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【地獄アイドル地獄】特訓特訓特訓抗争!
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【相談卓】
最終発言2017/10/26 00:10:04 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/10/24 20:24:00
オープニング
●因縁
「特訓とは言ったものの……どれから手をつけるべきか悩みますね」
万来不動産社長兼万来興業株式会社社長アラン・ブロイズ(az0016hero001)は、無機質なスチールデスクの上に拡げた資料を見下ろし、ため息をついた。
その資料の一部をのぞき見れば――
『国道ランニング=大型車両が駆け巡る国道の真ん中をランニングする。メリット=激しいライヴに耐え抜く体力が身につく。アクシデントに対する反応速度が上がる。/デメリット=轢かれると死ぬ』
『火消しブレス=頭上に脂を満たしたタライを乗せ、そこに火が移らないうちに百匁(ものすごく大きい)和蝋燭の火を歌声で消す。メリット=声量アップ!/デメリット=火を消せないと死ぬ』
『焼きダンス=熱した鉄板の上でダンスする。メリット=ダンスステップが磨かれる。/デメリット=倒れると死ぬ』
アランは今、万来興業で抱える女子アイドルのレッスン案をまとめている最中だった。問題はそのどれもがレッスンとは名ばかりの罰ゲームで、しかもすべてのデメリットが即死なこと。
そしてアイドルのみなさんにとって致命的なのは、この場にツッコミがいないというまさにその一点だろう。
「まあ、気合ぶっこんでいただけば問題ないでしょう。時間もありませんしね。万が一特訓で倒れる方がいらっしゃったら、デビューライヴを追悼ライヴに――」
卓上に置かれた黒電話が着信を告げる。
「ブロイズです。ああ、深澪様。どうしました?」
電話をかけてきたのはH.O.P.E.東京海上支部オペレーター兼万来興業株式会社課長待遇バイトリーダーの礼元堂深澪(aa0016)だ。
『アランくん! 千客から日取りはどうするとかメール来たよぉ!』
アランは眉根をしかめて「ダボがぁ」。
「……いつでもかまいませんとお伝えください。この際たっぷりと見せて差し上げましょう。目に物ってやつを」
アランの手が受話器を握り締める。
パギン。乾いた音をたててプラスチックに太いヒビがはしり、はしり、はしり、ついには数多の欠片と化して降り落ちた。
●もうひとりの社長
「社長ぉ、万来のおバカさんがいつでも来いやと言っておりますぞぉ!」
17世紀の欧州で生まれた中国風インテリアスタイル「シノワズリ」で固められた瀟洒な一室に、執事スーツを着込んだ細長い男が駆け込んできた。
「うーふふ。あにちはやっぱりあまいでちゅ。あたちをいえにおまねきすゆにゃんて」
ウォーターヒヤシンスのプレジデントデスクの向こうから応えたのは、舌っ足らずな甘い声。実にかわいらしいがどこかあざとく、聞く者の耳に引っかかる。
「こうかいさせたげゆでちゅ。あたちのかんがえたさいきょおぐんだんのおててでね」
うーふふふー。
ぷっくりとした頬に嘲笑を刻み、イカ腹三頭身ボディをプレジデントチェアの上でばたばたさせる幼女こそが、千客不動産の100パーセント出資子会社・千客プロモーション社長ウー・ルー・パパである。
そもそも千客不動産は万来不動産の元副組ちょ……副社長が仁義破りで興した会社で、万来不動産とは深い因縁にまみれている。
しかもウー自身、千客不動産に引き抜かれるまでは万来不動産の「特殊営業課」のエースだった存在で、当時の異名は“ロリマイト”。万来がしきる不動産を狙う汚い奴らをことごとくぶっ飛ばしてきた、筋金入りの武闘派社員であった。
――ちなみにウーはウーパールーパーのワイルドブラッドゆえの幼生成熟体で、実年齢は24歳だ。ロリはロリでも合法ロリなので安全安心。
と、まあ、長々語ってきたこの設定が本筋で生かされることはないだろう。そのあたりはいつものことなので気にしないでいただきたいんである。
●特訓地獄
「レッスン始めるよぉ~」
万来興業内のレッスンルームで深澪がぱんぱん! 手を打ち鳴らした。
その服装は黒いツナギであり、理由は「え? これだったら汚れてもわかんないし?」。この室内環境で、汗で濡れる以外のどんな汚れを想定しているんだろうか?
「最初だしぃ、ダンスからいこっか! その次がボイトレでぇ、最期はランニング?」
最後が最期になってるところに激しい違和感を感じずにいられないわけだが、それよりもあれだ。向こうから黒服の男たちに運び込ませている大量の炭火コンロと鉄板だ。
「『ダメ』っていうのはチキンさん野郎さんが垂れるセリフなんだよぉ。途中で焼けちゃうからダメになっちゃうんだよねぇ~。だったら最後まで焼けなきゃダメじゃなくなるよね? 根性ぶっ込んで証明しようぜぇ~、“BAN・RAY!”はフォーエバーだってさぁ~」
どこかの社長と軍曹がミックスしたような意味不明ワードを並べ立てる深澪。
満面の笑顔の中で眼だけ笑っていないという、実にありがちで恐ろしい有様だった。
そして。
数百台のコンロが遠赤外線たっぷりの炭火で鉄板を熱々に熱し終え。
深澪がびしっと立てた親指でぐいっと鉄板ステージを指して言う。
「炭火だから明日まであっつあつだよぉ……ボイトレとかランニングのほうがよければそっち先でもいいんだぜぇ。どうせさぁ、行き着くとこはいっしょだし、ね?」
解説
●依頼
・オープニングに記載された3つの特訓の内から参加アイドル全員でふたつを選び、フリーダムに立ち向かってください。
・3つめの特訓が開始される直前に現われる千客プロのアイドルを葬り去ってください(ただしガチ戦闘ではなく、手段を問わずギャグ的に)。
●新規参加者の方へ
・このシナリオは能力者と英雄、それぞれが女子アイドル(老若男女問わず女子アイドルです)、マネージャー、サクラ(護衛等も含む)、その他希望職に就いてアイドルユニット“BAN・RAY!”を運営していくシリーズものです。
・今回から加わったアイドルは二期生です。
・マネージャー役は活動戦略を打ち出したり、横から自由に絡んでください。
・サクラ役、その他の職を希望される方も自由にどうぞ。
●特訓備考
・ダンスレッスンは焼けた鉄板の上で。ダンスはなにを踊っても自由。火興し(扇いだり燃料足したりなんでも可)はサクラ/護衛役が担当し、この場でかける音楽はマネージャー役が自由に決めてください。
・ボイストレーニングは脂の満たされたタライの中に座り、同様のタライを頭の上に乗せてぶっとい蝋燭を歌声で消します。もちろん意図的に炎上させることも可能。マネージャー役とサクラ/護衛役はそれぞれの立場で相方を守ったり陥れたりしてください。
・ランニングは怪しい軍隊ソングを歌いながらトラック駆け乱れる国道で。よけたり受け止めたり轢かれたり、自由にどうぞ。マネージャー役とサクラ/護衛役はボイトレ同様です。
・ここで受けたダメージは謎薬品で全回復します(シナリオ内で副作用が出ることはあります)。
●千客プロのアイドル
・ウーと共に、全部で1800人いるネズミのワイルドブラッドチームから選抜組16名がやってきます。
・前口上長めです。やるならここです。
・ひとりやられるごとに外で待機している残りのメンバーが補充されたりされなかったりします。
リプレイ
●僕らは鉄板の前で
「どうせさぁ、行き着くとこはいっしょだし、ね?」
礼元堂深澪(az0016)の親指の先にあるもの、それはなんのしかけもなく、なんの救いもない、ただひたすらにあっつあつの鉄板だ。
「行き着くところ……ああ、地獄ですね」
あっさりと言ってはならない正解を導き出したのは万来興業社長兼チーフマネージャーのアラン・ブロイズ(az0016hero001)だった。
「はぅっ、はいーっ! 質問! 質問です!」
フィオナ・アルマイヤー(aa5388)が天突く勢いで右手を挙げた。
前回に引き続いて超どミニなフリフリである。かわいいではなく、「きゃわいい」である。そして――25歳である!
