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激闘のアイドルコンサート
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相談卓【出発28日15時】
最終発言2017/11/28 09:22:20 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/11/28 08:51:38
オープニング
ポップで明るい歌が、H.O.P.Eの会議室に響く。先月発売されたばかりのアルバムに収録されたCDのケースには、ピンクの衣装を身にまとった可愛らしい少女の姿。
いわゆるアイドルふうの写真であり、流れている曲調を裏切らない写真であった。
「楽しい歌やな」
歌を気に入ったらしい正義は、鼻歌を歌う。
見た目と反して、音楽的センスがあるらしく正義の鼻歌の音程は正しいものであった。
「彼女はリナ。今売り出し中のアイドルです」
音楽会社の人間は、リナをいつでもテレビで見るような有名人にしたいらしかった。今は地価アイドルよりもちょっとだけ有名なだけの存在だが、来月ついにワンマンライブを行なう予定となっている。
「今まで順調だったのですが、脅迫状が届きまして……」
その脅迫状には、来月のライブを止めないとリナに危害を加えると簡潔に書かれていた。パソコンで印刷された手紙であったので、この手紙だけで個人を特定するのは難しいだろう。
「僕たちの仕事は、ライブの警護やな?」
「そうです。このライブは、リナにとって大きなチャンスになるはずなんです。ぜひとも、成功させなければ!」
●アイドルの悩み
「オラ、なんでアイドルなんてなってしまったんだべー」
売り出し中のアイドルであるリナは、お国言葉丸出しで喋っていた。
彼女の故郷は東北の小さな村であり、そこではリンカーは珍しかった。近所の老人たちには「ありがたや」と拝まれて、近所の小学生にはからかわれる毎日だった。そんな毎日に嫌気が差したリナだったが、修学旅行で東京に訪れた際にスカウトされた。
「アイドルのアルバイトをしながら、東京で暮らさないか?」
田舎での生活に飽き飽きしていたリナは、その言葉にうなずいてしまった。
だが、やってみた結果――リナはアイドルには向かないことが判明した。
歌と踊りは、まだいい。
だが、舞台のマクパフォーマンスが駄目だった。
ためしに、練習してみる。
「みんなー、今日もオラの舞台を見てありがとー。オラも皆と一緒に歌えて、うれしいべ」
リナの笑顔が、かっと赤くなる。
「また……なまったべ。なんで、歌は標準語なのに喋るとなまるんべ」
リナは頭を抱える。
お国言葉が嫌いなリナは、ライブをしたくない。だが、有名アイドルになるにはワンマンライブを成功させるしかない。
「このなまり……なんとかならないべか」
脅迫状のことなど、知らされていないリナは今日も一人で自分のなまりのことを考えていた。
●ライブ当日
「うた……たのしい」
客席で、愚神はウォークマンで歌を聴いていた。聞いているのは、リナのCD。愚神はポップで明るい曲を聴きながら悦に入る。
「自分のためだけに、歌って欲しい」
男の姿をした愚神は、うっとりと夢見るように呟いた。
男は、針を持っていた。その針で刺すだけで、リナは彼のためだけに歌うようになる。
「ああ、早く欲しいな」
解説
・ステージの成功
・広いライブハウス(夕方)――客員は満員であり、全員が大人。一番奥には避難口がある。客席は薄暗く視界が悪いが、ステージ上にがると照明が明るすぎて客席が見えなくなる。
・ステージ――常にリナがいる舞台。歌と踊り繰り広げるが、トークになると恥ずかしがってしまう。
・リナ……アイドルの少女。歌と踊りは得意だが、トークが苦手。そのことについて悩んでいる。愚神の針に指されることによって、愚神に操られてしまう。愚神に操られると、身体能力が歴戦のリンカー並みになる。
なお、使う技は全て愚神と同じ。
・正義……ステージの袖で怪しい人間がいないかチェックしている。
