本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】恵めの雨

雪虫

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~7人
英雄
7人 / 0~7人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/03 17:27

掲示板

オープニング


 気付けば雨が降っていた。
 エージェント達は注ぐ雫に、身体が冷える可能性を危惧したが、次から次へと降る雨はむしろ温かいものだった。奇妙なのは突然雨が降り出した事、自分達がいる一帯だけに灰色の雲が出現した事、他の区域では未だに晴れ間が覗いている事だが。
「これも、M・Aやエルエルが言っていた異常現象かもしれないな。皆、何か異常があればすぐに報告して欲しい」
 戸丸音弥(az0037)は自分が案内するエージェント達に言伝てて、再びインカ支部への道のりを歩き出した。現在インカ支部はラグナロクの襲撃に遭っており、音弥とエージェント達はその救援に向かっている。人数が少数なのは、敵に発見される可能性を少しでも低くするため……もっとも、それが吉と出るか凶と出るかは分からないが、皆出来るだけ気配を消し、味方との合流地点を目指してアマゾンを進んでいく。
「……皆、ちょっと止まってくれ」
 音弥が右腕を横に掲げ、密林の奥へと目を凝らした。見れば、視線の先に5つ、ずんぐりとした影がある。背を丸めるように立つ姿は獣ではあり得ない。しかし人間でもあり得ない。申し訳程度に布を巻き付け、何かを探すように首を揺らしながら原生林を彷徨っている……。
「ウールヴへジン……見張り役、という所か。ここで戦闘して敵を呼び寄せるような事になっては厄介だ。少し回り道をしてインカ支部へ行く事にしよう」
 音弥がそう言って進路を変えようとした、その時、5体のウールヴへジンが一斉に首を向け、エージェント達が潜んでいる茂みへと駆け出した。その鼻が激しく動いている。匂いを嗅いで勘付いたのか?
 音弥はわずかに目を見開いたが、アマゾンを守るギアナ支部の衛生兵、共鳴と同時にアサルトライフルを出現させ、ウールヴへジンに銃口を合わせた。タイミングを見計らい、引き金に掛けた指を押し込む……。
 瞬前。
「タスケテ……」
「!?」
 ウールヴへジンが口を開いた。音弥の指が引き金から滑り落ちた。その隙に突進してきたウールヴへジンが腕を伸ばし、捕らえた音弥の右肩へと鋭い牙を喰い込ませる。
「ぐああ!」
 エージェント達が音弥を助けるべくそれぞれ武器を向けようとしたが、その時、ウールヴへジンの牙が轟音と共に爆発した。音弥と音弥に噛み付いていたウールヴへジンが吹き飛ばされ、双方爆発による傷から血を垂れ流す。
「こ、この牙、RGWなのか……衝撃を与えたら爆発する……だが、爆発の威力が強過ぎて、使用者にもダメージを与えている……」
 そして、音弥にとって、エージェント達にとって衝撃がもう一つ。ウールヴへジンは「タスケテ」と言った。攫われた近隣住民が、従魔に改造されている可能性が示唆されている。もしや、今目の前にいるウールヴへジンは、ラグナロクによって作り変えられた近隣住民達なのでは……!
「タスケテ……ウチニカエシテェッ!」
 音弥は動けなかった。ウールヴへジンは音弥に飛び掛かろうとした。音弥の英雄、セプス・ベルベッド(az0037hero001)が主導権を奪い取り、パニッシュメントを喰らわせてその正体を見極める。
『こいつらは……完全な従魔だ。元は人間かもしれんが、もう助ける事は出来ない。喋っているのは犠牲者の思考を元にした、単なるプログラムに過ぎない……』
「イヤダ……シニタクナイ……タスケテ……」
『音弥は今は役に立たん。この場は私が戦おう。こいつらを即座に撃破し、合流地点へ急ぐのだ』
 雨が降っていた。雨は音弥の肉体と、先程吹き飛んだウールヴへジンの肉体にも降り注ぎ、その傷をわずかずつだが癒していた。どうやらこの雨にはダメージを回復させる効果があるらしい。
 だがそれは、哀れな犠牲者の断末魔を、それだけ長引かせる可能性も示唆している。ウールヴへジンは身体を揺らし、悲し気に、痛まし気に、咆哮する。
「イタイィ……ヤメテェ……コロサナイデ……タスケテェッ!」

解説

●目標
 従魔の撃破

●戦闘区域
 密林地帯。25×25sqを戦闘可能区域とする
 現在雨の影響により地面がややぬかるみ、少々視界不良。雨はライヴスを帯びており、敵味方双方に「クリンナップフェーズに生命力が1d6回復」を付与する(他の回復スキルを使った場合、スキルと雨双方の回復効果が得られる)

●敵情報
 ウールヴへジン(山犬)×5
 デクリオ級従魔。3m近いイヌのような姿に、ところどころ人間の名残りが見える。匂いで敵を感知する
・爆牙
 爆発性の牙型RGW。命中すると爆発し、攻撃対象に通常ダメージ+1d6ダメージを与えるが、使用者にも1d6ダメージを与える。なお、攻撃が外れた場合は、使用者にのみ1d6ダメージを与える
・突進
 前方8スクエア上にいる敵に突進する
・嘆きの咆哮
 パッシブ。痛まし気な声を上げ相手の心を掻き乱す/生命力が減る程悲痛さが増す。PCの心情によっては【翻弄】付与
・教架
 パッシブ。生命力が減る程攻撃力が上がる

