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最終発言2017/11/14 19:46:59 -
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最終発言2017/11/09 19:43:33
オープニング
●花のように、残酷に
南米――インカ支部から少し離れた場所にある、開けた場所。
そこはH.O.P.E.勢力の後方支援拠点の一つ。物資支援やオペレート、救護などのため、幾つかの野営施設が並んでいた。
ラグナロク本隊との戦闘が幕を開けた今、拠点の慌ただしさは頂点に達していた。次々とエージェント達の部隊が出撃してゆき、あるいは斥候の小隊が戻ってきては、戦況を報告する。
「妙だ」
そんな中、オペレーターの一人が顔をしかめていた。拠点の周囲を警備している小隊との連絡が途絶えたのだ。
何かあったのだろうか。いや、何かあったことしか考えられない。そう思っては、彼はすぐに周辺の小隊に確認を依頼する。だが……その小隊もまた、音信不通となっていたのだ。
(何が、いったい何が起きているんだ)
胸糞悪くなるほどの胸騒ぎ。
かくして、その時であった。
「敵襲ーーーッ!!!」
拠点の外で聞こえた大声。それから悲鳴。
オペレーターは弾かれたように顔を上げ、半ば足をもつれさせつつテントから飛び出す。敵襲? まさかそんな。彼は目を見開いていた。その眼前に迫っていたのは女の愚神と、彼女が突き出す槍の切っ先で、――
●真実の代価
君達は本来ならばインカ支部周辺の従魔を撃滅するために編成された小隊だった。
だが状況は変わった。
トリブヌス級愚神グリムローゼ――かの者が、従魔を率いてH.O.P.E.野営拠点の一つを強襲したのである。どうやって? 警備のエージェントを討ち、その足からフォレストホッパーを奪い、高機動力で一気に森を抜けて、だ。
一つでも多くの戦力が必要となる。
そのために、出撃中だった君達は急遽森を引き返し、拠点へと駆けているのである。
君達が目的地に到達したのは、それから間もなくのことだった。
緑から視界が開ける。
そこにあったのは、従魔と切り結ぶ戦友達。火を放たれ燃えるテント。そこかしこに転がった戦友達だったモノ。
そして――次々と戦友達に槍を突き立て、命を、ライヴスを奪っていく女の愚神、グリムローゼ。
「あははははッ! 脆い脆い! わたくしの糧となれること、光栄に思いなさい! 家畜ども!」
グリムローゼが笑い、槍を振るう度、血飛沫が飛ぶ。命があっけなく失われる。
殺戮を嬉々として行い、命を貪っていくその様は正しく愚神。次の『餌』へ、残虐な笑みを浮かべた愚神は襲いかかる……。
「ウールヴヘジン共は我々が食い止める! 君達は愚神を!」
全身に傷を負った者が、盾を構えて倒れた仲間を護りながら叫んだ。その者を始め、消火や負傷者の運搬などを行っている者もいる。
ならば君達の成すべきことは一つだ。かの愚神、グリムローゼによるこれ以上の被害を食い止めること――。
AGWを構え、一同は踏み出したことだろう。
「どうも、良いお日柄ですね」
その目の前に。
新たな愚神が降り立った。誰かがその名を口にする。異形の紳士――愚神商人。
彼は君達が何かを言う前に、人差し指を立ててこう言った。
「取引をしませんか?」
皆様の中から誰かが邪英となれば。
我々は即刻ここから撤退しましょう。
だけでなく。
真実を幾つか、お教えしましょう。
私達、愚神のこと。
皆様、英雄のこと。
この世界と、異なる世界のこと。
そろそろ深淵を知っても良い頃合いでしょう。
……お断りされるのならば?
その時は――しょうがないですね。
まあ、幾つかの命が、失われることでしょう。
ご返答は早くなさった方がよろしいかと。
グリムローゼさんがこの瞬間にも、誰かを殺してライヴスを啜っておられますので。
さあ、さあ、時は金なり。
取引を呑み、命を救い、この世界の真実すらもその手に掴むか。
取引を拒み、血と死にまみれた惨劇の幕を上げるのか。
誰を犠牲に?
何を犠牲に?
どれを掴む?
