本部
【白刃】狂い喰らえ、異形ども
掲示板
-
異形狩り【相談卓】
最終発言2015/10/18 02:48:18 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/10/17 16:51:14
オープニング
●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。
愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。
H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗――
つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。
「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。――直ちにエージェント召集を」
傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。
●ドロップゾーン深部
アンゼルムは退屈していた。
この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。
「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」
それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。
●足音
「どう思うよ?」
太陽が空の頂点を照らすころ、白いコートを着込んだ男は、貯水タンクに身を預けながらつまらなさそうに訊いた。
「どう思う、とは」
男の前で身をかがめ、双眼鏡を構える若い女が返す。
「この状況。お前の目から見てどうだ」
「どうもこうも、ディストピアとしか」
女はごまかさず、ただ淡々と思うところだけを口に出す。男のほうは見ないままだ。
「愚神たちが一斉に山を下ってきたところを見る限り、『あの愚神』が動きを見せたことは明白でしょう」
「だーよなあ……面倒くせ――」
言い終わる前に、下のほうで爆発音が轟いた。もうもうと黒煙を昇らせるのは、ガスを扱う飲食店だろうか。その中から出てきたのは、逃げ惑う客の姿ではなく、この世界のものではない異形。
「……ムカデ、ですかね」
「あっちはダンゴムシに見えるな。山の虫に憑依した従魔どもか。んで、奥のほうで指揮を執ってるのが愚神かね」
「そのようですね。ただ、少々動きが硬い。抵抗していた一般人を強引に乗っ取ったという感じでしょうか」
女の冷静な分析に、男は懐から煙草を取り出しながら首肯した。
けれど、どこか苦々しい顔で。
「だな。さて、どうするかね」
「先輩、私の前で煙草はやめてくださいとあれほど言っているのですが。……どうする、とは」
「現状、奴らが出てきたことで俺たちは身動きが取れなくなった。おまけに、ここで手をこまねいていれば後ろにも被害が及ぶことは間違いない。まあ端的に言って、俺たちの苦労は全部パーになるわけだ」
「パーになる、だけならいいのですが」
視線の奥にいる異形の者どもは、なおも進撃を続ける。周囲の建物を、物品を喰らいながら。
そもそも、彼らがいる場所はどこなのか。
男はなおも興味なさげに煙を噴き上げた。
「とりあえず、従魔を掃除してもらうついでに助けてもらおうか。五階建て雑居ビルの屋上から飛び降りるとか、リンカーじゃない俺たちからしてみればただの自殺だもんな」
「ええそうしてください。私としても、これ以上無責任な先輩の近くにいたくありませんので」
解説
●目標
従魔と愚神の殲滅、並びにHOPE職員の救出
●登場
ミーレス級従魔『エグゼシヴ』×20
