本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】警戒せよ、静かなる侵攻

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/13 11:52

掲示板

オープニング

●湿地に咲く花
 柏木 信哉がインカ支部周辺の密林をパトロール中のことだった。
 森の中を走行中、ふと車の前を少女の影が通り過ぎたのだ。
――現地の女の子だろうか? 今こんなところを一人で歩くのは危ないって、注意しなきゃ。
 そう思って車を止め、少女の後を追った。

 先日インカ支部と交戦したラグナロクには撤退を許してしまった。
 加えてアマゾン一帯に、巨大なドロップゾーンが形成されつつあることがわかっている。
 いまアマゾンでは何が起こるかわからない。せめて何かあったら助けを呼べるよう、人のいる場所へ。
 そう声を掛けようと、少女の後を追うと――目の前には、広々とした湿地が広がっていた。
 水に浸る大地には湿地植物が生い茂り、ぽつりぽつりと白い花が咲いて、いい香りを漂わせている。
 その向こうには、白い服を纏ったほっそりとした少女が立つ。
 湿地には多種多様な植物が生息し、一部は食用になる。少女はそういった植物を採りに来たのかもしれない。
「あの――」
 声を掛けようと、一歩踏み出した途端、泥に足をとられた。
 ずぶ、ずぶぶぶぶぶ。
 足場となるべき場所はなく、抵抗なく両足が埋まり続ける。
 あわてて捕まる場所を探すが、周囲には細い草と泥しかない。
――あっこれ、ダメなやつだ。もがくほど埋まって、最期は溺れて死ぬ。

「うわあああああ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! たすけてえええええ!」
 底なし沼にまつわるあれこれが走馬灯のように脳裏に浮かんだとき、気がつくと彼は力の限り助けを呼んでいた。


●敵影発見
「情けない声を出すな。そもそもお前が急に車を止めてふらふらと出て行くからこんなことになるんだ」
 後続車を運転していた中年職員は、あきれたように信哉を見下ろす。
「女の子がすいすい歩いて行ったんです。こんな危ない沼だとは思いませんよお」
 泣き言を言う信哉を引きあげるためにロープを投げる。
「あれ……固まってる?」
 どろどろと寄る辺無く埋まったはずの泥は、水田のような粘土質の土に変わっていた。
 仕方なく周辺を掘り返して、足を引き抜く。
「あの子はこんな危ないところを、どこに行ったんだろ」
 一面の湿地を見渡すが、既に人影は無い。
 そのとき遠くの岩陰で、視線を避けるように何かの影が素早く動いた。
「あれっ? いま、なにか……見ました?」
「ああ、何かが、いた」 
 人間の速さではなかったと、職員は言う。そしておそらく、岩場に隠れる場所がある。
「女の子があっちに向かったのなら、危ないですね。モスケールで探せないかな」
 信哉は装備品のモスケールを起動し、ようやく事態の重大さに直面する。
 ゴーグルに映る無数の光点に、声が震える。
「あの、すみません……周り中、敵だらけでした……」


●あなたたちはすでに、包囲されている
 中年職員が手近な湿地の水面に向けて銃を放つ。
 水面がまるく盛り上がり、大型のクラゲのような半透明の生物が姿を現した。
 そのままするすると水面を滑り、信哉達のほうに近づいてくる。
 水飛沫を上げ、襲いかかろうとするところを、抜刀した信哉の剣が切り裂く。
 バラバラに砕けた従魔の身体が水面に溶けてゆく向こうから、蜻蛉の翅を持った何かが近づいてくる。
「うわー、大きい蜻蛉だ……熱帯の自然は豊かだなあ……」
 それは蜻蛉と言ってしまうにはあまりに大きかった。およそ2mもあるだろうか、人間すら乗れてしまいそうだ。
「馬鹿、あれは従魔だ。呆けてる場合じゃないぞ信哉。敵を刺激したかも知れん。それに、さっき見た影とお前が見た少女はどこに消えた? 周囲を探索する必要がある」
「探索っていうか、もう生きて帰る事が先決じゃないでしょうか」
 蜻蛉の翅を持った生物の胴体は、鱗に覆われている。その異様な雰囲気に、戦闘経験の浅い信哉はすっかり気圧されていた。
「落ち着いて、俺達が何をしに来たのか思い出せ。異常がないかパトロールしに来たんだろう。これだけ従魔が群れているのなら、何があるのか見極めるのが先だ」
 職員はきっぱりとした口調で新米エージェントを諭す。

