本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】奇妙な会談

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/05 13:22

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掲示板

オープニング

●マーシナリー
「お前か。我々の所領を荒らしている無所属のリンカーというのは!」
 迷彩服の上から真紅の外套を纏った一人の男に対峙し、白装束の男女三人はめいめいの武器を向けた。フランベルジュを肩に担ぐと、男――ダスティンはニヤリと笑う。
「まあな。勘弁してくれや。リンカーになっちまったからって、契約切られて仕事がねえんだ。黙って飯なりなんなり置いてってくれりゃ悪いようにはしねえよ」
「ふざけるな。自分の立場が分かっているのか!」
 先頭に立つ男が目を剥いて吼える。南アメリカ随一の勢力を誇るラグナロクの所属員達が、揃って一人のリンカーに弄ばれているとあっては話にならない。ダスティンはへらへら嗤うと、三人に向かって手招きする。
「何だよ。達者なのは口だけか?」
「くっ……」
 槍を構えた男がダスティンに突っ込もうとする。刹那、視界の奥で何かが閃き、男は手で顔を庇う。
「だっせえなぁ! ただの豆鉄砲だぜ、それ!」
 ダスティンは一気に間合いを縮めると、男に向かって渾身のコンビネーションを見舞う。身を庇う暇もなく全身をズタズタに切り裂かれた男は、声もなくその場に崩れ落ちる。
「はい、一人。どうする? まだやるか?」
 フランベルジュが燃え上がり、刃についた血を焦がしていく。ダスティンは目を爛々と輝かせ、剣を霞に構えて女を見据える。
「くそっ! 私達を舐めるな、野良犬が!」
 大剣を頭上で振り回すと、女は刃を脇に構えてダスティンへと間合いを詰めていく。
「俺が野良犬か。なら、お前達は只の飼い犬だなぁ!」
 ダスティンが叫んだ瞬間、地面からピアノ線が持ち上がり、駆ける女の脚を捉えて転ばせた。体勢を整える間もなく、ダスティンの繰り出した刃が女の眼を抉る。絹を裂く悲鳴が一帯に響き、彼女は叫びながら地面を転げ回った。その隙にトールは刃を振り上げ、もう一方の眼も潰す。
「キャンキャン泣くなよ。眼ぐらい機械に替えりゃいいだろ。……なぁ? そう思うだろ」
 あっという間に仲間が無残な姿を晒し、残された青年は縮み上がった。銃を構えるが、震えに震えて狙いが定まらない。ダスティンは剣を真っ直ぐに構えると、一気に間合いを詰めた。
「うわああああっ!」
 青年はめくらめっぽう引き金を引く。乱れ飛ぶ銃弾をライヴス纏わせた剣で弾き落とし、ダスティンは袈裟懸けに青年を切りつけた。波打つ刃は青年の肩をずたずたに引き裂く。青年は天を仰ぎ、喉を絞って悲鳴を上げた。ダスティンは青年の喉を捉えて宙に突き上げると、にやにや嗤ってその顔を覗き込む。
「せーぎのみかたさまよぉ、所詮はそんなもんか。てめーらの意志ってのは、全身ぶっさかれて、目ん玉繰り抜かれて、挙句肩をちょっとやられたくらいで萎えるもんか? つまんねー奴らだな、マジで!」
「やめて……どうか、どうかお願いします」
「……だせえなあ。マジだせえ」
 ダスティンは喉を絞め、青年を一気に落とした。共鳴が解け、英雄もまたその場に崩れ落ちる。剣を高く掲げると、その刃に炎のライヴスを纏わせる。
「とっととくたばれ」
 刃は英雄の心臓を貫き、消滅させた。
 時同じくして茂みが鳴り、奥から四人の迷彩を着た男女が現れる。帽子を目深に被った背高な女、筋骨逞しい双子の男、狙撃銃を持て余した、女とも見間違いそうなほど華奢な少年。ダスティンは英雄を失い意識も失くした男の鞄を探ると、中から缶詰めを取り出す。
「よくやったなお前ら。今日はまともな飯が食えるぜ」
「……先に隊長が食べてくださいよ。最近何も食べていないのでは?」
 双子の片方がダスティンに尋ねる。ダスティンは肩を竦めると、共鳴を解いた。隣には深紅のローブを纏った赤髪の女が立つ。
「いいんだよ。俺は能力者だぜ。一週間くらい泥水啜れりゃ生きてける。なあ、ファーラ」
『私はそろそろ栄養を取る事を勧めたいが……君がそう言うのではな』
「ですが……」


