本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】モウシデ

雪虫

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/08 16:31

掲示板

オープニング

●疑わしき申し出
「皆、樹の上にも注意してくれたまえ。ラグナロクが潜んでいる危険性は十分過ぎる程にあるのだから」
 戸丸音弥(az0037)に注意されるまでもなく、エージェント達は最大の警戒をもって密林の中を進んでいた。インカ支部の防衛は成功し、ラグナロクは撤退した。しかし、彼らの本拠地はいまだ発見されてはいない。
 故に、エージェント達は少数部隊を複数編成、ラグナロクが潜んでいると思しき聖域への調査に乗り出した。現地住民達でさえ立ち入りを禁じている区域……それ故にラグナロクの隠れ蓑として利用されている可能性が高い。と言うより、もうここしか潜伏先の当てがないと言った方が正しいのだが、いずれにせよ、敵の懐に飛び込むのだから、最大に警戒しつつ先を急ぐ必要があった。
「とは言え地上を歩いていた方が逆に見つかる可能性もある……か? ジャングルランナーも完成したことだし、逆に樹上を行くのもアリだろうか。すまないが、皆の意見を聞かせてくれると嬉しいのだが」
「すいませーん、ちょっと止まってもろてもええですかー?」
 音弥の声に被さるように、樹上から少年の声が聞こえ、エージェント達は一斉に声のした方へと視線を上げた。声の主は……一つ目を嵌めた面を被った学生服姿の少年は、枝からひらりと飛び降りて、エージェント達の前にひどく無造作に姿を晒す。
「パンドラ……!?」
「よかった! まさかこんな所でエージェントはん達に逢えるなんて! お願いです、僕のこと助けてもろてもええですか?」
 突如現れた愚神の姿にエージェント達は武器を抜いたが、そこに掛けられたのはあまりに予想外過ぎる言葉だった。「助けてもろてもいいですか」? この愚神……パンドラは、ラグナロクとの関与が疑われている。そしてマガツヒ所属の愚神でもある。そのパンドラが、エージェントに向かって、こともあろうに「助けて」だと?
「一体何を言っているんだ。君はラグナロクに協力しているのではなかったのか?」
「違いますよ! 誰が言うたんですかそんなこと。僕はラグナロクに大事なものを盗まれていたんどす。それでやっとの思いで取り返してきたんですけど、今追い掛けられててものすごく困っていて……あ、来たみたいどす!」
 パンドラは無防備に……本来敵であるはずのエージェント達にあまりに無防備に背中を向け、「追っ手」へと白い面を合わせた。蔓に全身を覆われた巨人、兎を模したような獣人、そして巨大な鷲……いや、鷲に人間の女を混ぜ合わせたような化け物が、耳障りな声で鳴き始める。
「私達が希望! 私達ガ光! 真ナル世界の導きヲ! ゲギャ、ゲギャ、ゲギャアッ!」
「えらいすみませんけど、僕と一緒に戦ってもろてもよろしいですか? もちろん、エージェントはん達に危害を加えない事はお約束します。僕と一緒に戦って下さい!」
 エージェント達は困惑した。「一緒に戦って下さい」? ……何を言っているのだ、この愚神は。パンドラは今まで何度かエージェント達と矛を交えている。その凶悪性……否、狂悪性も十二分に把握されている。それが「一緒に戦って下さい」だと? エージェント達の困惑を一度無理矢理断ち切るように……いやむしろ、一層惑わせでもするかのように、愚神は無防備な背を晒したままエージェント達に懇願する。
「あのおっきいのが持ってる結晶の中、男の子と女の子が捕まってるのが見えますよ。早く助けてあげないと死んでしまうのと違いますか? 僕もお手伝いしますから、あの子達を一緒に助けましょう!」
 確かに巨人型愚神、ヘイムダルの持つ結晶には、少年と少女が一人ずつ閉じ込められているのが見える。まだ生きてはいるようだが……だが、何故、パンドラがそれを指摘するのか。あまつさえ「助けよう」などと言うのか。人類の敵であるはずの愚神が。
 困惑は一層増すばかりだが、惑ってばかりもいられない。エージェント達は武器を握り締める。その矛先が向くのはラグナロクか。
 それとも。

●敵NPC
 ヴァルキュリア×5
 デクリオ級従魔。飛行能力あり。鷲系の鳥人に変貌しており、意思疎通は完全に不可能。銃型RGWを所持
・援護射撃? 
 銃に振り回されるように不規則に移動しながら無差別に銃を乱射し、範囲10sq以内にいる1~3体を攻撃する。実はこの銃は欠陥品のため、使用すると説明のような動きになる

 ウールヴへジン(山兎)×5
 デクリオ級従魔。体長2m。破壊を愉しむような言動をする
・蹴撃
 1ターン目で跳躍し、次ターンで敵を踏み潰す。跳躍中は樹々やヘイムダルに隠れたり、飛び乗る場合もある
・虫潰し
 足を振り回し範囲5sqを攻撃
・教架
 パッシブ。生命力が減る程攻撃力上昇

 ヘイムダル×2
 デクリオ級愚神。体長5m。知能は低く愚鈍であるが異常にタフネス。特殊抵抗も非常に高い
 少年と少女が入った結晶をそれぞれ左手に有している。戦闘が長引くと少年少女は衰弱死する恐れあり。右腕を振り回し範囲2sqの物理攻撃を行う。ジャングルランナーで飛び乗ることは可能/飛び乗られた場合は体を揺らし振り落とそうとする
・剥落する体:パッシブ。バッドステータスに罹患した際、生命力を消費することでそれらを打ち消す
・異常再生:パッシブ。部位破壊されても、生命力を消費することで次ラウンドのファーストフェーズに再生
・破壊衝動全開:パッシブ。生命力が半分以下になると、攻撃行動であればメインアクションを二回行える

●戦闘区域
 30×30sq。全体的に樹々が密集している。天候は晴れ

□□□□□□
□ ★★ □
□    □
□    □
□ ☆☆ □
□□□□□□

★:ラグナロク勢。ヴァルキュリアとウールヴへジンが前衛、ヘイムダルが後衛 
☆:PC、音弥、パンドラ

解説

●目標
 ラグナロク勢の撃破(パンドラの撃破は今回目標には入らない)

●NPC
 戸丸音弥&セプス・ベルベッド
 バトルメディック。アサルトライフル/禁軍装甲/ジャングルランナー所持。ケアレイ/クリアレイ使用。指示がなければ少年少女の救出に向かう

