本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】超人こそ稲妻である

影絵 企我

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/24 18:02

掲示板

オープニング

●遊興
「あの鸚鵡、相変わらずしぶといしうるさいもんだな。ギアナの連中もよくついていくもんだ」
 全身から稲妻と化したライヴスを放散させながら、カレウチェの甲板にトールはどっかりと腰を下ろす。インカ支部のバリアは砕かれたが、トールもトールでその疲労を隠してはおけなかった。眼下は既に喧騒に包まれ、ウールヴヘジンにヴァルキュリア、エージェント達が入り乱れて戦いを始めている。今も状況は刻一刻と動き続けていた。傍に立つレスクヴァも、堅苦しい表情のままトールに尋ねてくる。
「ご命令を。トール様」
「待機」
 さらりと応えると、トールは胡坐をかいて空を見上げる。幽霊船、そしてそれに乗った従魔が次々と押し寄せてくる。インカ支部をそのまま押し潰さんばかりの勢いだ。しかしトールの顔は渋い。
「白けやがる。俺の戦いはいつもそうだ」
 ふわりと細身の怪鳥が舞い降りる。やがてそれはシアルヴィの姿へと変わり、トールに向かって淡々と報告する。
「近辺に獣人の集落を発見。人口規模は五十から百程度」
「集落か……なるほど。集落か」
 稲妻の放散が止み、トールはおもむろに立ち上がった。つかつかと船首へと歩いて振り返り、シアルヴィとレスクヴァをそれぞれ見渡す。
「憂さ晴らしだ。本丸はバルドル達に任せときゃいい。俺達はその集落へ“遊び”に行くぞ」
「承知いたしました」
「ウールヴヘジンを十体、ヴァルキュリアを十体連れてこい。他にもついてきたらそのまま連れてこい」
 シアルヴィとレスクヴァは静々と頭を下げ、その姿を変じて飛び上がる。トールもカレウチェを見上げると、朗々と叫んだ。
「取舵一杯! 進め!」

「ふははははっ! 狩猟は由緒正しき神の嗜みってなぁッ!」

●雷の暴威
「トールが此方から離れていきます……?」
 レーダーを通して戦況を見つめていたオペレーターが首を傾げる。混戦の始まったインカ支部を離れ、トールを示す輝きの強い点がどこかへとふらふら向かっていく。担当官は眉間に皺寄せ、レーダーの方へと近づいていく。
「あの方向。急いでドローンを追跡させろ。もしかしたらそいつの目的地は……!」
「了解です。一機発進させました。直ちに追跡させます」
 モニターの一つがカメラの映像へと移り変わる。VTOL型のドローンはみるみる速度を増し、従魔飛び交う空を切り裂き飛び抜けた。細い煙をそのカメラは捉える。密林の中で何かが燃えている。ドローンは一気に高度を落とし、その正体を確かめた。
「これは……!」
 密林の中に作られた集落が炎に包まれていた。エメラルドのように煌く髪を持った、ハチドリのワイルドブラッドが三人逃げ惑っている。しかしその目の前にトールが立ちはだかった。三人の足が止まった瞬間、青年の頭蓋が巨大な大槌で打ち砕かれる。更に少年の首が絞め上げられ、その場に崩れ落ちた。悲鳴を上げてしりもちをついた少女の髪の毛をむずと掴むと、トールはぐるりと振り向く。
 トールはナイフを取り出すと、怯えて動くこともままならない少女の髪の毛を一房一房切り始める。ホバリングを続けるドローンへと見せつけるように。
――どうする。せいぎのみかたさま――
 雷神の愉悦に満ちた唇が、一言一言、ゆっくりと動いて支部の職員達を挑発する。担当官は眼を剥き、オペレーターに向かって叫んだ。
「直ぐにエージェントへこの事態を通達しろ! 救援に向かわせるんだ!」
「で、ですが! 既に支部への侵入が……」
「ですが!? 馬鹿野郎! こっちはどうとでもなる! H.O.P.E.の使命を思い出せ!」

「奴にこれ以上デカいツラさせるな!」

●超人即ち狂気
 要請に応じた君達は、神速の勢いで集落へと転進した。自衛手段はバリアだけではない。H.O.P.E.本来の使命を優先しろ。そう担当官は叫んでいた。森を進むうちに、生木の燃える臭いと、鉄のような臭いが織り交じって漂い始める。仄暗い空間が橙色に染まり始める。君達は顔を見合わせ、その足をさらに速めた。銃声が響き渡り、弾が木に突き刺さる。悲鳴が森の中に木霊する。それでも足は止めず、ついに君達はその現場へと辿り着いた。
「……やあやあ! やっぱり来たなあ、正義の味方ども?」
 トールは不敵に笑いながら君達に対峙する。その手はぐちゃぐちゃに乱した少女の髪を掴み、少女の華奢な体を君達の方へと突き出した。君達は武器を構える。誰かが、その子を離せと叫ぶ。するとトールはげらげらと笑い出し、ナイフを取って少女の首へと押し当てた。眼に涙が浮かび、少女は君達に向かってぱくぱくと口を動かす。
「ああ、いいぜ」
 君達が止める間もなく、ナイフは少女の喉笛を切り裂いた。鮮血が噴き出し、少女はそのまま事切れる。少女の襟を掴むと、トールは君達の方へその亡骸を投げ出した。
「ほら離してやった。これで文句ないだろ?」
 その眼は、戦に狂った獣のそれだった。君達がトールへの怒りを募らせる間にも、集落を飛び交うヴァルキュリアが君達の前にどさりどさりとワイルドブラッド達の亡骸を放り出していく。皆恐怖をその顔に張り付けたまま死んでいた。トールはぎらぎらと目を光らせ、声を張り上げる。
「悲しいか? 恨めしいか? 腹立たしいか? だったら来いよエージェント。俺に目にもの見せてみな。この俺の退屈を紛らわせろ!」

 大樹の上から、茂みの影から、ウールヴヘジンが弓に銃で君達に狙いを定めている。
 飛び交うヴァルキュリアが盾に槍を構えている。
 燃え盛る大樹の陰に隠れ、生き残っているワイルドブラッド達が震えている。

 暴虐非道の狂気を見せる雷公に向かって、君達は――

解説

目標 集落の奪還

BOSS
ケントゥリオ級愚神(?)トール
 ラグナロク幹部。支部を離れて近くのWBの集落の虐殺を始めた。
・ステータス
 全体的に高め
・スキル
 トールハンマー
  近接物理、範囲1。防御した相手の生命力を10減少させる。
 ライトニング
  遠隔物理、射程30、範囲1。
  回避された場合、敵の回避を半分にしてもう一度判定を行わせる。この効果で与える最大ダメージは5。

ENEMY
デクリオ級従魔シアルヴィ&レスクヴァ
 トール直属の部下。他の戦乙女よりも優れた飛行能力を持つ。
・ステータス
 移動S、飛行。防御寄り。
・スキル
 (羽根を用いた攻撃、あるいは防御を行ってくる。詳細は不明)

デクリオ級従魔ヴァルキュリア×10
 翼で飛行する狂信者。トールの命に従い獣人を虐殺している。
・ステータス
 移動A、飛行。防御寄り。
・スキル
 上に同じ。

デクリオ級従魔ウールヴヘジン×10(PL情報)
 狼の姿を取る従魔。森や占拠した住居に潜みエージェントを狙っている。
・ステータス
 物攻B~C、魔防D~E。その他調査中。
・スキル
 陰伏[潜伏時、攻撃力+50]
・武器
 弓や銃など。

FIELD
火に包まれた集落。半径10sqほどある円形の広場を囲むように、多層のツリーハウスが構築されている。
火が深い影を作っており、潜伏の効果が普段よりも高い。
集落全体がライヴスに満ちており、武器のエフェクトがある程度現実にも影響を及ぼすことが出来る。[土を凍らせる、火を水で消し止める、など]

TIPS
狼を見つけるには何らかの形で索敵が必要。
ある程度のダメージを受けた時点でトール以下は撤退方向に作戦を転じる。
トールに対するヘイトコントロールはスキルによっても不可能。
生き残りは戦闘中でも従魔に狙われている。
トールの狙いは常に考えておくこと。