●NPC
 戸丸音弥&セプス・ベルベッド
 バトルメディック。アサルトライフル/禁軍装甲所持。ケアレイ/クリアレイ使用。音弥の精神状態が不安定なため、今回はセプスが戦闘する。外見は音弥。セプスに敵を倒す事への躊躇はない

●その他
・ウールヴへジンの牙にPCが攻撃した場合、牙が爆発しウールヴへジンにのみ通常ダメージ+1d6ダメージ
・牙型RGWはウールヴへジンの歯肉にしっかりと埋め込まれており、外すのは至難
・OP時点での音弥と敵のダメージは雨により回復している
・雨は戦闘終了と共に止む(回復効果終了)
・使用可能物品は装備・携帯品のみ
・NPCの描写は要望がなければ必要最小限
・プレイングの出し忘れ、アイテム/スキル/英雄の変更忘れにご注意下さい
・装備されていないアイテム/スキル/英雄はリプレイに反映する事が出来ません
・能力者と英雄の台詞は「」『』などで区別して頂けるとありがたいです

リプレイ

●灰色の空
 共鳴し、少女の姿となった紀伊 龍華(aa5198)は、空から落ちる異常な雨に違和感を覚えていた。自分達がいる一帯だけに出現した灰色の雲。この状況を皮肉るかのような効果をもって注ぐ雨。
 第三者の作為を勘繰るのは過ぎた行為ではない筈だ。敵を遣わせたラグナロクによるものか、未確認の謎多き『ブラックボックス』が関係しているのか、あるいはただの偶然か、それは、分からないけれど。
 いずれにしろ、掌の上で踊らされる訳にはいかないと、龍華は降る雫を見上げた。少しでもアマゾンや敵側の情報を探ろうとする龍華の頭の内側から、ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)がおっとりとした調子で語る。
『不思議な雨ですねー。まるで天からの恵みみたいです』
 その言葉の真意が何処にあるかは分からない。心底そう思っているのか、それとも皮肉故の言い回しか。いずれにしろ、その後に続く龍華の言葉は変わらない。
「……天からの恵みね。今欲しいのは、傷を癒すものなんかじゃないのに」

