本部

悲鳴始め ~ヒメハジメ~

一 一

形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/22 19:11

掲示板

オープニング

●狂い初める悪夢の正月
「エジプトのアレキサンドリア支部から、緊急応援要請が入りました!!」
 突如、H.O.P.E.東京海上支部のロビーにて、佐藤 信一(az0082)の大声が響いた。
 その表情に一切の余裕がなく、事態の深刻さを窺わせる。
「プリセンサーが愚神出現を予知しました! エジプト近郊の町なのですが、このままだと全滅するおそれがあります!」
 どうやら現地エージェントのみでの対応は厳しいと判断されたようで、他の主要支部にも応援要請を出しているらしい。
「愚神出現が予知されたのは今から数時間後です! アレキサンドリア支部から町までの所要時間もほぼ同じですので、もう時間がありません!」
 つまりエージェントたちは、己が救援へ向かうか否かを、今この場で決めなければならない。
 少しでも時間を無駄にすれば、多くの人命が失われる状況。
 わずかな迷いも致命的になりうる。
「予知で把握できたのは場所と時間、そして想定被害規模だけです! 今回の敵は進行速度が異常に速く、すぐにでも止めないといけません! かなり危険な任務になると思われますが、どうか力を貸してください!!」

●願嘆(がんたん)迎えて始まる死年(しんねん)
「キャハハハハハハハハハハッ!!」
 ――ザシュッ!!
 走る。
「オラ、逃げろ逃げろォ!!」
 ――ザシュ、ザシュ、ザシュ!!
 走って、走って、物陰に、隠れる。
「んァ? ……よしよし、うまく隠れたなァ?」
 ――ポタ ポタ ポタ ポタ
 今度は、誰が、殺された、んだろう?
「そうだよなァ、そう簡単に終わッちャァ、つまらねェもんなァ?」
 ――ザクッ!
 友達は、無事、だろうか?
「これは、アレだ。極東の島国がヤッてるッつう慣習でェ……」
 ――ザクザクザクザクザク
 朝日とともに、現れた、悪魔は、楽しそうに、肉を、切り刻む。
「そう! 『悲鳴(ヒメ)始め』だッたかァ!」
 ――ザクッ!!
 もはや、誰かなんて、わからない、
 私と同じか、ずっと幼い、『子ども』の肉塊を、
 殺した後も、執拗に、ぐちゃぐちゃと、斬り続ける音を、響かせて。
「俺は行ッたこたァねェが、愉快な国じャァねェか! 新しい年が始まッたら、人間の悲鳴を肴に酒をかッくらう、イカレた奴らの集まりだッてなァ!」
 ――ポタ ポタ ポタ ポタ
 本当か、嘘か、わからない話を、声高に語りつつ、悪魔は、また、歩き出す。
「面白ェ行事は他にもあッてなァ。……あァ、なんつッたッけなァ?」
「うわあああああ ぁ が っ!!」
 ――ザシュッ!
 あぁ、また1人、悪魔に従う、シャムシールの亡霊に、大人が、斬られた。
「そうッ! 思い出したァ!!」
 ――ポタ ポタ ポタ ポタ
 悪魔が、両手に握る、ショーテルから、落ちる滴が、地面の砂に、染み込む音が、聞こえる。
「『落とし魂(ダマ)』だァ!」
 ――ポタ ポタ ポタ ポタ
 体が震え、歯がカチカチと鳴り、私の涙が落ちる音と、同じくらい鮮明に、聞こえる。
「新年のお祝いとやらでェ、ガキの首をぶッた斬ッて頭(タマ)と命(タマ)を落とすんだッてよォ!? 最ッ高ォにイッちまッてんだろォ?!」
 ――ポタ ポタ ポタ ポタ
 悪魔の笑い声が、私たちの全部を食い潰すみたいに、耳から離れてくれない。
「せッかくの新年だァ、新しい文化を体験するいい機会だろォ? 俺が懇切丁寧に教えてやるぜェ! ありがたく思えよォ!!」
 ――ポタ
 え……?
「なァ? メスガキ?」
 頭の高い位置から、
  ゆがんだ笑みが見下ろして、
   ゆがんだ刃から反射した光が顔に当たって、
「ヒャッハァ!!」
 振り下ろされ――

 ――ぎゃりぃっ!!

