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【白刃】徹底抗戦の誓い
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相談卓
最終発言2015/10/18 23:53:20 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/10/14 23:07:49
オープニング
●ドロップゾーン深部
アンゼルムは退屈していた。
この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。
「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」
それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。
●エージェント・プライド
生駒市N町。生駒山から程近い場所に存在するこの小さな町は今、愚神の放った尖兵が押し寄せる魔境と化していた。
「おい、そっち行ったぞ!」
「任せろ!!」
市立名花中学校。正門から続くグラウンドを駆け抜け、校舎へと迫ろうとする狗型従魔の頭をエージェントの大剣がすり潰した。
続けざまに飛び掛かってきた従魔が大剣を持つエージェントへと牙を剥くが、横合いから放たれた刀の一閃がその体を断ち切り、続くメイスの一撃が従魔を霧散させた。
「……あー、マジでしんどいんだけど。僕もうスッカラカンで粉も出ないよ」
「ボヤいてる場合か。次が来るぞ」
再三再度の従魔が押し寄せてくる音を耳にして、校舎を背にしたエージェント達が各々武器を構え直す。
連戦に次ぐ連戦。彼らの身体には浅くない傷が刻まれ、目には疲労の色が濃い。動きにも精彩を欠いているが、それでも彼らは戦う事をやめない。
「なぁ、聞こえたか? 頑張ってー、だとよ。へへ……厄日だなこりゃ」
シニカルな笑みを浮かべて銃使いが嘯いた。今、エージェント達の背には守らねばならない人々が居るのだ。
●吼え猛るは狗か人か
「要するに生駒山にカチ込みかけりゃ良いんだろ? 任せろよオッサン!」
「違ぇっての。不良かお前は」
「不良じゃねーよ、元不良だよ!」
H.O.P.E.本部全体に漂う物々しい空気に影響されたか、血気に逸るメメント・モリ(az0008)の言葉を中年事務員が切って捨てる。
「まずは周辺に散らばった従魔を何とかせにゃならん。……民間人の救助も兼ねてな」
続く言葉を受けて、メメントも落ち着きを取り戻し始める。今は焦っても仕方がないという事だ。
「お前らが向かうのは生駒市内N町の中学校だ。ここには今、従魔から避難してきたN町の生き残り達が立て篭もっている。先行したエージェント達が応戦して持ち堪えてくれてるが、このままじゃ全滅も時間の問題だ。速やかな応援が――つまりお前らの力が必要だ」
中年事務員はそこで一旦言葉を切り、メメントと、集まったエージェント達を見回した。
「現場へ急行し、先行したエージェント達に加勢して従魔を殲滅。その後、民間人救出用の車両をそっちに回すから連絡を寄越せ」
「オッサンに連絡入れりゃ良いんだな。メアド交換すっか?」
「お前のアドレスとか全然欲しくねぇわ。仕事用の無線機を貸すから誰か一人が持ってろ、別にお前でも良いし。……民間人の救出はなるべく急がせるが、じきに従魔の第二波が襲ってくるだろう。何とか食い止めて時間を稼いでくれ」
無骨な小型無線機をメメントが受け取り、物珍しげにそれを眺める。頑丈で電波障害にも強いグロリア社謹製の一品だ。
