本部

御伽噺の女王様

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/13 18:50

掲示板

オープニング

「あのネズミぃぃい! 私の庭をよくもぉぉお!」
 顔も装いも真っ赤な女王が側の兵士を次々に斬りつける。血塗られた刃はいとも簡単に兵士の首を飛ばし、クリケットの球のように玉座の間でぽんぽんと跳ねさせる。心無き従魔である兵士達は、そんな暴虐の振る舞いを前にしても黙って跪いていた。しかし横で演奏をしているウサギの楽隊はそうもいかない。洗脳されていても怖いものは怖いのだ。肩を強張らせて演奏を続けている。ぎこちないワルキューレの騎行が流れている。
「ちょっと! いつまでそれを弾いているの! 私は今ヴェルディが聞きたいのよ!」
 ヒステリーじみた叫びが3人の楽隊に襲いかかる。彼らは必死に「怒りの日」を弾き始めた。しかし3人ぼっちで奏でるそれが、女王の激情を癒すはずもない。さらに剣を振るい、目の前の兵士をもう一体切り刻む。
「許さない。許さない許さない許さないィイイ!」
 女王が狂気じみた叫びをあげた瞬間、不意に世界が暗くなった。空は夜のように暗くなり、彩りに溢れた空間は黒一色に塗りつぶされる。突然音楽は止み、三匹のウサギはその場に転がる。息はある。しかしその目は死んだように虚ろになっていた。

「随分と荒れているようだな、女王よ」

 そう言って玉座の間に足を踏み入れてきたのは一人の老人だった。フードを目深に被ってその顔を隠したそれは、イトスギの杖を突きながら黒く染まった絨毯の上を悠然と歩く。真っ赤な顔を今度は真っ青にした女王は、震える顔にどうにか笑みを張り付け老人へと歩み寄っていく。
「ああ……マイロード、お聞きください。ネズミが。愚かなネズミが私の世界を荒らすのです」
「知っているとも。狼狽えるのはよしたまえ。そろそろまたネズミが来るぞ。君が愛してやまないウサギを取り返しに」
 老人の言葉に、女王は目を見開く。歯を食いしばって敵意を剥き出しにすると、老人へとつかつかと詰め寄り大きなルビーを差し出した。
「マイロード、騎士を。私に白の騎士を。ライヴスは十分に用意していますから。どうか……」
「いや。此度は己の力だけで耐え忍ぶがよい」
「そんな……!」
 女王は首を振った老人を見て声を詰まらせる。無意識のうちに一歩、二歩と後退る。玉座前の段に足を引っかけ、尻もちまでついてしまった。老人は揶揄うような笑みを口端に浮かべると、女王に近づき骨と皮だけの手を差し出した。
「女王よ。君を助けてやらんとも言っていないぞ。まあ耐えていたまえ」

「それくらいは出来るだろう?」


 一方、ブリーフィングルームではエージェント達が集められてワイルドブラッド救出作戦の説明が行われていた。
「先日救出したワイルドブラッドの方達の証言から、城内の間取りなどはある程度把握できています。今回はその情報に基づき、ワイルドブラッドを救出、DZ内部の戦力も可能な限り削り取りたいところです。今回救出方面の任務については3人のリンカーの皆さんも手伝ってくださるとの事なので、協力して迅速な作戦遂行を目指して下さい」
「よろしくお願いします」
 ウサギの隠れ里の自警団である3人のリンカーがぺこりと頭を下げる。
「現在城内では数十体のデクリオ級従魔が護衛に当たっているようです。戦闘データは豊富にある為既に能力の見当はついていますが、なにぶん数が多いので、戦闘の際には多勢に無勢という形にはならないよう注意してください」
 君達は頷く。君達の中にも兵士達と何度も戦い、もう慣れっこだという者がいるかもしれない。オペレーターは君達の頼もしい表情を見渡していたが、手元の書類に目を通してふと顔を曇らせる。
「また……原因は不明ですが、今回の予知に当たったプリセンサーが突如意識を失いました。一時的なものですぐに回復しましたが……彼曰く、『いきなり何もかもが真っ暗になった』と訴えています。……こちらでも成しうる限りの調査を行います。くれぐれも気を付けてください。無理だけはなさらないように」