「能力者が非能力者を養うとはね。奇妙なものを見たよ」


 六人がそんなやり取りを繰り広げていると、どこからともなく少年の声が響いた。ダスティンとファーラは素早く共鳴すると、剣を構える。しかし声の主は姿を現さないまま、ダスティンに尋ねた。
「僕は君の強さを気に入ったよ。……どうだい。君は傭兵なんだろう? 僕に雇われてみる気はないかい?」
「何だと?」
 ダスティンは油断なく中段に構えたまま、声のする方を睨む。やがて彼は口端を歪め、低く笑う。
「雇うってんなら雇われてやろうさ。……けど俺は高えぞ? 何てったって四人のコブ付きなんだからな」

●その背に負うは

「ちょっと止まれや!」

 調査のためにジャングルをひた走る君達の頭上から突如声が響く。上空で何かが閃いたかと思うと、太い枝が次々にエージェント達の目の前に降ってきた。いくら怪我をしないとはいえ、押し潰されてはたまらない。慌てて足を止め、君達は現れた一人の男に目を向ける。
「よう……こないだは世話になったな」
 トールだ。トールが現れたからには、またろくでもない事があるに違いない。君達は目配せし、以心伝心で隊を二つに分けた。片方は素早くその場から散り、もう片方はそのままこの場に踏み止まる。トールはそんな君達を見渡し、いつものようにすかした笑みを浮かべる。
「そう険しい顔すんなや。別に今日は悪巧みも、なーんもねえ。ただお前らが近くに来てるって話だから、ちょっとそのツラ拝みに来てやっただけのことだ。まあやろうってんなら俺はやぶさかじゃないけどな、もちろん」
 いくらチンピラのように振舞おうと、トールが食わせ者である事実は既にH.O.P.E.内に知れ渡っている。君達は一層警戒心を強めてトールを睨んでいた。一方のトールは口を尖らす。
「だから、そんな顔すんなよ。俺はちょっと話がしたくなっただけだ。お前等の事をもう少し知りたくなった」
 トールは積み上げた丸太の上に腰掛けると、懐から煙草を取り出し一服を始めてしまう。

「なあ。お前らにはお前らの守ってるもんが見えてるか」

 突然トールが始めた哲学問答に、君達は顔を見合わせる。

「守るってのは要するに、背にするって事だ。背にしたもんはどうしたって見る事は出来ねえ。だから正義の味方ってのはやらかしやがる」

「……なあ。どうしてかわかるかよ。お前等には」

解説

メイン トールと戦うなり話するなりして時間稼ぎする
サブ トールさえも気付いていない本心を言い当てる

BOSS
ケントゥリオ級愚神トール
 野蛮を絵に描いたような性格ながら、一筋縄ではいかない賢将の一面も覗かせる男。薔薇園の会談から幾度となくエージェントと激突した結果、何やら思うところが出来た様子。
●ステータス
 特設ページを参照の事
●スキル
 トールハンマー
  近接物理、範囲1。[防御した相手の生命力を10減少させる]
 ライトニング
  遠隔物理、射程30、範囲1。
  [回避された場合、敵の回避を半分にしてもう一度判定を行わせる。この効果で与える最大ダメージは5]
 メギンギョルズ
  [イニシアティブなどの能力を向上させる]
  (愚神としての真の姿を現す)
●武器
 フランベルク(PL情報)
  トールがリンカーだった頃に使用していた長剣。RGWとしての改造が施されている。

FIELD
・森の中の少々開けた地点。広さは10×10sqほど。
・異常現象まみれのアマゾン熱帯雨林の中では珍しく平穏な環境の地点。

TIPS(PL情報)
・ダスティン=トールであるが、それをPC情報とするには工夫が必要。簡単には喋らない。
・トールに質問した際にどんな返答が帰ってくるかについては、ウォルター・ドルイットが質問板である程度予想してくれる。
・今回トールは単騎で来ている。ある程度ダメージが蓄積したら愚神化して撤退する。
・トールはバルドルの主義主張は心底くだらないと考えている。
 →だがバルドルの事はそれなりに尊重している。

