本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】反旗を翻すその前に……

ガンマ

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
25人 / 0~25人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2018/01/02 21:16

掲示板

オープニング

●あるいは努力の結果

「諸君! 我々の要請に応じてよく来てくれたな。おかげでインカ支部はこの通り無事に守られた。礼を言う」

 時は遡る。場所はH.O.P.E.インカ支部ロビー。ヴィランズ『ラグナロク』の襲撃を見事に撃退し、支部長M・Aから一同へ感謝と激励の言葉が力強く贈られていた。
「長年ラグナロクとの戦いには手を焼いてきたが……これが最後の戦いに出来るかもしれん。辛い思いをする事もあるだろうが……その時は迷わず私に言うと良い。私が全てを聞き遂げよう!」
「私も、皆さんと一緒に頑張りますから! あともう一歩、頑張りましょうね!」
 M・Aの言葉に、獣人の少女の見た目をした英雄エルエルも声を重ねる。その物言いの熱い響きに、エージェント達は戦いへ臨む思いを新たにしたことだろう。
 そして、一人、また一人と動き出して、幾人かがはけ始めた頃……事件は起こった。

 がらがらがらがら――。

 それは崩落音だった。
 突然の物音に、その場にいた者は驚いて振り返ったことだろう。そして目を見開いたことだろう。
 天井が崩れて、M・Aが下敷きになっているではないか!
「え、M・A~~~ッ!?」
 エルエルが尻尾の毛をブワッとさせて声をひっくり返す。瓦礫からM・Aのものであろうムキムキの浅黒い腕だけ見えた。その腕はピクリと動くと……ビシィ。華麗に親指を立ててアイルビーバック。

 ――ラグナロクの激しい襲撃。
 内部にまで攻め込まれたH.O.P.E.インカ支部は、陥落こそしなかったものの、大きな損傷を受けてしまった。
 分かりやすく言おう。

 あっちもこっちもボロボロなのだ!

 あちこちヒビが入っていたり燃えた跡があったり天井が崩れたり床が傾いてたり壁に穴が開いてたりお湯が出なかったり漏水してたり漏電してたり瓦礫に埋もれていたり窓ガラスがありったけ割れていたりタンスや本棚が片っ端から倒れていたり散らばった書類が部屋一面を埋め尽くしていたりセキュリティシステムの残骸が廊下を塞いでいたり!!!

「うむ、これは……」
 天井だったモノから這い出してきたM・Aが、ニカッと白い歯を覗かせてこう言った。
「決戦の前に、まず拠点を修復せねばならんようだな!!」

 というわけで、インカ支部の修理作業が幕を開けた――。
 

解説

●目標
 インカ支部の修理お手伝い

●状況
 南米アマゾン、H.O.P.E.インカ支部。ボロボロ。
 ギアナ・インカ支部エージェントや職員があちこちにたくさんおり、修理作業をしている。
 時間帯は朝から晩まで。
 以下、できることの例です。タグ以外の行動をとってもOKです。

【運搬】
 力仕事。単純なようで、重労働……。
 リンカーのパワーを活かして、瓦礫や壊れた物などの撤去や、修理するための木材などを運ぶ係。

【掃除】
 細かい作業。文字通り。掃除用具は貸し出しされる。
 漏水した廊下を拭くとか、砂や土まみれになったフロアを綺麗にするとか、割れて散らばったガラスを片付けるとか。
 散らばった書類の整理などの整理整頓作業も含まれる。

【修復】
 大工的作業。窓の交換、モルタル塗り、ベニヤ板で穴を仮塞ぎする、一先ずの補強を行う、など。
 修復道具や材料は貸し出しされる。

【炊出】
 頑張ってる皆をご飯で支援だ! インカ支部の厨房が貸し出しされる。材料などもそろってます。

【サボリ】
 悪い奴め。

●登場
M・A
 H.O.P.E.ギアナ支部長兼インカ支部長。
 ホットでクールなオウムガイ。【運搬】【掃除】を手伝う。

エルエル
 M・Aの英雄。【炊出】を手伝う。料理上手。ちょっとワイルドだけど……。

※注意※
 「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
 相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
 リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
 一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。

リプレイ

●エージェントと労働
「天井が崩れた時はびっくりしたね」
「支部長……タフだな」
「はは、確かに。さて、また天井が落ちないうちに直そう」
 つい先程の衝撃映像(?)について皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)はそんな言葉を交わしつつ、貸し出された軍手を着けた。
「気合入れて働くぞー」
 ボディスーツ「アマゾンシャドウ」を身に着けた荒木 拓海(aa1049)は準備万端、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)との共鳴姿だ。
『頑張ってね☆』
 ライヴス内でメリッサが微笑む。「アドバイスぐらいはくれよ」と拓海は苦笑をこぼした。念の為にインカ支部のプリセンサーに敵襲も警戒して貰っている。支部周囲にも警備担当のエージェントが巡回しているそうだ。
 敵襲についてはニノマエ(aa4381)も懸念していたことで、腰蓑に軍手というマニアックすぎるいでたちのインカ支部長M・Aに確認を行っていた。
「屋外へ運び出した瓦礫置き場も兼ねて、バリケードを兼ねた塀を作っとく必要はあるかな」
「うむ、正にそのように部下達へ指示したところだ! 出来得る限りの対策は行っている。今日は存分に片付けるぞッ」
 親指を立てるM・Aに、ニノマエは「了解です」と頷いた。さて、彼が振り返ればミツルギ サヤ(aa4381hero001)がいる。
「ミツルギは単純な力仕事のほうが向いてる気がする」
「は!? 私は繊細ッ……」
 言葉をスルーし、いざ共鳴。 

 さあ、ここに集ったのは運搬担当の面々だ。
 彼等の視界に移るのは、そこかしこに転がったスクラップやら瓦礫やらである。

「わー……」
 若葉は半ば呆然としていた。改めて見ると酷いものだ。それだけラグナロクの侵攻が激しかったことを物語っている。
 とまあ、集中集中。若葉はすぐに気持ちを切り替え、まずは担当エリアの損傷具合をチェックしていく。修理に必要な素材や方法を整理するためだ。連絡は、今回の大掃除の情報統括指揮を名乗り上げてくれたキリル ブラックモア(aa1048hero001)へ。
「修復できそうな場所はそのままで……危ない部分は取り壊しちゃおうか」
 さてさて情報整理も終われば、労働の時間。「一人はさすがに厳しいか」と若葉はラドシアスと共鳴を果たす。手には野戦用ザイル。傍らにはリヤカー。レッツゴー。

「皆で良い新年を迎えたいね」
 ヘッドセット型の通信機より仲間達と密に連絡を取り合いつつ、拓海はインカ支部職員と共に、支給されたトランスポーターバンドで大きな瓦礫を持ち上げた。「ですねえ」と返事をする職員に、拓海は引き続きささやかな会話を続ける。同時にインカ支部職員としての要望も尋ねてみた。ギアナ支部では支部内がえらいことになっていたからだ。
「導線配備と収納整理スペース……なるほど」
 聴いた要望に相槌を。リクエストとして、皆に伝達。

 “大物”を片付ければ、それだけスペースが一気に空く。
 足場や運搬路が確保されれば、それだけ作業効率もアップする。

『まさに作戦通り! 私の!』
「おまえ作戦立ててたっけー……?」
 リヤカーに積んだスクラップを運びつつ、ニノマエはライヴス内で得意気なミツルギに首を傾げた。とまあ、「まずは作業の為の場所を確保」という作戦は確かに効率をもたらしている。
 重いものを運ぶだけ……と言えば、普段は命懸けで愚神共と戦っているエージェントにしてみれば随分と楽な仕事かもしれないが。高温多湿のアマゾンは、ちょっと動くだけでべたつく汗が滲んでくる。これはこれでなかなかに大変な仕事だ。
「ふう」
 指定した廃棄場に到着。リヤカーの中身を吐き出す。細かい分別は一先ず他の者に任せた。支給されたタオルで額を拭きつつ、休む間もなくニノマエは「再利用品、D区」とメモが張られた資材をリヤカーに積んでいく。再利用品を効率的に修復へ回せるよう、情報統括はバッチリなようだ。
「状況に余裕ができたら他も手伝うので、お声がけ下さい」
 積み終われば、ニノマエは廃棄場で分別作業をしている者達へ一礼を。「ありがとう!」と手や頬を土や油で汚したインカ職員達が快活に笑う。ニノマエは会釈をして、再びリヤカーを動かし始めた。
「地道に少しづつでも」
『運べば道が見えてくるのだ!』
 滴る汗をそのままに、黙々と本気で頑張り続ける。
「『絶対に負けないこと、あきらめないこと』」
 復唱するのは誓約だ。スマートホンからは、皆の作業進捗が聞こえてくる。その声が「自分も頑張ろう」という気力を鼓舞してくれる。
『炊出のごはんも楽しみだな!』
「腹が減るのは必然だ、ありがたくいただこう」
 そんな言葉を交わしつつ、ニノマエとミツルギの尽力は続く。