 少年少女
 ヘイムダルの結晶に囚われている地域住民。兄妹のようだ

●NPC(?)
 パンドラ
 トリブヌス級愚神だが、何故か共闘をもちかけてくる。PC/NPCには攻撃せず、PC/NPCが攻撃されそうな場合は庇おうとする。PCからの攻撃は回避も反撃もしない。一定ダメージを喰らうと逃亡する/ラグナロク勢を撃破し終わったらそのまま立ち去ろうとする。「壊造」を有しているが今回は使用しない
・孕兆
 接触した対象に「何か」を植え付け体内を少しずつ破壊。【減退(1d6)】付与。このスキルは重複する(例:減退1負荷中に減退2を喰らうと、重複して減退3になる)。BS回復スキル/ヘイムダルの「剥落する体」以外回復不可
・躍れ依代
 リアクション。通常避けられないような攻撃に対し人外めいた超回避を行う。超回避による負荷が一定ラインを越えると回避力が低下する
・禍の狂持
 パッシブ。一ターンで二回行動出来る

●その他
・ラグナロク勢は侵入者の排除が目的のため、PC/音弥/パンドラ全員攻撃対象
・少年少女が結晶から解放された場合、ラグナロク勢は少年少女も攻撃しようとする
・攻撃により樹々が倒壊する恐れあり
・使用可能物品は装備・携帯品のみ
・PL情報は「PCは知らない情報」/活用するにはPC情報への落とし込みが必要です
・プレイングの出し忘れにご注意下さい
・英雄が二人いる場合は英雄の変更忘れ/装備・スキルの付け忘れにご注意下さい
・装備されていないアイテム・スキルはリプレイに反映する事が出来ません
・能力者と英雄の台詞は「」『』などで区別して頂けるとありがたいです

リプレイ

●共闘
『やっホー! パンドラちゃん! オ元気?』
「また何してんの……」
 シルミルテ(aa0340hero001)の機械音声に引き続き、佐倉 樹(aa0340)は無表情でツッコミめいた問いを投げた。それに対し、パンドラは「えへへ」と照れたように声を零すが、一つ目の面を被ったままそんな反応をされた所で、愛嬌よりもうさんくささと不気味さの方が強く出る。
 とは言え、それだけでは申し出を拒否する理由にはなり得ない。仲間達に一度視線を巡らせた後、改めてマガツヒの一つ目へと目線を合わせる。
「共闘、してもいいけど」
『結晶ノ中の人達まデ攻撃しチャダめヨー?』
 後々愚神と共闘が云々と突っ込まれてしまった場合、地元民保護の為にやむなく、と言い張る為には、保護対象をこの愚神に傷付けさせる訳にはいかない。
 素直に承諾するとも思えなかったが、「もちろん! そんな事はしませんよ!」と愚神はあっさり了承した。ならばと畳み掛けるように『本命』の釘も刺しておく。
「あと『後デ答えテ欲しイ質問あルカら途中デ帰っタラだめヨ!』
 シルミルテと声を重ねながら樹はワンダーランドの頁を捲り、仲間に注意を促すためにも再度相棒と声を合わせる。
『ズシン! と「いくよ」
 瞬間、重圧空間が展開され、警告通り「ズシン!」と周囲に負荷がのし掛かった。このスキルはライヴスの結界内に重圧を掛け、術者より魔法防御の低い者の行動を大きく阻害する。
 従魔全体の行動力阻害が主な目的だが……樹はちらりとパンドラを見た。パンドラへの効果確認も兼ねての攻撃だったのだが、愚神に堪えた様子はない。つまり。
(「私達より魔法防御は上って事か」)
(『ソレが分かッタダけデも、収穫ッテ思うベキかナ』)

「久しぶりって思ったら……一緒に……?」
 予想だにしない展開に木陰 黎夜(aa0061)は思案した。内からアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)が黎夜に選択を問うてくる。
『どうする?』
「……様子見しながら、あの人たちを、助ける……」
 パンドラの意図は不明だが、目的はあくまでラグナロク撃破、そして少年少女の救出である。
 もちろん、パンドラの動向には警戒し、妙な動きをすれば妨害もするつもりでいるが、まずは敵の数減らし、少年少女の後退支援を優先するべきだろう。
 黎夜はアルヴィスの書を広げ、ゴーストウィンドを巻き起こした。範囲に限りがあるため全てをとはいかないが、ヴァルキュリア二体と山兎二体を不浄の風に閉じ込める。霊力浸透も合わせた風は、効果的に敵の生命と防御力とを削っていく。
「パンドラ、話は聞いたことありますが……皆さんかなり警戒していますね。信じていいのでしょうか」
 皆の様子を眺めながら卸 蘿蔔(aa0405)は小首を傾げた。蘿蔔は遭ったのは初めてだが、普通に考えれば信じていい要素ゼロの――敵である。
(『敵に回したら厄介な相手だ……ま、裏はありそうだ。いざという時の為に備えてくに越したことはないだろうが』)
「まずは捕らわれてる方を助けなくては、ですか。では宜しくお願いしますパンドラさん! あ……私、卸蘿蔔と申します!」
 ウォルナット(aa0405hero002)のよほどの事でない限り口出ししない……つまりはマジな意見を受け、蘿蔔は方針を決定し、自身の名を愚神に告げた。名乗ったのは蘿蔔からすればごく自然な行為だったが、これが思わぬ結果を蘿蔔にもたらす事になる。
「名前! 名前教えてくれたんですか!? 嬉しいなあ。僕、僕はパンドラ言います! よろしくお願いしますね蘿蔔はん!」
 想定外に喜ばれ蘿蔔は虚を突かれたが、「は、はい、お願いします」と繰り返したのは一瞬だった。次の瞬間にはジャングルランナーを起動させ、雪のごとく白い身体を木々の隙間に潜り込ませる。
 敵の数を減らすべく、まずは従魔の対応を。
 魔銃「らぶらぶ・ズッキュン」を構え、黎夜のゴーストウィンドから逃れた敵の肩へと魔弾を放つ。肩を穿たれた戦乙女が顔を上げるより早く、再びマーカーを射出して木々の間を駆け回る。