が。年長者に対する深澪の返事は。
「却下だよぉ~っ!!」
無慈悲だった。
「アイドルのレッスンでしょー? 楽勝じゃーん」
色ちがいのフリフリ衣装を着装したブルームーン(aa5388hero001)がへらへら。
「あれを見てまだそんなことが言えるんですかぁっ!? ろくでもない目に合うとかって話じゃすみませんよ!? そもそも勝手に参加の返事をしてぇ!!」
フィオナに胸ぐらを掴まれ、前へ後ろへ振り回されるブルームーン。
「ちょ、落ち着、あかばらちゃん――」
「その名前で呼ばないでぇええええええ」
25歳の絶叫響く中、ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はひとりその小さな体を震わせていた。
「にほんこわい……そこくかえゆ……ちゅうい、いくじょ」
力なく振り向いてみたが、そこに彼女の忠実なる部下であり、英雄である鋼鉄の人型戦車の姿はなかった。
「鋼の決意持つ上官殿が退行を――実にかわいらしいのでありますじゃなくて! 自分、いつでも行けます! 上官殿の踏み石としてこの身を投げ出す所存であります!」
がっくんがっくん膝を踊らせながら、ソーニャと共にアイドル活動を通じて愚神に滅ぼされた祖国の奪回資金を稼ぎに来たサーラ・アートネット(aa4973)が頼りない敬礼を決めた。
「いや、まじすか。先輩いないっすか。先輩いな」
鋼の外殻をきしらせ、静かに錯乱するのはサーラの英雄オブイエクト266試作型機(aa4973hero002)だ。
「あの、これってレッスンじゃなくて拷問じゃ……」
おそらくはメンバー唯一の常識人枠にある天城 稜(aa0314)がためらいがちに言う。
白のTシャツにジャージの下というシンプルな格好でありながら、その立ち姿は衣装をまとっているかのように美しい。
と。リリア フォーゲル(aa0314hero001)がぽやんと小首を傾げ。
「レッスンの後、アイスは支給されますか?」
「リリアっ――!?」
しょうがないね。唯一だからね。
「ママぁ! これってもうデビュー前に引退なんじゃ!?」
加賀谷 ひかる(aa0651hero002)がおののき、あっつあつから一歩下がる。
彼女のジャージはごく普通の化繊製だ。すぐ溶けるしよく燃える=死ぬ。
で。未来の世界でひかるを生むはずのママこと加賀谷 ゆら(aa0651)は。
「あらまあ、アラン様ってば今日もイ・ケ・メ・ン♪」
「ふふふ、恐れ入ります。できれば30年後にお聞きしたかった」
娘の戦慄なんか見ちゃいないんだった。
「これがジャパンのレフトウイング名物SOUKATSUです!? セセセセラスちゃんは!?」
大人の事情をぶっちぎって第2英雄の名前を出しちゃうセレティア(aa1695)。その両肩をがっしと掴んだバルトロメイ(aa1695hero001)がかぶりを振り振りささやきかける。
「逃げたよ。おまえは逃がさないけどな」
ひぃぃ! セレティアの喉が細く鳴り、じただばじたばた。
「待って! 狂戦士バルトさんが相方じゃ、共産主義アイドルのイメージが第2話にして壊れちゃうー!」
「2話ってなんだ2話って。それに俺は根っからのプロレタリアートだぞ? くたばれ階級主義ィ!!」
「ちがうの独裁者なのー!! 理不尽に粛清してM心くすぐったりカタルシス得たりっていうコンセプトなんですぅ!」
ドタバタするふたりを見やるアランがぽつり。
「まあ、とりあえずはセラスさんの代わりに入っていただきましょうか。バルトロメイ(♀)さん」
「「え!?」」
かくてバルトロメイさんの女子アイドル仮登録が完了した。
「よかったわねー。あんたより歳上が入ってきたわよ?」
「エイジよりジェンダぁ!」
ブルームーンとフィオナもうれしそう!
「ジェンダーって言ったら……ですねぇ」
複雑な顔で稜が息をつき。
「で、ありますね……」
サーラはそっと目を逸らすんであった。
――レッスンに恐怖する者がいる一方、妙にやる気の者もいる。
「特訓パート! 無茶振り乗り越えて、あの日勝てなかったアイツに勝つ王道だよねー。リセマラの準備しなくちゃー」
自力で乗り越える気が今ひとつ見えないギシャ(aa3141)に、どらごん(aa3141hero001)がファンシーな龍面をしかめてツッコんだ。
「なんだそのレアアイテムガチャ感は。というか、ここはタイガーホールかなにかか? 悪役女子プロレスラーでも育てる気か?」
天城 初春(aa5268)もまじめな顔で。
「さて、はりきって行くかの」
「こういう鍛錬も久しぶりだぜ。よーし、がんばってみっか!」
天野 桜(aa5268hero001)が力強く初春の肩を叩こうとして、すかっ。空振りした。
「がんばってみっか!!」
すかっ。すかすかすかっ。
「……なんでよけんだよ?」
桜のじっとりした目線を華麗にかわしながら、初春はそしらぬ顔であちらを見やる。
「だってわらわ回避適性じゃし? いや、がんばらん気なわけではきっとないのじゃよ?」
「けしてじゃなくてきっとってのが怪しくねぇか? なぁ、初春ぅ」
能力者と英雄によるよくわからない戦いが開幕する中、アヴニール(aa4966hero001)は傍らのアクチュエル(aa4966)にうなずきかけた。
「特訓とは腕が鳴るのう」
アクチュエルもまたうなずき返し。
「我らの実力……この根性……しかと脳裏に焼きつけるがよいのじゃ!」
合わせ鏡へ映したかのようにそっくりな顔を見合わせ、がっしと腕をクロスさせるふたり。
「アクチュエル! この地獄でこの身が果てようと、我らが魂は大空に羽ばたくのじゃ!」
「うむ! そして我らは遙か高みより家族を探そうぞ、アヴニール!」
ふたりはひしと抱き合い、強く誓う。
意気込みのことを言いたいのはわかるが、誓い合っているのが死後の話なあたりが不穏だ。まあ、どのみち死ねないことは確定しているのでがんばっていただきたい!