 車に同乗していたあなたたちは――



      【現場模式図】
森森森森森森森穴岩岩岩岩岩崖森森森森森
森森森森○○○○○○○○○○○○崖森森
森森○○○○○○○○○○○○○○○崖森
森森○○○○○○○○○○○○○○○○崖
森○○○○○○○○○○○○○○○○森森
森○○○○○○○○○○○○○○○○森森
森○○○○○○○○○○○○○○○○森森
ロロロロロ車車ロロロロロロロロロロロロ
森森森森森森森森森森森森森森森森森森森

(1マスおよそ10sq)
○;湿地  森;森林  岩;岩場  崖;急傾斜の崖
ロ;道路  車;停車場所(初期位置) 穴;岩場にが隠れる場所があるらしい?深さは不明
(向かって右奥は小高い岩山になっている、岩山の周囲が崖)

【敵情報】

 クエロ×50
半透明な膜状妖怪。下部に口があり、鋭い牙が並んでいる。水面を滑るときだけはやや速いが、陸上では遅い。森エリアでは樹上に、湿地エリアでは水面に潜伏している。
・体当たり
・毒噛み付き:稀に毒による【減退】付与
・奇襲:稀に【狼狽】付与
※今回のフィールドでは潜伏中のため、2sq以内まで近づくか、こちらから攻撃を加えない限り攻撃して来ない。

 ディエヴァエ×10
蜻蛉の翅に足も六本だが体は鱗に覆われ、鰓がある。魚に似た頭にある目は魚眼で、1つの目が180度を見渡し死角は極めて少ない。
・高速移動:高速で移動/回避が出来る。使用後は1ターン停止する
・羽音:耳障りな超音波を羽根から発する。【衝撃】付与

 シレーナ×3
水の妖精。海岸、沼や川の岸にある洞窟に住むとされ、美しい少女の姿で近づくものを惑わす。
・幻想の姿:美しい少女に見える。見破るには特殊抵抗判定での勝利が必要 
・睡魔の歌声:通常攻撃+魔攻(+100)対魔攻/BS付与気絶(6)/射程10/障害物無視/回数3 
・浮遊 
・液状化:泥地を液状化させる。/効果範囲:範囲1/射程6/効果時間1/
無抵抗だと1ターンの間に概ね腰まで埋まる。動くと更に埋まる。腰まで埋まった場合、泥地から再び抜け出すのに3ターン必要

 ウールヴへジン×2
猿の頭と毛皮を持つが、全体的な骨格は人間。ところどころ毛皮の無い肌もある。奥に進むと遭遇するかもしれない。略称は『獣』

 ????
近くに従魔が守っている何かがあるようだ。

解説

【目標】
周囲を探索し、従魔の守っている何かを見極める。


【NPC】
 柏木 信哉
新米バトルメディック。スキルはケアレイとクリアレイ。剣と盾、モスケール装備。
見たことの無い従魔と敵影の多さにすでにびびっている。戦闘ではあまり役に立たないかも。

中年職員A
中堅ジャックポット。短銃とライフル、通信機を所持。基本的に援護役。
指示があればその通りに動く。


【現場状況】
PCはこのパトロールに同行しているところからスタート。初期位置は車の停車場所。

湿地;粘度質の土で水田状。水は湧水で澄んでいる。そのまま歩けば移動力-5。ALブーツを使用すれば沈まないが、湿地植物や、ところどころ潅木もあるのでALブーツの移動力に-4。半透明のクエロが水面に潜伏している。

森林;道路の両側の森内では樹上にクエロが潜伏している。

崖;すべて登り斜面。

【注意事項】
モスケールは『潜伏判定の発見時において自身の基本値に+20%の修正を加える』であり、潜伏しているすべての敵を表示できるわけではない。

リプレイ


 ばしばしと、薄くて平たいもので叩かれる感触で、鋼野 明斗(aa0553)は心地良い眠りから引き摺り出された。眠りを誘うようだった車の揺れも、いまは止まっている。
 重い瞼を開くと、目の前には英雄のドロシー ジャスティス(aa0553hero001)がスケッチブックを構え、明斗が起きるのを待っていた。
「昼飯はさっき済ませた……ということは」
 ドロシーが騒ぐのは、腹が減ったときか敵が現われたときである。
 消去法により、答えはひとつ。
「分かった分かった、いま起きる」
 伸びをして深呼吸すると、熱帯のぬるい空気が肺を満たす。
 ドロシーの持つスケッチブックには、『敵出た即討つ!』の文字。思った通りだ。
「面倒な事は、さっさと片付けるとするか」
 明斗の言葉にドロシーはおーっ! とこぶしを上げる。
 そして共鳴する。心はひとつ、敵・即・斬。