 かくして、君達は女王の城を訪れた。自警団は噴水の影に隠れた地下通路への入り口を開くと、君達の方を振り返った。
「……では、どうかお願いします」


「来るなら来なさい……! 纏めてその首刎ねてあげるわ……!」





以下解説

メイン ワイルドブラッド全員を救出する
サブ1 女王と交戦し、その能力を確認(PC情報に)する
サブ2 可能な限り早くDZから離脱する

BOSS(PL情報)
ケントゥリオ級愚神テイルクイーン
白騎士を伴いウサギ達の隠れ里を占拠した張本人。度重なるリンカー達の侵入に業を煮やしている。
ステ 魔攻A、魔防B、その他C-D
スキル
通常攻撃
[近接単体物理or遠隔単体魔法]
血染めの刃
味方を一体消滅させる。そのキャラが持つ能力分、翌RのEPまで能力が向上する。
女王の宣告
BS洗脳状態のPCに対して発動。特殊抵抗判定にPCが敗北した場合、BS支配を付与される。
ゾーンルール
毎CPに一度支配者の言葉を使用できる。命令は全て「私に跪け」。

ENENY(PL情報)
デクリオ級従魔レギオン(ニアガード)×?
女王の手により直接ライヴスを与えられて強化された兵士。重装備により防御に関しては鉄壁。
ステ
両防御A、物攻B、生命C、その他D-E
スキル
シュヴァイツ
ランスを構えての一斉突進攻撃。その圧力を跳ね除けるのは困難。[発動キャラ数×10sq区間の範囲攻撃。物理。発動RのCPに発動及び範囲が決定(素振りが見える)、MPの最後に全員で発動。命中時2d6のノックバック。回避不可]

Unknown(PL情報)
四騎士事件の裏で暗躍を続ける老人。数名の愚神に何故か手を貸しているが……
脅威度 トリブヌス級相当
ステータスなど ステは低めだが、様々な能力を低下させるスキルを持つ
出現条件 戦闘開始から10分が経過する

解説

救出について
基本的にNPC3人が救出に回る。彼らだけに任せる場合は救出に10分かかる。PCが加わる場合、プレイングとクラスと人数によって時間に補正がかかる。また、NPC3人は戦力的には十分なため放置しても(増援とかち合わない限り)やられたりはしない。

城内(細かい点は質問を)
1F
西……中庭:レギオン5体が訓練を行っている。庭のモミの木から直に飛び込める。
東……厨房:ウサギ2人が必死になって調理中。近くには薔薇で塞がれた意味のない裏口が存在する。
南……大広間南:レギオンが4体守護に立っている。この部屋の隅っこに地下からの入り口が存在する。
北……階段:お城でよくある広ーい階段。そのまま二階へと上がれる。
 ……小部屋×2:ライヴスをDZに吸収され疲労困憊したウサギがそれぞれ10人纏めて詰め込まれている。洗脳もありこのままでは危険。

2F
西……中庭:同上
東……書斎:ウサギが2人掃除中。棚が高く探すのに少々苦労してしまいそうだ。
北……控えの間及び玉座の間:控えの間では疲労困憊したウサギの楽隊が3人倒れている。玉座には女王がいる。
   (玉座の間……25sq×35sqほどの空間)
南……一階へ

3F
※行く必要無し

TIPS(PL情報)
BS支配……命令内容に制約がなくなったBS洗脳。解除するにはクリアレイor打撃を合計2発叩き込む必要がある。他の方法でも可能。
ニアガードは30体で打ち止め。今回の戦いである程度減らしておくのも手。
城内をうろついているニアガードは、女王とPCの対決が始まった時点で玉座の間へ全員が移動する。
増援のUnknownは非常に危険。可能ならばエンカウントしない事が望ましい。