「いったい誰の脳裏に焼きつける気だ……?」
思わずくわえかけた煙草を箱に戻しつつ、レーヴ(aa4965)がげんなりうそぶいた。
「アイドルだからこそ基礎は大事だってのはわかるんだがな。それにしてもハイレベル過ぎやしないか、これ」
鉄板から押し寄せる熱気に顔をしかめ、次いでリリア(aa4965hero001)を見る。
「リリア、熱くないか?」
リリアは鉄板を見つめたまま人形めいた無表情をこくりとうなずかせた。
「……鉄板。前、に……お好み焼き? 食べた気、がする。あつあつ、は……人を幸せに、する……の?」
他の誰にもわからないだろうが、レーヴにだけはわかる。リリアが妙なくらいやる気だということを。だとすれば。
「人を幸せにする、か。そうだな。アイドルと遠からずなのかもな」
普通に考えればアイドルとあっつあつになんの関連性もあるわけないんだが、いいのだ。リリアがやるというならレーヴは全力でサポートするだけだ。
――鉄板なんかにおまえを燃やさせないさ。おまえに火をつけるのは俺なんだからな、リリア。
「火とかつけるならハートにしておいてくださいね!?」
ズビシ! 唐突に宙へツッコミを入れた稜にリリアが訊く。
「どうかしました?」
「え? いや、なんだかツッコんでおかなきゃいけない気がして……」
そんな彼の肩を、どらごんがぽんと叩いた。
「常識枠に立候補したせいで苦労するな」
「どらごんさんもこっち寄りですよね!? わかってるんなら手伝っ」
「俺はギシャを止めるのでいそがしい」
「待っ、どらごんさーん!?」
当然どらごんが待つはずはなかった。
「アップはすんだ? あったかくなる前に体あっためとかないとだからねぇ~」
サージェント深澪に追い立てられ、女子アイドルが鉄板舞台へ蹴り上げられる。
●踊死踊
「ほんとはランニング先にしたかったんだけど。ま、オトナの事情ってやつでさぁ~」
凄絶な熱気に満ち満ちたレッスンルームで赤く輝く鉄板。あっつあつの次元はとうに越えていた。
「ランニングを先にしたかった理由って……」
稜に深澪はあっさりと。
「灰になったら復活しづらいからさぁ~」
「ささやいて祈って詠唱して念じるあれですね」
リリアが納得した顔で手を打った。
「36年前のゲームネタだね!」
すかさずツッコんだ稜にリリアは笑顔を横に振り振り。
「友好的な○ー○○とか知らないですー」
「それ第一作知らないと言えないやつだよね!」
そんな稜の足元からちょこんと顔を出したソーニャが挙手。
「どう考えても鉄板一枚では小官の自重を支えきれんのではないかと」
「板子一枚下は地獄だよぉ!」
「いやいや! 板子の上も地獄にしか見えんのであるがっ!?」
「じゃあ板子一枚上も地獄だよぉ!」
取り付く島がなかった。
なんてことがありつつアイドルたちは深澪に蹴り飛ばされ、鉄板の上へ。
「ななななんですかこれはぁぁぁ!?」
フィオナのスカートが熱気に煽られて舞い上がった。ラメの散ったストッキングが火の粉に照らされて金のきらめきを振りまく。
「鉄板の上にいられた秒数分宣伝できるとか?」
ちゃっかり鉄板の外に逃れていたブルームーンが言った。
「昭和っ!? ていうかそれ鉄板じゃなくて熱湯です!」
「あー、そういえばあそこに出てた軍団の人が言ってたわ。できるとかできないとかじゃなくて、やるしかないんだーって」
今がまさにその“やるしかない”状況であることは確かだった。だから。
「じゃあ。やりましょうか。いっしょに」
フィオナがブルームーンの腕を掴んだ。
「いやあたし芸風が! 鉄板とは芸風合わなくて!」
「大丈夫ですよ。鉄板だけにネタも鉄板です……」
「いやー! 炎上しちゃうー!」
「じゃあみなさんリズムに合わせていきますわよー」
ゆらが昔懐かしいラジカセで流した曲は、エレキギターむせび泣く、コブシ効きまくりの……
「エトワールロッドのキラキラお星さまでアイドル気分絶好調★ ――って演歌じゃんー!」
ひかるの絶叫をゆらが真顔で遮った。
「演歌じゃなくてムード歌謡」
「問題そこじゃねーから! あっつあつだから! あっつあつだから!! リズム! リズムぅう!!」
まったくもうこの子ったらワガママなんだから的な顔で、ゆらが曲を切り替えた。80年代アイドル……それもちょっとヤンキー系な振り付けと地声のちっちゃさで有名な、スローバラードが大得意の歌姫のやつに。
「さあ踊ってひかるん!」
「よりによってなんでス○ー○ー○ョ○! あああ、踊れちゃう自分が……やるなら完璧にフリコピしたい自分が怖くて憎いー!」
「…………」
ゆらがすごくちっちゃい声でなにか言う。
「ママそれただのモノマネだから!」
「…………」
「だーから! 聞こえねーから似てるか似てないかわかんねーってば!」
ともあれ懐メロのリズムに乗せて、稜とリリアが鉄板にリズムを刻む。
「ムダに音がいいのはアレだけど! 熱い! フットガードもリジェレネーションも効いてない!?」
レッスンルームに入る直前、稜とリリアはちょっとだけ共鳴してスキルをかけていたのだ。それなのに。靴底が。溶けていく。
「共鳴無用とスキル無効がルームルールですので」
「アランさん何者ですか!?」
笑顔で述べたアランへ稜が(熱いから)すかさずツッコんだが。
「私の設定、『かつて愚神もかくや』だったのですよ? そのくらいはね?」
「それをタイマンで叩きのめした深澪さんは何者……?」
そのとなりでリリアはずーっと「アイスアイスアイスアイス」と唱え続けていた。
「おまえ、本当にやるのか?」
しかめ面のどらごんにギシャは消せぬ笑顔を傾けてみせ。
「ギシャ暑いとこ生まれだからね!」
暑いと熱いじゃまるでちがうだろうに。そう思いつつどらごんはディジリドゥ――シロアリに中身を食われたユーカリの木。笛のように使うが、拍子木で叩いてリズム楽器にもする――を引っぱり出した。
それを爪先で叩いてリズムを刻めば、ギシャは両脚を揺らしながら鉄板を踏みしめるアボリジニダンスを舞い始めた。
「ギシャ、熱くないか?」