生駒山に生息する様々な虫に憑依した従魔の総称。現在、クモ型、ムカデ型、ダンゴムシ型、ヒル型の四種類が確認されている。憑依の影響か、巨大化し、凶暴になっている。
特にヒル型は、攻撃の際に対象の血を吸い、バッドステータス減退(2)を発生させるとされる。
『スーパヴァイズ』の指揮の下、戦闘の際は各個体で連携して戦闘行動を行うと予測される。
デクリオ級愚神『スーパヴァイズ』×10
生駒山のふもとに住む住民が愚神に憑依された姿。『エグゼシヴ』の行動を後ろで指揮しているとされる。
直接的に建物などへ攻撃した姿が観測されていないため、詳細なステータスは不明。しかし、デクリオ級愚神として基本的な能力値をあまりに逸脱しているとは考えられない。
武器などは携行していない。
HOPE職員×2
戦闘地域一帯にいる住民の避難誘導を行った職員。現在は、避難誘導の暫定基地として使用された雑居ビルの屋上で『エグゼシヴ』と『スーパヴァイズ』の行動観測を行っており、通話によって敵の動向を伝えることも可能。
男性が一名、女性が一名。両方とも非戦闘員。
このまま『エグゼシヴ』の進軍が進めば、位置を気づかれて攻撃を受けるだろう。そうなれば、非戦闘員の彼らがどうなるかは言うに及ばず。
●状況
片側一車線程度の道路を挟み、住居や各種店舗が長屋のように軒を連ねている。職員がいる雑居ビルはその道路の右側、中ほどのところにある。
道路の奥はT字路になっており、交差部分に『スーパヴァイズ』が集っている。道路には、すでに『エグゼシヴ』が道いっぱいに広がって進撃している。
時間は正午を過ぎたあたり。
リプレイ
●市街地決戦
『おー、つながったつながった。聞こえてっかエージェント? 救助を依頼した者だ。遠路はるばるご苦労だったなー』
ケータイのスピーカーから聞こえてきた声は、非常時だというのに気の抜けた平坦なものだった。状況をわかっているのか、と誰かが言おうとした時、続けざまに声が流れてくる。
『皆様はスーパヴァイズの反対方面に展開しているのでしょうか。そうであれば、今のところスーパヴァイズに目立った動きはないことを報告させていただきます。今はエグゼシヴのみにご注力ください』
若い女性の声が淡々と状況を報告したのち、通話は勝手に切れた。
あの雑居ビルの屋上で、HOPEの職員二人が身動きのとれぬまま助けを待っている。従魔に先を越されれば、彼らがどうなるかわからない。まさに一刻を争うのだ。
しばし沈黙が流れたのち、桂木 隼人(aa0120)がぼんやりと言った。
「ほな、いこかー」
目指す先は、化け物が作る厚い壁のさらに奥。
「ここでいいかな」
行動を開始した後、モニカ オベール(aa1020)はすぐに近くの家屋の屋根に上った。彼女の視線の先には、雑居ビルのややくすんだ色をした壁が見える。
モニカがクロスボウの射出口に矢をつがえ始めると、頭の中に彼女の英雄、ヴィルヘルム(aa1020hero001)のクマのような声が響いてきた。
『どうするつもりだ?』
「縄梯子を矢尻の先に括り付けて、屋上の近くに撃つの。そうしたら早く屋上に行けるでしょ」
『なるほど。だが、ここから正確な射撃ができるか?』
「うーん、ビミョーかな」
苦笑いしながらも、縄梯子の先を括り付けてスナイパーのように寝そべってクロスボウを構えながら、モニカは静かに語る。
「でも、私がやらなきゃいけないから。あの人たちが生きることをあきらめない限り、私もそれを諦めさせるわけにはいかないよ」
だから、自分が先に助けることを断念するわけにはいかない。そう言外に宣言するモニカに、英雄は力強い声で送り出す。
『そうか。なら、思い切りやって来い』
返事はない。
代わりに、限界まで精度が高められたクロスボウの矢が空を切った。
『成功したみたいだな』
雁間 恭一(aa1168)の英雄であるマリオン(aa1168hero001)が尊大な態度で言った。屋上近くの壁には四方八方に揺れる矢柄と、そこから垂れ下がる縄梯子が見えた。