リプレイ

●ツークツヴァンク
「安っぽい挑発ショーであるな。実にくだらない」
 ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)に乗り込んだソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は一言吐き捨てた。戦車は身を伏せて多脚形態をとると、背中に負ったレーダーを起動し、うっすら蒼いライヴスを輝かせて動き出す。トールは大槌を担ぐと、歪んだ笑みを見せる。
「なら、その安い挑発に踊るしかねえお前らは何だ。道化か」
 アークトゥルス(aa4682hero001)は長剣を抜き放つと、すぐさま言い返した。
『騎士だ。騎士であるが故に、挑まれた以上は受ける。何より暴力を見過ごすは我等の誓約に反するが故に』
「(あー、王さんマジ怒ってるっす……。負けず嫌い合わさって大変なことになってるっす……)」
 君島 耿太郎(aa4682)は恐々と呟いた。今まででも一、二を争う怒りようだ。怒りが満ち満ちたせいで逆に頭は冷静だ。その場に彼は踏み止まり、ゴーグル越しに見える情報に目を凝らした。激しいノイズの中に、ぽつりぽつりと敵の反応が見える。アークトゥルスはトールを一瞥し、素早く駆け出した。
 日暮仙寿(aa4519)は刀を鞘に納めたまま、トールへ向かって間合いを詰めていく。その間にも、不知火あけび(aa4519hero001)はトールの目的に思案を巡らせていた。
『(少なくとも陽動、戦力分断……ここの人を捕まえて、従魔にしちゃう……それとも……)』
《トールが陽動だろうと抑えは必要だ。これ以上奴の好きにはさせない》
 仙寿の背後についた逢見仙也(aa4472)は、手槍と十文字槍を両手に握って攻め込んでいく。ディオハルク(aa4472hero001)はトールのやりように呆れ切っていた。
『(捕まえたのに嬲りものや人質にしないとなると逆に引くな。無能とか罵りつつ、最後に盾にして殺させて、感触とかで煽るくらいしそうと思ったが)』
「まあ、こいつは美味くなさそうだし?」
 エージェント達の気迫に呼応するように、周囲の火が鮮やかさを増す。サーラ・アートネット(aa4973)はオブイエクト266試作型機(aa4973hero002)に乗り込み、天へと向かってその砲身を向ける。
「同志、準備はいいな」
 ソーニャからの通信が入ってくる。サーラは意気込み、息せき切って応えた。
「はい! 上官殿と共に戦えるなど至極光悦、自分も我らが国旗に恥じぬ戦いを致すのであります! 自分今回が初戦闘でありますが、ここで朽ち果てる気など毛頭ないのであります。お力不足と言われぬよう死力を尽くし我らに凱旋を齎しましょう」
「善し。まずは鬨を一発見舞え」
 口上にも気合の入ったサーラに、ソーニャは静かに命じる。
「了解であります上官殿」
 オブイエクトは四つ足を地面に突き立てる。砲身がさらに伸び、広く張った枝葉で覆い隠された空に狙いを定める。太陽の位置、角度を計算し、僅かに射角を調整する。そして――
「放てぇーッ!」
 轟音と共に一発の榴弾が飛ぶ。風を切りながら天井まで飛ぶと、眩い光を放って破裂し濃緑の天蓋を吹き飛ばした。ぽっかりと開いた穴から、眩い太陽の光が降り注いだ。森を焼く煙がその穴に吸い上げられていく。その穴をちらりと見上げたトールは、雷光纏う槌をぐるりと振るいながらへらへらと笑う。
「おいおい。せっかく演出した舞台だぜ。早速壊してくれるなよ」
 余裕綽々の言葉を、ナイチンゲール(aa4840)は聞いていなかった。彼女は今、目の前に投げ出された少女の亡骸と向かい合っていた。見開かれた目を閉じさせ、彼女も静かに目を瞑る。
『グィネヴィア』
 墓場鳥(aa4840hero001)が彼女の真名を呼ぶ。野放図な暴虐を見せつけられた彼女が怒らぬはずがないと思っていた。事実彼女は怒っていた。しかし、彼女はあくまで冷静だった。
「(心配しないで。なんていうか……大丈夫)」
 盾を構えると、ナイチンゲールは炎の中で戦いを繰り広げるトールを見据える。彼女の溢れる想いに触れて、茜色の炎が揺れた。
「(あんな害獣の思い通りになんて絶対なってやらないから)」
 ナイチンゲールは一歩前に踏み出し、透き通った声でレクイエムを謡う。言葉に乗せられたライヴスは、ヴァルキュリアの意識を引き寄せる。白光を浴びながら、空を舞うヴァルキュリアはナイチンゲールに向かって槍と盾を構えた。彼女達の美しい姿は見る間に歪み、怪鳥へとその姿を変えていく。
「来る……!」
 氷鏡 六花(aa4969)は氷の翼を広げ、魔導書を乗せる小さな手に力を籠めてヴァルキュリアを見上げた。アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は周囲のライヴスも凍てつかせ、六花に囁く。
『(六花、熱くなってはダメよ。怒りに身を任せるのではなくて……冷たく鋭く、研ぎ澄ませるの。今、為すべきことは何か……確り見極めなさい)』
「うん、トールの思い通りにはさせない。六花は……一人でも多くの人を、助けるっ」
 氷の翼から欠片が剥離し、二十枚余りの鏡となって浮かび上がる。二体のヴァルキュリアは翼を広げ、周囲を浮かぶ鏡をきょろきょろと見渡す。刹那、乱れる猛吹雪が襲い掛かった。怪鳥と化したヴァルキュリアは羽毛をばらまき防ごうとするが、激しい凍気は容赦なくヴァルキュリアの全身を霜に包んだ。浮力を失った二体は、ふらりと下へと落ちていく。
「(さあ行くよ。皆の安全の為にも、こいつら何とかしないと!)」
『これがトールのやり方か。全く気に入らんな。火事にした事もだ』
 杏子(aa4344)の声に合わせてテトラ(aa4344hero001)は異形が抱く刃を握る。火の粉が散り、肌をひりひりとさせる。その感覚に得も言われぬ怒りを覚えつつ、テトラは落ちてきたヴァルキュリアに向かって斬りかかった。怪鳥は右手に取り込まれた盾を構えて防ごうとするが、テトラは素早く背後に回り込んで翼の根元を切りつける。
 赤黒の羽根が血と共に舞い散り、怪鳥は甲高く叫んだ。
「サバキ……サバキヲ……」
『黙れ。神を裁けるものなら裁いてみろ!』
 そう叫んだテトラの背後から、迫間 央(aa1445)が飛び出した。龍紋の浮かぶ刀を握り、正面切ってトールへと突っ込んでいく。
「貴様が雷神の名を語るなら……俺も素戔嗚尊の二つ名に掛けて戦ってやる」
『覚悟しなさい。私達の共鳴は“神を殺す”わ』
 マイヤ サーア(aa1445hero001)の啖呵を聞くなり、トールは央達に向かって飛び出した。大槌の全てが激しい稲光を纏う。
「ああ、そうかい! なら殺してみな!」
 トールは槌を地面に向かって鋭く振り下ろす。轟音と共に地が揺れ、稲光が炸裂する。央、仙寿、仙也の三人は飛び退いて躱すと、央が真っ先にトールへと突っ込んでいく。トールは鉄の籠手を嵌めた左腕で殴りかかった。切っ先と籠手がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
「サバク!」
「キュウサイノタメ!」
 槍の切っ先を下に向け、シアルヴィとレスクヴァが真っ逆さまに降ってくる。央は刃を引くと、トールの背後に向かって飛び込み二羽の一撃を躱す。トールは央を追って振り向こうとしたが、無数の銃弾が横殴りの雨のように襲い掛かってくる。
 レスクヴァが素早く鋼鉄の羽根を散らし、盾を構えて銃弾を防ぐ。それでも構わずフィー(aa4205)は引き金を絞り続ける。長得物を振り回し接近して身を削り合うのが彼女の真骨頂なのだが、今一つ戦意が昂らないのだ。
「あんたもラジェルドーラに朱天王、それに次ぐ武人だったりするんでしょーかね?」
『ソレトモタダノー……』
 ふわりとヒルフェ(aa4205hero001)の影が浮かび、トールを揶揄うように指差す。
「蛙ですかいな?」
「心配すんなよ。俺は武人だぜ。そいつらは何なのか知らねえが。俺は間違いなく武人だ」
 フィーの挑発じみた呟きを聞きつけ、トールはわざとらしくマッスルポーズを取ってみせる。
《余所見をするな》
 仙寿はそんなトールに向かって冷ややかに言い放つと、翼を広げてその白羽根を巻き上げ、トール達に向かって放った。シアルヴィが素早く反応し、負けじと深紅の羽根を舞わせて迎え撃つ。白菊の花と薔薇の花が散るように、ぶつかり合った二色の羽根ははらはらと地面に落ちていく。
『今だよ仙也!』
「はいはいっと」
 仙也は無数の鋭い刃を呼び出し、トール達に向かって投げつける。
「面に面を重ねるってのは、いかにも王道だな!」
 トールは右の籠手に雷光を纏わせると、刃を一気に薙ぎ払う。牙を剥き出しにすると、トールは右の踵にも雷を宿して後ろ蹴りを繰り出した。
「で背後から――」
 しかし、そこにあったのは白い靄。トールが眉間にしわを寄せた瞬間、その脇腹に向かって央が叢雲を振るう。擦り切れた蒼い服も、鉄の鎧のような肉体も裂けて血が滲む。地面に突き倒されたトールは、けらけら笑いながら蹴りを繰り出し立ち上がる。
「ははぁん。なるほど。こいつぁ面白れえなぁ!」
 央は僅かに距離を取り直す。シアルヴィとレスクヴァもまた翼を広げて跳び上がった。仙寿は刀を構え、トールに向かって強かに啖呵を切る。
《俺と央の連携を舐めるなよ?》
「いいねぇ、来いよ!」
 トールとその供廻り、エージェント達の戦意に触れて炎が揺れる。シェオル・アディシェス(aa4057)は背後に控え、ゲヘナ(aa4057hero001)と共に戦いの様子を見つめていた。
『(ふむ……供廻りとは共に戦っているようだな)』
「(そう、ですね。無聊を慰めろと言った割に……その役者を端役と相見えさせるとは……)」
 己の才気に周囲がついていけなくなったが故の孤独。そして周囲を見限ったが故の孤高。やがて彼は世界さえも見限った、弱い男。トールについて、そうシェオルは見ていた。
「(私の見立てが外れていた……という事でしょうか)」
『(外れたという事もあろう。しかしそればかりではない)』
 何かがおかしい。シェオルはひしと感じつつあった。豪放に笑いながら所構わず雷を放つ傲慢なる神の姿は、まさにトールそのもの。
 しかし、背後で燃え盛る炎もまた、彼の姿に良く映えて見えるのだった。