「兄妹、か」
 緑がかった青眼を細め、ナイチンゲール(aa4840)は呟いた。ナイチンゲールが最期を看取った、名前さえも知らない男と、彼が最期に口にした、顔さえ知らないオルリアを想う。
(『……』)
 墓場鳥(aa4840hero001)の無言を感じ、ナイチンゲールは「大丈夫だよ」と音を零した。ラグナロクに最早怒りはない。
 ただ哀しみを以て事にあたるだけである。
「だから、行こう」
 キッ、と敵の姿を見据え、ナイチンゲールは地を蹴りながら守るべき誓いを発動させた。目的は兄妹の救助と安全確保、そして早期殲滅のサポートをする事。そのためにライヴスを撒き散らし、敵の注意を自分の方へと引き付ける。
 可及的多数を、叶うなら銃と翼を持つ戦乙女を優先させた突撃は、狙い通りヴァルキュリア三体、山兎二体を釣り上げた。戦乙女と言うよりも、鷲と人のキメラと呼ぶに相応しくなってしまった女が、両の目をグルグル回転させて銃口をなんとか向けようとする。
「真ナル世界! 光あレ、ゲギャ、ギャ、ギャアッ!」
 ばら撒かれた銃弾は、不安定な軌道を描いてナイチンゲールへ叩き込まれた。生命力に影響はないが、それでも銃弾を埋め込まれる痛みは確かに存在する。
「エインヘリャルゥ、なゼ我々ノ邪魔をォシようトするのデス!?」
 そして二撃目が放たれる。が、それはナイチンゲールに痛みを与えはしなかった。ナイチンゲールの前に立ちはだかったパンドラが、腕で弾丸を受け止めながらナイチンゲールを振り返る。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「踏み躙ル、踏ミ潰す、踏ミ壊セッ!」
 ナイチンゲールが反応する前に、山兎が二人へと……正確にはパンドラに庇われるナイチンゲールへ飛び掛かった。しかしこの攻撃は邦衛 八宏(aa0046)が割って阻み、彼らから距離を取った所でバルタサール・デル・レイ(aa4199)がSSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」をセットする。
『パンドラってのは初めて聞く名前だけど……嘘ついてるんじゃないかって意見が多いみたいだね』
「マガツヒっていうとエネミーには何度か遭遇したが、あれと同類か?」
『マガツヒって、ちょっとネジ飛んでる子が多いのかもしれないね』
 紫苑(aa4199hero001)の言葉にバルタサールは人差し指で顎を擦った。彼の愚神の振る舞いを、言動を簡易に精査してみる。
「エネミーの意図も不明だが、ラグナロクに協力っていうよりは、ラグナロクを利用しようとしている感じがするな」
『仮面被ってて表情は読めないけど、パンドラの動きを観察して、狙いを窺うことにしようかな』
 バルタサールは行動を以て紫苑への同意を示した。機動力等が無いために、救出班には向いていないという理由も確かに存在するが、後衛として救出の援護を行いながらパンドラを監視する、というのも重要な役割だろう。
 もちろん監視等は露骨になりすぎないよう、気づかれないよう、さりげなく行う必要があるが、そこは狙撃手の、そして元『プロ』の腕の見せ所というヤツだ。
 パンドラへの警戒を解かぬまま、バルタサールは銃口を戦乙女の方に向け、従魔が引き金を引いたに合わせて弾丸を弾き出した。射線確保のために遮蔽物から出てくるだろう。銃の射程まで此方に接近しているだろう。他の対象を狙っているなら回避しづらいタイミングだろう。
 そのような思考の元行われた銃撃は、狙い通り鷲女の腕に銃痕を刻ませた。戦乙女がぎゃあと鳴き、血液めいた液体が飛ぶ。虎噛 千颯(aa0123)は飛盾「陰陽玉」を構え、白虎丸(aa0123hero001)と言葉を交わす。
「なーんか乗せられてる感じがしてるけど……あの子達は助けないとだしな!」
『今は今出来る事を全力でやるでござる。思惑については後で考えるでござる』
 相棒の言葉に千颯はニッと白い歯を見せ、仲間達を追いかけて敵陣へと攻め込んだ。時同じく、山兎の一匹が、密林を跳びはねながらナイチンゲールに接近する。
「壊、壊シ、壊しテしマエッ!」
「そうは問屋が卸さないんだぜ!」
 陰陽玉で蹴りを弾き、同時に鏡面と張ったリフレックスに敵の姿を映し出す。呪いによってダメージは山兎へと跳ね返り、千颯はそのまま陰陽玉を空中へと舞わせ続ける。
『皆は攻撃に専念するでござる』
「防御はこっちにまかせてくれていいんだぜ!」