「この板は棚の滑り止めとかどうかな?」
 拓海は廃棄場にて再利用品の整理をしていた。即決即断、手際が良く彼は作業を進めていく。が、
『あら良いの?』
「えっ」
 含み笑うメリッサに指摘されては、リヤカーに積み込もうとしていた資材を二度見する。気が抜けることもあるようで、危うく損傷したものを再利用品に回すところだった。「あっ」と固まる拓海を「ウッカリさんねぇ」と見守るメリッサの関係は、まるで手のかかる弟と面倒見の良い姉のようである。

「ひゃっほぉー!」
 その頭上を軽やかに跳んでいく影がある。ジャングルランナーを早速使用してみた若葉だ。
「もう少し、こう……ぱぱっ! と運べないかな。どうせなら楽しく……そうだジャングルランナーを使ってみよう!」――という経緯である。
「おぉっ! これは早い……かも!」
 ひとっとびで廃棄場から作業場へ。試運転も兼ねて使ってみたけれど、なかなかに名案のようだ。転倒に気をつけて軽やかに着地。
「いいねこれ、涼しいし、楽しいし、楽だし」
 うきうきと若葉は言葉を弾ませつつ、持ってきた資材を置いていく。ラドシアスは内心で「……そうか?」「というか危なくないか?」と思ったりもしたが、まあ、大丈夫そうなので見守っている。ふざけているように見えるかもしれないが、若葉自身も真面目にことにあたっている。
「使ってみたけど、人や物にぶつからないことと、持ってる物を落とさないことにさえ気をつければ、かなり効率もよさそうだよ」
 使用感はすぐに皆に共有だ。なるほど、と周囲の職員が興味を瞳に頷いた。となれば早速、皆でジャングルランナーだ! ぶつかったりしないようにちゃんとルートを相談して決めれば、晴れ渡った空をエージェント達が跳んでいく。これで効率も上がりそうだ。


「スットゥルッかな♪ スットゥルッかな♪ はてさてふふーん♪」
「いきなり、危ないリズムで、お送りしてる……よ?」
 聞いたことのあるリズムを口ずさむストゥルトゥス(aa1428hero001)に、ニウェウス・アーラ(aa1428)は思わずカメラ目線である。
「できるかな? じゃねえよ。やるんだよ」
「ええ……」
 ドン引きするニウェウスをさておき、ストゥルトゥスは周囲を見渡した。彼女達がいるのは廃棄場兼集積場。皆テキパキと動いてくれているようで、次々といろいろなものが集まってくる。彼女達の役割は、それらを道具として直し、作ること。
「やっぱさ。人は、道具を使いこなしてナンボでしょ」
「ん。人が誇る力、だね」

 さてさて、彼女達が作業に没頭していると――絶妙に撤去し難い瓦礫があるとの連絡が入った。それに颯爽と答えたのはストゥルトゥスである。
「ボクにいい考えがある」
「ん……フラグ、だね?」
「皆、鉄骨は持ったか!?」
 英雄がどこからともなく取り出したのは鉄骨である。それどこに持ってたの……というニウェウスのツッコミも聞かぬまま、ストゥルトゥスは現場へと駆け出してしまった。
 到着は間もなくだ。連絡の通り大きな瓦礫がある。ストゥルトゥスが名乗りを上げた。

「諸君はテコの原理をご存知かな?」

 ストゥルトゥスは鉄骨をテコ代わりに、重りを抱えて高いところからテコへ飛び降り、瓦礫を集積場まで吹っ飛ばすプランを提唱した。
「計算はバッチリさ!」
「そうだね、完璧だね」
 フラグ立てが。心の中でそう付け加えたニウェウスは、遠い目をしながら支部の屋根の上に登った英雄を眺めていた。
「イくぜ? せーのっ!」
「フラグ回収の時間、だよ?」
 ニウェウスがカメラ目線をする。ストゥルトゥスがディヤッと飛び降りる。瓦礫は見事に宙を舞った――真上に。
「ウェイ?」
 ひゅるるるる……引力の法則に従って落ちてきた瓦礫は、元の位置へ。ところで諸君はテコの原理をご存知かな?
「アッーーーッ!?」
「あー」
 かっとぶストゥルトゥス。分かってた、という顔をするニウェウス。しょうがないので集積場へファラウェイした英雄を迎えにいく。
「……大丈夫?」
「ボク、エイユウ。イタクナイ」
 縦一文字に刺さってますが……とニウェウスは言葉の代わりに溜息を吐いた。
 この後はちゃんと、真面目にやりました!



●年末といえば大掃除
「戦ってる時は夢中になってたけど……あちこちボロボロ、な……」
「そうだな。やれるところからやっていくか」
 木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)が見渡したのは、漏水して水浸しの廊下だ。
「大変そう……だけど、地道に、やってかないと……」
「手荒れしないようにゴム手袋つけるんだぞ」
 アーテルの言う通りに、黎夜はゴム手袋を着ける。長靴もバッチリ。袖捲くりして、いざ。もちろんインカ支部の面々も手伝ってくれる。

 とはいえ……。

「なかなか大変、な……」
 雑巾で水気を拭いて、バケツに絞って、また拭いて……。屈みっぱなしゆえにちょっと腰が凝る。黎夜は軽いストレッチをしつつ、ふうと一息を吐いた。しかし少女の眼差しは、どこか楽しげな色もある。
「……アパートが雨漏りした時みたい」
「規模は違うが……あれは毎度、阿鼻叫喚だが」
 アーテルも黎夜の隣、一息つきつつ苦笑を浮かべた。
「ん……。阿鼻叫喚……。今は、別の意味で大変だけど……」
「ああ、そうだな」
 見渡す風景。大変だけれど、人手がある。協力ができる。ワイワイと賑やかで、和やかで、なんだかちょっぴり楽しい気もする。ここだけでなく、通信機代わりのスマホからは仲間達の仕事状況も伝わってきた。皆、頑張ってるんだなぁ。こっちも頑張らないと。
 漏水元の特定は完了している。修理班がまさにどうにかしてくれている只中だそうだ。この調子なら、あともうひと踏ん張りすればこの廊下の掃除は終わるだろう。人手不足な場所へ支援しに行けそうだ。
「っと、ガラスや破片で手を切らないように気を付けろ、黎夜」
「うん……。アーテルも……気をつけて、な……」
 水拭き再開。危ないものはトングを持って回収している仲間に伝え、二人は作業を続ける。拭くだけでなく、水でいっぱいになったバケツの運搬もする。水拭きが終わったら乾拭きもしないとなぁ、などと考えつつ、黙々と。
「終わったら、ハンドクリームで保湿だな」
 作業の手は休めずにアーテルが言う。「持ってきてるから使っていいぞ」と彼の言葉に、流石の手際だなぁと黎夜は思いつつ頷いた。
「ん、りょーかい」


「ふんふんフフンふ~~ん」
 九重 陸(aa0422)はゴキゲンだった。ゴキゲンな鼻歌を口ずさみつつ、新聞紙で一人窓をせっせと拭いていた。周囲はピカピカである。散らかっているものを整理し、はたきや箒、雑巾で掃除し、汚れの落ちないところは軍手雑巾や酢や重曹、歯ブラシに割り箸に布を巻いた掃除道具と、地道に隅々まで掃除し尽してやったのだ。
「ゴキゲンなナンバーだな!」
 で、鼻歌を通りすがりのM・Aに聞かれ、陸は無事死亡した。