「――さあ、どうなされますか?」
解説
※注意!※
邪英化判定が下される可能性のあるシナリオです。
ご参加の際はご注意ください。
●目標
敵勢力の撃退
●登場
従魔ヴァルキュリア*5
鎧と盾のRGWを纏った防御偏重。
グリムローゼ周辺におり、彼女のカバーリングを行う。
グリムローゼ
攻撃力と命中・回避に優れたテクニカルファイター。防御は低め。
愚神商人の問いにPCが答えるまではNPCを攻撃している。問いかけを全員が拒んだ場合、PC達へと襲いかかる。
・ブラッドクイーン
パッシブ
周囲の従魔・下位愚神の能力を全体的に底上げすると同時、それらを指示通り動かす。
・蝶々戦車
アクティブ
直線刺突攻撃。射程先の任意のスクエアまで移動できる。
命中対象に【狼狽】【減退(2)】付与。
・牙薇
パッシブ
回避成功時、攻撃対象へ反撃を試みる。
※PL情報:「ブラッドクイーン支配下にある愚神・従魔一体を戦闘不能にする。自らの体力を大きく回復&5ターン能力底上げ」というスキルは不使用。
愚神商人
彼の言葉に嘘はない。彼は君達に嘘を吐かない。
※以下PL情報
・攻撃技は無い。
・回復技やアイテム効果を「回復はせずに、生命力にそのまま回復量分の実ダメージ」に変更する領域を展開している。クリアレイ系はランダムでバッドステータス付与になる。
・生命力に受けたダメージ、罹患したバッドステータスをそのまま攻撃手にも発生させるパッシブスキル所持。
※PL情報以上
NPCエージェント達
消火活動、ウールヴヘジンとの戦闘、負傷者の運搬・治療を主に行う。
PCは愚神との戦闘専念可能。
●状況
アマゾンの森の中、開けた場所にある拠点の一つ。
あちこちにテントがあるが従魔によって火を放たれている。
ウールヴヘジンがあちこちにおり、他エージェントと戦闘を繰り広げている。
時間帯は日中。
リプレイ
●真実の悪魔
「――さあ、どうなされますか?」
惨劇の渦中。
否応なしの取引。
「それは法的には『取引』ではなく『脅迫』と言うんです」
匂坂 紙姫(aa3593hero001)と共鳴中のキース=ロロッカ(aa3593)がわずかに眉根を寄せた。
「取り締まりますか?」
愚神商人が肩を竦める。「ただの軽口ですよ」とキースは刺すように会話を切り上げた。
「愚神と取引だなんて、信用できるわけないでしょ!」
と、直後に六道 夜宵(aa4897)が声を張る。出撃中に引き返して、遭遇した光景。グリムローゼによる虐殺。「なんでこんな所に」と言わざるを得なかった。ラグナロクと共闘しているのか? そんな混乱の最中に突きつけられた取引。落ち着く方が無理がある。
しかしそんな夜宵を、キースがそっと手で制した。
「癪に障るのは否定しませんが、堪えて頂けますかね?」
『そうだぞ、夜宵』
キースの言葉に、夜宵と共鳴中の若杉 英斗(aa4897hero001)も同意する。
『愚神“商人”と言うくらいだ。取引を反故にして、信用をなくす真似はしないんじゃないか?』
ライヴス内で英斗がヒソヒソと言う。夜宵も声を潜める。
「愚神を人間の常識で計るんじゃないわよ、英斗」
『とにかく、皆と相談すべきだ』
独断は危険だ。英斗の言葉に、夜宵は出かかった言葉を理性で飲み下し――愚神商人へ指を突き付ける。
「愚神商人! いま考えるから、ちょっと待って!」
「ええ、存分にご相談なさって下さい。しかし悠長には――」
「分かってる、分かってるわ!」
愚神商人の言葉を遮り、夜宵は仲間達へと振り返る。悠長にしていられないのも事実、この瞬間にも……誰かが傷付き、死んでいる。目の前で!
「誰かを助けるために、他の誰かを犠牲にするなんて……」
「くそっ……このまま黙って指咥えて見てろってのか……、……あたしは……」
‐FORTISSIMODE-(aa4349hero001)と共鳴中の楪 アルト(aa4349)が、掌に爪が食い込むぐらいに拳を握り締める。
「状況は一方的か」
ライガ(aa4573)はそう言うが、対照的にその瞳には「それでも打開してみせる」という意志が満ちていた。気概において引けは取らず、「仮に邪英化しても、俺様なら自力で回復できるが」と自信満々堂々と言ってのけつつ、さて。
この状況、どうするか。
心を抉るような問いかけだ。
ここにいるのは仲間だ。たとえ交友が薄くとも、友達の友達だったりもする相手だ。誰もが誰かの大事な人だ。
でも――
周囲で今まさに失われている命もまた、そうなのだ。
命は足し算や引き算なんかじゃない。
でも、誰かが。
そう、誰かが。
犠牲に、ならなければ……!
「邪英になる気はねえ。愚策だろうが、俺は交渉には乗らない」
ブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)と共鳴中の百目木 亮(aa1195)は頭をガシガシと掻いた。
「商人というくらいだから、信頼も商品の内と考えると嘘は吐かないだろう。が……その言葉を額面通りに受け取っていいものか?」
亮の第二英雄が元の世界に帰りたがっていること、愚神商人の語る真実――興味がないと言えば嘘になるが。邪英という戦力を敵に与えてもいいのか。香港協定第二条「H.O.P.E.及び古龍幇は愚神との取り引きや協力要請に応じないこと」も含めた今後の影響はどうする?