「民間人達が安全圏に離脱した時点でヘリを飛ばすから、お前らもそれで撤退しろ。……現場に長居しようなんて思うなよ。相手の戦力の底もまだ見えて来ないんだからな」
念を押すように中年事務員が言葉を続ける。今のH.O.P.E.にとって欠けても良い戦力などありはしない。先行したエージェント達を含め、この場に居る全員が無事に生還する事も成功条件の一つなのだ。
「準備が出来たら現場に向かってくれ。……メメント、お前足引っ張んなよ?」
「誰に物言ってんだ。俺様達がどいつもこいつもぶちのめしてきてやるぜ!!」
歯を剥いて肩をいからすメメントに、中年事務員は小さくため息をつく。やるべき事は理解している筈だが些か自信過剰なのが欠点だ。
「……どうでもいいんだけどさ、無線はモリくん以外が持った方が良いんじゃないかな」
遠巻きにその遣り取りを眺めていたメメントの相棒、アンジェロ・ダッダーリオ(az0008hero001)が気だるげに呟いた。
解説
●狗型従魔……ミーレス級従魔『トゥース』の群れとデクリオ級従魔『ファング』一体で構成された愚神の尖兵。犬と狼の中間的な姿と不釣り合いに肥大化した禍々しい牙を持つ。
トゥースはイニシアチブが高いものの防御力・生命力がかなり低い。噛み付き攻撃にはBS『拘束』が伴うため注意が必要(特殊抵抗力による対抗判定有り)
ファングはトゥースをそのまま大型化したような見た目で、長い尾による近接範囲攻撃スキルを持つ。
総数は20体。1ラウンド終了毎にトゥース1~6体が増援として現れ、10体以上が倒された時点でファングが現れる。
トゥース達はファングが倒された時点で逃走するが、20分もすればまた別の群れに吸収されて戻ってくる。
回り込む・奇襲を仕掛けるといった戦術的な行動は取れず、常に最短距離である校門を抜けて獲物を狙う。
●先行エージェント……ジャックポット・ブレイブナイト・ドレッドノート・バトルメディックの四名。全員が浅くない傷を負っており、アクティブスキルも尽きている。
リンカー到着時点で5体のミーレス級従魔と交戦しているものの、極めてジリ貧である。
望むなら、彼らを民間人救出のタイミングで先に帰還させておく事も可能。
●名花中学校……授業中だった学生達に加え、数少ない町の生き残り達が立て篭もる私立中学校。
現地エージェント達は正門から続く校庭で従魔の侵攻を食い止めている。
民間人救出の際には裏門から車両が回される。救出から安全圏への離脱まで少なく見積もって30分はかかるため、時間稼ぎか第二波の撃退が必要となる。
●メメント&アンジェロ……今回の依頼に同行するNPC。基本方針は『ガンガンいこうぜ』だが、行動の指示があれば素直に従う。
●小型無線機……民間人救出車両の出動要請に用いるために貸し出されたグロリア社謹製の無線機。頑丈だが、従魔の攻撃を受ければ壊れる危険がある。
リプレイ
●愛のために?
H.O.P.E.本部。緊急の依頼に当たりエージェント達は短いブリーフィングを終え、現場へ急行しようとしていた。
「守るべきもののために戦う、それこそがエージェントの使命! だよね! みんなが無事脱出できるように頑張っていこー!!」
作戦の確認を終えたニア・ハルベルト(aa0163)が全員の顔を見回し、檄を飛ばした。
群れをなして襲ってくる敵に対抗するには、エージェント達の意思統一が必要不可欠だ。
「守るべきもののために戦う……すなわち! 愛するもののために身命を賭して戦場に立つということ!!」
パートナーであるニアの言葉に火が点いたのか、ルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)の士気が否応無く高まる。
