流派は乱世のなかで生まれたとされています。一人、殺してからが修行の始まりなのです」
●剣士の最後
一人殺してからが、修行の始まり。
だが、その伝統は平和な時代になってからは消えた。ヤグチも愚神は切ったが、人は切ったことはなかった。ヤグチは、そのことだけが気がかりであった。
「私の剣は、未完成のままで死ぬのか……」
師に反対されてまでH.O.P.Eのリンカーになったのは、リンカーになればいつかは切れると思ったからだ。潰えた流派を完成させられると思ったからだ。だが、きっとその考えは罰せられるべきものだった。ヤグチの命はもう短い。
「おしいなぁ。おしいなぁ」
ヤグチの目の前に現れたのは、着流しの男であった。
「磨いた腕や積み重ねた伝統が、自分の代で消えるのはおしいだろう。どうだ、自分と組んでちょっと最後の華を咲かせてみないか?」
愚神だ、とヤグチは思った。
床の間に飾っていた刀をとったが、病でやせ細った腕では持ち上げることすら難しかった。
「おまえの技を使わせてくれよ」
こうして、ヤグチは愚神に操られることとなった。
だが、その心にはひっそりと歓喜があった。
自分の刀をまた振るうことが出来るという歓喜が。
●情報
「なんでや……」
正義は、H.O.P.Eの会議室で呆然としていた。知り合いのヤグチが、愚神に囚われたと聞いた。そのヤグチは、今は廃墟となった遊園地で愚神と共にいるらしい。
「最後の目撃情報から時間はたっていないので、まだそこにいると思うんですが……」
早くしなければ移動してしまう可能性がある、と職員は言う。
「急いでいける人を集めます。その……同行されますか?」
正義は首を振った。
「僕はあの人を知りすぎているや。戦うは無理や。あの人が使っているのを見たことある技は、教える」
分かりました、と職員は言った。
●最後の望みは
廃墟の遊園地で、ヤグチはぼんやりとしていた。強い麻酔を打たれていたような感覚で、刀を握っているのに感覚がない。自分の隣にいるのが愚神でも普通の男でも、どうでもよくなってきた。
「なぁ、ヤグチ。俺達はきっと似合いのパートナーになれたぜ。あんたが、もうすぐ死んじまうなんて悔しいな。でも、どうして殺さない?」
愚神の問いかけに、ぼんやりしながらヤグチは答えた。
「ただの人間は殺しても意味がない。戦士を切りたい。それで、それでやっと私の流派は終われる」
ヤグチの足元には、廃墟の遊園地に忍び込んできた若者たちの死体。全て愚神が殺した死体であった。
解説
・愚神の討伐
廃墟の遊園地(昼)……閉館した古い遊園地。アトラクションはあるが全て壊れており、入り込むのも危険な廃墟となっている。遊園地の真ん中に広い広場があり、愚神たちはそこにいる。
愚神……弓使いの愚神。ヤグチを操っている。命中した目標を燃やす炎の弓を所持しており、廃墟に炎が燃え移ると非常に危険である。
動かずの呪い――ヤグチの近くにいる敵に使用し、数秒間だけ動きを止める。自分が狙った敵に対しても、使用する。
火ふきの呪い――自身の周囲に炎を発生させ、防御の体勢をとる。
終りの呪い――ヤグチが開放された後に使用。自身の攻撃力や防御力を大きく底上げする。
従魔(忍び込んだ若者達の死体)……三体出現する。武器は持っていないが、全身が炎で包まれており力も非常に強くなっている。体に触れたりするだけで、ダメージを負う。
ヤグチ・・・・・・若い女性の剣士。愚神に操られているが、意識はわずかにある。病魔におかされており、スタミナがないが素早さが高い。武器は日本刀で、腕が立つ。なお、ヤグチは愚神に操られているが「武人としての最後の戦い」を望んでおり、愚神に開放されたあとも攻撃を続ける。しかし、全てのステータスは大きく落ちるため奥義を使用する。
終りの一撃――素早く動くことで分身を作り、その分身と共に攻撃を行なう。分身に攻撃力はない。
終りの剣戟――刀を深く打ち込まず、浅く打ち込むことで素早い連続攻撃を可能にしている。