「ッ!? あァ?」
 でも。
 悪魔の刃は私に届く前に、
 私をかばう誰かの背中に、
 止められた、ようだった。
「……んだ? 俺の邪魔すんのかよ? 殺すぞ?」
 一瞬で離れた悪魔は、不機嫌そうに誰かをにらむ。
 でも、誰かは一向に逃げようとしない。
 あの悪魔と、戦うつもりだろうか?
「――け、て」
 干上がった喉から、
 自然と声が、
 漏れた。
「おねがいっ! たすけてっ!!」
 死にたくない。
 それだけしか、考えられなかったから。

解説

●目標
 一般人の救援
 愚神の討伐

●登場(PL情報)
 ムティアダ…ケントゥリオ級。手足の長い長身痩躯にアラビア風民族衣装をまとい、酷薄に浮かべた薄ら笑いが特徴。言動から狂気や残虐性がにじむ快楽殺人鬼。目的や意図など詳細不明。

 武装は半円を描くように大きく刀身が湾曲した両刃剣――『ショーテル』の二刀流。刀身の切っ先だけ柄の延長線上で真っ直ぐに戻る独特な形状で、刺突や鉤のような役割を可能とする。

 能力…不明

 スキル…不明

 ナハブ…デクリオ級。頭と顔を覆う黒いターバンの奥から目らしき2つの赤い点が浮かぶ、成人男性型従魔。発声器官がなく、命令に淡々と従う様は亡霊のよう。ムティアダの配下で、数は不明。

 武装は非常に薄い刃をわずかに湾曲させた細身の片刃剣――『シャムシール』を所持。斬撃に特化し、特殊な攻撃手法はない。

 能力…不明

 スキル…不明

●場所
 プリセンサーが予知した、エジプトの都市部近郊にある中規模の町
 土壁やレンガでできた背の低い建物が多く、地形的にやや複雑
 町中はある程度整地されているが、外はほぼ砂漠と同じで足をとられやすい
 天気は快晴、気候は温暖で空気は乾燥気味

●状況
 現場到着は正午前
 プリセンサーの予知で愚神出現が発覚
 PCたちはアレキサンドリア支部を経由して町へ先行
 が、愚神はすでに現場におり問答無用で戦闘開始

 予想以上に愚神到着が早く、事前に避難勧告を出すも住人の多くがまだ町にいる
 初期配置では愚神は町のほぼ中央、従魔は広範囲に展開して襲撃中、PCは自由に展開
 すでに町中は乱戦状態にあり、人的被害は現在進行形で広がっている

 PCたちが予知で把握したのは以下の通り
・愚神の出現位置と時間
・愚神がもたらす被害
 よって、愚神の持つ能力や戦力など戦闘面における情報は皆無

リプレイ

●血染めの戦場
 現場へ到着してもまだ、その一団は足を止めなかった。
「あたいたちは最短経路で愚神まで突っ込んで迎撃! 他は救助班に任せて、とにかく愚神まで一直線で行くよ!」
 仲間と自分に言い聞かせるように、雪室 チルル(aa5177)は『全力移動』をしながら意気込む。
『敵の総数もわからないみたいだから、できるだけ愚神を早めに撃破ないし撃退して、被害を抑えたいところだね』
 次いで共鳴中のスネグラチカ(aa5177hero001)が補足し、自らの役割を確認した。
『そうか――これが戦場か』
「こんなの、酷すぎるのです……」
 されど道中。
 否応なく視界に入る凄惨な光景に、鼻腔を刺激する血臭に、肌を突き刺す緊張感に。
 ユエリャン・李(aa0076hero002)は濃密な『死』を。
 紫 征四郎(aa0076)は途方もない哀しみを感じていた。
「早く、早くいかないと、間に合わなくなっちゃうDeath!」
 息苦しさすら覚える空気に、あい(aa5422)は自然と余裕がなくなり焦りが募る。
『いい、焦ってるからって攻撃は後! とにかくまずは、人命救助!!』
「――ガッテンショーチDeeeeath!!」
 ただ、共鳴したリリー(aa5422hero001)は幾分か落ち着いていた。
 視野が狭まり独断専行に走らないようあいに釘を刺すと、元気な咆哮が返される。
「強敵で、しかも手の内は判らないと来たか」
『いつもの事ですわね』
「ああ。そういうこった。やるぞ、ヴァル!」
 唯一、戦場の空気に赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)は微塵も動じない。
 町の惨状は救助班を信頼して一任し、元凶たる愚神討伐に必要な思考に没頭しているためだ。
 後顧の憂いなくここで滅する気概を燃やし、龍哉は地図を片手に最短ルートをひた走る。