どこからともなく愛というワードが転がり出たが、この状況にあってはいっそ頼もしいものがあった。
「おい、あんまり緊張するなよ」
「う、うん」
そんなニア達とは対照的に押し黙っていた御童 紗希(aa0339)の不安を察してか、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が声を掛けた。
紗希にとっては初めて経験する本格的な戦闘である。表情にこそ出さないようにしているが、他のエージェントはともかく相棒のカイにまでは隠せない。
「何度も愚神を迎撃してきただろ。な?」
紗希に対して色々と過保護なカイだが、それもまた一つの英雄と能力者の関係であった。
「救助者と先行エージェント、全員無事に助け出さないとな」
「逃げ遅れた人達の為に時間を稼がないといけないね。……よし、あたしも頑張るよ」
月影 飛翔(aa0224)の言葉を受けて、作戦行動の打ち合わせに余念の無い佐々井 柚香(aa0794)が頷く。
戦う力を持たない人々と、それを守るエージェント。両方を助けてやれるのはこの場に集まった能力者と英雄達だけなのだ。
「まあ、無理しない範囲でおやり」
英雄に対しては正確な表現ではないものの、年の功とでも呼ぶべきだろうか。
御伽噺の魔女めいた風貌のタヴィア(aa0794hero001)は柔和な笑みを浮かべて柚香とエージェント達を見守っていた。
一方で、出発ギリギリまでブリーフィングの続きを行う者も居る。
「メメントさん、あまり無茶しないでね?」
「おう、任せとけよ。こうなりゃなんでも言う事聞いてやるぜ!」
陣形の確認がてら、突出しすぎないよう念押しするシールス ブリザード(aa0199)の言葉に、メメント・モリ(az0008)は力強く頷いた。
頭を働かす事があまり得意ではないメメントにとって、指示をくれるというシールスの言葉はとても有り難いものなのだ。
「なんていうかさ……大型犬とトレーナーみたいな。そんな感じだよね」
「……」
その様子を眺めていたアンジェロ・ダッダーリオ(az0008hero001)が誰にともなく呟く。シールスの相棒、99(aa0199hero001)は無言で視線を逸らした。
更に、そのメメントとシールスのやり取りをじっと見詰める者が居る。
(メメントさん、人間の能力者のはずだけどあれどう見ても獣耳だよなぁ……あれぇ?)
正確には、メメントの頭にある獣耳をじっと見詰める來燈澄 真赭(aa0646)が居る。
付け耳……趣味やファッションの類なのだろうか?
「……余計なことを考えていないで仕事に集中しろ。気になるなら聞けばいい。仕事が終わってからな」
悶々と疑問符を浮かべていた真赭の口にシナモンスティックを突っ込みながら、呆れ混じりに緋褪(aa0646hero001)がそう言った。彼の手には今回の依頼のために借り受けてきた双眼鏡がある。
「もごもご……」
緋褪から双眼鏡を受け取りながら、真赭は物言いたげにシナモンスティックを咀嚼した。
そして、現場へと向かうその最中。
「……めんどくさい」
エージェント達との相談と作戦の確認でエネルギーを使い切ったのか、いつも無気力な佐藤 咲雪(aa0040)がいっそう無気力に呟いた。
従魔から誰かを守るとか、何かの復讐だとか、そういった目的意識の類を咲雪は持ち合わせていない。この依頼を受けたのも生活費を稼ぐためである。
「……咲雪。そんな事ばかり言ってると、晩ごはん抜きよ」
そんな咲雪を見かねて傍らに立つ英雄、アリス(aa0040hero001)が嘆息しながら拳骨を落とした。万事において面倒くさがりな咲雪に対するアリスの態度は、手のかかる妹に世話を焼く姉に近い。