「右足があっつくなったら左足出す! 左足あっつくなったら右足出す!」
おまえはスナヤモリか。どうせオーストラリア縛りならエリマキトカゲにしとけ。どらごんはツッコミをディジリドゥのびよびよした音色に変える。
「どらごんどらごん」
「びよびよ?」
「右足も左足もあっつくなったらさ、どーしたらいーのかなー?」
すでに残像しか見えない勢いで、ギシャは両足を動かし続けていたが。
答=どうにもならない。
どらごんはそっと目を逸らし、黙々とディジリドゥを吹き続けた。
「あ、浮いたー」
「びよっ!?」
「体幹を鍛えるとかか?」
バルトロメイがしかめていた眉根をぱぁっと解放し。
「合理的だな!」
「なにをどう見ても不条理ですよね!? あの赤はわたしの信じる赤じゃないっていうか」
そっと逃げようとしたセレティアの首根っこを引っつかみ、バルトロメイは鉄板へ向かう。
「理不尽な理由でM心にカタルシスなんだろ? クツ脱ぐんだよな手伝うぜ?」
「てめえの血は何色ですかー!? 脱ぎませんどころかバルトさんのお靴も履きますよ! だってわたし専制君主ですから!!」
引きずられながらきりっ。顔を引き締めるセレティアだったが。
「共産主義は完全平等だろ? 資本家も労働者も政府も君主もねぇ」
放り上げられた鉄板の上、セレティアがトゥシューズでつま先立ち。
「お気に入りのシューズの防御力を見るのです!」
盛り上がる彼女にバルトがしたり顔で語りかけた。
「トゥって膠で固めた革じゃね?」
つまり、溶ける。
「あ~」
ぐんにゃり崩れ落ちゆく専制君主。
「大丈夫だ。おまえならできる。Do it! 集中しろー、鍛えろー、コミーどもをブッ殺せー」
無責任なバルトロメイのDo itにセレティアがいきなり、「わたしキャピタリストになります!」。
そして薄暗い笑顔で。
「……これで世界からひとりキャピタリストが減るのです」
燃焼。
「ダンスかの。社交界の嗜みとして十全に修めてきたのじゃ、なんの問題もない」
熱をものともせず、アヴニールが優美にワルツの三拍子を刻む。
「ぬう。こ、こうかの?」
真似しておずおず踏み出すアクチュエルだったが……なんというかリズムがおかしい。テンポはワルツなのにぎくりしゃくりと動きがぶれて、まるでそう、盆踊り状態に。
思案顔でそれを見やっていたアヴニールがはたと顔をあげ。
「おお! 見たことのないステップじゃのう! これは社交界に新たな風を吹き込むぞなぜなら我ってば社交界の風神じゃし!」
その赤瞳は絶望的にぐるぐるしていた。
「アヴニールが風神なら我は一周まわって雷神じゃ! まくっていくぞぉ!」
当然のことながら、アクチュエルの青瞳もまたぐるぐる。
まことに遺憾ながら熱でオーバーヒートしたふたりが、ワルツなんかもう跡形もない有様で練り歩く。
かくてふたりが焼き鉄板界に吹き込んだのは、絶望的に怪しい盆踊りの風雷なんだった。
「でだ、デビュー曲はやはりキャッチーなポップスがいいだろう」
鉄板の上から溶けかけたUSBをアランへ手渡すレーヴ。
「時流に沿っていながら少し古いパターンを織り込んで作った曲だ。MIX、コール、口上を入れやすい、ファン参加型を想定してな」
足をふらつかせながら、レーヴは。
「これはデビュー後のことになるんだが、“みんなのおねーさん”と“みんなの妹”に分けたユニット活動も」
ここでアランは右手でそっとレーヴを制し。
「……とりあえず鉄板から降りるか、肩の上から降ろすかしたほうがいいのでは?」
「どちらもできん!!」
くわっ。
「俺が降りればリリアが燃える! リリアを降ろせばリリアが燃える! リリアを守るため、俺はここから動くわけにはいかんのだぁっ!」
レーヴに肩車されたリリアは無表情で。
「リリア、がんばって、踊る……」
レーヴは感涙を即座に蒸発させつつ声を詰まらせた。
「なんてけなげな……! 鉄板なんかにおまえはやらん! おまえに火をつけるのはお」
ぼひっ。レーヴの裾と袖が熱に耐えきれず、ついに発火。
「レーヴが……リリアに、火……つける」
炎のトーテムポールからそっと目を逸らし、アランは深く息をついた。
「やれやれですね」
「耐えるもなにも、始めっからクライマックスなんじゃよ!?」
桜の背にしがみついた初春が、炙られて火のついたシッポをばたばたさせ、あわてて消火する。
「初春、狐の鉄板焼きと狐のきりきり舞いからの鉄板焼き、どっちがいい?」
ごくごく静かに、桜が初春へ問うた。
「それ二択じゃなくて一択じゃよね!?」
首にかけられた縄いっぱいに後じさる初春。それはまあ当然だ。すごいわかるー。
「こうなったらやるしかねぇんだよ。ああ、殺るしかねぇ。踊れ! 初春ぅ!」
鉄板に投げ落とされた初春がびょんと跳ね、シッポを振り乱しながらきりきり舞う。
「ああああ! わらわマジメにやりますゆえお助けををををを」
そのとなりで死のタップを刻んでいたサーラが天井を仰ぐ。
「あつい! こ、これはもはやレッスンではないのでありますー! 拷問……拷問でありますよ! 民衆への見せしめでありますかあっつい!!」
「見せしめ……拷問……うふふ」
鉄板の隅でちょっとした火柱に成り果てたセレティアが微笑む。多分、専制君主だから。
そして誰も見ていないというか見ることのできない隅っこの熱空間で、溶けた鉄板に飲まれゆくソーニャの姿があった。
「小官アイアンパンクですらないのになぜかようなことに!? というか今日のレッスン、どれもこれも小官ピンポイントで必死ではないか! しかもこれからもきっとあるのだ、プール騎馬戦とか罰ゲームバンジーとか握手会とかっ! くっ、責任者を出せ!」
責任者は向こうでやさしく笑んでいた。だめだ、あれは根性とか気合とか言っていればなんでもできると信じ込んでいる、帝国軍とかにいがちな無能将校だ!
その間にもじわじわじわじわ、ソーニャは沈んでいって。
「こんなときなにをすれば……ぬぅ、これしかあるまい!」
なぜかサムズアップして、ででんでんでんででん。ででんでんででん。
「あ、あいるびぃ、ばっく……」
できるかなっ!?