●会敵
 卸 蘿蔔(aa0405)は愕然と敵の姿を見つめていた。一見すると巨大な山犬。だが視界をわずかに遮る降雨下という状況でさえ、異形のそこかしこには人間の名残りが見える。頬の辺りに、肘の辺りに、腿の辺りに、喉の辺りに、垣間見える人の肌を震わせて、ウールヴへジンは咆哮する。
「タスケテェ……イヤダァ……ダレカ。ダレカタスケテェェェッ!」
「こ、こんなの……ひどいです」
『趣味が悪いな。どこまで冒涜すれば気が済むんだ』
 蘿蔔の内側からレオンハルト(aa0405hero001)が声を漏らす。常は穏やかさを覗かせる声音にも、今はラグナロクへの憤りが滲み始める。
 麻生 遊夜(aa0452)は右手で雨に触れながら現状整理に努めていた。バラバラに攻撃すればその分、雨の恩恵を敵に与える事になる。そうなれば長期戦は必至。
「長引かせるのは愚策、であれば……」
『……ん、火力集中……一体ずつ、確実に』
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の声に、レイ(aa0632)やフィー(aa4205)も同意を示しそれぞれ得物を携えた。蘿蔔は開けた、弓を射るのに十分なスペースで足を前後にさばき、炎弓「チャンドラダヌス」を出現させてセプスへと声を掛ける。
「他の方が攻撃しやすいようまずは一体、引き付けて足止めしましょう。セプスさんも、足止めに協力していただけますか」
 蘿蔔からの要請にセプスは無言で銃を掲げた。その行動を是と判断し、蘿蔔は炎弓の弦を引く。チャンドラダヌスを選んだのは威力が高く、また炎を模った意匠が敵の目を引くと考えたため。
「行きます!」
 凛と張った一声と共に火矢が直線に駆け抜けた。矢に纏わり揺らめく炎は雨に消される事はなく、高熱を宿したまま従魔の腕へと突き刺さる。肉を焦がされる苦痛に人獣の喉が悲鳴を上げ、次いでセプスの銃弾が左脚に叩き込まれた。従魔は非難するように更に高く絶叫し、他の二体を引き連れて突撃を仕掛けようとする。
『……やれるですね? ボンクラ』
「うん。生命を奪うことは今までもずっとしてきた。従魔も人間もそこは変わらない」
 ノアからの問い掛けに、龍華は改造した「陰陽玉」……双盾「陰影」を構えながら惑いない所作で口を開いた。ウールヴへジンが本当に人間が従魔と成り果てたものか、龍華はそれも疑っている。ところどころに人間の特徴が見える――とは言え、それがラグナロクの工作、という可能性はなくはない。
 だが、疑念は抱いていても、従魔と割り切らず元人間として見て戦う。従魔討伐ではなく人殺し。そう認識しても心が揺らぐ事はない。躊躇も罪悪感ももちろんあるが、それに左右されて自分や仲間が万が一死に至ったら……その恐怖で、躊躇も罪悪感も覆す。
 龍華はライヴスを活性化させ、同時に周囲へ広く撒いた。敵の意識を引き、攻撃を自らに誘導するこのライヴスは、龍華の狙い通り従魔の矛先を変えさせた。計三体のウールヴへジンがひくつく鼻を龍華へ向け、それぞれに腕を伸ばして目標へと走り出す。
「タスケテ」
「コロサナイデ」
「ワタシタチヲタスケテェッ!」
 救済を乞う音と共に、犬と人を混ぜた肉塊が龍華一人に激突する。従魔達の攻撃力は龍華の防御力を下回っているらしく、ダメージはない。だが、巨体三つの圧迫に苦し気な息がわずかに漏れる。
「相変わらず胸糞悪い、悪趣味な奴らだな」
『……ん、何時か仕留める……今は眠らせるのが、先』
 吐き捨てる遊夜へとユフォアリーヤが言葉を続け、それに合わせるように黒狼の尾がゆらゆら揺れた。先に提案した、火力を集中させ一体ずつ撃破するやり方は、足止め役に負担が掛かる。だがジリ貧はどちらにとっても拙い展開になってしまう。
 痛みを許容しまずは数を減らさねば……皆が動きやすくなれば他の手も取れるだろうし、手伝える事だってその分多くなる筈だ。
 そして手が届かなかった犠牲者達に、せめてもの安らぎを。
 足首に装着したフォレストホッパーを起動させ、遊夜は密林へと跳躍した。レイも同じくシールに仕込まれたアビオニクスを駆使しながら、こちらは風上を目指して樹々を足場にひた走る。
 風上を選ぶのにはいくつかの理由がある。一つ、敵が犬の性質を有している事。犬を元にしている故なのか、犬を模してのものなのか、それは分からないが、索敵能力に「嗅覚」という定石を使っているのは確かなようだ。
 二つ。敵の逃走経路を塞ぐため。三つ。敵の意識外の場所から攻撃するため。
 故に龍華が生んだ隙を使い、樹木等による制限がなく、かつ敵を狙いやすい風上を選んで足を止める。龍華に群がり、三体が一か所に固まっている今ならば――。
 レイは九陽神弓に三本の矢を番え、矢じりを雨雲へと合わせた。敵を混乱させ、隙を作り、かつ自分の位置を眩ませるため。
 天目掛けて射られた三本の矢――トリオの攻撃は、弓形を描いて地へと落ち従魔の頭上に降り注いだ。上空からの襲撃にウールヴへジンがのけぞった、と同時にフィーが走り出す。
「さてさて、ここを突破するだけならこの面子なら造作もねえでしょーがー」
『他ノ奴等ノ思惑ハ知ラネエガマァ適当ニヤットケ、適当ニ』
 ヒルフェ(aa4205hero001)の軽口を受けながらフィーは体を低く屈め、オネイロスハルバードを水平に這わせ従魔の足へと斬り入れる。矢の奇襲に気を取られたウールヴへジンの脛が裂け。咆哮が響き渡った。開け放たれた口腔へ、すかさず遊夜がアルター・カラバン.44マグナムを向ける。
「すでにバレてんだ、隠れる意味もない」
『……ん、この子の出番』
 瞬間、全長256mmの大型リボルバーからマグナム弾が射出された。マズルフラッシュと衝撃が遊夜へとのし掛かり、銃弾は過たず牙型RGWへ差し迫る。
「アが……!?」
 従魔の牙へ着弾した、と同時に大爆発が巻き起こり、ウールヴへジンは黒煙を上げつつ後方へと倒れ込んだ。標的をスイカのように砕くという謳い文句のリボルバーに、牙型RGWの誘爆コンボ。3mの巨体をさえ吹き飛ばすには十分の威力。
 煙はしばらく従魔の顔面でたゆっていたが、やがて晴れ、爆発の威力をリンカー達の目に知らしめた。内側からの衝撃に人獣の歯肉は弾け飛び、傷口から赤い体液がボタボタと滴り落ちる。誰かが息を飲む音が聞こえた。従魔は爆風に千切れた舌で、それでもまだ歯肉に植わっている人工牙を一舐めし、血の混じった瞳を上げ。そして。
「イダイ……イタイ、イダァァァイッ」
 咆哮した。