・愚神・・・・・・リナが歌を発表している最中に客席から登場し、最初にリナを針で刺そうとする。
輪唱――音による衝撃派。同じフレーズを繰り返し言うことで、徐々に威力が上がっていく。
合唱――リナと共に、同じフレーズを言うことによって威力が上がる衝撃波。
以下リナが味方であるときのみ発動。
ハッピー――歌を聴いた自分を含めた味方の体力を回復させる。
ロック――歌を聴いた自分を含めた味方の防御力をあげる。
・従魔……蝶のような姿の愚神。十センチ程度の大きさで、ステージで羽ばたくとリンプンが輝く。愚神と共に、登場する。十匹出現。
痺れ粉――二回以上浴びると一定時間しびれて動きが遅くなる。
眠り粉――二回以上浴びると強い睡魔に襲われる。
吸血――血管に蜜を吸うための口を突き刺し、相手のライブスを吸い取る。
リプレイ
広いライブ会場には、客がぞろぞろと入り始めていた。その客のなかに、正義と月鏡 由利菜(aa0873)、リーヴスラシル(aa0873hero001)も溶け込んでいた。
「リナさんのライブチケットが突然私達の元に届けられて…。それでここへ来たんです、正義さん」
由利菜は地味な服装の袖を通し、簡単な仮装をしていた。
『……ユリナは既にトップリンカーの一角だ。下手に目立つと愚神に警戒される』
「……その理屈で言うなら、リュカさんや征四郎さん、虎噛さん、遊夜さん達……それに名実共にトップアイドルの一角のアルさん……他の方々も相当な実力者ばかりですよ」
数名は今日に限っては本物だとは思われないかもしれないが、と由利菜は付け加える。リーヴスラシルは、どういう理屈だと首を傾げた。
「道端で有名人にあっても本物だとは思われない、といえばいいのでしょうか……」
なにせ、仲間の一部はステージの上に上がるのである。
「そこは通路になりますので、移動してください」
警備員を装った海神 藍(aa2518)は、由利菜たちに声をかける。
『いくつか反応が見えます』
禮(aa2518hero001)と共鳴した藍は、マナチェイサーで周囲を探っていた。だが、反応は複数あり、反応を示した対象と接触してもおかしな雰囲気はなかった。
「ま、そうだろうね。リンカーや英雄も観客にいるだろう」
人口の比率を考えれば、いないほうがおかしいぐらいだ。
それでも、怪しい人間はいないかと禮は周囲を見回し、視線をそらした。その気持ちは藍にも分かる。
「熱気というのは、ああいう集団のためにある言葉なんだろうね」
思わず、藍は呟いた。
ステージの一番前に集まっているピンクの集団。ファンクラブの一桁から二桁ナンバーから構成される、選ばれし精鋭たちの姿である。そろいのピンク色の半被の背中には、リナの顔写真をプリント(非公式グッズ)持つペンライトは、リナのピンクの衣装を引き立たせるために青と緑のみを使用。どこからどうみても、重度のドルオタである。
「ねえ、何しにきたの?」
木霊・C・リュカ(aa0068)は、呆然とするしかなかった。はじめていくところだから色々心配だなー、と呟いたらあれよあれよとい間に相棒がグッツを貸してくれたわけである。
『リナたんの応援では?』
凛道(aa0068hero002)は、当たり前すぎて分からないという顔をしていた。
『昨今、握手会等で危害を加えられるケースも多いといいます。チャンスだったとはいえ、こういう時はアイドル達の安全を第一にして頂きたいものです』
「ねぇ、なんで準備体操をしてるの?」
戦闘前に今までそんなことをしたことなかったよね、とリュカは凛道に尋ねる。
『仕事として引き受けたからには、コンサートをなんとしても成功させなければ。皆さん、気をはっていきましょう!!』
おー、と野太い声援が上がる。
リュカには見えなかったが、たぶんファンクラブの人々だろう。
「なに、何がはじまるの。ねえ、お兄さんの声聞こえてる……?」
なんだか、今日は相棒の存在が遠い。
リュカが呆然としているなかで、そんな凛道に関心しているものもいた。
「さすが、溶け込んでいるな」
『……ん。熱烈なファンの一人にしか見えない』