 他方、町と砂漠の境界付近。
『ネトゲ廃人のスキルが、まさかリアルで生かされるわけねーじゃん。……そう思ってた時期が俺にもありました』
 事前に飛ばした『鷹の目』で町を俯瞰で眺め、共鳴した稍乃 チカ(aa0046hero001)がつぶやく。
「無駄口は叩かないで下さい。君の目が頼りなので、真剣に」
 そんな冗談めかした態度をたしなめ、邦衛 八宏(aa0046)は通信機を起動した。
『皆様。住民は無秩序に逃げ回っており、現地エージェントも広く分散しての護衛で手一杯のようです。視認可能な敵は中央の愚神を含め7体。これから先行部隊と接触し、全体の情報統制を担当します』
『潜伏』を発動して身を潜めつつ、八宏は近くの避難民の一団へ足を向けた。

『八宏ちゃんによると、ここは特にエージェントの手が足りない場所だって! 急ごう、凛道!』
「イエス、マスター。――行きますよ、オヴィンニク!」
 また別の場所。
 共鳴した木霊・C・リュカ(aa0068)は八宏からの通信を伝え、凛道(aa0068hero002)が肩に黒猫を乗せる。
 起動したモスケールも索敵の補助にしつつ、街中を全力で走る。

「――安全な場所がないなら、僕たちで作るしかない!」
 同じ通信を聞いた黒金 蛍丸(aa2951)は『鬼哭』を手に複雑な路地を疾駆していた。
『蛍丸様、あちらから声が!』
 すると、周辺へ意識を向けていた共鳴中の詩乃(aa2951hero001)からの声に、蛍丸は鋭く転身。
 左の紅眼が細くすがめられ、体から漏れる敵意を軌跡に残し、加速する。

「市街戦――それも混乱状態かよ、クソッタレが」
 町の奥側にいたのはセレティア(aa1695)と共鳴したバルトロメイ(aa1695hero001)。
 避難場所などがあれば防衛や迎撃に有利だったのに、と八宏からの通信に悪態を吐く。
 さらに、発見した住民の一団がパニックを起こしているのもマズかった。
 恐怖に支配された人間に、誘導や指示を理解できるだけの冷静さや判断力など、到底期待できない。
『動ける奴だけさっさと逃げろ! 動けねェ奴は置いていけ! ただし町の中心には行くな、死ぬぞ!!』
 故に、バルトロメイはあえて厳しい言葉を拡声器に乗せ――駆ける!
「――少人数なら、俺がなんとか守ってやる」
 拡声器から持ち替えたヘルハウンドで、バルトロメイは住民の背後に迫ったシャムシールを受け止めた。


●無情の刃
「うわあぁっ!?」
「――させません!」
 ナハブが上段から振り下ろしたシャムシールが住民の悲鳴ごと切り裂く寸前。
 間に槍を滑り込ませた蛍丸が刃の侵攻を止めた。
「僕に任せて、近くの建物へ!」
「は、はい!」
 眼前の刃を睨みつつ、蛍丸は住民へ避難を指示する。
 遠ざかる多くの足音を聞きつつ、相対する赤い目の明滅を受け止めた。
「――はっ! すぅ……ふっ!!」
 一度刃が離れ、鋭い斬撃が2度3度と蛍丸を襲う。
 決して軽くはない攻撃は、しかし蛍丸の防御を抜くには至らず。
 すべて槍の柄で進路を塞ぎ、返す十字の刃で胴体を薙いだ。
「詩乃、どう思いました?」
 さらに踏み込み胸の中心を刺突で貫いた蛍丸は、消滅するナハブを見ながら英雄に問う。
『剣筋は乱暴でありながら的確でした。ですが、動きはどこか機械的で無機質な印象を受けます』
「同感です。単純な命令を遂行するだけの従魔なのでしょうね」
 従魔の特徴や能力について、詩乃と意見をすりあわせた蛍丸は通信機で八宏へ伝えた。