●ヴィングトール
「一般人の皆さんを、護るのが、杏樹の役目……です」
『(トールの思惑も常に意識して行動なさってください)』
「敵の一手先を読み、戦局全体を考慮する……帝王学の基本なの」
 泉 杏樹(aa0045)はツリーハウスを結ぶ細い階段を駆け登る。榊 守(aa0045hero001)の言葉を聞きながら、杏樹は周囲を見渡す。
「い、いやぁっ!」
 目の前のハウスからくぐもった悲鳴が聞こえてくる。杏樹は唇を結ぶと、ハウスの中へと駆け込む。一羽の怪鳥が槍を構え、家の隅で縮こまるハチドリの女に向かって一歩、また一歩と迫っていた。
「させない、です!」
 杏樹は薙刀をぶんと振るうと、怪鳥と女の間に割って入る。鳥は甲高く鳴き、杏樹に向かって槍を突き出す。守に支えられながら薙刀でその切っ先を払うと、一気に間合いを詰めて体当たりを見舞う。怪鳥は不意の一撃にぐらりとよろめいた。
「癒しのアイドルあんじゅーが、来たから、だいじょぶです」
 鳥は反撃とばかりに杏樹へ再び詰め寄る。杏樹は身を挺してそれを受け止めると、女に叫ぶ。
「逃げて、ください!」
 女は慌てて駆け出す。杏樹もその後を追って走った。怪鳥もまた慌てて追おうとしたが、突如下から飛び出してきた影に顎を蹴り上げられる。
「させませんよ」
 仮面を被り、フードを目深に被ったハーメル(aa0958)は、怪鳥に向かってさらに縫止の針を撃ち込む。不意打ちを喰らった鳥は躱す事もままならず、その場に身体を固められる。
『(一気に……仕留める)』
 墓守(aa0958hero001)の言葉に合わせ、ハーメルは右手につけた牙の飾りを振るう。近くの炎が凍り付き、一頭の巨大な狼と化して怪鳥へと襲い掛かる。首筋に食らいついたかと思うと、全身を振るって広場の方へと怪鳥を放り出した。肩口が凍り付いて動けずにいる怪鳥に、六花の放つ氷の槍が突き刺さる。それを確かめたハーメルは、木の階段を駆け登っていく。
 ツリーハウスの上層、鮮血塗れの部屋に陣取り、ボロボロのギリースーツに身を包んだ狼がライフルでハーメルに狙いを定めていた。しかし、遠くの敵に集中し過ぎた狼は、近くに差し込む影に気付かない。
「そりゃ伏せてるよね。私でも狙うもの」
 志賀谷 京子(aa0150)は狼を脇から蹴っ飛ばすと、反射的に銃を向けようとした腕を払いのけ、さらに脇腹を蹴りつけて通路から突き落とした。

 狼は、手足をばたつかせながら広場に向かって降ってくる。水瀬 雨月(aa0801)は金字で装飾された黒い魔導書を開くと、狼に向かって狙いを定める。
「(この惨状に怒りを、ここで失われる命に悲しみを。あの男には恨みよりも……)」
 燃え盛る炎の影から漆黒の槍が無数に飛び出す。宙を舞う狼の肩を、膝を、腕を次々に貫き宙で磔にする。最後に飛び出した一本の槍が狼の心臓を貫き、念入りに絶命させた。
「(憐れみかしらね)」
 槍はするすると影へと還っていく。血塗れの狼は力なく地面に堕ちた。京子からの連絡を受けて周囲に気を配りながらも、彼女は一瞬だけトールの方を見る。
「(程度の違いはあるけれど、やっている事は気を惹いて構って欲しい駄々っ子にしか見えないわ)」
『(……まあ、その見方も間違いではないだろうが)』
 ふとアムブロシア(aa0801hero001)が呟く。
「(だろうが?)」
『(知らんな。奴の事など考えるだけ面倒だ)』
 雨月が問い返すも、アムブロシアは結局内へ内へと潜ってしまうのだった。

 通信機を取り出すと、京子は素早く声を吹き込む。
「狙撃手がいるよ。モスケで見えた奴らは全部そうじゃない?」
 それだけ言うと、京子は弓を構えて矢を番える。きりきりと弦が絞られ、その矢じりは広場のトールに狙いを定める。
『やはりいましたね』
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は京子に早口で囁く。大槌を派手に振り回すトールを見下ろし、京子もそれに応えた。
「バルドル、フレイとも会ったけど、トールが一番わかりやすいね。表面上は」
『一体どこまでが本心なのか……』
「少なくとも、戦闘狂だけどバカじゃあない事ははっきりしたよ」
 トールが仙寿と央の繰り出す刃を真正面から受け止め、二人纏めて撥ね退ける。その瞬間を二人は見逃さなかった。
『アレが好き勝手に動くと厄介です。釘付けにしますよ!』
「搦め手ね。いくよ!」
 ひょうと一矢が放たれる。夕陽のような輝きを帯びた矢は三つに分かれ、シアルヴィの肩口、レスクヴァの太もも、槌を振り上げたトールの右腕に突き刺さる。トールの手元は狂い、その一撃は仙也の目の前に落ちる。トールは直ぐに矢を抜き捨てると、今度はげらげらと笑う。
「はぁっ! 中々良い腕の射ち手がいるじゃねえか」
 シェオルの放った玻璃の攻撃を防御もせずに受け止めつつ、トールは森中に響く声で言い放った。
「四時方向、仰角45度!」
 枝葉を震わす叫びに合わせ、森に潜む狼は広場に向けるライフルを一斉にその方へ向けた。次々に引き金が引かれ、銃弾が一斉に京子へ襲い掛かる。京子は太ももを掠められながらもその場から飛び出し、下の通路へと直接降りる。
「ごめんね! これがわたしなりの真っ向勝負だからさ!」
「ああそうだ。そりゃあそうだ。のこのこ標的の前に立つマークスマンなんていやしねえ」
 トールは噛みしめるように頷く。満面の笑みを浮かべ、雷神は再び広場を見渡す。
「野郎ども、気張りやがれよ! こいつらそんじょそこらの奴とは違うぜ!」