『む、虫というだけで嫌なのに! なんですかあの中途半端な姿の従魔は……!』
 車の外では、アトリア(aa0032hero002)がディエヴァエの姿を見てわなわなと震えていた。
 そもそも、昆虫の造形は拡大してみるとグロテスクなものが多い。
 いま目の前に居る蜻蛉のような従魔は、2mという巨大さでリアル拡大版である上、鱗や鰓や魚眼が絶妙に混じって……ひとことで言って、キモい。キモすぎる。
 それは昆虫の素早さで空中を滑り、瞬く間に至近距離まで近づいて翅から耳障りな音を立てる。
 空気の塊が飛来し、周囲に衝撃波が走る。
 それは風ではなく空気の波。おそらくは超音波。
「くそっ!」
 中年職員が、すでに構えていた小銃で威嚇射撃をする。巨大蜻蛉は滞空をやめてしゅっと離脱した。
『嫌なとこだけ虫っぽいですね……!』
 アトリアは叩く寸前の蝿に逃げられたような顔をしてぎり、と歯噛みをする。
「この一帯で、他でこれほど従魔が群れているところは報告されていない。何かあるのか」
 真壁 久朗(aa0032)は冷徹に目を凝らす。
 水に潜む半透明の従魔に、巨大蜻蛉。
 どちらも水属性だが、この場所のせいか、それとも隠しているもののせいか。
「ふむ、鴇ちゃん、従魔の守るものとは何だろうね?」
『この目で見るしかないね、霰さん!』
 新城 霰(aa4954)と都呂々 鴇(aa4954hero001)は素早く視線を交わす。
 姿を隠す敵が守るものを、忍び寄り暴く。シャドウルーカーの真骨頂ではないだろうか?
「おにごっこ? かくれんぼ? ピピはどっちも得意だぞー!!」
 同じくシャドウルーカーで鯱のワイルドブラッドの少女、ピピ・浦島・インベイド(aa3862)も興味津々で目を輝かせる。
「すいすいーって見つけて、ガブガブしちゃうぞ!!」
 水辺は鯱なので得意である。ついでにガブガブするのも得意である。
『ピピちゃん、ガブガブはしちゃダメだけど、ちゃんと探してあげてね?』
 見た目はピピと同じく六歳くらい、しかし中身はピピより大人な音姫(aa3862hero001)がにっこりと笑う。
「にゅー……分かったー!!」
 素直にピピは頷く。普段は好奇心と欲望に忠実だが、子供なりに素直でもあるのだ。
 
「敵の数が多いんやったら……派手に敵を引きつける囮役がいりますやろな」
 弥刀 一二三(aa1048)はコキコキと関節を鳴らしながら進み出る。
「盾役だったら俺ちゃんもいるんだぜ。俺ちゃんハデなイケメンだから目立つしな!」
 人懐こく笑いながら一二三とアイコンタクトを取る虎噛 千颯(aa0123)は、トップレベルの生命力を持つ、盾役としても前衛役としても頼れるエージェントだ。一二三も安心したように返す。
「虎噛はんとやったら、心強いわ。オレも頑張るし、よろしゅうに!」

「残った俺達が援護役を引き受ける。囮役はせいぜい派手に、探索役は目立たないよう迅速に」
 久朗は静かに、一同に告げる。
 何もなければそれでもいい。
 何かあるなら、必ず見極めなければ。