「単独行動か――こっちとしちゃ助かるが、なっ!」
 こちらは素早く視線を動かし、ナハブが1体であることを確認したバルトロメイ。
 つばぜり合いを大剣と膂力で強引に押し返し、瞬時に肉薄する。
「オラァ!!」
 様子見も含む剛剣の一振りが、ナハブの胴に直撃。
 従魔の肉体がボールのように弾け飛ぶ。
「……チッ、一撃じゃ無理か」
 砂煙を上げて倒れたナハブだが、むくりと上体を起こす姿にバルトロメイは追撃を仕掛けた。
(目がよく動く――視覚で獲物を探すタイプか。機械的な動きだが、命令は何だ?)
 並行して観察した情報を精査しつつ、バルトロメイは囮になれば儲け物と近くの死体をナハブへ投擲。
「――っ!」
 しかし、ナハブが死体を両断して迫り無意味と知る。
 そして、素早い二連撃――『ムジュムタ』の次なる刃がバルトロメイの脇腹を切り裂いた。
「テメェ!!」
 バルトロメイも即座に反撃し、2度目の刃でナハブを消滅させる。
「ぐああっ!!」
「息つく暇もねぇな、クソ!」
 直後、近くで起きた悲鳴に走り、バルトロメイは血だまりに沈む現地エージェントを目撃した。
「やらせるかぁ!!」
 さらに住民へ刃を向けていたナハブへ、バルトロメイは横から『一気呵成』で突撃。
 転倒させた敵への追撃でトドメを刺した。
『バルトロメイだ! 敵は一般人狙いの可能性が高い! それから――』

『――了解です』
 その後『戦闘不能』のエージェントを担ぎ、住民を誘導するバルトロメイからの通信を切る八宏。
 集まる情報を整理しつつ、『鷹の目』の偵察で作り配布した簡易地図の1枚を広げる。
「変ですね……僕たちが町に到着してすぐなら、死体にはまだライヴスが残っていてもおかしくないはず」
 合流できた現地エージェントや住民の情報も合わせ、倒された従魔に印を付けつつ八宏は違和感を覚える。
 愚神や従魔は、基本的に人のライヴスを奪うため行動している。
 しかし、今回の敵はライヴスを無視する行動が多いという。
『この街に宝探しに来た――ってぇならまだマシだったな。マジで殺しにしか興味のねぇやつ程、厄介なやつぁいねーぞ?』
「つまり、今回はそういう手合いだと?」
『『奪う』より『殺す』方に目が行ってんだ。ほぼ間違いねぇだろ』
 すると、『鷹の目』の偵察を続けつつ八宏の独り言を聞いたチカが厳しい口調で断じた。
 悪い意味で稀なケースに眉間にしわを寄せ、八宏が仲間へ情報共有しようとする。
『っ! おい、八宏!』
 しかし、それはチカからもたらされた警告によって中断された。
「――くっ!」
 状況を理解した八宏は、現地エージェントに簡易避難所とした建物と住民を任せて飛び出す。
 程なくして、避難中にナハブに襲われた住民が、『重体』で倒れたエージェントにおびえる姿が見えた。
 次いで、ナハブの標的が住民へ――移る。
「させませんっ!」
 そこへ八宏が『ターゲットドロウ』でナハブの凶行を防ぎ、ノーブルレイで牽制し距離を離す。
 しかし『鷹の目』の維持とAGWに必要なライヴスにより、すでに消耗が色濃く顔に出ていた。
『いけるか?』
「……退けるしか、ないでしょう」
 チカからの短い問いに、八宏は脂汗をにじませ答えた。

「きゃああっ!!」
『凛道!』
 その頃、リュカたちは苦痛を混ぜた絶叫と遭遇。
 凛道が路地を抜けると、ナハブが背中を切られ倒れた女性を前に刃を掲げていた。
「――罪には罰を、悪しき刃にカグツチの火を!」
 他にも多くの避難者がいることを確認し、凛道はスキルを控えあえて声を張り上げる。
 同時、オヴィンニクの目が従魔を捉え、発火する。
『っ!? 危ないっ!』
 だが。
 妨害した凛道を無視して。
 地面に横たわる女性へと。
 無慈悲な刃は落とされる。
「――ぐっ!?」
 リュカの声で強引に体を動かした凛道は、ナハブに背を向け女性をかばった。
 直後、無防備な背中に灼熱の線が刻まれ、凛道の表情が痛苦でゆがむ。
「――っ、大丈夫! お兄さん達が悪い奴を倒すから、もう少しだけ、踏ん張って!」
 黒猫にナハブの牽制を指示し、主導権を変わったリュカが避難民へ笑みを向けた。
 彼らの恐怖ですくむ足を奮わせ、倒れた女性と逃げるように訴える。
「わ、かった!」
 すると数人の住民が女性を担いで離れていく。
 彼らの後ろ姿を見送り、少しの安堵をこぼしたリュカは主導権を凛道に戻した。
『……これでせーちゃんより重傷だったら、心配させちゃうかな?』
 ――そっちのが危なそうだしさ、これ位させて。
 作戦前、愚神討伐の征四郎へ賢者の欠片を譲渡した時の台詞を思い出し、苦笑する。
『お兄さん達も、踏ん張らなきゃね、凛道?』
「イエス、マスター。早く、確実に、一体でも多く――倒します」
 じくじくと高まる熱を背負い、リュカに返答する凛道。
 幻想蝶からポルードニツァ・シックルを取り出し、人狩りの傀儡へ刃を振るった。