 トールの鼓舞を聞き、藪に身を包んだ狼は銃を引いて動き出そうとする。しかしそこへ冷たい怒りを湛えた一人の騎士が立ちはだかった。
『いくら気を入れようと関係はない。“我が”雷鳴の刃が貴様らの首を打ち落とす!』
 アークトゥルスが剣を構えた瞬間、稲妻が閃き雷鳴が轟く。狼が身構える前に、騎士は刃を振り抜き袈裟懸けに狼を切りつけた。肩口に一撃を喰らった狼は、感電して一瞬ぶるりと震えあがる。その隙に騎士は更に切り上げで狼の腰を打ち据えようとする。
「……」
 狼は牙を剥き出して唸ると、小銃を槍のように構えて騎士の一撃を受け止める。そのままギリースーツを脱ぎ捨て騎士へと投げつけると、騎士が刃でスーツを払う隙に狼は集落の外へと飛び降りる。
「(逃げられるっす!)」
『今は捨て置く。ここを離れるわけにはいかない』
 耿太郎の叫びにアークトゥルスは淡々と答え、ツリーハウスの裏の茂みに隠れていた少女に一瞬目をやる。その場を動くな。早口で囁くと、騎士は剣を担いだまま木々を蹴るようにして上へ登りだした。
 壁が燃えるハウスの影から銃口を覗かせ、木々を飛び交う騎士に狼は狙いを定める。しかしその目の前に、四足の爪を大樹の幹に突き立て登る銀の戦車が立ちはだかった。狼は慌てて部屋へと身を潜めるが、戦車は構わず部屋へ狙いを定めた。
「こそこそするな。ラグナロクの走狗め」
 砲身に刻まれた“Dies Irae”の文字が紅く輝く。刹那、一発の砲弾が放たれ、燃える壁を吹っ飛ばした。狼も爆風に巻き込まれ、部屋の奥に叩きつけられる。戦車は跳び上がると、ツリーハウスの上に降り立つ。
 狼は小銃の先にサバイバルナイフを突き刺すと、戦車に向かって突っ込んできた。戦車は素早く二足で立ち上がると、拳を振るって狼の鼻面を殴りつけ、再び追撃の一発を至近距離から叩き込む。火薬が炸裂した瞬間に火に包まれた壁は吹き飛び、片腕片脚を吹き飛ばされた狼は茂みの彼方へと落ちていった。
「ウールヴヘジン一体を排除した。貴公らも速やかな排除を頼む」
「了解であります」
 サーラはその砲塔に括りつけた光源を輝かせ、燃える薮の奥に潜む狼の姿を捉えた。燐光を纏うソーニャにその銃口を向けている。サーラは眼を剥き、狼の潜む藪に向かって無理矢理突っ込む。
「お前らみたいな従魔如きに、上官を傷つけさせるかよ!」
 燃え盛る炎に錆止めが焦がされる。それも構わずサーラは狼を突き飛ばし、37ミリの砲弾を腹に撃ち込んだ。狼は身を捻るが、その一撃は狼の脇腹を抉り、狼はぎゃんと喚いて地面へと落ちていく。
「う、うわぁああっ!」
 目の前に落ちてきた狼を見て、ハウスの影に身を潜めていたハチドリの男は飛び上がる。二体のヴァルキュリアはそれに気づいて武器を構えた。
「キュウセカイ」
「センメツ」
「それしか言う事ないんですか!」
 ハーメルは素早く男の前に立つと、ヴァルキュリアの眼を狙って次々にナイフを放る。盾でナイフを弾いた怪鳥は、矛先をハーメルへと変えて一斉に突っ込んだ。右手に雪華を取ったハーメルは、二体の突進を次々に躱し、擦れ違いざまにその翼を切りつける。血飛沫を上げ、怪鳥は次々に藪へと突っ込んでいく。振り返ると、杏樹に向かって男を指差す。
「早く彼を!」
「任せて、です」
 薙刀を振るって狼を広場へ払い落とすと、杏樹は男に手を差し伸べ、一緒に階段を下っていく。ハーメルは再び刀を握り直し、狭い階段に肩を並べて立ちはだかるヴァルキュリアと向かい合った。翼から血を滴らせてなお、それは戦意を高く保っていた。
『(……うまく下へ引き付けて)』
「はい」
 それは乱暴に両腕を振るい、ハーメルを階段から突き落とさんとする。その腕を冷静に捌きながら、ハーメルは素早く後ろへと下がっていく。ヴァルキュリアはハーメルを追い詰めようと、揃って飛び込んできた。
「今だ!」
 ハーメルは高く跳び上がり、ツリーハウスの壁を蹴ってヴァルキュリアの背後へと回り込んだ。階段を黒く焦がす炎を氷の狼に消し止めさせながら、彼は更に上へと昇っていく。
 取り残された二体はハーメルを追って振り返ろうとするが、その耳に透き通る鎮魂歌が聞こえてきた。揃って下へと眼を向けると、盾を構えたナイチンゲールがハチドリの少年少女を背にしてヴァルキュリアを睨みつけている。従魔達もまたナイチンゲールに向かって威嚇すると、一気に飛び降りナイチンゲールに向かって突っ込んでいく。
「あんたらの攻撃なんて!」
 銀色の盾、中央に刻まれたエンブレムから蒼と紅のライヴスが放たれる。二色のライヴスは翼を成し、突っ込んできた二体の攻撃を纏めて受け止める。モルフォ蝶を忍ばせる紫色の鱗粉を散らしながら、ナイチンゲールは二体のヴァルキュリアを突き飛ばした。間髪置かず、四方から次々に飛んできた雪の風と闇の槍がヴァルキュリアの全身を脅かして殺す。
「(この場で、きっと誰よりもトールに怒ってる六花が、誰よりも進んで一番大切な事を……この里の皆を守ろうとしてる。なのに私が使命を、自分を見失うわけにはいかない)」
 ナイチンゲールはちらりと六花の方を見上げ、自分に言い聞かせた。未だに空にはシアルヴィ達を含めて六体のヴァルキュリアが浮かんでいる。トールに怒りをぶつけている場合ではない。
『……ならば』
 ふと墓場鳥が呟く。ナイチンゲールに盾を捨てさせ、鎖に取り巻かれた刃の柄に手を当てさせる。選ばれし者のみが振るう事が許された、“傷つける枝”。墓場鳥が霊力を流した瞬間、鎖が次々に外れていく。
『お前は力を振るう資格を得た。その剣で救うべきを救え。そして“ラグナロク”を焼き尽くしてみろ』
「……」
 導かれるまま、ナイチンゲールは柄をしかと握りしめる。鞘の縁が赤熱する。ナイチンゲールの変化を感じ取ったのか、ヴァルキュリアがナイチンゲールめがけて一斉に急降下してくる。
「ごめん六花、少し……熱いかも」
 ナイチンゲールはぽつりと呟き、一気にレーヴァテインを抜き放った。白熱する焔が放たれ、ヴァルキュリアの羽根を次々に焦がしていく。顔を歪めてヴァルキュリアは叫ぶと、次々に高空へと舞い戻っていく。一体はテトラの放った呪符の餌食になって撃ち落とされたが、残りはそのまま天蓋に開かれた穴へと姿を消した。
 六花は身を乗り出し、小さくなっていくヴァルキュリアを見上げる。
「あの距離じゃ、もう届かない……」
『今は追っている場合ではないわね。まだ狼と供廻り……』
 アルヴィナの言葉に合わせ、六花は階下を見つめる。自らの攻撃と仲間の攻撃で軽鎧と修道服をボロボロにしながら、相も変わらず笑みを浮かべて仲間達と戦いを続けている。
『何より大将がそのまま居座っているんだもの』