「……命が今も減らされてるってのに、へこへこ頭下げてそれで解決だなんて虫唾が走る……そんなもんあたしは認めねぇ……」
アルトは今にも戦いへ飛び出したい気持ちを死ぬ気で堪えながら、絞り出すように「交渉には否」の意志を強く示す。
「私達は……邪英化したくはないわ」
夜宵が、英斗と出した二人の思いを口にする。苦しい表情だ。本音を言えば取引せずに愚神達を殲滅したい、だがそれは状況的には非常に厳しい。
「我々が敵う相手ではないような気がするのだが……」
『犠牲も増え続けるのも嫌ですよね、ここは素直に提案を飲みましょう』
御剣 正宗(aa5043)とCODENAME-S(aa5043hero001)が断腸の思いで首を振る。
「戦闘に関するデータが何らない愚神商人に、トリブヌス級愚神グリムローゼ、武装した複数体のヴァルキュリア……対するこちらはたった八人、支援なし。正面からぶつかれば、皆帰らぬ人になってしまう可能性が十分にあり得る」
正宗の言葉はネガティブであるが、現実主義だ。普段は無口な正宗がここまで言葉を必死に紡ぐのは、それだけ逼迫した状況だからだ。
「……でしょうね。そして『帰らぬ人』には『ボク達八人だけ』で済む事態でもなくなっています」
彼我の実力差を冷静に測り、キースが言う。言葉の間にも戦闘の音が響き続ける。名前も知らない仲間達が、愚神達と命を懸けて戦っている音が。
そのライヴス内では紙姫が、じっとキースを見守っている。兄の怒りを知っているからこそ普段と変わらぬ調子で、急かしたり促したりすることはせず。その態度こそ、最もキースに冷静さを与えるだろうことを知っているから。
「……、」
正宗は唇を噛んで、深呼吸。それから皆を見渡した。
「ここはボクが生贄になろう。ボクは……、力不足だからね。合理的だ」
シニカルに笑む。一見にして自虐的だが、これでも考えに考えた、正宗なりに合理的と判断した結論だ。正宗は愚神商人にも見えるように手を挙げようとして――しかし。
「私がやる」
その手を掴んで下ろさせたのは共鳴中の薫 秦乎(aa4612)だった。
「……! しかし、」
「強いからとか弱いからとか、そういう物差しで測るようなものでも、ないだろう」
振り返った正宗に、秦乎は淡々と答える。その瞳は平然としていて、そして決して譲らない意志が蜷局を巻いていた。正宗が下がるまで手を離さない上に目も逸らさない心算なのだろう。
(……食い下がって、無益に時間を浪費するわけにもいかない……か)
そう諦めては、正宗は渋々「分かった」と呟いた。「良い子だ」と秦乎は手を放す。
「あぁ、好きにしな」
盛大に溜息を吐いたアルトは、秦乎を止めようとはしない。しかし。
「だがな……こっちも全力で奪い返してやっからな。安心して覚悟しな!」
その目は仲間を信じている。秦乎は彼女を一瞥し、わずかに頷いた。そんな秦乎に、ライヴス内よりベネトナシュ(aa4612hero001)が悠然と語りかける。
『契約は契約だ、お前の意思を尊重しよう。……私に塗り潰されてくれるなよ、秦乎』
「……御託はいい、お前は俺の所有物だ。黙って使われろ」
そして。
引き留めの言葉は要らぬと言わんばかり。
仲間の眼差しを絶つように、赤い外套を優雅に大きく翻し。
叛逆の騎士は、愚神商人へと一歩を踏み出した。
「その取引、乗らせてもらう。差し出すのは私……いや、『私と俺』だ」
言い放つ。「ふむ」と愚神商人が秦乎を見やる。
「……が、いくつか確認させてもらいたい」
秦乎は静かに愚神の目を見返し、言った。「良いでしょう」と商人が承諾する。然らばと歩み出たのはキースだ。
「契約法を学んでいると、つい細かい条件を決めておきたくなるんです。悪い癖なんです」
「殊勝な心がけです。どうぞ」
「どうも。……まず大前提として、貴方の言葉は嘘ではないですね? 真実を喋るというのなら証拠を見せて頂いても?」
「証拠? 例えば……契約書に判子などいかがでしょう。しかしながらです。仮にそれらを用意して、私が皆様の目の前で『私は嘘を吐きません』とサインをし判子を押したとして。皆様はそれで満場一致に満足されるのでしょうか?」
すらすらと愚神商人は語る。
『言葉に証拠は作れない……ってことかな』
(回りくどい言い方ですね)
ライヴス内で英雄と短くやり取りを。そんなキースに愚神商人はもう一言付け加える。
「わざわざここで嘘を吐くのなら、それよりも問答無用で皆様を邪英化した方が合理的です。違いますか? 証拠……と申されましたので、この事実を証拠として受け取って頂いても?」
「……分かりました。ここで真実の追求をして夜を迎えるのも愚かなことです。次の確認に移らせて頂きます。時間も押していますので続けて行いますがご了承を」
――秦乎が邪英化した場合、グリムローゼの攻撃を即刻中止し、ヴァルキュリア共々撤退すること。
――秦乎が邪英化によって意識を失う前に、愚神商人の言う『真実』を話すこと。
――互いに、愚神商人、グリムローゼ、エージェント全員に手を出さないこと。
『なるほどね……転んでもタダで起きるつもりはないってことかな?』
(せめて一泡、吹かせてやりたいところです)
紙姫とライヴス内で言葉を交わしつつ、キースは愚神商人を窺う。奴の提案に乗るのは癪だ。だからこそ、ただ味方を一人手放すだけでは、終わらせない。そんな決意を瞳の奥に秘めていた。
さあ、どう出る。
「貴方は実にケンメイだ」
懸命。賢明。二つの意味がそこにあった。商人がくつくつと楽し気に肩を震わせる。一度、愚神商人に会ったことがある者ならば分かるかもしれない。彼が人間の前で、おそらく初めて感情らしい感情を見せたということに。
「よろしい。しかし承諾の前にこちらも条件が」
続けて愚神商人が言う。「お伺いしましょう」とキースが答えれば、商人はこんなことを尋ねてきた。