「ぐああっ!!」
『蛍丸様!』
 八宏への通信後、また別の場所から苦悶が上がり、詩乃の声で蛍丸は地面を蹴る。
 家々を抜けた先には、10人ほどの住民を背にかばう現地エージェントがいた。
「援護します!」
 すでに幾度も切り傷を負い鮮血が散る様を見て、蛍丸は即座に『ケアレイ』を施す。
「はあっ!!」
 そのまま蛍丸は『鬼哭』の穂先をナハブへ向け、切り結んだ。
「住民の避難と護衛をお願いします!」
「助かる!」
 建物へ避難させた住民についても触れつつ、蛍丸は現地エージェントたちを逃がす。
 後退を補助し数度の打ち合いを経て、蛍丸はナハブの頭を貫き消滅させた。
『ぐ、はっ!!』
 その時、蛍丸の通信機から湿り気を帯びた凛道の吐息が、漏れ聞こえた。

「……不覚、です」
 体にいくつもの切り傷を負い、吐血した凛道は力なく倒れる。
 負傷のためか凛道の動きは精彩を欠き、あれから『ムジュムタ』をまともに受けてしまう。
 それでも、避難の時間を稼ごうと振るった断罪の刃はしかし空を切り。
 懐を許した凛道は、先の一撃で『戦闘不能』となった。
「――ぐ、おおっ!」
 それでも、ナハブは止まらない。
 気絶した凛道から逃げる住民へ目を移し、追走。
 駆けつけた現地エージェントが壁となるも、血染めの刃は猛攻を緩めない。
「――調子に、乗んなぁ!!」
 また1人、エージェントが倒されそうになる寸前。
 蛍丸から通信を受け、凛道のいた場所から距離が近かったバルトロメイが駆けつけた。
 無理に割り込んだため、ナハブの刃の付け根を腕で、切っ先を肩で止める形となる。
 それでも、バルトロメイの片手で旋回した大剣は負傷も構わず、大気ごと従魔の体を両断した。
「向こうに仲間が倒れてる! 悪いが頼むぞ!」
 が、バルトロメイは彼らに凛道を頼むと、もう1つの危機へ向けて走り出した。

「――はっ、はっ、はっ」
 浅く、苦しい呼吸を繰り返す八宏。
 現地エージェントと協力して住民の護衛に尽力したが、限界が近い。
「邦衛さん!」
 そこで、通信機から異変を察知した蛍丸が合流。
 雷上動の矢でナハブの動きを止めた。
「無事か!?」
 そして、ナハブの死角からバルトロメイが飛び出し、『疾風怒濤』で従魔を消滅させる。
『っ!?』
 直後。
 町の外側から、大きな砂塵が吹き荒れた。