「……痛い」
半分涙目でアリスを見上げる咲雪だが、やるべき事はしっかりと理解していた。己の生活費を稼ぐために、人々を守るのだ。
「良いかい柚里。いつものように、僕は力を貸す係。そして君は、見て、考えて、体を動かす係だ」
いよいよ近付いてきた戦闘の気配を前に、ウォルター ドノヴァン(aa1366hero001)がゆっくりと、確認するように言った。愚神の迎撃作戦などは経験があるものの、ウォルター達にとってもまた初めて経験する本格的な戦いになる。基本の確認が大切だ。
「ブルってんじゃねーよ。さっさと共鳴だ、騎士サマ」
そんなウォルターに及川 柚里(aa1366)が刺々しい言葉を返すが、これも柚里なりの信頼の表れなのかもしれない。
リンクコントロールを用いる事でウォルターとの共鳴をより確かなものへと変えながら、柚里はすぐそこまで迫った名花中学校へと疾駆した。
●立ち塞がる者
「離しやがれっての!」
先行エージェントの一人である銃使いが苛立たしげに毒づいた。彼の腕には狗型従魔『トゥース』の牙が深々と突き立てられている。
「大丈夫か!?」
刀使いが駆けつけようとするが、その足に別のトゥースが喰らいつく。その場の誰にも、他のフォローに回れる余力は残されていない。
いよいよ上手くない状況になってきた――銃使いが舌打ちした所で、腕に喰らいついていたトゥースが横合いからの衝撃を受けて転がった。
肥大化した牙を持つ醜い狗を責め苛むのは、マビノギオンから射出された魔法の刃と死者の書から放たれた白い羽根。待ち望んだ応援の到着に、銃使いはヒュウと口笛を吹いた。
「さて、速攻で片付けよっか」
シールスと柚香の遠隔攻撃から、間髪を入れず飛び込んだニアが邪魔なトゥースを薙ぎ払う。先行エージェントとの合流と従魔迎撃の形を整えるには、速やかにこの場のトゥースを殲滅する必要があるのだ。
「あぁ、サクッと片付けなきゃな」
続けざま、先行エージェントに喰らいついていた『歯』の名を持つ従魔を叩き斬った柚里が短く吐き捨てた。この日彼女が選んだ得物は、何の因果か『牙』の銘を持つ大剣である。
同じく、殴ってから考える・あるいは殴りながら考える主義の飛翔と不安から立ち直った紗希が手近なトゥースへとブラッディランスを突き立てて校舎側から正門側へと追いやった。
「毛皮がゴワゴワだ。打撃じゃキツいかも」
ポルックスグローブでトゥースの横っ腹を強かに殴りつけ、その感触に真赭が表情を曇らせる。刺突か斬撃か、はたまた魔法か。より効果的な攻撃を加えるために、真赭はいそいそとサーベルへと得物を持ち替える。いかな愛犬家といえど、この可愛げの欠片も無い狗にかける情けは無い。
「あぁ……めんどくさいのがこんなに」
いかにも面倒そうに呟く咲雪の衣服は、共鳴に伴いパイロットスーツ状のものへと変化している。
普段通りの無気力に比して不自然なほど如才なく大弓フェイルノートを構えて矢を放ち、トゥースを射抜けるのはアリスの強化措置と共鳴あってこそなせる業だ。
かくして、その意識を校舎の民間人と先行エージェントに割いていた狗型従魔達は抵抗の余地もなく一掃された。……しかし恐ろしげな吠え声と共に、獣の足音が近付いてくるのをエージェント達の聴覚は捉えている。
「さあ、おかわりが来るぜ!」
あらかじめ指示されていた通りに位置取ったメメントが武器を構え、従魔の侵入経路である正門を囲むようにエージェント達が布陣する。速度に優れた敵を散らさず迎え撃つに当たり、それは極めて正しい選択と言える。
「最終防衛ラインを頼んだ」
黒い血に濡れた槍の穂先を振るい払った飛翔が、先行エージェントの一人へ短い言葉と共に無線機を手渡す。