「貴方と英雄の名前をお聴きしても? ああ、名前を知ることで邪英化に、などそういう意地悪なことはしませんよ」
「……、」
キースは一瞬だけ眉を顰めたものの。
「ボクはキース=ロロッカ。英雄の名前は、匂坂 紙姫」
「しかと覚えました。では、そちらの条件で承諾しましょう」
「……どうも」
一礼をして、キースは一歩下がる。
『互いに手を出さないこと……そうか、反対に解釈すれば』
ライヴス内で紙姫が瞬いた。
(邪英化した者だけはこの条件の対象外。そういうことです)
それはキースが仕掛けた言葉の伏兵。――これで、秦乎が邪英化すれば大っぴらに彼を連れ帰ることができる。キースは密やかに、手にしていた武装をカスタネアチェーンに換装した。
(手は尽くした、思い付く限りのことはやった)
冷静に。それでも心臓が気持ち悪いぐらい震えている。
(あとは――……、)
秦乎を見やった。頷いた騎士が改めて愚神商人の前へ。
「一ついいか。……この取引、お前達に何のメリットがある? 私兵を一人増やして何の意味が?」
「兵力が欲しいのではないのですよ。兵力が欲しいのならば、手っ取り早く従魔の群れを召喚すればよいのですから。……【白刃】の時のように」
秦乎は商人を見やる。その眼差しに愚神は緩やかにこう言った。
「その理由こそ真実の断片、とでも申しましょうか」
「……。……交渉は、受諾した。如何様にでもするといい。俺達の身体で、一時とはいえ、命を買えるならば……悪くない、商談だ」
『迷いは無い。私は騎士、この身を剣と、盾と心得し者。如何に変じようとも、この魂だけは揺るぎはしない』
秦乎とベネトナシュがそう言った。
「承りました。では」
愚神商人が、その手をかざす――。
(えすちゃん……)
『ええ、もちろんです』
ライヴス内で語り掛けた正宗に、エスが答える。
『彼が邪英化してしまったら……なんとしてでも止めますよ!』
(……ありがとう。頑張ろう、精一杯)
言いたいことも、キースが上手く言ってくれた。そしてその条件は承諾された。
絶望と希望がない交ぜになった複雑な心境。
一同が見守る先では――。
「……こんな馬鹿な真似をするのは、後にも先にも俺ぐらいだろうよ」
ジワジワと己の存在が穢されていく。気持ち悪くも解放的な、奇妙な心地。まさに邪英となりゆく最中、秦乎は焼けていく意識でそう言った。
「……相手を。慎重に選ぶんだったな」
『例え切っ先を惑えようと、最後にはその喉笛を砕く、私ではなくとも、私の同胞らがな!!』
そのかんばせに恐怖はなく、自棄もなく、諦念もない。語るその言葉こそ二人の真意。
我等は人質を取られれば敵にこうべを垂れる烏合にあらず。
我等はこれからも“愚神(敵)”と戦い続ける。徹底的に。
然らば逆らおう、歯向かおう、叛逆しよう、愚かなる神々に。
たとえこの身が穢されようと、滅されようとも……。
――悪名高き『叛逆の騎士』、此処に在り!
●深淵へ
そして、一条の光が世界を焼いた。
『愚神トか英雄とカ、人間が決メタ基準ノ話だシ』
「ソチラの都合の良い部分だけの話は興味ないし」
『“ワタシ達”的にハ、“来訪者”か“侵略者”カデ分ケられレバ、ソレでいいヨ』
シルミルテ(aa0340hero001)と佐倉 樹(aa0340)の声が、光の消えた世界に響く。
共鳴した樹の、かざされていた掌から放たれたのはサンダーランス。それは一直線に愚神商人を狙い……そして、身を呈した秦乎によって阻まれた。
「想定は……していた、が……」
不動の眼差しで秦乎が横目に樹を見る。その視界は汚染されゆくライヴスに混濁しきっており、そして――直後に意識はブツッと途絶えた。
どさり、騎士が倒れ崩れる音。
「これはこれは」
愚神商人は秦乎へかざしていた掌を握り込んで、彼の邪英化を止めていた。首を傾げるように、樹を、そしてエージェント達を見やる。
「交渉破棄……と捉えても?」
残念そうな物言いだった。おそらくは上っ面だけだ。
誰もに動揺が走った。仲間を邪英として差し出し、この場を治める……そう決めたはず。このままではいたずらに被害が――!
「そもそもが、そちらの話を信用するだけの根拠を」
『コチラは全ク持ってナイシ、旨ミも薄イ』
「事実がどうのこうのって言ってたけど」
『はいソうデすカって言えチゃうノかナ?』
「ここを撤退してくれる。それはありがたいね……で?」
『エージェントが邪英化すルノ対価にシテは軽スギ~』
かつ、こつ、魔女は靴音高らかに、恐れる様子もなく愚神商人へ一歩、二歩、詠うように言葉を紡ぐ。
「ソチラの誘いに誰かが乗ったとしても、戦力は分断されるだろうし、ソッチの戦力も温存されちゃうし、ラグナロク側の動きを活発化するか、別地域への移動促進しちゃうかもしれないし」
『ソッチのオ誘いお断リしテモ、撤退シてくル以外ハ、ラグナロクで誰か増エルか、香港ノ時みタイに愚神ガ増えルカー、エネミーチャン残ってクレるかカナー』
「エージェントが邪英化したら、あの人……人? まぁいいや……エネミー、帰るでしょ? そういうの好きじゃなさそうだし。それはちょっと困るのよ。彼女にはまだ聴きたいことがあるから」
悪びれない、後悔しない、省みない、だってそれが魔女だから。
「……く」
愚神商人がこうべを垂れた。
「く。く。く。ハ。ははは。アッハッハッハッハッハッハッハッハ――」
次いで、体を逸らすほどに、異形の紳士は笑っていた。
「あー、そんな感じに笑えるんだね貴方」
『すゴい爆笑ダねー、初めテ見タかモ?』
樹は首を傾げる。黒い髪がサラリとこぼれる。
「さて さて」
愚神商人が一同を改めて見渡した。
「どうしましょう? 彼の邪英化を続けましょうか? それとも戦いましょうか?」
『ア。ネェ、ヒトツききたイことがアルんだけド』
「よろしい?」
樹が手を上げる。興味深そうに、愚神商人が言葉を促した。