リプレイ

●トールの問い
 トールから問いを投げかけられたエージェント達は、ちらと顔を見合わせた。無月(aa1531)は構えていた雷切の切っ先を僅かに下ろし、トールの様子を窺う。彼は相変わらず不遜な笑みを浮かべていたが、武器に手を伸ばすような仕草は見せなかった。
「(予想外……ではあるが、悪くは無いな)」
 戦わずに済むのならそれに越した事は無い。無月は雷切を鞘へ納め、構えも解いた。ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)もトールへと語りかける。
『いいとも。語り合う事が相互理解の第一歩だからね。僕達も本音で語らせてもらうよ』
「んな大層な事をするつもりはねえよ」
 トールは一頻り首を振ったり手をひらひらさせた後、エージェントに向かって身を乗り出す。
「で、どうなんだお前らは」
「(はてさて。どうしましょう)」
 シェオル・アディシェス(aa4057)は口を噤んだまま思案する。聞きたいことは泡沫のように浮かび、捉えられぬまま消えていく。そもそも己が何かを守ってきたという自覚もない。常々他者と向かい合い、手を差し伸べて来ただけだ。
『(一先ず見守っていれば良い。若者達が為すように為すだろう)』
 ゲヘナ(aa4057hero001)は言う。そしてその言葉通り、二組のエージェントが既に動いていた。
『(こいつには、俺と似た匂いを感じる。俺を奴と会わせてくれ、お嬢)』
「(わかった、の)」
 泉 杏樹(aa0045)は共鳴を解き、榊 守(aa0045hero001)が姿を現した。二人は若干背を向け合うようにして立ち、共にトールを見上げる。
「皆の癒しになる。杏樹の、誓いです。皆は、今目の前にいる人、です。杏樹の、全てを賭けて、護るの。杏樹の背を、信頼した仲間が護ってくれるから、杏樹は、前を向いて、全力で護るです」
「背を守ってくれる仲間か。その仲間はお前の誓いで浅くねえ怪我をしたと思うが、それについてはどう思うわけだ?」
 アークトゥルス(aa4682hero001)は剣を地面に突き立てる。柄頭に両手を乗せ、警戒は解かぬまま努めて冷静に応える。
『戦場での怪我など、皆承知の上だろう。……戦う術を持たぬ者を守る時には尚更だ。故に一人である事は須らく不足だ。だから俺達は共に戦い、守り、窮地において救い合う。背を託し合うんだ』
「……支部が手薄になっても、ワイルドブラッドを、護り抜いた事、後悔してません」
 杏樹もアークの言葉に深々と頷く。既に戦いの気配はない。君島 耿太郎(aa4682)はアークにこっそりと尋ねた。
「(……乗るんすね。話し合いに)」
『(俺はトールを率いる者として評価する。だが、同時に決して相容れない一線も感じた。それを確認するためにも、騎士の誇りに賭けてこの問いには応えねばならん)』
 杏樹とアークの答えを聞いたトールは、いかにも気怠そうに手をひらひらさせる。
「ま、いかにも教科書通りというか……優等生な答えだな。お前等はどうなんだよ」
 眼を向けられたハーメル(aa0958)は、さっと仮面を取って人当たりの良い顔を露わにした。
「うーん……一人で全部背負い込んじゃったから、かな」
 ハーメルは思い悩んだような表情を浮かべ、答える。争いごとは好まないが、誰かの助けになりたい。臆病者でも、誰かを守りたい。彼の生き様から来る答えだ。
「自分の力だけじゃ大した事は出来ないし、全てを把握するのも難しいからね。だから他の人にも頼るし、場合によっては守ってる相手にも助けてもらうかもしれない……これだと守るって言うより、助け合う……って事になるのかな」
『(……)』
 ハーメルが答える間にも、墓守(aa0958hero001)は深紅に光る右目で油断なくトールの様子を窺っていた。自ら切り落とした大樹の太い幹にどっかりと腰掛け、飽きるほど見た不遜な笑みでこちらを見ている。日暮仙寿(aa4519)はその隣で共鳴を解くと、不知火あけび(aa4519hero001)と共に立つ。
「俺は日暮仙寿」
『私は、不知火あけび』
 名乗った仙寿はそのまま、自分の経緯を簡単に話した。刺客である事、それでありながら、正義の味方になりたい事を。
「……“誰かを救う刃であれ”。俺達の目指すものだ。守りたいものを守るのが俺達の正義」
『私達が守る誰かは、特別ではない誰かで、救うべき人、救いたい人』
「救う、守るにも色々ある。バルドルみたいな馬鹿な考えの奴もいる。……やらかした正義の味方ってのは、要するにアイツみたいな奴の事だろ」
 仙寿はトールの表情をつぶさに窺いながら言う。自らの言葉が、彼にとって如何な重みを持ったのか、彼なりに確かめながら話を切り出す。トールはただ口端に笑みを浮かべていたが。