●狂気の刃
「ヒャッハァ!!」
 町の中央。
「――やめるのです!」
 ――ぎゃりぃっ!!
 少女を食らおうとしたショーテルは、征四郎の『ターゲットドロウ』が弾き、空を噛む。
「はあっ!」
「っ!?」
 数瞬の間を置き、征四郎の背後から飛び上がった龍哉が、ヴァリアブル・ブーメランを投擲。
 とっさに愚神が退いたため地面を削って戻った武器を捕まえ、龍哉は征四郎と並び少女を背に隠す。
「あたいたちが相手になってやるわ!」
『これ以上は好きにさせないよ!』
「あァ?」
 さらにチルルが追いつき、スネグラチカの啖呵とともにウルスラグナの切っ先が愚神へ向けられた。
「……んだ? 俺の邪魔すんのかよ? 殺すぞ?」
「殺す? 言ってくれるもんだ、この通り魔が」
 愚神の殺気が噴出する中、龍哉は装備をブレイブザンバーに持ち替え、同等の気迫をぶつける。
 敵の外見から毒・暗器・隠し技・隠し腕など、『剣士』の枠を超えた能力も想定し警戒も忘れない。
「あたい知ってるよ! 弱い犬ほどよく吠えるんでしょ!」
『……相手が本当に弱いのかどうかはともかく、この場をなんとかしないとね』
 ふふん! とチルルは愚神へ勝ち誇ったドヤ顔をぶつける。
 一方、少しブーメランが発生した予感がしつつ、スネグラチカは気を持ち直した。
「私の剣は、皆の明日を繋ぐ為に! ――あなたの脅しに、私たちは屈しません!」
 そして、所有者の気配ごと自らの刀身を隠すカルンウェナンを携えた征四郎の言葉が。
 少女の希望を隠した絶望を切り裂き、決壊させた。