無常の剣技――大きな威力を持つ一撃。刀を振り下ろした瞬間に衝撃波が生まれるほどの威力があり、その衝撃波でも攻撃は可能。食らえば大ダメージを負う。
以下、PL情報
最後のあがき――止めを刺された、あるいは動けなくなったと見せかけ近づいてくる人間に素早く仕掛ける技。
奥義:無我の境地――集中力をあげ、痛みなどを遮断して動く。スナミナのなさを補う技であるが、長く使い続けるとヤグチの生命が危ない。
リプレイ
ヤグチは、ぼんやりとしながら遊園地を見る。かつては、ヤグチもこのような場所を好むような可愛らしい年頃だった。そのころは、自分が病で若くして死ぬなど考えもしなかった。
「一人殺して……ようやく、始まる。私の流派の剣が――私の剣が」
痩せ衰えた腕で、ヤグチは剣を握る。
「……失われる技の最期の輝き……か、……だが、結局は人斬りの業。そのような輝きなど魅入る気にもならぬ」
輝くヤグチの刀を、吉備津彦 桃十郎(aa5245)はそう評した。
●燃える被害者
従魔は燃えていた。
その背格好から、恐らくは遊園地に無断に忍び込んでいた若者と思われる。それが愚神に操られているのだ。炎を纏う従魔を見た少女たちは、目を細める。
「炎だよ、Alice」
『炎だね、アリス』
アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は、同じ表情をしながら従魔を睨む。彼女達も炎を操ることを得意としてきたリンカーだ。だからこそ、彼らの炎に興味が引かれた。
「人型なのは残念だけれど、良いね。いつもより少しだけ興味が持てそうだよ」
アリスの脳内に蘇るのは、自分達の復讐相手。
炎をまとった獣の王。
かつて獣によって落とされた深い穴の先の世界で、自分達にチェックメイトをかけた相手だ。果たして自分達の炎は、どこまで通用するのか。研鑽の日々は報われるのか――それを試す時である。
「炎が周囲に燃え移らないように、お願いします!」
九字原 昂(aa0919)は、叫んだ。
ベルフ(aa0919hero001)は、そんな昴に口を挟む。
『あの二人は、そんなへまはしないだろう』
「燃え移る可能性はあるよ。……もしも、遊園地の廃墟に燃え移ったら消火は厄介だろうし」
燃える炎に、ヤグチや自分達がまかれる可能性だってある。
昴は、そう考えた。
『なら、どうするんだ?』
ベルフの言葉に、昴は間髪いれずに答えた。
「炎を操っている従魔を真っ先に倒すんだよ」
それが、一番安全で確実だ。
昴は、そう考えた。
「その役割、引き受けた」
逢見仙也(aa4472)は、ストームエッジを使用する。一気に勝負をつけたかったが、その考えは少しばかり甘かったようだ。
『功を焦ったせいだぞ』
ディオハルク(aa4472hero001)の言葉に、仙也は「あっち、あっち」と仲間達を指差す。そこにはヤグチたちと戦うことを決めた仲間達がいた。
「さっと従魔を散らして、あっちに集中できる状態にしないとな」
仙也の言葉の先には、愚神がいた。弓矢をもった愚神は、未だに不気味な沈黙を続けている。
「ヤグチさんの方は、他の人に任せました。その間に愚神と従魔を何とかしましょう!」
黄昏ひりょ(aa0118)は、盾を構えた。
『あの面子なら、私たちはこっちに集中してもよさそうよね』
ヤグチの対応をするのは、剣士が集まっている。たしかに、ひりょが力を貸さなくとも彼らならばヤグチを何とかすることができるであろう。
ひりょは、愚神のほうをちらりと見た。弓矢をもった愚神は、未だに不気味な沈黙を貫いている。しかし、彼が使役している従魔が炎を身にまとうのならば、愚神もまた炎の扱いに長けているのであろう。もしも、ひりょの予想が正しければ面倒なことになるかもしれない。
「出入りが容易ではないこの場所で、火に囲まれたらひとたまりもないな……」
『蒸し焼きは、アサリで十分よ』
フローラ メルクリィ(aa0118hero001)の言葉に、ひりょは少し考えた。