「何~? 緊張しちゃってる系~? か~わいい~」
 千颯は同じバトルメディックの信哉の緊張をほぐすように、頭をわしわし撫でる。
『こら千颯! 茶化すなでござる!』
 白虎丸が急いで相棒を牽制した。
「あの……すみません、僕は最近誓約したばかりで、慣れてなくて、足手纏いで」
 信哉は申し訳なさげに俯いた。
 まだ彼は実戦に耐えうるほどの訓練も経験もない。
 それでも、まだ見ぬ異国の土地と密林に惹かれて、この地に来た。
「信哉ちゃんは一人で戦ってるんじゃないだろ? もっと仲間を信用しないとなんだぜ?」
「仲間と呼んで頂くほどでは……、先輩方にはご迷惑を掛けてしまって」
「よかろう、存分に先達として敬いたまえなんだぜ! こう見えても俺ちゃん結構熟練ですから」
 ふふんと、千颯は胸を張る。
「俺ちゃん達回復職は戦闘の要なんだぜ。俺ちゃん達がやられる事で戦闘が瓦解する事だってある。だからその恐怖は恥じる事じゃない。でも、必要以上に怖がり過ぎて動けなくなっちゃうのは駄目なんだぜ」
 それは押しも押されもせぬバトルメディックの先輩として、後輩に向けたエールだった。
『なにっ……千颯がまともな事を言っている……だと……?! ……で、ござる』
 白虎丸が驚いていつもの語尾を忘れるほどの先輩ぶりである。
「君が手がかりを見つけなかったら、ここを見逃していたのか、奇襲されたのか。どちらにせよお手柄だ」
 久朗は共鳴し、漆黒の剣『アンドゥリル』を抜き放ち臨戦態勢。
「見つけたというより、誘い込まれて殺されそうになったのかも……。どちらにせよ一般人ならこれだけで死んでます」
 少女は近づくものを抹殺する罠だったかもしれないと、信哉は思っていた。
 ただ罠のほうが、一般人とエージェントを判別できなかっただけで。

「マーメイド、ナイアド、ケルピー、ルサールカ。そしてセイレーン」
 鬼灯 佐千子(aa2526)は意味ありげにカウントする。
「水場に生息する妖魔や精霊の伝承は数多いけれど……、彼女たちには共通する性質があるわ。気に入った人間を誘き寄せるの」
『……? つまり?』
 伝承や伝説には疎いリタ(aa2526hero001)は佐千子に問い返す。

「やるじゃない、柏木さん。モテ期到来よ」

 佐千子はたっぷりと間を持たせ、ぽんと信哉の肩を叩いて言った。
 唐突に信哉は頭を抱えて苦悩する。
「そんな! 僕だってアマゾンの湿地は好きですけど……結婚はできません! 日本にコナラとミズナラの調査地を残して来てるんです!! どんぐりの森を捨てられない!」
 違うそっちじゃない……。なんでそうなる……、とその場の誰もが思ったが、信哉と行動を共にしている中年職員がさらりとフォローする。
「すまん、こいつはまだ学生でな。卒論の話になるとよく取り乱す。植物学だったか」
 植物の話をしたつもりは誰もなかったが、ともかく謎の思考回路によって水妖の少女とのフラグはばっきり折れた模様だ。

『……サチコにとっても、これが人生最大最期のモテ期となりそうだな』
 リタはぽつりと言った。相方は通常の恋愛とは縁遠いままだが、近頃は敵に言い寄られたりと別方面で花盛りである。根っからの戦闘体質ということか。
「冗談よ。こんなのが人生最大の山場というのは忍びないわ。――仕事よ。始めましょう」
 全長182cmにも及ぶガトリング砲『ヘスパイトス』を取り出し、構える。
「まずは挨拶代わりにね」
 先に出たエージェントたちのいない空間を狙って、ガトリング砲が火を吹く。
 静止状態で滞空していた巨大蜻蛉たちは、高速で回避した。



「弥刀さん! 2時の方向に二体! 虎噛先輩は9時の方向に一体! 7時の方向からも接近中!」
 久朗から予備の通信機を受け取った信哉は、言われたとおりにモスケールを使って道路側から敵情報をナビゲーションする。
 モスケールだけで完全な策敵が可能なわけではないが、クエロが水面を移動する以上、不審なさざ波に注意を払っていれば、対処できる。
 車両付近を守る中年職員もさざ波を注視し、囮役が囲まれないようライフルを使う。
 一二三はキリル ブラックモア(aa1048hero001)と共鳴し、Red string of fateを取り付け投擲可能にしたダガーで、迫り来るクエロを切り裂く。
 ライヴスを纏った銀色の刃の前に、半透明のクエロは柔らかいゼリーのようにつるりと両断され、水面に落ちて溶ける。 
 千颯は共鳴してフットガードを使用し、足場の不利を避けつつ対岸を目指す。
 炎を纏う騎乗槍が自在に回転し、行く手を阻む膜妖怪を蹴散らす。