とりあえずあちこちで燃え始めるアイドル。
「倒れる前に死とは。ゆら様、恐山に連絡して人数分のイタコの方を手配していただけますか?」
なにかをあきらめたアランがデビューライヴの形を丸っと変えようとした、そのとき。
「はいはいー、ギブった人には水かけますんでねー」
オブイエクトが砲口から砲弾ならぬ水を噴き、鉄板上の火柱にぶち当て始めた。
「貴様、いつから放水車になったのだぁ!?」
叫ぶサーラにオブイエクトはしれっと。
「お国のためっすよー。資金稼ぎっす。けっこう需要あるんすよねー。プールとか、あと暴徒鎮圧とか?」
「鎮圧!?」
超水流が火柱どもを問答無用でなぎ倒し、鉄板に焼かれて極熱の水蒸気と化し……
「ぎゃー! いっそひと思いにぃー!」
下ばかりか全方向から襲い来る蒸気に蒸し上げられていくサーランとアイドルたち。皮肉なことに、からからに乾いた肌は水分を得てツヤツヤだ。
その片隅、鉄板を突き抜けたソーニャはひとり、サムズアップを穴から突き出したままひっそり旅立とうと……。
「深澪様ーっ! 有効成分しか入っていないタイプの覚醒薬をー!」
アランが深澪に呼びかけた結果。
「しょうかんぴちぴち! ぴちぴちぴっちである!」
鉄板の上を元気に転がり回るソーニャがいた。
「危ないところでしたね」
この場に“スティール先輩”がいたなら言ってくれただろうか。『代わりにアブナイ感じでありますが』と。まあ、いない以上はなにを言っても意味がないのだが。
「しかし、熱々の鉄板は意外とリアクションが取りづらかったようです」
「じゃ~次とか電気ショックにしとく?」
アランは深澪にかぶりを振ってみせた。
「おそらく二度もレッスンを語る余裕はありません。今後の課題として善処して参りましょう」
●走死走
有効成分しか入っていない注射で全快したアイドルたちが事務所から次のレッスン場所へ向かわされる。
「母上と父上が(ピー)で(ピー)!」
調子よくアメリカ海兵隊の訓練歌を和訳で歌いあげる深澪。
その体をすり潰そうと左右を猛スピードで大型トラックが走り抜けていくが、トリプルアクセルですり抜けた彼女は平然と振り向いた。
「なに端っこ走ってんだよぉ! レッスンになんねぇだるぉ!?」
隠された過去を物語る、見事な巻き舌である。ちなみに隠された過去は「礼元堂は元ヤンでレディースの特攻隊長」なわけだが、ここだけの秘密だよ?
「(ピー)の(ピー)は(ピー)(ピー)(ピー)!」
「接続詞以外全部自主規制じゃないか……というか、どの国の訓練歌にすべきかは拳による議論が必要だな」
どらごんがでっかい額を拭き拭き、深澪を見やる。
「でも戦力が圧倒的に足りてないっすよ」
今日はスティール先輩もいないし。スティール後輩ことオブイエクトが先日の有様を思い出し、ぶるりと震えた。そういえば言葉がすっかり後輩口調になっているのは、彼なりに空気を読んだんだろう。
「それよりも! どうしてトラック野郎さん方がみんな必ず殺す系なんですか!?」
稜が実にもっともなことを問い。
「この国道は死して屍拾う者なしがただひとつのルールだからさぁ!」
不条理にぶっ潰された。
「風だ。風になるんだ。トラック野郎なんかにギシャは負けない!」
「待てギシャ! おまえの敵はトラック野郎じゃない! トラッ」
クそのものだ――どらごんが言い終えるより早く、国道へ駆け出していったギシャがアメリカンなトレーラーに激突。きゅりきゅり回って対向車に跳ね飛ばされ、さらに突っ込んできた軽トラにぶっ込まれて空の高みへ。
きっと走り抜けた先に光が見えたりふぃーちゃーにばっくしたりするんだーだーだー。
「おまえ走ってないぞ!? しかもどこに行く気だ!?」
思わず飛び出したどらごんもまた轢かれて彼方へ。
ギシャ、俺はおまえのこと本当のーのーのー。
「ぬぅ、我らの前を走るなど!」
「100年ぐらい早いのじゃ!!」
なにに点火されちゃったものか、アクチュエルとアヴニールが突然ダッシュして。
当然のごとくコンボイに轢かれて宙を舞った。
『アヴニール。我らは今、なにやら自由じゃな』
『アクチュエル。ここからならすべてが見えそうじゃ』
『なにやら花畑しか見えぬが、綺麗じゃなぁ』
『おや、川の向こうで我らを手招いておるのは……』
きりもみながら飛んでいく体をよそに空で語り合うふたりを霊視しつつ、アランがゆらを呼び。
「ゆら様、デビューライヴの告知ですが、アクチュエル様とアヴニール様のお写真を丸枠で左上に」
「かしこまりですわ」
ゆらさん、すべてを心得た顔で眼鏡くいっ。
「「我らは卒業写真撮影に欠席した奴か!?」」
根性で肉体に復帰したふたりがダイビングツッコミをゆらに食らわせたが、しかし。
「私にダメージ与えるには、あと36くらいレベルが足りませんわねぇ」
おほほほほー。
「ぬぅ! これが年の功というものか!」
「くっ! 我らがあと13くらい年寄りじゃったら!」
「あまりにぴちぴちじゃしな! 水滴を弾いてしまう肌が憎い!」
「まったくじゃ! なにやらこう、シャワーを浴びると水が吸われる肌なら――」
膝を屈したアクチュエルとアヴニールが無力感に呻く中、ゆらの顔が鬼と化していく。
「23歳はまだぴちぴち水弾きますけどーっ!?」
「はぅっ」
なぜか遠くのフィオナがダメージを受けたりしているわけだが、ともあれ。
「まあ、わたしがひかる・ブロイズになるにはママの齢があと30くらい足りてないらしいけどね……」
髪を収めたキャップを掻き、ひかるは常のキャラを忘れたゆらから目を逸らした。
が、その視線の行き場へ回り込んだゆらはひかるに拡声器を向けて。
『ひかるん、小娘&トラックなんかに負けるなー!』
「小娘はとにかくトラックには負ける! あっさり死ぬ! 加賀谷家の明るい未来が潰えるー!!」
そしてひかるはトラックを受け止めた次の瞬間、あっさり持って行かれて星になったのだった。
「ゆらさんはもう止められないとして。ギシャさんでもあっけなく轢かれるってことは、防御適性の力を見せるところ……かな?」
稜が不安そうに首を傾げた。まだ始まったばかりなのに、なにをどうツッコめば形になるのかわからない。常識人はいつだって損をする宿命なのだ。
「リリア、ここは僕たちが」
「エスキモーのアイスは冷蔵庫? お外に出しておけばいいと思いますよー」
深澪の歌を華麗に聴きまちがえ、ほわりと笑むリリア。
だめだーっ! 命が危険なのに今日のリリアはぽんこつだ! あ、でもポニーテールかわいい! って現実逃避してる場合じゃなくて僕がしっかりしなくちゃ! なんでもいいからリードするんだぁ!