 八宏はZOMBIE-XX-チェーンソーを掲げたまま、ナイチンゲールを背に庇うパンドラの姿を一瞥した。偶然カバーした訳ではなく、明確な意思を以てこの愚神は行動した。そう判断した上で改めて愚神の意図を問う。
「……この場において戦闘の意思は無いと、解釈させていただいても? その意図は?」
「皆さんと一緒に戦いたい、それだけじゃ、あきませんか?」
 パンドラはそう言うが、勿論信用出来る筈もなく。顔をしかめる八宏に代わり、今度は稍乃 チカ(aa0046hero001)が相棒の内から問い掛ける。
『つかさー、お前本人? 前そっくりさんいなかった? それと『壊造』だっけ? そういうスキル持ってたよな? あれ使わねえの? 使わねえんじゃなく……本物じゃねえから使えねえの?』
 以前接触した、パンドラとは別人らしき仮面の少年に関する事に、スキルを使用しない理由も掛けて愚神へと問うてみる。パンドラは軽く首を傾げ、気負いなさげな口調で答える。
「そっくりさんについては僕はちょっと分かりませんが、『壊造』を使わない理由は敵さんをパワーアップさせたら大変かなと思うからどす。失敗する事もありますが、壊造は基本愚神や従魔を強化するスキルですから……それでもええなら使いましょうか?」
 まるで二人を試すように愚神は面を向けてきたが、八宏は即座に「結構です」と首を振った。真偽の程は分からないが、妙な真似を許す口実は与えない方がいいだろう。
「…………あと、前から思とったんですけど……その喋り方、癪に障るんです」
 ポロリと、八宏の口から漏れたのは硬い棘の生えた言葉。いい加減な京言葉に内心苛立ちを覚えていた。パンドラはそれに対し、頬の辺りに右手を当てる。
「すいません、僕、ドラマから言葉覚えたんですけど、喋り方間違ってますやろか? でしたら正しい言葉使い、教えてくれたら嬉しいですけど」
 友誼を求めるような物言いだったが、八宏は再度首を振った。パンドラに対しては一切良い感情は抱いておらず、死体を物のように扱う彼には明確な敵意を示している。
 最初に接触した時の覚悟を、今もパンドラに向けている。
「お断りさせて頂きます」
「それは、とっても残念ですね」
 話は終わったと言わんばかりに八宏は固く口を閉じ、手中の得物を鎖鋸からハウンドドッグへ換装した。パンドラが特に重点的に狙われている様子はない。ならば攻撃を優先させても問題はないだろう。
 パンドラから目を切らずに済むだけの距離を保ちつつ、猟犬の名の狙撃銃で山兎の足を撃ち抜く。ナイチンゲールはライヴスを振り撒き自分を的と差し出したまま、ヘイムダルから離れるように少しずつ移動を開始した。かつ、敵が救助側に突破しないよう、レーギャルンに封印されたレーヴァテインに手を掛ける。
 ライヴスを鞘に込めながら、ナイチンゲールはちらり、とパンドラに目線を送った。あの兄妹はなんとしても助け出したい。“だから”こうやって申し出てるんだろうけど。『彼』の言葉に嘘は感じないし、その必要性も認められない。
(「……この場では、ね」)
 信用はともかく信頼は出来ないけれど。
 少なくとも、現状断るという手はない。
 レーギャルンに根付く九本の鎖が鞘と剣にライヴスを伝え――ナイチンゲールが剣を引き抜く、と同時に解放の余波が衝撃波となって一直線に地を走った。狙いは守るべき誓いの範囲外の、先に黎夜のゴーストウィンドを喰らっていたヴァルキュリア。早期撃破を目指した攻撃は過たずに従魔を屠り、戦乙女は断末魔もなく大地へと落下する。黎夜もナイチンゲールの援護をと背後に魔法剣を生成、空中へと射ち飛ばして戦乙女の翼を穿つ。
「……よりによって此奴かよ……」
『奇遇だねぇ。ああ、本当に奇遇だ! 運命というものが存在するなら、こういう事を言うのかな?』
 絶句の後、うんざりと声を絞った始麻(aa0179)に対し、脳裏に響く贔屓(aa0179hero001)の声は喜色に満ち溢れていた。ただでさえ救助対象が居る中でパンドラとの共闘という選択……始麻が絶句という反応を示すのも無理はない。
(「俺はパンドラには興味がない。が、ただ、……ヤツがそうじゃないってのが……なァ……」)
 パンドラに関しては、奴の都合が偶然合致しただけだろうと考えられる。警戒は怠らないが、それはあくまで「敵であるはずの相手」に対する、ある意味真っ当な警戒で済む。
 だが、「ヤツ」、今自分の内部にいる英雄に関しては……正直眼の前のラグナロク勢よりも、自分の英雄の方が始麻にとっては最大の不安要素である。
 この手のヤツがロクな事を考えないのは俺が良く知ってる。
「……マジで大人しくしてろよ。マジで」
 心の底から釘を刺しつつ、始麻は守るべき誓いの範囲外にいる山兎へと駆け出した。ラグナロク勢の撃破は勿論の事、英雄に関する不安要素は取り除きたい。有り体に言えばパンドラと贔屓をあまり接触させたくない。
 トップギアにより強化した攻撃力と命中力で、ドラゴンスレイヤーを振り被り疾風怒濤を叩き込む。不浄の風に生命と防御を蝕まれていた山兎に、息もつかせぬ三連撃が正に怒涛と雪崩れ込み、首、胴、足から血を噴き上げて従魔がどたりと崩れて落ちる。
「エインヘリャァッ! ナゼ邪魔、じゃマ、ギャ、ぎゃあ、ギャあッ!」
 鷲女達が耳障りな声を上げ、四体同時に無茶苦茶に弾丸をバラ撒き始めた。援護と呼ぶにはあまりにもお粗末過ぎる攻撃は、リンカーのみならず山兎やヴァルキュリア自身にも被弾した。お返しにとバルタサールが一体の翼を狙い撃ち、千颯が仲間に声を張って傷の具合を確認する。
「大丈夫か!」
「うん……まだ、大丈夫……」
 黎夜に続けて八宏やナイチンゲールも小さく頷き、始麻はぶっきらぼうに片手を上げて軽傷である事を示した。息を吐いたのも束の間、今度は山兎が奇声を上げてナイチンゲールへ突撃を仕掛ける。千颯も強く地面を蹴り、敵が仲間に触れる前に陰陽玉で押し留める。
「結構きついけど踏ん張らねぇとな」
『多少のキズは男の勲章でござる』
「白虎ちゃん、それいつの時代の人間?」
「壊、壊シ、壊セッ!」
 千颯の方とは反対から、別の山兎がナイチンゲールに虫潰しを繰り出したが、こちらはパンドラが割って入って我が身を盾に受け止める。
 面に描かれた一つ目に、パキリと小さくヒビが走った。