「わたくしは、魔法攻撃で援護いたしますわ!」
 エリーヌ・ペルグラン(aa5044)は医神の名を冠した螺旋の杖をかざし、魔法を放つ。
「炎の剣、彼の者を煉獄へと導けですの! フラム・サーブル!」
 逆巻く炎が空を駆け、空中の巨大蜻蛉の翅を灼く。
「動きを止めれば、こっちのものよね」
 佐千子も牽制射撃を繰り返しながら、巨大昆虫が動きを止める瞬間を待っていた。すかさずシャープポジショニングで位置取りをする。
 ガトリング砲の弾が翅の傷ついたディエヴァエを撃ち抜き、鱗の欠片と虫の体液が水面上に散らばる。
 
 その隙に、ピピは脇目も振らず対岸の岩場に向かっていた。
 抜群の移動力をさらに高めるアサルトユニット『ゲシュペンスト』。
 特殊改造の波エフェクトを消した潜水モードで、味方が敵を引きつけてくれているうちに岩場へと泳ぐ。
 敵が現われても、潜伏と高速回避で戦闘はひたすらに回避する。
「ピピちゃんが、おにごっこもかくれんぼも得意なとこ見せるんだから!」
 ガブガブもしたいけど、探索が終わるまではがまんがまん。


「さて、こちらは森ルートを行こうか」
 鴇と霰は共鳴し、鴇が主導権を握る。
 成長して青年姿になった鴇は、湿地を避け森ルートを選択した。
「援護しますよ」
 明斗は湿地ルートは手が足りていると見て、森ルートの援護に切り替える。
 撤退時のことも考えると、足場の悪い湿地ルートは他に任せ、森ルートを確保しておくほうが得策だと判断したのだ。
 鴇はフォレストホッパーで地面を蹴る。
 内蔵されたシステムが高速演算を繰り返し、森の中のあらゆるオブジェクトが足場となる。
 太い幹を蹴り、枝を飛び越え、跳躍を繰り返すうちにどさりと上から落ちるものがある。
 膜妖怪、クエロ。森林では樹上に潜む。
 森の中で突然に振ってくるそれは、まるで巨大ヒル。
 しかしどこに潜んでいようと、方向は常に上、落下速度もほぼ同じ。
 鴇の持つ黒い刀身がひらめき、纏わりつこうとするクエロに斬撃を浴びせ、薄暗い密林の中に星屑のような軌跡が残る。
 後方に控えた明斗のアンチマテリアルライフルが、続いて膜妖怪を撃ち抜く。
「退路確保のためには、なるべく潜伏中の敵も片付けておきたいですがね」
 それでも、明斗は先行者の援護が優先とばかりに、射線を確保する。
 まずは探索者を、何かの潜む岩場に届ける。
 スコープの先で、凍星の軌跡がまた輝いた。



「にゅー……、まっくらなんだよう……」
 他の追随を許さない速度で、ピピは真っ先に岩場に辿りついた。
 道路側から隠れていた岩場の窪みは、奥深い洞窟。
 光の届く範囲にはなにもなく、横穴が続いている。
 『浦島のつりざお』を使ってみるが、何もかからない。
 見えている範囲ならと足を踏み入れると、歌声が聞こえた。
 エージェントの能力をもってしても判別不能な不可思議な歌詞、それでいて美しく切なく心を打つ。
 歌声は洞窟の中で反響し、輪唱のようなエコーを伴ってピピに襲い掛かる。 
「にゅーっ?!」
 脳髄を揺らすような音攻撃にピピが悲鳴を上げたとき、森を抜けて来た鴇が追いついてきた。
「一旦、離脱するんだ!」
 後方の幹にジャングルランナーのアンカーポイントを射出し、ピピを抱えてマーカー先へと退く。
 歌声にやられ、腕の中のピピは気絶していた。