 一方、(HN)井合 アイ(aa0422hero002)は書類整理の手伝いをしていた。余談だが、M・Aを初めて見た陸はかのオウムガイに「アイさんと同じくらい変態だ……」という感想を抱いたという。ちなみに当のアイは「うわ……筋肉モリモリマッチョマンの変態だ……」と思ったそうだ。
「まあ、書類とにらめっこするのは慣れてるから」――アイは黙々と書類整理を進めていく。依頼報告書、研究レポート、人事ファイル、ジャンルに分けて、報告書なら時系列順、ほかはアルファベット順、整理整頓。
(外にUMA捜索に行きたい……)
 最初のうちはそんなことを思ってすらいた。だが、今はどうだ。淡々と作業していたはずのアイは、次第にインカ支部の変態技術に見せられつつあった。今は試作品AGWのレポートをまとめているのだが、ついウッカリ目を通したら熟読していたのである。
「……あとで他も読んでもいい?」
 研究員は「もちろんです」と食い気味に答えてくれた。


「この状況だから研究室とか酷いことになっているに違いない! 手伝いに行かなきゃ」
 志賀谷 京子(aa0150)は言葉終わりには軽やかに歩を進めていた。
「本音は?」
 後に続くアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が問えば、
「どうせ手伝うなら面白そうな所が良いかなって」
「まあ、いいでしょう。手伝いに来てるんですからちゃんと働いてくださいね」
 肩を竦めるアリッサ。まもなく、二人の視界に「研究室」と書かれた部屋が見えてきた。
 変態技術探索。それこそが京子の目論見である。とはいえ京子には技術自体には詳しくはないが、自分達が使うかもしれないものには強い興味があった。
「御邪魔しまーす! お掃除で何かお手伝いできることはあるかな?」
 と、京子がいそいそドアを開ければ……そこは惨劇だった。
「……わあ」
「これは酷いですね」
 倒れた棚、足場を埋め尽くした資料、インスタント食品の梱包で溢れたゴミ箱、ひっくり返った実験用機材や試作品のあれやこれや。

 というわけで気合いを入れて掃除開始。

 京子とアリッサは、散らばった資料を拾って整理する担当になった。最中、興味深いレポートを見つけては、傍らの研究員に尋ねてみる。
「これは何に使うもの? どういうところがすごい?」
「ああ! それはですね――」
 途端、水を得た魚のように語り始める研究員。京子はそれに質問を交えつつ、興味深そうに相槌を打った。アリッサもじっと――ストップをかけることも忘れて――聴いているのは、それが新型銃器に関するものだったからである。むしろ京子よりも傾聴している。

「優れた思想の試作品には、溢れんばかりの機能美がある。そうでしょう?」
 数十分後。話を聴き終えたアリッサはどこか楽しげにレポートに目を落としていた。
「私はやってみたいこと追求したような技術が好きだよ。……実戦で使うかはともかく」
 京子は一つ笑んで、整理の手を動かし続けた。ちゃんと掃除に貢献しているので、決してサボリではない。片付けの中で貴重な技術が失われないように保全しているのだ!
「ジャングルランナーとかもここの作品? 面白い機能だよね」
「他の開発品でもテストが必要ならお声かけくださいね。お役に立てると思います」
 京子とアリッサが研究員に微笑みかける。「はい、是非とも!」と研究員は心から嬉しそうに即答した。


 陸が掃除をしてくれた廊下、その長椅子。アイは休憩もかねて、そこでインカ支部の研究レポートに目を通していた。隣ではM・Aが、差し入れられた飲み物を飲んでいる。
「どれも独創的でユーモラスだ。常識に縛られている人間から出てくる発想じゃない。……これだけの人材を纏め上げるなんて、M・A支部長、慕われてるんだな」
 顔を上げたアイの言葉は世辞ではなく本心だ。
「楽しくないと、ベストな仕事はできんからな!」
 オウムガイは豪快に笑う。「君も良かったらインカ支部に来るかね?」と冗句には、「まーさん、遠慮しておくよ」と打ち解けた様子で返すのだった。
 なお、鼻歌を聴かれた陸はまだ羞恥心で死んでいた。具体的に言うとトイレにひきこもって顔を抱えたまま出てこなかった。


「……よし。お掃除、頑張るよ!」
 御代 つくし(aa0657)は袖を捲くり、意気込むように笑顔を見せた。
「……無理は、しないでくださいね」
 傍らではメグル(aa0657hero001)が控えめに声をかける。でも、つくしはカラカラ笑ったまま掃除場所へと向かってしまった――それが空元気であることは、英雄には分かっている。ここ最近、彼女の心は安定していない。フォローしなければと思うものの、メグルはまだ、つくしとの距離感を掴めずにいた。
 結局、メグルはつくしから少し離れた場所で、黙々と書類整理を続けていた。誓約者のことが気になるが、今はそっとしておこう。そう自分に言い聞かせる。
(下手に関わってしまって失敗するよりは……)
 臆病だと湧き上がりかけた自責を心の奥に押し込める。十年以上共にいるせいで、踏み込み方が未だよく分からない。
 モヤモヤを忘れようとせんばかりに、メグルもつくしも、掃除に没頭し続けた。


「修繕ってもそういう技能はないからな……まぁ事務屋らしく片付けと掃除か」
『……私がやると余計に散らかしそうだし、いつも通り大人しくしているわ』
「あぁ、共鳴が必要な時は声かけるから見守ってて」
 と、迫間 央(aa1445)は幻想蝶の中のマイヤ サーア(aa1445hero001)と言葉を交わした。彼の英雄は生活能力が壊滅的に低いのである……。
 さて、適材適所とう言葉がある。央は情報指揮役と連絡を取り合い、運搬や修復の必要のない場所から手を付けることにした。逆に運搬などが必要であれば、もちろん央の方から連絡することも忘れない。
「キリルさん? こっち掃除進めてたら上の階から大物が落ちてきちゃって。何人かこっちに回して貰えます? それと北のエリアの壁が崩れてるので……手の空いた人がいたら対処をお願いします」
 通信を終了すれば、デッキブラシを握り直した。ラグナロク共が上がりこんだ支部内は、改めて見なくても酷い有様である。
「それではこっちから順番に――」
 インカ支部の者と声をかけあい、効率よく。ふと最中に見れば、高い位置にある窓の掃除がまだだった。ジャングルランナーを使って、という案も出ていたが、ここで央が「私がやります」と名乗りを上げる。
「マイヤ、出番だよ。俺達にはうってつけの仕事だ」
 そう言って、幻想蝶に触れて、共鳴。金眼の男は脚にライヴスをまとわせる。その術の名は地不知、いかなる場所も自在に歩くことができる技術だ。
『地不知で“歩く”なんて……スキルはどこで何に使えるかわからないものね』
「そうだな。工夫と発想次第でどんなものでも……といったところか」
 ついでに天井の蛍光灯替えも請け負った央は、ライヴス内でマイアとやりとりをしつつ手際よく蛍光灯交換を行ってゆく。
(これが終わったら、ここの拭き掃除と資料室の書類整理と――)
 黙々と作業しつつ、脳内では届く進捗情報をもとに予定を組み立てる。ここらへんは事務屋の専売特許である。知らない言語のものはインカ支部の者に聞きつつやるとして。さあ、今日という日はまだまだ長い。


「これは掃除のし甲斐がありそうです。共鳴した方が良さそうですね、お掃除ならお任せください、にいさま」
「ああ、お掃除は好きだものね。任せたよ、サフィ」
 サーフィ アズリエル(aa2518hero002)と言葉を交わし、海神 藍(aa2518)は愛用の懐中時計を取り出した。そのチェーンにあるラブラドライトのような幻想蝶が煌いて――共鳴。サーフィ主体の姿は、メイド服を身に着けた中性的な麗しさがある。
 いざ戦場……じゃない掃除が必要な場所へ。共鳴の膂力を以て貸し出された掃除道具を軽々と担ぎ、サーフィは行く。
「……ここの天井は崩れそうですね、後回しです」
『キリルさんに報告しておこうか』
 途中で見つけたそのような場所には“崩落注意”と紙を貼っておく。
 さて、現場に到着したのはまもなくだ。その部屋はまさに惨劇。ガラスが散らばり、机がひっくり返り、棚が倒れ、あれやこれやが散乱し……。
「……なるほど」
 隅から隅まで確認したサーフィは頷いた。相手にとって不足なしと言わんばかりだ。
「では、始めますか」
 まずはガラス片の片付けから。新聞紙で包み、割物注意とメモを貼り、運搬担当に廃棄は任せる。
 大まかにガラスを片付けたら、倒れた棚やひっくり返った机や資料などをダンボールに一旦しまって、部屋の外へ。どんなに重いものでも顔色一つ変えずに軽々である。
 さあ、部屋がガランとすれば、メイドはワイヤレス掃除機をジャキンと構えた。
「……はっ!」
 爆発的な俊敏性を発揮し、繰り出すのは怒涛乱舞。砂や埃や細かいガラスを無駄に物凄い勢いで吸い込んでいく。
『いやサフィ、埃が舞うよ』
「つい楽しくなってやりました、今では反省しています」
 ピ、と親指を立てるサーフィ。しかし掃除の効率としては素晴らしい。次はモップを手に、丁寧に床を拭いていく。