『……確かに、私達も守る事に気を取られて、大義や大局を見失う事もある。でも、何より大事なその人達を、私達は見失わない』
 GーYA(aa2289)は大剣を背負い直し、トールをその茶色の瞳に映す。その所業を聞けば、今すぐ叩き切ってもいい敵だ。しかし、フレイヤに投げかけられた言葉が胸に残っていたのである。
「俺は……特別に他人を守らなきゃとは思ってないかな。守らなきゃいけないのは自分自身と、英雄との約束。『この世界』で楽しく生きるために必要な最低条件だからね」
 本当に守りたいのは英雄の絆、英雄の心。自分を生かした英雄への想いをジーヤは伏せた。トールは煙を吐き出し、そんなジーヤを揶揄う。
「おいおい。俺にはわかるぜ。お前の想いはそんなもんじゃねえだろ?」
 ジーヤはむっと口を閉ざす。代わりにまほらま(aa2289hero001)がその口を借りた。
『私からも答えるとするなら……守る側が力を誇示すればするほど心は離れていくものよ。力を求めるあまり、守られるものの気持ちが分からなくなってしまうの』
 一言一言、噛んで含めるようにまほらまはトールに語る。
『君が言いたいのは、そういう事ではなくて?』
 そして、君がそうなのだ。まほらまの言外の意味に気付いたのか、気付かないのか、トールは腕組みしたまま、笑みも崩さない。しかし、彼は何も応えずに志賀谷 京子(aa0150)に向き直る。
「お前は?」
「ここはわたしたちに興味を持ってくれて、ありがとうってところかな」
『気まぐれな男ですね。貴方は』
 肩を竦めつつもフランクに応じる京子と、不機嫌さを隠そうともしないアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)。何を言われてもトールは動じる気配は見せない。京子は愛想よく笑い返した。
「あなたのいう正義の味方って概念に意味を見出せないから、何かを守るものがやらかすって主張だと解釈するけど、いい?」
「好きにしな。大意は変わらねえよ」
 トールは京子に好奇心に満ちた眼差しを向ける。京子は頷くと、すらすらと語り始めた。
「何を守ってるのか見えてるのかという話なら、自らが守るものに対する変節とかには気づきにくいかもしれないね。盲目的であった方が楽だろうし」
 京子はただただトールの眼をじっと見る。“お前の事だ”と言わんばかりに。
「ゆっくりした変化なら、ずっと変わっていないと感じるもの。ましてそれが自分に近いものならね。気付いた時にはもう遅い。引き返せなくなってるんだ。だからやらかすってわけ」
「……知ったような事言いやがるじゃねえか」
 あくまで傲岸な態度を崩さず、神が人を見下ろすようにトールは応える。無月は堅い意志の透ける眼で彼を見据えた。
「そもそも、私達は己を正義の味方と思った事は無い。なぜなら、正義とは各々の信念から成るものであり、各々異なるものだからだ。私達には私達の、君には君の正義がある。それはいい。問題は、ヴィランなども、時にその正義とやらで動いている事だ。そして、私は罪なき人々を苦しめるそれを正義と認められない。故に、私達は正義に味方する事は出来ない」
『だから、ボク達は“愛する”のさ。正義は人によって違っても、他者を慈しむ“愛”の気持ちは普遍だからね。たとえ、それが敵であってもその気持は変わらないんだ』
 ジェネッサが力を込めて言い放つ。彼女達を戦いへと突き動かす信念だ。
「確かに背にしたものは見られない。だが、感じることは出来る。守るべき人達の想いを、苦しみを。守るべき人達の想いを背に負う限り、私は何度でも立ち上がれる。最後まで戦える。苦しみを感じるから私達は愛を、慈しむ心を持ち続けられるのだ」
 純真な二人の想いを聞き終えたトールは、新たな煙草を取り出し火を点ける。相変わらず
「そういう割り切った態度は嫌いじゃないぜ。……ま、言葉遊びで正義と愛を言い換えてるだけじゃねえかとも思うがな」
『(よく言うものだ。汝が一番言を弄しているというのにな)』
 ゲヘナはシェオルの背後でひっそりと呟く。
『(人間とは惰性を抱えるものだ。守られれば守られる事を善しとしてしまう。権利、社会、法……仮に何か一つでも己を覆う守りを失ったならば、人は非難せずにはいられないだろう)』
「(……それは恐らく、彼の問う“守る者”にも通ずること)」
 シェオルは若い仲間達の様子を見守り続ける。彼女なりに、彼の問いを、彼自身を見極めようとしていた。
「さて。雑談しに来たんなら、こっちの疑問にも応えてよ」
 京子は手を伸ばし、トールの鼻先へ指を向ける。煙を吐きながら、彼は尋ねる。
「いいぜ。何が聞きたいってんだ?」