●ヨルムンガンド
《腐れ縁とは言っていたが、仲間なんだろう。バルドルにどこまでついていく気だ》
 トールに反撃の余裕を与えないよう、仙寿は次々に小烏丸で斬りかかっていく。トールは薄ら笑いを浮かべたまま、スウェーにダッキングで刃をすらすらと躱していく。
《お前のような男が誰かの下にいる事も、力を得る為愚神になった事も意外だ》
 首筋に向かって刃を突き出す。トールは素早く槌の柄で切っ先を逸らした。得物から火花を散らしたまま、二人はじりじりと詰め寄っていく。
《単刀直入に聞く。お前はまだ人間なんじゃないか》
「本気でそう思ってんのか? フレイにもフレイヤにも会っただろ? アイツら愚神なんだぜ? 俺が愚神じゃないなんて、本気で思うか?」
 首を傾げ、トールはじっくりと仙寿に問いかける。背後から飛んだ一矢がその首筋を掠めた。
「なら、貴方が愚神だとして!」
 飛び交う銃弾を避けながら、京子は声を張り上げトールに向かって問いかける。
「何のために愚神になったの? 闘争を求めるなら、過剰な力はむしろ邪魔じゃない?」
 トールはにやりと笑みを浮かべると、央と仙寿の一撃をひらりひらりと躱しながら森に向かって声を張り上げる。
「“偉大な事は、偉大な人間がいなければ決して達成されない。そして、人間は偉大になろうと決意して初めて偉大になれるのだ”」
「シャルル・ド・ゴールか」
 目を狙った央の一撃。トールは紙一重で避ける。赤毛がはらりと舞い、それはバック転で間合いを取り直した。トールは央に向かって頷くと、その眼をぎらぎらとさせてエージェント達を見渡す。
「バルドルはド近視眼のどうしようもねえ奴だが偉大であろうとしてる。そして力を手にする事を厭いはしなかった。強いってのはそういうこった。どんなであれ、力を手にすることを一ミリも恐れないってことだ! ……正義の味方様は、そんな事もわかんねえのか?」
 トールは槌の石突で地面を叩き、左手に稲光を走らせる。全身に生傷を作ってなお荒ぶる戦意を剥き出しにするトールを前に、仙也はマイペースに応える。
「んー、やっぱり、そこの剣客忍者から似てるって言われたけど、失礼だわー」
 十文字槍の切っ先をトールへ向ける。空で反応したシアルヴィとレスクヴァが、槍を宙で振り回して仙也へと降ってくる。
「俺はアンタみたいに戦いしか無いわけじゃないんですけど? “欲のままに、我が道を往く事こそ我等の望み”、ってなもんで」
 鋭く突き出される二振りの刃。さらりと躱すと、次々に槍を呼び出し切りつける。羽根を飛ばして弾き返した二羽は、目を見開いて仙也を威嚇したが、仙也は受け流す。
「全体も見ないし、アンタらの状態も知らない。手が届く範囲しか守らないし、護れなければ誹られようが残りを護るだけ、やりたい事だけやるさねー。全て楽しい、その上でアンタみたいな面倒そうなモノ以外と戦うのが特に楽しい」
 仙寿の飛ばした女郎蜘蛛の糸を鋼鉄の羽根で斬り払い、シアルヴィとレスクヴァは揃って空へ跳び上がる。仙也は追撃とばかりに二羽へ向かって刃を次々に飛ばしながら、さらに語りを続ける。
「理性と良識より自由と娯楽塗れがいいわー。戦いたいのに大局とか役割で雁字搦めとか嫌だわあ。善人なら、英傑ならここだけでもこんなに揃ってるんだし、一匹くらい人の為だけの奴じゃなくてもいいしね?」
 仙也はちらりと仙寿の方に眼を向ける。刀を構え直すと、仙寿はふと微笑む。
《戦闘狂は同じだが、この下衆に似ていると言ったのは失礼だったな。仙也には理性と良識はあると思っているぞ? あと忍者はあけびだ》
『私だってサムライだもん!』
 あけびはすかさず言い返す。トールは口端に笑みを浮かべたままその様子を眺めていたが、不意にその身を翻した。降り注いできた魑魅魍魎の刃が地面に突き刺さり、次々に弾ける。そんな姿を見下ろし、テトラは通路からさっと飛び降りる。
『待たせたな!』
「(別にアイツは待ってないと思うが……)」
「ああ、待った。待ったぜ! 神を騙る俺としては、お前みたいに神だのなんだの名乗る奴は真っ先にぶっ殺してやりたいと思っていたところだ」
「そんな事させない!」
 六花は通路の上で叫ぶと、トール、シアルヴィ、レスクヴァに向かってその手を翳す。その手の先で雪と風が渦巻き、炎も木々もまとめて揺るがせていく。トールは僅かに笑みを潜めると、素早く指を鳴らした。二羽は空へ向かって翼を広げるが、激しく飛ぶ銃弾が襲い掛かる。
「逃がしゃしねーですよ。とっととおっ死ねってな」
 フィーが勝気な笑みを浮かべてヘパイストスをシアルヴィとレスクヴァに向けている。眼を見開くと、突如トールは跳び上がった。拳に雷光を纏わせ、通路に立つ六花と二羽の乙女の間に割って入る。
「させっかよ、そんな事ぁ!」
 稲光と雪風がぶつかり合い、激しい蒼光を一帯に飛び散らせる。その隙にシアルヴィとレスクヴァは翼を広げ、一直線に空の彼方へ飛んでいく。一方のトールは全身のあちこちに深紅の霜を付け、肩を震わせながらくつくつと笑っている。
《庇ったのか》
 仙寿は刀を構え直して神妙な顔をする。
「何だ? さも意外そうな顔しやがるなぁ、俺が俺の手足を庇うのはそんなに変か?」
 トールは凍り付いた血を払うと、再び槌を担いで一気に仙寿へ詰め寄る。小烏丸で素早く往なしながら、仙寿はちらりと思いを巡らせる。
(……自分の力こそが全て、な奴だと思っていたが)
『(あの時に河を選んだのももしかして……あのウールヴヘジンの退路も考えて……?)』

 集落の端々から、炎の爆ぜる音に紛れて銃声が響く。ナイチンゲールと杏樹は、肩を並べて、飛んでくる銃弾からワイルドブラッドを庇い続けていた。ナイチンゲールは拾い上げた盾を構えつつ、背後のワイルドブラッドに叫ぶ。
「弾が届かないように下がって!」
「杏樹たちが、守り、ますから……」
 戦意高揚する二人の少女は力強く叫ぶ。あちこちに掠り傷を作りながらも、癒しの力に治癒の道具を駆使して絶対の壁となり続けていた。
『(……俺達が庇うのを止めたら、ちょうどワイルドブラッドが撃ち抜かれる、か)』
 その一方、守は杏樹にも聞こえないよう奥の奥で呟く。彼は今まさに、兵士として戦場に立ち続けてきた頃の感覚を呼び起こして戦場を見つめ直していた。
『(だが、ワイルドブラッドを殺そうとしているようには感じられないな。あまりにも防ぎやすすぎる)』
『“ピン”されているな』
 一方、墓場鳥もふと呟いた。
「ピン……チェスの話?」
『そうだ。我らはキングを護る盾。その任を少しでも緩めれば、キングを刺すと奴は脅している。そのために、我らはここに縛り付けられている。……だが、それはあくまで脅しだ。そこにいるクイーンを好き放題に暴れさせるための』
 ナイチンゲールはちらりとトールの方を見る。雷光纏うハンマーを振り回し、相変わらず切った張ったの派手な立ち回りをシャドウルーカー達と演じている。
「本気で、王将を取りたいなら、もっと、詰めろを、仕掛けてくるはず……。つまり……時間稼ぎされている、ということ、です?」
『今は防御に徹しましょう。うるさい蠅は速やかに仲間が追い払ってくださいます。あれを取りに行くのは、それからでも遅くないはずです』
 守はやんわりと二人に囁く。銃声が鳴り、ナイチンゲールの盾の上で銃弾が弾けた。

「こそこそしやがって」
 サーラは苛立ちを隠そうともせずにウールヴヘジンへ狙いを定める。ソーニャとアークトゥルスの探知によって、狼達に隠れる場所などどこにもない。しかしそれでも、一発撃ち込めば転進し、ツリーハウスや枝の茂みに身を潜めようとする。
「隠れても無駄だってわかってんだろ!」
 薬莢が吐き出され、新たな弾丸が砲塔に装填される。狼はツリーハウスから素早く身を乗り出し、銃口を銀の戦車に向ける。真鍮の銃弾をスカートで弾くと、戦車は反撃の一射を狼の立てこもる部屋に叩き込んだ。砲弾は薄い木の板をぶち破り、部屋の向こうから肉の潰れる音が響く。
「これで六体目です、上官殿」
「まるで塹壕に籠る兵士の如くだ。徒に時間が消費されていくな」
 サーラからの通信に応えながら、ソーニャも茂みの影から射撃を続ける狼に砲門を向ける。
「そのような豆鉄砲で小官の戦意を挫く事など出来ぬよ」
 戦車が砲弾を一発叩き込むと、狼はぎゃんと喚いて吹っ飛んでいく。戦車は砲塔を回し、周囲をぐるりと見渡す。
「一発撃たれたのみで後背へ転進する……お前達は戦う気がないのか?」
 闇の中に消えた狼は何も答えない。戦車は再び動き出し、ソーニャは仲間に呼びかけた。
「撃破を急げ。少々嫌な予感がする」

『わかっている!』
 アークトゥルスは通路を走りながら、次々に引き金を引く狼へと間合いを詰めていく。カラドボルグを横に構えて頭を庇いながら、狼へと一気に斬りかかる。狼は銃を突き出してこれを受けようとするが、アークトゥルスは銃身ごと狼の脳天を叩き切る。脳漿を滴らせた狼は、狂ったように吠えながらアークトゥルスの腕へと噛みつく。
『離れろ』
 アークトゥルスは狼の鳩尾を蹴って無理矢理引き剥がすと、改めてその心臓に刃を突き立てた。狼は全身を震わせ、その場に斃れる。
「(あと二体っすね……)」
『トールめ。この戦いで我らの何を試そうというのだ』
 騎士は剣にまとわりついた血を払いつつ、広場の方を見下ろす。トールはひたすらに目を爛々と輝かせ、仲間達と今もなお対峙していた。