「先行していたピピが岩場で攻撃を受けた。BSで気絶中、岩場には洞窟があり、深い。敵の種類と数は未確認」
 連絡を受けたとき久朗は、キリングワイヤーでディエヴァエをバラバラにしたところだった。
 翅を落とし、機動力を削いだところで胴を裂き、手足を切り離す。
 小さな子供が蜻蛉をバラバラにするように、巨大従魔は解体されていた。
「精神系BS……柏木さんの見た水妖的な少女があやしいわね……」
 佐千子は腰のベルトに下げていた『デスソニック』を撫でる。
 あらかじめ精神系BSに掛かった場合を想定して戦闘中にアラームを設定しておいたのだが、設定時間までに攻撃が来なかったので止めた。
 水妖は、何かを守るためより奥に潜伏していたのか。
「わたくし、魔法の罠にはお役に立てるかもしれませんの!」
 湿地を突っ切って駆けつけようとするエリーヌに、カートゥス(aa5044hero001)が囁く。
『(エリーヌ、僕達はラグナロクに深く関わりすぎない方がいいんじゃないのかい? ラグナロク討伐は、ペルグラン家の復興に必要じゃあないよ)』
 エリーヌはペルグラン家の末裔。没落した名家の再興が悲願だ。
「あのラグナロクは、お姉様の名誉を汚す存在ですの。お姉様の敵はエリーヌの敵ですの」
 エリーヌは前だけを見据えて言った。
 エリーヌの敬愛してやまないお姉様は、神々の黄昏『ラグナロク』を名乗りながらその名を穢す真似ばかりするアマゾンの敵を激しく憎んでいる。
 お姉様の憎む敵はエリーヌの憎む敵、殲滅すべき相手である。
『(……じゃあ、その綺麗な脚とドレスのスカートが泥だらけになるのは覚悟しておくことだね)』 
 カートゥスが皮肉っぽく返す。
 エリーヌはおしゃれが気になる年頃。綺麗なドレスも大好きだ。
「お姉様ならば戦場で、そんな理由で躊躇なさるでしょうか。これが依頼である以上、わたくしが着ているのは戦闘服に他なりませんわ! ドレスの裾を気にして弱腰になるなど、むしろ恥ですの!」
 強気で言い返すと、エリーヌはジャングルランナーのアンカーポイントを湿地に浮かぶ流木に向けて射出する。
『(エリーヌ、タイミングは僕に任せるんだ)』
「承知ですの、カートゥス!」
 カートゥスが移動アイテムを操作し、猫の優雅さで流木の上に飛び乗る。
 潅木や泥の積もった小島など、湿地内にも様々な足場はあった。
 カートゥスは器用にバランスを取り、足場から足場へとジャングルランナーで移動してみせる。
 そのとき湿地の上空を旋回していた巨大蜻蛉が低空飛行し、岩場へ向かおうとする侵入者達に超音波を浴びせた。
 あたりに衝撃が走り、湿地の水面が波立つ。
「くそ……やっぱり、奥の洞窟に行くんは邪魔しよるんやな!」
 一二三は武器をアサルトライフルに持ち替え、展開する。
「ここはオレに任せえや! なんとしても防いだるわ!」
 再び空高く舞い上がったディエヴァエに向かって気勢を上げる。『守るべき誓い』を発動させ、敵の注意を引きつける。
「頼りになる殿方ですのね! でも、わたくしも虫は嫌いですの!」
 超音波でよろめき泥の中に足をついた瞬間、エリーヌよりもカートゥスのほうが神経を逆立てたのを感じていた。猫としての習性で、手足が濡れるのを嫌うのか。
「幽玄の風、来たりて道を示したまえ! ファントゥーム!」
 エリーヌは力を振り絞って魔法を放った。
 不浄のライヴスを含んだ風が、飛行する巨大蜻蛉を巻き込む。
 風に流された虫が制動を失い、再び動き始めるまでの間を、一二三は逃さなかった。
 AK-13の破壊力が、鱗に覆われた頭部を砕く。
 昆虫が水面に落ち大きな水飛沫を上げた。
 一二三と千颯、それに久朗の切り捨てたクエロの死体が、波に揺られてゆらゆらと揺れた。