実際の所、先行エージェント達の消耗は激しくまともな戦力になるかは怪しいものだ。飛翔達にとっては文字通り、踏み越えられれば終わりの最終防衛ラインとなる。
「もし良かったら使ってほしいな。後方からなら少しは安全だしね」
「OK、頼りにさせてもらうよ」
幻想蝶からスナイパーライフルを取り出して見せたシールスに、その意図を心得た先行エージェント達が各々サブウェポンへと得物を持ち替えて後ろに下がった。
ニア、飛翔、紗希、真赭、柚里、メメントの六名が前衛に。咲雪、シールス、柚香の三名が後衛に当たる。
牙持つ狗が迫るほんの数秒――しかし長い数秒の沈黙。エージェント達が背にする校舎の窓に、彼らの無事を祈る人々の姿があった。
●群れ為す歯
「ッ……」
正門から右側面に位置取った飛翔は突入してくるトゥースに先んじて襲撃をかけようとしたが、速さという一点においてのみ従魔に分があった。
「どんなに素早くても、攻撃時はこっちに向かってくるんだッ」
まっすぐに喰らいついてきたトゥースの牙に肉を裂かれながら、飛翔は槍の穂先を突き立てて強引に吹き飛ばす。
「この速度と動き方には、さっさと慣れときたいな……!」
柚里はトゥースの噛み付き攻撃を大剣の腹で防ぎ、その動きを目に焼き付けながら牽制を交えて堅実に対応していく。
「ここを通すわけにはいかない!」
校舎へ向けて走ろうとしたトゥースの増援に紗希と真赭が立ち塞がり応戦する。
「咲雪、視界に照準及び軌道を表示するわ。正射ではなく曲射でいくわよ」
「……ん、分かった」
足を止めたトゥースに対し、アリスのサポートを受けながら咲雪が矢を射かけた。
前衛が従魔を囲むように布陣した事で従魔の動きを確実に制限し、また後衛の攻撃機会を作る事に成功しているが、前衛一人一人にのしかかる負担は決して少なくない。
元より不利を強いられる防衛戦。しかし、エージェント達は怯まず戦い続ける。
「とにかく数を減らさないとねっ」
シールスと先行エージェントによる援護を受けながら、ニアの大剣が唸りを上げてまた一匹の狗を叩き潰して黒い染みへと変えた。
「良いかい、柚香。魔法を使う時は落ち着いて、一撃で倒すくらいのつもりでやるんだよ」
死者の書の力を開放する柚香の頭に、共鳴するタヴィアの声がゆっくりと響いた。
「――さもなきゃ、弱い魔法使いは敵の餌食になっちまうんだからね」
使い所を惜しめば価値が無く、使い所を誤れば命が無い。
飛翔達に吹き飛ばされ、紗希達に阻まれ、前衛を突破出来ずに居る狗の群れ。力を振るうなら今だと魔女が言う。
「分かったよ、お婆様」
直後、ブルームフレアの炎が爆ぜて狗どもをことごとく焼き尽くす。が、それだけでは終わらない。
燃え盛る狗の死骸を踏み抜いて、一際巨大な群れのリーダー『ファング』が飛び込んできた。
「来やがったな――うおっ!?」
ファングへの対応に回る柚里が長い尻尾の一撃をギリギリでいなす。
更に三体のトゥースが現れるが、ニアと飛翔がその場で喰い止めた。
「かかってこいよこの犬野郎がッ!」
ファングの注意を惹きつけるように叫んだメメントが、二度目の尻尾攻撃を受けて吹き飛ぶ。しかしその攻撃を紙一重で掻い潜った真赭が、白菫色の三つ編みを揺らしてファングへと迫った。
「これで!」
グランツサーベルを手にした真赭のジェミニストライクが、ファングに決定的な隙を作り出す。
好機を逃さず、エージェント達が一気呵成にファングへと全力の集中攻撃を見舞う。
咲雪の矢とシールスの魔法の刃が体を穿ち、ライヴスの力を纏わせた柚里の大剣が長い尾を根元から断ち切る。
それでもなお抵抗を試みるファングだったが、柚香による銀の魔弾と続けざまに紗希が放った渾身のへヴィアタックを受け、ついに断末魔の雄叫びをあげてその場に崩れ落ちた。