「さっきから、大振りに槌を振り回すばかりだな、お前」
 央はトールの一撃をわざと紙一重で躱しながら、勝ち誇った笑みを作ってトールを煽る。
「隠すなよ。先の戦いで仙寿に当てた落雷があるだろう」
「ああ、そうだな。……何だよ。使わないでやったのに。使って欲しいのか?」
 トールはふてぶてしく笑って仁王立ちする。傲岸不遜と尊大が交錯する。二人は互いにからからと嗤い合った。一歩大きく距離を取り直すと、央は忍び刀を斜に構えてさらに挑発してみせた。
「……そんなに自信があるならやってみたらどうだ?」
「そうだな。お前こそそんなに自信があるなら、こいつを躱してみろ!」
 大槌を振り上げると、その槌の先に稲妻を宿らせた。ぴりぴりと空気を震わせる。フィーと杏子は素早くトールから距離を置く。
「さあて、ここらでこいつが武人か蛙かはっきりしますかねえ」
『サアテ、鬼ガ出ルカ蛇ガ出ルカ』
 ヘパイストスを置き直し、フィーとヒルフェは値踏みするようにトールと央の様子を見つめる。杏子もはらはら半分といった調子で様子を窺っていた。
「(上手くいってくれたらいいんだけど)」
『行っても行かなくても、私達のやる事は変わらんさ』
 トールは槌を担ぐと、真上に高く跳び上がる。
「喰らいな!」
 激しく蒼い輝きを放つ光球が地面に叩きつけられる。仙寿と央は息を揃えて背後へ飛び退く。光球は弾け、無数の稲妻と化して集落中を蒼く染める。二人は歯を食いしばり、暴れる光をどうにか避けきった。
「(さあ、どうだ?)」
 央はトールをちらりと伺う。トールの全身が稲妻に包まれている。その顔はやはり笑っている。荒々しいの言葉が似合うその顔は、突如歪んだ。その皮膚は黒鉄に、瞳は藍玉へと変わる。石綿のような質感の髪を振り乱し、その狭間からは赤熱した石が飛び出している。全身もまた黒鉄と角岩が入り混じったような姿へと変わっていく。
「こんなところで披露するなんてつもりはなかったんだが……まあ仕方ねえな」
「……お前」
 央は咄嗟に武器を構え直す。トールはがらがらと鉄の擦れあうような笑い声をあげると、不意に槌を取り直した。
「イカすだろ。これ」
 刹那、トールの姿が消える。気付いた時には仙寿の背後に立っていた。
《……!》
 身動きする間もなく、仙寿は強烈な蹴りを喰らって吹っ飛ばされる。地面に何度も叩きつけられながら体勢を立て直し、仙寿はどうにか刀を構え直す。
《それが、お前の本当の姿か……》
「ま、そういう事になるわな」
 再びトールは動き出す。央と仙也が割って入ろうとするが、深紅の閃光を残してトールはすり抜けていく。フィーは眉を僅かに持ち上げると、斧槍を取って光へ斬りかかった。斧と槌が交錯し、鈍い音を立てる。トールは口蓋を開くと、藍玉の眼を天井から降り注ぐ光でぎらつかせる。
「さっきから手ぇ抜いてたよな。本気を出す気になったか?」
「さあ? そうやって調子に乗って粋がってますがねぇ、あんた以上に強い愚神なんて山ほど居ますしな。あんたんとこのグリムローゼだってそうなわけで。H.O.P.E.の精鋭にだって、あんたとタメ張れそうなヤツはごろごろしてる。それを補って余りあるモン、あんたは持ってるんですかい?」
「……さぁなぁ。少なくとも、戦いはサシでやるモンじゃねえだろうがよ。サシの強さなんて、知ったこっちゃねえな!」
 二人は同時に武器を払い、間合いを取り直す。迫る央と仙寿を雷光で牽制し、トールは周囲を見渡して吼えた。
「さあ、さあ、さあ! 命を賭けろ! チップを全部卓に押し出せ! 俺様に勝ちたいってんなら、正義の味方らしく、この傲岸不遜な悪役をぶっ飛ばして見せろ!」
 激しい挑発。しかし京子は心を揺らすことなく、平常心を保って弓を引く。彼の暴虐はひたすらにこちらの挑発であると彼女は見抜いていた。
「正義っていうのは違うね。大事なのはわたしが何をしたいか」
 京子は傍に立つハーメルに目を向ける。ハーメルはツリーハウスの前に立って頷く。中には幼少のハチドリがいた。京子はハーメルから離れるように駆け出し、トールに向かって声を張り上げる。
「……まあ、あなたをぶっ飛ばしたいってのはそうだけど!」
 トールが自らの方を振り向いた瞬間、京子は矢を放つ。一条の光は不意に消え去り、次の瞬間にはトールの背中にぶち当たっていた。だがトールは全身を震わせその身を駆けめぐる喜びを表すばかりだ。
「いいねえ、そういうの」
 六花はツリーハウスの階段を駆け下りながら、トールに向かって叫ぶ。氷の翼は徐々に黒く黒く透き通っていく。
「絶対に許さない……アマゾン河の時も、今回も、あなたの策なんて、六花は、お見通しなんだから……!」
「そうかいそうかい。じゃあさっさと俺の事しめた方がいいんじゃねえか?」
 さらに疾さを増した身のこなしで仙寿や央、仙也の攻撃を躱しながら、トールは六花の事も軽く煽り立てる。雨月とテトラは共に動き出し、トールの前後を挟み込むようにして構える。
「言われなくてもそうさせてもらうわよ」
 雨月が白い魔導書を開くと、その身を白雪のケープが包み込む。溢れだすライヴスは氷気と化して、密林の土を凍らせていく。テトラもまた呪符を取り出し、その身の周囲に次々と複製させた。
『水瀬、氷鏡。一気に押し込むぞ』
 言うや否や、雨月とテトラは一斉に氷の魔力を解き放つ。集落は一面白霜の纏わりつく世界へと変わり、トールの脚を地面に縛り付ける。六花は黒い翼を広げて飛び出し、黒いペンギンを喚び出した。海を翔けるように飛び出したペンギンは途中で凍れる闇へと変わり、トールの全身を押し包む。
 闇に包まれ一瞬沈黙したトールであったが、やがて角のように突き出た砥石が輝きを放ち、深紅のプラズマと共に冷気を纏めて撥ね退ける。
「ははぁ! 中々やりやがるな。今のはちょっと効いたぜ……褒美をくれてやる!」
 トールは全身の鋼鉄を赤熱させると、地面に舞い降りた六花に向かって大槌を振るって殴りかかる。仙寿と仙也がその身を次々斬りつけるが、まるで意にも介せずに突っ切る。
《六花!》
 仙寿がトールを追いながら叫ぶ。六花は怖い顔を作ってトールと相対する。
「汚い手で触るな!」
 刹那、トールと六花の間にナイチンゲールが割って入った。盾に全開のライヴスを纏わせ、振り下ろされたトールの槌を受け止める。稲妻が弾けてその身の至る所を傷つける。それでも彼女は構わず、盾を捨ててレーヴァテインで斬りかかる。トールは槌の柄でそれを受け止めると、ナイチンゲールの眼前へその異形の顔を近づけた。
「大した護りだ。だが護ってばかりじゃあ護れるもんも護れないんだぜ。お前達もな」
 隣でワイルドブラッド達を庇うように立つ杏樹にもちらりと眼を向ける。
『攻撃的な文言で挑発し、我々を怒らせるつもりですか? お嬢様はその様な安い手に惑わされる方ではございません』
「ヴァルキュリアも、ウールヴヘジンも、いません。貴方の、目論見は、もう破られた、の」
「そうかもしれねえし、そうじゃないかもしれねえな!」
 トールは適当な言葉を返すと、背後に迫る仙寿と再び斬り合いを始める。央もトールの脇から攻め寄せ、再び挟撃を始めた。
「(こっちが優勢だ。このまま戦えばいつかは勝てる。……だが、こいつのペースに付き合い続けたら、ワイルドブラッドにまで余計な被害が出かねないか)」
『(……私の準備は出来ているわ。後は貴方の心次第よ、央)』
 央は懐からライヴス結晶を取り出す。それを見たトールはその顔に満悦の表情を作る。
「そうだよ。それだ、それ」

「……お前の遊びにこれ以上付き合うつもりはない。日暮、サポートは任せる」

 トールの言葉をばっさり切り捨てると、央はライヴス結晶をその手の内で叩き割る。ライヴスが溢れ、央とマイヤの精神が融け合っていく。前髪の一房が蒼く染まり、全身を薄青いライヴスが包み込んでいく。
《任せてくれ。一気にこいつをここから叩き出してやろう》
「その覚悟、しかと見届けるぞ」
「カバーは任せてっ!」
 仙寿、ソーニャ、六花の幻想蝶が央の幻想蝶と共鳴する。三人との繋がりを感じながら、央は駆けた。蒼い光は二つに分かれ、トールへと襲い掛かる。トールは鋼鉄の右腕に紅い電流を纏わせ薙ぎ払った。しかし光はどちらも掻き消え、央の姿は跡形も無い。それを探す間もなく、仙寿が居合の構えを取ってトールの間合いへ踏み込む。
『私と仙寿様は“強さを目指し続ける”。貴方とは、違う強さを!』
 トールは余裕綽々の態度を続けていたが、仙寿の眼を見た瞬間、その顔を僅かに顰める。腕を上げ、仙寿が振り抜いた刃を受け止める。石で出来た腕に、刃は鋭くめり込んでいた。
「味な真似しやがる」
『雷切で雷神を斬る事になるなんて、思わなかったよ』
 仙寿が飛び退いた瞬間、数本のワイヤーが次々に飛び、トールの四肢に巻き付く。仙也は手をひらひらさせ、不敵に笑い返した。
「人の世の蛇より、天から堕ちた愚かな神へとりあえずの御挨拶を……的な?」
『頭使い過ぎで煙出そうだな馬鹿?』
 ディオハルクが仙也を煽った瞬間、ワイヤーは次々に弾ける。四肢に焦げ跡を作ったトールは、ただ眼をぎらつかせる。
「こんなんじゃあ、九歩は退がれねえな」
『なら無理にでも下がらせてやろう! 神の名を持つに相応しからざる者め!』
 テトラは白冷の呪符から霰を放つ。それに合わせてゲヘナもまた、無数の玻璃をトールへ飛ばした。霰の中に紛れた光線が、トールの身体を少しずつ蝕んでいく。シェオルはその姿を見つめ、小さく呟いた。
「……弱き者達を焼き滅ぼす稲妻ではなく、弱き者達を照らす光であってくれたなら……」
『そもそも神ならば、無抵抗な下々の民を無意味に殺戮したりはしないだろう?』
「馬鹿言え。じゃあ有意味に殺戮する神は許されんのか?」
 テトラに詰られてもトールの口は減らない。上からそんな雷公を見下ろすソーニャは、サーラと共にその胸元へ照準を定める。
「素人め。小官が戦争を教育してやる」
「発射!」
 二人は次々に砲弾とミサイルを撃ち込む。トールは上を見上げて目を細めると、素早く身を翻した。しかしソーニャの放ったミサイルの爆風は、トールを逃さず絡め取った。体勢が崩れたところに、大剣を振るうナイチンゲールが飛び掛かる。その背後では六花が氷竜の幻影を召喚し、ナイチンゲールへ手を翳す。竜は柔らかく氷の息を吐き出し、大剣の炎を白く凍らせた。
「さっきのお返しよ」
 ナイチンゲールは大剣を上から下へと打ち下ろす。トールは槌の柄でその一撃を受け止めたが、大剣の纏う凍気が張り出し、槌を凍り付かせていく。トールは大剣を跳ね上げ、凍った槌を一瞥して軽く舌打ちする。
「……こいつはマズいな」
 背後から蒼い光が閃く。トールは咄嗟に振り返って槌を振るうがまたしても光は消え失せた。
「ああ、良い手だ。こいつは良い」
 トールは顔を顰めると、雷光を纏わせ槌を背後に向かって振り抜く。しかし既に央と仙寿は並んでトールへ迫り、雷切と叢雲の一太刀を次々に浴びせようとしていた。
 二振りの一撃を凍った槌で受け止める。表面に亀裂が入ったかと見えた瞬間、亀裂は瞬く間に槌全体へと広がり、粉々に砕け散った。