「先の見えない洞窟に、一人で突っ込んだら危ないんだぜ」
 千颯はフットガードを使ってようやく辿りついた。ともかくピピが速かったのだ。
 囮役に敵がすべて誘い出されたなら洞窟は安全だったかもしれないが、そうではなかった。
「にゅー……声はしたけど、姿は見えなかった……」
 明斗のクリアレイで回復したピピがそう証言する。
 洞窟では音が反響する。音の方向からは敵の位置が探れなかった。
「小石をいくつか投げてみたが、横穴が続いているらしいな。明かりはスマホ画面くらいしかないが」
 鴇が自分のスマホをかざしてみせる。
 小さくとも、暗闇では役立つ光源である。
「スマホなら、俺ちゃんも持ってるぜ」
 通信手段として、スマホを携帯しているエージェントは他にもいた。いくつか集めれば、深い洞窟でも役立つ。
「音の攻撃なら、こちらも音で対抗するのはどうかしら」
 追いついてきた佐千子が腰に下げた「デスソニック」を外す。
 流石に機械だらけの体では湿地に液状化がなくとも沈みかねなかったので、明斗の確保した森の道を来たのだった。
「ダメージ射程外だけど、耳は塞いでおいて」
 外したデスソニックを洞窟の暗闇に向けて投げると、音爆弾の殺人音量が狭い岩場で反響する。
 耳を塞いでも、空気がびりびりと振動した。
「もうひとつ、あるのよね」
 更に幻想蝶からふたつめのデスソニックを取り出し、ひとつめより更に奥へ届くよう投擲する。音波の衝撃で、パラパラと斜面の小石が崩れる。
「逃げ場のない洞窟に、デスソニック二連撃ぃー……。俺ちゃん、さっちゃんの敵じゃなくって良かったんだぜぇ……」
 千颯はタレ目を細めてウインクした。敵にはしたくないが、味方としては心強い。
「耳のある敵ならば弱るだろうが……耳の無い敵もいる。油断は禁物だな」
 久朗も闇深い洞窟の探索をするつもりだ。
 既に数を減らしてきたクエロにはおそらく耳は無いだろう。
「余程大事なものならば……周辺に罠を張っていても不思議ではありませんの。魔法の罠には、マジックアンロックを使いますわ」
 縦巻きにした銀のツインテールを揺らして、エリーヌは宣言する。
「俺は援護のために外で待機します。何かあったら呼んで下さい」
 明斗はあくまで後方援護を自分の役割として捉えている。他の仲間が前に出てくれるなら、自分は後ろを守るまで。
 集まった皆の言葉を受け、鴇が頷いた。
「じゃああらためて……従魔の守るなにかを探しに行こうか」



 漆黒の闇に閉ざされた洞窟は、今度は静かだった。
 4台のスマホ画面からの明かりで照らすと、うずくまる人影がある。
 白い服を着た長い髪の少女。顔を上げてこちらを見る。
「にゅー!!」
 問答無用でピピが飛びついた。いや、噛み付いた。
 アアアアアアアアアア!
 人の声ではない叫びが木霊する。
 赤ん坊が何でも口に入れて確認するように、ピピは大抵のものは噛んで確認する。
 ピピの好奇心は、牙と顎。
 それが鯱のものでなければ、もっと平和なのだが。
 AGWではないのでダメージは無い。だが、鯱の牙は痛い。
 アアアアアアアアアア!
 唱和するように、叫びが上がる。
 洞窟の中を反響し、鼓膜を攻撃する。
「まずい。べちゃっとして泥の味がする。やっぱり人間じゃない」 
 はっきりと、ピピが言った。
 洞窟でデスソニック二連撃を喰らってまだ動ける時点で、普通の人間ではありえないのだが。
「離れろ」
 鴇のデリンジャーが少女の腕を吹き飛ばす。脆い。
 ここへ来てシレーナは人間の姿を保てなくなった。黒目のない白い眼球、大きく開いた口には鋭い牙、やせこけた手足は泥の色。
「俺ちゃんにはさっぱり人間らしくは見えなかったんだけどな?」
 抜群の特殊抵抗を持つ千颯には、幻想の姿は効かなかったようだ。炎の槍が泥の従魔を灼く。
「ガアアアアアアアッッ!!」
 猿の頭をしたウールヴヘジンが二体、奥から飛び出してきた。
 歯を剥き出して威嚇し、強い腕と鋭い爪で攻撃を繰り出す。
 幻想を見破るため『モコシ』を構えていた佐千子は、獣の突進をそのまま盾で受けた。
 盾を足場に宙を舞った獣はくるりと一回転して着地し、もういちど突進してくる。
 佐千子は大きな盾をその場に落とし、拾っておいた『デスソニック』を握りなおす。
 全長16cmの音爆弾のもうひとつの使い方――鈍器。
 パワードユニットをフル活用した渾身の力で、獣の頭めがけて振り下ろす。獣は頭蓋を砕かれ、その場に崩れ落ちる。
 もう一匹の獣は、久朗のキリングワイヤーが切り裂いた。