「ぁ ごめんなさい、ごめんs ぴぎゃぁぁああ!!?」
 一方ハーメル(aa0958)は墓守(aa0958hero001)に、これでもかとほっぺをつねられていた。しかも両方。
 どうしてこんなことになったのか。これにはいささか事情(?)がある。
 ハーメルは最初、修復担当班として作業を行っていた。最初こそ「支部が施設として少しでも機能するように」と真面目だった。墓守も良い心がけだと、彼を見守りつつ手伝っていた。

 だが、しかし。

 ハーメルはとんでもないことを言い出したのだ――「つまみ食いをする」と。
「ふふふ……味方の士気の為にここは毒味をせねば……」
 などと供述しており。
「……」
 墓守は黙したまま首を横に振った。炊き出し班は今頃大忙しだろう。彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。だがハーメルはすっかりつまみ食いモードだった。

 ここは致し方なし。

 ……というわけで冒頭のほっぺつまみに状況は戻るのである。墓守によるオシオキなのである。
「……」
 仮面の奥から麗人は咎める眼差しをハーメルに突き刺しつつ、少年のほっぺたを解放した。
「わかったわかった、つまみ食いはしません……ハイ……」
 ハーメルは真っ赤になったほっぺをさする。
 が。
「つまみ食いの代わりに昼寝でもするかな」
 普段の訓練の賜物か、あるいは何の要因か、この立ち直りの早さ(ていうか懲りなさ)である。なんて澄んだ瞳なんだ。
「ラッキー! ちょうどいい感じのソファーも置いてあるし」
 墓守のたしなめる眼差しもなんのその、ハーメルは廊下に置いてあったソファーにゴロンと横になってしまった。墓守は何度目かの溜息を吐く。またオシオキが必要か……。

 そんな時だった。

「少々邪魔ですね」
 むんずっ、とハーメルの首根っこを掴む手一つ。サーフィである。
「ん?」
 ハーメルが目を開けた瞬間、ぐるりと視界が回って重力が反転して――窓からポーイと投げ捨てられたのだと、遅れてから理解した。
「ファッ!!? アッいやあのこれはそのサボリじゃなくてアアアアアーー……」
 何か言い訳をしたかったようだが、悲鳴フェードアウト。尤も昼寝の言い訳をしたところで、大きな戦いで疲れているのは皆同じ、言い訳など塵に等しいのであるが。天誅、さもありなん。首を振る墓守に同情の気配はなかった。

『え? サフィ……今捨てたのって……!?』
 手をパンパンとはたくサーフィに、藍はライヴス内からおそるおそる尋ねた。あまりに一瞬の出来事だった。
「ええ、大きなゴミが転がっていましたので」
 言いながらサーフィは、掃除していた部屋の家具であったソファーを持ち上げるのだった。


「ま、あれだけ大暴れされたらな」
「……ん、仕方ない……おかーさんの、出番!」
 麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)の手には愛用の銃……ではなく、自宅愛用のお掃除セット。特に英雄は三角巾で髪をまとめてフンスと意気込んでいる。
「……ん、ガラスは危ない……優先的に、片づける」
 早速お掃除開始だ。手際よく、ユフォアリーヤと遊夜は「割れ物キケン」と書かれた厚い紙袋にガラスの欠片を集めていっては、台車へと積んでいく。台車が満杯になったら、運搬係にお願いだ。
「うし、この辺はこんなもんか……次はこっちだな」
「……ん、ボクにお任せ!」
 得意気な英雄は、右手に箒、左手にちりとり、尻尾にハタキを固定して装備している。両手とブンブン振る尻尾によって獅子奮迅の効率三倍――とはユフォアリーヤの談。
 夫妻は干し肉を齧ってエネルギー補給しつつ、フロアの土砂をシャベルで掻き出し、水を撒いてデッキブラシで床を磨き、水切りワイパーで水気を切ってから雑巾でしっかり拭いていく。テキパキ、まるで無駄がなく、けれど余裕を感じさせる仕事っぷりだ。随分慣れているように見える、とも形容できるか。
「なんとも、昔を思い出す光景だな」
「……ん、皆やんちゃだった……から、ね」
 夫妻は苦笑を交わした。掃除の手つきが慣れているのには理由がある――まだ他人を信じられず、環境に慣れていなかった子供達がストレスから孤児院で暴れた時や、イタズラをしでかした時とか。ガラスを何枚割られたことか。蛇口の水を出しっぱなしにされて幾度水浸しになったことか。(そして水道代がえぐいことになったことか!)
「おかげで掃除の腕が上がった気がする」
「……ん、色々と……やってくれた、ものね」
 クスクスとユフォアリーヤが穏やかに笑う。今となっては思い出話だ。
 と、会話しつつ掃除していると、どこからともなくいい香り。どうやら炊き出し班が調理を終え始めたようだ。
「……お肉は、ある?」
 いの一番に反応したのはユフォアリーヤだ。耳をピンと立て、尻尾をフリフリしている。遊夜は「やれやれ」と肩を竦めた。
「やっぱ掃除の合間のじゃ足りなかったか」
 一度ここらで休憩にしよう。働いた後の飯だ、さぞ美味いだろう!


 一同が食堂へ向かい、周囲から人がはけてゆく……つくしはM・Aを呼び止めていた。
「聴きたいことが、あるんです」

 ――誰も傷つかない世界を望むのは間違っているだろうか。
 ――大切な人が傷ついた時、自分にできることがなければ、どうしたらいいのだろうか。

 つくしは知りたかったのだ。いろいろな考えが。そして間違っているのなら、その指摘を欲していたのだ。「ふむ」とM・Aはアゴをさすった。
「逆に考えよう。誰もが傷つく世界を望むことは、正しいことだろうか?」
 いささか強引かもしれないが、逆説的に考えれば「誰も傷つかない世界を望む」ことは邪悪ではないということだ。M・Aは言葉を続けた。
「次に、できることがない、とはどういうことを指すのかな? 音信不通などで関係性が完全にシャットアウトされていて……となれば話は別だが、そうでないなら、“変わらずこれまで通りに居る”ということが“できる”はずだ」
 支部長はニカッと微笑む。
「焦らないことだ。このアマゾンの悠久の緑のように、緩やかにあるがままに……そんな生き方をしても、きっと許される。さあ、ご飯を食べておいで」
 と、彼はつくしの背を優しくたたいて食堂へと促した。

「……それで、君も質問があるのかな?」
 つくしが歩いていけば、M・Aは遠巻きに見守っていたメグルへ振り返った。英雄は少し視線を揺らすと、誓約者と同じように質問をする。

 ――能力者との関わり方と、能力者は英雄という存在をどう考えているのか。

「ふーむ、これは難しい話だ」
 なにせ能力者と英雄は十人十色どころの話ではない。「一つ言えることとすれば」と彼は人差し指を立てた。
「共に食事をすることは、親睦を深める第一歩だぞ! 私もエルエルと食事を交わして打ち解けたものだ。さあ! 君も今すぐ食堂へダッシュだ!」