リプレイ

●ウサギ達の秘策
 広間の隅のタイルが僅かに動く。そっと顔を覗かせたのは、志賀谷 京子(aa0150)。彼女は慎重に近衛兵達の様子を窺う。階段前を固めるそれらは、槍と盾を堅く構えて一歩たりと動こうとしない。
「ちょっと困った事になってるね」
『階段の前に陣取られていて、見つからずに二階へ行くのは難しそうです』
 蓋を閉じて地下通路に戻り、京子とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は仲間達に説明した。それを聞いた黛 香月(aa0790)はさらりと言い放つ。
「障害は取り除けばいい」
《それはそうだが、正面からぶつかっていたら時間がかかるぞ》
『そうだね。その間に他の兵士も来そうだし……』
 日暮仙寿(aa4519)は眉根に軽くしわを寄せる。不知火あけび(aa4519hero001)も悩むような口ぶりで呟くと、不意にアリス(aa1651)――Alice(aa1651hero001)が梯子を登り始める。
「なら私に」『任せて』
 アルスマギカを取り出したアリスは、蓋をずらして左手を差し出す。アルスマギカに刻まれた文字が歪な紅い光を帯びたかと思うと、いきなり豪炎が近衛兵の周囲を取り囲む。それらが炎を振り払っている間にアリスは通路から飛び出し、わざとその姿を見せつけるように駆け出す。
「……!」
 アリスに気付いた近衛兵は、四人並んでランスの切っ先をアリスへと向ける。盾を並べ、彼らは猛牛のように突進してきた。
「動きが単純」『欠伸が出るよ』
 ライヴスジェットブーツを起動し、Aliceは高々跳び上がる。急には止まれない兵士達は、正面の扉に思い切り突っ込んでしまった。
『……よし、今だ!』
 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は真っ先に飛び出し、下の仲間達に手招きする。イリス・レイバルド(aa0124)が一跳びに広間へ上がってくると、次々にやってきたウサギ達の方に振り向く。
「どうするの?」
「控えの間に行きます。戦う前に楽隊のみんなを助けておかないと」
「なら急ぎましょう。もう騒ぎに女王様も気付いているはずですから」
 零月 蕾菜(aa0058)は既に階段へ足を向けている。仙寿は刀を抜くと、アリスに翻弄されるレギオンの方へと向かって駆け出した。
《俺達は彼女と協力して奴らを抑えておく。そっちは任せた》
 仙寿の影は無数の白い羽根へと変わり、兵士達に襲い掛かる。レギオンが羽根から身を守ろうとすると、今度はアリスが黒い炎を叩き込む。四体の兵士は完全に翻弄されていた。
 エージェント達は階段を一気に駆け上がる。宝石の盾を構えたイリスと水縹を構えたカイが破城槌のように扉へ突き破り、控えの間に足を踏み入れた。部屋の隅に、三人背中合わせになって小さなウサギがうずくまっている。
「憶えてた通りだ。待っていて」
 住吉がそばに屈み込み、腰のポーチに手を突っ込む。取り出したのは深緑色をした草団子。クロード(aa3803hero001)は団子に僅かな違和感を覚えて首を傾げる。
『何です、それは』
「里特製の薬団子です。あんまり苦くて、小さな頃は見ただけで泣いたものです」
『え?』
 クロードが尋ね返す間もなく、住吉達は仲間の口に団子を押し込む。口をもごもご動かしていたウサギの楽隊は、やがて悲鳴を上げる。
「ぎゃあっ!」
 刹那、その身体は煙に包まれ、本来の姿に戻る。三人とも顔を真っ青にして悶えていた。エージェント達が目を瞬かせていると、調は屈託無く笑う。
「臭いで洗脳が解けるなら、とびきりまずいものでも洗脳解けるんじゃないかって」
「ああ……あれラーニングしちゃったのね」
 京子は前回の“一件”を思い出して苦笑する。しかし無駄に出来る時間はなかった。大広間の方が騒がしくなっている。楽隊がどうにか立ち上がったのを確かめると、蕾菜は身に着けた手甲の先を玉座へ続く扉へ押し当てた。
「では、お互いに役目を果たしましょう」
「くたばるなよ」
 香月、カイ、それからウサギ達は一列になって駆け出していく。同時に、蕾菜は扉に向かって魔法を炸裂させた。両開きの扉が纏めて吹き飛ぶ。
「きた……来たわね、ネズミども!」
 四人が玉座の間に踏み込むと、部屋の彼方の女王は玉座から静かに立ち上がる。深紅の剣を抜き放ち、装いどころか顔まで真っ赤にした彼女は一歩一歩を踏みしめエージェント達へと迫る。
「殺してやる。この刃で殺してやるわ……!」