「……アサリは、酒蒸しだよね」
ひりょは、苦笑する。
もしかしたら、フローラは自分の緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれない。
「心が痛むやり方だけど……ごめんなさい」
ひりょは謝りながらも、クロスグレイヴ・シールドで従魔を押しのける。鋏の刃のような部分が従魔の腕を挟みこみ、それを切断した。落ちる腕に、ひりょは後悔と嫌悪感を示す。元々、彼らは廃墟に忍び込んだだけの普通の人間だ。死体をこのように、扱われるいわれはない。
『私たちが戦わないと家族はともらいもできないわ。ここが、踏ん張りどきよ』
フローラの言葉に、ひりょは分かっていると答える。
彼女は、自分を励ましてくれている。
フローラのいうとおり、ひりょがここで頑張らなければ被害者と家族を対面させることもできない。
「今日の私は機嫌が悪い。無事逃げおおせられると思わないことですね……!」
月鏡 由利菜(aa0873)は、愚神に向って剣を向けた。彼と由利菜の間には、従魔がいる。その従魔を倒さねば、攻撃は愚神には届かない。それを知っていないが由利菜は、愚神に宣戦布告をする。
『普段よりテンションが高いな、ユリナ……』
一体、なにが彼女を高ぶらせているのだろうか。リーヴスラシル(aa0873hero001)には、残念ながら見当もつかない。それでも彼女が戦うと決心したのならば、彼女の剣としてリーヴスラシルは力を貸す。
『……ユリナ、彼らはもう手遅れだ。せめて苦しまないように逝かせてやれ』
「せめて安らかに眠りなさい……! 飛べ、真紅の月刃!」
由利菜の攻撃に、従魔の体が吹き飛ぶ。
その光景に、紫 征四郎(aa0076)は武器を握りながらも迷っていた。
「征四郎にはわからないです。1人殺してからが修行の始まり……剣とは、そんなにも恐ろしいものなのでしょうか」
彼女自身も剣の道を歩むものであったが、ヤグチの行動や流派は征四郎が理解できるものではなかった。征四郎の生家も女児を認めないという時代錯誤な伝統を守って、少女である征四郎に男の名を与えた。だが、ヤグチが受け継いだ流派は征四郎の家以上に現代にはそぐわない。
『恐ろしいに決まっている』
ガルー・A・A(aa0076hero001)は言った。
『剣があるから戦える。剣があるから、我が通せる』
己を正しく律しろ、と征四郎は言われているような気がした。
剣は、あくまで武器。
流派は、あくまで剣を扱う技術。
己の心のありようを正しく持たなければ、剣は簡単に悪しき武器へと落ちる。
『生憎と戦士の矜持はわからん薬屋だ。俺様は、1人でも多く命を繋ぐだけだしな』
その言葉が、ガルーが律する己の心であった。
征四郎は、剣を握る。ガルーの言葉の真意に自分が正しく向き合えているのか、ヤグチの覚悟に自分は届くのか、幼い少女である征四郎には何一つわからない。
けれども、と征四郎は唇を開く。
「わからない、わからないですが! これが正しいって、やっぱり『わたし』は思えないから!」
従魔に向って、征四郎は大剣を振りおろす。
『まとめて撃つ、隙ができたら後はよろしく』
そんな征四郎のサポート買って出たのはオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)であった。
「できるだけ、顔はさけてあげて」
木霊・C・リュカ(aa0068)はそっとささやいた。この事件は、きっと警察の手がはいるであろう。そのときに、できるだけはやく身元を確認してもらい家族に遺体を引き渡したいと考えていたのだ。
『努力はするが、あっちはどうする?』
オリヴィエは、視線だけでリュカに問うた。ヤグチは、どうするべきかとオリヴィエは尋ねたかったのだ。
「無論、彼女は保護するよ。もし、ちょっとでも彼女に意識があったのならば司法の裁きにかかれるようにしないと」