●H.O.P.E.の問い
「聞きたいのは、あなたと、その仲間の話。あなたも元はリンカーなんでしょ。あなたの部下たちはその頃からの付き合いってわけ?」
「まあな。昔々からだ。リンカーじゃねえ頃からの付き合いだよ」
 京子が問うと、トールは何かを疑う様子も無く答える。仙寿はすかさず言葉を重ねた。
「あれは戦いを知ってる奴の眼だった。……軍隊にでもいたのか?」
「何だ? 俺のプライベートにそんな興味があるか?」
『俺も嘗ての世界で軍人だった。仲間の匂いはわかる』
 はぐらかそうとしたトールを守は逃がさない。トールは眉を顰めると、面倒そうに応えた。
「軍人って程固くはねえ。傭兵だ。霊石利権絡みの内紛なんて、このご時世ありふれたもんだしな」
「その戦いの中でバルドルに出会った。ってとこかな」
 ハーメルが尋ねると、トールは気だるげに首肯した。守は顎に手を当て、そんな彼を見る。
『バルドルに協力したのは、金の為か? 誰かの為か?』
「決まってんだろ。飯の為だ。バルドルには養ってもらってる恩がある。その恩に報いるために働くのは傭兵の務めだろうよ」
 足を組んで頬杖をつき、トールは下らなそうに答える。その退屈そうな横顔を見つめ、無月は半ば説き伏せるように訴えた。
「それを抜きにしても、君は仲間であるバルドル君の事を守りたいのだろう。君にも、他者を愛し慈しむ心があるんだ。喩え愚神になっても、それが消えていない事の証明だ」
「んだよ。俺がそんなに見えるか。まあ、自分の在り方にうじうじ悩むような奴ならとっとと見切りをつけてるとこだがな」
 トールを肯定しようとする無月を、彼は心底面倒と言いたげな顔で眺める。一歩退いてやり取りを見つめていたハーメルは、声に不思議そうな色を滲ませて尋ねる。
「あの時も、今も、腐すような褒めるような感じで構えてますけど……でも結局あなたは愚神になってまでバルドルに付き従ったって事ですよね。無月さんの言う通り、ただの雇用関係なら、そこまでする事なかったでしょう?」
「さあな」
 取り合おうとしない。ジーヤはそこでおもむろに尋ねる。
「……少し聞いても良いかな。つまり君達は、能力者と英雄から、愚神になったんだろう?」
 その脳裏に過るのは、フレイであり、フレイヤであり、そして因縁を持つ一人の愚神。ジーヤは神妙な顔をして僅かに俯いた。
「俺は、英雄が邪英化して、能力者を喰って愚神になった奴を知ってる。後悔しているようにも見えた。もう戻れないって……」
 その愚神は、幼い姿にたっぷりの哀惜を抱えていた。目の前の不遜な存在とは全く違う。
「トール達のはそれとは別の愚神化だっていうんだな」
『あと、愚神になってしまったら元に戻す事は不可能。それは間違いないのかしら?』
 二人は立て続けに尋ねる。トールは肩を竦めた。
「引き返せるような決断に一体何の価値がある? そんな覚悟なら、あの女は俺を喰らいつくして、それで終わりにしただろうよ」
 言葉の端に、あけびはぼんやりと何かを読み取った。丸い目でトールをしかと見つめて、彼女は静かに尋ねる。
『……気になったんだけど、その英雄とは仲が良かったの?』
「どうだか? ……愛し合ってたかもな。丁度お前等みたいに」
 あけびと仙寿は眼を見開いたが、戦場で慌てふためきはしない。仙寿は拳を固めて耐えた。
「直属部下の四体もか? お前がそいつらを庇った時、かなり真剣だったように見えたが」
「あいつらはずっと俺の手足みたいなもんだ。ああなる前から、ずっとな。自分の手足に火の粉が降りかかるんなら払うだろ? お前等だってそうだろうが?」
 京子は頷く。頬を緩めて、口角を上げて、いかにも愛想の良い雰囲気を作っていた。