●嫌な予感
「その首落とす!」
 広間の階段を駆け下りると、香月は兵士の背後を襲う。振り抜かれた神斬の刃は、重厚な兜に包まれたその首をあっさりと刎ね飛ばした。カイもまた袈裟斬りを叩き込み、兵士を鎧ごと真っ二つにする。アリスと仙寿も次々に兵士へ攻撃を見舞い、確実に討ち取ってみせる。高瀬は目を見張った。
「……見事ですね」
『無駄に時間は使ってられない。すぐに動くぞ』
 カイが言うなり、城が騒がしくなってきた。どこからも鎧兵の煩い足音が聞こえてくる。女王と仲間達が刃を交えたのだ。
『俺達は厨房に行く。お前らは最初の予定通りにやってくれ!』
 カイは仲間を残して駆け出す。御童 紗希(aa0339)はそんな相方に尋ねた。
「(カイ、何焦ってるの?)」
『プリセンサーがダウンしたのが少し引っ掛かる。不測の事態がいつ起きてもおかしくない状態だ。……退路は先に確保しておいた方がいい。嫌な予感がする』
 遠くから兵士の足音が響く。カイが慌ただしく柱の陰に身を潜めると、兵士達は一切気付く素振りを見せずに目の前を通り過ぎて行った。

「(……何で、プリセンサーさんは気絶しちゃったんだろう? 嫌な予感がするなぁ)」
 女王と対峙する世良 霧人(aa3803)は、ふとカイと同じ事を考える。クロードは盾を構えると、胸元に手をかざした女王と真っ直ぐに向かい合う。
『今は戦いに集中しましょう。その謎には後からでも取り掛かれます!』
「このネズミ! 切り裂いてやる!」
 血塗られた光はカードとなる。顔を歪め、女王は鋭くクロードに向けて投げつけた。クロードは冷静に盾でカードを受け流し、じっと彼女を睨みつけた。
『例の白騎士は不在のようですね。女王様、その横暴もここまでです!』
「うるさい! ここは私の城よ!」
 女王が叫ぶなり、続々と乗り込んできた兵士がランスを構える。全身にバネを貯めて突っ込もうとする兵士。イリスは宝石の盾を真っ直ぐに構え、光の結界を広げた。真正面から迎え撃つ構えである。
「(……今回は助けるべき人が多すぎるから、時間稼ぎ)」
『(イリスは自分らしく遠慮なく戦いたまえ。退くべき判断は私の方で調整しよう)』
 アイリス(aa0124hero001)がイリスを励ます。その言葉、声はイリスに無上の力をもたらす。イリスは頷くと、両足を広げて立ち、黄金の羽根を散らす。
「来い!」
 放たれたライヴスに反応した兵士達は、僅かに連携が乱れた。全員イリスを狙い、真っ直ぐに突っ込んでいく。
『(狙い通りだ)』
 イリスは盾にライヴスを纏わせ、兵士の懐に向かって自らも突っ込む。激しく火花を散らす正面衝突。三重結界が衝突の勢いを全て勇壮な輝きと荘重な奏でに変え、イリスは猛然と兵士を突き飛ばした。イリスに集まる形となっていた背後の兵士達は、突き飛ばされた兵士に次々と突進を見舞う形になる。
「……!」
 背後から三本の槍で刺し貫かれた兵士は、身動きが取れなくなってしまう。もがく兵士に向かって光の刃を抜き放つと、その刃を茨へと変える。
「煌翼刃・茨散華!」
 龍のようにのたうつ茨は、分厚い鎧も容赦無く噛み砕く。ライヴスで編まれた肉体も引き裂き、真っ二つにする。上半身が床に落ちた瞬間、兵士はそのまま消滅した。

「何をしているのよお前達!」
 イリス一人にすっかり弄ばれている兵士達を見て女王は喚く。京子は部屋の隅から、そんな彼女を素早く弓で狙った。
「いちいち怒っているようじゃ、隙だらけだよ!」
 放たれた一矢は、女王の利き腕にさっくりと突き刺さった。深紅の血が溢れ、女王は呻く。目を見開いて矢を引き抜いた女王は、玉座の間を駆け巡る京子を睨む。
「よくも私の腕をっ!」
「痛かった? でも私達、貴方に支配されるなんてまっぴらごめんなんだよね!」
 さらに京子は矢を番える。女王は鼻息荒く周囲を見渡すと、近くで盾を構えるクロードに目をつける。
「お前、いい加減“私に跪きなさい”!」
 鋭く指を差して言い放つ。その言葉を聞いた瞬間、クロードは不意に盾を下ろして歩き出す。ぼんやりした表情で、女王の前へふらふらと歩いていく。それを見たアリッサは思わず叫ぶ。
『京子、彼が!』
 京子もアリッサの声につられ、矢でクロードを狙おうとする。しかし、彼の後姿を見た京子はその手を素早く止める。
「(……ううん、あの人は大丈夫よ)」
 女王の眼前に立つと、クロードは恭しく跪く。騎士の流儀に倣い、頭を垂れる。女王はにやりと笑みを浮かべ、彼の肩に剣の腹を載せる。
「ふふ。お前も私の騎士にして――」
 刹那、女王もまた一つの違和感に気付いた。しかし反応する間もなく、剣を取ったクロードがいきなり立ち上がって切りつける。
『私はそう簡単に支配などされません!』