●泥と血と雨
 ラグナロクの用意した悪趣味な造り物。その可能性を考えるのは至極当然の事である。実際の所、ラグナロクが何を考えているのかなんて、断片的な情報しか手掛かりは存在しないのだから。
 だが、造り物と断じるには、それはあまりに精巧過ぎた。滴り落ちる血も。崩れて垂れ下がる歯肉の色も。焦げた肌から香る匂いも。絶望のまま固まった、人間の瞳の膜も。
「ナンで……ナンデコンなコトスるノ……」
「キュウザイ……キュウサイッてナ二……」
「ヤメテ……バけモノナンカ二なリタクナい……」
「イヤダ……チカヅケなイデ……イヤダ……イヤだぁァァッ!」
 悪趣味な合成音声、と呼ぶにはあまりに生々し過ぎる悲鳴。それらを喉から零しながらウールヴへジンは叫んでいた。歯肉の弾け飛んだ従魔がリンカー達に視線を合わせる。雨と血の混じった液体を顎の先から滴らせ、ウールヴへジンは咆哮する。
「タスケテ…タスケテェ……タスケテェッ!」
 希求するような従魔の腕は、自分達を傷付けたレイやフィーや遊夜……ではなく、ライヴスを発散し続ける龍華へと伸ばされた。最前の一体の腕が龍華の肩をわし掴み、その牙が獲物の細い肩に沈み込む。瞬間、牙が爆発し、龍華とウールヴへジンとを逆方向へ吹き飛ばした。
「イタイ……タスケテ、殺サナいデッ!」
 血を撒き散らしながら従魔が身を起こそうとした、その顔面に銃弾が飛来し、牙に命中したと同時に爆発音を響かせた。従魔はさらに抉れた顔を覆って泥にうずくまり、その様を樹上で見つめながら灰堂 焦一郎(aa0212)は声を落とす。
「ただの従魔ではないと思っておりましたが、やはり……」
《ターゲット確認。排除開始。灰堂、戦闘に注力せよ》
 独白をさえ諫めるようにストレイド(aa0212hero001)が淡々と告げる。戦えるなら過程は問わぬ戦闘中毒ロボにとって、敵対者を撃つ事に一切の迷いはない。ウールヴへジンの製造工程などにも全くもって興味はない。
 焦一郎とて……ストレイドは独白にさえ不満を覚えているようだが、別段敵の言動に狼狽している訳ではない。狼狽どころか、むしろ懸念が晴れたぐらいだ。ウールヴへジンが人間の……犠牲者の思考をプログラム化した従魔であれば、前回の邂逅での挙動の不審さも納得がいく。
 撃つ事自体に躊躇はない。
 非情な判断を下す事も、『昔』からよくしてきた事だ。
 ただ、ラグナロクのやり方には、嫌悪を覚えるというだけで。
 