果たして。
「リンブレウォーズが出ーるぞー♪」
訓練歌の節で自主規制無用の安全な替え歌を歌い出す稜に、リリアがなつかしげな目を向けた。
「あら、29年前のネタですね」
「細かい! リリア生まれてないし、世界蝕も起きていないころの話なのになんで知ってるかな!?」
「えー私なんにも知らないですー20歳ですー」
真実は闇の中。
そしてもうひとりのリリアである。
「……」
たったったったっ。黙々と走り出した彼女。
「おっとリリア、忘れ物だ」
なぜかいっしょに走り出したレーヴが、彼女の手になにかをじゃらっと落とし込む。
「今だ、後ろのトラックに投げろ」
「わかった」
リリアが攻め寄せてくるトラックに手の中のものを投げた。
トラックのタイヤを貫通するだけの太さと強さを備えた大ぶりな撒菱である。
前輪を割られたトラックがバランスを崩した。
「過失? いやいや事故だろう。勝手にパンクしてんだから。まあ、事務所から半径10キロ圏内は入念に下見してあるからな。すべてはリリアの安全を確保するために。そう、すべてはリリアのためだ。リリア、俺のエトワール――」
そのエトワールに向けて、もんどりうったトラックが突っ込んでいく。しかも対向車がセンターラインを割って襲い来る。このままではリリアが危ない。
「俺の過保護をなめるなぁーっ!!」
自覚があるだけ質悪い気はするが、とにかく飛び込んだレーヴはリリアを横へ突き飛ばし、さらに前から迫るトラックへ撒菱を投げつけた。
結果。
「リリう゛ぁっ」
見事に前後からサンドイッチにされるレーヴ。
それをじーっと見つめていたリリアはかくりと小首を傾げ。
「リリ、う゛ぁっ? ……レーヴ、リリアに、新しい名前……くれた」
「なんですか、この頭の悪さ全開のトレーニングはっ!?」
フリキラアイドルコーデなフィオナは奇跡的回避を続けている。原動力は恥じらい。そう、この姿をトラック野郎どもに見られていることへの凄絶な恥だ。
「見ないでくださいー!」
きゃわいいお洋服は素敵。せめてステージの上だったら、人前でも多分大丈夫。でも、内実がデスゲームだとしてもレッスンという場でこの格好を衆目に晒すのは、考古学と情報科学の両方で名を馳せる才媛としてのメンツとかプライドがアレなのだ。
「ようするに性癖が開いてないってことよねぇ」
大型トラックの荷台に積まれ、シートをかけられた土砂の上、スマホ片手に寝転んだブルームーンがだらだらコメントした。
『どこですか!?』
スマホ越しに飛んできたフィオナの怒声を、スマホを耳から離してやり過ごす。
「トラックにランニングしてもらってランナウェイ? おーおー、ランナーのみんながゴミのようだわー」
ぴしっ。
「?」
ブルームーンが音源に目を向けた。すなわち、トラックの後あおりの掛金にだ。
飛んできたのはレーヴが投げ、トレーラーのタイヤが破裂しながら弾きだした撒菱。その掛金を弾き開けるだけの重さと勢いが、彼女の1秒先の未来を決めた。
「あーれー」
土砂と共に道路へぶちまけられるブルームーン。その先には、彼女と同じくトレーラーに掴まってランナウェイを企んだ初春が、桜の手で首に縄をかけられ、引きずられていた。
「さ、桜義姉様の鬼ぃ」
「地獄にゃ鬼がつきもんだろ? さぼる初春が悪いんだぜ?」
元の世界では近衛衛士隊長を務めていた桜に、訓練放棄を見逃す選択肢はありえないのだ。
「走れ! 走れねぇならおとなしく星んなれ!」
「わらわまで逝ってしもうたら広告が丸枠だらけになってしまう!」
「近衛の掟は死んでも守れ~♪ 守るためなら死んじまえ~♪ 守れないなら死んじまえ~♪」
「ひねりが! 歌詞にひねりがなさすぎじゃあ! 死あるのみぃ!!」
と。桜が突然まじめな顔をして。
「武士道はな、死ぬことと見いだすもんだぜ?」
そこへ。まわりのトラックを巻き込んで押し寄せる土砂(onブルームーン)。
「義姉様あれは危ないのじゃ! ハードラックとダンスったあげく連れていかれてしまうのじゃ!」
「特攻(ぶっこみ)上等だぜぇ!」
あわてる初春をがっしと掴み、桜は「はぁっ!」と土砂目がけて放り投げた。
「のじゃっ!?」
初春を縛っていた縄の先がいつの間にか桜の踝に結ばれていて、そのガイドをもって桜は初春の背に跳び乗った。
「ま、まさか……」
「乗るしかねぇ! このでっかい波に!」
初春という名のサーフボードが、土砂という名のビックウェーブに突っ込んだ。
「のじゃあ!!」
「いだあっ!!」
見事に初春を乗りこなしてブルームーンをにゅうと踏んづけ、桜は息をついた。
「さすがのあたいもこいつに飲まれたら死んじまうからな……」
「「武士道わい!?」」
思わず関西ノリでツッコんでしまう初春とブルームーンだった。
「声出し障害物つきランニング? 事故った場合の損害賠償金は万来が持ってくれんのか? いいじゃねぇか」
不敵に笑むバルトロメイのもきもきした腹筋をセレティアがぽかぽか。
「バルトさん、今までの有様見てまだそんなこと言いますか!? キャピタリストさんのおめめは節穴です!?」
「はっはっはっ、痛い痛い」
余裕余裕。元傭兵にして趣味筋トレの大男に、赤を握り込んだ小さな拳はただただ無力だった。
「バルトさん」
セレティアがピースサインをつくってバルトロメイを招く。
「ん?」
思わずかがみ込んだバルトロメイに、セレティアがくわっ。
「くたばるのは資本主義と社会主義なのです!」
ぷりゅっ。鼻柱を挟むようにして跳ね上がったセレティアの指が、バルトロメイの右と左の目にめりこんだ。
「目がっ!?」
国道によろけ出たバルトロメイが電飾満載の超デコトラにぶっ飛ばされて宙を舞い、対向車のコンテナの上へ奇跡的にタッチダウン。
「くそ、目が見えねぇ! ってか助かったのか!? あのまま異世界に転生しちまわなくてよかっ」
げいん! 国道を囲う電光掲示板に顔面を直撃。
「あばばばばば」
めりこんだ顔面を電流にかきまわされたあげく、セレティアの真ん前にぼとりと落ちた。と思いきやむくりと起き上がり。
「ふぅ。昔の経験がなきゃ、さすがの俺もケガしてたとこだぜ」
いつの間にか目まで元通りなおっさんにおののくセレティア。
「コミュニズムの敗北です!? いえ、戦いはまだ始まったばかり! この世界に真の平等をもたらす日まで、赤き御旗を心に掲げて征くのです!」
「もしもしー、あのー、お約束で申し訳ないんですけどー。過去の経験入り込む余地なかったですよね……?」
稜のツッコミは細く、小さなコミュニストにも無駄にでかいキャピタリストにも届かなかった。
「げへうぇぃっし、かひゅーかひゅー」
――ここへ来るまでの間にすっかり体力を使い果たしたサーラは、道端で嘔吐いたり喘息を起こしたりといそがしい。
「し、しんどい……薄暗くて誰も来ねぇ書物庫に帰りてぇ」
デカ眼鏡女子に見えて、その実超非力なインドア系ヤンキーなんである。
と、伴走していたオブイエクトが、鋼の指に挟んだ4本の注射器を見せつけた。
「社長から差し入れっす。『元気です(仮)』と『元気です?』と『元気れす!』と『げげ元き気っ!』……どれが当たりっすかね?」
向こうを見れば、4本の内のどれかをぶっ込まれたのだろう女子アイドルたちが国道を走ったり轢かれたりしている。
「ギシャは風邪になるんだよ! 誰も追いつけない風邪だー」
「地球は丸いのじゃ! ビリに見えて一周したら我ら最速!」
あからさまに言動がおかしいギシャやらアクチュエル。他の輩もまあ、同じような有様だったけれども。
「むしろどれがハズレだ!?」
オブイエクトに詰め寄るサーラへ言葉をかけたのはソーニャだ。
「戦意高揚のために薬物を使用するなど、戦場ではめずらしくもなかろう」
「上官殿!?」
「長い道のりであった。人々に置いていかれ、同志サーラにも置いていかれ、我が足となるべき英雄は遁走し……それでも小官は! ここまで来た!」
ようはコンパスの短さと自重のせいで激しく遅れたわけだが、とにもかくにも不屈の闘志なんであった。
「行くぞ。先に見たあの祖国を奪回するため、資金を稼がねば。かならず鋼をぶち込んでくれる。ふっ、なんのことやら知らぬ者も多かろうから解説を。実は小官、先だって祖国へ――」
おっと、メタな話はそこまでだ!