《住吉、アタックブレイブを頼む》
「ああ、一気に押し切ろう!」
 狭い通路で兵士と鉢合わせた仙寿達。住吉が剣を振り上げると、その刃から放たれたライヴスの波動が周囲の仲間も包み込む。調は素早くライヴスで針を編むと、兵士の影に向かって投げつけた。
「……!」
 エージェントへ突っ込もうとした兵士はその場で動きを止められる。錆び付いたブリキ人形のようにぎこちなく動く兵士に向かって、仙寿と香月は一気に間合いを詰めた。
「私がこのままぶっ飛ばすぞ。いいな」
《ああ、任せた》
 香月は大剣にライヴスを纏わせると、一気に間合いを詰めて刃を横に薙ぎ払う。飛び出し絵本のような質感の壁をもぶち砕きながら、兵士を真正面から殴りつける。身を守る事さえままならない兵士は一発で吹っ飛び、書斎の扉までも突き破って床に叩きつけられた。
《凄まじい勢いだ。並々ならぬ殺意を感じるな》
 香月の背後から飛び出した仙寿は、刀を逆手に持ち替え小さく跳び上がる。起き上がろうとする兵士の胸を踏みつけると、そのままその喉元に向かって刃を突き立てた。兵士はしばし腕を振るってもがいていたかと思うと、その姿はすぐに薄れ、消滅した。
『仙寿様!』
《ああ。わかってる》

「ごめんね! ……目ぇ覚ませ! オラァ!」
『結局本気で行くのか……』
 厨房で怯えて縮こまっていたウサギ二体に次々往復ビンタを見舞う紗希。手加減のない一撃をもらった二人のウサギは直ぐにその洗脳が解ける。縮こまった少女が涙目で紗希達を見上げていた。
「いたい……いたいです」
「あ。ごめん……なさい」
 紗希ははっとなる。少女は構わないと首を振るが、目からは涙が零れている。気まずい空気。しかしウサギ達を宥めている場合ではない。カイは爆導索を取り出した。
『とりあえずそこから下がってくれ。そこの扉を吹き飛ばす』
「は、はい」
 扉を堅く締め付ける茨にワイヤーを結びつけると、カイは一気に起爆した。閃光と共に黒檀の扉は砕け散り、薄暗い厨房に光が差し込む。カイはさっと顔を出して庭に何者もいないことを確かめると、ウサギの方に手招きした。
『とりあえず外に出て隠れてろ。後からみんなで纏めて合流する』
 そんな時、仙寿から通信が入ってきた。
《書斎に着いた。そこから位置を特定できるか?》
『ああ、ちょっと待ってろ……』
 カイは打ち合わせ通りにモスケールを取り出し背負う。ふわりとライヴスの光が舞い、周辺の状況を映し出す。玉座の間で多数の反応が入り乱れているが、真上には仙寿達のものと思われる四つの反応しか見えない。カイが首を傾げていると、紗希ははっとなる。
「(そういえば、リンカーや従魔愚神にしか使えなかったっけ……)」
『あ……日暮悪い。無理だった』

『適当に二、三度ほど打てばいいのかな?』
「ええ。それで十分だと思います。ここに寝せられるのは消耗した人ばかりですので、お手柔らかに……」
 高瀬の話を聞きつつ、Aliceは粗末なベッドに寝せられたウサギ達のそばに立った。その手を伸ばすと、彼女はウサギの頬をピタピタと二度叩く。小さなウサギはいきなり白い煙に包まれ、ウサギ耳の少年へとその姿を変える。
「は、はい……掃除、します。掃除、しま……す?」
「わたし達はこういう存在。君達を救助しに来たんだ」
「助けに……?」
 アリスが差し出したエージェント登録証を見ても今一つ少年は状況が呑み込めていない。ぼんやりとアリスを見つめて首を傾げている。高瀬は懐からバイタルバーを取り出すと、少年に放ってよこす。
「そうです。助けに来たんですよ。とりあえずそれを食べて、逃げるだけの元気は取り戻してください。この方達の足を引っ張ってはいられないんですから」