●美味しいご飯は力の元
「うわ……これはまた見事にボロボロですね
「これは大変だよぅ! あたし達もお手伝いしなきゃ!」
 キース=ロロッカ(aa3593)は支部の惨状に素直な感想をこぼした。隣では匂坂 紙姫(aa3593hero001)が腕まくりして意気込んでいる。
 そんな二人は炊き出し班としてインカ支部の厨房にいた。そこには他にもH.O.P.E.エージェントが集まっている。
「前回の愚神フレイとの戦闘で、インカ支部のダメージは甚大……。リーヴスラシルは今年末で学園の溜めていたお仕事の処理で忙しい。リディス、代わりに一緒に手伝って下さい」
「支部の人達の性格の為か、あんまり悲壮感ないのが救いだね。あたしも雰囲気は暗いより明るい方がいいよ」
 月鏡 由利菜(aa0873)とウィリディス(aa0873hero002)は貸し出されたエプロン姿だ。
「あたしは料理苦手だから、配膳とか手伝うね~」
 ウィリディスは快活に笑みつつ、調理器具の代わりに掃除器具を手に持った。彼女のお仕事は厨房周りの掃除、食器準備に配膳だ。
 一方でレオンハルト(aa0405hero001)は、いささか不信そうに卸 蘿蔔(aa0405)を見やっていた。
「お前……料理、できないじゃん」
「で、できますから……できますから!? 馬鹿にしないでください、この数か月でかなり上達しましたよ! 旅館で毎日毎日料理の仕込みを手伝ってるので大量に作るのも慣れてますし!」
 エプロン姿の蘿蔔が顔を真っ赤にまくしたてる。が。
「……でも味付けは、頼みました」
「まぁ……そうなるよな」

 さてさて、そんなこんなで各々が料理を開始するのだ。

「よーし、皆の為に美味しい物を作るよ!」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)はやる気十二分だ。
「何を作るんどす?」
 八十島 文菜(aa0121hero002)が隣で尋ねた。アンジェリカは材料を手元に揃えつつ、得意げに声を弾ませる。
「サルシッチャ。イタリアの腸詰だよ。それをフォカッチャで挟んでホットドッグをね」
「ほー。なんや、おもしろそやねぇ」
 お手伝いするわぁ、と英雄は微笑んだ。
 調理を始めたアンジェリカの手際は素晴らしい。豚挽き肉に塩コショウで味をつけたら、臭み消しにタイム、強壮作用もあるバジル、とハーブを混ぜ込み、腸詰にしてゆく。
「アンジェリカはんはお若いのに、お料理色々知ってはりますな」
 フォカッチャの生地をオーブンに入れ終えた文菜は感心した様子だ。
「孤児院では食事作り当番制だったし、シスターに叩き込まれたんだ。将来困らないようにって。口は悪いけど料理の腕は絶品なんだよ。シスターは」
 そう語る少女の物言いは、どこか誇らしげだった。


「夏といえばー? いえばー?」
 得意気な様子で、蘿蔔がレオンハルトの顔を見上げた。
「……。カレーって言ったくださいよ」
 が、英雄が無言のままだったので蘿蔔はむくれてみせる。レオンハルトは溜息を吐いた。
「……普通に一年中食べるものだし、特に季節関係ないと思うが」
「でもキャンプではバーベキューの次に定番じゃないですか」
「一度に大量に作れるからね……今回はナンがあるから大変だが」
 さて、二人が作るのはインド式カレーである。今回は野菜もいれてチキンマサラだ。幼い者、辛い者が苦手な者の為に、甘口も作る。それから好みに合わせられるようにライスとナンの両方を用意する心算だ。
 インカ支部職員の手伝いもあって、蘿蔔の料理はテキパキと作り上げられてゆく。味見係りはレオンハルトだ。
「……うん」
 しっかと頷く英雄。ドキドキしながら結果を待っていた蘿蔔が、ホッとした顔を見せた。


「チリモヤ、アグアイマント、グラナダ等、日本では珍しい南国フルーツがいっぱい……。わたしはこれらをふんだんに使ったアイスクリームパフェに挑戦しますね」
 由利菜は日本では見慣れぬフルーツを前に臆すことなく。テキパキと調理を開始している。疲れた時には甘いもの。特にフルーツのサッパリさとアイスの冷たさは体にしみるはず。剥き方などが分からないものはインカ支部の職員に聞きつつ、調理は進む。
 その近くではM・Aの英雄――ブラックボックスなる新種の英雄が、大鍋にブツ切りの肉や野菜をワイルドに煮込んでいた。食材を切る手段がまず鉈だ。そしてコンロというものにまだ慣れていないらしい。
「エ、エルエルさん、とても豪快に調理なされるのですね……。でも、美味しく作るには細やかな作業も必要ですよ」
 そういえば彼女と話す機会がなかった、と思いつつ由利菜はエルエルに声をかけてみる。振り返った英雄は目を真ん丸にして、それから苦笑を浮かべた。
「こちらの世界の食文化が、まだ良く分からなくって……よろしければ教えて頂けますか?」
「ええ、私でよろしければ。……名乗るのがまだでしたね、私は月鏡 由利菜。こちらが第二英雄の――」
「カリメラ! あたしはユリナの大親友、風の聖女ウィリディス!」
 由利菜が紹介しようとした矢先、顔を出したウィリディスが花のように笑んだ。「エルエルちゃん、よろしく~!」と、差し出す手で握手である。
「あ……エルエルさん、カリメラとはラテン語やギリシャ語で『おはよう』『こんにちは』と言った意味です」
 そう由利菜が補足すれば、エルエルもまたウィリディスにつられるように笑って、「カリメラ!」と返すのだった。


「重労働になりそうですし、疲労回復になるものを用意したいなあ」
「やっぱりお肉かな?」
「食べやすいようにするのも必要ですよ」
 キースと紙姫は周りのメンバーが作っているものも参考にしつつ思案して――結論として、バンズで肉を挟んだものを作ることにした。具材を手早く作ったら、キースがバンズに切れ込みを入れて、紙姫が具材を挟んでいく息のあった流れ作業だ。


「お料理は私の十八番です。任せてください」
「みんなが喜ぶ料理を作ろう」
 CODENAME-S(aa5043hero001)と御剣 正宗(aa5043)はおそろいのエプロン。厨房への到着が少し遅れたのは、掃除人達に何を食べたいのか聞き込みを行っていたからだ。
「えぇと」
 正宗は「作るものリスト」を取り出した。

・和風アレンジ洋風料理(おろしポン酢和風ハンバーグ、中身は醤油ベースのあんかけオムライス、キノコの醤油パスタ)
・日本料理・定番系(海鮮丼、お寿司、うどん、そば、鍋)
・参加者の出身国の郷土料理(というメモの下に、参加者の出身国リストがズラリと並んでいる)
・デザートたくさん(ショートケーキ、パフェ、ノンアルのフルーツポンチ、パンケーキ 、ドーナツ、クッキー、マカロン、クレープ、アイスクリーム ほか思いつけば適宜追加)
・飲み物(緑茶、紅茶、コーヒー、フルーツジュース。ビールやワインなどアルコールも)

 その量、ビュッフェレベルである。しかしエスはまるで辟易とした様子を見せないどころか、むしろ意気込んだ様子で袖を捲くっているではないか。
「家政婦に、妥協の二文字はないのです」
 説明しよう! エスは家政婦業をしていることもあり、料理関係は大の得意だ。確かに作る量は、質量的にも品目的にも膨大だ。されど、「美味しい料理を待っている者がいる」――料理を作ることに、それ以上の理由が必要だろうか?
「さあ、始めましょう」
「お手伝いするよ」
 タイムイズマネー。空腹は待ってはくれない。聞き込みをした分、巻きで進めねばなるまい。早速、料理を始めるエス。傍らでは正宗がそのアシストを行う。その動きは正に一騎当千。一切の無駄がない動き。それでいて涼しい顔をして黙々と。二人の凄まじい活躍に、周囲のインカ支部の面々は目を見張ったという。


 さて、アンジェリカのフォカッチャが焼き上がったようだ。焼き上がり時間に合わせて、腸詰は湯がいてからシッカリと焼いてある。アツアツの内に、カレー粉で味付けをしたキャベツと、みじん切りにしたピクルスを一緒に、フォカッチャの切れ目に挟む。そこにケチャップとマスタードをかければ、
「完成!」
「こっちも完成どす~」
 コンロを前にした文菜が振り返る。彼女が作っていたのは、炒めたニンニクスライスに、玉葱を入れたコンソメスープ。ニンニクで疲れも吹き飛ぶかな? というアンジェリカの発案だ。

「できたっ!」
「いい匂いですねえ。――炊き出し、できましたよ!」
 キース組の料理も完成だ。キースは放送機材を借りて、炊き出しの完成を盛大にアナウンスする。すると秒ともしない内に、厨房は多くの人でごった返し始めた。