「モニカの『橋渡し』、うまくいったね」
夢月(aa1531)の英雄のジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)が言う。
ここを昇っていけば屋上へはすぐである。正面玄関を使うには危険すぎるということでモニカから事前に語られていたものだ。
「行くぞ」
雁間を先頭に縄梯子を昇っていくが、大の大人三人が一度に掴まっても縄梯子は千切れる様子すら見せない。かなり強靭に作られているようだ。
雁間が屋上に顔をのぞかせると、そこにいたのは二人のHOPE職員だった。
「助けに来た。一緒に来てもらおう」
ちょうどその時、夢月とジェネッサも姿を現した。男性職員はうなずいてこちらに歩を進める。その後ろから女性職員も陰に隠れる形でついてきた。
しかし下を見た瞬間、この世界はそこまで甘くないことを雁間は思い知った。
下にいた巨大なクモに、縄梯子が矢に括り付けられている部分から引きちぎられていたのだ。
退路は断たれた。しかも下に従魔がいる時点で、従魔の群れもこの辺りまで進出していると思ってもいいかもしれない。そうなれば、ここにいる全員の身が脅かされる。リンカーたちはまだしも、この職員二人はまず助からないだろう。
そう雁間が思いめぐらせていると、夢月は何も言わず、静かに飛び降りた。
「おい!」
雁間の声はもう届かない。
「目標補足。……行くぞ」
右手に備えられた鉤爪の鋭い刃が、クモの肥大化した胴体を深く切り裂いた。攻撃によって落下スピードを殺し、着地を成功させた夢月は呼吸を整えて相手の出方をうかがう。
しばらくもしないうちに、クモは口から白い糸をレーザービームのように打ち出した。夢月はこれを難なく回避するが、背後でコンクリートが何層も破壊されるような音が響く。従魔の能力か、糸は攻撃用に硬くなっているようだ。
「ならば、当たる前にその体を斬る!」
その言葉通り、夢月は一瞬でクモとの距離を詰めて鉤爪を叩きこむ。切っ先が拒まれると、今度はわざと体勢を崩し、下からアッパーのように胴体を切り裂いた。
クモは身震いすると、自らにたかるハエを殺すかのように糸をあちこちに乱射した。それを紙一重の精度で回避し、今度は上から、さらに下から、正面から、三度にわたるラッシュを繰り出した。
細長い刃がクモの血肉で色を失っても、クモはいまだ健在。体中を攻撃されてなお、巨大な体を起こして夢月を威嚇する。
夢月が体のわずかな疲労を知覚した、その直後。
ズドッ! という重い音ともに、一本の長大な矢がクモの胴体を中心から貫いた。衝撃で地面に叩きつけられる化け物に、夢月は鉤爪の代わりとして三鎖鞭を取り出して振り抜いた。
それが決定的な傷となり、風船がしぼむようにクモはその体を小さくさせた。
撃破した。夢月が真上を見上げると、そこには大きな弓を構えてこちらを見下ろす雁間がいた。
「とっととここから逃げるぞ!」
「ああ! すまない、助かった!」
かくして、二人は職員に同伴して戦場を後にした。
しかし、これで戦いが終わったわけではない。
むしろここからが本番だ。
●虫の壁
「やあああああああああ!!」
モニカが橋渡しをしているころ、豊聡 美海(aa0037)はグラディウスを槍のように構えてムカデとヒルに突撃していた。
肥大化した虫たちの体を立て続けに切り払う。二匹がひるみ、二の足を踏んだところで桂木がグリムリーパーを薙ぎ払った。
「……おおう、ほんまかいな」
しかし、その刃はムカデに受け止められた。突き出されたヒルの口をすんでのところで回避すると、今度はコンユンクシオをゆったりと構える。
一方、ムカデの体当たりをライオットシールドで耐え抜いた豊聡は右手にグラディウスを構えなおして呟く。
「ごめんね。ちょっと痛いかもだけど、我慢して!」