●疾走
「音弥さん、協力お願いします」
(『スピード勝負だ、遅れるなよ』)
 ウォルナットの声を受け、音弥に協力を仰ぎながら、蘿蔔は白に染まった身体を巨人目掛けて躍らせた。まずはヘイムダルの腕を落とすべく魔弾を一つ叩き込み、合わせて樹が同じ従魔に視線と狙いとを定める。
「熱いの『いくヨー』
 人入り結晶を中心に炸裂するブルームフレア。見た目通り植物の要素を有してでもいるのだろうか、蔓に覆われた巨人は嫌がるように巨体を揺らす。
 と、灰と化した表面が、左手から剥がれて落ちた。樹木愚神は表皮もろとも火傷のダメージを落としたようだが……結果、結晶の保持が甘くなったようにも見える。
 樹は一瞬思案した。出せる火炎はあと一回。しかも巨人はもう一体いる。ここは温存して様子見をし、ここぞというタイミングで使った方がいいだろう。
 炎の代わりにトランプ兵を生成して巨人へ差し向け、同時に蘿蔔が樹上から再度魔銃の狙いを定めた。蔓の腕に穴を開けつつ接近する時機を見極め……そこに、もう一体の牽制をしていた音弥の声が飛んでくる。
「そっちに行くぞ、注意しろ!」
 見れば音弥のライフル弾を受けながら、愚鈍にも歩みを進めるもう一体の巨人の姿。振り抜かれた右腕の攻撃は直撃するには遠すぎたが、木がバキバキと割れて落ち、砂塵混じりの風圧が蘿蔔の身を強かに打つ。
「ちょっとあっちの人手が足りなさそうかな」
「こっちは大丈夫。あの二人の事をお願い」
 ナイチンゲールの言葉に頷き、千颯はジャングルランナーを装備し密林の中へと入っていった。八宏が狙撃銃で間近の山兎の脇腹を撃ち、黎夜が先程のヴァルキュリアの反対側の翼を裂く。左右の翼を切り裂かれ、堕ちてきたヴァルキュリアに、始麻のドラゴンスレイヤーが唸りを上げて襲い掛かった。重心を崩され転倒したその上から、下される重量剣が最期に従魔が見た光景だった。
「ギ、ぎギ、ギャアッ!」
 戦乙女は完全に人語を忘れ去ったらしい。銃に振り回されるように無差別に弾を乱れ撃ち、八宏に、始麻に、ナイチンゲールに、一撃二撃傷を負わせる。黎夜も銃弾を受けながら――木を遮蔽物として利用しつつ回避を試みているのだが、動きがデタラメな上に四方八方から飛んで来るので完全回避は難しい――ふと、敵の数が足りない事に気が付いた。完全に数を把握している訳ではないが、山兎の数が明らかに足りない気がする。
 瞬間、頭上から殺気を感じ、黎夜は横へと転がり退いた。枝葉に紛れていた山兎が蹴撃を繰り出して来た。奇襲は念頭に入れていたため、一体目は避けられたが、別の一体が転がった黎夜を踏み潰さんと落下する。
 が、黎夜の上に黒い影が立ち塞がり、頭上にかざした両の腕で従魔の攻撃を受け止める。盾となった愚神に、黎夜は口を開き掛けたが、言いかけた言葉は飲み込んで別の言葉をその背にぶつける。
「パンドラ……前に見た時は、だいぶガタガタだったけど、もういいの……? 心配じゃなくて、純粋な興味、だけど……」
「ええ、きっちり『直し』ましたから」
 振り返った愚神の面の斜め下が割れ、そこから笑みの形に歪んだ少年の口元が露わになった。黎夜は思わずわずかに目を見開いたが、愚神は気付いているのかいないのか、口元だけで笑み続ける。
 同刻、ナイチンゲールは山兎二体からの双攻撃を受けていた。ダメージはないが痛みはある。だが、彼女の狙いは自分を的とし、痛みをもたらす敵ではない。
 鞘に収めて封じた剣を、再度握ってライヴスを込める。標的は、人の名残りさえも失って彷徨い飛ぶヴァルキュリア。凶弾があの兄妹に届く前に撃破する。
 苛烈とも言える眼差しで戦乙女を視界に収め、ナイチンゲールは再び衝撃波を走らせた。ライヴスの余波が狙い通り直線上の従魔を呑み込み、バルタサールが残り三体の戦乙女の姿を捉える。全員姿が見えており、その視線は明後日の方向。ダメージも十分。
 トリオを放つタイミングとしては十二分。
 目にも留まらぬ高速連射で銃弾が三つ叩き出され、三発の弾丸はほぼ同時に、偽りの戦乙女三体の心臓を貫いた。これでヴァルキュリアは全撃破。密林の向こうに視線を送り、八宏と黎夜がそれぞれ仲間に言伝る。
「僕達は向こうに行きますので」
「こっちの方は……よろしく」
 そして地上と樹上から移動を開始しようとする二人に、山兎が寄声を上げて後方へと差し迫った。が、それをパンドラが防ぎ、口元だけで笑みを零す。
「ここは僕達に任せて、二人はお早く」
 まるで仲間のように振る舞う愚神に、二人は何も言わずにヘイムダルの方へと走った。邪魔をするパンドラにもう一体が蹴り掛かるが、これは始麻が……否、始麻から主導権をもぎ取った贔屓が大剣を盾と掲げて阻む。
(「てめェ……!」)
『遅いよ始まりの君。早くしないと彼との逢瀬が短くなるじゃないか』
 パンドラ……贔屓が「仮面の君」と呼ぶ愚神とは久々の邂逅だった。『それだけで僕は嬉しくてたまらない!』と、贔屓の機嫌は上々である。
 そしてその機嫌の良さは行動にも表れていた。こと戦闘に関しては、始麻に(無理矢理にでも)主導権を握らせる贔屓だが、パンドラに害が及ぶようなら話は別だ。
『困った時はお互い様。日本はいい言葉があるねぇ。……そうは思わないかい?』
 赤から緑に変じた瞳で贔屓がパンドラを見つめると、愚神の面がまた砕け、泥を煮詰めて腐らせたような黒い右目が露わになった。瞳は贔屓をじっと見つめ、にこりと笑みを形作る。
「ええ、素敵な言葉ですね」
「壊ス、壊すのガ、俺ノ……ッ!」
 二人の会話を阻むように……否、邪魔な二人を突破しようと山兎が地を蹴りかけるが、ナイチンゲールの衝撃波がその背を後ろから深く切り裂く。
 バルタサールもまた無表情に獣へと銃口を合わせた。放たれた淀みない一撃は、正確に山兎の頭蓋骨を粉砕し、破壊を謳い続けた口を永遠に沈黙させた。