「うん。あなたは部下を大事にしてるから、そこは認めてるよ? ただの暴虐な男なら、こうして話してることもないと思うし。……でもトール」
 ふと京子は明朗な笑みを潜め、頬を固くしてトールを見据えた。
「あなたのあり方は無軌道というか投げやりに見えるよ。バルドルには恩があるって言ったけど、同時に周りが見えてないって事にも気づいてる。それなのに味方し続けるなんて、それこそ“やらかしてる”んじゃないの?」
『貴方の言うように、バルドルは偉大であろうとしたのかもしれない。けれど、導かれるべき結果が見えないのなら、愚かな事。先日のバルドルの姿は、見るに堪えませんでした』
 アリッサはありったけの冷淡さを込めてトールに言い放つ。トールは相変わらずへらへらと笑っているが、京子とアリッサは既に気付いていた。
 その眼は決して笑っていない事に。爛々と炎が灯っている事に。
 アークもまたそれに気づいていた。柄に手を乗せたまま、鋭い眼光をトールに向ける。
『一つ言いたい。……お前は以前、今の戦いを賭けの卓に喩えた。だが……これは賭けではないと俺は思う。本来の賭けは、勝てば賭けた分を取り戻せる。だがこの戦いは、勝っても賭けたものは手元に戻らない』
 トールは吸いかけのタバコを放り捨てた。胡坐も解いて立ち上がり、より高い位置からアークを見下す。その挑発には一切応じず、誇りを胸に言葉を続けた。
『これは賭けではない。戦争だ。……敗者の主張は砕かれ、投げ入れたものは失われる消費行為だ。それだけの代償を払い“お前”はこの戦争で何を貫こうとしている?』
「そうかそうか。嬉しいもんだ。俺なんかも何か貫くようなもんがあるように見えるんだな」
 すかしたように嗤う。しかし、守ははっきりと頷いてみせた。
『見えるぜ。……むしろ、お前はもうお前であることを貫くしかないんだろ』
 うっすらとトールの笑みが固くなる。張り付けたようにぎこちなくなる。それを見た守は、さらに続けた。
『お前が手足と言い切るくらいに大切にしてきた部下が、その身をお前に差し出したんだ。もう大将が逃げるわけにいかない。前に進むしかないんだろ』
 トールは腰に手を当て、僅かに重心を落とした。臨戦姿勢を取り始めている事は明らかだったが、それでも守は不敵に笑う。
『正義の味方と言って俺達を揶揄ってきたが……羨ましいんだろう。本当は俺達の事が』
「あぁん?」
 今まで口を閉ざしていた杏樹が、トールをきっと見据え、たどたどしくも、はっきりと応えた。
「杏樹は、榊さんに、頼ってばかりです」
『だが……俺はお嬢に救われている』
「互いに頼って、救って、背を任せ、共に戦うの」
 守はトールを見据える。同情は出来ても、決して相容れる事はない“敵”を。
『俺が自分を見失わないのは、お嬢がいるからだ。……だが、本当の仲間を失って、お前はもう自分を見失ってる。戦略的にはもう負けた事に気付いてるはずだ。それなのに、お前は何を求めて戦おうとしてる』
「……誇りだ。俺自身も、英雄も、部下も、全部愚神商人とかいう奴の質に出して、誇りという名のチップに代えた。奴らもそれを求めた。だから――」
 トールは既に笑みを消していた。氷のように冷たい声色で、淡々と応える。心を殺してしまったように。
『私は!』
 あけびは顔を曇らせ、その言葉を遮った。
『……私は、貴方達の部下と、似たようなものだったよ。私も、お師匠様に“使徒”にされるかもしれなかったの。……だから、少しわかるよ。その人達の気持ち』
 記憶の端に、仙寿の横顔に、その面影がある。包み込むような優しさを持った師の影が。あけびは胸に手を当て、小さく俯く。
『でも、お師匠様は私を“使徒”にしなかった。“お前は笑っていろ”って、ありのままの私でいて欲しいって言ったんだよ。私もあの人に笑っていて欲しかったよ。きっとその人達もそう』