それが、ヤグチにとって救いになるのかどうかはオリヴィエには分からない。リュカは「救いとかじゃないんだよ」と優しく言う。
「なんでこんなことになったのかを明らかにする場が必要だしね……それが、現代のルールだ」
どんなことなに残酷な事件を起こしても、裁判にはかけられる。
それが、リュカたちが守るべきものだと思った。
「もう、ごちゃごちゃと煩いよ」
アリスの炎が、従魔を燃やす。
自分達の力が通じたことに、アリスとAliceは満足感を味わう。そして、愚神はそんな幼い二人を見て笑った。
「さて、炎の本当の怖さを見せてやろうか」
●剣士の戦い
「ヤグチって人、強いんだろ? オレも戦ってみたい」
シュエン(aa5415)は、ヤグチに興味を持ったようであった。彼はどこか無邪気な様子で、傍目からみれば新しいことに挑戦したがる子供のようでもある。
『……これは武人の戦いです。未だ戦士の戦い方を知らぬ者が入る場ではありません』
そんなヤグチをいさめたのは、彼の先生であるリシア(aa5415hero001)である。彼女は静かな眼差しで、ヤグチを一瞥した。
『見学に徹しなさい。武のある戦いというものをしっかり見ておくのです』
シュエンには、今回の戦いは早い。
リシアは、そう判断した。
『愚神に囚われても人の命を奪わない方です。そんな方の振るう刃とはどのようなものなのでしょう』
リシアは、刀を握る。
ヤグチも剣の道を究める女性だが、リシアも同じく剣の道を求める者だ。
『刃で語り合ってみたいものです』
すべての技を見せたい――全ての技を見たい。
そんな欲求が、リシアのなかで頭をもたげる。
誰かに邪魔などされたくない。リシアは全力で、刀と刀だけでヤグチと語り合いたかったのだ。
《流派を名乗る事は禁じられている。故に名乗りだけになるが……日暮仙寿だ》
背筋を伸ばした日暮仙寿(aa4519)は、鞘におさまったままの小烏丸に手を置く。
風が流れる。
いつ切りあいが始まるかもしれないというのに、この場に奇妙に静かな雰囲気が漂っていた。その雰囲気の呑まれたせいか仙寿は、ふと思い出す。
《桃十郎、だったか。お前も剣士だな。ヤグチの事をどう思う》
この作戦が始まる前に桃十郎に、仙寿は問いかけた。
「剣の業(わざ)は血に汚れている。長い歴史の中で築いたその業(ごう)……そこに愚神が関わる余地などない。所詮は人斬りの技術だ。一度たりとも斬っていないと言えど……一度身を宿せば、その女剣士もまた同じ業を背負う事になる……それでも救いたいというのなら、好きにするがいい」
興味がない、そう言いたげな返答であった。桃十郎の隣にいた犬飼 健(aa5245hero001)のほうが、よっぽどヤグチのことを気にかけていた。
『同じ剣士として見過ごせないんだ、私達は』
まるで仙寿の気持ちを代弁するかのように、不知火あけび(aa4519hero001)が口をひらく。その言葉を聞いたとき、仙寿は全てが腑に落ちる気持ちになった。
《――誰かを救う刃であれ》
仙寿の言葉に、あけびが顔を上げる。
《それが俺達の誓いだ。例え刃が血に塗れようとも、俺達が己を捨て人を生かす事が出来るのならばその道を進むだけだ。俺はヤグチの剣も諦めたくは無い》
これが自分達の思い。
ならば、剣でもって押し通すのみ。
「君達は剣士か?」
ヤグチが、日本刀を構える。
血色の悪い唇が、弧を描いた。
「最後に剣士を切れるなんて、ありがたい。いざ――尋常に」
『――勝負です』
リシアは、ヤグチの剣を受け止める。
彼女は病人とは聞いていたが、そうは思えないぐらいに力強い一撃であった。その一撃に、剣を扱うものたちはヤグチの人生を見た。剣こそが、彼女の人生であり全てだ。だが、その全ては病魔によって奪われた。
『剣に生きた者の1人。あの者の本望、拙者には分からずとも……』
健は、ちらりと己の主を見た。主ならば、戦場ではなく病気のために命を終わらせることになった無念な気持ちを理解してしいるような気がしたのである。だが、桃十郎はそんな戯言を切り捨てる。