 邦衛 八宏(aa0046)は自身の全身をライヴスで覆い隠し、味方の初撃に合わせて木々を遮蔽に潜伏していた。隠れきれない場合の対策も一応考えていたが、敵の目は確実に八宏の姿を見ていない。
『……一応聞いとくけど、やれるんだな、八宏?』
「…………無論です、行きましょう」
 稍乃 チカ(aa0046hero001)の問い掛けに、八宏は鋭く前を見据えた。焦一郎の狙撃を受けた従魔がよろよろと立ち上がり、奇妙にひび割れた音を鳴らして眼前のリンカー達へと放つ。
「タスケテ……タスけて、たすけテェッ!」
 助けて、と繰り返しながら従魔は両の腕を伸ばす。その泥にまみれた、あまりに無防備な背中に、八宏は強く踏み込みながらチェーンソーを突き入れた。致命傷を狙った攻撃は、目論見通りに従魔の首を穿ち突き、従魔の口から滝のような体液を滴り落ちさせた。千切れかけた首がぐるりと振り向く。人間の特徴を残した瞳が八宏を捉える。
「どうシて……」
「……」
「どうしテ、タスケテくレナいノ……?」
 ウールヴへジンはそう言った。そして泥に崩れ落ちた。立ち尽くしていた別のウールヴへジンが痛まし気に咆哮する。泣き叫ぶように吠えながら敵に向かって走り出す。
「ドウシてタスケテクレナいノ?」
「ドウシてワタシヲコロそウトスルノ!?」
 一体が龍華へ突撃を仕掛けた。龍華はそれを双盾をかざして押し留めるも、もう一体が横合いから龍華の胴へと喰らい付く。牙が爆ぜ、黒煙を上げながら龍華と従魔が吹き飛ばされる。もんどり打ったウールヴへジンに、蘿蔔は惑いなく弓を向け即座に火矢を射放った。灼熱が従魔の肉を炙り、レイが間髪入れずに九陽神弓の弦を弾く。神弓の矢はわずかに従魔から逸れているように見えたが、急に掻き消え、ウールヴへジンの死角から爛れた肉へと突き刺さる。
「がっ!」
 腕を押さえ屈んだ従魔へ、フィーが泥を蹴って接近した。従魔は顔を上げて必死の声で慟哭する。
「タスケテ! イやダ! コロサナイで!」
「お生憎でごぜーますが」
『興味ネエナ、ソウイウノハ』
 ヒルフェと共にすげなく切り捨て、フィーはハルバードの分厚い刃を従魔の足へと繰り出した。先程はこれで従魔の口が開いたが、今度は痛みを堪えるように牙を食い縛り下を向く。
 だが、それならそれで別の手を選択すればいいだけの事。
「回復は厄介だが完治するわけじゃない」
『……ん、動きが鈍れば……味方が届く』
 遊夜はフォレストホッパーや吸盤を使い、姿勢を制御しながらリボルバーの狙いを定めた。3m近い大きさなら早々見失う事はなく、狙いを外しもしないだろうが樹々に隠れる部分も多い。
 故に、手足の関節を撃ち抜いての体勢崩しや部位破壊。成功すればその分、味方の援護になる筈だ。
 二度目の衝撃とフラッシュと共にマグナム弾が飛翔した。死角へと転移する弾丸は人獣の腕を穿ち抜き、従魔は翻弄されたようにおろおろと首を彷徨わせる。
 と、樹上の焦一郎が……正確には装甲として纏われているストレイドが、雨の降る密林の中に微かな違和を感知した。《システム・スキャンモード》の声と共に焦一郎の視界を誘導、ノクトビジョン・ヴィゲンへと違和の正体を映し出す。
「卸様、敵がそちらに接近中。ご注意願います」
 焦一郎からの通信に蘿蔔が背後を振り向いた、と同時に密林の隙間からウールヴへジンが突撃に乗り出す。ウールヴへジンは腕を上げ、蘿蔔へすがるような声で啼く。
「ワタシヲタスケテェッ!」
 助けを求めながら猛進する従魔の巨体を、蘿蔔は横へ転がる事で回避した。突進の予備動作もそのルートも、囮を買って出た龍華のおかげでほぼ解析出来ている。
 蘿蔔は手をついて体勢を整え、片膝を着いたまま弓を構えて弦を引く。放たれた矢は至近距離にも関わらず従魔の斜めへ逸れていったが、これはフェイク。ライヴスにより反発力を得た火矢は幹に刺さらず向きを変え、従魔の後頭へ回り込み思わぬ一撃を喰らわせる。
「が……」
 ダンシングバレット――踊る跳弾に翻弄された新参者は一先ず置き、レイは今最もダメージの大きい従魔へ弓を引き絞った。従魔達は元人間かもしれない、という推測はレイの中にももちろんある。
 だが、動揺はしない。寧ろ早く犠牲者達が、この忌まわしき肉の檻から抜け出せるようにと瞬殺を心掛けるのみ。
「今日は速攻で幕を引こうか」
『アンコールはお断りだね』
 カール シェーンハイド(aa0632hero001)と言葉を重ね、空間を跳躍する矢を負傷箇所へと射ち放つ。死角から現れた矢が従魔の傷を撃ったと同時に、フィーがハルバードを構えたまま従魔へと肉薄する。
 ウールヴへジンにどの程度の知能があるかは定かでないが、さすがに三度連続足狙いは読まれる可能性があるだろう。故にフェイントで胴体を……と思ったが、思い直して細腕にライヴスを溜め始める。
「まあ、そろそろトドメを狙ってもいい頃合いでごぜーましょーよ」
 女性らしからぬ口調と共に口の端を吊り上げた、瞬間、暴風めいた衝撃が従魔の胴へ叩き込まれた。暴風は一撃では収まらず、息をつかせぬ素早さと威力をもって二撃、三撃。
 疾風怒濤の戦斧の舞いは、仮初の生命と肉体を豪快に薙ぎ払った。人獣は樹へと叩きつけられ、そして活動を停止した。息を吐いたのも束の間、通信機から焦一郎の声が飛ぶ。
「邦衛様、そちらに敵が」
 気配に八宏が身を翻した、そこに五体目のウールヴへジンが躍り出た。巨体を走らせ迫る従魔に、八宏は退く素振りも見せずむしろ敵の進路に陣取る。ZOMBIE-XX-チェーンソーを諸手に構え、相手の勢いを利用して接触様に抉り込む。
 鎖鋸が駆動しながら従魔の肉に沈み込んだが、それは正に捨て身の策。肉を切らせて骨を断つの見本を示すがごとき行為。八宏の身は真正面から突撃を喰らい、チェーンソーを手にしたままぬかるみを転がった。ダメージは少なくないが、八宏は全身の痛みを堪えつつ泥の中に立ち上がる。
 遊夜は44マグナムを手に敵との距離を図っていた。フォレストホッパーは縦横無尽の移動を可能にし、狙撃箇所の選定の幅を大きく広げてくれる。いかな場所でも狙撃する、その自負と自信が遊夜にはある。
「じゃじゃ馬だがお誂え向きだろう」
『……ん、牙の破壊……お願い、ね』
 ユフォアリーヤが甘い声で「じゃじゃ馬」へと嘆願し、瞬間、三発の弾丸が小気味よいリズムで放たれた。フラッシュと衝撃も三倍だが歯を食い縛ってやり過ごす。銃弾は従魔三体の牙へそれぞれブチ当たり、爆音と悲鳴の六重奏を樹々の隙間へ響かせる。
「ギャァァアッ!」
「イタイ……イタイ……」
「タスケテ……ユルしテ……タスケテェ……」
 従魔達の瞳は襲撃者を探して彷徨い、その内の二体の瞳は一方向へ引き寄せられた。そこにはライヴスを撒き散らし、さらに嗅覚をさえ引き付けるべく、香水を身に纏い立ち尽くす龍華の姿。
 匂いとライヴスに引き寄せられ、従魔共は地を蹴った。獣同然で疾走しながら人の喉を震わせる。
「ドウシてタスケテクレナいノ?」
「ドウシてワタシヲコロそウトスルノ?」
 龍華は逃げず、双盾を構えるのもやめた。突進を受け止めた所でダメージがないのは分かっている。今まで負わされた傷の方も、降り注ぐ雨によってほとんど癒えかけている。
 だが、体の痛みは消えても、龍華の表情は悲壮だった。耐えるような表情で従魔の巨体を受け止める。ダメージはなくとも衝撃は骨身に応えるが、龍華はそのまま口を開く。
「ごめんなさい。俺には、きっと貴方達を救う事は出来ない。
 苦しいよね。辛いよね。……でも、抱いているその感覚を俺は知覚することも出来ない。
 だから……俺は、代わりに受け止める。理不尽への嘆きを、怒りを、悲しみを全部俺にぶつけてこい。……それが俺に出来る、貴方達への手向けだから」
 命を奪い踏み台にする覚悟はできた。
 従魔討伐ではなく人殺しだと認識して戦っている。
 許されようとは思わない。
 怨嗟を受け止め背負うのみ。
 その決意で、龍華は従魔を受け止めていた。従魔の咆哮が止んでいた。龍華はふと顔を上げ、金色に変じた目を開く。
 ウールヴへジンが泣いていた。龍華は一瞬そう思った。眼前に立つ従魔の眼から、涙が滴り落ちている。
 だがそれは、錯覚だった。降り注ぐ雨が従魔の眦を伝っているだけだった。流れ落ちる水滴に血の赤を混じらせて、従魔達は吠え立てる。
「ドウシてタスケテクレナいノ!」
「ドウシてワタシヲコロそウトスルノ!?」
 牙が、龍華へ襲い掛かる、その直前で焦一郎のシャープポジショニングがヒットした。爆破に悶える従魔の悲鳴を聞きながら、もう片方を遊夜が狙う。
「俺達の眼から逃げられると思うなよー?」
『……ん、何処にいても……当ててあげる、逃がさない……よ?』
 ユフォアリーヤの声を乗せてダンシングバレットが密林を跳ね、従魔の足下から斜め上へとRGWを叩き撃った。すかさずレイがテレポートショットで追撃を重ね。従魔が「イタイ」と咆哮する。だが、いくら聞いてもフィーの心が波打つような事はない。
 咆哮? 
 悲鳴? 
 哀願? 
 断末魔? 
 ひび割れた音の羅列がどんな意味を成そうとも、フィーの中に他者への興味など微塵もない。故にまず効果なし。
 そもフィーにとって他者など路傍の石程度の存在、死のうが生きようが大差はない。大事でもない事を二度言うが、大差はない上に興味はない。
 元が人間だろうが今は従魔やら愚神なら、ただ殺すのみ。
 感情など動く訳もなし。
「しっかしまぁ、ラグナロクっつーのも随分といい趣味してますよなぁ」
『結局頭主ニハ会イニ行ケナカッタケドナ』
 ヒルフェと軽口を交わしながらハルバードを大きく構え、重量級の一撃を従魔の腹へ突き入れる。従魔はその場に崩れたが、完全に停止させるにはもう一撃必要なようだ。
 仲間から少し離れた位置で蘿蔔は静かに立っていた。そのまま弦を引き絞り、戦場とは思えぬ程優しい声で語り掛ける。
「もう大丈夫ですよ。すぐ……終わりますからね」
『視界は悪いが、当てるだけなら難しくはないはずだ。落ち着いていこう』
 内から響くレオンハルトの声は平坦そのものだった。まるで的を相手に訓練を行ってでもいるかのように。無理に部位は狙わずに確実に当てることを優先させる。より多くのダメージを与えられるように。より早く終わらせられるように。
「タスケテェ! シニたクナイ……タスケてェ!」
 従魔の上げる哀願を、気合でねじ伏せようとする。辛くないと言えば嘘になるが、今は全力で戦いの方に集中する。弓を握る手を噛む事は出来ないので頬の肉を噛んででも。迷い揺らいだだけ彼らを長く苦しませてしまうから。
(「しかし、彼らを見ていると、初の大規模任務を思い出しますね」)
 グリムローゼという名の女愚神。彼女が引き連れていた「イヌ」達と、目の前の山犬達は少し似ている。あれから2年、多くの戦場に出て、沢山の人を救って、強くなったと思っていた。
 でも結局……私に出来る事はあの頃と変わらない。
「ごめん、なさい。こうすることでしか……救えなくて」
 声を落とした、次の瞬間、蘿蔔はキッと敵を見据え火矢を従魔へ疾走させた。矢に貫かれ敵が倒れる。別のウールヴへジンが唾液を垂らして蘿蔔へ突撃を試みる。
「オネガイタスケテ……タスケテェッ!」
 一心不乱の猛撃を、代わりに立ちはだかった龍華の円盾二枚が阻んだ。別の方向で従魔が吠え、眼前の八宏へと血塗れの牙を向ける。
 八宏はそれを目にしながら、やはり退こうとはしなかった。微動だにしない獲物へとウールヴへジンの牙が喰い込む。肉をギチリと潰される痛みに、チカが内から声を上げる。
『怯むな八宏! こんな痛みすぐ治る! ……だから、あいつらは……』
「……ええ、分かっています」
 八宏は震える腕を張り、超至近距離からデスマークを従魔へ発射した。瞬間、牙が爆裂し、裂けた傷口から血を舞わせて八宏はぬかるみの上を転がる。
 だが八宏は即座に身を起こし、ハウンドドッグを従魔へ定める。
「……申し訳、ありません……僕たちは、貴方がたを殺します。…………ちゃんと、終わらせますから……どうか……」
 血を絞り出すような声で詫びの言葉を口にしながら、猟犬の名を持つ狙撃銃で獲物の喉を撃ち抜いた。先程付与したデスマークは、対象の居場所を使用者に教える以外にも、一度だけダメージを上昇させる効果を持つ。喉に穴の空いた従魔へ遊夜がマグナム弾を叩き込み、残り二体の足を縫うべく蘿蔔が二本の矢を番える。
 乱射された灼熱の矢が従魔の腿へと突き刺さった、同時にレイが神弓の矢を同じ傷へと走らせた。狙撃の連弾に合わせるようにフィーが手近な一体へ踏み込み、肩に半固定してあったワイヤーを宙へと舞わせる。
『モノハ試シト言ウ事デ』
「破壊させてもらいましょーかいね」
 ワイヤー型AGW、爆導索を推進させ、RGWと接触と同時に爆発を巻き起こした。目論見通りRGWとの連鎖爆発をも引き起こし、衝撃に欠けた牙を押さえて従魔が体液と呻きを零す。
「イやダ……コロサナイで、コロサなイデッ!」
 フィーへ迫ろうとする巨躯を、龍華がハイカバーリングで割り込み盾をも駆使して受け止める。焦一郎は狙いを定めた。オプティカルサイトを併用し、LSR-M110の性能をフル活用した命中力を躱すのは至難の技。
≪AGW・充填完了≫
 ストレイドの声と共に、狙撃銃の弾丸は二発従魔の口腔へ。破裂した牙と傷を晒して従魔が悲痛な声で啼く。哀願の言葉を並べ立て、赤を撒いて人獣は叫ぶ。
「ドウシてタスケテクレナいノ!」
「ドウシてワタシヲコロそウトスルノ!?」
『できねえよ、救う事なんて』
 従魔の叫びに耳を真剣に傾けた上で、チカはそう言い切った。その言葉に、八宏はごくわずかだが視線を泥の上へと落とす。
『恨みたきゃ恨みな、お前らにしちゃあ俺らもラグナロクも変わんねぇだろ。……けどよ、お前らの事を忘れやしねぇ、その声も忘れねぇ、絶対にな!』
 八宏が銃口を持ち上げた。銃を持つ腕はブレてはおらず、チカはそれきり沈黙した。冷静な戦闘の継続が困難になると判断すれば、チカが自発的に主意識を受け持ち敵を撃破するつもりだった。
 だが、八宏の両眼は敵を見つめ、指は引き金に力を込める。
 遊夜もまた銃口を敵の眉間へと合わせた。さぁ犠牲者たちの声を身に刻め! 怒りを溜めろ! 何時かこの無念を、弾に込めて奴らにブチ込んでくれよう!
 そう、言い聞かせながら。
「『おやすみなさい、良い旅を……』」
 遊夜とユフォアリーヤの声に合わせ、銃弾が二つ駆け抜けた。銃弾はそれぞれ従魔の眉間へと向かい、当たる直前、従魔が静かに口を開く。
「アリがト」
 それは、空耳かもしれない。従魔はただのプログラム。その結果並べられただけの、偶然の産物かもしれない。
 脳を撃ち抜く音がした。直後大きなものが二つ崩れ落ちる音がした。リンカー達は武器を下ろした。泥と血と雨にまみれた獣は動かなくなっていた。共鳴を解き、遊夜はユフォアリーヤと並んで静かに声を落とす。
「必ず、仇は討つ」
『……今はゆっくり……ね』
 しんなりと下がるユフォアリーヤの尻尾から、水滴がぽたりと落ちた。気が付けば雨は止み、雲を割った白い光がリンカー達の背を照らした。