スタッフにまぎれ麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)は、不審者を探していた。
「リンカーや愚神の可能性もあるからな、一般人なら楽なんだが……」
その場合は遊夜や仲間たちが出る幕もなく、警備員たちだけでえカタがつくだろう。だが、そんなふうに楽に終わるはずがないと経験が証明している。
『……ん、反応を隠して……一般人に紛れてる、可能性もある……油断は禁物』
そうだな、と遊夜は気合を入れなおした。
なにせ、犯人は事前に犯行声明を送ってきている。隠しやすい小型の武器などを携帯している可能性が高い。
「思ったより、人が多いみたいだよ」
事前に不審人物を探し出すのは難しいかもしれないな、と紀伊 龍華(aa5198)は呟く。
『あたりまえです。アイドルのコンサートなんですぅ』
まだ、幕が上がっていないステージを見てノア ノット ハウンド(aa5198hero001)は、夢見るように呟いた。
『アイドルとは良いものです。歌と踊りを披露して退屈を揉み消して時には笑顔や元気までくれるです。ノアは好きですが、ボンクラはどうです?』
いきなり話題を降られた、龍華は少しばかり驚いた。
「え、いや普通に尊敬してるよ。それだけの力は努力なくして掴み取れないもの。ただ、期待を身に受ける分心身に負荷がかかってしまう人もいる。そこが心配かな」
テレビなどで輝くアイドルは身近なものでもあり、同時に想像もできないような努力や期待、プレッシャーといったものに耐えてきた人たちだ。リナだって、その一人だろう。だから、自分たちがステージを守ることで彼女の活躍を応援したい。
龍華は、そう考えていた。
●コンサートの始まり
『リハーサルでも聞いたけど、とーってもキュートな歌声ね。アタシ、ファンになっちゃった♪』
ロゼ=ベルトラン(aa4655hero001)は、楽しげに微笑んでいた。本番五分前です、とスタッフが怒鳴っているのにどこ吹く風といった具合である。一方で、高野信実(aa4655)は掌に人の字を書いて飲んでを繰り返し、緊張を抑えていた。
「リナさんを、お客さんを……絶対護らなきゃ」
地方出身者である信実は、田舎出身のリナに対して仲間意識を持ち始めていた。故郷を離れて戦うのは、誰だって寂しい。けれども彼女の歌も言葉も踊りも、きっとリナ以外の誰かを励ましてくれているに違いない。
「がんばらないと。でも、……そのためには共鳴を」
『あら、あがっちゃったの。しょうがないわね』
ロゼと共鳴した信実は、スタッフの声を聞いた。
「本番、五秒前。五、四、三、二、一、ゼロ!!」
幕が上がる。
照明のせいもあって、ステージからでは客席がよく見えない。だが、それでも気配で会場がファンで埋め尽くされていると分かる。ステージの真ん中に立っていた、リナは少し顔をうつむかせた。客席からは『リナたん、かわいいー』という声援が聞こえてくる。頬を少しだけ染めて、リナは口を開く。
「皆、今日はオラのライブに来てくれてありがとう。最初に、オラは皆に謝らなければならないんだ。今日は、オラのワンマンライブの予定だったけど……急にゲストがきてくれることになったんだべ」
虎噛 千颯(aa0123)は、ドラムをダダダダダッンとリズムカルにドラムを叩く。その音にあわせて登場したのは、白虎丸(aa0123hero001)であった。
『が……がおー白虎ちゃんでござるよ……』
リナ以上に照れている。
誰もがわかるような白虎丸のテレのはいった演技を、千颯は声を潜めて指摘する。
「リナちゃんの緊張をほぐそうとしてるのに、白虎ちゃんが緊張してどうするの。ゆるキャラの誇りはどーしたの」
『待つでござる。俺はゆるキャラでは無いでござる』
リナは、ステージに流れる微妙な雰囲気を吹き飛ばすことができないでいた。そんなとき、ステージの袖にいたスタッフから千颯に指示が入る。もう一人のゲストの登場を彩るために千颯は、再びドラムを叩いた。
「ようこそ、リナちゃんのライヴへ! テクノポップアイドルのアルです」
アル(aa1730)は、観客に手を降りながら登場する。ステージに慣れた、登場の仕方に「さすがはプロ」と千颯は舌を巻いた。