 あけびは再び顔を上げる。真心から、彼女はトールに問いかけた。
『……戦争、本当に楽しい?』
 刹那、トールの顔が歪んだ。不意にその姿が消える。仙寿とあけびは咄嗟に共鳴して小烏丸を抜き放った。波打つ炎の刃と交錯し、白い光が深緑の中に飛び散る。
《……トール》
「本当はどうとか、そんなのは俺の道理の外だ。もう俺は戦争を楽しむしかねえんだよ」
 押し殺したような声色。村を焼く炎の中で燥いでいた男のものとは思えない。仙寿は刀を諸手に持ち替え、鍔迫合に持ち込む。
《人間じゃなくなったことに、本当に後悔は無いのか?》
 トールは顰め面のまま、仙寿に向かって歯を剥き出す。
「奴らがそれを望んだんだ。数年前、あの鸚鵡野郎どもに負けたあの日……“あいつらは俺に守られるだけの自分は嫌だ、俺が勝つための力になりたい”と言った。俺はそれを止められなかった。止めるだけの力も覚悟も無かった。お前の“お師匠さん”だかいう奴と、俺とは違うんだよ!」
 その叫びは、紛う事なき彼の本音だった。トールは仙寿ににじり寄り、声を絞り出す。
「……その代わりに得た力、振るわないでどうするってんだ。なあ」
『トール、あなたは――』
 あけびが尋ねようとした刹那、再びトールの姿が消える。彼は丸太の上に戻り、剣を背に負って仙寿を昂然と見下ろしていた。
「おい、クソガキ。お前は誰かを救いたいってんだな。その想いは自ずから出たものか?H.O.P.E.が認めるから救うのか。世間が認めるから救うのか。法が認めるから救うのか?」
《……違う。言っただろう。これは俺達の誓いだ。誰に決められてもない。自分で決めたんだ》
 仙寿もまた刃を納め、静かに応えた。それを聞いたトールは眉間に皺を寄せる。
「そうか。ならいい」
 トールは一歩後ろに下がると、エージェント達をぐるりと見渡す。
「……俺達の目的はアウタナを育てる事だ。いわば俺達の世界樹。それが華開く時、アマゾンの全てがドロップゾーンに包まれる。……そうなったら、オーディンでもロキでもフェンリルでも、何でも降りてくるだろうな」
『(……自ら目的を明かすか)』
「(ゲヘナ。私はようやくわかりました。彼は確かに、稲妻をその心に宿している。トールやオーディンが終末戦争で果てて新世界の礎となったように、彼は今、きっと私達の礎にならんと決めたのです)」
 シェオルは半ば茫然としてトールを見上げる。戦争を好み戦争に狂った傭兵の姿は既に無い。エージェント達を試しにかかる傲岸不遜な雷神がそこにいた。
「(己の勘違いを恥じなければなりませんね……)」
 踵を返そうとするトール。無月は咄嗟に彼に向かって手を伸ばし、呼び止めていた。
「待て。君はわかっているんだろう。その道が過ちであると。このままでは彼にとっても不幸な結末にしかならないと。……そして、過ちを正す事が、彼を救うことになると!」
「救う? 馬鹿言うな。俺の力はお前らを叩き潰すために手にしたもんだ」
 トールは振り向くと、固く握り締められた拳を無月に突き出す。差し伸べられた手は絶対に取らないとでも言いたげに。
「……俺が大嫌いなのはな、自分が背負ったものに正義を求める輩だ。背負ったものをこれ幸いと聖化した“正義の味方”は、何でもやる。おぞましいもんだぜ。フレイヤの顔は見ただろ」
 仙寿、杏樹、ジーヤは顔を顰める。あの悲惨な傷は、忘れようもない。トールは眼をかっと開き、挑戦状を叩きつけた。
「来いよH.O.P.E.。お前らは違うってんだな。己の信念を通して戦うんだな。だったら己を正義と信じる覚悟と、それを貫く力を示してみせろ。そして世界樹を折りに来い!」