 アアアアアアアアアア!
 まずいと言った割にピピは、一体残ったシレーナにまた噛み付いていた。
 好奇心がおさまらないらしい。
「俺ちゃん達の目的は別にあるんだぜ。もう終わらしてやろう」
 千颯の目には、泥の従魔だけが映る。
 赤熱した槍が、洞窟最後の従魔を貫く。

 洞窟の最奥に行き着いた久朗は、そこにあるものを見て立ち尽くした。
 通信機を取り出し、一二三と明斗を呼び出す。
 すぐに駆けつけた二人も、久朗の前にあるものを見て言葉を失う。
 三人は先日、聖域での調査にも参加していた。
 魔境となったそのエリアで見た異質な『大樹』。
 目の前にあるのはほんの小さなものだが、その『大樹』と酷似していた。
 結晶体で出来た、50cmほどの高さの、言うなれば苗木。光が当たるとキラキラと煌めく。
「……聖域内で見たのと似ておますな。ライヴスゴーグルでもコイツがただもんでないのはわかりまっせ」
 綺麗な見掛けとは裏腹に、尋常でないライヴスの蓄積。
 単純な細工物ではありえない。
「これは、触っても大丈夫なものなのか……?」
 レーヴァテインの刃先で触れると、葉が擦れあってシャラシャラと音を立てるが、攻撃はしてこない。
「……あの! わたくし、防寒着を持っておりましたわ! 生地が厚いのでお役に立つかと思いますの!」
 エリーヌは思い出したように幻想蝶から防寒具一式を取り出す。手袋も揃っている。
「魔法の罠がないか、確認いたしますわね」
 マジックアンロックを使うが、この苗木自体には何も罠はなかった。
 根元の土も、掘り返したばかりで柔らかい。
 襲ってきたウールヴヘジンの爪には、泥が詰まっていた。植えていた最中だったとしてもおかしくはない。
「ひとまず持ち帰り、調査を依頼しよう。同乗の皆は油断するな。決して注意を怠るな」
 久朗は幻想蝶への収納を試みてはみたが、やはり不可能だった。 


 明斗の確保した森の中の退路を使って苗木を車の側まで運ぶと、信哉がモスケールを覗きながら言った。
「うわ。それ、危なくないですか。すごく大きく反応してますけど」
「せやろな」
 一二三も実感を込めて頷く。
「危ないか否かで言えば、危ない。だから放置できない」
 静かに久朗が言う。鴇は苗木を覗き込む。
「興味深くはあるけど」

 その中でピピだけは、洞窟を出るなり湿地を泳ぎ、残ったクエロをガブガブしまくっていた。
 牙だけでは致命傷にならないので凄竹のつりざおを使って釣り上げ、その上でガブガブする。
 戻ってきたピピは満面の笑みで報告する。
「ゴムみたいな食感ですっごくまずかった! あと舌が毒でピリピリする!」
 とりあえず、満足はしたようである。

 
 トールと出会ったエージェントからの情報では、彼は「アマゾンを包み込むほどの巨大なドロップゾーン」のことを口にしたそうだ。
 従魔が植え、従魔が守っていたこの苗木とはなにか関係があるのか。ひとまずは――調査結果を待つしかない。
 キラキラと妖しい煌めきを放つ苗木は、そこに存在するだけで異様な雰囲気を醸し出す。


 一行は不審な苗木と共に、インカ支部への帰路についた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
  • 闇に光の道標を
    新城 霰aa4954

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • お魚ガブガブ噛みまくり
    ピピ・浦島・インベイドaa3862
    獣人|6才|女性|攻撃
  • エージェント
    音姫aa3862hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • 闇に光の道標を
    新城 霰aa4954
    獣人|26才|女性|回避
  • エージェント
    都呂々 鴇aa4954hero001
    英雄|16才|男性|シャド
  • 淑女修行中!
    エリーヌ・ペルグランaa5044
    人間|14才|女性|攻撃
  • 猫被りフェミニスト
    カートゥスaa5044hero001
    英雄|10才|男性|ソフィ
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