言うと、豊聡はムカデの頭めがけてその切っ先を突き出した。桂木も、無骨な大剣を逆袈裟懸けに斬り上げる。
しかし、斬りつけたその手ごたえは薄く、傷跡もまるで小石を投げつけられたかのように小さい。だが、虫が攻撃に移るわずかなスキをついて、桂木は高く上がった剣先をに真下へ振り抜いた。
「そこや!」
軌道の先に位置していたヒルの頭が大きく砕かれる。豊聡もあきらめず、左足を大きく踏み出して二撃目を繰り出した。
両者、文字通り虫の息。しかし、とどめを刺そうとした瞬間。
後ろから進撃してきたクモとダンゴムシに、ヒルとムカデが捕食された。
水っぽい音を立てて形が破壊されていく虫。その虫を喰らい、糧とする虫。
地獄絵図が、そこに広がっていた。
『……なんてことだ』
思わず言葉を失う豊聡とクエス=メリエス(aa0037hero001)。だが、桂木の視線はいまだ先が見えない虫の大群に向けられていた。
「数が多いな。うまく連携してやらんとこっちがやられるで」
「はっ!」
通りからそれた脇道では、レオン・ウォレス(aa0304)が大鎌を片手にダンゴムシとクモを相手取っていた。
「今だ!」
「了解です!」
声と同時、浪風悠姫(aa1121)が室外機を蹴って飛び上がる。その手には、打突部位に龍の顔があしらわれたヌンチャクが握られていた。浪風は上空から一気に距離を縮めると、体ごと振り回して二匹を食った。
「よし!」
「気を抜くな、反撃が来るぞ!」
直後、クモが口からロケットのように糸を発射した。浪風はそれをかろうじてしゃがんで避けるも、ダンゴムシが銀色の球となって転がっていく。
標的は浪風ではない。背後に控えるレオンだ。
「レオンさん!」
直後に、衝突。一瞬グリムリーパーを盾代わりにするのが遅れたせいで、スーツがところどころ破けた。
しかし、レオンは共鳴して紫に染まった瞳に強い光をたたえて叫んだ。
「離れろォ!!」
一閃。
一振りで、ダンゴムシの巨体は通り魔で吹き飛ばされ、群れの中に消えていった。
『それも、あなたの師匠から教わった武術?』
「それもある。だが、それだけだったらあそこまで粗削りな振り方はしていないさ」
ルティス・クレール(aa0304hero001)の感服したような声に、レオンは小さくかぶりを振った。
「いっけえ!!」
浪風はヌンチャクを踊るように振り回し、次々にクモの体を抉っていく。そして、クモの体がダメージの許容量を超えたのか、金切り声を上げてひっくり返った。
クモから黒いつきもののようなものが浮かび上がり、空気と溶けるように消える。直後にクモは元の大きさへとしぼんでいった。
浪風は黒いものがクモから離れたところを見届けると、レオンの方へと駆けて行った。
「すみません、手間取りました。お怪我はありませんか?」
「ああ。あんたが気にすることじゃない」
ぶっきらぼうではあるものの、その言葉には本当に浪風を安心させるために、やや穏やかさが混じってもいた。
ヒルとクモ、ダンゴムシを相手取る蔵餅 玄(aa1158)とモニカ。お互いに飛び道具持ちであり、方針はすぐに決まった。
「いける?」
「はい。いつでも」
短い言葉を交わした後、二人は同時に後ろへ飛び出した。
ドドドドドドドドドッ!! と鉄の雨を吹き荒らす。蔵餅のオートマチックの弾が切れれば、すぐさまリボルバーを取り出して連射。その間にマガジンを交換し、リボルバーの弾が切れれば再びオートマチックで応戦する。クロスボウを持つモニカに至っては、腕が三本あるかのような速さで連射を行っていた。
これが彼らの戦略だ。
三匹が攻撃できない距離を常に確保しながら、確実に攻撃を打ち込む。どれだけ弾を使おうとも、どれほど矢を消費しても、絶対に倒すという目的の下に行われる後退戦術だ。
どれほど引き金を引いただろうか。
気が付いた時には、すでに三匹は完全に沈黙していた。
だが、それでも。
「まだあんなに……」