「……俺に“本物の光”を見せてみろよ。そしたらきっと、俺も最高に楽しい気分になれる」

 トールは踵を返すと、一筋の雷光を残して姿を消した。ジーヤは思わず丸太の上に跳び上がり、その先を見つめる。
「トール。君は……」
『(アレももう覚悟しているのよ。ジーヤも覚悟を決めなさい。愚神は元には戻せない。なら戦うしかないでしょう。己の存在を掛けて)』
 まほらまはジーヤの中に燻る未練にも似た何かに気付き、静かに諭す。ジーヤは背に負った重い刃の柄に手を掛け、表情を引き締める。
「……覚悟はしてるよ。それにしても、裏に何かある気がする。バルドル達みんな、それにいいようにされてる気がする……」
 無月は静かに共鳴を解くと、ジェネッサと視線を交わす。人一倍闇の中へ潜りながら、人一倍の優しさを失わなかった彼女は、一抹の無念に駆られていた。
「互いに互いを理解した……だろうに、決して歩み寄れぬ一線もまたある、か」
『仕方ない。ボク達が“愛”の為に戦うように、彼もまた一つの信念で戦っているんだ』
「……自分の進むべき道は別にある。彼はそれに気づいていないはずはないというのに」
 アークは首を振る。内に燻る怒りは僅かに鳴りを潜め、神妙な顔で彼は呟く。
『己の悪に殉ずる覚悟を決めた男が、今更同情など望まんだろう』
「ちょっとだけ、というかすごく羨ましそうな感じもしたっすけどね」
『それも含めて、な』
 耿太郎とアークのやり取りを隣で聞きつつ、ハーメルは仮面をつけ直す。
「そうですね。……過去にどんな事があったって、あの村の人を殺したトールを許す気はないですし」
 それが彼と墓守の信念だった。投げナイフの鋭さを確かめながら、ハーメルは墓守にそっと囁く。
「最初に出会った時から、トールは言葉遊びで自分の考える強さの意味をはぐらかしてきたけれど、結局は凄くシンプルだったね」
『(……自分の信念を貫けるか、か。……確かに、そうなら個人の力は関係ないな)』

「哀しい眼をしてたな、あいつ」
『逆だったんだよ。手に入れた力を恐れるわけにいかなかった。どうしても自分を肯定するしかなかった……仲間の選択を否定しないために』
 共鳴を解いた二人は、共に小烏丸の刃を見つめる。鋭く打ち合っても、刃には傷一つついていなかった。二人の絆と意志の強さを示すように。
『奴は完璧主義が過ぎた。そしてあまりにも孤独だった。奴の追い求める正しさは、純粋過ぎる。俺達に、バルドルのようでいて、バルドルにはなるなって言ってるようなもんだ』
 守は地面に落ちたシケモクを拾い上げる。まだ火が燻っていた。彼は土を拭うと、そのタバコを深く吸った。元が古いのか、そのタバコはあまりに不味い。
『こんなもん吸ってたのか。トール』
「終わりにしてあげなきゃ、です。きっと、トールさんを癒すには、それしか、ないから」
 意気込む杏樹に二人で頷き、仙寿は小烏丸を強く握り締めるのだった。
「ああ。見せてやろう。……俺達の、正義の味方であることの覚悟を」

『(己の意志のみを頼りに戦う。簡単に見えて、これが存外に難しいものだ)』
「(こうして戦いを続け、業を積み重ねていく事に大抵の人は耐えられない。ともすれば自分を赦したくなる。しかし自分を赦せば、その業の重みを捨て去る事になる……その果てが、きっとバルドル。独善に逃げ、己の罪と向き合わない……)」
 シェオルは祈るように手を合わせ、目を伏せる。
「(私も、自ら背負っているものの重みを、確かにしなければ)」

「次は戦場か。ラグナロクと、あなたの最期、見届けてあげるよ」
 京子は腕組みをして開けた空を見上げる。いつもと何も変わらない。自分らしく生きるのは、彼女がいつだってやってきたことなのだ。
「私がしたい事をやり通せばいい。そういう事でしょ?」
『ええ。いざという時にはわたしが引き止めますから。……それが京子と奴の違いです』


 最終決戦は、すぐそこまで迫っていた。

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 救いの光
    シェオル・アディシェスaa4057
    獣人|14才|女性|生命
  • 救いの闇
    ゲヘナaa4057hero001
    英雄|25才|?|バト
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
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