「香港の時、小泉大人の殺害と成り代わりを指示、もしくは唆したのは」
『H.O.P.E.と古龍幇に“蟲”ヲ投入しタのハ』
「『アナタ?』」
「マガツヒにしてはやり口がねちっこ過ぎるのよ、アレ」
そう問われ。
愚神商人は一笑した。
「おやまあ。先の交渉を破られた方に、容易く言葉を口にしましょうか?」
「……信頼に足る証拠を出せ」
『ツまりは情報量よコせ、ダね!』
真意を理解した樹が笑う。
「私の片方の目でどう? 左右どちらでも」
冗談で言っているのではない。本気だった。
「もう片方差し出せば話しましょう。それだけでなく、良い条件も付けますよ」
まるで樹の言葉を疑う様子もなく愚神商人が答える。
「共鳴を解除なさって、貴方の目と、英雄の目。仲良く片方ずつ。いかがでしょう?」
「……良い条件って?」
「深淵の断片を。もう一つは差し出してからのお楽しみ。なに、悪い条件でないことは保証しますとも。不意打ちやそういったものもしませんよ」
「『へェ』」
そう言って。
二人は……。
共鳴を解除する。
「ッおい、馬鹿よせッ!」
アルトが叫んだ。
しかし。
樹の右目に。シルミルテの左目に。
愚神商人の手がかざされる。
「っッ――!!」
とてもじゃないが、一同には直視できなかった。
ぶち。ぶち。ぶち。目の前で、仲間の目玉がくりぬかれるなんて光景。
「まず小泉大人の殺害について。ご名答、私の筋書き通りに“彼ら(マガツヒ)”は動いてくれましたよ」
橙色。桃色。その二つを、異形は自らの口の中に放り込んだ。ぱき。ぷちゅ。二つはボンボンのように、呆気なく愚神の舌の上で砕けて溶ける。
「これは呪い、貴方の目はもう治りません。アイアンパンクとしてどんな高度な義眼をつけても、どんな高度な移植手術を受けたとしても。貴方の片目は、永遠に暗闇。永久に奈落を見つめなさい。そして祝福しましょう、その覚悟と絆を。かくして識りなさい、深淵の断片を」
――……
愚神(わたし)と英雄(あなた)は同じ存在。
壊れているのは、『あなた』方。
王に背いた叛逆者。できそこないの欠陥品。
王とのリンクから外れたモノ。
絆を紡いでおゆきなさい。
絆を深めておゆきなさい。
困難を乗り越えておゆきなさい。
あなた方はもっともっと強くなる。
壊れ歪んだあなた方でも。
紡ぐ絆は力となって――王を呼ぶ声となるでしょう。
王は待っておられます。この世界を。
「王とは何か? 欠陥品とはどういうことか? それはまた今度に」
そして愚神商人の言葉は切り上げられた。
樹とシルミルテは、それを朦朧とした意識で聞いていた。壮絶な激痛。止まらない大量出血。物理的に抉られただけではない。これは呪い、呪いなのだ。真実の代価。深淵の呪い。力を振り絞り、樹は英雄を幻想蝶の中へと避難させる。そして……目の前が真っ暗になった。
「お見事です」
愚神商人は拍手を贈る。
「交渉が決裂した時点で戦闘を続けようかと思いましたが……。
絶望の中で足掻き続けた策士。
自らを惑わず差し出した騎士。
代価を恐れぬ奔放な魔女。
素晴らしい絆の力。このまま皆様をすり潰す行為がなんとも味気なく思えるほどに。でも――」
ご存知ですか? 絶望が強いほど希望は輝くと。
「今から三〇秒。戦いましょうか。その後は、お暇することを誓いましょう」
愚神は笑った。
その視線の先では。
待っていた。そう言わんばかり、ライガがアンチマテリアルライフルの銃口を、愚神商人の眉間めがけて向けていた。
「上等だッ」
真っ先に引いた引き金。
銃声。
●奈落にて
砲撃と呼ぶ方が正しい大口径。
それはブレることなく、愚神商人の脳天で炸裂した。
爆音。異形の上体が大きく仰け反る。
ざり。しかし愚神は半歩後ずさることで、倒れることなく踏み止まる。
無傷ではない。むしろ大きな傷ができている。
が――
「……う あ゛……?」
どろり。ライガの頭部から、おびただしいほどの出血。ぐわんと意識が揺れる。砲撃を食らったかのように。だが攻撃は食らっていない。商人にそんな挙動はなかった。これはまるで……
「はッ。……そォかい、そーゆーカラクリか」
受けたダメージを、相手にそのまま与える能力。
ライヴスミラーのような『反射』ではない。あらゆる法則を無視して『発生』させるのだろう。
「それだけじゃないようですね」
愚神商人をつぶさに観察するキースが苦く呟く。負傷度合いから言って愚神商人は「防御力に優れたタイプ」ではない。が、平然そうにしているのを見るに「とんでもなく生命力が高いタイプ」だ。
『防御が低いってことは……大きな傷を負いやすいってことで……なのに与えられたダメージをそのまま相手に発生させる……!?』
「容易な致命傷を容易に振りまく……全く合理的で、底意地の悪い」
なら、ダメージを与えないこれならどうだ。キースはArtemisと銘打ったアサルトライフルに武器を持ち替えると妨害射撃を放った。愚神が爆ぜる銃火に目をわずかに細める。
その隙に飛び出したのは正宗だ。愚神商人の足元に倒れている秦乎と樹の回収にかかる。キースの弾丸によって愚神商人の気が逸れている(と思われる)内に、手早く二人を抱え引っ張り、跳び下がる。
『しっかり!』
秦乎は意識を失っている。ライヴスを汚され乱されたせいか衰弱している。樹の方は、右眼孔からの出血が止まらない。顔色も悪い。
四の五の言っていられない。せめて樹の止血だけでも。正宗は霊符を取り出すと、それを樹の右目に貼り――
「ひああアアア゛ァア゛ッ!!」
凄まじい悲鳴が響いた。他ならぬ樹からだった。
「痛い! 痛い! 痛いッ! うあ゛あああァああアあッッ!」
意識を失っていた人間が絶叫するほどの。貼り付けられた霊符は本来なら傷を癒すはずだ。なのに、今は、まるで真っ赤に熱された焼きゴテのように、ジュウジュウと樹の肌を焼いている――!