「もう少し、かかりそうですね」
モニカと蔵餅が虫をひきつけている間に、豊聡たち四人はひとところに集まって攻撃の準備を固めていた。
まだ彼ら虫たちを指揮しているとされる『スーパヴァイズ』の姿は見えない。そこまでたどり着かなければ、事態の収束にはたどり着けないのだ。
死神の大鎌を担ぐ桂木が、隣のレオンに声をかける。
「ほな、準備はええか?」
「ああ。派手にぶちかますとしよう」
会話の後に、破壊の暴風が巻き起こった。
それがたった二人によって引き起こされたと、誰が想像できただろうか。一瞬のうちに群れに肉薄し、大鎌を稲の収穫のように横なぎに振り払うことで、六匹もの虫を一気に無力化したのである。
「豊聡さん、僕たちも!」
「うん!」
豊聡と浪風の二人が、憑依が解けかかってやや乖離した従魔本体を次々に切り裂いていく。たったそれだけで、六匹が群れから姿を消した。
「いました、スーパヴァイズです!」
浪風が指さした先には、薄くなった虫の壁の奥にいる愚神の姿が確かにあった。だが、様子がおかしい。レオンが疑問の声を上げる。
「おい、あいつらだんだん下がっていってないか?」
「そうみたいやな。支配下の虫が少なくなってきたから、いったん下がって出なおそーっちゅうことかいな」
『おい、そんなことをされたら憑依された人たちはどうなる!?』
クエスの叫びにこたえる声は、彼らよりも後ろから聞こえてきた。
「あたしたちが足止めをする! その間に残った虫たちを倒して!」
「自分も行きますよ!」
モニカと蔵餅の申し出に、さらに同調する声が二つ。
「美海ちゃんも一緒に行くよ!」
「僕も行きます。お二人だけでは無理があるでしょうしね」
豊聡と浪風の言葉を聞いたレオンは、四人を見据えていった。
「よし、なら四人は先にスーパヴァイズを先回りして進路を妨害してくれ! すぐに俺たちも追いつく、前後から挟み撃ちにするんだ!」
四人はうなずくと、屋根伝いに交差点へと移動した。
残る虫はあとわずかだ。手駒を減らせば、愚神もおのずと動きを止めざるを得なくなるだろう。
●人形
「遅れてすまない」
四人が出発したのとほぼ同時に、夢月と雁間が後方から姿を現した。
「全員そろったな。ほなら、最後の大掃除といきまっか」
合流した二人を加え、四人は残る八匹に正対する。
「俺が弓で援護する。あんたたちは接近戦に持ち込んでくれ」
『ヒルはボクたちが相手をするよ。任せておいて』
ジェネッサの宣言で、方針はおのずと決まった。さして示し合わせてもいないのに、四人は異なる虫めがけて攻撃を開始する。
『……援護、なあ』
マリオンが揶揄するような声に、雁間が眉をひそめた。
「何が言いたい」
『いやなに、雁間ならば、ここでの立場を確保したいがために他人を押しのけてでも成果を上げるものだと思っていたが。杞憂だったか?』
「……別にそこまで強欲じゃない。やることをこなすだけだ」
二メートルもの長大な弓の弦を引き絞り、矢を放つ。矢はクモの片目を突き刺し、クモが身もだえるのをよそに、雁間は二撃目をダンゴムシに加える。ダンゴムシは防衛のために丸まることさえも忘れ、ダメージで後ずさった。
その間に群れへ突撃を仕掛けた三人がおのおのの武器で攻撃を仕掛ける。桂木はコンユンクシオを薙ぎ払い、豊聡はグラディウスをムカデに突き刺し、夢月はヒルに鉤爪を叩きこんだ。
むろん、これで虫たちが沈黙することはない。むしろさらに凶暴な鳴き声を上げてリンカーたちに襲いかかった。
桂木はムカデの体当たりを横に大きく飛ぶことで回避するも、続けざまに放たれたクモの糸が腹をかすめた。痛みにわずかに顔をしかめる。
「っつ……」
そして、それに我慢ならない英雄が一人。
『なっ……もうあったまきた! 隼人、体貸して! あいつはわたしがぶっ潰す!』
「ちょ、待ちいやそんないきなり――」