●先へ
『雨が止んだな。増援が来ても困るしさっさと引いた方が良いだろうか』
 レオンハルトの問い掛けに、ほとんどの者が時間が欲しいと片手を挙げた。蘿蔔は「犠牲者のために少しお祈りしたいです」と言い、龍華は従魔の検分と埋葬、黙祷を願い出た。フィーと焦一郎はRGWの回収を提案し、音弥はそれらを了承した。
「それでは、埋葬は僕が行います……」
 八宏そう申し出て亡骸の傍へ膝をついた。明治時代から続く由緒ある葬儀屋の跡取り息子、少なくともこの場にいる他の誰よりも手慣れている。音弥に確認を取りつつH.O.P.E.に送る検体を採取し、丁寧な手つきで従魔の顎からRGWを取り外す。眠らせるのは雨に侵されず、少しでも生来の森の環境の残った場所がいいだろう。
「…………ただの自己満足でしかない、ですが……」
 アリがト、と、確かに聞こえた。しかしそれは錯覚で、それこそ自己満足でしかないのかもしれない。けれど、例え自己満足でも、彼らをこのままここに残していくなど出来はしない。
 龍華は八宏を手伝いながら亡骸を検めていた。そして人間のように滑らかな皮膚の一部に、刺青のような奇妙な模様が刻まれているのを発見した。ナンバリングのような痕があるとの報告は受けているが、ナンバリングとは明らかに違う模様が施されている。
「戸丸さん、この模様……何か心当たりありますか?」
「この辺りの部族が使う刺青に似ているな。どこの部族だとは正確には言えないが……」
 言いながら、音弥は痛まし気に目元を伏せる。H.O.P.E.でしっかりと解析しなければ結論は出せないが、攫われた近隣住民が、従魔に改造されている……その可能性をさらに高めるものだった。
 龍華は一度黙祷を捧げ、その後八宏の手伝いに戻った。遺骸を運び、土を掘りながら想う。
 受け止めた怨嗟も奪った命も、背負い、ずっと歩いていくと。