「とつぜん、ごめんね。今日は、リナちゃんと一緒に歌いたくてきちゃった。皆、ボクもステージに混ぜてもらっていーい?」
アルが客席に尋ねると、客席からは「いいとも!」という叫びが聞こえてくる。こんなにもファンに愛されているのに自信のないリナに、雅・マルシア・丹菊(aa1730hero001)は微笑んだ。
『昔のアルちゃんみたいね。今回は、先輩らしくサポートをよろしくね』
マルシアの言葉にアルは頷くと、マイクを握りなおした。
「リナちゃんのふるさとって東北だったね。東北旅した時、宮城に行ったの。良い所だね!」
雪にはまいったけどね、とアルは笑う。
「あとね、お国言葉がかわいいの!」
アルは、リナのほうを向く。
彼女の唇は、何かの言葉をつむごうとしていた。
その言葉は、たぶん台本にはないものだ。
リナは、そんな予感がしていた。
紫 征四郎(aa0076)が、とつぜんキーボードをかき鳴らす。アイドルらしくない曲調の音楽と共に現れたのは、雪ノ下・正太郎(aa0297)であった。すでに英雄と共鳴し、歌舞伎のヒーローの姿に変わっていた。
「面白そうなことが起こる予感がするでございる。拙者も仲間に入れて欲しいでござるよ」
「そうね。あなたが素敵な踊りを踊れたら、混ぜてあげる」
アルは、微笑んだ。
『SEIの見せ場であるぞ』
ユエリャン・李(aa0076hero002)は、ささやいた。すでに征四郎と共鳴しているため、彼女は大人の姿をしている。SEIは、演奏者としてステージに出るために作った名義である。
『それにしても方言丸出しアイドル、新しくて良いと思うのであるがな』
「ユエは黙っててください……!!」
征四郎は緊張していた。
ここから正太郎の踊りが始まる。その演奏は、征四郎と千颯だ。だが、最初の数秒間だけ征四郎のソロが入る。たった数秒間だが、征四郎はステージの上で一人で戦わなければならない。ものすごく、緊張する。
『練習してきたのであろう』
「もちろんです。すてきな、曲でした……!」
これから演奏するのはリナの曲。
何度も聞いて、何度も指を動かした曲だ。
『脅迫状の内容からいって、リナ嬢が狙われる可能性は極めて高い。我輩たちの本番は、ここではないぞ』
ユエリャンの言うとおりだ。
征四郎の本番はここではない。
本番の前に、征四郎は自分からリナに言った。
――途中の演出に合わせて、少し後ろになっちゃってますが許してくださいね。でも、絶対に守りますから。
あの言葉は本心で、本業だ。
「――はい。なんとしても、守りましょう」
音楽が始まる。
「なるほどね。こういうアレンジなのね」
ドラムを叩きながら、千颯は呟いた。
元の曲よりテンポを少し早くして、踊りが初心者の正太郎でも舞いやすいようにしている。そして、そのアレンジされた歌には、極上のラッピングが施された。
二人のアイドルの歌声。
その声が会場に響いたとき、ファンたちがいっせいに湧き上がった。正太郎もその場にいた全員の気持ちを代弁するかのように、飛び跳ねる。
――曲が止まった。
一度舞台の照明が落とされ、次の瞬間にステージに現れていたのはロゼと共鳴した信実であった。
「おや失敬、ワタクシは名も無き怪盗。なぁに、今日はちょっと拝借にあがっただけです」
信実は、膝をつき彼女の手を取る。
「星の如く輝く歌姫……そのお声をワタクシにも聴かせて戴きたい」
ステージは、リナの歌のソロパートに移行する。
切ない恋のバラードが、客席のファンたちを魅了した。
だが、その歌の最中に信実は盾を構えてリナを針から守った。
「危ない!」
針を投げたのは、客席にいた男であった。
「リナ……君はボクのためだけに歌うべきなんだ」
●客席での戦場
「……ん、動いた」
客席後部にいた遊夜は、立ち上がった男に狙いを定める。男がなにかをしてから、従魔が現れた。彼は、間違いなく愚神である。
「”待て”!」
藍は支配者の言葉を使用し、愚神の動きを止める。
その隙を仲間は見逃さなかった。
「残念、そこは俺の射程内だ」
『……ん、そう簡単には……外してあげない、よ?』