群れのリーダーを失い逃走する狗に目もくれず、エージェント達は速やかに次の行動に移る。勝利の余韻に浸るにはまだ早い。この戦いは、いわば前哨戦に過ぎないのだから。
●それぞれの戦い
中学校の屋上にて、真赭は双眼鏡を用いてトゥースの逃げ去った方向を確かめていた。
「生駒山、かぁ……」
北へと逃げた狗。やはりと言うべきか、その方角には騒動の大本である生駒山が存在した。
恐らくあの従魔達はこの中学校を標的にしているワケではなく、群れ単位でまっすぐに南下しながら進行経路にあるもの全てを見境無く攻撃していたのだろう。
待ち構えるエージェントを無視して避難する民間人を襲うような知能を持たない点が付け入る隙だが、いずれにせよここで従魔を喰い止めるか、再び撃退してやる必要がある。
双眼鏡を覗き込みながら、真赭は油断なく周囲への警戒を続けた。
「わたしもルーシャも力持ちだからねっ」
同時刻。中学校の正門前では、ニアとルーシャのコンビが見た目からは想像もつかない怪力で学校中の椅子や机を運び出している。
(治療とか励ましたりとかはあたしには無理だろうけど……)
彼女らによって運び出された備品や資材を用いて、柚里が精力的にバリケードを構築していく。
全ては民間人たちが安全に離脱するための時間を少しでも稼ぐための対策である。
柚里の相棒であるウォルターは先んじて民間人の避難誘導に当たっているが、適材適所と言えるだろう。
「多少なり、相手の機動を殺せるか……?」
「ま、これくらいの深さで十分だろ」
更に、バリケード付近では99とカイがショベルを用いて落とし穴の作成に勤しんでいる。
極めて原始的なトラップだが、それを看破する知能も無ければ上位存在の統率下にも無い従魔が相手ならば、一時的な足止めや回避動作の制限程度の効果は十分に期待できるはずだ。
「おら、アンジェロも手伝えよ!」
つい先程まで目を回していたメメントもショベルを片手に、落とし穴の位置を確認しながら忙しなく動き回っている。
「避難誘導と安全圏までの護衛を頼む。今まで護ってくれていた人の方が安心もするだろうし」
「皆さんは、先に帰還しておいて下さい」
バリケードの設置を手伝おうとした先行エージェント達に、飛翔と紗希が撤退を促した。
消耗の激しい彼らを連れて戦うよりも、先に帰還させた方が良いというその判断は正しい。
「あんな犬なんか通さないから、安心して行動してくれよ」
先行エージェントと、その後ろに見える民間人の一団に向けてそう言った後、飛翔達もまたバリケードの構築作業に加わった。
程無くしてH.O.P.E.の大型車両が到着し、シールスと柚香らが主体となって速やかな避難誘導が行われる。
ぐずる子供を見つけた緋褪が真赭用のシナモンスティックで宥めたり、怖がる子供や不安げな者はウォルターや柚香が先導した。
「……あたし達のしなくちゃならない事は、ここに居る人達を無事に救出させる事だよね。だから、少しでも混乱しないようにいろいろやっておかないとね」
そう言って献身的に働く柚香の姿を、タヴィアは莞爾として微笑みながら見守っている。
他の誰でも無く人々を守るために戦っていた英雄と能力者の姿は、民間人達にとってこれ以上無い励ましとなっただろう。
「これで良し、と……まだ痛むかな?」
「ううん……だいじょうぶ……」
誘導を手伝っていた際、足に深い噛み傷を負った少女を見とめたシールスがケアレイを用いて治療を行う。
中学生にしては幼すぎる少女の傍に、両親の姿は無い。……つまり、そういう事なのだろう。
掛ける言葉は見つからなかったが、しかし車両へ乗り込む直前に少女はエージェント達へと振り返り