「おのれえええっ!」
 女王はそばの兵士の背後から刃を突き立て、そのライヴスを吸い尽くす。鎧兜がバラバラと崩れ落ち、深紅の絵の具になって絨毯へと吸い込まれていく。女王はそのまま剣を握りしめると、遠くから矢を放ち続ける京子へ向かって足音高く駆け出す。蕾菜はバンカーを盾のように構えて間へと割って入る。
『(さあ、ケントゥリオ級の攻撃程度、そろそろ完全に受け止められますよね)』
「(はい。やってみせます)」
 師の風格を漂わせる十三月 風架(aa0058hero001)の言葉を聞き、蕾菜はバンカーに白虎の気を纏わせる。
「そんな盾、うち砕いてやるわよ!」
「やれるものなら、やってみせてください」
「死ねぇっ!」
 女王は刃を振り下ろす。突き出した盾で受けると、そのまま切り返して朱雀の色に染まる右腕で寸勁を見舞った。女王はよろめき、後へと退く。歯を剥き出しにした女王は、震える手で蕾菜を指差そうとする。
「この小娘――」
「黙っとけよ、このアマ!」
 しかしすかさずイリスが女王に向かって突撃する。ライヴスを刃に纏わせ、錐揉み状に回転しながら突っ込んでいく。女王が何かを言う前に螺旋槍を叩き込んだ。肩を貫かれ、女王はそのまま玉座に縫い付けられる。
「ああああっ!」
「痛み程度かみ殺せなくて何が女王だ! そのやっすいプライドごと叩き折る!」
 イリスはありったけの憎悪をその言葉に込め、追撃の刃を振り上げる。女王は肩から深紅の血を流しながら、それでも意地を見せてその剣を受け止める。
「舐めるな……舐めるんじゃないわよ!」
 玉座の間に次々となだれ込んでくる兵士が、イリスの背を狙って突っ込んでくる。イリスは舌打ちし、素早く女王から間合いを取って兵士に向き直る。こうなっては誰もイリスの鉄壁を退けることは出来ず、背後から切りかかるクロードとの挟み撃ちにされてしまう。
「お前達など囮程度がいい役目なのよ……!」
 その隙に体勢を立て直した女王は、イリスに逆襲を見舞おうとしてその一歩を踏み出す。
しかし、女王の僅かな油断を蕾菜は見逃さなかった。
「さぁ、私に跪きなさい」
 女王の顔面を指差し、蕾菜は朗々と言い放つ。目を見開いた女王は、いかにも恨めしいという顔、屈辱だという顔をしながらよろよろとその場に崩れる。そして、彼女は確かに蕾菜に向かって頭を垂れたのだ。
「……どうですか。自分が跪く気分は? 女王様」

『酷い……動けなくなったらこんな部屋に押し込めるなんて!』
《執着している割には随分な扱いだな》
 あけびは女王に対する怒りを抑えられない。薄暗い小部屋の横長な寝台に首を揃えて眠るウサギ達は、さしずめ虜囚、奴隷のような有様だった。隣のアリスは、洗脳を解かれワイルドブラッドとしての姿を取り戻していくウサギ達を見つめながら、全く別の事を考える。
「(いや……ここの女王が執着しているのは、きっと“あの物語”だ。あの物語の女王であることに、執着している)」
『(だとしたら、これを置いたらどう思うかな)』
 Aliceは懐から取り出したチェスの駒、白のキングをそっと小部屋の奥に置いておく。全ての解釈は傲慢な赤のクイーンに委ねて。
『全員動けるか?』
 調から受け取った回復薬を一人の口に含ませながら、カイは周囲を見渡す。目元にクマを作って随分とやつれた様子だったが、それでもウサギ達はのろのろと動き出す。香月は仏頂面のまま踵を返し、扉に手を掛ける。
「ならば早々に離脱しろ。私は一旦別行動を取る」
《わかった。……調、鷹を頼む》
「うん。任せて!」
 調は頷くと、右手に鷹を呼び寄せた。翼を大きく広げると、鷹は滑らかに小部屋を飛び出していく。