テレポートショットで遊夜は、愚神の膝裏を狙う。もう一発叩き込もうとするが蝶のような愚神が、リンプンを振りまいているのに気がついた。
「さて、見たとこ蝶は状態異常系だな……手早く片付けねば」
この場には一般人もいる。
巻き込まれたら、怪我ではすまないであろう。
『……ん、時間かけるだけ……被害が、出るタイプ』
だから手早く済ませよう、とユフォアリーヤはささやいた。
遊夜は、トリオを使って従魔を打ち抜く。見たところ、観客は従魔の存在にも愚神の損時にも気がついていない。気がついていても、ステージの演出の一環だと思われているようである。
そう思わせるために、仲間は舞台へと上がったのだ。
『……ん、ちゃんと脚本どおりなバージョンもみたかった』
「無事に行けば、白虎丸さんがヌイグルミみたいに抱きつかれるって流れだったよな」
脚本どおりにステージが進めば、リナをさらった怪盗はリナの歌を楽しんだ疲れで眠ってしまい――目覚めると隣にはリナと入れ替わった白虎丸がいるというオチのステージになったはずだ。さすが、ユルキャラ。オチでも大活躍である。
『……ん、もふもふ可愛い』
残念ながら本来の筋のステージを行なうことは、もう出来ないだろう。
だが、仲間たちならば出来るはずだ。
「さぁ、アドリブだらけのステージの前座と行こうか」
『……どこにいても、見つけてあげる』
ユフォアリーヤは、微笑みまた蝶を打ち落とした。
『これで演出みたいに見えますか?』
禮は、幻視蝶を飛ばしながら呟いた。
暗いライブハウスに舞う蝶は、一瞬見た限りでは従魔と区別がつかない。
「さてさて、もっと演出してみようか」
観客が争いごとになど気づかないぐらいに、素敵な夢を作り出そう。
演出家のように、藍は呟いた。
『ゆっくり聞けないのが残念ですね』
ステージでは、リナがソロで歌っている。彼女のファンばかりのライブハウスだけに、応援の熱量は時間が経つほどに上がってゆく。
「後でCDでも買って帰ろうか、禮」
『サインももらっておきましょう! きっと有名になりますよ!』
数年後の歌合戦にでていたりして、と禮は弾む声で言う。
『兄さん、気付いてますか?』
禮は、急に声のトーンを落とした。
「ああ。もし、脅迫文の差出人が今回の愚神であったとしたら……わざわざパソコンで脅迫文を作る必要はない。そもそも、脅迫する必要すらない」
脅迫などしない方が奇襲は容易いはずだ、と藍は続けた。
『ええ、あの脅迫文を送ったのは愚神ではないような気がします』
「……今後も警戒はしておいた方が良いのかもしれないね、報告はしておこう、杞憂なら良いが」
●客席の戦闘2
『一度で愚神を仕留めるのは困難だろう。先ずは動きを止めろ!』
リーヴスラシルの言葉を聞いた由利菜は、武器を抜いた。
ステージ側の自分たちは、裏方である。だが、裏方がしっかりしなければ舞台は成功などしない。
「邪なる心にて少女に近づきし者よ、悔い改めよ! ヴァニティ・ファイル!」
しとめた、と思った。
だが、愚神はステージに上がろうとする。
「ここから先は、行かせないよ」
龍華は、盾を構えてステージに上ろうとする愚神を阻む。
『良識あるファンならば、ちゃんと指定の場所で見ているのが常識ですぅ』
ノアの言葉を聞いた龍華は「そのとおり」と頷いた。
「彼女を独占して縛り付けて、そうしてお前の為に動くようになったらそれはアイドルのリナさんじゃなくなる。ただの、一人にとって都合の良い人形だよ
『ファンだというなら、慕うというなら自由を奪って苦しむのは誰なのか容易に想像できるはずだったのにです』
だが、そんな言葉は愚神に言っても無駄なのかもしれない。
愚神にとって、人間は所詮は道具や食料のようなもの。
「もったいないよね」
リナには、輝きがある。
その輝きはきっと、歌が好き、皆を喜ばせたいという気持ちから出てきている。その気持ちを、愚神はきっと理解できない。
「本当に、もったいないよね。音楽好きの愚神さん!!」
観客席まで押し戻した愚神を攻撃したのは、黒猫であった。
攻撃をした凛道は、片手にオヴィンニク。もう片方の手に、ペンライトをまだ握っていた。