●アルヴィース
 央と仙寿の振り抜いた刃はトールの胸に十字を刻み、広場の中心へと吹っ飛ばす。
「ぐぅっ……!」
 トールはもんどりうって地面を転がる。手をついてどうにか体勢を立て直すと、藍玉をきらきらと光らせエージェントを見回した。
「やべえやべえ。まあそれなりにはやるだろとは思ってたが、まさかここまでとは思いもしてなかったぜ。……ロシアの竜がやられたって噂もマジってわけか、こりゃ」
 遠くで茂みが揺れる。巨大な影が開けた天蓋を覆い隠し、火の消えた集落を薄闇の中に落とした。ハーメルは通路から身を乗り出し、目を凝らして影の正体を見つめる。
『(……幽霊船だ)』
「もしかして、身を挺してでもシアルヴィとレスクヴァを退がらせたのは……」
 下からではその甲板の様子を望むべくもない。しかし、幽霊船の甲板にはシアルヴィとレスクヴァが確かに立っていた。二人は虚ろな目で目配せすると、レバーを動かし錨を集落に向かって一直線に降らせる。全身に傷を作ったトールの傍に錨は突き刺さり、トールは素早く錨の上に足を掛ける。
「ま、これ以上はお互い消耗するだけだしここいらで手打ちとしようぜ! まだまだ最終戦争は続くんだ。ここで無理に戦いを終わらせることもねえだろう」
『そうやすやすと逃がしたりするものか』
 アークトゥルスが言い放つと、魔導書を手に取りトールへ向かって冷気を放った。トールは空から降ってきたフランベルクを手に取ると、その冷気を一閃で斬り払う。
「だから、終わりだっつってんだろ。今の俺は詰んでるんだ。お前等はそこに転がってる以上の犠牲を出さずに済んだんだから、それでいいじゃねえか」
 トールの厳めしい姿が徐々に揺らいでいき、再び厭らしい笑みを浮かべた傲岸不遜な男のそれへと戻っていく。
「ここで俺をぶっ殺してえってんなら、俺だって吝かじゃねえぞ。だが、お前らそもそも大切な事を忘れてないか?」
 それだけ言い捨てると、トールは鎖を伝ってどんどん上へと昇っていく。京子は素早くツリーハウスの天辺まで昇ると、弓を引いてトールの手に狙いを定める。
「待ちなさいよ」
 橙色の光が鎖を撃ち抜く。歪んだ鎖は捩れ、千切れて錨の先は地面へと落ちる。しかしトールはその上の部分に掴まり、京子へ挑発的なサインを送ると再び上へと登って行った。
 守は杏樹の眼を通してその姿を見つめていたが、やがて稲妻に撃たれたような感覚に襲われる。
『……御嬢様。直ちに皆様の回復を。スキルも道具も全て使用してです』
「は、はい」
 杏樹は扇を広げると、守に言われるがまま舞い踊り、隠れ里に癒しの雨を降らせる。長い戦いで傷ついた仲間達の身体が、静かに癒されていく。冷静ながらも僅かに焦りを見せる守の口振りを聞き、仙寿もうっすらと一つの事実に気付く。
《そうか……ただの人間なら支部内にもたくさんいる。弱者をいたぶりたいだけなら、リンカーと戦いたいだけなら、ここでわざわざワイルドブラッドを虐殺する必要はない。支部に突っ込めば、それでよかったはずだ》
 アークトゥルスと耿太郎も既にトールが本当に狙っていたものの正体に気付いていた。ワイルドブラッドに手招きをしながら、急いで広場へと駆け下りていく。
『(報告書を見る限り……奴の行動に遊びは多いが無駄はなかった。この行動も何かの目的に沿って起こされたには違いない。それはわかっていたんだ)』
「(……少し、アイツの事を難しく考え過ぎていたかもしれないっす)」
 京子は通路を飛び降り、走って仲間達に合流する。
「トールは私達を狩りたかったのかもしれない。でも“ついで”だったんだ。トールはただ単純に、私達をここに出来るだけ長く引き留めようとしてただけなんだ」
「勘違いしていた。あいつはお茶会の時からずっとバルドルの事を馬鹿にしてたから、これも自分勝手を優先しただけだって思い込んでた……」
 ハーメルはマスクの奥でうっすらと顔を歪める。ほぼ同時に、エージェント達の通信機から叫び声が響き渡る。

「バルドルです! バルドルが来ます!」

『(この戦いは全てお膳立てだったというわけだな。バルドルの城攻めの)』
「……ウールヴヘジンの攻撃が緩いと思っていたけれど、時間稼ぎのために間延びさせていたのね。私達もあいつらを追い払うよりも、守りに入っていたせいで余計に制圧に時間をかけてしまっていたし……」
 アムブロシアと雨月がやり取りしていると、空から何かが降ってくる。咄嗟にエージェント達が一歩下がってみると、それは一台の通信機だった。

「“お前がいつか出逢う災いは、お前が疎かにしたある時間の報いだ”」
 通信機を前に胡坐をかいたトールは、懐から煙草を取り出し火を点ける。その眼は歓喜にぎらぎらと輝いていた。煙を悠々と吹かしながら、彼はエージェントに問いかける。
「ってな。アルヴィースになった気分はどうだい、諸君?」

「うーん、やっぱり面倒くさいな」
『自分自身は負けて退却に追い込まれてでも、組織全体の勝利を優先するのか。とても理解に及ばんやり方だ。やはりあんなのと同じにされたくはないな』
 仙也は空を見上げて呟く。ディオハルクも嫌悪感を丸出しにしてトールを詰った。根っからの戦闘狂を相棒に持つ仙也は、トールがただの戦闘狂ではないと薄々感づいていた。
『己の目的を果たすためなら無辜の民を虐殺する事さえ辞さんというわけか』
「(まさに、弱者は強者に踏みつぶされるのみだ……というわけか)」
『気に喰わん。そんなやり方をする存在は神どころか人間を名乗る資格も無い。悪魔だ。特に火事を起こしたのは気に喰わん。あの忌々しい奴とまるで同じだ』
 杏子は正義感を元にトールを嫌悪し、テトラはひたすらにトールの気に入らない振る舞いに怒りを燃やす。
「何を言ってやがる。何の罪もねえ人間を焼夷弾で十万焼き殺したり、民族浄化とか言って好き放題に女襲ったり、むしろ目的の為ならどんな手段も正当化してやれちまうのが人間ってもんだろ。正義を固守するお前らの方がよっぽど人間らしからぬと思うぜ?」
 トールは悪びれもせずテトラの言葉に応える。それを聞いていたヒルフェは、フィーの影でけらけら笑いながら呟く。
『コイツ、戦闘狂ッテヨリ、戦争狂カモナ』
「新しい秩序を叫ぶ奴の隣にいるのが戦争狂ってのも皮肉な話ですな」
 フィーは改めてラグナロクのちぐはぐさを嘲笑う。少なくとも傲慢に力を振り回しているだけではなかった。信念らしい信念を見せたわけでも無かったが。トールに対していかなる評価を下したか、フィーはただ笑みを浮かべ、心の内で呟く。
「(さてさて、これからどうしますかねえ)」