「じゃあオブイエクトが追走しますんで、がんばってくんなさいなっと」
「貴様の生まれはどこの下町だ!?」
などと騒ぎつつ、ソーニャとサーラがランニングを開始した。
「上官殿、大丈夫でありますか?」
サーラの気づかいにソーニャは右手で応え。
「小官に大丈夫でないことなどない。よし、共鳴だ。なんだと合体のほうがいいだと? そなたどこぞのいちまんねんとにせんねんか」
左側にいることになっているらしいなにかと虚ろな会話を繰り広げたあげく。
「ええい、渡せ! 小官は『元気れす!』」
よりにもよってろれつが回ってない回復薬をオブイエクトから取り上げ、自らにぷすーっ。そして。
「ランニングの途中であるが、小官はこれまでなんである。応援してくれた皆々、にゃーたんはの笑顔は永遠に貴公らの胸に在り続けるであろう。さよならは言わぬ。また来週れす」
ばったり倒れ伏した。
「来週までこんなところに倒れてたらぺらぺらに伸ばされてしまうのでありますよ!」
ふんぬ! ソーニャを助け起こそうとするサーラ。気合は十二分だが、肝心の腕力が足りなさすぎた。
「オブイエクト! じょ、上官殿をお運びするのだ」
オブイエクトはそっとソーニャ(なぜか笑顔)を引きずり起こしてサーラの背に乗せ。
「さあ、伍長こちらへ。あ、やばそうなら注射します?」
ひとり前へ。
「き、貴様……なぜそんなに注射したがるのだ? まさか裏で取引」
ぷぎゅう。ソーニャに潰された。
そこへ猛然と迫る10トントラック!
いや、それよりも迅く、オブイエクトの両手に握られた注射器が銀に閃いて。
「どうしさーらんどこまでもいくのであるらん!」
「りょうかいでありますにゃーたんどのにゃー!」
アイドルたちのほがらかな姿にアランはうなずいた。
「やはり有効成分100パーセントは効きがちがいますね。どんどんぶっ込んでいきましょう」
その背中を見やった深澪は新しい注射を用意しつつ。
「ほんとアイドル道は地獄だぜぇ~」
●敵殺敵
「おしゃ~、みんな勢いつけてボイトレ行くよぉ~」
不思議にも誰ひとり欠けることなく生還を果たしたアイドルとその他の面々に、次なる拷問が襲いかかろうとした――
「とってもゆっくりのおかえりでちね。ばんらいさんはのんびりでうらやまちいでちゅ」
どん! イカ腹を張って太短い脚を思いっきり仁王立たせた幼女が「うーふふ」。
「あんまりおそいのでそばめしとかいただいてたでちゅよ」
敷きっぱなしの鉄板から香ばしいソースの匂いが立ちのぼっている。
鉄板に盛り上げられたそばめしを見たリリアが無表情をかくりとうなずかせ。
「そこ……リリう゛ぁっ、が、燃えてた……ところ」
びくぅ! そばめしに群がっていた16人の少女が一斉に退いた。そういえばこの鉄板、ところどころから肉の焼けるにおいが……!
「リリア、そろそろ名前は元に戻そうか?」
願いを込めて言うレーヴに、リリアはふるふる。
「レーヴが、くれた……新しい、名前……だから」
「リリア――そんなにまで俺のことを!!」
盛り上がるレーヴはさておき。
「ロリマイトぉ!」
野太い殺気を噴き上げ、アランが幼女へ。
「あにちぃぃぃ!」
ぷりぷりの殺意を張り詰めさせた幼女がアランへ。
「ご壮健そうでなによりですね! 万来興業社長に就任しましたアラン・ブロイズです」
「あにちもげんきそうでよかったでちゅ。せんきゃくぷろもーしょんしゃちょーになりまちたウー・ルー・パパでちゅ」
どちらが下から名刺を差し出すかのバトルが勃発した。
「で、今日は見学したいとのことですが」
ばっ。ウーが飛び退き、16人の少女を展開させた。
「あにちはやっぱりあまいでちゅね! きょうはあにちをぜつぼうのずんどこにたたきおとしてやるためにきたんでちゅ! ――うちがはっくつちたさいきょーユニット“けだものマブダチ”のちからで!」
「ワイルドブラッドの16人ユニットであるか」
残念ながら「すごーい/なんだねー」とは言わず、同じワイルドブラッドであるソーニャが鼻を鳴らす。
「じゅうろくにんはせんばつメンバーでちゅ。せかいにそんざいすゆネズミけいワイルドブラッドぜんぶあつめたそのかず、なんとせんはっぴゃく! たたかいはかずでちゅよ!」
うーふふ! 高笑うウーに稜はげんなりした目を向けた。
「つまり、ネズミ全種類ってことですね……確かに数はあれですけど、選抜メンバー選んでる時点で1800人ほんとに集める必要なかったですよね」
「せいろんはききまちぇん!! おまえたち、やっておちまいでちゅ!」
お耳を塞ぐウーの左右で、16人がそれぞれポーズを決めた。
「人情横町のドブはいつだってあったかい! 繁殖力ならおまかせよ! ドブネズミ・レッ」
まっすぐ歩み寄ったフィオナが口上中の少女の顔面を鷲づかみ、そのまま鉄板へダンク!