「おねがいっ! たすけてっ!!」

『助けを呼ぶ声、確かに聞き届けましたわ』
「その子を頼むぜ!」
 魂からの叫びをヴァルトラウテが受け止めて、先手必勝と龍哉が飛び出した。
「ちょっと失礼するDeath!」
 瞬間、『潜伏』で気配を殺し少女の後ろで機を窺っていたあいも動く。
 少しでも安全な場所へ逃がすため、少女を抱え愚神と逆方向へと走り去っていった。
「援護するよ!」
 あいと少女の離脱を確認し、チルルもまた前に出て『アタックブレイブ』を発動。
 町の状況も考え、短期決戦のつもりで黄金に輝く勝利の刃を振りかざす。
「あ~、よく見りャァ、テメェもガキかァ?」
「誰がガキよ! あんたがヒョロ長いだけ――」
『っ、チルル!』
 愚神に初撃をあっさり防がれ、物言いにもむっとしたチルル。
 思わず言い返そうとした舌は、悪意で粘つく笑みを見たスネグラチカによって止まる。
「――斬りがいがありそうだなァ」
「わっ、とっ!? ――い゛っ、たぁ!?」
 刹那、チルルを標的に定めた愚神の剣速が跳ね上がる。
 かろうじてクリスタルフィールドを展開したチルルだが、2度の衝撃と2度の痛みに顔をしかめた。
 瞬きで放たれた4度の剣撃――『ヤムズィコ』の半分が盾を迂回して刃を通したのだ。
「雪室!」
「やあっ!」
 愚神の攻勢に怯んだチルルへさらなる攻撃が迫る前に、龍哉と征四郎が介入。
 一度は後退した愚神だが、その後も執拗にチルルを攻め立てる。
「くっ、何故チルルばかりを狙うのですか!?」
「この時期の極東はガキを殺しまくッてんだろ? 『悲鳴始め』に『落とし魂』ッてよォ?」
 あまりにもあからさまな行動に征四郎が問えば、愚神から耳を疑う返答が。
「んなわけあるか!」
「日本のお正月はそんなに殺伐じゃないのです!」
 さすがに聞き流すことができず、龍哉と征四郎は本気で否定する。
「そもそも! こんなことして、何が楽しいのですか!」
 さらに征四郎が言い募れば、愚神は狂った愉悦をヘラヘラと曝した。
「楽しいぜェ? ――肉も骨も柔らかいガキの方が、斬ッた感触がキモチイイだろォ?」
「――っ! あなたはっ!!」
 怒りで沸騰しそうになった征四郎は、瞬時に悟る。
 この愚神は、『殺人』を動機に人を殺す害悪そのものだと。
「成る程。趣味が悪いことだ。……貴様、神は信じるかね?」
 すると、いきなり征四郎の雰囲気が変化。
 血が上った征四郎の頭を冷やす目的も含め、主人格となったユエリャンが咎めるように目を細める。
「神ィ? もちろん信じてるぜェ? 俺ァ『愚かな神』らしいから、なァッ!」
「ぐっ!? ――なるほど、救い難い」
『ユエリャン!』
 しかし、非難の視線など微風に等しいとばかりに、愚神はショーテルでユエリャンの顔を衝く。
 とっさに弾くも肩を射抜かれ、征四郎が再び意識に浮上。
 一度大きく飛び退いて、賢者の欠片で痛手をごまかす。
「とんだ快楽殺人鬼もいたもんだ。せっかくだ、てめぇで新年の厄払いと行こうか!」
「ヤれるもんなら――なァ!」
 入れ替わる形で、今度は龍哉が愚神に最接近。
 お互いが攻撃偏重の凄絶な斬り結びに突入する。
「オラァ! その程度かァ!?」
「ぐ――はっ!?」
 先手を取ったのは愚神。
 まるで『一気呵成』のようなスキル――『ムトゥルダ』。
 鋭い一撃で崩れた姿勢へ、さらに重い追い討ちが襲い龍哉の肉を裂く。
「――詰めが甘いなっ!」
「ッ!? がッ?!」
 だが、それは龍哉の誘いでもあった。
 瞬時に『メーレーブロウ』で反撃を行い、逆に姿勢を崩したところを大剣で吹き飛ばした。
「お待たせしたのDeath!」
 そこへ、少女を現地エージェントへ預けたあいが戻ってきた。
「さっきは事情が事情だったDeathから仕方なかったDeathけど、正義のヒーローのあいはカンカンなのDeath! その喉仏、しっかりと洗っておくといいのDeath!!」
『……それを言うなら首を洗って。うがいを薦めてどーすんのよ』
 実はちょっと迷子になりかけてたあいは、そんな様子を微塵も見せずにソウルイーターを手に宣戦布告。
 とはいえ、リリーから指摘を受けた分、勢いは減った気がしないでもない。
「今が好機だ! 相棒、使わせて貰うぜ!」
 愚神の隙とあいの帰還――ここが勝負所と龍哉は【超過駆動】を発動。
「これで決めるぞ!!」
 さらにライヴスを『チャージラッシュ』で凝縮し、『疾風怒濤』の構えで踏み込んだ。
「ボコボコにやられたお返しよ!」
 次に防戦が長く続いたチルルがライヴスを込めた剣を掲げる。
『ライヴスリッパー』で愚神の意識を刈り取ろうと飛び出した。
「ここで倒すのです!」
 さらに、愚神側面から征四郎がスカーレットレインを照準。
『霊奪』を付与した銃弾が、敵のライヴスを食い破ろうと突き進む。
『あたしたちも行くわよ!』
「やるのDeeeeath!!」
 最後に、リリーに背を押されたあいも地を這うような姿勢で突貫。
『毒刃』を混ぜた闇の刃を黒尾のように振りかぶり、龍哉とチルルの影から体ごと鎌を滑らせた。
「――チッ」
 四面楚歌に陥った愚神は、されど。
 垂れ流しだった殺気を瞬時に収束して。
 粗雑な剣技の裏に存在した技で迎え撃つ。
『なっ!?』
「Death!?」
 龍哉も、チルルも、征四郎も、あいも。
 誰もが驚愕した愚神の行動は二刀流による受け流し――『アルフルージュ』。
 鉤状の切っ先で攻撃を受け止め、湾曲した刃に滑らせ衝撃を殺す。
 大胆かつ繊細な技量で放たれた回避スキルは、4人の一斉攻撃すべてをしのぎきった。
「――ヤメだヤメ。かッたりィ」
 攻撃の不発で体勢が崩れた隙を見計らった愚神は、跳躍で包囲から抜け出すと一転して逃走を選択。
 唐突な引き際でさらに虚を衝かれ、4人は一拍遅れで愚神を追跡する。
「待ちやがれ!」
 運良く住民と接触せずに町の外まで追走は続き、龍哉が制止を叫ぶ。
「俺が死ぬより俺が殺せねェのが癪だからな……足止めしろォ!」
 しかし、愚神は苦々しい表情を浮かべると、砂漠に潜ませていたナハブ2体をけしかけた。
「あたいたちを従魔で止められると――うわっ!?」
『チルル、下!』
 すでに通信機からナハブの情報を得たチルルは愚神へと向かおうとして、足が止まる。
 スネグラチカの声で足下を見ると、砂に剣を刺した従魔が操る砂――『クユッド』で『拘束』されていた。
「押し留めます!」
 範囲操作で全員の足がからめ取られるが、征四郎は即座に振り切る。
 愚神の危険性から、ここで倒さなければとカルンウェナンで切りかかった。
(こうして見ると、あいちゃんにそっくりね……攻撃パターンも、曲剣と鎌――『かいくぐる』という武器の性質も、……『本質』も)
 次々と愚神へ攻撃を集中させる中、リリーは愚神の姿にどこかあいを重ねていた。
(でも、あいちゃんはこんなやつとは違う。あいちゃんはこんなことをしない――させる訳にはいかない!)
 ただし、『類似』はあれど、あいと愚神は決して『同類』ではないと、強い否定も抱いていた。
『あんたのような気味悪い奴に聞くまでもないわ』
「その命――刈り取るのDeath!!」
 だから。
 リリーは不穏な影ごと切り落とす勢いの『毒刃』が、あいの手で愚神の首を刈ることを祈った。
「――ざァんねん」
 しかし、あいの刃は切断には至らず、逆に愚神の反撃であいの体が崩れ落ちる。
「くそ! 逃げるな、てめぇ!」
 続く龍哉の追撃も躱され、さらに距離が離れた。
「あなただけは、逃がしません!」
 最後に放った征四郎の『女郎蜘蛛』も剣で払われ、愚神は一瞬で遠方へと去っていく。
「テメェでもあなたでもねェよ、『ムティアダ』だ。――じャあな、二度と面ァ見せんなよ?」
「あ! ちょっ、待ちなさいよ変態!!」
 あっという間に小さくなっていく姿を、ナハブ2体を1人で抑えていたチルルは見送ることしかできない。
 程なくナハブは倒されたが、結局ムティアダの討伐は果たせなかった。