『リナたんがんばれーー!!!!』
「せめて、戦闘中は応援をひかえようよ」
かつて、こんなにも凛道が熱くなったことがあっただろうか。
リュカは、少しだけ遠い目をした。
『なまりぎざかわゆいですよーー!!!』
気のせいか、オヴィンニクの黒猫も若干やりにくそうである。
『皆さん、次でラストです』
凛道が声を張り上げる。
次で止めをさすのか、とリュカは身構えた。
『次は、この冬発売予定の最新曲です。今日がはじめての発表なので、曲の最中に僕たちは応援をおくれません。今のうちに、リナたんに、ありったけのエールを!!』
「何時の間に、そんな情報を入手してたの!!」
リュカの突っ込みもむなしく、凛道はペンライトを少女にまっすぐと向けた。
その光は、少女の衣装を引き立たせる色。
今日の主役は、彼女。
だが、自分たちは単なるファンではない。
彼女と共にステージを作るファンだ、という気概をこめて。
『リナたーん!』
凛道の声が響く。
そして、ステージの上に立つアイドルは実に楽しそうに笑った。ステージは明るすぎるから、自分に向けての笑みではないだろう。それでも、凛道は拳を握る。
『極上のファンサを頂きました』
「おにーさん、今日だけで知らなかった単語を随分と覚えちゃったよ」
●アイドルが作るステージ
自らが攻撃されたことで、リナは戸惑った。
一瞬歌が止まり、千颯は派手にドラムをかき馴らす。曲のアレンジだ、と観客に思わせるためである。ここで、ドラマーとしての千颯の役割は一度終わる。
白虎丸と共鳴した千颯はカバーリングを使用し、リナの身を守るために彼女の肩を引いた。どうすればいいのだろう、とリナは真っ白になった。
愚神の出現の可能性は聞かされていたが、いざとなるとどうすればいいのか分からなくなる。
「歌ってください! リナ!」
征四郎が叫んだ。
それは、まるで舞台の演出の一部のようであった。
「悪者をやっつけるのは、主役の歌の力が不可欠ですから!」
征四郎の言葉に、リナは一瞬迷った。
こんなことが起きているのに自分は歌ってもよいのだろうか、と。
「まかせるでござる」
と正太郎は言う。
「拙者はご当地ヒーローカブキリンカー役、753プロ所属の雪ノ下正太郎でござる。アドリブにはなれているでござる。だから、ステージがどんな方向にいこうとも大団円で終わらせるでござる」
「ボクのアドリブは得意だよ。なにせ、アドリブ大歓迎だしね」
信実はタクシードを翻しながら、観客に向って手を広げる。
「ワタクシとその仲間たちの力は絶大! 歌姫を奪われたくなければ、彼女に声援をおくるのです。彼女の歌だけが、正義の味方のエネルギーになるのだから」
客席から「リナたーん!!」という、喝采が起きた。
誰一人として、ステージ上のことを劇だと思っている。
それでも、本気で応援している。
その声援のなかで、アルはリナの手を握った。
「アイドルはね。個性や人間味や成長を見てもらって、その【人】そのものを好きになってもらうの。その人の故郷もね。……聞いての通りボクは喉を機械化してる。ボクはこの声が大嫌い。だからこそコレを武器にして個性を出した。結果は……見ての通りだね。コンプレックスは自分の味方になるよ」
それになにより、とアルは続ける。
その横顔は、極上のケーキを目の前にしたときよりもうれしそうだ。
「なにより――この声援に答えたい、と思えないのならアイドルじゃない!!」
とびだせ、とばかりに二人は手を繋いだまま大きく飛び跳ねる。
二人が歌う曲は、リナの曲のなかで最もアップテンポでハイテンションな曲だ。二人は額に汗を流し、笑顔で歌い続ける。
「リナちゃんはアイドルが嫌いなわけじゃなかったんだな」
沈んだ顔をしていたときもあったから心配したぜ、千颯は呟く。
「気楽にいけるように、ゆるキャラ作りの極意を授けようと思っていたけど杞憂だったな」
『待つでござる。俺はゆるキャラでは無いでござる。……こんなときでも、千颯は音楽をしっかりと聴いているのでござるな』
「無論。こんな迫力ある演奏は、滅多にないぜ」
楽器に、歌に、踊りに、アイドル。
まるで、お祭り騒ぎみたいに楽しいステージだ。