「さぁ、どんどん食べてね♪」
 においに惹かれて厨房に集まってきた面々を見渡して。元気になってくれるかな? そんな思いをこめて、アンジェリカは太陽のように微笑んだ。
「おかわりもようさんあるよって。遠慮はいらんどすえ~」
 文菜もニコニコと微笑み、早速できた料理を盛り付けてゆく。さあ、ここから忙しくなりそうだ。でも、悪くない忙しさである。

 驚くべきことにエスと正宗の二人も、皆の完成と同時に調理を完成させていた。ビュッフェのよう――と形容したが、まさにビュッフェスタイルでの提供である。盛り付けまで妥協しないプロの技。食べたいものを食べたいだけ。好きなものを好きなだけ。

「えと、お疲れさまです……お代わりいっぱいありますからね」
 蘿蔔はレオンハルトと共にカレーを盛り付けて皆に渡してゆく。
「あ、そうだ。……これ、差し入れです。休憩に食べてくださいね」
 用意していたのはカレーだけではない。コールドボックスにて凍らせたゼリーと、ペットボトル入りの水。涼しい場所も考慮して、凍らせていないものもある。
「あの……」
 蘿蔔はコミュニケーションを取ることに苦手意識がある。ちょっと言葉を迷わせつつも、それでも頑張って、皆に笑顔を向けた。
「お掃除、まだまだ続きますけれど……頑張りましょう、ね……!」

 食事を一緒にしませんか――拓海の誘いに、M・Aは二つ返事で快諾してくれた。
 アンジェリカが作ったイタリアンホットドッグと、エルエルが作ったワイルドなスープ、由利菜のアイスクリームパフェ。厨房の面々に感謝の言葉を述べてから、共鳴を解いた彼はメリッサと共に「いただきます」と手を合わせた。
「いやぁ、諸君の協力には感謝ばかりだよ」
 M・Aは豪快に料理を頬張りつつそう言った。「いえいえ」と拓海は笑みを返しつつ、
「一緒に働けて光栄です! あ。その、握手して頂いても?」
「もちろんさ!」
 ガッシ、と交わされる握手。メリッサは料理を頬張りつつ微笑んで「改めて初めまして」とM・Aに挨拶しつつ……その格好に「大胆すぎな気が」と内心で思う。
「拓海、暑くない? 同じ服装で手伝っても良いのよ♪」
「いやそこに惹かれてる訳じゃ……いえ失礼こちらの話で」
 慌てる拓海に、英雄と支部長はからからと笑った。


「……」
 賑やかな光景。しかしキースは思案げな顔だった。「どうしたの、キース君?」と紙姫が覗き込めば、彼は顔を上げる。
「ここで待ってるだけでは、皆に食べてもらうのは無理ですよね……仕方ない」
「?」
「デリバリー作戦です」
 というわけで、二人は共鳴を果たす。その姿は紙姫が主体だ。動力をオフにしたライヴス・コールドボックスに料理を入れて、ジャングルランナーを使用し、麗しい乙女が軽やかに宙を駆ける。
「ご飯が欲しい人いませんか~? できたてのハンバーガーありますよ~?」
 宣伝の声を歌うように弾ませれば、誰もが紙姫の姿を見上げた。愛らしい笑顔と労いの言葉と共に差し出されたハンバーガーは、おいしさ百倍である。



●修復せよ

「この際やし支部をサグラダファミリアに……!」

 目を輝かせた弥刀 一二三(aa1048)の提案は、残念ながら即却下された。「はい……」と目に見えてしょげつつも、彼は修復作業に入る。
「支部周囲にパニッシュメントが常時発動するよな機械、作れるとええんどすが……」
 サグラダファミリアとまではいかないが、可能な限り頑強に。運搬班が作業に邪魔なものを撤去してくれた場所から作業にあたる。基礎と土台の点検、防湿シートの配備、壁と壁の間に断熱用ウレタンを吹き付け。――テキパキと作業をしつつも、一二三は手伝ってくれている支部職員にそんな提案をしてみた。
 興味深いと真摯に頷いた職員は、更なる意見を彼に求める。「そうやねぇ」と一二三は作業の手は休めぬまま、思いついたことを話してみた。

 太陽光発電は既に使われているようなので、それを無駄にせぬよう節電照明の配備。支部内の温度や湿度を適正に管理するオートシステムの開発。書類のデータ化。
 それからセキュリティ面の強化も提案する。オートマッピングシートとモスケールの機能を応用統合し、侵入通知機能の精度向上と範囲拡大。システム面も衛星GPSと連動。人物特徴とライヴスも測定し、使用者と侵入箇所特定に強化。

 支部職員はそれを真剣に聴いていた。結論として、大掛かりなシステム開発などがあるので早急な配備は難しいだろうが、可能な限り意見をフィードバックしたい、と熱意を持って答えてくれた。
「うまいこといくとよろしおすなぁ」
 一二三は朗らかに笑った。直後、キリルのドヤみのある声が室内に響く。
「私が! 頼りにされているのだ!」
「……そ、そうどすな……」
 横目に見やる英雄は、この大掃除の情報統括指揮担当だ。情報統括指揮……なんだか字面だけでもワクワクしてしまうのである。
「キリル! 手が空いとる時はこっちも手伝うたっておくれやす!」
「吐かすな! そんな暇はない!」
 ピシャリと即答。その間にもキリルは断続的に届く連絡を取りまとめ、紙に記して整理し、支部内のマップも参照し、キリルの手際は実にいい。それどころかオペレートしつつ一二三達の材料運びを手伝っているほどだ。
(キリルが真面目に働いてはる……!)
 一二三、愕然。


「もちろんサボリだろう。それ以外の選択肢は考えられない」
 バルタサール・デル・レイ(aa4199)は当然といった顔をした。傍らでは紫苑(aa4199hero001)が、麗らかな笑みを浮かべている。
「前から思ってたけど、きみってバカじゃない?」
 その笑顔のままこれである。
「ここってインカだよ? コンクリートジャングルじゃなくってガチジャングルな田舎だよ? 遊ぶとこなんてないよ? 働いて、お駄賃もらって、美味しいご飯食べよ?」

 今日もバルタサールに拒否権はなかった。

 というわけで、二人は支給された漏電テスターを手に、広い支部内を片っ端から歩いては片っ端からチェックしていた。
「漏水と漏電は一番ヤバそうだもんねー。停電すると不便だし、電気代も高くなるし、感電とか火災とかの二次被害も大変だし」
 紫苑の足取りは軽やかだ。対照的にバルタサールは、チェックすべき場所に印がつけられている支部内マップに視線を落として苦い顔。印の数の多いこと多いこと。
「でも、わりとラッキーだったんじゃない? 僕らはホラ、そういう電気とか修理とかは素人だしどうしようもないし。こういうお手伝い系がメインで良かったじゃん」
 インカ支部の職員に、そういった専門職の者がいるようだ。詳しいことは彼らに任せて、バルタサール達は彼等のアシストを。紫苑はそう言うものの、バルタサールの士気は上がらない。あんまり溜息を吐くと「皆の士気が下がっちゃうよ? 仕事が長引けば君の仕事時間も長引くんだよ? いいの?」と紫苑がすかさず言ってくるので、こみあげたそれをグッと飲み込む。
 と、その時だ。通信機から連絡が入る。どこそこのエリアに修理機材を届けて、そのままアシストしてくれ――といった旨の内容だ。
「だってさ。ほら行くよ」

 ……さて、バルタサールは薄々勘付いてきたことがある。
 さっきから紫苑は自分の尻を叩いて作業させるばかりで、全く作業をしていないのではないか? と。

「おい紫苑……」
 かくかくしかじか、そのことを伝えた。
 紫苑はやっぱり笑顔のまま、まるで人畜無害にこう答えた。
「えっ、僕はサボリじゃないよ! ロボットの操縦士、競走馬の調教師みたいなものだね!」
「おい」