「……口を慎め。聞くに堪えん」
『……っは……』
桃十郎は、目を細めながら剣士たちの戦いを見物する。ヤグチの動きは素早いが、仙寿とリシアでも対応できている速さである。
『ヤグチさんは、戦いの中での死を望んでいるのでしょうが……本人がどう言おうと、生きて帰ってもらいます』
リシアは、ヤグチに切りかかる。
だが、リシアが切ったはずのヤグチの姿は消えた。
「悪いが、私は戦いのなかでの死をのぞんでいるわけじゃない。私が、私の流派の入り口に立つことを望んでいるんだ」
今切ったのは幻だった、とリシアは目を見開く。
《分身だったとは、器用な相手だ》
仙寿は、ヤグチの技を見て目を細める。本体と分身を見抜こうとするが、ヤグチの素早さもあって難しい。ひとまずは、双方から逃げるしか手立てはない。
《何故、俺が流派を名乗れないと思う。俺の剣は暗殺剣。いるのは標的、相対する相手などいない》
誇れない剣の腕もある。
だが、それでも目指したいものがある。
それこそが、剣が持つ業である。
仙寿には、ヤグチが最後の戦いに戦士を求めた理由がよくわかった。だが、それでも否定しなければならないものはある。
《人を斬って完成する流派などあるものか。士道は常に己の内にある。斬るもの次第で変わる業などただのまやかしだ
『生きて欲しいんだよ。愚神に操られた剣じゃなく、貴女の剣を知りたい。終わるなんて言わないで!』
大振りな刀の動きから強力な攻撃がくると予測し、仙寿は影渡を使用する。
「すっごい威力だよ」
シュエンは目をらんらんと輝かせていたが、リシアは唇を噛む。
『これほどの腕ならば、愚神の力を借りていない――病魔にも冒されていない――ヤグチさん本来の剣の腕が見たかったです』
自分の願いを口にした、リシアはほっとした。
「ようやく、思い至ったか」
桃十郎の言葉に、健は首を傾げる。
『なにをでござる?』
「ヤグチはすでに、剣士としては死んだも当然だ。病に冒された腕では、満足に剣も振るえず、戦場にも立てない。人を切って、流派の入り口に立ったら、ヤグチは地獄で修行を続けるつもりなんだろう」
死ぬことが、決定した剣士だ。
たとえ罪にとわれようとも、自分の流派の入り口に立ち、地獄でもその修行を続けたいと願っているのだろう。
『そんなの辛いだけだよ』
あけびは、そんなことを呟いていた。
●炎の愚神
炎が燃える。
従魔の炎には火炎が発生し、あたりを熱していた。そのうえ、愚神が持つ弓矢は、攻撃が命中した場所から出火させるというものであった。
「予想はしていたけど、愚神も炎を使うなんて。従魔のときよりも、燃え移りの注意しないとだよね」
それに、炎で防御の体勢を取っているのも厄介だと昂は呟く。とりあえず、潜伏で奇襲の機会はうかがっているが、防御の炎を何とかしなければ攻撃を当てることすら難しい。
ふと、昴はベルフが口を挟まないことに気がついた。彼は、離れた場所にいるヤグチたちを見ていた。病魔に冒された剣士。彼女の弱った心に、愚神は漬け込んだ。
『誰にだって心残りはある。たとえ、何に縋ってでも叶えたいものがな……』
ぼそり、とベルフは呟く。
自身を日陰者であり使い捨てられるものと称するベルフにも、心残りといえるものがあるのだろうかと昴は考えた。だからこそ、ヤグチを目で追っていたのだろうか。
「だからと言って、この現状を見逃すわけには行けないけどね」
『なら、この状況を仕組んだ奴をどうにかするんことだ』
もう、いつものベルフであった。
『そして、もうちょっと離れたほうがいいかもな』
「え?」
昴は、顔を上げる。
見えたのは、勇ましくも美しい由利菜の顔であった。彼女は宝石に彩られた美しい剣を天に掲げ、宣言する。
『ユリナ、ミッドガルドの記憶より神技ディバイン・キャリバーの封印を解く!』
「了解です、ラシル! あなたの向こう側での力と姿、私に! そして……」
『「虹の神剣となれ、フロッティ!」』
輝く剣は愚神へと向う。