「リナさんのライブを中断させる訳にはいきません」
由利菜は、武器を構える。
彼女たちがいるのは、客席側。
きらびやかなステージからは見えない、死角のような場所。
それでも仲間を信じて、由利菜は武器を構える。
「ラシル、神技ディバイン・キャリバーで一気に畳みかけます! 誓約術の記憶リミッター解除を!」
由利菜の声に、リーヴスラシルは答えた。
『了解。嘗ての私の神性……光の翼、碧の瞳、蒼銀の鎧……全て主へ託す!』
そして、舞台に上がる仲間を信じる。
だん、と舞台上にいる正太郎が大きく足音を鳴らした。
「こいつで、止めだっ!! 天下御免斬りっ!!」
それは演技であった。
だが、観客席にいた由利菜が見えにくいこともあってまるで正太郎が愚神を切り倒したように見えた。
「彼女を応援したい」から「自分だけをみてほしい」に変わってしまったら……もうそれはファンじゃない」
ぼそりと、アルは呟いた。
『そうね、それは単なる……いいえ、この話はここでは止めにしましょ』
マルシアは、にっこりと笑う。
『あなたたちアイドルにはまだ仕事があるんだもんね。マネージャーのあたしが手出しできない、あなたたちにしかできない仕事がね』
マルシアは、アルの背中を押した。
『今日のあたしは目立たなかったけど、マネージャーがアイドルのステージで目立つなんてありえないことよね』
「そうだよ。ステージはアイドルのもの。そして、この歌はリナちゃんを、リナちゃんを通して教えてもらった故郷を好きになってくれたファンたちのためのものだよ!!」
アルの紹介に、リナは一瞬言葉に詰まった。
自分の言葉が恥ずかしい。
だって、自分の故郷は畑と山ぐらいしかない寂れた場所。牧歌的なといえば聞こえはいいが、若者がどんどんといなくなる寂しい場所だ。そんなところに住んでいた証拠である言葉が、何より恥ずかしい。
「リナさん」
信実は、ロゼとの共鳴を解いた。
恥ずかしいが、共鳴した自分ではなく素の自分でないと伝えられないことがあると思ったのだ。
「おら、おみゃはんのこどぁ田舎もんの希望だど思うへんで……ありのままさなるのを怖がんねぇでけろじゃ」
田舎には、東京には当たり前にあるものがない。
それでも、東京には負けないという田舎者の勇気と希望を歌って欲しい。ロゼの力を借りず信実はそう言った。
「リナー」と客席からエールが聞こえる。
ノアも負けじと声を張り上げた。
『辺りに都合のいい様に取り繕って自分を縛り付けてちゃ楽しめないですよ? 確かに周りの人間への配慮は大事ですがまずは自分自身が楽しめないといけないです。少なくともノアはそう思うですよ!』
『もっと自分に自信と誇りを持て! そして、自分を支える良き人達の支えを借りるのだ。……私は嘗て仕えていた陛下と分かたれ、ユリナを新たな仕える姫として求めた。ユリナは王族ではないが……ならば、私が導けばいいと思った』
「私、初めはお姫様なんて向いていないと思っていましたけれど……ラシルとの長い付き合いを経て、いつしかラシルの主として振る舞うことを受け入れている自分がいました。あなたもなればいいのです。あなたが望む、あなたにしかできない形のアイドルに!!」
応援の声は聞こえないかもしれない。
それでも由利菜とリーヴスラシルは叫んだ。
『……ん、訛りも個性……隠さなくていい、良いもの』
ユフォアリーヤも頷く。
すべての声援が届いたわけではない。
「言葉はどちらでも、良いと思うのです」
征四郎は、呟いた。
「もし辛そうな人が目の前にいて、手を差し伸べてあげたい時、どちらの喋り方の方が声をかけやすいか、とか。最後は、そういうことだと思うのです」
全ての言葉がリナに届いたわけではないだろう。
だが、再び口を開いたとき彼女の顔に恥ずかしさはなかった。
「皆、次が最後だべ。オラの新曲――新しいことにチャレンジする友人を応援する曲なんだべ。オラが本当に人を応援すっとときは「がんばれ」じゃなくて「けっぱれ」っていっちまうけど、それでも皆が何かに挑戦するとき、この曲を思い出して欲しいんだべ」
アルは、口元からマイクを離した。