『バルドルがインカ支部に攻めてくるなんて、最初から分かっていた事だけれど……今から戻っても間に合うかどうか……』
「それに、六花達が帰ったら、またトール、ワイルドブラッドの人達を殺すかも……!」
 六花はジレンマに顔を曇らせる。今すぐにでも支部へとんぼ返りしたかったが、空に浮かぶ船がそれを許さない。墓場鳥は小さく呟いた。
『ワイルドブラッドを狙っていたことさえ、フェイクだったかもしれないな。守りに人員を割くことで、戦いを可能な限り引き延ばすのが奴の狙いだったんだろう』
「……でも、守ったのが間違いだったとは思わないよ。守りを捨てたら捨てたで、私達を煽るためにトールはここの人達を殺しただろうし」
 霊符を傷に当てがいながらナイチンゲールは力強く呟く。その眼は冷たくなった少女へと向けられていた。本当なら抱きしめ、救済を祈りたかった。
「その通りだ。まあ、いかなる時でも勝利を優先するような戦争屋ばっかじゃ希望の看板なんて掲げられねえし、そんな事はしねえだろうと思ってたがな」
 通信機からトールの声が聞こえてくる。
「ま、ワイルドブラッドを守り抜いたわけだし、正義の味方としちゃ一流だと認めてやる。だが、とっとと帰るって事まで思いが至らなかったわけだから、やっぱ戦士としては二流だ」
「……奥の手じゃなく、最初から一気に詰め切るつもりで使うべきだったか」
 央はその場に膝をついて顔を顰める。仲間のお陰でクラッシュこそしなかったが、それでも体にかかる重い負担まで除かれるわけではない。今は意識を保っているだけで精いっぱいだった。マイヤも今はただ沈黙している。
「手を拱いている暇はない。我等も度重なる戦闘で無傷とはいかないが……それでも指をくわえてここにいるのみとなるよりはマシである」
「全員の消耗度合いを確認します。多少守りを置いていれば、彼も此方へまた降りてくるという事はないはずです。最低限の人員のみここに残り、後は急いでインカ支部へ帰還しましょう」
 戦車から飛び降りたソーニャとサーラが中心に立って全員を素早く見渡す。杏樹は頷き、空になったヒールアンプルを幻想蝶へと戻す。
「……皆さんの回復、出来るだけしました、の」
「とりあえず僕は戻れます。トールと直接対峙しなかったおかげで大した怪我はないので」
「こっちは無理だ。今しばらくは動けそうにない。もう少し休めば何とかなるが……」
 ハーメルと央が素早く応える。他の仲間達も次々に状況を報告していく。その様子を通信機で聞きながら、トールは更に茶々を入れる。
「最初から計算に入れとけよ、それくらい。なあ玄人さんよ」
「聞き耳を立てるな」
 サーラは歯を剥き出しにして通信機を蹴っ飛ばした。一撃で通信機はばらばらになって沈黙する。上官を嘲られるのは忠実なる部下として我慢がならなかった。一方のソーニャは気にした風もなく、てきぱきと仲間に指示を出していく。
「奴とていつまでたってもここに貼りつくとは思えぬし、どこかで身動きを見せるタイミングがあるはずである。その時にはトールを可能な限り追跡する斥候と、インカ支部へ帰還する第二陣とに分かれるとしよう――」

「あーあ、ぶっ壊しやがって」
 雑音しか聞こえなくなった通信機を脇に押し退け、トールは船端にもたれ掛かる。煙草をふかし、目の前に広がる有様をじっと見渡した。
「……ぬかったな。ここまでやりやがるとは」
 トールはぽつりと呟く。目の前には戦いの中、どうにか帰還した従魔達が倒れている。腹に穴を開けられたり、腕を切り落とされた狼。翼が凍傷で血まみれの戦乙女。まともに戦えそうなのはトールが庇ったシアルヴィとレスクヴァ以外にいない。真顔でその悲惨な有様を見つめていたが、やがてトールは笑みを浮かべる。
「だが面白え。あの悪魔に何もかもを質入れして、賭けの卓に洗いざらいぶちまけたってのに、肝心の相手が雑魚じゃあつまらねえからな……なあ、そうだろ」
 トールはシアルヴィとレスクヴァに尋ねる。しかし彼女達はトールを見下ろしたまま、一言も応えない。トールは何度も頷くと、ゲラゲラと笑い出した。
「ああ。任せとけって。全部俺に任せておけ。俺がお前達の分まで考えてやる。お前等はいつもと同じように戦えばいい。俺の手足になって、何にも考えずに引き金だけ引いとけ。それで何とかなる。これまでだってそうだったろ」
 煙を長く吐き出すと、トールは空を見上げて高らかに叫ぶ。
「さあ、戦争を終わらせるための戦争をしよう。次の戦争と同じように、戦争を終わらせるための戦争をしよう」
 トールは一頻り笑うと、ちらりとインカ支部の方角を振り返る。今頃、バルドルがリンカーと直接に刃を交えている頃合いに違いなかった。
「おい、お前の為にここまでやったんだぜ、バルドル」
 トールは眼を細めた。その手の内で吸殻を握り潰し、ドスの利いた低い声で囁く。
「せいぜい暴れろよ。来た見た勝ったは気取りゃあいいが、これ以上俺を白けさせんなよ」


 ソーニャの指示が終わり、エージェント達は散開する。バルドル戦への援軍へ向かう者、この場に居残りトールへの牽制を行う者に分かれて。ハーメルは来た道を全力で引き返していた。誰よりも速くとばかりに土を蹴るハーメルに、墓守は静かに尋ねる。
『(ハーメル。……悔しいのか)』
「そういうわけじゃないよ。ナイチンゲールさんの言う通りだ。僕達は僕達としてやるべきことを果たしたんだ。アイツが何と言って煽ってきたって、それが揺らぐわけじゃない」
『(だが、少し焦っている。躓くぞ)』
 墓守が言った瞬間、ハーメルは木の根を蹴りそうになる。僅かに歩幅を詰めて躱し、ハーメルは安堵の溜め息をつく。その拍子に、一つの思いが口をついて零れた。
「でも、やられたなとは思ってるよ。ただただ戦うのが好きで、バルドルの言う救済を馬鹿にしてる。そのイメージに釣られて、バルドルの為に全力で時間稼ぎするなんて、誰も考えてなかったからね」
『(雷を振り回す、いかにも“トール”らしい豪快さにも……要因はあるかもしれない)』
「そうだね。……もしかしたら、中身はトールというより、ロキなのかも」
 ハーメルは眉間にしわを寄せると、脚をさらに速めて支部へと急ぐのだった。

 一方、シェオルは集落の中で佇み、じっと空を見上げていた。
「(……私は、トールを“子供”ではないかと見ておりました。己の優等性から他を見下し当たり散らし、そしてそうなるのはお前等が劣等だからだと開き直る……そのような方だと思っておりました。これは間違いであったのでしょうか)」
『(一面においてはそうかもしれん。しかし、汝の見えている世界と、この者の見えている世界は最早違う。奴はバルドルを指して近視眼と言ったが……なれば奴は最早盲目と同じだ)』
 シェオルの問いかけにゲヘナは淡々と応える。
『(奴は自分の法の中で生きている。一方でこの世界がどのような法で成り立っているかも奴は恐らく重々承知している。それでもなお、奴は己の法の下で生きている。それが悪だと断じられても、ならば悪を背負わんと、強靭に己を貫いてきたのだろう)』
 ゲヘナは語り終えると、最後に嫌味を交えて付け足した。

『(その果てがアレとは、はなはだ哀れだがな)』


 インカ支部近辺、ハチドリのワイルドブラッド支部において行われた戦闘にて、エージェントは既に殺されていた十余名を除き、全員を守り抜くことに成功した。トールが率いた勢力の多くにも深手を与え、無力化ないし撃滅する事にも成功した。しかし、トールの狙いは――もちろん以下のような狙いもあっただろうが――己が愉しむことでも、ワイルドブラッドを虐殺する事でもリンカーと戦火を交える事でもなかった。ただ一つ、バルドルのインカ支部攻めの為、H.O.P.E.側の戦力を支部から引きずり出し、可能な限り手元に留め置く事だったのだ。
 戦いを終えたエージェントは帰還を急ぐ。ワイルドブラッド達を今守ることが出来たとしても、支部を落とされ、ラグナロクが優位に立つことを許しては意味がない。

 インカ支部防衛戦は、最後の峠に差し掛かろうとしていた。


To be continued…

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 救いの光
    シェオル・アディシェスaa4057
    獣人|14才|女性|生命
  • 救いの闇
    ゲヘナaa4057hero001
    英雄|25才|?|バト
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973
    機械|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    オブイエクト266試作型機aa4973hero002
    英雄|67才|?|ジャ
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