●生き残り、残る不穏
 戦闘後、避難所とした1番大きな建物は野戦病院と化していた。
「怪我をしている方は申し出てください!」
 避難所全体に届くほど、蛍丸の大声が響く。
 すでに重い負傷の住民には、『ケアレイ』や霊符で治療を施し。
 混乱が収まらない住民には、『クリアレイ』や新型MM水筒の水で落ち着かせた。
 今は救命救急バッグや救急医療キットで応急処置をして回っている。
「酷い……ところで『ひめはじめ』ってなんですか?」
 同じく応急救護を手伝うセレティアがふと、住民から聞いたムティアダの発言に疑問を持つ。
『……』
 ちょうど重傷者の運搬で通ったバルトロメイが視線を受けるも、無言で目を逸らした。
 同じく、セレティアの背後で重傷者に肩を貸していた龍哉も、無言で視線を明後日の方向へ飛ばす。
 ちなみに『姫始め』は1月2日の行事ではあるが、由来が諸説ある。
 中でも、姫飯(ひめいい)と呼ぶ柔らかめのご飯を食べる日、という説が有力らしい。
 とはいえ、セレティアに『一般的な意味合い』は伝えづらいだろう。
「大丈夫なのですか、リュカ!?」
「あ、はは~。なんとか、ね?」
 そんな中、征四郎はリュカが『戦闘不能』となっていた事実を知り、あわあわと慌てていた。
『重体』一歩手前の深手だったが、治療を受けて意識を取り戻し、苦笑を漏らしている。
「でも、あいは木霊さんと紫さんのおかげで無事だったのデス!」
 その傍らには、最後の攻防で負傷したあいが元気にお礼を述べていた。
 愚神逃走後、征四郎から賢者の欠片が手渡され、回復した今は後始末も手伝っている。
「――どうか、安らかに」
 しかし、救援の到着までに救えなかった命もある。
 葬儀屋として遺体を確認した八宏は、残された家族に別れを促した。
『…………』
 その光景を見た蛍丸やあい達も、弔いを胸に黙祷を捧げた。

「お疲れさまでした。皆さんのおかげで、最終的な町の被害は最小限と呼べる範囲で収まりました。現地エージェントから重傷者も出ましたが、命に別状はないそうです」
 帰還したエージェント達へ頭を下げた信一だが、次に見せた表情は渋い。
「しかし、ムティアダの消息は未だ掴めていません。危険な愚神を逃がしたのは痛いですが、かなりの手傷も負ったはずです。今後はアレキサンドリア支部と情報共有し、討伐まで行方を追うことになるでしょう」
 最後に、信一はもう1度深々とお辞儀した。
「ですが今は、皆さんの生還を心より嬉しく思います。ご尽力、本当にありがとうございました」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695

重体一覧

参加者

  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    あいaa5422
    獣人|14才|女性|回避
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    リリーaa5422hero001
    英雄|11才|女性|シャド
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