「(こうなると、中々キリがないね……)」
『着実に数は減ってきてはいるのですが、ね!』
 クロードは双方向から突っ込んでくる兵士の一撃を危うい所で躱す。怒り心頭に発した女王と、それを取り巻く十体以上の兵士がなおも女王の前に立ちはだかっていた。
「何人いたっておんなじだ。全部ボクが叩き潰してやる」
「この……!」
 イリスの幼女とは思えない気迫。女王は素早く剣で兵士を突き刺し、そのライヴスをその身に取り込む。しかし、その行動もまた京子に付け入る隙を与える。
「そうやって粗末に兵士を使い捨てていたら、直ぐに独りになっちゃうよ?」
「そうです。そして一人になった女王様は、誰の助けもなく死んでいくんですよ」
 蕾菜も挑発気味に畳みかける。女王は血塗られた刃をぶら下げたまま、怒りのあまり何も言えずに口をパクパクとさせていたが、やがて感情は一巡り、不意に女王は嗤い始める。
「……ふふ」
 剣を振り上げると、兵士は闇雲にエージェント達に突っ込んでくる。四人は素早い身のこなしで、事も無げに兵士をねじ伏せる。だが、もはや女王は気にも留めない。
「そうね。その通りだわ。でも私は独りじゃない。私には主君がいる……死という帝国の主が! もうすぐ夜半の鐘が鳴る。死を告げる教会の鐘が響くのよ」
 天を仰ぎ、恍惚とした顔で呟く。家族から情報を聞き集めていたクロードは、女王の言葉に顔を顰める。
『主……またそれですか』
 その時、調の放った鷹が玉座の間に滑り込んでくる。撤退の合図だ。同時に西側の窓を一発の銃弾が叩き割り、そのまま窓際に立っていた兵士の脳天を貫く。風架は蕾菜と共に鷹を見上げて溜め息をつく。
『(この程度なら、このまま押し切れそうなものだけど……)』
「無茶は避けた方がいい、ですよね?」
 蕾菜は京子の方を見る。京子は小さく頷く。
「うん。なんかヤバいのが裏に居そうだからね……」
『(カイが危ないと言ったんだ。ここは退いておく方が賢明だろうね)』
「(……倒せそうだけど。お姉ちゃんが言うなら……)」
 アイリスに引き際を諭され、イリスは光の剣を女王に向かって突き出す。
「憶えておけよ、女王もどき! 次に会ったときは確実に叩き潰すからな!」
「あは、ははは……帰ってしまうのね。灰被りみたいに! どうせならあなた達も私の主にひれ伏していけばいいのに」
 放心したような声色で女王は呟く。
『絶対ごめんですよ。そんなのは』
 クロードは真っ先に窓を叩き割って外へと飛び出す。そのまま一階の屋根に飛び降りると、屋根を伝って城壁の外へと飛び降りた。イリスと蕾菜、それから京子もその後へと続く。
「はは、ははは。マイロード……戦い抜きましたわ。屈辱を味わっても耐えたのです……」
 エージェントの去った玉座の間に、女王の声だけが虚ろに響くのだった。


●迫る死の神
 ドロップゾーンを無事抜け出したエージェントとウサギ達。精密検査のために病院へと向かうウサギ達をH.O.P.E.の出張所の一室から見送ると、仙寿達は安堵した顔の住吉達に振り返る。
「手を貸してくれて、ありがとな」
『皆格好良かったよ! あ、耳もふもふさせて!』
「は、はい……」
 あけびは調の垂れた耳に手を伸ばし、柔らかな毛皮をふにふにと触る。調は頬を赤らめ立ち尽くしている。仙寿は曰く言い難い顔で見つめている。カイはそんな彼の背後にそっと詰め寄った。
『嫉妬か、仙寿クン』
「う、うるさい。訳知り顔するな」
『まあ、それは後でゆっくり話そう。……おいお前ら』
 カイはふと真顔に戻ると、ウサギへとつかつか歩み寄る。
『見回ってた記憶があるなら教えてくれ。あの城に出入りしている敵とか、いなかったか?』
「え……?」
 ウサギ三人は顔を見合わせる。やがて、記憶がないとでも言いたげに首を振った。