●救出
「マーカー設置しました。いつでも行けます」
「じゃあ、もう一度『ブルームフレア!』
 蘿蔔の合図に樹とシルミルテが声を重ね、本日二度目の炎の大華を開かせた。焼けた端から巨人の表皮がボロボロと剥落し、蘿蔔がジャングルランナーで巨人の左手に肉薄する。
(『今だ』)
「行きます!」
 ウォルナットの声を受け、蘿蔔はラマカイダサーベルを紅く熱く閃かせ――愚神の手から結晶だけを正確に斬り離した。愚神の腕に着地してすぐそのまま身を翻し、結晶を確保しようと両の手を伸ばそうとするが、ヘイムダルが腕を震わせ蘿蔔の身を振り落とす。
「きゃあっ!」
 蘿蔔は地上へと落とされ、結晶は蘿蔔とは反対側に落下した。即座に体勢を立て直し、蘿蔔は結晶に駆けようとするが、それより早くヘイムダルの腕が結晶へと差し迫る――。
「させないんだぜ!」
 ガキィッ! と物質と物質とがぶつかり合う音が響き、千颯は飛盾で腕を止めつついつものように笑みを浮かべた。リフレックスの反射で敵にダメージを与えながら、千颯は状況を確認して音弥へと声を発する。
「音弥ちゃん、頼む!」
「ウ……ウゥ……ヴォオオォォッ!」
 結晶を落としたヘイムダルが、雄叫びを上げながら腕を高く振り上げた。樹が素早く地元民を巻き込まない方向へと位置を変え……仲間も出来るだけ巻き込まないと思われる方向へ位置を変え、それでも近くにいる仲間へと一応淡々と声をかける。
『ビリビリ! 「いくよ」
 瞬間、雷鳴と共にサンダーランスが密林をひた奔った。直線を貫く雷の槍は標的の巨人だけを焼き、全身から黒焦げた蔓をボロボロと落とさせる。
「オオ……ヴゥォオォォッ!」
 それでも仕留めるには至らず、巨人は腕を振り落としたが、その先にいたのは蘿蔔――ターゲットドロウを発動し、敵を撹乱した蘿蔔だった。ターゲットを自分に向けさせた上で、巨人の腕を寸でで回避。粉塵を全身で浴びつつも、千颯と音弥へ声を飛ばす。
「お願いします!」
「音弥ちゃん」
 護衛を続ける千颯から音弥が結晶体を受け取り、安全な場所に離脱しようと腕に抱えて走り出した。全くの偶然だが、ほぼ同時にナイチンゲールの守るべき誓いの効果が切れ、山兎が結晶へと標的を変えようとする。
 が、それを許す程、リンカー達は甘くはなかった。山兎が背中を向け結晶へと視線を合わせる、その直前にバルタサールの銃弾が従魔の赤い目を穿ち抜いた。崩れ落ちる獣ではなく、今自分の近くに並び立つ二体の獣へと、ナイチンゲールは狙いを定めレーヴァテインの柄を握る。纏う炎を感じながら、自分と墓場鳥との絆の力を集中させ……一息に、放たれた一閃は同時に二体の従魔を焼いた。焼かれながら肉を裂かれ、一体は声もなくそのまま地に倒れ伏したが、もう一体は持ち堪え結晶へ跳躍しようとする。
 贔屓の黒髪が金へと変わり、緑の瞳が赤へと染まる。主導権を握った始麻が、忌々しそうに舌を打つ。
「今度こそマジで大人しくしてろ」
 贔屓が笑んだ気配がし、始麻は眉間に皺を寄せたが、脳に声を響かせられるよりマシだと思う事にした。戦闘が終わったらさっさと共鳴を解いてしまおう。
 その前に雑魚処理を。始麻は強く地面を蹴り、ドラゴンスレイヤーを振り被りながらライヴスを集中させた。大振りで力任せな、その上俊敏さをも兼ね備えた、恐るべき連撃が山兎へと叩き込まれる。
 全身を斬り刻まれて獣は大地に転げ落ち、始麻は苛立ちを滲ませたまま剣についた血糊を払う。
 残すはヘイムダル二体の撃破と、いまだ囚われている少年の救出だ。

●収束
 八宏は足を前後に捌き、巨人の頭部目掛けて狙撃銃を撃ち放った。ヘイムダルの注意が着弾方向に逸れた所で、結晶に当たらぬよう注意しつつ黎夜がブルームフレアを解き放つ。
「ヴ……ゥウウ、オォォオッ!」
 炎を払う巨人から剥落する表皮を確認し、樹がトランプ兵を巨人の腕に飛び掛からせた。合わせて八宏がデスマークを同じ腕へと付着させる。
 蘿蔔はちらりと音弥を見る。先に救出した結晶……妹の方は音弥に任せて大丈夫そうだ。他の敵は全滅したようだし、追っ手については警戒しなくていいだろう。
 今優先すべきはもう一人、少年の救出の方。もう大分時間が経っている。少年……兄の方が衰弱死してしまう前に、急いで助け出さなければ。
 トランプ兵が消える前に、蘿蔔がジャングルランナーで巨人の左腕へと奔る。そして移動の勢いを殺す事なく、そのままラマカイダサーベルの高熱の刃を突き入れた。同じくジャングルランナーで腕に飛び移った千颯が、フットガードを展開して自身と蘿蔔の足に纏わす。
「これでちょっとは踏ん張れる……うおっ!」
 と、重みを察知して、ヘイムダルが身体を揺らした。千颯はしがみついて踏ん張り、蘿蔔もフットガードの恩恵とサーベルを頼りになんとか堪える。