「あの……たすけてくれて、あ、ありがと……」
気恥ずかしげにそう言って、少女はぺこりと頭を下げた。
――かくして、エージェント達による誘導の甲斐もありさしたる混乱も起こらず、救出作業はH.O.P.E.側の想定よりもずっと早く進んだ。
しかし、最後の車両が裏門から発つのを見送ろうとしたその時である。
「第二波の襲来が確認できたので救援組は校門へ集合願います。……従魔は我々が確実に食い止めます。ですから、安心していて下さい」
学校の放送室からスピーカーを通して真赭の声が響いた。同時に、おぞましい狗の吼え声が遠くに聞こえてくる。
不安げに表情を曇らせた学生服の少年少女達を見て、ウォルターが深呼吸とともに一歩前へ進み出た。
「――大丈夫! 僕たちがいる限り、君たちには牙一本触れさせない。そして君たちがいる限り、僕たちは無敵だ!」
民衆に誓いを立てる騎士のように、あるいは柚里と一緒に見たアニメ作品のヒーローのように、胸を張って力強く宣言する。その言葉に根拠と呼べるものは無かったが、子供たちの不安を拭ってやるには十分すぎた。
「敵の数は多いけど何とかなるさ! ……なるよね?」
民間人達を乗せた車両を見送ってから、柚香やシールス達にちょっと不安そうに尋ねるアラサー騎士のウォルターだった。
正門前。
何度目かの鈍い衝突音と共に、設置したばかりのバリケードが音を立てて揺れる。
「突破しそうな敵にはマーキングするわ。……咲雪?」
「ん……ちょっと、胸が、邪魔」
消耗を強いられた上での連戦を前にして、弓を扱う上で邪魔な自身の一部分を気にする咲雪はある意味大物なのかもしれない。
「愛のために戦うことこそ我が本懐……全力で参ります! 心に愛無きケダモノが相手ならば、その体に直接愛を教え込んであげましょう!!」
対照的に、守るべき対象を背にして戦うルーシャの士気は高まる一方である。無論、敵にぶつけるのは物理的な痛みと衝撃を伴う愛だ。
「わたしが戦うのは、わたしの意思。誰かを理由にするつもりはないよ」
共鳴を行いながらニアが釘をさすように言ったが、ルーシャはどこ吹く風といった様子である。
なにしろ英雄は確信しているのだ。己が半身として選んだ能力者は、見知らぬ誰かのために戦い、血を流す事が出来る者なのだと!
●牙を砕いて
「足に当たれば相手の機動を殺せるが……」
「当たるかどうかはやってみればわかるよ」
ついにバリケードを突破して押し寄せてきた狗の群れに対して、99が共鳴するシールスにのみ聞こえる声で言葉を交わす。
手にした得物は命中能力に優れたスナイパーライフルだが、身動きする標的の一部分を撃ち抜く事はやはり容易な事ではない。
しかし、彼らが仕掛けた落とし穴は一定の効果をあげている。
「さてさて、いっぱい叩き斬っちゃいますか!」
いずれもほんの一瞬足を取られる程度だが、その隙を逃すほど甘いエージェント達ではないのだ。
ニアの大剣と紗希の槍が体勢を崩していたトゥースをまとめて両断し、突き穿つ事で肉塊へと変えていく。
「浮かんでしまえば動けないだろ!」
トラップを抜けて噛み付いてきたトゥースの下顎を飛翔が痛烈にかち上げ、そこに咲雪の放った矢が追い打ちをかける。
「前半よりも多くねーか」
自身へと向かってきた数匹の狗を、タイミングを合わせた薙ぎ払いで迎撃しながら柚里が舌打ちした。
エージェント達は素早さこそあれ単調なトゥースの動作に対応しつつあったが、数の多さは元より連戦の疲労が圧し掛かっているのだ。
「もう……!」
後衛に抜かせないように複数のトゥースと応戦している真赭を含め、前衛に立つ者達に少しずつダメージが蓄積していく。
「これで打ち止め!」