由利菜とリーヴスラシルは多少強引にでも、愚神の炎の防御を打ち破ろうとしたようだ。だが、彼女達の動きは止まる。
「こっ……これは一体!?」
『しまった、愚神の業か』
目を丸くする由利菜に、リーヴスラシルは唇を噛んだ。このまま止まっていれば、自分達は愚神の良い的である。
「あなたは、彼女の最期の願いを利用しているだけではないですか!」
叫んだのは、征四郎であった。
愚神の意識を自分に向けて、由利菜たちを守ろうとする。愚神の弓矢の炎が自分に向いても、征四郎は下がることを自身に許さなかった。
「熱いし、火傷がちりちり痛みますが……ここで、負けるわけには!」
『征四郎!』
力強く、ガルーは己の相棒を呼んだ。
『俺様たちは、命を奪う剣士じゃない。だが、戦えるし、覚悟がある。今日は、奪うことしか知らない剣士に意地を見せてやれ』
「もちろんです! 征四郎の剣は、みんなの明日を守る為に!」
『そんでもって、それが辛くなったら――仲間を頼れ』
ガルーの声より早く、発砲音が響く。
『まぁ、元凶の元凶は、お前だからな』
オリヴィエが、愚神の矢を番える手を狙って撃ったのだ。
「……オリヴィエ」
リュカの言葉に、静かにリュカは頷く。
『分かってる。征四郎はできるだけ、炎から遠ざける』
「うん、女の子がね……炎の中にいるべきじゃないと思うんだよ。お兄さんの勝手な思いやりだけどね」
いたるところに傷や火傷を負った子である。
それを思い出すような場所からは、遠ざけたい。征四郎はそれを乗り越えていける少女だが、守れる手段があるうちは守ってあげたかった。
「おっと、俺たちも負けていられないぞ」
仙也はインタラプトシールドを使用し、征四郎や由利菜へのダメージを軽減させる。
「いっそ、弓をへし折るか、弦切ってやるか、指もいで火矢を放てなくしてやるか」
にやりと笑う、仙也。
『どちらが悪役か分かったものではないな』
ディオハルクの言葉に、仙也は「愚神が悪者に決まってるだろ」と返した。
「単純明快なこっちと違って、剣士の相手は難しいねぇ? あそこまでしがみ付いて何したいのかさっぱりだ。その上補助すると正々堂々とーとかキレたりする人もいそうだし」
一体誰のことを言っているのか、と思いつつディオハルクはため息をつく。
「食えれば楽しければ良い物に、変な物添えられるとかないわ。不味くなる」
仙也は、至極単純に戦闘を好む。剣士のように、理由をつけて自分を律したり、向上させようとはしない。おそらく仙也にとってはヤグチは、友人どころか口説く対象にすらならないほどに分かり合えない相手だったのかもしれない――そこまで考えてディオハルクは若干落胆した。自分の思考回路が、仙也に毒されてきたような気がしたのだ。
『……今回のは英雄も、同門もいないから一人で凝り固めたんだろうさ。或いはもしかすると振るえれば死ぬ前に完成に至るやも知らぬ、と』
「いやぁ、理解のある英雄がいるのは良いことだねぇ。俺は終わるまで気楽に沢山楽しめそうだ」
終りというのは、生命の終りという意味合いだろう。
たしかに、仙也はどんな状況でだって笑って死にそうである。
『万に一つも無いだろうが、可哀想に思うなら体捌きなり振るい方なりを自分の動きに取り込んだらどうだ? 歪んでも多少は残る。ついでにお前の槍捌きが及第点より上になるかもしれんぞ? いつあの槍を使うか分からんが』
長年の鍛錬を積んできたヤグチの動きには、取り込むだけの価値がある。だが、仙也は舌をだす。
「人を殺してようやくスタートに立つ流派の真似なんて、息苦しくてたまらないだろ」
「無駄話もいいけど、今は愚神と戦っているんだよ」
気は抜かないで、とアリスはいう。
『ああやって、気を奮い立たせているのかもね』
「そうなのかな?」
Aliceの言葉に首を傾げながら、アリスは炎を操る。愚神との炎の勝負は、ほぼ互角。周囲に燃え移る危険性から、そろそろ別の技を使いたいところだが――。
「下手に拮抗しちゃってるから、切り替える隙がないんだよね」