「え―― え、そんな、どうしてッ」
ゾッと血の気の引いた正宗は慌てて霊符を樹の顔から引き剥がした。べり。貼りついた符が彼女の皮膚ごと剥がれて。まるで熟れきった桃の皮がたやすく指で剥がれるような。正宗の全身から嫌な汗がどっと噴き出してくる。「仲間の顔を焼いてしまった」というあまりに残酷な事実に、小さな両手が真っ白になって震えていた。
「ご ごめんなさい ごめんなさい どうして こんな」
『……回復効果が反転しています』
呆然とエスが呟く。はがした霊符を握り締めていた正宗の手もまた、焼け付くように爛れ切きって皮膚がぐずぐず崩れていた。
治療ができない。
それはバトルメディックにとっては死刑宣告に等しい。
『でも、できることはまだあります!』
そう、この呪われた治癒を敵に使えば。即座に発生する必中の『呪い』となるのだ。
正宗は俯いたまま、せめてとサバイバルブランケットを樹にかけた。彼女は気を失っている。
謝罪も卑下も後でする。必ずする。今は……今は!
「えすちゃん、行きましょう」
『はい!』
雷神槍「ユピテル」を手に、正宗は愚神へと向き直る。
それと同刻――正しくはライガが弾丸を放ったのと同時。
「個人的に、いっぺんグリムローゼとやり合いてえと思っていたところだ」
鏡盾リフレックスを展開した飛盾「陰陽玉」を傍らに、亮はグリムローゼへと吶喊をしかけていた。
「やっぱうだうだ言っても結局はこれが手っ取り早えぇ話ってわけだな!!」
彼と共に攻勢に出たのはアルトだ。地面を踏みしめ、担ぎ型射出式対戦車刺突爆雷を――五つ、複製展開する。
「悪いけど一秒が惜しいってんだ……遠慮なーーーくやらしてもらうからな!!」
斉射開始。まるで戦争映画かと言わんばかり、立て続けに放たれる超重爆撃。
「チッ」
舌打ったグリムローゼは、周囲に飛ぶヴァルキュリアを遠慮なく使い潰す。モロに砲弾を浴びた従魔の羽や血肉が辺りに飛び散る。そのまま爆煙を突っ切って、グリムローゼが躍り出た。
(来るか――)
亮はその行く手を阻むように立った。
「邪魔ァッ!」
槍を構えた愚神が、爆発的な殺意を込めて突っ込んできた。蝶々戦車。
『見極めよ!』
「分かってら!」
稲妻模様の双眸に極限の集中を。刹那の出来事。一瞬ですれ違う。鋭利すぎる愚神の攻撃に、亮の肩口から血が噴き出した。それでも鉄壁のごとく踏み止まる。
『僥倖、僥倖』
ライヴス内の黎焔が好々と言った。出血量こそあり、突撃の衝撃波に意識がぐらついたが、陰陽鏡で逸らした切っ先は骨にまでは達していない。巧みな防御術の賜物である。並大抵のリンカーなら、今の一撃で相当な深手になってたことだろう。
「フォレストホッパー……着けてたな」
『うむ……奪ったのじゃろう』
「奪取できると思うか?」
『あれだけすばしっこい子の部位狙いとなると、難しいのう』
「不可能ではない、っつーことか」
筋肉に力を込めて無理矢理に血を塞ぐ。意識は鮮明。振り返ればグリムローゼは――アルトすらも通り過ぎて、愚神商人のもとへと向かっていた。
「なッ 待ちやがれ!」
アルトはグリムローゼを引き付けようと企てていたが、予想外のことが起きた。グリムローゼは一直線に、愚神商人のカバーリングに入ったのである!
「愚神商人ッ! 戦えないなら、さがって下さいます!?」
折角殺戮を愉しんでいたのに、とグリムローゼは苛立たしげだ。
「さがっても彼らの射程内でしょうね」
あっさりと商人は肩を竦める。
そう、愚神商人は弱い。桁外れた生命力を除けば、その直接的戦闘力は愚神としては最底辺、まさに最弱の愚神だ。だからこそグリムローゼが護衛についているのだろう。
「商人、そもそも邪英化の作戦はどうなりましたの!?」
「御覧の通りです」
「このグズッ!」
「いやはや。支援するので赦して下さいな」
愚神商人が指をひゅっと振るう。強いライヴスがグリムローゼを包んだ。
「三〇秒もあれば十分――全員ブッ殺して差し上げますわ!」
言うや、夜宵に大きく踏み込むグリムローゼ。致死の槍がとんでもない速度で放たれる!