しかし、トゥース達が前衛を突破出来ずにいる間に最後のブルームフレアの行使が完了し、爆炎が狗どもを焼き尽くした。
「でかいのが来る」
共鳴する紗希へとカイが注意の言葉を投げたその直後、ファングが再び姿を現しその牙を剥いた。
「この……っ!」
邪魔なトゥースを斬り伏せていたニアが、肩口に鋭い牙を突き立てられて苦悶する。引き剥がそうと怪力を振るうが、そこにまた別の牙が飛び掛かる。
「シールス、味方の状態がおかしい」
「解ってる――ニアさん!」
99の言葉が終わらないうちにシールスが素早く駆け出した。戦闘の最中、彼らは常に敵との距離を測りながら味方の状態に注意を払っていたのだ。
「ん……危険……?」
前衛の包囲網に僅かな綻びが生じるものの、アリスのナビを受けた咲雪が前へ出てトゥースへの対応を受け持つ。狗に噛まれるのも面倒だが、散り散りにさせてはより面倒なのだ。
「ヘリが来る、ファングへ集中して脱出するぞッ」
そこで、別のトゥース達を惹きつけていた飛翔と真赭が近付いてくるヘリのローター音を耳聡く捉え、ファングへの集中攻撃に移る。
柚香の魔法攻撃による援護を受けながら紗希・メメントと共にファングの動きを抑えていた柚里が、飛翔へと注意を向けた一瞬を狙ってその足を薙ぎ払った。
「うあッ!?」
最後のライヴスブローがファングの前足を深く抉るのと、長い尾が柚里を撥ね飛ばしたのは同時だった。
怒りに駆られるファングの追撃に対してメメントが立ち塞がり、肥大した牙の一撃を血を吐きながら受け止める。
直後、紗希の重い一撃と真赭の分身斬撃がファングの身体を幾重も責め刻んだ。
「――躾がなってないワンちゃんには、お仕置きが必要だよねえ?」
クリアレイによって拘束状態を脱したニアの防御を捨てた猛攻がファングに致命傷を与え、シールスの狙撃と死者の書から放たれた銀の魔弾がその牙をも砕いた。
最後の遠吠えをあげた後、ファングは力を失って地に伏せる。一瞬の膠着の後、トゥース達は逃げ出してゆく。
ようやく得た勝利の余韻に浸る間も無く、地上に迫るヘリのローター音がエージェント達を急かした。
●守護者達の帰還
「思ってたより早く撤退できたな」
どんどん遠くなってゆく中学校を振り返りながら飛翔が呟く。エージェント達が避難誘導に尽力した事やバリケードによる時間稼ぎが功を奏したのだろう。
「ニアさん達の怪我は大丈夫ですか?」
「もう全然平気だよ! 見て見てっ」
心配げに傷の具合を確かめるシールスに、ニアが元気良く返事をする。
ヘリ内の医療品で応急処置を施されてはいるが、それにしても元気が良すぎる。ぐったりとアリスにもたれて動こうとしない咲雪とは対照的である。
「やっぱり誰かを救う為に力を振るうのって良いよね。遣り甲斐があるし」
「……柚香がその気持ちをいつまでも忘れないでくれると、わたしには嬉しいね」
どこか遠い目をしてヘリからの町を見下ろす柚香に、タヴィアは静かに微笑を返す。
「まぁ、初めてにしては上出来だったんじゃないか?」
一方で、未だ警戒を解けずにいる紗希を見かねたカイが頭を撫でながら労いの言葉をかけた。
「い、今頃になって震えが」
そんな中、人知れず震えだしたウォルターを柚里が半目で睨む。
「メメントさん、その耳って……」
そして、疲労から来る眠気からまどろみの中にいた真赭が思い出したようにメメントへと尋ねた。
眠気覚ましのシナモンスティックは避難誘導の際に使い切ってしまっている。
「おう、似合ってんだろ?」
真赭の疑問に対してメメントは豪快な笑みを返した。その隣ではアンジェロが溜め息をついている。
暫しの逡巡の後、己の睡眠欲求を優先する事にした真赭は無表情で座る緋褪の膝を枕に、ひと時の安眠へと旅立つのだった。