「ヴォゥ……ヴォォオォッ!」
 落としきれないと判断したのか、ヘイムダルは右腕を左腕へと繰り出したが、これは千颯が飛盾を舞わせ、ガードと同時にリフレックスでダメージを反射させる。
「俺ちゃんを落とすのはそんなに簡単じゃないんだぜ!」
 黎夜は結晶の奪還を仲間達へと任せ、結晶を奪われたヘイムダルの方へと向かった。ここに到着するまでの間、密かに様子を見ていたが、結晶を奪われたヘイムダルの凶暴性が増している気がする。足が遅いため距離はまだあるのだが、近くの木を薙ぎ倒しながら少しずつ迫ってくる……。
「邪魔は……させない」
 周囲の木々に移りながら攻撃を仕掛ける事にした。ヘイムダルに飛び乗って妨害する手もあるが、攻撃を連続で行っている様子がある。それはジャングルランナーの再使用可能時間よりさらに短い間隔だった。
 故に、距離を取ってのヒット&アウェイに徹する。
 木陰へと身を潜めながら魔法剣を撃ち飛ばす。ヘイムダルが気付き腕を振るうが、遠方から攻撃する黎夜へは届かない。
 バルタサールは駆けていくナイチンゲールと始麻、パンドラを見送りながら、……あくまでパンドラから視線を外さぬまま銃口だけを巨人に向けた。パンドラの監視は続いている。随分リンカー達を庇ってはいるようだが、味方が目的を問う前に逃走したり、奪取等の不測の事態が起こる可能性は十分あり得る。
 故に、露骨になりすぎないよう、しかし決して気は緩めず、パンドラより後に行動し、何かあればすぐに対応出来るように。
『とは言え、臨機応変に、だね』
 紫苑に言われるまでもなく。バルタサールは結晶を保持するヘイムダルへと照準を合わせた。幸いと言うべきか、不幸中の幸いと言うべきか、敵が暴れ回って樹々を薙ぎ倒してくれたおかげで。
 直線上の的がよく見える。
 銃弾が飛来してヘイムダルを打ったと同時に、八宏もまたハウンドドッグで巨人の手を狙い撃った。先程付与したデスマークがダメージを上昇させ、愚神の蔓に覆われた手に千切れたような傷が入る。
『モうイッチョ! 「あとはよろしく」
 シルミルテと樹がトランプ兵で傷口をさらに大きく開かせ、――バリィッ! という音と共に巨人の手が半壊した。零れ落ちた結晶を、今度こそ蘿蔔が飛びついて確保する。すぐさまヘイムダルが無事な右腕を蘿蔔と結晶へと伸ばすが、飛び降りた千颯が陰陽玉で押し留める。
「よし! 蘿蔔ちゃん走って!」
「ヴォォオォッ!」
 千颯が留めているのとは別の、先に結晶を失くした巨人が蘿蔔に迫ろうと動き出したが、その足にナイチンゲールの衝撃波が襲い掛かった。黎夜もジャングルライナーで木から木へと移りながら、魔法剣を生成してはヘイムダルに放ち続ける。始麻が肉薄と同時に見極めの眼で注視しつつ、的確なタイミングでドラゴンスレイヤーを振り上げる。
 ヘイムダルは巨大で、異常にタフネスな敵ではあるが、それだけの敵であるとも言えた。少年少女は救出出来た。
 後はただひたすら打ち壊すのみ。
「最後のサンダーランス『行きマス!』
 樹とシルミルテの警告の後、雷の槍が直線を走りヘイムダル二体を同時に穿つ。焼け焦げた表面が剥がれ落ちた、所に間髪入れずに黎夜が告げる。
「うちも……もう一度、ブルームフレア」
 火炎が炸裂したと同時に、真新しい色をした蔓があっという間に黒へと変わり、ヘイムダルは身を震わせて炎と表皮を振り落とした。接近するナイチンゲールと始麻の姿に、巨人はそれぞれ薙ぎ払おうと拳を向けたが、左を千颯が、右を駆け付けたパンドラが我が身を盾に食い止める。
 八宏のハウンドドッグが、バルタサールのドラグノフ・アゾフが、全く同時に左右の巨人の額をそれぞれ撃ち抜いた。距離を詰めた始麻のドラゴンスレイヤーが、ナイチンゲールのレーヴァテインが、別種の光を放ちながら下から上へと突き上げられる。
 ヘイムダルの身体に垂直に線が走り、次の瞬間、朽ち木が崩れていくように完全に崩壊した。樹は一息つく……間もなく、こっそり背を向けようとするパンドラにベジミトミンを投げ付ける。
『手伝っタ代価分「こっちの質問に答えて」
 ベジミトミンを拾ったパンドラが、一つだけ見える黒い目を困惑したように歪ませた。その口が何かを言う前に、今度は面に向けてベジミトミンを投擲する。
『ソレあゲルかラ待つノ!!!』
「もう……乱暴ですよお嬢さん」
 面に貼り付いた携帯食を愚神が剥がした、と同時に、パンドラの面がかたりと落ちた。現れたのはとても普通の……優しそうにさえ見える少年の顔だった。パンドラは「あ、面が」とこめかみの辺りを掻いた後、まあいいかと肩をすくめて樹ににこりと笑みを向ける。
「分かりました。お答えします。それで、どんな質問ですか?」