「応急修理は反省文書くのと同じくらい得意!」
 シセベル(aa0340hero002)は声を弾ませた。「直す」より「一時的に使えるようにする」を主眼に据えて、修理道具を手に取った。
「ここには魔法もないし、私はプロでもない。ならすぐ使えて、壊れてもすぐ直せるようにするのが正解だなって思うよ」
 どうせまたすぐに壊れるんだろうし――と、続く言葉は飲み込んでおく。
 さて、まず見上げたのは天井だ。タオルケットを縫い合わせた上で、大きめの角度をつけて覆うことを提案する。これならある程度の雨等は逃がせるし、破損した際の修復も容易であり、更に燃えた際の対応も容易である。丁寧な穴塞ぎはラグナロク共をぶっ飛ばした後にでも。一先ず今は、拠点を拠点として機能させなければならぬ。
 壁や床などの破損にはウレタン噴射器を使用して……さて。シセベルにはひとつ思いついたことがある。修理で出た端材を使い、手際よく作製したのは――M・Aの立派な胸像である。学校とかに良くある、偉人の胸像とかああいうアレだ。近くのインカ支部職員が「見事なものですね」と賞賛した。
「これ、外の日当たりのいい場所に置いておくといいよ。中に監視カメラが仕込めて、壊すと警報装置が作動するから」
 魔女はイタズラっぽく口角をもたげて、こう続けた。
「ワルイコはこういうの壊すの好きでしょ?」


「まずは自分達の城を固めてしまわないと、おちおち出かけてもいられませんもんね。頑張りましょう!」
「まぁ多少は仕事しておいてやるか。なに、できぬ訳なかろう。我輩それなりに器用であるからな」
 凛道(aa0068hero002)とユエリャン・李(aa0076hero002)は廊下にいた。そこの窓はことごとくが割れてしまっている。散らばったガラスについては既に掃除班が撤去してくれたので、彼等の仕事は窓の交換だ。
「力仕事は任せてください」
 むんっと意気込んでいる凛道が脚立を設置し、それを支える。ユエリャンが危なっかしい足取りで(まあピンヒールだからそらそうだ)脚立を登り、自前で用意した工具をシャキンとその手に構えた。鮮やかなほどの手際でサッシの外し止めをドライバーで外し、窓を取り外しにかかる。サッシの歪みなども確認し、ついでに整えてゆく心算だ。
「すごいですねユエさん! 大工さんみたいです!」
 下から見守る凛道は、工作の類は専門外だ。感心の眼差しを向ける。
「ふ、前時代の窓の取り外しなど取るに足ら――」
 この時ユエリャンは失念していた。取り外した窓を、自分が支えねばならないことに。
「あっ待ってちょ重! なんでこんな重い……竜胆!!! 竜胆ーーーっ!!!!」
「すごいですねユエさん! 足がぷるぷるしてますね!」

「今、ユエの声が聞こえたような……」
 紫 征四郎(aa0076)が彼方へと振り返った。
「やぁやぁ、えらく埃っぽい……へっくしゅん!」
 しかし木霊・C・リュカ(aa0068)のクシャミで我に返れば、征四郎は現場へと視線を戻す。二人がいたのは資料室だ。サボリは掃除されるとのことなので、書類以外の書籍類の修繕を請け負う心算である。
「任せといて、こっちも一応本業だからね」
 鼻をすすりつつもリュカがへらりと笑みを浮かべる。彼の手伝い員である征四郎は、両手をグッと握って意気込んだ。
「これも一つの戦い方、ですね!」
 さて、用意したのはハサミにボンドに木槌といった修理用品および補修用品、補修テープやフィルムなど。書類をまとめ、目で見て分かる修繕の必要具合によって選別を行うのは征四郎の役目だ。机をお借りして、早速作業開始である。
「……そうそう、薄めたボンドで貼り合わせてから、補修用テープを貼る」
 征四郎には簡単なページを任せ、リュカは実際に修繕しつつ彼女に見せて教える。征四郎は見慣れぬリュカの仕事ぶりに目を見張りつつも、道具の名前を覚えつつ、言われた通りに一生懸命お手伝い。
「テープ、貼りました! これでどうですか?」
「うん、上手上手」
 リュカに褒められると、征四郎の心に花が咲くような嬉しさがこみ上げる。えへ、と征四郎は自らの手で修繕した本をまじまじと見つめた。
「本の修復って、こうやるのですね……!」
 なんだか楽しいです、と言葉終わりと共にリュカを見やれば、普段はあまり見られない真剣な横顔。不意に少女の心臓がドキッと跳ねる。
「せーちゃんボンド取ってくれるかな。あと針も……指刺さないようにね」
「あ はいっ!」
 征四郎は言われたものをすぐに手渡す。「ありがと」とリュカが微笑む。穏やかで静かな時間――少女はこのひとときに、ちょっぴりの幸せを感じたり。
「終わった本、棚へ並べておきますね!」
 顔が赤くなってそうで、征四郎はそれを落ち着けるためにも本を抱えて席を立った。それから書類を整理していると――資料室のドアが開き、ユエリャンが現れたではないか。
「征四郎、共鳴を頼みたいのである。高所作業用に地不知を使用したくてな」
「せーちゃん、行ってきていいよ~」
 声が聞こえたのだろう、リュカが机から声を張る。「えと、はいっ」と征四郎はリュカに返事をして、英雄に向き直る。ユエリャンは跪くように、征四郎のアンクレット型の赤い幻想蝶に触れた――共鳴。
 ユエリャンについてきた凛道は、蝶舞う幻想的な光景から自らの誓約者へ視線を移した。
「マスター、我々も共鳴しますか。高所作業用に」
「肉体労働はお兄さん担当じゃないもん! 本の修繕は低地でもできるもん!」
 だが即答である。凛道は思案の顔を浮かべた。
「例えばロストモーメントの使用などで効率は――」
「上がらないと思うな!」
「そうですか……」
 しっかと頷く凛道。と、共鳴をした征四郎が「お手伝いをお願いします」と言ってきたので、凛道は踵を返した。さあ、脚立役頑張るぞ。
 ……征四郎が地不知を使うがゆえに、脚立がまるで不要になってしまうことに凛道が気付くのは、もうちょっとだけ先のお話。


「俺にできることがあれば協力するでござるよ」
 白虎丸(aa0123hero001)はそう言って、真面目にひたむきに修復活動に勤しんでいた。豪快な外見とは裏腹に、手先はそれなりに器用なのだ。せっせと、壁にコーティング材を塗っている。
 そういえば誓約者の虎噛 千颯(aa0123)の姿が見えないが……。
「千颯は何かやることがあると言って出て行ってしまったでござるが、流石にこんな時までサボるような男ではないでござるよ」



●人生、サボることもきっと大事
「男には、例え周りの反対を押し切っても、やらなければならないことがあるんだぜ……」
 千颯は使命感を瞳に宿し、確かに相棒へそう告げ踵を返した。
 その本心とは。

「そう! 俺ちゃんはここインカ支部に、ゆるキャラ白虎ちゃんを広めなければいけないんだぜ!」

 ドーン。
 というわけで千颯はインカ支部職員へと、持参した“ゆるキャラ白虎ちゃん”アイテムを渡していた。
「これが日本で大人気のゆるキャラ白虎ちゃんなんだぜ! よろしくなー」
 布教効果はなかなかにグッドである。「カワイイー」と女性人気が特にある。よきかなよきかな、るんたった。布教分を全て配り終えた千颯は上機嫌な足取りだった。
 え? サボり? そんなことありませんよ? 俺ちゃんこうしてジャーマネとしてゆるキャラの布教活動に勤しんでおりますしおすし?
 ……などと供述しており。そしてお天道様は全てを見ていた。

「この馬鹿者がぁ! こんな時にまで貴様というやつは!」

 つまりは因果応報タイムである。偶然通りかかって彼を見つけた白虎丸の大声が、千颯の両耳をガツンとブチ抜く。隆々とした腕が千颯の首根っこを掴んだ。
「いいか、白虎ちゃん。今この時をちゃんとするかどうかが、ゆるキャラとして活躍できるかの分水嶺なんだぜ……いついかなる時でもPR活動は疎かにしちゃダメなんだぜ!」
「サボってるだけでござろうがぁー! 今日という今日は容赦はしないでござる!」
 ぷんぷん。白虎丸は問答無用と言わんばかり、千颯をズルズルと仕事場へと引き摺っていくのであった。
 この後めちゃくちゃ修理と掃除作業した(千颯が)。