『回収シテ意味アンノカ?』
 ヒルフェからの問いを受けながらフィーはRGWを拭いていた。わざわざ掃除するのは面倒だが、他のメンバーを待っている間の時間潰しぐらいにはなる。
「強いて言うなら趣味でしょーかいね? まぁ回収しといて不利益はねーでしょーよ」
 このRGWは実用化されている物なのか、フィーはそのように考えていた。もしや今は実験の段階で、今回は試験運用では? いくらでも生産できる従魔なら実験には丁度いい。そのような考えで埋め込まれていたとしたら……。
「それに例のA社には色々黒い噂多いですしな。もしかしたらラグナロクにAGWを密輸してるっつー可能性もあんでしょーよ」
『アァ、例のAL社ネェ』
「とりあえず回収できるだけ回収して帰りましょーかいね、多分これもベースの技術は例のALT会社なんでしょーし」
 段々アルファベットが増えていくが、もちろん誰も突っ込まない。焦一郎が回収した分も、破損した物も、とりあえずあるだけ回収して一つ所にまとめ上げる。
 そして、フィーにはもう一つ、気になっている事がある。戦闘終盤、これ以上動く必要はないと判断し、フィーはこっそりGVW『ワールドクリエーター』を起動した。別に隠してはいないのだが、誰にも気付かれていなさそうなのでこっそりと表記する事にする。
 この杖を地面に突き立てると愚神のドロップゾーンさながらに、自分達に優位な空間を展開する事が出来るのだが、ドロップゾーン内では使えない。故にその特性を利用するためフィーは杖を突き立てた。ドロップゾーンの影響の可能性を探ろうと考えた。
 とは言え、フィーはその可能性は「無い」と踏んでいたのだが、ワールドクリエーターは誤作動を起こした。作動しているようではあるが効果が芳しくはない。この結果の意味する所は。
「ま、気が向いたら報告しましょーかいね。もしかしたら報告する暇もないかもしれねーですが」