「こっ、焦げ――最期にひと目っ、700人くらいいる家族にっ」
じゅうううう。聞こえてはいけない音が響き渡る中、フィオナは終始無言で無表情だった。
「リーダーっ!?」
残る15人があわてて駆け寄ろうとするが、ぷつっ。延髄に注射器を撃ち込まれたひとりが緑色(カラーコード:若苗色)に変色してばったり倒れた。
「びよびよびよびよびよ」
ディジリドゥを吹き矢の筒代わりにしてライヴス注射器「キートゥヘヴン」を飛ばしたギシャが多分かっこいいことを言ったが、びよびよしてさっぱりわからなかった。
「お腹すいたからそばめしはいただくー。と言っている」
どらごんの解説のおかげで、特にかっこいいセリフじゃなかったことが判明した。
「見た目は子ども、精神は老じ――オトナ! その名は……みなまで言わせるは野暮というものなのじゃよ?」
アヴニールと共にポーズを決めたアクチュエルが続き。
「我ら最強! 否! 最狂か最凶!?」
「それ言いなおしちゃってしかも疑問形デスカ!?」
稜のツッコミは、ふたりのプリティでぴちぴちなお嬢さん方には届かない。
「「さあ、皆の者! 彼奴らを懲らしめておやりなさいなのじゃ!!」」
「しかも戦わないんだ……まあ、言われなくても殺リマスケドネ?」
無茶なレッスンでやさぐれた心が蒼炎のオーラと化して稜の背より燃え立った。
リリアは幻想蝶から抜き出した電柱を稜の左手に渡しつつ淡々と。
「不明ナユニット“電柱”ガ接続サレマシタ。システムニ深刻ナ障害ガ発生シテイマス。直チニ機動ヲ停止シテクダサイ……ヤッチマイナー」
「ペレットフードになりたいのぉ! ハツカネズミ・胡粉色!」
「闇落ちしかけの魔法少女アイドルひかるんだよぉ!! 両生類と齧歯類、もれなくキラキラさせたげるぅ!」
「お星様じゃなくてペレットフードになっ」
ひかるのエトワールロッドが閃き、ネズミアイドル略してネズドルたちをごりごり殴り倒していく。
「ひかるんたら立派なアイドルっぷり!」
よよよ。ハンカチ握り締めてアランにすがりつくゆら。旦那が見たらNTRに目覚めそう。
「イケメンですわー。アラン様ったらほんとイケメンですわー」
「ふふふ、恐れ入ります。できれば30年後にお聞」
ツッコミ役がいなくなったので野放しだ!
「おそとにまたせてるのこりのメンバーをよぶでちゅ!」
ウーがすごい勢いで狩られていくネズドルのおかわりを指示し、何人かが中に補充された。
「輸入が規制されちゃってるからシャバに出るの久しぶり! ウスイロアレチネズミ・ネールピンク!」
「いきなりマニアックすぎまちゅよ!? もっとわかりやすいのは――」
「ふふふー。任務完了」
ウーからの通信をぶつ切り、ギシャが口の端を吊り上げる。
彼女がいるのはお外。足元には、1783の屍だ。
「ギシャ、アサシンだからねー。ちょっとずばーってしてざくーでどーんぼかーんだったよー」
「擬音だらけでどんな活躍をしたかがまったくわからん」
どらごんは見張り役のプレーリードッグ・エクリューベージュを見下ろしてうそぶいた。
「こいつが妙な縄張り意識さえ発動しなければ、いくらかは助かったかもしれんがな」
葉巻代わりにディジリドゥをくわえて空を見上げ。
「びよびよびよびよびよびよ(スタジオにマイクを返すぜ)」
かくて場面は再びレッスンルーム。
ずばしゃあ! あわあわするウーとネズドルたちに、さらっとしていながら肌にまとわりつく液体がぶっかけられた。
「おぉっと足がすべったんじゃあ!」
「なんせ物が脂だからなー。すべりやすくってよー」
初春と桜がてへぺろ。
彼女たちがぶちまけたのはタライに満たされた脂。ボイストレーニングに使用するはずのものだったが、いったいこれをどう使えばトレーニングになるというのだろう?
「すみびいっぱいのばしょにあぶらって! あたまおかちいでちゅよ!?」
「ですのぅ。で、実はわらわ、こんなものも持っておりますのじゃ」
初春が不気味な笑みと共に取り出したのは、超ぶっとい和蝋燭。
「ま、まさか」
案の定。
「あづいでちゅう! ひものウーパーになっちゃうでちゅ!」
ネズミなんだかウーパールーパーなんだかわからない有様で燃えあがるウー。
それを見ていた初春のすがめた狐目がぎらりと輝いて。
「申し訳ないですじゃ! おいしそうな匂いありがとうございますのじゃ! いただきますのじゃあ!」
そんな大騒ぎの片隅から、初春と桜がまいた脂をかぶっていたソーニャがゆらりと歩を進める。
「しょうかんほしになゆ……ほしになってそこくとけっこんすゆ……」
火の粉がソーニャに貼りつき、点火。
「祖国忍法アゴーニ・プチーツァ! 貴公らみんな星になってしまえーっ!!」
いつから科学な忍者になったのか知れないが、とりあえず火の鳥となったソーニャが400キロのちんまりボディをウーとネズドルたちへ突っ込ませ、大爆発が巻き起こった。
「おっ、おぼえてろでちゅよーっ!」
アフロでファンキーに変身したウーが逃げていく。
「千葉からお越しで? とか、エレクトロネズミ煽りとか。まったく挟み込む隙がなかったな」
恐ろしいものを見た顔でため息をつくバルトロメイ。
「それがオトナの事情ってやつですね……版権問題はいつだって難しいのです」
達観した顔でセレティアが静かにうなずいた。
一方、ソーニャの爆発で吹っ飛ばされたサーラは尺取り虫みたいな姿勢で倒れ込み、びっくんびっくん。
「や、やはり自分にアイドルは……無理であります……上官殿」
たいがい無理だとは思うが、しかし。
「次のレッスン予約入れとくっすねー。伍長殿と自分でふたり分っと」
「え?」
そして爆発したソーニャは祖国に還ることもできずに天井へ突き刺さっていた。天井裏で人知れず黒焦げた右手を掲げ、サムズアップにアイルビーバックの意を込めて……。
できるかなっ!?
〈AR(アフレコ)台本風次回予告〉
稜:結局、千客プロモーションの人ってなにしに来たんだろう?
初春:かじり損ねたのが心残りですじゃ……。
セレティア:ネズミの国のお話も――
アラン:それはさておき。かいつまんで言えば宣戦布告ですよ。みなさんとのデビュー対決の。
サーラ:って、自分たちデビューでありますか!? マジで!?
深澪:デパートの屋上に用意されたみかん箱はいっこだけだよぉ!
レーヴ:みかん箱の取り合い……ドサ回り感満載だな。
アクチュエル:やっておしまいなさいなのじゃ!
ゆら:腕が鳴りますわね、うちのひかるんの!
ギシャ:(びよびよびよびよ)
全員:次回【地獄アイドル地獄】奪取闘争生存唯一! 君の心に刻めBAN・RAY!
フィオナ:今回も本文中に「BAN・RAY!」って出てきませんでしたよね?
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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