「……遠近感がまだ掴めないので、何するにしてもかえって危ないんですよ」
 佐倉 樹(aa0340)はそう嘯いて、支部内を気ままに散策していた。すれ違ったつくしには「サボって散歩しながら次の企み事」と微笑んで、歩調は止めず――支部内地図に視線を落とす。壊れていない区域を地図と照らし合わせ、樹の散歩はのんびり続く。通路のゴミや、箱の送り状で住所類を確認したりもしていた。
(……、)
 廊下に通りかかれば、ガラスが撤去された窓からジャングルが見えた。なんとはなしに、片方の目を凝らしてみる。
(エネミー……流石に今日は、会えないか)
 盗み聞きした話によると、万が一の敵襲に備えて支部周辺の警備は強化されているとか。ああ、今日は、トリートセットを渡す相手はいなさそうだ。ひょっとしたらいるかもだけど、会えなさそう。


 昼食時を過ぎれば、厨房はいささかの落ち着きを見せていた。面々は一休みを取っている。
 そこへ現れたのは日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)、ナイチンゲール(aa4840)だった。休憩中だったエルエルを食堂の隅に呼び出して――仙寿とあけびが、頭を下げる。
「謝りたいと思ってた。あの時は悪かったな
「本当にごめんね……!」
 そう、エルエルがまだM・Aの英雄となっていなかった時。彼女を発見した仙寿達は、疑いの言動をとってしまった――そのことがずっと、彼らの心のしこりだったのだ。
「私、私……」
 ナイチンゲールも友に続こうとする。が、エルエルと目を合わせることもできず。
「ご、ごめんなさいっ!」
 視線から逃れるように頭を下げては、踵を返して走り去ってしまったではないか。
「あ――待って!」
 エルエルもそれを追って走り出してしまう。「小夜さん!」とあけびもそれを追った。
「っ――」
 仙寿もそれに続こうとした。だが自分に何が言える? 「誰かを救う刃であれ」と誓ったけれど、トールの思惑を読めず、フレイヤの慟哭を目撃し、切っ先は揺らいでいた。
「……彼の愚神の末期が余程、堪えたらしい」
 遠巻きより足音を見送った墓場鳥(aa4840hero001)が、誰へとなく呟いた。フレイを撃破して以来、共鳴抜きではあの調子なのだと。
「あれは思い詰めている。即ち自らがどう在るべきなのか。今は仮初の解を以てその身を支えているが……根幹にあるのは無力な己への否定。それはこの世全てを否むに等しい。改めぬ限り真の悟りは得られないだろう」
 貴公もだ日暮仙寿――涼やかな眼差しが仙寿に向けられる。少年は俯く他にない。自己否定。図星である。
「俺は正義のヒーローになりたかった。でも今更、正義とは何かを考えてる。単純に『敵』でしかない奴なんてどこにもいないんだ、本当は。助けたいと思う奴だってたくさんいる」
「悔いるなとは言わない。だが……自ら剣を曇らせるな」
 然らばいずれ気付くはず。選んだ道に何ら恥ずべき所はないのだと。――墓場鳥の眼差しに糾弾の色はなく、寧ろ見守る慈母のよう。
「結局、誇れる自分が欲しかっただけなんだ」
 俯いていた仙寿は溜息と共に顔を上げた。天井を見つめて三秒。視線を前へ。
「……それでも自分に恥じない選択をしたいと思う」
 ありがとう、そう告げて。「皆を追おう」と、少年は駆け出した。

「――きゃっ!?」
 それはナイチンゲールが廊下の角を曲がった直後だった。前も見ずに我武者羅に走っていたためか、誰かと思い切りぶつかって転んでしまったのだ。
「大丈夫ですか!?」
 直後に駆けつけたあけびが、息を弾ませつつもナイチンゲールを慌てて起こした。だが今の彼女には礼を言う余裕すらなくて。
「おっとすまない、怪我はないか!?」
 そこへ、ナイチンゲールがぶつかってしまったその人――M・Aが心配した様子でナイチンゲールを見やる。同時に、転倒の拍子に彼女が落としてしまった眼鏡を差し出した。
「「M・A支部長っ……」」
 奇しくも彼女達の声が重なる。二人が謝罪をする前に、支部長は「謝ることじゃあないよ」と優しく言ってくれる。
「M・Aさん、あの……」
 逡巡の後、口を開いたのはあけびだ。
「今回の防衛戦……助かった人もたくさんいますよね」
「当然だ! 原住民はもちろん、ギアナ・インカ支部の面子一同は、君達には大いに助けられたとも。君達がいなければ、私自身もラグナロクに討たれていたかもしれないんだ」
 支部長が力強く言う。「そうですか」とあけびは頷いてから、俯き続けているナイチンゲールの手を取った。彼女が怯えて逃げ出してしまわないように。話を聴いてもらう為に。
「小夜さん、フレイは最期、笑ってたんですよね? そのことも……覚えていて下さいね」
 救われた人の方が多い戦いだった。この励ましが空回っていたとしても、それでも……「誰かを救う刃であれ」。その対象は特別ではない誰かであり、救うべき人、救いたい人。迷いはなかった。諦めたくはない。
 友達が目の前で、悲しい気持ちに潰されそうになっているなら、救いたい。あけびはそう願った。
「そう」
 ナイチンゲールは小さな声で呟いた。
(彼は笑って、大切な人の名を呼んで、私の笑顔を手の届かない場所に持ち去った)
 もっとちゃんと話したかったのに。
「きっと私が優しくなかったからだ」
 前髪で隠れたナイチンゲールの瞳からこぼれるのは、一筋の涙。とても顔を上げて笑顔を浮かべることなどできなかった。
「だから」
 優しく在りたい。小夜啼鳥は拳を強く握る。
 と、そんな時であった。

「つかまえた!」

 横合いからエルエルが、ナイチンゲールとあけびに抱き着いた。彼女達が驚く間もなく、
「ごめんなさい、ずっと辛い思いをさせて! 言いそびれてしまっていてごめんなさい。私、ちっとも怒ってなんかいませんからっ!」
 ビックリしなかったと言えば嘘になるけれど、あの状況を鑑みれば妥当なことだ。ナイチンゲールと仙寿達はエージェントとしての使命を全うしただけなのだ。そこに批難される理由などなく、エルエルも不快な思いはしていない。――そう、英雄は息を切らせながらも一生懸命に伝えた。
「だとしても、だ」
 そこへ、仙寿と共にそれに追いついた墓場鳥が言葉を挟んだ。厳粛に頭を下げる。
「契約者に代わり謝罪しよう。命を脅かし、此方こそ謝るべきを逆に気遣わせたこと……すまなかった。後日あれにも詫びさせるが、今日の所は容赦して欲しい」
「いえ、そんな、私――」
「ごめんなさい合戦はそこまでだ!」
 一際大きな声が響いた。M・Aである。ぐわっし、と大きな腕で皆をまとめて抱きしめてしまうではないか。
「君達の“ごめんなさい”に“許します”が要るのならば、このM・Aが許そう! ごめんなさい、許します、明日からもよろしくね――これがアマゾン流仲直りだッ! 復唱!!」

 ごめんなさい。
 許します。
 明日からもよろしくね。

 ……半ば無理矢理、尚も困惑だが。
 ひとまず言えることは、M・Aのデカイ声に何事かと集まってきた色んな人の目線が、あけびにナイチンゲールに仙寿に墓場鳥に注がれていて、墓場鳥以外の三人はすご~く恥ずかしくなってきたということだ。



●お疲れ様!
 とっぷり夜。一同がヘトヘトになることには、インカ支部は見違えるほどの姿になっていた。
「疲れた~!」
 ピカピカの廊下。共鳴を解除するなり、紙姫は近くの長椅子に座り込んだ。一息の後、キースに目をやって。
「もうお腹ぺこぺこだよ~。ねえキース君、あたし達のご飯は?」
「……それが、残しておくのを忘れてまして」
 気まずい顔で、空っぽのコールドボックスを見せるキース。
「……」
 紙姫は一瞬、言葉を失った後に。
「おばかぁ!」
 ぽこぽこ。キースの胸板を両手でたたくのだった。



『了』

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • エージェント
    シセベルaa0340hero002
    英雄|20才|女性|カオ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避
  • 叛旗の先駆
    (HN)井合 アイaa0422hero002
    英雄|27才|男性|ブレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 難局を覆す者
    サーフィ アズリエルaa2518hero002
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃
  • 共に進む永久の契り
    CODENAME-Saa5043hero001
    英雄|15才|女性|バト
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