「戸丸さん、大丈夫か」
 樹に寄り掛かるように立つ音弥を見つけ、遊夜と焦一郎は近寄った。先程は龍華と八宏の傷を回復させ、検分にも立ち会っていたが、精神的ダメージから未だ立ち直れてはいないようだ。
「すまない。彼らが攫われた近隣住民だと考えると……僕達が止められていれば……こんな事には……」
 そう言って、音弥は歯を食い縛った。後悔に後悔を掛けても足りない、そんな表情を浮かべていた。遊夜は音弥の正面に立ち、彼の様子を眺めながら、迷いを一切感じさせないはっきりとした声で告げる。
「立ち止まっても事態は好転しない。被害を抑え、早く終わらせる為にも今は動かねばならない」
「我々は彼らの術中に嵌る訳にはいきません。この地の方々の命がこれ以上喪われることのないよう務めなくては」
 焦一郎も、抑揚に乏しい声ではあるがそのように言葉を続けた。もし不和が起きるようであれば仲裁に入ろう、そんな心積もりで二人の傍に立ち続ける。
 音弥は顔色に青白さを残していたが、瞳を上げ、遊夜と焦一郎にしっかりと視線を合わせた。
「ああ、そうだな。ありがとう。君達の言う通りだ。一刻も早くラグナロクを倒し、これ以上の悲劇を食い止めないといけないな」
 音弥はもう一度「ありがとう」と頭を下げ、回収や埋葬の手伝いをするべく二人の元を離れていった。遊夜と焦一郎は顔を見合わせ、それぞれ小さく頷くと、音弥の後を追うように仲間達の方へと向かった。

 従魔達を弔い終わり、龍華は改めて黙祷を捧げた。八宏も龍華に習って死者を悼み、蘿蔔は手を組んで祈りを捧げる。
「この森は必ず取り戻しますから……」
 呟いて、両目を開いた、その時背後から歌が聞こえた。蘿蔔達は歌声のする方へと振り向いた。樹々の緑に染み入るような、美しい声のレクイエム。共鳴を解いたレイは鎮魂歌を歌い上げ、カールと共に死者の眠る土の下へと視線を落とす。
「何者にも……死は等しく訪れる……」
『そ、そ。レイの言う通り、アンタ達が何者でも……人間でも、な』
「だからせめて」
『レイの歌、届いてるとイイよな~』
 届いている。届いていて欲しい。心の底からそう願う。もしそれを妨げる何かがあるというのなら、それを打ち砕いてきっと届けようと思う。
 立ち尽くすリンカー達に、「そろそろ行こう」という音弥の声が聞こえてきた。龍華は最後にもう一度辺りを見回す。とりあえず、ここに怪しいものはないようだ。
 レイは腰に付けたハンディカメラを調整し、そして仲間達と共に歩き始めた。カメラの中には後に繋げるために撮った戦闘の、そしてここまでの道のりの一部始終が入っている。これもまた、提出出来るのは今しばらく先になるかもしれないが……。
 それぞれの想いを胸に、リンカー達は先へと進む。
 この密林を抜けた先の、戦いへと赴くために。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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