できることながら、弓を燃やしてしまいたい。
だが、アリスにはそこまで細やかな攻撃はできない。
「廃墟が燃えでもしたら後始末が面倒そうだし。意図的に燃やされるのも御免だよ。あの愚神の最期にするには派手過ぎるしね。消火出来ればそれが一番良いんだけど」
『このままだと、ちょっと難しいよね』
「うん、難しい」
アリスは自分と同じ名前と姿の英雄に頷き、自分の後方を見た。
「胸糞悪い事をしてくれたけど……これで終わりだ!」
『覚悟するのよ!』
刀を握るのは、ひりょとフローラだ。
彼らは、全速力で愚神へと走っていく。愚神の視線が、彼らへと向いた。
「後ろががら空きです!」
『悪く思うなよ。これも作戦だ』
潜伏を使用していた昂とベルフは、愚神の後ろへと飛び出す。
愚神の視線と注意は、昴とベルフのみに注がれていた。愚神の武器は遠距離を最も得意とする、弓。だから、近距離と飛び出してきた昴たちを警戒し、焦る気持ちで矢を番えるのは当たり前のことだった。
だが、昴たちのほうが早い。
「あなたは、人の執念を利用しすぎました」
昴は、倒れる愚神に向ってそう言った。
●剣士の最後
ヤグチに疲れが見え始めた。
そのことに、あけびは少なからずほっとする。きっと、愚神を任せた仲間もそろそろ吉報を持ってくることだろう。
『愚神対応には仙也や征四郎、由利菜がいるから安心だね』
《仙也は剣士の誇りや拘りが分からないと言っていたな……それも一つの答えだ。きっと今頃、敵と楽しく遊んでいるのだろう》
自分達では、おそらくたどり着けない答え。
その答えを、仙寿は信じている。
『結局、闘病していた故のスタミナのなさが勝敗をわけましたか――……』
リシアは、歯がゆく思う。
「先生、あの人は病気が治ったらもっと強くなるんだよな」
そしたらオレが戦いたい、とシュエンは無邪気に言う。
「また、先生と二人で戦って、絶対に勝つんだ」
『いいえ、彼女の病は治ることはありません。もう二度と』
剣を振るうこともできないかもしれない、とリシアは言えなかった。
『私が、あなたの最後の相手となってしまいましたね』
リシアは、動けなくなったヤグチに近づこうとした。
――その、刹那。
「先生、危ない!! 下がって!!」
『くっ』
刀が、閃光のごとくきらめいた。
一瞬の間に、リシアの白い腕には傷がついていた。
「先生、大丈夫!?」
シュエンは、傷ついたリシアを心配する。かすり傷だとは理解していたが、さっきの刀は今まで見たどれよりも鋭いきらめきを宿していた。
「外したか……」
ヤグチの目は、死んでいなかった。
まだまだ戦えるとばかりに、濁りながらも燃えていた。
『油断させて切りかかるとは卑怯な!』
健は吠え立てるが主である桃十郎は、静かであった。
「あれは、ああやって相手を殺す業だ。言っただろう、所詮は人斬りの技術だと」
尊ぶべきものなどはない。
うっかり現代まで続いてしまった、人殺しの技術。
「ヤグチさん、だめです!」
ひりょは、叫んだ。
愚神は、もう倒されていた。
「もう、やめましょう……」
彼女を止めるために、刀を向ける。
だが、ひりょのこころは大きく揺れ動いていた。人であった存在を「殺した」こと、その際に生じた罪悪感のせいであった。
――俺はヤグチさんと逆だ。誰かを傷つけたくなんかないんだ、本当は……。
彼女に向ける刀でさえ、下ろしたくて今はたまらない。
『彼女を止めてあげないといけないよ。だって、ここで止めなかったらヤグチさんが人殺しになる。それは、ヤグチさんを知っている人を悲しませることだよ』
フローラの言葉に、なんとかひりょは頷いた。
理解してはいる。
それでも、心は苦しいのだ。
『聞きたいことがある。今回の事件――あんたの意識はあったのか?』
オリヴィエは尋ねる。
ヤグチは「あった」と答えた。
「これは、私が望んだ。最後の戦いだ」
ヤグチは、刀を鞘に納める。
一見すると、それはまるであきらめたようにも思われた。