新曲の発表――その大事なイベントはゲストが混ざれない主役の特権だ。
征四郎も千颯も、楽器から手を離す。
代わりに、プロのミュージシャンがリナの新曲の演奏を勤める。いままでずっとドラムとしてステージを作っていた千颯に白虎丸は尋ねた。
『ここにきて、交代なんていいでござるか?』
「オレちゃん、今日は演奏に戦闘に働きづめだからいいの。それに、新曲はじっくり聴けたほうがお得なんだぜ」
歌が始まった。
見知らぬ場所へと旅立つを怖がる人間の気持ちを歌い、リナは二番で「その気持ちは特別なことではない」と歌う。
「……一人じゃない、私がいる」
ありきたりな歌詞に、ユエリャンは感心する。
『感情がこもった歌だ。だからこそ、当たり前の言葉が温かく感じるのだな』
「す……すごいです。これがプロの」
歌を引き立たせるための演奏に、征四郎は呆然とした。
歌詞の意味を楽器の音色が引き立てて、悲しみは寄り深く、リナの語りかけるようなより優しく表現される。
「この歌声が欲しいといった愚神の気持ちが少し分かってしまうかもしれないな」
遊夜は、苦笑いする。
ユフォアリーヤは、尻尾でばしりと遊夜の足を叩いた。
『……ん。浮気はだめ。でも、優しい歌』
あったかくなるの、とユフォアリーヤは呟く。
『素敵な歌ですね。……本当に、励ましてもらっているような気になる』
「うん、良いものだね」
藍と禮は、互いの顔を見合わせた。
なぜか、自然に笑みがこぼれてくる。
『キュートなだけじゃなくて、こんなに素敵な歌まで歌えるなんて……ますます好きになっちゃう。絶対にCDを買って帰らなくちゃよね』
ロゼは、ぎゅっと拳を握り締めた。
「俺も、誰かが不安になってるとき……こんなふうに励ませるかな」
戦闘が変わったことで、元のおどおどした性格に戻った龍華は視線をさまよわせる。その光景を見て、ノアはにやにやと笑っていた。
『励ませるかなって悩んでいるときは、励ましてほしいと思っているものなんですぅ。でも、歌で他人を励ますなんて、プロぐらいにしかできないでですよね。ノアたちは自分の言葉の行動で、気持ちを相手に伝えることしかできないんですから』
人見知りの龍華は、まずそこをがんばらないとノアは笑った。
「ラシル……」
由利菜は、隣に立つ英雄に呼びかける。
「もしも、私が不安に押しつぶされそうになったときには……あなたに導いて欲しい。この曲を聴いて、改めて私はそう感じました」
『……私も同じだ』
リーヴスラシルは、真剣に頷いていた。
いつか不安に押しつぶされそうになったとき「一人じゃないよ、私がいるよ」とありきたりだけど温かな言葉が欲しいと――ただ歌を聴いただけなのに思ってしまった。
●ステージの後には
「えっ、これって全部が新曲のCD? こんなにどうするの?」
リュカは、凛道が購入したCDの数に頭が痛くなった。ユエリャンの数を数えてもらったのだが、十五枚を越えたあたりで「世の中には知らないほうがいいこともあるのだぞ」と言われたのがとても怖い。
「封入されている握手会抽選応募券を抜いたあとに、CDは知り合いに配りますので収納場所はご心配なく」
ライブ限定のTシャツも購入し、凛道はどこか誇らしげであった。
そして、CDを買っても確実に握手会に参加できるわけではないというルールにアイドルという商売の闇をみたリュカであった。全員が最近のアイドルはそういうものだから、とリュカを慰める。そのなかで、マルシアは一人で真剣な顔でグッツ売り場を見つめていた。
『うーん、アルのグッツはいつもより減りが遅いわね。せっかく、CDとかTシャツとかタオルとか持ってきたのに……やっぱり、飛び入りゲストだと高いグッツは動かないのね。でも、単価が安いストラップはそれなりに動いているわね。やった!』
マルシアが、ぐっと拳を握り締める。
『歌うのはアイドルの仕事。でも、ファンとアイドルを繋ぐのはマネージャーの仕事なのよ』
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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