言い終わる前に、桂木の肉体を一時的に支配した有栖川 有栖(aa0120hero001)がニイ、と口元を大きくゆがめる。それはまさしく、かつての彼女をほうふつとさせるような禍々しい笑みだった。
『覚悟しなさい。わたしの隼人を傷つけるとどうなるか、そのでけえ体に刻み付けろ☆』
そして、桂木の体を得た有栖川は力任せにグリムリーパーを振り抜いた。
技巧もへったくれもない、完全に力任せの一撃。しかしそれはムカデとクモに憑依していた従魔を瞬時に貫き、一撃で分離消滅させた。
それを最後まで見届けることもなく、有栖川は肉体の制御権を桂木に返す。
「――あー、かっこよかったでー、うん」
『んーふふー☆』
遠い目をした有栖川に褒められるために。
そして、その光景はそばを通り過ぎたレオンたちにもしっかりと見られていた。
「……ルティス、お前の神殿にはあんな子はいたか?」
『いいえ。あたしも今初めて見たわよ』
若干引き気味の声を背に、レオンはバットを振るかのごとき豪快さで虫たちを一薙ぎにする。あまりに勢いがつきすぎて、背中が上を向く。
「お背中、借りますっ!」
そして、レオンの大きい背中を踏んで豊聡が宙を舞う。高度を取ったその体は、最高点で一瞬静止した後に重力に従って地面に引き戻される。
彼女の視線の先には、最後まで残っていたムカデの巨体がいた。
「てやあっ!!」
声とともに、ムカデの体は真っ二つに引き裂かれる。巨体が霞のように消え失せ、あとには依り代とされていた小さなムカデが残った。
「ごめんね、ムカデさん。いたくなかった?」
優しい声で足元の虫に声をかける。ムカデはそれを知ってか知らずか、そっぽを向いて脇道のほうに歩を進めていった。
『これで全部か』
クエスのほっとした声に、同じ英雄であるルティスが訂正した。
『まだいるわよ。今回の事件の大本命が』
すでに虫の壁は消えている。
愚神の影は、もうはっきりと見定められていた。
愚神は十体。対する能力者は八人。
数的に不利でも、それですべてが決するわけではない。
「行くよ、浪風君!」
「はい!」
モニカの声で、愚神の足止めをしていた二人が前に出た。モニカはクロスボウの弦を引き絞り、浪風は距離を詰めてヌンチャクを振るう。
攻撃は三体の愚神を貫き、その体を集団から大きく弾き飛ばした。だが、周りの愚神はその光景を黙って眺めるだけ。仲間のピンチに何の反応も示さない。
「……どういうことや?」
桂木が怪訝な声を漏らすが、その疑問は夢月の声でかき消された。
「桂木さん、追撃の手を緩めるな! 一気に制圧して憑依を解く!」
「夢ちゃん、美海ちゃんともっちーは大丈夫だよ!」
「よし、畳みかける!」
大攻勢に出遅れる形となった桂木は、得物であるグリムリーパーをしまって両手を開けた。彼なりの考えあってのことだ。
「オーバーキルしてもあかんからな。念のために、素手でいくで」
前衛の三人が愚神の集団に突撃する。彼らの紙一重の距離を、殺傷力を持った銃弾がいくつも通り抜けていく。
援護を担う蔵餅が、ニヤリと笑う。
「ふっふっふ。レイジ・オブ・バジャーの実力、見せてあげますよ!」
絶え間なく叩きつけられる銃弾の雨が、二体の愚神の体を叩く。よろめく二体を無視して、三人は別々の愚神に狙いを定めた。
『ちょ、美海本当に盾で殴るつもりか!? 確かにそれは手加減になるかもしれないがいろいろと問題が――!』
「ええいっ!!」
ゴン!! という鈍い音とともに、三体の愚神が振り回されたハンマーに殴られたかのように後方へ吹き飛ばされた。さらにその両脇に待機していた愚神を、夢月と桂木が吹き飛ばす。
「素手でも案外行けるもんやな」
手首をプラプラと揺らしながら、桂木がひとりごちた。
別々の方向に飛ばされた愚神たちを待ち受けていたのは、レオンとモニカ、そして後方で長弓を引き絞る雁間である。
「堕ちろ」
声と同時に解き放たれた一筋の矢は、飛ばされた二体の愚神を一挙に貫いた。