●応答
 少年少女は少し弱ってはいたが無事だった。ナイチンゲールは(「たぶんないけど」)と思いつつ、二人の存在自体罠の可能性も想定していたのだが、罠ではなかった。他に問題も見当たらず、結晶を破壊の上完全に救出出来たので、一応念のため回復スキルをかけた上で、もしものためにスキルを残しつつ護衛する事にした。
 パンドラは切り株に腰掛け、妙ににこにこにこにこしていた。近くでは八宏が、パンドラが少年少女、エージェントに攻撃する可能性は捨て切らず、有事の際はノーブルレイで拘束しようと立っているし、バルタサールも気取られないよう、しかし何かあればスキルを使うつもりでいる。
 仮面が外れ表情が見えるようになっても、その真意は読めそうにもない。
「ひとまず前提として『愚神商人ノ事は知ってル?』
 最初の質問は樹とシルミルテからだった。パンドラは「一応」と答え、二人はそのまま言葉を続ける。
「私達の片目と永平と花陣の状態」
『アナタ達が細工シタの、仕組みノ種別は同じデ合ってル?』
「? どういう事ですか?」
『今マデイッパイ怪我しタシ「他の人の重体も見てきたけれど」
『“英雄”ノ怪我っテミンナ治ってルヨね』
「けど、シルミルテも花陣も回復しない」
『だかラ、種別は同じデ合ってル?』
 その問いに、パンドラは「分からないです」と首を振った。シルミルテは小首を傾げ、さらに踏み込んだ質問をする。
『……ソれっテ、永平チャンにあげタヤツが貰イモノだカラ?』
「……実は、そうなんです。あれは貰い物でして……愚神商人さんの事も、一応知っている程度で、そこまで詳しい事は……役に立てなくて申し訳ないどす」
 パンドラはそう零したが、その表情は何とも言い難いものだった。嘘をついていると言うより、それ以前の問題で、例えるなら人体に何かが入り込んで、皮膚や筋肉をそれっぽく動かしているとでも言うような……。
『次、僕もいいかな』
 贔屓がそう尋ねてきたので樹は場を贔屓に譲った。とりあえず聞きたい事は聞いたので、パンドラの観察に集中する事にする。
『君の大事なモノ。それはとても興味がある。愚神である君が一体何を大切とし、何を求め共闘を持ちかけたのか。
 あぁ、勿論答えてくれなくても構わないけれど……君の大事なもの。命を懸ける程大事だったんだろう? ――それは、今この状況よりも、世界を面白くしてくれるのかな?』
 一瞬走った不穏な空気にリンカー達が反応し掛けたが、それより早く贔屓が自分の……正確には、今自分が使っている始麻の首へと刀を当てた。始麻は共鳴を解きたがっていたのだが、始麻をダシにするために贔屓がそれを許さなかった。
『今話してる最中なんだ。……無粋な真似はよしてくれないかな』
(「てっめェ……!!」)
「そうですね。面白いかどうかは分かりませんけど、そこまで情熱的に聞かれたら、答えない訳にもいきませんね」
 そう言ってパンドラは学生服をまくり上げた。一見すると高校生の少年の身体の、右脇腹の辺りに、無理矢理縫い合わせたような生々しい傷痕がある。
「あばら骨とその周りの肉を、ちょっと、持ってかれてしまいまして」
『それが、君の大事なモノかい?』
「それは、身体の一部ですので。あんまり面白くなければ申し訳ないんですけど」
 パンドラは困ったように笑み、贔屓は共鳴を解いてやった。始麻が首を擦りつつ、早急に英雄との距離を取る。
「そもそもどうして盗まれたりしたの?」
 次はナイチンゲールだった。もしパンドラが立ち去ろうとするなら剣で阻むつもりだったが、愚神は完全に気を抜いて切り株の上に座っている。演技かもしれないけれど、それでも話す意思ありと判断し、詳しい経緯を尋ねてみる。
「向こうにもトールみたいな戦上手がいるしあり得ないとは言わないけど……どこか作為じみてる気がして」
 樹の片目をちらりと見、それから愚神に視線を戻した。パンドラの戦いぶりについては、カバーに終始していたのであまり参考にならなかったが、作為ありなら組織の内部事情か愚神商人の手引か……両方か。
「あなたはどう見てる?」
「……すいませんけど、僕にはよく分からないです。僕は愚神ではありますが、知らない事も多いし……所詮僕達愚神は、いいように使い捨てられるだけの駒でしかないかもしれない。今回の事にしたって、……」
 パンドラはそう言って、しばしの間沈黙した。やはりその表情は何とも言い難いものだったが、悲し気と言えばそうも見える。愚神故に表情に違和が生じているだけなのか。それとも。
『本拠地に行ってきたの?』
 沈黙を破ったのは紫苑だった。味方の話を優先するつもりだったが、質問は終わったと判断した。特に正義に燃えるタイプでもないので、相手の返答がどんなものであろうと、怒るつもりは一切なく、単に目的が何なのか興味がある、そんな意図で言葉を続ける。
『結晶の中の子達、さっき囚われたばかりって感じなのかな、きみも関係してたりして?』
「僕が行ってきたのは『研究所』です」
 それは、この場にいる誰もが予想してなかった言葉だった。本拠地ではなく研究所?
「結晶の中の子達については僕もちょっと分からないです。そうですね……誰か地図持ってます?」
 パンドラからの問い掛けに、黎夜がオートマッピングシートを差し出した。元々の調査のために使っていたものであり、ラグナロク本拠地の調査の手がかりになると仮定して、パンドラや敵がどの方向から来たか参考にするために広げていた。おおよその位置を推測出来ればと思っていたが、パンドラは「ここです」と具体的な場所を指し示した。
「協力ありがとうございます。私からも一つ……良いですか?」
 蘿蔔からの申し出に、愚神は笑顔で「どうぞ」と答えた。警戒は解かないものの、協力への感謝は伝えた上で、蘿蔔もまた疑問を愚神へぶつける。
「捕らわれている方がいる以上私達は引きません。あなたにはそれを囮に逃げるという選択肢もあったと思うのですが」
 気まぐれなのか、他の目的があるのか。
 本拠地、ではなく研究所から逃げてきたという話だが、そうだと想定するには敵も少ない気もする……上手く隠れた可能性もあるし、研究所であれば本拠地よりも敵が少なかった可能性もあるが。
「囮に逃げるなんて、でも、それって酷いやり方ですよね? それにあの時は、エージェントはん達と一緒に戦った方がええなあと思ったんですが……それじゃあ、理由になりませんか?」
 首を傾げながら愚神は蘿蔔を見つめたが、その泥を煮詰めて腐らせたような瞳から、真偽の程は読み取れなかった。パンドラはにこりと笑い、リンカー達に視線を振り撒く。
「えっと、他に聞きたい事は?」
「俺ちゃんは特にないな。他のみんなも終わったようだし」
 今まで沈黙を貫いてきた千颯がようやく口を開いた。言葉通り、パンドラに関しては現在特に言う事は無い。
 が、永平の事を、件を、忘れている訳ではない。
「んーじゃあこれは貸1な! ちゃんと今度返して貰うんだぜ」
「え? 僕、あんまりお役に立ちませんでした?」
「そりゃあ助けてもらったけど、助けるにしてもパンドラちゃんが連れてきたんだろ? じゃあやっぱ貸しだな」
「厳しいどす」
「永平ちゃんの呪いを解くチャンスをくれってのは、今回の件の貸しに対しては対等な報酬じゃない?」
 千颯の言葉に、パンドラは顎に指を当てた。そしてぽつりと声を落とす。
「そうですね。僕も、身の振り方を考えたい所ですし」
 それから改めて、満面とも言える笑みをリンカー達へと浮かべて見せた。やはり違和のある表情だが、愚神に気にした風はない。
「それでは、そろそろお暇します。皆さんもどうぞお気を付けて!」
「じゃあ……今度『会った時コソ遊ボウね』
「“また”ね」
 樹とシルミルテ、そしてナイチンゲールの言葉を受け、パンドラはその場を去っていった。
 樹はその背を見送りながら、パンドラの発言について考える。「アレ」の事は嫌いは嫌いだ。自分から名乗るつもりはないし、今度会った時は言葉通りに「遊ぶ」つもりだ。
 ただ。
『パンドラちゃんハ騙っテハいなイかラネ! 名前ヲ騙るナラ女ノ子ノ格好すルデしょ? ……ケド、ラグナロクはダメだヨ。ワタシ達ノ「森」ガ最も忌むノは名前ノ騙りだかラ』
 もしラグナロクとの違いを問われたら、シルミルテと共にそう言うだろう。少なくとも今はラグナロクの事だ。名を騙り、「森」を蝕もうとする彼らとの決着を。
 腰のベルトにつけたハンディカメラをそっと撫でる。今回は“遺品”と思しき品はなかったが、コピーデータはいつものようにH.O.P.E.に提出するつもりだ。
「皆、一度戻れとの連絡だ。どうやら進展があったらしい」
「そうだね、二人の事もあるし、一度支部に戻ろうか。二人の事後のケアや集落までの護衛、一時保護とか頼んでいいかな?」
「もちろん」
 ナイチンゲールが音弥に頼み、音弥が処置の要請と共に帰還の旨を支部へと伝えた。森は妙に静かだった。嵐の前の静けさ、という言葉を浮かべつつ、リンカー達は一時仲間達の元へと戻っていった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 二律背反の龍
    始麻aa0179
    人間|24才|男性|攻撃
  • 二律背反の龍
    贔屓aa0179hero001
    英雄|28才|男性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • エージェント
    ウォルナットaa0405hero002
    英雄|15才|?|シャド
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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