「英斗! 力を貸して!」
『まかせろッ、“絶対に守りきる”!』
燃える闘志に、冷静な心。英雄の決意は盾となり、愚神の一撃を完全無欠に受け止めた。
「ああもうっ、次から次へと想定外なことばっかり……でも!」
夜宵が指を振るえば、霊力の糸で繋がれた七体の式神人形が浮き上がり、刀に槍に薙刀とそれぞれの武装を構えた。
「これだけは譲れないわ。ここからはもう……誰も貴方に殺させないッ!」
『お前達に仲間は奪わせない。覚悟するんだな、グリムローゼ!』
攻撃直後はどんなモノでも必ず隙ができる。その間隙を夜宵は見逃さない。
「『食らえッ!!』」
式神達が襲いかかる。体勢を立て直そうとするグリムローゼは忌々しげに歯列を剥いた。かくして……式神の刃を受け止めたのは、間に割って入ったヴァルキュリアである。とはいえアルトの猛射を受けて既にボロボロだった従魔は、そのまま事切れてしまったが。
「OK、ならまとめてブッ散らかせばいいってこった!」
頭の傷もなんのその、ライガが勇猛果敢と愚神の前に躍り出る。
「薙ぎ払うぜ! ちょいっと下がってな!」
言葉と共に広げる腕。展開されるのはおびただしいほどの刃の群。
「おう制圧は大好きだ。手伝うッ! ったくグリムローゼめ、あたしを無視たぁいい度胸だなッ!!」
アルトが再度、対戦車刺突爆雷を今度は四つ、アウトレンジより複製展開する。
「「かッ飛べェッ!!」」
斬撃が乱舞し、砲撃が降り注ぎ、愚神達に襲いかかる。まだ残っているヴァルキュリア――鎧のRGWの防御力によって繋ぎ止められていると表現した方が正しいか――それらが愚神の盾となる。酷使される。
文字通りの肉盾に阻まれようと、ライガはその目をギラつかせては不敵に笑むのだ。
「この世界の『真実』というのには興味がある、『また今度』だのもったいぶってねぇで、さっさと語り尽して土に還りやがれ」
眼光の先、愚神は笑っている。直後だ、踏み込むグリムローゼがライガめがけて槍を突き出す。
「させないっ!」
すぐさま夜宵がカバーに入る。その身を呈してグリムローゼの一撃を受ける。防御姿勢を取ったものの――腹部に深々と突き刺さる槍。激痛が脳を焼く。
「っ がは、」
『夜宵ッ!』
「……平気ッ!!」
半ば気合で己を奮い立たせ、乙女は凛然。引き抜かれようとするグリムローゼの槍を掴んだ。一瞬だけでも拘束を。刃を捻られ臓物が混ぜられる激痛に呻きながらも。
――その瞬間にはもう、正宗が掌をグリムローゼへ向けていた。
『回復なら、庇えもしないでしょう?』
弾丸のように放たれるライヴスと、続けて飛ばされる治癒の光。本来なら癒すためのそれは、愚神商人の力によって呪いへと反転している。防御も回避も無関係に、強制的にその身を蝕む恐怖となる。
「ぐガあぁああああああああッッ!!」
全身を焼く呪いに、グリムローゼが悲鳴をあげた。更にもう一発、エマージェンシーケアが愚神の体へ。そのまま生命力を蝕まれ、愚神が苦悶の表情を浮かべる。
「良い機転ですね」
愚神商人は飄々としていたが、グリムローゼからすればたまったものではない。痛む体で無理矢理に夜宵を蹴り飛ばして槍を引き抜き、正宗に殺気を向ける。そのまま攻撃に出るが――
「姉ちゃんよ、噛み応えのある肉とない肉、どっちが好きだい?」
男の笑い声が響いた。
瞬間だ。
血を吹き出したのは、グリムローゼの体。
「……おっさん無視されたら悲しいわ」
振り返ればそこに――ライヴスミラーを展開していた亮がいた。へらりと余裕ぶった声。だが目は笑っておらず、真剣なる仕事人の眼差しをしている。
己にできることを全力で成す。誓約を胸に、男は武装を長槍フラメアに持ち替えるや無慈悲にグリムローゼの足元めがけて横に薙いだ。
「ッ!」
だが流石のトリブヌス級。それを愚神は槍で受け止める。寸の間、かち合う眼差し。
『まるで、怒れる猛獣のような眼じゃ』
冷静に黎焔が呟いた。ただの猛獣ならどれほど良かったことか。亮がそう思った瞬間に跳ね除けられる槍、グリムローゼが反撃せんとして――
「三〇秒経ちました。はい、ここまで」
ぱん。
愚神商人が手を叩く。
するとウールヴヘジンが、ヴァルキュリアが、ここにいた全ての従魔がプツンと事切れたではないか。
そして一同が愚神達へ視線を戻すと、彼らはいつの間にかそこにおらず。上空にいた。たったの一瞬で……。
「愚神商人ッ! 奴らを見逃しますの!?」
商人に手首を掴まれ宙吊り状態のグリムローゼが殺気を漲らせる。このまま攻勢すれば皆殺しにだってできたのに!