「少しだけ我慢しててくれよ。今、開放する」
レオンの決意に満ちた声は、グリムリーパーの一薙ぎに載せられた。苦しみを長引かせないために、特大の攻撃でもって開放を図る。そんな思いがこもっていた。
しかし、愚神は倒れない。
『腐ってもデクリオ級、ということか。元がただの一般人とはいっても、やっぱり骨は折れそうだね』
ジェネッサの声に、マリオンが低くつぶやいた。
『……本当にそれだけか? 余の目から見れば、あやつらは今まで一度も戦闘態勢に移っていない。それどころか、攻撃の目を向けることも……』
「敵対する意思があいつらにはない、そういいたいのか」
雁間の質問にマリオンは答えない。彼自身も判断を決めかねているようだ。
敵対する意思がない愚神。言われてみれば確かにその通りで、愚神はまるで人形のようにじっと立ち尽くしたままだ。
攻撃の波が止まる。多くの者が愚神を睨みつけたまま動けなくなる。
ひょっとしたら、自分たちが手を下さずとも憑依は解けるのではないか。
そんな希望的観測が、リンカーたちの間に流れ始めていたころだった。
「……それでも、今あの人たちが愚神に憑依されているのは事実だよ」
豊聡がグラディウスを固く握りしめ、ややうつむき気味に口を開く。
「だったら、助けられるのは美海ちゃんたちしかいない。愚神や従魔を倒して、依り代の人たちを救えるのは美海ちゃんたちリンカーしかいないんだ。だから」
彼女の瞳の奥は、確かに揺れていた。
彼女自身、希望を捨てきれていない。それでも現実的な視点に基づいて、精いっぱいの勇気をもって語ったのだ。助けられるのは、自分たちしかいないのだと。
「……そうやな。この際、心を鬼にしてでも憑依を解かんとどうにもならんわ」
桂木の声に、全員が勇気づけられる。
停滞していた波が、再び盛り上がりを見せた。今度こそ、人々の命を守るために全員が動き出す。
「終わらせましょう。まだ、助けられる命があるのなら」
浪風がまっすぐに愚神を見据えてつぶやく。
そして、次の瞬間。
十体の愚神が空気と混ざり合い、掻き消えた。
●とある戦いの終結
「……スーパヴァイズとなっていた住民全員の無事が確認された。意識もあり、健康状態も良好だそうだが、念のために精密検査を受けてもらうことにしたよ。まあ、すぐに終わるだろう」
すでに日が傾きかけている片道一車線の通り。巨大虫たちとリンカーとの死闘が演じられたそこには、深い傷跡が生々しく刻み付けられていた。
「ここ一帯の建物の修繕はHOPEに任せておけ。ここを管轄している警察とも協力して修復にあたる。もう二度とこんな事態が起こらないよう、防止対策も十分に検討するつもりだ。そして――」
事務的な説明を終えたHOPEの職員は、そこで目の前の能力者に向かって大きな笑みを浮かべた。
「ありがとう。ここの平和を戻してくれて」
「私からもお礼を申し上げます。本当に、ありがとうございました」
女性職員が小さな体をぺこりと折り、二人はその場を後にした。彼らにはこの後もやるべきことが残っているのだろう。
そして、能力者たちも帰路についた。疲労感を滲ませた顔で欠伸をする者、何かを真剣に考えた顔で隣の英雄と話し合う者、女性職員の品定めをする英雄をあきれ顔で見つめる能力者。本当に様々だ。
その中で、桂木はリンクを解いた姿でじっと交差点の奥を眺めていた。
(……もしもあの愚神が、誰かの命令でこの事件を起こしてたとしたら。エグゼシヴがやられた時点で、もう使い物にならんと判断されて使い捨てられたとしたら、どうなんやろう。もしかしたら、あいつらはただ操られていただけなのかもしれへん。だとしたら……)
「隼人―! 早く帰ろうよー!」
と、考えが及ぶ前に背後からの声で現実に引き戻された。後ろには、彼の英雄である有栖川が彼の欲望を体現した姿でそこにいる。
「……せやな」
そして桂木もまた、己の家へ歩みを進める。
変わらない日常へ戻るために。