『……とりあえず、戦闘のデータとしてはこんなところかな』
「あいつの言葉にさえ惑わされなければ、大したことないよ」
 アイリスは椅子の上に立ち、作業台に地図を広げて香月とアウグストゥス(aa0790hero001)、アリス達に戦いの逐一を説明していた。
『そうか。……ややそうした精神攻撃に対して我々は手薄なのが気がかりだが』
 アウグストゥスはちらりと主の方を窺う。アイリス達の証言をまとめたメモを見つめていた香月は、煙草を咥えたまま首を振る。
「構うものか。次も戦場で共になったときは、遠慮なく殴り飛ばせ。奴らの尖兵になるなどまっぴらだ」
 メモを閉じると、厳しい目のままで香月は窓の外を睨む。
「(貴様らの尻尾は掴んだ。貴様らを奈落の底に突き落とす日はそう遠くはない。せいぜい首を洗って待っているがいい)」
 普段と何も変わらぬ香月。アウグストゥスは深々と頭を下げて恭順の意思を示す。それを見ていたアリス達は、互いを見つめ合う。
「Alice、あの女王は焼き払う?」
『……アリス次第、かな』

『ケントゥリオ級相手にこの戦果、ですか』
「今ならわかりますけど、ケントゥリオ級の愚神を一人で倒していた皆が異常です……」
『貶してはいませんよ。以前なら、この人数でもきつかったでしょうから』
 貶さぬとは言いつつもほんの僅かに不満げな色を残す風架。反論する言葉も見つからず、蕾菜はちらりと京子の方に目を向けた。
「志賀谷さん、いつもなら他にも何かがいたんでしたっけ」
「うん。馬から鎧まで全部真っ白な騎士がね。あのドロップゾーンではその白いのだけだけど、他にも青や赤にも会ったよ」
「僕の義母が黒い騎士にも会ったそうです。……黙示録の四騎士が出揃った形ですね」
 霧人とクロードも彼女の会話に加わる。アリッサは腕組みをしたまま霧人の目を窺う。
『それで、それを統べていると考えられるのが“死神の主”、と名乗る愚神でしたか』
『はい。それと思しき愚神を目撃したとも言っておられました……』

「(カイも気にしてたけど、結局プリセンサーが倒れたのって、何だったんだろう?)」
 人の環からほんの少し離れた紗希は、一人思いに耽っていた。プリセンサーは精神的負担も小さくない。単なる過労だったのだろうか?

 その答えは、突然にもたらされた。

「すみません! 皆さん来てください!」
 顔を真っ青にして、職員が部屋に飛び込んでくる。アイリスは床にふわりと降り立つと、職員の顔を見上げて尋ねる。
『……何があったんだい?』



『これは……酷いな』
 連れてこられたのは中学校の教室。中に入るなり、アウグストゥスは顔を顰める。紗希などは蒼褪め、仙寿は頬を憎々しげに震わせた。
「ふざけた事しやがって」

――Leben Sie fuer immer?――

 乱暴な筆致で記された血文字。バラバラの亡骸が黒板に釘で打たれ、教卓の上に機械の内臓が引き出され細切れにされていた。アリスは冷たい目で凄惨な光景を見つめ、呟く。
「お前らは永遠に生きたいのか? ……か」
 職員は俯き、掠れ声で報告する。
「この遺体を除いて、教師も生徒も全て行方不明です。……ですがレーダーには、何の反応もありませんでした」
『馬鹿な! 白昼堂々、百人以上の人間を誰にも気取られず行方不明にするなんて、人間どころか愚神にだって出来るか怪しいんだぞ!』
 カイは思わず職員に掴みかかってしまう。京子は慌てて止めにかかった。
「わわ、落ち着いて」
 霧人は口元に手を当てながら、呻くように呟く。
「まさかプリセンサーは……この光景を見ようとして、倒れた?」
『この程度、プリセンサーなら見慣れたものでしょう。防衛機制が働いたとも思えませんが』
 風架は首を振る。イリスはアイリスの背にしがみついて惨劇を見つめていたが、ふとその耳に囁く。
「お姉ちゃん。あいつ、主がいるって言ってたよね」
『ああ。……その“主”とこれをやったのは、同じかもしれないね』



「……死への挑戦など、赦されるものではないのだよ」
 黒鉄に覆われた城の中、虚ろな目の少年少女を引き連れた壮年の男は呟く。女王は彼を見つめ、だらしのない笑みを浮かべた。
「ああ、マイロード。その姿もお美しい」


 男はその手で血染めの白旗を握っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
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