「金の卵の寓話をご存知でしょうか?」
彼はエージェント達へ目をやった。
「皆様の絆の力にはまだまだ利用価値がある。ここで刈り取ってしまうのは、金の卵を産む鶏を殺すことと同じです。しかしながら、感謝するとよいでしょう。キースさんの努力と、そこの騎士さんと魔女さんの決意と献身に。彼らの絆を我々が拝見できたからこそ、この今があるということに」
「ふん、いけ好かねぇ野郎だ」
口火を切ったのはライガだ。刀剣ウルフバートの切っ先を突きつけて。
「……商人気取りのイカ頭。俺様の気分でお前は倒すッ!」
複製する大量の刃。まさに狼のアギト。容赦なく慈悲はなく――それは愚神商人を噛み潰した。グリムローゼは彼が庇ってしまったが、異形の紳士の全身至る所に刃が突き刺さっている。
「良い殺意です」
喉に刺さった刃を平気な顔をして引っこ抜いて、愚神商人は笑った。その目の先では、全身から血を吹き出したライガが片膝を突く。そして愚神は……奇妙な術によってその場から姿を消した。
シン と周囲が静まり返る。
「ふ、は」
どっと気が抜けて、アルトの唇から息が漏れた。桔梗の花のペンダントネックレスをぎゅっと握り締める。もうダメになったら、一人で最期までしんがりを務める覚悟をアルトは決めていたのだ。そうなったら絶対に死んでいただろう。それぐらい理解できる。そう――死すらも覚悟していたのだけれど。アルトは今、生きている。
空を仰いでいた。神様なんて信仰していないが。それでも今は、そういうものに感謝したい気持ちになった。
「……フィー。あたし、帰れそうだよ」
●呪われた祝福
秦乎は暗闇を揺蕩っていた。右も左も上も下も分からない。
「ベネトナシュ?」
英雄の名前を呼んだ。返事はなかった。
だが彼はそこにいた。後ろ姿だ。騎士の姿をしている。手には槍を持っていた。
『王の御言葉なり』
振り返る騎士は、おぞましいほど無表情だった。
『満たさねばならぬ。満たさねばならぬ。王の為に。混沌を。王の為に』
「おい、」
『この身は王の為にある、あったのだ、なぜ皆は王に刃向かうのか』
「何を言っている。一体何が、」
『全ては王の為に! “我等(愚神/英雄)”はその為に! 嗚呼!!!』
掲げられた槍。悲鳴のような咆哮。そのまま邪悪なる英雄の槍が、秦乎の心臓に突き立てられんとして――……
「ッッ!!!」
飛び起きた秦乎の目に飛び込んできたのは、野営用テントの天井とギアナ支部の医療チームだった。
「お、生きてたか」
ギアナ支部の面子に交じって、亮がいる。
「まだ安静にしてろ。お前のライヴスだが、酷く不安定になっている。邪英化一歩寸前までいったからだろうな」
そう肩を叩かれては、秦乎は弾ませていた呼吸を落ち着かせる。改めて自分がベッドにいたことを知った。その手の中には幻想蝶がある。
「俺の英雄はどうなった」
「無事だそうだ。今は休眠してるみてぇだな。……が、しばらく戦闘任務には出るなってよ。ライヴス的重体って言えば分かるか?」
「……」
「まあ、そんな顔するなよ。……何が起きたか、今から話す。ゆっくり聴いてくれや」
あの後、愚神が去ってから。
重体にならなかったエージェントについては、生き残った医療班から手当てを受けた。
犠牲者こそいるが、それでも被害をここまで食い止められて……かつ、邪英化も出なかったのは奇跡だろう。今は拠点の復旧作業に追われている。
樹については、まだ目を覚ましていないが命に別状はない。シルミルテについてもベネトナシュ同様に休眠状態である。二人とも再起不能ではない。が……片方の視力は二度と戻らぬだろう。
そんな樹が、ずっと腰に装着して撮影していたハンディカメラのデータについては、夜宵がまとめた今回の事件の文書と共にH.O.P.E.本部の方へ報告および提出された。
その中に記されていた小泉大人殺害の真犯人の自白――情報は古龍幇とも共有された。香港協定第二条の問題については、「愚神商人による卑劣な脅迫」「仲間の命を引き合いに出された止むを得ない状況」として、問題となることはなかった。むしろ愚神商人の自白を引き出せた手柄について、古龍幇から感謝を述べられている。
古龍幇は打倒愚神商人に向けて、これから大きく協力に乗り出してくれることだろう。それは【森蝕】事件に限った話ではない。その先に起きるだろう事件についても、だ。
「以上……ってところかな。ああ、気分が悪い」
「まるで囲師必闕じゃったのう」
亮が頭をガシガシと掻き、傍らの黎焔が肩を竦めた。
そのほど近くでは、樹が横たわっているベッドがある。顔には包帯が巻かれていた。その傍には正宗が、エスと共にじっと樹の目覚めを待っているようである。
と、そんな時だ。
「秦乎さんが目を覚ましたって本当ですかッ!」
テントに夜宵が慌ただしくやって来る。英斗が「おい静かにしないと」と諫める中、彼女は仲間の無事を確認し、はーーーっと深く息を吐いた。
「無事で良かったです、本当に……」
テントの外、いまだ地面のあちこちに血糊が残る拠点。
「引っ掻き回すだけ引っ掻き回すなあ……」
「神出鬼没が過ぎます。せめてもう少し先回りできれば、まだ打つ手があるんですが……」
紙姫とキースはアマゾンを吹き抜ける風を浴びていた。遠目に、担架に乗せられ運ばれてく仲間だった骸が見える。二人はそっと黙祷を捧げた。被害は最低限で済んだ。でも被害は被害だ。手放しに喜べない。
……【森蝕】の戦いは続いている。
だが記された“真実(脅威)”は最早この南米に留まる話ではない。
愚神――
英雄――
王――
絆――
しかし今は……歪な救済を掲げるラグナロクを撃破せねばならない。
バルドル。トール。フレイ。フレイヤ。この森は今、戦いに満ちている。
夕日を迎えつつある空。「おーい」とキースを呼ぶ声がした。振り返ればライガが手を振っている。
「メシだってよ。行こうぜ。腹が減ってはなんとやら……だ」
こんな状況でも。人間は腹が減るのだなぁと改めて思い知る。ライガの後方では、ギアナ職員に呼ばれたらしいアルトが共鳴を解除してテントへ駆けていく姿が見えた。手には通信機がある。友人とでも会話していたんだろうか。
……ふわっと漂ってくる食事の香り。
「カレーだな」
ライガが言う。空腹をくすぐるスパイスのにおい。
「お兄ちゃん、いこっか!」
紙姫がいつもの笑顔で手を差し出す。
「……ええ そうですね」
その手を、キースはそっと握るのだった。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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