だが、次の瞬間には、ヤグチはオリヴィエの眼前にいた。オリヴィエは咄嗟にヤグチの足元を狙うが、動きが素早すぎて当たらない。先手を取られたことも痛かった。刀が自分に向かってくる前に、オリヴィエはヤグチから距離をとる。
もう愚神は倒した。
今のヤグチから沸いてくる力は、今までのものよりももって危ないもののように感じられた。残り少ない命を、ここで燃やし尽くそうとしているような勢いがあったのだ。
『何の関係も無い人間の命を奪うことに加担した罪は、きちんと背負って生きてもらうぞ!』
ここで終わらせることなんてさせない、とオリヴィエは再び狙いをつける。
「手荒な方法となりますが、すみません!」
昂はハングドマンの鋼線を、ヤグチの首に巻きつけようとした。だが、彼女は自分の急所が傷つくことも恐れずに刀をふるって拘束から抜け出す。
「い……痛みすら感じていないんですか?」
『まさに、最終兵器ってところなんだろうな。安心しろ、これ以上の業は出せないはずだぜ』
ベルフはそういうが、昴はどのような攻撃の手立てが残されているか分からなかった。命を削り、痛みさえも感じずに戦う、剣士。
「貴様の編み出したと言った奥義……その両の眼に焼き付けておくがいい。そして、貴様の流派は……まだ廃れえぬこととここに心得よ」
桃十郎は自分の刀を抜き、ヤグチの前に向き合った。
「……奥義、無我の境地……ここに継ぎ承ったり」
ヤグチは、構えた。
来る、と思ったからである。
だが、桃十郎が放ったのはごく普通の刀の一撃であった。
――はったり、だ。
とヤグチは目を見開く。
《ひりょ、今だ》
「たとえ、どんな理由があっても……やっちゃいけない事はあるんです。ヤグチさん」
仙寿の合図で、かまえていたひりょはセーフティーガスを発動させる。
死に魅入られたヤグチは最後の足掻きで刀にしがみついたが、最後にはばたりと地面に落ちた。顔色が悪い彼女の顔は、まるで死に顔のようであった。
ひりょは、どきりとした。
一瞬ではあるが、自分がヤグチを殺したのではないかと思ったからだった。
かちゃん、と刀が鯉口を切る音が響いた。
桃十郎が、刀をしまったのであった。
「……余計な事に付き合ったせいで俺の大事な着物が傷物になっちまった……帰る」
そうだった、とばかりに桃十郎は振り返る。そして、仙寿たちを見つめた。
「……貴様も剣に生きるなら……何の為に振るうか、その切っ先がどこを向くのかを……努々忘れるな。……いつか俺の切っ先が貴様らに向かぬことが無いことを祈っているぞ」
桃十郎の言葉に、首を振ったのはひりょであった。
「俺は、殺すことに魅入られたりなんかしない」
ひりょは、ぎゅっと拳を握る。
いつのまにか共鳴を解いたフローラは、その握った手を無言で温めた。どんな言葉よりも、自分の体温のほうが相手には伝わると思ったからであった。
『私が騎士団で体得したヴァニル騎士戦技も、継承者不在の危機に見舞われたが……この世界でユリナを初めとする私の教え子達が受け継いでくれている。彼の者の流派と刀も、生きた証として残し続けねばなるまい』
「はい……。私もヤグチさんの生き様をこの胸に刻みます」
武器を収めたリーヴスラシルと由利菜は、互いに頷きあう。
そんな彼女達を見ていた、リュカは思った。彼は何かを極めたことはなかった。故に命以上に執着するものが、分からない。
「まぁ、誇りとか流派とかそんなんはどうでもよくてさ。この現代では、踏み越えちゃいけない一線だよ」
だが、もしかしたら愚神との戦いは殺すために技術をなによりも尊ぶ時代へと進ませるかもしれない。それこそ「一人殺すのが始まり」といわれていた、ヤグチの流派が生まれたような時代が。
「うん。お兄さんは、そんな時代は嫌いだけどね」
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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